(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】カーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20231011BHJP
B01J 35/02 20060101ALI20231011BHJP
B01J 21/18 20060101ALI20231011BHJP
B01J 27/24 20060101ALI20231011BHJP
C01B 32/198 20170101ALI20231011BHJP
C01B 32/182 20170101ALI20231011BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20231011BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20231011BHJP
【FI】
H01M4/86 Z
B01J35/02 H
B01J21/18 M
B01J27/24 M
C01B32/198
C01B32/182
H01M4/90 X
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2019156114
(22)【出願日】2019-08-28
【審査請求日】2022-04-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 イノベーション・ジャパン2019のウェブサイト 令和1年7月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100074561
【氏名又は名称】柳野 隆生
(74)【代理人】
【識別番号】100177264
【氏名又は名称】柳野 嘉秀
(74)【代理人】
【識別番号】100124925
【氏名又は名称】森岡 則夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141874
【氏名又は名称】関口 久由
(74)【代理人】
【識別番号】100163577
【氏名又は名称】中川 正人
(72)【発明者】
【氏名】有馬 健太
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/230833(WO,A1)
【文献】特開2020-026965(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86
H01M 4/90
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶Ge又は単結晶Siからなる半導体表面に局所的に評価対象のカーボン系触媒を重なり合うことなく単一レベルで散布して堆積するステップ(1)と、
カーボン系触媒を表面に配置した前記半導体をエッチング溶液に浸漬し、半導体表面に局所的なエッチング痕を形成するステップ(2)と、
前記エッチング痕の深さから酸素還元活性を評価するステップ(3)と、
を含
み、
前記ステップ(2)において、前記半導体が単結晶Ge基板である場合は、一定濃度の酸素ガス(O
2
)を溶存し、半導体の酸化物を溶解する成分を含むエッチング溶液を用い、前記半導体が単結晶Si基板である場合は、過酸化水素水(H
2
O
2
)とフッ化水素酸(HF)の混合水溶液であるエッチング溶液を用いる、
ことを特徴とする、カーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【請求項2】
前記半導体が単結晶Ge基板で
ある場合は、前記エッチング溶液が酸素ガス(O
2)を溶存させた水又は酸性もしくはアルカリ性の溶液である、請求項
1記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【請求項3】
前記カーボン系触媒が、還元グラフェン、酸化グラフェン、C原子とは異なる異種元素をドーピングしたグラフェン、カーボンナノチューブ、C原子とは異なる異種元素をドーピングしたカーボンナノチューブ、金属元素を含む大環状錯体からなる1種又は2種以上を混合したものである、請求項1
又は2記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【請求項4】
前記エッチング痕底部の凹凸形状画像を取得し、該形状画像から前記カーボン系触媒の局所的な酸素還元活性を評価する、請求項1~
3何れか1項に記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【請求項5】
前記エッチング痕底部の形状画像から導出した局所的な酸素還元活性と、エッチング痕形成前にケルビンプローブフォース顕微鏡を用いて取得した前記カーボン系触媒の表面電位画像から導出した局所的な電荷分布状態とを、比較する、請求項
4記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【請求項6】
前記エッチング痕底部の形状画像から導出した局所的な酸素還元活性と、エッチング痕形成前に前記カーボン系触媒の顕微ラマンマッピング像から導出したカーボン系触媒内部の欠陥分布とを、比較する、請求項
4記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、適用する電解質に応じて複数の種類に分類分けされる。その中でも、固体高分子型燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell: PEFC)は、作動温度が比較的低い(60~80℃)ために小型・軽量で起動性に優れ、高エネルギー密度であるという利点を併せ持つ。そのためPEFCは、家庭用電源(エネファーム)や自動車などの移動体用電源として開発が進む、最も代表的な燃料電池として大きな期待を集めている。
【0003】
一方で、PEFCが本格的に普及するためには、さらなる高性能化、及び、高耐久化、低コスト化が求められ、新しい部材の開発や導入が不可欠である。その中でも、最も重要な開発要素の一つが、電極触媒である。PEFCでは、アノード(水素極)とカソード(空気極)の両方で、カーボン担体上に触媒となる白金(Pt)の微粒子を担持した電極を使用している。しかし特に、カソード電極側で進行する酸素還元反応(O2+4H++4e-→2H2O)の反応速度が小さいことが問題である。これを回避する一つの方法は、搭載するPt微粒子の量を増やすことが挙げられるが、稀少で高価な貴金属であるPtの使用量を増やすことは、PEFCの高コスト化に繋がり、PEFCの本格普及を妨げる要因となっている。そのため、カソードのPt使用料を減らし、低コスト化を図ることが急務であり、世界中で高性能触媒の開発が進められている。
【0004】
Ptに替わる電極触媒の有力候補が、炭素(C)原子の二次元ネットワーク構造を持つ、グラフェンなどのカーボンナノ材料である。カーボンナノ材料は、エッジ(端)部や、窒素(N)原子、金属原子などの異種元素がドーピングされたサイトの近傍で、酸素還元反応の全て、あるいは一部の素過程が、活性化されると予想されている。カーボンナノ材料は、ガス雰囲気下での熱処理や液相プロセスを用いることにより、原子構造を様々に調整することができる。このような背景の下で、高性能のカーボン系の電極触媒を実現する試みが多く報告されている(非特許文献1,2、特許文献1,2,3)。
【0005】
しかし一方で、PEFCに実用レベルで利用可能なカーボン系の電極触媒が得られるには至ってない。これは、カーボン系電極触媒の性能評価法が未成熟であり、酸素還元活性を発現する活性サイトの全容が未解明であることに起因する。カーボン系電極触媒の代表的な開発シーケンスを以下に示す。まず、異なる製法で合成したカーボンナノ材料を用意する。ここでは、カーボンナノ材料として、還元グラフェン等のグラフェンシートを例に挙げて説明する。X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy: XPS)やラマン分光法、透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy: TEM)、エネルギー分散型X線分光法等により観察し、各グラフェンシートの特性を分光スペクトルや顕微鏡画像により評価・分類する。次に、グラフェンシートを電極基材上に堆積・固化し、サイクリックボルタンメトリー等の電気化学測定を行うことにより、電極触媒としての性能(酸素還元活性)を評価する。そして、先に行った分光/顕微測定と、電気化学測定の結果を比較することにより、グラフェンシートの活性サイトを探るという方法である(非特許文献3,4,5)。
【0006】
一方で、カーボンナノ材料の一つであるグラフェンシートと接触した半導体表面が、溶液中で選択的に溶解する現象については、複数の文献報告例がある。Kimらは、化学気相堆積(Chemical vapor deposition: CVD)法により形成し、規則的な穴等のパターンを施したグラフェンをSi表面上に置き、過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸(HF)の混合溶液中に浸漬した。そして、グラフェン膜のパターンに対応した構造がSi表面上に形成されることを確認した。これにより、グラフェンシートを触媒的に援用することにより、Si表面が加工できることを示した(非特許文献6)。またKubotaらは、酸化グラフェンシートについても、H2O2/HF混合溶液中でSi表面を選択的にエッチングする触媒作用を持つことを明らかにした(非特許文献7)。また、発明者らは、グラフェンシートをGe表面上に堆積し、酸素ガスが溶存した水中に浸漬すると、グラフェンの触媒効果によって、シート直下が選択的に溶解することを見出している(非特許文献8,9)。しかし、上記の報告例はいずれも、グラフェンシートを半導体表面上への微細構造の形成や研磨プロセス、即ち、半導体表面の加工プロセスへと応用することを目的としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018―149521号公報
【文献】特開2017―010853号公報
【文献】特開2016―102037号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】L. Dai et al., Chemical Reviews, 115, pp. 4823-4892 (2015).
【文献】D. Guo et al., Science, 351, pp. 361-365 (2016).
【文献】L. Qu et al., ACS Nano, 4(3) 321-1326 (2010).
【文献】Z-H. Sheng et al., ACS NANO, 5(6) 4350-4358(2011).
【文献】J. Liang et al., Angewandte Chemie-International Edition, 51(46), pp. 11496-11500 (2012).
【文献】J.Kim et al., ACS Applied Materials and Interfaces, 7(43), pp. 24242-24246 (2015).
【文献】W. Kubota et al., Japanese Journal of Applied Physics, 58(5), 050924 (2019).
【文献】中出和希、有馬健太 他、精密工学会2015年度関西地方定期学術講演会講演論文集、pp. 20-21 (2015).
【文献】K. Nakade, K. Arima et al., ECS Transactions, 77(4), pp. 127-133 (2017).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
グラフェンシートの集合体である電極を用いた電気化学測定は、分光/顕微測定で得られるシート内の局所構造に加えて、多くの実験パラメータ(用いるグラフェンシートのサイズや組成の均一性、電極表面上のグラフェンシートの堆積量、固定/保持方法 他)が関与する複雑な系である。そのため、両者に明確な相関関係が現れる保証が無い。これを解決するためには、微視的な分光/顕微測定と、巨視的な電気化学測定を繋ぐ、別の評価手法が必要である。これまで、カーボン系の電極触媒の酸素還元活性を微視的に評価する手法は報告されてない。
【0010】
そこで、本発明が前述の状況に鑑み、解決しようとするところは、固体高分子型燃料電池の電極触媒に用いられているPtの代替として期待される、グラフェンやカーボンナノチューブ等のカーボンナノ材料を含むカーボン系触媒の研究開発において、その触媒活性(酸素還元活性)を簡便に可視化や定量評価できる、カーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前述の課題解決のために、以下に構成するカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法を提供する。
【0012】
(1)
半導体表面に局所的に評価対象のカーボン系触媒を配置するステップ(1)と、
カーボン系触媒を表面に配置した半導体をエッチング溶液に浸漬し、半導体表面に局所的なエッチング痕を形成するステップ(2)と、
前記エッチング痕の深さから酸素還元活性を評価するステップ(3)と、
を含むことを特徴とする、カーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0013】
(2)
前記エッチング溶液が、一定濃度の酸素ガス(O2)を溶存し、半導体の酸化物を溶解する成分を含む、(1)記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0014】
(3)
前記半導体が単結晶Ge基板であり、前記エッチング溶液が酸素ガス(O2)を溶存させた水又は酸性もしくはアルカリ性の溶液である、(1)又は(2)記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0015】
(4)
前記半導体が単結晶Si基板であり、前記エッチング溶液が過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸(HF)の混合水溶液である、(1)記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0016】
(5)
前記カーボン系触媒が、還元グラフェン、酸化グラフェン、C原子とは異なる異種元素をドーピングしたグラフェン、カーボンナノチューブ、C原子とは異なる異種元素をドーピングしたカーボンナノチューブ、金属元素を含む大環状錯体からなる1種又は2種以上を混合したものである、(1)~(4)何れか1に記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0017】
(6)
前記エッチング痕底部の凹凸形状画像を取得し、該形状画像から前記カーボン系触媒の局所的な酸素還元活性を評価する、(1)~(5)何れか1に記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0018】
(7)
前記エッチング痕底部の形状画像と、ケルビンプローブフォース顕微鏡を用いて取得した前記カーボン系触媒の表面電位画像とから、前記カーボン系触媒の局所的な電荷分布状態と酸素還元活性の相関関係を取得する、(6)記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【0019】
(8)
前記エッチング痕底部の形状画像と、前記カーボン系触媒の顕微ラマンマッピング像とから、前記カーボン系触媒内部の欠陥分布と局所的な酸素還元活性の相関関係を取得する、(6)記載のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法。
【発明の効果】
【0020】
以上にしてなる本発明のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法は、以下に示す効果を奏する。
【0021】
本発明は、例えば燃料電池のカソードに用いるカーボン系の電極触媒に関する、新たな性能評価法を提供するものであり、具体的には燃料電池のカソードを開発するプロセスにおいて、カソードを完成させる前の段階で、電極の構成材料であるカーボン系触媒が持つ触媒活性(酸素還元活性)を簡便に可視化や定量評価できる点が革新的である。
【0022】
本発明の評価法は、カーボンナノ材料の集合体である電極として仕上げる前に、カーボンナノ材料が発現する触媒活性を可視化・定量化できる点が従来技術より優れている。本発明の評価法は、一連の特性評価の中に容易に組み込むことができるため、合成プロセスの最適化を加速すると共に、高性能のカーボン系電極触媒の開発に大きく貢献できる。これにより、Pt等の貴金属に頼らない、安価で高性能なPEFC型の燃料電池が実現できれば、家庭用電源や自動車などの移動体用電源を始めとして、クリーンな次世代型エネルギー源として広く普及すると予想される。
【0023】
カーボンナノ材料の触媒活性は、カーボンナノ材料の特徴(酸素官能基の量、大きさ、N原子のドーピング位置等)に加えて、未知のパラメータを含めて総合的に決まる。カーボンナノ材料が半導体表面上に作るエッチング痕の深さを測定することにより、電極触媒としての性能を評価し、カソード用電極触媒を開発する際のスクリーニング(良否の判断)に利用することができる。
【0024】
また、酸素還元活性を発現するカーボンナノ材料は、燃料電池のカソードだけでなく、他の電池(金属-空気二次電池、色素増感太陽電池など)においても鍵になると考えられる。そのため本発明の評価法は、酸素還元反応を利用する多様な電池デバイスの開発に貢献できると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】
図1は本発明のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法の概要を示す説明図である。
【
図2】
図2はカーボンナノ材料を表面の配置した半導体表面とエッチング後の半導体表面のAFM像である。
【
図4】
図4は製法の異なる三種類のカーボンナノ材料によるエッチング痕のAFM像である。
【
図5】
図5は
図4の白い点線の位置で測定したエッチング痕の断面プロファイルを示すグラフである。
【
図6】
図6は製法の異なる三種類のカーボンナノ材料を用い、同じ製法で作製した電極を作用電極として測定した電気化学測定結果のグラフである。
【
図7】
図7は製法の異なる三種類のカーボンナノ材料によるエッチング痕の深さの、エッチング液の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
次に、添付図面に示した実施形態に基づき、本発明を更に詳細に説明する。
図1は本発明のカーボン系触媒が持つ酸素還元活性の評価法の概要を示す説明図である。本実施形態ではカーボン系触媒として、カーボンナノ材料、特にグラフェンを用いて説明する。
【0027】
本発明は、例えば燃料電池のカソードに用いるカーボン系の電極触媒に関する、新たな性能評価法を提供するものであり、電極を構成するカーボン系触媒の触媒活性(酸素還元活性)を簡便に可視化や定量評価できるものである。本発明は、カーボンナノ材料の一つであるグラフェンシートと接触した半導体表面が、溶液中で選択的に溶解する現象を積極的に利用する。その構成は、以下の通りである。
【0028】
本発明は、先ず半導体表面に局所的に評価対象のカーボン系触媒を配置するステップ(1)と、次にカーボン系触媒を表面に配置した半導体をエッチング溶液に浸漬し、半導体表面に局所的なエッチング痕を形成するステップ(2)と、最後前記エッチング痕の深さから酸素還元活性を評価するステップ(3)と、を含む評価法である。具体的には、カーボン系触媒の直下に形成されたエッチング痕の深さの度合いにより、該カーボン系触媒の酸素還元活性の高低を定量的に評価するのである。
【0029】
<ステップ(1)>
カーボン系触媒として合成したカーボンナノ材料を半導体基板上に単一レベルで(重なり合うことなく)散布する。カーボンナノ材料としては、グラフェンシート(例えば、還元グラフェン、酸化グラフェン、窒素やホウ素、鉄や銅などのC原子とは異なる異種元素をドーピングしたグラフェン)やカーボンナノチューブ(C原子とは異なる異種元素をドーピングしたものを含む)、金属元素を含むフタロシアニンやポルフィリンなどの大環状錯体を想定している。これらのカーボンナノ材料は、適当な溶液中に分散させれば、スピンコートやディップコート等により、容易に基板上に単一レベルで散布・形成することができる。ここで、半導体表面に局所的に評価対象のカーボンナノ材料を配置することが重要である。
【0030】
<ステップ(2)>
エッチング溶液を準備する。エッチング溶液は、一定濃度の酸素ガス(O2)を含み、かつ、半導体の酸化物を溶解する成分を含むものとする。具体的には、半導体とエッチング溶液の組み合わせの一つは、単結晶ゲルマニウム(Ge)基板と酸素ガス(O2)を溶存させた水である。エッチング溶液は、酸素ガス(O2)を溶存させた酸性もしくはアルカリ性の溶液であってもよい。あるいは、単結晶シリコン(Si)基板と、過酸化水素水(H2O2)とフッ化水素酸(HF)の混合水溶液である。
【0031】
準備したエッチング溶液中に、ステップ(1)で作製した試料を一定時間、浸漬する。エッチング溶液に浸漬中、カーボンナノ材料直下の半導体表面は、選択的に溶解し続ける。その結果、エッチング液から引き上げた半導体表面上には、カーボンナノ材料の形に対応したエッチング痕(凹み)が形成される。
【0032】
<ステップ(3)>
プローブ顕微鏡や光学干渉計などによりエッチング痕の深さを測定する。エッチング痕の深さは、その場所に形成したカーボンナノ材料の触媒活性(酸素還元活性)を表す。即ち、エッチング痕が深いと、活性は高く、浅いと低い。言い換えると、個々のカーボンナノ材料の触媒活性を可視化及び定量評価できる。
【0033】
また、同一の手法で合成した同種のカーボンナノ材料が作る複数のエッチング痕について、それらの深さを測定し、平均値を取得する。次に、異なる手法で合成したカーボンナノ材料についても、同様の測定を行い、得られた深さ平均値を互いに比較する。そして、平均深さが最も大きく、言い換えると、最も高い酸素還元活性を発現したカーボンナノ材料を選び出す。このカーボンナノ材料を合成した手法は、試行した合成手法の中では、カソード用のカーボン系電極触媒を得る上で、最も適していると判断できる。このようにして、燃料電池用カソードに用いるカーボン系触媒の合成プロセスを評価できる。
【0034】
エッチング痕底部の凹凸は、カーボンナノ材料直下でのエッチングの均一性、即ち、が材料内で均一かどうかを表す。凹凸が大きい底部に存在するカーボンナノ材料は、触媒活性サイトの密度が低い、あるいは、活性サイトの種類が単一で無いために、性能が不均一であることを示す。つまり、エッチング痕底部の凹凸は、合成したカーボン系触媒の性能を表す一つの指標になる。
【0035】
加えて、エッチング後の形状画像と、他の物理量のマッピング機能を組み合わせることにより、深いエッチング痕を形成させるカーボンナノ材料の局所構造に関する情報が得られる。例えば、原子間力顕微鏡の一種であるケルビンプローブフォース顕微鏡を用いて表面電位画像を取得することによって、カーボンナノ材料中の局所的なチャージ(正電荷や負電荷)の分布状態とエッチング能力(触媒活性)の比較ができる。また、顕微ラマンマッピング像を取得することによって、エッチング痕の深さとカーボンナノ材料内部の欠陥の分布状態の相関関係が明らかになる。これらの情報は、電極触媒の開発を加速化すると期待される。
【0036】
エッチング液の温度は、高いほどエッチング速度が増す。昇温したエッチング液中(例:60℃)、あるいは、バブリングにより非平衡的に高濃度の酸素ガスを溶存したエッチング液中での加速試験により、カーボンナノ材料が持つ触媒活性の微小な違いを凹みの段差として顕在化させることも可能である。
【0037】
<発明の原理>
エッチング液に溶存しているO
2ガスは、カーボンナノ材料の中に存在する活性サイトの近傍に吸着する。カーボンナノ材料が半導体表面上に堆積している場合、吸着したO
2分子は、直下の半導体表面から電子を受け取り、水分子へと変わる。これは酸素還元反応そのものであり、その結果、下地の半導体表面が酸化される。また、吸着した一部のO
2分子は、酸素還元反応を経由せず、そのまま下地の半導体表面を酸化する場合もある。即ち、カーボンナノ材料は酸素還元反応、もしくは、その素過程の一部(例:O
2分子の吸着)を促進する触媒として機能し、結果的に、直下の半導体表面を酸化する。形成された酸化物は、エッチング溶液中で速やかに溶解し、除去される。実際に実験した一例を
図2に示す。カーボンナノ材料は、酸化物が除去された後のエッチング痕の底部に残る。そのため、エッチング液に浸漬中は酸化と溶解が連続的に進行する。そして、触媒としての活性が高いカーボンナノ材料ほど、深いエッチング痕を形成する。本発明の原理を示す概念図を
図3に示す。
【0038】
燃料電池のカーボン系のカソードを開発するプロセスは、3つに大別される。カーボンナノ材料の合成、特性評価、及び、電気化学測定である。従来の特性評価は、TEMやXPS、ラマン測定等の分光/顕微測定により実施してきた。その後、カーボンナノ材料を電極として集積・成形した後に、電気化学測定を行うことにより、電極触媒としての性能を評価してきた。本発明の評価法は特性評価の中に新たな手法を提供するものである。
【実施例1】
【0039】
具体的な実施例を
図4~
図7に示す。本実施例では、製法の異なる三種類のカーボンナノ材料を準備した。具体的には、カーボンナノ材料1は酸化グラフェン、カーボンナノ材料2はヒドラジン還元グラフェン、カーボンナノ材料3は窒素原子ドーピング還元グラフェンである。そして、それぞれのナノ材料を半導体表面上に単一レベルで散布し、三つの試料を作製した。次に、酸素ガスを溶存した溶液中にこれらの試料を一定時間、浸漬した。浸漬を終了し、溶液から引き揚げた後に、原子間力顕微鏡(AFM)で三つの試料表面を観察(□1.7×1.7μm
2)した。それぞれの試料で、エッチング痕の直径が似通っている三つの画像を
図4に示す。次に、
図4の各カーボンナノ材料の白い点線で示した位置で測定した断面プロファイルを
図5に示す。エッチング痕は、カーボンナノ材料3を堆積した試料で最も深く、次いでカーボンナノ材料2であった。そして、カーボンナノ材料1を用いた試料でのエッチング痕は最も浅かった。
【0040】
次に、それぞれのカーボンナノ材料を用いた電極を作製した。電極は、同じ製法で作製した複数のカーボンナノ材料を集積・成形することにより得た。作った電極を作用電極とし、Ag/AgCl電極を参照電極、Pt電極を対極とした三電極式電解セルを用いて、電気化学測定を行った。その結果を
図6に示す。
図6を解析した結果、カーボンナノ材料3を用いた電極が最も高い酸素還元活性を持ち、今回の3つの中では最も、燃料電池のカソードに用いるカーボン系触媒として適していることが分かった。次にカーボンナノ材料2を用いた場合で、カーボンナノ材料1を用いた場合は活性が最も低かった。
図6で得られた電気化学測定による酸素還元活性の順番は、
図5で説明したエッチング痕深さの順番と一致している。即ち、複数のカーボンナノ材料を集めて成形し、電極化した後に電気化学測定を行わなくても、
図5に示すようにエッチング痕深さを調べるだけで、カソード材料としての適否を評価できることが分かった。
【0041】
次に、前述の製法の異なる三種類のカーボンナノ材料(1、2、3)を半導体表面に堆積した。そして、異なる温度のエッチング液に一定時間の間、浸漬した後に、エッチング痕の深さを測定し、プロットした結果を
図7に示す。先ず、全てのカーボンナノ材料において、エッチング液の温度が高いと、より深いエッチング痕が形成された。そして、エッチング液がいずれの温度の場合も、カーボンナノ材料3で最も深いエッチング痕が形成され、次いでカーボンナノ材料2、そして、カーボンナノ材料1を用いた場合が最も浅いことが分かった。更に、エッチング液が室温(22℃)の場合は、各カーボンナノ材料が創るエッチング痕の深さに大きな違いは無いが、エッチング液が高温(58℃)になると、その違いが顕著になった。以上より、カーボンナノ材料の触媒活性の違いは、エッチング液の温度を増すことで顕在化することが分かった。