(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】超伝導デバイスの製造方法及び超伝導デバイス
(51)【国際特許分類】
H10N 60/01 20230101AFI20231005BHJP
H01B 12/06 20060101ALI20231005BHJP
C01G 1/00 20060101ALI20231005BHJP
H01F 6/06 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
H10N60/01 F ZAA
H01B12/06
C01G1/00 S
H01F6/06 140
(21)【出願番号】P 2019099283
(22)【出願日】2019-05-28
【審査請求日】2022-04-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2018年度春季(第96回)低温工学・超電導学会研究発表会 口頭発表、平成30年5月28日(開催日) [刊行物等] 2018年度秋季(第97回)低温工学・超電導学会研究発表会 口頭発表、平成30年11月21日(開催日) [刊行物等] 2018年度秋季(第97回)低温工学・超電導学会研究発表会 講演概要、https://csj.or.jp/conference/2018a/3C.pdf、平成30年11月14日(掲載日) [刊行物等] 第31回国際超電導シンポジウム(ISS2018) 口頭発表、平成30年12月12日(開催日) [刊行物等] 第31回国際超電導シンポジウム(ISS2018) 講演概要、https://iss2018.jp/abstracts-pdf.html、平成30年12月4日(掲載日) [刊行物等] 2019年 第66回 応用物理学会 春季学術講演会 口頭発表、平成31年3月10日(開催日) [刊行物等] 2019年 第66回 応用物理学会 春季学術講演会 講演概要、https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2019s/subject/10p-S224-3/advanced、平成31年2月25日(掲載日)
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】土屋 雄司
(72)【発明者】
【氏名】吉田 隆
(72)【発明者】
【氏名】一野 祐亮
(72)【発明者】
【氏名】鶴田 彰宏
(72)【発明者】
【氏名】申 ウソク
(72)【発明者】
【氏名】増田 佳丈
【審査官】恩田 和彦
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-094179(JP,A)
【文献】特開2000-091655(JP,A)
【文献】特開平10-218698(JP,A)
【文献】特開平04-265206(JP,A)
【文献】国際公開第2012/161277(WO,A1)
【文献】特開2001-217471(JP,A)
【文献】特開平10-200169(JP,A)
【文献】特開2006-066783(JP,A)
【文献】特開2000-101156(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 60/01
H01B 12/06
C01G 1/00
H01F 6/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導材料を含む層とは異なる材料を含む基板上に形成された前記超伝導材料を含む層の表面
と平行な方向の成分を有する磁場が印加された状態において、第1の電流方向における第1の臨界電流値と前記第1の電流方向とは異なる第2の電流方向における第2の臨界電流値が異なるように、前記超伝導材料を含む層の表面に対して、表面粗さを低減させるための処理を実行するステップを備える超伝導デバイスの製造方法。
【請求項2】
前記超伝導材料は、臨界温度が50K以上である請求項1に記載の超伝導デバイスの製造方法。
【請求項3】
前記処理は、反応性イオンエッチング処理である請求項1又は2に記載の超伝導デバイスの製造方法。
【請求項4】
前記処理は、前記層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満となるように実行される請求項1から3のいずれかに記載の超伝導デバイスの製造方法。
【請求項5】
超伝導材料を含む層とは異なる材料を含む基板上に形成された、前記超伝導材料を含む層を備え、
前記層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満であ
り、
前記層の表面と平行な方向の成分を有する磁場が印加された状態において、第1の電流方向における第1の臨界電流値と前記第1の電流方向とは異なる第2の電流方向における第2の臨界電流値が異なる
超伝導デバイス。
【請求項6】
前記第1の臨界電流値と前記第2の臨界電流値の差と、前記第1の臨界電流値と前記第2の臨界電流値の平均との比で表される臨界電流値の非対称性が22%以上である請求項
5に記載の超伝導デバイス。
【請求項7】
前記層は、前記超伝導材料とは異なる材料により形成された微細構造を含む請求項5
又は6に記載の超伝導デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は超伝導デバイスの製造方法及び超伝導デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
臨界温度よりも低い温度において抵抗がゼロになる超伝導体は、省エネルギーデバイスとしての応用が進められている。具体的なデバイスとしては、超伝導電流を任意の方向にのみに優先的に流すことができる整流素子の開発が進められている。整流素子には、従来、ジョセフソン接合による整流効果が用いられていた(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ジョセフソン接合で流すことのできる電流は、電子デバイスで信号電流として用いる程度の微小電流であり、無損失送電や大電流送電を特徴とする超伝導体応用に寄与する電力用素子への使用が困難であることから、大きな超伝導電流を整流可能な整流素子が求められていた。
【0005】
本開示は、このような課題に鑑みてなされ、その目的は、大きな超伝導電流にも使用可能な整流特性に優れた超伝導デバイスを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様は、超伝導デバイスの製造方法である。この超伝導デバイスの製造方法は、超伝導材料を含む層の表面に対して、表面粗さを低減させるための処理を実行するステップを備える。
【0007】
本開示の別の態様は、超伝導デバイスである。この超伝導デバイスは、基板上に形成された、超伝導材料を含む層を備える。層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満である。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、大きな超伝導電流にも使用可能な整流特性に優れた超伝導デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施の形態に係る超伝導デバイスの電流電圧特性を示す図である。
【
図2】実施の形態に係る超伝導デバイスを用いた半波整流回路における入力交流電流Iと応答電圧Vの波形を示す図である。
【
図3】実施の形態に係る超伝導デバイスの構成を概略的に示す図である。
【
図4】実施の形態に係る超伝導デバイスの製造方法を概略的に示す図である。
【
図5】本実施例で用いた平行平板型RIEの模式図を示す図である。
【
図6】RIEによる試料表面のAFM像の変化を示す図である。
【
図7】エッチング前後における表面の二乗平均平方根粗さδRの変化(ΔRMS)を示す図である。
【
図8】エッチング前後における薄膜の電流電圧特性の変化を示す図である。
【
図9】臨界電流値の非対称性の磁場依存性を示す図である。
【
図10】臨界電流値の非対称性の最大値のエッチング時間依存性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示の実施の形態において、整流素子などとして利用可能な特性を有する超伝導デバイスについて説明する。
【0011】
図1は、実施の形態に係る超伝導デバイスの電流電圧特性を示す。実施の形態に係る超伝導デバイスは、所定の条件下において、電流方向に依存して臨界電流値が異なる非対称な電流電圧特性を有する。例えば、後述する実施例において製造した超伝導デバイスは、基板の表面に垂直な方向に磁場を印加した場合には、一般的な超伝導体と同様に、電流を正方向に流す場合も負方向に流す場合も同じ臨界電流値で常伝導に転移するが、基板の表面に平行な方向に磁場を印加した場合は、
図1に示すように、電流を正方向に流す場合の臨界電流値I
c
upの方が、電流を負方向に流す場合の臨界電流値I
c
downよりも大きくなり、臨界電流値に非対称性(I
c非対称性)が生じる。実施の形態に係る超伝導デバイスは、この臨界電流値の電流方向依存性を利用して、電流誘起型の整流素子などとして利用することができる。
【0012】
図2は、実施の形態に係る超伝導デバイスを用いた半波整流回路における入力交流電流Iと応答電圧Vの波形を示す。入力交流電流の電流値がI
cよりも小さい間は電圧は発生しないが、入力交流電流の値がI
cを越えると電圧が発生するので、下段に示すように応答電圧Vが半波整流される。I
c
upとI
c
downの非対称性が大きいほど整流率は大きくなるので、I
c
upとI
c
downの非対称性が大きい超伝導デバイスの開発が望まれる。
【0013】
このような臨界電流値の非対称性は、超伝導材料の薄膜の表面側と、基板との界面側とで、磁束の侵入し易さが異なることに起因すると考えられる。磁束が超伝導体内に侵入しようとする際に超伝導体表面で生じるポテンシャル障壁である表面バリアが、BeanとLivingstonによって提案されている。Bean-Livingstonの表面バリアモデルは、表面が存在する場合に下部臨界磁場Hc1に対して超伝導体に磁束線が侵入する磁場がどうなるかを扱ったものである。超伝導体表面への磁束侵入を考える際、表面から距離λの距離で減衰する表面磁場と、磁束線とその鏡像の磁場を考える必要がある。鏡像との相互作用は磁気的相互作用によるものである。超伝導体表面に存在する磁束を仮定した場合、磁束の周りを周回する遮蔽電流は真円からひずむため、エネルギー的に安定になる方向へ磁束に力が働く。この作用は超伝導体の外側に鏡像を仮定することで説明することができる。磁束とその鏡像との間には引力が働くため表面の磁束は超伝導体外へ追い出される向きに力が働く。
【0014】
GLパラメーターκが大きい場合、外部磁場H中で超伝導体表面から距離xだけ磁束が侵入した際のポテンシャルエネルギーU(x)は下記の式で導かれる。
【数1】
第1項は磁束線の自己エネルギー、第2項は磁束線と鏡像との相互作用によるエネルギー、第3項は表面磁場によるエネルギーを表している。K0は第2種変形ベッセル関数である。U(x)は外部磁場Hが上部臨界磁場Hc1程度の低磁場の場合にピークを有する。HがHc1を超えても表面バリアにより磁束は超伝導体内に侵入できないが、外部磁場Hがさらに増加するとともに表面のポテンシャルエネルギーは増加して磁束侵入する際のバリアは減少する。ある磁場Hsにおいて侵入する際のバリアはなくなり磁束が侵入し始める。
【0015】
多くの場合、基板との界面側は、基板を構成する材料と超伝導材料との間の格子不整合によるストレスなどに起因して弱い超伝導状態となりやすく、基板界面から磁束が侵入しやすい。したがって、本発明者らは、超伝導と非超伝導との境界が明確である薄膜の表面をより平坦にすれば、薄膜の表面側と界面側との間のポテンシャルエネルギーの非対称性が大きくなり、臨界電流値の非対称性を大きくすることができると考えた。
【0016】
薄膜の表面の平坦性を向上させるためには、基板の種類、基板の表面の粗さ、結晶度、若しくは結晶の配向、薄膜の形成方法、膜厚、又は成膜条件などを調整して、表面が平坦になるように薄膜を形成することも考えられるが、薄膜を形成した後に薄膜の表面を平坦化する方が、より容易かつ効果的に所望の特性を有する超伝導デバイスを製造することができる。一般に、薄膜の表面の粗さは膜厚が厚いほど大きくなるし、大面積の薄膜を表面が平坦になるように成膜するのも困難であるが、成膜後に表面を平坦にすれば、膜厚の厚い超伝導層や大面積の超伝導層を有する、特性の良好な超伝導デバイスを容易に製造することができるので、超伝導デバイスを大電流化することができる。さらに、製造済みの超伝導デバイスや、製品として流通している超伝導デバイスや、使用中の超伝導デバイスなどの薄膜の表面を平坦化することにより、特性の向上を図ることもできる。
【0017】
図3は、実施の形態に係る超伝導デバイスの構成を概略的に示す。超伝導デバイス20は、超伝導材料を含む層24(以下、「超伝導層24」ともいう)とは異なる材料を含む基板22上に形成された超伝導層24を備える。超伝導層24の表面における二乗平均平方根粗さは所定値未満である。この超伝導デバイス20は、超伝導層24の表面と平行な方向の成分を有する磁場が印加された状態において、第1の電流方向における第1の臨界電流値I
c
upと第1の電流方向とは異なる第2の電流方向における第2の臨界電流値I
c
downが異なる。
【0018】
実施の形態の超伝導デバイス20の製造方法は、超伝導層24とは異なる材料を含む基板22上に形成された超伝導層24の表面に対して、表面粗さを低減させるための処理を実行するステップを備える。
図4は、実施の形態に係る超伝導デバイス20の製造方法を概略的に示す。超伝導層24の表面粗さを低減させるための処理を実行することにより、超伝導層24の表面における二乗平均平方根粗さを低減させることができ、特性の良好な超伝導デバイス20を容易かつ効率的に製造することができる。
【0019】
超伝導材料は、超伝導状態となりうる任意の元素、合金、化合物などであってもよい。例えば、Nbなどの単体元素、NbC、MgB2、H3S、LaH10±xなどの合金又は化合物、La-Ba-Cu-O系、Y-Ba-Cu-O系、Bi-Sr-Ca-Cu-O系、Tl-Sr-Ca-Cu-O系、Hg-Sr-Ca-Cu-O系などの銅酸化物超伝導体、LaOFeP、LaOFeAS、Sm(O1-xFx)FeAs、NdFeAs(O1-xFx)などの鉄系超伝導体、有機超伝導体などであってもよい。超伝導材料は、REBa2Cu3Oy(REBCO:REはYを含む希土類元素)であってもよく、とくに、REとしてSmを使用したSmBa2Cu3Oy(SmBCO)であってもよい。
【0020】
超伝導材料の臨界温度は、好ましくは50K以上であってもよい。バルクピンニングが低下する高温領域において、表面バリアの影響はより重要となると考えられるので、より効果的に超伝導デバイスの特性を向上させることができる。超伝導材料の臨界温度は、より好ましくは77.3K以上であってもよい。これにより、比較的な安価な液体窒素を使用して超伝導デバイスを動作させることができるので、運用コストや消費エネルギーを低減させることができる。超伝導材料の臨界温度は、55K以上、60K以上、65K以上、70K以上、75K以上、80K以上、85K以上、90K以上、95K以上、100K以上であってもよい。
【0021】
基板22は、単結晶基板であってもよいし、配向性中間層を有する金属基板であってもよく、超伝導層24を形成することが可能な任意の基板であってもよい。配向性中間層は、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、LaAlO3(LAO)、MgO、Gd2Zr2O7(GZO)、CeO2などで形成されてもよい。
【0022】
超伝導層24を形成する方法は、物理気相蒸着法(PVD:Physical Vapor Deposition)、化学気相蒸着法(CVD:Chemical Vapor Deposition)などの気相法(VPE:Vapor Phase Epitaxy)であってもよいし、化学溶液法(CSD:Chemical Solution Deposition)であってもよいし、その他の任意の方法であってもよい。PVD法として、スパッタリング法、パルスレーザー蒸着法(PLD:Pulsed Laser Deposition)、分子線エピタキシー法(MBE:Molecular Beam Epitaxy)などを用いてもよい。
【0023】
超伝導層24を形成したときの表面の平坦性を向上させるために、基板22上に超伝導材料をエピタキシャル成長させることが可能な基板22及び結晶成長方法が選択されることが好ましいが、表面粗さを低減させるための処理により表面を十分に平坦化させることが可能である場合は、任意の基板22及び成膜方法が選択されてもよい。超伝導材料は、薄膜以外の形態に成形されてもよい。超伝導デバイス20は、基板22と超伝導層24以外の層を有してもよい。
【0024】
表面粗さを低減させるための処理は、液体の薬品を使用しないドライエッチング、液体の薬品を使用したウェットエッチング、化学機械研磨(CMP:Chemical Mechanical Polishing)などの研磨処理、イオンミリングなど、化学的又は物理的に表面粗さを低減させることが可能な任意の処理であってもよい。とくに、ドライエッチングの一例である反応性イオンエッチングが好適である。超伝導デバイスの超伝導特性を劣化させないようにするために、処理中に超伝導層にクラックなどを生じさせないような方法及び条件で処理が実行されることが望ましい。
【0025】
上述したように、超伝導デバイス20の臨界電流値の非対称性は、界面側と表面側におけるポテンシャルエネルギーの非対称性に起因すると考えられるので、表面粗さを低減させるための処理は、超伝導層24が形成された基板22と超伝導層24との界面における表面バリアに比べて超伝導層24の表面における表面バリアが大きくなるように、二乗平均平方根粗さが所定値未満となる時間又は強度で実行されることが望ましい。また、界面の表面バリアと表面の表面バリアとの差が大きくなるような時間又は強度で処理が実行されることが望ましい。例えば、界面の表面バリアは、一般に、基板材料と超伝導層材料の結晶構造に違いに起因する格子ストレスにより小さくなるため、超伝導層24の表面の表面バリアが大きくなるように、超伝導層24の表面の二乗平均平方根粗さが小さくなるような時間又は強度で処理を実行することが望ましい。これにより、特性の良好な超伝導デバイス20を製造することができる。
【0026】
表面粗さを低減させるための処理は、基板22の種類、基板22の表面における結晶の配向若しくは結晶度、超伝導層24の形成方法、超伝導層24における超伝導材料の配向若しくは結晶度、基板22と超伝導層24との格子不整合度、又は超伝導層24の内部に導入された微細構造の種類、数、体積、若しくは密度に更に応じた時間又は強度で実行されてもよい。基板22の種類、基板22の表面における結晶の配向若しくは結晶度、基板22と超伝導層24との格子不整合度は、界面側の表面バリアに影響を及ぼす因子となりうる。超伝導層24の形成方法、超伝導層24における超伝導材料の配向若しくは結晶度、超伝導層24の内部に導入された微細構造の種類、数、体積、若しくは密度は、表面側の二乗平均平方根粗さ、つまりは表面バリアに影響を及ぼす因子となりうる。また、超伝導層24の内部に導入された微細構造の種類、数、体積、若しくは密度は、バルクピンニングなどにより超伝導特性に影響を及ぼす因子となりうる。これらの因子を更に考慮して、表面粗さを低減させるための処理の種類、時間、強度などを決定してもよい。これにより、特性の良好な超伝導デバイス20を製造することができる。
【0027】
表面粗さを低減させるための処理は、超伝導層24の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満となるように実行されてもよい。上述したように、多くの場合、表面が平坦であるほど界面との表面バリア(ポテンシャルエネルギー)の非対称性が大きくなるので、表面の表面粗さをより低減させることにより、特性の良好な超伝導デバイス20を製造することができる。処理後の超伝導層24の表面における二乗平均平方根粗さδRは、例えば、90nm未満、80nm未満、70nm未満、60nm未満、55nm未満、50nm未満、45nm未満、40nm未満、35nm未満、30nm未満、25nm未満、20nm未満、15nm未満、10nm未満、5nm未満であってもよい。
【0028】
実施の形態に係る超伝導デバイス20は、基板22上に形成された超伝導層24を備え、基板22と超伝導層24との界面における表面バリア(またはポテンシャルエネルギー)と超伝導層24の表面における表面バリア(またはポテンシャルエネルギー)とが異なる。この超伝導デバイス20は、臨界電流値の非対称性が大きい特性を有する。これにより、例えば、整流素子として使用する場合の整流率を向上させることができる。
【0029】
この超伝導デバイス20において、超伝導層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満であることが望ましい。これにより、特性の良好な超伝導デバイスを製造することができる。超伝導層24の表面における二乗平均平方根粗さδRは、例えば、上述した値の範囲であってもよい。
【0030】
この超伝導デバイス20は、超伝導層24の表面と平行な方向の成分を有する磁場が印加された状態において、第1の電流方向における第1の臨界電流値と第1の電流方向とは異なる第2の電流方向における第2の臨界電流値が異なることが望ましい。これにより、この超伝導デバイス20を整流素子として利用する場合の整流率を向上させることができる。
【0031】
第1の臨界電流値と第2の臨界電流値の差と、第1の臨界電流値と第2の臨界電流値の平均との比で表される臨界電流値の非対称性は、22%以上であってもよい。臨界電流値の非対称性は、より好ましくは、23%以上、24%以上、25%以上、30%以上、35%以上、40%以上、45%以上、50%以上、55%以上、60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上であってもよい。これにより、この超伝導デバイス20を整流素子として利用する場合の整流率を更に向上させることができる。
【0032】
超伝導デバイス20に印加する磁場の方向は、超伝導層24の表面に対して水平な方向の成分を有していればよく、要は、超伝導層24の表面に対して垂直でなければよい。磁場の方向と、超伝導層24の表面に鉛直な方向との間のなす角θは、0°<θ≦90°であってもよい。θは、より好ましくは、90°、89.5°以上、89°以上、88°以上、87°以上、86°以上、85°以上、80°以上、75°以上、70°以上、65°以上、60°以上、55°以上、50°以上、45°以上であってもよい。
【0033】
超伝導デバイス20に印加する磁場の大きさは、2T未満、1T未満、0.9T未満、0.8T未満、0.7T未満、0.6T未満、0.5T未満、0.4T未満、0.3T未満、0.2T未満、0.1T未満、0.05T未満であってもよい。後述する実施例において示されるように、実施の形態に係る超伝導デバイス20は、0.2T未満程度の磁場の印加により臨界電流値の非対称性が最大となるので、ネオジム磁石などの比較的安価な永久磁石を用いて動作させることができる。これにより、超伝導デバイス20の製造や運用のコストを低減させることができる。
【0034】
[実施例]
上記の超伝導デバイスに関する本発明者らの研究の内容について、以下に詳述する。
【0035】
本実施例では、超伝導材料としてREBa2Cu3Oy(REBCO:REはYを含む希土類元素)を使用した。REBCO高温超伝導体は、安価な液体窒素温度で使用可能であり、超伝導特性が高く、実用化が期待されている材料である。REBCO薄膜表面にエッチングを施すことにより薄膜表面の平坦化を図ることで、Ic非対称性が向上したREBCO薄膜を得た。具体的には、エッチング方法としてドライエッチング法の一つである反応性イオンエッチング(Reactive Ion Etching:RIE)を選択し、LaAlO3(LAO)基板上に作製したSmBa2Cu3Oy(SmBCO)薄膜にRIEを施すことにより、Ic非対称性が向上した薄膜を得た。
【0036】
[SmBCO薄膜の作製]
本実施例では、パルスレーザー蒸着(PLD)法を用いてSmBCO薄膜をLAO基板上に作製した。レーザーにはNd:YAGレーザーを用いた。
【0037】
[RIEによる表面加工]
本実施例では、SmBCO薄膜の表面粗さを低減して平坦化する方法として、RIEによる表面加工を施した。RIEはプラズマを利用したガスによる加工方法であるドライエッチングに分類される。RIEはイオンによる物理的スパッタリングと反応性ガスによる化学反応による高精度な異方性エッチングプロセスであり、半導体デバイスの作製に多く用いられている。
図5は、本実施例で用いた平行平板型RIEの模式図を示す。RIEの物理エッチング原理は以下の通りである。真空容器3内に2枚の平行平板電極4、10を設置し、一方に試料9を置く。電極の試料側(カソード電極10)は高周波電源12に接続され、他方(アノード電極4)はグランド電位5となっている。真空容器3内の気体を排気口2から排気して真空引きした後、流入口1から真空容器3内にエッチングガス(本実施例では、CF
4とO
2の混合ガス)を導入する。平行平板電極間に高周波電圧をかけることで、チャンバー内のエッチングガスは電子衝突によりイオンやラジカルに解離し、イオン8と電子6はプラズマ状態7を形成する。電子6の移動度はイオン8の移動度よりもはるかに大きいため、プラズマ電位は正となる。また、カソード電極10が正の場合は、電子6が電極に向かって加速され負の電荷が蓄積される。カソード電極10が負の場合は正イオン8が電極に向かって加速されるが移動度が小さいため蓄積量は極めて少ない。さらに、ブロッキングコンデンサ11がカソード電極10と高周波電源12を絶縁しているため、電極に蓄積された電子6は放電せず、カソード電極10は負の電位になる。そのためプラズマとカソード電極の間にイオンシースができ電位差が生じる。これはシース電位と呼ばれる。イオンシースは試料9に垂直にできるため、シース電位により加速されたイオン8は垂直に試料9を衝撃して異方性エッチングを起こす。
【0038】
[表面構造観察]
図6は、RIEによる試料表面のAFM像の変化を示す。様々な時間及び強度で試料の表面にRIEを実施し、実施前後のAFM像を観察した。薄膜の表面構造観察には、走査型プローブ顕微鏡の一種である原子間力顕微鏡(AFM:Atomic force microscope)のDynamic force mode(DFM)を用いた。本実施例のAFMは、SII nano technology社製のSPI3800を用いた。探針はカンチレバーの先端に取り付けられており、AFMでは探針と試料表面を微小な力で常に接触させて、力が一定となるように、すなわちカンチレバーのたわみ量が一定となるように探針と試料の間の距離を制御しながら、圧電素子により水平に操作することで表面情報を得る。たわみ量の検出は光てこ法が用いられる。カンチレバーの背面に照射された半導体レーザーの反射光は光検出器内の4分割フォトダイオードに導かれる。カンチレバーのたわみによってレーザーの反射角度が変化するため、4分割フォトダイオードに当たるレーザーの中心位置がずれフォトダイオードの電圧差が変化する。これを検出することでカンチレバーの変位が測定される。DFMはAFMの測定モードの一つであり、圧電素子によりカンチレバーを共振周波数程度で振動させた状態で探針を試料表面に近づけ、振動振幅が一定になるようにカンチレバーの背面にレーザー光を当て、原子間力による振幅の変化を光検出器で検出することによって、表面情報を得ることができる。DFMは接触型のAFMでは測定が困難なやわらかい試料や吸着力のある試料の測定に適している。本実施例では、一辺10μmの正方形領域の表面情報による自乗平均粗さの解析結果を用いて表面粗さδRの評価を行った。いずれの条件においても、RIEにより試料平面の平坦性が向上している。
【0039】
[RIEによる表面粗さの変化]
図7は、エッチング前後における表面の二乗平均平方根粗さδRの変化(ΔRMS)を示す。様々な時間及び強度でRIEを施した3つの試料について、RIEの前後に観察したAFM像の解析結果からδRの変化を評価した。いずれの試料においても、RIEにより表面の二乗平均平方根粗さが減少し、表面の平坦性が向上したことが示された。
【0040】
[RIEによる臨界電流値の変化]
図8は、エッチング前後における薄膜の電流電圧特性の変化を示す。RIEを実施する前(□)と、RIEを実施した後(○)を比較すると、I
c
downはほぼ同程度で若干RIE後の方が絶対値が小さくなっており、I
c
upは明らかにRIE後の方が大きくなった。したがって、RIEにより臨界電流値の非対称性が向上したことが示された。参考として、RIEを実施した後の試料に、表面に垂直な方向の磁場を印加したときの電流電圧特性(●)を示す。表面に垂直な磁場を印加した場合は、RIEを実施した後も正負の臨界電流値はほぼ等しい。
【0041】
[臨界電流値の非対称性の磁場依存性]
図9は、臨界電流値の非対称性の磁場依存性を示す。RIEを実施する前の試料では、0.1T付近で臨界電流値の非対称性が最大となったが、RIEを実施した後の試料では、0.05T付近で臨界電流値の非対称性が最大となった。RIEを実施することにより、臨界電流値の非対称性が増大するとともに、臨界電流値の非対称性が最大となる磁場の強さが減少している。本開示における「臨界電流値の非対称性」の値は、臨界電流値の非対称性の磁場依存性におけるピークの値であってもよい。
【0042】
[臨界電流値の非対称性のエッチング時間依存性]
図10は、臨界電流値の非対称性の最大値のエッチング時間依存性を示す。試料の表面にRIEを60分実施することにより、臨界電流値の非対称性が約50%まで向上した。RIEを120分実施した場合は、臨界電流値の非対称性が低下しているが、これは、試料の臨界温度T
cが測定温度付近まで低下していたためであると考えられる。
【0043】
以上の結果から、RIE加工を施したSmBCO薄膜において、表面平坦性の向上(または表面粗さの低減)に伴う非対称表面バリアの形成により、Ic非対称性の向上が確認された。
【0044】
このように、本実施の形態の技術によれば、超伝導デバイスの超伝導層の表面粗さ(表面加工)を低減させることにより、Ic非対称性を発現及び向上させることができる。また、非対称性を有する超伝導層の膜厚増加や長尺化等によって、超伝導ダイオードの実現のために重要となる電流容量の大容量化を実現することができる。
【0045】
以上、本開示を実施例をもとに説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0046】
本開示のある態様は、超伝導デバイスの製造方法である。この超伝導デバイスの製造方法は、超伝導材料を含む層とは異なる材料を含む基板上に形成された超伝導材料を含む層の表面に対して、表面粗さを低減させるための処理を実行するステップを備える。この態様によると、特性の良好な超伝導デバイスを容易かつ効率的に製造することができる。
【0047】
超伝導材料は、臨界温度が50K以上であってもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを製造することができる。
【0048】
処理は、反応性イオンエッチング処理であってもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを製造することができる。
【0049】
処理は、超伝導層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満となるように実行されてもよい。処理は、超伝導層が形成された基板と超伝導層との界面における表面バリアに比べ超伝導層の表面における表面バリアが大きくなるように実行されてもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを製造することができる。
【0050】
本開示の別の態様は、超伝導デバイスである。この超伝導デバイスは、超伝導材料を含む層とは異なる材料を含む基板上に形成された、超伝導材料を含む層を備え、超伝導層の表面における二乗平均平方根粗さが所定値未満であってもよい。この態様によると、特性の良好な超伝導デバイスを実現することができる。
【0051】
本開示の別の態様は、超伝導デバイスである。この超伝導デバイスは、超伝導材料を含む層とは異なる材料を含む基板上に形成された、超伝導材料を含む層を備え、基板と超伝導層との界面における表面バリアと超伝導層の表面における表面バリアが異なる。この態様によると、特性の良好な超伝導デバイスを実現することができる。
【0052】
層の表面と平行な方向の成分を有する磁場が印加された状態において、第1の電流方向における第1の臨界電流値と第1の電流方向とは異なる第2の電流方向における第2の臨界電流値が異なってもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを実現することができる。
【0053】
第1の臨界電流値と第2の臨界電流値の差と、第1の臨界電流値と第2の臨界電流値の平均との比で表される臨界電流値の非対称性が22%以上であってもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを実現することができる。
【0054】
超伝導層は、超伝導材料とは異なる材料により形成された微細構造を含んでもよい。この態様によると、より特性の良好な超伝導デバイスを実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、超伝導デバイスの製造方法及び超伝導デバイスに利用可能である。
【符号の説明】
【0056】
1 流入口、2 排気口、3 真空容器、4 アノード電極、5 グランド電位、6 電子、7 プラズマ、8 イオン、9 試料、10 カソード電極、11 ブロッキングコンデンサ、12 高周波電源、20 超伝導デバイス、22 基板、24 超伝導層。