(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】粒子状溶射材料及び希土類酸化物溶射材料の製造方法、並びに希土類酸化物溶射膜及びその形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/11 20160101AFI20231003BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20231003BHJP
H01L 21/3065 20060101ALN20231003BHJP
【FI】
C23C4/11
C04B41/87 K
C04B41/87 J
H01L21/302 101H
(21)【出願番号】P 2020211928
(22)【出願日】2020-12-22
【審査請求日】2022-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西村 龍星
(72)【発明者】
【氏名】高井 康
(72)【発明者】
【氏名】中野 瑞
(72)【発明者】
【氏名】宮本 滉平
【審査官】今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-138309(JP,A)
【文献】特開2008-024569(JP,A)
【文献】特開2007-112707(JP,A)
【文献】特開2002-363724(JP,A)
【文献】特開2020-172702(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0122310(KR,A)
【文献】特開2019-148010(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/11
C04B 41/87
H01L 21/3065
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー回折・散乱法による体積基準の平均粒径D50が10μm以上、18μm以下の粒子状
の希土類酸化物であり、圧縮度が13以下であり、かつBET比表面積が0.1m
2/g以上、2m
2/g以下であることを特徴とする
粒子状溶射材料。
【請求項2】
水銀圧入法で測定した細孔容積分布において、細孔径1μmから10μmの範囲内に第1のピークと、細孔径が1μmより小さい範囲に第2のピークとを有し、細孔径1μmから10μmの範囲内の積算細孔容積(P1)に対する細孔径0.1μmから1μmの範囲内の積算細孔容積(P2)の比(P2/P1)が0.05以上、0.3以下であることを特徴とする請求項1記載の
粒子状溶射材料。
【請求項3】
X線回折により測定される希土類酸化物のピークから算出される結晶子サイズが1μm以上であることを特徴とする請求項1又は2記載の
粒子状溶射材料。
【請求項4】
上記希土類酸化物を構成する希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上を含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の
粒子状溶射材料。
【請求項5】
レーザー回折・散乱法による体積基準の平均粒径D50が10μm以上、18μm以下の粒子状の希土類酸化物溶射材料を製造する方法であって、
希土類酸化物の粒子と分散媒とを含むスラリーを調製する工程、
上記スラリーから、上記希土類酸化物の粒子を集合させた造粒粒子を得る工程、
上記造粒粒子を1400℃以上、1600℃以下の温度で焼成する工程、及び
上記焼成後の造粒粒子を2,400℃以上、3,900
℃以下の温度の雰囲気に0.1秒以上保持し、上記焼成後の造粒粒子個々の少なくとも表面部を溶融させた後、上記雰囲気から取り出して冷却する工程
を含むことを特徴とする希土類酸化物溶射材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか1項記載の
粒子状溶射材料を用いて大気プラズマ溶射により形成してなり、気孔率が1%以下であることを特徴とする希土類酸化物溶射膜。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれか1項記載の
粒子状溶射材料を用い、大気プラズマ溶射により形成することを特徴とする希土類酸化物溶射膜の形成方法。
【請求項8】
気孔率が1%以下である希土類酸化物溶射膜を形成することを特徴とする請求項7記載の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子状溶射材料及び希土類酸化物溶射材料の製造方法、並びに希土類酸化物溶射膜及びその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスプレイ製造及び半導体製造のエッチャー工程においては、被処理物を腐食性が高いハロゲン系ガスプラズマ雰囲気で処理する。そのため、エッチャー装置のハロゲン系ガスプラズマに触れる部品は、金属アルミニウム又は酸化アルミニウムセラミックスに、酸化イットリウムやフッ化イットリウムを表面に溶射することで耐腐食性に優れた溶射膜を形成した部材が採用されている(特開2002-302754号公報(特許文献1)、特開2002-080954号公報(特許文献2)、特開2002-115040号公報(特許文献3))。半導体製造のエッチャー工程で用いられるハロゲン系腐食ガスは、フッ素系ガスとしては、SF6、CF4、CHF3、ClF3、HFなどが、また、塩素系ガスとしては、Cl2、BCl3、HClなどが用いられる。
【0003】
酸化イットリウムを大気プラズマ溶射して製造する酸化イットリウム成膜部品は、技術的な問題が少なく、早くから半導体製造用の溶射部材として実用化されている。一方、フッ化イットリウム溶射膜は、耐食性に優れるものの、フッ化イットリウムを大気プラズマ溶射する際、フッ化イットリウムが3,000℃以上の炎を通過して溶融すると、フッ化物の分解が生じ、部分的にフッ化物と酸化物の混合物になるなどの技術的課題があり、酸化物で成膜した溶射部材に比べて、実用化が遅れている。また、酸化イットリウムとフッ化イットリウムの問題点を補うために、酸フッ化イットリウムが提案されている(特開2014-009361号公報(特許文献4))。
【0004】
特開2015-227512号公報(特許文献5)では、酸化イットリウム膜の気孔率を下げることで耐食性を上げることが検討されている。具体的には、気孔率が低い膜を形成する方法として、サスペンション溶射が検討されている。大気プラズマ溶射が、平均粒径20μmから50μmの材料で成膜するのに対して、サスペンション溶射は、流れ性の悪い平均粒径0.1~10μmの材料をスラリーとして供給することで、気孔率が低い緻密な膜を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-302754号公報
【文献】特開2002-080954号公報
【文献】特開2002-115040号公報
【文献】特開2014-009361号公報
【文献】特開2015-227512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特開2014-009361号公報に記載されているような酸フッ化イットリウムは、溶射中に分解が生じやすく、緻密な溶射膜は作り難いという問題がある。また、特開2015-227512号公報に記載されているようなサスペンション溶射であれば、気孔率が低い緻密な膜が得られる。しかしながら、サスペンション溶射では、曲面に形成することが難しい、厚い膜を形成することが難しいなどの問題点がある。
【0007】
気孔率が低い緻密な溶射膜が、腐食性が高いハロゲン系ガスへの耐食性が高いので、溶射材料を固体(粒子)で供給する大気プラズマ溶射であっても、より小さい粒子を溶射できれば、サスペンション溶射でなくても、気孔率が低い緻密な溶射膜となり、このような溶射膜を曲面に形成することが期待でき、また、厚い膜に形成することが可能となることが期待できる。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、従来の溶射材料と比べて、粒径が小さいが流動性が高く、通常の溶射装置でも溶射可能な粒子状溶射材料、希土類酸化物溶射材料の製造方法、粒子状溶射材料を用いて形成した希土類酸化物溶射膜、及び希土類酸化物溶射膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、レーザー回折・散乱法による体積基準の平均粒径D50が10μm以上、18μm以下、圧縮度が13以下、かつBET比表面積が0.1m2/g以上、2m2/g以下である希土類酸化物粒子が、径が小さいにもかかわらず流動性が高く、これを溶射材料として用いて希土類酸化物溶射膜を形成すれば、大気プラズマ溶射でも、気孔率が低い緻密な溶射膜を形成でき、また、溶射膜を厚く形成できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0010】
従って、本発明は、下記の粒子状溶射材料及び希土類酸化物溶射材料の製造方法、並びに希土類酸化物溶射膜及びその形成方法を提供する。
1.レーザー回折・散乱法による体積基準の平均粒径D50が10μm以上、18μm以下の粒子状の希土類酸化物であり、圧縮度が13以下であり、かつBET比表面積が0.1m2/g以上、2m2/g以下であることを特徴とする粒子状溶射材料。
2.水銀圧入法で測定した細孔容積分布において、細孔径1μmから10μmの範囲内に第1のピークと、細孔径が1μmより小さい範囲に第2のピークとを有し、細孔径1μmから10μmの範囲内の積算細孔容積(P1)に対する細孔径0.1μmから1μmの範囲内の積算細孔容積(P2)の比(P2/P1)が0.05以上、0.3以下であることを特徴とする1記載の粒子状溶射材料。
3.X線回折により測定される希土類酸化物のピークから算出される結晶子サイズが1μm以上であることを特徴とする1又は2記載の粒子状溶射材料。
4.上記希土類酸化物を構成する希土類元素が、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上を含むことを特徴とする1乃至3のいずれかに記載の粒子状溶射材料。
5.レーザー回折・散乱法による体積基準の平均粒径D50が10μm以上、18μm以下の粒子状の希土類酸化物溶射材料を製造する方法であって、
希土類酸化物の粒子と分散媒とを含むスラリーを調製する工程、
上記スラリーから、上記希土類酸化物の粒子を集合させた造粒粒子を得る工程、
上記造粒粒子を1400℃以上、1600℃以下の温度で焼成する工程、及び
上記焼成後の造粒粒子を2,400℃以上、3,900℃以下の温度の雰囲気に0.1秒以上保持し、上記焼成後の造粒粒子個々の少なくとも表面部を溶融させた後、上記雰囲気から取り出して冷却する工程
を含むことを特徴とする希土類酸化物溶射材料の製造方法。
6.1乃至4のいずれかに記載の粒子状溶射材料を用いて大気プラズマ溶射により形成してなり、気孔率が1%以下であることを特徴とする希土類酸化物溶射膜。
7.1乃至4のいずれかに記載の粒子状溶射材料を用い、大気プラズマ溶射により形成することを特徴とする希土類酸化物溶射膜の形成方法。
8.気孔率が1%以下である希土類酸化物溶射膜を形成することを特徴とする7記載の形成方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、溶射材料を固体(粒子)で供給する大気プラズマ溶射であっても、気孔率が低い緻密な溶射膜を形成することができる。また、本発明の希土類酸化物溶射材料を用いて大気プラズマ溶射により溶射膜を形成することにより、溶射膜を曲面に容易に形成することができ、また、溶射膜を厚く形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1の溶射材料の表面平坦化処理前の粒子の走査型電子顕微鏡像である。
【
図2】実施例1の溶射材料の表面平坦化処理後の粒子の走査型電子顕微鏡像である。
【
図3】実施例1の溶射材料の表面平坦化処理前の粒子の粒度分布を示すチャートである。
【
図4】実施例1の溶射材料の表面平坦化処理後の粒子の粒度分布を示すチャートである。
【
図5】実施例2の溶射材料の細孔容積分布を示すチャートである。
【
図6】実施例1の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。
【
図7】比較例1の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。
【
図8】実施例2の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。
【
図9】比較例2の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。
【
図10】実施例1の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡像のグレー値の分布を示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について、更に詳細に説明する。
本発明の溶射材料は、希土類酸化物溶射材料である。この希土類酸化物溶射材料は、希土類元素(R)と酸素(O)とを含み、実質的に希土類元素と酸素とからなることが好ましいが、希土類元素及び酸素以外の元素の含有は、不純物量であれば許容される。希土類酸化物は、R2O3で表される希土類元素が3価の酸化物が好ましい。
【0014】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、粒子状であり、レーザー回折・散乱法による粒度分布における体積基準の平均粒径D50(メジアン径、累積50%粒径)が、18μm以下であり、16μm以下であることが好ましい。また、平均粒径D50は、10μm以上であることが好ましく、12μm以上であることがより好ましい。なお、レーザー回折・散乱法による粒度分布の測定に際して、測定試料に超音波照射(例えば、出力40Wで3分間、出力300Wで15分など)などの分散処理を行う場合があるが、本発明の希土類酸化物溶射材料は、このような超音波照射を行っても、粒径がほとんど変化しないので、粒度分布の測定に際して、測定試料に対する超音波照射などの分散処理は、行っても、行わなくてもよい。
【0015】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、粒度分布がシャープであることが好ましい。具体的には、(D90-D10)/(D90+D10)で表される分散指数が、0.5以下であることが好ましい。分散指数の下限は、特に限定されるものではないが、通常0.2以上である。また、最大粒子D100は、65μm以下であることが好ましい。最大粒子D100の下限は、特に限定されるものではないが、通常40μm以上である。ここで、D10、D90及びD100は、各々、レーザー回折・散乱法による粒度分布における体積基準の累積10%粒径、累積90%粒径及び累積100%粒径である。
【0016】
希土類酸化物溶射材料は、通常、圧縮度が15以下であれば流動性が良く、逆に、20以上であると流動性が悪い。希土類酸化物溶射材料の流動性は、粒子の粒度分布や形状により、タップ密度と疎充填時の嵩密度の差又は比で決まる。本発明の希土類酸化物溶射材料は、圧縮度が13以下であることが好ましく、12以下であることがより好ましい。圧縮度は、具体的には、下記式
圧縮度(%)=(タップ密度-疎充填時の嵩密度)/タップ密度×100
で求めることができる。また、粒子表面の形状や摩擦により決定される流動性の指標としては、安息角があるが、本発明の希土類酸化物溶射材料の安息角は、33°以下であることが好ましく、30°以下であることがより好ましい。
【0017】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、BET比表面積が、0.1m2/g以上あることが好ましく、0.3m2/g以上であることがより好ましい。また、BET比表面積は、5m2/g以下であることが好ましく、3.5m2/g以下であることがより好ましい。
【0018】
本発明の希土類酸化物溶射材料の粒子形状は、良好な流動性を得るためには、より球状に近い形状であることが好ましい。そのため、粒子の外形の長径と短径との比で表されるアスペクト比が、2以下であることが好ましく、1.2以下であることがより好ましい。アスペクト比がこのような範囲であれば、より良好な流動性が得られやすい。
【0019】
本発明の希土類酸化物溶射材料の細孔容積を水銀圧入法で測定すると、通常は、粒子間の隙間に由来する細孔と、粒子表面の凹部に由来する細孔との2つのピークを有する細孔径分布が得られる。粒子間の隙間に由来する細孔の径のピークとしては、平均粒径D50の1/3~1/2の範囲内、具体的には、細孔径が1μmから10μmの範囲内に、第1のピークを有することが好ましい。第1及び第2のピークは、通常、幅を有するピークであり、各々、上記所定の範囲内にピークトップを有するピークであればよい。粒子間の隙間に由来する細孔の径のピークがシャープであると、粒度分布もシャープとなり、粒子間の隙間に由来する細孔の径のピークがブロードであると、粒度分布もブロードとなる。一方、粒子表面の凹部に由来する細孔の径のピークとしては、1μmより小さい範囲に、第2のピークを有することが好ましい。第2のピークが小さいことは、表面の凹部に由来する細孔が少ないことを意味し、第2のピークは小さいほうが好ましい。
【0020】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、主に、細孔径分布における粒子間の隙間に由来する細孔が含まれる細孔径1μmから10μmの範囲内の積算細孔容積(P1)に対する、主に、粒子表面の凹部に由来する細孔が含まれる細孔径0.1μmから1μmの範囲内の積算細孔容積(P2)の比(P2/P1)が低いことが好ましい。積算細孔容積は、所定の細孔径範囲全体の細孔容積の合計値である。具体的には、P2/P1は、0.3以下であることが好ましく、0.25以下であることがより好ましい。平均粒径が小さく、BET比表面積が大きい粒子は、流動性が低くなる傾向になるが、P2/P1がより低いほど、粒度分布の幅が狭く、粒子表面の凹凸が少ないので、平均粒径が小さく、BET比表面積が大きい粒子であっても、良好な流動性が得られる。一方、P2/P1の下限は、特に限定されるものではないが、通常0.05以上、特に0.1以上である。
【0021】
希土類酸化物溶射材料は、結晶粒子径が十分に大きい希土類酸化物溶射材料を用いて希土類酸化物溶射膜を形成すれば、気孔率が低い膜を得ることができる。本発明の希土類酸化物溶射材料は、X線回折により測定される希土類酸化物のピークから算出される結晶子サイズが1μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましい。結晶粒子径と正の相関関係にある結晶子サイズが上記範囲であれば、結晶粒子径が十分に大きいと言える。
【0022】
X線回折測定による結晶子サイズの評価には、Whole-Powder-Pattern Decomposition Method(WPPD法)を適用することができる。この方法では、X線回折パターンの2θ=10~70°の全体を対象とし、被検試料を構成する全成分の純分(標準試料)に対してマッチングを行い、その結果に基づいて、結晶子サイズを算出する。X線回折による結晶子サイズの評価は、固体中の結晶の大きさを、X線回折により得られるピークから評価するものであり、Scherrerの式に基づけば、結晶子サイズが大きくなると、X線回折のピークの半値幅が狭くなる。そのため、この方法では、一般に、結晶子サイズが0.1μm以上では、十分な精度が得られないとされているが、本発明の希土類酸化物溶射材料においては、X線回折により測定される希土類酸化物のピークから算出される結晶子サイズが、所定の範囲内にあると評価されればよく、結晶子サイズが所定の範囲内にあると評価された希土類酸化物溶射材料を用いて希土類酸化物溶射膜を形成することにより、気孔率がより低い膜を形成することができる。
【0023】
本発明の希土類酸化物溶射材料を構成する希土類元素は、イットリウム(Y)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)から選ばれる1種以上であることが好ましい。なお、重希土類元素の方が、イオン半径が小さくなり、熱安定性が高くなる一方、価格も高くなる。経済性を考慮すれば、イットリウム(Y)、ホルミウム(Ho)及びエルビウム(Er)から選ばれる1種以上を用いることで、精製コストを抑えることができ、有利である。
【0024】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、例えば、
希土類酸化物の粒子と分散媒とを含むスラリーを調製する工程、
スラリーから、希土類酸化物の粒子を集合させた造粒粒子を得る工程、
造粒粒子を1400℃以上、1600℃以下の温度で焼成する工程、及び
焼成後の造粒粒子を2,400℃以上、3,900℃以下の温度の雰囲気に0.1秒以上保持し、焼成後の造粒粒子個々の少なくとも表面部を溶融させた後、上記雰囲気から取り出して冷却する工程(表面平坦化処理工程)
を含む方法により製造することができる。
【0025】
スラリーの調製には、平均粒径D50が1.5μm以下の希土類酸化物の粒子を用いることができる。分散媒は水が好適である。スラリーには、必要に応じて、カルボキシメチルセルロースなどの有機化合物をバインダーとして添加してもよい。造粒粒子は、スラリーを、スプレードライヤーなどの造粒装置で造粒することにより得ることができる。得られた造粒粒子は。例えば大気中で、1400℃以上、1600℃以下の温度で焼成する。焼成後の造粒粒子は、必要に応じて平均粒径D50が18μm以下となるように分級することが好ましい。
【0026】
焼成して得られたそのままの造粒粒子は、表面に凹凸があり、流動性が悪い。流動性を改善するためには、表面凹凸を減らして、嵩密度を上げる必要がある。希土類酸化物の融点は、希土類元素により異なるが、例えば、酸化イットリウムで2,410℃、酸化エルビウムで2,355℃である。焼成後の造粒粒子を、希土類酸化物の融点付近の2,400℃以上、3,900℃以下の温度の雰囲気に0.1秒以上保持する処理(表面平坦化処理)を実施することで、焼成後の造粒粒子個々の少なくとも表面部を溶融させ、表面の凹凸と結晶性を向上させて、流動性を改善することができる。この場合、粒子の表面部のみを溶融させればよいが、粒子全体を溶融させてもよい。上記雰囲気での保持時間の上限は、通常、数秒以下(例えば、3秒以下)である。この表面平坦化処理は、特に限定されるものではないが、例えば、火炎内処理設備の酸素バーナーであれば、最高温度で約3,000℃、放電型プラズマ装置であれば、最高温度で約3,700℃、高周波誘導熱プラズマ装置であれば、最高温度で約3,800℃の温度で処理することができる。表面平坦化処理後の粒子は、希土類酸化物溶射材料の所定の粒径となるように、必要に応じて分級することができる。
【0027】
本発明の希土類酸化物溶射材料は、従来の希土類酸化物溶射材料と比べて、粒径が小さいにもかかわらず、流動性が高く、通常の大気プラズマ溶射装置でも溶射可能である。本発明の希土類酸化物溶射材料を用いて溶射することにより、気孔率が低い希土類酸化物溶射膜、具体的には、気孔率が1%以下、特に0.9%以下の希土類酸化物溶射膜を得ることができる。
【0028】
本発明の希土類酸化物溶射材料を用い、溶射、特にプラズマ溶射により、希土類酸化物溶射膜を形成することができる。プラズマ溶射は、サスペンションスラリープラズマ溶射(SPS)でもよいが、大気プラズマ溶射(APS)が好ましい。
【0029】
希土類酸化物溶射膜は、通常、基材上に形成して溶射部材とする。本発明の希土類酸化物溶射材料を用いて形成した希土類酸化物溶射膜を備える溶射部材は、半導体製造装置用の部材として好適である。
【0030】
基材の材質としては、ステンレススチール、アルミニウム、ニッケル、クロム、亜鉛及びそれらの合金、アルミナ、窒化アルミニウム、窒化珪素、炭化珪素、石英ガラスなどが挙げられる。希土類酸化物溶射膜(溶射層)は、50μm以上、特に150μm以上、とりわけ200μm以上で、500μm以下の厚さに形成することができる。
【0031】
溶射は、大気雰囲気などの常圧(大気圧)、又は減圧で行うことができる。プラズマガスとしては、窒素ガス(N2)と水素ガス(H2)との混合ガス、アルゴンガス(Ar)と水素ガスとの混合ガス、アルゴンガスとヘリウムガス(He)との混合ガス、アルゴンガスと窒素ガスと水素ガスとの混合ガス、アルゴンガス単体、窒素ガス単体などが挙げられ、特に限定されるものではないが、アルゴンガスと水素ガスとの混合ガスが好ましい。溶射条件は、基材、溶射材料及び溶射膜の材質、得られる溶射部材の用途などに応じて、適宜設定すればよい。
【0032】
溶射の具体例として、例えば、アルゴン/水素プラズマ溶射の場合、アルゴンガス40L/min、水素ガス7L/minの混合ガスを用いた大気プラズマ溶射が挙げられる。溶射距離、電流値、電圧値などの溶射条件は、溶射部材の用途などに応じて設定される。粉末供給装置に溶射材料を所定量充填し、パウダーホースを用いてキャリアガス(アルゴン)により、プラズマ溶射ガン先端部までパウダーを供給する。プラズマ炎の中にパウダーを連続供給することで、溶射材料が溶けて液化し、プラズマジェットの力で液状フレーム化する。基板上に液状フレームが当たることで、溶けたパウダーが付着、固化して堆積する。この原理で、ロボットや人間の手を使い、フレームを左右、上下に動かしながら、基板上の所定のコート範囲内に溶射膜(溶射層)を形成することにより、溶射部材(成膜部品)を製造することができる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0034】
[実施例1~5]
〔溶射材料の製造〕
原料の希土類酸化物粒子として、実施例1~4では、酸化イットリウム(信越化学工業(株)製、Y2O3-UUHP、D50=0.1μm)を単独で用いた。実施例5では、酸化イットリウム(信越化学工業(株)製、Y2O3-UUHP、D50=0.1μm)と、酸化エルビウム(信越化学工業(株)製、Er2O3-UUHP、D50=0.1μm)と、酸化ホルミウム(信越化学工業(株)製、Ho2O3-UUHP、D50=0.1μm)とを、表1に示される比率となるように混合して用いた。
【0035】
水に、希土類酸化物とカルボキシルメチルセルロースとを投入し、15mmφのナイロンボールが入ったナイロンポットに入れて、約6時間混合して、スラリーを得た。カルボキシルメチルセルロースは、希土類酸化物に対して0.3質量%になるように添加した。希土類酸化物と水との合計に対する希土類酸化物の濃度が、実施例1、2は20質量%、実施例3、4は10質量%、実施例5は30質量%のスラリーとした。
【0036】
次に、得られたスラリーからスプレードライヤー(大河原化工機(株)製、DBP-22、以下同じ)を用いて、回転数23,000rpmで造粒して、大気焼成し、篩で粗大粒子を、空気分級で微細粒子を除去して、造粒粒子を得た。
【0037】
次に、得られた造粒粒子を実施例1、3では、放電型プラズマ装置(AMT AG社製)を用いて、約3,700℃で0.1秒間、実施例2、5では、高周波プラズマ装置(日本電子(株)製)を用いて、約3,600℃で0.1秒間、実施例4では、火炎内処理設備INFLAZ(中外炉工業(株)製)の酸素バーナーを用いて、約2,900℃で0.2秒間、表面平坦化処理して、溶射材料を得た。
【0038】
〔溶射材料の物性の評価〕
得られた溶射材料の物性を評価した。粒度分布(D10、平均粒径D50、D90、D100)は、粒子径分布測定装置(マイクロトラック・ベル(株)製、MT3300EXII)で、レーザー回折法により測定した。BET比表面積は、全自動比表面積測定装置((株)マウンテック製、Macsorb HM model-1280)で測定した。タップ密度と嵩密度は、パウダーテスタ(ホソカワミクロン(株)製、PT-X)で、JIS法により測定し、下記式、
圧縮度(%)=(タップ密度-嵩密度)/タップ密度×100
で、圧縮度を算出した。安息角は、パウダーテスタ(ホソカワミクロン(株)製、PT-X)で、注入法により測定した。細孔分布は、自動水銀ポロシメータ細孔分布測定装置(Micromeritics社製、AutoPore III)で、水銀圧入法により測定した。結晶子サイズは、結晶相を、X線回折装置(PANalytical社製、X-Part Pro MPD、CuK
α線)で分析し、WPPD法(Whole-Powder-Pattern Decomposition method)を用いて、2θ=10~70°の範囲で算出した。結果を表1に示す。また、実施例1の溶射材料の表面平坦化処理前後の粒子について、走査型電子顕微鏡(SEM)像を、各々、
図1、2に、粒度分布のチャートを、各々、
図3、4に示す。また、実施例2の溶射材料の細孔径分布のチャートを
図5に示す。
【0039】
〔溶射膜の形成(溶射部材の製造)〕
プラズマ溶射機(エリコンメテコ社製、F-4)にて、プラズマガスとして、アルゴンガスと水素ガスとの混合ガス、又はアルゴンガスと水素ガスと窒素ガスとの混合ガスを用い、大気プラズマ溶射で、得られた溶射材料を溶射し、アルミニウム基材の表面に、厚さ200μm程度の溶射膜を形成して、溶射部材を得た。プラズマガス流量、印加電力及び溶射距離を表2に示す。
【0040】
〔溶射膜の物性の評価〕
得られた溶射膜の物性を評価した。膜厚は、過電流式膜厚計((株)ケツト科学研究所製、LH-300)で測定した。表面粗さは、表面粗さ測定器HANDYSURF((株)東京精密製、E-35A)で測定した。溶射膜表面の硬度(ビッカース硬度HV)は、マイクロビッカース硬度計((株)島津製作所製、HMV―G31―XY―S)で、測定条件HV0.1(980.7mN)、10秒保持で、10回測定し、その平均値として評価した。気孔率は後述する方法で測定した。結果を表2に示す。
【0041】
[比較例1、2]
〔溶射材料の製造、及び溶射材料の物性の評価〕
原料の希土類酸化物粒子として、比較例1では、酸化イットリウム(信越化学工業(株)製、Y2O3-UUHP、D50=0.1μm)を単独で、比較例2では、酸化イットリウム(信越化学工業(株)製、Y2O3-UU、D50=0.1μm)を単独で用いた。
【0042】
水に、希土類酸化物とカルボキシルメチルセルロースとを投入し、15mmφのナイロンボールが入ったナイロンポットに入れて、約6時間混合して、スラリーを得た。カルボキシルメチルセルロースは、希土類酸化物に対して0.3質量%になるように添加した。希土類酸化物と水との合計に対する希土類酸化物の濃度が、比較例1は33質量%、比較例2は40質量%のスラリーとした。
【0043】
次に、得られたスラリーからスプレードライヤーを用いて、回転数18,000rpmで造粒して、大気焼成し、篩で粗大粒子を、空気分級で微細粒子を除去して造粒粒子を得た。比較例1、2では表面平坦化処理を行わなかった。得られた溶射材料の物性を、実施例と同様の方法で評価した。結果を表1に示す。
【0044】
〔溶射膜の形成(溶射部材の製造)、及び溶射膜の物性の評価〕
プラズマ溶射機(エリコンメテコ社製、F-4)にて、プラズマガスとして、アルゴンガスと水素ガスとの混合ガスを用い、大気プラズマ溶射で、得られた溶射材料を溶射し、アルミニウム基材の表面に、厚さ200μm程度の溶射膜を形成して、溶射部材を得た。プラズマガス流量、印加電力及び溶射距離を表2に示す。得られた溶射膜の物性を、実施例と同様の方法で評価した。結果を表2に示す。
【0045】
[気孔率の測定]
溶射部材の試験片を樹脂に埋め込んで断面を切り出し、断面を鏡面仕上げ(Ra=0.1μm)した後、走査型電子顕微鏡(SEM)により断面像(倍率:200倍)を撮影した。10視野(1視野の撮影面積:0.017mm2)の撮影を行った後、画像処理ソフト「Photoshop」(アドビシステムズ株式会社製)で画像処理した後、画像解析ソフト「Scion Image」(Scion Corporation)を使って、気孔率の定量化を行い、10視野平均の気孔率を、画像総面積に対する百分率として評価した。
【0046】
実施例1と比較例1の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を、各々、
図6、7に、実施例2と比較例2の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を、各々、
図8、9に示す。実施例で得られた溶射膜が、比較例で得られた溶射膜と比べて、気孔率の低い緻密な溶射膜であることがわかる。
【0047】
電子顕微鏡により撮影した断面像は反射電子像であり、8ビットグレースケールで表される。断面像はピクセルごとに0(光が全くない状態:黒)から255(すべての光が最大限出ている状態)の256段階で光の強度(グレー値)が表現される。溶射膜の断面像では、溶射膜全体に対してボイド部分がより黒に近い状態であり、グレー値が相対的に低くなっている。実施例1の溶射膜の断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像のグレー値の分布を
図10に示す。
【0048】
溶射膜の断面像に対して、しきい値を決定して二値化処理を行った。ボイド部分のグレー値は0に変換され、それ以外の溶射膜全体のグレー値は255に変換される。断面像の総ピクセル数に対する、ボイド部分の総ピクセル数の割合を気孔率として定義した。
【0049】
二値化処理でしきい値を固定した場合、像ごとに明るさやコントラストが異なるため、ボイドを適切に分離することが困難である。そのため、明るさとコントラストに応じてしきい値を決定する必要がある。一般的な画像二値化手法では、グレー値の分布に現れる谷に注目してしきい値を定め二値化を行うが、この場合は、グレー値の分布が双峰性をなすことを前提としている。しかし、溶射膜のグレー値は、
図10に示されるように、単峰性の分布であるため一般的な画像二値化手法を適用できない。
【0050】
本発明では、明るさとコントラストを定量化するために、グレー値の分布に対して下記式で表される正規分布で近似した。xはグレー値、yはピクセル数、aは正規分布の最大値、bは最大値をとるグレー値、cは正規分布の幅を表す。フィッティングは非線形最小二乗法で行い、グレー値xを0から255まで変化させて、このときのピクセル数yの残差平方和が最小となるフィッティングパラメーターa、b、cを反復法により数値解析した。初期値として、aを10,000、bを100、cを10とした。また、初期条件として、aは0以上、bは0以上255以下、cは0以上とした。
【0051】
【0052】
しきい値tは、下記式により、正規分布のフィッティングパラメーターb及びcを用いて定義した。この式は、床関数であり、整数部分をしきい値とする。bは明るさ、cはコントラストに相当するため、明るさとコントラストに応じてしきい値を決定していることになる。希土類酸化物の溶射膜を評価する場合は、mを4.93、nを-114.29とした。
【0053】
【0054】
【0055】