(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-29
(45)【発行日】2023-10-10
(54)【発明の名称】グラフェンの製造方法及びグラフェン製造装置
(51)【国際特許分類】
C01B 32/19 20170101AFI20231002BHJP
C25B 1/135 20210101ALI20231002BHJP
C25B 9/00 20210101ALI20231002BHJP
C25B 15/023 20210101ALI20231002BHJP
C25B 15/029 20210101ALI20231002BHJP
【FI】
C01B32/19
C25B1/135
C25B9/00 Z
C25B15/023
C25B15/029
(21)【出願番号】P 2020557568
(86)(22)【出願日】2019-11-19
(86)【国際出願番号】 JP2019045320
(87)【国際公開番号】W WO2020105646
(87)【国際公開日】2020-05-28
【審査請求日】2022-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2018218478
(32)【優先日】2018-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 英樹
(72)【発明者】
【氏名】阿相 英孝
(72)【発明者】
【氏名】仁科 勇太
【審査官】佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0072573(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0026086(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2017-0112026(KR,A)
【文献】欧州特許出願公開第3178967(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0166475(US,A1)
【文献】米国特許第6696020(US,B1)
【文献】ALLAGUI, A. et al.,"Reduced Graphene Oxide Thin Film on Conductive Substrates by Bipolar Electrochemistry",Scientific Reports,2016年02月17日,Vol.6,21282
【文献】HASHIMOTO, H. et al.,"Bipolar anodic electrochemical exfoliation of graphite powders",Electrochemistry Communications,2019年06月06日,Vol.104,106475
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00 - 32/991
C25B 1/00 - 9/77
C25B 13/00 - 15/08
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質と水とを含む電解液中に、一対の電極を配置し、かつ、前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置した状態で、前記一対の電極間に電圧を印加することにより、前記グラファイトからグラフェンを剥離させる剥離工程と、
前記グラファイトから剥離して生成したグラフェンを回収する回収工程と、
を含み、
前記電解液が、前記電解質として硫酸を含むグラフェンの製造方法。
【請求項7】
無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質と水とを含む電解液が収容された容器と、
前記容器内に配置された一対の電極と、
前記一対の電極間に電圧を印加する電源と、
前記容器内に配置された前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置させるグラファイト配置手段と、
を備え、
前記グラファイト配置手段が、前記グラファイトを保持する保持部材を含み、
前記保持部材が、前記グラファイトを収容し、かつ、前記電解液が透過可能な絶縁性のフィルターを含むグラフェン製造装置。
【請求項12】
前記容器内の前記電解液を循環させる循環装置を含む請求項7、請求項10及び請求項11のいずれか1項に記載のグラフェン製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、グラフェンの製造方法及びグラフェン製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素原子から構成されるシート状の結晶炭素であるグラフェンは、導電性、熱安定性、強靱性、柔軟性など優れた特性を有しており、半導体素子、太陽電池、透明導電膜等の種々の分野での利用が期待されている。
【0003】
グラフェンの実用的な生産手法として、グラファイトを出発物質として層間剥離によりグラフェンを得るトップダウン的手法が注目されている。
一般的には、過マンガン酸カリウムのような強力な酸化剤とインターカラントである濃硫酸(強酸)を用いて、グラファイトを化学的に剥離して、グラフェンを作製するが、取扱いに特に注意を要する試薬と大量の純水を消費するため、新しい剥離法の開発が求められている。
【0004】
近年、グラファイトを電極として電解液中で通電することで、グラファイトの層間剥離を起こし、グラフェンを得る電気化学的剥離法が注目されている(例えば、特許文献1~7参照)。例えば、グラファイトを陽極として低濃度硫酸を用いて比較的低い電圧(例えば10V)で電解を行うと、1時間以内という短時間でグラファイトを剥離し、グラフェンを得ることができる。
【0005】
一方、テトラブチルアンモニウムテトラフルオロボレート(Bu4NBF4)及びN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を含む有機電解液中に、陽極、陰極、グラファイト粉末を浸漬して1100Vの高電圧を印加した後、330000/sで1時間の高剪断処理を施すことでグラフェンを得る方法が知られている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
特許文献1:特開2012-131691号公報
特許文献2:特表2016-534010号公報
特許文献3:特表2017-502168号公報
特許文献4:特表2017-538041号公報
特許文献5:国際公開第2012/073861号
特許文献6:特開2018-35056号公報
特許文献7:国際公開第2017/100968号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Emil T.B. et al., ACS Omega, 2, (2017), 6492-6499
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
グラフェンを応用した末端製品の市場予測は2030年において数兆円にものぼるとの予測があるが、グラフェンの安価な製造方法が確立していないため、現在市場に出回っている高品位グラフェンは極めて高価である。
例えば特許文献1~5に開示されているようなグラファイト電極に通電してグラフェンを製造する手法を適用する場合、電極として使用するグラフェンを得るために、例えば、ポリイミドを約3000℃で加熱して作製した高価なグラファイト単一箔やグラファイトの成形体を用いる必要がある。また、グラファイト電極からグラフェンが剥離するに伴い、グラファイト電極は徐々に小さくなるため、ある程度小さくなったこところでグラファイト電極を交換する必要がある。
【0009】
一方、天然黒鉛粉末は安価(グラファイト単一箔の1/100程度)に入手することができるが、黒鉛粉末には電極を取り付けることができない。そのため、グラファイトを電極として通電させてグラフェンを得る手法では、天然黒鉛粉末を用いて電解処理を施すことができない。
この点、非特許文献1に開示されている方法では、グラファイト粉末からグラフェンを製造することが可能であるが、高価な有機電解液と1100Vという著しく高い電圧が必要であり、更には電解後に機械的な剪断処理が必要であり、工業的適用性は極めて低い。
【0010】
本開示は、上記事情に鑑みてなされたものであり、原料としてグラファイトの粒子又は粉末を用いることもでき、比較的簡便にグラフェンを製造することができるグラフェンの製造方法及びグラフェンの製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質と水とを含む電解液中に、一対の電極を配置し、かつ、前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置した状態で、前記一対の電極間に電圧を印加することにより、前記グラファイトからグラフェンを剥離させる剥離工程と、
前記グラファイトから剥離して生成したグラフェンを回収する回収工程と、
を含むグラフェンの製造方法。
<2> 前記電解液が、前記電解質として硫酸を含む<1>に記載のグラフェンの製造方法。
<3> 前記電解液における前記硫酸の濃度が、1mM以上0.5M以下である<2>に記載のグラフェンの製造方法。
<4> 前記グラファイトが、粒子状又は粉末状である<1>~<3>のいずれか1つに記載のグラフェンの製造方法。
<5> 前記グラファイトを、前記電解液が透過可能なフィルターに収容した状態で、前記一対の電極間に電圧を印加する<1>~<4>のいずれか1つに記載のグラフェンの製造方法。
<6> 前記一対の電極間に印加する電圧が、5V~80Vの範囲である<1>~<5>のいずれか1つに記載のグラフェンの製造方法。
<7> 無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質と水とを含む電解液が収容された容器と、
前記容器内に配置された一対の電極と、
前記一対の電極間に電圧を印加する電源と、
前記容器内に配置された前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置させるグラファイト配置手段と、
を有するグラフェン製造装置。
<8> 前記グラファイト配置手段が、前記グラファイトを保持する保持部材を含む<7>に記載のグラフェン製造装置。
<9> 前記保持部材が、前記グラファイトを収容し、かつ、前記電解液が透過可能な絶縁性のフィルターを含む<8>に記載のグラフェン製造装置。
<10> 前記電解液を攪拌することにより、前記電解液中の前記グラファイトを分散させる撹拌装置を含む<7>に記載のグラフェン製造装置。
<11> 前記グラファイトを前記一対の電極間で移動させる移動装置を含む<7>~<10>のいずれか1つに記載のグラフェン製造装置。
<12> 前記容器内の前記電解液を循環させる循環装置を含む<7>~<11>のいずれか1つに記載のグラフェン製造装置。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、原料としてグラファイトの粒子又は粉末を用いることもでき、比較的簡便にグラフェンを製造することができるグラフェンの製造方法及びグラフェンの製造装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本開示のグラフェンの製造方法においてグラファイト板を用いて剥離工程を行うグラフェン製造装置の一例(第一実施形態)を示す概略図である。
【
図2】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行うグラフェン製造装置の他の例(第二実施形態)を示す概略図である。
【
図3】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行うグラフェン製造装置の他の例(第三実施形態)を示す概略図である。
【
図4A】バイポーラ電極としてグラファイト板を用いて電解処理を行った場合の電解液(硫酸)濃度、電解時間、及び駆動電極間の印加電圧の関係を示す図である。
【
図4B】バイポーラ電極としてグラファイト板を用いて電解処理を行った場合の電解液(硫酸)濃度、電解時間、及び電解液温度の関係を示す図である。
【
図5】電解液の硫酸濃度、電解後のグラファイト板の外観、剥離割合、及び平均電圧値の関係を示す図である。
【
図6】グラファイト板の電解処理で得られたグラフェンの(A)光学顕微鏡像と(B)走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図7A】グラファイト板の電解処理における電解時間、駆動電極間の印加電圧、及びグラファイト板の変化の関係を示す図である。
【
図7B】グラファイト板を電解処理した場合の電解時間、電解液(硫酸)濃度、及び温度の関係を示す図である。
【
図8A】グラファイト板を電解処理した場合の電解時間及び剥離物の質量変化の関係を示す図である。
【
図8B】グラファイト板を電解処理した場合の電解時間及び剥離量の割合の関係を示す図である。
【
図9】グラファイト板を電解処理した場合の各時間で得られたグラフェンの(A)光学顕微鏡像と(B)走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図10A】グラファイト粒子を電解処理した場合の電解時間、試料外観及び電圧の関係を示す図である。
【
図10B】グラファイト粒子を電解処理した場合の電解液温度の経時変化を示す図である。
【
図11】グラファイト粒子を電解処理して得られたグラフェンの(A)光学顕微鏡像と(B)走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図12A】グラファイトの粒子又は粉末を電解処理した場合の電解時間、試料外観及び電圧の関係を示す図である。
【
図12B】グラファイト粉末を電解処理した場合の電解液温度の経時変化を示す図である。
【
図13】グラファイト粉末(電解前)と電解処理して得られたグラフェン(電解後)の(A)光学顕微鏡像と(B)走査型電子顕微鏡像を示す図である。
【
図14】電解前のグラファイト、グラファイトの板、粒子、又は粉末をそれぞれ電解処理して作製したグラフェンのX線回折によるXRDパターンを示す図である。
【
図15】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行う他の方法(グラフェン製造装置の一例)を示す概略図である。
【
図16】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行う他の方法(グラフェン製造装置の一例)を示す概略図である。
【
図17】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行う他の方法(グラフェン製造装置の一例)を示す概略図である。
【
図18】本開示のグラフェンの製造方法において剥離工程を行う他の方法(グラフェン製造装置の一例)を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の実施形態について図面を参照しながら説明する。
なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、本明細書中の「工程」の用語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても、その工程の所期の目的が達成されれば本用語に含まれる。
【0015】
本発明者らは、直接的な通電を取らずに、粒子や粉末などの微細なグラファイト試料であっても電解剥離によってグラフェンを製造するための新しい手法を開発すべく鋭意検討を行う中で、バイポーラ電気化学をグラファイト試料に適用することを試みた。バイポーラ電気化学とは、不溶性の駆動電極間に処理したい試料(バイポーラ電極)を配置し、駆動電極に電圧を印加することで、駆動電極間に形成される電位勾配を利用して、バイポーラ電極に対して非対称な電解処理を行う手法である。
そして、本発明者らは、無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質を含む電解液を用い、一対の電極間にバイポーラ電極としてグラファイトを配置した状態で電圧を印加すれば、グラファイトの形状にかかわらずグラファイトの表面が剥離し、グラフェンを簡便に製造することができることを見出した。
【0016】
すなわち、本開示のグラフェンの製造方法は、無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質(以下、単に「電解質」と記す場合がある。)と水とを含む電解液(以下、単に「電解液」と称する場合がある。)中に、一対の電極(「駆動電極」と称する場合がある。)を配置し、かつ、前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置した状態で、前記一対の電極間に電圧を印加することにより、前記グラファイトからグラフェンを剥離させる工程と、前記グラファイトから剥離して生成したグラフェンを回収する回収工程と、を含む手法である。
【0017】
(電解液)
電解液に含まれる無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質としては、一対の電極間にグラファイトを配置した状態で電圧を印加することにより、グラファイトからグラフェンを剥離させることができれば特に限定されない。本開示のグラフェンの製造方法において使用可能な電解液としては、例えば、硫酸、リン酸、シュウ酸、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、硫酸カリウム、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、又は過酸化水素を含む電解液、あるいはそれらの2種以上の電解質を含む混合電解液などが挙げられる。グラファイトからグラフェンを剥離させ易いほか、入手容易性などの観点から、電解質として硫酸が好ましい。
溶媒としては、使用する電解質を溶かして電解液として使用することができ、取扱い性、コストの観点から、水が好適である。なお、本開示の方法によりグラファイトからグラフェンを剥離させることを妨げなければ、水に加えて、他の溶媒、添加剤を加えてもよい。
【0018】
-電解液濃度-
電解液として硫酸溶液を用いる場合、本開示のグラフェンの製造方法では、取扱いが容易な低濃度硫酸液を好適に用いることができる。電解液中の硫酸濃度が低過ぎると駆動電極間で通電し難く、グラファイトが剥離し難く、硫酸濃度が高過ぎてもグラファイトが剥離し難くなる。グラファイトからグラフェンを剥離させ易くする観点から、硫酸濃度は、1mM~0.5Mが好ましく、10mM~0.2Mがより好ましく、10mM~0.1Mが特に好ましい。
【0019】
-電解液温度-
電解液の温度は特に限定されないが、電解液の温度が低過ぎると駆動電極間に印加させる電圧が上昇する可能性があり、一方、高すぎると電解処理中、通電によって駆動電極(陽極、陰極)が加熱することで電解液の温度が上昇し、溶媒の蒸発により電解液濃度が変化する可能性がある。そのため、電解中の電解液の温度は、例えば5~70℃が好ましく、10~60℃がより好ましく、20~50℃が特に好ましい。
【0020】
(一対の電極)
駆動電極は、電解液に浸食されず、電圧を印加されても化学変化しにくい材料で構成されていれば特に限定されない。化学的安定性の観点から、白金(Pt)電極、金電極、炭素電極が好ましく、高耐食性金属(例えばチタン、タンタル、ニオブなど)に白金や金などを被覆した電極でもよいが、特にPt電極が好ましい。
【0021】
-印加電圧-
一対の電極間に印加される電圧が低過ぎるとグラファイトの剥離が生じ難く、高過ぎると消費電力が上昇してしまう。かかる観点から、一対の電極間に印加される電圧は、5~80Vが好ましく、15~75Vがより好ましく、20~75Vが特に好ましい。
【0022】
-電極の位置-
一対の電極の位置は、電極間にグラファイトを配置し、電極間に電圧を印加した際にグラファイトからグラフェンが剥離することができれば特に限定されないが、電極間の距離が大きくなるほど高い電圧が必要となる。そのため、電極間の距離は、例えば5~100mmが好ましい。
【0023】
(グラファイト)
グラフェンの原料となるグラファイトの形状、大きさなどは特に限定されず、板状、棒状、粒子状、粉末状など、いずれの形状であってもよい。
グラファイトは、一対の駆動電極(陽極及び陰極)間に配置されていればよく、陽極及び陰極の中間でもよいし、陰極側又は陽極側に近い位置に配置されていてもよい。
【0024】
例えば、グラファイト板を用いる場合、電解時間の経過に伴い、グラファイト板からグラフェンとして徐々に剥離し、グラファイト板は徐々に小さく(細く)なる。グラファイト板は、駆動電極ではなく、直接的な通電を取らないバイポーラ電極として機能するため、電解液中で駆動電極間に配置されている部分が最終的に消滅するまでグラフェンの原料として使用することができる。
【0025】
一方、天然から採取されるグラファイト(天然黒鉛)は通常、粒子状又は粉末状であり、天然黒鉛から成形したグラファイト板よりも安価に入手することができる。本開示のグラフェンの製造方法では、グラファイト自体に直接通電する必要はないため、粒子状又は粉末状のグラファイト(天然黒鉛)を好適に用いることができる。
【0026】
本開示のグラフェンの製造方法を実施するための装置は特に限定されないが、例えば、以下のような構成を有するグラフェン製造装置を用いて剥離工程を好適に実施することができる。すなわち、本開示のグラフェン製造装置は、無機酸、無機塩、有機酸、及び塩基からなる群より選ばれる少なくとも1種の電解質と水とを含む電解液が収容された容器と、前記容器内に配置された一対の電極と、前記一対の電極間に電圧を印加する電源と、前記容器内に配置された前記一対の電極間に、前記一対の電極とは接触せずにグラファイトを配置させるグラファイト配置手段と、を有する。
【0027】
<第一実施形態>
図1は、本開示のグラフェンの製造方法における剥離工程を実施するグラフェン製造装置の一例(第一実施形態)を概略的に示している。本実施形態では、電解液20が収容された容器40内で一対の電極30,32が配置され、グラファイト配置手段としてクリップ等の保持部材12で保持されたグラファイト板10が一対の電極30,32の間に電極30,32とは接触せずに吊り下げられた状態で配置されている。
そして、電極30,32間に電圧を印加して通電させる。このとき、グラファイト板10はバイポーラ電極として機能し、一対の電極30,32間の通電に伴い、グラファイト板10の表面からグラフェンを剥離させることができる。
【0028】
グラファイト板10から剥離して生成したグラフェンは、回収工程として、フィルター等を用いて電解液から回収した後、必要に応じて水、アルコール等で洗浄し、溶媒に分散させるか乾燥させればよい。
【0029】
<第二実施形態>
図2は、本開示のグラフェンの製造方法における剥離工程を実施するグラフェン製造装置の他の例(第二実施形態)を概略的に示している。本実施形態では、一対の電極30,32間にグラファイトを収容し、かつ、電解液20が透過可能な絶縁性のフィルター14が配置されている。
このように電解液20中でフィルター14内に粒子状又は粉末状のグラファイトを収容した状態で両電極30,32間に配置して電圧を印加した場合でも、フィルター14内のグラファイトがバイポーラ電極として機能し、グラファイトからグラフェンを剥離させることができる。また、本実施形態では、グラファイトから剥離して生成したグラフェンをフィルター14内に留まらせることができるため、効率よく回収することができる。
【0030】
なお、
図1に示したようなグラファイト板10を用いて電解処理する場合も、
図2に示すようなフィルター14内にグラファイト板10を収容して電解処理すれば、生成したグラフェンはフィルター14内に留まるため、効率よく回収することができる。
【0031】
<第三実施形態>
図3は、本開示のグラフェンの製造方法における剥離工程を実施するグラフェン製造装置の他の例(第三実施形態)を概略的に示している。本実施形態では、容器40の側壁面に沿って一対の電極30,32が対向配置され、一対の電極30,32間で粒子状又は粉末状のグラファイト50が電解液20中に分散して配置されている。このような形態であれば、グラファイト50がフィルター14内に収容されていなくても一対の電極30,32間に電極30,32とは接触せずに配置された状態となってバイポーラ電極として機能し、両電極30,32間に電圧を印加することでグラファイト50からグラフェンを剥離させることができる。なお、電解液20中に粒子状又は粉末状のグラファイト50を分散させた場合、一部のグラファイトは一方の電極30,32に接触する可能性があるが、ほとんどのグラファイト50は電極30,32に接触せずに両電極30,32間に配置され、グラファイト50からグラフェンを剥離させることができる。
また、攪拌装置により電解液20を攪拌することで、電解液20中の粒子状又は粉末状のグラファイト50をできるだけ両電極30,32間に配置させる状態としてもよい。例えば、容器40内に撹拌子16を入れて攪拌させることでグラファイト50の沈殿を抑制し、電解液中に分散したグラファイト50全体からグラフェンを剥離させてもよいし、送風ポンプから空気を送り込んでバブリングによって撹拌させてもよい。
【0032】
以上、本開示のグラフェンの製造方法における主に剥離工程を実施する具体的な形態を説明したが、本開示のグラフェンの製造方法及び製造装置は上記実施形態に限定されず、他の実施形態で実施してもよいし、剥離工程及び回収工程以外の他の工程を含んでもよい。他の工程としては、例えば、剥離工程後、グラフェンを含む電解液を超音波処理してグラフェンを微小化させる工程が挙げられる。
【0033】
また、剥離工程では、循環装置を用いて容器内の電解液を循環させてもよい。
図15は電解液を循環させながらグラファイトからグラフェンを剥離させる方法(グラフェン製造装置)の一例を示している。なお、
図15は容器40の上方から見た概略図であり、駆動電極30,32に連結する電源は図示を省略している。
図15に示すように、容器40の両側に電解液20を循環させるための管62を連結し、容器40内の電解液40を循環ポンプ60によって管62を通じて循環させることで、電解液20の浴温上昇を抑制することができる。また、グラファイト10から剥離したグラフェンを回収するためのフィルター等のトラップ(図示せず)を管62の途中に設けることでグラフェンを効率的に回収することができる。
【0034】
また、剥離工程においてグラファイトを移動させる移動装置を用い、一対の電極間でグラファイトを移動させながらグラフェンを剥離させてもよい。
図16~
図18はグラファイトを移動させながらグラフェンを剥離させる方法の例(グラフェン製造装置の例)を示している。なお、
図16~
図18では、電解液及び容器は図示を省略している。例えば、
図16又は
図17に示すように、両電極30,32の面内方向(両電極30,32が対向する方向に対して垂直かつ水平となる方向)に、グラファイト10を保持部材(図示せず)と共に駆動電極30,32間を移動させる方法、あるいは、
図18に示すように(電解液及び容器は図示を省略)、粒子状又は粉末状のグラファイトを収容したフィルター14を駆動電極30,32間を移動させる方法が挙げられる。このようにグラファイトを電極間で移動させながらグラフェンの剥離を行えば、連続的に処理することができ、大量生産が可能となる。
【0035】
本開示のグラフェンの製造方法及び製造装置は、上述した各実施形態に限定されず、複数の実施形態を組み合わせてもよい。
【実施例】
【0036】
以下、本開示のグラフェンの製造方法について、実施例を挙げてさらに具体的に説明する。ただし、これら各実施例は、本発明を制限するものではない。
駆動電極として白金板を用い、バイポーラ電極として種々の形態のグラファイト試料を用いて実験を行った。なお、実施例において使用した機器が以下のとおりである。
・構造観察:光学顕微鏡(OLYMPUS,BX51M)
走査型電子顕微鏡(JEOL,JSM-6701F)
・結晶構造解析:X線回折法(Rigaku,MiniFlex600)
【0037】
[グラファイト板を用いた実験例]
グラファイト粉末に対する電解処理を行うにあたって、最適な電解液濃度等を調べるため、グラファイト板を用いてグラファイトの剥離に及ぼす電解液濃度の影響を調査した。
電解条件としては、直接直流電解において、グラファイト板を短時間で剥離させることのできた、高電流条件(5Aの定電流電解)を用いた。駆動電極間距離を20mmとして、幅10mm、厚さ1mmのグラファイト板(試料浸漬面積:6.7cm2)に対して、硫酸濃度を1mmol/dm3~0.5mol/dm3(1mM~0.5M)と変化させて定電流電解を60分間行った。
【0038】
<電解液濃度と電圧及び液温との関係>
上記電解条件にて電解時の電圧をモニタリングし、電解時間に対して駆動電極間に印加された電圧及び電解液温をプロットした(
図4A、
図4B)。高電流での電解のため、いずれの濃度においても電解中の特に初期段階には電解液温度が上昇した。定常電圧値は電解液濃度の上昇とともに低下し、1mmol/dm
3を除いて、電圧が低くなると温度上昇が抑制された。
【0039】
<電解液濃度と剥離割合との関係>
電解前後のグラファイト板の質量を測定し、剥離割合を計算した。電解液の硫酸濃度に対し、電解後の試料外観、剥離割合、平均電圧値をまとめて
図5に示す。外観写真から分かるように、グラファイト板は、駆動電極の陰極に対向していた側から剥離が進行し、その進行度は電解液濃度に依存することがわかった。剥離割合は硫酸濃度が高くなるにつれて高くなり、20mmol/dm
3で最大値を示した後に、50mmol/dm
3以上で減少することが分かった。
【0040】
20mmol/dm
3で電解処理を行って得られた剥離物の光学顕微鏡像と走査型電子顕微鏡(SEM)像を
図6に示す。薄片状の物質が多数確認されたことから、直接通電を取らなくても、一対の駆動電極間にグラファイト板を配置して電解処理を行うことにより、微小なグラファイトが剥離し、グラフェンが生成することが明らかとなった。剥離割合の観点から、硫酸の最適濃度は20mmol/dm
3であると判断され、この際の電圧は約50Vであることから、工業的利用を考慮しても十分に実現可能な電圧であると言える。
【0041】
<電解時間と剥離割合との関係>
電解時間60分では、グラファイト板は完全に剥離しきれなかったため、電解時間を検討した。電解時間を10~120分で処理した結果を
図7A~
図9に示す。120分間処理するとグラファイト板の電解液中で露出していた部分は全て剥離して消失した(
図7A)。なお、電解液温度の変化によって電圧値が変動したが(
図7B)、基本的な電解挙動には再現性が確認された。剥離物の質量を測定したところ、電解時間が長くなるにつれて、剥離量(割合)が増加していた(
図8A、
図8B)。
また、各時間で得られた剥離物の構造を光学顕微鏡像と走査型電子顕微鏡で観察したところ、いずれも薄片状物質が確認され、グラフェンが生成していることが確認された(
図9)。
【0042】
[グラファイト粒子又はグラファイト粉末を用いた実験例]
次に、硫酸濃度を20mmol/dm3として、グラファイト粒子(1mm角)とグラファイト粉末(粒径20~500μm)に対して、同様の処理を行った。この際、粒子や粉末を電解液中で駆動電極間に保持するために、絶縁性フィルターバッグ内にグラファイト試料を入れて電解処理を行った。実験方法の詳細は以下のとおりである。
(実験方法)
・試料(バイポーラ電極、絶縁性フィルターバッグ内に試料を保持)
グラファイト粒子(表面積:6mm2)
グラファイト粉末(粒径:20~500μm)
・電解条件
駆動電極:Pt板(30mm×30mm×2mm)
駆動電極間距離:20mm
電解液:20mM硫酸(10℃)
電流:5A
電解時間:30min
・後処理
(1)ろ過、洗浄(純水、エタノール)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中で超音波処理(1min)
(2)ろ過、洗浄後に乾燥
【0043】
<グラファイト粒子を用いた電解処理>
まず、グラファイト粒子1つを収容した絶縁性フィルターバッグを駆動電極間に配置して電解処理を行った。試料外観及び電圧時間曲線を
図10Aに、浴温の経時変化を
図10Bに示す。電解初期には上限電圧の75Vに達し、浴温が上昇するとともに電圧は低下し、最終的には約55Vを示した。電解中、フィルターバッグ内が徐々に黒く変色し、30分間電解を行った後に試料を確認すると粒が残っていなかったことから、30分の電解で十分に剥離が完了することがわかった。剥離した試料の構造を光学顕微鏡とSEMで確認したところ、グラフェンが生成していた(
図11)。
【0044】
<グラファイト粉末を用いた電解処理>
さらに、グラファイト粉末を絶縁性フィルターバッグに収容して、グラファイト粒子と同様に電解処理を行った。電解挙動と浴温の変化は、粒子の挙動と同様であった(
図12A、
図12B)。処理後の試料を光学顕微鏡とSEMで観察したところ、グラフェンが生成していることが確認された(
図13)。
【0045】
-X線回折-
電解前の試料と、板、粒子、粉末を電解処理して作製した試料(剥離物)についてX線回折による分析を行った。XRDパターンを
図14に示す。グラファイト(002)面に対応するシャープなピークが電解処理により急激に低くなっていることから、層間剥離が進行したことを確認した。
以上の結果より、低濃度硫酸を用いたグラファイトのバイポーラ電解において、グラファイト板だけでなく、微細なグラファイト粒子やグラファイト粉末を剥離し、グラフェンを作製することが可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本開示のグラフェンの製造方法では、硫酸等の安価な無機酸を含む電解液を用いることができ、また、グラフェンの原料として用いるグラファイトの形状、サイズは限定されないため、安価な天然黒鉛粉末を適用することで、グラフェンを低コストで大量生産することができる可能性がある。
【符号の説明】
【0047】
10 グラファイト板
12 保持部材(グラファイト配置手段の一例)
14 フィルター(グラファイト配置手段の一例)
16 撹拌子
20 電解液
30,32 電極
40 容器
50 グラファイト(粒子又は粉末)
60 循環ポンプ
62 管
【0048】
2018年11月21日に出願された日本国特許出願2018-218478の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。