IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 信越化学工業株式会社の特許一覧

特許7361011重希土類元素のリサイクル方法及び希土類磁石のリサイクル方法
<>
  • 特許-重希土類元素のリサイクル方法及び希土類磁石のリサイクル方法 図1
  • 特許-重希土類元素のリサイクル方法及び希土類磁石のリサイクル方法 図2
  • 特許-重希土類元素のリサイクル方法及び希土類磁石のリサイクル方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】重希土類元素のリサイクル方法及び希土類磁石のリサイクル方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20231005BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20231005BHJP
   C22B 9/16 20060101ALI20231005BHJP
   C22B 9/20 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
C22B59/00
C22B7/00 Z
C22B9/16
C22B9/20
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020183808
(22)【出願日】2020-11-02
(65)【公開番号】P2022073669
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2022-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100207756
【弁理士】
【氏名又は名称】田口 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100129746
【弁理士】
【氏名又は名称】虎山 滋郎
(74)【代理人】
【識別番号】100135758
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 高志
(74)【代理人】
【識別番号】100154391
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康義
(72)【発明者】
【氏名】廣田 晃一
(72)【発明者】
【氏名】岩野 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】榊 一晃
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-031624(JP,A)
【文献】特開2001-335852(JP,A)
【文献】特開2010-285680(JP,A)
【文献】特開2014-051731(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 7/00,9/16,9/20,59/00
H01F 1/053
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重希土類元素含有溶融塩電解残渣から重希土類元素を回収し、リサイクルする方法であって、
前記重希土類元素含有溶融塩電解残渣の粗粒とフッ化材とを混合し焼成することで前記溶融塩電解残渣の粗粒をフッ化処理する工程、
前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒を粉砕して、前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末を得る工程、及び
前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末と、R、R-M合金又はR-M-B合金(RはLa、Ce、Nd、Pr及びSmからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素、又はLa、Ce、Nd、Pr及びSmからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素とY、Gd、Dy、Tb及びHoからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素とであり、MはFe、Co等の遷移金属であり、Bはホウ素である)とを混合し、加熱溶解して、スラグと溶融合金とに分離し、前記溶融合金中に重希土類元素を選択的に抽出する工程を含む重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項2】
前記重希土類元素含有溶融塩電解残渣が、Dy及びTbからなる群から選ばれる1種以上の重希土類元素を50質量%以上含有する、酸化物、フッ化物及び酸フッ化物から選ばれる1種類以上の化合物である請求項1に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項3】
前記フッ化材がNHF、NHFHF、HFガス及びフッ素ガスからなる群から選ばれる1種以上のフッ化材である請求項1又は2に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項4】
前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の酸素濃度が1.0質量%以下である請求項1~3のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項5】
前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の炭素濃度が0.3質量%以下である請求項1~4のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項6】
前記加熱溶解する方法が、アーク溶解、プラズマ溶解又は高周波誘導加熱溶解である請求項1~5のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項7】
前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末の気流分散法によるレーザー回折法での平均粒径が10~100μmである請求項1~6のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項8】
前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石製造工程で発生した廃棄物である請求項1~7のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項9】
前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石製造工程で発生した焼結体である請求項1~7のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項10】
前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石の加工工程で発生したスラッジ又は該スラッジを焼成した加工物である請求項1~8のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項11】
前記R、R-M合金、R-M-B合金が、希土類磁石応用製品から回収された磁石廃棄物である請求項1~7のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の重希土類元素のリサイクル方法により重希土類元素を抽出した合金を、希土類磁石用原料合金として利用する希土類磁石のリサイクル方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石製造工程において発生する溶融塩電解残渣から重希土類元素を回収する重希土類元素のリサイクル方法、及びそのリサイクル方法により重希土類元素を抽出した合金を利用する希土類磁石のリサイクル方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
希土類磁石は、省エネルギー化や高機能化に必要不可欠な機能性材料として、その応用範囲はエアコン等の一般家電製品からHEVやEV等の自動車用途まで幅広い分野に広がっており、生産量も年々拡大している。また、最近ではこれら磁石応用製品が高温環境下で使用されることから、希土類磁石の耐熱性の向上も求められている。
【0003】
一般的な希土類磁石は、所定組成に調整した原料合金を不活性ガス雰囲気中で微粉砕し、磁場印加しながらある程度の大きさに圧粉成形し、真空あるいは不活性ガス雰囲気中で焼結することにより製造される。製造された希土類磁石は、機械加工や研削加工により製品形状に加工され、更にめっきや塗装等の表面処理を施されて製品となる。これらの工程の中で発生する工程内スクラップ(成形もれ粉、焼結・特性不良品、加工不良品、めっき不良品等)は、当初の原料重量の十数パーセント、加工・研削工程で発生するスラッジ(加工、研削屑)は製品原料の数十パーセントに達する。このため、希少資源の有効活用、廃棄物発生量の低減、更には希土類磁石の価格低減の観点から、上記スクラップやスラッジ等からの希土類元素のリサイクルは重要なプロセスとして位置づけられている。
【0004】
また、希土類磁石の耐熱性を向上させるにはDyやTb等の重希土類元素の添加が有効である。例えば、高耐熱仕様の希土類磁石では数パーセントの重希土類元素を含有する。これら重希土類元素は地質学的には地殻中に広く分布するものの、経済的に採算がとれる生産地に偏りがある。このため、重希土類元素の原料を安定的に調達できないリスクが高く、また需給バランスの変化に伴い重希土類元素の価格変動が大きいといった問題がある。そのため、とりわけ重希土類元素の効率的なリサイクル方法の確立は急務である。
【0005】
特許文献1には、以下の方法により、希土類元素を高効率で回収できることが記載されている。R-Fe-B系希土類磁石スクラップ及び/又はスラッジ(R:Yを含む希土類元素、好ましくはPr、Nd、Tb及びDyからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素)を再溶解するに際し、R-Fe-B系磁石に用いる原料金属のうち希土類を含まないものをるつぼに予め装入する。そして、これらの加熱溶解後、希土類元素を含む原料金属と、R-Fe-B系希土類磁石スクラップ及び/又はスラッジと、アルカリ金属、アルカリ土類金属、及び希土類金属からなる群から選ばれる1種又は2種以上の金属のハロゲン化物を含むフラックスとを適量添加して、これらを溶解させる。そして、R-Fe-B系磁石合金として、希土類元素を回収する。
【0006】
また特許文献2には、ネオジム磁石等の希土類含有合金を、アルカリ金属やアルカリ土類金属のハライド化合物が添加された溶融塩に浸漬して希土類元素を抽出し、その後電気分解して金属又は合金として希土類元素を回収する方法が記載されている。
【0007】
希土類磁石の耐熱性向上のため添加するDy、Tbをはじめとする重希土類原料の製造方法として、溶融塩電解法が一般的である。溶融塩電解法では、重希土類フッ化物、又は重希土類フッ化物とアルカリ金属のフッ化物もしくはアルカリ土類金属のフッ化物との混合フッ化物を電解浴として用いる。そして、重希土類フッ化物もしくは重希土類酸化物を還元して、重希土類の金属もしくは合金を得る。例えば、特許文献3には、フッ化ジスプロシウム、フッ化リチウム、フッ化バリウム、及びフッ化カルシウムを含む溶融塩電解浴からジスプロシウム-鉄合金を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2003-113429号公報
【文献】特開2015-120973号公報
【文献】特開昭62-146290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の希土類磁石スクラップの回収方法においては、金属ハロゲン化物をフラックスとして添加する。しかし、このフラックスは、残渣由来の原料ではなく、新たな副資材として追加投入した金属ハロゲン化物である。このため、新たな副資材を追加投入する必要があり、原材料費ならびに環境負荷が増大するので、特許文献1の希土類磁石スクラップの回収方法には、経済性及びリサイクルの観点からさらに改善の余地がある。
【0010】
特許文献2の希土類元素回収方法では、希土類磁石スクラップや合金を、一般的な希土類金属の製造工程である溶融塩電解工程に戻し、当該スクラップ等を溶融塩中に浸漬して希土類元素を抽出して金属又は合金として回収する。しかし、Nd、Pr等の軽希土類とDy、Tb等の重希土類の溶融塩中への抽出率に差がほとんどないため、希土類磁石スクラップ及び合金に含まれる比較的安価な軽希土類も溶融塩中に一律に抽出される。また、一般的に製造工程の長い製品のリサイクルを検討する場合、上流工程に戻すほど分離工程が複雑となり、かつ再生原料に対して低い不純物濃度が要求されるため、リサイクルにかかる工程負荷が増大し採算が悪化する恐れがある。
【0011】
上述の重希土類原料金属又は合金を製造する溶融塩電解工程では、フッ化物もしくは酸化物を原料として利用する。このため、電解操業後には未還元の酸化物ならびに反応生成物の酸フッ化物、さらに陽極ならびに陰極から混入するFeや炭素が残渣として残る。通常、この溶融塩残渣は細かく解砕し、大気中で焼成後、磁選することで不純物を除去して電解原料の溶融塩としてリサイクルされる。その際、純原料溶融塩と同じ不純物濃度にまで溶融塩残渣の純度を上げるには精錬コストがかかる。このため、工業的には電解操業上問題のない不純物レベルまで溶融塩残渣の純度を上げ、さらに純原料と混合し希釈して溶融塩残渣は再利用される。そのため、工業的な溶融塩のリサイクル率は十数パーセント程度と必ずしも高くない。
【0012】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、希少な重希土類元素をできるだけ製品に近い形態で効率的に抽出する重希土類元素のリサイクル方法及び回収した重希土類元素を希土類磁石原料合金として再利用する希土類磁石のリサイクル方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、重希土類含有溶融塩電解残渣の粗粒に対してフッ化処理を行い、次いでこのフッ化処理した粗粒を粉砕することにより得られた粉末とR、R-M合金、又はR-M-B合金原料(RはY、La、Ce、Nd、Pr、Sm、Gd、Dy、Tb及びHoからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素、MはFe、Co等の遷移金属、Bはホウ素)と混合し、加熱して溶解させることによって、重希土類元素を合金として効率的に回収できることを見出し、本発明をなすに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の重希土類含有溶融塩電解残渣からの重希土類元素のリサイクル方法及びそのリサイクル方法により重希土類元素を抽出した合金を利用する希土類磁石のリサイクル方法を提供する。
[1]重希土類元素含有溶融塩電解残渣から重希土類元素を回収し、リサイクルする方法であって、前記重希土類元素含有溶融塩電解残渣の粗粒とフッ化材とを混合し焼成することで前記溶融塩電解残渣の粗粒をフッ化処理する工程、前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒を粉砕して、前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末を得る工程、及び前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末と、R、R-M合金又はR-M-B合金(RはY、La、Ce、Nd、Pr、Sm、Gd、Dy、Tb及びHoからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素、MはFe、Co等の遷移金属、Bはホウ素)とを混合し、加熱溶解して、スラグと溶融合金とに分離し、前記溶融合金中に重希土類元素を選択的に抽出する工程を含む重希土類元素のリサイクル方法。
[2]前記重希土類元素含有溶融塩電解残渣が、Dy及びTbからなる群から選ばれる1種以上の重希土類元素を50質量%以上含有する、酸化物、フッ化物及び酸フッ化物から選ばれる1種類以上の化合物である上記[1]に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
ル方法。
[3]前記フッ化材がNHF、NHFHF、HFガス及びフッ素ガスからなる群から選ばれる1種以上のフッ化材である上記[1]又は[2]に記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[4]前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の酸素濃度が1.0質量%以下である上記[1]~[3]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[5]前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の炭素濃度が0.3質量%以下である上記[1]~[4]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[6]前記加熱溶解方法が、アーク溶解、プラズマ溶解又は高周波誘導加熱溶解である上記[1]~[5]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[7]前記フッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末の気流分散法によるレーザー回折法での平均粒径が10~100μmである上記[1]~[6]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[8]前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石製造工程で発生した廃棄物である上記[1]~[7]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[9]前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石製造工程で発生した焼結体である上記[1]~[7]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[10]前記R、R-M合金又はR-M-B合金が、希土類磁石の加工工程で発生したスラッジ又は該スラッジを焼成した加工物である上記[1]~[8]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[11]前記R、R-M合金、R-M-B合金が、希土類磁石応用製品から回収された磁石廃棄物である上記[1]~[7]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法。
[12]上記[1]~[11]のいずれか一つに記載の重希土類元素のリサイクル方法により重希土類元素を抽出した合金を、希土類磁石用原料合金として利用する希土類磁石のリサイクル方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、製品に近い合金の形態で希少な重希土類元素を効率的にリサイクルすることが可能である重希土類元素のリサイクル方法及びそのリサイクル方法により得られた合金を利用する希土類磁石のリサイクル方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、溶融塩電解法の一例を説明するための模式図である。
図2図2(a)~(c)は、溶融塩電解残渣中のDyのNd-Fe合金への抽出を説明するための概念図である。
図3図3は、実施例1でるつぼ内に残ったスラグのXRD分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の重希土類元素含有溶融塩電解残渣(以下、単に溶融塩電解残渣という場合がある。)が発生する溶融塩電解法は、希土類金属又は希土類合金の製造方法として、公知の溶融塩電解方法である。図1を参照して一般的な溶融塩電解方法を説明する。一般的な溶融塩電解方法としては、例えば、陰極6に金属電極及び陽極5に黒鉛電極を用い、希土類酸化物を原料としてアルカリ、アルカリ土類及び希土類の混合フッ化物と共に融解させた電解浴4を使用した溶融塩電解法が挙げられる。浴温度は700~1200℃で、希土類酸化物又はフッ化物の電解還元により希土類金属が陰極表面に連続的に析出する。析出した希土類金属3は、電解浴4よりも密度が高いので、液状のまま浴底部の析出金属受槽2に溜まる。析出金属受槽2に溜まった希土類金属3は、一定の間隔で真空吸引を利用した不図示のタッピング装置等により系外へ回収される。回収の際、溶融希土類金属の装置内での凝固、吸引管の破損、さらに吸引管からの不純物の混入を抑制するために、磁石原料として使用される鉄等の遷移金属を電解浴4に添加してもよい。これにより、希土類金属は合金となり、融点が低下するので、希土類金属の回収を安全かつ効率的にすることができる。また、陰極6を鉄電極にすることにより、陰極に析出した希土類金属は陰極の鉄と合金化し、融点を下げた合金の液滴とすることもできる。
【0018】
溶融塩電解残渣とは上記溶融塩電解法の操業後に電解槽内に残る残留物で、主にアルカリ金属、アルカリ土類金属及び希土類のフッ化物、酸化物、及び酸フッ化物の混合物に加え、電解装置から混入した陰極材の金属及び陽極材の黒鉛(炭素)、炉材等を含む。上記溶融塩電解残渣には、好ましくは50質量%以上の重希土類元素(特にDy及びTbの少なくとも1種の希土類元素)を含むものが好適に用いられる。本発明の重希土類元素のリサイクル方法に好適に用いることができる溶融塩電解残渣の一例を下記の表1に示す。表1は、電解浴の溶融塩にLiF―DyF、陰極にFe材を使用した溶融塩電解にて発生した溶融塩残渣の組成の一例である。なお、LiF―DyFにおけるLiFは、DyF浴の融点を降下させ、電気伝導性を向上させる。溶融塩電解残渣には、Feが1~12wt%、炭素が最大で1.0wt%含まれるものが一般的であるが、この含有量は溶融塩電解の操業条件に依存し、一概に特定できるものではない。
【0019】
【表1】
【0020】
上記の一般的な溶融塩電解残渣に対して、例えば、以下のような処理が実施される。上記の一般的な溶融塩電解残渣は、塊状の未回収メタルや電極部材、築炉材等の異物等を除去したのち、ジョークラッシャーならびにハンマーミル等の機械粉砕によって20mm以下に解砕して、溶融塩電解残渣の粗粒を得る。その後、溶融塩電解残渣の粗粒に塩酸を添加して、Fe等の金属成分を溶出させ、希土類フッ化物や酸フッ化物等の未溶解成分を分離回収してもよい。溶出条件(塩酸濃度、溶出温度、時間等)は、処理重量、ならびに希土類フッ化物や酸フッ化物中の金属含有量が1質量%以下となるよう適宜調節される。溶出前に予め溶融塩電解残渣を20mm以下の粒子径に解砕して溶融塩電解残渣の粗粒にすることによって、塩酸との反応界面を増大させ、溶出効率を上げることができる。
【0021】
得られた溶融電解残渣の粗粒を純水で洗浄後、大気中400~600℃で加熱して、水分を除去するとともに陽極から混入した黒鉛を完全燃焼させCOガスとして炭素を除去することが好ましい。加熱温度が400℃以上とすることにより黒鉛の反応速度が高くなり黒鉛の完全燃焼に要する時間を短くすることができる。また、加熱温度が600℃以下であると、溶融電解残渣の粗粒が溶融することを抑制することができる。なお、溶融電解残渣の粗粒が溶融すると、溶融した溶融電解残渣が黒鉛を被覆するため、黒鉛の完全燃焼が阻害されることがある。
【0022】
本発明においては、まず、好ましくは乾燥した溶融塩電解残渣の粗粒をフッ化材(例えば、酸性フッ化アンモニウム(NHFHF)等)と混合し、これを加熱することが好ましい。これにより、下記の式(1)及び(2)のように溶融塩電解残渣の粗粒をフッ化処理することができる。
+3NHFHF→2RF+3NH+3HO・・・式(1)
ROF+NHFHF→RF+NH+HO・・・・・・・式(2)
(なお、ここでRは希土類元素である)
【0023】
フッ化材としては、酸性フッ化アンモニウム(NH4FHF)やフッ化アンモニウム(NH4F)、HFガス及びフッ素ガスを用いることができる。これらのフッ化材は、1種を単独で、又は、2種以上を組み合わせて使用することができる。これらのフッ化材の配合量は、溶融塩電解残渣の粗粒に含まれる酸化物や水酸化物、酸フッ化物の量によって異なり特に限定されない。例えば、溶融塩電解残渣中の酸化物や酸フッ化物を必要十分にフッ化させる観点から、通常、溶融塩電解残渣の粗粒のフッ化に必要な当量の1.0~1.3倍、好ましくは1.05~1.2倍が適当である。また、フッ化反応を必要十分に進行させる観点から、加熱温度は好ましくは200~700℃、より好ましくは250~600℃である。加熱雰囲気は、酸化を防ぐために、ArやN等の不活性雰囲気が望ましい。また、上記フッ化反応については、HFガスを流しながら加熱することも採用でき、この場合、Arで希釈したHFガスを用いてもよい。流量や時間、温度は、溶融塩電解残渣中の酸素量に応じて適宜選定できる。
【0024】
上記のフッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の酸素濃度は、後述するR、R-M合金又はR-M-B合金と混合し加熱溶解により得られる合金回収率を良好に保つ観点から、1.0質量%以下が好ましい。前述のフッ化処理条件によってはフッ化処理された溶融塩電解残渣中の酸素濃度が上昇する。酸素は加熱溶解の際にR、R-M合金又はR-M-B合金中の希土類元素と結合し、酸化物もしくは酸フッ化物を形成し合金回収率を低下させる。
【0025】
上記のフッ化処理された溶融塩電解残渣の粗粒の炭素濃度は、後述するR、R-M合金又はR-M-B合金と混合し加熱溶解により得られる合金を磁石用原料として用いる観点から、0.3質量%以下が好ましい。なお、前述の大気焼成のみでは溶融塩電解残渣中の炭素濃度を十分に低減することができず、フッ化処理をさらに行うことにより、溶融塩電解残渣中の炭素濃度を十分に低減することができる。
炭素は、加熱溶解において合金とスラグの分離係数が小さいため、加熱溶解後に得られる合金の炭素濃度が増加する。このため、溶融塩電解残渣中の炭素濃度を十分に低減していない場合、当該合金を磁石用原料合金に再生したとき、磁石原料合金中に炭素が濃化し、最終的に得られる磁石製品の磁気特性を劣化させる。
【0026】
本発明においては、このフッ化処理した溶融塩電解残渣の粗粒は、粉砕された後、フラックスとしてR、R-M合金又はR-M-B合金と共に加熱溶解する。加熱溶解は公知の装置、例えばアーク溶解炉、プラズマ溶解炉、高周波誘導溶解炉等、不活性雰囲気中でR、R-M合金又はR-M-B合金及びフッ化物の融点以上に加熱できる溶解炉が使用できる。
【0027】
R、R-M合金又はR-M-B合金として、通常の純原料であるR、R-M合金又はR-M-B合金を使用することができる。また、R、R-M合金又はR-M-B合金は、希土類磁石製造工程で発生した廃棄物、希土類磁石製造工程で発生した焼結体、希土類磁石の加工工程で発生したスラッジ又は該スラッジを焼成した加工物、又は希土類磁石応用製品から回収された磁石廃棄物であってもよい。例えば、希土類磁石製造工程で発生した廃棄物で、成形工程、焼結工程、又は加工工程で発生した端材、寸法・形状不良、ワレ・カケ不良、又は磁気特性不良等が原因で発生した固形スクラップ、希土類磁石の研削加工時に発生した研削屑又はスラッジ、又は当該スラッジを焼成した加工物等を利用できる。また、希土類磁石応用製品から回収された磁石廃棄物も同様に利用できる。
【0028】
上記の希土類磁石製造工程で発生した廃棄物の組成は、R、R-M、又はR-M-Bで記述することができ、RはY、La、Ce、Nd、Pr、Sm、Gd、Dy、Tb及びHoからなる群から選ばれる1種類以上の希土類元素、MはFe、Co等の遷移金属、Bはホウ素である。その含有量は、一般的に、R:27~35重量%、B:0.9~1.3重量%、M:残部である。なお、上記の希土類磁石製造工程で発生した廃棄物は溶解前に予め解砕するが、粉砕時の酸化を防ぎ溶け残りを抑制する観点から、その形状は5mm以上が好ましい。
【0029】
フッ化処理した溶融塩電解残渣の添加量は、全原料金属の5~50重量%が好ましく、10~30重量%がより好ましい。合金回収率を高く保つ観点から、添加量は5重量%以上であることが好ましい。未回収の合金はスラグと混合物を形成し、るつぼ内に残留する。また、溶融塩電解残渣とるつぼ材の反応によるるつぼ内壁の溶損を防ぐ観点や溶融塩電解残渣が十分に分離されず合金に混入することによる焼結磁石の磁気特性及び表面処理特性への悪影響を防ぐ観点から、添加量は50重量%以下であることが好ましい。また、フッ化処理した溶融塩電解残渣の一部を電解原料用のフッ化物で一部代替することもできる。原料コスト低減の観点から置換量は50重量%以下が好ましい。
【0030】
フッ化処理した溶融塩電解残渣の粗粒は予めハンマーミルやブラウンミル、ジェットミル等で粉砕して溶融塩電解残渣の粉末にしてからフラックスとして加熱溶解に供する。その平均粒径は、炉内真空排気時に飛散して炉内を汚染することを防ぐ観点及び未溶融による回収歩留まりの悪化、不純物として回収合金中に混入することによる焼結磁石の磁気特性及び表面処理特性の悪化を防ぐ観点から、10~100μmが好ましく、20~80μmであることがより好ましい。なお、フッ化処理した溶融塩電解残渣の粉末の平均粒径は、気流分散法によるレーザー回折法で計測した値を言う。
【0031】
R、R-M合金又はR-M-B合金原料と、フラックスとして添加したフッ化処理した溶融塩電解残渣とを、R、R-M合金又はR-M-B合金の融点以上の温度に加熱すると、下記の式(3)の反応によりR、R-M合金又はR-M-B合金に含まれる希土類酸化物(R)とフッ化処理した溶融塩電解残渣の主成分である希土類フッ化物(RF)が反応し、希土類酸フッ化物(ROF)を形成する。生成した希土類酸フッ化物(ROF)は融点が高いためスラグを形成する。スラグの密度は、溶解合金の密度よりも低いため、スラグと溶解合金とを分離することができる。
+RF→3ROF・・・式(3)
ここでフッ化物が重希土類元素を多く含む場合、下記の式(4)の反応によって重希土類元素が選択的に還元され、合金中に抽出される。軽希土類は酸フッ化物を形成しスラグとして分離することができる
LR+HRF+LRin R-M-B→3LROF+HR・・・式(4)
式(4)中、HRは重希土類元素を示し、LRは軽希土類元素を示す。
これは希土類酸フッ化物が、重希土類よりも軽希土類の方が熱力学的に安定相を形成しやすいこと、さらに重希土類の方が遷移元素と安定な金属間化合物を形成しやすいことに起因すると考えられる。その結果、溶融塩電解工程を経由せずに重希土類元素を希土類磁石原料用合金として再生できる。
なお、希土類酸化物、及び希土類フッ化物も合金よりも融点が高く密度が低いので、スラグに含まれる。このため、未反応の軽希土類酸化物、未反応の重希土類フッ化物、軽希土類酸化物に重希土類が抽出して得られた軽希土類及び重希土類の酸化物、及び重希土類フッ化物に軽希土類が抽出して得られた軽希土類及び重希土類のフッ化物もスラグに含まれる。
【0032】
一例として、図2を参照して、フッ化処理した溶融塩電解残渣中の重希土類元素がDyであり、R-M合金がNd-Fe合金である場合のDyのNd-Fe合金への抽出を説明する。
図2(a)に示すように、重希土類元素としてDyを含むフッ化処理した溶融電解残渣21をNd-Fe合金31にフラックスとして添加する。フッ化処理した溶融塩電解残渣中、DyはDyFとして存在する。また、Nd-Fe合金31はNd-Feで不純物としてNdを含む。
フッ化処理した溶融塩電解残渣及びNd-Fe合金を、Nd-Fe合金の融点以上の温度に加熱する。その結果、図2(b)に示すように、Nd-Fe合金に含まれる希土類酸化物(Nd)とフッ化処理した溶融塩電解残渣の主成分である希土類フッ化物(DyF)とが反応し、希土類酸フッ化物((Nd,Dy)OF)及び希土類フッ化物((Nd,Dy)F)を形成する。生成した希土類酸フッ化物((Nd,Dy)OF)及び希土類フッ化物((Nd,Dy)F)は、(Nd,Dy)-Fe合金32に比べて融点が高いためスラグ22を形成する(図2(c)参照)。
重希土類元素(Dy)は選択的に還元され、図2(b)に示すように、Nd-Fe合金中に抽出される。その結果、Nd-Fe合金は(Nd,Dy)-Fe合金32となる(図2(c)参照)。比重差を利用して、(Nd,Dy)-Fe合金32と、希土類酸フッ化物((Nd,Dy)OF)及び希土類フッ化物((Nd,Dy)F)のスラグ22とを分離することができる。
【0033】
本発明の重希土類元素のリサイクル方法で得られる合金は、ICP発光分析やガス分析により組成ならびに不純物濃度を確認したのち、希土類磁石用原料合金として再利用できる。所望の組成ならびに不純物濃度が得られれば、通常の磁石製造工程に順じて焼結磁石に加工される。例えば、本発明の重希土類元素のリサイクル方法で得られた合金は、水素化・脱水素化処理で粗粉砕し、平均粒径1~5μmになるように窒素又はアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気中で微粉砕(特にジェットミル等)し、磁場中で成形し、真空あるいは不活性雰囲気中1000~1200℃で焼結後、400℃以下に冷却し、次いで真空あるいは不活性雰囲気中400~600℃で熱処理することにより、希土類焼結磁石を得ることができる。さらに得られた焼結磁石には高保磁力化のため粒界拡散処理を施すことも可能である。
【0034】
一方、本発明の重希土類元素のリサイクル方法で得られる合金組成が所望の組成でない場合や不純物濃度が規定範囲を超えていた場合は、別途用意した純原料を配合して、再度、加熱溶解して所望の磁石原料用合金を得ることも可能である。また、加熱溶解後の鋳造方法はブックモールド法、ストリップキャスト法、メルトスパン法等適用してもよい。
【実施例
【0035】
以下、実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0036】
[実施例1~4、比較例1~2]
陽極として黒鉛電極、陰極としてFe材、電解浴としてDyF(85重量%)-LiF(15重量%)の混合フッ化物、Dy原料としてDy酸化物を用いて溶融塩電解工程を実施し、Dy-Fe合金を作製した。そして、Dy-Feの溶融塩電解工程で発生した溶融塩電解残渣を出発原料として使用した。当該溶融塩電解残渣を5mm以下までハンマーミルで解砕した。次いで1Nの塩酸水溶液を添加し、4時間撹拌後、純水で洗浄した。溶解残渣を大気中600℃で乾燥、焼成後、フッ化材としてNHFHFを添加し、ステンレス製容器に入れAr雰囲気中、600℃で8時間加熱し、フッ化処理した。フッ化処理前後の溶融塩電解残渣の粗粒の組成分析値を表2に示す。表2に示した通り、酸素及び炭素濃度がそれぞれ1.0質量%、0.3質量%以下に低減していた。また、フッ化処理後の溶融塩電解残渣の粗粒には、下記の式(5)で示す反応によってDyFが生成していることをX線回折法(XRD)で確認した。
DyOF+NHFHF→DyF+NH+HO・・・式(5)
なお、表2には参考のため希土類磁石原料を製造するための電解原料用のNdFを併記した。
【0037】
【表2】
【0038】
次にフッ化処理された上記溶融塩電解残渣の粗粒は、ハンマーミルで平均粒径20μmに粉砕して、フッ化処理された溶融電解残渣粉末にした後、希土類磁石ブロックと共に高周波誘導加熱溶解炉に投入し、1400℃以上で加熱溶解した。磁石ブロックが溶融したのを確認後、るつぼを傾注し溶湯のみCu製鋳型に鋳込みR-M-B合金として回収した。回収した合金の回収率ならびに組成分析の結果を表3及び表4に示す。組成は高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP―AES)で分析した。その結果、希土類磁石ブロックに含まれなかったDy成分を合金中に抽出することができた。また、Dy抽出率はフッ化処理された溶融塩電解残渣粉末の添加量に比例し、フッ化処理された溶融塩電解残渣粉末を10%以上添加することにより、50%以上のDy抽出率を達成した。るつぼ内に残ったスラグのXRD分析を実施したところ、図3に示すように未反応のフッ化物及び酸フッ化物で構成されることを確認した。
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
[実施例5、比較例3]
上述の実施例と同様の方法でフッ化処理された溶融塩電解残渣の粉末にNdメタル(純度:99.6質量%)を混合し、高周波誘導加熱溶解炉に投入し、1200℃以上で加熱溶解した。Ndメタルが溶融したのを確認後、るつぼを傾注し溶湯のみCu製鋳型に鋳込み合金を回収した。回収した合金の回収率ならびに組成分析の結果を表5及び表6に示す。その結果、Dy成分を合金中に抽出することができた。また、Dy抽出率は69%以上を達成した。
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
今回使用した原料はいずれも産業廃棄物を再生した原料を使用するため、生産コストの低減だけでなく、廃棄物発生量の削減ならびに廃棄物処理にかかるエネルギー量を低減することから環境負荷を大幅に低減することができた。
【符号の説明】
【0045】
1 電解槽
2 析出金属受槽
3 析出金属
4 溶融塩浴
5 黒鉛陽極
6 金属陰極
7 隔壁
21 フッ化処理された溶融塩電解残渣
22 スラグ
31 Nd-Fe合金
32 (Nd,Dy)-Fe合金
図1
図2
図3