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特許7356625癌患者の予後予測方法、抗癌療法の有効性の予測方法および癌患者に対する適切な療法の選択方法
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  • 特許-癌患者の予後予測方法、抗癌療法の有効性の予測方法および癌患者に対する適切な療法の選択方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】癌患者の予後予測方法、抗癌療法の有効性の予測方法および癌患者に対する適切な療法の選択方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230928BHJP
   G01N 33/66 20060101ALI20230928BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/66 A
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021530705
(86)(22)【出願日】2020-07-07
(86)【国際出願番号】 JP2020026589
(87)【国際公開番号】W WO2021006276
(87)【国際公開日】2021-01-14
【審査請求日】2022-01-11
(31)【優先権主張番号】P 2019127042
(32)【優先日】2019-07-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(72)【発明者】
【氏名】萩原 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】大佐賀 智
(72)【発明者】
【氏名】池田 宣之
(72)【発明者】
【氏名】高杉 諭
(72)【発明者】
【氏名】芦田 欣也
(72)【発明者】
【氏名】中村 健太郎
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-070624(JP,A)
【文献】国際公開第2019/059349(WO,A1)
【文献】特開2014-119312(JP,A)
【文献】特表2002-525632(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0037907(US,A1)
【文献】古川健司 ほか,ステージIV進行再発大腸がん、乳がんに対する修正MCTケトン食による安全性と有効性の評価(pilot study),日本静脈経腸栄養学会雑誌,2017年08月25日,Vol.32, No.3,pp.1154-1161
【文献】萩原圭祐 ほか,メタボローム解析を用いた癌ケトン食治療の作用機序の探索,第55回日本癌治療学会学術集会抄録,2017年10月,WS9-2
【文献】O'MAHONY, C. et al.,Altered Immunometabolism As a Result of Colonic Inflammation and Westernized Diet in Experimental Mo,Gastroenterology,2015年04月,Vol.148, No.4, Supplement 1,S-335
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 33/66
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌患者の予後を予測するための方法であって、癌患者における栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標を測定することを含み、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の組み合わせを予後の指標として用い、栄養状態の指標がアルブミンの血中濃度であり、糖代謝状態の指標がグルコースの血中濃度であり、炎症状態の指標がC反応性タンパク(CRP)の血中濃度であり、かつ、癌患者がケトン食療法を実施した患者である、前記予測するための方法。
【請求項2】
癌患者が、パフォーマンスステータス2以下の難治性癌患者である、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の参照】
【0001】
本願は、先行する日本国出願である特願2019-127042(出願日:2019年7月8日)の優先権の利益を享受するものであり、その開示内容全体は引用することにより本明細書の一部とされる。
【技術分野】
【0002】
本発明は、癌患者の予後の予測方法に関する。本発明はまた、癌患者における抗癌療法の有効性の予測方法と、癌患者に対する適切な療法の選択方法に関する。本発明はさらに、ケトン食療法における癌患者の予後の予測方法に関する。本発明はまた、癌患者におけるケトン食療法の有効性の予測方法と、ケトン食療法における癌患者に対する適切な療法の選択方法に関する。
【背景技術】
【0003】
近年、食生活の欧米化に伴い、胃癌に代わり大腸癌、乳癌、肺癌および前立腺癌等の欧米に多くみられる癌が増加している。早期発見により切除可能な胃癌や大腸癌等の癌腫では患者の生命予後は改善されつつあるが、難治性の癌である膵臓癌や骨肉腫等の多くは早期発見が困難であり臨床的な対応は大きな課題として存在する。既存の癌治療は、主として、外科的切除、化学療法および放射線治療であり、肺癌や膵臓癌では化学療法による治療効果は十分といえない。よって、癌患者における有効な療法の開発が更に求められており、とりわけ難治性の癌患者への新たな療法が強く求められている。
【0004】
ところで、ケトン体は、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの総称であり、生体内では脂肪酸のβ酸化によって肝臓で合成される。ヒトは絶食状態や長時間の運動によりグルコースの供給が不足した際には、脂肪を分解して脂肪酸からケトン体を産生し、それをエネルギー源とする(非特許文献1)。体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事として、高脂質低糖質食であるケトン食が古くから知られ、ケトン食の摂取によって血中のケトン体濃度が上昇する。これまでにケトン食療法が癌の治療に有効であることが報告されている(特許文献1)が、癌患者におけるケトン食療法の効果を予測できる簡便な指標は存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2017/038101号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Vidali S, et al., Int J Biochem Cell Biol. 63, 55-59 (2015)
【発明の概要】
【0007】
本発明は、癌患者において予後を予測する方法と、癌患者における抗癌療法の有効性を予測する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、癌患者に対する適切な療法を選択する方法を提供することを目的とする。本発明はさらに、ケトン食療法を実施する癌患者において予後を予測する方法と、該患者におけるケトン食療法の有効性を予測する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、ケトン食療法における癌患者に対する適切な療法を選択する方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは今般、癌患者における栄養状態、糖代謝状態および炎症状態に関する指標について検討したところ、これらの指標を用いて癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者における抗癌療法の効果を予測でき、さらには癌患者に対する適切な療法の選択が可能となることを見出した。本発明者らはまた、糖質を制限した高脂肪食療法を実施した末期癌患者において血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度を指標として用いたところ、癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者におけるケトン食療法の効果を予測でき、さらには癌患者において療法の選択が可能となることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0009】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]癌患者の予後の予測方法であって、癌患者における栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を予後の指標として使用することを特徴とする、前記予測方法。
[2]癌患者における抗癌療法の有効性の予測方法であって、癌患者における栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を癌患者における抗癌療法の有効性の指標として使用することを特徴とする、前記予測方法。
[3]癌患者に対する適切な療法の選択方法であって、癌患者における栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を癌患者に対する適切な療法の選択の指標として使用することを特徴とする、前記選択方法。
[4]癌患者の治療方法であって、上記[3]に記載の方法を実施して癌患者に対する適切な療法を選択する工程と、選択した療法を該患者に対して実施する工程とを含む、前記方法。
[5]栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の組み合わせを指標として用いる、上記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]栄養状態の指標が、アルブミンの血中濃度である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]糖代謝状態の指標が、グルコースの血中濃度である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]炎症状態の指標が、C反応性タンパク(CRP)の血中濃度である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]癌患者が、パフォーマンスステータス2以下の難治性癌患者である、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]癌患者が、ケトン食療法を実施した患者である、上記[1]および[5]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]癌患者が、ケトン食療法を実施した患者である、上記[2]および[5]~[9]のいずれかに記載の方法。
[12]癌患者が、ケトン食療法を実施した患者である、上記[3]および[5]~[9]のいずれかに記載の方法。
[13]癌患者が、ケトン食療法を実施した患者である、上記[4]~[9]のいずれかに記載の方法。
[14]ケトン食療法が、下記(ア)、(イ)および(ウ):
(ア)最初の1週間は、実質体重を50kgを基準とした場合、1日カロリー約1500kcal、脂質約140g:タンパク質約60g:糖質(食物繊維以外の炭水化物)約10gの比率で食事が対象に提供される、
(イ)2週目~3か月目では、糖質の1日摂取量は約20g以下とし、1日カロリー約1400~約1600kcal、脂質約120~約140g:タンパク質約70g:糖質約20gの比率で食事が対象に提供される、および
(ウ)3か月目以降は、糖質の1回摂取量は約10g/回として、1日摂取量は約30g以下とし、その他は、前記(2)に準じて食事が対象に提供される
に従って実施される、上記[10]~[13]のいずれかに記載の方法。
【0010】
上記[1]および[10]の予測方法を、以下単に「本発明の予後予測方法」ということがある。上記[2]および[11]の予測方法を、以下単に「本発明の抗癌療法の有効性の予測方法」ということがある。上記[3]および[12]の選択方法を、以下単に「本発明の選択方法」ということがある。上記[4]および[13]の治療方法を、以下単に「本発明の治療方法」ということがある。
【0011】
本発明によれば、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標として使用する、癌患者の予後の予測方法、癌患者における抗癌療法の有効性の予測方法および癌患者に対する適切な療法の選択方法が提供される。本発明によればまた、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標として使用する、ケトン食療法における癌患者の予後の予測方法、癌患者におけるケトン食療法の有効性の予測方法およびケトン食療法における癌患者に対する適切な療法の選択方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせを指標とした、カプラン・マイヤー法による生存率曲線を示す図である。
【発明の具体的説明】
【0013】
<<定義>>
<ケトン食療法>
本発明において「ケトン食」とは、「糖質制限高脂肪食」を意味し、「ケトン食療法」とは、ケトン食を対象に摂取させることに基づく療法を意味する。
【0014】
ここで、「高脂肪食」は、総摂取エネルギー量に対して約30%以上のエネルギーに相当する脂肪を摂取させるものをいう。この数値は、平成17年および18年国民健康・栄養調査によれば、通常、総摂取エネルギー量の30%以上を脂質から摂取するとされていることに基づく。「高脂肪食」は、総摂取エネルギー量に対する摂取脂肪量に相当するエネルギーの割合で規定することができ、その割合の下限値は約50%、約55%、約60%、約65%または約70%とすることができ、その割合の上限値は約95%、約90%、約85%または約80%とすることができる。これらの下限値および上限値はそれぞれ任意に組み合わせて数値範囲にすることができる。「高脂肪食」は、例えば、総摂取エネルギー量に対して約50%~約95%、約60%~約90%、約65%~約85%または約70%~約80%のエネルギーに相当する脂肪を摂取させるものとすることができる。なお、本発明においてエネルギー比率は、脂肪1gあたり9kcalで計算する。
【0015】
「高脂肪食」はまた、実質体重50kgを基準とした場合に、1日あたり約80g以上の脂肪を摂取させるものをいう。「高脂肪食」は、実質体重50kgを基準とした場合の1日あたりの摂取脂肪量で規定することができ、その摂取脂肪量の下限値は約80g、約85g、約90g、約95g、約100g、約105g、約110g、約115gまたは約120gとすることができ、その摂取脂肪量の上限値は約180g、約175g、約170g、約165g、約160g、約155g、約150g、約145g、約140gとすることができる。これらの下限値および上限値はそれぞれ任意に組み合わせて数値範囲にすることができる。「高脂肪食」は、実質体重50kgを基準とした場合に、1日あたり約80g~約180g、1日あたり約90g~約170g、1日あたり約100g~約160g、1日あたり約110g~約150gまたは1日あたり約120g~約140gの脂肪を摂取させるものとすることができる。
【0016】
また、「糖質制限」は、実質体重50kgを基準とした場合に、1日あたり約100g以下の糖質を摂取させることをいう。この数値は、2010年の厚生労働省の栄養の報告書において、「仮に基礎代謝量を1,500kcal/日とすれば、脳のエネルギー消費量は300kcal/日になり、ぶどう糖75g/日に相当する。上記のように脳以外の組織もぶどう糖をエネルギー源として利用することから、ぶどう糖の必要量は少なくとも100g/日と推定され、すなわち、消化性炭水化物の最低必要量はおよそ100g/日と推定される」と記述されていることから算出されるものであり、変動し得ることが理解される。「糖質制限食」は、実質体重50kgを基準とした場合の1日あたりの摂取糖質量で規定することができ、その摂取糖質量の下限値は約5g、約10g、約15g、約20g、約25gまたは約60gとすることができ、その摂取脂肪量の上限値は約70g、約35g、約30g、約25g、約20g、約15gとすることができる。これらの下限値および上限値はそれぞれ任意に組み合わせて数値範囲にすることができる。「糖質制限食」は、実質体重50kgを基準とした場合に、1日あたり約60~70g、1日あたり約5g~約15g、1日あたり約15g~約25gまたは1日あたり約25g~約35gの糖質を摂取させるものとすることができる。
【0017】
本発明におけるケトン食の好ましい態様においては、導入期の糖質制限をさらに制限してもよく、例えば、約20g/日以下あるいは約10g/日以下に制限してもよい。導入期の糖質制限をさらに限定することにより血中ケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸)を急速に誘導することが可能となる。但し、導入初期の食事内容は、従来の食習慣と異なることから、継続が困難であり、徐々に糖質摂取量の制限を軽減していくことで、ケトン食の継続が可能となり、治療効果も認められる。従って、糖質の制限量(炭水化物の摂取量)は、初期量において厳格な制限(例えば、約10g/日以下)から徐々に緩やかにするという特徴を有する限り、約10g/日→約20g/日→約30g/日等に限定されるものではない。従って、初期導入量では例えば、場合により約5~約15g/日あるいはその前後(±約5g/日)で開始することができ、第2段階では約15~約25g/日あるいはその前後(±約5g/日)で維持することができ、最後の維持段階では、約25~約35g/日あるいはその前後(±約10g/日)で継続することができる。
【0018】
本発明におけるケトン食は、ケトン比(脂質/(タンパク質+糖質))(質量比)に基づいて定めることができる。ここで、本発明におけるケトン食は、ケトン比は、約1以上(好ましくは約2以上、より好ましくは約2.5以上)である食事が挙げられ、ケトン比の上限値は例えば約4または約3.5とすることができる。また、ケトン比は、例えば、約1~約2に設定してもよく、導入時は約2とすることができる。タンパク質および糖質の量はケトン比がこの定義を充足する限り任意の量とすることができるが、好ましくは、1日約30g以下であり、より好ましくは1日約20g以下であり、さらに好ましくは1日約10g以下であり、あるいは時期によってこれらを組み合わせてもよい。1回の摂取量は、1日の摂取量の範囲であればどのような範囲でもよいが、好ましくは、1回約10g以下とすることができる。
【0019】
本発明におけるケトン食の好ましい態様としては、ケトンフォーミュラ(817-B;株式会社明治製)およびこれと同等の組成を有する組成物並びにその改変物(例えば、ケトンフォーミュラ(817-B)において糖質および/またはタンパク質をさらに低減したもの(例えば、ケトンフォーミュラ(817-B)において各成分について独立して±約5%、±約10%、±約15%、±約20%または±約25%変更したもの))が挙げられる。
【0020】
本発明におけるケトン食ではまた、中鎖脂肪酸油を組み合わせて使用してもよい。ここで「中鎖脂肪酸油」とは、油脂中を構成する脂肪酸の長さが中鎖であるものをいい、MCT(Medium Chain Triglyceride)または中鎖脂肪酸トリグリセリドとも称され、代表的には炭素数が6~12、好ましくは炭素数8~12の脂肪酸で構成されるもの、炭素数8~11の脂肪酸で構成されるもの、あるいは炭素数8~10の脂肪酸で構成されるものを指す。
【0021】
中鎖脂肪酸油はココナッツ、パームフルーツ等のヤシ科植物等の植物体や、牛乳等の乳製品に含まれる油脂中に存在するため、これらの油脂(好ましくはパーム核油等の植物油脂)から抽出(粗抽出を含む)あるいは精製(粗精製を含む)した中鎖脂肪酸油をそのまままたは原料として使用することができる。あるいは、化学合成法による産物や市販品を中鎖脂肪酸油として使用してもよい。中鎖脂肪酸油は、例えば、日清MCTオイルや日清MCTパウダー(日清オイリオグループ株式会社製)やエキストラバージンココナッツオイル(日清オイリオグループ株式会社製)を利用することができる。
【0022】
本発明においてケトン食療法は、上記のようなケトン食を所定期間(例えば3か月)継続的に対象に摂取させることで実施することができる。本発明におけるケトン食療法では、必要な微量元素やビタミンをサプリメント等により対象に摂取させることができる。
【0023】
本発明においてケトン食療法は、例えば、以下のように実施することができる。
(1)最初の1週間は、カロリーは、実質体重をもとに約30kcal/kg体重とし、脂質制限なし、タンパク質制限なし、糖質(食物繊維以外の炭水化物)約10g以下を目標とする。具体的には、導入初期には、実質体重を50kgとして、1日カロリー約1500kcal、脂質約140g:タンパク質約60g:糖質約10gの比率とする。ケトン比(脂質/(タンパク質+糖質))は2を目標とする。その他の栄養素は制限なく摂取可能とする。必要な微量元素やビタミンはサプリメント等の使用で適宜摂取する。期間は、適宜伸縮することができ数日から数週間にしてもよい。
【0024】
(2)2週目~3か月目では、血中ケトン体の値を参考に、糖質量並びにケトンフォーミュラおよびMCTオイルによる中鎖脂肪酸の摂取量を調整する。例えば、アセト酢酸500μmol/L以上、βヒドロキシ酪酸1000μmol/L以下にならないように指導し、可能であれば、アセト酢酸1000μmol/L以上、βヒドロキシ酪酸2000μmol/L以上を目標にする。糖質の1日摂取量は約20g以下とし、1日カロリー約1400~約1600kcal、脂質約120~約140g:タンパク質約70g:糖質約20gの比率とし、ケトン比は約1~約2を目標とする。カロリー補給に際しては、好ましくは、MCTオイルおよびケトンフォーミュラを使用することができる。期間は、適宜伸縮することができ2週間を少し前後してもよく、3カ月目も多少前後ずれてもよい(1、2週間または数週間のずれ程度は許容される)。
【0025】
(3)3か月目以降は、炭水化物の1回摂取量は、10g/日として、1日摂取量は約30g以下とし、その他は上記(2)に準じる。(2)以降であるため3カ月目がずれた場合は自ずからずれることになる。
【0026】
<癌>
本発明において「癌」とは、正常な細胞が突然変異を起こして発生する腫瘍を含む意味で用いられる。癌は、全身のあらゆる臓器や組織から生じ得る。本発明において「癌」としては、肺癌、卵巣癌、膀胱癌、口唇腺様嚢胞癌、腎癌、尿路上皮癌、大腸癌、前立腺癌、多形神経膠芽腫、膵癌、乳癌、メラノーマ、肝癌、胃癌、および食道癌等の癌が挙げられ、癌患者は癌に罹患した者を意味する。
【0027】
本発明において「抗癌療法」とは、癌に対する療法を意味し、例えば、切除・摘出術等の手術療法、化学療法、放射線療法、CAR-T細胞療法等の癌免疫療法およびケトン食療法等の食事療法が挙げられ、これらの一部または全部の組み合わせも含まれる。
【0028】
本発明において抗癌療法(特にケトン食療法)の対象となる癌患者は、難治性癌患者とすることができる。難治性癌としては、ステージIVの末期癌、切除困難な癌、早期発見が困難な癌、転移性の癌等の、従来治療が難しいとされていた種類やステージの癌が挙げられる。難治性癌患者としては、パフォーマンスステータス2以下の難治性癌患者が挙げられる。
【0029】
<<予後予測方法>>
本発明の予後予測方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を予後の指標として使用する。
【0030】
本発明において「栄養状態の指標」とは、栄養状態と相関する指標を意味し、血液検査や尿検査、身体計測や体力測定、運動機能測定等により測定または算出が可能な指標を指す。栄養状態の指標は、栄養状態と相関する指標であれば特に限定されないが、例えば、対象から得られた血液や尿等の生体試料に含まれ、かつ、栄養状態と相関する物質またはそれらの生体試料中の濃度等、より具体的には、アルブミン、プレアルブミン(トランスサイレチン)、トランスフェリン、レチノール結合タンパク(RPB)、各種アミノ酸またはそれらの誘導体(3-メチルヒスチジン、BCAA、ロイシン、イソロイシン、バリン等)等の血中濃度や尿中濃度等が挙げられる。また、栄養状態と相関する指標としては、対象の身体計測や体力測定、運動機能測定等により測定または算出され、かつ、栄養状態と相関する指標であってもよく、例えば、徐脂肪体重、筋肉量、体格指数(BMI:Body Mass Index)、徐脂肪体重率、筋力(握力、膝伸展筋力等)、骨格筋指数(SMI:Skeletal Muscle Index)、位相角(PA:Phase Angle)、指輪っかテスト、通常歩行速度、最大歩行速度、TUG(Timed up and go test)、フレイル指標、サルコペニア指標等が挙げられる。さらに、栄養状態の指標として、前記栄養状態と相関する指標のいずれか1種を用いても、前記栄養状態と相関する指標を複数組み合わせて用いてもよい。例えば、栄養状態の指標として、血中アルブミン濃度だけでなく、徐脂肪体重や筋力等を組み合わせることもできる。
【0031】
本発明において「糖代謝状態の指標」とは、糖代謝状態と相関する指標を意味し、血液検査や尿検査等により測定または算出が可能な指標を指す。糖代謝状態の指標は、糖代謝状態と相関する指標であれば特に限定されないが、例えば、対象から得られた血液や尿等の生体試料に含まれ、かつ、糖代謝状態と相関する物質またはそれらの生体試料中の濃度等、より具体的には、空腹時血糖値、随時血糖値、インスリン、グルカゴン、Cペプチド、インクレチン、グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP:Gastric Inhibitory Polypeptide)、GLP-1、アディポサイトカイン、レプチン、アディポネクチン、AGEs、HbA1c、グリコアルブミン、1,5-アンヒドログルシトール、フルクトサミン等の血中濃度や尿中濃度等が挙げられる。また、糖代謝状態と相関する指標としては、対象のインスリン抵抗性やインスリン分泌能と相関する指標であってもよく、例えば、糖負荷試験によるグルコースまたはインスリンのAUC、Cmax、Tmax、120分後血糖値・インスリン、インスリンインデックス、HOMA-IR、インスリン抵抗性・感受性指標、糖取り込み能指標、HOMA-β(インスリン分泌能指標)等が挙げられる。さらに、糖代謝状態の指標として、前記糖代謝状態と相関する指標のいずれか1種を用いても、前記糖代謝状態と相関する指標を複数組み合わせて用いてもよい。例えば、糖代謝状態の指標として、空腹時血糖値だけでなく、血中インスリン濃度やHbA1cの濃度等を組み合わせることもできる。
【0032】
本発明において「炎症状態の指標」とは、炎症状態と相関する指標を意味し、血液検査や尿検査等により測定または算出が可能な指標を指す。炎症状態の指標は、炎症状態と相関する指標であれば特に限定されないが、例えば、対象から得られた血液や尿等の生体試料に含まれ、かつ、炎症状態と相関する物質またはそれらの生体試料中の濃度等、より具体的には、C反応性タンパク(CRP)、炎症性サイトカイン、TNF-α、IFNγ、インターロイキン類(IL-1、IL-6、IL-8、IL-12、IL-18等)、ケモカイン、MCP-1(CCL2)、MIP-1α、MCP-2、HMGB-1、α1-グロブリン分画、α1-アンチトリプシン,α1-アンチキモトリプシン,α1-酸性糖蛋白、血清アミロイドA(SAA)、α2-グロブリン分画、ハプトグロビン、セルロプラスミン、フェリチン、白血球数、好中球/リンパ球比(NLR)、血小板/リンパ球比(PLR)等が挙げられる。また、炎症状態と相関する指標としては、炎症症状を抑制する働きをもつ物質や炎症性サイトカイン拮抗物質またはそれらの生体試料中の濃度等であってもよく、例えば、抗炎症性サイトカイン(TGF-β)、インターロイキン類(IL-4、IL-10、IL-11等)、sTNF-R(Soluble Tumor Necrosis Factor-Receptor)、IL-1ra(Interleukin 1 Receptor Antagonist)等が挙げられる。さらに、炎症状態の指標として、前記炎症状態と相関する指標のいずれか1種を用いても、前記炎症状態と相関する指標を複数組み合わせて用いてもよい。例えば、炎症状態の指標として、血中CRP濃度だけでなく、血中または尿中インターロイキン類の濃度等を組み合わせることもできる。
【0033】
本発明の予後予測方法においては、まず、(A)被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定する工程を実施することができる。栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の測定は、公知の方法により実施することができる。例えば、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標として、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態と相関する物質の生体試料中の濃度を用いる場合は、血液検査や尿検査において対象から採取した生体試料等を公知の方法により測定し、算出すればよい。また、栄養状態の指標は、身体計測や体力測定、運動機能測定等の公知の方法により測定し、算出してもよい。さらに、糖代謝状態の指標は、糖負荷試験等の公知の手順に従って測定し、算出してもよい。例えば、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標として、アルブミン、グルコースおよびC反応性タンパク等の血中濃度を用いる場合は、定期健康診断等の血液検査の検査対象であり、それらの測定は周知の手順に従って実施できる。
【0034】
本発明の予後予測方法においては、前記工程(A)で測定された対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値に基づいて、被験対象について予後(ケトン食療法における予後を含む)を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、前記工程(A)で測定された、当該対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較することにより、当該対象の予後が不良(または良好)であることが示される。ここで、前記工程(A)で測定された被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを「比較する」とは、前記工程(A)で測定された指標の絶対値と参照値の絶対値を比較する場合に加えて、前記工程(A)で測定された指標の値と参照値についてそれぞれ和差積除やlog変換、asin変換等の演算をした値を用いて比較する場合や、前記工程(A)で測定された指標の値と参照値との間の変化量や変化率を用いる場合も含む。すなわち、本発明の予後予測方法は、(B)対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較し、対象の予後が不良(または良好)であると決定する工程をさらに含んでいてもよい。また、本発明の予後予測方法において、予後が不良であるとは、所定期間内の生存率がより低いこと、癌が進行(例えば、腫瘍の大きさが増加、新病変が出現)すること、抗癌療法における副作用が発現または増強すること等を意味する。本発明の予後予測方法において、予後が良好であるとは、所定期間内の生存率がより高いこと、癌が縮退(例えば、腫瘍の大きさが減少、新病変が不出現)すること、抗癌療法における副作用が発現せず、または低減すること等を意味する。
【0035】
栄養状態に関する参照値としては、ある基準時点における同一対象の栄養状態に関する値、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態に関する値等を用いることができる。例えば、対象が抗癌療法を開始する前の栄養状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした後、対象が抗癌療法を開始して所定期間経過した後の栄養状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)すればよい。また、抗癌療法を開始した対象において、ある基準時点の栄養状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした後、所定期間経過した後の栄養状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。さらに、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始した対象について栄養状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。
【0036】
糖代謝状態に関する参照値としては、ある基準時点における同一対象の糖代謝状態に関する値、各種ガイドラインや各種報告書に記載された糖代謝状態に関する値等を用いることができる。例えば、対象が抗癌療法を開始する前の糖代謝状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした後、対象が抗癌療法を開始して所定期間経過した後の糖代謝状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)すればよい。また、抗癌療法を開始した対象において、ある基準時点の糖代謝状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした後、所定期間経過した後の糖代謝状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。さらに、各種ガイドラインや各種報告書に記載された糖代謝状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始した対象について糖代謝状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。
【0037】
炎症状態に関する参照値としては、ある基準時点における同一対象の炎症状態に関する値、各種ガイドラインや各種報告書に記載された炎症状態に関する値等を用いることができる。例えば、対象が抗癌療法を開始する前の炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした後、対象が抗癌療法を開始して所定期間経過した後の炎症状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)すればよい。また、抗癌療法を開始した対象において、ある基準時点の炎症状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。さらに、各種ガイドラインや各種報告書に記載された炎症状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始した対象について炎症状態の指標を測定し(前記工程(A)を実施)、両者を比較(前記工程(B)を実施)してもよい。
【0038】
例えば、前記工程(A)で測定された栄養状態の指標がアルブミンの血中濃度である場合、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を下回るときは、対象の予後が不良であることが示され、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を上回るときは、対象の予後が良好であることが示される。例えば、前記工程(A)で測定された糖代謝状態の指標がグルコースの血中濃度である場合、被験対象において血糖値が参照値を上回るときは、対象の予後が不良であることが示され、被験対象において血糖値が参照値を下回るときは、対象の予後が良好であることが示される。例えば、前記工程(A)で測定された炎症状態の指標がC反応性タンパク(CRP)の血中濃度である場合、被験対象において血中CRP濃度が参照値を上回るときは、対象の予後が不良であることが示され、被験対象において血中CRP濃度が参照値を下回るときは、対象の予後が良好であることが示される。
【0039】
本発明の予後予測方法においては、予後の予測に使用する指標は、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種であっても、これらの一部または全部の組み合わせであってもよい。指標を2種組み合わせて工程(B)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、いずれか1種の指標と対応する参照値とを比較することにより、対象の予後が不良(または良好)であると決定してもよい。また、指標を3種組み合わせて工程(B)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、2種または3種(好ましくは少なくとも1種)の指標と対応する参照値とを比較することにより、対象の予後が不良(または良好)であると決定してもよい。さらに、本発明の予後予測方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、予後予測の精度をより高くするため、係数による重みづけをしてから予後予測に使用してもよい。例えば、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、予後予測の精度をより高くするため、係数による重みづけと和差積除、log変換、asin変換等の演算を組み合わせ、予後予測に使用してもよい。当該演算は、人為的に行うこともでき、AI(人工知能)等の機能も利用することもできる。
【0040】
前記工程(A)および(B)は、癌患者においては、任意の時期に実施することができる。例えば、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とした場合は、当該参照値と比較するための栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標について、任意の時期に前記工程(A)および(B)を実施することができる。また、例えば、ある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした場合は、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(A)および(B)を実施することができる。
【0041】
抗癌療法を実施した癌患者においては、例えば、抗癌療法の開始前における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始してから所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(A)および(B)を実施してもよく、抗癌療法開始後のある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とし、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(A)および(B)を実施してもよい。また、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、任意の時期に前記工程(A)および(B)を実施することができる。上記の所定期間は、予後予測の精度をより高くするため、参照値を定めたときの期間に対応して定めることもできる。
【0042】
本発明の予後予測方法によれば、癌患者の予後を予測または判定することができる。従って、本発明の予後予測方法は、抗癌療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の予後予測方法は、抗癌療法による癌の治療に補助的に用いることができ、対象の予後が不良か否かの判断(あるいは良好か否かの判断)は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。本発明の予後予測方法によればまた、ケトン食療法における癌患者の予後を予測または判定することができる。従って、本発明の予後予測方法は、ケトン食療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の予後予測方法は、ケトン食療法による癌の治療に補助的に用いることができる。
【0043】
<<有効性予測方法>>
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を抗癌療法の有効性の指標として使用する。
【0044】
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法においては、まず、(C)被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定する工程を実施することができる。栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標とその測定は、本発明の予後予測方法において記載した通りである。
【0045】
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法においては、前記工程(C)で測定された対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値に基づいて、被験対象について抗癌療法(ケトン食療法を含む)の有効性を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、前記工程(C)で測定された、当該対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較することにより、当該対象について抗癌療法の有効性が低い(または高い)ことが示される。ここで、前記工程(C)で測定された被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを「比較する」とは、前記工程(C)で測定された指標の絶対値と参照値の絶対値を比較する場合に加えて、前記工程(C)で測定された指標の値と参照値についてそれぞれ和差積除やlog変換、asin変換等の演算をした値を用いて比較する場合や、前記工程(C)で測定された指標の値と参照値との間の変化量や変化率を用いる場合も含む。すなわち、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法は、(D)対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較し、対象について抗癌療法の有効性が低い(または高い)と決定する工程をさらに含んでいてもよい。また、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法において、抗癌療法の有効性が低いとは、所定期間内の癌の回復率がより低いこと、癌が進行(例えば、腫瘍の大きさが増加、新病変が出現)すること、抗癌療法の副作用が発現または増強すること等を意味する。本発明の抗癌療法の有効性の予測方法において、抗癌療法の有効性が高いとは、所定期間内の癌の回復率がより高いこと、癌が縮退(例えば、腫瘍の大きさが減少、新病変が不出現)すること、抗癌療法の副作用が発現せず、または低減すること等を意味する。
【0046】
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法における栄養状態に関する参照値、糖代謝状態に関する参照値、炎症状態に関する参照値は、本発明の予後予測方法において記載した通りである。例えば、前記工程(C)で測定された栄養状態の指標がアルブミンの血中濃度である場合、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を下回るときは、抗癌療法の有効性が低いことが示され、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を上回るときは、抗癌療法の有効性が高いことが示される。例えば、前記工程(C)で測定された糖代謝状態の指標がグルコースの血中濃度である場合、被験対象において血糖値が参照値を上回るときは、抗癌療法の有効性が低いことが示され、被験対象において血糖値が参照値を下回るときは、抗癌療法の有効性が高いことが示される。例えば、前記工程(C)で測定された炎症状態の指標がC反応性タンパク(CRP)の血中濃度である場合、被験対象において血中CRP濃度が参照値を上回るときは、抗癌療法の有効性が低いことが示され、被験対象において血中CRP濃度が参照値を下回るときは、抗癌療法の有効性が高いことが示される。
【0047】
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法においては、有効性の予測に使用する指標は、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種であっても、これらの一部または全部の組み合わせであってもよい。指標を2種組み合わせて工程(D)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、いずれか1種の指標と対応する参照値とを比較することにより、対象について抗癌療法の有効性が低い(または高い)と決定してもよい。また、指標を3種組み合わせて工程(D)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、2種または3種(好ましくは少なくとも1種)の指標と対応する指標とを比較することにより、対象について抗癌療法の有効性が低い(または高い)と決定してもよい。さらに、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、有効性予測の精度をより高くするため、係数による重みづけをしてから有効性予測に使用してもよい。例えば、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、有効性の予測の精度をより高くするため、係数による重みづけと和差積除、log変換、asin変換等の演算を組み合わせ、有効性の予測に使用してもよい。当該演算は、人為的に行うこともでき、AI(人工知能)等の機能も利用することもできる。
【0048】
前記工程(C)および(D)は、癌患者においては、任意の時期に実施することができる。例えば、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とした場合は、当該参照値と比較するための栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標について、任意の時期に前記工程(C)および(D)を実施することができる。また、例えば、ある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした場合は、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(C)および(D)を実施することができる。
【0049】
抗癌療法を実施した癌患者においては、例えば、抗癌療法の開始前における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始してから所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(C)および(D)を実施してもよく、抗癌療法開始後のある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とし、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(C)および(D)を実施してもよい。また、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、任意の時期に前記工程(C)および(D)を実施することができる。上記の所定期間は、抗癌療法の有効性の予測の精度をより高くするため、参照値を定めたときの期間に対応して定めることもできる。
【0050】
本発明の抗癌療法の有効性の予測方法によれば、癌患者における抗癌療法の有効性を予測または判定することができる。従って、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法は、抗癌療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法は、抗癌療法による癌の治療に補助的に用いることができ、対象について抗癌療法が有効か否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。また、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法によれば、癌患者におけるケトン食療法の有効性を予測または判定することができる。従って、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法は、ケトン食療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の抗癌療法の有効性の予測方法は、ケトン食療法による癌の治療に補助的に用いることができる。
【0051】
<<適切な療法の選択方法>>
本発明の選択方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標からなる群から選択される少なくとも1種の指標を癌患者に対する適切な療法を選択する際の指標として使用する。
【0052】
本発明の選択方法においては、まず、(E)被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定する工程を実施することができる。栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標とその測定は、本発明の予後予測方法において記載した通りである。
【0053】
本発明の選択方法においては、前記工程(E)で測定された対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値に基づいて、被験対象について抗癌療法(ケトン食療法を含む)の有効性を決定する工程をさらに実施することができる。この工程では、前記工程(E)で測定された、当該対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較することにより、当該対象について抗癌療法の有効性が低い(または高い)ことが示される。本発明の選択方法において、抗癌療法の有効性が低いとは、所定期間内の癌の回復率がより低いこと、癌が進行(例えば、腫瘍の大きさが増加、新病変が出現)すること、抗癌療法の副作用が発現または増強すること等を意味する。本発明の選択方法において、抗癌療法の有効性が高いとは、所定期間内の癌の回復率がより高いこと、癌が縮退(例えば、腫瘍の大きさが減少、新病変が不出現)すること、抗癌療法の副作用が発現せず、または低減すること等を意味する。従って、対象における抗癌療法の有効性が低い場合には、対象における抗癌療法以外の他の抗癌療法(例えば、切除・摘出術等の手術療法、化学療法、放射線療法、CAR-T細胞療法等の癌免疫療法およびケトン食療法等の食事療法並びにこれらの一部または全部の組み合わせ)を適切な療法として選択することができる。また、対象における抗癌療法の有効性が高い場合には、対象における抗癌療法を継続するか、あるいは中止することができる。ここで、前記工程(E)で測定された被験対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを「比較する」とは、前記工程(E)で測定された指標の絶対値と参照値の絶対値を比較する場合に加えて、前記工程(E)で測定された指標の値と参照値についてそれぞれ和差積除やlog変換、asin変換等の演算をした値を用いて比較する場合や、前記工程(E)で測定された指標の値と参照値との間の変化量や変化率を用いる場合も含む。すなわち、本発明の選択方法は、(F)対象の栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値と、栄養状態、糖代謝状態または炎症状態に関する参照値とを比較し、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましい(あるいは、対象における抗癌療法を継続するか、または中止することが望ましい)と決定する工程をさらに含んでいてもよい。
【0054】
本発明の選択方法における栄養状態に関する参照値、糖代謝状態に関する参照値および炎症状態に関する参照値は、本発明の予後予測方法において記載した通りである。例えば、前記工程(E)で測定された栄養状態の指標がアルブミンの血中濃度である場合、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を下回るときは、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましいことが示され、被験対象において血中アルブミン濃度が参照値を上回るときは、対象における抗癌療法を継続するか、あるいは中止することが望ましいことが示される。例えば、前記工程(E)で測定された糖代謝状態の指標がグルコースの血中濃度である場合、被験対象において血糖値が参照値を上回るときは、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましいことが示され、被験対象において血糖値が参照値を下回るときは、対象における抗癌療法を継続するか、あるいは中止することが望ましいことが示される。例えば、前記工程(E)で測定された炎症状態の指標がC反応性タンパク(CRP)の血中濃度である場合、被験対象において血中CRP濃度が参照値を上回るときは、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましいことが示され、被験対象において血中CRP濃度が参照値を下回るときは、対象における抗癌療法を継続するか、あるいは中止することが望ましいことが示される。
【0055】
本発明の選択方法においては、選択に使用する指標は、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種であっても、これらの一部または全部の組み合わせであってもよい。指標を2種組み合わせて工程(F)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、いずれか1種の指標と対応する参照値とを比較することにより、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましい(あるいは、対象における抗癌療法を継続するか、または中止することが望ましい)と決定してもよい。また、指標を3種組み合わせて工程(F)を実施する場合、それぞれの指標について参照値を定め、2種または3種(好ましくは少なくとも1種)の指標と対応する指標とを比較することにより、対象における抗癌療法以外の抗癌療法を選択することが望ましい(あるいは、対象における抗癌療法を継続するか、または中止することが望ましい)と決定してもよい。さらに、本発明の選択方法においては、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、選択の精度をより高くするため、係数による重みづけをしてから、癌患者に対する適切な療法の選択に使用してもよい。例えば、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標のいずれか1種以上について、癌患者に対する適切な療法の選択をより適切に行うため、係数による重みづけと和差積除、log変換、asin変換等の演算を組み合わせ、癌患者に対する適切な療法の選択に使用してもよい。当該演算は、人為的に行うこともでき、AI(人工知能)等の機能も利用することもできる。
【0056】
前記工程(E)および(F)は、癌患者においては、任意の時期に実施することができる。例えば、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とした場合は、当該参照値と比較するための栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標について、任意の時期に前記工程(E)および(F)を実施することができる。また、例えば、ある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とした場合は、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(E)および(F)を実施することができる。
【0057】
抗癌療法を実施した癌患者においては、例えば、抗癌療法の開始前における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、抗癌療法を開始してから所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(E)および(F)を実施してもよく、抗癌療法開始後のある基準時点における栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標を測定し、当該指標の値を参照値とし、当該基準時点から所定期間経過後(例えば、1週~24ヶ月の間の任意の期間経過後)に前記工程(E)および(F)を実施してもよい。また、各種ガイドラインや各種報告書に記載された栄養状態、糖代謝状態または炎症状態の指標の値を参照値とし、任意の時期に前記工程(E)および(F)を実施することができる。上記の所定期間は、癌患者に対する適切な療法の選択の精度をより高くするため、参照値を定めたときの期間に対応して定めることもできる。
【0058】
本発明の選択方法によれば、癌患者に対する適切な療法を選択することができる。従って、本発明の選択方法は、抗癌療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の選択方法は、抗癌療法による癌の治療に補助的に用いることができ、対象における抗癌療法以外の他の抗癌療法を選択すべきか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。また、本発明の選択方法によれば、ケトン食療法における癌患者に対する適切な療法を選択することができる。従って、本発明の選択方法は、ケトン食療法の治療方針を決定する際の適切な判断材料を提供する点で有用である。すなわち、本発明の選択方法は、ケトン食療法による癌の治療に補助的に用いることができ、対象についてケトン食療法以外の抗癌療法を選択すべきか否かの判断は、場合によっては他の所見と組み合わせて、最終的には医師が行うことができる。
【0059】
本発明の別の側面によれば、本発明の選択方法を実施して癌患者に対する適切な抗癌療法を選択し、選択した抗癌療法を該患者に対して実施する、癌患者の治療方法が提供される。本発明のさらに別の面によれば、本発明の選択方法を実施してケトン食療法における癌患者に対する適切な抗癌療法を選択し、選択した抗癌療法を該患者に対して実施する、ケトン食療法における癌患者の治療方法が提供される。本発明の治療方法のうち適切な抗癌療法の選択は、前述の通り本発明の選択方法に従って実施することができる。
【0060】
本発明によれば、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標にして、癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者における抗癌療法の効果を予測でき、さらには癌患者に対する適切な療法を選択することができる。従って本発明によれば、抗癌療法をより効率的に実施することができ、ひいては患者QOLの改善や患者個人に合わせた療法(パーソナライズドニュートリションやプレシジョン・メディシン等)の提供につながる点で有利である。本発明によれば、通常の血液検査や尿検査、身体計測や体力測定、運動機能測定等で測定可能な、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標にして、癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者における抗癌療法の効果を予測でき、さらには癌患者において適切な療法を選択することができる点でも有利である。
【0061】
本発明によればまた、糖質を制限した高脂肪食療法を実施した末期癌患者における栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標にして、当該癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者におけるケトン食療法の効果を予測でき、さらには癌患者において適切な療法を選択することができる。従って本発明によれば、ケトン食療法における抗癌療法をより効率的に実施することができ、ひいては患者QOLの改善や患者個人に合わせた療法(パーソナライズドニュートリションやプレシジョン・メディシン等)の提供につながる点で有利である。本発明によれば、通常の血液検査や尿検査、身体計測や体力測定、運動機能測定等で測定可能な、栄養状態の指標、糖代謝状態の指標および炎症状態の指標の少なくとも1種を指標にして、ケトン食療法における癌患者の予後を予測できるとともに、癌患者におけるケトン食療法の効果を予測でき、さらにはケトン食療法における癌患者に対する適切な療法を選択することができる点でも有利である。
【実施例
【0062】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0063】
例1:血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせを指標とする癌の予後予測効果
(1)被験者の選抜
被験者は、55名(男性24名、女性31名)の癌患者で、ステージ4、パフォーマンスステータス(PS)が0~2であり、経口摂取が可能な患者を対象とした。被験者の平均年齢は55.8±12.1才、平均身長は162.3±8.7cm、平均体重は54.7±12.1kgであった。疾患は、肺癌12例、大腸癌9例、乳癌5例、膀胱癌2例、卵巣癌2例、その他21例であった。また、治療歴は、化学療法42例、手術32例、放射線17例であった。
【0064】
(2)試験方法
上記(1)に記載の様々な癌の患者に対して通常の治療(手術療法、化学療法、放射線療法等)に加えて、ケトン食療法を実施した。ケトン食導入の際には、一時的な低血糖、嘔気、倦怠感等が出現することを説明し、実際の栄養学的な指導は、てんかん患者を対象にケトン食の指導を長年実施した栄養士の指導のもとで行った。調理対象者は、栄養指導に同席して行った。ケトン食療法の詳細は以下の通りであった。
【0065】
ア 最初の1週間は、カロリーは、実質体重をもとに30kcal/kgとし、脂質制限なし、タンパク質制限なし、炭水化物(食物繊維以外の炭水化物であり糖質に相当、以下同様)の1日摂取量は10g以下を目標とした。具体的には、体重を50kgとして、1日当たり摂取カロリー1500kcalとし、脂質140g:タンパク質60g:炭水化物10gの比率とした。ケトン比[脂質(g):(タンパク質(g)+炭水化物(g))]は2:1を目標とした。その他の栄養素は制限なく摂取可能とした。必要な微量元素やビタミンはサプリメント等を使用して適宜摂取させた。ケトン食導入に際しては、栄養士が作成したメニューに従った食事を摂取させた。
【0066】
イ 2週目~3か月では、血中ケトン体の値を参考に、食事内容を調整した。血中ケトン体の値は、アセト酢酸500μmol/L以上、βヒドロキシ酪酸1000μmol/L以下にならないように指導し、可能であれば、アセト酢酸1000μmol/L以上、βヒドロキシ酪酸2000μmol/L以上を目標にした。炭水化物の1日摂取量は20g以下として、1日当たり摂取カロリー1400~1600kcalとし、脂質120~140g:タンパク質70g:炭水化物20gの比率とした。ケトン比[脂質(g):(タンパク質(g)+炭水化物(g))]は2:1~1:1を目標とした。また、カロリー補給に際しては、「ケトンフォーミュラ」(株式会社明治製)または「MCTオイル」(日清オイリオグループ株式会社製)を使用した。
【0067】
ウ 3か月以降では、炭水化物の1回摂取量を10gとして、1日摂取量は30g以下とし、その他はイに準じた。
【0068】
ケトン食(脂質が75~80%であり、Ketogenic Dietともいう)は小児てんかん患者に対して長期投与が行われており、その安全性も確かめられているため、2010年版COCHRANE LIBRARYに記載されており、実際の方針については同文献も参考として援用した。導入初期にみられることのある一時的な嘔気、倦怠感、低血糖等は、十分対処可能であることが確認されている。脂質の多い食事になるため、嗜好の問題により、ケトン食を継続できない患者が一定の割合で出る可能性がある。これらの問題に対して、栄養士と共同して対処していくことができる。
【0069】
(3)評価方法
主要評価項目として、ケトン食導入前後でのPET-CTによる画像を用いて、ケトン食療法の癌に対する治療効果を評価した。具体的には、RECISTガイドライン(Therasse P, et al., J Natl Cancer Inst, 2000, Vol 92, No. 3, 205-216)に則って、ケトン食開始前の画像と、ケトン食開始から3か月後(以下、単に「試験開始後3か月」ということがある)の画像を比較し、治療効果を判定した。治療効果は、腫瘍が完全に消失する「完全寛解(CR)」、腫瘍が30%以上小さくなる「部分奏功(PR)」、腫瘍の大きさに変化がない「安定(SD)」、腫瘍の大きさの径和が20%以上増加かつ径和が絶対値でも5mm以上増加、あるいは新病変が出現する「進行(PD)」に分類した。また、副次評価項目として、試験開始後約6年における生存率をカプラン・マイヤー法による生存率曲線を用いて評価した。
【0070】
試験開始後3か月において、被験者から採血し、血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度を測定した。血中アルブミン濃度について4.0g/dl以上を0点、4.0g/dl未満を1点、血糖値について90mg/dl以下を0点、90mg/dl超過を1点、血中CRP濃度について0.5mg/dl以下を0点、0.5mg/dl超過を1点として点数化した。各被験者について合計点を算出し、被験者を血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせの点数の合計点(以下、単に「組み合わせスコア」ということがある)が0点、1点、2点または3点である群に分けた。また、試験開始後3か月のグルコース-ケトジェニック インデックスは文献(Meidenbauer et al., Nutr Metab, 2015 Mar 11;12:12)に従って算出した。消化器症状スコアの推移は、Gastrointestinal Symptom Rating Scale(以下、単に「GSRSスコア」ということがある)を用いて評価した。また、QOLの全身状態スケール(癌治療のQOLスコア)の推移は、質問用紙(EORTC QLQ-C30)を用いて評価した。
【0071】
(4)結果
被験者55例のうち、試験未実施が5例、試験中止が11例、解析除外が2例であり、これらの症例を除く37例について3か月間のケトン食継続の効果を評価した。試験開始後3か月のグルコース-ケトジェニック インデックスは、31例において中程度(moderate)以上のケトーシスを達成したが、GSRSスコアおよびQOLの全身状態スケールに有意な変化はみられなかった。癌治療効果は、完全寛解(CR)が0例、部分奏功(PR)が4例、安定(SD)が20例、進行(PD)が12例、NP(Not performed;施行していない)が1例であった。また、生存率は図1に、number at risk(その時点で生存している患者数)は表1に示す通りであった。
【0072】
【表1】
【0073】
生存期間中央値は979日(最大2164日)であり、22例が試験終了時に生存していた。試験開始後3か月における血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の点数化による群分けでは、合計点0点が14例、1点が8例、2点が7例、3点が8例であり、図1から、点数に応じて、生存期間に有意差が認められることが確認された(ログランク検定、p<0.001)。また、血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせの点数がより低い癌患者群において、抗癌療法がより有効であることが確認された。また、血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせスコアに応じて予後を予測できることから、癌患者において適切な療法の選択が可能となることが確認された。以上の結果から、3か月間のケトン食療法を実施した患者の血中アルブミン濃度、血糖値および血中CRP濃度の組み合わせを指標として用いることにより、癌患者の予後(特にケトン食療法における癌患者の予後)を予測できること、癌患者において(特にケトン食療法における癌患者において)療法の選択が可能となること、癌患者における抗癌療法の有効性(特にケトン食療法の有効性)を予測できることが示された。

図1