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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-28
(45)【発行日】2023-10-06
(54)【発明の名称】リン脂質の精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 9/10 20060101AFI20230929BHJP
   C11B 7/00 20060101ALI20230929BHJP
【FI】
C07F9/10 A
C11B7/00
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019110627
(22)【出願日】2019-06-13
(65)【公開番号】P2020200297
(43)【公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-05-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001421
【氏名又は名称】キユーピー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】生野 淳一
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 智史
(72)【発明者】
【氏名】小林 英明
【審査官】三須 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-036792(JP,A)
【文献】特開昭61-145189(JP,A)
【文献】特開平03-227399(JP,A)
【文献】特開平10-265484(JP,A)
【文献】特開昭61-138508(JP,A)
【文献】特開2008-038011(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
C11B
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン脂質の精製方法であって、
リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散した分散液を調製する工程と、
前記分散液を平均細孔径20nm以下のシリカゲルに接触させた後、前記シリカゲルを分離する工程を含み、
前記分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15であり、
前記分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径が3.0nm以上15.0nm以下であることを特徴とする、
リン脂質の精製方法。
【請求項2】
請求項1に記載のリン脂質の精製方法において
記シリカゲルの平均細孔径が前記分散中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径に対し0.85倍以上1.5倍以下であることを特徴とする、
リン脂質の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン脂質の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レシチンは、リン脂質を主要な構成成分とする脂質混合物の総称である。レシチンを精製することで高純度のリン脂質含有組成物を得ることができる。卵黄レシチンは、一般的に、リン脂質含有原料油脂(被精製試料)にアセトンを加え、夾雑物をアセトンに溶解させることで、アセトンに難溶性のリン脂質(ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン)を分離することにより精製している。
【0003】
また、特許文献1には、高純度リン脂質の製造方法として、a)油脂成分と極性の低い有機溶媒を混合する工程;(b)該混合物をシリカゲルに添加する工程;および(c)該極性の低い有機溶媒を該シリカゲルに添加して、シリカゲルからリン脂質を溶出する工程、を包含する、方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-38011号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
卵黄レシチンや大豆レシチン等のリン脂質含有原料油脂を精製する場合には、簡便な方法でリン脂質の含有量が高くなることが望ましい。
【0006】
本発明の目的は、リン脂質を簡便に高含有量得ることを可能にするリン脂質含有原料油脂の精製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、リン脂質と水からなる逆ミセルを形成させてから、リン脂質含有原料油脂を精製することにより、リン脂質含有原料油脂を簡便に精製することができることを見出した。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0008】
すなわち、本発明は、例えば、以下の各発明に関する。
(1)リン脂質の精製方法であって、
リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散した分散液を調製する工程と、
前記分散液を平均細孔径20nm以下のシリカゲルに接触させた後、前記シリカゲルを分離する工程を含み、
前記分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15であることを特徴とする、
リン脂質の精製方法、
(2)リン脂質の精製方法であって、
前記分散液中の非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径が3nm以上20nm以下であり、
前記シリカゲルの平均細孔径が前記分散中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径に対し0.85倍以上1.5倍以下であることを特徴とする、
(1)記載のリン脂質の精製方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、簡便な方法でリン脂質の含有量を高めることを可能にするリン脂質含有原料油脂の精製方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
<本発明の特徴>
(リン脂質の精製方法)
本発明はリン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散した分散液を調製する工程と、前記分散液を平均細孔径20nm以下のシリカゲルに接触させた後、前記シリカゲルを分離する工程を含み、前記分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15であることを特徴とする、リン脂質の精製方法を提供することに特徴を有する。
【0012】
<リン脂質含有原料油脂>
リン脂質含有原料油脂とは、リン脂質を主要な構成成分とする脂質混合物の総称であり、例えばレシチン等が挙げられる。レシチンとしては、例えば、卵黄由来のレシチンである卵黄レシチン、大豆由来のレシチンである大豆レシチンが挙げられ、本発明によりコレステロール等の夾雑物が簡便に除かれやすいという観点から、好ましくは卵黄レシチンを用いるとよい。
【0013】
(リン脂質)
リン脂質含有原料油脂には、リン脂質として、ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸等のグリセロリン脂質、スフィンゴミエリン等のスフィンゴリン脂質等の1種又は2種以上が含まれ得る。
【0014】
<調製工程>
本実施形態の精製方法は、リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散した、分散液を用意する工程(調製工程)を備える。なお、前記分散液中のリン脂質含有量は0質量%超30質量%以下、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15である。
調製工程では、まず、リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合する。本実施形態の精製方法で被精製試料として使用されるリン脂質含有原料油脂は、典型的にはリン脂質、夾雑物を含んでいるが、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散するための水が予め含まれていてもよい。
【0015】
(リン脂質含有原料油脂のリン脂質含有量)
リン脂質含有原料油脂のリン脂質含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、25~80質量%であるとよく、さらに50~80質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂のリン脂質含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便にリン脂質の含有量を高めることができる。リン脂質の含有量は、例えば、薄層自動検出装置イアトロスキャン(株式会社LSIメディエンスMK-6s)を用いたTLC/FID法により測定することができる。
【0016】
(リン脂質含有原料油脂のホスファチジルコリンの含有量)
リン脂質含有原料油脂のホスファチジルコリン含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、20~70質量%であるとよく、さらに50~70質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂のホスファチジルコリンの含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便にリン脂質の含有量を高めることができる。リン脂質の含有量は、例えば、TLC/FID法により測定することができる。
【0017】
(リン脂質含有原料油脂のホスファチジルエタノールアミンの含有量)
リン脂質含有原料油脂のホスファチジルエタノールアミン含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、5~30質量%であるとよく、さらに5~20質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂のホスファチジルエタノールアミンの含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便にリン脂質の含有量を高めることができる。リン脂質の含有量は、例えば、TLC/FID法により測定することができる。
【0018】
(夾雑物)
本明細書において、「夾雑物」とは、リン脂質及び水以外の成分をいう。リン脂質含有原料油脂に含まれ得る夾雑物の例としては、コレステロール、トリアシルグリセロール等が挙げられる。
【0019】
(リン脂質含有原料油脂の夾雑物の含有量)
リン脂質含有原料油脂の夾雑物総含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、25~75質量%であるとよく、さらに25~40質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂の夾雑物の含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0020】
(リン脂質含有原料油脂のコレステロールの含有量)
リン脂質含有原料油脂のコレステロール含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、1~20質量%であるとよく、さらに1~5質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂のコレステロールの含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0021】
(リン脂質含有原料油脂のトリアシルグリセロールの含有量)
リン脂質含有原料油脂のトリアシルグリセロール含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、10~70質量%であるとよく、さらに10~40質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂のトリアシルグリセロールの含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0022】
(夾雑物含有量の測定方法)
リン脂質含有原料油脂中の夾雑物含有量は、常法に従い測定することができる。例えば、コレステロール及びトリアシルグリセロールの含有量は、TLC/FID法により測定することができる。
【0023】
(リン脂質含有原料油脂の水分含有量)
リン脂質含有原料油脂の水分含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂全量に対して、0.1~10.0質量%であるとよく、さらに0.5~10.0質量%であるとよい。リン脂質含有原料油脂の水分含有量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
水分含有量は、カールフィッシャー水分計(京都電子工業株式会社製MKA-510N)により測定する。リン脂質含有原料油脂の水分含有量は、例えば、リン脂質含有原料油脂を非極性溶媒と混合する前に、加水もしくは加湿、乾燥させることにより、分散液を調製する際の水を考慮した上で、適宜調整してもよい。
【0024】
(非極性溶媒)
調製工程において、リン脂質含有原料油脂及び水と混合される非極性溶媒としては、例えば、n-ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン等が挙げられる。非極性溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。非極性溶媒は、好ましくは、n-ヘキサンである。
【0025】
(非極性溶媒の使用量)
非極性溶媒の使用量は、リン脂質含有原料油脂のリン脂質の含有量等に応じて、適宜設定するものであってよい。例えば、非極性溶媒の使用量は、リン脂質1gあたり、2~20gであるとよく、さらに5~15gであるとよい。非極性溶媒の使用量が、上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0026】
(分散液中の水)
調製工程では、リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、リン脂質により非極性溶媒中に水が分散した分散液を調製する。分散液の非極性溶媒中の水は、リン脂質含有原料油脂中のリン脂質と逆ミセルを形成していると推察される。逆ミセルとは、非極性溶媒中で疎水基を外に、親水基を内に向けて形成される会合体をいう。本実施形態における逆ミセルは、構成成分としてリン脂質を含んでいる。通常、水は逆ミセルの中心部に含まれる。
【0027】
(逆ミセルを形成させる方法)
逆ミセルは、リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合し、攪拌することにより、リン脂質同士が会合して、形成される。逆ミセルを形成させる際の条件(撹拌条件、攪拌時間及び温度条件等)は、上記リン脂質含有原料油脂及び非極性溶媒の種類、使用量等に応じて、適宜設定することができる。
【0028】
(非極性溶媒中に水が分散しているかの確認方法)
非極性溶媒中に水が分散しているかどうかの確認は、リン脂質含有原料油脂、非極性溶媒及び水を混合、撹拌した溶液を粒度分布測定装置にて測定することにより行う。
【0029】
(分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径)
本発明の分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径は、例えば、3.0nm以上20.0nm以下であるとよく、さらに4.0nm以上15.0nm以下であるとよい。分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水が、上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。本発明の分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径とは、動的光散乱法により求めた粒度分布の平均値を意味し、具体的には、動的光散乱粒度分布計(Malvern社製ゼータサイザーナノS)を用いて、20℃で測定した値をいう。リン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径は、例えば、分散液を調製する工程の混合する水の量を調整することにより、上記記載の範囲内に調整することができる。
【0030】
(分散液中のリン脂質含有量)
分散液のリン脂質含有量は、分散液全量基準で0質量%超30質量%以下であり、さらに0質量%超20質量%以下であるとよく、0質量%超10質量%以下であるとよい。分散液のリン脂質含有量が、上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
リン脂質の含有量は、薄層自動検出装置イアトロスキャン(株式会社LSIメディエンスMK-6s)を用いたTLC/FID法により測定する。
【0031】
(分散液中のリン脂質と水との割合)
分散液中のリン脂質と水との割合は、質量比で100:1~15であり、さらに100:1~11であるとよい。なお、分散液の水分含有量は、カールフィッシャー水分計(京都電子工業株式会社製MKA-510N)により測定する。分散液の水分含有量は、リン脂質含有原料油脂及び/又は非極性溶媒の水分含有量を調整することにより調整してもよく、分散液に加水することにより、調整してもよい。
【0032】
<分離工程>
本実施形態の精製方法は、分散液をシリカゲルに接触させた後、分散液の非極性溶媒中の水とシリカゲルとを分離する工程(分離工程)を備える。
【0033】
(分離する方法)
分離工程は、まず、調製工程で得られる分散液をシリカゲルに接触させる。その後、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水(リン脂質と水からなる逆ミセルと推察。)と、これ以外の成分を含むシリカゲルとを分離する。リン脂質により非極性溶媒中に分散した水(リン脂質と水からなる逆ミセルと推察。)は、典型的には液相に含まれるため、分離工程は、例えば、通常の固液分離に使用される手法により行うことができる。具体的には、例えば、濾過、デカンテーション等による方法、被精製試料としてリン脂質により非極性溶媒中に分散した水(リン脂質と水からなる逆ミセルと推察。)を用いること以外は、典型的なクロマトグラフィー等による方法によって、分離工程を行うことができる。
【0034】
(シリカゲルの種類)
分離工程で使用するシリカゲルとしては、例えば、クロマトグラフィーによる処理に通常用いられるもの(市販品)を使用することができる。市販のシリカゲルの例としては、例えば、関東化学(株)製シリカゲル60(球状)、SIGMA-ALDRICH製シリカゲル high-purity grade(Davisil Grade 62)等が挙げられる。
【0035】
(シリカゲルの平均細孔径)
シリカゲルの平均細孔径は、20.0nm以下であり、さらに4.0~20.0nmであるとよく、特に4.0~17.0nmであってよい。シリカゲルの平均細孔径が、20.0nm超となる場合、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水が、シリカゲルの細孔内に保持されしまうため、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水と逆ミセルを形成すると推察されるリン脂質も、シリカゲルの細孔内に保持され、本発明の効果を満たさない。なお、シリカゲルの平均細孔径とは、シリカゲルの細孔直径を意味する。
【0036】
(分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径とシリカゲルの平均細孔径との関係)
シリカゲルの平均細孔径は、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径の0.85倍以上1.5倍以下であるとよく、さらに0.9倍以上1.3倍以下であるとよい。分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径とシリカゲルの平均細孔径との関係が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0037】
(シリカゲルの使用量)
シリカゲルの使用量は、リン脂質含有原料油脂1質量部に対して、1~10質量部であるとよく、とくに2~8質量部であるとよい。シリカゲルの使用量が上記範囲であることで、本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的にリン脂質の含有量を高めることができる。
【0038】
(カラムクロマトグラフィー)
分離工程は、カラムクロマトグラフィー処理により実施してもよい。分離工程をカラムクロマトグラフィー処理により実施する場合、展開溶媒として非極性溶媒(好ましくは、調製工程で用いた非極性溶媒と同種の溶媒)を用いることができる。
【0039】
(カラムクロマトグラフィー処理により分離する方法)
分離工程をカラムクロマトグラフィー処理により実施する場合、例えば、以下の方法により実施することができる。シリカゲルを常法に従い、クロマトグラフ管に充填した後、当該クロマトグラフ管内に、分散液を添加し、分散液とシリカゲルとを接触させる。その後、展開溶媒(例えば、非極性溶媒)をシリカゲルが充填されたクロマトグラフ管に流すことにより、リン脂質と水からなる逆ミセルと、これ以外の成分(夾雑物等)を含むシリカゲルとを分離する。また、分散液中にシリカゲルを投入して撹拌することで接触させる方法、バッチ式でも分離が可能である。
【0040】
(分離工程の推定メカニズム)
分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水が、これ以外の成分を含むシリカゲルとが分離されるメカニズムは以下のように推察される。まず、分散液とシリカゲルとを接触させることにより、分散液に含まれる成分のうち、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水(リン脂質と水からなる逆ミセルと推察。以下同様。)以外の成分(他の成分)がシリカゲルに保持される。シリカゲルの平均細孔径が20nm以下、分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15であることにより、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水はシリカゲルに保持され難く、逆ミセルと他の成分が保持されたシリカゲルとを分離することが可能となると推察される。なお、シリカゲルの平均細孔径が20nm超であると、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水はシリカゲルに保持されやすくなると推察され、リン脂質と水との割合が質量比で100:15超であると、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水中の水分含量が増えることにより、シリカゲルに吸着・保持されやすくなると推察される。
【0041】
<他の工程>
本実施形態の精製方法は、他の工程として、分離されたリン脂質により非極性溶媒中に分散した水(リン脂質と水からなる逆ミセルと推察)を含有する溶液を濃縮する工程(濃縮工程)を含んでいてよい。濃縮は、例えば、常法に従い実施することができる。
【0042】
<精製したリン脂質含有原料油脂>
分離工程を経た後、リン脂質により非極性溶媒中に分散した水を含有する溶液中の溶媒を除去することにより、夾雑物が分離されたレシチン(精製したリン脂質含有原料油脂)を得ることができる。
【0043】
<精製したリン脂質含有原料油脂のリン脂質含有量>
精製したリン脂質含有原料油脂のリン脂質含有量は、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、例えば、80質量%以上であるとよく、さらに90質量%以上であるとよく、特に95%以上であるとよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲のリン脂質の含有量まで精製することができる。リン脂質含有量の測定は、上記同様の方法で実施することができる。
【0044】
(精製したリン脂質含有原料油脂のホスファチジルコリンの含有量)
精製したリン脂質含有原料油脂のホスファチジルコリンの含有量は、例えば、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、70質量%以上90質量%以下であるとよく、さらに80質量%以上90質量%以下であるとよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲のホスファチジルコリンの含有量まで精製することができる。リン脂質の含有量は、例えば、TLC/FID法により測定することができる。
【0045】
(精製したリン脂質含有原料油脂のホスファチジルエタノールアミンの含有量)
精製ホスファチジルエタノールアミンの含有量は、例えば、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、5質量%以上20質量%以下、又は15質量%以上20質量%以下であってよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲のホスファチジルエタノールアミンの含有量まで精製することができる。リン脂質の含有量は、例えば、TLC/FID法により測定することができる。
【0046】
(精製したリン脂質含有原料油脂の夾雑物の含有量)
精製したリン脂質含有原料油脂の夾雑物の総含有量は、例えば、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、0質量%以上10質量%以下であるとよく、さらに0質量%以上5質量%以下であるとよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲の夾雑物の含有量まで除去することができる。
【0047】
(精製したリン脂質含有原料油脂のコレステロールの含有量)
精製したリン脂質含有原料油脂のコレステロールの含有量は、例えば、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、0質量%以上2.0質量%であるとよく、さらに0質量%以上1.0質量%以下であるとよく、特に0質量%以上0.1質量%以下であるとよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲のコレステロールの含有量まで除去することができる。
【0048】
(精製したリン脂質含有原料油脂のトリアシルグリセロールの含有量)
精製したリン脂質含有原料油脂のトリアシルグリセロール含有量は、例えば、精製したリン脂質含有原料油脂全量に対して、0質量%以上5.0質量%以下であるとよく、さらに0質量%以上0.5質量%以下であるとよい。本発明の精製方法により、簡便に、かつ効率的に上記範囲のトリグリセリドグリセロールの含有量まで除去することができる。
【0049】
(リン脂質及び夾雑物含有量の測定方法)
精製したリン脂質含有原料油脂に含まれているリン脂質、コレステロール及びトリアシルグリセロールの含有量は、例えば、TLC/FID法により測定することができる。
【実施例
【0050】
以下、実施例等に基づいて、本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
<リン脂質含有原料油脂の製造>
鶏卵を割卵して得た新鮮な卵黄をスプレードライヤで乾燥した乾燥卵黄2kgに、93質量%のエタノール20L(7質量%の水を含む)を加え、攪拌しながら1時間抽出を行なった。このときの抽出温度は10.0℃であった。
次いで濾過して抽出液を得、減圧蒸留により溶媒を留去し、その後充分に乾燥させリン脂質含有原料油脂1(卵黄リン脂質)を430gを得た。
リン脂質含有原料油脂1は薄層自動検出装置イアトロスキャン(株式会社LSIメディエンスMK-6s)を用いたTLC/FID法で測定したところ、リン脂質として、ホスファチジルエタノールアミンを10質量%、ホスファチジルコリンを60質量%含み、トリアシルグリセロールを25質量%含み、コレステロールを5質量%含んでいた。
【0052】
<水分含有量の測定>
測定用試料として、卵黄由来のリン脂質含有原料油脂1を準備した。水分含有量は、カールフィッシャー水分計(京都電子工業株式会社製MKA-510N)により測定した。測定は3回行い、その平均値を水分含有量の測定結果とした。卵黄由来のリン脂質含有原料油脂1の水分含有量の測定結果は、0.5質量%であった。
【0053】
<試験例1:分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の確認及び分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径測定>
リン脂質含有原料油脂1、1gをn-ヘキサン(関東化学(株)社製、品名「ヘキサン」鹿1級。以下記載のn-ヘキサンも同様。)10mL(6.59g)に溶解させ、分散液中の水の量が表1に示す量になるように加水した(例えば、1-1の場合は10μLの水を添加した)。加水後、ボルテックスミクサーにて約1分間撹拌し、測定試料としてサンプル1-1~1-5を調製した。測定試料の分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径の測定は、Malvern社製ゼータサイザーナノSを用いて、散乱強度別粒度分布を測定することにより実施した。分散液中の水の量は、リン脂質含有原料油脂1の水分及び加水した水分の量の合計である。
なお、測定試料の分散液中のリン脂質含有量は9質量%以上10質量%以下であった。
【0054】
【表1】
【0055】
測定試料は、分散液中の水の量に応じて、散乱強度別粒度分布における平均粒子径が変化していることを確認した。
【0056】
表1に示すとおり、分散液中の水の量(リン脂質含有原料油脂の水分及び加水した水分の量)が125μLのときに、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径は18.9nmであった。また、分散液中の水の量を125μLより減少させると、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径の大きさは減少し、分散液中の水の量が15μLのとき、その粒子径は4.6nmとなった。以上より、分散液中の水の量(リン脂質含有原料油脂の水分及び加水した水分の量)を調整することにより、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径の調整が可能であることが示された。
【0057】
<試験例2:リン脂質含有原料油脂の精製試験1>
リン脂質含有原料油脂1、1gをn-ヘキサン10mL(試験例1で用いたものと同様。以下も同様。)に溶解させて、さらに表2に示す加水量になるように水を20μL添加し、試験用の分散液を調製した。平均細孔径が6.4nm(関東化学株式会社製シリカゲル60(球状))、30nm(富士シリシア化学株式会社製シリカゲルMB300-75/200)であるシリカゲル5gにn-ヘキサンを加えてスラリー状にした。スラリー状にした各シリカゲルをガラス製のクロマト管に充填した。試験用の分散液を各カラムに添加し、展開溶媒として、n-ヘキサンを流し、得られた各フラクションを回収及び濃縮して、それぞれサンプル2-1、2-2を得た。
【0058】
各シリカゲルに保持させた成分は、n-ヘキサンを流した後、展開溶媒として、クロロホルム及びメタノールをこの順で50mlずつ流すことにより回収した。
【0059】
収量と脂質組成の測定結果を表2に示す。脂質組成は、TLC/FID法を用いて測定した。表2中、「%」は、質量%を意味する。サンプル2-1、2-2において、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径B(nm)に対するシリカゲルの平均細孔径A(nm)の比(A/B)、及び分散液中のリン脂質と水との割合は、表2に示すとおりである。
【0060】
【表2】
【0061】
精製に使用するシリカゲルの平均細孔径Aが20nm以下であり、分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下であり、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15である場合には、リン脂質含有比率が高いレシチンが得られた。
また、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径が3nm以上20nm以下であり、前記シリカゲルの平均細孔径が前記分散液中の水の平均粒子径に対し0.85倍以上1.5倍以下である場合には、リン脂質含有比率が高いレシチンが得られた。
リン脂質の含有比率が高かった理由としては、分散液中の非極性溶媒中に分散した水が、リン脂質と水からなる逆ミセルを形成していると推察され、これがシリカゲルの細孔内に保持されにくかったためと推察される。
なお、分散液中のリン脂質含有量を20質量%となるよう分散液を調製した場合も、上記と同様にリン脂質含有比率が高いレシチンが得られた。
【0062】
<試験例3:卵黄レシチンの精製試験2>
リン脂質含有原料油脂1、1gをn-ヘキサン(試験例1で用いたものと同様。以下も同様。)10mlに溶解して、70μL又は120μLの精製水を加水、混合し、試験用の試料(サンプル3-1、3-2)とした。試験用の試料は、平均細孔径が15nmのシリカゲル(SIGMA-ALDRICH製シリカゲル high-purity grade(Davisil Grade 62))を用い、試験例2と同様にして、精製した。収量及び脂質組成の測定結果を表3に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
精製に使用するシリカゲルの平均細孔径Aが20nm以下であり、分散液中のリン脂質含有量が0質量%超30質量%以下であり、かつリン脂質と水との割合が質量比で100:1~15である場合には、リン脂質含有比率が高いレシチンが得られた。
また、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径が3nm以上20nm以下であり、前記シリカゲルの平均細孔径が前記分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径に対し0.85倍以上1.5倍以下である場合には、リン脂質含有比率が高いレシチンが得られた。
サンプル3-2において、シリカゲルの平均細孔径より分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水の平均粒子径が大きいにもかかわらず、リン脂質含有比率が低いレシチンが得られた理由としては、分散液中のリン脂質により非極性溶媒中に分散した水が、シリカゲルの化学的吸着力(シラノール基による吸着)により、これがシリカゲルに保持されやすかったためと推察される。