(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】ジアリールエテン化合物
(51)【国際特許分類】
C07F 7/08 20060101AFI20231011BHJP
G01K 11/18 20060101ALI20231011BHJP
G02B 5/23 20060101ALI20231011BHJP
【FI】
C07F7/08 W CSP
G01K11/18
G02B5/23
(21)【出願番号】P 2018535728
(86)(22)【出願日】2017-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2017030075
(87)【国際公開番号】W WO2018038145
(87)【国際公開日】2018-03-01
【審査請求日】2020-07-27
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2016165105
(32)【優先日】2016-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度科学技術振興機構 研究成果展開事業 マッチングプランナー プログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】小畠 誠也
【合議体】
【審判長】瀬良 聡機
【審判官】野田 定文
【審判官】齊藤 真由美
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-15552(JP,A)
【文献】国際公開第2007/105699(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される、ジアリールエテン化合物。
【化1】
[式(1)中、環Aは、5員環構造または6員環構造を示しており、
Xは、S、NR
7、またはOであり、R
7は、水素原子またはアルキル基であり、
Y
1及びY
2は、それぞれ独立に、CまたはNであり、
3つのR
1は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、
3つのR
2は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、
R
3は、Y
1がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
4と互いに結合して環構造を形成しており、Y
1がNである場合には、電子対であり、
R
5は、Y
2がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
6と互いに結合して環構造を形成しており、Y
2がNである場合には、電子対であり、
R
4は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
3と互いに結合して環構造を形成しており、
R
6は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
5と互いに結合して環構造を形成している。]
【請求項2】
前記環Aが、5員環構造であり、
前記Xは、Sであり、
前記Y
1及びY
2が、それぞれ、Cであり、
前記R
3及びR
4は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、前記R
3とR
4とが互いに結合して6員環構造を形成しており、
前記R
5及びR
6は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、前記R
5とR
6とが互いに結合して6員環構造を形成している、請求項1に記載のジアリールエテン化合物。
【請求項3】
下記一般式(1A)で表される、請求項2に記載のジアリールエテン化合物。
【化2】
[式(1A)中、6つのZは、それぞれ独立に、水素原子またはフッ素原子であり、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、及びR
6は、それぞれ、請求項2と同じである。]
【請求項4】
下記一般式(1B)で表される、請求項3に記載のジアリールエテン化合物。
【化3】
[式(1B)中、Z、R
1、R
2、R
3、及びR
5は、それぞれ、請求項3と同じである。]
【請求項5】
下記式で表される、ジアリールエテン化合物。
【化4】
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載のジアリールエテン化合物を含む、フォトクロミック材料。
【請求項7】
請求項6に記載のフォトクロミック材料を含む、光機能素子。
【請求項8】
請求項6に記載のフォトクロミック材料を含む、温度センサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なジアリールエテン化合物に関する。さらに、本発明は、当該ジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料、当該フォトクロミック材料を含む光機能素子、温度センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
冷凍技術や冷蔵技術の発達により、食品や医薬品などの物品が長期間にわたり、品質や安全性を保つことができるようになった。また、低温輸送技術の発達と普及により、市場にも様々な冷凍食品や冷蔵食品が出回るようになってきている。このため、流通過程や貯蔵過程における物品の温度管理が重要になる。例えば、物品が食品である場合、停電などの不慮の出来事で、所定の温度に管理ができなくなると、食品に細菌が繁殖し、腐敗・変質などの原因となる。また、物品が国際的に流通されるようになっている現在、食品物流業界では、赤道下の船舶輸送時における商品の温度管理(安全性)が問題となっている。
【0003】
物品が一度でも管理温度以上の条件下に曝されたか否かは、物品を見ただけでは容易に判別し難いことがある。このため、低温保存食品などの個々の物品に、温度インジケータや感温色材などを貼付する物品の温度管理が試みられている。温度インジケータや感温色材は、物品が管理温度以上の条件下に曝されたときに変色し、その変色状態がその後長期間にわたって保持されること、すなわちその変色が不可逆型であることが望ましい。
【0004】
温度インジケータや感温色材としては、様々な材料や応用技術が提案されている。例えば、特許文献1では、発色剤層、検温剤層および顕色剤層を備えた、低温で不可逆に変色(「着色」または「発色」ともいう)する温度履歴表示体が提案されている。また、例えば、特許文献2では、支持体上に染料前駆体および、該染料前駆体と加熱時反応して着色体を形成する顕色剤を主成分として含有する感熱記録層、顔料とバインダーを主成分とする浸透層、融点が0℃以上の感温物質を内包したマイクロカプセル含有層、保護層を順次積層した示温ラベルが提案されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1および2に記載の温度履歴表示体や示温ラベルは、特定の融点を有する検温剤や感温物質を用いているために、温度履歴表示体や示温ラベルの製造後、使用状態に至るまでの輸送・保管時に、所定の温度以下に保つことが必要である。また、材料が不可逆型であるために、それが一旦変色すると、使用できなくなる。このため、これらの材料は、温度変化機構を作動可能にするスイッチオン機構を備えていることが望ましい。
【0006】
このようなスイッチオン機構を備えた材料(温度履歴表示材)として、紫外光照射により着色し、温度履歴がスタートするフォトクロミック化合物(フォトクロミック材料)を利用したものがある。例えば、特許文献3には、着色状態によって、従来の10倍の感度で温度を感知し、不可逆的に消色するフォトクロミック材料が開示されている。しかしながら、フォトクロミック材料にこのような機能を発現させるためには、トリフルオロメタンスルホン酸のような強い酸を必要とする。また、固体状態で所定の機能を発現させるためには、均一に酸を添加する必要があり、この酸の添加は、製造工程上、大きな問題となる。
【0007】
また、本発明者は、非特許文献1に記載された化合物が、温度変化や、紫外光または可視光照射によって、可逆的に変色することを見出している。しかしながら、当該化合物では、例えば物品の表面に当該化合物が露出した状態で紫外光を照射して、温度センサーとして使用を開始する場合に、紫外光照射によって着色した色は、物品の保管環境下において、可視光が照射された場合にも、温度が高温になった場合にも、消失する。このため、可視光が照射される環境下においては、当該化合物は利用できないという問題がある。
【0008】
さらに、本発明者は、紫外光が照射されて着色された後、着色状態が可視光下で極めて安定であり、さらに、加熱により不可逆的により消失する化合物を見出している(特許文献4)。しかしながら、特許文献4に記載された化合物では、着色された化合物の半減期は、30℃で30時間程度が最大であり、例えば室温よりも低温下での温度変化が生じた場合には、ほとんど着色が消失しない。このため、この化合物では、例えば室温以下という低温下での温度センサーとして使用することは困難である。なお、非特許文献1の化合物についても、室温よりも低温下での温度変化が生じた場合には、ほとんど着色が消失しないため、前述の問題に加えて、低温下で使用しにくいという問題も有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平10-287863号公報
【文献】特開2004-184920号公報
【文献】国際公開WO2007/105699号
【文献】特開2014-15552号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Seiya Kobatake, Hiroyuki Imagawa, Hidenori Nakatani, and Seiichiro Nakashima, “New J.Chem., 2009, 33, 1362-1367”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述の通り、従来のフォトクロミック材料は、温度履歴表示材となる従来の可視光下においてもわずかに消色(「退色」ともいう)するという問題があり、可視光下でのさらなる安定性が必要であるという課題がある。また、本発明者は、このような課題を解決したフォトクロミック材料として、特許文献4に記載された化合物を提案しているが、当該化合物では、例えば室温よりも低温下での温度変化が生じた場合には、ほとんど着色が消失せず、低温下での温度センサーとして使用することは困難という課題がある。さらに、機能を発現させるために酸添加を必要としない化合物の開発が望まれる。
【0012】
このような状況下、本発明は、着色現象の発現に酸などの付加成分が不要であって、スイッチング機能(紫外光照射による着色)、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を好適に発揮することができるジアリールエテン化合物を提供することを主な目的とする。さらに本発明は、当該ジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料、当該フォトクロミック材料を含む光機能素子、温度センサーなどを提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、下記一般式(1)で表される、ジアリールエテン化合物は、着色現象の発現に酸などの付加成分が不要であって、スイッチング機能(紫外光照射による着色)、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を好適に発揮することを見出した。
【0014】
【0015】
式(1)中、環Aは、5員環構造または6員環構造を示しており、Xは、S、NR7、またはOであり、R7は、水素原子またはアルキル基であり、Y1及びY2は、それぞれ独立に、CまたはNであり、3つのR1は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、3つのR2は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、R3は、Y1がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR4と互いに結合して環構造を形成しており、Y1がNである場合には、電子対であり、R5は、Y2がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR6と互いに結合して環構造を形成しており、Y2がNである場合には、電子対であり、R4は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR3と互いに結合して環構造を形成しており、R6は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR5と互いに結合して環構造を形成している。
【0016】
本発明は、このような知見に基づいて、さらに検討を重ねることにより完成したものである。
【0017】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 下記一般式(1)で表される、ジアリールエテン化合物。
【化2】
[式(1)中、環Aは、5員環構造または6員環構造を示しており、
Xは、S、NR
7、またはOであり、R
7は、水素原子またはアルキル基であり、
Y
1及びY
2は、それぞれ独立に、CまたはNであり、
3つのR
1は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、
3つのR
2は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であり、
R
3は、Y
1がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
4と互いに結合して環構造を形成しており、Y
1がNである場合には、電子対であり、
R
5は、Y
2がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
6と互いに結合して環構造を形成しており、Y
2がNである場合には、電子対であり、
R
4は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
3と互いに結合して環構造を形成しており、
R
6は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR
5と互いに結合して環構造を形成している。]
項2. 前記環Aが、5員環構造であり、
前記Xは、Sであり、
前記Y
1及びY
2が、それぞれ、Cであり、
前記R
3及びR
4は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、前記R
3とR
4とが互いに結合して6員環構造を形成しており、
前記R
5及びR
6は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、前記R
5とR
6とが互いに結合して6員環構造を形成している、項1に記載のジアリールエテン化合物。
項3. 下記一般式(1A)で表される、項2に記載のジアリールエテン化合物。
【化3】
[式(1A)中、6つのZは、それぞれ独立に、水素原子またはフッ素原子であり、R
1、R
2、R
3、R
4、R
5、及びR
6は、それぞれ、項2と同じである。]
項4. 下記一般式(1B)で表される、項3に記載のジアリールエテン化合物。
【化4】
[式(1B)中、Z、R
1、R
2、R
3、及びR
5は、それぞれ、項3と同じである。]
項5. 下記式で表される、ジアリールエテン化合物。
【化5】
項6. 項1~5のいずれかに記載のジアリールエテン化合物を含む、フォトクロミック材料。
項7. 項6に記載のフォトクロミック材料を含む、光機能素子。
項8. 項6に記載のフォトクロミック材料を含む、温度センサー。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、着色現象の発現に酸などの付加成分が不要であって、スイッチング機能(紫外光照射による着色)、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下、さらには0℃以下、-20℃以下、-30℃以下など)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を好適に発揮する新規なジアリールエテン化合物を提供することができる。また、本発明によれば、該ジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料、当該フォトクロミック材料を含む光機能素子、温度センサーなどを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】光スイッチング機能を有する温度管理識別ラベルの概念図である。
【
図2】実施例1のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、各温度で放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間(分)との関係を示すグラフである。
【
図3】実施例2のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、各温度で放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間(分)との関係を示すグラフである。
【
図4】実施例1のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、温度-40℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(破線)、及び温度-40℃で2時間放置し、次に温度-20℃で1時間放置し、さらに温度-40℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(実線)を示すグラフである。
【
図5】実施例2のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、温度-50℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(破線)、温度-50℃で2時間放置し、次に温度-40℃で1時間放置し、さらに温度-50℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(上側の実線)、及び温度-50℃で2時間放置し、次に温度-30℃で1時間放置し、さらに温度-50℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(下側の実線)を示すグラフである。
【
図6】比較例6のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、温度10℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(破線)、及び温度10℃で2時間放置し、次に温度30℃で1時間放置し、さらに温度10℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(実線)を示すグラフである。
【
図7】比較例9のジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液に、紫外光を照射して着色させ、温度-10℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(破線)、及び温度-10℃で2時間放置し、次に温度10℃で1時間放置し、さらに温度-10℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(実線)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のジアリールエテン化合物は、下記一般式(1)で表される化学構造を備えている。
【0021】
【0022】
ここで、環Aは、5員環構造または6員環構造を示している。本発明のジアリールエテン化合物において、紫外光照射による着色、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能は、基SiR1
3と基SiR2
3が結合した部位同士の反応性の影響を強く受ける一方、環Aの構造の影響はそれほど大きくない。このため、立体構造的には、環Aは、5員環構造及び6員環構造いずれでもよいが、好ましくは5員環構造が挙げられる。
【0023】
また、式(1)において、基Xは、S(硫黄原子)、NR7、またはO(酸素原子)である。基NR7において、基R7は、水素原子またはアルキル基である。基Xとして、これらの中でも、Sが好ましい。
【0024】
また、基Y1及び基Y2は、それぞれ独立に、C(炭素原子)またはN(窒素原子)であり、好ましくはCである。
【0025】
紫外光照射による着色、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を効果的に発揮する観点からは、基SiR1
3の3つのR1は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であることが好ましく、炭素数が1~5のアルキル基またはフェニル基であることがより好ましい。同様の観点から、基SiR2
3の3つのR2は、それぞれ独立に、アルキル基または芳香族基であることが好ましく、炭素数が1~5のアルキル基またはフェニル基であることがより好ましい。基SiR1
3及び基SiR2
3の具体例としては、それぞれ独立に、基Si(CH3)3、基Si(CH2CH3)3、基Si(CH(CH3)2)3、基SiC(CH3)3(CH3)(CH3)、基SiC(CH3)3(Ph)(Ph)等が挙げられる。
【0026】
基R3は、基Y1がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいは基R4と互いに結合して環構造を形成している。また、基Y1がNである場合には、R3は、電子対である。基R3は、基Y1がCであり、水素原子またはアルキル基であることが好ましく、水素原子または炭素数が1~3のアルキル基であることがより好ましい。
【0027】
基R5は、基Y2がCである場合には、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいは基R6と互いに結合して環構造を形成している。また、基Y2がNである場合には、R5は、電子対である。基R5は、基Y2がCであり、水素原子またはアルキル基であることが好ましく、水素原子または炭素数が1~3のアルキル基であることがより好ましい。
【0028】
なお、基R3及び基R5のフェニル基、アルキル基、アルコキシ基は、それぞれ、置換基を有していてもよい。当該置換基としては、特に制限されないが、例えばシアノ基、アルキル基、アルコキシ基、クロロ基、ブロモ基などが挙げられる。
【0029】
基R4は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR3と互いに結合して環構造を形成しており、好ましくは水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基が挙げられる。基R6は、水素原子、フェニル基、アルキル基、アルコキシ基、またはシアノ基、あるいはR5と互いに結合して環構造を形成しており、好ましくは水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基が挙げられる。これらの中でも、基R4及び基R6は、それぞれ、フェニル基であることが特に好ましい。なお、基R4及び基R6のフェニル基、アルキル基、アルコキシ基は、それぞれ、置換基を有していてもよい。当該置換基としては、特に制限されないが、例えばシアノ基、アルキル基、アルコキシ基、クロロ基、ブロモ基などが挙げられる。
【0030】
環Aの好ましい構造としては、例えば、次のような一般式で表される構造が挙げられる。
【0031】
【0032】
これらの構造において、6つの基Zは、同一または異なって、それぞれ水素原子またはフッ素原子であり、可視光下における安定性に優れることから、好ましくはフッ素原子である。6つの基Zは、全てフッ素原子または水素原子であることが好ましい。また、基Rc、基Rd及び基Reとしては、それぞれ独立に、置換基を有していてもよいフェニル基、アルキル基が挙げられ、好ましくは置換基を有していてもよい炭素数が1~5のアルキル基が挙げられる。基Rc、基Rd及び基Reの当該置換基としては、特に制限されないが、それぞれ独立に、好ましくはシアノ基、アルキル基、アルコキシ基、クロロ基、ブロモ基などが挙げられる。
【0033】
紫外光照射による着色、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を効果的に発揮する観点からは、一般式(1)において、基Xは、S(硫黄原子)であることが好ましい。同様の観点から、基Y1及び基Y2が、それぞれ、C(炭素原子)であることが好ましい。また、基R3及び基R4は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、基R3と基R4とが互いに結合して6員環構造を形成していることが好ましい。さらに、基R5及び基R6は、それぞれ独立に、水素原子、フェニル基、または炭素数が1~5のアルキル基であるか、基R5と基R6とが互いに結合して6員環構造を形成していることが好ましい。基R3及び基R4は、それぞれ独立に、水素原子または炭素数が1~5のアルキル基であることが好ましい。また、基R4及び基R6は、それぞれ、フェニル基であることが特に好ましい。
【0034】
基R3及び基R4が互いに結合した6員環構造、基R5及び基R6が互いに結合した6員環構造としては、特に制限されないが、上記の機能を効果的に発揮する観点からは、好ましくはベンゼン環骨格が挙げられる。
【0035】
紫外光照射による着色、着色状態の可視光下での優れた安定性、さらに、低温環境下(例えば室温以下)での温度上昇による再生不可能な消色という機能を効果的に発揮する観点からは、本発明のジアリールエテン化合物は、好ましくは下記一般式(1A)で表される構造を備えていることが好ましい。
【0036】
【0037】
一般式(1A)において、6つの基Zは、それぞれ独立に、水素原子またはフッ素原子である。また、基R1、基R2、基R3、基R4、基R5、及び基R6については、前述の一般式(1)で例示したものと同じものが挙げられる。一般式(1A)においては、基R3及び基R5は、それぞれ独立に、水素原子または炭素数が1~5のアルキル基であることが好ましい。基R4及び基R5は、それぞれフェニル基であることが好ましい。また、基R3と基R4とが互いに結合してベンゼン環を構成していてもよい。同様に、基R5と基R6とが互いに結合してベンゼン環を構成していてもよい。一般式(1A)において、可視光下における安定性に優れることから、6つZが全てフッ素原子であることが特に好ましい。
【0038】
さらに具体的には、上記の機能を効果的に発揮する観点から、本発明のジアリールエテン化合物は、好ましくは下記一般式(1B)で表される構造を備えていることがより好ましい。
【0039】
【0040】
一般式(1B)において、6つの基Z、基R1、基R2、及び基R3については、前述の一般式(1)で例示したものと同じものが挙げられ、一般式(1A)で例示したものと同じものが好ましい。これらの中でも、特に6つZが全てフッ素原子または水素原子であり、基R3及び基R5は独立に水素原子またはメチル基であり、基SiR1
3及び基SiR2
3が、それぞれ独立に、基Si(CH3)3、基Si(CH2CH3)3、基Si(CH(CH3)2)3、基SiC(CH3)3(CH3)(CH3)、または基SiC(CH3)3(Ph)(Ph)であるものが好ましい。一般式(1B)において、可視光下における安定性に優れることから、6つZが全てフッ素原子であることが特に好ましい。
【0041】
一般式(1)で表されるジアリールエテン化合物の中でも、上記の機能を効果的に発揮する観点から、下記式で表される構造を備えるものが特に好ましい。
【0042】
【0043】
一般式(1)で表されるジアリールエテン化合物の製造方法としては、特に制限されず、公知の製造方法を採用することができる。例えば、まず、非特許文献1に記載の製造方法と同様にして、一般式(1)で表されるジアリールエテン化合物の前駆体(1’)を製造する。次に、5員環骨格(チオフェン)中のS(硫黄原子)を酸化して、基SO2(スルホニル基)に変換することにより、一般式(1)で表される化合物を製造することができる。
【0044】
【0045】
ジアリールエテン化合物の前駆体(1’)の5員環骨格中のSを酸化して、基SO2に変換する方法としては、特に制限されず、例えば、ジアリールエテン化合物の前駆体(1’)を、m-クロロ過安息香酸などの過酸で酸化する方法などが挙げられる。
【0046】
なお、本発明のジアリールエテン化合物の製造において、出発原料、それらの使用量や割合、温度、時間、圧力、雰囲気、および溶媒の種類や使用量などの反応条件は、製造するジアリールエテン化合物の構造に応じて適宜設定すればよい。また、製造された化合物が所望のジアリールエテン化合物(1)であることは、例えば実施例に示すように、核磁気共鳴スペクトル法(NMR)、質量分析法などの一般的な有機分析手法により確認することができる。
【0047】
本発明のジアリールエテン化合物は、例えば、下記の式で表されるように、紫外光照射により、基SiR1
3及び基SiR2
3が結合している2つのチオフェン環同士が環を形成(閉環)し、着色する(スイッチング機能)。この着色は、可視光下や、所定の温度(Δ)未満では安定であるが、この所定の温度(Δ)以上の条件に曝される(加熱される)ことにより、副生成物に分解されるため、消色(退色)する。この消色(退色)状態は、紫外光や可視光下で安定であり、着色から消色は不可逆的である。
【0048】
【0049】
紫外光照射により、本発明のジアリールエテン化合物が環構造を形成して、上記一般式(2)で示される化合物となった後、副生成物に分解される際の温度は、基SiR1
3及び基SiR2
3の種類による影響を受ける。例えば、基SiR1
3及び基SiR2
3の基R1及び基R2が大きい程、一般式(2)で示される化合物が熱的に不安定となるため、より低温で分解されて、消色する。すなわち、本発明のジアリールエテン化合物においては、基SiR1
3及び基SiR2
3の基R1及び基R2の種類を調整することによって、所望の温度で着色を消色させることができる。
【0050】
このように、本発明のジアリールエテン化合物を温度センサーに利用する際には、作動温度(機能温度)を変化させることができる。本発明のジアリールエテン化合物は、所望の作動温度を設定し得るP型のフォトクロミズムの性能を有することから、本発明は、ジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料を提供することができる。
【0051】
本発明のジアリールエテン化合物の作動温度域としては、特に制限されないが、好ましくは室温(25℃)以下、より好ましくは0℃以下、さらに好ましくは-30℃~-10℃程度が挙げられる。すなわち、本発明のジアリールエテン化合物は、紫外光照射によって着色された後、このような温度域において、昇温によって消色させることができる。
【0052】
本発明のジアリールエテン化合物を物品の表面に配置することにより、温度センサーなどとして好適に使用することができる。ジアリールエテン化合物を物品の表面に配置する方法としては、特に制限されず、例えば、基材の上にジアリールエテン化合物の塗膜を形成した構成とすることができる。なお、基材としては、特に制限されず、紙、布、プラスチック、金属、金属酸化物などが挙げられる。
【0053】
また、本発明によれば、上記のフォトクロミック材料を含む、光機能素子を提供することができる。例えば、
図1に示すように、本発明のジアリールエテン化合物を含む温度センサー及び公知の温度センサーから選択される、様々な温度で感知できる温度センサーを組み合わせることによって、温度上昇を手軽に管理できる。
図1は、基板上にそれぞれ異なる温度で感知する3つの温度センサーが設けられた温度センサーユニットを示しており、スイッチング前の状態(左図)から、紫外光の照射により各温度センサーが着色して温度管理が開始され(中央図)、加熱により一部の温度センサーが消色して温度経過(履歴)が一目で識別できる(右図)。
【0054】
また、本発明のジアリールエテン化合物は、温度センサー以外にも多くの用途が考えられる。例えば、特許第3964231号公報に記載の応用例、すなわち、光スイッチング素子、光メモリ素子、光記録媒体などが挙げられる。光スイッチング素子に使用する場合、例えば、本発明のジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料を用いて、薄膜を形成し、これを用いて光スイッチング素子を作製する。該フォトクロミック材料の大きな屈折率変化を利用することにより、素子の小型化が可能になるため好ましい。
【0055】
また、光メモリ素子に使用する場合、例えば、本発明のジアリールエテン化合物を含むフォトクロミック材料を用いて薄膜を形成し、これを記録層として光メモリ素子を作製する。記録層へのフォトンモード記録により、記録密度の大幅な向上が可能となるため好ましく、また多光子吸収反応を利用することにより、三次元的な記録も可能となるため、記録容量の向上が可能となりさらに好ましい。
【0056】
上記の薄膜は、その用途(目的)により組み合わせる材料や条件を適宜選択、設定することにより基板上に形成することができる。基板は、使用する光に対し透明でも不透明であってもよく、当該技術分野で通常使用されているものから適宜選択される。基板の具体的な材質としては、例えば、ガラス、プラスチック、紙、板状または箔状のアルミニウムなどの金属が挙げられるが、これらの中でも、プラスチックが種々の点から好適である。プラスチックとしては、例えば、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル樹脂、ニトロセルロース、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリサルホン樹脂などが挙げられる。
【0057】
より具体的には、薄膜は、本発明のジアリールエテン化合物を、必要に応じバインダー樹脂と共に適当な溶媒に溶解し、ドクターブレード法、キャスト法、スピナー法、浸漬法などの公知の方法により基板上に塗布し、適宜乾燥することにより形成することができる。その膜厚は、通常、2nm~50μm、好ましくは10nm~30μmである。
【0058】
バインダー樹脂としては、フェノール樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリ(メタ)アクリル酸メチルなどの(メタ)アクリル系樹脂などが挙げられる。バインダー樹脂は、一般的にジアリールエテン構造の濃度低下をもたらすため、使用しないのが最も好ましいが、使用する場合には、重量比で、本発明のジアリールエテン化合物と同量以下、より好ましくは半量以下である。また、溶媒としては、例えば、ヘキサン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、メチルエチルケトン、エチルアセテートなどが挙げられる。
【0059】
薄膜中における本発明のジアリールエテン化合物(1)の含有量は、特に限定されないが、その用途および吸光度や発光の強度などを考慮して適宜設定すればよい。薄膜が光記録媒体の記録層である場合には、基板の片面だけでなく両面に設けてもよい。また、記録層上には、耐候性を向上させる目的で保護膜を設けてもよい。
【実施例】
【0060】
以下の実施例において本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。なお、ジアリールエテン化合物の同定には、以下の1HNMR及び質量分析法を用いた。
【0061】
(1H NMR、13C NMR)
核磁気共鳴スペクトル装置(ブルカーバイオスピン株式会社(Bruker BioSpin K.K.)製、型式:AV-300N)を用いて、中間化合物及びジアリールエテン化合物を同定した。溶媒として重クロロホルム、基準物質としてテトラメチルシラン(TMS)を用いた。
【0062】
(質量分析法)
質量分析装置はブルカーバイオスピン株式会社(Bruker BioSpin K. K.)製、型式:FT-ICR/solariX(MALDI)あるいは日本電子株式会社製、型式:JMS-700/700S(FAB)を用いて、中間化合物及びジアリールエテン化合物を同定した。イオン化には3-ニトロベンジルアルコールをマトリックスに用いて行った。
【0063】
(実施例1)
非特許文献1に記載された方法により、下記化学式で表されるジアリールエテン化合物を合成した。
【0064】
【0065】
次に、当該化合物の一方のチオフェン骨格のSを、次の条件で酸化してスルホニル基に変換し、下記一般式で表される実施例1のジアリールエテン化合物を合成した。まず、上記化学式で表されるジアリールエテン化合物(75mg、0.12mmol)をフラスコに入れ、ジクロロメタン(3mL)を加えて溶解させた。次に、フラスコ内に、m-クロロ過安息香酸(m-CPBA)(70mg、0.29mmol)を加えて、終夜攪拌した。次に、炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて中和し、ジクロロメタンで抽出・塩析を行い、さらに硫酸マグネシウムで乾燥させた後、ろ過して溶媒を留去した。次に、シリカゲルクロマトグラフィー法(展開液は、n-ヘキサン:酢酸エチル=85:15)で精製し、さらにHPLC(展開溶媒は、n-ヘキサン:酢酸エチル=95:5)で精製して、収量9.4mg、収率12%で、下記式で表されるジアリールエテン化合物を単離した。
【0066】
【0067】
実施例1で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.25(s,9H),0.34(s,9H),6.72(s,1H),7.2-7.2(m,11H).
【0068】
(実施例2)
以下の手順により、下記式で表されるジアリールエテン化合物を合成した。
【0069】
【0070】
3-ブロモ-2-トリエチルシリル-5-フェニルチオフェン(化合物(22))の合成
【0071】
【0072】
アルゴン雰囲気にした四つ口フラスコにジイソプロピルアミン2.8mL(20mmol)を入れ、無水THF 100mLに溶かした。?30℃で1.6M n-BuLiヘキサン溶液9.8mL(16mmol)をゆっくり滴下して1時間撹拌した。?78 ℃で化合物(21)を3.0g(13mmol)無水THFに溶かした溶液を一気に滴下して2時間撹拌した後、クロロトリエチルシラン2.7mL(16mmol)を無水THFに溶かした溶液をゆっくり滴下して30分撹拌した。室温に戻して終夜攪拌し、水でクエンチ後、THFを留去し、エーテルで抽出、塩析を行い、硫酸マグネシウムで乾燥させ、ろ過して溶媒を留去した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン,Rf=0.75)で精製した。
収量4.1g、収率93%
1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.92-1.05(m,15H,CH2CH3),7.30-7.40(m,4H,Aromatic),7.55-7.59(m,2H,Aromatic). 13C NMR(75MHz,CDCl3)δ=3.91,7.55,117.96,125.83,128.23,128.41,129.08,131.56,133.35,149.63. HR-MS(MALDI)m/z=352.0311(M+). Calcd for C16H21BrSSi+=352.0311.
【0073】
1-(2-トリエチルシリル-5-フェニル-3-チエニル)ヘプタフルオロシクロペンテン(化合物(23))の合成
【0074】
【0075】
アルゴン雰囲気にした四つ口フラスコに化合物(22)を3.4g(9.6 mmol)入れ、無水エーテル30mLに溶かした。-78℃で1.6M n-BuLiヘキサン溶液6.6mL(11mmol)をゆっくり滴下して1.5時間撹拌した後、オクタフルオロシクロペンテン1.9mL(14mmol)を無水エーテルに溶かした溶液を一気に滴下して2時間撹拌した。室温に戻して水でクエンチし、中和してエーテルで抽出、塩析を行い、硫酸マグネシウムで乾燥させた後、ろ過して溶媒を留去した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン)で精製した(Rf=0.75)。
収量3.0g、収率67%
1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.82(q,J=7.6Hz,6H,CH2),0.98(t,J=7.6Hz,9H,CH3),7.30-7.43(m,4H,Aromatic),7.61-7.63(m,2H,Aromatic). 13C NMR(75MHz,CDCl3)δ=4.09,7.25,125.05,126.22,128.49,128.68,129.19,133.15,140.56,150.91. HR-MS(MALDI)m/z=466.1018(M+). Calcd for C21H21F7SSi+=466.1016.
【0076】
1,2-ビス(2-トリエチルシリル-5-フェニル-3-チエニル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(24))の合成
【0077】
【0078】
アルゴン雰囲気にした四つ口フラスコに化合物(22)を980mg(2.8mmol)入れ、無水エーテル10mLに溶かした。-78℃で1.6M n-BuLiヘキサン溶液1.9mL(3.1mmol)をゆっくり滴下して2時間撹拌した後、化合物(23)を1.3g(2.8mmol)
無水エーテルに溶かした溶液をゆっくり滴下して2時間撹拌した。室温に戻して終夜攪拌後、水でクエンチし、中和してエーテルで抽出、塩析を行い、硫酸マグネシウムで乾燥させた後、ろ過して溶媒を留去した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン,Rf=0.50)で精製した。その後、再結晶で精製した。
収量 380 mg、収率 19 %
1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.53(q,J=7.8Hz,12H,CH2),0.82(t,J=7.8Hz,18H,CH3),7.29-7.43(m,8H,Aromatic),7.56-7.59(m,4H,Aromatic). 13C NMR(75MHz,CDCl3)δ=3.85,7.35,126.16,126.89,128.30,129.15,133.42,134.03,139.53,150.20. HR-MS(MALDI)m/z=720.2168(M+). Calcd for C37H42F6S2Si2
+=720.2165.
【0079】
1-(2-トリエチルシリル-5-フェニル-1,1-ジオキシド-3-チエニル)-2-(2-トリエチルシリル-5-フェニル-3-チエニル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(25))の合成
【0080】
【0081】
フラスコに化合物(24)を350mg(0.49mmol)入れ、ジクロロメタン3.0mLに溶かした。可視光を十分に当ててからm-CPBA(70wt%)300mg(1.2mmol)を加えて終夜撹拌した。中和してジクロロメタンで抽出、塩析を行い、硫酸マグネシウムで乾燥させた後、ろ過して溶媒を留去した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン:酢酸エチル = 9:1,Rf=0.35)で精製した。その後、HPLC(n-ヘキサン:酢酸エチル=98:2)で精製した。
収量170mg、収率48%
1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.67-0.98(m, 30H,CH2CH3),6.76(s,1H,Aromatic),7.31-7.41(m,4H,Aromatic),7.44-7.46(m, 3H,Aromatic),7.53-7.57(m,2H,Aromatic),7.70-7.73(m,2H,Aromatic). 13C NMR(75MHz,CDCl3)δ=2.77,4.58,7.08,7.39,121.65,126.28,126.58,126.64,127.07,128.64,129.23,129.46,131.10,132.37,132.88,137.09,140.24,145.12,147.40,151.09. HR-MS(MALDI)m/z=752.2065(M+). Calcd for C37H42F6O2S2Si2
+=752.2063.
【0082】
(比較例1-9)
特許文献4に記載の方法により、下表1に示される構造を備える比較例1-9のジアリールエテン化合物を合成した。
【0083】
比較例1で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=1.13(d,J=7.1Hz,6H,CH3),1.25(d,J=6.8Hz,6H,CH3),2.72-2.95(m,2H,CH),6.79(s,1H,Aromatic),7.15(s,1H,Aromatic),7.30-7.47(m,6H,Aromatic),7.53-7.57(m,2H,Aromatic),7.65-7.71(m,2H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=609.1332([M+H]+). Calcd for C31H27F6O2S2=609.1357(M+H).
【0084】
比較例2で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.88-1.89(m,20H,CH2),2.31-2.51(m,2H,CH),6.85(s,1H,Aromatic),7.19(t,J=1.3Hz,1H,Aromatic),7.29-7.49(m,4H,Aromatic),7.53-7.57(m,2H,Aromatic),7.68-7.72(m,2H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=689.1984([M+H]+). Calcd for C37H35F6O2S2=689.1983.
【0085】
比較例3で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.67-1.28(m,12H,CH3),1.45-1.88(m,4H,CH2),2.39-2.60(m,2H,CH),6.86-6.89(m,1H,Aromatic),7.18(s,1H,Aromatic),7.30-7.49(m,6H,Aromatic),7.55-7.60(m,2H,Aromatic),7.69-7.73(m, 2H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=637.1678([M+H]+). Calcd for C33H31F6O2S2=637.1670.
【0086】
比較例4で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.68-1.54(m,20H,alkyl),2.50-2.68(m,2H,CH),7.86-7.88(m,1H,Aromatic),7.16-7.18(m,1H,Aromatic),7.30-7.48(m,6H,Aromatic),7.55-7.58(m,2H,Aromatic),7.68-7.74(m,2H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=665.1990([M+H]+). Calcd for C35H35F6O2S2=665.1983.
【0087】
比較例5で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.64-0.75(m,12H,CH3),1.01-1.74(m,12H,CH2),2.24-2.47(m,2H,CH),6.93(s,1H,Aromatic),7.21(t,J=1.5Hz,1H,Aromatic),7.29-7.51(m,6H,Aromatic),7.55-7.59(m,2H,Aromatic),7.71-7.77(m,2H,Aromatic).
【0088】
比較例6で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.63-1.61(m,28H),2.34-2.56(m,2H,CH),6.91(s,1H,Aromatic),7.2-7.5(m,7H,Aromatic),7.5-7.6(m,2H,Aromatic),7.7-7.8(m,2H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=720.2524(M+). Calcd for C39H42F6O2S2=720.2530.
【0089】
比較例7で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=1.03-1.53(m,12H,CH3),1.86-2.16(m,6H,CH3),2.73-3.04(m,2H,CH),7.35-7.52(m,10H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=637.1672([M+H]+). Calcd for C33H31F6O2S2=637.1670.
【0090】
比較例8で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.44-0.93(m,12H,CH3),1.13-1.83(m,12H,CH2),2.14(d,J=4.8Hz,3H,CH3),2.23(d,J=5.5Hz,3H,CH3),2.26-2.35(m,1H,CH),2.43-2.49(m,1H,CH),7.34-7.61(m,10H,Aromatic).
【0091】
比較例9で得られた化合物の1H NMR(300MHz,CDCl3,TMS):δ=0.63-0.90(m,12H,CH3),1.14-1.74(m,16H,CH2),2.14(d,J=4.9Hz,3H,CH3),2.23(d,J=5.3Hz,3H,CH3),2.36-2.46(m,1H,CH),2.50-2.59(m,1H,CH),7.32-7.58(m,10H,Aromatic). HR-MS(FAB)m/z=748.2833(M+). Calcd for C41H46F6O2S2=748.2843.
【0092】
試験例1:可視光下での安定性評価
実施例1,2及び比較例1-9で得られた各ジアリールエテン化合物5mgを、ポリスチレン50mgと共に、それぞれ、トルエン10mLに溶解させた。得られた各溶液をシャーレに移し、ろ紙に浸漬し、室温(25℃)で2時間乾燥させた。これを室温及び可視光下で1日放置した。その結果、実施例1,2及び比較例1-9で得られたジアリールエテン化合物のいずれについても、ろ紙の塗膜部分に変化はなかった。
【0093】
次に、このろ紙を-10℃の低温下に置き、ろ紙の塗膜部分に、紫外光ランプ(アズワン株式会社製、型式:SLUV-4)を用いて、紫外光(波長365nm)を10秒間照射したところ、いずれのろ紙も紫色に着色した。次に、蛍光灯の可視光下(紫外光カット)にこれらのろ紙を置き、そのまま-10℃で放置すると、比較例1-9のろ紙では1時間以内に消色は認められなかった。一方、実施例1,2のろ紙では、可視光を照射しない場合の熱退色とほぼ同程度の速度で消色した。この結果から、実施例1,2及び比較例1-9で得られたジアリールエテン化合物のいずれを用いた場合についても、低温、可視光下での安定性が確かめられた。
【0094】
試験例2:1時間及び0.5時間半減期温度の測定
実施例1,2及び比較例1-9で得られた各ジアリールエテン化合物について、10時間、1時間、及び0.5時間半減期温度を測定して、温度センサーへの応用の可能性を検討した。-10℃~80℃において、各ジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(実施例1,2)またはトルエン溶液(比較例1-9)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して、その着色を確認した。なお、各ジアリールエテン化合物の濃度は、約10-5 mol/Lである。その温度のまま放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定し、各温度における速度定数を決定した。その速度定数をもとにして、アレニウスプロットすることにより、速度定数の温度依存性が求まり、10時間半減期温度、1時間半減期温度、及び0.5時間半減期温度を決定した。
【0095】
【0096】
【0097】
表1に示される結果から明らかな通り、実施例1のジアリールエテン化合物は、10時間半減期温度が-36℃、1時間半減期温度が-21℃、0.5時間半減期温度が-16℃と何れも低温であり、例えば0℃以下の低温での温度管理が必要な物品の温度センサーとして、好適に使用できることが分かる。また、実施例2のジアリールエテン化合物は、10時間半減期温度が-47℃、1時間半減期温度が-35℃、0.5時間半減期温度が-32℃と何れも低温であり、例えば0℃以下の低温、さらには-20℃以下又は-30℃以下の低温での温度管理が必要な物品の温度センサーとして、好適に使用できることが分かる。一方、比較例1~9のジアリールエテン化合物は、いずれも1時間及び0.5時間半減期温度が0℃を上回っており、0℃以下の低温での温度管理が必要な物品の温度センサーとして使用することは困難であることが分かる。
【0098】
試験例3:温度と退色度合の評価1
-20℃、-15℃、-10℃、-5℃、0℃、5℃、及び10℃の各温度下において、実施例1で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、各温度のまま放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定した。退色度合(A/A
0)と時間(分)との関係を示すグラフを
図2に示す。
【0099】
図2に示される結果から、実施例1で得られたジアリールエテン化合物は、-10℃程度の温度では、退色度合いは緩やかであるが、例えば0℃では10分間程度でも大きく退色することが分かる。この結果からも、実施例1で得られたジアリールエテン化合物は、0℃以下の低温での温度管理が必要な製品の温度センサーとして、好適に使用できることが分かる。
【0100】
また、-40℃、-30℃、-20℃、及び-10℃の各温度下において、実施例2で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、各温度のまま放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定した。退色度合(A/A
0)と時間(分)との関係を示すグラフを
図3に示す。
【0101】
図3に示される結果から、実施例2で得られたジアリールエテン化合物は、-40℃または-30℃程度の温度では、退色度合いは緩やかであるが、例えば-20℃では5分間程度でも大きく退色することが分かる。この結果からも、実施例2で得られたジアリールエテン化合物は、0℃以下の低温、さらには-20℃以下又は-30℃以下での温度管理が必要な製品の温度センサーとして、好適に使用できることが分かる。
【0102】
試験例4:温度と退色度合の評価2
-40℃下において、実施例1で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、1つの試料については、-40℃のまま10時間放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定し、温度-40℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図4の破線)を測定した。もう1つの着色させた試料については、-40℃のまま2時間放置し、次に温度-20℃で1時間放置し、さらに温度-40℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図4の実線)を測定した。
【0103】
図4に示される結果から、紫外光で着色した実施例1のジアリールエテン化合物を、-40℃で10時間放置した場合には、徐々に退色するのに対して、10時間のうち、1時間-20℃の環境に置いた場合には、大きく退色し、また、その退色が不可逆であるため、一時的に温度が上昇したことをジアリールエテン化合物の退色(消色)によって把握できることが分かる。
【0104】
また、-50℃下において、実施例2で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、1つの試料については、-50℃のまま10時間放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定し、温度-50℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図5の破線)を測定した。もう1つの着色させた試料については、-50℃のまま2時間放置し、次に温度-40℃で1時間放置し、さらに温度-50℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図5の上側の実線)を測定した。また、さらにもう1つの着色させた試料については、-50℃のまま2時間放置し、次に温度-30℃で1時間放置し、さらに温度-50℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図5の下側の実線)を測定した。
【0105】
図5に示される結果から、紫外光で着色した実施例1のジアリールエテン化合物を、-50℃で10時間放置した場合には、徐々に退色するのに対して、10時間のうち、1時間-40℃の環境に置いた場合には、やや退色し、さらに、1時間-30℃の環境に置いた場合には、大きく退色し、また、その退色が不可逆であるため、一時的に温度が上昇したことをジアリールエテン化合物の退色(消色)によって把握できることが分かる。
【0106】
一方、10℃下において、比較例6で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、1つの試料については、10℃のまま10時間放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定し、温度10℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図6の破線)を測定した。もう1つの着色させた試料については、10℃のまま2時間放置し、次に温度30℃で1時間放置し、さらに温度10℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図6の実線)を測定した。
【0107】
図6に示される結果から、紫外光で着色した比較例6のジアリールエテン化合物を、10℃で10時間放置した場合には、徐々に退色しており、10時間のうち、1時間30℃の環境に置いた場合には、大きく退色し、また、その退色は不可逆であったが、0℃以下という低温において、一時的に温度が上昇したことをジアリールエテン化合物の退色(消色)によって把握することはできないことが分かる。
【0108】
また、-10℃下において、比較例9で得られたジアリールエテン化合物のn-ヘキサン溶液(濃度:約10
-5 mol/L)を石英セルに入れ、熔封した後、紫外光(波長365nm)を照射して着色させた。次に、1つの試料については、-10℃のまま10時間放置して、経時的にセル中の色の変化を観察し、吸光光度計(日本分光株式会社製、型式:V-560)を用いて、吸収スペクトルを測定し、温度10℃で10時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図7の破線)を測定した。もう1つの着色させた試料については、-10℃のまま2時間放置し、次に温度10℃で1時間放置し、さらに温度-10℃で7時間放置した場合の退色度合(A/A
0)と時間の関係(
図7の実線)を測定した。
【0109】
図7に示される結果から、紫外光で着色した比較例7のジアリールエテン化合物を、-10℃で10時間放置した場合、比較的早く退色しており、10時間のうち、1時間10℃の環境に置いた場合には、大きく退色し、また、その退色は不可逆であったが、-10℃での退色が早いことから、0℃以下という低温において、一時的に温度が上昇したことをジアリールエテン化合物の退色(消色)によって把握することには適していないことが分かる。