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特許7362927荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置における撮像条件調整方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-06
(45)【発行日】2023-10-17
(54)【発明の名称】荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置における撮像条件調整方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/141 20060101AFI20231010BHJP
   H01J 37/22 20060101ALI20231010BHJP
【FI】
H01J37/141 A
H01J37/22 502C
H01J37/22 502H
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022532975
(86)(22)【出願日】2020-07-03
(86)【国際出願番号】 JP2020026114
(87)【国際公開番号】W WO2022003927
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2022-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 智仁
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 誠
(72)【発明者】
【氏名】水原 譲
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 亮太
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-017451(JP,A)
【文献】特開2019-102250(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/141
H01J 37/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子線を発生する荷電粒子線源と、
前記荷電粒子線を試料上に集束させるためコイル電流を入力される対物レンズと、
前記コイル電流を制御する制御部と、
前記対物レンズのヒステリシス特性情報を記憶するヒステリシス特性記憶部と、
前記コイル電流に関する履歴情報を記憶する履歴情報記憶部と、
前記コイル電流、前記履歴情報、及び前記ヒステリシス特性情報に基づいて、前記対物レンズが発生させている磁場を推定する推定部と、
前記コイル電流の変化量の絶対値が所定の値よりも大きい場合に、前記推定部で推定された磁場に、さらに前記コイル電流及びその変化量に応じた補正値を加算して、前記対物レンズが発生させる磁場を補正する磁場補正部と
を備えることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項2】
前記コイル電流と、前記コイル電流の変化量、及び前記補正値を対応付けて記憶するデータベースを更に備え、
前記磁場補正部は、前記コイル電流及び前記コイル電流の変化量に応じた前記補正値を前記データベースから読み出す、請求項1に記載の荷電粒子線装置。
【請求項3】
前記推定部で推定され又は前記磁場補正部で補正された磁場に従い、撮像された画像の偏向倍率を補正する倍率調整部を更に備えた、請求項1に記載の荷電粒子線装置。
【請求項4】
前記推定部で推定され又は前記磁場補正部で補正された磁場に従い、撮像された画像の像回転を補正する像回転部を更に備えた、請求項1に記載の荷電粒子線装置。
【請求項5】
前記磁場補正部による補正後に設定された撮像条件と、その後の自動焦点合わせの後に撮像が実行されたときの撮像条件とを記憶する撮像条件記憶部と、
前記撮像条件記憶部に記憶された撮像条件を学習する学習部と
を更に備え、
前記データベースは、前記学習部における学習の結果に従い更新される、請求項2に記載の荷電粒子線装置。
【請求項6】
荷電粒子線を発生する荷電粒子線源と、
前記荷電粒子線を試料上に集束させるためコイル電流を入力される対物レンズと、
前記コイル電流を制御する制御部と、
前記対物レンズのヒステリシス特性情報を記憶するヒステリシス特性記憶部と、
前記コイル電流に関する履歴情報を記憶する履歴情報記憶部と、
前記コイル電流、前記履歴情報、及び前記ヒステリシス特性情報に基づいて、前記対物レンズが発生させている磁場を推定する推定部と、
前記コイル電流の変化量の絶対値が所定の値よりも大きい場合に、前記コイル電流及びその変化量に応じた補正値に基づき電気コイル電流を補正する電流補正部と
を備えることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項7】
前記コイル電流と、前記コイル電流の変化量、及び前記補正値を対応付けて記憶するデータベースを更に備え、
前記電流補正部は、前記コイル電流及び前記コイル電流の変化量に応じた前記補正値を前記データベースから読み出す、請求項6に記載の荷電粒子線装置。
【請求項8】
荷電粒子線を発生する荷電粒子線源と、前記荷電粒子線を試料上に集束させるためコイル電流を印加される対物レンズとを含む荷電粒子線装置における撮像条件調整方法であって、
前記対物レンズのヒステリシス特性情報を取得するステップと、
前記対物レンズに対しレンズリセット動作を実行するステップと、
前記コイル電流を決定するステップと、
前記コイル電流に関する履歴情報を取得するステップと、
前記コイル電流及びその変化量に応じた補正値を取得するステップと、
前記コイル電流、前記履歴情報、前記ヒステリシス特性情報、及び前記補正値に基づいて、前記対物レンズが発生させている磁場を補正するか、又は前記コイル電流を補正するステップと、
を備えたことを特徴とする、荷電粒子線装置における撮像条件調整方法。
【請求項9】
推定された磁場に従い、撮像された画像の偏向倍率を補正するステップを更に備えた、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
推定された磁場に従い、撮像された画像の像回転を補正するステップを更に備えた、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置における撮像条件調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
荷電粒子線装置として、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)が知られている。汎用の走査型電子顕微鏡の他、測長SEM、レビューSEMなどもある。
【0003】
走査型電子顕微鏡では、電子源から放出された電子ビームを、対物レンズが発生させる磁場によって試料上に収束させて照射し、発生した後方散乱電子、二次電子等を計測して撮像が実行される。このとき、試料の高さに応じて電子ビームの焦点位置を調整する必要があるが、これは対物レンズに入力されるコイル電流を調整することで実現することができる。
【0004】
しかし、対物レンズの磁気回路は一般的に強磁性体で構成されており、磁気ヒステリシスの影響でコイル電流と対物レンズが発生させる磁場との関係が一意に定まらず、これが偏向倍率や像回転の誤差の原因となる。これを回避するための方法として、例えば特許文献1には、対物レンズのコイル電流と磁場との関係を一定に保つため、レンズリセットと呼ばれる動作を実行する電子顕微鏡が開示されている。レンズリセット動作は、対物レンズのコイル電流を一旦最小値まで減少させた後、再び増加させることにより、対物レンズの磁気回路に一定の(既知の)ヒステリシスを付与する動作であり、これにより、コイル電流と磁場の関係を一意に定めることができる。
【0005】
しかし、このレンズリセット動作では、対物レンズに入力するコイル電流を大きく変化させるため、磁気回路中に渦電流が発生して磁場の応答が遅れ、走査型電子顕微鏡のスループット(時間当たりの撮像枚数)が大幅に低下してしまうという問題がある。
【0006】
この問題を解決するため、特許文献2には、対物レンズのヒステリシス特性及びコイル電流の履歴情報を用いて、レンズが発生させている磁場を推定する電子顕微鏡が開示されている。しかし、この特許文献2の方法では、レンズリセット動作の頻度は減少し、スループットは向上するが、磁場の推定を正確に行うことができない。その原因は、コイル電流が変化した場合の渦電流であることが、本発明に至るまでの発明者らの分析により判明した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第3458481号
【文献】特開2020-17451号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、レンズリセット動作の頻度を減らし、スループットを向上させつつも、磁場の推定を正確に行うことができる荷電粒子線装置、及び荷電粒子線装置における撮像条件調整方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記問題点を解決するため、本発明に従う荷電粒子線装置は、荷電粒子線を発生する荷電粒子線源と、前記荷電粒子線を試料上に集束させるためコイル電流を入力される対物レンズと、前記コイル電流を制御する制御部と、前記対物レンズのヒステリシス特性情報を記憶するヒステリシス特性記憶部と、前記コイル電流に関する履歴情報を記憶する履歴情報記憶部と、前記コイル電流、前記履歴情報、及び前記ヒステリシス特性情報に基づいて、前記対物レンズが発生させている磁場を推定する推定部と、前記コイル電流の変化量の絶対値が所定の値よりも大きい場合に、前記推定部で推定された磁場に、さらに前記コイル電流及びその変化量に応じた補正値を加算して、前記対物レンズが発生させる磁場を補正する磁場補正部とを備えることを特徴とする。また、本発明の別の態様に係る荷電粒子線装置は、荷電粒子線を発生する荷電粒子線源と、前記荷電粒子線を試料上に集束させるためコイル電流を入力される対物レンズと、前記コイル電流を制御する制御部と、前記対物レンズのヒステリシス特性情報を記憶するヒステリシス特性記憶部と、前記コイル電流に関する履歴情報を記憶する履歴情報記憶部と、前記コイル電流、前記履歴情報、及び前記ヒステリシス特性情報に基づいて、前記対物レンズが発生させている磁場を推定する推定部と、前記コイル電流の変化量の絶対値が所定の値よりも大きい場合に、前記コイル電流及びその変化量に応じた補正値に基づき電気コイル電流を補正する電流補正部とを備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、偏向倍率や像回転の誤差を抑えつつ、レンズリセットの頻度を減らしてスループットを向上させつつも、磁場の推定を正確に行うことができる荷電粒子線装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】第1の実施の形態に係る走査型電子顕微鏡(SEM)の概略図を示す。
図2】第1の実施の形態に係る走査型電子顕微鏡(SEM)の撮像条件設定プログラムについて説明するブロック図である。
図3】対物レンズ104のヒステリシス特性について説明するグラフである。
図4】レンズリセット動作の具体例について説明する概略図である。
図5】レンズリセット動作の具体例について説明するグラフである。
図6】従来の走査型電子顕微鏡(SEM)の動作を示すフローチャートである。
図7】磁束密度の推定値と実際との乖離について説明するグラフである。
図8】第1の実施の形態に係る走査型電子顕微鏡(SEM)の動作を示すフローチャートである。
図9】第1の実施の形態の変形例を示す。
図10】磁束密度の乖離分と電流の補正分について説明するグラフである。
図11】第2の実施の形態に係る走査型電子顕微鏡(SEM)の動作を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して本実施形態について説明する。添付図面では、機能的に同じ要素は同じ番号で表示される場合もある。なお、添付図面は本開示の原理に則った実施形態と実装例を示しているが、これらは本開示の理解のためのものであり、決して本開示を限定的に解釈するために用いられるものではない。本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味においても限定するものではない。
【0013】
本実施形態では、当業者が本開示を実施するのに十分詳細にその説明がなされているが、他の実装・形態も可能で、本開示の技術的思想の範囲と精神を逸脱することなく構成・構造の変更や多様な要素の置き換えが可能であることを理解する必要がある。従って、以降の記述をこれに限定して解釈してはならない。なお、以下の実施の形態では、走査型電子顕微鏡を例として説明するが、本発明は、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、他の種類の電子顕微鏡(測長SEM、レビューSEM等)にも適用可能である。
【0014】
[第1の実施の形態]
まず、本発明の第1の実施の形態を説明する。図1に、第1の実施の形態に係る走査型電子顕微鏡(SEM)の概略図を示す。この走査型電子顕微鏡は、一例として、電子銃101と、集束レンズ102と、走査コイル103と、対物レンズ104と、一次電子検出器106と、ステージSTと、物面位置検出器107と、二次電子検出器108とを備える。
【0015】
電子銃101(荷電粒子線源)は、電子を所定の加速電圧で加速させて荷電粒子線としての電子ビームを発生させる。集束レンズ102は、この電子ビームを集束させて電子ビームの直径を縮小させる。走査コイル103は、電子ビームを走査する役割を有する。対物レンズ104は、コイル電流Iobjを入力されることにより、電子ビームを集光(収束)させて直径数nm程度の電子ビームとしてステージST上に載置された試料S上に照射させる。走査コイル103に印加される電圧により、電子ビームは試料S上を移動する。
【0016】
一次電子検出器106は、試料Sから反射した一次電子(後方散乱電子)を検出する検出器である。また、物面位置検出器107は、試料Sの表面のZ方向の高さを検出するための検出器である。物面位置検出器107は、一例として、光源107a、結像レンズ107b、集光レンズ107c、及び受光素子107dを備えている。受光素子107dにおける受光状態を判定することにより、試料Sの表面のZ方向の位置(物面位置Zs)を判定することができる。
【0017】
二次電子検出器108は、試料Sから発生した二次電子を検出する検出器である。前出の一次電子検出器106、及び二次電子検出器108の出力信号に基づき試料Sの画像情報が生成される。
【0018】
また、この走査型電子顕微鏡は、制御部111、RAM112、ROM113、データベース114、XY走査部115、画像処理部116、ディスプレイ117、倍率調整部118、像回転部119、及びリターディング電圧制御部120を備えている。
【0019】
制御部111は、走査型電子顕微鏡における各種電圧、電流を制御するなどして、走査型電子顕微鏡全体の動作を司る。RAM112、ROM113は、制御動作に用いられるプログラム、データを記憶する役割を有する。RAM112は、コイル電流Iobjの変化の履歴を記憶する履歴情報記憶部としても機能する。
【0020】
データベース114は、後述するように、対物レンズ104のヒステリシス特性情報を記憶するとともに、対物レンズ104に入力されるコイル電流Iobjと、コイル電流Iobjの変化量ΔIobjと、これに対応する補正値δBobjとを対応付けたテーブルを記憶している。すなわち、データベース114は、対物レンズ104のヒステリシス特性情報を記憶するヒステリシス特性記憶部として機能する。制御部111は、コイル電流Iobj、コイル電流Iobjの履歴情報(コイル電流Iobjの変化)、及び対物レンズ104のヒステリシス情報に基づいて、対物レンズ104が発生させている磁場を推定する推定部として機能する。また制御部111は、この推定において、変化量ΔIobjが所定値よりも大きい場合に、後述する方法に従って推定された磁場の値を補正する磁場補正部としての役割を有する。
【0021】
XY走査部115は、走査領域の寸法や走査速度に応じて電子ビームをXY方向に走査する。また、画像処理部116は、一次電子検出器106及び/又は二次電子検出器108の出力信号に応じて画像処理を実行し、ディスプレイ117に表示する画像データを生成する。ディスプレイ117は、検出器106、108からの信号を画像処理部116が処理して生成した画像データ(信号)に従い、その画像を表示画面上に表示する。倍率調整部118は、制御部111からの制御信号に従い、画像処理部116が生成した画像データの倍率を調整する。また、像回転部119は、制御部111からの制御信号に従い、画像処理部116が生成した画像データを回転させる。
【0022】
リターディング電圧制御部120は、制御部111からの制御信号に従い、ステージSTに印加するリターディング電圧Vrを制御する。リターディング電圧Vrは、試料S又はその近傍に印加される負の電圧であり、電子銃101で加速した電子ビームを試料Sの直前で減速させる。電子ビームが減速されることにより、試料Sにおける焦点位置を調整することができる。ただし、リターディング電圧Vrが印加されることにより、電場の歪みが生じ、得られるSEM画像の倍率や角度が変化することがあり得る。
【0023】
ROM113に格納される制御プログラムは、試料Sの撮像条件を設定するための撮像条件設定プログラムを含む。撮像条件設定プログラムは、図2に示すように、コイル電流Iobjに関する情報、リターディング電圧Vrに関する情報、物面位置Zsに関する情報、及びデータベース114に記憶されるヒステリシス特性情報に基づき、偏向倍率、及び像回転量を算出し、これを倍率調整部118及び像回転部119に供給する。ヒステリシス特性情報と電流の変化量又は履歴に応じた補正電流についての詳細は後述する。なお、撮像条件の設定のファクターとして撮像条件設定プログラムに入力する情報は、上記のものに限定されるものではなく、上記の情報に代えて、又は加えて、別の情報を入力することも可能である。
【0024】
対物レンズ104は、コイルと、鉄などの強磁性体からなる磁気回路とで構成される。物面位置検出器107で計測した試料高さに基づきコイルに電流を入力すると、光軸上に磁場が発生する。このとき、強磁性体はヒステリシス特性を有するため、電流の履歴に従い、強磁性体が帯磁する。このため、コイル電流Iobjをある値に設定しても、光軸上の磁束密度Bobjは強磁性体の帯磁量によって変動し、コイル電流Iobjとの関係では一意に定まらない。
【0025】
図3を用いて、対物レンズ104のヒステリシス特性について説明する。対物レンズ104のコイルに入力するコイル電流Iobjの最大値はImax、最小値はIminであるとする。また、そのコイル電流Iobjにより対物レンズ104の周囲に発生する磁気の磁束密度Bobjの最大値はBmax、最小値はBminであるとする。
【0026】
コイル電流Iobjが最小値Iminから増加する場合、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの関係は、上昇曲線CRにより規定される。逆に、コイル電流Iobjを最大値Imaxから減少する場合、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの関係は、下降曲線CLにより規定される。すなわち、コイル電流Iobjが最小値Iminから単調に増加している間、又は、最大値Imaxから単調に減少している間は、磁束密度Bobjは上昇曲線CR又は下降曲線CLにより規定され、コイル電流Iobjが決まれば、磁束密度Bobjは一意に定まる。一般に走査型電子顕微鏡では、この上昇曲線CR又は下降曲線CLを事前に求めておき、これらの曲線のデータを参照して磁束密度Bobjの値を算出(推定)する。
【0027】
一方、コイル電流Iobjが最大値Imaxと最小値Iminとの間で、増減を切り替えて様々な履歴を経て変化した場合、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの関係は、下降曲線CLと上昇曲線CRで囲まれた閉曲線Cの範囲内のいずれかとなり、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの関係は一意には定まらない。例えば、コイル電流Iobjの値がIs1と決まっても、磁束密度Bobjの値B1(図3参照)は、コイル電流Iobjの変動の履歴によって、最大値Bmax1と最小値Bmin1の間のいずれかの値となり、磁束密度Bobjの値を一意に推定することができない。
【0028】
コイル電流Iobjと磁束密度Bobjの関係が一意に定まらないと、コイル電流Iobjを入力として計算される偏向倍率・像回転量に誤差が含まれ、画像や測長値の再現性が悪化する。この誤差を回避するためには、レンズリセットと呼ばれる動作を実行する。前述の通り、レンズリセット動作は、対物レンズのコイル電流を、最小値・最大値を経由するように変化させ、その後目標の値に設定することにより、対物レンズの磁気ヒステリシスをリセットする動作である。このレンズリセット動作の具体例を、図4及び図5を参照して説明する。図4は、レンズリセット動作時のコイル電流Iobj及び磁束密度Bobjの変化を示すグラフであり、図5はコイル電流Iobjの時間的な変化を示すグラフである。
【0029】
時刻t0においてコイル電流Iobjの値がIであり、その後コイル電流Iobjを、Iよりも所定値以上大きい目標値Iまで変動させる場合を考える。このように、コイル電流Iobjの変動幅(ΔIobj=I-I)が所定値(閾値)よりも大きい場合、レンズリセット動作が実行される。レンズリセット動作においては、まず、時刻t1にコイル電流Iobjを最大値Imaxまで増加させた後、更に所定時間後の時刻t2において最小値Iminまで減少させる。そして、時刻t3において目標値Iまで上昇させる。このように、コイル電流Iobjを最大値Imaxまで上昇させ、次いで最小値Iminまで戻すことにより、対物レンズ104の磁気回路に一定の履歴が付与され、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの関係が再び上昇曲線CRにより規定されることになる。すなわち、コイル電流Iobjが決まることで、上昇曲線CRに従って、磁束密度Bobjがコイル電流Iobjとの関係で一意に定まる。しかし、レンズリセット動作は電流の変化量が大きいため、磁場が応答するまでの待ち時間が長く(例えば数十秒)、スループットを低下させてしまう。
【0030】
そこで、従来の電子顕微鏡では、コイル電流Iobjの変化分の大きさを判定してレンズリセット動作の要否を判定することで、レンズリセット動作の頻度を低減する。この磁束密度を推定する手順について、図6のフローチャートを用いて説明する。
【0031】
図6に示すように、従来の走査型電子顕微鏡では、まずヒステリシス特性情報を作成し、データベース114に格納しておく(ステップS100)。次に試料SをステージST上に載置(ロード)した後、図4及び図5で説明したようなレンズリセット動作を実施する(ステップS110)。
【0032】
その後、試料Sの高さに基づき対物レンズ104に印加するコイル電流Iobjの値を決定する(ステップS120)。このとき、コイル電流の変化量ΔIobjの絶対値|Iobj|が所定の値Th1よりも大きい場合(|Iobj|>Th1)、コイル電流Iobjと磁束密度Bobjとの間の関係が、既知の上昇曲線CRからずれる。そのずれがどの程度かを推定することはできない。
【0033】
このため、従来の走査型電子顕微鏡では、コイル電流Iobjの変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1よりも大きいか否かを判別し(ステップS130)、変動が閾値Th1以下である場合(No)には、コイル電流Iobjを決定した値に設定した後(ステップS140)、コイル電流Iobjの履歴とヒステリシス特性情報を参照して、対物レンズ104が出力している磁束密度Bobjを推定する。そして、推定した磁束密度Bobjに従い、撮像条件(偏向倍率、像回転量)が算出され、倍率調整部118、及び像回転部119に送信される(ステップS150)。
【0034】
一方、コイル電流Iobjの変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1よりも大きい場合(ステップS130のYes)には、レンズリセット動作が実行される(ステップS160)。そして、レンズリセット動作によりヒステリシス特性の影響を最小限に抑えた状態で自動焦点合わせ及び撮像を実行する(ステップS170)。ロードした試料Sについての撮像が終了したか否かが判断され(ステップS180)、継続される場合にはステップS120に戻って同様の動作が繰り返される。ロードされている試料Sについては撮影は終了するが、次の試料Sがあればそのロードを行い(ステップ180のYes)、同様の撮像が繰り返される。なお撮像条件の修正(ステップS150)を実施せず、撮像後の画像の倍率や像回転を修正する場合もある。
【0035】
このように、従来の走査型電子顕微鏡では、対物レンズのヒステリシス特性を考慮することでレンズリセットの実行頻度を低減させる(ステップS130~S150)。しかし、コイル電流Iobjの変動幅が大きい場合には、渦電流の影響により実際の磁場と推定値との間に乖離が生じてしまうため、レンズリセット動作が必要となる。これについて図7を用いて説明する。図7のように、コイル電流Iobjが、元の値IからIへと変化する場合を考える。この時、コイル電流Iobjの変化量ΔIobj=I-Iが大きいと、渦電流の影響により、推定される磁束密度Bobj=Bと実際の磁束密度との間に差分δBobjが生じてしまう。このずれを回避するためにはレンズリセット動作が必要となり、スループットが低下する。差分δBobjが推定又は特定可能であれば、レンズリセット動作なしで、偏向倍率や像回転の制御に差分ΔBobjを反映し、撮像した画像の修正を行うことが可能になる。
【0036】
そこで、第1の実施形態では、コイル電流Iobjが大きく変化した場合に発生する渦電流の影響を予め見積もり、この渦電流の影響を解消する補正値のデータを予めデータベース114に記憶させる。従来技術(図6)のように、渦電流等の影響が考慮されないと、実際に発生している磁場と、推定された磁場との間に乖離が生じてしまう。このため、コイル電流の変化量が所定の値よりも大きい場合には、偏向倍率や像回転の誤差が生じ、結果としてレンズリセット動作の実行回数が増加することが生じ得る。これに対し、第1の実施の形態では、渦電流の影響を反映した補正値のデータが予めデータベース114に保管され、これが磁場の補正に利用される。これにより、レンズリセット動作の頻度も低減することができる。
【0037】
図7に示すように、第1の実施の形態では、渦電流の影響による磁場のずれ分を補正するための補正値δBobj(図7参照)のデータを予め取得し、これをデータベース114に記憶させておく。そして、コイル電流Iobjの変化量ΔIobjが所定の値よりも大きい場合に、このデータを参照して撮像条件を修正することで、レンズリセット動作の実行回数を低減することが出来る。
【0038】
補正値δBobjは、走査型電子顕微鏡の自動焦点合わせの機能を用いて測定し、その後データベース114に予め格納することができる。具体的には、図7のように、コイル電流Iobjをある値Iから別の値Iまで上昇させ、そのコイル電流Iobj=Iの状態において自動焦点合わせを実行する。その時の焦点位置の調整分を演算し、この調整分を対物レンズ104の磁束密度の変化分δBobjに換算することができる。この換算を、コイル電流Iobj、変化量ΔIobjを様々な値に設定し、(Iobj、ΔIobj)の値の組み合わせ毎に磁束密度Bobjの変化分δBobjを演算する。得られた様々なデータの組み合わせΔBobj(Iobj、ΔIobj)は、データベース114にテーブルの形で記憶される。なお、自動焦点合わせは、レンズ磁場の調整のほか、リターディング電圧、電子の加速電圧、ステージSTの高さなどの調整によって実行してもよい。
【0039】
第1の実施の形態の走査型電子顕微鏡の具体的な動作の手順を、図8を参照して説明する。まず、ヒステリシス特性情報に加え、磁束密度の補正値δBobjの情報を上記の手法により予め作成し、データベース114にテーブルとして記憶させておく(ステップS200)。
【0040】
次に試料Sのロードを行った後、レンズリセット動作が行われる(ステップS210)。続いて、試料Sの高さ方向の位置に基づきコイル電流Iobjが決定され、更に、元のコイル電流Iobjの値からの変化量ΔIobjが算出される(ステップS220)。その後、決定されたコイル電流Iobjが設定される(ステップS230)。
【0041】
その後、コイル電流Iobjの変動の履歴に従い、データベース114においてヒステリシス特性情報が参照される。この参照結果に基づき、磁束密度Bobjが推定される(ステップS240)。
【0042】
次に、コイル電流Iobjの変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1より大きいか否かが判定される(ステップS250)。閾値Th1以下である場合には、ステップS260に移行し、ステップS240で推定された磁束密度Bobjに従い、撮像条件(偏向倍率、像回転量)が算出され、倍率調整部118、及び像回転部119に送信される。その後、自動焦点合わせ及び撮像を実行する(ステップS290)。ステップS300、S310については、図6のステップS180、S190と同様である。
【0043】
一方、変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1より大きい場合には、ステップS270へ移行する。第1の実施の形態では、絶対値|ΔIobj|が閾値Th1より大きくても、レンズリセット動作は行わない。この場合制御部111は、ヒステリシス特性情報を参照するとともに、コイル電流Iobj及び変化分ΔIobjに応じた補正値δBobjをデータベース114において参照する(ステップS270)。そして、磁束密度の推定値をBobj+δBobjに設定する。制御部111は、これに従って撮像条件(偏向倍率、像回転量)を算出し、倍率調整部118、及び像回転部119に送信する(ステップS280)。この撮像条件に従い、自動焦点合わせと撮像が行われる(ステップS290)。
【0044】
このように、第1の実施の形態によれば、試料Sをロードした直後を除き、コイル電流Iobjが大きく変動した場合には、制御部111は、渦電流の影響を反映して予めデータベース114に記憶しておいた補正値δBobjを読み出し、これを磁束密度Bobjの補正に用いる。この結果、第1の実施の形態は、コイル電流Iobjが所定値以上に変動した場合においても、渦電流の影響を考慮して撮像条件を終了することができる。この結果、第1の実施の形態によれば、レンズリセット動作の頻度を低減し、その分スループットを向上させつつも、磁場の推定を正確に行うことができる。
【0045】
以下において、第1の実施の形態の変形例を説明する。ヒステリシス特性や補正値δBobjは経時変化する可能性があり、磁場の推定精度を維持するためには、データベース114に記憶されているヒステリシス特性や補正値δBobjの情報を更新する必要がある。装置のメンテナンス時に補正値δBobjの測定をし直して、データベース114に記憶されている補正値δBobjのデータを更新しても良い。又は、図9に示すように、撮像のたびに、データベース114から読み出された補正値δBobjに基づく補正後に設定された撮像条件f(α、β)と、その後実際に自動焦点合わせの後撮像が実行されたときの撮像条件f(α’、β’)とを撮像条件記憶部161に記憶させ、収集された撮像条件のデータを機械学習部162で学習させる。この学習の結果に従い、データベース114に記憶される補正値δBobjを更新することができる。
【0046】
[第2の実施の形態]
次に、本発明の第2の実施の形態に係る走査電子顕微鏡を説明する。この第2の実施の形態の走査型電子顕微鏡の外観構成は第1の実施の形態と同一(図1)であるので、重複する説明は省略する。ただし、この第2の実施の形態では、コイル電流の制御の方法が異なっている。この相違点につき、図10及び図11を参照して説明する。
【0047】
第1の実施形態では、コイル電流Iobjの変化量ΔIobjが所定値よりも大きかった場合に、磁束密度の補正値δBobjをデータベース114から読み出し、これに従い撮像条件を修正する。一方、第2の実施の形態では、コイル電流Iobjの補正値δIobjをデータベースから読み出し、これに従いコイル電流Iobjを補正する。すなわち、この第2の実施の形態の制御部111は、コイル電流Iobjの変化量の絶対値|Iobj|が所定の値よりも大きい場合に、コイル電流Iobj及びその変化量ΔIobjに応じた補正値δIobjに基づきコイル電流Iobjを補正する電流補正部として機能する。
【0048】
図10を参照して第2の実施の形態の補正について説明する。コイル電流IobjをIからI(変動値ΔIobj)に変化させる場合を考える。この場合、第1の実施の形態(図6)で説明したように、コイル電流IobjをIまで上昇させると、磁束密度Bobjが想定される値BよりもΔBobj(>0)だけ大きくなる場合がある。第1の実施の形態では、このΔBobjの値を補正に用いる。これに代えて第2の実施の形態では、コイル電流Iobjの補正値δIobj(図10では、ΔIobjは負の値)をデータベース114から読み出し、これを用いてコイル電流Iobjを補正する。すなわち、コイル電流Iobjを、値Iに設定するのではなく、この補正値δobj(<0)を加算したI+δIobjに設定する。補正値δIobjは、第1の実施の形態で取得したδBobjから逆算して求めることができる。また、補正値δIobjも補正値δBobjと同様に、コイル電流Iobj、変化分ΔIobj、ヒステリシス特性に依存する値となる。
【0049】
ここで、第2の実施の形態の走査型電子顕微鏡の動作を、図11を参照して説明する。まずヒステリシス特性情報に加え、前述の補正値δIobjのデータを予め作成・格納し、データベース114に記憶させておく(ステップS400)。
【0050】
次に試料Sのロードを行った後、レンズリセット動作が行われる(ステップS410)。続いて、試料Sの高さ方向の位置に基づき目標の磁束密度Bobjが決定され(ステップS420)、その後、コイル電流Iobjの履歴とヒステリシス特性をデータベース114において参照して、決定された目標の磁束密度Bobjを与えるコイル電流Iobjを設定する(ステップS430)。このとき、目標の磁束密度Bobjを与えるようなコイル電流Iobjの変化量ΔIobjも演算される。
【0051】
次に、コイル電流Iobjの変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1より大きいか否かが判定される(ステップS440)。閾値Th1以下である場合には(No)、コイル電流IobjがステップS420で決定された磁束密度Bobjに従って設定され(ステップS450)、第1の実施の形態と同様に、撮像条件(偏向倍率、像回転量)が算出され、自動焦点合わせ及び撮像を実行する(ステップS480)。ステップS490、S500については、図8のステップS300、S310と同様である。
【0052】
一方、変化量の絶対値|ΔIobj|が閾値Th1より大きい場合には(ステップS440のYes)、ステップS460へ移行する。制御部111はヒステリシス特性情報をデータベース114において参照するとともに、コイル電流Iobj及び変化分ΔIobjに応じた補正値δIobjをデータベース114において参照する。そして、コイル電流IobjをI+δIobjに設定する(ステップS470)。このように補正されたコイル電流Iobjの下、自動焦点合わせと撮像が行われる(ステップS480)。以降は第1の実施の形態と同様である。このように、第2の実施の形態によれば、試料Sをロードした直後を除き、コイル電流Iobjが大きく変動した場合には、渦電流の影響を反映して予めデータベース114に記憶しておいた補正値δIobjを読み出し、これをコイル電流Iobjの補正に用いる。
【0053】
この結果、第2の実施の形態は、コイル電流Iobjが所定値以上に変動した場合においても、渦電流の影響を考慮して撮像条件を終了することができる。この結果、第2の実施の形態によれば、レンズリセット動作の頻度を低減し、その分スループットを向上させることができる。また、この第2の実施の形態では、対物レンズ104の磁束密度を高精度に目標の値に設定できるため、第1の実施の形態で実施していた撮像条件の修正(ステップS280)が不要となる。
【0054】
この第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態と同一の効果を得ることができる。加えて、この第2の実施の形態では、対物レンズ104の磁束密度を所望の値に設定することができ(第1の実施形態ではδBobj分ずれる)、例えばリターディング電圧による焦点合わせで生じる解像度の変化や像の歪みを抑えられる。従って、第1の実施の形態に比べ、高品質な撮像、高精度な測長が可能になる。
【0055】
以上、本発明のいくつかの実施の形態を説明したが、これらの実施の形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施の形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施の形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0056】
101…電子銃、 102…集束レンズ、 103…走査コイル、 104…対物レンズ、 106…一次電子検出器、 107…物面位置検出器、 108…二次電子検出器、 111…制御部、 112…RAM、 113…ROM、 114…データベース、 115…XY走査部、 116…画像処理部、 117…ディスプレイ、 118…倍率調整部、 119…像回転部、 120…リターディング電圧制御部、 121…加速電圧制御部、 131…磁場型レンズ、 151…ステージ制御部、 S…試料、 ST…ステージ。
図1
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