(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-27
(45)【発行日】2023-10-05
(54)【発明の名称】ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)関連疾患の診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230928BHJP
C07K 14/715 20060101ALN20230928BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230928BHJP
【FI】
G01N33/68
C07K14/715
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2021554928
(86)(22)【出願日】2020-11-02
(86)【国際出願番号】 JP2020041000
(87)【国際公開番号】W WO2021090786
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2022-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2019200986
(32)【優先日】2019-11-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】吉原 慶子
(72)【発明者】
【氏名】福島 卓也
(72)【発明者】
【氏名】田中 勇悦
(72)【発明者】
【氏名】益崎 裕章
(72)【発明者】
【氏名】加留部 謙之輔
(72)【発明者】
【氏名】今泉 直樹
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-292474(JP,A)
【文献】特開2014-059299(JP,A)
【文献】特開2014-059298(JP,A)
【文献】特開2004-163121(JP,A)
【文献】特開2013-007742(JP,A)
【文献】特開2009-254357(JP,A)
【文献】特開2005-147798(JP,A)
【文献】GUERRERO C L H 、外17名,Proteomic profiling of HTLV-1 carriers and ATL patients reveals sTNFR2 as a novel diagnostic biomark,Blood Adv,2020年,Vol.4, No.6,Page.1062-1071,doi: 10.1182/bloodadvances.2019001429
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C07K 14/715
C12N 15/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から採取された血液試料中の腫瘍壊死因子受容体2(TNFR2)の量に基づく成人T細胞白血病(ATL)の診断のための方法であり、
(1)TNFR2量の増加が当該被検者におけるATLの罹患又は発症可能性を示し、及び/又は、
(2)TNFR2量の減少が当該被検者におけるATLの寛解又は寛解可能性を示す、
方法。
【請求項2】
異なる2以上の時点で前記被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(1)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に増加した場合に、前記被検者がATLに罹患している又は発症する可能性が高いことを示し、及び/又は、
(2)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少した場合に、前記被検者がATLから寛解している又は寛解する可能性が高いとことを示す、
請求項1記載の方法。
【請求項3】
(1)TNFR2量が所定の基準値を超える値に増加した場合に、前記被検者がATLに罹患している又は発症する可能性が高いことを示し、及び/又は、
(2)TNFR2量が所定の基準値を超える値から該基準値未満の値に減少した場合に、前記被検者がATLから寛解している又は寛解する可能性が高いことを示す、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記ATLが、急性型ATLである、請求項
1-3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記血液試料が、血漿である、請求項1-4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
TNFR2の検出試薬を含む、成人T細胞白血病(ATL)の診断キット。
【請求項7】
成人T細胞白血病(ATL)の診断のための、TNFR2の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)関連疾患の診断方法に関する。より詳しくは、血中マーカータンパク質を用いたHTLV-1関連疾患の診断方法及び診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)は、主としてCD4陽性T細胞に感染するレトロウイルスであり、成人T細胞白血病(Adult T-cell leukemia:ATL)を引き起こす。また、HTLV-1は、HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy:HAM)及びHTLV-1ぶどう膜炎(HTLV-1 uveitis:HU)の原因ともなる。以下、ATL、HAM及びHUを「HTLV-1関連疾患」と総称する。
【0003】
ATLは、全身の各種臓器に浸潤する悪性の血液腫瘍であり、急性型、リンパ腫型、慢性型、くすぶり型の4病型に分類されている。急性型及びリンパ腫型は、「aggressive ATL」とも呼ばれ、最も予後の悪い造血器悪性腫瘍である。慢性型及びくすぶり型は、「indolent ATL」とも呼ばれるが、その大多数が経過中に急性転化し、その予後は不良である。
【0004】
ATLに対する治療法には多剤併用化学療法がある。しかし、最新の報告でも「aggressive ATL」の生存期間中央値は13カ月にとどまっており、満足できるものではない。「Indolent ATL」の患者は、無治療でも長期生存する場合があり、急性転化などで病勢が悪化するまでは無治療のまま経過観察されることが多い。
【0005】
HTLV-1の現在の主な感染経路は、母子感染であり、特に母乳を介した感染であるとされている。HTLV-1関連疾患は、HTLV-1感染者(HTLV-1キャリア)から発症するが、キャリアの大部分は無症状である。日本は先進国の中で唯一のHTLV-1の浸淫国であり、HTLV-1キャリア及び関連疾患は九州・沖縄地方を含む南西日本に多くみられる。
【0006】
本発明に関連して、特許文献1には、「細胞又は血清におけるTSLC1遺伝子の転写産物又はTSLC1タンパク質の有無を検出することができる試薬を含む、成人T細胞白血病診断薬」が開示されている。TSLC1遺伝子は、ATL患者から採取した白血病細胞において特異的に発現している遺伝子とされている。この技術によれば、成人T細胞白血病を高精度に診断できるとされている。
【0007】
腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor: TNF)スーパーファミリーは、細胞生存、アポトーシス、炎症反応及び細胞分化におけるシグナルパスウェイを活性化する多機能な炎症誘発性サイトカインである。TNFに対する細胞応答は、TNFR2(TNF Receptor-2又はCD120bとも称される)及びTNFR1(TNF Receptor-1又はCD120aとも称される)の2つの受容体を介して誘導さる。このうちTNFR2は主に免疫細胞に発現し、TNFαとTNFβ1の双方により活性化される。TNFR2はTNFαあるいはTNFβ1と結合すると細胞表面から遊離し、遊離後のTNFR2からTNFαあるいはTNFβ1は解離する。TNFR2の阻害薬が免疫賦活治療薬との併用においてある種のがんに対する効果的な治療となり得る可能性が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】"Measurement of Cetuximab and Panitumumab-Unbound Serum EGFR Extracellular Domain Using an Assay Based on Slow Off-Rate Modified Aptamer (SOMAmer) Reagents", NJ Park et al., PLOS ONE, 2013, 8(4):e61002.
【文献】"Blockade of TNFR2 signaling enhances the immunotherapeutic effect of CpG ODN in a mouse model of colon cancer.", Y. Nie, et al., Sci. Signal., 2018, 11(511), eaan0790
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ATL診療に経験のある専門医が多く、拠点病院が配備されている九州・沖縄地方に比べて、関東や近畿地方等の大都市圏では、HTLV-1キャリアとATL患者の実数がHTLV-1浸淫地域に匹敵するにもかかわらず、ATLを専門的に診療できる医師が少ないという実情がある。
【0011】
そこで、本発明は、簡便かつ正確なHTLV-1関連疾患の診断を可能とするための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題解決のため、本発明は、以下の[1]-[31]を提供する。
[1] 被検者から採取された血液試料中の腫瘍壊死因子受容体2(TNFR2)の量に基づくヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)関連疾患の診断方法であり、
(1)TNFR2量の増加に基づいて当該被検者におけるHTLV-1関連疾患の罹患又は発症可能性を判定する、
方法。
[2] 異なる2以上の時点で前記被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(1)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に増加した場合に、前記被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定する手順と、
を含む、[1]の方法。
[3] (1)TNFR2量が所定の基準値を超える値に増加した場合に、前記被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定する、[1]又は[2]の方法。
[4] 前記被検者が、HTLV-1キャリアである、[1]-[3]のいずれかの方法。
[5] 前記HTLV-1関連疾患が、成人T細胞白血病(ATL)である、[1]-[4]のいずれかの方法。
[6] 前記HTLV-1関連疾患が、急性型ATLである、[5]の方法。
[7] 前記血液試料が、血漿である、[1]-[6]のいずれかの方法。
【0013】
[8] 被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量に基づくHTLV-1関連疾患の診断方法であり、
(2)TNFR2量の減少に基づいて当該被検者におけるHTLV-1関連疾患の寛解又は寛解可能性を判定する、
方法。
[9] 異なる2以上の時点で前記被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(2)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少した場合に、前記被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定する手順と、
を含む、[8]の方法。
[10] (2)TNFR2量が所定の基準値を超える値から該基準値未満の値に減少した場合に、前記被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定する、[8]又は[9]の方法。
[11] 前記HTLV-1関連疾患が、ATLである、[8]-[10]のいずれかの方法。
[12] 前記HTLV-1関連疾患が、急性型ATLである、[11]の方法。
[13] 前記被検者が、急性型ATLの患者又はその罹患歴を有するHTLV-1関連疾患患者である、[8]-[12]のいずれかの方法。
[14] 前記HTLV-1関連疾患患者が、前記基準値を超える血液試料中のTNFR2の量を呈することにより急性型ATLを罹患していると診断された患者である、[13]の方法。
[15] 前記血液試料が、血漿である、[8]-[14]のいずれかの方法。
【0014】
[16] TNFR2の検出試薬を含む、HTLV-1関連疾患の診断キット。
[17] 前記HTLV-1関連疾患が、ATLである、[16]の診断キット。
[18] 前記検出試薬が、TNFR2に特異的に結合する抗体、核酸又はアプタマーである、[16]又は[17]の診断キット。
[19] HTLV-1関連疾患の診断のための、TNFR2の使用。
[20] 前記HTLV-1関連疾患が、ATLである、[19]の使用。
【0015】
[21] 被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量に基づくHTLV-1関連疾患に対する治療の有効性の決定方法であり、
(2)TNFR2量の減少が前記治療の有効性を示す、方法。
[22] 異なる2以上の時点で前記被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(2)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少した場合に、前記治療が有効であると決定する手順と、
を含む、[21]の方法。
[23] (2)TNFR2量が所定の基準値を超える値から該基準値未満の値に減少した場合に、前記治療が有効であると決定する、[22]の方法。
[24] 前記HTLV-1関連疾患が、ATLである、[21]-[23]のいずれかの方法。
[25] 前記HTLV-1関連疾患が、急性型ATLである、[24]の方法。
[26] 前記被検者が、急性型ATLの罹患歴を有するHTLV-1関連疾患患者である、[21]-[25]のいずれかの方法。
[27] 前記HTLV-1関連疾患患者が、前記基準値を超える血液試料中のTNFR2の量を呈することにより急性型ATLを罹患していると診断された患者である、[26]の方法。
[28] 前記血液試料が、血漿である、[21]-[27]のいずれかの方法。
【0016】
[29] HTLV-1関連疾患の治療方法であって、
異なる2以上の時点で被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(1)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に増加した場合に、前記被検者を治療対象として選択する手順と、
選択された治療対象に、化学療法及び/又は非化学療法を適用する手順と、を含む方法。
[30] HTLV-1関連疾患の治療方法であって、
異なる2以上の時点で被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定する手順と、
(2)先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少した場合に、前記被検者に対する化学療法及び/又は非化学療法の適用を減弱、中断又は終了する手順と、を含む方法。
[31] 前記非化学療法が、がんワクチン療法である、[29]又は[30]の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、簡便かつ正確なHTLV-1関連疾患の診断を可能とするための技術が提供される。本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法によれば、被検者におけるHTLV-1関連疾患の罹患又は発症可能性及び発症後のHTLV-1関連疾患の寛解又は寛解可能性を判定することができ、さらに治療の有効性を判定することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】キャリア群、急性型患者群、慢性型患者群、くすぶり型患者群、リンパ腫型患者群及び寛解者群の血漿TNFR2濃度の測定値(ng/ml)を示す箱ひげ図である。
【
図2】血漿TNFR2濃度の測定値の群間(キャリア群、急性型患者群、慢性型患者群、くすぶり型患者群、リンパ腫型患者群及び寛解者群の間)の有意差をp値(t-test)により示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0020】
1.HTLV-1関連疾患の診断方法の概要
1-1.発症診断
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法は、一態様において、被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量の増加に基づいて当該被検者におけるHTLV-1関連疾患の罹患又は発症可能性を判定することを特徴とする。
HTLV-1関連疾患には、ATLに加えて、HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy:HAM)及びHTLV-1ぶどう膜炎(HTLV-1 uveitis:HU)が含まれる。HTLV-1関連疾患は、ATLが好ましく、急性型ATL、慢性型ATL及びリンパ腫型ATLがより好ましく、急性型ATLが特に好ましい。
血中TNFR2濃度は、HTLV-1キャリア群に比して、HTLV-1関連疾患患者群(特にATL患者群のうち、急性型患者群、慢性型患者群及びリンパ腫型患者群)で有意な増加を示す。
したがって、血中TNFR2の量の増加に基づけば、被検者におけるHTLV-1関連疾患の罹患又は発症可能性を検出することが可能である。
具体的には、例えば、異なる2以上の時点で被検者(好ましくはHTLV-1キャリア)から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定し、先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に増加していれば、被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定できる。
【0021】
1-2.寛解診断
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法は、他の一態様において、被検者から採取された血液試料中のTNFR2の量の減少に基づいて当該被検者におけるHTLV-1関連疾患の寛解又は寛解可能性を判定することを特徴とする。
血中TNFR2濃度は、HTLV-1関連疾患患者群(特にATL患者群のうち、急性型患者群)に比して、寛解者群で有意な減少を示す。
したがって、血中TNFR2の量の減少に基づけば、被検者におけるHTLV-1関連疾患の寛解又は寛解可能性を検出することが可能である。
具体的には、例えば、異なる2以上の時点で被検者(好ましくは急性型ATL患者)から採取された血液試料中のTNFR2の量を測定し、先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少していれば、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定できる。
【0022】
なお、本発明において、「発症」には、初回の発症のみならず、寛解後の再発による発症も含まれるものとする。また、「寛解」には、初回の寛解のみならず、再発後の再寛解も含まれるものとする。
【0023】
2.測定手順
2-1.発症診断のための被検者
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法において、HTLV-1関連疾患の罹患又は発症可能性を判定する場合、被検者はHTLV-1キャリアとされることが好ましい。HTLV-1キャリアは、従来公知の手法で選別できる。
例えばPA法(ゼラチン粒子凝集法)、CLEIA法(化学発光酵素免疫測定法)又はウェスタンブロット法により血中の抗HTLV-1抗体の有無を検出することによりHTLV-1キャリアを選別できる。
また、例えばサザン法によりHTLV-1のゲノムへの挿入の有無を検出することによりHTLV-1キャリアを選別することもできる。
【0024】
2-2.寛解診断のための被検者
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法において、HTLV-1関連疾患の寛解又は寛解可能性を判定する場合、被検者は好ましくはATL患者であり、より好ましくは急性型ATLの患者又はその罹患歴を有する患者であり、さらに好ましくは後述する基準値を超える血中のTNFR2の量を呈することにより急性型ATLを罹患していると診断された患者である。
【0025】
2-3.測定手法
被検者からの採取される血液試料は、全血、血清あるいは血漿であってよい。
【0026】
測定されるTNFR2タンパク質は、完全長タンパク質であってもその断片であってもよい。完全長タンパク質及び断片は、膜結合タンパク質又は遊離型タンパク質であり得る。遊離型タンパク質は、不溶性又は可溶性であり得る。
「完全長タンパク質」は、インビボで発現されるのと同じ天然型アミノ酸配列を含有するタンパク質又はその変異体をいう。断片は、完全長タンパク質のうちの一部のアミノ酸配列であって、例えば5-10、11-20、21-30、31-40、または41-50アミノ酸長であり、51アミノ酸長以上であってもよい。
【0027】
血液試料中のマーカータンパク質(TNFR2)の量の測定は、該タンパク質に特異的に結合する抗体又はそのフラグメント((F(ab)、F(ab)2、F(ab)′、及びFvフラグメントなど)、核酸又はアプタマー(核酸アプタマーもしくはペプチドアプタマー)等の検出試薬を用いた従来公知の手法を用いて行うことができる。
好ましい測定手法は、抗体を用いたELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)である。
抗体は、モノクローナルであってもポリクローナルであってもよく、IgG、IgM、IgA、IgD及びIgEから選択される任意のクラスであってよい。
これらの検出試薬の調製方法は当技術分野において公知である。また、適切な検出試薬は商業的にも入手可能である。
【0028】
検出試薬は、光学的、磁気的又は電気的な手段によって検出が可能な標識がされていることが好ましい。
検出試薬は、好ましくは、市販の蛍光分析装置で検出するのに適した励起波長及び発光波長を有する蛍光物質が標識される。蛍光物質としては、フィコエリトリン(PE)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン(RH)、テキサスレッド(TX)、Cy3、ヘキスト33258、および4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)等が挙げられる。
蛍光標識された検出試薬を用いる場合、まず検出試薬を固相に結合させる。次に、固相に血液試料を接触させて反応させた後、必要に応じて洗浄を行う。検出試薬を介して固相に保持されたマーカータンパク質の蛍光標識から生じる蛍光を検出することにより、その信号強度に基づいてタンパク質量を決定できる。
【0029】
また、血液試料中のマーカータンパク質の量は、例えば、LC/MS(液体クロマトグラフィー/質量分析法)で測定することもできる。
さらに、例えばSomaLogic社が提供するSOMAscanなどのタンパク質受託測定サービスを利用して測定することもできる。
【0030】
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断キットは、上記の検出試薬を含み、加えてここに挙げた測定方法に用いられる各種試薬を含み得る。
【0031】
マーカータンパク質の量の測定は、同一被検者について単一回あるいは時間を隔てて複数回行われてよい。
【0032】
3.判定手順
3-1.発症判定
異なる2以上の時点でTNFR2量の測定が行われている場合には、先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が比して有意に増加していれば、被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定できる。
例えば、被検者がHTLV-1キャリアであってHTLV-1関連疾患を未発症である時点でTNFR2量を測定する。その後に同一の被検者について測定されたTNFR2量が有意に増加している場合、被検者がHTLV-1関連疾患を発症したあるいは発症する可能性が高いと判定する。
【0033】
TNFR2量の測定を同一被検者について時間を隔てて複数回行った場合には、TNFR2量の経時的変化を考慮することで判定の確度を向上させることができる。
すなわち、TNFR2量の経時的な増加を認める場合、被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性がより高いと判定される。経時的な増加が急激である場合には、被検者の急性転化を診断できる可能性がある。
【0034】
異なる2以上の時点でTNFR2量の測定が行われている場合及びTNFR2量の測定が単一回のみである場合には、TNFR2量が所定の基準値を超える値に増加した場合に、前記被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定することもできる。
【0035】
基準値としては、例えば、HTLV-1キャリア群あるいは健常者群(HTLV-1キャリアでない)の血液試料で取得された測定値の平均値、中央値又は最頻値を採用できる。
TNFR2量が基準値以上、好ましくは基準値よりもプラス1-5%、より好ましくは6-10%、さらに好ましくは11-25%、最も好ましくは26-50%増加している場合に、被検者がHTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定される。基準値よりも大きく増加している程、判定の確度は向上するため、所望により基準値プラス51%以上の増加を指標としてもよい。
【0036】
HTLV-1キャリア群と急性型ATL患者群との間でのTNFR2濃度の増加は特に顕著であり、キャリア群で検出されるTNFR2濃度の範囲と急性型患者で検出されるTNFR2濃度の範囲には重複がない(実施例参照)。したがって、重複がない範囲の値を基準値(閾値)として設定することで、HTLV-1キャリアにおける急性型ATLの発症を検出あるいは予測し得る。基準値は、血中濃度で例えば5-15 ng/mlあるいは7.5-12.5ng/ml、具体的には7.6-10.3 ng/mlの範囲の値、好ましくは8-10 ng/mlの範囲の値、より好ましくは8.5-9.5の範囲の値、具体的には8, 8.5, 9, 9.5, 10 ng/ml、好ましくは8, 9, 10 ng/ml、より好ましくは9 ng/mlとされ得る。
【0037】
3-2.寛解判定
異なる2以上の時点でTNFR2量の測定が行われている場合には、先の時点での測定されたTNFR2量に比して後の時点で測定されたTNFR2量が有意に減少していれば、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定できる。さらに、この間に該被検者がHTLV-1関連疾患に対する治療を受けていた場合には、TNFR2量の有意な減少は当該治療の有効性を示す。
例えば、上記の発症判定によりHTLV-1関連疾患を罹患していると診断された被検者について、発症判定後に測定されたTNFR2量が有意に減少した場合、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定できる。さらに、この間に該被検者がHTLV-1関連疾患に対する治療を受けていた場合、TNFR2量の有意な減少によって当該治療の有効性が確認され得る。
【0038】
TNFR2量の測定を同一被検者について時間を隔てて複数回行った場合には、TNFR2量の経時的変化を考慮することで判定の確度を向上させることができる。
すなわち、TNFR2量の経時的な減少を認める場合、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性がより高いと判定される。
【0039】
異なる2以上の時点でTNFR2量の測定が行われている場合及びTNFR2量の測定が単一回のみである場合には、TNFR2量が所定の基準値を超える値から該基準値未満の値に減少した場合に、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定することもできる。HTLV-1関連疾患に対する治療を受けていた場合には、TNFR2量の基準値未満の値への減少は当該治療の有効性を示す。
【0040】
基準値としては、例えば、HTLV-1関連疾患患者群の血液試料で取得された測定値の平均値、中央値又は最頻値を採用できる。
TNFR2量が基準値未満、好ましくは基準値よりもマイナス1-5%、より好ましくは6-10%、さらに好ましくは11-25%、最も好ましくは26-50%減少している場合に、被検者がHTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定される。基準値よりも大きく減少している程、判定の確度は向上するため、所望により基準値マイナス51%以上の減少を指標としてもよい。
【0041】
急性型ATL患者群で検出されたTNFR2濃度の範囲と寛解者群で検出されたTNFR2濃度の範囲とには重複がない(実施例参照)。したがって、重複がない範囲の値を基準値(閾値)として設定することで、急性型ATL患者あるいは急性型ATLの罹患歴を有する患者におけるATLの寛解を検出あるいは予測し得る。基準値は、血中濃度で例えば6-15 ng/mlあるいは8-12.5 ng/ml、具体的には8.4-10.3 ng/mlの範囲の値、好ましくは8.5-10 ng/mlの範囲、より好ましくは9-9.5 ng/mlの範囲の値、具体的には8.5, 9, 9.5, 10 ng/ml、好ましくは9, 10 ng/ml、より好ましくは9 ng/mlとされ得る。
【0042】
判定には、統計解析手法又は機械学習を用いることができる。
特に教師データを用いた判別分析によるものが好ましい。2群(例えば、HTLV-1キャリア群とATL患者群)の判別を行う場合、線形判別分析で十分である場合も多い。しかし、線形判別分析は各群の母分散が等しいとの仮定に基づくことからその適用に制約がある。
したがって、より複雑なデータを用いて判別を行う場合は、非線形判別分析や機械学習による判別分析を用いることが望ましい。非線形判別分析としては、マハラノビス距離による判別分析が挙げられる。機械学習による判別分析としてはk近傍法、ナイーブベイズ分類器、決定木、ニューラルネットワーク、サポートベクターマシン、さらにバギング法、ブースティング法、ランダムフォレスト法といった集団学習が挙げられる。このような手法はパターン認識の分野において発展しており、その知見を本発明においても応用することができる。
また教師データを用いない解析手法である、主成分分析、階層クラスタリング、非階層クラスタリング、自己組織化マップといった手法を用いても、HTLV-1関連疾患の罹患状態が既知である被検者データと共に解析を行うことによって判別方法とすることもできる。
【0043】
4.HTLV-1関連疾患の治療方法
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法は、HTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いと判定された被検者を治療対象として選択して治療する方法に応用され得る。該治療方法は、選択された治療対象に、化学療法及び/又は非化学療法を適用する手順を含む。
【0044】
具体的には、HTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性が高いとして選択された治療対象に速やかに治療を開始する。
また、TNFR2量の経時的変化が大きいかあるいは急激であり、HTLV-1関連疾患に罹患している又は発症する可能性がより高いと判定された治療対象あるいは急性転化の可能性がある治療対象には、多剤併用化学療法と併用してあるいはこれに替えて、同種造血幹細胞移植、T細胞療法、がんワクチン療法及びサイトカイン療法などの高度療法を開始する。
がんワクチン療法には、ペプチドワクチンあるいは樹状細胞ワクチンなどを適用できる。
これらの療法には、免疫チェックポイント阻害薬が組み合わせて用いられ得る。
【0045】
本発明に係るHTLV-1関連疾患の診断方法が治療方法に応用される場合、HTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定された治療対象に対しては、化学療法及び/又は非化学療法の適用を減弱、中断又は終了するか、あるいは逆に治療を増強して確実な寛解に導くことができる。一方、HTLV-1関連疾患から寛解している又は寛解する可能性が高いと判定されなかった治療対象に対しては、化学療法及び/又は非化学療法の適用を増強するか、あるいは治療を変更することができる。なお、非化学療法には、放射線治療が含まれる。
【実施例】
【0046】
[試験例1:ATL患者血漿タンパク質の解析]
HTLV-1キャリア30名、ATL患者69名及びATL寛解者4名の血漿中のTNFR2濃度を市販のELISAキット(Quantikine ELISA(登録商標)Human TNF RII/TNFRSF1B Immunoassay, R&D Systems)を用いて測定した。ATL罹患患者は、急性型(Acute)31名、リンパ腫型(Lymphoma)9名、慢性型(Chronic)16名及びくすぶり型(Smoldering)13名を含む。HTLV-1キャリア(以下「キャリア群」と称する)の血漿、ATL患者及びATL寛解者の血漿は、琉球大学の沖縄バイオインフォメーションバンク(ATL/HTLV-1バイオバンク)から提供を受けた。
【0047】
結果を
図1及び
図2に示す。
図1は、キャリア群、急性型患者群、慢性型患者群、くすぶり型患者群、リンパ腫型患者群及び寛解者群の血漿TNFR2濃度の測定値(ng/ml)を示す。図中、各プロットが個々人の測定値を示す。
図2は、キャリア群、急性型患者群、慢性型患者群、くすぶり型患者群、リンパ腫型患者群及び寛解者群の群間の測定値の有意差をp値(t-test)により示す。
【0048】
キャリア群に比して、急性型患者群(p<0.001)、慢性型患者群(p<0.05)及びリンパ腫型患者群(p<0.01)で有意なTNFR2濃度の増加が認められた。キャリア群と急性型患者群との間でのTNFR2濃度の増加は特に顕著であり、キャリア群で検出されたTNFR2濃度の範囲と急性型患者で検出されたTNFR2濃度の範囲とには重複がなかった。したがって、血漿TNFR2濃度は、キャリアが急性型ATLを発症したことを検出するためのマーカーとして特に有用と考えられた。キャリア群で検出されたTNFR2濃度の最大値は7.54 ng/mlであり、急性型患者群で検出されたTNFR2濃度の最小値は10.39 ng/mlであったことから、両群を鑑別するための閾値(基準値)は7.6-10.3 ng/mlの範囲の値が適当と考えられた。
【0049】
また、急性型患者群と寛解者群との間では有意なTNFR2濃度の減少が認められた(p<0.001)。急性型患者群で検出されたTNFR2濃度の範囲と寛解者群で検出されたTNFR2濃度の範囲とには重複がなかった。したがって、血漿TNFR2濃度は、急性型患者におけるATLの寛解を検出するためのマーカーとして有用と考えられた。急性型患者群で検出されたTNFR2濃度の最小値は10.39 ng/mlであり、寛解者群で検出されたTNFR2濃度の最大値は8.39 ng/mlであったことから、両群を鑑別するための閾値(基準値)は8.4-10.3 ng/mlの範囲の値が適当と考えられた。