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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/295 20060101AFI20231003BHJP
   C08K 3/22 20060101ALI20231003BHJP
   C08K 5/5425 20060101ALI20231003BHJP
   C08L 23/04 20060101ALI20231003BHJP
【FI】
H01B7/295
C08K3/22
C08K5/5425
C08L23/04
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020030050
(22)【出願日】2020-02-26
(65)【公開番号】P2021136106
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2022-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 孔亮
(72)【発明者】
【氏名】田所 修一
【審査官】岩井 一央
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-053247(JP,A)
【文献】国際公開第2008/062820(WO,A1)
【文献】特開2007-246572(JP,A)
【文献】特開2019-011448(JP,A)
【文献】特開2002-042553(JP,A)
【文献】特開2014-011140(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/295
C08K 3/22
C08K 5/5425
C08L 23/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の外周を覆う絶縁層と、
前記絶縁層の外周を覆う難燃層と、
を備える、絶縁電線であって、
前記難燃層を構成する第1樹脂組成物は、
エチレン酢酸ビニル共重合体を含む第1ベース樹脂と、
前記第1ベース樹脂に添加された金属水酸化物と、
タクリル基を含むシランカップリング剤と、
を有し、
前記第1樹脂組成物は、前記第1ベース樹脂の100質量部に対して、前記金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含み、かつ、前記シランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、架橋されている、絶縁電線。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁電線において、
前記第1ベース樹脂に含まれる前記エチレン酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有量は、40質量%以下である、絶縁電線。
【請求項3】
請求項1または2に記載の絶縁電線において、
前記絶縁層を構成する第2樹脂組成物は、
第2ベース樹脂と、
シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤と、
を有し、
前記第2ベース樹脂の100質量部に対して、前記シランカップリング剤で表面処理された前記無機充填剤を80質量部以上含み、
前記第2ベース樹脂は、ポリエチレン、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体から選ばれる樹脂を単体または複数含み、
前記第2樹脂組成物は、架橋されている、絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁電線に関し、例えば、導体と導体の外周を覆う被覆層とを備える絶縁電線に適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両、自動車、電気・電子機器などに使用される絶縁電線の材料としては、耐油性、難燃性および低温特性にバランスの取れたポリ塩化ビニル混和物、ポリクロロプレンゴム混和物、クロロスルホン化ポリエチレン混和物、塩素化ポリエチレン混和物、フッ素ゴム、フッ素樹脂、ポリエチレンなどのポリオレフィン樹脂に、難燃性を高めるハロゲン系難燃剤を添加した材料が使用されている。ところが、ハロゲンを大量に含む混和物は、燃焼時に有毒かつ有害なガスを多量に発生させ、さらに燃焼条件によっては猛毒のダイオキシンを発生させる。このことから、火災時の安全性確保や環境負荷低減の観点から、ハロゲンを含まないハロゲンフリー材料を難燃剤に使用した絶縁電線が普及し始めている。
【0003】
例えば、特開2014-11140号公報(特許文献1)には、ハロゲンフリー材料からなる難燃剤として金属水酸化物を使用した絶縁電線に関する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-11140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この点に関し、一般的な絶縁電線では、難燃剤として金属水酸化物を使用すると、直流安定性と難燃性とを両立させることが困難となる。以下に、この点について説明する。
【0006】
図1は、一般的な絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
【0007】
図1において、絶縁電線10は、導体11aと、この導体11aの外周を覆う被覆層11bとを有している。一方、被覆層11bは、樹脂組成物から構成されている。このとき、図1に示す絶縁電線10の被覆層11bは、単層から構成されている。この場合、絶縁電線10の難燃性を高めるためには、単層から構成される被覆層11bに、例えば、ハロゲンフリー材料からなる難燃剤として環境に優しい金属水酸化物が添加されることになる。ただし、被覆層11bに難燃剤として金属水酸化物を添加すると、被覆層11bの絶縁抵抗が低くなる。つまり、被覆層11bを単層から構成する場合、被覆層11bの難燃性を高めるために金属水酸化物を多量に添加すると、被覆層11bの絶縁抵抗が低くなってしまうのである。このことは、被覆層11bの難燃性を高めるために金属水酸化物を多量に添加すると、絶縁電線10の直流安定性が低下することを意味する。したがって、例えば、図1に示すような単層の被覆層11bを有する一般的な絶縁電線10では、直流安定性と難燃性とを両立させることが困難であることがわかる。このように、一般的な絶縁電線10では、直流安定性と難燃性とを両立させることさえ困難であることから、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を実現することが困難であることがわかる。
【0008】
本発明の目的は、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を提供することにある。
【0009】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0010】
一実施の形態における絶縁電線は、導体と、導体の外周を覆う絶縁層と、絶縁層の外周を覆う難燃層とを備える。ここで、難燃層を構成する第1樹脂組成物は、エチレン酢酸ビニル共重合体を含む第1ベース樹脂と、第1ベース樹脂に添加された金属水酸化物と、ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤とを有する。そして、第1樹脂組成物は、第1ベース樹脂の100質量部に対して、金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含み、かつ、シランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、架橋されている。
【0011】
このとき、第1ベース樹脂に含まれるエチレン酢酸ビニル共重合体の酢酸ビニル含有量は40質量%以下であることが望ましい。
【0012】
また、絶縁層を構成する第2樹脂組成物は、第2ベース樹脂と、シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤とを有し、第2ベース樹脂の100質量部に対して、シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤を80質量部以上含む。ここで、第2ベース樹脂は、ポリエチレン、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体から選ばれる樹脂を単体または複数含み、第2樹脂組成物は、架橋されている。
【発明の効果】
【0013】
一実施の形態によれば、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】一般的な絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
図2】実施の形態における絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
図3】比較例1における絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
図4】比較例2における絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。なお、図面をわかりやすくするために平面図であってもハッチングを付す場合がある。
【0016】
<電線の構成>
「発明が解決しようとする課題」の欄で説明したように、例えば、図1に示すような単層の被覆層11bを有する一般的な絶縁電線10では、直流安定性と難燃性とを両立させることさえ困難である。
【0017】
そこで、絶縁電線の構成要素である被覆層を複数層から構成することが考えられる。
【0018】
図2は、本実施の形態における絶縁電線の模式的な構成を示す断面図である。
【0019】
図2において、絶縁電線20は、導体21aと、この導体21aの外周を覆う絶縁層21bと、絶縁層21bの外周を覆う難燃層21cとを有している。すなわち、絶縁電線20は、複数の被覆層(絶縁層21bと難燃層21c)を有していることになる。なお、絶縁電線20は、複数の被覆層として絶縁層21bと難燃層21cの2層からなる例が示されているが、これに限らず、3層以上の被覆層を有していてもよい。
【0020】
導体21aとしては、特に材質を限定するものではないが、例えば、銅や銅合金、アルミニウムやアルミニウム合金を使用することができる。また、導体21aは、複数の金属線を撚り合わせる撚線構造であってもよい。この金属線は、めっきが被覆されているものでもよい。めっきとしては、例えば、錫めっき、または、錫合金めっきを用いることができる。
【0021】
例えば、図2に示す絶縁電線20では、最外層である難燃層21cを構成する樹脂組成物にハロゲンフリー材料からなる難燃剤として環境に優しい金属水酸化物が添加される。金属水酸化物としては、例えば、水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウムを挙げることができる。これにより、絶縁電線20の最外層である難燃層21cによって難燃性を確保することができる。一方、図2に示す絶縁電線20では、最外層ではない絶縁層21bを構成する樹脂組成物に金属水酸化物が添加されていない。これにより、絶縁層21bによって直流安定性が確保される。特に、絶縁層21bを構成する樹脂組成物として優れた直流安定性を有する樹脂を使用することにより、絶縁電線20の直流安定性を確保できる。
【0022】
このように、複数の被覆層を有する絶縁電線20によれば、最外層を構成する難燃層21cに金属水酸化物を添加することにより絶縁電線20の難燃性を確保することができるとともに、最外層ではない層を構成する絶縁層21bに金属水酸化物を添加しないことにより絶縁電線20の直流安定性を確保することができる。すなわち、複数の被覆層を有する絶縁電線20によれば、複数の被覆層の組成を工夫することにより難燃性の向上と直流安定性の向上とを両立することが容易となる。以上のことから、本実施の形態では、複数の被覆層を有する絶縁電線20の構成を前提として、最外層を構成する難燃層21cの組成と、最外層ではない絶縁層21bの組成に工夫を施している。
【0023】
<改善の検討>
最外層を構成する難燃層21cの組成に対する改善の余地について説明する。
【0024】
例えば、難燃層21cを構成する樹脂組成物は、エチレン酢酸ビニル共重合体(以下、「EVA」という)を含むベース樹脂と、このベース樹脂に添加された金属水酸化物とを有している。なぜなら、「EVA」は、優れた耐油性を有しているとともに、それ自体の難燃性が高いことから、ベース樹脂が「EVA」を含むことにより、難燃層21cの耐油性と難燃性を向上できるからである。ただし、難燃層21cに対する難燃性を確保するためには、ベース樹脂に「EVA」を使用するだけでは充分ではないため、ベース樹脂に金属水酸化物を添加している。これにより、難燃層21cの耐油性だけでなく、充分な難燃性も確保することができる。しかしながら、ベース樹脂に金属水酸化物を添加すると、低温環境下で難燃層21cが脆くなって割れやすくなる。すなわち、難燃性を向上する観点からは、ベース樹脂に金属水酸化物を添加することが望ましい一方、ベース樹脂に金属水酸化物を添加すると、低温環境下において絶縁電線20の難燃層21cが硬くなる結果、絶縁電線20を曲げると絶縁電線20が折れやすくなるのである。言い換えれば、ベース樹脂に金属水酸化物を添加すると、絶縁電線20の破断伸び特性の劣化に代表される低温特性の低下を招くことになるのである。したがって、難燃層21cを構成する樹脂組成物が「EVA」を含むベース樹脂と、このベース樹脂に添加された金属水酸化物とを有する場合、優れた耐油性と優れた難燃性を確保することができる一方、低温特性を向上する観点から改善の余地が存在する。そこで、本実施の形態では、この改善の余地に対して工夫を施している。以下では、この工夫を施すための基本思想を説明する。
【0025】
<実施の形態における基本思想>
本実施の形態における基本思想は、「EVA」を含むベース樹脂に金属水酸化物を添加するとともに、金属水酸化物とは別にベース樹脂にビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加するという思想である。これにより、本実施の形態によれば、シランカップリング剤を介したベース樹脂と金属水酸化物との密着性が向上することによって難燃層21cの低温特性が改善される。具体的には、ベース樹脂にシランカップリング剤を添加すると、金属水酸化物の水酸基とシランカップリング剤のアルコキシ基が脱水縮合することにより結合し、かつ、シランカップリング剤の官能基(ビニル基またはメタクリル基)とベース樹脂とが反応することによって結合する。この結果、シランカップリング剤を介して金属水酸化物とベース樹脂が結合するため、シランカップリング剤を介したベース樹脂と金属水酸化物との密着性が向上して難燃層21cの低温特性が改善される。これにより、本実施の形態における基本思想によれば、低温特性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線20を実現できる。
【0026】
さらに、本実施の形態における基本思想によれば、耐油性も向上できる。以下に、このメカニズムについて説明する。例えば、金属水酸化物とは別にベース樹脂に添加されたビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤の一部は、ベース樹脂と金属水酸化物の両方に結合する結果(密着反応)、シランカップリング剤を介したベース樹脂と金属水酸化物と密着性が向上して、難燃層21cの低温特性が向上する。ただし、金属水酸化物とは別にベース樹脂に添加されたビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤のすべてがベース樹脂と金属水酸化物の両方に結合するわけではない。すなわち、金属水酸化物とは別にベース樹脂に添加されたシランカップリング剤の中には、ベース樹脂と金属水酸化物の両方に結合する密着反応に使用されなかった他のシランカップリング剤が存在し、この他のシランカップリング剤は、例えば、有機過酸化物または電離放射線によって官能基がベース樹脂にグラフトするとともに、シランカップリング剤のアルコキシ基同士が脱水縮合することにより、ベース樹脂を架橋する架橋鎖を形成する(架橋反応)。このようにして、ベース樹脂がシランカップリング剤で架橋される結果、架橋されたベース樹脂に油の分子が入り込めなくなることから、難燃層21cの耐油性が向上する。特に、シランカップリング剤に含まれる官能基であるビニル基またはメタクリル基は、ベース樹脂にグラフトしやすいため、本実施の形態における基本思想によれば、シランカップリング剤による架橋反応を促進することができ、これによって、ベース樹脂の架橋度が向上することにより難燃層21cの耐油性が向上する。
【0027】
以上のことから、金属水酸化物とは別にベース樹脂にビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加するという基本思想によれば、シランカップリング剤によるベース樹脂と金属水酸化物との密着反応が生じるとともに、シランカップリング剤によってベース樹脂を架橋する架橋反応も生じることになる。すなわち、本実施の形態における基本思想は、シランカップリング剤によるベース樹脂と金属水酸化物との密着反応と、シランカップリング剤によってベース樹脂を架橋する架橋反応とを同時に利用する思想である。この結果、本実施の形態における基本思想によれば、ベース樹脂と金属水酸化物との密着性の向上に起因する難燃層21cの低温特性の向上と、ベース樹脂の架橋に起因する難燃層21cのさらなる耐油性の向上を図ることができる。
【0028】
したがって、基本思想によれば、ベース樹脂に含まれる「EVA」の優れた耐油性と、シランカップリング剤によるベース樹脂の架橋に起因する耐油性向上との相乗効果によって、難燃層21cの耐油性を向上できる。また、基本思想によれば、シランカップリング剤によるベース樹脂と金属水酸化物との密着性向上に起因して難燃層21cの低温特性を改善することができる。さらに、基本思想によれば、ベース樹脂に含まれる「EVA」自体の難燃性と、金属水酸化物をベース樹脂に添加することに起因する難燃性向上との相乗効果によって、難燃性の高い難燃層21cを得ることができる。このことから、本実施の形態における基本思想によれば、耐油性および低温特性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線20を実現することができる。
【0029】
ここで、難燃層21cの低温特性をさらに改善する思想として、ベース樹脂に含まれる「EVA」の酢酸ビニル含有量(以下、「VA量」という)を少なくする思想も考えられる。なぜなら、「EVA」の「VA量」を少なくすることにより、「EVA」のガラス転移温度が低くなる結果、難燃層21cの低温特性が改善されるからである。一方、「EVA」の「VA量」を低くすると、極性基を有する酢酸ビニルの量が少なくなることから、非極性基を有する油との分離特性が低下する結果、難燃層21cの耐油性が低下することになる。すなわち、ベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくすることによって難燃層21cの低温特性を改善する思想には、耐油性の低下という副作用が伴うことになる。したがって、ベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくすることによって難燃層21cの低温特性を改善する思想を単独で採用する場合には、耐油性の低下という副作用が生じることから、低温特性の改善と耐油性の向上とを両立させることは困難である。ところが、本実施の形態における基本思想を採用することを前提として、さらに、難燃層21cの低温特性を改善する思想として、ベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくする思想を採用することは有益である。なぜなら、本実施の形態における基本思想とベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくする思想とを併用すると、シランカップリング剤によるベース樹脂と金属水酸化物との密着性向上と「EVA」のガラス転移温度の低下との相乗効果によって難燃層21cの低温特性をさらに向上できるからである。一方、ベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくする思想を採用することによって発生する耐油性の低下という副作用は、シランカップリング剤によるベース樹脂の架橋に起因する耐油性向上という基本思想の効果によって補填される。この結果、本実施の形態における基本思想とベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくする思想とを併用すると、耐油性の低下を招くことなく、難燃層21cの低温特性を向上することができるのである。したがって、基本思想とベース樹脂に含まれる「EVA」の「VA量」を少なくする思想とを併用することは、耐油性および低温特性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線20を実現する観点から有益である。
【0030】
<基本思想の有用性>
本実施の形態における基本思想は、「EVA」を含むベース樹脂に金属水酸化物を添加するとともに、金属水酸化物とは別にベース樹脂にビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加するという思想である。
【0031】
ここで、金属水酸化物とは別にシランカップリング剤がベース樹脂に添加されていると記載しているのは、本実施の形態における基本思想の構成が、予めシランカップリング剤で表面処理された金属水酸化物がベース樹脂に添加されている構成とまったく相違することを明確化する意図である。
【0032】
例えば、予めシランカップリング剤で表面処理された金属水酸化物をベース樹脂に添加する技術では、予めシランカップリング剤のアルコキシ基が金属水酸化物の水酸基と脱水縮合することにより結合している。したがって、すべてのシランカップリング剤が金属水酸化物と結合していることから、シランカップリング剤を介した金属水酸化物とベース樹脂との密着反応は促進されるが、有機過酸化物または電離放射線によって官能基がベース樹脂にグラフトするとともに、シランカップリング剤のアルコキシ基同士が脱水縮合することにより、ベース樹脂を架橋する架橋鎖を形成する架橋反応は生じることはない。このことは、予めシランカップリング剤で表面処理された金属水酸化物をベース樹脂に添加する技術では、シランカップリング剤によってベース樹脂を架橋することによって耐油性を向上することができないことを意味する。
【0033】
これに対し、本実施の形態における基本思想では、予めシランカップリング剤で表面処理された金属水酸化物をベース樹脂に添加するのではなく、金属水酸化物とは別にベース樹脂にビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加している。したがって、基本思想では、シランカップリング剤によるベース樹脂と金属水酸化物との密着反応だけでなく、シランカップリング剤によってベース樹脂を架橋する架橋反応も生じることになる。すなわち、本実施の形態における基本思想では、金属水酸化物とは別にベース樹脂にビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加することが重要であり、これによって、密着反応と架橋反応の両方の反応を生じさせることができるのである。これにより、基本思想は、密着反応に起因する低温特性の向上と、架橋反応に起因する耐油性の向上とをビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を添加するだけで実現できる点で非常に有用な技術的思想であることがわかる。つまり、基本思想は、ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を金属水酸化物とベース樹脂とを密着させる密着剤として機能させるとともに、ベース樹脂を架橋させるように機能させる点で優れているということができる。
【0034】
<難燃層21cの定量的な組成>
本実施の形態における難燃層21cを構成する樹脂組成物の定性的な組成としては、「EVA」を含むベース樹脂と、ベース樹脂に添加された金属水酸化物と、ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤とを含む。
【0035】
ただし、実際に優れた耐油性、優れた低温特性、優れた機械特性を有するとともに高い難燃性を併せ持つ難燃層21cを実現するためには、難燃層21cは、以下に示す定量的な組成を有していることが望ましいので、この点を説明する。
【0036】
<<ベース樹脂>>
本実施の形態における難燃層21cを構成する樹脂組成物は、ベース樹脂に「EVA」を含む樹脂を使用する。「EVA」は、含有する「VA量」によって低温特性や耐油性や機械特性(破断伸び特性)が異なる。例えば、「VA量」が40質量%を超えると、エチレンの結晶が少なくなり、常温で柔軟なゴム状となり機械特性は向上する。また、「EVA」の極性が上がるため非極性の油に対する耐油性は向上する。一方、「EVA」のガラス転移温度が高くなる結果、低温特性が低下する。逆に、例えば、「VA量」が40質量%以下となると、エチレンの結晶が多くなって常温ではプラスチックのようになる結果、機械特性は低下する。また、「EVA」の極性が小さくなるため耐油性も低下する。一方、「EVA」のガラス転移温度が低くなるため、低温特性に優れる。
【0037】
上述したように、「EVA」は、含有する「VA量」によって低温特性や耐油性や機械特性(破断伸び特性)が異なることから、これらの特性のバランスを取るために「EVA」を単独で使用するよりも、「EVA」は、「VA量」の異なる2種類以上のものを含有することが望ましい。さらに、本実施の形態では、低温特性を重視して、ベース樹脂全体の「VA量」は、下記に示す式1において、40質量%であることが望ましい。
ベース樹脂中の「VA量」=ΣXkYk・・・ (式1)
【0038】
ここで、Xkは、樹脂kの「VA量」を示し、Ykは、樹脂kのベース樹脂全体に占める割合を示している。また、kは、樹脂を区別する数字であり自然数である。
【0039】
特に、上述した式1において、ベース樹脂中の「VA量」が40質量%を超えると、ベース樹脂に含まれる複数の「EVA」のうちの少なくとも1種類は、「VA量」が40質量%を超える「EVA」を使用しなくてはならず低温特性にやや劣ることになるため、ベース樹脂中の「VA量」は40質量%以下であることが望ましい。一方、「VA量」は25質量%以上であることが望ましい。
【0040】
さらに、ベース樹脂には、酸変性ポリオレフィンを混合して使用することが望ましい。酸変性に使用される酸としては、例えば、マレイン酸、無水マレイン酸、フマル酸、カルボン酸などを挙げることができる。また、ポリオレフィンとしては、天然ゴム、ブチルゴム、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体、エチレン-αオレフィン共重合体、スチレンブタジエンゴム、ニトリルゴム、アクリルゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン酢酸ビニル共重合体、エチレンアクリル酸エステル共重合体などを挙げることができる。
【0041】
酸変性ポリオレフィンは、難燃剤として添加する金属水酸化物とベース樹脂との接着性を強化する目的で添加し、特に、低温環境下において金属水酸化物とベース樹脂との剥離を防止する目的で添加される。このことから、ガラス転移温度が低く、柔軟で耐熱老化性にも優れたエチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン酢酸ビニル共重合体、エチレンアクリル酸エステル共重合体が望ましい。
【0042】
<<難燃剤>>
本実施の形態における難燃層21cを構成する樹脂組成物は、ベース樹脂100質量部に対して、難燃剤として金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含む。特に、金属水酸化物を150質量部以上の割合で含むことにより難燃性を確保できる。そして、金属水酸化物を200質量部以下の割合で含むことにより低温特性を確保できる。
【0043】
使用される金属水酸化物は、難燃効果の高い水酸化マグネシウムや水酸化アルミニウムが望ましい。特に、鉱物を粉砕して形成された金属水酸化物よりも不純物の少ない合成された金属水酸化物が望ましく、ベース樹脂に「EVA」を使用する関係上、製造中または使用中に発生する酢酸と反応することを考慮すると、生成される酢酸化合物が潮解しにくい水酸化アルミニウムが望ましい。
【0044】
<<シランカップリング剤>>
本実施の形態における難燃層21cを構成する樹脂組成物は、ベース樹脂100質量部に対して、ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、例えば、有機過酸化物を添加して熱を加えることにより架橋されているか、電離放射線を照射することにより架橋されている。
【0045】
シランカップリング剤は、基本的にベース樹脂と金属水酸化物との密着性を向上するために添加されるが、さらに本実施の形態では、ベース樹脂を架橋させる目的も有する。
【0046】
ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤としては、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-アクリロキシプロピルトリメトキシシランなどを挙げることができる。
【0047】
このようなシランカップリング剤において、予め表面処理された金属水酸化物も市販されているが、本実施の形態における特徴は、ベース樹脂に対して金属水酸化物とは別にシランカップリング剤が添加されている点であり、この点が重要ポイントである。
【0048】
ベース樹脂は、「EVA」を含むポリオレフィンが主体となるため、シランカップリング剤の官能基は、有機過酸化物や電離放射線によってラジカルを発生してベース樹脂にグラフトしやすいビニル基またはメタクリル基を有している必要がある。
【0049】
シランカップリング剤の添加量は、金属水酸化物の添加量に依存するが、本実施の形態の範囲内においては、1質量部以上であるため耐油性を確保できるとともに、3質量部以下であるため引張破断伸び特性(機械特性)を確保することができる。
【0050】
以上のようにして、複数の被覆層を有する絶縁電線20の最外層を構成する難燃層21cの組成が工夫されており、上述した定量的な組成が想到されている。
【0051】
次に、本実施の形態では、複数の被覆層を有する絶縁電線20の構成を前提として、最外層を構成する難燃層21cの組成だけでなく、最外層ではない絶縁層21bの組成についても工夫を施しており、以下に、その定量的な組成の一例を説明する。
【0052】
<絶縁層21bの定量的な組成>
上述した難燃層21cを構成する樹脂組成物は、難燃剤としての金属水酸化物を大量に添加していることから、高い難燃性を確保できる一方で絶縁抵抗が低い。このため、本実施の形態では、絶縁電線20の最外層に難燃層21cを設ける一方、この難燃層21cの内側に絶縁抵抗の高い絶縁層21bを設けて絶縁電線20の絶縁抵抗を確保している。以下では、この絶縁層21bの定量的な組成の一例について説明する。
【0053】
絶縁電線20の直流課電に対する安定性を考慮すると、絶縁電線20の被覆には最外層を除く少なくとも1層以上に直流安定性に優れた絶縁層を設ける必要がある。この絶縁層が本実施の形態における絶縁層21bである。絶縁層21bを構成する樹脂組成物は、ベース樹脂と無機充填剤とを含む。
【0054】
<<ベース樹脂>>
絶縁層21bのベース樹脂は、例えば、直流安定性に優れたポリエチレン、エチレン-αオレフィン共重合体、エチレン-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-プロピレン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体から選ばれる単独または2種類以上の樹脂から構成される。このベース樹脂は、極性が低く直流安定性に優れている。
【0055】
<<無機充填剤>>
絶縁層21bは、上述したベース樹脂100質量部に対して、シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤を80質量部以上含むことが好ましい。また、絶縁層21bは、架橋されていることが好ましい。80質量部以上の無機充填剤は、燃焼時の一酸化炭素や二酸化炭素の発生を抑制することができる。また、シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤を使用することにより分散性に優れるとともに、直流課電による局所的な電荷の蓄積を抑制できる。さらに、この無機充填剤がベース樹脂と密着することにより直流安定性の向上が見込める。一方、上述したベース樹脂100質量部に対して、シランカップリング剤で表面処理された無機充填剤を150質量部以下含むことが好ましい。
【0056】
<絶縁層21bおよび難燃層21cに共通するその他の組成>
絶縁電線20に使用する樹脂組成物には、必要に応じて、酸化防止剤、滑剤、難燃助剤、架橋剤、架橋助剤、架橋促進剤、界面活性剤、相溶化剤、紫外線吸収剤、ヒンダードアミン系光安定剤(HALS)などの添加剤を添加することもできる。特に、高度な耐熱性を要求される場合には、酸化防止剤、紫外線吸収剤およびヒンダードアミン系光安定剤を添加することが望ましい。また、滑剤としてシリコーンオイル、シリコーンガム、シリコーンゴムなどのシリコーン化合物を添加して絶縁電線20の表面にブリードさせることにより押出成形時のダイスカスを抑制することができる。
【0057】
<実施の形態における効果>
本実施の形態における絶縁電線20は、導体21aと、導体21aの外周を覆い、かつ、複数層から構成される絶縁層21bと難燃層21cとを備える。このとき、複数層のうちの最外層を構成する難燃層21cの樹脂組成物は、エチレン酢酸ビニル共重合体を含むベース樹脂と、ベース樹脂に添加された金属水酸化物と、ビニル基またはメタクリル基を含むシランカップリング剤とを有する。そして、樹脂組成物は、ベース樹脂の100質量部に対して、金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含み、かつ、シランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、架橋されている。
【0058】
このように構成されている難燃層21cにおいては、樹脂組成物がベース樹脂の100質量部に対して金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含み、かつ、シランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、架橋されていることから、実際に優れた耐油性、優れた低温特性、優れた機械特性を有するとともに高い難燃性を実現することができる。また、金属水酸化物を含まない絶縁層21bにおいては、優れた直流安定性を実現することができる。したがって、本実施の形態によれば、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線20を提供することができる。
【0059】
以下では、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線20を提供することができるという有用な効果の検証結果を実施例に基づいて説明する。
【0060】
<実施例>
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
【表3】
【0063】
<<絶縁電線の製造>>
表1は、絶縁層21bを構成する樹脂組成物に含まれる配合剤の配合比を示す表であり、表2は、難燃層21cを構成する樹脂組成物に含まれる配合剤の配合比を示す表である。
【0064】
表1に示す配合比(1-1)で架橋剤以外の配合剤を秤量し、秤量した配合剤を75L加圧ニーダによって混練した後、ストランドで押し出して冷却後にペレットにした。冷却したペレットを40℃に加熱した所定量の液状架橋剤に浸漬した後、液状架橋剤をブレンダにて撹拌して、ペレットに架橋剤を含浸させることにより、表1に示す配合比(1-1)を有する第1ペレットを作製した。
【0065】
同様に、表2に示す配合比(2-1~2-13)で架橋剤以外の配合剤を秤量し、秤量した配合剤を75L加圧ニーダによって混練した後、ストランドで押し出して冷却後にペレットにした。冷却したペレットを40℃に加熱した所定量の液状架橋剤に浸漬した後、液状架橋剤をブレンダにて撹拌して、ペレットに架橋剤を含浸させることにより、表2に示す配合比(2-1~2-13)を有するそれぞれの第2ペレットを作製した。
【0066】
次に、例えば、図2に示すように、錫めっき銅導体を複数本撚り合わせて作製した導体断面積が70mmの錫めっき銅導体(導体21a)上に導体21aへの樹脂組成物のめり込みを防止するため、ポリエチレンテレフタレート製テープ(図示せず)を巻き付けた後、第1ペレットと第2ペレットを2層同時に押し出すことにより、絶縁層21bを形成し、この絶縁層21bの外周上に難燃層21cを形成した。具体的に、絶縁層21bは、第1ペレットを押し出すことによって形成された厚さ0.56mmの樹脂組成物から構成される一方、難燃層21cは、第2ペレットを押し出すことによって形成された厚さ1.6mmの樹脂組成物から構成される。その後、蒸気圧が1.5MPaの飽和水蒸気で5分間加熱するとともに絶縁層21bおよび難燃層21cを架橋して、図2に示す断面を有する絶縁電線20を作製した。これにより、表3に示す実施例1~実施例8と比較例3~比較例7とに対応するそれぞれの絶縁電線20が形成される。
【0067】
また、例えば、図3に示すように、錫めっき銅導体を複数本撚り合わせて作製した導体断面積が70mmの錫めっき銅導体(導体21a)上に導体21aへの樹脂組成物のめり込みを防止するため、ポリエチレンテレフタレート製テープ(図示せず)を巻き付けた後、第2ペレットと第1ペレットを2層同時に押し出すことにより、難燃層21cを形成し、この難燃層21cの外周上に絶縁層21bを形成した。具体的に、難燃層21cは、第2ペレットを押し出すことによって形成された厚さ1.6mmの樹脂組成物から構成される一方、絶縁層21bは、第1ペレットを押し出すことによって形成された厚さ0.56mmの樹脂組成物から構成される。その後、蒸気圧が1.5MPaの飽和水蒸気で5分間加熱するとともに難燃層21cおよび絶縁層21bを架橋して、図3に示す断面を有する絶縁電線30を作製した。これにより、表3に示す比較例1に対応する絶縁電線30が形成される。
【0068】
さらに、例えば、図4に示すように、錫めっき銅導体を複数本撚り合わせて作製した導体断面積が70mmの錫めっき銅導体(導体21a)上に導体21aへの樹脂組成物のめり込みを防止するため、ポリエチレンテレフタレート製テープ(図示せず)を巻き付けた後、第2ペレットを押し出すことにより、難燃層21cを形成した。具体的に、難燃層21cは、第2ペレットを押し出すことによって形成された厚さ2.16mmの樹脂組成物から構成される。その後、蒸気圧が1.5MPaの飽和水蒸気で5分間加熱するとともに難燃層21cを架橋して、図4に示す断面を有する絶縁電線40を作製した。これにより、表3に示す比較例2に対応する絶縁電線40が形成される。
【0069】
<<試験の内容>>
1.初期引張試験
まず、絶縁電線を解体して導体を除去し、被覆層の内側(導体側)を約1mm研削して平滑にした後、IEC60811-1-1に示されるダンベル形状に被覆層を打ち抜いて試験試料を作製した。そして、初期引張試験においては、作製した試験試料を引張試験機で250mm/minの速度で引っ張ることにより、引張強さと破断伸びを測定した。ここで、引張強さが10MPa以上で、かつ、破断伸びが150%以上を合格とした。
【0070】
2.耐油性試験
まず、絶縁電線を解体して導体を除去し、被覆層の内側(導体側)を約1mm研削して平滑にした後、IEC60811-1-1に示されるダンベル形状に被覆層を打ち抜いて試験試料を作製した。そして、耐油性試験においては、作製した試験試料を70℃のIRM油に168時間浸漬させる。その後、IRM油に浸漬した試験試料を引張試験機で250mm/minの速度で引っ張ることにより、引張強さと破断伸びを測定した。ここで、初期引張試験の結果から引張強さ残率70%~130%および破断伸び残率60%~140%の範囲に収まるものを合格とした。
【0071】
3.難燃性試験
作製した絶縁電線でIEC60332-3に準拠した垂直トレイ燃焼試験を実施することにより合否判断とした。
【0072】
4.低温特性試験
まず、絶縁電線を解体して導体を除去し、被覆層の内側(導体側)を約1mm研削して平滑にした後、IEC60811-1-1に示されるダンベル形状に被覆層を打ち抜いて試験試料を作製した。そして、低温特性試験においては、作製した試験試料でEN60811-1-4に準拠した低温引張試験を実施した。ここで、-40℃において破断伸びが30%以上を合格とした。
【0073】
5.直流安定性試験
絶縁電線の直流安定性をEN50305.6.7に準拠した直流安定性試験により評価した。具体的には、絶縁電線を85℃で3%濃度の塩水中に浸漬させて4500Vのプラス・マイナス課電を実施した。ここで、10日間絶縁破壊せず、かつ、10日後に20℃の水に1時間浸漬したのちにAC(50Hz)で1800Vの電圧を5分間課電しても絶縁破壊しないことを合格の要件とした。
【0074】
<<評価結果>>
【表4】
【0075】
評価結果を表4に示す。
【0076】
実施例1~実施例8は、図2に示す絶縁電線20に対応しており、最外層の難燃層21cを構成する樹脂組成物がベース樹脂の100質量部に対して金属水酸化物を150質量部~200質量部の割合で含み、かつ、シランカップリング剤を1質量部~3質量部の割合で含み、かつ、架橋されているという本実施の形態における特徴点を備えている。
【0077】
このような特徴点を有する実施例1~実施例8においては、すべての試験において合格であったため、実施例1~実施例8のそれぞれの総合評価は合格となった。したがって、実施例1~実施例8によれば、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を提供できることがわかる。
【0078】
なお、実施例1~実施例7と実施例8とを比較すると、実施例1~実施例7のように「EVA」の「VA量」が低くなると低温特性が優れていることがわかる。すなわち、ベース樹脂中の「VA量」が40質量%以下(26.5質量%)である実施例1~実施例7によれば、ベース樹脂中の「VA量」が40質量%よりも大きい(43質量%)である実施例8に比べて、低温特性が優れていることがわかる。このことから、低温特性を重視する観点からは、特に、ベース樹脂中の「VA量」が40質量%以下であることが望ましい。
【0079】
一方、比較例1は、図3に示す絶縁電線30が対応しており、難燃層21cが最外層に配置されていないことから、難燃性が不合格となった。また、比較例1では、最外層に配置されている絶縁層21bを構成するベース樹脂が「EVA」を含まないエチレン-αオレフィン共重合体となっているため、耐油性も不合格であった。この結果、比較例1の総合評価は不合格となった。
【0080】
比較例2は、図4に示す絶縁電線40が対応しており、被覆層として金属水酸化物を含有する難燃層21cだけから構成されており、金属水酸化物を含有しない絶縁層21bが存在しない。このことから、比較例2では、直流安定性に劣るため、直流安定性試験が不合格となった。この結果、比較例2の総合評価は不合格となった。
【0081】
比較例3は、最外層を構成する難燃層21cのベース樹脂が「EVA」を含まないため、耐油性と難燃性が不合格であった。この結果、比較例3の総合評価は不合格となった。
【0082】
比較例4は、金属水酸化物の量(140質量%)が不充分であり、難燃性が不合格であった。この結果、比較例4の総合評価は不合格となった。
【0083】
比較例5は、金属水酸化物の量(210質量%)が過多であり、低温特性が不合格であった。この結果、比較例5の総合評価は不合格となった。
【0084】
比較例6は、シランカップリング剤の添加量(0.7質量%)が少なく、耐油性が不合格であった。この結果、比較例6の総合評価は不合格となった。
【0085】
比較例7は、シランカップリング剤の添加量(4質量%)が過多であり、初期破断伸びが不合格となった。この結果、比較例7の総合評価は不合格となった。
【0086】
以上のことから、比較例1~比較例7は、本実施の形態における特徴点が具現化されておらず、この場合、各種試験のいずれかにおいて不合格となっている。このことは、本実施の形態における特徴点を具現化する条件が満たされていない場合には、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を実現することが困難であることを意味している。したがって、実施例1~実施例8と比較例1~比較例7との対比によって、本実施の形態における特徴点によれば、耐油性、低温特性、機械特性および直流安定性に優れ、かつ、高い難燃性を有する絶縁電線を実現できることが裏付けられていることになる。
【0087】
以上、本発明者によってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【0088】
例えば、前記実施の形態における絶縁電線は、ケーブルのコア材料となる絶縁電線にも幅広く適用することができる。すなわち、前記実施の形態における技術的思想は、絶縁電線単体だけでなく、絶縁電線を含む多種多様なケーブルにも幅広く適用できる。
【0089】
また、前記実施の形態において使用する絶縁電線は、例えば、鉄道車両用や自動車用の絶縁電線として使用できる。
【符号の説明】
【0090】
10 絶縁電線
11a 導体
11b 被覆層
20 絶縁電線
21a 導体
21b 絶縁層
21c 難燃層
30 絶縁電線
40 絶縁電線
図1
図2
図3
図4