(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-05
(45)【発行日】2023-10-16
(54)【発明の名称】セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法、及びセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法。
(51)【国際特許分類】
G01N 33/38 20060101AFI20231006BHJP
C04B 24/06 20060101ALI20231006BHJP
C04B 28/02 20060101ALI20231006BHJP
C04B 41/61 20060101ALI20231006BHJP
【FI】
G01N33/38
C04B24/06 Z
C04B28/02
C04B41/61
(21)【出願番号】P 2020050448
(22)【出願日】2020-03-23
【審査請求日】2023-01-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(72)【発明者】
【氏名】岩本 泰徳
(72)【発明者】
【氏名】古城 誠
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/167649(WO,A1)
【文献】特開2007-169144(JP,A)
【文献】特開平07-061852(JP,A)
【文献】特開昭61-256951(JP,A)
【文献】特開2010-173875(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106927712(CN,A)
【文献】特開2004-002092(JP,A)
【文献】特開平10-218687(JP,A)
【文献】岩月栄治,「プロピオン酸カルシウムによるアルカリシリカ反応の抑制に関する実験的検討」,コンクリート工学年次論文集,2016年,Vol.38、No.1,1071-1076
【文献】厚生労働省,食品中の食品添加物分析法,2019年06月28日,インターネット<URL:https://www.ffcr.or.jp/tsuuchi/upload/596a72dbf1462bad83c65ec94e3ea9234453b86c.pdf>,[検索日 2023.06.30]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00- 1/44
G01N 33/38
C04B 41/61
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメント系硬化体と酸
水溶液とを接触せしめ、
次いで前記セメント系硬化体と接触させた酸
水溶液中のプロピオン酸の含有量を測定することを特徴とする、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法であって、
前記セメント系硬化体と接触させた酸
水溶液のpHが3.0以下であるセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法。
【請求項2】
前記セメント系硬化体が、骨材を含有する、請求項1記載のセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法。
【請求項3】
前記酸
水溶液がリン酸水溶液である請求項1又は2記載のセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法。
【請求項4】
前記セメント系硬化体を粉砕した後に、酸
水溶液と接触せしめる請求項1~3のいずれか一項に記載のセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法。
【請求項5】
前記セメント系硬化体と接触させた酸
水溶液を水蒸気蒸留してプロピオン酸を含む蒸留液を分離し、次いで、該蒸留液中のプロピオン酸の含有量を測定する請求項1~4のいずれか一項に記載のセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法。
【請求項6】
プロピオン酸カルシウム水溶液を準備し、
骨材を含有するセメント系硬化体に前記プロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させるセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法であって、
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法により、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定し、
次いで測定したセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量に基づき、前記プロピオン酸カルシウムの浸透量を決定するセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の新規の測定方法、及びセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の新規の抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート等のセメント系硬化体はセメント水和物、骨材および空隙によって構成され、空隙には水酸化ナトリウムや水酸化カリウムのアルカリ水溶液が存在する。このアルカリ性は、鉄筋コンクリート中の鉄筋の腐食を抑制するなど必要な性質ではあるが、あまりにアルカリ性が高すぎると、アルカリ骨材反応を引き起こすことが知られている。
【0003】
現在、骨材には岩石などの鉱物を砕いて得られる砕石が主に使用されており、その骨材が反応性骨材(コンクリート中の水酸化アルカリと反応しやすい状態にある準安定な反応性鉱物を有害量含む岩石と定義される。反応性鉱物は非晶質シリカまたは微結晶シリカが代表例である。通常は、JIS A 5308付属書に従った区分で「アルカリシリカ反応性試験の結果が“無害でない”と判定されたもの」が相当する。)であると、空隙中の水酸化アルカリと反応してアルカリ珪酸塩を生成する。このアルカリ珪酸塩は水が供給されると膨張挙動を示す。この反応挙動をアルカリ骨材反応(以下、ASRと略することもある。)と呼んでいる。
【0004】
ASRに起因して、コンクリート構造物等の骨材を含有するセメント系硬化体にひび割れ、変形・変位・ポップアウト(骨材の抜け落ち等)、滲出物等の劣化が起こり、物性上は引張強度と弾性係数が低下する。そのため、事前にモルタルバー法(JIS A 1146-2007)及び/または化学法(JIS A 1145-2017)による骨材のアルカリシリカ反応性試験を実施して、非反応性と判定された砕石のみが骨材に使われているのが実情であった。
【0005】
ASRに起因する劣化に対しては古くから対策研究がなされ、そのうちの有効な方法として、リチウム塩をASR抑制剤としてコンクリートへ配合混練すると、ASRによる膨張が抑制されることが報告されており、現在では亜硝酸リチウムを主成分としたものが工業的使用のレベルにまで至っている(特許文献1参照)。
【0006】
また、コンクリート構造物に対するリチウム塩の補修用途への適用については、該コンクリート構造物の表面から亜硝酸リチウム又は水酸化リチウムを含侵させる方法が開示されている(特許文献2参照)。
【0007】
しかしながら、リチウム塩は実用には高価すぎることが問題であること、リチウムは極めて希少な資源であるためにセメントに添加するような利用においては安定供給の点で難があることといった問題があった。
【0008】
また、リチウム塩は、ASRに対しては有効であるが、コンクリート構造物への適用においては、十分なASR抑制効果を発揮するとは言えなかった。すなわち、上記リチウム化合物の水溶液をコンクリート構造物に含侵させても、ASR抑制効果はコンクリート構造物の表面に止まり、内部まで有効にASRを抑制することが困難であった。その理由は、リチウムが水中ではカチオンとなりケイ酸分と容易に反応するため、ASRの反応サイトまでリチウム塩が到達することが困難だからであると考えられる。
【0009】
そこで、安価なASR抑制剤としてプロピオン酸カルシウムをセメント混練時に配合することにより、コンクリート中のアルカリ性を低減してASRを抑制する方法が提案されている(特許文献3参照)。さらに、混錬時にASR抑制剤を添加していないセメント系硬化体に、硬化後にプロピオン酸カルシウム溶液を含侵させることにより、ASRを抑制する方法も提案されている(特許文献4参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開平7-061852号公報
【文献】特開昭61-256951号公報
【文献】特開2007-169144号公報
【文献】国際公開WO2019/167649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記特許文献3及び4記載の方法により、セメント系硬化体にプロピオン酸カルシウムを含有せしめることにより、セメント系硬化体の物性を損なわずにASRを抑制することが可能である。
【0012】
しかしながら、特に特許文献4に記載されたセメント系硬化体にプロピオン酸カルシウム溶液を含侵させる方法を採用する場合、プロピオン酸カルシウム溶液が、セメント系硬化体中に十分な量が含侵される必要があるが、これまでセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの量を測定する方法が確立されておらず、当該測定方法の確立が望まれていた。
【0013】
従って、本発明の目的は、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を行なった。その結果、プロピオン酸カルシウムを含むセメント系硬化体とリン酸等の酸を接触させることで、プロピオン酸カルシウムがプロピオン酸となって、酸に抽出されること、さらに、抽出されたプロピオン酸は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等により定量的に分析することが可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち第一の本発明は、セメント系硬化体と酸とを接触せしめ、次いで前記セメント系硬化体と接触させた酸中のプロピオン酸の含有量を測定することを特徴とする、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法であって、前記セメント系硬化体と接触させた酸のpHが3.0以下であるセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法である。
【0015】
上記第一の本発明は、以下の態様を好適に採り得る。
1)前記セメント系硬化体が、骨材を含有すること。
2)前記酸がリン酸水溶液であること。
3)前記セメント系硬化体を粉砕した後に、酸と接触せしめること。
4)前記セメント系硬化体と接触させた酸を水蒸気蒸留してプロピオン酸を含む蒸留液を分離し、次いで、該蒸留液中のプロピオン酸の含有量を測定すること。
【0016】
また、第二の本発明は、プロピオン酸カルシウム水溶液を準備し、骨材を含有するセメント系硬化体に前記プロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させるセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法であって、上記第一の本発明の方法により、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定し、次いで測定したセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量に基づき、前記プロピオン酸カルシウムの浸透量を決定するセメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法により、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することが可能である。また、本発明の方法によりセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することで、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量が不足していた場合には、必要量をセメント系硬化体中に含浸させることで、セメント系硬化体のASRを抑制することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の測定方法は、セメント系硬化体と酸とを接触せしめ、次いで前記セメント系硬化体と接触させた酸中のプロピオン酸の含有量を測定することが特徴である。以下、本発明の測定方法について詳述する。
【0019】
(セメント系硬化体)
本発明の測定方法におけるセメント系硬化体(以下、単にセメント系硬化体と称す)としては、公知のものが特に制限無く対象となる。具体的には、セメント、細骨材や粗骨材の他、AE剤、AE減水剤、減水剤、高性能AE減水剤、流動化剤、分離低減剤、起泡剤、発泡剤、凝結・硬化調節剤、急結剤等の混和剤及び水を混合して練和、硬化させたものが挙げられる。
【0020】
セメントとしては、普通ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、低熱ポルトランドセメント等のポルトランドセメントが挙げられる。
【0021】
本発明における骨材は、細骨材、粗骨材の双方を指す。当該骨材としては、前記した“無害でない”骨材を使用する際に、本発明の効果が顕著に発揮される。
【0022】
これらのセメント系硬化体の中でも、プロピオン酸カルシウムがASR抑制効果を有することから、細骨材や粗骨材等の骨材を含むセメント系硬化体が好ましい。
【0023】
当該セメント系硬化体の製造方法は公知の方法が制限無く適用でき、セメント、骨材、
水及び必要に応じて配合される混和剤を混練、硬化させればよい。
【0024】
(酸)
本発明の測定方法において、上記セメント系硬化体と酸を接触させる。酸と接触させることにより、セメント系硬化体中に含有されるプロピオン酸カルシウムがプロピオン酸となり、酸に溶解する。このため上記セメント系硬化体と酸を接触させた酸中のプロピオン酸を定量することで上記セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することができる。
【0025】
用いる酸としては、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムが十分溶出できれば良く、具体的には、塩酸、硫酸、リン酸等の無機酸が挙げられる。酢酸等の有機酸を用いることも勿論可能であるが、後述する方法により調製された測定試料中にこれらの有機酸が混入し、測定方法によっては、プロピオン酸の定量を阻害する虞があるため、酸としては無機酸を用いることが好ましい。また、セメント系硬化体中には上記のとおりアルカリ成分を含んでおり、該硬化体と酸を接触させた際にはアルカリ成分と酸との中和反応も進行する。従って、セメント系硬化体と酸との接触による化学反応を温和な状態で行う点、また、セメント系硬化体と接触させた酸よりプロピオン酸を回収して測定試料を調製する際のプロピオン酸の回収率を安定化させる観点から、上記酸としては、酸を水に希釈した酸水溶液として用いることが好ましい。さらに、酸水溶液の中でも、pHの調整が容易な点、後述するプロピオン酸の定量分析に用いる分析装置への負荷の点からリン酸水溶液を用いることが好ましい。酸としてリン酸水溶液を用いる場合、リン酸の濃度としては、上記の観点から、5~20質量%の範囲で適宜用いれば良い。
【0026】
前記のとおり、セメント系硬化体中には、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムが多量に存在する。このため該硬化体と接触させる酸が少なすぎると、酸が水酸化ナトリウムや水酸化カリウムに中和され、効率的にプロピオン酸カルシウムを抽出することが困難になる。このため、セメント系硬化体と酸とを接触させた後の酸のpHを3.0以下の範囲とする必要がある。セメント系硬化体と接触させる酸の使用量は、セメント系硬化体と酸とを接触させて、該硬化体中の成分と酸との反応が収束した時点のpHを測定し、pHが3.0以下となるまで酸を加えれば良い。
【0027】
(プロピオン酸カルシウム含有量の測定試料の調製方法)
本発明の測定方法において、上記セメント系硬化体と酸とを接触させる方法は特に制限されず、攪拌可能な容器にセメント系硬化体を秤量して仕込み、次いで該容器中に酸を加えて攪拌する方法が好ましい。上記セメント系硬化体と酸との接触において、該セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムを効率的に酸に溶出させる点から、本発明の測定方法に供するセメント系硬化体は、予め粉砕しておくことが好ましい。粉砕後のセメント系硬化体の粒度は、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムを効率的に酸水溶液に溶出させるに十分であれば良く、平均粒径が50~2000μmの範囲であれば十分であり、100~1000μmの範囲が好ましい。
【0028】
上記粉砕したセメント系硬化体と酸との接触時間についても、該セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムが酸に溶出されるに十分な時間であれば良く、通常3~30分の間で適宜設定すれば良い。
【0029】
上記方法により、セメント系硬化体と接触させた酸中のプロピオン酸の含有量を測定することにより、分析に供するセメント系硬化体に含有するプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することができる。
【0030】
上記酸中には、セメント系硬化体由来の粉体等が含有されるため、上記酸をろ過等の操作により固形分を除去したのち、ろ液を測定試料として用いても良いが、セメント系硬化体中には、前記のとおり種々の混和剤等が含有しており、これらの少なくとも一部が酸中に溶出されるため、測定方法によっては、プロピオン酸の定量を阻害する虞がある。このため、測定用試料の調製方法としては、上記セメント系硬化体と接触させた酸の水蒸気蒸留を行い、該酸中のプロピオン酸を水と共沸させて回収し、回収した蒸留液を測定試料として用いることが好ましい。
【0031】
上記方法によって回収された蒸留液はそのまま後述するプロピオン酸の含有量を測定する測定試料としても良いが、該蒸留液をイオン交換樹脂に通液して精製した後、回収されたプロピオン酸を含む液を測定試料として用いても良い。具体的には、陰イオン交換樹脂カラムに、上記蒸留水を通液させて、該蒸留水中のプロピオン酸を陰イオン交換樹脂に吸着させ、次いでプロピオン酸が吸着されたカラムに酸を通液させてプロピオン酸を含む液を回収することで、上記蒸留液を精製することができる。
【0032】
(セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の測定方法)
上記方法で調製した測定試料中のプロピオン酸の含有量を測定することで、セメント系硬化体に含有するプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することができる。プロピオン酸の測定方法として具体的には、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)等が上げられる。HPLCに用いるカラムとしては、プロピオン酸等のカルボン酸が分析可能なカラムを用いることができる。かかるカラムとして具体的には、ジーエルサイエンス社製 Inertsil ODSカラム等が挙げられる。
【0033】
測定試料中のプロピオン酸の含有量は、予めプロピオン酸の濃度が既知の試料溶液を測定して検量線を作成し、測定試料のプロピオン酸の測定結果と該検量線により、プロピオン酸の含有量を決定することができる。そして測定試料中のプロピオン酸の含有量より、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を算出することができる。
【0034】
(セメント系硬化体のアルカリ骨材反応の抑制方法)
上記方法にて、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を測定することができる。測定対象となるセメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量が十分ではない場合には、アルカリ骨材反応の抑制効果が十分に発現できる量のプロピオン酸カルシウムをセメント系硬化体に浸透せしめることで、セメント系硬化体の物性に悪影響を及ぼさずにアルカリ骨材反応によるセメント系硬化体の膨張を抑制させることができる。
【0035】
アルカリ骨材反応の抑制効果が発現されるためには、セメント系硬化体100質量部あたり、プロピオン酸カルシウムを0.2~5.4質量部含有すれば良い。
【0036】
具体的には、実際の建造物等に使用されるセメント系硬化体と、該硬化体と同じ組成で同時間硬化させた測定用のセメント系硬化体を作成し、該測定用の硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量を上記方法にて測定し、プロピオン酸カルシウムの含有量が不足しているのであれば、上記含有量となるように後述する方法により、実際の建造物等に使用されるセメント系硬化体にプロピオン酸カルシウムを浸透させれば良い。
【0037】
以下、本発明のセメント系硬化体のアルカリ骨材(ASR)反応の抑制方法について詳述する。
【0038】
本発明のASR抑制方法では、プロピオン酸カルシウム水溶液を準備し、セメント系硬化体にプロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる。
【0039】
本発明のASR抑制方法に用いるASR抑制剤としてのプロピオン酸カルシウム水溶液は、プロピオン酸カルシウムを有効成分とする水溶液であるが、当該水溶液は、本発明の効果を損なわない範囲で、他の添加剤を含有してもよい。
【0040】
上記プロピオン酸カルシウムの濃度は5~26質量%が好ましい。より好ましくは10~25質量%の濃度のものが使用される。上記範囲とすることで、十分なASR抑制効果が得られる。水は、特に限定されず、水道水、工業用水などが使用できる。
【0041】
上記プロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程は、特に限定されないが、次のような工程により行われる。
【0042】
プロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程として、プロピオン酸カルシウム水溶液中にセメント系硬化体を浸漬することを含んでもよい。
【0043】
浸漬時間は3日~10日が好適である。
【0044】
浸漬温度は5~35℃で行えば良く、好適には15~30℃である。5℃以上であることで、プロピオン酸カルシウムが好適に溶解し、内部まで浸透させることができる。35℃以下であることで、温度応力によるひび割れなどを防ぐことができる。
【0045】
浸漬に用いるプロピオン酸カルシウム水溶液の量は、セメント系硬化体が全て浸る程度であれば良いが、一般的にはセメント系硬化体の体積を100とした場合、200程度である。
【0046】
浸漬によってプロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程では、セメント系硬化体が浸漬されたプロピオン酸カルシウム水溶液を加圧してもよい。このとき、プロピオン酸カルシウム水溶液を直接加圧してもよく、プロピオン酸カルシウム水溶液を満たした容器や、その周辺の雰囲気を加圧してもよい。プロピオン酸カルシウム水溶液を加圧する方法として、ポンプやコンプレッサーなどにより機械的に加圧する方法や、周辺雰囲気よりも圧力が高いガスを導入する方法等が挙げられる。加圧することで、プロピオン酸カルシウム水溶液がセメント系硬化体内部まで浸透しやすくなる。
【0047】
また、浸漬によってプロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程では、セメント系硬化体が浸漬されたプロピオン酸カルシウム水溶液を実質的に真空状態の減圧雰囲気下で保持する真空加圧法を用いてもよい。
【0048】
真空加圧法では、例えば、セメント系硬化体とプロピオン酸カルシウム水溶液を気密容器に入れ、内部の気圧を0.05MPa以下とすることができる。これにより、セメント系硬化体内部の不純物を取り除くことができる。
【0049】
真空加圧法において減圧するタイミングは特に限定されず、セメント系硬化体のプロピオン酸カルシウム水溶液への浸漬前であっても浸漬後であってもよい。
【0050】
真空状態のセメント系硬化体では、その内部の空隙も真空状態となっている。このため、真空状態から大気開放される際に、大気圧によってプロピオン酸カルシウム水溶液がセメント系硬化体の内部の空隙に吸い込まれる。このため、真空加圧法では、プロピオン酸カルシウム水溶液がセメント系硬化体の内部まで浸透しやすくなる。
【0051】
上記の各方法で浸漬に用いるプロピオン酸カルシウム水溶液は、複数回再利用されてもよい。
【0052】
また、プロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程では、セメント系硬化体の表面にプロピオン酸カルシウム水溶液を塗布してもよい。
【0053】
かかる塗布の方法は、プロピオン酸カルシウム水溶液を直接噴霧するスプレー法や、刷毛塗り法などの一般的な方法が挙げられるが、これらに限定されない。例えば、上記水溶液に浸した布や吸水性高分子シートをセメント系硬化体の表面に貼付する表面湿布により浸透させることもできる。
【0054】
当該塗布は、セメント系硬化体の実質的に全面が濡れるように行われる。このような方法では、通常は時間の経過により水が揮発するが、その際には、3時間程度の間隔で再塗布を行い、これを3~10日間経過するまで繰り返すことが好ましい。
【0055】
更に、他のプロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程では、セメント系硬化体表面に影響を与えない程度に開けた細孔へプロピオン酸カルシウム水溶液を注入し、浸透させることもできる。
【0056】
また、上記のようなプロピオン酸カルシウム水溶液を浸透させる工程は、セメント系硬化体に対して一回に限らず、複数回繰り返して実施されることができる。この場合、プロピオン酸カルシウム水溶液に浸漬する方法と、プロピオン酸カルシウム水溶液を塗布する方法と、を組み合わせて実施してもよい。
【実施例】
【0057】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
(水蒸気蒸留装置)
測定試料と酸水溶液の接触、及び水蒸気蒸留によるプロピオン酸含有溶液の調整は、IWAKIフッ素イオン水蒸気蒸留装置I型(AGCテクノグラス社製)を用いて行った。主な器具は以下のとおりである。
【0059】
蒸留受器 300ml三角フラスコ
メスシリンダーで蒸留水280ml及び290mlを秤量し、蒸留受器として使用する300ml三角フラスコに加え、それぞれの量を加えた時の液面の位置に印をした。蒸留水は破棄した。0.2mol/lトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン-塩酸緩衝液(pH8.5)をメスシリンダーで20ml量り取り受器に加えた。冷却管の先端が緩衝液に浸るように高さを調製した。
【0060】
蒸留用フラスコ 500ml二口ケルダールフラスコ
水蒸気発生用フラスコ 1L丸底フラスコ+撹拌子+沸騰石
蒸留水500ml、撹拌子、及び沸騰石(10粒程度)を加えた。
【0061】
(実施例1~3、比較例1)
(測定試料の調整)
蒸留用フラスコに、プロピオン酸カルシウムを3.87g/kgを含むセメント系硬化体を粉砕した粉体を表1に示す量を秤量し加えた。次いで、蒸留水200ml、塩化ナトリウム80g、及び10%リン酸水溶液を表1に示す量加えてよくかき混ぜて塩化ナトリウムを溶解させたのち、消泡用にシリコーン樹脂1滴を加えた。攪拌後の混合物のpHは表1に示すとおりであった。
【0062】
【0063】
水蒸気発生用フラスコの加熱攪拌を開始し、発生した水蒸気を上記蒸留用フラスコに吹き込みながら、蒸留用フラスコ中の混合物の水蒸気蒸留を行い、蒸留液は、蒸留受器に流出させた。蒸留液が約280mlとなった時点で蒸留をやめ、蒸留水を加えて300mlとした。
【0064】
(蒸留液の精製)
強陰イオン交換固相抽出カラム(MAXI-CLEAN SAX 600mg オルテック社製)をコンディショニングした後、水蒸気蒸留にて得られた蒸留液20mlを流し、流出液は捨てた。次いで蒸留水10mlを注入し洗液は捨てた。次いで5%塩化ナトリウム含有0.01mol/l塩酸5mlを注入し、溶出液に蒸留水を加え10mlとした後、メンブレンフィルタ(PTFE、親水性 0.45μm)でろ過し、測定試料を得た。
【0065】
(プロピオン酸の定量)
測定試料を以下の測定条件にてHPLCによる分析を行い、得られたピーク面積と検量線から測定試料中のプロピオン酸含有量(μg/ml)を求めた。
【0066】
カラム:Inertsil ODS-3 5μm 4.6×250mm(ジーエルサイエンス社製)
カラム温度:40℃
移動相:アセトニトリル/水=94/6(pH2.5)
流速:1.00ml/min
測定波長:210nm
注入量:10μl
保持時間:8.4min(プロピオン酸)
(セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウムの含有量の算出)
上記の測定により求めた測定試料中のプロピオン酸含有量から下記式(1)によって、セメント系硬化体中のプロピオン酸含有量(g/kg)を算出した。次いで下記式(2)によって、セメント系硬化体中のプロピオン酸カルシウム含有量を算出した。結果を表2に示す。
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
比較例は10%リン酸溶液の量を10mlとした場合の結果である。実施例は蒸留前pHが3.0以下になることでプロピオン酸が検出されているのに対し、比較例は蒸留前pHが6.57となっており、プロピオン酸が検出できていないことがわかる。