(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-02
(45)【発行日】2023-10-11
(54)【発明の名称】D2Oおよび/またはHDOを濃縮した水の製造方法および製造装置
(51)【国際特許分類】
B01D 59/40 20060101AFI20231003BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20231003BHJP
C25B 11/054 20210101ALI20231003BHJP
C25B 11/081 20210101ALI20231003BHJP
C25B 9/23 20210101ALI20231003BHJP
B01D 59/30 20060101ALI20231003BHJP
B01D 59/34 20060101ALI20231003BHJP
B01D 59/50 20060101ALI20231003BHJP
C25B 9/50 20210101ALI20231003BHJP
【FI】
B01D59/40
C25B1/04
C25B11/054
C25B11/081
C25B9/23
B01D59/30
B01D59/34 Z
B01D59/50
C25B9/50
(21)【出願番号】P 2019036217
(22)【出願日】2019-02-28
【審査請求日】2022-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】村越 敬
(72)【発明者】
【氏名】南本 大穂
(72)【発明者】
【氏名】福島 知宏
【審査官】宮部 裕一
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-026703(JP,A)
【文献】特開2015-055000(JP,A)
【文献】国際公開第2011/089904(WO,A1)
【文献】南本 大穂,同位体存在下における電気化学水素発生反応の分子挙動の解明,電気化学会大会講演要旨集,日本,2018年,第85巻
【文献】逢坂 凌,電気化学会大会講演要旨集,重水混合溶液の電気化学水素発生反応プロセスの解明,2018年,第85巻
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 59/38-59/40
B01D 59/50
C25B 1/04
C25B 9/00- 9/50
C25B 11/00-11/097
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素同位体混合水からカソード電極反応によってD
2Oおよび/またはHDOが選択的に濃縮された水を製造する方法であって、
カソード電極には銀、金、銅またはそれらの合金である金属を
ナノ構造として担持した導電性材料を用い、
前記担持金属
のナノ構造は局在表面プラズモン共鳴特性を
発現する構造であり、ナノ構造が発現する局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から3.1eVの範囲であり、金属が金または銅の場合は1.5から2.0eVの範囲であり、
カソードにおいて、水素同位体混合水から
HDおよびD
2
に対するH
2
の生成比率が高まるようにH
2含有ガスを生成させ、水素同位体混合水中のD
2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水を得ることを含む、前記方法。
【請求項2】
導電性担体が導電板であり、導電板の表面に前記金属の突起パターンの
ナノ構造を有し、水素同位体混合水を電気分解する方法である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
カソードにおける電解分離率S
Dが15以上である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
導電性担体がp型半導体担体であり、p型半導体担体表面に前記金属の突起パターンの
ナノ構造を有するカソード
電極に光照射することで、水素同位体混合水を分解してH
2含有ガスを生成させる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
照射光が可視光である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
カソードとアノードの間にプロトン伝導性隔膜を設け、
プロトン伝導性隔膜は、陽イオン交換膜並びに陽イオン交換膜の表面および内部の少なくとも一部に銀またはその合金である金属の粒子が担持されており、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは1.5から3.3eVの範囲であり、
前記隔膜に対して可視光線を含む光を照射して、光非照射時に比べて、H
+に対するD
+の透過性を向上させた状態で水素同位体混合水を分解することを含む、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
水素同位体混合水からカソード電極反応によってD
2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を製造する装置であり、
前記カソード電極は、導電性担体に銀、金、銅またはそれらの合金である金属をナノ構造として担持した導電性材料であって、前記担持金属のナノ構造は局在表面プラズモン共鳴特性を発現する構造であり、ナノ構造が発現する局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から
3.1eVの範囲であり、金または銅の場合には1.5から2.0eVの範囲であり、
カソードにおいて、水素同位体混合水からHDおよびD
2に対するH
2の生成比率が高まるようにH
2含有ガスを生成させ、水素同位体混合水中のD
2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水を得ることを含む、前記装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を製造する方法および製造する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
重水は原子炉の減速材および冷却剤として使われる。重水を利用する原子炉(重水炉)は、ウラン濃縮を行うことなく天然ウランをそのまま核燃料に使用することができるCANDU炉や、燃料ソースの多様化を求めた新型転換炉などで使用されている。また、減速材としての働きは、医療にも応用されている。すなわち放射線治療において、エネルギーが高い高速粒子のままでは生体に対する悪影響が強すぎるので、減速中性子を利用する治療方法が提唱されており、中性子ビーム出力が弱くなり難い重水が減速材に使用される。
【0003】
重水ないし重水素の分離濃縮は、一般に気液平衡を利用した蒸留法や電解法が知られている。電解法における電気化学的な水素発生反応においては、重水素・軽水素の発生比は元素の本質的な反応速度比で決定される。そのため、ある材料における同位体選択性を自在に制御することは従来技術では困難であった。このため、現在の工業分野において重水と重水素を生成するためには、電気化学的に大電流を水槽に印加し、電解効率が比較的高い軽水を長時間かけて選択的に分解することで重水を濃縮している。また、この水電解過程においては、同位体選択性の低さによって軽水素・重水素ガスの混合物が発生する。濃縮過程においてはこの混合ガスを回収し、再還元して水電解槽に戻すという余剰プロセスも必要となっている。例えば、特許文献1には、電解により生じた水素をエネルギー源とする燃料電池と重水を含有する水の電解による重水素の濃縮を組み合わせた装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
天然水における重水の濃度は約150ppmであり、重水素の天然存在比は非常に低い。そのために、既存技術では大電力を消費する非常に大規模で高エネルギー消費かつ高コストな設備が必要である。重水と重水素の工業的、基礎科学的需要の高まりから、コンパクトなオンサイト設備によって低環境負荷、低コストで同位体選択的な水電解を実現するために、既存技術を抜本的に変革することが求められている。
【0006】
本発明は、水素同位体混合水から、D2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を安価に製造できる方法および装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、電解によるD2Oおよび/またはHDOの濃縮において、電極の構造制御、電気化学計測、界面分光計測によって、電極表面では軽水分子H2がプラズモンモードとの相互作用によって基底状態も含めて電子状態が変調し、重水素イオンD+に比べて軽水素イオンH+の還元反応が優勢に生じることを見出して本発明を完成させた。
【0008】
本発明は以下の通りである。
[1]
水素同位体混合水からカソード電極反応によってD2Oおよび/またはHDOが選択的に濃縮された水を製造する方法であって、
カソード電極には銀、金、銅またはそれらの合金である金属を担持した導電性材料を用い、
前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から3.1eVの範囲であり、金属が金または銅の場合は1.5から2.0eVの範囲であり、
カソードにおいて、水素同位体混合水からH2含有ガスを生成させ、水素同位体混合水中のD2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水を得ることを含む、前記方法。
[2]
導電性担体が導電板であり、導電板の表面に前記金属の突起パターンを有し、水素同位体混合水を電気分解する方法である[1]に記載の方法。
[3]
カソードにおける電解分離率SDが15以上である[2]に記載の方法。
[4]
導電性担体がp型半導体担体であり、p型半導体担体表面に前記金属の突起パターンを有するカソードに光照射することで、水素同位体混合水を分解してH2含有ガスを生成させる、[1]に記載の方法。
[5]
照射光が可視光である、[4]に記載の方法。
[6]
カソードとアノードの間にプロトン伝導性隔膜を設け、
プロトン伝導性隔膜は、陽イオン交換膜並びに陽イオン交換膜の表面および内部の少なくとも一部に銀またはその合金である金属の粒子が担持されており、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは1.5から3.3eVの範囲であり、
前記隔膜に対して可視光線を含む光を照射して、光非照射時に比べて、H+に対するD+の透過性を向上させた状態で水素同位体混合水を分解することを含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
カソード、プロトン伝導性隔膜、アノードおよび光照射手段を有する、水素同位体混合水からD2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を製造する装置であり、
前記カソードは、導電性担体に銀、金、銅またはそれらの合金である金属を担持した導電性材料であって、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から3.2eVの範囲であり、金または銅の場合には1.5から2.0eVの範囲であり、
前記プロトン伝導性隔膜は、陽イオン交換膜並びに陽イオン交換膜の表面および内部の少なくとも一部に銀またはその合金である金属の粒子が担持された膜であり、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは1.5から3.2eVの範囲である、前記装置。
[8]
導電性担体が導電板であり、導電板の表面に前記金属の突起パターンを有し、光照射手段はプロトン伝導性隔膜に対するものである[7]に記載の装置。
[9]
導電性担体がp型半導体担体であり、p型半導体担体表面に前記金属の突起パターンを有し、光照射手段はカソードおよびプロトン伝導性隔膜に対するものである[7]に記載の装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、水素同位体混合水から、D2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を安価に製造できる方法および装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1で調製した電極#1~3の原子間力顕微鏡像を示す。
【
図2】各平滑電極とAgナノ構造電極#1~7を用いて取得した電解分離率と、マススペクトルにおけるHD、H
2、D
2のイオンカレント比を示す。
【
図3】提案するプラズモンエネルギーと電解分離率の相関に関する概念図を示す。
【
図4】p型半導体(GaP)とプラズモン構造担持p型半導体電極を用いて重水D
2O混合溶液中で取得した光電流値を示す。
【
図5】光水素発生において使用するプラズモンエネルギーと電解分離率の関係を示す。
【
図6】Nafion(登録商標)(以下同様)薄膜にAgナノ粒子を担持した場合の消光スペクトルを示す。
【
図7】Ag-Nafion薄膜の光照射下におけるイオン伝導度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<濃縮重水の製造方法>
本発明は、水素同位体混合水からD2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を製造する方法に関する。
本発明のD2Oおよび/またはHDOを濃縮した水の製造方法は、カソード電極として導電性担体に銀、金、銅またはそれらの合金である金属を担持した導電性材料を用いる。前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から3.1eVの範囲であり、金属が金または銅の場合は1.5から2.0eVの範囲である。金属のプラズモンのエネルギーは自由電子密度と金属の電子状態(金属に固有の値)とその形状で決まり、金属が銀、金または銅の合金である場合の局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、銀、金または銅以外の金属の含有量と形状により変化する。同一の形状である場合、銀、金または銅以外の金属の含有量が少ない場合には、上記それぞれの範囲の近傍の値に調整することができる。カソード電極において、水素同位体混合水からH2含有ガスを生成させ、水素同位体混合水中のD2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水を得ることができる。
【0012】
<カソード>
本発明の方法において用いるカソードは、導電性担体に銀、金、銅またはそれらの合金である金属を担持した導電性材料であって、担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を有する。本発明においてカソードとは、カソードの外部に電子を提供する媒体を意味する。一方、アノードとは、アノードの外部から電子を提供される媒体を意味する。導電性材料は、導電性を有する材料であれば、特に制限はなく、例えば、炭素材料、や導電性ガラス基板、合金板やステンレス板などの使用が可能である。担持金属が局在表面プラズモン共鳴を示すのは、担持金属が特定の金属ナノ構造を有する場合である。金属ナノ構造とは、突起パターン構造であり、突起の高さは、1~100nm、好ましくは10~50nmの範囲である。パターン構造には制限はなく、ロッドや三角形、ディスク等の様々な構造を挙げることができる。電極の例ではないが、これらの突起パターン構造を平板上に設けた構造体は、例えば、「Y. Sawai, B. Takimoto, H. Nabika, K. Ajito, and K. Murakoshi, J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 1658-62.」や、「F. Kato, H. Minamimoto, F. Nagasawa, Y. S. Yamamoto, T. Itoh, and K. Murakoshi, ACS Photonics, 2018, acsphotonics.7b00841.」等に記載されている。
【0013】
金属ナノ構造が示すプラズモン共鳴特性(プラズモンエネルギー)は、透明導電基板などの透明板上に作製されたものは消光測定により求めることができる。それに対して、炭素電極等、不透明であり通常の消光測定が難しい場合には、金属構造を原子間力顕微鏡や走査型電子顕微鏡像等の測定により得られた実スケールの三次元モデルを用いた有限差分時間領域法により求められる消光、もしくは吸収スペクトルにより見積もる。
【0014】
金属ナノ構造では、自由電子の集団励起モードである局在表面プラズモン共鳴特性が発現する。このモードは、金属の種類、サイズ、形状異方性を制御することによって分子の電子系と強く作用させることが可能となる。本発明においては、特定の金属ナノ構造を用いるとプラズモンモードと水分子の電子系が強く相互作用し、系全体の電子系が変調することによって、水素発生の同位体選択性が向上することを利用する。構造の制御された金属ナノ構造を担持した電極で水素発生反応が進行させることのよって重水素D2発生が抑制され、軽水素H2発生が相対的に高まる。このような軽水素H2発生が相対的に高まるのは、電極表面の金属の突起ナノ構造の局在表面プラズモン共鳴エネルギーが、金属が銀の場合、1.5から3.1eVの範囲であり、金属が金または銅の場合は1.5から2.0eVの範囲である。金属が銀の場合、電極表面の金属ナノ構造の局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、高い同位体選択性が得られるという観点からは、2.8から3.1eVの範囲のであることが好ましい。
【0015】
上記カソードにおいて、水素同位体混合水からH2含有ガスを生成させ、水素同位体混合水中のD2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水を得る。本発明の方法は、水素同位体混合水を外部電源により電気分解する方法と、カソードにp型半導体を用いて光励起還元する方法を包含する。水素同位体混合水は、軽水H2Oに加えて、D2Oおよび/またはHDOを含有する水を意味し、D2Oおよび/またはHDOの含有量には制限はない。水素同位体混合水の種類は限定されるものではなく、天然水であっても、あるいは人工的にD2Oおよび/またはHDO濃度を高めた天然水よりD2Oおよび/またはHDO濃度が高い水であることもできる。
【0016】
電気分解する方法においては、カソードを構成する導電性担体が導電板であり、導電板の表面に前記金属の突起パターンを有する。水素同位体混合水を電気分解し、カソードが水素発生極となり、水素同位体混合水からH2含有ガスを生成させる。H2含有ガスには、H2、HDおよびD2が含まれるが、導電板の表面に、金属構造の局在表面プラズモン共鳴によって局在表面プラズモン共鳴エネルギーを生じる金属の突起パターンを有するカソード電極においては、金属の突起パターンを有さない導電板と比較して、HDおよびD2に比べてH2の生成比率が高くなる。その結果、得られる水素同位体混合水は、D2Oおよび/またはHDO濃度を原料水より高めた水となる。原料である水素同位体混合水のD2Oおよび/またはHDO濃度が低い場合には、D2O濃度は極めて低く、HDOとして存在する重水素Dの濃度が高いものと考えられる。HDおよびD2に対するH2の生成比率は、電気分解に供する水素同位体混合水中のD2Oおよび/またはHDO濃度により変化し得る。即ち、D2Oおよび/またはHDO濃度が低い水素同位体混合水(例えば、天然水)を用いた場合には、HDおよびD2に対するH2の生成比率は極めて高い。一方、D2Oおよび/またはHDO濃度が高い水素同位体混合水を用いた場合にも、HDおよびD2に対するH2の生成比率も高くなる。例えば、軽水H2O10%で重水D2O90%のD2Oおよび/またはHDO濃度が極めて高い水素同位体混合水を用いた場合、電解分離率SDとして表すと、カソードにおけるH2、HDおよびD2の生成比率は、15以上、好ましくは20以上となる。尚、電解分離率SDは、四重極型質量分析で求めた、ガス中のH2、HDおよびD2の濃度と、液体中のH2OおよびD2Oの量を用いて、以下の式で求められる。H2OおよびD2Oが共存する水中では、以下の平衡が成り立ち、HODも存在する。下記電解分離率SDの式においては、液体中HODは、H2OまたはD2Oに振り分けて計算した。
【0017】
【0018】
【0019】
図3には、実施例において得られた電解分離率とプラズモンエネルギーの相関から予測される本発明における同位体選択性に関する概念を示す。金属の突起パターン構造をロッドや三角形、ディスク等の様々な構造とすることで、プラズモンエネルギーをチューニングすることができ、それにより電解分離率を適宜変調することができる。構造に依存したプラズモン特性に関しては、例えば「K. L. Kelly, E. Coronado, L. L. Zhao, and G. C. Schatz, J. Phys. Chem. B, 2003, 107, 668-677.」や、「S. A. Maier and H. A. Atwater, J. Appl. Phys., 2005, 98, 011101.」等の参考文献から知ることができる。
【0020】
光励起還元する方法においては、カソードを構成する導電性担体がp型半導体担体であり、p型半導体担体表面に前記金属の突起パターン構造を有する。p型半導体としては、例えば、GaP、GaN、Si、GaAsなどを挙げることができる。
【0021】
導電性担体がp型半導体担体であるカソードに光照射することで、p型半導体を光励起して、水素同位体混合水中のH+および/またはD+を還元してH2含有ガスを生成させる。用いる水素同位体混合水は電解法の場合と同様である。H2含有ガスには、H2、HDおよびD2が含まれるが、導電板の表面に、所定範囲の局在表面プラズモン共鳴エネルギーによって局在表面プラズモン共鳴を生じる、金属の突起パターンを有するカソードにおいては、金属の突起パターン構造を有さないp型半導体担体に比べて、HDおよびD2に比べてH2の生成比率が高くなる。HDおよびD2に対するH2の生成比率は、光励起還元反応に供する水素同位体混合水中のD2Oおよび/またはHDO濃度により変化し得ることは電解法の場合と同様である。光励起還元により生成したH2含有ガスを分離し、得られる水素同位体混合水は、D2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水となる。カソードにおけるH2、HDおよびD2の生成比率は、電解分離率SDとして表すことができ、本発明においては、電解分離率SDは15以上、好ましくは20以上である。
【0022】
光励起還元に用いる照射光は、用いるp型半導体および金属の突起パターンが示す局在表面プラズモン共鳴エネルギーを考慮して、p型半導体が光応答特性を示さず、かつ局在表面プラズモン共鳴のみが誘起される波長領域を適時決定する必要がある。例えば多くのp型半導体が光応答を示さない波長領域である1.9eVにプラズモンエネルギーを調製した場合には、可視光により突起パターン構造のみで選択的なD
2O/もしくはHDOの濃縮が可能となる。この点は、
図5を参照して説明することができる。
【0023】
尚、電解法および光励起還元法においては、光応答カソードとアノードの二極式セルを用いる。電解法においては、アノードにおいては、OH-イオンの酸化による酸素発生反応を行うことができる。光励起還元法においては、アノードとして酸化チタンのようなn型半導体を用い、光を照射して、OH-イオンの酸化による酸素発生反応を行うことができる。何れの場合にも、アノードの材料およびアノードでの反応には制限はない。
【0024】
<プロトン伝導性隔膜の利用>
本発明の方法では、カソードとアノードの間にプロトン伝導性隔膜を設けた装置でD2Oおよび/またはHDOの濃度を高めた水を製造することができる。プロトン伝導性隔膜は、例えば、陽イオン交換膜並びに陽イオン交換膜の表面および内部の少なくとも一部に銀またはその合金である金属の粒子が担持されており、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは1.5から3.31eVの範囲であることができる。D2Oおよび/またはHDOの濃度を高めた水の製造においては、隔膜に対して可視光線を含む光を照射して、光非照射時に比べて、H+に対するD+の透過性を向上させた状態で水素同位体混合水を分解する。金属粒子が担持されたプロトン伝導性隔膜は、公知の陽イオン交換膜に金属粒子の原料となる金属イオンをイオン交換により導入し、還元剤で還元することで生成させることができる。担持金属粒子の粒子径は100~50nmの範囲であり、プロトン伝導性隔膜における担持金属粒子の含有量は、1~10wt%の範囲であり、好ましくは3~7wt%の範囲である。
【0025】
担持金属粒子の形状には、特に制限はない。金属粒子は、プロトン伝導性隔膜の表面に化学的または物理的に結合しているか、または、多孔性であるプロトン伝導性隔膜の空隙中の液体(例えば、水)に含有された状態で存在する。
【0026】
電解法および光励起還元法の何れの場合にも、電解または起電の進行に伴って、アノード側からカソード側にH+およびD+が移動する。上記金属粒子が担持され、所定範囲の局在表面プラズモン共鳴特性を示すプロトン伝導性隔膜は、可視光線を含む光を照射することで、光非照射時に比べて、H+に対するD+の透過性を向上する。そのため、カソード側の電解液である水素同位体混合水中のD+の濃度が光非照射時に比べて増大し、カソード側でのD2Oおよび/またはHDO濃度がより高まるという効果がある。そのため、はD2Oおよび/またはHDO濃度が高いカソード電解液を用いて、D2Oおよび/またはHDO製造が可能となり好ましい。
【0027】
<製造装置>
本発明は、カソード、プロトン伝導性隔膜、アノードおよび光照射手段を有する、水素同位体混合水からD2Oおよび/またはHDOを濃縮した水を製造する装置を包含する。この装置において、カソードは、導電性担体に銀、金、銅またはそれらの合金である金属を担持した導電性材料であって、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは、金属が銀の場合、1.5から3.1eVの範囲であり、金属が金または銅の場合は1.5から2.0eVの範囲である。カソードは、上記D2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水の製造において説明したものと同様である。
【0028】
前記プロトン伝導性隔膜は、陽イオン交換膜並びに陽イオン交換膜の表面および内部の少なくとも一部に銀またはその合金である金属の粒子が担持された膜であり、前記担持金属は局在表面プラズモン共鳴特性を示し、局在表面プラズモン共鳴エネルギーは1.5から3.3eVの範囲である。プロトン伝導性隔膜は、上記D2Oおよび/またはHDO濃度を高めた水の製造において説明したものと同様である。
【0029】
本発明の製造装置が電解用の場合、導電性担体は導電板であり、導電板の表面に前記金属の突起パターンを有し、光照射手段はプロトン伝導性隔膜に対するものである。さらに、外部電源を有する。
【0030】
本発明の製造装置が光励起還元用の場合、導電性担体はp型半導体担体であり、p型半導体担体表面に前記金属の突起パターンを有し、光照射手段はカソードおよびプロトン伝導性隔膜に対するものである。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳細に説明する。但し、実施例は本発明の例示であって、本発明は実施例に限定される意図ではない。
【0032】
試験方法
電気化学測定は作製した金属微細構造担持炭素電極を作用極として用いた場合、対極に白金板、参照極に銀塩化銀電極を用いた三極式電気化学セルにおいて行った。その際、軽水H2Oと重水D2Oの重量比は1:10とし、支持電解質として硫酸ナトリウムを0.5 Mとなるよう溶解させた水溶液を用いた。水素発生反応は作用極の電極電位を、水素発生反応の過電圧が-1.0 V以上になるような条件で進行させた。これにより発生したH2、HD,D2を四重極質量分析計(QMS)により検出し、そのマススペクトルのイオンカレント比より電解分離率を算出した。金属構造担持p型半導体電極を用いた場合は、対極を白金板、参照極に銀塩化銀電極を用いた三極式電気化学セルを用い、可視光照射下において光電流測定を行うことにより評価した。
【0033】
実施例1
導電性炭素電極表面に金属ナノ構造を作製した。ナノ構造の作製にはポリスチレンビーズを鋳型として用いるテンプレート法を用いた。超純水の表面に一様に形成させたポリスチレンビーズの単層膜を炭素電極上に担持して鋳型とし、その鋳型担持電極表面上にAg、Au、Cu等を金属蒸着することで金属構造担持電極を作製した。本手法に関しては、例えば「T. R. Jensen, G. C. Schatz, and R. P. Van Duyne, J. Phys. Chem. B, 1999, 103, 2394-2401.」等にも記載されている。作製金属製構造は局在表面プラズモン共鳴を1.5から3.0eVの範囲に発現するものとする。これらの電極を用いて軽水H2O、重水D2O混合溶液中において電気化学還元反応を進行させた。
【0034】
銀ナノ構造担持電極の作製において、金属ナノ構造は直径が200nm、350nmまたは750nmであるポリスチレンビーズを鋳型として作製し、蒸着膜厚は10~50nmとした(電極#1~7)。金属ナノ構造の作製条件およびそれぞれの電極作製に使用したポリスチレンビーズの大きさを示しており、電子顕微鏡画像から得られた3Dモデルを用いて有限差分時間領域法(FDTD)計算により試算されたそれぞれの電極のプラズモンエネルギーを表1に示す。
図1に電極#1~3の原子間力顕微鏡画像を示す。比較として平滑Pt、Au、Ag電極と炭素(GC)電極を用いた。これらの電極を用いて電解分離率とマススペクトルのイオンカレント比を求めた。結果を
図2に示す。尚、金属電極は、電極電位を-2.0 V vs. Ag/AgClとした際の電流値であり、GC電極の電極電位は-2.6 V vs. Ag/AgClとして電気化学測定をした。これは、GC電極からの水素発生には、金属電極と比較してより多くの過電圧を必要とするためである。
【0035】
【0036】
図2から分かるように、銀構造担持電極を用いた際の電解分離率S
Dは最大で25前後となり(電極#4)、他の平滑電極を用いた場合と比較して明らかな差が生じた。このそれぞれの平滑電極を用いた際の主生成物はHDであるが、銀構造担持電極を用いた場合においては主生成物がH
2となり、HDおよび/またはD
2の発生量を抑えることができることが明らかとなった。
【0037】
興味深いことに、表1下段にそれぞれの電極電位を-2.0 V vs. Ag/AgClとした際の電流値を示す。電極#4および5はGCに比べて活性が大きく向上している。通常水素発生反応において電流値は電極面積に比例するため、本結果はプラズモンエネルギーが3.0evの場合において明らかな活性向上、それによる選択率の向上を示唆する結果であると言える。
【0038】
実施例2
光誘起水素発生系に関しては、GaP電極の表面にパターン構造の一種である銀二量体構造(プラズモンエネルギー:1.9 eV)を担持し、重水D2O含有(90mol%)中にて可視光照射下にて水素発生反応を誘起した。銀二量体構造は、「Y. Sawai, B. Takimoto, H. Nabika, K. Ajito, and K. Murakoshi, J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 1658-62.」に記載している方法に準じて作製した。
【0039】
光誘起水素発生反応の結果を
図4に示す。図の上側の電流値の経時変化は銀二量体構造を有さないGaP電極、下側の電流値の経時変化は銀二量体構造を有するGaP電極の結果である。銀二量体構造の担持により可視光線照射による光電流値の明らかな上昇を確認した。
図4の右側に、D
2O 0wt%の水を電解質水溶液として用いた場合とD
2O 90wt%の水を電解質水溶液として用いた場合の光電流値を棒グラフにて示した。この結果から、プラズモン共鳴特性を有する銀二量体構造を担持した場合は、重水D
2Oが存在する系においても光電流値が下降しないという現象が確認された。
【0040】
これは、銀二量体構造による重水D
2O濃縮能が発現した結果、軽水素H
2の生成が選択的に加速された結果であるということが示唆している。GaP電極は、600nm以上の光において光応答特性を発現しないため、本技術は、GaPの応答特性を示さない光波長範囲でかつ同位体選択性が高くなる構造を用いて光電気化学測定を行った(
図5)。
【0041】
実施例3
Nafionに代表されるプロトン伝導性薄膜に金属ナノ構造を作製する。プロトン伝導性薄膜に対してイオン交換および還元反応を行うことにより金属ナノ粒子の担持されたプロトン伝導性薄膜を作製する。Nafion膜への金属構造はAgに対して確認される。作製した構造はAgの場合には局在表面プラズモン共鳴を3.3eVから3.0eVの範囲に発現する。計測装置は大塚電子MCPD-2000を用いて、白色光を用いて、スペクトル計測を行った。軽水H2Oまたは重水D2Oを含ませた金属ナノ構造Nafion複合体について、それぞれ電気化学計測を行った。
【0042】
Nafion薄膜はスピンコート法により(導電性)ガラス基板上に行った。市販のNafion分散液(5 wt%)をスピンコータ上に滴下することにより、Nafion薄膜を作製した。本手法では回転速度を500 rpmから4000 rpmの間で変化させる事により、膜圧を調整することが可能である。また調製された薄膜は溶液への耐性が十分に高く、イオン交換および還元反応において薄膜は十分に安定であった。作製したNafion膜を0.1 M H2SO4水溶液に含浸し、100℃にて1時間加熱洗浄を行った。続いてNafion膜を超純水に含浸し、100℃にて30分間加熱洗浄を行った。イオン交換は常温で0.1 M Ag(NO3)水溶液に10秒間含浸し、Arフローにて乾燥を行った。なおイオン交換は10μM Ag(NO3)水溶液に1時間常温で含浸することによっても代替することが可能である。銀ナノ粒子の作製は還元剤を用いておこなった。具体的には液体であるヒドラジンに作製膜を含浸の上、一晩暗条件下にて保存することにより、反応を行った。反応終了後は超純水にて、洗浄を行い、残存化学種に関しては超純水中で加熱洗浄を1時間100℃で行うことで、洗浄を行った。サンプルの保存は暗条件下で常温、空気下で保存した。
【0043】
電気化学計測は電極を光透過性の高いITO電極を用い作製したNafion薄膜を挟み込む事によって二極での計測を行った。XeランプをUV領域および赤外領域を遮断した光源を用い、光強度を変化させた上で、インピーダンス計測を行った(0.1 MHz-0.1 Hz, 10 mV 振幅、電位0 V)。
【0044】
Nafion薄膜にAgナノ粒子を担持したサンプルおよびスピンコートしたNafion薄膜に対してAgナノ粒子を担持した場合の消光スペクトルを取得した。
図6に示す。市販のNafion薄膜(Nafion-117)にて金属ナノ粒子を担持した場合には消光が確認された。さらに重要な点としてスピンコートを行ったNafion薄膜においてもAgナノ粒子の担持が確認された。本手法は様々なプロトン伝導膜表面に対して適用可能であり、汎用性が高い手法であることが示された。Agナノ粒子の担持量は5 wt%程度であり、400 nmに消光の極大波長を示す物質であった。
【0045】
図7にAg-Nafion薄膜の光照射下におけるイオン伝導度を示す。重水D
2Oを吸着させたAg-Nafion薄膜においては、イオン伝導度は光照射によって変化せず、約3 * 10
-3 S cm
-1程度であった。一方で軽水H
2Oを吸着させたAg-Nafion薄膜においては、暗条件下において6.2*10
-2 S cm
-1程度であったイオン伝導が光照射において変調され、4.6 mW/cm
2程度の光照射強度においては1.2*10
-2 S cm
-1程度までへとイオン伝導度が低下した。約6倍程度であるが、光照射によりイオン伝導度が軽水素イオンH
+選択的に低下し、重水素イオンD
+の選択的な透過が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、D2Oおよび/またはHDOが選択的に濃縮された水の製造に関連する技術分野において有用である。