(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】アルコール性肝疾患予防又は治療用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 36/23 20060101AFI20231011BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20231011BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20231011BHJP
【FI】
A61K36/23
A61P1/16
A23L33/105 ZNA
(21)【出願番号】P 2019110425
(22)【出願日】2019-06-13
【審査請求日】2022-05-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行日 2019年4月22日 刊行物 第73回日本栄養・食糧学会大会 講演要旨集
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日 2019年5月17日から2019年5月19日 集会名、開催場所 第73回日本栄養・食糧学会大会 静岡県立大学(静岡県静岡市駿河区谷田52-1)
(73)【特許権者】
【識別番号】391045392
【氏名又は名称】甲南化工株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 明子
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 勲
(72)【発明者】
【氏名】亀澤 誠
(72)【発明者】
【氏名】嶋川 博己
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2010-0133107(KR,A)
【文献】LIN W.T. et al.,Cell Biochem Funct,2009年,Vol. 27, No. 6,pp. 344-350
【文献】JIANG, Z. et al.,J Nat Med,2016年,Vol. 70, No. 1,pp. 45-53
【文献】LU, H.Z. et al.,食品工業科技,2012年,Vol. 33, No. 16,pp. 347-349
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00
A23L 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒ニンジン抽出
組成物を含有するアルコール性肝疾患予防又は治療用組成物
であって、
前記黒ニンジン抽出組成物が、水、エタノール、又はこれらの混合液による抽出組成物を、更にクロロホルム、酢酸エチル及びブタノールの1つ以上の有機溶媒による抽出工程に供して得られるものである、組成物。
【請求項2】
前記黒ニンジン抽出組成物が、水、エタノール、又はこれらの混合液による抽出組成物を、更にクロロホルム抽出工程、酢酸エチル抽出工程及びブタノール抽出工程に、この順に供して得られるものである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
アルコール性肝疾患が、アルコール摂取による脂肪肝、肝炎、肝線維症、又は肝硬変である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
経口組成物である、請求項1~3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
医薬組成物または食品組成物である、請求項1~4のいずれかに記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルコール性肝疾患を予防又は治療するための組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
アルコール性肝疾患は、大量かつ常習的なアルコールの摂取を要因とした生活習慣病である。初期症状として脂肪肝を呈し、肝炎、肝線維症・肝硬変さらには肝ガンへと進展する。このため、肝炎などの初期症状でのアルコール性肝疾患の予防は極めて重要である。
【0003】
アルコールは通常、アルコール脱水素酵素 (Alcohol dehydrogenase: ADH) によってアセトアルデヒドへと分解され、アルデヒド脱水素酵素(Aldehydedehydrogenase: ALDH) によってアセトアルデヒドは酢酸へと分解される。しかし、多量のアルコールを摂取するとこの経路だけでは処理しきれなくなるため、ミクロソームエタノール酸化系 (Microsomal ethanol-oxidizing system:MEOS) によってアルコールはアセトアルデヒドへと分解される。この経路では薬物を解毒するシトクロムP450 2E1(Cytochrome P450 2E1:CYP2E1)が主にアルコールの代謝に関わっており、それに伴い細胞障害を誘導する活性酸素種(Reactive oxygen species:ROS) が過剰に産生される。アルコール性肝疾患の進展には、主としてCYP2E1によって産生されるROSが主に関与していると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、アルコール性肝疾患に有効な成分を見出し、アルコール性肝疾患を予防又は治療可能な手段を提供することを目的に検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、黒ニンジン抽出物がアルコール性肝疾患に有効である可能性を見出し、さらに改良を重ねた。
【0007】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
黒ニンジン抽出物を含有するアルコール性肝疾患予防又は治療用組成物。
項2.
黒ニンジン抽出物が、水、エタノール、又はこれらの混合液による抽出物である、項1に記載の組成物。
項3.
アルコール性肝疾患が、アルコール摂取による脂肪肝、肝炎、肝線維症、又は肝硬変である、項1又は2に記載の組成物。
項4.
経口組成物である、項1~3のいずれかに記載の組成物。
項5.
医薬組成物または食品組成物である、項1~4のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0008】
アルコール性肝疾患の予防又は治療のための新規手段が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】黒ニンジンの50%エタノール抽出物(BCE)を更に各種有機溶媒で分画する手順の概要を示す。
【
図2】エタノールにより低下した細胞生存率に、黒ニンジン抽出物が与える影響を検討した結果を示す。黒ニンジン抽出物により、細胞生存率が回復することが分かる。
【
図3】エタノールにより亢進した細胞内ROS生産量に、黒ニンジン抽出物が与える影響を検討した結果を示す。黒ニンジン抽出物により、亢進した細胞内ROS生産量が抑制されることが分かる。
【
図4】アルコール代謝関連酵素CYP2E1の活性に黒ニンジン抽出物(BCE-BuOH)が与える影響の検討結果を示す。
【
図5a】アルコール代謝関連酵素ADHの活性に黒ニンジン抽出物(BCE-BuOH)が与える影響の検討結果を示す。
【
図5b】アルコール代謝関連酵素ADHの活性に黒ニンジン抽出物(BCE-BuOH)が与える影響の検討結果を示す。
【
図6】アルコール代謝関連酵素ALDHの活性に黒ニンジン抽出物(BCE-BuOH)が与える影響の検討結果を示す。
【
図7】アルコール代謝関連酵素ADHの発現量に黒ニンジン抽出物(BCE-BuOH)が与える影響の検討結果を示す。
【
図8】アルコール性肝疾患モデルラット作製手順の概要を示す。
【
図9】アルコール性肝疾患モデルラットの肝臓に黒ニンジン抽出物(BCE)が与える影響の検討結果(具体的にはALS及びALT活性の測定結果)を示す。
【
図10a】アルコール性肝疾患モデルラットの肝臓に黒ニンジン抽出物(BCE)が与える影響の検討結果(具体的には、肝臓のHE染色画像)を示す。
【
図10b】アルコール性肝疾患モデルラットの肝臓に黒ニンジン抽出物(BCE)が与える影響の検討結果(具体的には、肝臓のEVG染色画像)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。本開示は、黒ニンジン抽出物を含有するアルコール性肝疾患を予防又は治療するための組成物(アルコール性肝疾患予防又は治療用組成物)等、黒ニンジン抽出物を用いたアルコール性肝疾患の予防又は治療方法等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0011】
本開示に包含されるアルコール性肝疾患予防又は治療用組成物は、黒ニンジン抽出物を含有する。以下、本開示に包含される当該組成物を「本開示の組成物」ということがある。
【0012】
黒ニンジンは、アフガニスタンやトルコなど中央アジア原産のニンジンの一品種である。通常のニンジンにはあまり含まれていないポリフェノールやアントシアニンが豊富に含まれており、日本でも例えば沖縄において長寿食品として栽培されている。
【0013】
なお、通常のニンジンと黒ニンジンはセリ科ニンジン属ニンジンで、科・属・種までは同じであり、どちらもニンジンの学名はDaucus carota L.であるが、さらに亜種まで区分されるとニンジンはDaucus carota L. ssp. sativus、黒ニンジンはDaucus carota L. ssp. sativus var. atrorubens Alef.である。また、Black carrot (Daucus carota L.) やBlack carrot (Daucus carota L. ssp. sativus)等と記載されることもある。
【0014】
本開示の組成物に含まれる黒ニンジン抽出物は、黒ニンジンから水、エタノール、又はこれらの混合液により抽出されて得られる抽出物であることが好ましい。また、このようにして得られた抽出物(第一抽出物ということがある)に対して、さらに1種または2種以上の有機溶媒を用いて分画を行ってもよい。当該分画のための有機溶媒としては、例えばクロロホルム、酢酸エチル、ブタノール等が例示される。また、当該分画は2種以上の有機溶媒を用いて連続して行われてもよい。例えば、第一抽出物に対して、クロロホルム分画を行い、得られた抽出物に対して更に酢酸エチル分画を行い、得られた抽出物に更にブタノール分画を行って抽出物を得る等してもよい。また、抽出物は、濃縮または乾燥させたものであってもよい。例えば、減圧濃縮、凍結乾燥などにより濃縮または乾燥を行うことができる。
【0015】
本開示の組成物に含まれる黒ニンジン抽出物量は、アルコール性肝疾患予防又は治療効果が得られる範囲であれば特に制限はされず、例えば0.1~100質量%、1~99質量%、2~50質量%、5~20質量%程度等が例示される。
【0016】
また、黒ニンジン抽出物の摂取量についても、アルコール性肝疾患予防又は治療効果が得られる範囲であれば特に制限はされず、例えば成人一日当たり10~1000mg程度が例示でき、また、20~800mg、30~500mg、40~300mg、又は50~200mg程度が好ましく例示できる。
【0017】
本開示の組成物には、黒ニンジン抽出物以外にも、特に医薬分野または食品分野で公知の成分を含有することができる。例えば、薬学的に許容される担体、食品衛生学的に許容される担体等が挙げられるが、特に制限はされない。また、特に健康食品分野で公知の成分、例えば公知の抗酸化成分、抗疲労成分等を含有してもよい。
【0018】
アルコール性肝疾患としては、アルコールの摂取に起因する肝疾患であれば特に制限はされないが、例えば脂肪肝、肝炎、肝線維症、又は肝硬変等が挙げられる。特にアルコール性肝疾患の初期症状である脂肪肝または肝炎であることが好ましい。
【0019】
本開示の組成物は、ヒトに対してはもちろん、ヒト以外の哺乳動物にも有効である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、サル、イヌ、ネコ、ウシ、ブタなどが例示される。また、アルコール性肝疾患の対象はもちろん、非飲酒対象、あるいは日常的に若しくはときどきアルコールを摂取するが肝疾患は患っていない対象であってもアルコール性肝疾患予防のために好ましく用いることができる。特に、アルコール脱水素酵素あるいはアルデヒド脱水素酵素の働きが強くない対象、(より具体的には、例えば飲酒により皮膚が赤くなりやすい、若しくは赤ら顔になりやすいような対象)には好適である。
【0020】
また、本開示の組成物の投与(摂取)方法は、アルコール性肝疾患予防又は治療効果が得られる限り特に制限はされないが、経口投与、経血管(特に静脈)投与、皮下投与等が好ましく例示される。中でも経口摂取が好ましい。
【0021】
また、本開示組成物は、医薬組成物または食品組成物であることが好ましい。
【0022】
医薬組成物である場合、本開示の組成物は、黒ニンジン抽出物そのものであってもよいし、これと他の薬理活性成分、薬学的に許容される基剤、担体、添加剤(例えば溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等)等が必要に応じて配合され、例えば錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、注射剤、点滴剤等の医薬製剤に調製されたものでもよい。当該調製は、常法に従って行うことが出来る。このような本発明に係る医薬組成物は、上述したように、特に経口投与又は経血管投与により、アルコール性肝疾患の予防又は治療のために好ましく用いることができる。つまり、例えば、経口剤、注射剤、点滴剤等として好ましく用いることができる。
【0023】
食品組成物である場合、黒ニンジン抽出物と、食品衛生学上許容される基剤、担体、添加剤や、その他食品として利用され得る成分・材料等が適宜配合されたものが好ましい。例えば、黒ニンジン抽出物を含む、アルコール性肝疾患予防用の加工食品、飲料、健康食品(栄養機能食品、特定保健用食品等)、サプリメント、病者用食品(病院食、病人食又は介護食等)等が例示できる。具体的な形態としては、タブレット剤、カプセル剤、ドリンク剤等が例示される。なお、特に健康食品(栄養機能食品、特定保健用食品等)、又はサプリメントとして調製する場合は、継続的な摂取が行いやすいように、例えば顆粒、カプセル、錠剤(チュアブル剤等を含む)、飲料(ドリンク剤)等の形態で調製することが好ましく、なかでもカプセル、タブレット、錠剤の形態が摂取の簡便さの点からは好ましい。ただし、特にこれらに限定されるものではない。顆粒、カプセル、錠剤等の形態の食品組成物は、薬学的及び/又は食品衛生学的に許容される担体等を用いて、常法に従って適宜調製することができる。また、他の形態への調製も、従来の方法に従って行うことができる。
【0024】
本開示は、アルコール性肝疾患患者に対し、黒ニンジン抽出物(好ましくは本開示の組成物)を投与又は摂取することを特徴とするアルコール性肝疾患の治療方法をも包含する。また、本開示は、非アルコール性肝炎患者(例えば、健常者、日常的に若しくはときどきアルコールを摂取するが肝疾患は患っていない者等)に対し、黒ニンジン抽出物(好ましくは本開示の組成物)を投与又は摂取することを特徴とするアルコール性肝疾患の予防方法をも提供する。当該方法における、黒ニンジン抽出物や本開示の組成物等の各条件は前述の通りである。
【0025】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0026】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例】
【0027】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。なお、結果を図に棒グラフ若しくは折れ線グラフで表した際、グラフに表記される小文字アルファベットは、異なる当該アルファベット間において有意差があることを示す。
【0028】
黒ニンジン抽出物の調製
沖縄産黒ニンジンを50%エタノール(EtOH)で抽出した。さらにBCEを各種有機溶媒で分画し、分画物(抽出物)を得た。
【0029】
より具体的には、黒にんじんを粉砕し、当該粉砕物を室温で50%エタノールを用いて抽出し、エバポレーターで溶媒を蒸発させてから一晩凍結乾燥し、完全に溶媒が除去し抽出物を得た。なお、以下、このようにして得られた抽出物をBCE(Black Carrot Extract)と呼ぶことがある。
【0030】
また、BCEをクロロホルム抽出操作、酢酸エチル抽出操作、及びブタノール抽出操作にこの順に供し、画分を得た。当該操作の概要を
図1に示す。また、得られた画分を以下BCE-BuOHと呼ぶことがある。
【0031】
肝細胞の分離及び培養
9~15週齢(300~350g体重)のWistar系雄性ラット(日本SLC株式会社)からcollagenase灌流法を用いて肝細胞を分離した。細胞数が1.5x105 cells/mlになるように調整し、10%牛胎児血清(FBS)を含むWilliam’s E 培地で24時間前培養した。
【0032】
細胞生存率及びROS産生量に黒ニンジン抽出物が与える影響の検討
前培養後、本培養として培地交換と共に終濃度100mM エタノール(EtOH)を添加し、24時間培養した。なお、EtOH添加と同時に、検討サンプル(BCE又はBCE-BuOH)を添加する検討、並びに、protein kinase A(PKA)阻害剤であるH-89(5-Isoquinolinesulfonamide)もEtOH及び検討サンプルと同時に添加する検討も実施した。また、検討サンプル等の代わりに滅菌水のみを添加する検討(コントロール)、及びH-89のみを添加する検討も実施した。
【0033】
培養後、細胞生存率をNeutral Red法で、細胞内ROS(活性酸素)産生量をDCFH-DA(2’,7’-dichlorofluorescein diacetate)法で、それぞれ求めた。
【0034】
細胞生存率は具体的には次のようにして求めた。本培養終了後、培地を除去して0.005% Neutral red色素液を1ml添加し、インキュベーター内(37℃、5% CO2)で2時間培養した。Neutral red色素液を除去し、細胞を1%Foemaldehyde/1%CaCl2(1~2ml)で1回洗浄し、1%CH3COOH/50% EtOHを1ml添加し、室温で30分間放置した。上清を1% CH3COOH/50% EtOHで3~5倍希釈し(吸光度が1を超えない程度に適宜希釈)、分光光度計(V-530、JASCO)で540nmの吸光度で測定した。
【0035】
また、ROS産生量は具体的には次のようにして求めた。本培養終了30分前に培地(2ml)中に2.4mM DCFH-DA液を5μl添加し、本培養終了後、培地を取り除き、PBS(-)で洗浄(氷上で行う)した。カバーガラス(24mm×24mm)に超純水を少量つけて貼り付け、余分な水分を濾紙で吸い取り、蛍光顕微鏡(OLYMPUS LSC101)下で観察した。
【0036】
以上のようにして求めた細胞生存率を
図2に、ROS生産量を
図3に、それぞれ示す。
【0037】
アルコール代謝関連酵素活性に黒ニンジン抽出物が与える影響の検討
また、黒ニンジン抽出物の、アルコール代謝関連酵素、具体的にはCYP2E1(Cytochrome P450 2E1)、ADH、及びALDHの活性に与える影響についても検討した。
【0038】
前培養後、本培養として培地交換と共に終濃度100mM エタノール(EtOH)を添加し、9時間培養した。100mMのEtOHと同時にBCE-BuOHを400μg/mlの濃度となるよう添加した。H-89、dihydrochloride (Santa Cruz Biotechnology, Inc) を添加する場合は、DMSOに溶解させたうえで、培地中に10μMとなるように、EtOHおよびBCEと同時に添加した。なお、コントロールには滅菌水のみを添加した。
【0039】
<CYP2E1>
CYP2E1特異的基質であるp-nitrophenol(PNP)は、nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADPH)存在下においてp-nitrocatecholに水酸化される。この性質を利用し、p-nitrocatecholの産生量をCYP2E1の酵素活性として測定した。また、色素結合法でタンパク定量を行い、タンパク量あたりのCYP2E1活性を算出した。当該タンパク定量は、具体的には次のようにして行った、細胞懸濁液(超音波破砕済み)5μlもしくは標準溶液0~20μlとタンパク色素液(0.01% Serva Blue G 溶液)2.9mlを混合し、紫外可視分光光度計(SHIMADZU、UVmini-1240)を用いて波長595nmで吸光度を測定した。
【0040】
当該検討結果(p-nitrocatecholの産生量(nmol/min)を、タンパク定量の結果に基づいてnmol/mg protein/minへと変換した結果)を
図4に示す。CYP2E1活性は、エタノールにより上昇するところ、黒ニンジン抽出物により当該上昇が抑制されることが確認できた。
【0041】
<ADH>
ADHはアルコールを分解する過程で、基質にNAD+を使用してNADHに酸化する。この反応を利用して、本実験ではUV法を用いてNADHの増加量を測定し、細胞中のADH活性(U/V)を測定した。細胞懸濁液をNAD+溶液と混合し、1分間あたりの340nmにおける吸光度の増加量(=E/min)を測定し、以下の式からADH活性を算出した。なお、V:最終反応溶液(ml)、v:検体量(ml)、d:光路長(cm)および340nmにおけるNADHの分子吸光係数を6220(L/mol/cm)とした。今実験では、光路長1cmのものを用いた。また、サンプルを色素結合法でタンパク定量を行い、タンパク量あたりのADH活性を算出した。タンパク定量は、上記と同様の方法で行った。
【0042】
ADH活性(μmol/mg protein/min)=
E/min×V×106/(6220×v×d)/protein of sample(mg/100μl)
【0043】
当該検討結果を
図5a及び5bに示す。なお、
図5bは、本培養0時間、2時間、又は4時間の時点で細胞を回収して行った検討結果である。
【0044】
<ALDH>
ALDHはNAD+依存性酵素であるため、アセトアルデヒドを代謝する過程でNAD+を基質としてアセトアルデヒドを酸化し、NADHを産生する。本実験ではこの反応を利用して、測定用BufferにADH阻害剤である4-methylpyrazole(4MP)を添加し、ADH活性と同様の方法でALDHの活性を測定した。すなわち、細胞懸濁液をNDA+溶液と混合し、1分間あたりの340nmにおける吸光度の増加量(=E/min)を測定し、以下の式からALDH活性を算出した。なお、V:最終反応溶液(ml)、v:検体量(ml)、d:光路長(cm)および340nmにおけるNADHの分子吸光係数を6220(L/mol/cm)とした。今実験では、光路長1cmのものを用いた。また、サンプルを色素結合法でタンパク定量を行い、タンパク量あたりのADH活性を算出した。タンパク定量は、上記と同様の方法で行った。
【0045】
ALDH活性(μmol/mg protein/min)=
E/min×V×106/(6220×v×d)/protein of sample(mg/100μl)
【0046】
当該結果を
図6に示す。なお、
図6は、本培養0時間、2時間、又は4時間の時点で細胞を回収して行った検討結果である。
【0047】
以上の結果から、黒ニンジン抽出物は、CYP2E1活性を有意に低下させる一方で、ADH及びALDH活性を亢進させ得ることが確認できた。
【0048】
アルコール代謝関連酵素の発現に黒ニンジン抽出物が与える影響の検討
前培養後、本培養として培地交換と共に終濃度100mM エタノール(EtOH)を添加し、4時間培養した。100mMのEtOHと同時にBCE-BuOHを400μg/mlの濃度になるよう添加した。なお、コントロールには滅菌水のみを添加した。
【0049】
培養後に回収した細胞からRNAを抽出し、下記塩基配列のプライマーセットを用いたRT-PCRにより、ADH(Adh1)の発現量を解析した。結果を
図7に示す。
フォワード:CATTGCCGTGGACATCAACA
リバース:TGGCAGCTTAACAGGGCAGA
【0050】
アルコール性肝疾患モデルラットを用いた黒ニンジン抽出物の効果の検討
アルコール性肝疾患モデルラットを、5%EtOHと四塩化炭素(CCl
4)の併用によって作製した。具体的には、次のようにして作製した。Wistar系雄性ラットを14日間予備飼育した後、
(i)Control(C)群(n=5)、
(ii)5%EtOH+CCl
4(ET)群(n=6)、
(iii)CCl
4(T)群(n=6)、
(iv)0.48%BCE+5%EtOH+CCl
4(B)群(n=5)、
に群分けした。飼料と飲水は自由摂取させた。誘導剤としてCCl
4(0.4ml/kg 体重)をolive oilと1:3(v/v)の割合で混合して週2回腹腔内に投与し、C群にはolive oil(0.4ml/kg 体重)を同様に投与して、21日間飼育した。当該モデルラット作製の概要を
図8に示す。
【0051】
飼育1週間ごとにCCl4投与48時間後の血液を尾外側静脈より採血した。最終回のCCl4投与から48時間後に解剖した。下大静脈から採血した後、各臓器を摘出した。臓器を生理食塩水(0.9% NaCl溶液)で洗浄した後、重量を測定し、肝臓のみを液体窒素で凍結させた。血液は、採取後30分以上室温において凝固させた後、1500×gで10分遠心分離し、血清を回収した。血清および肝臓は測定時まで-80℃で保存した。
【0052】
回収した血清を用いて、血中のアラニンアミノ基転移酵素(ALT)及びアスパラギンアミノ基転移酵素(AST)の活性を測定した。当該測定は、POP・TOOS法を用いた測定キット(トランスアミラーゼCII-テストワコー:富士フイルム和光純薬株式会社)により行った。なお、これらの酵素は、肝細胞が障害されると血中に漏出することから、肝障害の指標となる。測定結果を
図9に示す。AST及びALTの活性は、ET群で経週的に有意に上昇する(つまり、アルコール性肝疾患モデルラットが作製された)が、黒ニンジン抽出物を摂食することによってコントロールレベルにまで低下することが確認できた。
【0053】
また、回収した各群のラット由来の肝臓を病理組織学的に解析した。具体的には、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、及びエラスチカ・ワンギーソン(EVG)染色を行った。それぞれの染色の結果を
図10a及び10bに示す。黒ニンジン抽出物は、肝細胞障害および肝線維化を著しく改善できることが確認できた。
【0054】
以上のことから、黒ニンジン抽出物は、アルコール性肝疾患の予防及び治療効果を有することが分かった。また、そのメカニズムとしては、cAMP-PKA経路を介したアルコール代謝関連酵素の調節が関与していることが示唆された。
【配列表】