(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】拡散経路の探索方法
(51)【国際特許分類】
G16C 20/30 20190101AFI20231003BHJP
G06F 30/10 20200101ALI20231003BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20231003BHJP
【FI】
G16C20/30
G06F30/10
G06F30/20
(21)【出願番号】P 2019120369
(22)【出願日】2019-06-27
【審査請求日】2022-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西原 泰孝
【審査官】松野 広一
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-089273(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0275094(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0232264(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00-99/00
G06F 30/10
G06F 30/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータが、
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造設定工程で位置を設定した、複数の前記原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程と、
前記計算工程で得られた、複数の前記原子の座標データについて主成分分析を行い、複数の前記原子が動きやすい方向を求める分析工程と、
前記分析工程の結果から、複数の前記原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程と、
前記構造モデル作成工程で作成した複数の前記構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を
実行する拡散経路の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、拡散経路の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種材料について更なる性能向上を目的として、新規材料の探索や、物質を構成する元素の一部を置換する置換元素の探索等が盛んに行われている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように新規材料や、置換元素等の探索を行う上で、目的とする物質の結晶内において、目的とする反応、機能等に影響を与える原子がどのような経路を通って移動、拡散するかを正確に把握することが好ましい。
【0004】
しかしながら、結晶内は元素が密に詰まっていることが多く、結晶を構成する原子間には僅かな隙間しかないように見える。このため、拡散経路を調べたい原子について、原子半径やvan der Waals半径で原子の大きさを見積もると、結晶内の複数の隙間の大きさを比較して、該原子の拡散経路を特定することは困難であった。
【0005】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
コンピュータが、
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程と、
前記初期構造設定工程で位置を設定した、複数の前記原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程と、
前記計算工程で得られた、複数の前記原子の座標データについて主成分分析を行い、複数の前記原子が動きやすい方向を求める分析工程と、
前記分析工程の結果から、複数の前記原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程と、
前記構造モデル作成工程で作成した複数の前記構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程と、を実行する拡散経路の探索方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一態様によれば、結晶内における原子の拡散経路を効率的に探索することができる拡散経路の探索方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例1において拡散経路の探索を行ったLiMn
2O
4の初期構造を示す模式図。
【
図2】実施例1において求めたLiMn
2O
4のLi原子の拡散経路を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
【0010】
本実施形態の拡散経路の探索方法は、以下の工程を有することができる。
拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定する初期構造設定工程。
初期構造設定工程で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行う計算工程。
計算工程で得られた、複数の原子の座標データについて主成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求める分析工程。
【0011】
分析工程の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造モデルを複数作成する構造モデル作成工程。
構造モデル作成工程で作成した複数の構造モデルから、原子の拡散経路を探索する拡散経路探索工程。
【0012】
本発明の発明者は、結晶内における原子の拡散経路の効率的な探索方法について鋭意検討を行った。その結果、分子動力学法の結果から、主成分分析を用いて結晶内の複数の原子の動きやすい方向を導き出し、該動きやすい方向に原子を配置した構造モデルから拡散経路を探索することで、効率的に拡散経路を導き出せることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
各工程について以下に説明する。
(初期構造設定工程)
初期構造設定工程では、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる、複数の原子の位置を設定することができる。すなわち、計算工程で用いる結晶の初期座標を設定することができる。
【0014】
初期構造設定工程において、拡散経路探索に用いる結晶に含まれる複数の原子の位置を設定する具体的な方法は特に限定されない。例えば実験的に求めた、もしくは文献等に開示されている、該結晶の結晶構造に基いて各原子の原子配置を設定し、初期構造とすることができる。
【0015】
初期構造設定工程において設定する初期構造には、拡散経路の探索を行う原子である拡散原子が含まれていても良く、含まれていなくても良い。すなわち、拡散原子を除いた骨格構造のみであっても良い。本実施形態の拡散経路の探索方法では、拡散原子以外の原子の移動により形成される空間の大きさから拡散経路を探索するため、拡散原子を含まない状態の結晶について計算、探索を行っても、その結果に大きな差異がないためである。
(計算工程)
計算工程では、初期構造設定工程で位置を設定した、複数の原子を用いて分子動力学計算を行うことができる。
【0016】
分子動力学計算は、原子の物理的な動きのコンピューターシミュレーション手法であり、ニュートンの運動方程式を数値的に解くことにより、原子の位置の時間発展を求めることができる。従って、計算工程を実施することで、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標の時系列変化を求めることができる。
【0017】
分子動力学計算では、原子と原子間相互作用の情報は、ポテンシャルエネルギーを記述するための関数形と、そのパラメータセット(力場)で表される。
【0018】
計算工程において分子動力学計算で用いる力場の種類は特に限定されるものではなく、各種力場を用いることができる。例えば金属/合金系ではEAMやMEAM等、無機化合物系ではBuckingham、BKS、Clay-FF、CVFF_aug等、半導体系ではTersoff等、有機化合物系ではPCFF、Compass、MMFF、OPLS-AA、AMBER、CHARMM、UFF等を用いることができる。また、分極力場であるX-Pol、AMBER分極力場、CHARMM分極力場等や、反応力場であるReaxFF等の既存の力場や、必要に応じて自作した力場から選択された力場を用いることができる。
【0019】
既存の力場では対象となる原子の電荷が規定されていない場合がある。その場合、RESP(Restrained ElectroStatic Potential)電荷やAM1-BCC(Bond Charge Correction)電荷等を用いることもできる。
【0020】
分子動力学計算に用いるプログラム(ソフトウエア)についても特に限定されないが、例えば、LAMMPSやDL_POLY、Gromacs(Groningen Machine for Chemical Simulations)、AMBER、CHARMM、NAMD等の既存のプログラムや自作のプログラムから選択されたプログラムを用いることができる。
【0021】
分子動力学計算を行う際の設定環境としては、例えば真空中や、溶媒が含まれる場合には周期境界条件下とすることができる。
【0022】
分子動力学計算を行う際のニュートンの運動方程式を解くための数値積分法についても特に限定されないが、例えばベルレ法や、速度ベルレ法、Leap-frog法、予測子-修飾子法等から選択された方法を用いることができる。
【0023】
分子動力学計算を行う時間幅は特に限定されるものではないが、結晶を構成する複数の原子の動きやすい方向が把握でき、かつ計算コストを抑制できるように選択することが好ましい。分子動力学計算を行う時間幅としては、例えば0.5fs以上2fs以下とすることができる。
【0024】
また、温度の制御方法としても特に限定されないが、例えば、速度スケーリング法、Nose-Hoover熱浴法、Nose-Hoover chain法、Berendsen熱浴法、Andersen熱浴法、Langevin動力学法等から選択された方法を用いることができる。
【0025】
周期境界条件下における圧力の制御方法についても特に限定されないが、例えば、Berendsen法、Parinello-Rahman法等から選択された方法を用いることができる。
【0026】
静電相互作用やvan der Waals相互作用といった長距離相互作用の計算にはカットオフ法を用いることができる。特に、周期境界条件下での静電相互作用の計算にParticle-Mesh Ewald法や多重極展開法等を用いることができる。
【0027】
計算工程における分子動力学計算は、例えば、CPU(Central Processing Unit)や、RAM(Random Access Memory)、ハードディスク等の各種記憶媒体、ディスプレイ等の出力装置、キーボード等の入力装置、各種周辺機器等を備えた通常のコンピューターシステムを用いて実施することができる。なお、コンピューターシステムとしては、例えばネットワークサーバ、ワークステーション、パーソナルコンピュータ等が挙げられる。
【0028】
具体的には、例えば記憶媒体等に既述の分子動力学計算のプログラムを格納しておき、係るプログラムをCPUにより実行すると共に、RAM等の記憶媒体に格納された、またはキーボード等の入力装置から入力された初期構造や、条件を読み込むことにより実現することができる。
(分析工程)
分析工程では、計算工程で得られた、複数の原子の座標データについて主成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求めることができる。
【0029】
ここで、主成分分析とは、データの特徴抽出及び次元圧縮を目的とする多変量解析である。
【0030】
主成分分析ではまず、データを最もよく表現できる方向、すなわちデータの分散が最大となる方向に第1主成分を設定する。軸方向での値のばらつきである分散が大きいほど情報量が多くなることから、第1主成分の情報を用いることで、情報の欠落を抑制しつつ、元データよりも変数を少なくしたとしても、精度の高いデータ処理が可能になる。
【0031】
そして、第1主成分と直交する空間内で、第1主成分では表現できないデータの変動を最もよく表現できる方向に第2主成分を設定する。また、N(≧2)次元以上に拡張する場合には、第(N-1)主成分以下のすべての軸に直交するという拘束条件の下、第N主成分の軸を設定することもできる。
【0032】
計算工程で得られた各原子の座標データを、上述のようにして新たに設定した主成分の軸上に投影させ、座標を変換することができる。
【0033】
計算工程では、既述の様に複数の原子の座標の時系列変化を求めることができる。しかしながら、係る複数の原子の座標の時系列変化のデータは予め設定した、例えばx、y、z軸に関連づけられたデータとなっている。このため、x、y、zのいずれかの軸に十分な情報が含まれているとは限らず、通常は、計算工程で得られたデータから、初期構造設定工程で設定した複数の原子の動きやすい方向を直接把握することは、困難である。そこで、上述のような主成分分析を用いることで、第1主成分から順に分散が最大になるようなデータを取得できる。つまり、適切な情報を処理に利用することが可能になり、計算工程で得られた複数の原子の座標の時系列変化のデータから、各原子の動きやすい方向を導き出すことができる。
【0034】
主成分分析は、例えば初期構造設定構造で設定した結晶内の原子毎に行うこともでき、同種の原子についてまとめて実施することもできる。よって、重要と思われる原子や動きの大きな原子のみを選択し、分析対象とすることで、分析時間の短縮にもつながる。
(構造モデル作成工程)
構造モデル作成工程では、分析工程の結果から、複数の原子が動きやすい方向に位置する構造のモデルを複数作成することができる。
【0035】
具体的には例えば、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標を、分析工程で算出した、各原子が動きやすい方向に位置を変化させた構造モデルを、その移動距離等を変え、複数作成することができる。
(拡散経路探索工程)
拡散経路探索工程では、構造作成工程で作成した複数の構造モデルから、拡散経路の探索を行う原子、すなわち拡散原子の拡散経路を探索することができる。具体的には例えば、作成した複数の構造モデルを比較し、拡散原子以外の結晶を構成する原子について、原子間距離が拡散原子の原子半径よりも拡がっている部分を拡散経路として認定することができる。
【0036】
以上に説明した本実施形態の拡散経路の探索方法によれば、分子動力学計算の結果を基に主成分分析を用いて原子の動きやすい方向を導き出し、該方向に動かした構造モデルを用いて拡散経路の探索を行っている。このため、原子が平均位置に存在する実験等で得られる静的な結晶構造からでは見出すことが困難であった拡散経路を、効率的に探索することができる。
【0037】
また、上述のように分子動力学計算結果から、原子の揺らぎを反映させた構造モデルを使用して拡散経路探索を行うため、より現実に近い構造での拡散経路の探索が可能になる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により、LiMn
2O
4におけるLi原子の拡散経路の探索を行った。
(初期構造設定工程)
LiMn
2O
4の初期構造の設定を行った。具体的には、
図1に示すようにセル内に、リチウム原子11と、マンガン原子12と、酸素原子13とが配置されたLiMn
2O
4の初期構造10を設定した。なお、
図1中、同じハッチングの原子は同種類の原子であることを示している。
(計算工程)
次に、分子動力学計算を用いて、初期構造設定工程で位置を設定した、リチウム原子11、マンガン原子12、および酸素原子13の座標の時系列変化を求めた。
【0039】
分子動力学計算は、ソフトウエアとしてLAMMPSを用い、力場は名古屋大学石沢らの開発した力場を用いて行った。そして、各原子の座標を入力し、結晶中の環境設定とした。
【0040】
また、分子動力学計算を行う際の速度の計算方法として速度ベルレ法を用い、時間幅を1fsとした。温度の制御方法としてNose-Hoover chain法を用い、設定温度を300Kとした。
【0041】
長距離相互作用の計算はParticle-Mesh Ewald法を用いた。
【0042】
上記条件下で10ナノ秒の分子動力学計算を行った。
(分析工程)
計算工程で得られた、複数の原子の座標の変化について主成分分析を行い、複数の原子が動きやすい方向を求めた。
(構造モデル作成工程)
分析工程の結果から、初期構造設定工程で設定した複数の原子の座標を、分析工程で算出した、各原子が動きやすい方向に位置を変化させた構造モデルを、その移動距離等を変え、複数作成した。
(拡散経路探索工程)
構造作成工程で作成した複数の構造から、拡散原子の拡散経路を探索した。
【0043】
拡散経路探索工程で得られた拡散原子の拡散経路を
図2に示す。
【0044】
図2に示すように、リチウム原子の拡散経路として、拡散経路211~214が見出された、係る拡散経路はセルの中央部に配置されたリチウム原子11A(
図1を参照)と、該リチウム原子11Aの周囲に配置されたリチウム原子との間をつなぐように形成されている。
【0045】
係る拡散経路211~214は、これまでに報告されているLiMn2O4におけるリチウム原子の拡散経路とも一致しており、本実施例で用いた拡散経路の探索方法が実際の現象に即したものであることを確認できた。