(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】綿形状の骨再生用材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/04 20060101AFI20230929BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20230929BHJP
A61L 27/18 20060101ALI20230929BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20230929BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20230929BHJP
【FI】
A61L27/04
A61L27/54
A61L27/18
A61L27/58
A61L27/12
(21)【出願番号】P 2022520496
(86)(22)【出願日】2021-11-18
(86)【国際出願番号】 JP2021042506
(87)【国際公開番号】W WO2022113888
(87)【国際公開日】2022-06-02
【審査請求日】2022-04-08
(32)【優先日】2020-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】511267996
【氏名又は名称】ORTHOREBIRTH株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126826
【氏名又は名称】二宮 克之
(72)【発明者】
【氏名】春日 敏宏
(72)【発明者】
【氏名】松原 孝至
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-507413(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101716372(CN,A)
【文献】NELSON, K.D. et al.,Technique Paper for Wet-Spinning Poly(L-lactic acid) and Poly(DL-lactide-co-glycolide) Monofilament,Tissue Eng,2003年,Vol. 9, No. 6,pp. 1323-1330,ISSN 1076-3279
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生用材料を製造する方法であって、
カルシウム塩粒子50-80重量%とPDLLGA樹脂50-20重量%とを混合容器に投入し、アセトンに溶解させて攪拌することによって、前記カルシウム塩粒子が溶液中に分散した樹脂濃度10~20重量%の紡糸溶液を調製し、
前記調製した紡糸溶液をシリンジに充填し、
前記シリンジに充填された紡糸溶液を、所定の径を有する入射針の吐出口から押し出して
水を満たしたコレクター容器中に入射し、
前記
水中に入射された紡糸溶液は、
水中で
アセトンの脱離と
水の侵入の相互拡散によって固化されて繊維化され、貧溶媒中で固化した繊維は繊維同士が接着することなくコレクター容器に浮遊状態で堆積して、綿形状に回収される、
前記湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生用材料を製造する方法。
【請求項2】
前記
カルシウム塩粒子はβ―TCP粒子である、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
湿式紡糸法を用いて製造された綿形状の骨再生用材料であって、前記綿形状の骨再生用材料は、
カルシウム塩粒子50-80重量%とPDLLGA樹脂20-50重量%を混合容器に投入し、アセトンに溶解させて攪拌することによって、カルシウム塩粒子が分散した樹脂濃度10~20重量%の紡糸溶液を調製し、
前記調製した紡糸溶液をシリンジに充填し、
前記シリンジに充填された紡糸溶液を、所定の径を有する入射針の吐出口から押し出して
水を満たしたコレクター容器中に入射し、
前記
水中に入射された紡糸溶液は、
水中で
アセトンの脱離と
水の侵入の相互拡散によって固化されて繊維化され、
水中で固化した繊維は、繊維同士が接着することなくコレクター容器に浮遊して綿形状に回収する、という工程によって製造されたものである、
湿式紡糸法を用いて製造された綿形状の骨再生用材料。
【請求項4】
前記カルシウム塩粒子はリン酸カルシウム粒子である、請求項
3に記載の綿形状の骨再生用材料。
【請求項5】
前記リン酸カルシウム粒子はβ―TCP粒子である、請求項
4に記載の綿形状の骨再生用材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PLGA樹脂を含む生分解性繊維からなる綿形状の骨再生用材料を製造する方法、及びその方法で製造された綿形状の骨再生用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に骨再生用材料はブロックや顆粒形状で用いられるが、手術時の成形性、目的部位からの移動・脱落の懸念、といった点の改善も要望されている。そこで、剛性の高いポリ乳酸をマトリックスとして用いて無機フィラー(β相-リン酸三カルシウム、ケイ素溶出型炭酸カルシウム等)と複合し、電界紡糸法(ES)により繊維化したものが用いられている。
【0003】
本発明の発明者等は、ESにおいてノズルから出射された生分解性繊維をエタノールを満たしたコレクター容器で受けて、エタノール液中に浮遊する繊維を回収・乾燥することで綿形状化することに成功している(US8853298)。綿形状の骨修復用材料は、手術時にあらゆる患部形状に対して容易に対応できるので、臨床上優れた材料である。
【0004】
近時、生分解性繊維のマトリクス樹脂として、ポリ乳酸に代えてPLGAが用いられている。PLGAはポリ乳酸よりも生体吸収性が高く、尚且つFDAで安全性が承認された優れた生分解性樹脂である。そこで、PLGAをマトリックスとして用いて無機フィラー(β相リン酸三カルシウム、炭酸カルシウム等)と複合し、電界紡糸法(ES)により繊維化することが行われている。
【0005】
PLGAは、乳酸とグリコール酸を共重合することによって合成されるが、乳酸とグリコール酸の比率を調整することで生分解性を制御することが可能である。乳酸85%:グリコール酸15%のPLGA(85:15)と、乳酸75%:グリコール酸25%のPLGA(75:25)では、PLGA(75:25)の方が、分解性が高い。他方、ポリ乳酸の乳酸には、結晶性のL体と光学異性体であるアモルファス性のD体とが存在し、D体を含むPDLLAは、D体を含まずにL体のみであるPLLAよりも結晶化しにくく、分解されやすい。そこで、D体を含むPDLLAとPGAを共重合することによって、D体を含まないPLGA(PLLGA)よりも分解性が格段に高いPDLLGAを合成することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近時、PLGA樹脂とカルシウム塩粒子フィラーを含む複合生分解性繊維を用いて、生体吸収性が高い骨再生用材料を製造する方法が模索されている。本発明の発明者等は、以前PLLGA樹脂を含む生分解性繊維をES法を用いて製造することに成功した(特許6251462号)。しかし、ESの紡糸溶液を製造するためにPLLGAを溶かすには、溶解性が高い塩素系溶剤(例:クロロホルム)を用いる必要があるが、塩素系溶剤は毒性が強いので、人体に埋め込む骨再生用材料の製造に用いることは安全性の点で望ましくない。他方、PDLLGAは溶剤に溶けやすく塩素系溶剤を使う必要がなく、非塩素系溶剤(例アセトン)でも溶かすことが可能である。しかし、PDLLGAは、PLLGAと比べて分子量が低く、高電圧を印加するES法を用いると、繊維形状の維持が困難になり、その結果、PDLLGAを用いて綿形状の骨再生用材料を作製することは困難であった。
さらに、人体に埋植する骨再生用材料は、埋植手術の後、細菌感染のリスクに晒される。そこで、材料自体に抗菌性が付与されていることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明の発明者等は鋭意検討した結果、改良された湿式紡糸法を用いることによって、PDLLGA樹脂にカルシウム塩粒子を含む複合生分解性繊維を紡糸して綿形状化することに成功した。
【0009】
本発明の発明者等は、改良された湿式紡糸法を用いて、綿形状の骨再生用材料を製造する方法であって、カルシウム塩粒子50-80重量%とPDLLGA樹脂50-20重量%の比率で両者を混合容器に投入し、アセトンに溶解させて攪拌することによって、前記カルシウム塩粒子が分散した樹脂濃度10~20重量%の紡糸溶液を調製し、前記調製した紡糸溶液をシリンジに充填し、前記シリンジに充填された前記紡糸溶液を、所定の径を有する入射針の吐出口から押し出して貧溶媒を満たしたコレクター容器中に入射し、貧溶媒中に入射された紡糸溶液は、貧溶媒液中で有機溶媒の脱離と貧溶媒の侵入の相互拡散によって固化されて繊維化され、貧溶媒中で固化した繊維は、繊維同士が接着することなくコレクター容器に浮遊堆積して綿形状に回収される、湿式紡糸法を用いて綿形状の骨再生用材料を製造する方法、という発明に到達した。
【0010】
好ましくは、カルシウム塩粒子はリン酸カルシウム粒子を用い、より好ましくはβ―TCP粒子を用いる。銀を含むβ-TCPは抗菌性があるので有用である。
【0011】
好ましくは、貧溶媒はエタノールを用いる。
【0012】
好ましくは、貧溶媒は水を用いる。水が塩素を含むとβ-TCPに含まれた銀と反応してAgClを生成する可能性があるので、塩素を含まない純水であることが好ましい。
【0013】
好ましくは、前記PDLLGA繊維は、カルシウム塩粒子を50-80重量%、より好ましくは、60-70重量%含む。湿式紡糸法は、樹脂とフィラー粒子を混合して有機溶剤で溶かすことによって調整した紡糸溶液をシリンジから押し出すことによって紡糸するので、多量のカルシウム塩粒子を含む紡糸溶液を容易に調製することができる。ESでは紡糸時のスラリーの粘性が低いものを使用するため、予めフィラー粒子の分散性を非常に高めておく必要があり、多量のフィラー粒子を溶液中に均一に分散させるための特別な工程(例:混練)が必要であるが、湿式紡糸法では、ESより高い粘性のスラリーを用いるためそのような特別な工程を踏むことなく、攪拌によって粒子を溶液中に分散させるだけで足りる。これは、粒子間を埋めるポリマー液の流動性が低くなり凝集を防ぐことができるためである。
【0014】
好ましくは、カルシウム塩粒子はリン酸カルシウム粒子を用い、さらに好ましくはβ-TCP粒子を用いる。PDLLGAが体液に接して分解されてβ-TCP粒子が溶出し、さらにβ-TCPが溶かされて、カルシウムイオン、リンイオンを溶出し、骨吸収置換による骨形成が促進される。
【0015】
好ましくは、β-TCP粒子は、銀イオンをβ-TCPの結晶格子中のカルシウムに置換固溶させることによって合成された銀イオン固溶β-TCPの粒子を用いる。PDLLGA繊維から溶出したβ-TCP粒子が溶かされるに伴い、β-TCPに固溶されている銀イオンが溶出し、抗菌性を発揮する。
【0016】
好ましくは、紡糸溶液の樹脂濃度は10~20重量%とする。ES法と異なり、湿式紡糸法は、紡糸溶液を単純に押し出すことによってノズルから吐出させるので、紡糸溶液の樹脂濃度は吐出速度と繊維の太さに合わせて、比較的自由に設定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の湿式紡糸法で作製したPDLLGA繊維からなる綿形状の骨再生用材料は、高い生体吸収性を有すると共に柔軟性に優れた材料であるので、脊椎治療の他、歯科分野の骨再生用材料としても好適に用いることができる。
【0018】
本発明では、紡糸溶液の調製に用いる有機溶媒として、クロロホルムを用いずにアセトンを用いるので、本発明によって製造した骨再生用材料は安全性が高い。
【0019】
本発明の湿式紡糸法で作製したPDLLGA繊維はESで紡糸した繊維よりも、繊維表面の孔数が少なく、緻密な断面構造を有し、形状維持に優れている。
【0020】
本発明の湿式紡糸法は、ES法と異なり紡糸溶液を物理的力を加えてシリンジから吐出口に押し出すものなので、紡糸溶液中のフィラー粒子の含有量については自由度が高い。リン酸カルシウムを50重量%、より好ましくは60重量%、さらに好ましく70重量%含有させることで、粒子が繊維表面に凹凸構造を形成する。繊維の表面が凹凸構造を有することは、細胞接着にとって好適である。
【0021】
本発明の湿式紡糸法で作製したPDLLGA繊維からなる綿形状の骨再生用材料は、体内に埋植された後PDLLGAが体内で溶解して局所的にpHが低下して酸性の環境を作り出す。その結果、酸性の環境下でβ―TCPが溶解して、微量のカルシウムイオンとリン酸イオンを溶出徐放して、骨形成の促進に寄与する。
【0022】
本発明の湿式紡糸法で作製するPDLLGA繊維に銀イオン固溶β-TCP粒子をフィラーとして含有させると、PDLLGAが体内で溶解してpHが低下して、β-TCPフィラーが酸性の環境下で溶解し、その結果、β-TCPに固溶されている銀イオンが溶出して抗菌性を発揮する。これによって、本発明の湿式紡糸法で作製するPDLLGA繊維と銀イオン固溶β-TCP粒子を組み合わせて用いることによって、骨再生用材料を体内に埋植した後の術後後期における抗菌性の発揮を実現することができる。
【0023】
本発明の湿式紡糸法では、有機溶媒として用いるアセトンは塩素を含まないので、銀と接触しても塩化銀を生成しない。その結果、β―TCPに固溶させたAgイオンがAgClとならずに、Agイオンとして存在するので、Agイオンの抗菌性が発揮できる。また、AgClが生成して光があたることによって黒く変色することもない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、本発明の実施例の湿式紡糸法において、貧溶媒としてエタノールを用いる場合の紡糸方法の模式図を示す。
【
図2】
図2は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒としてエタノールを使用)において、貧溶媒から取り出し回収した試料を示す。
【
図3】
図3は、本発明の実施例の湿式紡糸法において、貧溶媒として水を用いる場合の紡糸方法を示す。
【
図4】
図4は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒として水を使用)を用いて製造した綿形状の骨再生用材料を示す。
【
図5】
図5は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒として水を使用)において、紡糸した生分解性繊維の表面形状を示すSEM写真である。
【
図6】
図6は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒として水を使用)において、紡糸した生分解性繊維の表面の凹凸形状を示すSEM写真である。
【
図7】
図7は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒としてエタノールを使用)を用いて製造された綿形状の骨再生用材料を用いて骨芽細胞を6時間、1日間、3日間培養した結果、生分解性繊維に骨芽細胞が接着した状態を示す。
【
図8】
図8は、本発明の実施例の湿式紡糸法(貧溶媒としてエタノールを使用)を用いて製造された綿形状の骨再生用材料を用いた実験において、細胞接着後1日以降に急激に、かつ順調に増殖する様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施態様を図面を参照しながら詳細に説明する。
定義
【0026】
<PLLGA樹脂>
本発明においてPLLGA樹脂とは、L体のみを含む乳酸とグリコール酸の共重合によって合成されたPLGA樹脂をいう。PLLAとPGAの重合比率が85:15のものをPLLGA(85:15)と称し、PLLAとPGAの重合比率が75:25のものをPLLGA(75:25)と称する。PLLGAはPGAの比率を高めることによって分解性を高めることができる。PLLGAを溶剤で溶かすにはクロロホルム等の塩素系溶剤を用いることが必要である。
【0027】
<PDLLGA樹脂>
本発明においてPDLLGA樹脂とは、D体とL体を含む乳酸とグリコール酸の共重合によって合成されたPLGA樹脂をいう。PLGAの合成に用いられる乳酸には、結晶性のL体と光学異性体であるアモルファス性のD体とが存在し、PLAにはL体のみからなるポリ(L-乳酸)(PLLA)とL体とD体を含むポリ(D―乳酸)(PDLLA)が存在する。このPDLLAとPGAの共重合体であるPDLLGAはPLGAの中でも、特に高い柔軟性を有する。PDLLGAは、PDLLAとPGAとの重合比率を変化させることによって分解性を制御することが可能である。PDLLGAに含まれるD体の量を数値的に特定するのは困難であるが、本発明において、PDLLGA樹脂に含まれるD体の量は、D体を含むことによって樹脂がアセトンで溶解可能な分解性を有し、かつそれで足りる。
【0028】
<湿式紡糸法>
本発明において湿式紡糸法とは、有機溶剤の脱離と貧溶媒の侵入の相互拡散によって繊維の形に固化させる方法をいう。有機溶剤と貧溶媒の選択がポリマーの固化速度や溶媒の相互拡散に影響し、この相互拡散の速度のバランスが、得られる繊維の形態を決める。本発明に用いる湿式紡糸法は、リン酸カルシウム粒子を含むPDLLGA樹脂を繊維化して綿形状を形成するための条件設定と改良がなされている。
【0029】
<有機溶剤>
本発明において有機溶剤とは、PDLLGA樹脂とリン酸カルシウム粒子の混合物を溶解するために用いられる溶剤をいう。クロロホルム等の塩素系の有機溶剤は、溶解性に優れるが、毒性がある。アセトンは、溶解性の点でクロロホルムに劣るが塩素を含まないので、生体に対する安全性に優れる。本発明で用いるPDLLGA樹脂は溶剤に溶解されやすいので、クロロホルム等の塩素系有機溶剤毒性を用いる必要がなく、安全性の高い非塩素系溶剤であるアセトンを用いることができる。
【0030】
<貧溶媒>
本発明において貧溶媒とは、PDLLGA樹脂を溶かさない溶媒として凝固浴液に用いられ、生分解性繊維を綿形状に回収するために用いられる。
貧溶媒とは、講学上、特定の物質-溶媒系で溶質-溶媒間の相互作用(自由エネルギー)が溶質-溶質間,溶媒-溶媒間の相互作用の算術平均より小さいとき,この溶媒をこの溶質に対して貧溶媒であるというが、本発明の方法に用いる貧溶媒は、溶解パラメータを指標として、有機溶媒との相互拡散のバランスを考慮して選択される。本発明では、PDLLGAが不溶であるエタノール又は水を好適に用いることができる。
【0031】
貧溶媒としてエタノールを用いる場合、
図1に示すように、コレクター容器中でエタノールを攪拌し、攪拌により生じる貧溶媒の流れによって、繊維を延伸させることで、紡糸溶液を繊維化することができる。この場合、エタノールのHensen 溶解度パラメータは26.5δ[(MPa)1/2])であり、アセトンのHensen 溶解度パラメータは20.0δ[(MPa)1/2])であり、両者の乖離度は6.5δ[(MPa)
1/2]である。
【0032】
貧溶媒として水を用いる場合、ノズルから紡糸溶液を押し出すと、押し出された紡糸溶液は、そのまま繊維化して、コレクター容器中に浮遊堆積する。この場合、水のHensen 溶解度パラメータは47.8δ[(MPa)1/2]であり、アセトンのHensen 溶解度パラメータは20.0δ[(MPa)1/2])であり、両者の乖離度は27.8δ[(MPa)1/2]である。
【0033】
水のアセトンに対するHensen 溶解度パラメータの乖離度は、エタノールのアセトンに対する乖離度よりもかなり大きいので、繊維からアセトンが脱離する速度は、貧溶媒としてエタノールを用いた場合よりも格段に速くなる。その結果、ノズルから押し出された紡糸溶液は水中で急激に繊維化するので、紡糸溶液を繊維化するために、水を攪拌することによって繊維を延伸させる必要がない。
【0034】
<銀イオン固溶β相リン酸三カルシウム>
本発明の一つの実施例において、銀イオン固溶β相リン酸三カルシウムとは、β相リン酸三カルシウムの結晶格子中のカルシウムサイトがAg+で置換固溶されたβ相リン酸三カルシウムをいう。
銀イオン固溶β相リン酸三カルシウムは、超音波噴霧熱分解法を用いて調製することができる。超音波噴霧熱分解法とは、セラミック原料粉体の合成法の一つであり、試料溶液を超音波により霧状にして、その液滴を加熱した電気炉中に導入して瞬時に液滴からの溶媒の除去・塩の析出・熱分解を起こさせて目的とする化学組成の粉体(微粒子)を得ることができる。詳細は特開2020-130417に開示されている。
【実施例1】
【0035】
(貧溶媒としてエタノールを用いる)
以下に示す材料及び装置を使用した。
・β相リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2):太平化学産業株式会社β-TCP-100。
粒径1.7mm以下のものを4μm程度に粉砕したもの(β―TCP粉砕品)を用いた。
・PDLLGA:PLGA (75:25) (PURASORB PDLG7507、Corbion Purac)
・エタノール:キシダ化学一級 純度99.5%
・アセトン:和光純薬 試薬特級純度99.5+%
・紡糸溶液押出用入射針の押出口のサイズ:27G(内径0.2mm、外径0.4mm)
・貧溶媒容器:直径15 cm、高さ7.5 cmの円柱型容器を使用し、長さ5 cmの撹拌子を用いてマグネチックスターラーにて撹拌した。(
図1参照)。
【0036】
1.紡糸溶液の調製
β-TCPとPDLLGAを7:3の重量比で混合し、アセトンに溶解させ、一晩混合し、ポリマー濃度17%の紡糸溶液を調製した。
2.紡糸条件
押出速度 0.75ml/h、攪拌速度 200rpm
3.綿形状物の回収
湿式紡糸後、繊維をエタノールにて洗浄し、さらに溶媒を除去するためにエタノールにて一晩保持した。その後、吸水シートにてエタノールを除去し、綿をほぐしながら常温乾燥して綿形状のサンプル1(
図2参照)を得た。
【実施例2】
【0037】
(貧溶媒として水を用いる)
以下に示す材料及び装置を使用した。
・β相リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2):太平化学産業株式会社β-TCP-100。
粒径1.7mm以下のものを4μm程度に粉砕したもの(β―TCP粉砕品)を用いた。
・PDLLGA:PLGA (75:25) (PURASORB PDLG7507、Corbion Purac)
・純水
・アセトン:和光純薬 試薬特級純度99.5+%
・紡糸溶液押出用入射針の押出口のサイズ:33G(内径0.07mm、外径0.20mm)
・貧溶媒容器:直径9 cm、高さ25 cmの円柱型容器を使用(
図3参照)。
【0038】
1.紡糸溶液の調製
β-TCPとPDLLGAを7:3 重量比で混合し、アセトンに溶解させ、一晩混合し、ポリマー濃度17%の紡糸溶液を調製した。
2.紡糸条件
押出速度 0.6ml/h
3.綿形状物の回収
溶媒のアセトンは水と交換されて出て行くが、その比重が水より小さいので容器の底には溜まらず、上面付近に浮いてくる。その結果、長時間線引きしても繊維同士が再度アセトンによりくっつくなどのことは起こらず、長い一筆書きの繊維ができる(
図3参照)。これに対し、貧溶媒にエタノールを用いると、アセトンとエタノールの比重はほとんど同じなので、エタノールに紡糸すると脱けたアセトンが混ざり合ってエタノール中に浮遊する。その結果、湿式紡糸法で長時間紡糸すると、薄められたアセトンによって繊維同士がくっつきやすくなり、乾燥した繊維がゴワゴワした塊になってしまう。
湿式紡糸後、繊維をエタノールにて洗浄し、さらに溶媒を除去するためにエタノール中にて一晩保持した。その後、吸水シートにてエタノールを除去し、綿をほぐしながら常温乾燥して綿形状のサンプル2(
図4参照)を得た。
【0039】
図5は、貧溶媒に水を用いて製造したβ-TCP/PDLLGA繊維のSEM写真を示す。繊維の表面にフィラー粒子が露出して凹凸形状を形成していることがわかる。
【0040】
図6は、貧溶媒に水を用いて製造したβ-TCP/PDLLGA繊維のSEM写真を示す。おおよそ、幅80~100μm、厚さ40~50μmで片面がへこんだ扁平状の断面である。繊維の形状が、このような形になる理由は、発明者等の知見によれば、シリンジから流れ出た際に「カルマン渦」という流れが発生し、その流れによって中央がへこむものと考えられる。
【0041】
4.綿形状物への細胞接着実験
wellに通常培地を1ml入れて、サンプル1を培地になじませた後にマウス由来骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1)の懸濁液(2.4x105 cells/ml)0.5mlを入れて、インキュベーター内で6時間、1日間、3日間培養した(CO2濃度5%、37℃)。その後、サンプル1を構成する繊維上への細胞の接着の様子を走査型電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、1日までに一部の細胞が繊維表面に接着しはじめ、3日間で表面をほぼ覆うまでに接着・増殖する様子が観察された(
図7参照)。
【0042】
wellに通常培地を1ml入れて、サンプル1を培地になじませた後にマウス由来骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1)の懸濁液(2.4x105 cells/ml)0.5mlを入れて、インキュベーター内で6時間、1日間、3日間培養した(CO2濃度5%、37℃)。
通常培地にAlamarBlue® Cell Viability Reagent (Thermo Fisher Scientific, ここでの略称: ABCVR)を加え、ABCVR溶液 (通常培地 : ABCVR = 10 : 1 wt%)を作製した。培養した各wellから培地を遠沈管へ移した後、ABCVR溶液を2.0 mlずつ加え、インキュベーター内 (CO2濃度: 5 %, 37 °C)で4 h保持し、反応させた。溶液から80 μlずつ取り、測定用の黒底96-well plateに移し替えた。続いて、マルチモードプレートリーダー (Perkin Elmer Life & Analytical Sciences, EnSpire)を用いて蛍光強度を測定した (励起波長: 540 nm 蛍光波長: 590 nm)。これにより6時間の蛍光強度を1とした早退強度を比較して細胞の代謝活性評価とし、即ち増殖性を判断した。
その結果、細胞接着後1日以降に急激に、かつ順調に増殖する様子が明示された(
図8参照)。
実験の結果、本発明の湿式紡糸法で紡糸した太いβ-TCP/PDLLGA繊維からなる綿形状の骨再生用材料は、骨芽細胞培養試験で高い増殖性を示すことが確認された。