(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】乳房炎用注入剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/19 20060101AFI20231005BHJP
A61K 47/14 20170101ALI20231005BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20231005BHJP
A61P 15/14 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
A61K38/19 ZNA
A61K47/14
A61K9/08
A61P15/14 171
(21)【出願番号】P 2021543030
(86)(22)【出願日】2020-08-28
(86)【国際出願番号】 JP2020032534
(87)【国際公開番号】W WO2021039951
(87)【国際公開日】2021-03-04
【審査請求日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2019157299
(32)【優先日】2019-08-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定技術研究支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち経営体強化プロジェクト)」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】591281220
【氏名又は名称】日本全薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊 佳男
(72)【発明者】
【氏名】大田 方人
(72)【発明者】
【氏名】林 智人
(72)【発明者】
【氏名】立松 謙一郎
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 光博
(72)【発明者】
【氏名】津久井 利広
(72)【発明者】
【氏名】猪狩 義勝
(72)【発明者】
【氏名】都丸 友久
(72)【発明者】
【氏名】諏訪 久仁子
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/077856(WO,A1)
【文献】NAIR M. K. M. et al.,Antibacterial Effect of Caprylic Acid and Monocaprylin on Major Bacterial Mastitis Pathogens,Journal of Dairy Science,2005年,Vol.88 No.10,p.3488-3495
【文献】菊佳男,抗生物質に代わる乳房炎治療法 サイトカインの活用―牛の生体制御機能を高めて感染に対抗―,酪農ジャーナル,2014年,Vol.67 No.7,p.18-20,ISSN;0916-3360
【文献】田中秀和, ほか,臨床獣医師による最新乳房炎研究 慢性乳房炎(Streptococcus uberis感染症)に対するショート乾乳治療の取り,臨床獣医,2017年,Vol.35 No.6,p.12-18,ISSN;0912-1501
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/19
A61K 47/14
A61K 9/08
A61P 15/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を有効成分として含有し、
炭素数8~12の中鎖脂肪酸モノグリセリドを添加剤として含有
し、水性基剤を基剤として含有する、乳房炎用注入剤。
【請求項2】
前記中鎖脂肪酸モノグリセリドが、
水性エマルジョンの形態である、請求項1に記載の乳房炎用注入剤。
【請求項3】
前記顆粒球マクロファージコロニー刺激因子が、カイコ発現系による組換えウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子である、請求項1又は2に記載の乳房炎用注入剤。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の乳房炎用注入剤を、乳用家畜に投与する工程を含む、乳房炎の治療及び/又は予防方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳房内への拡散性及び分散性に優れ、効果の持続性が高い、乳房炎用注入剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ウシの乳房炎は、黄色ブドウ球菌や大腸菌などの病原性微生物が、乳房内や乳腺組織内に進入し増殖することによって炎症を引き起こす疾患である。この疾患は、乳牛において最も発生の多い疾患であり、乳房炎の損害は、生産乳量の減少、乳品質の低下、淘汰更新費、治療費、出荷制限期間の生乳廃棄等の損失等によって、酪農経営に重大な被害をもたらす。わが国の乳牛等飼養頭数は年々減少の一途を辿っているが、乳房炎を含む泌乳器病の発生件数はむしろ増加傾向にあり、近年の獣医療技術や搾乳機器の性能の向上にも関わらず、未だに乳房炎の防除は困難である。また、臨床症状の見えない潜在性乳房炎による乳量及び乳質低下も加味すると、乳房炎全体の損害はさらに拡大する。
【0003】
乳房炎が発症した際には、従来から、乳房炎に罹患した家畜の乳房に乳房炎用注入剤を投与する治療法が多く用いられている。乳房炎用注入剤の多くは、抗生物質からなる主剤を、なたね油等の油性基剤に混濁させたものであり、この乳房炎用注入剤を直接乳房に注入することによって、多くの乳房炎は治癒又は症状が軽減される。乳房炎用注入剤の主剤には、古くはペニシリン系抗生物質が用いられ、その後合成ペニシリン系抗生物質が用いられ、更にその後セフェム系抗生物質へと移り変わり、現在ではセフェム系抗生物質が最も多用されている。
【0004】
しかしながら、このような乳房炎の抗生物質を用いた治療には、耐性菌の出現、耐性菌の出現に伴う畜産物(牛乳等)中への薬剤の残留、疾患の慢性化などの問題がある。また抗生物質を用いた治療効果は、必ずしも満足できるものではない。その一因として、従来の乳房炎用注入剤の多くは、主剤を単に油性基剤に懸濁させたものが一般的であり、主剤の拡散性及び分散性が不十分であることが考えられる。このような抗生物質の諸問題が懸念されるなか、ウシの乳房炎治療剤等の動物医薬品の分野においても、抗生物質の使用量の低減を目的とした治療薬の開発が国内外で試みられている。例えば、抗生物質に替わる次世代乳房炎治療薬として、乳房内の免疫機能を高めることを意図した生体由来のタンパク質であるサイトカインの利用が検討されている。
【0005】
サイトカインの1種である顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は乳汁中の貪食細胞機能の亢進作用と炎症性サイトカインの産生作用に優れており、次世代乳房炎治療薬として最も期待されている。これまで、遺伝子組換え(TG)カイコを用いてウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(bGM-CSF)を低コストで効率的に作製する技術が確立されており(非特許文献1)、この遺伝子組換え(TG)カイコで生産されたウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(TGbGM-CSF)の乳槽内への投与が有効であることが確認されている(非特許文献2)。しかしながら、TGbGM-CSFの実用化に向けて、製剤としての安定性、乳房内における薬剤送達及び薬効の向上、低コスト化の観点からの検討は今までなされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】宮澤光博、立松謙一郎、瀬筒秀樹、菊佳男、林智人、大田方人、犬丸茂樹、櫛引史郎、遺伝子組換えカイコを用いたウシGM-CSFの大量調整、日乳会報、18、59-62(2014)
【文献】菊 佳男、櫛引史郎、宮澤光博、立松謙一郎、大田方人、犬丸茂樹、尾澤知美、新宮博行、長澤裕哉、林 智人、組換えカイコ発現系で作製した牛GM-CSFの泌乳期乳房炎治療技術としての有用性、日乳会報、22、35-38(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、抗生物質に代替するウシ乳房炎の新たな治療薬となる顆粒球マクロファージコロニー刺激因子の製剤化にあたり、活性成分の乳房内への拡散性及び分散性を向上させるための手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)を有効成分とする乳房炎用注入剤に、中鎖脂肪酸モノグリセリド(MCM)を配合することによって、GM-CSFの乳房内への分散性と拡散性が向上し、GM-CSF単独よりも乳房炎の良好な治療効果が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)顆粒球マクロファージコロニー刺激因子を有効成分として含有し、中鎖脂肪酸モノグリセリドを添加剤として含有する、乳房炎用注入剤。
(2)前記中鎖脂肪酸モノグリセリドが、炭素数8~12の脂肪酸モノグリセリドである、(1)に記載の乳房炎用注入剤。
(3)前記顆粒球マクロファージコロニー刺激因子が、カイコ発現系による組換えウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子である、(1)又は(2)に記載の乳房炎用注入剤。
(4)(1)~(3)のいずれかに記載の乳房炎用注入剤を、乳用家畜に投与する工程を含む、乳房炎の治療及び/又は予防方法。
本願は、2019年8月29日に出願された日本国特許出願2019-157299号の優先権を主張するものであり、当該特許出願の明細書に記載される内容を包含する。
【0010】
本発明の乳房炎用注入剤は、有効成分である顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)の乳房内への拡散性及び分散性に優れるため、ウシ乳房炎に対して少ない投与回数及び使用量で高い治療効果が得られる。よって、本発明の乳房炎用注入剤は、ウシ乳房炎の治療や管理における酪農家の労力及び時間、ウシ乳房炎による経済的損失を大幅に削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】MCMの存在下におけるGM-CSF依存性細胞の増殖測定試験結果を示す。
【
図2】乳房炎罹患ウシに対するセフェム系抗生物質含有泌乳期用乳房注入剤、GM-CSF単剤、及びMCM配合GM-CSFの乳房内注入後のリニアスコア変化率の経時変化を示す(●:セフェム系抗生物質含有泌乳期用乳房注入剤、◆:GM-CSF単剤、▲:MCM配合GM-CSF)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の乳房炎用注入剤は、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)を有効成分として含有し、中鎖脂肪酸モノグリセリド(MCM)を添加剤として含有する。
【0013】
本発明において用いる「顆粒球マクロファージコロニー刺激因子」(以下、本明細書において「GM-CSF」と記載する場合がある)は、好ましくはウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(bGM-CSF)である。bGM-CSFタンパク質のアミノ酸配列及びbGM-CSF mRNAの塩基配列は公知であり(Bos taurus colony stimulating factor 2]:GenBank number: Nucleotide NM_174027、Protein NP_776452)、配列表の配列番号1に塩基配列及びコード領域のアミノ酸配列を示す。本発明に用いるbGM-CSFとしては、カイコ発現系で産生される組換えタンパク質(TGbGM-CSF)が好ましく、配列番号2に示すアミノ酸配列からなる。配列番号2のアミノ酸配列の1位~19位のアミノ酸配列はカイコ由来のシグナルペプチドに相当する。よって、TGbGM-CSFを使用する場合は、このシグナルペプチドを除いた成熟タンパク質部分のみを用いてもよい。また、配列番号2に示すアミノ酸配列(1位~19位のアミノ酸を除く)において1から数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質、あるいは、配列番号2に示すアミノ酸配列(1位~19位のアミノ酸を除く)に対して90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であってもよく、そのようなホモログタンパク質も同様に用いることができる。なお、本明細書において、「数個」という用語は、好ましくは10個以下、より好ましくは、5個、4個、又は3個を意味する。
【0014】
本発明の乳房炎用注入剤全量に対するGM-CSFの含有量は、通常0.001~0.01重量%、好ましくは0.002~0.008重量%であるが、治療効果により適宜増減してもよい。
【0015】
本発明において使用する「中鎖脂肪酸モノグリセリド」(以下、本明細書において「MCM」と記載する場合がある)は、グリセリンと中鎖脂肪酸とのモノエステルである。中鎖脂肪酸モノグリセリドの構成脂肪酸としては、炭素数6~12、好ましくは炭素数8~12の飽和又は不飽和脂肪酸が挙げられ、具体的には、カプロン酸、エナンチン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデシル酸、ラウリン酸が相当する。本発明において用いる中鎖脂肪酸モノグリセリドの好ましい具体例としては、例えば、グリセリンモノカプロン酸エステル、グリセリンモノカプリル酸エステル、グリセリンモノカプリン酸エステル、グリセリンモノラウリル酸エステル等が挙げられる。これらの中鎖脂肪酸モノグリセリドは、1種単独で用いてもよく、2種以上組み合わせて用いてもよい。また、中鎖脂肪酸モノグリセリドは、市販品を用いればよく、例えば、炭素数8のカプリル酸モノエステルであるサンソフト707(太陽化学株式会社製)や炭素数12のラウリン酸モノエステルであるサンソフト757(太陽化学株式会社製)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
本発明の乳房炎用注入剤全量に対するMCMの含有量は、基剤の種類により異なるが、例えば、0.5~8重量%、好ましくは1~6重量%、より好ましくは2.5~5重量%である。
【0017】
本発明の乳房炎用注入剤の基剤は、油性基剤であっても水性基剤であってもよい。油性基剤としては、油脂類(なたね油、コーン油、オリーブ油、大豆油、落花生油、ひまわり油、綿実油、パーム油、ヤシ油、ごま油、ヒマシ油、ラード、ヘッド等)、ロウ類(ラノリン、ミツロウ、カルナウバロウ等)、炭化水素類(流動パラフィン、スクワレン、スクワラン、ワセリン等)、脂肪酸類(ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ベヘニン酸等)、エステル類(ミリスチン酸イソプロピル、パルミチン酸イソプロピル、オクタン酸セチル、トリオクタン酸グリセリン、ミリスチン酸オクチルドデシル、ステアリン酸オクチル、ステアリン酸ステアリル等)などが挙げられ、水性基剤としては、精製水、生理食塩水、低級アルコール類(エタノール、イソプロパノール等)、高級アルコール類(グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3―ブチレングリコール等)などが挙げられる。
【0018】
本発明の乳房炎用注入剤における基剤の含有量は、当業者であれば、基剤の種類、剤中に含まれる主成分とその他の添加剤等のすべての成分の濃度を勘案して決定することができ、特に限定はされないが、通常、注入剤全量に対して50~99.5重量%、好ましくは70~98重量%程度である。
【0019】
本発明の乳房炎用注入剤には、動物用医薬として許容可能な、また、食品として許容可能な他の成分を含有してもよく、例えば、等張化剤、酸化防止剤、保存剤、防腐剤、着色料、粘度調節剤等が挙げられる。
【0020】
本発明の乳房炎用注入剤の製造は、当業者であれば通常の方法で行うことができる。例えば、GM-CSFとMCMを油性基剤に加え、必要より加熱して溶解し、冷却後、ホモジナイザーで混合撹拌することにより調製できる。あるいは、MCMを水性基剤(注射用水等)に添加してホモジナイザーで混合撹拌してエマルジョンとし、これにGM-CSFを添加することによって調製できる。
【0021】
本発明の乳房炎用注入剤の剤型は、乳頭口から乳槽内に注入するのに適した液剤であり、注入が容易となるように注入用カニューラに充填した形態とすることができる。また、本発明の乳房炎用注入剤は、注入用カニューラと合わせてキットの形態で提供することもできる。
【0022】
本発明の乳房炎用注入剤の投与方法は、ウシ等の家畜の乳頭口から乳腺内に注入用カニューラにより注入する方法が好ましい。本発明の乳房炎用注入剤を上記方法で注入する場合、その投与量は当業者であれば適宜決定できるが、通常ウシ乳房1分房につき1回あたり、例えば、GM-CSFを50μg~500μg、好ましくは100μg~400μgの量とすることができる。また、投与回数についても、当業者であれば適宜決定できるが、通常は1回だけの投与でよい。
【0023】
投与の時期もまた、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、泌乳期に投与してもよく、乳房内に薬剤を長時間作用させることができるため、搾乳がない乾乳期に投与することもできる。
【0024】
本発明の乳房炎用注入剤は、乳房炎を正常な状態に改善する治療薬として、及び/又は、乳房炎の発症を抑制する予防薬として用いることができる。本発明において「乳房炎」とは、臨床型乳房炎と潜在性乳房炎(非臨床型乳房炎ともいう)のいずれをも含む。臨床型乳房炎は、乳房が赤く腫れ、発熱し、痛みを伴う、或いは乳汁中にブツが混入するなど、肉眼的な異常が認められるのに対し、潜在性乳房炎は、臨床型乳房炎のような異常が見られずに乳腺に炎症が起きる。
【0025】
本発明の乳房炎用注入剤の投与対象は、乳汁を分泌生産する乳用家畜(搾乳用家畜)であり、例えば牛(乳牛)、山羊、羊、水牛等が挙げられる。乳牛は、正常乳牛、乳房炎発症の可能性のある乳牛、乳房炎発症中の乳牛、又は乳房炎発症歴のある乳牛のいずれをも含む。本発明の乳房炎用注入剤は、乳房炎発症中の乳牛に対しては治療剤として、また、正常乳牛、乳房炎発症の可能性のある乳牛又は乳房炎発症歴のある正常乳牛に対しては予防剤として有効である。
【0026】
本発明の乳房炎用注入剤の治療効果の判定は、乳腺に炎症が起こると、乳中体細胞数が増加するので、乳中体細胞数の測定によって行うことができる。ここで、「乳中体細胞数」とは、乳汁中の白血球と脱落上皮細胞の総称をいう。乳中体細胞数は、当業者であれば定法により計測可能である。たとえば、乳腺から採取した乳汁を、必要により希釈し、及び/又は蛍光色素等で染色し、フローサイトメーター等の専用の自動体細胞数測定装置により測定することができる。乳中体細胞数を基準とする場合は、治療効果が得られたといえるレベルは、通常30万/ml以下であり、より好ましくは20万/ml以下であり、さらに好ましくは10万/ml以下である。また、治療効果の判定には、乳中体細胞数を対数変換した「リニアスコア」を用いることもできる。リニアスコアは、健康なウシも含めてウシ群全体の乳房炎罹患状況を反映した乳房炎の指標であり、判定には、目的に応じて乳中体細胞数又はリニアスコアを単独で用いてもよく、あるいは、乳中体細胞数とリニアスコアを組み合わせてもよい。
【0027】
また、乳房炎を発症させる病原菌数の測定によっても、治療効果の判定を行うことできる。病原菌の菌数の測定は、当業者であれば、定法により行うことができる。例えば、乳腺から採取した乳汁を、減菌生理的食塩水により段階的に希釈し、これを血液寒天培地に平板塗抹法により塗布して37℃で48時間培養後、培地上に形成されたコロニー数をカウントして、採乳中の細菌数(cfu/ml)を算出する。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
(参考例)組換えウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(rbGM-CSF)の調製
実施例で用いた組換えウシ顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(rbGM-CSF)の調製は、以下のとおり行った。
【0030】
(1)rbGM-CSFの発現系と抽出
pBGMCSF(pGEM-5Zf(-)EcoRVにGM-CSF のPCR 産物を挿入することにより作製)をテンプレートにし、GM-CSF SersigBsmUプライマー(TCGTCTCAAGCTGCACCTACTCGCCCACCC:配列番号3)及びBsmBIboGM-CSFLプライマー(TCGTCTCCCTAGGTCACTTCTGGGCTGGTT:配列番号4)でPCR増幅した。得られたPCR産物を制限酵素BsmBIで切断し、pBac[SerUAS_Ser1intron_hr5/3xP3-EYFP_A3-Bla]のBsmBI部位に挿入し、得られたプラスミドをUASコンストラクトとした。このUASコンストラクトを用いてTamuraらの方法(Tamura T.et al.,2000,NatureBiotechnology,18,81-84)に従ってUAS遺伝子組換えカイコ系統を作出した。宿主系統として、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構で維持されている白眼・白卵・非休眠系統のw1-pnd系統を用いた。得られたUAS遺伝子組換えカイコ系統を、中部絹糸腺でGAL4を発現する系統と交配した。得られた次世代カイコのうち、GAL4コンストラクトとUASコンストラクトを共に持つ個体を選抜マーカーにより選抜した。5齢6日目の幼虫を解剖し、中部絹糸腺を摘出した。中部絹糸腺1本当たり1 mLの100 mM リン酸バッファー(pH 7.2)の抽出液で、4℃、2時間振とうすることにより、目的タンパク質を抽出した。
【0031】
(2)rbGM-CSFの精製
目的タンパク質を含む抽出液は、一旦凍結融解処理を行い、一部の夾雑タンパク質を除去した。上清を、濃度が約60%の硫酸アンモニウム溶液によって塩析処理を行い、夾雑タンパク質を沈殿として除去した後、続いて約90%の硫酸アンモニウム溶液によって塩析処理を行い、目的産物であるGM-CSFが濃縮された沈殿を回収した。このGM-CSFを含む沈殿をリン酸緩衝液に溶解し、疎水性相互作用液体クロマトグラフィー及びイオン交換液体クロマトグラフィーによって精製を行った。溶出画分について電気泳動で試料の性状を観察すると、糖鎖が付加されたGM-CSFと糖鎖修飾がされていないGM-CSFの2本のバンドを明瞭に観察することができた。試料を、緩衝液交換とエンドトキシンの除去を目的として、さらにハイドロキシアパタイトを担体とする液体クロマトグラフィーに供し、溶出画分を採取することによって精製rbGM-CSF を得た。
【0032】
(実施例1)中鎖脂肪酸モノグリセリド(MCM)のGM-CSFの生物活性に与える影響
中鎖脂肪酸モノグリセリド(MCM)を添加剤として用いて組換えGM-CSFを有効成分とする乳房炎用注入剤の製剤化を行うにあたり、MCM の組換えGM-CSFの生物活性に与える影響を、MCMと混合した組換えGM-CSFのin vitro活性を測定することによって評価した。組換えGM-CSFは、参考例で調製した精製rbGM-CSFを用い、中鎖脂肪酸モノグリセリド(MCM)は炭素数8のカプリル酸モノエステルであるサンソフト707(太陽化学株式会社製)を用いた。
【0033】
組換えGM-CSFの活性は、GM-CSF依存性細胞株を用いて確認した。ヒトGM-CSF依存性細胞株であるTF-1を、ウシGM-CSF存在下に20代以上継代してTF-1Bとした。このTF-1B をダルベッコのリン酸緩衝生理的食塩水(D-PBS)で洗浄後、0.5x105個/mL又は1.0x105個/mLの細胞密度で、GM-CSF(400 pg/mL)と各濃度のMCM(0%、0.001% 0.002%、0.004%、0.008%)を含む培養液中で2日間培養した。MCMは、0.8 %MCMを含むD-PBS溶液を調製し、これを上記各濃度になるように細胞培養液に混和した。培養終了4時間前に細胞増殖測定用試薬CellCountigKit-8(株式会社同仁化学研究所)を用い、吸光度を計測して細胞増殖を測定した。
【0034】
測定結果を
図1に示す。
図1に示すように、MCM濃度が0.008%以下では、GM-CSFの生物活性に影響を与えず、細胞の増殖測定が可能であることが確認できた。
【0035】
(実施例2)乳房炎罹患ウシに対するMCM配合GM-CSFの治療効果の評価
GM-CSFとともに中鎖脂肪酸モノグリセライド(MCM)を基剤に配合した乳房炎用注入剤(MCM配合GM-CSF)による乳房炎治療効果を評価した。評価は、泌乳期乳房炎ウシに対してMCM配合GM-CSFを乳房内注入したときのリニアスコア変化率を、GM-CSF単剤又は市販のセフェム系抗生物質含有泌乳期用乳房注入剤を乳房内注入したときのリニアスコア変化率と比較することにより行った。MCM配合GM-CSFは、5mlの注射用水にMCM(サンソフト707:太陽化学株式会社製)を濃度が5重量%となるように加えた後、ホモジナイザーで混合撹拌して得られたMCMエマルジョンに、100μgの精製rbGM-CSFを溶解した5mlの注射用水を添加することにより調製した(最終MCM濃度:2.5重量%)。また、GM-CSF単剤は、100μgの精製rbGM-CSFを注射用水5mlに溶解することにより調製した。
【0036】
泌乳期ウシ12頭の乳房より採乳した乳サンプルについて体細胞数を測定し、対数変換したリニアスコアが高値を示した15乳房を供試した(平均±標準偏差:6.34±2.27)。セフェム系抗生物質(セファゾリン)含有泌乳期用乳房注入剤(商品名:セファメジンZ(登録商標)、セファゾリン150mg)、GM-CSF単剤(100μg/5ml/乳房)及びMCM配合GM-CSF(100μg/5ml/乳房)をそれぞれ7乳房、4乳房、4乳房に注入した。セフェム系抗生物質含有乳房注入剤は用法に従って、3日間連続で乳房内注入を行い、GM-CSF単剤及びMCM配合GM-CSFは、それぞれ単回乳房内注入を行った。試験観察期間は、各薬剤の注入後-1、0(直前)、0.25、1、2、3、7、14、21及び28日とした。各薬剤の治療効果は、注入後0日の乳汁のリニアスコアを基準とし(1とする)、各観察日の乳汁のリニアスコアの相対比(リニアスコア変化率)を求めることにより評価した。
【0037】
結果を
図2に示す。セフェム系抗生物質含有乳房注入剤を注入した群では、注入後0.25日にリニアスコア変化率が最大値1.23を示した後、注入後14日で最小値0.69となった。その後、注入後28日では0.75を示した。GM-CSF単剤を注入した群では、注入後0.25日にリニアスコア変化率が最大値1.31を示した後、注入後7日で最小値0.80となった。その後、注入後28日では1.12を示した。これに対し、MCM配合GM-CSFを注入した群では、注入後1日にリニアスコア変化率が最大値1.14を示した後、漸減し、注入後28日で最小値0.69となった。これらの結果から、MCM配合GM-CSFは、GM-CSF単剤と比較して、リニアスコア変化率の最小値が低く、また28日間リニアスコア変化率が徐々にかつコンスタントに低減し、再上昇することもないから、GM-CSFの基剤としてMCMを配合することにより、GM-CSFの薬効が高められ、かつ持続性があることが示された。また、MCM配合GM-CSFは、リニアスコア変化率の最大値が最も低いことから、注入後の過剰な炎症反応が惹起されず、副反応が小さいため、安全面でも優れているといえる。また、MCM配合GM-CSFは単回投与により、従来のセフェム系抗生物質含有乳房注入剤の3日間の連続投与と同等の効果が得られることから、MCM配合GM-CSFは、投与回数が少なくて済み、利用者の労力及び時間的負担の軽減ができる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、動物用医薬の製造分野において利用できる。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願をそのまま参考として本明細書に組み入れるものとする。
【配列表】