(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】偽造防止インク用組成物、偽造防止インク、偽造防止用印刷物
(51)【国際特許分類】
C09D 11/037 20140101AFI20231003BHJP
B41M 1/30 20060101ALI20231003BHJP
B41M 3/14 20060101ALI20231003BHJP
C09D 11/50 20140101ALI20231003BHJP
【FI】
C09D11/037
B41M1/30 D
B41M3/14
C09D11/50
(21)【出願番号】P 2019105630
(22)【出願日】2019-06-05
【審査請求日】2022-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】常松 裕史
(72)【発明者】
【氏名】長南 武
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/022003(WO,A1)
【文献】特開2002-285061(JP,A)
【文献】国際公開第2012/103578(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D
B41M 1/30
B41M 3/14
C09K 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子と、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上と、を含み、
前記有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子が、赤外線吸収粒子と、前記赤外線吸収粒子
を内包する被覆用樹脂とを有する偽造防止インク用組成物。
【請求項2】
前記分散剤として、アミン系の官能基とポリエーテル構造を有する共重合体を含む請求項1に記載の偽造防止インク用組成物。
【請求項3】
前記被覆用樹脂が、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、フッ素樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、アクリロニトリル・スチレン共重合体樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂から選択された1種類以上を含有する請求項1または請求項2に記載の偽造防止インク用組成物。
【請求項4】
前記被覆用樹脂が、光硬化樹脂であり、該光硬化樹脂が紫外線、可視光線、赤外線のいずれかの光の照射により硬化する樹脂を含有する請求項1または請求項2に記載の偽造防止インク用組成物。
【請求項5】
前記赤外線吸収粒子が、一般式W
yO
z(W:タングステン、O:酸素、2.2≦z/y≦2.999)で表されるタングステン酸化物、および一般式M
xW
yO
z(元素MはH、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択された1種類以上、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.0)で表される複合タングステン酸化物から選択された1種類以上を含有する請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の偽造防止インク用組成物。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の偽造防止インク用組成物と、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物と、を含む偽造防止インク。
【請求項7】
請求項1
から請求項5のいずれか1項に記載の偽造防止インク用組成物を含有する印刷部を備える偽造防止用印刷物。
【請求項8】
前記印刷部が、有機バインダーを含む請求項7に記載の偽造防止用印刷物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偽造防止インク用組成物、偽造防止インク、偽造防止用印刷物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、預貯金の通帳や身分証明書、クレジットカード、キャッシュカード、小切手、航空券、道路通行券、乗車券、プリペードカード、商品券、証券等の有価印刷物については、偽造を防止するための方法として、その基材や印刷方法に特殊な工夫を施すことが行われてきた。
【0003】
例えば、潜像印刷(特許文献1参照)、バーコードに代表される幾何学形状印刷を用いたデジタル処理化等が行われている。しかし、バーコード印刷はコピー等で簡単に偽造が可能である。また、潜像印刷は、人の目等による確認という曖昧な要素が加わるため、偽造防止効果が低く汎用的ではない。
【0004】
上記以外の偽造防止方法として、波長300~780nmの可視光領域の吸収が少なく、且つ、波長800~2400nmの近赤外線を吸収する印刷インクを利用して、印刷物の真贋情報を検出する方法が提案されている。例えば、可視光領域に吸収の少ない近赤外線吸収材料とバインダー樹脂を混合したインクで印刷したものは、その印刷面に赤外線レーザーを照射すると特定波長のみ吸収されるため、反射若しくは透過光を読み取ることで真贋の判定が可能となる。
【0005】
このような近赤外線を吸収する印刷インクとして、フタロシアニン化合物を用いた偽造防止インクが提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、近赤外線吸収材料であるフタロシアニン化合物は、その吸収特性が温度や紫外線等の影響によって低減するため、耐候性に劣るという欠点があった。
【0006】
一方、YやLa等の6ホウ化物微粒子、酸化ルテニウム微粒子等を含む分散膜が、太陽光線の近赤外線を断熱する日射吸収膜として知られており、これを偽造防止インクに応用する発想が提案されている(特許文献3参照)。しかし、当該日射吸収膜を偽造防止インクに応用した場合、塗布した際に光を透過または反射する波長領域と、光を吸収する波長領域とにおいて、光の透過または反射に対する光の吸収のコントラストが十分でなく、用途によっては偽造防止インクとして使用した際の読み取り精度などが低下することがあった。
【0007】
そこで本出願人は、従来の材料よりも、可視光領域における透過または反射に対する近赤外光領域の吸収のコントラストが高く、しかも耐候性に優れている、複合タングステン酸化物微粒子を含む偽造防止インクを開示した(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平05-338388号公報
【文献】特開平04-320466号公報
【文献】特開2004-168842号公報
【文献】特開2015-117353号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、本発明の発明者らの検討によれば、特許文献4に記載の赤外線吸収粒子の耐薬品特性が十分でないが故に、偽造防止インクや偽造防止用印刷物が高温の酸またはアルカリ等の薬品環境下に晒されると赤外線吸収特性が低下することが明らかとなった。
【0010】
本発明は、このような従来の事情に鑑みてなされたものであり、本発明の一側面では、耐薬品特性を備えた偽造防止インク用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一側面では、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子と、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上と、を含み、
前記有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子が、赤外線吸収粒子と、前記赤外線吸収粒子を内包する被覆用樹脂とを有する偽造防止インク用組成物を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一側面では、耐薬品特性を備えた偽造防止インク用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】六方晶を有する複合タングステン酸化物の結晶構造の模式図。
【
図2】実施例1で得られた有機無機ハイブリッド赤外線粒子の透過型電子顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[偽造防止インク用組成物]
既述の様に、特許文献4等に開示された赤外線吸収粒子は、耐薬品特性が十分ではなかった。そこで、本発明の発明者らは、耐薬品特性を備えた赤外線吸収粒子とするための方法について、鋭意検討を行った。その結果、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に直接樹脂等の有機材料を配置し、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子とすることで、耐薬品特性を発揮できることを見出した。そして、係る有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を用いることで、耐薬品特性を有する偽造防止インク用組成物とすることができることを見出した。
【0015】
ただし、赤外線吸収粒子は通常無機材料であり、その表面の少なくとも一部に樹脂等の有機材料を配置することは困難であった。このため、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、その製造方法は知られていなかった。そこで、本発明の発明者らは更なる検討を行い、赤外線吸収粒子の表面に有機材料を配置した有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、その製造方法を見出した。
【0016】
そこでまず、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法、および有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子について説明する。
1.有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法
本実施形態の偽造防止インク用組成物は、既述の様に有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を含有することができる。そして、係る有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
【0017】
赤外線吸収粒子と、分散剤と、分散媒とを含む分散液を調製する分散液調製工程。
分散液から分散媒を蒸発させる分散媒低減工程。
分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子と、被覆用樹脂原料と、有機溶媒と、乳化剤と、水と、重合開始剤とを混合し、原料混合液を調製する原料混合液調製工程。
原料混合液を冷却しつつ、攪拌する攪拌工程。
原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行った後、被覆用樹脂原料の重合反応を行う重合工程。
【0018】
以下、各工程について説明する。
(1)分散液調製工程
分散液調製工程では、赤外線吸収粒子と、分散剤と、分散媒とを含む分散液を調製することができる。
【0019】
分散液調製工程で分散液を調製する際に好適に用いることができる各材料について説明する。
(a)赤外線吸収粒子
分散液調製工程においては、赤外線吸収粒子として、耐薬品特性、例えば耐酸性や耐アルカリ性を高めることが求められる各種赤外線吸収粒子を用いることができる。赤外線吸収粒子としては、例えば自由電子を含有する各種材料を含む赤外線吸収粒子を用いることが好ましく、自由電子を含有する各種無機材料を含む赤外線吸収粒子をより好ましく用いることができる。
【0020】
赤外線吸収粒子としては、酸素欠損を有するタングステン酸化物、複合タングステン酸化物から選択された1種類以上を含む赤外線吸収粒子を特に好ましく用いることができる。この場合、具体的には、赤外線吸収粒子は、例えば一般式WyOz(W:タングステン、O:酸素、2.2≦z/y≦2.999)で表されるタングステン酸化物、および一般式MxWyOz(元素MはH、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択された1種類以上、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.0)で表される複合タングステン酸化物から選択された1種類以上を含有することが好ましい。
【0021】
一般に、自由電子を含む材料は、プラズマ振動によって波長200nmから2600nmの太陽光線の領域周辺の電磁波に反射吸収応答を示すことが知られている。このため、自由電子を含む各種材料を、赤外線吸収粒子として好適に用いることができる。赤外線吸収粒子は、例えば光の波長より小さい粒子にすると、可視光領域(波長380nmから780nm)の幾何学散乱を低減することができ、可視光領域について特に高い透明性を得ることができるため好ましい。
【0022】
なお、本明細書において「透明性」とは、「可視光領域の光に対して散乱が少なく透過性が高い。」という意味で用いている。
【0023】
一般に、タングステン酸化物(WO3)中には有効な自由電子が存在しない為、赤外領域の吸収反射特性が少なく、赤外線吸収粒子としては有効ではない。
【0024】
一方、酸素欠損をもつWO3や、WO3にNa等の陽性元素を添加した複合タングステン酸化物は、導電性材料であり、自由電子をもつ材料であることが知られている。そして、これらの自由電子をもつ材料の単結晶等の分析により、赤外領域の光に対する自由電子の応答が示唆されている。
【0025】
本発明の発明者の検討によれば、当該タングステンと酸素との組成範囲の特定部分において、赤外線吸収材料として特に有効な範囲があり、可視光領域においては透明で、赤外領域においては特に強い吸収をもつタングステン酸化物、複合タングステン酸化物とすることができる。
【0026】
そこで、分散液調製工程で好適に用いることができる赤外線吸収粒子の材料の一種である、タングステン酸化物、複合タングステン酸化物について以下にさらに説明する。
(a1)タングステン酸化物
タングステン酸化物は、一般式WyOz(但し、Wはタングステン、Oは酸素、2.2≦z/y≦2.999)で表記される。
【0027】
一般式WyOzで表記されるタングステン酸化物において、当該タングステンと酸素との組成範囲は、タングステンに対する酸素の組成比(z/y)が3未満であることが好ましく、2.2≦z/y≦2.999であることがより好ましい。特に2.45≦z/y≦2.999であることがさらに好ましい。
【0028】
上記z/yの値が2.2以上であれば、当該タングステン酸化物中に目的としないWO2の結晶相が現れるのを回避することができると共に、材料としての化学的安定性を得ることができるので特に有効な赤外線吸収粒子となる。
【0029】
また、当該z/yの値を好ましくは3未満、より好ましくは2.999以下とすることで、赤外領域の吸収反射特性を高めるために特に十分な量の自由電子が生成され効率のよい赤外線吸収粒子とすることができる。
【0030】
また、2.45≦z/y≦2.999で表される組成比を有する、いわゆる「マグネリ相」は化学的に安定であり、近赤外領域の光の吸収特性も優れるので、赤外線吸収材料としてより好ましく用いることができる。このため、上記z/yは既述の様に2.45≦z/y≦2.999であることがさらに好ましい。
(a2)複合タングステン酸化物
複合タングステン酸化物は、上述したWO3へ、後述する元素Mを添加したものである。
【0031】
元素Mを添加し、複合タングステン酸化物とすることで、WO3中に自由電子が生成され、特に近赤外領域に自由電子由来の強い吸収特性が発現し、波長1000nm付近の近赤外線吸収粒子として有効となる。
【0032】
すなわち、当該WO3に対し、酸素量の制御と、自由電子を生成する元素Mの添加とを併用した複合タングステン酸化物とすることで、より効率の良い赤外線吸収特性を発揮することができる。WO3に対して酸素量の制御と、自由電子を生成する元素Mの添加とを併用した複合タングステン酸化物の一般式をMxWyOzと記載したとき、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.0の関係を満たすことが好ましい。上記一般式中のMは、既述の元素Mを示し、Wはタングステン、Oは酸素をそれぞれ示す。
【0033】
上述のように元素Mの添加量を示すx/yの値が0.001以上の場合、複合タングステン酸化物において特に十分な量の自由電子が生成され、高い赤外線吸収効果を得ることができる。そして、元素Mの添加量が多いほど、自由電子の供給量が増加し、赤外線吸収効率も上昇するが、x/yの値が1程度で当該効果も飽和する。また、x/yの値が1以下の場合、当該複合タングステン酸化物を含む赤外線吸収粒子中に不純物相が生成されるのを回避できるので好ましい。
【0034】
なお、元素Mは、H、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択された1種類以上であることが好ましい。
【0035】
MxWyOzにおける安定性を特に高める観点から、元素Mは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Reのうちから選択された1種類以上の元素であることがより好ましい。そして、該複合タングステン酸化物を含む赤外線吸収粒子としての光学特性、耐候性を向上させる観点から、元素Mは、アルカリ土類金属元素、遷移金属元素、4B族元素、5B族元素から選択された1種類以上の元素であることがさらに好ましい。
【0036】
酸素の添加量を示すz/yの値については、MxWyOzで表記される複合タングステン酸化物においても、上述したWyOzで表記されるタングステン酸化物と同様の機構が働くことに加え、z/y=3.0においても、上述した元素Mの添加量による自由電子の供給がある。このため、2.0≦z/y≦3.0が好ましく、2.2≦z/y≦3.0がより好ましく、2.45≦z/y≦3.0がさらに好ましい。
【0037】
さらに、当該複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合、当該複合タングステン酸化物を含む赤外線吸収粒子の可視光領域の光の透過が向上し、赤外領域の光の吸収が向上する。この六方晶の結晶構造の模式的な平面図である
図1を参照しながら説明する。
【0038】
図1は、六方晶構造を有する複合タングステン酸化物の結晶構造を(001)方向から見た場合の投影図を示しており、点線で単位格子10を示している。
【0039】
図1において、WO
6単位にて形成される8面体11が6個集合して六角形の空隙12が構成され、当該空隙12中に、元素Mである元素121を配置して1箇の単位を構成し、この1箇の単位が多数集合して六方晶の結晶構造を構成する。
【0040】
そして、可視光領域における光の透過を向上させ、赤外領域における光の吸収を向上させるためには、複合タングステン酸化物中に、
図1を用いて説明した単位構造が含まれていれば良く、当該複合タングステン酸化物が結晶質であっても、非晶質であっても構わない。
【0041】
上述の六角形の空隙に元素Mの陽イオンが添加されて存在するとき、可視光領域における光の透過が向上し、赤外領域における光の吸収が向上する。ここで一般的には、イオン半径の大きな元素Mを添加したとき当該六方晶が形成され易い。具体的には、元素Mとして、Cs、K、Rb、Tl、In、Ba、Li、Ca、Sr、Fe、Snから選択された1種類以上を添加したとき六方晶が形成され易い。勿論これら以外の元素でも、WO6単位で形成される六角形の空隙に上述した元素Mが存在すれば良く、上述の元素に限定される訳ではない。
【0042】
六方晶の結晶構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有するため、元素Mの添加量は、既述の一般式におけるx/yの値で0.2以上0.5以下が好ましく、0.33がさらに好ましい。x/yの値が0.33となることで、上述した元素Mが六角形の空隙の全てに配置されると考えられる。
【0043】
また、六方晶以外であって、正方晶、立方晶の複合タングステン酸化物を含む赤外線吸収粒子も十分に有効な赤外線吸収特性を有する。結晶構造によって、赤外領域の吸収位置が変化する傾向があり、立方晶<正方晶<六方晶の順に、吸収位置が長波長側に移動する傾向がある。また、それに付随して可視光領域の光の吸収が少ないのは、六方晶、正方晶、立方晶の順である。従って、より可視光領域の光を透過し、より赤外領域の光を遮蔽する用途には、六方晶の複合タングステン酸化物を用いることが好ましい。ただし、ここで述べた光学特性の傾向は、あくまで大まかな傾向であり、添加元素の種類や、添加量、酸素量によって変化するものであり、本発明がこれに限定されるわけではない。
【0044】
タングステン酸化物や複合タングステン酸化物を含有する赤外線吸収粒子は、近赤外領域、特に波長1000nm付近の光を大きく吸収するため、その透過色調は青色系から緑色系となる物が多い。
【0045】
また、赤外線吸収粒子の分散粒子径は、その使用目的によって、各々選定することができる。
【0046】
まず、透明性を保持したい応用に使用する場合、赤外線吸収粒子は、800nm以下の分散粒子径を有していることが好ましい。これは、分散粒子径が800nm以下の粒子は、散乱により光を完全に遮蔽することが無く、可視光領域の視認性を保持し、同時に効率良く透明性を保持することができるからである。特に可視光領域の透明性を重視する場合は、さらに粒子による散乱の低減を考慮することが好ましい。
【0047】
粒子による散乱の低減を重視する場合、分散粒子径は200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましい。これは、粒子の分散粒子径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm以上780nm以下の可視光領域の光の散乱が低減される結果、例えば赤外線吸収粒子を分散した赤外線吸収膜が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなるのを回避できるからである。すなわち、分散粒子径が200nm以下になると、上記幾何学散乱もしくはミー散乱が低減し、レイリー散乱領域になる。レイリー散乱領域では、散乱光は粒子径の6乗に比例して低減するため、分散粒子径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。
【0048】
さらに分散粒子径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。光の散乱を回避する観点からは、分散粒子径が小さい方が好ましい。
【0049】
赤外線吸収粒子の分散粒子径の下限値は特に限定されないが、例えば工業的に容易に製造することができるため、分散粒子径は1nm以上であることが好ましい。
【0050】
赤外線吸収粒子の分散粒子径を800nm以下とすることにより、該赤外線吸収粒子を媒体中に分散させた赤外線吸収粒子分散体のヘイズ値は、可視光透過率85%以下でヘイズ30%以下とすることができる。ヘイズを30%以下とすることで、赤外線吸収粒子分散体が曇りガラスのようになることを防止し、特に鮮明な透明性を得ることができる。
【0051】
なお、赤外線吸収粒子の分散粒子径は、動的光散乱法を原理とした大塚電子株式会社製ELS-8000等を用いて測定することができる。
【0052】
また、優れた赤外線吸収特性を発揮させる観点から、赤外線吸収粒子の結晶子径は1nm以上200nm以下であることが好ましく、1nm以上100nm以下であることがより好ましく、10nm以上70nm以下であることがさらに好ましい。結晶子径の測定には、粉末X線回折法(θ―2θ法)によるX線回折パターンの測定と、リートベルト法による解析を用いることができる。X線回折パターンの測定には、例えばスペクトリス株式会社PANalytical製の粉末X線回折装置「X'Pert-PRO/MPD」などを用いて行うことができる。
(b)分散剤
分散剤は、赤外線吸収粒子の表面を疎水化処理する目的で用いられる。分散剤は、赤外線吸収粒子、分散媒、被覆用樹脂原料等の組み合わせである分散系に合わせて選定可能である。中でも、アミノ基、ヒドロキシル基、カルボキシル基、スルホ基、ホスホ基、エポキシ基から選択された1種類以上を官能基として有する分散剤を好適に用いることができる。赤外線吸収粒子がタングステン酸化物や複合タングステン酸化物である場合は、分散剤は、アミノ基を官能基として有することがより好ましい。
【0053】
分散剤は、上述のように官能基としてアミノ基を有する、すなわちアミン化合物であることがより好ましい。また、アミン化合物は、三級アミンであることがより好ましい。
【0054】
また、分散剤は赤外線吸収粒子の表面を疎水化処理する目的で用いられるので、高分子材料であることが好ましい。このため、分散剤は、例えば長鎖アルキル基およびベンゼン環から選択された1種類以上を有するものが好ましく、側鎖に被覆用樹脂原料でも使用可能なスチレンと三級アミンであるメタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチルの共重合体を有する高分子分散剤等をより好ましく用いることができる。長鎖アルキル基は、炭素数8以上のものであることが好ましい。なお、例えば、高分子材料であり、かつアミン化合物である分散剤を用いることもできる。
【0055】
分散剤の添加量は特に限定されず、任意に選択できる。分散剤の好適な添加量は、分散剤や赤外線吸収粒子の種類および赤外線吸収粒子の比表面積などに応じて選択できる。例えば、分散剤の添加量を赤外線吸収粒子100質量部に対して10質量部以上500質量部以下とすれば、特に良好な分散状態の分散液を調製しやすいため好ましい。分散剤の添加量は、10質量部以上100質量部以下とするのがより好ましく、20質量部以上50質量部以下とするのがさらに好ましい。
(c)分散媒
分散媒は、既述の赤外線吸収粒子、および分散剤を分散し、分散液とすることができるものであれば良く、例えば各種有機化合物を用いることができる。
【0056】
分散媒としては、例えば、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類から選択された1種類以上を好適に用いることができる。
【0057】
分散液調製工程では、赤外線吸収粒子と、分散剤と、分散媒とを混合することで分散液を調製することができるが、赤外線吸収粒子の分散粒子径を低下させ、分散液内に均一に分散させるため、混合時にあわせて赤外線吸収粒子の粉砕処理を行うことが好ましい。
【0058】
赤外線吸収粒子と、分散剤と、分散媒とを混合、粉砕する際に用いる混合手段としては特に限定されないが、例えばビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザー等から選択された1種類以上を用いることができる。特に混合手段としては、ビーズ、ボール、オタワサンドといった媒体メディアを用いた、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー等の媒体攪拌ミルを用いることがより好ましい。これは、媒体攪拌ミルを用いることで、赤外線吸収粒子について、特に短時間で所望の分散粒子径とすることができ、生産性や、不純物の混入を抑制する観点から好ましいからである。
(2)分散媒低減工程
分散媒低減工程では、分散液から分散媒を蒸発、乾燥させることができる。
【0059】
分散媒低減工程では、分散液から分散媒を十分に蒸発させ、赤外線吸収粒子を回収できることが好ましい。
【0060】
分散媒を蒸発させる具体的な手段は特に限定されないが、例えば、オーブン等の乾燥機や、エバポレーター、真空擂潰機等の真空流動乾燥機、スプレードライ装置等の噴霧乾燥機等を用いることができる。
【0061】
また、分散媒を蒸発させる程度についても特に限定されないが、例えば分散媒低減工程後に、粉末状の赤外線吸収粒子が得られるように、その含有割合を十分に低減できることが好ましい。
【0062】
分散媒を蒸発させることで、赤外線吸収粒子の周囲に分散剤が配置され、表面が疎水化処理された赤外線吸収粒子を得ることができる。このため、係る疎水化処理された赤外線吸収粒子と、被覆用樹脂原料が重合した被覆用樹脂との密着性を高めることが可能になり、後述する重合工程等により、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に被覆用樹脂を配置することが可能になる。
(3)原料混合液調製工程
原料混合液調製工程では、分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子と、被覆用樹脂原料と、有機溶媒と、乳化剤と、水と、重合開始剤とを混合し、原料混合液を調製することができる。
【0063】
分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子は、その粒子の表面に、分散液調製工程で供給した分散剤が付着し、分散剤含有赤外線吸収粒子となっている場合がある。このため、この様に赤外線吸収粒子に分散剤が付着している場合には、原料混合液調製工程では、赤外線吸収粒子として、分散媒低減工程後に回収した係る分散剤含有赤外線吸収粒子を用いることになる。
【0064】
以下、原料混合液調製工程で用いる赤外線吸収粒子以外の各材料について説明する。
(a)被覆用樹脂原料
被覆用樹脂原料は、後述する重合工程で重合し、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に配置される被覆用樹脂となる。このため、被覆用樹脂原料としては、重合することにより、所望の被覆用樹脂を形成できる各種モノマー等を選択することができる。
【0065】
重合後の被覆用樹脂としては特に限定されず、例えば熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化樹脂等から選択された1種類以上の樹脂とすることができる。
【0066】
なお、熱可塑性樹脂としては、例えばポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、フッ素樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、熱可塑性ポリウレタン樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、アクリロニトリル・スチレン共重合体樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂等を挙げることができる。
【0067】
熱硬化性樹脂としては、例えばフェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、熱硬化性ポリウレタン樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂等を挙げることができる。
【0068】
光硬化樹脂としては、例えば紫外線、可視光線、近赤外線のいずれかの光の照射により硬化する樹脂等を挙げることができる。
【0069】
被覆用樹脂としては特に、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、フッ素樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、アクリロニトリル・スチレン共重合体樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂から選択された1種類以上を含有することが好ましい。なお、上記ポリウレタン樹脂としては熱可塑性ポリウレタン、熱硬化性ポリウレタンのいずれも用いることができる。
【0070】
また、被覆用樹脂としては、光硬化樹脂も好適に用いることができ、光硬化樹脂は、既述の様に紫外線、可視光線、赤外線のいずれかの光の照射により硬化する樹脂を含有することができる。
【0071】
中でも、被覆用樹脂としては、ミニエマルション重合法を適用可能な樹脂であることが好ましく、例えばポリスチレン樹脂を含有することがより好ましい。なお、被覆用樹脂がポリスチレンの場合、被覆用樹脂原料としてはスチレンを用いることができる。
【0072】
また、架橋剤として、ジビニルベンゼン、エチレングリコールジメタクリレートなどの多官能ビニルモノマーを添加することもできる。
(b)有機溶媒
有機溶媒についても特に限定されないが、非水溶性のものであれば何でも良く、特に限定されない。中でも、低分子量であるものが好ましく、例えば、ヘキサデカン等の長鎖アルキル化合物、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸ステアリル等の、アルキル部分が長鎖のメタクリル酸アルキルエステル、セチルアルコール等の高級アルコール、オリーブ油等の油、等から選択された1種類以上が挙げられる。
【0073】
有機溶媒としては、特に長鎖アルキル化合物がより好ましく、ヘキサデカンがさらに好ましい。
(c)乳化剤
乳化剤、すなわち界面活性剤については、カチオン性のもの、アニオン性のもの、ノニオン性のもの等のいずれでもよく、特に限定されない。
【0074】
カチオン性の乳化剤としては、アルキルアミン塩、第4級アンモニウム塩等を挙げることができる。
【0075】
アニオン性の乳化剤としては、酸塩もしくはエステル塩等を挙げることができる。
【0076】
ノニオン性の乳化剤としては、各種エステル、各種エーテル、各種エステルエーテル、アルカノールアミド等を挙げることができる。
【0077】
乳化剤としては、例えば上述の材料から選択された1種類以上を用いることができる。
【0078】
中でも、赤外線吸収粒子が特に容易に有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を形成する観点から、カチオン性の乳化剤、すなわちカチオン性を示す界面活性剤を用いることが好ましい。
【0079】
特に、分散剤としてアミン化合物を用いた場合は、乳化剤として、ドデシルトリメチルアンモニウムクロライド(DTAC)、セチルトリメチルアンモニウムクロライド(CTAC)等から選択された1種類以上のカチオン性のものを用いることが好ましい。
また、分散剤としてアミン化合物を用いた場合は、アニオン性の乳化剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いると有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を形成することが困難な場合がある。原料混合液を調製する際、乳化剤は、例えば同時に添加する水に添加し、水溶液として添加することができる。この際、臨界ミセル濃度(CMC)の1倍以上10倍以下の濃度となるように調整した水溶液として添加することが好ましい。
(d)重合開始剤
重合開始剤としては、ラジカル重合開始剤、イオン重合開始剤等の各種重合開始剤から選択された1種類以上を用いることができ、特に限定されない。
【0080】
ラジカル重合開始剤としては、アゾ化合物、ジハロゲン、有機過酸化物等を挙げることができる。また、過酸化水素と鉄(II)塩、過硫酸塩と亜硫酸水素ナトリウム等、酸化剤と還元剤を組み合わせたレドックス開始剤も挙げることができる。
【0081】
イオン重合開始剤としては、n-ブチルリチウム等の求核剤や、プロトン酸やルイス酸、ハロゲン分子、カルボカチオン等の求電子剤等を挙げることができる。
【0082】
重合開始剤としては例えば、2,2'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、ペルオキソ二硫酸カリウム(KPS)、2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩(V-50)、2,2'-アゾビス(2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミジン)(VA-086)等から選択された1種類以上を好適に用いることができる。
【0083】
原料混合液を調製する際、重合開始剤はその種類に応じて、有機相、または水相に添加することができ、例えば2,2'-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を用いる場合は、有機相に添加し、ペルオキソ二硫酸カリウム(KPS)や、2,2'-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩(V-50)を用いる場合は水相に添加することができる。
【0084】
原料混合液調製工程では、分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子と、被覆用樹脂原料と、有機溶媒と、乳化剤と、水と、重合開始剤とを混合し、原料混合液を調製できればよい。このため、原料混合液の調製手順等は特に限定されないが、例えば、予め水相として、乳化剤を含む混合液を調製しておくことができる。また、有機相として、有機溶媒に被覆用樹脂原料、および分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子を分散した混合液を調製しておくことができる。
【0085】
なお、重合開始剤は、上述のように用いる重合開始剤の種類に応じて水相または有機相に添加しておくことができる。
【0086】
そして、水相に有機相を添加、混合することで、原料混合液を調製することができる。
【0087】
赤外線吸収粒子の表面により均一に被覆用樹脂を配置することができるように、水相に有機相を添加した後、十分に攪拌を行うことが好ましい。すなわち、原料混合液調製工程は、分散媒低減工程後に回収した赤外線吸収粒子と、被覆用樹脂原料と、有機溶媒と、乳化剤と、水と、重合開始剤とを混合する混合ステップに加えて、得られた混合液を攪拌する攪拌ステップをさらに有することが好ましい。
【0088】
攪拌ステップでは、例えばスターラーを用いて攪拌を行うことができる。攪拌ステップを実施する場合、攪拌する程度は特に限定されないが、例えば、被覆用樹脂原料に内包した赤外線吸収粒子が水相に分散した水中油滴が形成されるように攪拌を実施することが好ましい。
【0089】
重合開始剤の添加量は特に限定されず、任意に選択できる。重合開始剤の添加量は、被覆用樹脂原料や重合開始剤の種類、ミニエマルションである油滴の大きさ、被覆用樹脂原料と赤外線吸収粒子の比などに応じて選択できる。例えば、重合開始剤の添加量を被覆用樹脂原料に対して0.01mol%以上1000mol%以下とすれば、赤外線吸収粒子を被覆用樹脂で十分に覆った有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を得られやすいため、好ましい。重合開始剤の添加量は、被覆用樹脂原料に対して0.1mol%以上200mol%以下とするのがより好ましく、0.2mol%以上100mol%以下とするのがさらに好ましい。
(4)攪拌工程
攪拌工程では、原料混合液調製工程で得られた原料混合液を冷却しつつ、攪拌することができる。
【0090】
攪拌工程において攪拌する程度については特に限定されるものではなく、任意に選択できる。例えば、被覆用樹脂原料に内包した赤外線吸収粒子が水相に分散したO/W型のエマルションである水中油滴の大きさ、すなわち直径が50nm以上500nm以下程度のミニエマルションとなるように攪拌を行うことが好ましい。
【0091】
ミニエマルションは、有機相に、水にほとんど溶解しない物質、すなわちハイドロフォーブを添加し、強剪断力をかけることにより得られる。ハイドロフォーブとしては、例えば既述の原料混合液調製工程で既述の有機溶媒を挙げることができる。また、強剪断力をかける方法として、例えば、ホモジナイザー等により原料混合液に超音波振動を与える方法が挙げられる。
【0092】
攪拌工程においては、上述のように原料混合液の冷却を行いながら攪拌を行うことが好ましい。これは原料混合液を冷却することで、重合反応が進行することを抑制しつつ、ミニエマルションを形成できるからである。
【0093】
なお、原料混合液を冷却する程度は特に限定されないが、例えば氷浴等により、0℃以下の冷媒を用いて冷却することが好ましい。
(5)重合工程
重合工程では、原料混合液中の酸素量を低減する脱酸素処理を行った後、被覆用樹脂原料の重合反応を行うことができる。
【0094】
重合工程では、被覆用樹脂原料の重合を行い、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に被覆用樹脂を配置することができる。
【0095】
重合工程における条件は特に限定されないが、重合を開始する前に原料混合液内の酸素量を低減する脱酸素処理を行うことができる。脱酸素処理の具体的な方法は特に限定されないが、超音波照射を行う方法や、原料混合液に不活性気体を吹き込む方法等が挙げられる。
【0096】
そして、重合反応を実施する際の具体的な条件は、原料混合液に添加した被覆用樹脂原料等に応じて任意に選択することができるため、特に限定されないが、例えば原料混合液を加熱したり、所定の波長の光を照射等することで、重合反応を進行させることができる。
【0097】
以上に説明した本実施形態の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法によれば、従来は困難であった、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に樹脂等の有機材料を配置し、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を得ることができる。このため、高温の酸またはアルカリ等の薬品の環境下に晒したとしても、赤外線吸収粒子が直接酸またはアルカリ等の薬品成分と接することを抑制でき、耐薬品特性に優れ、赤外線吸収特性が低下することを抑制することができる。
2.有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子
有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子について説明する。有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子は、赤外線吸収粒子と、該赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部を覆う被覆用樹脂とを有することができる。有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子は、例えば既述の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法により製造することができる。このため、既に説明した事項の一部については説明を省略する。
【0098】
このように、従来は困難であった、赤外線吸収粒子の表面に、その表面の少なくとも一部を覆う被覆用樹脂を配置することにより、高温の酸またはアルカリ等の薬品の環境下に晒した場合であっても、赤外線吸収粒子が直接酸またはアルカリ等の薬品成分と接することを抑制できる。このため、本実施形態の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子によれば、耐薬品特性に優れ、赤外線吸収特性が低下することを抑制することができる。
【0099】
赤外線吸収粒子については、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法において既に説明したため、説明を省略するが、例えば自由電子を含有する各種材料を含む赤外線吸収粒子を用いることが好ましく、自由電子を含有する各種無機材料を含む赤外線吸収粒子をより好ましく用いることができる。
【0100】
赤外線吸収粒子は、酸素欠損を有するタングステン酸化物、複合タングステン酸化物から選択された1種類以上を含む赤外線吸収粒子を特に好ましく用いることができる。この場合、具体的には、赤外線吸収粒子は、例えば一般式WyOz(W:タングステン、O:酸素、2.2≦z/y≦2.999)で表されるタングステン酸化物、および一般式MxWyOz(元素MはH、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択された1種類以上、0.001≦x/y≦1、2.0≦z/y≦3.0)で表される複合タングステン酸化物から選択された1種類以上を含有することが好ましい。
【0101】
また、被覆用樹脂についても、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造方法において既に説明したため、ここでは説明を省略するが、例えば熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化樹脂等から選択された1種類以上の樹脂とすることができる。被覆用樹脂としては特に、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、オレフィン樹脂、フッ素樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリロニトリルブタジエンスチレン樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、アクリロニトリル・スチレン共重合体樹脂、エチレン・酢酸ビニル共重合体樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ポリイミド樹脂、シリコーン樹脂から選択された1種類以上を含有することが好ましい。なお、上記ポリウレタン樹脂としては熱可塑性ポリウレタン、熱硬化性ポリウレタンのいずれも用いることができる。
【0102】
また、被覆用樹脂としては、光硬化樹脂も好適に用いることができ、光硬化樹脂は、既述の様に紫外線、可視光線、赤外線のいずれかの光の照射により硬化する樹脂を好適に用いることができる。
【0103】
中でも、被覆用樹脂としては、ミニエマルション重合法を適用可能な樹脂であることが好ましく、例えばポリスチレン樹脂を含有することがより好ましい。
【0104】
以上に説明した、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子は、従来は困難であった、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に有機材料である被覆用樹脂を配置している。このため、高温の酸またはアルカリ等の薬品環境下に晒したとしても、赤外線吸収粒子が直接酸またはアルカリ等の薬品成分と接することを抑制できるため、耐薬品特性に優れ、赤外線吸収特性が低下することを抑制することができる。そして、該有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を用いた偽造防止インク用組成物も耐薬品特性を備えることができる
次に、本実施形態の偽造防止インク用組成物が含有する有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子以外の成分である分散剤、界面活性剤について説明する。
3.分散剤、界面活性剤
本実施形態の偽造防止インク用組成物は、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上を含有することができる。分散剤、界面活性剤は、偽造防止インク用組成物内に、既述の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を分散できるものであればよく、特に限定されない。本実施形態の偽造防止インク用組成物が分散剤を含む場合、分散剤として、例えばアミン系の官能基とポリエーテル構造を有する共重合体を含むことができる。アミン系の官能基とポリエーテル構造を有する共重合体としては、例えば、日本ルーブリゾール社製Solsperse(登録商標)20000、日本ビッグケミー社製Disperbyk(登録商標)-161、162、163、182、184、185、楠本化成製Disparon(登録商標)DA-234、DA-325等が挙げられる。また、本実施形態の偽造防止インク用組成物が界面活性剤を含む場合、界面活性剤としては、例えばドデシルトリメチルアンモニウムクロライドを用いることができる。
【0105】
本実施形態の偽造防止インク用組成物はさらに任意の成分を含有することもできる。偽造防止インク用組成物は、例えば以下に説明する溶媒等を含有することもできる。
4.溶媒
本実施形態の偽造防止インク用組成物は、さらに溶媒を含有することもできる。
【0106】
溶媒としては特に限定されないが、例えば水、エタノール等のアルコール類、メチルエチルケトン等のケトン類、3-メチル-メトキシ-プロピオネートなどのエステル系溶剤、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートなどのグリコール誘導体、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、フォルムアミドなどのアミド類、クロルベンゼンなどの塩化化合物類、植物油や植物油由来の化合物、石油系溶媒から選択される1種類以上からなる溶媒を用いることができる。
【0107】
植物油としては、アマニ油、ヒマワリ油、桐油等の乾性油、ゴマ油、綿実油、菜種油、大豆油、米糠油等の半乾性油、オリーブ油、ヤシ油、パーム油、脱水ヒマシ油等の不乾性油が挙げられる。
【0108】
植物油由来の化合物としては、植物油の脂肪酸とモノアルコールを直接エステル反応させた脂肪酸モノエステル、エーテル類などが挙げられる。
【0109】
石油系溶媒としては、アニリン点の高いアイソパーE、エクソールHexane、エクソールHeptane、エクソールE、エクソールD30、エクソールD40、エクソールD60、エクソールD80、エクソールD95、エクソールD110、エクソールD130(以上、エクソンモービル製)などが挙げられる。
【0110】
溶媒を添加する場合、該溶媒は、偽造防止インク用組成物や、該偽造防止インク用組成物を含有する偽造防止インクに要求される特性や、使用目的に応じて選択することが可能であり、特に限定されない。
【0111】
本実施形態の偽造防止インク用組成物が溶媒を含有する場合、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上を該溶媒に分散する具体的な方法は特に限定されない。例えば後述する偽造防止インクを調製するため、偽造防止インク用組成物をエネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物に分散する際と同様に、超音波や媒体攪拌ミル等を使用することができる。具体的には例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザーなどの装置を用いることができる。なお、溶媒中へ有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上を分散する際、赤外線吸収粒子の表面に配置した有機材料を剥がさないように分散条件を選択することが好ましい。
5.その他の添加成分
本実施形態の偽造防止インク用組成物は、さらに必要に応じて任意の添加成分を含有することができる。
【0112】
例えば着色顔料や、染料等から選択された1種類以上を含有することもできる。
[偽造防止インク]
本実施形態の偽造防止インクは、既述の偽造防止インク用組成物と、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物と、を含むことができる。
【0113】
エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物は特に限定されないが、例えば紫外線、可視光線、赤外線のいずれかの光の照射により硬化する樹脂の未硬化物を用いることができる。
【0114】
エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物へ、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上を分散させる方法は特に限定されない。分散させる手段(方法)として、超音波や媒体攪拌ミル等を使用することで、特に均一に有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子や、分散剤および界面活性剤から選択された1種類以上を分散できるので好ましい。
【0115】
有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物へ分散して偽造防止インク用組成物を得る方法は特に限定されない。例えば、当該粒子をエネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物中において、凝集させることなく均一に分散できる方法を用いることが好ましい。当該分散処理方法として、例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザーなどの装置を用いた分散処理方法が挙げられる。
【0116】
上述の様に、媒体メディア(ビーズ、ボール、オタワサンド)を用いるビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー等の媒体攪拌ミルで分散させることもできる。ただし、媒体攪拌ミルを用いた分散処理によって、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子のエネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物中への分散と同時に、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子同士の衝突や媒体メディアの当該粒子への衝突などによる微粒子化も進行することがある。そのため、過剰な微粒子化により赤外線吸収粒子の表面に配置した有機材料を剥がさないように攪拌条件を選択することが好ましい。媒体攪拌ミルを用いて分散処理を行う場合、例えば、媒体メディアの径を小さくしたり、粉砕・分散処理の時間を極めて短くしたりすることが好ましい。
【0117】
また、本実施形態の偽造防止インクは必要に応じてさらに任意の成分を含有することもできる。本実施形態の偽造防止インクは、例えば有機バインダー等をさらに含有することもできる。有機バインダーを含有することで、本実施形態の偽造防止インクを塗布、印刷等し、被印刷基材上に印刷部を形成した際に、該印刷部が剥離したり、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子等が脱落したりすることを特に抑制できる。有機バインダーとしては、例えば、ポリビニルブチラールやポリビニルホルマール等から選択された1種類以上を好適に用いることができる。
【0118】
本実施形態の偽造防止インクによれば、既述の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を含有している。既述の様に、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子は、高温の酸またはアルカリ等の薬品環境下に晒したとしても、赤外線吸収粒子が直接酸またはアルカリ等の薬品成分と接することを抑制できるため、耐薬品特性に優れ、赤外線吸収特性が低下することを抑制することができる。このため、該有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を含有する本実施形態の偽造防止インクは、耐薬品特性を備えることができる
[偽造防止用印刷物]
本実施形態の偽造防止用印刷物は、既述の偽造防止インク用組成物を含有する印刷部を備えることができる。
【0119】
本実施形態の偽造防止用印刷物の印刷部は、例えば既述の偽造防止インク用組成物、または既述の偽造防止インクを、被印刷基材の表面に通常の方法により塗布または印刷することにより得ることができる。偽造防止インク用組成物または偽造防止インクは、被印刷基材上に例えば膜状に印刷することができるため、この場合、印刷部は、印刷膜と言い換えることもできる。
【0120】
本実施形態の偽造防止用印刷物の形成方法、すなわち被印刷基材の表面に既述の偽造防止インク用組成物、または既述の偽造防止インクを塗布または印刷する方法は特に限定されない。既述の偽造防止インク用組成物、または既述の偽造防止インクの印刷方式としては例えば、オフセット印刷、凸版印刷、フレキソ印刷、レタープレス印刷(樹脂凸版印刷)、凹版印刷、スクリーン印刷、インクジェット印刷、等から選択された1種類以上が挙げられる。
【0121】
偽造防止用印刷物の印刷部は、例えば塗布等行った既述の偽造防止インク用組成物や、偽造防止インクから、溶媒を蒸発などにより除去して被印刷基材の表面に有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子等の固体成分を固着させることで形成できる。
【0122】
また、係る印刷部は、塗布等を行った既述の偽造防止インクが含有する、エネルギー線を照射してエネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物を硬化させて被印刷基材に固着させることで形成することもできる。偽造防止インクは、既述の偽造防止インク用組成物と、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物とを含んでいる。このため、偽造防止インクを塗布、印刷後、必要に応じて乾燥して溶媒を低減、除去した後、エネルギー線を照射することで係る樹脂を硬化させることもできる。
【0123】
なお、既述のように、偽造防止インクは有機バインダーを含有することもできる。この場合、本実施形態の偽造防止用印刷物の印刷部は、有機バインダーを含有することもできる。偽造防止インクが有機バインダーを含有する場合、偽造防止インクを塗布または印刷後、有機バインダーの種類に応じて、有機バインダーを硬化させることが好ましい。
【0124】
偽造防止インクが有機バインダー等のバインダーを含まない場合には、上述の様に偽造防止インクを被印刷基材に塗布または印刷し、溶媒を蒸発させることで、場合によってはさらに、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物を硬化させることでも印刷部が得られる。必要に応じて、印刷部の剥離や粒子の脱落を防止するため、当該印刷部の上へ、透明樹脂からなるカバー層等を設けることもできる。
【0125】
偽造防止用印刷物の印刷部中における赤外線吸収粒子の含有量は、目的とする用途に応じて変更可能であるが、通常は0.05g/m2以上が好ましい。0.05g/m2以上の含有量があれば近赤外領域の吸収が顕著に表れ、偽造防止用印刷物として特に高い機能を発揮する。また、含有量の上限は特に限定されないが、4g/m2以下であれば可視光領域の光を大幅に吸収してしまうことがないため、透明性を維持する観点から好ましい。なお、上記赤外線吸収粒子の含有量は、全てのフィラーが印刷面に入射する光線に対して同等に作用するため、印刷部の1m2当たりの含有量で評価することができる。
【0126】
偽造防止インク用組成物や偽造防止インクを印刷するための被印刷基材は、目的とする用途にあったものを使用すればよく、紙の他に、樹脂とパルプの混合物、樹脂フィルム等を用いることができる。また、シール上に既述の偽造防止インクを印刷し、このシールを被印刷基材に貼付してもかまわない。
【0127】
なお、本実施形態の偽造防止用印刷物は、既述の偽造防止インク用組成物を含有する印刷部以外に、通常の印刷物に用いられる各種インクで印刷された部分も含むことができる。
【0128】
このようにして作製した本実施形態の偽造防止用印刷物は、コピー等では複製が不可能であって、目視判定によらず、赤外線を照射し、かつその反射または透過を検出することによって機械的に確実に、真贋の判定を行うことができる。しかも、赤外線吸収材料として有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を用い、これを印刷法により被印刷基材に適用するため、耐候性、耐光性、耐薬品特性に優れ、安価な偽造防止用印刷物を提供することができる。
[偽造防止用印刷物の近赤外線吸収効果]
既述の偽造防止インク用組成物や、偽造防止インクを用いた偽造防止用印刷物は、偽造防止用印刷物の基材が透明であった場合、光の透過率において波長350nm以上600nm以下の範囲に極大値を、波長800nm以上2100nm以下の範囲に極小値を持ち、透過率の極大値と極小値とを百分率で表現したとき、極大値(%)-極小値(%)≧69(ポイント)、すなわち、極大値と極小値との差が百分率で69ポイント以上の優れた特性を有する。
【0129】
基材が透明な偽造防止用印刷物における透過率の極大値と極小値との差が、69ポイント以上と大きいことは、当該偽造防止用印刷物の近赤外線吸収効果が優れていることを示す。
[偽造防止用印刷物の耐薬品特性]
既述の偽造防止インク用組成物や、偽造防止インクを用いた偽造防止用印刷物は、耐薬品特性に優れており、例えば80℃に保持した0.01mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に30分間浸漬しても、上述の極大値と極小値の差は69ポイント以上を維持している。すなわち、本実施形態の偽造防止用印刷物は、耐薬品特性を有することができる。
【実施例】
【0130】
以下、実施例を参照しながら本発明を具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0131】
なお、実施例、比較例で得られた偽造防止用印刷物の印刷部の光学特性は、分光光度計U-4100(日立製作所株式会社製)を用いて測定した。可視光透過率は、JIS R 3106に従って測定を行った。
【0132】
赤外線吸収粒子の結晶子径の測定には、赤外線吸収粒子の分散液から溶媒を除去して得られる赤外線吸収粒子の乾粉を用いた。そして当該赤外線吸収粒子のX線回折パターンを、粉末X線回折装置(スペクトリス株式会社PANalytical製X'Pert-PRO/MPD)を用いて粉末X線回折法(θ-2θ法)により測定した。得られたX線回折パターンから当該赤外線吸収粒子に含まれる結晶構造を特定し、さらにリートベルト法を用いて結晶子径を算出した。
[実施例1]
以下の手順により偽造防止インク用組成物、偽造防止インク、偽造防止用印刷物を作製し、評価を行った。
1.有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造
以下の工程に従い、偽造防止インク用組成物に用いる有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子の製造を行った。
(分散液調製工程)
分散液調製工程では、赤外線吸収粒子と、分散剤と、分散媒とを含む分散液を調製した。
【0133】
赤外線吸収粒子としては、セシウム(Cs)と、タングステン(W)との物質量の比が、Cs/W=0.33である、六方晶セシウムタングステンブロンズ(Cs0.33WOz、2.0≦z≦3.0)を含む複合タングステン酸化物粉末(住友金属鉱山株式会社製YM-01)を用意した。
【0134】
分散剤としては、スチレンとメタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチルの共重合体である高分子分散剤を用意した。
【0135】
また、分散媒としては、トルエンを用意した。
【0136】
そして、赤外線吸収粒子を10質量%と、分散剤を3質量%と、分散媒を87質量%とを混合して得られた混合液を、0.3mmφZrO2ビーズを入れたペイントシェーカーに装填し10時間粉砕・分散処理し、実施例1に係るCs0.33WOz粒子の分散液を得た。
(分散媒低減工程)
分散液調製工程で得られたCs0.33WOz粒子の分散液からエバポレーターを用いて分散媒のトルエンを除去し、赤外線吸収粒子を回収した。回収した赤外線吸収粒子は、高分子分散剤を含有するCs0.33WOz粒子の乾粉となる。
【0137】
回収した赤外線吸収粒子、すなわちCs0.33WOz粒子の結晶子径を測定したところ16nmであった。
【0138】
なお、結晶子径は、既述の方法により測定、算出した。
(原料混合液調製工程)
分散媒低減工程で得られた赤外線吸収粒子0.05gと、被覆用樹脂原料であるスチレン1.0gと、有機溶媒であるヘキサデカン0.065gと、重合開始剤である2,2'-アゾビスイソブチロニトリル0.0079gとを混合し、有機相を形成した。なお、重合開始剤は、スチレンに対して0.5mol%となるように添加した。
【0139】
また、上記有機相とは別に、乳化剤であるドデシルトリメチルアンモニウムクロライドと、水とを混合し、水相10gを形成した。なお、水相を形成する際、臨界ミセル濃度の1.5倍濃度となるように、乳化剤であるドデシルトリメチルアンモニウムクロライドを水に添加した。
【0140】
その後、水相に有機相を添加することで、原料混合液を調製した。
(攪拌工程)
原料混合液調製工程で調製した原料混合液に対して、氷浴下で冷却しながら高出力超音波を15分間照射し、ミニエマルションを得た。
(重合工程)
攪拌工程後、原料混合液に対して、氷浴下で窒素バブリングを15分間行い、脱酸素処理を行った。
【0141】
その後、窒素雰囲気下70℃で6時間の加熱処理を施してスチレンの重合反応を進め、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子分散液を得た。
【0142】
得られた有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を含む分散液を希釈し、TEM観察用のマイクログリッドに転写し、転写物のTEM観察を実施した。TEM像を
図2に示す。TEM像から、赤外線吸収粒子である黒色に写る複合タングステン酸化物を含む粒子21は、被覆用樹脂である灰色に写るポリスチレンの被膜22に内包され、有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子23を形成していることを確認した。
2.偽造防止インク用組成物の製造
得られた有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子分散液から真空流動乾燥により溶媒を除去し、実施例1に係る有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子乾粉を得た。得られた乾粉10質量部、高分子分散剤としてアミン系の官能基とポリエーテル構造を有する共重合体を10質量部、溶媒として有機溶剤であるプロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートを80質量部となるように秤量した。これらの原料を氷浴下で冷却しながら高出力超音波を15分間照射して有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を有機溶剤中に分散させ、実施例1に係る偽造防止インク用組成物を得た。
3.偽造防止インクの製造
実施例1に係る偽造防止インク用組成物100gを、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物である、紫外線硬化樹脂UV3701(東亞合成(株)製)20gと混合して、実施例1に係る偽造防止インクを得た。
4.偽造防止用印刷物の製造
被印刷基材として厚さ50μmの透明PETフィルムを使用し、その表面へ偽造防止インクをバーコーターにより成膜した。この膜を70℃で1分間乾燥して溶媒を蒸発させた後、高圧水銀ランプを用いて紫外線を照射し、紫外線硬化樹脂を硬化させ、実施例1に係る印刷膜(印刷部)を含む偽造防止用印刷物を得た。
(偽造防止用印刷物の評価)
偽造防止用印刷物の印刷膜について、上述の方法により光学特性を測定した。具体的には既述の方法で、可視光透過率を測定した。
【0143】
可視光透過率を求めたところ、波長350nm以上600nm以下の範囲に極大値を、波長800nm以上2100nm以下の範囲に極小値を持つことが確認できた。そこで、波長350nm以上600nm以下の範囲の透過率の極大値と、波長800nm以上2100nm以下の範囲の透過率の極小値との差の値をポイントとして求め、波長500nm、1000nm、1500nmにおける透過率も求めた。
【0144】
可視光透過率は70.2%、透過率の極大値と極小値との差は71.8ポイント、波長500nmにおける透過率は72.1%、1000nmにおける透過率は4.8%、1500nmにおける透過率は2.2%であった。
【0145】
次に印刷膜を、80℃に保持した0.01mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液に30分間浸漬し、耐アルカリ性試験を行った。その後、再度光学特性を測定した。
【0146】
耐アルカリ性試験後の可視光透過率は71.5%、透過率の極大値と極小値との差は71.0ポイント、波長500nmにおける透過率は73.2%、1000nmにおける透過率は5.0%、1500nmにおける透過率は2.3%であった。当該評価結果を表1に示す。
【0147】
すなわち耐アルカリ性試験前後における偽造防止用印刷物の印刷膜の光の透過率に大きな変化は無いことが確認できた。従って、本実施例で得られた偽造防止インク用組成物や、偽造防止インク、該偽造防止インク用組成物を含有する偽造防止用印刷物は耐薬品特性、特に耐アルカリ特性を有することを確認できた。
[実施例2]
実施例1に係る有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子乾粉10.0質量部、界面活性剤としてドデシルトリメチルアンモニウムクロライド0.1質量部、純水89.9質量部となるよう秤量した。これらの原料を氷浴下で冷却しながら高出力超音波を15分間照射して有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を純水中に分散させ、実施例2に係る偽造防止インク用組成物を得た。
【0148】
実施例2に係る偽造防止インク用組成物100gを、エネルギー線で硬化する樹脂の液状の未硬化物である、紫外線硬化樹脂OXT-101(東亞合成(株)製)20gと混合して、実施例2に係る偽造防止インクを得た。
【0149】
被印刷基材として厚さ50μmの透明PETフィルムを使用し、その表面へ偽造防止インクをバーコーターにより成膜した。この膜を100℃で2分間乾燥して溶媒を蒸発させた後、高圧水銀ランプを用いて紫外線を照射し、紫外線硬化樹脂を硬化させ、実施例2に係る偽造防止用印刷物を得た。
【0150】
実施例2に係る偽造防止用印刷物を実施例1と同様に評価した。当該評価結果を表1に示す。
[比較例1]
分散液調製工程では、赤外線吸収粒子と、分散媒とを含む分散液を調製した。
【0151】
赤外線吸収粒子としては、セシウム(Cs)と、タングステン(W)との物質量の比が、Cs/W=0.33である、六方晶セシウムタングステンブロンズ(Cs0.33WOz、2.0≦z≦3.0)を含む複合タングステン酸化物粉末(住友金属鉱山株式会社製YM-01)を用意した。
【0152】
分散媒としては、純水を用意した。
【0153】
そして、赤外線吸収粒子を10質量%と、分散媒を90質量%とを混合して得られた混合液を、0.3mmφZrO2ビーズを入れたペイントシェーカーに装填し10時間粉砕・分散処理し、比較例1に係るCs0.33WOz粒子の分散液を得た。
【0154】
分散液調製工程で得られたCs0.33WOz粒子の分散液からエバポレーターを用いて分散媒の純水を除去し、赤外線吸収粒子を回収した。回収した赤外線吸収粒子は、Cs0.33WOz粒子の乾粉となる。
【0155】
回収した赤外線吸収粒子、すなわちCs0.33WOz粒子の結晶子径を測定したところ16nmであった。
【0156】
なお、結晶子径は、既述の方法により測定、算出した。
【0157】
実施例1の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子分散液の代わりに、上記分散液調製工程で調製した、比較例1に係るCs0.33WOz粒子の分散液を用いた点以外は実施例1と同様の操作をして、比較例1に係る偽造防止インク用組成物、偽造防止インク、偽造防止用印刷物を得た。得られた偽造防止用印刷物について実施例1と同様に評価した。当該評価結果を表1に示す。
【0158】
【表1】
以上の表1に示した偽造防止用印刷物の耐アルカリ性試験前後の光学特性の評価の結果から、赤外線吸収粒子の表面の少なくとも一部に被覆用樹脂を配置した、実施例1、2の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を用いた偽造防止用印刷物では、試験前後で光の吸収、透過特性に大きな変化がないことを確認できた。このため、実施例1、2の有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子を用いた偽造防止用印刷物は、耐アルカリ性、すなわち耐薬品特性に優れ、かつ赤外線吸収特性に優れることを確認できた。ここでは耐アルカリ性試験のみを実施したが、これらの有機無機ハイブリッド赤外線吸収粒子は、赤外線粒子の表面の少なくとも一部に被覆用樹脂が配置されているため、同様に耐酸性特性も備えている。
【0159】
一方、比較例1の赤外線吸収粒子を用いた偽造防止用印刷物では、耐アルカリ性試験後に赤外線吸収特性が消失しており、耐アルカリ性を有していないことを確認できた。