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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】エナメル線及び塗料
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20231011BHJP
   C09D 179/08 20060101ALI20231011BHJP
   H01B 3/30 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
H01B7/02 A
C09D179/08 A
H01B3/30 D
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020000406
(22)【出願日】2020-01-06
(65)【公開番号】P2021111448
(43)【公開日】2021-08-02
【審査請求日】2022-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】牛渡 剛真
(72)【発明者】
【氏名】鍋島 秀太
(72)【発明者】
【氏名】本田 祐樹
【審査官】木村 励
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-49377(JP,A)
【文献】特開2017-95594(JP,A)
【文献】特開2018-116850(JP,A)
【文献】国際公開第2014/141322(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/136807(WO,A1)
【文献】特開平9-106712(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
C09D 179/08
H01B 3/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の周囲に設けられたポリイミドから成る絶縁皮膜と、
を備えるエナメル線であって、
前記ポリイミドは、下記式(1)で表される第1の繰り返し単位及び下記式(2)で表される第2の繰り返し単位が
前記第1の繰り返し単位のモル数A1と、前記第2の繰り返し単位のモル数A2との合計モル数ATに対する前記モル数A1の比である比A1/ATについて0.6以上1.0以下となるように構成され、
前記式(1)又は前記式(2)におけるR、下記式(3)~(6)のいずれかで示される第1の基及び下記式(7)で示される第2の基が、
記第1の基のモル数B1と、前記第2の基のモル数B2との合計モル数BTに対する前記モル数B1の比である比B1/BTについて0.8以上1.0以下となるように構成されたエナメル線。
【化1】

【化2】
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【化7】
【請求項2】
請求項1に記載のエナメル線であって、
前記絶縁皮膜の膜厚が40μmの場合の部分放電開始電圧が970Vp以上であるエナメル線。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエナメル線であって、
前記エナメル線を20%伸長した後に、前記エナメル線の2倍径の治具に前記エナメル線を巻き付けた場合、前記絶縁皮膜に亀裂及び割れが生じないエナメル線。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のエナメル線であって、
260℃の空気中で前記エナメル線を500時間保存する熱処理を行った後における前記絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が、前記熱処理を行っていない前記絶縁皮膜の絶縁破壊電圧の70%以上であるエナメル線。
【請求項5】
ポリアミック酸を含む塗料であって、
前記ポリアミック酸は、下記式(8)で表される第1の繰り返し単位及び下記式(9)で表される第2の繰り返し単位が、
記第1の繰り返し単位のモル数C1と、前記第2の繰り返し単位のモル数C2との合計モル数CTに対する前記モル数C1の比である比C1/CTについて、0.6以上1.0以下となるように構成され、
前記式(8)又は前記式(9)におけるR、下記式(3)~(6)のいずれかで示される第1の基及び下記式(7)で示される第2の基が、
記第1の基のモル数D1と、前記第2の基のモル数D2との合計モル数DTに対する前記モル数D1の比である比D1/DTについて0.8以上1.0以下となるように構成された塗料。
【化3】
【化4】
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
【化9】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はエナメル線及び塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
エナメル線は、導体と、絶縁皮膜とを備える。絶縁皮膜として、ポリイミドから成るものが知られている(特許文献1、2参照)。ポリイミドとして、ピロメリット酸二無水物(PMDA)と4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)とから合成されるものが知られている。
【0003】
エナメル線は、産業用モータ等のモータに使用される。近年、モータは小型化、及び軽量化されている。また、出力を向上させるために、モータは高電圧駆動される。また、動力性能向上のために、モータはインバータ駆動される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平9-106712号公報
【文献】特開2014-49377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
モータが高電圧駆動され、同時にインバータ駆動される場合、高電圧駆動とインバータサージとの重畳により、モータのエナメル線に部分放電が発生するリスクが高まる。部分放電が発生すると、絶縁皮膜が徐々に浸食され、最終的には絶縁不良となる。
【0006】
部分放電を抑制する方法として、絶縁皮膜の膜厚を大きくする方法がある。しかしながら、絶縁皮膜の膜厚を大きくすると、モータ内で導体の占有率が低下してしまい、モータの高出力化が困難になる。
【0007】
本開示の1つの局面は、必ずしも絶縁皮膜の膜厚を大きくしなくても部分放電を抑制できるエナメル線、及び塗料を提供することが好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の1の局面は、導体と、前記導体の周囲に設けられ、下記式(1)で表される第1の繰り返し単位及び下記式(2)で表される第2の繰り返し単位を含むか又は前記第1の繰り返し単位を含むポリイミドから成る絶縁皮膜と、を備えるエナメル線である。
前記ポリイミドにおいて、前記第1の繰り返し単位のモル数A1と、前記第2の繰り返し単位のモル数A2との合計モル数ATに対する前記モル数A1の比である比A1/ATが0.6以上1.0以下である。
【0009】
前記ポリイミドは、前記式(1)又は前記式(2)におけるRとして、下記式(3)~(6)のいずれかで示される第1の基及び下記式(7)で示される第2の基を含むか又は前記第1の基を含む。
前記第1の基のモル数B1と、前記第2の基のモル数B2との合計モル数BTに対する前記モル数B1の比である比B1/BTが0.8以上1.0以下である。
【0010】
【化1】
【0011】
【化2】
【0012】
【化3】
【0013】
【化4】
【0014】
【化5】
【0015】
【化6】
【0016】
【化7】
【0017】
本開示の1つの局面であるエナメル線は、絶縁皮膜の膜厚を必ずしも大きくしなくても、部分放電を抑制できる。
本開示の別の局面は、ポリアミック酸を含む塗料である。前記ポリアミック酸は、下記式(8)で表される第1の繰り返し単位及び下記式(9)で表される第2の繰り返し単位を含むか又は前記第1の繰り返し単位を含む。
前記ポリアミック酸において、前記第1の繰り返し単位のモル数C1と、前記第2の繰り返し単位のモル数C2との合計モル数CTに対する前記モル数C1の比である比C1/CTは、0.6以上1.0以下である。
【0018】
前記ポリアミック酸は、前記式(8)又は前記式(9)におけるRとして、下記式(3)~(6)のいずれかで示される第1の基及び下記式(7)で示される第2の基を含むか又は前記第1の基を含む。
前記第1の基のモル数D1と、前記第2の基のモル数D2との合計モル数DTに対する前記モル数D1の比である比D1/DTが0.8以上1.0以下である。
【0019】
【化3】
【0020】
【化4】
【0021】
【化5】
【0022】
【化6】
【0023】
【化7】
【0024】
【化8】
【0025】
【化9】
【0026】
本開示の別の局面である塗料を用いて、絶縁皮膜を形成できる。形成された絶縁皮膜は、膜厚が必ずしも大きくなくても、部分放電を抑制できる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本開示の例示的な実施形態について説明する。
1.エナメル線の構成
エナメル線は、導体と、絶縁皮膜とを備える。導体は、例えば、銅線、アルミニウム線等の金属線から構成される。導体の断面形状は特に限定されない。導体の断面形状として、例えば、円形、平角形状等が挙げられる。導体の直径は、例えば、0.1mm以上3.0mm以下である。
【0028】
絶縁皮膜は、導体の周囲に設けられる。絶縁皮膜は、例えば、導体の外周面に接している。絶縁皮膜の膜厚は、例えば、25μm以上300μm以下である。絶縁皮膜はポリイミドから成る。ポリイミドは、下記式(1)で表される第1の繰り返し単位を含む。ポリイミドは、下記式(2)で表される第2の繰り返し単位を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0029】
【化1】
【0030】
【化2】
【0031】
式(1)で表される第1の繰り返し単位は、例えば、3,3’4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s-BPDA)がジアミンと反応して生じる繰り返し単位である。式(2)で表される第2の繰り返し単位は、例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)がジアミンと反応して生じる繰り返し単位である。
【0032】
ポリイミドにおいて、式(1)で表される第1の繰り返し単位のモル数をA1とする。ポリイミドにおいて、式(2)で表される第2の繰り返し単位のモル数をA2とする。ポリイミドにおいて、A1とA2との合計モル数をATとする。ATに対するA1の比を、比A1/ATとする。比A1/ATは、0.6以上1.0以下である。
【0033】
比A1/ATが0.6以上であることにより、絶縁皮膜の膜厚が必ずしも大きくなくても、絶縁皮膜の部分放電開始電圧(以下ではPDIVとする)が大きくなる。PDIVが大きいと、部分放電が生じ難い。
【0034】
比A1/ATが0.6以上である場合にPDIVが大きくなる理由は、以下のように推測される。式(1)で表される第1の繰り返し単位は、式(2)で表される第2の繰り返し単位より分子量が大きい。そのため、比A1/ATが大きいほど、イミド基の密度が低下する。イミド基の密度が低下すると、絶縁皮膜の比誘電率と吸水率とが低下する。その結果、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。
【0035】
また、比A1/ATが0.6以上であることにより、ポリイミドの分子構造が柔軟になる。ポリイミドの分子構造が柔軟になることにより、絶縁皮膜のガラス転移温度Tg、及び高温下での貯蔵弾性率が低下し、絶縁皮膜の熱可塑性が現れる。絶縁皮膜が熱可塑性を有することにより、絶縁皮膜を構成する層間の密着性が向上する。
【0036】
ポリイミドは、絶縁皮膜の特性を損ねない範囲で、式(1)で表される第1の繰り返し単位、及び式(2)で表される第2の繰り返し単位のいずれでもない繰り返し単位(以下では他の繰り返し単位Xとする)を含んでいてもよい。ATに対し、他の繰り返し単位Xのモル数の比は、0.1以下であることが好ましい。
【0037】
他の繰り返し単位Xとして、例えば、3,3’4、4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、4,4’-(2,2-ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物(6FDA)等がジアミンと反応して生じる繰り返し単位が挙げられる。
【0038】
ポリイミドは、第1の基を含む。第1の基は、式(1)又は式(2)におけるRのうち、下記式(3)~(6)のいずれかで表される基である。式(1)又は式(2)におけるRは、下記式(3)~(6)のいずれかで表される基のうちの少なくとも1つを含む。ポリイミドは、第2の基を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。第2の基は、式(1)又は式(2)におけるRのうち、下記式(7)で表される基である。ポリイミドが、第1の基とともに第2の基を含む場合、PDIVが大きいまま、可撓性および耐熱性を損ねないでエナメル線の製造コストを低減することができる。
【0039】
【化3】
【0040】
【化4】
【0041】
【化5】
【0042】
【化6】
【0043】
【化7】
【0044】
式(3)で表される基は、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE-Q)の残基である。TPE-Qは、ポリイミドの合成に使用可能なジアミンに対応する。式(4)で表される基は、1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE-R)の残基である。TPE-Rは、ポリイミドの合成に使用可能なジアミンに対応する。
【0045】
式(5)で表される基は、1、3―ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン(APB)の残基である。APBは、ポリイミドの合成に使用可能なジアミンに対応する。式(6)で表される基は、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BODA)の残基である。BODAは、ポリイミドの合成に使用可能なジアミンに対応する。
【0046】
式(7)で表される基は、4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)の残基である。ODAは、ポリイミドの合成に使用可能なジアミンに対応する。
ポリイミドにおいて、第1の基のモル数をB1とする。ポリイミドにおいて、第2の基のモル数をB2とする。ポリイミドにおいて、B1とB2との合計モル数をBTとする。BTに対するB1の比を、比B1/BTとする。比B1/BTは、0.8以上1.0以下である。
【0047】
比B1/BTが0.8以上であることにより、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。その理由は以下のように推測される。第1の基は第2の基より分子量が大きい。そのため、比B1/BTが大きいほど、イミド基の密度が低下する。イミド基の密度が低下すると、絶縁皮膜の比誘電率と吸水率とが低下する。その結果、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。
【0048】
式(1)又は式(2)におけるRは、例えば、その全てが、式(3)~(7)のいずれかで表される基である。また、絶縁皮膜の特性を損ねない範囲で、Rの一部は、式(3)~(7)のいずれにも該当しない基であってもよい。BTに対し、式(3)~(7)のいずれにも該当しない基のモル数の比は、0.1以下であることが好ましい。
【0049】
ポリイミドの末端は、キャッピングされていてもよい。キャッピングに用いる材料として、例えば、無水酸を含む化合物、アミノ基を含む化合物等が挙げられる。無水酸を含む化合物として、例えば、フタル酸無水物、4-メチルフタル酸無水物、3-メチルフタル酸無水物、1,2-ナフタル酸無水物マレイン酸無水物、2,3-ナフタレンジカルボン酸無水物、各種フッ素化フタル酸無水物、各種ブロム化フタル酸無水物、各種クロル化フタル酸無水物、2,3-アントラセンジカルボン酸無水物、4-エチニルフタル酸無水物、4-フェニルエチニルフタル酸無水物等が挙げられる。アミノ基を含む化合物として、例えば、アミノ基をひとつ含む化合物が挙げられる。
【0050】
本開示のエナメル線は、絶縁皮膜の膜厚が必ずしも大きくなくても、PDIVが大きい。絶縁皮膜の膜厚が40μmの場合、PDIVが970Vp以上であることが好ましい。
本開示のエナメル線は、可撓性が良好である。本開示のエナメル線を20%伸長した後に、エナメル線の2倍径の治具にエナメル線を巻き付けた場合、絶縁皮膜に亀裂及び割れが生じないことが好ましい。
【0051】
本開示のエナメル線は、耐熱性が良好である。260℃の空気中でエナメル線を500時間保存する熱処理を行った後における絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が、熱処理を行っていない絶縁皮膜の絶縁破壊電圧の70%以上であることが好ましい。
【0052】
エナメル線は、導体と絶縁皮膜との間に、密着層を備えていてもよい。密着層は、導体と絶縁皮膜との密着性を向上させる。密着層の膜厚は、エナメル線の可撓性や耐部分放電性を損ねないように薄いことが好ましい。耐部分放電性とは、PDIVが大きいことを意味する。密着層の膜厚は、例えば、1~10μmである。
【0053】
エナメル線は、導体と絶縁皮膜との間に、軟化温度の高い皮膜(以下では耐軟化層とする)を備えていてもよい。耐軟化層を備える場合、エナメル線の耐軟化性が向上する。耐軟化層の膜厚は、エナメル線の可撓性や耐部分放電性を損ねず、且つ、エナメル線の耐軟化性が向上するように、適宜設定することができる。耐軟化層の材質は、例えば、PMDAとODAとを主たる成分としたポリイミドである。
【0054】
絶縁皮膜は、添加剤を含んでいてもよい。添加剤として、例えば、フィルム強度を改善する添加剤、表面の滑り性や耐摩耗性を向上させる添加剤、酸化防止剤、伸び特性を向上させる添加剤、低誘電率化させる添加剤、半導電化のための添加剤等が挙げられる。
【0055】
絶縁皮膜は、例えば、内部に複数の空孔を備えた絶縁皮膜であってもよい。内部に複数の空孔を備える絶縁皮膜として、例えば、発泡剤により発泡した絶縁皮膜、中空の粒子を複数含む絶縁皮膜等が挙げられる。
【0056】
2.エナメル線の製造方法
エナメル線の製造方法は、例えば、後述する塗料を用いて、導体の周囲を囲む絶縁皮膜を形成する方法である。絶縁皮膜を形成する方法は、例えば、塗料を導体に塗装し、焼き付ける工程を繰り返す方法である。焼き付けの温度は、例えば、300~500℃である。1回の工程における焼き付けの時間は、例えば、1~2分間である。工程を繰り返す回数は、例えば、10~50回である。工程を繰り返す回数が多いほど、絶縁皮膜の膜厚は大きくなる。
【0057】
エナメル線の製造方法は、塗装の方法には限定されず、高温で絶縁皮膜を成型する方法でもよい。エナメル線が密着層又は耐軟化層を備える場合は、密着層又は耐軟化層を形成した後に、絶縁皮膜を形成する。
【0058】
3.塗料の構成
塗料は、例えば、絶縁塗料である。塗料は、例えば、エナメル線用塗料である。塗料は、ポリアミック酸を含む。ポリアミック酸は、下記式(8)で表される第1の繰り返し単位を含む。ポリアミック酸は、下記式(9)で表される第2の繰り返し単位を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。
【0059】
【化8】
【0060】
【化9】
【0061】
ポリアミック酸において、式(8)で表される第1の繰り返し単位のモル数をC1とする。ポリアミック酸において、式(9)で表される第2の繰り返し単位のモル数をC2とする。ポリアミック酸において、C1とC2との合計モル数をCTとする。CTに対するC1の比を、比C1/CTとする。比C1/CTは、0.6以上1.0以下である。
【0062】
比C1/CTが0.6以上であることにより、塗料を用いて形成した絶縁皮膜の膜厚が必ずしも大きくなくても、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。
比C1/CTが0.6以上である場合にPDIVが大きくなる理由は、以下のように推測される。式(8)で表される第1の繰り返し単位は、式(9)で表される第2の繰り返し単位より分子量が大きい。そのため、比C1/CTが大きいほど、イミド基の密度が低下する。イミド基の密度が低下すると、絶縁皮膜の比誘電率と吸水率とが低下する。その結果、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。
【0063】
また、比C1/CTが0.6以上であることにより、塗料を用いて形成した絶縁皮膜に含まれるポリイミドの分子構造が柔軟になる。ポリイミドの分子構造が柔軟になることにより、絶縁皮膜のガラス転移温度Tg、及び高温下での貯蔵弾性率が低下し、絶縁皮膜の熱可塑性が現れる。絶縁皮膜が熱可塑性を有することにより、絶縁皮膜を構成する層間の密着性が向上する。
【0064】
ポリアミック酸は、塗料を用いて形成した絶縁皮膜の特性を損ねない範囲で、式(8)で表される第1の繰り返し単位、及び式(9)で表される第2の繰り返し単位のいずれでもない繰り返し単位(以下では他の繰り返し単位Yとする)を含んでいてもよい。CTに対し、他の繰り返し単位Yのモル数の比は、0.1以下であることが好ましい。
【0065】
他の繰り返し単位Yとして、例えば、BTDA、DSDA、ODPA、6FDA等がジアミンと反応して生じる繰り返し単位が挙げられる。
ポリアミック酸は、第1の基を含む。第1の基は、式(8)又は式(9)におけるRのうち、下記式(3)~(6)のいずれかで表される基である。式(8)又は式(9)におけるRは、下記式(3)~(6)のいずれかで表される基のうちの少なくとも1つを含む。ポリアミック酸は、第2の基を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。第2の基は、式(1)又は式(2)におけるRのうち、下記式(7)で表される基である。
ポリアミック酸が、第1の基とともに第2の基を含む場合、PDIVが大きいまま、可撓性および耐熱性を損ねないでエナメル線の製造コストを低減することができる。
【0066】
【化3】
【0067】
【化4】
【0068】
【化5】
【0069】
【化6】
【0070】
【化7】
【0071】
式(3)で表される基は、TPE-Qの残基である。TPE-Qは、ポリアミック酸の合成に使用可能なジアミンに対応する。式(4)で表される基は、TPE-Rの残基である。TPE-Rは、ポリアミック酸の合成に使用可能なジアミンに対応する。式(5)で表される基は、APBの残基である。APBは、ポリアミック酸の合成に使用可能なジアミンに対応する。式(6)で表される基は、BODAの残基である。BODAは、ポリアミック酸の合成に使用可能なジアミンに対応する。式(7)で表される基は、ODAの残基である。ODAは、ポリアミック酸の合成に使用可能なジアミンに対応する。
【0072】
ポリアミック酸において、第1の基のモル数をD1とする。ポリアミック酸において、第2の基のモル数をD2とする。ポリアミック酸において、D1とD2との合計モル数をDTとする。DTに対するD1の比を、比D1/DTとする。比D1/DTは、0.8以上1.0以下である。
【0073】
比D1/DTが0.8以上であることにより、塗料を用いて形成した絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。その理由は以下のように推測される。第1の基は第2の基より分子量が大きい。そのため、比D1/DTが大きいほど、イミド基の密度が低下する。イミド基の密度が低下すると、絶縁皮膜の比誘電率と吸水率とが低下する。その結果、絶縁皮膜のPDIVが大きくなる。
【0074】
式(8)又は式(9)におけるRは、例えば、その全てが、式(3)~(7)のいずれかで表される基である。また、絶縁皮膜の特性を損ねない範囲で、Rの一部は、式(3)~(7)のいずれにも該当しない基であってもよい。DTに対し、式(3)~(7)のいずれにも該当しない基のモル数の比は、0.1以下であることが好ましい。
【0075】
ポリアミック酸の末端は、キャッピングされていてもよい。キャッピングに用いる材料として、例えば、ポリイミドのキャッピングに用いる材料と同様のものが挙げられる。
塗料の溶媒として、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、γ-ブチロラクトン、N、N-ジメチルアセトアミド(DMAC)、N、N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルイミダゾリジノン(DMI)、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、炭化水素系等が挙げられる。上述した溶媒のうち2種以上を、塗料の特性を損ねない範囲で併用してもよい。塗料の溶媒は、例えば、ポリアミック酸を合成するときの溶媒である。
【0076】
塗料は、添加剤を含んでいてもよい。添加剤として、例えば、フィルム強度を改善する添加剤、表面の滑り性や耐摩耗性を向上させる添加剤、酸化防止剤、伸び特性を向上させる添加剤、低誘電率化させる添加剤、半導電化のための添加剤等が挙げられる。
【0077】
塗料は、例えば、発泡剤、中空粒子等を含んでいてもよい。塗料が発泡剤、中空粒子等を含んでいる場合、内部に複数の空孔を備えた絶縁皮膜を形成することができる。
4.塗料の製造方法
ポリアミック酸は、例えば、酸二無水物と、ジアミンとを反応させることで製造できる。酸二無水物と、ジアミンとのモル比は、例えば、100:100である。また、酸二無水物と、ジアミンとのモル比は、例えば、絶縁皮膜の特性を損ねない範囲で、100:100から外れていてもよい。絶縁皮膜の特性とは、例えば、可撓性である。
【0078】
例えば、100モルの酸二無水物に対し、100.1~105.0モルのジアミンを配合することができる。また、例えば、100モルのジアミンに対し、100.1~105.0モルの酸二無水物を配合することができる。酸二無水物及びジアミンのうちの一方を他方に対し過剰に配合することで、ポリアミック酸の分子量を小さく制御することができる。ポリアミック酸の分子量が小さくなると、塗料の粘度が小さくなり、塗装における作業性がよくなる。
【0079】
ポリアミック酸を合成するときの温度は、生成するポリアミック酸の特性を損ねない範囲で適宜調整することができる。ポリアミック酸を合成するときの温度は、例えば、0~100℃の範囲内である。ポリアミック酸を合成した後に、塗料を50~100℃程度に加温し、塗料を撹拌することで、塗料の粘度を調整してもよい。調整後の塗料の粘度は、例えば、1~5Pa・sである。
【0080】
5.実施例
(5-1)塗料の製造
実施例1~7の塗料、及び比較例1~5の塗料を製造した。塗料の製造方法は、まず、NMPにジアミンを溶解させ、次に、酸二無水物を溶解させ、次に、室温で12時間攪拌する方法であった。このとき、NMPの質量は80質量部であり、ジアミンと酸二無水物との合計質量は20質量部であった。攪拌の結果、ポリアミック酸を含む塗料が得られた。得られた塗料を、塗装作業性を良くするために希釈し、粘度を調整した。調整後の塗料の粘度は2~3Pas/secであった。
【0081】
各実施例及び各比較例において、ジアミンの種類及び量、並びに、酸二無水物の種類及び量は表1に示すとおりであった。表1におけるジアミンの量は、全てのジアミンの合計モル数に対するモル比である。表1における酸二無水物の量は、全ての酸二無水物の合計モル数に対するモル比である。
【0082】
【表1】
【0083】
ただし、さらに詳しくは、各実施例及び各比較例において、酸二無水物又はジアミンのうち一方のモル数を、他方のモル数に比べて0.1~5%だけ多くした。この理由は、塗料が過度に高粘度化することを抑制するためである。表1におけるBAPPは、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンである。
【0084】
なお、PMDAは、式(2)で表される第2の繰り返し単位、及び式(9)で表される第2の繰り返し単位を生じさせる酸二無水物である。PMDAのモル数は、式(2)で表される第2の繰り返し単位のモル数と等しく、式(9)で表される第2の繰り返し単位のモル数と等しい。s-BPDAは、式(1)で表される第1の繰り返し単位、及び式(8)で表される第1の繰り返し単位を生じさせる酸二無水物である。s-BPDAのモル数は、式(1)で表される第1の繰り返し単位のモル数と等しく、式(8)で表される第1の繰り返し単位のモル数と等しい。
【0085】
ODAは、式(7)で表される第2の基を生じさせるジアミンである。BODAは、式(6)で表される第1の基を生じさせるジアミンである。TPE-Rは、式(4)で表される第1の基を生じさせるジアミンである。
(5-2)エナメル線の製造
各実施例及び各比較例の塗料を用いて、以下の方法でエナメル線を製造した。直径0.8mmの銅線を用意した。この銅線は導体に対応する。塗料を銅線に塗装し、焼き付ける工程を繰り返した。焼き付けには塗装炉を使用した。焼き付けの温度は450℃であった。1回の工程における焼き付けの時間は90秒間であった。上記の工程を繰り返した回数は15回であった。その結果、銅線の周囲に絶縁皮膜が形成され、エナメル線が得られた。絶縁皮膜の膜厚は40μmであった。
(5-3)エナメル線の評価
(i)PDIVの測定
各実施例及び各比較例のエナメル線のそれぞれについて、以下の方法でPDIVを測定した。エナメル線から、500mmの長さの切断片を複数切り出した。2本の切断片からツイストペアを作成した。このツイストペアを10個作成した。
【0086】
ツイストペアのうち、端部を含む長さ10mmの部分(以下では端末処理部とする)の絶縁皮膜を除去した。端末処理部に電極を接続した。25℃、湿度50%の雰囲気で、ツイストペアに50Hzの電圧を加え、10~30V/sで昇圧した。ツイストペアに10pCの放電が毎秒50回発生したときの電圧をPDIVとした。1つのツイストペアについて、この操作を3回繰り返し、3回の測定の平均値を、そのツイストペアのPDIVとした。10個のツイストペアのPDIVの平均値を算出した。PDIVの測定結果を表1に示す。
【0087】
絶縁皮膜の膜厚が40μmのときにPDIVが970Vp以上であれば、耐部分放電性が良好であるとした。表1における「○」は、耐部分放電性が良好であることを示す。
(ii)可撓性の評価
各実施例及び各比較例のエナメル線のそれぞれについて、以下の方法で可撓性を評価した。エナメル線を20%伸長した後に、エナメル線の2倍径の治具にエナメル線を巻き付けた。次に、絶縁皮膜の表面を顕微鏡で観察した。絶縁皮膜の表面に亀裂、割れ等の欠陥が無ければ、可撓性が良好であると判断した。絶縁皮膜の表面に亀裂、割れ等の欠陥が有れば、可撓性が不良であると判断した。評価結果を表1に示す。表1における「○」は可撓性が良好であることを示す。
(iii)耐熱性の評価
各実施例及び各比較例のエナメル線のそれぞれについて、以下の方法で耐熱性を評価した。260℃の空気中でエナメル線を500時間保存する熱処理を行った。熱処理には恒温槽を用いた。熱処理を行った後における絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が、熱処理を行っていない絶縁皮膜の絶縁破壊電圧の70%以上であれば、耐熱性が良好であると判断した。熱処理を行った後における絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が、熱処理を行っていない絶縁皮膜の絶縁破壊電圧の70%未満であれば、耐熱性が不良であると判断した。評価結果を表1に示す。表1における「○」は耐熱性が良好であることを示し、「×」は耐熱性が不良であることを示す。
(iv)評価結果のまとめ
各実施例のエナメル線では、絶縁皮膜の膜厚が大きくなくても、PDIVが大きかった。また、各実施例のエナメル線は、可撓性及び耐熱性も良好であった。
【0088】
比較例1~4のエナメル線では、PDIVが低かった。比較例5のエナメル線は、耐熱性が不良であった。耐熱性が不良である理由は、塗料の原料として、脂肪族基を有するBAPPを用いているため、高温で絶縁皮膜の劣化が起こり、絶縁皮膜の絶縁性が低下したためであると推測される。
【0089】
6.他の実施形態
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0090】
(1)上記各実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分担させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に発揮させたりしてもよい。また、上記各実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記各実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。
【0091】
(2)上述したエナメル線の他、当該エナメル線を構成要素とするシステム、エナメル線の製造方法、塗料の製造方法等、種々の形態で本開示を実現することもできる。