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特許7360124ガントリーステージの制御方法及び制御装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-03
(45)【発行日】2023-10-12
(54)【発明の名称】ガントリーステージの制御方法及び制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 5/46 20060101AFI20231004BHJP
   G05D 3/00 20060101ALI20231004BHJP
   G05B 11/32 20060101ALI20231004BHJP
   G05B 11/36 20060101ALI20231004BHJP
【FI】
H02P5/46 F
G05D3/00 Q
G05B11/32 F
G05B11/36 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019166410
(22)【出願日】2019-09-12
(65)【公開番号】P2020099175
(43)【公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-06-17
(31)【優先権主張番号】62/781,280
(32)【優先日】2018-12-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 海二
(72)【発明者】
【氏名】赤松 薫
【審査官】若林 治男
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-022448(JP,A)
【文献】佐藤海二,外2名,”2慣性系のための実用的な位置決め制御方法と制御性能”,2002年度精密工学会秋期大会学術講演会講演論文集 p.245
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 5/46
G05D 3/00
G05B 11/32
G05B 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平行配置した2つのリニアモータを介して定盤にテーブルが設置されているガントリーステージの位置を制御する方法であって、
前記リニアモータへの入力信号を用いた開ループ実験より得られる規範特性軌跡に基づくNCTF制御、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる第1の制御と、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる過程で発生する高周波振動を抑制する第2の制御を、前記2つのリニアモータ夫々に独立して行うとともに、
前記第1の制御を下記B(s)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタで行い(ω b :角振動数、ζ 1 ,ζ 2 :減衰係数)、
前記第2の制御を微分器で行う
ことを特徴とするガントリーステージの制御方法。
【数1】
【請求項2】
前記NCTF制御にフィードフォワード制御を加えることを特徴とする請求項1に記載のリニアモータステージの制御方法。
【請求項3】
平行配置した2つのリニアモータを介して定盤にテーブルが設置されているガントリーステージの位置を制御する装置であって、
前記リニアモータへの入力信号を用いた開ループ実験より得られる規範特性軌跡に基づく制御を行うNCTF制御系と、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる第1制御部と、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる過程で発生する高周波振動を抑制する第2制御部とを備える制御システムを、
前記2つのリニアモータ夫々に独立して設けてあり、
前記第1制御部は下記B(s)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタであり(ω b :角振動数、ζ 1 ,ζ 2 :減衰係数)、
前記第2制御部は微分器である
ことを特徴とするガントリーステージの制御装置。
【数2】
【請求項4】
前記NCTF制御系にフィードフォワード制御を加えるフィードフォワード制御器を更に備えることを特徴とする請求項3に記載のガントリーステージの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガントリーステージの位置を制御する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械、測定器、半導体装置、ディスプレイ装置などの産業用製品の製造現場にあってリニアモータステージの利用が広く行われている。リニアモータステージにおける運動精度は、製品の品質及び特性に大きな影響を及ぼすため、高精度で高速な位置決めへの要求が高まっている。リニアモータステージは、リニアモータによって移動可能であるテーブルを定盤上に配設して構成される。
【0003】
近年、例えば、ディスプレイ装置の大型化に伴って、大型で高重量の液晶パネルをリニアモータステージにて搬送することが必要となってきている。そこで、大きな推力を得て高重量の製品を支持搬送できるように、平行配置した2つの直動機構を用いて製品の搬送を行うガントリーステージ、即ち、平行に設置された2つのリニアモータステージを連結用のテーブルで接続した構成をなすガントリーステージが使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-221444号公報
【文献】特許第5574762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的なリニアモータステ-ジの制御には、従来より、設計・調整が簡単で扱いやすいPID制御が精密機構に広く用いられているが、近年の厳しい要求性能を達成することが難しく、利便性を維持しつつ高い性能を実現できる制御方法が求められている。
【0006】
高精度な位置決めが必要な場合、十分な剛性を有する定盤に固定することが一般的であるが、高加速度運動の必要性が年々高まり、定盤を含めた装置全体の振動問題が顕在化しており、その抑制が重要な課題となっている。定盤などに起因する振動を抑制する方法としては、大質量の定盤と高剛性の支柱との組み合わせに加え、アクチュエータを組み込んだアクティブ除振装置または反力補償装置を利用する方法がある。しかしながら、装置が大型化しコストが上昇するという問題があるため、それを許容する機構にしか利用できない。そこで、制御的な対策として、現在主流であるPID制御に変わる、アドバンスド制御(スライディングモード制御または外乱オブザーバを利用したロバスト制御など)を用いた制御が行われている。しかし、モデリングを事前に求める労力を必要とし、基礎となる制御理論の十分な知識も必要となるなど、普及しきれていない。
【0007】
また、ガントリーステージでは、平行配置した2つの直動機構を精密に同期制御することが求められているため、従来技術では、クロスカップリングコントローラのような2軸の連係動作を担う制御要素が制御系に組み込まれている例もある。
【0008】
ところで、高精度及び扱いやすさを両立する制御系設計法として、簡単な開ループ実験とコントローラのパラメータ調整とから高精度位置決め制御系を設計することができるNCTF(Nominal Characteristic Trajectory Following) 制御法が知られている。しかし、このNCTF制御法にあっても、顕在化する振動問題は解決されていないことが実情である。
【0009】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、設計の流れ、制御器の調整が容易であり、制御理論に関する特別な知識を必要とせずに、高精度で高速な位置決めを可能とする、NCTF制御法に基づくガントリーステージの制御方法及び制御装置を提供することを目的とする。
【0010】
本発明の他の目的は、定盤振動が定盤・テーブル間の相対変位に及ぼす影響が低減し、定盤に対するテーブルの剛性を向上して、定盤振動にテーブルが追従することで相対変位には定盤振動の影響が現れず、テーブルのヨーイング(回転方向の揺れ)に伴う振動も抑制できる、NCTF制御法に基づくガントリーステージの制御方法及び制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るガントリーステージの制御方法は、平行配置した2つのリニアモータを介して定盤にテーブルが設置されているガントリーステージの位置を制御する方法であって、前記リニアモータへの入力信号を用いた開ループ実験より得られる規範特性軌跡に基づくNCTF制御を用いて、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させ、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる過程で発生する高周波振動を抑制する制御を、前記2つのリニアモータ夫々に独立して行うことを特徴とする。
【0012】
本発明に係るガントリーステージの制御装置は、平行配置した2つのリニアモータを介して定盤にテーブルが設置されているガントリーステージの位置を制御する装置であって、前記リニアモータへの入力信号を用いた開ループ実験より得られる規範特性軌跡に基づく制御を行うNCTF制御系と、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる第1制御部と、前記定盤の振動に前記テーブルを追従させる過程で発生する高周波振動を抑制する第2制御部とを備える制御システムを、前記2つのリニアモータ夫々に独立して設けてあることを特徴とする。
【0013】
本発明にあっては、NCTF制御を利用するとともに定盤の振動にテーブルを追従させ、定盤の振動にテーブルを追従させる過程で発生する高周波振動を抑制する。また、このような制御を、2つのリニアモータに対して独立的に行って、ガントリー化によるテーブルのヨーイングに伴う振動を抑制する。よって、ガントリーステージにおける高精度で高速な位置決めがなされる。
【0014】
本発明に係るガントリーステージの制御方法は、前記NCTF制御にフィードフォワード制御を加えることを特徴とする。
【0015】
本発明に係るガントリーステージの制御装置は、前記NCTF制御系にフィードフォワード制御を加えるフィードフォワード制御器を更に備えることを特徴とする。
【0016】
本発明にあっては、学習制御を利用したフィードフォワード制御をNCTF制御に加える。よって、より高精度で高速な位置決めがなされる。
【0017】
本発明に係るガントリーステージの制御装置は、前記第1制御部は後述する式(3)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタであることを特徴とする。
【0018】
本発明にあっては、第1制御部が後述する式(3)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタである。よって、制御系の構成がより簡素化する。
【0019】
本発明に係るガントリーステージの制御装置は、前記第2制御部は微分器であることを特徴とする。
【0020】
本発明にあっては、第2制御部が微分器である。よって、制御系の構成がより簡素化する。
【発明の効果】
【0021】
本発明のガントリーステージの制御方法及び制御装置では、設計の流れ、制御器の調整が容易であり、制御理論の十分な知識を必要とせずに、高精度で高速な位置決めを実現することができる。定盤の振動にテーブルを追従させるので、定盤に対するテーブルの相対運動は定盤の振動の影響を受けることがなくなり、テーブルの定盤に対する相対的な位置決めを短時間で完了することができる。また、2つのリニアモータ夫々に対して独立的に制御を行うので、ガントリー化に伴うテーブルのヨーイングの影響をなくすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】NCTF制御系の一般的な構成を示すブロック線図である。
図2】本発明の制御に用いる基本の制御系を示すブロック線図である。
図3】リニアモータステージの力学的な微視的モデルを示す図である。
図4】NCTF制御系に制御器B(s)を追加した制御系を示すブロック線図である。
図5】制御器F(s)の配置を示すブロック線図である。
図6】NCTF制御系に制御器F(s)を追加した制御系の一例を示すブロック線図である。
図7】NCTF制御系に制御器F(s)を追加した制御系の他の例を示すブロック線図である。
図8】本発明における制御方法及び制御装置が適用されるガントリーステージの構成を示す概略図である。
図9】ガントリーステージの重心位置制御を目的とした制御系を示すブロック線図である。
図10】ガントリーステージの重心位置制御及びヨーイングに伴う振動の抑制を目的とした本発明の実施の形態としての制御系を示すブロック線図である。
図11】テーブルのヨーイングの有無を示す図である。
図12図9に示す制御系及び図10に示す制御系における両プラント(リニアモータ)間の位置偏差を示すグラフである。
図13】フィードフォワード制御器FFtiv(t)を組み込んだ本発明の他の実施の形態における制御系を示すブロック線図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて詳述する。
【0024】
まず、本発明の基礎となるフィードバック制御系としてのNCTF制御系について、簡単に説明する。図1は、NCTF制御系の一般的な構成を示すブロック線図である。
【0025】
NCTF制御系にあっては、望ましい減衰特性を位相面上に表記してなる規範特性軌跡(Nominal Characteristic Trajectory:NCT)と、制御対象(プラント)の動作をNCTに拘束して、位相面上の原点で停止させるためのPI補償器とから構成される。NCTは簡単な開ループ実験より作成され、PI補償器のゲインはステップ応答及び軌跡制御実験により最適な値に決定される。そのため、NCTF制御系では、詳細なモデルパラメータを必要とせず、制御理論の知識なしでも容易にその設計が可能である。開ループ実験は、モータに矩形波の電流指令を与えて行うのが望ましい。また、その矩形波入力の大きさと時間は、テーブルが可動領域内で目標最大速度を超えて動作するように調整をするのが望ましい。
【0026】
まず、矩形波信号を用いて制御対象を実際に加減速運動させる開ループ実験を行って、制御対象(プラント)の実際の動作結果を取得する。NCTは開ループ変位応答波形の減速領域を利用し、横軸を変位の最終値と過渡応答との差(仮想誤差)、縦軸をその微分として位相平面上に記述される。NCTの原点近傍ではさらに仮想誤差の微分が所定値以下となる点の傾きで直線近似を行う。
【0027】
続いて、PI補償器のゲインの調整を行う。比例ゲインKp は比例制御のみを使用した所定高さのステップ応答実験より決定する。また、積分ゲインKI は、三角波加速度目標値の2階積分を目標変位軌跡として、軌跡制御実験を行い、停止位置近傍での軌跡追従性能が最も良く、安定性が保たれる値に決定する。積分器には下記式(1)の条件に従う飽和条件付き積分器を用いる。
【0028】
【数1】
【0029】
なお、式(1)の各パラメータは、図1に示すように、up は現時点における偏差の微分値とNCT出力値との差、u0 はP制御器の出力値、ui はI制御器の出力値、Δui はui の変化率、us は増幅器に送ることが可能な操作量の最大絶対値を示す。
【0030】
図2は、本発明の制御に用いる基本の制御系を示すブロック線図である。この制御系には、NCT、PI補償器などを有するNCTF制御系11と、第1の制御器12と、第2の制御器13と、制御対象としてのプラント14とが含まれている。NCTF制御系11に追加された第1の制御器12及び第2の制御器13が、本発明の特徴要素である。
【0031】
第1の制御器12は、定盤の振動にテーブルを追従させるために設けられた制御器であり、具体的には後述する式(3)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタ(B(s))である。第2の制御器13は、定盤の振動にテーブルが追従する過程で発生する高周波振動を抑制するために設けられた制御器であり、具体的には微分器(F(s))である。
【0032】
図2に示す制御系は、簡単な開ループ実験とコントローラのパラメータ調整とから高精度な位置決め制御系を設計することができるNCTF制御系11を基本とし、除去困難な装置架台の残留振動にテーブルが追従するための後述する式(3)で表される伝達関数を有するバンドパスフィルタ(B(s))及び高周波振動を抑制するための微分器(F(s))を追加した制御系である。
【0033】
以下、高速運動時に発生する定盤振動の影響を抑制し、制御性能を改善するための図2に示すような制御系の基本的な考え方とその設計手順とについて説明する。
【0034】
制御性能劣化要因となる定盤振動の低減に有効な制御系を検討する。テーブルが高速運動する際の定盤振動が定盤に対するテーブルの相対変位x2 -x1 に及ぼす影響を低減するための制御系検討に力学モデルを利用する。停止位置では制御対象は微視的モデルの状態にあると考えられるため、本発明の制御系は、図3に示すような微視的モデルに基づいて導出する。モデル化においては、リニアガイド及び固定子等を含む、可動部分以外のすべての部品を纏めて定盤と見なし、質量m1 の質点としている。また、リニアボールガイドには微視的領域において非線形ばね特性が存在し微小挙動に影響を与える。
【0035】
微視的領域における運動方程式は下記式(2)で表される。なお、m2 :テーブルの質量、c1 :定盤の粘性係数、c2 :非線形ばねの粘性係数、c3 :テーブルの粘性係数、k1 :定盤のばね係数、k2 :非線形ばねのばね係数、p:推力である。
【0036】
【数2】
【0037】
高速運動時に定盤振動が位置精度の劣化要因となるのは、テーブルの高加減速運動によって定盤に振動が励起され、テーブルが停止位置に到達した後もその振動が残留して外乱的に働き、定盤に対するテーブルの相対変位に影響を及ぼすためであると考えられる。定盤とテーブルとの質量差は大きく(例えば、定盤:200kg程度、テーブル:2kg程度)、テーブルの制御によってこの残留振動を除去することは困難である。よって定盤と同じようにテーブルが揺れて、定盤に対するテーブルの相対変位に定盤振動の影響が現れないようにすることが現実的である。言い換えると定盤の振動にテーブルを追従させることが現実的である。
【0038】
したがって、テーブルは定盤振動の振動数で運動を行える必要があり、共振点が存在しないことが望ましい。そこで、振動数fs の目標値入力に対する追従性を向上するため、図4に示すようにNCTF制御系のPI補償器に下記式(3)で表される制御器B(s)を直列に配置し、振動数fs における剛性の向上を図る。なお、式(3)にあって、ωb :角振動数、ζ1 ,ζ2 :減衰係数である。
【0039】
【数3】
【0040】
制御器B(s)をPI補償器に直列に配置することにより、NCTF制御のみを用いた場合より、目標値追従性能が向上する。また、制御器B(s)を設けることにより、振動数fs のゲインが下降して外乱の影響を抑制する特性の向上を図れる。
【0041】
減衰係数ζ2 の値を小さく設定するほど、制御器B(s)の減衰性能の向上を期待できる。しかしながら、制御器B(s)の減衰係数ζ2 の値を小さく設定した場合には、非線形ばねに起因する、高周波振動が発生しやすくなる。
【0042】
そこで、このような高周波振動を抑制するための制御について検討する。上記式(2)で表されるような微視的モデルの運動方程式をラプラス変換すると、下記式(4)が得られる。
【0043】
【数4】
【0044】
ここで簡単のために、下記式(5)のように置きかえる。
【0045】
【数5】
【0046】
式(5)を用いて、式(4)を書き換えると下記式(6)が得られる。
【0047】
【数6】
【0048】
この伝達関数で表される機構に、図5に示すように配置することで機構の減衰特性を向上させるような制御器F(s)を検討する。制御器F(s)を含む伝達関数は、下記式(7)で表される。そして、式(7)の分母を下記式(8)のように因数分解できれば、任意に決定できるパラメータGc によって非線形ばねのパラメータを含むc2 +c3 及びk2 を調整できることになる。そのためには、制御器F(s)を下記式(9)のように設計すれば良い。
【0049】
【数7】
【0050】
減衰性能を向上させるためには、Gc =Kc ・sとすれば、式(7)の分母は、下記式(10)のように変形でき、減衰係数を任意に設定することができる。このときの制御器F(s)の伝達関数を下記式(11)に示す。
【0051】
【数8】
【0052】
このような制御器F(s)をNCTF制御系に追加したブロック線図の一例を図6に示す。図6のように制御器F(s)を局所フィードバックの位置に配置した場合には、制御器F(s)への入力が相対変位x2 -x1 となり、定盤変位x1 とテーブル変位x2 との原点は開始位置にあるため、目標値が変化する場合、制御器F(s)はテーブルの動作を妨げようとする力を出力してしまう。制御器F(s)は、テーブルを最終の停止位置に留める力、即ち最終の停止位置からの変位誤差をゼロにする力を出力しなければならないため、入力が変位誤差となるような位置に制御器F(s)を配置すべきである。この場合の制御系のブロック線図を図7に示す。
【0053】
NCTF制御系に上述したような制御器B(s)及び制御器F(s)を追加したブロック線図が、前述した図2である。制御器B(s)(第1の制御器12)を追加したことにより持ち上がった高周波域のゲインを、制御器F(s)(第2の制御器13)を併用することにより、NCTF制御の場合と同程度まで下げることができる。この結果、NCTF制御系に定盤振動にテーブルを追従させる制御器B(s)を追加したことで発生しやすくなる非線形ばねに起因する高周波振動を、制御器F(s)を追加することによって抑制できる。制御器B(s)を追加することによって下がった高周波振動の減衰率が、制御器F(s)を併用することでNCTF制御系のみの場合よりも向上する。また、外乱特性については、制御器F(s)を併用した場合でも制御器B(s)の効果を維持できる。以上より、制御器F(s)を併用することで制御器B(s)の定盤振動への追従効果を損なうことなく、高周波振動の抑制効果が期待できる。図2に示す制御系にあっては、定盤の振動にテーブルを追従させる制御を行う。即ち、定盤の振動にテーブルを追従させることを制御の対象とする。よって、定盤に対するテーブルの相対運動は、定盤の振動の影響を受けることがなくなり、定盤に対するテーブルの相対的な位置決め時間が短くなる。
【0054】
制御器F(s)を併用することで高周波振動を発生することなく、減衰係数ζ2 の値を下げることができる。制御器B(s)の追加によって現れる高周波振動のピークが制御器F(s)の併用により消え、制御器F(s)による高周波振動抑制効果が得られる。
【0055】
ところで、式(11)で表される制御器F(s)を設計するためには、パラメータk1 ,k2 ,c1 ,c2 +c3,m1 +m2 を同定する必要がある。ここで、k1 は開ループ実験から推定することができ、機構の質量m1 ,m2 は既知であると考えても、残りのパラメータの同定には手間がかかるため、制御系の簡単な設計を行えない事態も考えられる。
【0056】
そこで、以下のようにして、高周波振動抑制のための制御器F(s)の簡素化を図る。式(7)より、制御器F(s)を局所フィードバックに持つ機構の伝達関数は、下記式(12)で表される。
【0057】
【数9】
【0058】
本発明で用いるリニアモータステ-ジは比較的簡素な定盤の上に設置されているが、それでもテーブルを含むステージ可動部の質量に対して可動部を除く装置の質量は非常に大きく、m1 >>m2 の関係が成り立つと言える。この条件を満たす場合、m2 の項を無視することにより、式(12)の第1項に含まれる分数部分は下記式(13)のように近似できる。このとき、式(12)は下記式(14)で表される。
【0059】
【数10】
【0060】
従って、減衰性能を向上するためには、制御器F(s)は下記式(15)を満たせば良い。この場合の簡単化された制御器F(s)を式(11)と区別するためにFd (s)とする。
d (s)=Kc ・s (15)
【0061】
このように、m1 >>m2 の条件を満たす場合には式(11)の第2項が省略可能であるため、パラメータは減衰性能調整のためのゲインであるKc のみを決定すれば良く、各種のモデルパラメータを同定する必要がない。このような場合でも、高周波振動の抑制効果は失われない。
【0062】
図2に示した制御系を使用して、以下の順序にて設計、調整を行う。
(ステップ1:NCTF制御系11の設計及び問題となる振動周波数fs の特定)
まず、前述した手順で基礎となるNCTF制御系(図1参照)の設計を行う。また、NCT作成のために行う開ループ実験で得られる変位波形及び速度波形を例えばFFT解析することにより、高速運動時に問題となる振動周波数fs を実験的に特定する。
【0063】
(ステップ2:定盤振動にテーブルを追従させる制御器B(s)の設計・調整)
ステップ1で特定した振動を抑制するためにNCTF制御系のPI補償器に直列に配置する制御器B(s)(図4参照)の設計、調整を行う。制御器B(s)の各パラメータの設定法を以下に示す。
(a)ωb
制御器B(s)は周波数fb =ωb /2πにおけるPI補償器の出力を増幅させるため、ステップ1で特定した問題となる周波数fsとfb とを一致させてωb =2πfs と設定する。
(b)ζ1 とζ2
制御器B(s)はζ1 とζ2 との差が大きいほど周波数fb における増幅率が大きく、振動抑制効果を期待できる。しかし、ζ2 を下げすぎると新たに高周波振動が発生してしまう恐れがあるため、新たな振動が発生しない範囲内で、定盤振動の影響を十分に抑制することができるようにζ1 とζ2 との値を調整する必要がある。そのため例えばζ1 =0.9に設定し、ζ2 (<ζ1 )の値を徐々に下げながら制御実験を行って適切な増幅率が得られるように調整する。なお、本明細書においてはζ1 =0.9に設定した。ζ1 =0.9は本制御法における有力値(好ましい値)の一つであるが、この値に限定されるものではなく、適用される制御系の仕様に合わせてζ1 の値は適宜設定すればよい。
【0064】
(ステップ3:高周波振動抑制用の制御器F(s)の設計・調整)
ステップ2で十分なテーブルの定盤振動への追従効果が得られる前に新たな高周波振動が発生してしまう場合あるいは既に高周波振動が発生している場合には、制御器F(s)を更に追加する(図2参照)。簡単化したF(s)は微分器Fd (s)であり、調整するパラメータはゲインKc のみである。Kc を徐々に上げていき、高周波振動を抑制できる適切なKc に調整する。
【0065】
(ステップ4:制御器F(s)(微分器Fd (s))の再設計)
制御器F(s)(微分器Fd (s))を追加してそのパラメータを調整することにより、高周波振動の発生が抑制されて、制御器B(s)のζ2 をさらに下げることができる。目標性能を達成するまで、再度ζ2 を調整する。
【0066】
以上の4つのステップを順次実行することにより、高速運動時の振動抑制のための制御系の設計・調整は完了する。
【0067】
以下、上述したような、NCTF制御系に制御器B(s)及び制御器F(s)を追加した制御系を用いてガントリーステージを制御する形態について説明する。
【0068】
図8は、本発明における制御方法及び制御装置が適用されるガントリーステージの構成を示す概略図である。図8において、1は定盤であり、定盤1は複数の脚部1aを有し、アジャスター1bで接地されている。定盤1上には、例えば電磁石である可動子と永久磁石からなる固定子とを有するコアレスリニアモータである2つのリニアモータ2a,2bが平行に設けられている。2つのリニアモータ2a,2bに跨る態様で、連結用のテーブル3が設けられ、テーブル3は各リニアモータ2a,2bの可動子に固着されている。テーブル3上に搬送対象の製品が載置され、テーブル3は、2つのリニアモータ2a,2bによって、可動子と一体に移動する。
【0069】
図9は、ガントリーステージの重心位置制御を目的とした制御系を示すブロック線図であり、図10は、ガントリーステージの重心位置制御及びヨーイングに伴う振動の抑制を目的とした本発明の実施の形態としての制御系を示すブロック線図である。図9及び図10にあって、図2と同様の要素には同一符号を付して説明を省略する。図9及び図10に示す制御系は、ガントリーステージに対応して制御対象である2つのプラント14a,14bが存在し、加算器21及び1/2器22を備えている。また、図9に示す制御系は、更に制御器23を備えている。
【0070】
図9に示す例では、2つのプラント14a,14b(リニアモータ2a,2b)に共通した図2に示す構成をなす1つの制御系にて制御を行っている。図9に示す制御系では、制御器23を用いて、各軸の変位差xs1-xs2の微分を局所フィードバックする構成としている。また、各リニアモータ2a,2bのエンコーダ出力の平均値より算出される連結用のテーブル3の中心変位xc (=((xs1+xs2)/2)が目標値xrを追従するように制御を行う。そのため、各プラント14a,14bへの指令値は同じである。ガントリーステージの重心位置制御を行う場合には、図9に示す制御系で十分であるが、ヨーイングが大きいときには精度良い位置制御を行えないことがある。
【0071】
これに対して、図10に示す実施の形態では、2つのプラント14a,14b(リニアモータ2a,2b)毎に図2に示す構成をなす1つの制御系を設けて、各プラント14a,14b毎に独立して制御を行っている。それぞれの軸用に設けたエンコーダをフィードバックして位置制御を行い、それぞれに独立して制御されたxs1及びxs2の平均値(=((xs1+xs2)/2)を出力xc としている。
【0072】
ガントリーステージの制御においては、ガントリー化によって連結用のテーブル3のヨーイングによる新たな振動の発生を考慮する必要がある。図11A,Bはテーブル3のヨーイングの有無を示す図であり、図11Aはヨーイングが生じていない状態を表し、図11Bはヨーイングが生じている状態を表している。図11A,Bにおける白抜矢符はテーブル3(可動子)の進行方向を示し、図11Bにおける矢符はテーブル3のヨーイング方向を示している。
【0073】
図9に示す制御系と図10に示す制御系(実施の形態)との制御性能の比較について説明する。図12は、図9に示す制御系及び図10に示す制御系における両プラント14a,14b(リニアモータ2a,2b)間の位置偏差を示すグラフである。図12にあって、横軸は制御開始からの時間[秒]を示し、縦軸は位置偏差xs1-xs2[μm]を示している。また、図12にあって、(a)は図9に示す制御系における結果、(b)は図10に示す制御系(実施の形態)における結果を表している。
【0074】
図9に示す制御系にあっては、定盤1の振動、及び、テーブル3の高周波振動は十分に抑制できているが、テーブル3のヨーイングに伴う振動は抑制できていない。これに対して、図10に示す制御系(実施の形態)では、定盤1の振動、及び、テーブル3の高周波振動は勿論のこと、テーブル3のヨーイングに伴う振動も十分に抑制できている。図10に示す実施の形態の制御系にあっては、両プラント14a,14b(リニアモータ2a,2b)が、それぞれ各軸用に設けたエンコーダをフィードバックし、独立的に位置制御するようにしているので、ヨーイング方向の振動を抑制しながら重心位置の位置制御を行うことが可能である。
【0075】
上記の実施の形態では、上述したように設計、調整した図2に示す構成をなす2つの制御系を使用して独立制御を行う制御系(図10参照)を用いることにより、所望の目標整定時間(例えば150ms)以内で、所望の目標整定幅内(例えば±50nm)に位置を収束させることができた。
【0076】
上述したような実施の形態におけるフィードバック制御にフィードフォワード制御を組み込んだ本発明の他の実施の形態について、以下に説明する。この実施の形態は、NCTF制御系にフィードフォワード制御器を加えたものである。
【0077】
停止位置到達までの軌跡追従性能を向上させるため、学習制御を利用してフィードフォワード制御器の設計を行う。フィードバック制御器の出力を評価指標とし、所定の運動を繰り返し行ってこの出力を0に収束させるように学習する。複数回の学習を繰り返して、追従誤差が十分小さくなったときの学習制御器の出力からフィードフォワード制御器を設計する。
【0078】
図13は、フィードフォワード制御器を組み込んだ本発明の他の実施の形態における制御系を示すブロック線図である。図13にあって、図10と同様の要素には同一符号を付して説明を省略する。図13に示す制御系は、図10に示す制御系にフィードフォワード制御器31を追加した構成をなし、フィードバック制御及びフィードフォワード制御を行う制御系である。図13におけるフィードフォワード制御器31は、上述したような学習制御に基づいて設計された制御器である。
【0079】
フィードフォワード制御器31を追加してフィードフォワード制御を盛り込むようにしたので、停止位置近傍の軌跡追従性能を向上でき、目標変位軌跡に遅れることなく停止位置に到達する精度も改良できる。この実施の形態では、所望の目標整定時間(例えば50ms)以内で、所望の目標整定幅内(例えば±50nm)に、位置を収束させることができた。
【0080】
開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上述の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0081】
1 定盤
2a,2b リニアモータ
3 テーブル
11 NCTF制御系
12 第1の制御器
13 第2の制御器
14a,14b プラント
21 加算器
22 1/2器
31 フィードフォワード制御器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13