(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】ハード系パン類用小麦粉組成物
(51)【国際特許分類】
A21D 2/36 20060101AFI20231010BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20231010BHJP
A21D 10/02 20060101ALI20231010BHJP
A23L 7/10 20160101ALN20231010BHJP
【FI】
A21D2/36
A21D13/00
A21D10/02
A23L7/10 H
(21)【出願番号】P 2019177253
(22)【出願日】2019-09-27
【審査請求日】2022-06-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】株式会社ニップン
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100156982
【氏名又は名称】秋澤 慈
(72)【発明者】
【氏名】野田 淳一
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-033361(JP,A)
【文献】国際公開第2011/021659(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D、A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を小麦粉全量に対して15質量%以上含有する、
ハード系パン類の製造方法におけるハード系パン類用の生地を得る工程において生地の発酵時間を短縮するための、小麦粉からなるハード系パン類用小麦粉組成物。
【請求項2】
前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、請求項1に記載のハード系パン類用小麦粉組成物。
【請求項3】
ハード系パン類用の生地を得る工程が、ストレート法または低温長時間発酵法である、請求項1または2に記載のハード系パン類用小麦粉組成物。
【請求項4】
GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を穀粉の全量に対して15質量%以上含有する、
ハード系パン類の製造方法におけるハード系パン類用の生地を得る工程において生地の発酵時間を短縮するための、ハード系パン類用プレミックス粉。
【請求項5】
前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、請求項
4に記載のハード系パン類用プレミックス粉。
【請求項6】
ハード系パン類用の生地を得る工程が、ストレート法または低温長時間発酵法である、請求項4または5に記載のハード系パン類用プレミックス粉。
【請求項7】
請求項1
~3に記載のハード系パン類用小麦粉組成物又は請求項
4~6に記載のハード系パン類用プレミックス粉を含むハード系パン類用生地。
【請求項8】
請求項1~3に記載のハード系パン類用小麦粉組成物又は請求項4~6に記載のハード系パン類用プレミックス粉を使用してハード系パン類用生地を
得る工程、及び
得られた生地を焼成する工程を含む、ハード系パン類の製造方法
。
【請求項9】
ハード系パン類用の生地を得る工程がストレート法であり、
生地の発酵時間が0.7~2時間である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
ハード系パン類用の生地を得る工程が低温長時間発酵法であり、
生地の発酵時間が3~12時間である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項11】
ハード系パン類の製造方法におけるハード系パン類用の生地を得る工程において生地の発酵時間を短縮する方法であって、
GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を小麦粉全量に対して15質量%以上含有する、小麦粉からなるハード系パン類用小麦粉組成物を使用する、前記方法。
【請求項12】
前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
ハード系パン類用の生地を得る工程が、ストレート法または低温長時間発酵法である、請求項11または12に記載の方法。
【請求項14】
GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を小麦粉全量に対して15質量%以上含有する、小麦粉からなるハード系パン類用小麦粉組成物の、ハード系パン類の製造方法におけるハード系パン類用の生地を得る工程において生地の発酵時間を短縮するための使用。
【請求項15】
前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、請求項14に記載の使用。
【請求項16】
ハード系パン類用の生地を得る工程が、ストレート法または低温長時間発酵法である、請求項14または15に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハード系パン類用小麦粉組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
小麦粉を原材料とするパン類は、硬質小麦から得られる比較的高タンパク質量である強力小麦粉を主体として製造される。パン類は使用する原料により大別され、1つは小麦粉、食塩、イースト、水の基本的な原料に加え、卵、油脂、砂糖、乳製品などの副原料を使用する比較的リッチな原料構成であるソフト系パン類と、もう一つは副原料をほとんど使用しないリーンな原料構成であるハード系パン類である。
ソフト系パン類は、外皮(クラスト)及び内層(クラム)が柔らかく口溶けの良い食感を有するパンの一群であり、例えば食パン、ドッグロール、バターロール等が挙げられる。ソフト系パン類は、副原料により保水性が増すために柔らかい食感が持続し易いという利点がある。
ハード系パン類は、外皮(クラスト)がパリッとし且つサックリとした食感で、内層(クラム)が不規則な多孔質性構造でもっちりとした食感を有することを特徴とするパンの一群である。ハード系パン類として、バゲット、バタール、パリジャン、フィセル、ブール、エピ、フォンデュ、クッペ、パン・ド・カンパーニュ、パン・オ・ルヴァン、パン・コンプレなどのフランスパン類が代表的であり、ドイツやイタリアといった小麦文化圏の各国にも同様のパン類があることが知られている。ハード系パン類は、保水性の源泉となる副原料をほとんど使用しないため、製造後すみやかに硬くパサついた食感になりやすいという欠点がある。
このようなハード系パン類の問題を解決するために種々検討されている。改良剤としては、トランスグルタミナーゼ(特許文献1)、デキストラン(特許文献2)、乳化油脂組成物(特許文献3)を使用することが提案されており、ソフトな食感を長時間維持するには効果があるが、ハード系パン類に求められる食感(特にもっちりとした内層の食感)が十分に引き出されるとは言い難い。製パン方法としては、小麦粉を湯で捏ね上げた湯種製パン法(特許文献4、特許文献5)をハード系パン類に適用することが可能ではあるが、作業工程が煩雑になるとともに労力を必要とする。また、ハード系パン類用生地を低温長時間発酵させる製パン方法が知られており、これによりパリッとした外皮及びもっちりとした内層のハード系パン類が得られ、その食感の経時劣化が起こり難いが、発酵をコントロールする設備や長時間にわたるスペースの確保が必要になるため、製造効率が良いとは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平04-360641号公報
【文献】特開平06-38665号公報
【文献】特開2011-72271号公報
【文献】特開2000-245332号公報
【文献】特開2014-50320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、パリッとした外皮及びもっちりとした内層を有し、且つ、経時劣化が起こり難いハード系パン類を製造するためのハード系パン類用小麦粉組成物、及び、パン生地の発酵時間を短縮し効率的なハード系パン類の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ハード系パン類の製造において、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(以下、「GA-SX小麦粉」と称する場合がある)とGA-SX小麦粉以外の小麦粉からなり、GA-SX小麦粉を小麦粉全量に対して15質量%以上含有するハード系パン類用小麦粉組成物を使用すると、パリッとした外皮及びもっちりとした内層を有し、且つ、経時劣化が起こり難いハード系パン類を製造することができ、またパン生地の発酵時間を短縮し効率的なハード系パン類の製造方法を提供することができることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
[1]GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を小麦粉全量に対して15質量%以上含有する、小麦粉からなるハード系パン類用小麦粉組成物。
[2]前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、前記[1]に記載のハード系パン類用小麦粉組成物。
[3]GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を穀粉の全量に対して15質量%以上含有する、ハード系パン類用プレミックス粉。
[4]前記GA-SX小麦粉が、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SA小麦粉)である、前記[3]に記載のハード系パン類用プレミックス粉。
[5]前記[1]又は[2]に記載のハード系パン類用小麦粉組成物又は前記[3]又は[4]に記載のハード系パン類用プレミックス粉を含むハード系パン類用生地。
[6]前記[5]に記載のハード系パン類用生地を焼成する工程を含む、ハード系パン類の製造方法。
[7]前記[5]に記載のハード系パン類用生地を焼成してなる、ハード系パン類。
【発明の効果】
【0007】
本発明のハード系パン類用小麦粉組成物を使用すれば、パリッとした外皮及びもっちりとした内層を有し、且つ、経時劣化が起こり難いハード系パン類を製造することができ、またパン生地の発酵時間を短縮し効率的なハード系パン類の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明において「ハード系パン類」とは、硬質小麦から得られる比較的高タンパク質量である強力小麦粉を主体として製造される生地をイースト発酵の後に加熱膨化させることにより製造された多孔質性の食品であって、砂糖、卵や油脂などの配合割合が少ないリーンなタイプの生地を使用して得られる、外皮(クラスト)がパリッとし且つサックリとした食感で、内層(クラム)が不規則な多孔質性構造でもっちりとした食感を有することを特徴とするパンの一群である。ハード系パン類としては、バゲット、バタール、パリジャン、フィセル、ブール、エピ、フォンデュ、クッペ、パン・ド・カンパーニュ、パン・オ・ルヴァン、パン・コンプレなどのフランスパン類が代表的なものとして挙げられるがこれらに限定されない。
【0009】
本発明のハード系パン類用小麦粉組成物は、GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1、SSIIa-B1及びSSIIa-D1のうちのいずれか2つの酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉(GA-SX小麦粉)を含んでいる。
普通系コムギは、異質6倍体であり、その染色体には同祖染色体であるA、B、Dの3つのゲノムがそれぞれ1~7番まで存在する(1A~7A、1B~7B、1D~7D)。
「GBSSI」とは、アミロースの合成に関与する顆粒結合性澱粉合成酵素であり、GBSSI-A1、GBSSI-B1、GBSSI-D1が、それぞれ7A、4A、7D染色体上に座乗する遺伝子によってコードされている。
「SSIIa」とは、アミロペクチンの分岐鎖合成に関与する澱粉合成酵素であり、SSIIa-A1、SSIIa-B1、SSIIa-D1が、それぞれ7A、7B、7D染色体上に座乗する遺伝子によってコードされている。
【0010】
「酵素活性を欠損する」とは、コムギ植物体内で正常な酵素活性を有するタンパク質が機能していないこと、好ましくは正常な酵素活性を有するタンパク質が発現していないことをいう。具体的には、遺伝子配列の変異(一つ又は複数の塩基の置換、欠失、挿入、逆位、転座などの変異をいい、遺伝子領域全体の欠失も含む)、mRNA転写の欠損、タンパク質翻訳の欠損、コムギ植物体内での酵素活性の阻害などの態様が挙げられ、野生型の酵素活性の10%未満、好ましくは5%未満、より好ましくは1%未満にまで酵素活性が低下ないし欠失していれば、いずれの態様であってもよい。
【0011】
GA-SX小麦粉としては、酵素活性を欠損した2種類のSSIIaの組み合わせにより、以下の小麦粉が挙げられる。
GA-SA小麦粉:GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-A1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-B1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉;
GA-SB小麦粉:GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-B1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-A1及びSSIIa-D1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉;
GA-SD小麦粉:GBSSI-A1の酵素活性を欠損しておらず、GBSSI-B1及びGBSSI-D1の酵素活性を欠損し、かつ、SSIIa-D1の酵素活性を欠損しておらず、SSIIa-A1及びSSIIa-B1の酵素活性を欠損したコムギの収穫物を製粉して得られた小麦粉。
これらのうち、GA-SA小麦粉が好ましい。
GA-SX小麦粉は、公知の方法、例えば、特開2013-188206号記載の方法に従って、製造することができる。
【0012】
本発明のハード系パン類用小麦粉組成物は、GA-SX小麦粉と、任意にGA-SX小麦粉以外の小麦粉を含み、小麦粉からなる。GA-SX小麦粉以外の小麦粉としてはGA-SX小麦以外の小麦から製粉した小麦粉であれば特に限定はない。また小麦粉の形態は特に限定されず、例えば、通常の製粉工程を経て「ふすま」などの成分を除いた小麦粉でもよいし、分別しない全粒粉であってもよい。例えば、GBSSI(GBSSI-A1、GBSSI-B1及びGBSSI-D1)及びSSIIa(SSIIa-A1,SSIIa-B1及びSSIIa-D1)の6種の酵素活性の欠損の組み合わせ(ただし、GA-SXを除く)で酵素活性を欠損した小麦並びにGBSSI及びSSIIaの何れの酵素活性も欠損していない小麦から製粉した小麦粉が挙げられる。あるいは一般に使用される、強力粉、中力粉、薄力粉及びそれらの混合物であってよい。
【0013】
GA-SX小麦粉の含有量は、ハード系パン類用小麦粉組成物中の小麦粉全量に対して、15質量%以上であり、好ましくは30質量%以上であり、さらに好ましくは50~95質量%、最も好ましくは45~85質量部である。15質量%以上であれば、パリッとした外皮及びもっちりとした内層を有し、且つ、経時劣化が起こり難いハード系パン類を製造することができ、またパン生地の発酵時間を短縮し効率的なハード系パン類の製造方法を提供することができる。
【0014】
本発明のハード系パン類用プレミックス粉は、前記GA-SX小麦粉を穀粉の全量に対して15質量%以上含有する。ここで一般にプレミックス粉は、その使用用途に応じて、小麦粉組成物に加えて、小麦粉以外の穀粉、化学膨張剤、調味料、香料、色素等の粉末原料、任意に油脂類などを混合したものをいう。本発明のハード系パン類用プレミックス粉は、GA-SX小麦粉の他に、GA-SX小麦粉以外の小麦粉、ライ麦粉、コーンフラワー、大麦粉、米粉などの穀粉類;小麦ふすま、米ぬか等の糠類;イースト、イーストフード;タピオカ澱粉、馬鈴薯澱粉、コーンスターチ、ワキシーコーンスターチ、小麦澱粉などの澱粉類及びこれらにα化、エーテル化、エステル化、アセチル化、架橋処理等を行った加工澱粉類;ブドウ糖、果糖、乳糖、砂糖、イソマルトースなどの糖類;卵黄、卵白、全卵及びそれらを粉末化したものやその他の卵に由来する成分である卵成分;粉乳、脱脂粉乳、大豆粉乳等の乳成分;グルテン、大豆蛋白、小麦蛋白、えんどう豆蛋白等のタンパク質類;ショートニング、ラード、マーガリン、バター、液状油等の油脂類;乳化剤;食塩等の無機塩類;保存料;香料;香辛料;ビタミン;カルシウム等の強化剤等の通常パン製造に用いる副原料を含むことができる。GA-SX小麦粉、GA-SX小麦粉以外の小麦粉などの穀粉類においては、糠類を分離することなく製粉して得られる全粒粉であってもよい。
本発明のハード系パン類用プレミックス粉が小麦粉以外の穀粉を含む場合、ハード系パン類用プレミックス粉に含まれる穀粉全体の質量に対する小麦粉全量の割合は好ましくは50質量%以上であり、より好ましくは75質量%以上、最も好ましくは90質量%以上である。
【0015】
本発明のハード系パン類用生地は、上記ハード系パン類用小麦粉組成物又は前記ハード系パン類用プレミックス粉を含む。本発明のハード系パン類用生地は、上記ハード系パン類用小麦粉組成物以外の原料として、通常パン生地の製造に使用される原料であればいずれも配合することができ、例えば、さらにライ麦粉、コーンフラワー、大麦粉、米粉などの穀粉類;小麦ふすま、米ぬか等の糠類;イースト、イーストフード;発酵調味料、発酵風味剤等の発酵生成物類:タピオカ澱粉、馬鈴薯澱粉、コーンスターチ、ワキシーコーンスターチ、小麦澱粉などの澱粉類及びこれらにα化、エーテル化、エステル化、アセチル化、架橋処理等を行った加工澱粉類;ブドウ糖、果糖、乳糖、砂糖、イソマルトースなどの糖類;卵黄、卵白、全卵及びそれらを粉末化したものやその他の卵に由来する成分である卵成分;粉乳、脱脂粉乳、大豆粉乳等の乳成分;グルテン、大豆蛋白、小麦蛋白、えんどう豆蛋白等のタンパク質類;ショートニング、ラード、マーガリン、バター、液状油等の油脂類;乳化剤;食塩等の無機塩類;保存料;香料;香辛料;ビタミン;カルシウム等の強化剤等の通常パン製造に用いる副原料を配合することができる。
本発明のハード系パン類用生地が小麦粉以外の穀粉を含む場合、ハード系パン類用生地に含まれる穀粉全体の質量に対する小麦粉全量の割合は好ましくは50質量%以上であり、より好ましくは75質量%以上、最も好ましくは90質量%以上である。
本発明のハード系パン類用生地において、油脂の含有量は好ましくは穀粉100質量部に対して5質量部以下であり、より好ましくは2質量部以下、なお好ましくは1質量部以下、さらに好ましくは0.5質量部以下、最も好ましくは油脂を含まない。
本発明のハード系パン類用生地において、糖類の含有量は好ましくは穀粉100質量部に対して4質量部以下であり、より好ましくは2質量部以下、なお好ましくは1質量部以下、さらに好ましくは0.5質量部以下、最も好ましくは砂糖を含まない。
本発明のハード系パン類用生地において、好ましくは卵を含まない。
【0016】
本発明のハード系パン類は、上記ハード系パン類用生地を焼成してなる。
本発明のハード系パン類は、GA-SX小麦粉を含む、前記ハード系パン類用小麦粉組成物又は前記ハード系パン類用プレミックス粉を使用する以外は常法に従って製造することが出来る。
例えば、中種法やストレート(直捏法)法、低温長時間発酵法が挙げられる。
ストレート法(直捏法)は、全材料を最初から混ぜて生地を製造する方法である。例えば全材料を配合、混捏し、生地をつくり、該生地を発酵した後、適当な大きさに分割し、室温でベンチタイムをとり、成形、ホイロを行なった後、焼成する。
また中種法は、材料を2段階に分けて混ぜ、生地を製造する方法である。例えば小麦粉の一部にイーストと水を加えて中種生地をつくり1次発酵を行ない、残りの材料と混捏し、生地をつくる。その後室温でフロアタイムをとり、適当な大きさに分割した後、室温でベンチタイムをとり、成形、ホイロを行なった後、焼成する。
低温長時間発酵法では、全材料を前日に仕込み、低温発酵させた生地を用いて翌日にパンを製造する方法である。例えば、全材料を混捏して生地をつくり、冷蔵庫で一晩かけて発酵を行なう。その後室温でフロアタイムをとり、適当な大きさに分割した後、室温でベンチタイムをとり、成形、ホイロを行なった後、焼成する。
生地の発酵温度や発酵時間は各方法により適宜調整することが可能である。ここで、発酵時間が長くなると、生地の発酵が進みすぎて炭酸ガスの発生量が過剰となり、一方でグルテンの生成が多くなる。生地は発酵により発生した炭酸ガスによって膨張するが、炭酸ガスの発生が過剰となるとグルテンがパン生地の膨張力に耐え切れなくなって損傷を受け、その結果ハード系パン類では内層のグルテンによる骨格が脆弱になってパンボリュームが小さくなり、またパサつきがある食感となる。それと同時に外皮は硬くなってパリッと感が損なわれる。また、糖類がイーストによって消費されてパンの甘味が弱くなる。
適当な発酵条件として、一般的なハード系パン類の製造方法としては、例えばストレート法では25~30℃で2.5~3.5時間、低温長時間発酵法では4~5℃で16~24時間、生地を発酵する。また、一般的には低温長時間発酵法によって品質のより良いハード系パン類を得ることができることが知られている。
本発明のハード系パン類の製造方法では、いずれの方法においても生地の発酵時間を大幅に短縮することができる。また発酵時間が一般的な時間より長くなっても、発酵の進みすぎによるグルテンの損傷を受けにくい。例えば、好ましくは25~30℃で0.4時間以上、さらに好ましくは0.7~5.5時間生地を発酵することにより、標準的なストレート法によって得られるハード系パン類と同等またはそれ以上の品質のハード系パン類を得ることができる。また好ましくは4~5℃で5時間以上、さらに好ましくは7~20時間生地を発酵することにより、標準的な低温長時間発酵法によって得られるハード系パン類と同等またはそれ以上の品質のハード系パン類を得ることができる。
さらに好ましくは25~30℃で1.5~3.5時間発酵することにより、一般的な低温長時間発酵法において得られるより良い品質のハード系パン類と同等またはそれ以上の品質のハード系パン類を得ることができる。
【実施例】
【0017】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0018】
<製造例1:ストレート法によるフランスパンの製造(標準的な製法)>
下記表1の配合表記載の原料をミキサー(エスケーミキサー社製SK-20)に投入し、低速5粉、中速3分ミキシングした。27℃・相対湿度80%で3時間発酵させ、300g/個に分割後、25分間のベンチタイムを取り、成型し、27℃・相対湿度80%で50分間ホイロ後、クープを入れ、240℃に予熱した固定釜に投入し、240℃で25分間焼成し、フランスパンを得た。
【表1】
【0019】
<製造例2:低温長時間発酵法によるフランスパンの製造>
上記配合表記載の水を70質量部とした以外は同様の原料をミキサー(エスケーミキサー社製SK-20)に投入し、低速7分、中速1分ミキシングした。27℃・相対湿度80%で30分間発酵させた後にパンチを行い、さらに27℃・相対湿度80%で30分間発酵させた後、乾燥しないように樹脂製フィルムで密封して低温(5℃)で18時間発酵させた。300g/個に分割し、芯温が18℃になるまで復温させ、成型し、27℃・相対湿度80%で50分間ホイロ後、クープを入れ、240℃に予熱した固定釜に投入し、240℃で25分間焼成し、フランスパンを得た。
【0020】
<評価例1 フランスパンの食感評価>
製造例1及び製造例2に従って製造したフランスパンを室温で静置し、製造1日後の食感を、熟練パネラー10名により下記表2の官能評価表の基準に従って評価した。なお、製造例1に従って製造したフランスパン(比較例4:3時間発酵のストレート法)の製造1日後の食感を3点とし、製造例2に従って製造したフランスパン(比較例7:18時間発酵の低温長時間発酵法)の製造1日後の食感を4点とした。なお製造例1に従って製造したフランスパン(比較例4:3時間発酵のストレート法)の製造直後(焼成後粗熱をとった状態)の食感は4.5点、製造例2に従って製造したフランスパン(比較例7:18時間発酵の低温長時間発酵法)の製造直後の食感は5点であった。
【表2】
【0021】
<試験例1 ストレート法における発酵時間の検討>
標準的な小麦粉(クラシック:日本製粉株式会社)またはGA-SA小麦粉を使用し、表3記載の発酵時間とした以外は製造例1に従ってフランスパンを製造し、評価例1に従って評価した。結果を表3に示す。なお、参考として従来食感に優れているとされる低温長時間発酵法(5℃で18時間発酵)によって製造したフランスパン(製造例2)を比較例7として示した。
【表3】
*比較例7の発酵時間は、発酵温度5℃における発酵時間である。
【0022】
その結果、標準的な小麦粉を使用した比較例1~4では、発酵時間の減少に伴って外皮が硬く、内層のパサつきが強いフランスパンであった。発酵時間を延長した比較例5では内層の食感が良好になったが、5時間発酵させた比較例6では比較例5よりも外皮の食感が硬く内層のもっちりとした食感が劣り評価点がやや低くなった。これは発酵が進みすぎてグルテンの損傷が起こったためと考えられる。標準的な小麦粉を使用した場合、ストレート法の発酵時間では、従来優れているとされる低温長時間発酵法で製造した比較例7よりも食感に優れるフランスパンを得ることができないことがわかった。
【0023】
これに対し、GA-SA小麦粉を使用した実施例1~6では、何れも同じストレート法の発酵時間で製造した比較例1~6よりも優れた食感になった。実施例2~6では、外皮がパリッとし、内層がもっちりとした食感のフランスパンが得られた。特に実施例4~6では、低温長時間発酵法のフランスパンよりも優れた内層の食感であった。ただし、実施例5及び6よりも実施例4の外皮のほうがパリッとした食感の評価が高く、総合的には実施例4の方が優れていた。
【0024】
以上の結果から、ストレート法において、GA-SA小麦粉のみをフランスパンの原料小麦粉として使用する場合、約40分間の発酵時間で従来の品質のフランスパン(比較例4、発酵時間3時間)と同等になり、3時間の発酵時間で従来の低温長時間発酵法による優れた品質のフランスパン(比較例7、発酵時間18時間)と同等になり、発酵時間を大幅に短縮できるにもかかわらず食感に優れるフランスパンを得ることができることが判った。
【0025】
<試験例2 低温長時間発酵法における発酵時間の検討>
標準的な小麦粉(クラシック:日本製粉株式会社)またはGA-SA小麦粉を使用し、低温(5℃)における発酵を表4記載の時間で行った以外は製造例2に従ってフランスパンを製造し、評価例1に従って評価した。結果を表4に示す。
【0026】
【0027】
その結果、標準的な小麦粉を使用した比較例では、ストレート法の場合と同様に発酵時間が短くなると共に内層のもっちり感及び外皮のパリッと感共に評価が低くなった。また、比較例12においてもグルテン損傷が起きたためか比較例7よりも評価が低くなった。
【0028】
GA-SA小麦粉を使用した実施例7~12では、何れも標準的な小麦粉を使用して同じく低温(5℃)でそれぞれ同じ発酵時間で製造した比較例と比較して優れた食感になった。実施例8~12では、内層のもっちりとした食感が特に優れ、外皮のパリッとした食感も良好なフランスパンが得られ、発酵時間6時間の実施例8は従来の低温長時間発酵法(発酵時間18時間)による比較例7とほぼ同等であった。
以上の結果から、低温長時間発酵法においても、GA-SA小麦粉のみをフランスパンの原料小麦粉として使用することで、1/3の発酵時間で従来の品質のフランスパンと同等の品質になり、発酵時間を大幅に短縮できることが判った。
【0029】
<試験例3 ストレート法における小麦粉配合比の検討>
標準的な小麦粉及びGA-SA小麦粉を表5に記載の配合とし、発酵時間を1時間とした以外は製造例1(ストレート法)に従ってフランスパンを製造し、評価例1に従って食感を評価した。結果を表5に示す。
【0030】
【0031】
GA-SA小麦粉を20質量部使用した実施例16は、標準的なストレート法(発酵時間3時間)で得られる比較例4のフランスパンと同等の食感になり、GA-SA小麦粉の配合量の増加に伴って内層のもっちり感と外皮のパリッと感が良好になり、70質量部配合した実施例14で最も評価が良かった。実施例2及び13では、実施例14よりも、内層のもっちり感が強くやや硬い傾向であった。