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特許7354611リチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池
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  • 特許-リチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-25
(45)【発行日】2023-10-03
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20230926BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20230926BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20230926BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
H01M4/36 C
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019117934
(22)【出願日】2019-06-25
(65)【公開番号】P2021005474
(43)【公開日】2021-01-14
【審査請求日】2022-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【弁理士】
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100134441
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 由利
(72)【発明者】
【氏名】中山 朋子
(72)【発明者】
【氏名】金田 治輝
【審査官】山下 裕久
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/018099(WO,A1)
【文献】特開2013-125732(JP,A)
【文献】特開2013-152886(JP,A)
【文献】国際公開第2018/043515(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/039567(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/505
H01M 4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、元素M、及び、タングステン(W)の物質量比が、Li:Ni:Co:M:W=a:(1-x-y):x:y:z(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.005≦z≦0.030、0.97≦a≦1.25、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表され、
複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含むリチウム金属複合酸化物と、前記一次粒子の表面に存在するリチウムタングステンを含む化合物と、を含有し、
前記リチウムとタングステンを含む化合物中に含有されるタングステン量が、Ni、Coおよび元素Mの原子数の合計に対するWの原子数の割合で0.5原子%以上3.0原子%以下であり、
正極活物質を、荷重20kNにて直径20mm、密度4.0g/cm の円柱状に加圧成型して、圧縮した時の、4探針法による抵抗率試験方法(JIS K 7194:1994に準拠)により測定した体積抵抗率を換算して求められる、導電率が6×10-3S/cm以下であ
レーザー回折散乱法による粒度分布におけるD90及びD10と、体積平均粒径(Mv)とによって算出される粒径のばらつき指数を示す[(D90-D10)/Mv]が、0.80以上1.20以下である、
リチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記リチウムとタングステンを含む化合物中に含有されるタングステンが、タングステン酸リチウムの形態で存在する、請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
走査型電子顕微鏡(SEM)観察において、タングステン酸リチウムが、前記リチウム金属複合酸化物の粒子表面に観察される粒子の個数割合が70%以上である、請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
BET法によって測定される比表面積が0.2m/g以上0.8m/g以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
前記リチウムとタングステンを含む化合物の少なくとも一部は、膜厚1nm以上200nm以下の被膜として前記一次粒子の表面に存在する、請求項1~4のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項6】
前記リチウムとタングステンを含む化合物の少なくとも一部は、粒子径1nm以上500nm以下の微粒子として前記一次粒子の表面に存在する、請求項5に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項7】
前記リチウム金属複合酸化物は、六方晶系の層状構造を有し、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mの物質量比が、Li:Ni:Co:M=b:(1-x-y):x:y(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦b≦1.20、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される、請求項1~6のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項8】
体積平均粒径Mvが3μm以上15μm以下である、請求項1~7のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造する方法であって、
リチウム金属複合酸化物からなる焼成物と、水又は水溶液とを混合して形成されたスラリーを撹拌する、水洗工程と、
前記スラリーを固液分離して、前記リチウム金属複合酸化物を含む洗浄ケーキを得る、固液分離工程と、
前記洗浄ケーキと、タングステンを含む化合物の粒子、又は、タングステンを含む化合物の溶液とを混合して、混合物を得る、混合工程と、
前記混合物を熱処理する、熱処理工程と、を備える、
リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項10】
前記焼成物のBET法によって測定される比表面積が1.0m/g以上2.0m/g以下である、請求項9に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項11】
正極と負極と電解質とを有するリチウムイオン二次電池であって、請求項1~8のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含む正極を有する、リチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質とその製造方法、及び、リチウムイオン二次電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンやタブレットPCなどの小型情報端末の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な二次電池の開発が強く望まれている。また、ハイブリット自動車を始めとする電気自動車用の電池として高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、リチウムイオン二次電池が提案され、このリチウムイオン二次電池は、負極および正極と電解液等で構成され、負極および正極の活物質は、リチウムを脱離および挿入することの可能な材料が用いられている。
【0004】
このようなリチウムイオン二次電池は、現在研究、開発が盛んに行われている。中でも、層状またはスピネル型の結晶構造を有するリチウム金属複合酸化物を正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する二次電池として実用化が進んでいる。
【0005】
これまで主に提案されている正極活物質としては、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)や、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNiCo1/3Mn1/3)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn)などを挙げることができる。
【0006】
このうちリチウムニッケル複合酸化物およびリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物などのニッケルを含むリチウム金属複合酸化物は、サイクル特性が良く、低抵抗で高出力が得られる材料として注目されており、近年の二次電池の高出力化への必要に伴い、さらなる低抵抗化が要求されている。
【0007】
二次電池における低抵抗化を実現する方法の一つとして、正極活物質への異元素の添加が知られており、中でもW、Mo、Nb、Ta、Reなどの高価数をとることができる遷移金属を添加することが有用とされている。
【0008】
例えば、特許文献1には、リチウムとニッケルとコバルトと元素Mとニオブと酸素からなる少なくとも一種以上の化合物で構成される組成物からなる非水系二次電池用正極活物質が提案されている。この提案では、粒子の表面近傍または内部に存在するLi-Nb-O系化合物が高い熱安定性を有していることから、高い熱安定性と大きな放電容量を有する正極活物質が得られるとされている。
【0009】
また、特許文献2には、ニッケル含有水酸化物とリチウム化合物と平均粒径が0.1~10μmのニオブ化合物とを混合してリチウム混合物を得る混合工程および該リチウム混合物を酸化雰囲気中700~840℃で焼成してリチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程を含む製造方法によって得られた多結晶構造の粒子で構成されたリチウム遷移金属複合酸化物からなる非水系電解質二次電池用正極活物質であって、多孔質構造を有し、比表面積が0.9~3.0m/gであり、リチウム以外のアルカリ金属含有量が20質量ppm以下である正極活物質が提案されている。この正極活物質は、高い熱安定性と充放電容量および優れたサイクル特性の実現を可能とするとされている。
【0010】
また、特許文献3には、ニッケル含有水酸化物のスラリーに、ニオブ塩溶液と酸とを同時に添加して、前記スラリーのpHが25℃基準で7~11の範囲で一定となるように制御し、ニオブ化合物で被覆されたニッケル含有水酸化物を得るニオブ被覆工程、前記ニオブ化合物で被覆されたニッケル含有水酸化物をリチウム化合物と混合して、リチウム混合物を得る混合工程及び前記リチウム混合物を酸化雰囲気中700~830℃で焼成し、前記リチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程を含む製造方法によって得られた多結晶構造の粒子で構成されたリチウム遷移金属複合酸化物からなる非水系電解質二次電池用正極活物質であって、多孔質構造を有し、比表面積が2.0~7.0m/gである正極活物質が提案されている。この正極活物質を用いることによって、高い安全性と電池容量および優れたサイクル特性を有する非水系電解質二次電池を得ることができるとされている。
【0011】
また、特許文献4には、少なくとも層状構造のリチウム遷移金属複合酸化物を有する非水電解質二次電池用正極活物質であって、前記リチウム遷移金属複合酸化物は、一次粒子およびその凝集体である二次粒子の一方または両方からなる粒子の形態で存在し、前記一次粒子のアスペクト比が1~1.8であり、前記粒子の少なくとも表面に、モリブデン、バナジウム、タングステン、ホウ素およびフッ素からなる群から選ばれる少なくとも1種を有する化合物を有する非水電解質二次電池用正極活物質が提案されている。粒子の表面にモリブデン、バナジウム、タングステン、ホウ素およびフッ素からなる群から選ばれる少なくとも1種を有する化合物を有することにより、導電性が向上するとされている。
【0012】
また、特許文献5には、リチウムイオンの挿入・脱離が可能な機能を有するリチウム遷移金属系化合物を主成分とし、該主成分原料に、B及びBiから選ばれる少なくとも1種の元素を含有する化合物と、Mo、W、Nb、Ta及びReから選ばれる少なくとも1種の元素を含有する化合物をそれぞれ1種併用添加した後、焼成されてなるリチウム二次電池正極材料用リチウム遷移金属系化合物粉体が提案されている。添加元素を併用添加した後、焼成することにより、粒成長及び焼結の抑えられた微細な粒子からなるリチウム遷移金属系化合物粉体が得られ、レートや出力特性が改善されるとともに、取り扱いや電極調製の容易なリチウム含有遷移金属系化合物粉体を得ることができるとしている。
【0013】
また、特許文献6には、リチウム遷移金属複合酸化物と、少なくともホウ素元素及び酸素元素を含むホウ素化合物とを含む非水電解液二次電池用正極組成物が提案されている。ニッケル及びタングステンを必須とするリチウム遷移金属複合酸化物と、特定のホウ素化合物とを含む正極組成物を用いることにより、リチウム遷移金属複合酸化物を用いた正極組成物において出力特性及びサイクル特性を向上させることができるとしている。
【0014】
また、リチウムニッケル複合酸化物の表面にタングステン酸リチウムを含む微粒子を形成することで出力特性を改善する提案がいくつかなされている。
【0015】
例えば、特許文献7には、一般式LiNi1-x-yCo(ただし、0.10≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.97≦z≦1.20、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される一次粒子および一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなるリチウム金属複合酸化物であって、リチウム金属複合酸化物の一次粒子が表面に、LiWO、LiWO、Li6W2O9のいずれかで表されるタングステン酸リチウム微粒子を有する非水系電解質二次電池用正極活物質が提案されている。また、この微粒子中に含有されるタングステン量が、リチウム金属複合酸化物に含まれるNi、CoおよびMの原子数の合計に対してWの原子数が0.1~3.0原子%であることが記載されている。
【0016】
また、特許文献8には、一般式LiNi1-x-yCo(ただし、0.10≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.97≦z≦1.20、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される一次粒子および前記一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなるリチウム金属複合酸化物であって、リチウム金属複合酸化物の一次粒子の表面に、層状あるいは島状のタングステン酸リチウム化合物あるいはその水和物を有することを特徴とする非水系電解質二次電池用正極活物質が提案されている。また、この正極活物質では、タングステン酸リチウム化合物中に含有されるタングステン量が、リチウム金属複合酸化物に含まれるNi、CoおよびMの原子数の合計に対してWの原子数が0.1~3.0mol%であることが記載されている。
【0017】
また、特許文献9には、複数の一次粒子が互いに凝集して内部に空隙を有する二次粒子で構成され、組成がLiNi1-x-yCoMyW2+α(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦z≦1.30、0<a≦0.03、0≦α≦0.15、MはMg、Al、Ca、Ti、V、Cr、Mn、Nb、Zr及びMoから選ばれる少なくとも1種の元素)で表され、層状構造の結晶構造を有するリチウムニッケル複合酸化物粒子を含む、非水系電解質二次電池用正極活物質であって、二次粒子の表面及び内部にタングステン及びリチウムを含むリチウムタングステン化合物を有し、リチウムタングステン化合物は、一次粒子の表面の少なくとも一部に存在し、複数の一次粒子の表面に存在する、前記リチウムタングステン化合物以外のリチウム化合物に含まれるリチウム量が、リチウムニッケル複合酸化物粒子全量に対して0.05質量%以下である、非水系電解質二次電池用正極活物質が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】特開2002-151071号公報
【文献】特開2015-122298号公報
【文献】国際公開第2014/034430号
【文献】特開2005-251716号公報
【文献】特開2011-108554号公報
【文献】特開2013-239434号公報
【文献】特開2013‐125732号公報
【文献】特開2013‐152866号公報
【文献】国際公開第2017/073682号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
ところで、リチウムイオン二次電池の内部で短絡した場合、急激な電流による発熱が生じることから、より高い熱安定性が要求される。短絡による急激な電流を抑制する方法の一つとして、正極における正極活物質の導電性を低くすることが有効であると考えられる。しかしながら、通常、正極活物質の導電率は高いほど充放電容量や出力特性といった電池特性が良化する傾向にあるため、高い電池特性と低い導電性の両立は困難である。
【0020】
また、上記特許文献1~9には、リチウム金属複合酸化物にタングステンなどを含む高価数をとることができる遷移金属を添加した場合の正極における正極活物質の導電性への影響については一切記載されていない。
【0021】
本発明は係る問題点に鑑み、二次電池の正極に用いられた場合に、高い電池容量と共に低い正極抵抗を有することによる高出力が得られ、かつ、二次電池の短絡時の急激な電流による発熱に対する耐性、すなわち、耐短絡特性が向上したリチウムイオン二次電池用正極活物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、リチウム金属複合酸化物の粉体特性、及び二次電池の正極抵抗に対する影響について鋭意研究したところ、リチウム金属複合酸化物を構成する一次粒子の表面に、リチウムとタングステンを含む化合物を形成させ、その化合物に含有されるタングステン量を特定量に制御することで、二次電池の正極として用いられた際の特性を大幅に向上させることが可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0023】
本発明の第1の態様では、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、元素M、及び、タングステン(W)の物質量比が、Li:Ni:Co:M:W=a:(1-x-y):x:y:z(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.005≦z≦0.030、0.97≦a≦1.25、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表され、複数の一次粒子が凝集して形成された二次粒子を含むリチウム金属複合酸化物と、一次粒子の表面に存在するリチウムタングステンを含む化合物と、を含有し、リチウムとタングステンを含む化合物中に含有されるタングステン量が、Ni、Coおよび元素Mの原子数の合計に対するWの原子数の割合で0.5原子%以上3.0原子%以下であり、正極活物質を、荷重20kNにて直径20mm、密度4.0g/cm の円柱状に加圧成型して、圧縮した時の、4探針法による抵抗率試験方法(JIS K 7194:1994に準拠)により測定した体積抵抗率を換算して求められる、導電率が6×10-3S/cm以下であレーザー回折散乱法による粒度分布におけるD90及びD10と、体積平均粒径(Mv)とによって算出される粒径のばらつき指数を示す[(D90-D10)/Mv]が、0.80以上1.20以下である、リチウムイオン二次電池用正極活物質が提供される。
【0024】
また、正極活物質は、リチウムとタングステンを含む化合物中に含有されるタングステンが、タングステン酸リチウムの形態で存在することが好ましい。また、上記正極活物質は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察において、タングステン酸リチウムが、リチウム金属複合酸化物の粒子表面に観察される粒子の個数割合が70%以上であることが好ましい。また、上記正極活物質は、BET法によって測定される比表面積が0.2m/g以上0.8m/g以下であることが好ましい。また、リチウムとタングステンを含む化合物の少なくとも一部は、膜厚1nm以上200nm以下の被膜として一次粒子の表面に存在することが好ましい。また、リチウムとタングステンを含む化合物の少なくとも一部は、粒子径1nm以上500nm以下の微粒子として一次粒子の表面に存在することが好ましい。また、リチウム金属複合酸化物は、六方晶系の層状構造を有し、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mの物質量比が、Li:Ni:Co:M=b:(1-x-y):x:y(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦b≦1.20、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されることが好ましい。また、正極活物質は、レーザー回折散乱法による粒度分布におけるD90及びD10と、体積平均粒径(Mv)とによって算出される粒径のばらつき指数を示す[(D90-D10)/Mv]が、0.80以上1.20以下であり、体積平均粒径Mvが3μm以上15μm以下であることが好ましい。
【0025】
本発明の第2の態様では、上記のリチウムイオン二次電池用正極活物質を製造する方法であって、リチウム金属複合酸化物からなる焼成物と、水又は水溶液とを混合して形成されたスラリーを撹拌する、水洗工程と、スラリーを固液分離して、リチウム金属複合酸化物を含む洗浄ケーキを得る、固液分離工程と、洗浄ケーキと、タングステンを含む化合物の粒子、又は、タングステンを含む化合物の溶液とを混合して、混合物を得る、混合工程と、混合物を熱処理する、熱処理工程と、を備える、リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法が提供される。
【0026】
また、焼成物のBET法によって測定される比表面積が1.0m/g以上2.0m/g以下であることが好ましい。
【0027】
本発明の第3の態様では、正極と負極と電解質とを有するリチウムイオン二次電池であって、上記のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含む正極を有する、リチウムイオン二次電池が提供される。
【発明の効果】
【0028】
本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質は、二次電池の正極に用いられた場合に、高い電池容量と共に低い正極抵抗を有することによる高出力が得られ、かつ、耐短絡特性が向上したリチウムイオン二次電池が得られる。また、本発明のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、工業的規模の生産においても容易に実施することが可能であり、工業的価値はきわめて高い。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、本実施形態に係る正極活物質の一例を示す模式図である。
図2図2は、本実施形態に係る正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
図3図3は、本実施形態に係る正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
図4図4は、電池評価に使用したコイン型電池の概略断面図である。
図5図5は、インピーダンス評価の測定例と解析に使用した等価回路の説明図である。
図6図6は、本実施形態に係るリチウム金属複合酸化物の走査型電子顕微鏡による観察結果の一例を示す図面代用写真(倍率:1,000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明について、まず、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質について説明した後、その製造方法と、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池について説明する。
【0031】
1.リチウムイオン二次電池用正極活物質
図1A図1Cは、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の一例を示した模式図である。以下、図1A図1Cを参照して、本実施形態に係る正極活物質100について説明する。
【0032】
正極活物質100は、図1A図1Cに示すように、複数の一次粒子1が凝集して形成された二次粒子2を含むリチウム金属複合酸化物10と、リチウム及びタングステンを含む化合物20(以下、単に「化合物20」ともいう。)と、を含有する。
【0033】
また、正極活物質100は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、元素M、及び、タングステン(W)の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M:W=a:(1-x-y):x:y:z(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.005≦z≦0.030、0.97≦a≦1.25、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される。なお、正極活物質100における上記物質量比は、リチウム金属複合酸化物10と、化合物20とを含む、正極活物質全体の物質量比を示す。
【0034】
図1Aに示すように、化合物20の少なくとも一部は、微粒子20aとして一次粒子1の表面に存在してもよく、図1Bに示すように、被膜20bとして一次粒子1の表面に存在してもよい。また、化合物20は、図1Cに示すように、微粒子20a、及び、被膜20bの両方として一次粒子1の表面に存在してもよい。なお、リチウム金属複合酸化物10は、二次粒子2以下に単独の一次粒子1を含んでもよく、単独の一次粒子1、及び、複数の一次粒子1が凝集した二次粒子2の両方を含んでもよい。
【0035】
正極活物質100は、リチウム金属複合酸化物10を母材(芯材)として含むことにより、二次電池において高い充放電容量を確保し、かつ、一次粒子1の表面に特定量で形成された化合物20により、電池容量、出力特性、及び、耐短絡特性において高い電池性能を実現するものである。以下、正極活物質100の各構成について説明する。
【0036】
[リチウム金属複合酸化物]
リチウム金属複合酸化物10は、六方晶系の層状構造を有し、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、及び、元素Mの物質量比が、Li:Ni:Co:M=a:(1-x-y):x:y:z(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦b≦1.20、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されることが好ましい。正極活物質100は、上記物質量比で表されるリチウム金属複合酸化物10を母材(芯材)として含むことにより、二次電池において高い充放電容量を確保できる。
【0037】
上記物質量比において、xは、Li以外の金属(Ni、Co及びM)の物質量の合計に対するCoの物質量比を示す。xの範囲は、0≦x≦0.35であり、好ましくは0<x≦0.35である。正極活物質にコバルトを含有させることで、良好なサイクル特性を得ることができる。xの範囲は、電池容量及びサイクル特性の両立という観点から、好ましくは、0.03≦x≦0.25であり、より好ましくは0.05≦x≦0.15である。
【0038】
上記物質量比において、yは、Li以外の金属(Ni、Co及びM)の物質量の合計に対する元素M(添加元素)の物質量比を示す。Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素である。yの範囲は、0≦y≦0.35であり、好ましくは0<y≦0.35、より好ましくは0<y≦0.10である。Mを上記範囲で含むことにより、二次電池の耐久特性や熱安定性を向上させることができる。また、MがAlを含む場合、正極活物質の熱安定性がより向上する。上記物質量比において、Li以外の金属の物質量の合計を1としたときのAlの原子比をy1とした場合、y1は、0<y1≦0.1であってもよい。
【0039】
上記物質量比において、(1-x-y)は、Li以外の金属(Ni、Co及びM)の物質量の合計に対するNiの物質量比を示す。(1-x-y)の範囲は、0.3≦(1-x-y)≦1.0である。また、(1-x-y)は、高い電池容量の観点から、0.5以上であってもよく、0.7以上であってもよく、0.8以上であってもよい。また、(1-x-y)は、サイクル特性等の向上の観点から、1.0未満であってもよく、0.95以下であってもよい。
【0040】
上記物質量比において、bは、Li以外の金属(Ni、Co、M)の物質量の合計(Me)に対するLiの物質量比(以下、「Li/Me」ともいう。)を示す。bの範囲は、0.95≦b≦1.20であり、好ましくは0.97≦b≦1.15である。bを上記範囲とすることにより、正極活物質100の物質量比におけるaの範囲を適切な範囲(0.97以上1.25)に容易に制御することができる。なお、正極活物質100全体では、化合物20中のLi分が、リチウム金属複合酸化物10に含有されるリチウム分より増加するため、bよりもaの値の方が大きくなる。
【0041】
また、リチウム金属複合酸化物10は、例えば、下記一般式(2)で表されてもよい。
【0042】
一般式(2):LiNi1-x-yCo2+β(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦b≦1.20、0≦β≦0.5、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)
【0043】
上記一般式(2)中のb、x、yは、上述した、それぞれの元素の物質量比と同様の範囲とすることができる。また、上記一般式(2)中、βは、リチウム金属複合酸化物10に含まれるリチウム以外の金属元素の価数、及びリチウム以外の金属元素に対するリチウムの物質量比に応じて変化する係数である。
【0044】
[リチウムとタングステンを含む化合物]
一般的に、正極活物質の表面が異種化合物により完全に被覆されてしまうと、リチウムイオンの移動(インターカレーション)が大きく制限されるため、結果的にリチウム金属複合酸化物10の有する高い電池容量という長所が消されてしまう。
【0045】
対して、本実施形態に係る正極活物質100においては、一次粒子1の表面に化合物20が形成される。この化合物20は、リチウムイオン伝導率が高く、リチウムイオンの移動を促す効果があるため、一次粒子1の表面に、特定量の化合物20を形成させることにより、電解液との界面でLiの伝導パスを形成する。これにより、正極活物質の反応抵抗(以下、「正極抵抗」ともいう。)を低減することができる。
【0046】
すなわち、正極抵抗が低減されることで、電池内で損失される電圧が減少し、実際に負荷側に印加される電圧が相対的に高くなるため、高出力が得られる。また、負荷側への印加電圧が高くなることで、正極でのリチウムの挿抜が十分に行われるため、電池容量も向上する。さらに、反応抵抗の低減により、充放電時における活物質の負荷も低減することから、サイクル特性の向上も期待できる。
【0047】
ところで、リチウムイオン二次電池において、充電状態で正極及び負極間が短絡した場合、急激に電流が流れて大きな発熱が生じることにより、正極活物質が分解して、さらに発熱するという連鎖が生じることがある。特に、リチウムイオン二次電池の構成材料として可燃性の非水系電解質を用いる場合、高い熱安定性が要求される。そこで、例えば、正極中の圧縮された条件下で、導電率が低い正極活物質を用いることにより、短絡によって生じる急激な電流の上昇を抑制することができ、耐短絡特性を向上させることができる。一方、正極活物質の圧縮時の導電性が低すぎる場合、電池容量などの電池特性が低下することがある。
【0048】
本実施形態に係る正極活物質100は、化合物20の含有量、分布などを適切な範囲に制御することにより、リチウム金属複合酸化物10が本来有する高い電池容量などの電池特性を維持又は向上させ、かつ、耐短絡特性を向上できるものである。以下、化合物20について詳細を説明する。
【0049】
(種類)
化合物20は、リチウム及びタングステンを含む化合物であればよく、例えば、タングステン酸リチウムであることが好ましい。化合物20がタングステン酸リチウムである場合、Liイオンの移動を促す効果が高い。化合物20の組成は、X線回折法(XRD)などにより確認することができる。
【0050】
(タングステン量)
化合物20中に含有されるタングステン量は、Ni、Coおよび元素Mの原子数の合計に対するWの原子数の割合が0.5原子%以上3.0原子%以下であり、好ましくは0.7原子%以上1.7原子%以下であり、より好ましくは0.8原子%以上1.3原子%以下である。タングステン量が上記範囲である場合、高い電池容量を確保しながら十分な量の化合物20を一次粒子1の表面に形成させることができ、正極抵抗を低減させ、かつ耐短絡特性を向上させることができる。また、二次粒子2の内部に存在する一次粒子1の表面にも化合物20を形成することができ、充放電に効率よく寄与することが可能であることから、電池容量も向上させることができる。
【0051】
一方、化合物20中に含有されるタングステン量が0.5原子%未満である場合、化合物20の形成量を十分でなく、正極活物質100の圧縮時の導電率を低下させることができない。また、化合物20中に含有されるタングステン量が3.0原子%を超える場合、正極活物質として機能するリチウム金属複合酸化物の含有量が減少し、電池容量を向上させる効果が低下する。
【0052】
(化合物が観察される二次粒子の個数割合)
正極活物質100を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した際、その表面(表層)に化合物20が観察される二次粒子2の個数割合は、耐短絡特性の向上という観点から、好ましくは70%以上であり、より好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは90%以上である。化合物20が観察される二次粒子の個数割合が上記範囲である場合、正極活物質100の圧縮時の電子伝導率を低減することにより、耐短絡特性を向上させることができる。
【0053】
また、高い電池容量及び低い正極抵抗と、耐短絡特性とを高いレベルで両立させるという観点から、二次粒子2の表面(表層)に化合物20が観察される粒子の個数割合は、好ましくは70%以上90%以下であり、より好ましくは80%以上90%以下である。
【0054】
なお、二次粒子2の表面(表層)に化合物20が観察される粒子の個数割合は、正極活物質100をSEMにより観察した際に、無作為に選択した100個以上の二次粒子2のうち、その表面に白色状の部位(被膜状、粒子状の形状を含む)が、観察される粒子表面の面積の1%以上に観察される二次粒子2の割合を算出することにより、求めることができる(図6参照)。また、SEMで観察される白色状の部位が、タングステン及びリチウムを含む化合物20であることは、例えば、X線回折分析などで確認できる。
【0055】
また、二次粒子2の表面(表層)に化合物20が観察される粒子の個数割合は、後述する化合物20の被覆量や、被覆方法、母材として用いるリチウム金属複合酸化物10の比表面積などを調整することにより、上記範囲に制御することができる。
【0056】
[化合物の形態]
化合物20は、上述したように、微粒子20aとして一次粒子1の表面に存在してもよく、被膜20bとして一次粒子1の表面に存在してもよい。
【0057】
ここで、一次粒子1の表面とは、二次電池において、電解液と接触可能な状態となっているすべての一次粒子1の表面をいい、例えば、二次粒子2の外面で露出している一次粒子1の表面や、二次粒子2の外部と通じて電解液が浸透可能な二次粒子2の表面近傍および内部の空隙に露出している一次粒子1の表面を含み、さらに、一次粒子1間の粒界であっても一次粒子1の結合が不完全で電解液が浸透可能な状態となってる部分を含む。化合物20が、二次粒子2の表面(外面)で露出している一次粒子1の表面だけでなく、二次粒子2の外部と通じて電解液が浸透可能な二次粒子2の表面近傍および内部の空隙に露出している一次粒子1の表面に存在することにより、リチウム金属複合酸化物10の反応抵抗をより一層低減させることが可能となる。
【0058】
化合物20の少なくとも一部が微粒子20aである場合、電解液との接触面積を十分なものとして、リチウムイオン伝導を効果的に向上でき、電池容量を向上させるとともに、正極抵抗をより低減させることができる。また、微粒子20aの粒子径は1nm以上500nm以下であることが好ましい。粒子径が1nm未満である場合、微細な粒子が十分なリチウムイオン伝導度を有しないことがある。一方、粒子径が500nmを超える場合、微粒子の表面における形成が不均一になり、反応抵抗低減のより高い効果が得られないことがある。なお、微粒子20aは、全てが粒子径1nm以上500nm以下の微粒子として存在しなくてもよく、一次粒子1の表面に形成された微粒子の個数で50%以上が1nm以上500nm以下の粒子径範囲で形成されることが好ましい。
【0059】
化合物20の少なくとも一部が被膜20b(層状)である場合、一次粒子1の少なくとも一部の表面が被膜20bで被覆されるため、正極活物質100の比表面積の低下を抑制しながら、電解液との界面でLiの伝導パスを形成させることができ、耐短絡特性を向上させることが容易となる。被膜20bは、膜厚1nm以上200nm以下の被膜として一次粒子1の表面に存在することが好ましい。被膜20bの膜厚が1nm未満である場合、被膜が十分に電子伝導率を低減させる効果を有しないことがある。また、被膜20bの膜厚が200nmを超える場合、過剰に電子伝導率を低減させることで、反応抵抗を低減する効果が損なわれ、電池容量が低減する場合がある。
【0060】
なお、被膜20bは、一次粒子1の表面上で部分的に形成されればよく、被膜20bの全ての膜厚が1nm以上200nm以下の範囲でなくてもよい。被膜20bは、一次粒子1の表面に少なくとも部分的に膜厚が1nm以上200nm以下の被膜20bが形成されていれば、効果を得ることができる。被膜20bは、化合物20中に含有されるタングステン量を上記に範囲に制御することで、十分な量の膜厚1nm以上200nm以下の被膜を容易に形成することができる。
【0061】
さらに、化合物20は、微粒子20aの形態と被膜20bの形態が混在して、一次粒子1の表面に化合物が形成されていることが好ましい。
【0062】
リチウム金属複合酸化物10同士の接触は、二次粒子2の表面で起こるため、二次粒子2の表面には化合物20が十分に被覆された状態であることにより、耐短絡特性の向上効果が得られる。一方、その化合物の含有量が多くなるに連れて、正極活物質100として機能するリチウム金属複合酸化物10の含有量が減少し、電池容量を減少させることとなる。したがって、化合物20の形成量は、反応抵抗を低減し、かつ耐短絡性を向上させるために十分な量であって、かつ電池容量を確保できるよう可能な限り少ない量であることが好ましい。正極活物質100では、例えば、圧縮時の導電率を後述する範囲に調整することにより、高い電池容量を維持しつつ、正極抵抗を低減し、かつ、耐短絡性を向上させることができる。
【0063】
また、例えば、正極活物質100をSEM観察した場合、二次粒子2の表面の50%以上を化合物20(微粒子20a及び被膜20bを含む)が被覆している粒子の個数割合が、観察される粒子全体に対して、50%以上であることが好ましい。正極活物質100が上述したタングステン量、及び、上述した化合物20が観察される二次粒子2の個数割合を満たす範囲内において、化合物20全体の被覆割合が上記範囲である場合、高い電池容量を維持しつつ、正極抵抗を低減し、かつ、圧縮時の導電率を容易に低減することができる。
【0064】
なお、化合物20は、電解液との接触が可能な一次粒子1の全表面において形成されている必要はなく、部分的に被覆した状態や点在している状態でもよい。部分的に被覆や点在の状態でも、電解液との接触が可能な一次粒子1の表面に化合物が形成されていれば、反応抵抗の低減効果が得られる。また、リチウム金属複合酸化物10の粒子間で不均一に化合物20の微粒子20a又は被膜20bが形成された場合は、リチウム金属複合酸化物10の粒子間でのリチウムイオンの移動が不均一となるため、特定のリチウム金属複合酸化物10の粒子に負荷がかかり、サイクル特性の悪化や反応抵抗の上昇を招きやすい。したがって、リチウム金属複合酸化物10の粒子間においても、ある程度均一に化合物20が形成されていることが好ましい。
【0065】
なお、二次粒子2の表面の性状は、例えば、電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などで観察することにより判断できる。
【0066】
[正極活物質]
本実施形態に係る正極活物質100は、リチウム金属複合酸化物10と、化合物20と、を含有する。以下、正極活物質100の特性について、説明する。
【0067】
(組成)
正極活物質100は、リチウム(Li)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)、元素M、及び、タングステン(W)の物質量比(モル比)が、Li:Ni:Co:M:W=a:(1-x-y):x:y:z(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.005≦z≦0.030、0.97≦a≦1.25、元素Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表される。
【0068】
上記物質量比において、aは、Li以外の金属(Ni、Co、M)の物質量の合計(Me)を1としたときのLiの物質量比(以下、「Li/Me」ともいう。)を示し、aの範囲は0.97≦a≦1.25であり、好ましくは0.97≦a≦1.20である。aが0.97未満である場合、正極活物質100を用いた二次電池における正極抵抗が大きくなるため、電池の出力が低くなることがある。また、aが1.25を超える場合、正極活物質100の電池容量が低下するとともに、正極抵抗が増加することがある。
【0069】
上記物質量比において、x、yは、上述したリチウム金属複合酸化物10における、それぞれの元素の物質量比(x、y)に対応し、それぞれ、上述したリチウム金属複合酸化物10に含まれる範囲と同様の範囲とすることができる。また、上記物質量比における、zは、上述した化合物20に含まれるタングステン量に対応し、上述した化合物20に含有されるタングステン量と同様の範囲とすることができる。
【0070】
(圧縮時の正極活物質の導電率)
圧粉抵抗測定により求められる、正極活物質100を4.0g/cmに圧縮した時の導電率の上限は、6×10-3S/cm以下であり、好ましくは5×10-3S/cm以下である。また、上記導電率の下限が好ましくは4×10-4S/cm以上であり、より好ましくは7×10-4S/cm以上であり、より好ましくは1×10-3S/cm以上である。圧縮時の導電率が上記範囲である場合、二次電池が短絡した際に、短絡電流が正極活物質100の表面(表層)を伝導して流れることを抑制することにより、耐短絡特性を向上させ、かつ、高い電池容量の維持及び正極抵抗の低減とを両立することができる。
【0071】
なお、圧縮時の導電率は、例えば、正極活物質を4.5g以上5.5g以下の範囲内に秤量し、荷重20kNで直径20mmの円柱状に加圧成型した後、加圧した状態でJIS K 7194:1994に準拠した4探針法による抵抗率試験方法により測定した成型体の体積抵抗率を換算して求めることができる。
【0072】
正極活物質100を正極に用いた二次電池が短絡した際、化合物20は電子伝導性が低いため、リチウム金属複合酸化物10の表面(表層)を伝導して短絡電流が流れることを抑制する。よって、正極活物質100を圧縮時の導電率は、正極活物質100に含まれるリチウム金属複合酸化物10の粒子全体の表面(表層)に存在する化合物20の量を反映する指標の一つとなる。また、圧縮時の上記導電率を上記範囲とすることは、リチウム金属複合酸化物10の粒子全体の表面(表層)に、電池特性の向上に適した量の化合物20が存在することを示す。
【0073】
正極活物質100の上記導電率を上記範囲とする場合、後述する正極活物質の製造方法を用いることにより、容易に上記範囲に制御することができる。なお、例えば、特許文献7、8に記載される製造方法のように、焼成後のリチウム金属複合酸化物の粉末に、タングステンを含む化合物の溶液を混合して、一次粒子の表面に化合物20を形成させた場合、リチウム金属複合酸化物10の粒子全体の表面(表層)に存在する化合物20の量が少ないため、圧縮時の導電率を十分に低下させることは難しい。
【0074】
(比表面積)
正極活物質100のBET法により測定される比表面積は、特に限定されないが、好ましくは0.2m/g以上0.8m/g以下である。正極活物質100の比表面積が上記範囲である場合、化合物20が二次粒子2の内部に多量に析出することを抑制しつつ、二次粒子2の表面(表層)に化合物20を十分に存在させ、正極活物質100の耐短絡特性を確保しながら、高い電池特性を得ることができる。なお、正極活物質100の比表面積は、母材として用いるリチウム金属複合酸化物の比表面積や、化合物20の被覆量などを適宜調整することにより、上記範囲とすることができる。
【0075】
(体積平均粒径)
正極活物質100の体積平均粒径(Mv)は、3μm以上15μm以下であることが好ましい。体積平均粒径(Mv)が上記範囲である場合、正極活物質を二次電池の正極に用いた際、高い出力特性および電池容量と、正極への高い充填性とを両立させることができる。一方、体積平均粒径(Mv)が3μm未満である場合、正極への高い充填性が得られないことがある。また、体積平均粒径(Mv)が15μmを超えると、高い出力特性や電池容量が得られないことがある。なお、体積平均粒径(Mv)は、例えば、レーザー光回折散乱式粒度分布計により測定される体積積算値から求めることができる。
【0076】
(ばらつき指数)
正極活物質100は、[(D90-D10)/Mv]が、0.80以上1.20以下であることが好ましい。なお、[(D90-D10)/Mv]は、レーザー光回折散乱法による粒度分布におけるD90及びD10(粒度分布曲線における粒子量の体積積算で90%での粒径及び10%での粒径)と体積平均粒径(Mv)とによって算出される、正極活物質を構成する粒子の粒径のばらつき指数を示す。
【0077】
正極活物質を構成する粒子の粒度分布が広い場合、体積平均粒径(Mv)に対して粒径が小さい微粒子や、平均粒径に対して粒径の大きい粗大粒子が多く存在する。ばらつき指数が上記範囲である場合、微粒子や粗大粒子が適度に混在して、充填密度が高くなり、体積当たりのエネルギー密度を高めることができる。なお、ばらつき指数の上限は特に限定されないが、後述する正極活物質の製造方法を用いた場合、上限は1.20程度である。
【0078】
2.正極活物質の製造方法
図2、3は、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法(以下、「正極活物質の製造方法」ともいう。)の一例を示す図である。本実施形態に係る製造方法により、上述した正極活物質100を工業的規模で容易に得ることができる。
【0079】
正極活物質の製造方法は、例えば、図2に示すように、リチウムニッケル複合酸化物からなる焼成物(母材)を水洗する水洗工程(S10)と、固液分離して、リチウムニッケル複合酸化物を含む洗浄ケーキを得る分離工程(S20)と、洗浄ケーキと、タングステンを含む化合物の粒子とを混合して、混合物を得る混合工程(S30a)と、混合物を熱処理する熱処理工程(S40)と、を備えてもよい。
【0080】
また、正極活物質の製造方法は、例えば、図3に示すように、リチウムニッケル複合酸化物からなる焼成物(母材)を水洗する水洗工程(S10)と、固液分離して、リチウムニッケル複合酸化物を含む洗浄ケーキを得る分離工程(S20)と、洗浄ケーキと、タングステンを含む化合物の水溶液とを混合して、混合物を得る混合工程(S30b)と、混合物を熱処理する熱処理工程(S40)と、を備えてもよい。
【0081】
以下、本発明の正極活物質の製造方法を工程ごとに詳細に説明するが、上述した正極活物質が得られればよく、限定されるものではない。
【0082】
[水洗工程(S10)]
水洗工程(S10)は、リチウムニッケル複合酸化物からなる焼成物(母材)と、水又は水溶液と、を混合して形成されたスラリーを撹拌する工程である。水洗工程(S10)により、焼成物(母材)の一次粒子の表面に存在する未反応のリチウム化合物を含む余剰リチウムや硫酸根等の不純物を除去できるとともに、正極活物質100の電池容量および熱安定性を向上させることができる。また、水洗工程(S10)により、焼成物(母材)の一次粒子の表面の全体に水分が付与され、混合工程(S30)で混合されるタングステンを含む化合物(以下、「タングステン化合物」ともいう。)の一次粒子1の表面への付着を促進し、一次粒子1の表面に比較的に均一に化合物20を形成することができる。
【0083】
母材として用いられるリチウム金属複合酸化物は、複数の一次粒子が凝集して構成された二次粒子を含むものであることが好ましく、公知の技術を用いて得られたものを使用することができる。例えば、焼成物(母材)は、リチウム金属複合酸化物を構成する(リチウム以外の)金属元素を共沈殿(晶析)させて得られるニッケル複合水酸化物、又は、このニッケル複合水酸化物(以下、これらをまとめて「前駆体」ともいう。)をさらに熱処理して得られるニッケル複合酸化物と、リチウム化合物とを混合した後、得られたリチウム混合物を焼成して得ることができる。
【0084】
リチウム金属複合酸化物(母材)は、正極活物質100に含まれるリチウム金属複合酸化物10の材料となるものであり、その組成は、リチウム金属複合酸化物10と同様であることが好ましく、例えば、一般式(2):LiNi1-x-yCo2+β(ただし、0≦x≦0.35、0≦y≦0.35、0.95≦b≦1.20、0≦β≦0.5、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)に調整されることができる。
【0085】
また、焼成物(母材)は、水洗工程(S10)後のBET比表面積が1.0m/g以上2.0m/g以下であることが好ましい。焼成物(母材)の比表面積が上記範囲である場合、正極活物質100の比表面積を上述の好ましい範囲に容易に調整することができる。
【0086】
焼成物(母材)の比表面積は、ニッケル複合水酸化物(前駆体)を共沈殿させる条件や、リチウム化合物を混合し、焼成する際の焼成条件によって制御できる。なお、焼成物(母材)は、一次粒子の表面に余剰リチウムが存在する場合、比表面積が真の値を示さないことがあるため、水洗工程(S10)により不純物を除去した後に得られた焼成物(母材)の比表面積を測定する。
【0087】
水洗は、公知の方法および条件でよく、リチウム金属複合酸化物の粒子から過度にリチウムが溶出して電池特性が劣化しない範囲で行えばよい。例えば、スラリーのスラリー濃度は、500g/L以上2500g/L以下とすることが好ましく、750g/L以上2000g/L以下とすることがより好ましい。ここで、スラリー濃度(g/L)は、水1Lと混合する複合酸化物粒子の質量(g)を意味する。スラリー濃度が500g/L未満の場合、タングステン化合物との反応に必要なリチウムニッケル複合酸化物粒子(母材)の表面に存在するリチウム化合物まで洗い流されてしまい、後工程でのリチウム化合物とタングステン化合物との反応が十分に進まないことがある。一方、スラリー濃度が2500g/Lを超える場合、必要以上の未反応のリチウム化合物や不純物元素が残存し、電池特性を劣化させてしまうことがある。
【0088】
水洗温度は、10℃以上40℃以下とすることが好ましく、20℃以上30℃以下とすることがより好ましい。また、水洗時間は特に限定されないが、約5分以上60分以下の間で水洗することが好ましい。
【0089】
使用する水、又は、水溶液は、特に制限されないが、正極活物質100への不純物の付着による電池特性の低下を防ぐという観点から、電気伝導率測定で10μS/cm未満の水が好ましく、1μS/cm以下の水が好ましい。また、水以外の水溶液を用いて水洗した場合、その後に、さらに、水を用いて水洗し、水溶液に含まれる不純物量を低減してもよい。
【0090】
[固液分離工程(S20)]
固液分離工程(S20)は、スラリーを固液分離して、前記リチウムニッケル複合酸化物を含む洗浄ケーキを得る工程である。
【0091】
固液分離の方法は、特に限定されるものではなく、通常に用いられる装置や方法で実施される。例えば、吸引濾過機、遠心機、フィルタープレスなどが好ましく用いられる。固液分離により、洗浄された複合酸化物粒子を含む洗浄ケーキが得られる。
【0092】
洗浄ケーキの水分率は、好ましくは2.0質量%以上であり、より好ましくは3.0質量%以上15.0質量%以下であり、より好ましくは4.5質量%以上11.5質量%以下である。水分率が上記範囲である場合、後述する熱処理工程(S40)において、タングステン化合物が溶解し、二次粒子外部と通じている一次粒子間の空隙や不完全な粒界まで水分とともにタングステン化合物に含まれるタングステンが浸透し、一次粒子の表面に十分な量のタングステンを分散させることができる。
【0093】
[混合工程(S30)]
混合工程(S30)は、洗浄ケーキと、タングステン化合物の粒子、又は、タングステン化合物の溶液とを混合して、混合物を得る工程である。混合工程(S30)により、タングステン化合物が、リチウム金属複合酸化物(母材)に浸透することで、リチウム金属複合酸化物10において、電解液と接触可能な一次粒子1の表面にタングステンを分散させることができる。
【0094】
タングステン化合物は、図2に示すように、タングステン化合物の粉末を、洗浄ケーキに添加して混合してもよく、図3に示すように、タングステン化合物を溶解させたアルカリ溶液を洗浄ケーキに加えて混合してもよい。
【0095】
混合工程(S30)において、タングステン化合物の粒子又は水溶液として添加されるタングステン量と、得られる正極活物質100におけるタングステンの含有量は一致することが好ましい。よって、タングステン化合物に含有されるタングステン量は、リチウム金属複合酸化物(母材)に含まれるLi以外の金属元素(Ni、CoおよびM)の原子数の合計に対するWの原子数の割合で、好ましくは0.5原子%以上3.0原子%以下、より好ましくは0.7原子%以上1.7原子%以下となるように調整する。タングステン化合物に含有されるタングステン量が上記範囲である場合、リチウム金属複合酸化物(母材)からの過剰なLiの溶出を抑制するとともに、Liイオンの移動を促す効果が高いタングステン酸リチウムの形成を促進することができる。
【0096】
なお、例えば、特許文献7、8では、焼成後のリチウム金属複合酸化物の粉末に、タングステンを含む化合物の溶液を混合して、一次粒子の表面に化合物20を形成させる方法が記載されている。しかしながら、これらの製造方法では、正極活物質を圧縮時の導電率を十分に低下させるように、化合物20を表層に形成させることは難しい。以下、各混合工程(S30a、S30b)について、図2図3を参照して説明する。
【0097】
(混合工程:S30a)
図2に示すように、混合工程(S30a)は、洗浄ケーキと、タングステンを含む化合物の粒子とを混合して、混合物を得る工程である。
【0098】
タングステン化合物の粒子は、リチウム金属複合酸化物(母材)の二次粒子の内部の一次粒子の表面まで浸透させるため、洗浄ケーキに含有される水分に溶解する程度の水溶性を有することが好ましい。また、洗浄ケーキ中の水分は、リチウム金属複合酸化物(母材)からの余剰リチウムの溶出によってアルカリ性となるため、タングステン化合物の粒子は、アルカリ性において溶解可能な化合物であってもよい。
【0099】
また、混合工程(S30)により、得られる混合物は、熱処理工程(S40)で加熱されるため、常温では水に溶解させることが困難であっても、熱処理時の加温で水に溶解する、又は、焼成物(母材)の表面に存在するリチウム化合物と反応して、リチウム及びタングステンを含む化合物(例えば、タングステン酸リチウム)を形成して溶解するものであってもよい。また、洗浄ケーキ中で溶解したタングステン化合物が、二次粒子内部の一次粒子の表面まで浸透できる量があればよいため、混合工程(S30)後、さらには、熱処理工程(S40)後に、タングステン化合物の一部は固体の状態であってもよく、すなわち、タングステン化合物の粒子は、熱処理工程(S40)の加熱の際に、少なくとも一部が水に溶解可能な状態となっていればよい。
【0100】
タングステン化合物の粒子は、上記特性を有する化合物であればよく、例えば、酸化タングステン、タングステン酸、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸リチウムなどが好ましく、不純物混入の可能性が低い酸化タングステン(WO)、一水和物のタングステン酸(WO・HO)、及び、タングステン酸リチウムがより好ましい。また、タングステン化合物の粒子は、化合物20を形成する際に、リチウム金属複合酸化物(母材)に含まれるリチウムを過剰に引き抜くことを抑制するという観点から、リチウム及びタングステンを含む化合物であることが好ましく、タングステン酸リチウムがより好ましい。
【0101】
また、洗浄ケーキと、タングステン化合物の粒子との混合は、50℃以下の温度で行うことが好ましい。50℃を超える温度とした場合、混合中の乾燥によりリチウム化合物とタングステン化合物との反応を促進させるために必要な混合物中の水分量が得られないことがある。
【0102】
また、洗浄ケーキとタングステン化合物の粉末を混合する際には、一般的な混合機を用いることができる。例えば、シェーカーミキサーやレーディゲミキサー、ジュリアミキサー、Vブレンダーなどを用いてリチウムニッケル複合酸化物の形骸が破壊されない程度で十分に混合すればよい。
【0103】
(混合工程:S30b)
図3に示すように、混合工程(S30b)は、洗浄ケーキと、タングステン化合物の溶液とを混合して、混合物を得る工程である。
【0104】
タングステン化合物の溶液は、タングステン化合物をアルカリ溶液に溶解して作製された、タングステン化合物のアルカリ溶液であることが好ましい。タングステン化合物のアルカリ溶液は、例えば、以下の方法で作製することができる。
【0105】
まず、タングステン化合物をアルカリ溶液に溶解する。タングステン化合物の溶解方法は、通常の粉末の溶解方法でよく、例えば、撹拌装置付の反応槽を用いて溶液を撹拌しながらタングステン化合物を添加して溶解すればよい。タングステン化合物は、アルカリ溶液に完全に溶解させることが、分散の均一性から好ましい。
【0106】
添加するタングステン化合物は、アルカリ溶液に溶解可能なものであればよく、酸化タングステン、タングステン酸リチウム、タングステン酸アンモニウムなど、アルカリに対して易溶性のタングステン化合物を用いることが好ましい。
【0107】
アルカリ溶液に用いるアルカリとしては、高い充放電容量を得るため、正極活物質100にとって有害な不純物を含まない一般的なアルカリ溶液を用いることが好ましい。アルカリとしては、不純物混入のおそれ虞がないアンモニア、水酸化リチウムを用いることができ、Liのインターカレーションを阻害しない観点から水酸化リチウムを用いることが好ましい。
【0108】
アルカリ溶液は水溶液であることが好ましい。タングステンを一次粒子の表面全体に分散させるためには、二次粒子の内部の空隙および不完全な粒界にも浸透させる必要があり、揮発性が高いアルコールなどの溶媒を用いると、アルカリ溶液が二次粒子内部の空隙に浸透する前に、溶媒が蒸発して十分に浸透しないことがある。
【0109】
アルカリ溶液のpHは、タングステン化合物が溶解するpHであればよいが、9以上12以下であることが好ましい。pHが9未満の場合には、リチウム金属複合酸化物(母材)からのリチウム溶出量が多くなり過ぎて電池特性が劣化するおそれがある。また、pHが12を超えると、リチウム金属複合酸化物(母材)に残留する過剰なアルカリが多くなり過ぎて電池特性が劣化するおそれがある。
【0110】
タングステン化合物のアルカリ溶液において、アルカリ溶液中のLi量は、アルカリ溶液中のW量に対する原子数比(Li/W)で、2.5以上4.0以下とすることが好ましい。化合物20の原料となるリチウム(Li)は、リチウム金属複合酸化物(母材)からも溶出して供給されるが、この範囲となるように、リチウムを含むアルカリ(例えば、水酸化リチウム)を加えることで、リチウムとタングステンを含む化合物(例えば、タングステン酸リチウム)を、一次粒子1の表面に形成させるのに十分な量のLiを供給することができる。また、得られる正極活物質100に含有されるリチウム量を、上記物質量比におけるa(Li/Me)の範囲内に容易に調整することができる。
【0111】
また、タングステン化合物の溶液は、洗浄ケーキに含まれる水分をタングステン化合物の溶液に加えて算出したタングステン濃度が0.05mol/L以上2mol/L以下であることが好ましい。タングステン濃度が0.05mol/L未満である場合、タングステン濃度が低く混合するアルカリ溶液が大量に必要となり、上記スラリー化によるLiの溶出が生じることがある。一方、タングステン濃度が2mol/Lを超える場合、タングステン化合物の溶液の液量が少なく、一次粒子の表面にタングステンを均一に分散できないことがある。
【0112】
タングステン化合物の溶液の混合量は、タングステン化合物が攪拌などにより混合可能な液量とすればよく、例えば、洗浄ケーキに含まれる水分をタングステン化合物の溶液に加えて算出した混合量が、洗浄ケーキに含まれるリチウム金属複合酸化物(母材)100gに対して、0.5ml以上150ml以下、好ましくは2ml以上150ml以下、より好ましくは3ml以上100ml以下、さらに好ましくは5ml以上60ml以下である。タングステン化合物の混合量を上記範囲とする場合、リチウム金属複合酸化物(母材)中の層状格子に含まれるLiの溶出を抑制するとともに、一次粒子の表面にタングステンを均一に分散させることができる。
【0113】
一方、タングステン化合物の溶液の混合量(洗浄ケーキの水分を含む)が、リチウム金属複合酸化物(母材)100gに対して0.5ml未満である場合、タングステン化合物の溶液の混合量は、水溶液が少なく、一次粒子の表面にタングステンを均一に分散できないことがある。また、タングステン化合物の溶液が150mlを超える場合、アルカリ溶液が多くなりすぎリチウム金属複合酸化物(母材)と混合する際にスラリー化してしまうことがある。スラリー化した場合、リチウム金属複合酸化物(母材)の層状格子に含まれるLiが溶出してし、得られる正極活物質100において電池特性の低下を招きやすい。
【0114】
なお、混合工程(S30)後の水分の除去を容易にするため、得られた混合物を固液分離した場合、添加したタングステン量と、得られる正極活物質100中のタングステン量が一致せず、正極活物質100中のタングステン量の制御が複雑になる。
【0115】
洗浄ケーキと、タングステン化合物の溶液との混合は、50℃以下の温度で行うことが好ましい。タングステン化合物の溶液は、二次粒子の空隙および粒界にも浸透させることが好ましく、混合の際に、液体であることが好ましい。また、混合を50℃を超える温度とする場合、タングステン化合物の溶液の乾燥が速くなり、二次粒子の空隙および粒界に十分に浸透しないおそれがある。また、乾燥が早すぎる場合、リチウム金属複合酸化物(母材)からLiの溶出が期待できず、タングステン化合物の溶液にLiが含有されない場合、一次粒子1の表面に、リチウムを含む化合物20が十分に形成されないことがある。
【0116】
洗浄ケーキと、タングステン化合物の溶液との混合は、タングステンを十分に分散させるように、リチウム金属複合酸化物(母材)の粉末の形骸が破壊されない程度で十分に混合してやればよい。混合には、上述した混合工程(30a)と同様に、一般的な混合機を使用することができる。程度に混合することができ、
【0117】
[熱処理工程(S40)]
乾燥工程(S40)は、混合工程(S30)により得られた混合物を熱処理する工程である。熱処理工程(S40)により、タングステン化合物より供給されたWと、タングステン化合物の粒子、若しくは、タングステン化合物の溶液より供給されたLi、又は、リチウム金属複合酸化物(母材)から溶出したLiとから、化合物20が形成され、リチウム金属複合酸化物10の一次粒子1の表面に、化合物20が形成された正極活物質100を得ることができる。
【0118】
熱処理条件は特に限定されないが、リチウムイオン二次電池用正極活物質として用いたときの電気特性の劣化を防止するため、酸素雰囲気あるいは真空雰囲気中で100℃以上250℃以下の温度で熱処理することが好ましい。熱処理温度が100℃未満である場合、水分の蒸発が十分ではなく、化合物が十分に形成されない場合がある。一方、熱処理温度が250℃を超える場合、乾燥に時間がかかるだけでなく製造装置も大規模になり工業的規模で実施するに適さない。
【0119】
熱処理時の雰囲気は、雰囲気中の水分や炭酸との反応を避けるため、酸素雰囲気などのような酸化性雰囲気、又は、真空雰囲気とすることが好ましい。
【0120】
熱処理時間は、特に限定されないが、混合物中の水分を十分に蒸発させて、十分な化合物20を形成するため、熱処理時の最高到達温度において0.5時間以上とすることが好ましく、例えば、1時間以上24時間以下である。
【0121】
また、熱処理工程(S40)の前に、熱処理工程(S40)よりも低い温度で熱処理を行う乾燥工程(S35)を行ってもよい。乾燥工程(S35)は、混合物中の水分を除去する工程であり、例えば、80℃以上110℃以下で行うことができる。水分を含む状態で混合物の温度を上げることにより、混合物に含まれるリチウム金属複合酸化物(母材)から溶出するLiが多くなりすぎることがあるが、乾燥工程(S35)を行うことにより、このようなリチウム金属複合酸化物(母材)からLiが溶出しすぎることを抑制し、一次粒子1の表面に適切な量の化合物20を形成することができる。
【0122】
なお、リチウム金属複合酸化物の一次粒子の表面に、化合物20を形成させる上述の製造方法は、上述した物質量比を有するリチウム金属複合酸化物だけでなく、例えば、リチウムコバルト系複合酸化物、リチウムマンガン系複合酸化物、リチウムニッケルコバルトマンガン系複合酸化物などのリチウム金属複合酸化物、さらに一般的に使用されるリチウム二次電池用正極活物質にも適用できる。
【0123】
3.リチウムイオン二次電池
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池(以下、「二次電池」ともいう。)は、上述した正極活物質を含む正極と、負極と、非水系電解質とを備える。二次電池は、例えば、正極、負極、及び非水系電解液を備える。また、二次電池は、例えば、正極、負極、及び固体電解質を備えてもよい。また、二次電池は、リチウムイオンの脱離及び挿入により、充放電を行う二次電池であればよく、例えば、非水系電解液二次電池であってもよく、全固体リチウム二次電池であってもよい。なお、以下に説明する実施形態は例示にすぎず、本実施形態に係る二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基づいて、種々の変更、改良を施した形態に適用してもよい。
【0124】
[正極]
上述した正極活物質を用いて、二次電池の正極を作製する。以下に正極の製造方法の一例を説明する。
【0125】
まず、上記の正極活物質、導電材および結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの目的の溶剤を添加し、これを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、目的とする二次電池の性能に応じて、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比は、適宜、調整することができる。例えば、溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合、正極活物質の含有量を60質量部以上95質量部以下、導電材の含有量を1質量部以上20質量部以下とし、結着剤の含有量を1質量部以上20質量部以下としてもよい。
【0126】
得られた正極合材ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して溶剤を飛散させ、シート状の正極が作製される。必要に応じ、電極密度を高めるべくロールプレス等により加圧することもある。このようにして得られたシート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断等し、電池の作製に供することができる。ただし、正極の作製方法は、前記例示のものに限られることなく、他の方法に依ってもよい。
【0127】
導電材としては、例えば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛および膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料などを用いることができる。
【0128】
結着剤(バインダー)としては、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂およびポリアクリル酸などを用いることができる。
【0129】
必要に応じ、正極活物質、導電材および活性炭を分散させて、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加する。溶剤としては、具体的には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加することができる。
【0130】
[負極]
負極として、金属リチウムやリチウム合金などを用いてもよい。また、負極として、リチウムイオンを吸蔵および脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを用いてもよい。
【0131】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛およびフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、およびコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質および結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶剤を用いることができる。
【0132】
[セパレータ]
正極と負極との間には、セパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、公知のものを用いることができ、例えば、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0133】
[非水系電解質]
非水系電解質としては、例えば非水系電解液を用いることができる。非水系電解液は、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものである。また、非水系電解液として、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオンおよびアニオンから構成され、常温でも液体状の塩をいう。
【0134】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネートおよびトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネートおよびジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフランおよびジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独、又は2種以上を混合して用いることができる。
【0135】
支持塩としては、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiN(CFSO、およびそれらの複合塩などを用いることができる。さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤および難燃剤などを含んでいてもよい。
【0136】
また、非水系電解質としては、固体電解質を用いてもよい。固体電解質は、高電圧に耐えうる性質を有する。固体電解質としては、無機固体電解質、有機固体電解質が挙げられる。
【0137】
無機固体電解質としては、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質等が挙げられる。
【0138】
酸化物系固体電解質としては、特に限定されず、例えば酸素(O)を含有し、かつリチウムイオン伝導性と電子絶縁性とを有するものを好適に用いることができる。酸化物系固体電解質としては、例えば、リン酸リチウム(LiPO)、LiPO、LiBO、LiNbO、LiTaO、LiSiO、LiSiO-LiPO、LiSiO-LiVO、LiO-B-P、LiO-SiO、LiO-B-ZnO、Li1+XAlTi2-X(PO(0≦X≦1)、Li1+XAlGe2-X(PO(0≦X≦1)、LiTi(PO、Li3XLa2/3-XTiO(0≦X≦2/3)、LiLaTa12、LiLaZr12、LiBaLaTa12、Li3.6Si0.60.4等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0139】
硫化物系固体電解質としては、特に限定されず、例えば硫黄(S)を含有し、かつリチウムイオン伝導性と電子絶縁性とを有するものを好適に用いることができる。硫化物系固体電解質としては、例えば、LiS-P、LiS-SiS、LiI-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiS-B、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiPO-P等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0140】
なお、無機固体電解質としては、上記以外のものを用いてよく、例えば、LiN、LiI、LiN-LiI-LiOH等を用いてもよい。
有機固体電解質としては、イオン伝導性を示す高分子化合物であれば、特に限定されず、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。また、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含んでいてもよい。
【0141】
なお、非水系電解液に代わり固体電解質を用いて二次電池を構成することも可能である。固体電解質は高電位でも分解しないので、非水系電解液で見られるような充電時の電解液の分解によるガス発生や熱暴走が無いため、高い熱安定性を有している。そのため、本発明による正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池に用いた場合、より熱安定性の高い二次電池を得ることができる。
【0142】
[二次電池の形状、構成]
二次電池の構成は、特に限定されず、上述したように正極、負極、セパレータ、非水系電解質などで構成されてもよく、正極、負極、固体電解質などで構成されもよい。また、二次電池の形状は、特に限定されず、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。
【0143】
例えば、二次電池が非水系電解液二次電池である場合、正極および負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、および、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、二次電池を完成させる。
【0144】
なお、本実施形態に係る二次電池は非水系電解質として非水系電解液を用いた形態に限定されるものではなく、例えば固体の非水系電解質を用いた二次電池、すなわち全固体電池とすることもできる。全固体電池とする場合、正極活物質以外の構成は必要に応じて変更することができる。
【0145】
[電池特性]
本実施形態に係る正極活物質100を用いて得られたリチウムイオン二次電池は、高い電池容量を有し、かつ、低い正極抵抗を有するため、高出力となる。
【0146】
例えば、図4に示すような、正極に正極活物質100を用いた2032型コイン型電池CBAでは、初期放電容量が、好ましくは160mAh/g以上、より好ましくは185mAh/g以上、より好ましくは190mAh/g以上、さらに好ましくは200mAh/g以上とすることができる。
【0147】
また、正極抵抗を低減することにより、高出力とすることができる。正極抵抗は、例えば、リチウム金属複合酸化物(母材)の高い初期放電容量と低い正極抵抗が得られ、さらに高容量で高出力である。また、熱安定性が高く、安全性においても優れているといえる。
【0148】
なお、正極抵抗の測定方法を例示すれば、以下のようである。電気化学的評価手法として一般的な交流インピーダンス法にて電池反応の周波数依存性について測定を行うと、溶液抵抗、負極抵抗と負極容量、および正極抵抗と正極容量に基づくナイキスト線図が図5のように得られる。
【0149】
電極における電池反応は、電荷移動に伴う抵抗成分と電気二重層による容量成分とからなり、これらを電気回路で表すと抵抗と容量の並列回路となり、電池全体としては溶液抵抗と負極、正極の並列回路を直列に接続した等価回路で表される。この等価回路を用いて測定したナイキスト線図に対してフィッティング計算を行い、各抵抗成分、容量成分を見積もることができる。正極抵抗は、得られるナイキスト線図の低周波数側の半円の直径と等しい。以上のことから、作製される正極について、交流インピーダンス測定を行い、得られたナイキスト線図に対し等価回路でフィッティング計算することで、正極抵抗を見積もることができる。
【実施例
【0150】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0151】
なお、実施例及び比較例における正極活物質に含有される金属の分析方法及び正極活物質の各種評価方法は、以下の通りである。また、本実施例では、正極活物質および二次電池の作製には、和光純薬工業株式会社製試薬特級の各試料を使用した。
【0152】
(1)組成の分析:ICP発光分析法で測定した。
【0153】
(2)体積平均粒径(Mv)、および粒径のばらつき指数〔(D90-D10)/平均体積粒径〕:レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(日機装株式会社製、マイクロトラックHRA)により、体積基準で行なった。
【0154】
(3)BET比表面積
比表面積測定装置(ユアサアイオニクス株式会社製、カンタソーブQS-10)を用いて、窒素ガス吸着によるBET法を用いて評価した。
【0155】
(4)体積抵抗率:正極活物質5gを直径20mmの円柱状に4.0g/cmとなるように加圧成型した後、加圧した状態でJIS K 7194:1994に準拠した4探針法による抵抗率試験方法により測定して求めた。
【0156】
(二次電池の製造および評価)
正極活物質の評価には、図4に示す2032型コイン型電池CBA(以下、「コイン型電池CBA」という。)を使用した。
【0157】
図4に示すように、コイン型電池CBAは、ケースCAと、このケースCA内に収容された電極ELとから構成されている。ケースCAは、中空かつ一端が開口された正極缶OCと、この正極缶PCの開口部に配置される負極缶NCとを有しており、負極缶NCを正極缶PCの開口部に配置すると、負極缶NCと正極缶PCとの間に電極ELを収容する空間が形成されるように構成されている。
【0158】
電極ELは、正極PE、セパレータSEおよび負極NEとからなり、この順で並ぶように積層されており、正極PEが正極缶PCの内面に接触し、負極NEが負極缶NCの内面に接触するようにケースCAに収容されている。なお、ケースCAはガスケットGAを備えており、このガスケットGAによって、正極缶PCと負極缶NCとの間が非接触の状態を維持するように相対的な移動が固定されている。また、ガスケットGAは、正極缶PCと負極缶NCとの隙間を密封してケースCA内と外部との間を気密液密に遮断する機能も有している。また、コイン型電池CBAは、以下のようにして製作した。
【0159】
まず、正極活物質52.5mg、アセチレンブラック15mg、およびポリテトラフッ化エチレン樹脂(PTFE)7.5mgを混合し、100MPaの圧力で直径11mm、厚さ100μmにプレス成形して、正極PEを作製した。作製した正極PEを真空乾燥機中120℃で12時間乾燥した。
【0160】
この正極PEと、負極NE、セパレータSEおよび電解液とを用いて、上述したコイン型電池CBAを、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス内で作製した。
【0161】
なお、負極NEには、直径14mmの円盤状に打ち抜かれた平均粒径20μm程度の黒鉛粉末とポリフッ化ビニリデンが銅箔に塗布された負極シートを用い、セパレータSEには膜厚25μmのポリエチレン多孔膜を用いた。電解液には1MのLiClOを支持電解質とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合液(富山薬品工業株式会社製)を用いた。
【0162】
また、初期放電容量、正極抵抗は、以下のように評価した。
(初期放電容量)
初期放電容量は、コイン型電池CBAを製作してから24時間程度放置し、開回路電圧OCV(Open Circuit Voltage)が安定した後、正極に対する電流密度を0.1mA/cmとしてカットオフ電圧4.3Vまで充電し、1時間の休止後、カットオフ電圧3.0Vまで放電したときの容量を初期放電容量とした。
【0163】
(正極抵抗)
また、正極抵抗は、コイン型電池CBAを充電電位4.1Vで充電して、周波数応答アナライザおよびポテンショガルバノスタット(ソーラトロン製、1255B)を使用して交流インピーダンス法により測定すると、図5に示すナイキストプロットが得られる。このナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、および、正極抵抗とその容量を示す特性曲線の和として表しているため、このナイキストプロットに基づき等価回路を用いてフィッティング計算を行い、正極抵抗の値を算出した。なお、正極抵抗は、実施例1の正極抵抗をそれぞれ100とした相対値を評価値として評価した。
【0164】
[実施例1]
母材は、Niを主成分とする酸化物と水酸化リチウムを混合して焼成する公知技術で得られたLi1.025Ni0.88Co0.09Al0.03で表されるリチウムニッケル複合酸化物粒子とした。得られたリチウムニッケル複合酸化物粒子は、走査型電子顕微鏡(SEM)観察により、一次粒子が凝集して形成された二次粒子と、凝集せずに独立した僅かな一次粒子からなっていることを確認した。このリチウム金属複合酸化物粒子のレーザー回折散乱法における体積積算による平均値は11.6μmであった。
【0165】
150gの母材に25℃の純水を150mL添加しスラリーとし、15分間の水洗を行った。水洗後はヌッチェを用いて濾過することで固液分離した。洗浄ケーキの水分率は7.8%であった。
【0166】
次にリチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が1.3原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を5.3g添加し、シェーカーミキサー装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製TURBULA TypeT2C)を用いて十分に混合し、混合粉末を得た。得られた混合粉末はSUS製容器に入れ、真空乾燥機を用いて100℃に加温して12時間、190℃に加温して10時間、静置乾燥し、その後炉冷した。
【0167】
最後に目開き38μmの篩にかけ解砕することにより、一次粒子表面にタングステン酸リチウムの微粒子を有する正極活物質を得た。
【0168】
得られた正極活物質の組成を分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は1.01:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して1.3原子%であることが確認された。また、得られた正極活物質のBET法による比表面積は、0.57m/gであった。
【0169】
[リチウムとタングステンを含む化合物の形態分析]
得られた正極活物質を、樹脂に埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工を行ったものについて、倍率を5000倍としたSEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子および一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなり、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の微粒子が形成されていることが確認された。微粒子の粒子径は、30~220nmの範囲であった。
【0170】
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~170nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。
【0171】
[粉体圧縮時の導電率]
正極活物質表面の電子伝導率を評価するため、得られた正極活物質を3.2g/ccまで圧縮した状態で表面の導電率を測定(三菱化学アナリテック社製ロレスター)したところ、1.6×10-3S/cmであった。
【0172】
[電池評価]
得られた正極活物質を使用して作製された正極を有する図2に示すコイン型電池CBAの電池特性を評価した。初期放電容量は206mAh/gであった。以下、実施例及び比較例については、上記実施例1と変更した物質、条件のみを示す。また、これらの実施例及び比較例の初期放電容量及び正極抵抗の評価値を表1に示す。
【0173】
[実施例2]
リチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が0.9原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を3.0g添加した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0174】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は1.00:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して0.9原子%であることが確認された。
【0175】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径30~220nmの微粒子が形成されていることを確認した。
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~140nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。評価結果をまとめて表1に示す。
【0176】
[実施例3]
リチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が0.6原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を2.0g添加した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0177】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は0.99:0.91:0.06:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して0.6原子%であることを確認した。
【0178】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径30~220nmの微粒子が形成されていることを確認した。
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~110nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、その化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。評価結果をまとめて表1に示す。
【0179】
[実施例4]
リチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が2.5原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を8.3g添加した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0180】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は1.04:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して2.5原子%であることを確認した。
【0181】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径40~320nmの微粒子が形成されていることを確認した。さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~180nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、その化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。評価結果をまとめて表1に示す。
【0182】
[比較例1]
洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を添加せず、洗浄ケーキをそのまま乾燥させた以外は実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0183】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は0.98:0.88:0.09:0.03であることを確認した。
また、比較例1で得られた正極活物質の比表面積は、母材の比表面積に相当するものであり、比表面積は1.40m/gであった。評価結果をまとめて表1に示す。
【0184】
[比較例2]
リチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が0.3原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を1.0g添加した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0185】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は0.99:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して0.3原子%であることを確認した。
【0186】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径30~150nmの微粒子が形成されていることを確認した。
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~80nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、その化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。評価結果をまとめて表1に示す。
【0187】
[比較例3]
リチウムニッケル複合酸化物に含まれるNi、Co及びAlの原子数の合計に対してW量が6.0原子%となるように、洗浄ケーキにタングステン酸リチウム(LiWO)を19.9g添加した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0188】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は1.09:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して6.0原子%であることを確認した。
【0189】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径50~580nmの微粒子が形成されていることを確認した。
さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面に膜厚1~190nmのリチウムとタングステンを含む化合物の被覆が形成され、化合物はタングステン酸リチウムであることを確認した。評価結果をまとめて表1に示す。
【0190】
[比較例4]
リチウムニッケル複合酸化物を水洗せずにタングステン酸リチウム(LiWO)を加えた以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得るとともに評価した。
【0191】
得られた正極活物質の組成をICP法により分析したところ、Li:Ni:Co:Alのモル比は1.05:0.88:0.09:0.03、タングステン含有量はNi、Co及びAlの原子数の合計に対して1.3原子%であることを確認した。
【0192】
SEMによる断面観察を行ったところ、一次粒子表面にリチウムとタングステンを含む化合物の粒子径30~550nmの微粒子が形成されていることを確認した。さらに、得られた正極活物質の一次粒子の表面付近を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察したところ、一次粒子の表面にリチウムとタングステンを含む化合物の被覆は確認されなかった。評価結果をまとめて表1に示す。
【0193】
【表1】
【0194】
[評価]
表1から明らかなように、実施例1~4の正極活物質は、本発明に従って製造されたため、比較例に比べて初期放電容量が高く、正極抵抗および粉体表面の導電率も低いものとなっており、優れた特性を有した電池となっている。
【0195】
また、図3に本発明の実施例で得られた正極活物質のSEM観察結果の一例を示すが、得られた正極活物質は一次粒子及び一次粒子が凝集して構成された二次粒子からなり、二次粒子表層にタングステン酸リチウム(白色状の被膜)が存在するとともに、一次粒子表面にタングステン酸リチウムの微粒子が形成されていることが確認された。
【0196】
比較例1は、一次粒子表面に本発明に係るタングステン酸リチウムの微粒子が形成されていないため、正極抵抗および粉体の導電率が大幅に高く、高出力化や耐短絡特性の要求に対応することは困難である。
【0197】
比較例2は、タングステンの添加量が少なかったため、リチウムとタングステンを含む化合物の形成が少なく、正極抵抗は低いものとなっているが導電率が高く、耐短絡特性の要求に対応するには不十分である。
【0198】
比較例3は、タングステンの添加量が多かったため、リチウムとタングステンを含む化合物が過剰に形成したと考えられ、粉体の導電率は低いものとなっているが、放電容量が低く、正極抵抗も高いものとなり、電池特性が低下している。
【0199】
比較例4は、水分を含まない粉末の混合となり、正極活物質表面に被膜の形成は確認されず、リチウムとタングステンを含む化合物が付着した粒子の割合も低いものとなり、正極抵抗および粉体の導電率が高く、高出力化や耐短絡特性の要求に対応することは困難である。
【産業上の利用可能性】
【0200】
本発明の非水系電解質二次電池は、常に高容量を要求される小型携帯電子機器(ノート型パーソナルコンピュータや携帯電話端末など)の電源に好適であり、高出力が要求される電気自動車用電池にも好適である。
【0201】
また、本発明の非水系電解質二次電池は、優れた安全性を有し、小型化、高出力化が可能であることから、搭載スペースに制約を受ける電気自動車用電源として好適である。なお、本発明は、純粋に電気エネルギーで駆動する電気自動車用の電源のみならず、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの燃焼機関と併用するいわゆるハイブリット車用の電源としても用いることができる。
【符号の説明】
【0202】
CBA…コイン型電池(評価用)
PE…正極(評価用電極)
NE…負極
SE…セパレータ
GA…ガスケット
WW…ウェーブワッシャー
PC…正極缶
NC…負極缶
G…空隙
図1
図2
図3
図4
図5
図6