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特許7361213荷電粒子線装置、荷電粒子線装置の制御方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-04
(45)【発行日】2023-10-13
(54)【発明の名称】荷電粒子線装置、荷電粒子線装置の制御方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/141 20060101AFI20231005BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20231005BHJP
【FI】
H01J37/141 Z
H01J37/28 B
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022522418
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019166
(87)【国際公開番号】W WO2021229732
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 真悟
(72)【発明者】
【氏名】数見 秀之
(72)【発明者】
【氏名】程 朝暉
(72)【発明者】
【氏名】土肥 英登
【審査官】小林 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-065484(JP,A)
【文献】国際公開第2018/123063(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に対して荷電粒子線を照射する荷電粒子線装置であって、
前記荷電粒子線の進行方向を変化させる磁場を発生させる磁界レンズ、
前記磁界レンズの励磁電流を制御する電流制御器、
を備え、
前記電流制御器は、直流電流と交流電流を合成することによって、前記励磁電流を発生させ、
前記電流制御器は、前記直流電流の電流レベルを段階的に変化させ、
前記電流制御器は、前記段階的に変化する前記直流電流のそれぞれの段階に対して前記交流電流を合成する
ことを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項2】
前記磁界レンズが発生させる磁場が目標磁場強度となるときの前記励磁電流をI1、
前記交流電流の振幅をI2、
としたとき、
前記電流制御器は、|I1|>|I2|を満たすように、前記交流電流を制御する
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項3】
前記電流制御器は、前記直流電流と前記交流電流を合成することによって発生させた励磁電流を用いて前記磁界レンズを駆動することにより、前記励磁電流と前記磁場の強度の変動過程におけるヒステリシスを抑制する
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項4】
前記電流制御器は、前記励磁電流を増加させるときは、前記直流電流の電流レベルを段階的に増加させるとともに、前記直流電流に対して前記交流電流を合成し、
前記電流制御器は、前記励磁電流を減少させるときは、前記直流電流の電流レベルを段階的に減少させるとともに、前記直流電流に対して前記交流電流を合成する
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項5】
前記交流電流の振幅をI2、
前記交流電流の1周期の間における前記直流電流の電流レベルの変動幅をI3、
としたとき、
前記電流制御器は、|I2|≧|I3|を満たすように、前記直流電流と前記交流電流を制御する
ことを特徴とする請求項4記載の荷電粒子線装置。
【請求項6】
前記交流電流の初期振幅の符号は、前記磁界レンズが発生させる磁場を目標磁場強度とするために必要な前記直流電流の変更量と同符号である
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項7】
前記電流制御器は、前記励磁電流の変動方向を、増加方向から減少方向へ反転させるとき、または前記減少方向から増加方向へ反転させるときは、前記直流電流の駆動タイミングまたは前記交流電流の位相のうち少なくともいずれかを1回以上変更する
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項8】
前記電流制御器は、前記交流電流の1周期のうち、
前記交流電流の第1立ち上がり期間、
前記第1立ち上がり期間の後における前記交流電流の立ち下がり期間、
前記立ち下がり期間の後における前記交流電流の第2立ち上がり期間、
のうちいずれかにおいて、前記直流電流を前記交流電流と合成し、
前記電流制御器は、前記直流電流を前記交流電流と合成する期間を変更するか、または、前記直流電流の符号を反転させるか、のうち少なくともいずれかを実施することにより、前記磁界レンズの磁場応答を所定範囲内で周回させる
ことを特徴とする請求項7記載の荷電粒子線装置。
【請求項9】
前記電流制御器は、前記磁場応答を前記所定範囲内の一部において変動させた後、前記直流電流を前記交流電流と合成する期間を変更するか、または、前記直流電流の符号を反転させた上で、前記所定範囲内の残部において変動させることにより、前記磁場応答を前記所定範囲内で周回させ、
前記電流制御器は、前記一部における周回経路と前記残部における周回経路が同じ周回経路をたどるように、前記励磁電流を制御する
ことを特徴とする請求項8記載の荷電粒子線装置。
【請求項10】
前記電流制御器は、
前記第1立ち上がり期間において前記交流電流の初期振幅と同符号の前記直流電流を前記交流電流と合成することによって、前記磁場応答を前記一部において変動させた後、前記第2立ち上がり期間において前記交流電流の初期振幅と反対符号の前記直流電流を前記交流電流と合成することによって、前記磁場応答を前記残部において変動させ、
または、
前記立ち下がり期間において前記交流電流の初期振幅と同符号の前記直流電流を前記交流電流と合成することによって、前記磁場応答を前記一部において変動させた後、前記一部における前記磁場応答の周回経路を位相反転させることによって、前記磁場応答を前記残部において変動させ、
または、
前記第2立ち上がり期間において前記交流電流の初期振幅と同符号の前記直流電流を前記交流電流と合成することによって、前記磁場応答を前記一部において変動させた後、前記第1立ち上がり期間において前記交流電流の初期振幅と反対符号の前記直流電流を前記交流電流と合成することによって、前記磁場応答を前記残部において変動させる
ことを特徴とする請求項9記載の荷電粒子線装置。
【請求項11】
前記電流制御器は、1周期分の前記交流電流を前記励磁電流として供給した後、次の周期の前記交流電流を前記励磁電流として供給するまでの間の期間において、前記交流電流を供給しないインターバル期間を設け
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項12】
前記電流制御器は、前記直流電流の1周期内に、前記交流電流を少なくとも1周期以上発生させる
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項13】
前記磁界レンズは、ラウンドレンズとして構成されており、前記荷電粒子線装置はさらに、前記試料に対して前記荷電粒子線を照射すると生じる2次粒子を検出することにより前記試料の観察像を生成するコントローラを備え、前記電流制御器は、前記交流電流を前記磁界レンズに対して印加する前後における前記観察像の鮮鋭度の変化が許容範囲内に収まるように、前記励磁電流を制御する、
または、
前記磁界レンズは、偏向レンズまたは多極子レンズとして構成されており、前記荷電粒子線装置はさらに、前記試料に対して前記荷電粒子線を照射すると生じる2次粒子を検出することにより前記試料の観察像を生成するコントローラを備え、前記電流制御器は、前記交流電流を前記磁界レンズに対して印加する前後における前記観察像の像シフトが許容範囲内に収まるように、前記励磁電流を制御する、
または、
前記磁界レンズは、磁気的に結合したレンズ群によって構成されており、前記電流制御器は、前記交流電流を前記磁界レンズに対して印加する前後における前記磁界レンズの磁場応答の変化が許容範囲内に収まるように、前記励磁電流を制御する
ことを特徴とする請求項1記載の荷電粒子線装置。
【請求項14】
試料に対して荷電粒子線を照射する荷電粒子線装置を制御する方法であって、
前記荷電粒子線装置は、前記荷電粒子線の進行方向を変化させる磁場を発生させる磁界レンズを備え、
前記方法は、直流電流と交流電流を合成することによって、前記磁界レンズの励磁電流を発生させるステップを有し、
前記励磁電流を発生させるステップにおいては、前記直流電流の電流レベルを段階的に変化させ、
前記励磁電流を発生させるステップにおいては、前記段階的に変化する前記直流電流のそれぞれの段階に対して前記交流電流を合成する
ことを特徴とする荷電粒子線装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
AIやIoT、車載装置などの急速な高機能化に伴い、半導体デバイスの微細化要求が高まっている。特に、Extreme Ultra Violet露光技術の進展を皮切りに、10nm以下の微細デバイスや新規材料の開発が加速している。これらの半導体市場の変化に伴い、製造プロセスにおいては、試料を検査計測する荷電粒子線装置として、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)の重要性が増している。特に、計測精度向上や短時間計測に対する要求が高く、その実現には高精度な電子軌道制御が重要となる。
【0003】
特許文献1には磁界レンズのヒステリシスを緩和する方法として「荷電粒子線源から放出される荷電粒子線を磁界レンズを用いて所定の試料上に導く荷電粒子光学系の調整方法において、前記荷電粒子線の非照射状態において、前記磁界レンズに単一振幅の交流励磁電流を印加することにより、前記磁界レンズのヒステリシス曲線におけるメジャーループ内に安定化されたヒステリシスループを形成することを特徴とする荷電粒子光学系の調整方法。」(請求項1)が開示されている。
【0004】
特許文献2には、試料から放出される電子のプロファイルを調整する方法として「電場型偏向器および磁場型偏向器をそれぞれ8極以上持つE×B偏向器101と、第1の比率と強度の調整手段110と、第2の比率と強度の調整手段111を備える。第1の比率と強度の調整手段110は、E×B偏向器101で生成される双極子電場と双極子磁場の比率と強度を調整し、第2の比率と強度の調整手段111はE×B偏向器101で生成される4極子電場と4極子磁場の比率と強度を調整する。」(要約)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-065484号公報
【文献】特開2013-239329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、磁界レンズに対して高負荷な交流電流を印加することにより、広域の電流経路に対する磁場応答を記憶させる方法を開示している。同技術をラウンドレンズへ適用することにより焦点調整の精度を高めることができ、偏向レンズへ適用することにより視野移動の精度を高めることができる。これらによって計測精度が向上する。一方、記憶させた電流経路と逆方向の励磁電流を印加する場合、広域の電流経路を周回させる電流制御が必要となり、計測までに時間を要する新たな課題が生じる。
【0007】
特許文献2は、複数に分割されたレンズを用いて、試料から放出する電子のプロファイルを補正する方法が開示されている。これにより、観察像のボケを補正でき、計測精度が向上する。一方、複数に分割されたレンズは夫々異なる磁気特性を示すので、制御が難しく計測までに時間を要するという新たな課題が生じる。また、レンズ間距離が狭いとレンズ同士が磁気的に結合するので、制御が難しく計測までに時間を要するという新たな課題も生じる。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、磁界レンズの磁場応答の再現性を向上させ、高精度な電子軌道制御を短時間に実現できる荷電粒子線装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る荷電粒子線装置は、直流電流を交流電流と合成することによって、磁界レンズの励磁電流を発生させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る荷電粒子線装置によれば、磁界レンズの磁場応答の再現性を向上させ、高精度な電子軌道制御を短時間に実現できる技術を提供することができる。上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】走査型電子顕微鏡の概略図である。
図2】磁界レンズの磁場応答の1例である。
図3】対物レンズ112を用いた焦点調整の1例を示す図である。
図4】対物レンズ112を用いた焦点調整の課題の1例を示す図である。
図5】交流電流の振幅と出力オフセット211の関係を説明する図である。
図6A】対物レンズ112の磁場応答のヒステリシスを緩和する電流制御方法の1例である。
図6B】対物レンズ112のヒステリシスを緩和する電流制御を用いた磁場応答の1例である。
図7】ヒステリシスを緩和する電流制御を用いた焦点調整を対物レンズ112に適用した例である。
図8】制御部126が実行する対物レンズ112による焦点調整のフローチャートである。
図9】イメージシフト偏向器128を用いた視野移動の1例である。
図10】イメージシフト偏向器128を用いた視野移動の課題の1例である。
図11】制御部126が実行するイメージシフト偏向器128による視野移動のフローチャートである。
図12】E×Bレンズ123の1例である。
図13】8極子で構成されたE×Bレンズ123の課題の1例である。
図14】E×Bレンズ123を用いた非点調整のフローチャートである。
図15】イメージシフト偏向器128を構成する上段の偏向器901と下段の偏向器902が磁気的に結合している1例である。
図16】イメージシフト偏向器128内の磁場応答における課題の1例である。
図17】イメージシフト偏向器128を用いた視野移動のフローチャートである。
図18A】ヒステリシス緩和電流制御の第1例を示す。
図18B】ヒステリシス緩和電流制御の第2例を示す。
図18C】ヒステリシス緩和電流制御の第3例を示す。
図18D】ヒステリシス緩和電流制御の第4例を示す。
図19A】交流電流の波形内で直流電流を駆動させる3つのタイミングの1例である。
図19B】第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図19C】第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図19D】第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図19E】第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図19F】第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図19G】第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。
図20A図19B図19Gで示した電流制御による磁場応答について説明する図である。
図20B図19B図19Gで示した電流制御による磁場応答について説明する図である。
図21】直流電流の電流符号を反転させる場合の電流制御の1例である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<実施の形態1>
本発明の実施形態1では、ラウンドレンズの磁場応答の再現性を向上させ、高精度な焦点調整を短時間に実現できる技術について説明する。荷電粒子線装置として走査型電子顕微鏡を例に挙げて説明する。
【0013】
図1は、走査型電子顕微鏡の概略図である。陰極101、第1陽極102、第2陽極103は荷電粒子源(電子銃)を構成し、電子銃制御部104により制御される。電子銃制御部104が陰極101と第1陽極102との間に引出電圧を印加することにより、陰極101から所定の電流密度で1次電子が放出される。さらに陰極101と第2陽極103との間に印加される加速電圧により、1次電子は加速されて後段に放出される。
【0014】
放出された1次電子は、第1コンデンサレンズ106により集束される。第1コンデンサレンズ106の励磁電流は、第1コンデンサレンズ制御部105により制御される。第1コンデンサレンズ106により集束された1次電子は、対物可動絞り107の開口部で所定の電流量に制限される。対物可動絞り107を通過した1次電子は、第2コンデンサレンズ109により光軸110上の適切な位置に集束される。第2コンデンサレンズ109の励磁電流は、第2コンデンサレンズ制御部108で制御される。第2コンデンサレンズ109で集束された1次電子は、対物レンズ112でステージ113に配置された試料114に集束される。対物レンズ112の励磁電流は、対物レンズ制御部111で制御される。対物レンズ112の励磁電流は、試料高さ計測器116で計測されたワーキングディスタンスに基づいて設定される。試料高さ計測器116は、ステージ制御部115により制御される。ステージ113にはリターディング電圧制御部117で制御されるリターディング電源118が接続されている。リターディング電源118で対物レンズ112と試料114との間に電圧を発生させることにより、1次電子を減速させる。
【0015】
第1走査偏向器120により1次電子は試料114上を2次元に走査される。第1走査偏向器120は、第1偏向器制御部119で制御される。1次電子と試料114との相互作用により2次電子が発生する。発生した2次電子は対物レンズ112を通過し、2次電子変換板121上で広がりを持ったスポットを形成する。2次電子は第1走査偏向器120によって2次電子変換板121上を走査され、2次電子変換板121との相互作用により3次電子が発生する。3次電子は、E×B制御部122により印加電圧及び励磁電流が制御されるE×Bレンズ123によって検出器制御部124により制御される検出器125の方向へ偏向され、検出器125によって検出される。検出された3次電子は電気信号に変換され、制御部126で演算され、表示装置127にSEM画像として表示される。制御部126は、E×Bレンズ123を多極子構造にすることで光軸110から電子を偏向させた際に生じる収差(非点、色収差、偏向歪など)も補正できる。詳細は後述する。SEM像の視野を移動させる場合は、ステージ制御部115によりステージ113を動かすか、イメージシフト偏向器128によって1次電子の試料114上の照射位置を移動させる。イメージシフト偏向器128は、第1偏向器制御部119によって制御される。非点補正器130は、電子光学系の寄生非点収差を補正する。非点補正器130は、非点補正器制御部129により制御される。
【0016】
図2は、磁界レンズの磁場応答の1例である。磁場応答とは電流値と磁場強度の関係のことである。磁界レンズとは、例えばコンデンサレンズや対物レンズ等のラウンドレンズ、偏向器やイメージシフト偏向器等の偏向レンズ、E×Bレンズやスティグマ調整用の多極子レンズなど、励磁電流によって磁場強度を変更する電磁石である。
【0017】
磁界レンズの励磁電流を電流経路201に沿って励磁電流の始点202から励磁電流の終点203へ印加する。このとき、磁界レンズの磁場強度は、磁場強度の始点204から点線で示した初期磁化曲線205を辿った後、実線で示した第1励磁経路206を辿る。次いで破線で示した第2励磁経路207を辿った後、再び第1励磁経路206を辿り励磁強度の終点208に到達する。励磁経路201内の最大励磁電流209と最小励磁電流210の差分が大きく磁界レンズに高負荷がかかると、励磁電流を減少させている時(第1励磁経路206)と励磁電流を増加させている時(第2励磁経路207)との間で磁場応答が異なる。これにより、両者の磁場強度の乖離(いわゆる出力オフセット211)が発生する。最大励磁電流209と最小励磁電流210は、焦点調整や視野移動等の実施後の所望の磁場強度を出力する目標電流よりも広域に設定するのが一般的である。
【0018】
図3は、対物レンズ112を用いた焦点調整の1例を示す図である。対物レンズ112を用いた焦点調整においては、観察像が最も高精細になるように対物レンズ112の励磁電流を調整する。まず、対物レンズ112の励磁電流をi0~i4に掃引する。このとき、各励磁電流で観察像を撮影する。次に、撮影した各SEM画像に対して焦点評価用フィルタ(微分、2次微分、ソーベル、ラプラシアン、 フーリエ変換、など)を施し、焦点評価画像を作成し、焦点評価値(鮮鋭度ともいう)を算出する。焦点評価値としては、焦点評価画像の全画素値の合計、全画素値の平均値、全画素値の分散値、などを用いることができる。最後に、最大の焦点評価値301の励磁電流i2に励磁電流を変更する。
【0019】
図4は、対物レンズ112を用いた焦点調整の課題の1例を示す図である。焦点調整においては、対物レンズ112の磁場応答を安定化させた後、最適な焦点位置を探索するという手順を踏むのが一般的である。
【0020】
まず、対物レンズ112の磁場応答を安定化させるために、励磁電流を破線で示した交流電流経路401に沿って励磁電流の始点402から励磁電流の終点403へ交流電流を印加する。この交流電流の振幅は、最適な焦点位置となる目標電流よりも十分に大きく設定するのが一般的である。このとき、対物レンズ112の磁場強度は、磁場強度の始点404から初期磁化曲線405を辿った後、第1励磁経路406を辿る。次いで第2励磁経路407を辿った後、再び第1励磁経路406を辿り励磁強度の終点408に到達する。これにより、過去に印加した電流経路と磁場強度の関係が記憶されて磁場応答の再現性が向上する。すなわち、この状態を磁場応答が安定化したと呼ぶ。
【0021】
次に、最適な焦点位置を探索するために、励磁電流を励磁電流の終点403から焦点調整の終点409へ向かって電流値を線形に掃引しながら途中で複数の観察像を撮影し、撮影した各SEM画像の焦点評価値を測定する。最も焦点評価値の高い磁場強度が磁場強度410だった場合、実線で示した電流経路411に沿って対物レンズ112の励磁電流を最終励磁電流412に変更する。
【0022】
このように、対物レンズ112に目標電流よりも大きい振幅の交流電流を印加すると過去に印加した励磁電流経路と磁場強度の関係が再現するため、焦点調整の精度が高まる。この利点がある一方、記憶した電流経路上を掃引した際に目標電流を超えてしまうと、広域の電流経路を周回させる電流制御が必要となるので、調整に時間を要する新たな課題が生じる。すなわち、励磁電流の終点403から焦点調整の終点409までの間において最適な磁場強度410が得られているにもかかわらず、終点409から最終励磁電流412までの電流経路をたどることになるので、調整時間が余分に必要となっている。
【0023】
次に図2図5を参照して交流電流の振幅と出力オフセットの関係を説明する。図2で示したように、磁界レンズに交流電流を印加すると出力オフセット211が生じる。出力オフセット211の大きさは交流電流の振幅に応じて変化する。
【0024】
図5は、交流電流の振幅と出力オフセット211の関係を説明する図である。図5の特性501に示すように、交流電流の振幅を下げると出力オフセット211が小さくなるという特徴がある。したがって、出力オフセットが極小 (B0 << Ba)となる交流電流の振幅(a0 << Ia)で電流経路と磁場強度の関係を記憶させると、第1励磁経路206と第2励磁経路207との間の乖離が抑制され、出力オフセット211が無視できるほど極小にすることができる。
【0025】
出力オフセット211が極小となる交流電流の振幅は磁界レンズごとに異なる。例えばコンデンサレンズや対物レンズ等のラウンドレンズの場合は、交流電流の印加前後で生じる観察像の鮮鋭度の変化が無視できる振幅に設定することが好ましい。偏向レンズやスティグマのような多極子レンズ等の軸非対称レンズの場合は、交流電流の印加前後で生じる観察像シフトが無視できる振幅に設定することが好ましい。より具体的には、交流電流の印加前後における観察像シフトをテンプレートマッチング等の解析手法を用いて測定し、その観察像シフトが±2pix以内であることが好ましい。このように設定すると出力オフセットを無視できる。
【0026】
図6Aは、対物レンズ112の磁場応答のヒステリシスを緩和する電流制御方法の1例である。この電流制御方法は、対物レンズに限定されるものではなく、例えばラウンドレンズや偏向レンズ、多極子レンズなどの磁界レンズ全般に適用できる。これらレンズの例については後述の実施形態で説明する。
【0027】
まず励磁電流を一方向に増加させて目標電流に変更する電流制御方法を説明する。ここでは、直流電流量3×a0を第1目標電流とする。対物レンズ112の第1励磁電流601に対して振幅a0の交流電流を一周期分印加する(時刻t0)。次いで電流量a1(=a0)の直流電流を印加する(時刻t1)。同様の手順を2回繰り返すと対物レンズ112の励磁電流は第1目標電流602に到達する。このように、交流電流と直流電流を合成して発生すると磁場応答の再現性が向上する。このとき、交流電流の振幅a0を目標電流よりも十分に小さくすると、出力オフセットの無い磁場応答が得られる。
【0028】
次に直流電流の電流符号を反転させる場合の電流制御方法を説明する。ここでは、直流電流量-a0を第2目標電流とする。第1目標電流602を印加した後、位相を180°ずらした交流電流を印加する(時刻t2)。次いで振幅-a1(=-a0)の直流電流を印加する(時刻t3)。同様の手順を3回繰り返すと対物レンズ112の励磁電流は第2目標電流603に到達する。このように、直流電流の電流経路を反転させる場合、位相をずらした交流電流と直流電流を合成して発生させると過去の電流経路を辿る制御となり、磁場応答の再現性が向上する。図6Aで示した交流電流の波形や直流電流の駆動タイミング等は1例であり、変形例については後述する。
【0029】
図6Bは、対物レンズ112のヒステリシスを緩和する電流制御を用いた磁場応答の1例である。図6B上段は、図6Aに示した励磁電流波形(すなわち、全体としては上下変動する電流波形のなかに、小振幅の交流電流が合成されている)を模式的に示している。ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて対物レンズ112の励磁電流を電流経路604に沿って励磁電流の始点605から励磁電流の終点606へ印加する。このとき、ヒステリシスに起因した出力オフセットが抑制され、対物レンズ112の磁場応答は励磁経路に依存しない磁場応答607を示す。
【0030】
図7は、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いた焦点調整を対物レンズ112に適用した例である。ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて励磁電流を焦点調整電流の始点701から焦点調整電流の終点702まで掃引しながら観察像を撮影し、夫々の観察像における焦点評価値を測定する。最も焦点評価値の高い磁場強度が励磁電流703の磁場強度704であったと仮定する。この場合、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて励磁電流を実線で示した電流経路705に沿って焦点調整の目標電流706に変更する。図7においては終点702から目標電流706へ向かって直線的に励磁電流を変動させているかのように図示しているが、実際の励磁電流は図6Aのように直流電流と交流電流を合成した電流波形によって変化することを付言しておく。
【0031】
このように、直流電流の電流経路と逆方向の電流を印加する場合においても、目標電流706よりも広域の電流経路を周回させる電流制御が不要となり高精度な焦点調整を短時間に実現できる。
【0032】
図8は、制御部126が実行する対物レンズ112による焦点調整のフローチャートである。本フローによる焦点調整を実施するタイミングは特に限定されない。実施タイミングとしては例えば、寸法計測や欠陥検査を開始する前のタイミングに限られず、加速電圧などの光学条件を変えるときや、気圧や気温などが大きく変化したときなどが挙げられる。後述するフローチャートにおいても同様である。本フローチャートは、制御部126が各部を制御することによって実施できる。後述するフローチャートにおいても同様である。
【0033】
まず、ステージ制御部115によりステージ113を観察位置に移動させる(S801)。焦点調整用サンプルが標準試料としてステージ113に搭載されている場合には、調整用サンプルがSEMの視野に入るようにステージ113を移動させる。S802では、SEM画像取得のための光学条件を設定する。光学条件としては、電子銃制御部104が制御する加速電圧、リターディング電圧制御部117が制御するリターディング電圧、コンデンサレンズ制御部が制御するコンデンサレンズの励磁電流、対物レンズ制御部111が制御する対物レンズの励磁電流、各種偏向器の励磁電流、などが含まれる。S803では、観察像を撮影する。S804では、撮影したSEM画像の焦点評価値を測定する。S805では、指定された焦点探索回数を満たしているかを判定し、指定された焦点探索回数を満たしていればS807に進み、満たしていなければS806に進む。S806では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて指定された励磁電流量を対物レンズ112に印加し、S803に進む。S807では、S805までに測定した励磁電流と焦点評価値の関係から焦点評価値の最も高いピーク電流を計算する。S808では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いてピーク電流(目標電流)を対物レンズ112に印加し、焦点調整を終了する。
【0034】
本発明に係るヒステリシスを緩和する電流制御を、第1コンデンサレンズ制御部105や第2コンデンサレンズ制御部108や対物レンズ制御部111や第1偏向器制御部119やE×B制御部122や非点補正器制御部129に適用することにより、磁場応答の再現性を向上させ、高精度な電子軌道制御を短時間に実現できる。
【0035】
<実施の形態2>
本発明の実施形態2では、偏向レンズの磁場応答の再現性を向上させ、高精度な視野移動を短時間に実現できる技術について説明する。荷電粒子線装置として走査型電子顕微鏡を例に挙げて説明する。
【0036】
図9は、イメージシフト偏向器128を用いた視野移動の1例である。イメージシフト偏向器128は、上段の偏向器901と下段の偏向器902で構成されている。電子線903は、上段の偏向器901の偏向場によって光軸110上から離軸される。離軸された電子線903は、下段の偏向器902の偏向場によって対物レンズ112の前方の焦点位置904に偏向される。焦点位置904を通過した電子線903は、対物レンズ112を通過して光軸110から距離ΔL離れた試料114に対して垂直ランディングする。このように、イメージシフト偏向器128を用いた視野移動では、上段の偏向器901と下段の偏向器902の磁場強度を変更し、対物レンズ112の前方の焦点位置904に対する電子線903の入射角度を調整して電子線903の試料到達位置を制御する。
【0037】
図10は、イメージシフト偏向器128を用いた視野移動の課題の1例である。ここでは、イメージシフト偏向器128を構成する上段の偏向器901と下段の偏向器902がヒステリシスの影響によって所望の磁場強度を出力しなかった場合を例に説明する。電子線903’は、上段の偏向器901の偏向場によって光軸110上から離軸される。次いで電子線903は、下段の偏向器902の偏向場によって対物レンズ112の前方の焦点位置904と異なる位置に偏向される。対物レンズ112の前方の焦点位置904と異なる位置に偏向された電子線903は、対物レンズ112を通過して光軸110から距離ΔL+ΔL’離れた試料114に傾斜角Δθで入射する。このように、イメージシフト偏向器128を構成する上段の偏向器901と下段の偏向器902がヒステリシスの影響によって所望の磁場強度を出力しなかった場合、所望の位置に視野を移動させることができない。また、電子線903が傾斜角Δθで試料に入射すると、傾斜角に起因した収差が発生し、分解能が劣化するという課題もある。また、偏向器に理論値の電流を印加した際に、ヒステリシスの影響によって偏向場の形状が歪むと理論通りに視野移動できない。
【0038】
図11は、制御部126が実行するイメージシフト偏向器128による視野移動のフローチャートである。まず、ステージ制御部115によりステージ113を観察位置に移動させる(S1101)。S1102では、SEM画像取得のための光学条件を設定する。光学条件としては、電子銃制御部104が制御する加速電圧、リターディング電圧制御部117が制御するリターディング電圧、コンデンサレンズ制御部が制御するコンデンサレンズの励磁電流、対物レンズ制御部111が制御する対物レンズの励磁電流、各種偏向器の励磁電流、などが含まれる。S1103では、視野を選択する。視野の選択では、ユーザが任意の座標を指定してもよいし、あらかじめ設定された座標を指定してもよい。S1104では、現在の座標と指定された座標から視野移動量を計算する。S1105では、計算した視野移動量から、イメージシフト偏向器128を構成する上段の偏向器901と下段の偏向器902に印加する励磁電流量を計算する。S1106では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて計算した励磁電流(目標電流)を上段の偏向器901と下段の偏向器902に印加する。
【0039】
試料の検査計測時には、上下左右の視野移動を高頻度に実施する必要がある。本発明に係るヒステリシスを緩和する電流制御を偏向レンズに適用することにより、直流電流の電流経路と逆方向の電流を印加する場合においても、目標電流よりも広域の電流経路を周回させる電流制御が不要となり高精度な視野移動を短時間に実現できる。
【0040】
<実施の形態3>
本発明の実施形態3では、E×Bレンズの磁場応答の再現性を向上させ、高精度な収差補正を短時間に実現できる技術について説明する。荷電粒子線装置として走査型電子顕微鏡を例に挙げて説明する。
【0041】
図12は、E×Bレンズ123の1例である。E×Bレンズ123は、例えば8極子の電場型偏向器(V1~V8に対応)と8極子の磁場型偏向器(I1~I8)で構成される。本実施形態3は、8極子に限定されるものではなく、4極子や6極子、10極子、12極子等の多極子レンズに適用可能である。8極子で構成されたE×Bレンズ123は、各極子の電場、または励磁電流を所定の比率で印加すると所定の多極子場を発生させることができる。多極子場としては例えば2極子場、4極子場、6極子場、8極子場などが挙げられる。E×Bレンズ123には、2極子場を用いて電子を光軸110から検出器125の方向へ偏向させる役割や、光軸110から電子を偏向させた際に生じる収差(非点、色収差、偏向歪など)を補正する役割がある。多極子場の出力方法や収差補正方法については、特許文献2に記載の通りである。
【0042】
図13は、8極子で構成されたE×Bレンズ123の課題の1例である。ここでは、磁場型の2極子場が印加されているE×Bレンズ123に、磁場型の4極子場を重畳させて光軸110から電子を偏向させた際に生じる非点収差を補正する場合を例に説明する。E×Bレンズ123の各極子は磁場応答1301を示すものとする。E×Bレンズ123に磁場型の2極子場を印加すると極子ごとに異なる励磁電流量となる。例えば、極子I1の励磁電流は励磁電流A1、極子I2の励磁電流は励磁電流をA2となる。この状態から非点収差を補正するために、磁場型の4極子場を増減させると、極子ごとに異なる磁場応答を示す。例えば、極子I1は磁場応答1302、極子I2は磁場応答1303となる。極子ごとに異なる磁場応答を示すのは、磁性体の透磁率が励磁電流量に応じて変わるためである。図13では極子I1と極子I2の磁場応答を示したが、その他の極子も磁場応答1302、1303と同様に異なる磁場応答を示す。また、ここでは磁場型の4極子場を例に説明したが、他の多極子場についても同様の課題が生じる。他の多極子場とは各2方向の成分(X方向、Y方向)を有する2極子場、4極子場、6極子場、8極子場、12極子場等が挙げられる。
【0043】
このように、磁場応答の異なる極子を用いて理論通りの励磁電流で所定の多極子場を発生させると、所望の多極子場の形状とならない。所望の多極子場の形状とならないと、理論通りの補正が正確に行えない。例えばコマ収差などの寄生収差の発生により分解能が劣化したり、寄生2極子場の発生で光軸ズレが生じたりするという新たな課題が生じる。また、各極子の磁場応答が不安定な場合、理想形状との乖離により生じる寄生収差が非線形に発生する。寄生収差が非線形に発生すると、その寄生収差をフィードフォワード制御できず、制御に時間を要するという課題もある。
【0044】
図14は、E×Bレンズ123を用いた非点調整のフローチャートである。まず、ステージ制御部115によりステージ113を観察位置に移動させる(S1402)。非点調整用サンプルが標準試料としてステージ113に搭載されている場合には、調整用サンプルがSEMの視野に入るようにステージ113を移動させる。S1403では、SEM画像取得のための光学条件を設定する。光学条件としては、電子銃制御部104が制御する加速電圧、リターディング電圧制御部117が制御するリターディング電圧、コンデンサレンズ制御部が制御するコンデンサレンズの励磁電流、対物レンズ制御部111が制御する対物レンズの励磁電流、各種偏向器の励磁電流、などが含まれる。S1404では、観察像を撮影する。S1405では、撮影したSEM画像の非点評価値を測定する。非点評価値は、SEM画像の方位別の鮮鋭度を算出し、それらの鮮鋭度の差分や比率等を用いた数値である。S1406では、指定された非点探索回数を満たしているかを判定し、指定された非点探索回数を満たしていればS1408に進み、満たしていなければS1407に進む。S1407では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いてE×Bレンズ123に指定された励磁電流量を印加し、S1404に進む。S1408では、S1406までに測定した励磁電流と非点評価値の関係から非点評価値の最も高いピーク電流を計算する。S1409では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いてE×Bレンズ123にピーク電流(目標電流)を印加し、非点調整を終了する。
【0045】
本発明に係るヒステリシスを緩和する電流制御を多極子レンズに適用することにより、直流電流の電流経路と逆方向の電流を印加する場合においても、目標電流よりも広域の電流経路を周回させる電流制御が不要となり高精度な収差補正を短時間に実現できる。
【0046】
<実施の形態4>
本発明の実施形態4では、磁気的に結合したレンズ群の磁場応答の再現性を向上させ、高精度な電子軌道制御を実現できる技術について説明する。荷電粒子線装置として走査型電子顕微鏡を例に挙げて説明する。
【0047】
図15は、イメージシフト偏向器128を構成する上段の偏向器901と下段の偏向器902が磁気的に結合している1例である。イメージシフト偏向器128の上段の偏向器901と下段の偏向器902との間の距離ΔHが近い場合、上段の偏向器901で偏向場1501を発生させると下段の偏向器901への磁場漏れにより偏向場1502が生じる。この磁場漏れは、イメージシフト偏向器128に限定されるものではなく、その他レンズにおいても、面内に分割されたレンズ同士の距離、他のレンズ同士の距離、磁気シールド等の磁気を帯びる部品間の距離、などが近ければ発生する。
【0048】
図16は、イメージシフト偏向器128内の磁場応答における課題の1例である。ここでは、上段の偏向器901から磁場漏れのあった場合の下段の偏向器902の磁場応答について説明する。
【0049】
下段の偏向器902は、半時計回りの励磁経路に対して磁場応答1601を示す。偏向器902は、励磁電流L0で磁場強度B0を出力し、励磁電流L0にΔI増加させたL1で磁場強度B1を出力する。下段の偏向器902が励磁電流L0で磁場強度B0を出力しているとき、上段の偏向器901からの磁場漏れで励磁経路と逆方向の磁場を受けると、下段の偏向器902の磁場強度は、破線に示す不安定な経路を辿り、磁場強度B0’(見せかけの励磁電流L0’)に到達する。このとき、下段の偏向器902の励磁電流をΔI増加させると、下段の偏向器902の磁場強度は、破線に示す不安定な経路を辿り、磁場強度B1’に到達する。このように、磁気的に結合したレンズ群においては、磁場漏れによって記憶させた励磁経路と逆方向の磁場を受けると、記憶させた磁場応答が消失するという新たな課題が生じる。また、磁場漏れによって出力場の形状に歪みが生じると所望の補正機能が不完全となり理論通りの補正ができなくなる課題もある。
【0050】
図17は、イメージシフト偏向器128を用いた視野移動のフローチャートである。図17を参照して、磁気的に結合したレンズ群における磁場調整フローの例を説明する。
まず、ステージ制御部115によりステージ113を観察位置に移動させる(S1701)。S1702では、SEM画像取得のための光学条件を設定する。光学条件としては、電子銃制御部104が制御する加速電圧、リターディング電圧制御部117が制御するリターディング電圧、コンデンサレンズ制御部が制御するコンデンサレンズの励磁電流、対物レンズ制御部111が制御する対物レンズの励磁電流、各種偏向器の励磁電流、などが含まれる。S1703では、視野を選択する。視野の選択は、ユーザが任意の座標を指定してもよいし、あらかじめ設定された座標を指定してもよい。S1704では、現在の座標と指定された座標から視野移動量を計算する。S1705では、励磁電流を変更する段を選択する。S1706では、計算した視野移動量に基づき、指定された段の励磁電流量を計算する。S1707では、ヒステリシスを緩和する電流制御を用いて指定段に指定の励磁電流(目標電流)を印加する。S1708では、全段の励磁電流を変更していなければ、S1705に進み、全段の励磁電流を変更していれば視野移動を終了する。
【0051】
図17においては、励磁電流の変更をレンズ段ごとに実施したが、調整時間短縮のために全段同時に実施してもよい。ヒステリシスを緩和する電流制御に用いる交流電流の振幅a0は、磁気的に結合したレンズ群において、所定のレンズに最も隣接するレンズに振幅a0の交流電流を印加したとしても、所定のレンズの磁場応答が変化しないように設定することが好ましい。
【0052】
本発明に係るヒステリシスを緩和する電流制御を磁気的に結合したレンズ群に適用することにより、磁場漏れによる隣接レンズの磁場応答変化が抑制され、高精度な電子軌道制御を短時間に実現できる。
【0053】
<実施の形態5>
本発明の実施形態5では、磁界レンズのヒステリシスを緩和する電流制御の変形例について説明する。
【0054】
図18Aは、ヒステリシス緩和電流制御の第1例を示す。所定の初期電流1801の磁界レンズに時刻t0で振幅a0の交流電流を印加する。次いで時刻t1で振幅a1(<a0)の直流電流を駆動で印加する(励磁電流1802)。次いで時刻t2で振幅a0の交流電流を印加する。次いで時刻t3で振幅a1(<a0)の直流電流を駆動で印加する(励磁電流1803)。このように、互いに周期的に分割された交流電流と直流電流を合成して励磁電流を発生させ、所定範囲を周回する電流制御を適用すると、磁場応答の再現性が向上する。このとき、直流電流の1周期内に、交流電流を少なくとも1周期以上発生させることが好ましい。
【0055】
図18Bは、ヒステリシス緩和電流制御の第2例を示す。所定の初期電流1801の磁界レンズに時刻t0で振幅a0の交流電流を印加する。次いで時刻t1で振幅a1(=a0)の直流電流を駆動で印加する(励磁電流1804)。次いで時刻t2で振幅a0の交流電流を印加する。次いで時刻t3で振幅a1(=a0)の直流電流を駆動で印加する(励磁電流1805)。このように、交流電流と直流電流の振幅を等しくすると(a1=a0)第1例よりも広域の電流変更を短時間に実現できる。ただし、直流電流の振幅が交流電流の振幅よりも大きく(a1>a0)設定した場合、記憶していない経路を辿る制御となるので、磁場応答の再現性は低くなる。
【0056】
図18Cは、ヒステリシス緩和電流制御の第3例を示す。本例は、第1例における交流電流の波形を正弦波に変更したものである。交流電流の波形を正弦波にすると、励磁電流の立ち上がり時間と立ち下がり時間が矩形波よりもゆっくりとなり、オーバーシュートやリンギング等の電源揺らぎを抑制できる。これにより、電源揺らぎに追従する磁場応答が抑制され、第1例よりも磁場応答の再現性が向上する。交流電流の形状は正弦波に限定されるものではなく、台形波や三角波など、励磁電流の立ち上がり時間、立ち下がり時間を遅らせるものであればよい。
【0057】
図18Dは、ヒステリシス緩和電流制御の第4例を示す。本例においては、交流電流1806と直流電流1807を連続駆動する(1808)。本例においては、交流電流の振幅をa0、周期をt1、周期t1の間における直流電流の変更量をa1としたとき、|a0|≧|a1|を満たすように、各電流を制御する。これにより、第1例よりも広域の電流変更を短時間に実現できる。
【0058】
次に図19A図19Gを参照して、交流電流の波形内で直流電流を駆動させるタイミングごとの電流波形について説明する。以下では、交流電流と直流電流の振幅を|a0|=|a1|として説明する。
【0059】
図19Aは、交流電流の波形内で直流電流を駆動させる3つのタイミングの1例である。図19Aに示す交流電流の波形内には、第1立ち上がり期間T1と、第1立ち下がり期間T2と、第2立ち上がり期間T3がある。これら3つの期間のうちいずれかにおいて、交流電流に対して直流電流を合成することができる。各タイミングにおける合成電流の例を以下に説明する。
【0060】
図19B図19Dは、交流電流の初期振幅と直流電流の振幅が同符号の場合における電流波形の例である。
【0061】
図19Bは、第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1において励磁電流は2×a0増加する。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流は2×a0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3で励磁電流はa0増加する。
【0062】
図19Cは、第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1で励磁電流はa0増加する。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流はa0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3で励磁電流はa0増加する。
図19Dは、第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1で励磁電流はa0増加する。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流は2×a0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3で励磁電流は2×a0増加する。
【0063】
図19E図19Gは、交流電流の初期振幅と直流電流の振幅が異符号の場合における電流波形の例である。
【0064】
図19Eは、第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1では交流電流と直流電流が相殺して励磁電流は変化しない。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流は2×a0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3で励磁電流はa0増加する。
【0065】
図19Fは、第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1で励磁電流はa0増加する。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流は3×a0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3で励磁電流はa0増加する。
【0066】
図19Gは、第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の電流波形を示す。第1立ち上がり期間T1で励磁電流はa0増加する。次いで第1立ち下がり期間T2で励磁電流は2×a0減少する。次いで第2立ち上がり期間T3では交流電流と直流電流が相殺して励磁電流は変化しない。
【0067】
次に図20A図20Bを参照して、図19B図19Gで示した電流制御による磁場応答について説明する。
【0068】
図20Aのパターン1は、図19Bで示した第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた電流経路2002を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2003を周回し、磁場強度2004に到達する。
【0069】
図20Aのパターン2は、図19Cで示した第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた電流経路2005を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2006を周回し、磁場強度2004に到達する。
【0070】
図20Aのパターン3は、図19Dで示した第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた電流経路2007を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2008を周回し、磁場強度2004に到達する。
【0071】
以上のパターン1~3で示したように、交流電流の初期振幅と直流電流の振幅を同符号にして電流経路を周回する電流制御にすると高再現な磁場応答が得られる。
【0072】
図20Bのパターン4は、図19Eで示した第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第1立ち上がり期間T1で直流電流を駆動させた電流経路2009を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2010を辿り、磁場強度2011に到達する。
【0073】
図20Bのパターン5は、図19Fで示した第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第1立ち下がり期間T2で直流電流を駆動させた電流経路2012を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2013を辿り、磁場強度2011に到達する。
【0074】
図20Bのパターン6は、図19Gで示した第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた場合の磁場応答である。第2立ち上がり期間T3で直流電流を駆動させた電流経路2014を印加すると、所定の初期電流の磁場強度2001から励磁経路2015を辿り、磁場強度2011に到達する。
【0075】
以上のパターン4~6で示したように、交流電流の初期振幅と直流電流の振幅が異同符号の場合、電流経路の一部を周回する電流制御となる。
【0076】
図21は、直流電流の電流符号を反転させる場合の電流制御の1例である。ここでは図20A図20Bで説明したパターンのうち3つをピックアップして説明する。
【0077】
パターン1とパターン6の組合せについて説明する。まず、パターン1の電流経路2002で励磁電流を印加する。このとき、所定の初期電流の磁場強度2001は、励磁経路2003を周回し、磁場強度2004に到達する。次に、直流電流の電流符号を反転させて磁場強度2004から磁場強度2001に戻す場合、パターン6の電流経路2014で励磁電流を印加する。このとき、磁場強度2004は、電流経路2002で記憶した経路を辿って磁場強度2001に到達する。
【0078】
パターン2とパターン2の位相を反転したものの組合せについて説明する。まず、パターン2の電流経路2005で励磁電流を印加する。このとき、所定の初期電流の磁場強度2001は、励磁経路2006を周回し、磁場強度2004に到達する。次に、直流電流の電流符号を反転させて磁場強度2004から磁場強度2001に戻す場合、パターン2の位相を反転させた電流経路2101で励磁電流を印加する。このとき、磁場強度2004は、電流経路2005で記憶した経路を辿って磁場強度2001に到達する。
【0079】
パターン3とパターン4の組合せについて説明する。まず、パターン3の電流経路2007で励磁電流を印加する。このとき、所定の初期電流の磁場強度2001は、励磁経路2008を周回し、磁場強度2004に到達する。次に、直流電流の電流符号を反転させて磁場強度2004から磁場強度2001に戻す場合、パターン4の電流経路2009で励磁電流を印加する。このとき、磁場強度2004は、電流経路2007で記憶した経路を辿って磁場強度2001に到達する。
【0080】
図21に示す3つの組み合わせは、組み合わせの前半部分と後半部分において磁場応答が互いに同じ周回経路をたどるので、磁場応答を再現性よく変動させることができる。したがってこれら3つの組み合わせは、励磁電流として望ましいといえる。
【0081】
以上のように、直流電流の駆動タイミング(位相)、または交流電流の位相を少なくとも1回以上変更して過去の電流経路を辿る制御にすると、直流電流の電流符号を反転させる場合においても磁場応答の再現性が向上する。
【0082】
<本発明の変形例について>
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【0083】
本発明を適用可能な荷電粒子線装置は、図1に示す走査電子顕微鏡に限られず、走査透過電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、走査イオン顕微鏡や集束イオンビーム装置などにも適用可能である。
【符号の説明】
【0084】
101:陰極
102:第1陽極
103:第2陽極
104:電子銃制御部
105:第1コンデンサレンズ制御部
106:第1コンデンサレンズ
107:対物可動絞り
108:第2コンデンサレンズ制御部
109:第2コンデンサレンズ
110:光軸
111:対物レンズ制御部
112:対物レンズ
113:ステージ
114:試料
115:ステージ制御部
116:試料高さ計測器
117:リターディング電圧制御部
118:リターディング電源
119:第1偏向器制御部
120:第1走査偏向器
121:2次電子変換板
122:E×B制御部
123:E×Bレンズ
124:検出器制御部
125:検出器
126:制御部
127:表示装置
128:イメージシフト偏向器
129:非点補正器制御部
130:非点補正器
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図14
図15
図16
図17
図18A
図18B
図18C
図18D
図19A
図19B
図19C
図19D
図19E
図19F
図19G
図20A
図20B
図21