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特許7353820窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-22
(45)【発行日】2023-10-02
(54)【発明の名称】窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/596 20060101AFI20230925BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20230925BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230925BHJP
【FI】
C04B35/596
F16C33/32
B23B27/14 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019115698
(22)【出願日】2019-06-21
(65)【公開番号】P2021001094
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-03-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100111121
【弁理士】
【氏名又は名称】原 拓実
(72)【発明者】
【氏名】船木 開
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-064971(JP,A)
【文献】特開2002-060276(JP,A)
【文献】特開2004-002067(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
F16C 33/32
B23B 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の任意の50μm2以上92.8μm2以下の領域でかつ前記領域がいずれも長方形または正方形であり前記領域の最短となる辺の長さが7μm以上の断面を撮影したとき、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子が複数存在し、かつそれらの粒子間最近接距離が1μm以上である組み合わせが50%を超え、それらの粒子の最大長が0.3μm以上2μm以下であるものが90%以上含まれていることを特徴とする窒化珪素焼結体。
【請求項2】
Ti、Zr、Hfから選ばれる1種の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子が酸化物、窒化物、水素化物、炭化物のいずれかからなることを特徴とする請求項1に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項3】
窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の前記任意の断面を撮影したとき、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子を等しい楕円形状で近似したときの短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものが90%以上含まれていることを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の窒化珪素焼結体を用いたことを特徴とする耐摩耗性部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、窒化珪素焼結体およびそれを用いた耐摩耗性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素を主成分とするセラミックス焼結体は、優れた耐熱性を示し、かつ熱膨張係数が小さいため、耐熱衝撃性にも優れる等の諸特性を有することから、従来の耐熱合金に代わる高温構造用材料として、エンジン部品、製鋼用機械部品等への応用が進んでいる。また、耐摩耗性にも優れていることから、転動部材や切削工具としての実用化も図られている。
【0003】
特開2017-75073号公報(特許文献1)には、焼結助剤として、Al2O3(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)、TiO2(酸化チタン)、B(ホウ素)、C(炭素)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)、Cu(銅)、Ni(ニッケル)等を原料粉末に所定量添加して焼結性を改善し、緻密で高強度な窒化珪素焼結体を得ている。一方で、近年では製品の小型化高性能化により、摺動部材に負荷がかかり表面組織に微細な脱粒が発生するという問題が起こっている。
窒化珪素摺動部材に対する耐脱粒性を改善するため、特許第5825962号公報(特許文献2)には、焼結助剤としてジルコニア(ZrO2)、イットリア(Y2O3)、セリア(CeO2)、マグネシア(MgO)、カルシア(CaO)を焼結助剤とした窒化珪素焼結体が開発されている。しかしながら、製品性能向上によりセラミックス部材に対する品質要求も上がり、ハイエンドな使用環境ではセラミックスに掛かる負荷が大きくなっているため、従来の品質特性では十分であるとは言えなくなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-75073号公報
【文献】特許5825962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】

近年、窒化珪素焼結体は、エンジン部品、機械部品、ベアリングボール、切削工具など様々な耐摩耗性部材に使用されている。窒化珪素焼結体は、軸受鋼(SUJ2)などの金属部材と比べてはるかに耐久性に優れることから、各種耐摩耗性部材において長期信頼性を得ている。このため、長期間メンテナンスフリーをも実現している。

近年製品の小型化や高性能化に伴い、従来よりも厳しい品質特性が求められるようになってきている。例えば窒化珪素が使用されたベアリングは、宇宙・航空・自動車・鉄道・工作機器・家電など、より小型で高速な回転とともにメンテナンスフリーが要求されている。このため窒化珪素部品に掛かる負荷は大きくなっており、過酷な使用環境下における耐脱粒性に関しては必ずしも十分ではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態にかかる窒化珪素焼結体は、このような問題を解決するためのものであり、窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の任意の50μm2以上の断面を撮影したとき、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ハフニウム(Hf)から選ばれる1種以上の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子が複数存在し、かつそれらの粒子同士の粒子間最近接距離が1μm以上である組み合わせが50%を超えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
実施形態にかかる窒化珪素焼結体は、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素粒子の粒子同士の粒子中心最近接距離を制御している。これにより窒化珪素組織の耐脱粒性を向上することを可能とする。そのため、実施形態の窒化珪素焼結体を用いた耐摩耗性部材は、繰り返し疲労負荷に対する長期間信頼性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施形態にかかるベアリングボールの一例を示す図。
図2】窒化珪素焼結体のTi分布観察の一例を示す図。
図3】Ti部分の元素分析の一例を示す図。
図4】剥離のない軌道面観察の一例を示す図。
図5】剥離のある軌道面観察の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施形態にかかる窒化珪素焼結体は、窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の任意の断面を撮影したとき、単位面積50μm2あたり、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子が複数存在し、かつそれらの粒子同士の粒子中心間最近接距離が1μm以上である組み合わせが50%を超えることを特徴とするものである。
窒化珪素焼結体は、主相となる窒化珪素結晶粒子と副相である粒界相を具備している。粒界相は、焼結助剤が焼結工程において焼結同士または焼結助剤と窒化珪素(不純物酸素含む)が反応した化合物から主に形成されている。燒結助剤は焼結性を制御するために添加されており、粒界相は窒化珪素結晶粒子同士の隙間(粒界)に形成される。粒界相により窒化珪素結晶粒子同士の結合力を強化している。
【0010】
窒化珪素結晶粒子と粒界相を比較したとき、粒界相は窒化珪素結晶粒子よりも脆く選択的に脱粒が起こる。特に、酸化物由来のアモルファス相からなる粒界相は強度が弱く、研磨加工時には優先的に脱粒して加工起点となることが分かっている。
窒化珪素焼結体全体の耐脱粒性を向上させるためには、粒界相を強化して窒化珪素の状態に近づけること、および脱粒の起点となる粒界相を一ヵ所に集中させないことが有効である。粒界相を強化して窒化珪素に近づけるためには、Ti、Zr、Hfの4A族を粒界相に配置することが効果的である。これは、4A族元素の窒化物や炭化物などの化合物は融点が高く耐熱性において優れていること、および硬度が高いことにより粒界相を補強して窒化珪素の状態に近づけることができるためである。
【0011】
粒界相粒子に含まれるTi、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素の割合を50wt%以上としている。これは4A族元素の割合を50wt%未満にすると、粒界相を十分に強化できない可能性があるためである。
また、単位面積50μm2といった微小領域において対象とする粒子同士の粒子間距離が1μm以上である組み合わせを50%以上の範囲にしている。粒子同士の組み合わせが50%未満では、脱粒する可能性のある組み合わせが多くなりすぎて窒化珪素焼結体の耐脱粒性が低下する。また、組み合わせは上限を定めていないが、100%であれば脱粒の可能性が少なくなり理想的に粒界相が分布しているといえる。そのため、対象とする粒子同士の粒子間距離が1μm以上である組み合わせは50%以上であり、好ましくは60%以上である。
【0012】
なお、粒子に含まれるTi、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素の割合の測定方法は次の通りである。まず、窒化珪素焼結体の任意の断面を得る。この断面を表面粗さRaが1μm以下の鏡面加工を施す。得られた鏡面をTEM(Transmission Electron Microscope:透過電子顕微鏡)にて1000倍以上の倍率で画像観察する。50μm2の領域の設定では、その形状を限定するものではないが、恣意的な観察を避けるため正方形に近い形を設定することが好ましい。例えば、7.1μm×7.1μm(=50.41μm2)、や7μm×8μm(=56μm2)などが挙げられる。TEM観察において、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素が観察された場合は、wt%を確認して対象粒子が50wt%以上であることを確認する。
なお、単位面積50μm2以上にならない場合は、隣接する箇所を複数撮影し繋ぎ合わせることにより合計で単位面積50μm2以上にしてもよいものとする。
図2に窒化珪素焼結体のTi分布観察の一例を示す。撮影面積は92.8μm2(=11.25μm×8.25μm)であり、Tiが50wt%以上の粒子が6個観察される。6個の粒子同士の組み合わせは15ヵ所あり、このうち粒子同士の粒子間距離が1μm以上である組み合わせは14ヵ所(1μm以下の組み合わせは1ヵ所)なので、対象とする粒子同士の粒子間距離が1μm以上である組み合わせは93.3%である。
【0013】
粒界相はTi、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子が存在することが好ましい。4A族元素を含む粒子は、4A族元素の酸化物、窒化物、水素化物、炭化物のいずれかの化合物単体であることが好ましい。化合物単体とは、Tiの場合、TiO2(酸化チタン)、TiN(窒化チタン)、TiH2(水素化チタン)、TiC(炭化チタン)のいずれか1種以上となる。Zrの場合は、ZrO2(酸化ジルコニウム)、ZrN(窒化ジルコニウム)、ZrH2(水素化ジルコニウム)、ZrC(炭化ジルコニウム)のいずれか1種以上となる。また、Hfの場合、HfO2(酸化ハフニウム)、HfN(窒化ハフニウム)、HfH2(水素化ハフニウム)、HfC(炭化ハフニウム)のいずれか1種以上となる。これらの中では4A族元素の窒化物または炭化物が好ましい。特に、TiNまたはTiCが好ましい。
【0014】
Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子は、焼結助剤として化合物単体として添加したものであっても良いし、焼結工程で化合物単体に変化したものであっても良い。
また、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子は化合物単体の結晶粒子となる。なお、結集粒子となっているか否かはTEM観察時に定性分析にて判断できる。
また、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子は、Si元素および他の添加物として加えられた場合に存在する2A族元素と固溶していないことが好ましい。Si元素および2A族元素と固溶すると、4A族元素の化合物単体が、4A族元素とSi元素または2A族元素の複合化合物となる。複合化合物は化合物単体と比べて耐脱粒性が低下する。また、本願発明とは直接的には関係はないが、耐薬品性についても低下する可能性がある。このため、Si元素または2A族元素と複合化合物を形成しない化合物単体が好ましい。前述のTiNやTiCは複合化合物を形成し難いため好ましい。
図3にチタン部分の元素分析の一例を示す。TEM観察によるTi、窒素(N)、炭素(C)の元素分析写真であり、窒素が検出されることから、Ti部分は窒化物であるといえる。
【0015】
Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子は長径が0.3μm以上であることが好ましい。長径が0.3μm未満であると結晶粒子が小さくなりすぎて外部から加えられた力により脱粒しやすくなる。また、長径は2μm以下であることが好ましい。長径が2μmを超えると、結晶粒子端部が折れやすくなり、折れた部分が脱粒しやすくなる。このため、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子の長径は0.3μm以上および2μm以下であることが好ましい。
また、窒化珪素焼結体の任意の断面組織を撮影したとき、単位面積50μm2あたり、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子が2個以上存在することが好ましい。単位面積あたりの粒子の個数が0~1個の場合、4A族元素を含む粒子が存在しない領域が大きくなり、耐摩耗性に悪影響が出る可能性がある。
このため、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を含む粒子は、粒子に含まれるTi、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素の割合を50wt%以上であること、長径が0.3μm~2μmであること、単位面積50μm2あたり2個以上存在すること、をすべて満たすことが最も好ましい。
【0016】
また、前記窒化珪素焼結体は、上記4A族以外に、2A族元素、5A族元素、6A族元素、3B族元素、希土類元素を含むことが好ましい。2A族元素、5A族元素、6A族元素、3B族元素、希土類元素は焼結工程にて反応して粒界相を形成するための焼結助剤として使用されるものである。
【0017】
2A族元素を添加する際は、Be(ベリリウム)、Mg(マグネシウム)、Ca(カルシウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Ra(ラジウム)のいずれか、可能ならばBe、Mg、Ca、Srのいずれか1種類以上から選択するのが望ましい。また、5A族元素を添加する際は、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)、6A族元素を添加する際は、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)から選択するのが望ましい。3B族元素は、B(ホウ素)、Al(アルミニウム)から選択するのが望ましい。焼結助剤として2A族元素成分、5A族元素成分、6A族元素成分、3B族元素成分を添加する際は、酸化物、炭化物、窒化物のいずれか1種として添加することが望ましい。
【0018】
また、希土類元素を添加する場合はY(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセオジム)、Nd(ネオジウム)、Pm(プロメチウム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユーロピウム)、Gd(ガドリウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム)のいずれから1種類以上を選択するのが望ましい。窒化珪素の焼結において、希土類元素を添加した場合、焼結性が向上し、窒化珪素結晶粒子のアスペクト比が向上、結果として強度特性、耐摩耗性に非常に優れた焼結体を得ることができる。
【0019】
また、前記窒化珪素を構成するTi、Zr、Hfから選ばれる1種以上の4A族元素を50wt%以上含む粒子は、窒化物、炭化物、酸化物のいずれかであるとしている。炭化物と窒化物は化学的に安定であり、耐熱性にも優れることから、耐摩耗性部材として摺動させた際に発生する熱による影響を受けにくい。また、4A族元素の窒化物を分散含有させるときに、4A族元素の酸化物を含有させ、焼結時に窒化物へと析出させるとより焼結性を向上させることができる。また、4A族元素は、他の焼結助剤元素および酸素と反応して4A族元素-焼結助剤元素-酸素の結晶質化合物を形成しやすい。
【0020】
また、前記窒化珪素は、窒化珪素結晶粒子と粒界相を具備する窒化珪素焼結体の任意の断面を撮影したとき、Ti、Zr、Hfから選ばれる1種の4A族元素が50wt%以上含まれる粒子を等しい楕円形状で近似したときの短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものが90%以上含まれていることが好ましい。なお、楕円形状に近似する方法としては、粒界の任意の点から最小二乗法を利用して近似するなどにより求める。このような組織構造により、強度特性を向上させ耐脱粒性に優れた窒化珪素焼結体を提供することが可能である。楕円形状で近似した短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものの割合が90%未満では粒界の強度、特に破壊靭性値が低下し脱粒の原因となる。
【0021】
次に製造方法について説明する。実施形態にかかる窒化珪素焼結体は上記構成を有すれば特に製造方法は限定されるものではないが、効率的に得るための方法として次のものが挙げられる。
まず、窒化珪素粉末を用意する。窒化珪素粉末は酸素含有量が4wt%以下で、α相型窒化珪素を85wt%以上含み、平均粒子径が0.8μm以下であることが好ましい。α相型窒化珪素粉末を焼結工程でβ相型窒化珪素結晶粒子に粒成長させることにより、耐摩耗性の優れた窒化珪素焼結体を得ることができる。本発明の窒化珪素焼結体では、粒界相の粒子中心間最近接距離を制御している。このような制御を行うには、焼結助剤の分散の制御が有効である。焼結助剤の分散の制御には、添加量の制御および窒化珪素粉末との均一分散を行うことが有効である。
焼結助剤の添加量は、4A族元素を1.0~4.0wt%、2A族元素、5A族元素、6A族元素、3B族元素、希土類元素のいずれか1種類以上を1.0~5.0wt%であることが好ましい。また、焼結助剤粉末の平均粒子径は1.8μm以下であることが好ましい。
【0022】
窒化珪素粉末と焼結助剤粉末の均一分散には、混合工程を長時間行うことが有効である。また、焼結助剤を予備混合することも有効である。ビーズミル、ボールミル、ポットミルなどによる解砕混合工程が有効であるが、効率的に製造を行うためにはビーズミルとボールミルが好ましい。また、解砕混合時間は50時間以上の長時間行うことが有効であるが、さらに80時間以上が好ましい。予備混合の方法は、予め焼結助剤と分割した溶媒と分割した窒化珪素粉末を加えて混合したのち、残りの溶媒と窒化珪素粉末を混合する方法が好ましい。混合工程は、大部分を占める窒化珪素粉末が混合しやすい条件に合わせて設定しているため、形状・流動性等が違う焼結助剤を同時に混合すると均一に分散が行われない可能性がある。たとえば、焼結助剤の合計が5wt%とした場合、焼結助剤と5wt%の窒化珪素粉末と投入予定の7.5wt%の溶媒とを混合しておく方法である。溶媒量の比率が全量を一度に投入した場合よりも少なく、効率的に混合が進むためである。予備混合は後に続けて行う混合とは別の設備・方法で行うことも可能であるが、製造するうえで効率が悪くなるため好ましくない。
【0023】
また、均一分散を行うためには混合時にスラリー粘度を調整する方法も有効である。粉末の解砕・混合が進むとスラリー粘度が上がる。スラリー粘度が上がらない状態で解砕・混合を続けていても原料の一次凝集が十分に解消されず均一な分散は望めない。また、スラリー粘度が上がった状態で解砕・混合を続けていても、解砕・混合の効率が悪くなり十分な均一分散が望めない。このため、解砕・混合中にスラリー粘度を定期的に測定し、粘度の変化により溶媒および分散材を適宜追加する方法が有効である。このような調整は、設備、環境、原材料の状態によって変化するため製造ロットごとに行うことが有効である。
【0024】
解砕・混合工程により、窒化珪素粉末同士、焼結助剤粉末同士、窒化珪素粉末および焼結助剤粉末が結合した二次粒子となることを防ぐことができる。窒化珪素粉末と焼結助剤粉末のほとんどが一次粒子となることにより均一分散を行うことができる。
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末を混合した原料混合物にバインダを添加する。原料混合物とバインダとの混合はボールミルなどを使用する。バインダを混合して製造されたスラリーは粒子凝集を防ぐためにホモジナイザー、せん断ミキサー、プレネタリーミキサーなどを用いて分散処理を行う。分散処理を行ったスラリーはスプレードライヤーなどを用いて造粒し、得られた造粒粉を所望の形状に成形する。成形工程は、金型プレスや冷間静水圧プレス(CIP)等により実施する。成形圧力は100MPa以上が好ましい。成形工程で得た成形体を脱脂する。脱脂工程は300~600℃の範囲の温度で実施することが好ましい。脱脂工程は大気中や非酸化性雰囲気中で実施され、雰囲気は特に限定されるものではない。
【0025】
次に、脱脂工程で得た脱脂体を1600~1900℃の範囲の温度で焼結する。焼結温度が1600℃未満であると、窒化珪素結晶粒子の粒成長が不十分になる恐れがある。すなわち、α相型窒化珪素からβ相型窒化珪素への反応が不十分であり、緻密な焼結体組織が得られない可能性がある。この場合、窒化珪素焼結体の材料としての信頼性が低下する。焼結温度が1900℃を超えると窒化珪素結晶粒子が粒成長しすぎて、加工性が低下する恐れがある。焼結工程は、常圧焼結および加圧焼結のいずれで実施してもよい。焼結工程は非酸化性雰囲気中で実施することが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。
【0026】
焼結工程の後に、非酸化性雰囲気中にて10MPa以上の熱間静水圧プレス(HIP)処理を施すことが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。HIP処理温度は1500~1900℃の範囲であることが好ましい。HIP処理を実施することによって、窒化珪素焼結体内の気孔を消滅させることができる。HIP処理圧力が10MPa未満であると、そのような効果を十分に得ることができない。
【0027】
このようにして製造された窒化珪素焼結体に対して、必要な箇所に研磨加工を施して耐摩耗性部材を作製する。研磨加工は、ダイヤモンド砥粒を用いて実施することが好ましい。
【0028】
(実施例)
(実施例1~9、比較例1~9)
表1、表2に示した焼結助剤および解砕混合方法を用意して原料粉末を調製した。なお、焼結助剤の添加量は窒化珪素粉末と焼結助剤の合計量を100wt%としたときの比率である。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
得られた原料混合物にボールミルにて樹脂バインダを混合してスラリー作製した。得られたスラリーをスプレードライヤーにて乾燥噴霧して造粒粉末を作製した。造粒粉末を成型圧力150MPaにて成型工程を行った。得られた成形体に500℃で脱脂工程を行った。得られた脱脂体に対し、1800℃×4時間の常圧焼結、1600℃×20MPa×2時間のHIP処理を行った。この工程により実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体を作製した。なお、実施例ではスプレードライヤーにて造粒する前のスラリーをホモジナイザーにて分散処理を行った。
各窒化珪素焼結体に対して、任意の断面を切断加工し、92.8μm2(=11.25μm×8.25μm)のTi、Zr、Hfの拡大写真(TEM写真)を撮影した。拡大写真から単位面積50.41μm2(=7.1μm×7.1μm)を使って、単位面積当たりのTi、Zr、Hfが50wt%以上含まれる粒子個数、粒子同士の粒子間最近接距離が1μm以上である組み合わせの比率、粒子の最大長が0.3μm以上2μm以下であるものの比率、含まれる粒子を等しい楕円形状で近似したときの短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものの比率を求めた。その結果を表3に示す。
【0032】
【表3】
【0033】
実施例1~9に係る窒化珪素焼結体は、4A族元素粒界相の粒子同士の粒子間最近接距離が1μm以上である組み合わせが50%、粒子の最大長が0.3μm以上2μm以下であるものが90%以上、楕円形状で近似したときの短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものが90%以上であった。また、TEM観察した結果、実施例にかかる窒化珪素焼結体の4A族元素は酸化物、窒化物、水素化物、炭化物であった。
比較例1~9に関しては4A族元素粒界相の粒子同士の粒子間最近接距離が1μm以上である組み合わせが必ずしも50%以上ではあらず、また粒子の最大長が0.3μm以上2μm以下であるものが必ずしも90%以上とはならず、さらに楕円形状で近似したときの短軸径と長軸径の比が0.3~1.0であるものが必ずしも90%以上にならなかった。
【0034】
次に各窒化珪素焼結体の相対密度、三点曲げ強度(σf)、耐脱粒性(加工による表面粗さ、転がり寿命時間、表面剥離状態)を測定した。なお、三点曲げ強度測定用の試料(窒化珪素焼結体)は3mm×4mm×50mmのサイズに加工しJIS-R-1601に準じた方法により測定した。加工による表面粗さによる耐脱粒性測定用には摺動部品であるベアリングボールを作製した。ベアリングボールの直径は9.525mm、表面粗さ(Ra)は0.01μm以下になるように研磨した。
研磨加工に関しては、試料として表面粗さ(Ra)は0.01μm以下に研磨加工する前のものを用意して、ダイヤモンド砥石(#120)を使って研磨加工を行った場合の表面粗さを比較した。研磨加工条件は、試料の加工面積を一定にして荷重を40Nとし、研削盤の回転速度を300rpmとして加工し、表面粗さ(Ra)の変化がなくなる時間まで加工を行った後の、表面粗さ(Ra)を測定した。この研磨加工により脱粒状態を測定できる。脱粒状態は表面粗さに相関性があり、数値が大きいほど脱粒が生じやすいことを意味する。
【0035】
また、転がり寿命による耐脱粒性の測定を行うにあたり、ベアリングボールの表面を表面粗さ(Ra)が0.01μm以下になるように研磨加工した仕上げ加工面を有するものを使用した。
各実施例および比較例に係るベアリングボールを3個用意し、軸受鋼(SUJ2)の上面に設定した直径40mmの軌道上に上記3個のベアリングボールを等間隔で配置する。これをタービン油の油浴潤滑条件下でベアリングボールに5.9GPaの最大接触応力が作用するように荷重を印加した状態で回転数1200rpmにてベアリングボールの表面に脱粒が観察されるまでの時間として耐脱粒性を測定した。なお、転がり寿命による耐脱粒性評価は連続1000時間を上限として行った。
【0036】
また、表面剥離状態による耐脱粒性の測定を行うにあたり、窒化珪素焼結体からなる板状の耐摩耗性部材を使用した。各実施例および比較例に係る直径60mm×厚さ5mmの円板状の上面に設定した直径40mmの軌道上に直径が9.525mmである3個の転動鋼球(SUJ2)を配置してスラスト型軸受試験機を構成した。上記転動鋼球に5.9GPaの荷重を印加した状態で回転数1200rpmの条件下で回転させ、400時間後に軌道面を観察して粒界相の脱粒があるかを確認した。
相対密度、三点曲げ強度(σf)、耐脱粒性(加工による表面粗さ、転がり寿命時間、表面剥離状態)の結果を表4に示す。
【0037】
【表4】
【0038】
実施例および比較例に係る窒化珪素焼結体は、いずれも相対密度が99.5%以上であり、十分な緻密化が進んでいる。また、三点曲げ強度も900MPa以上と高い値となっている。
実施例1~9に係る窒化珪素焼結体は、加工による表面粗さ(Ra)で、いずれも0.18μm以下となった。また、転がり寿命による耐脱粒性評価でも1000時間後でも脱粒は観察されなかった。また、表面剥離状態での耐脱粒性評価でも脱粒は観察されなかった。図4に剥離のない軌道面観察の一例を示す。
対して比較例1~9では、加工による表面粗さ(Ra)は0.22μmと実施例に比較して大きかった。また、転がり寿命による耐脱粒性評価でも1000時間を超えるものは現れなかった。また、表面剥離状態での耐脱粒性評価では、粒界部分に脱粒があるものが見受けられた。図5に剥離のない軌道面観察の一例を示す。
これらの実験結果により、実施例は耐脱粒性において非常に優れており、厳しい環境条件での信頼性が十分に高いと言える。
【0039】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
【符号の説明】
【0040】
1…ベアリングボール〈窒化珪素焼結体、摺動部材〉
2…摺動面
図1
図2
図3
図4
図5