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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-10
(45)【発行日】2023-10-18
(54)【発明の名称】希土類磁石の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 41/02 20060101AFI20231011BHJP
   H01F 1/057 20060101ALI20231011BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20231011BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20231011BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20231011BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20231011BHJP
【FI】
H01F41/02 G
H01F1/057 170
C23C14/34 J
C23C14/34 S
B22F3/24 K
B22F3/24 L
B22F3/00 F
C22C38/00 303D
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019171187
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021048347
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2021-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100207756
【弁理士】
【氏名又は名称】田口 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100129746
【弁理士】
【氏名又は名称】虎山 滋郎
(74)【代理人】
【識別番号】100135758
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 高志
(74)【代理人】
【識別番号】100154391
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康義
(72)【発明者】
【氏名】中村 元
(72)【発明者】
【氏名】廣田 晃一
(72)【発明者】
【氏名】大橋 徹也
【審査官】井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第106282948(CN,A)
【文献】特開2009-194262(JP,A)
【文献】特開2012-109369(JP,A)
【文献】特開2009-043776(JP,A)
【文献】特開2009-054754(JP,A)
【文献】特開2004-304038(JP,A)
【文献】特開2010-135529(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
H01F 1/057
C23C 14/34
B22F 3/24
B22F 3/00
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなり、第1の面及び前記第1の面の反対側の第2の面をそれぞれ有する複数の焼結体に、R膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりRまたはR及びMを前記焼結体に吸収させる粒界拡散工程を含む希土類磁石の製造方法であって、
前記複数の焼結体の第1の面が鉛直方向あるいは水平方向に平行な面に沿うように、治具を用いて前記複数の焼結体を並べて配置し、
前記粒界拡散工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた第一成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で成膜させる第1の成膜工程、前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた、前記第一成膜処理室に並設した第二成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第2の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で成膜させる第2の成膜工程、並びに前記第一成膜処理室及び前記第二成膜処理室の間で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体を水平方向又は鉛直方向に移動させる移動工程を含み、
前記治具がアルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、鉄、鉄合金、チタン、チタン合金、ニオブ、ニオブ合金、タングステン、タングステン合金、モリブデン及びモリブデン合金からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなり、
前記治具は、先端が尖鋭に成形された保持部に前記焼結体を挟持して保持するように構成されており、
前記焼結体の挟持方向の寸法における寸法公差幅に対して前記保持部の前記先端の弾性限度内での移動距離が2倍以上であることを特徴とする希土類磁石の製造方法。
【請求項2】
前記第一成膜処理室及び第二成膜処理室がそれぞれ複数室直列して配置され、前記複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜することを特徴とする請求項1に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項3】
-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなり、第1の面及び前記第1の面の反対側の第2の面をそれぞれ有する複数の焼結体に、R膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりRまたはR及びMを前記焼結体に吸収させる粒界拡散工程を含む希土類磁石の製造方法であって、
前記複数の焼結体の第1の面が鉛直方向あるいは水平方向に平行な面に沿うように、治具を用いて前記複数の焼結体を並べて配置し、
前記粒界拡散工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rを含むターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた両面成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面及び第2の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で同時に成膜させることを特徴とする希土類磁石の製造方法。
【請求項4】
前記両面成膜処理室が複数室直列して配置され、前記複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜することを特徴とする請求項3に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項5】
前記治具がアルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、鉄、鉄合金、チタン、チタン合金、ニオブ、ニオブ合金、タングステン、タングステン合金、モリブデン及びモリブデン合金からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなり、
前記治具は、先端が尖鋭に成形された保持部に前記焼結体を挟持して保持するように構成されており、
前記焼結体の挟持方向の寸法における寸法公差幅に対して前記保持部の前記先端の弾性限度内での移動距離が2倍以上であることを特徴とする請求項3又は4に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項6】
前記保持部の前記焼結体との接点及び接地用の電気的接続点以外の部位が有機物及びセラミックスから選ばれる1種又は2種以上の材料でコーティングされていることを特徴とする請求項1、2又は5に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項7】
前記粒界拡散工程は、前記第一成膜処理室及び前記第二成膜処理室の少なくとも1つの成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に準備室で前記複数の焼結体の雰囲気を真空とする雰囲気真空工程、前記成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前にベーキング処理室で前記複数の焼結体から吸着ガスを乖離させる吸着ガス乖離工程、前記成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に逆スパッタ室で前記複数の焼結体の表面を洗浄する表面洗浄工程、前記複数の焼結体の表面に前記膜を成膜させた後に熱処理室で前記複数の焼結体を熱処理する熱処理工程、冷却室で熱処理後の前記複数の焼結体を冷却する冷却工程、及び取り出し室で前記複数の焼結体を大気解放するために前記複数の焼結体の雰囲気を大気圧にする大気開放工程からなる群から選ばれる1種又は2種以上の工程を含み、
前記成膜処理室は、前記準備室、前記ベーキング処理室、前記逆スパッタ室、前記熱処理室、前記冷却室及び前記取り出し室からなる群から選ばれる1つ又は2つ以上の室と連続的に繋がっていることを特徴とする請求項1又は2に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項8】
前記粒界拡散工程は、前記両面成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に準備室で前記複数の焼結体の雰囲気を真空とする雰囲気真空工程、前記両面成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前にベーキング処理室で前記複数の焼結体から吸着ガスを乖離させる吸着ガス乖離工程、前記両面成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に逆スパッタ室で前記複数の焼結体の表面を洗浄する表面洗浄工程、前記複数の焼結体の表面に前記膜を成膜させた後に熱処理室で前記複数の焼結体を熱処理する熱処理工程、冷却室で熱処理後の前記複数の焼結体を冷却する冷却工程、及び取り出し室で前記複数の焼結体を大気解放するために前記複数の焼結体の雰囲気を大気圧にする大気開放工程からなる群から選ばれる1種又は2種以上の工程を含み、
前記両面成膜処理室は、前記準備室、前記ベーキング処理室、前記逆スパッタ室、前記熱処理室、前記冷却室及び前記取り出し室からなる群から選ばれる1つ又は2つ以上の室と連続的に繋がっていることを特徴とする請求項3~5のいずれか1項に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項9】
前記粒界拡散工程は、前記成膜の後、かつ前記熱処理の前に、R(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素)の酸化物、フッ化物及び酸フッ化物から選ばれる1種又は2種以上の化合物を、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面及び前記第2の面の一方の面又は両方の面に成膜させる溶着抑制工程を含み、
前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rの金属、前記Rの合金、前記Rの酸化物、前記Rのフッ化物及び前記Rの酸フッ化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなるターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rの金属、前記Rの合金、前記Rの酸化物、前記Rのフッ化物及び前記Rの酸フッ化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなるターゲットの一方のターゲット又は両方のターゲットを設けた溶着抑制処理室で、アルゴン、酸素及び窒素からなる群から選ばれる1種又は2種以上のガス雰囲気中で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面及び第2の面の一方の面又は両方の面に前記化合物を成膜させることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項10】
前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記ターゲットを設けた第1の溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面に前記化合物を成膜させる第1の溶着抑制工程、及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記ターゲットを設けた第2の溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第2の面に前記化合物を成膜させる第2の溶着抑制工程を含むことを特徴とする請求項9に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項11】
前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記ターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記ターゲットを設けた両面溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面及び前記第2の面に前記化合物を同時に成膜させることを特徴とする請求項9に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項12】
前記物理的気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の希土類磁石の製造方法。
【請求項13】
前記溶着抑制工程における物理的気相成長法がRFスパッタ法であることを特徴とする請求項9~11のいずれか1項に記載の希土類磁石の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類系焼結体の表面に希土類金属膜あるいは希土類合金膜を成膜し、熱処理して膜中の希土類元素を焼結体に吸収させるというTbあるいはDyの使用量の少ない高性能磁石の製造工程について、飛躍的に生産性を高めることが出来る希土類磁石の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Nd-Fe-B系焼結磁石等の希土類永久磁石は、その優れた磁気特性のためにますます用途が広がってきており、主な用途としては回転機が挙げられる。これらの用途には100~200℃の温度に対する耐熱性が希土類永久磁石に要求される。このため、Nd-Fe-B系焼結磁石では室温における保磁力を十分に高めておく必要がある。保磁力の増大にはNdの一部をTbやDyで置換する手法がとられている。しかし、これらの元素には磁石の飽和磁気分極を低下させるという性能面での問題と希少元素であるという資源的な問題があり、これらの問題がNd-Fe-B系焼結磁石の用途の拡大には足枷となっていた。
【0003】
そこで、作製された焼結体表面にTbやDyを配置して、焼結温度以下で熱処理することでTbやDyを磁石内に拡散させ、ごくわずかなTbやDyを磁石の結晶粒子表面に分布させることで飽和磁気分極の低下をほとんど伴わずに保磁力を大幅に増大させることの可能な手法が開発されている。この現象が見いだされた当初は、磁石表面にDyを配置する方法としてスパッタ法が用いられていた(非特許文献1)。しかし、生産効率が低いため、量産のプロセスとは考えられていなかった。その後、焼結体を回転する籠の中に配置することで磁石全面に成膜できる三次元スパッタ法が開発された(特許文献1)。しかし、処理できる焼結体の寸法と形状には制限があり量産化には至っていない。そのような中で、希土類酸化物、希土類フッ化物、希土類酸フッ化物等の希土類化合物粉末をスラリーとして焼結体にディップコートする等の手法が見いだされ(特許文献2)、その生産性の高さから最も早く量産工程に採用されている。この他にもDyの蒸気を用いる方法(特許文献3、4)や、希土類金属、希土類合金、希土類水素化物等の希土類化合物の粉を磁石表面に被着させる方法(特許文献5、6)等の方法が開発されている。粒界拡散法と呼ばれるこの手法が高性能で高耐熱性のNd-Fe-B系焼結磁石の製造法として広く用いられるようになっている。
【0004】
これらのうち、当初から見出されていたスパッタ法で作製された膜は膜厚が高精度に制御できる上、これを拡散させて作製された磁石は他の方法と比較して高性能である。それにもかかわらず、スパッタ法は著しく低い生産性のため大量生産には適用が困難であった。
【0005】
希土類磁石の最大の用途である電動回転機に用いられる磁石体は扁平で板状に近い形状が多く、磁極面が最も広い面であることが磁石の性能の有効利用の観点からは好適である。特許文献1に記載の三次元スパッタ装置は、扁平で板状に近い形状の磁石体を中に入れた籠を回転させることによって、一回の処理で磁石全面に成膜できる点については高い生産性が期待できる。しかし、電動回転機向けの磁石体形状に対しては籠の中で焼結体が均一に回転することが出来ないために膜にムラができやすく、スパッタ法を用いるメリットがなくなる。
【0006】
ところで、このような形状においては焼結体全面ではなく最も広い面である2面のみに対して希土類元素を含む膜を成膜して拡散させることで大きな保磁力増大効果が得られている。通常のスパッタ装置を用いる場合、作業性を高めるためにはスパッタ室上部にターゲットを配置し、複数の焼結体はターゲットとほぼ同面積あるいは同幅のトレーに置かれ、トレーはターゲットの下側に配置することが好ましい。
【0007】
しかしながら、この配置では焼結体の広い2面のうちの1面にしか成膜できない。このために、焼結体の1面に成膜した後、トレー上の焼結体を確実に反転させ、再びスパッタ室に焼結体を投入して残りの1面を成膜する必要がある。反転させる際に、トレーごと反転させるような自動反転機は大きなスペースを占有してしまう。また、手作業による反転では省スペースは図られるが反転し忘れ等、品質に問題が生じるリスクが高まる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2004-304038号公報
【文献】国際公開第2006/043448号
【文献】国際公開第2008/023731号
【文献】特開2008-263223号公報
【文献】国際公開第2008/120784号
【文献】国際公開第2008/032426号
【非特許文献】
【0009】
【文献】K. T. Park, K. Hiraga and M, Sagawa, “Effect of Metal-Coating and Consecutive Heat Treatment on Coercivity of Thin Nd-Fe-B Sintered Magnets”, Proceedings of the Sixteenth International Workshop on Rare-Earth Magnets and Their Applications, Sendai, p. 257 (2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、R-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなる焼結体表面に物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりR(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とする)を焼結体に吸収させる希土類磁石の製造方法、いわゆる粒界拡散法において、生産性の高い製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記目的を達成するため鋭意検討を行った結果、従来上方のみに配置されていたターゲット及び焼結体を上下あるいは左右に配置した複数の成膜処理室を並設することで、一回の投入で焼結体の対向する2面にRを含む膜を成膜できる生産性の高い製造方法となり得ることを見出し、本発明を完成したものである。
(1)R-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなり、第1の面及び前記第1の面の反対側の第2の面をそれぞれ有する複数の焼結体に、R膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりRまたはR及びMを前記焼結体に吸収させる粒界拡散工程を含む希土類磁石の製造方法であって、前記複数の焼結体の第1の面が鉛直方向あるいは水平方向に平行な面に沿うように、治具を用いて前記複数の焼結体を並べて配置し、前記粒界拡散工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた第一成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で成膜させる第1の成膜工程、前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた、前記第一成膜処理室に並設した第二成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第2の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で成膜させる第2の成膜工程、並びに前記第一成膜処理室及び前記第二成膜処理室の間で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体を水平方向又は鉛直方向に移動させる移動工程を含むことを特徴とする希土類磁石の製造方法。
(2)前記第一成膜処理室及び第二成膜処理室がそれぞれ複数室直列して配置され、前記複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜することを特徴とする(1)に記載の希土類磁石の製造方法。
(3)R-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなり、第1の面及び前記第1の面の反対側の第2の面をそれぞれ有する複数の焼結体に、R膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりRまたはR及びMを前記焼結体に吸収させる粒界拡散工程を含む希土類磁石の製造方法であって、前記複数の焼結体の第1の面が鉛直方向あるいは水平方向に平行な面に沿うように、治具を用いて前記複数の焼結体を並べて配置し、前記粒界拡散工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rを含むターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rを含むターゲットを設けた両面成膜処理室で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面及び第2の面に前記膜を不活性ガス雰囲気中で同時に成膜させることを特徴とする希土類磁石の製造方法。
(4)前記両面成膜処理室が複数室直列して配置され、前記複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜することを特徴とする(3)に記載の希土類磁石の製造方法。
(5)前記治具がアルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、鉄、鉄合金、チタン、チタン合金、ニオブ、ニオブ合金、タングステン、タングステン合金、モリブデン及びモリブデン合金からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなり、前記治具は、先端が尖鋭に成形された保持部に前記焼結体を挟持して保持するように構成されており、前記焼結体の挟持方向の寸法における寸法公差幅に対して前記保持部の前記先端の弾性限度内での移動距離が2倍以上であることを特徴とする(1)~(4)のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
(6)前記保持部の前記焼結体との接点及び接地用の電気的接続点以外の部位が有機物及びセラミックスから選ばれる1種又は2種以上の材料でコーティングされていることを特徴とする請求項1~5のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
(7)前記粒界拡散工程は、前記成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に準備室で前記複数の焼結体の雰囲気を真空とする雰囲気真空工程、前記成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前にベーキング処理室で前記複数の焼結体から吸着ガスを乖離させる吸着ガス乖離工程、前記成膜処理室の中に前記複数の焼結体を入れる前に逆スパッタ室で前記複数の焼結体の表面を洗浄する表面洗浄工程、前記複数の焼結体の表面に前記膜を成膜させた後に熱処理室で前記複数の焼結体を熱処理する熱処理工程、冷却室で熱処理後の前記複数の焼結体を冷却する冷却工程、及び取り出し室で前記複数の焼結体を大気解放するために前記複数の焼結体の雰囲気を大気圧にする大気開放工程からなる群から選ばれる1種又は2種以上の工程を含み、前記成膜処理室は、前記準備室、前記ベーキング処理室、前記熱処理室、前記冷却室及び前記取り出し室からなる群から選ばれる1つ又は2つ以上の室と連続的に繋がっていることを特徴とする(1)~(6)のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
(8)前記粒界拡散工程は、前記成膜の後、かつ前記熱処理の前に、R(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素)の酸化物、フッ化物及び酸フッ化物から選ばれる1種又は2種以上の化合物を、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面及び前記第2の面の一方の面又は両方の面に成膜させる溶着抑制工程を含み、前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記Rの金属、前記Rの合金、前記Rの酸化物、前記Rのフッ化物及び前記Rの酸フッ化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなるターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記Rの金属、前記Rの合金、前記Rの酸化物、前記Rのフッ化物及び前記Rの酸フッ化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなるターゲットの一方のターゲット又は両方のターゲットを設けた溶着抑制処理室で、アルゴン、酸素及び窒素からなる群から選ばれる1種又は2種以上のガス雰囲気中で、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の第1の面及び第2の面の一方の面又は両方の面に前記化合物を成膜させることを特徴とする(1)~(7)のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
(9)前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記ターゲットを設けた第1の溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面に前記化合物を成膜させる第1の溶着抑制工程、及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記ターゲットを設けた第2の溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第2の面に前記化合物を成膜させる第2の溶着抑制工程を含むことを特徴とする(8)に記載の希土類磁石の製造方法。
(10)前記溶着抑制工程は、前記複数の焼結体の第1の面側に配置された前記ターゲット及び前記複数の焼結体の第2の面側に配置された前記ターゲットを設けた両面溶着抑制処理室で、物理的気相成長法により、前記治具を用いて並べて配置された前記複数の焼結体の前記第1の面及び前記第2の面に前記化合物を同時に成膜させることを特徴とする(8)に記載の希土類磁石の製造方法。
(11)前記物理的気相成長法がスパッタ法であることを特徴とする(1)~(7)のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
(12)前記溶着抑制工程における物理的気相成長法がRFスパッタ法であることを特徴とする(8)~(10)のいずれか1つに記載の希土類磁石の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、物理的気相成長法により形成した膜を利用した粒界拡散法によって高性能希土類磁石を安定的な品質でかつ大量に製造することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、左右配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室を鉛直方向上面から見た模式図である。
図2図2は、上下配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室を水平方向側面から見た模式図である。
図3図3は、左右配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室及び第二成膜処理室を鉛直方向上面から見た模式図である。
図4図4は、上下配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室及び第二成膜処理室を水平方向側面から見た模式図である。
図5図5は、左右配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる、焼結体を配置した焼結体支持治具の模式図である。
図6図6は、上下配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる、焼結体を配置した焼結体支持治具の模式図である。
図7図7は、図5に示す焼結体支持治具のA-A´部分の断面図である。
図8図8は、図6に示す焼結体支持治具のA-A´部分の断面図である。
図9図9は、左右配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室及び第二成膜処理室の配置例を鉛直方向上面から見た模式図である。
図10図10は、上下配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる第一成膜処理室及び第二成膜処理室の配置例を水平方向側面から見た模式図である。
図11図11は、左右配置の場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる両面成膜処理室を鉛直方向上面から見た模式図である。
図12図12は、上下配置の配置した場合の本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法に用いる両面成膜処理室を水平方向側面から見た模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を更に詳細に説明する。
本発明は、高性能で、かつTbあるいはDyの使用量の少ない希土類磁石の製造方法に関するものである。本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法は、R-Fe-B系組成(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする)からなり、第1の面及び第1の面の反対側の第2の面をそれぞれ有する複数の焼結体に、R膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長法により成膜させ、その後の熱処理によりR又はR及びMを焼結体に吸収させる粒界拡散工程を含む。ここで、焼結体は、常法に従い、母合金を粗粉砕、微粉砕、成形、焼結させることにより得ることができる。
【0015】
この場合、母合金は、R、T、Q及びBを含有する。Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Pr及びNdの1種又は2種の元素を必須とする。具体的には、希土類元素には、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Yb及びLuが挙げられ、RはPr及びNdの1種又は2種の元素を主体とする。Rは合金全体の12~17原子%、特に13~17原子%であることが好ましく、更に好ましくはR中にPr及びNdあるいはそのいずれか1種の元素を全Rに対して80原子%以上、特に85原子%以上含有することが好適である。TはFe、又はFe及びCoである。TがFe及びCoである場合、FeはT中の85原子%以上、特に90原子%以上含有することが好ましい。QはAl、Si、Cu、Zn、In、P、S、Ti、V、Cr、Mn、Ni、Ga、Ge、Zr、Nb、Mo、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、Ta及びWからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素を0~10原子%、特に0.05~4原子%含有してもよい。Bは合金全体の5~10原子%、特に5~7原子%含有することが好ましい。残部はC、N、O、F等の不可避的な不純物の元素である。
【0016】
母合金は、原料金属あるいは合金を真空あるいは不活性ガス、好ましくはAr雰囲気中で溶解したのち、平型やブックモールドに鋳込むことで、あるいはストリップキャストにより鋳造することで得られる。また、母合金の主相であるR Fe14B化合物組成に近い合金と焼結温度で液相助剤となるRリッチ又はRリッチな合金とを別々に作製し、粗粉砕後に秤量混合する、いわゆる二合金法も適用できる。
【0017】
但し、主相組成に近い合金に対して、鋳造時の冷却速度や合金組成に依存して母合金には初晶のα-Feが残存しやすい。このため、母合金におけるR Fe14B化合物相の量を増やす目的で必要に応じて均質化処理を施す。例えば、真空あるいはAr雰囲気中にて700~1,200℃の熱処理温度で母合金を1時間以上熱処理する。また、液相助剤となるRリッチ又はRリッチな合金については、上記鋳造法のほかに、いわゆる液体急冷法でも作製できる。
【0018】
上記母合金は、通常0.05~3mm、特に0.05~1.5mmに粗粉砕される。粗粉砕工程にはブラウンミルあるいは水素粉砕が用いられ、ストリップキャストにより作製された母合金の場合は水素粉砕が好ましい。粗粉は、例えば高圧窒素を用いたジェットミルにより通常0.1~30μm、特に0.2~20μmに微粉砕される。
【0019】
得られた微粉末は磁場中、圧縮成形機で圧粉体に成形され、焼結炉に投入される。焼結は真空あるいは不活性ガス雰囲気中、通常900~1,250℃、特に1,000~1,100℃の焼結温度で行われる。得られた焼結体は、正方晶R Fe14B化合物を主相として60~99体積%、特に好ましくは80~98体積%含有する。残部は、0.5~20体積%のRに富む(25at%以上Rを含有する)相、0~10体積%のBに富む相、並びに0.1~10体積%のRの、酸化物及び不可避的不純物により生成した炭化物、窒化物、水酸化物、及びフッ化物のからなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物あるいはこれらの混合物又は複合物の相からなる。
【0020】
得られた焼結体は必要に応じて所定形状に研削された後、焼結体表面にR膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素であり、Tb及びDyの1種又は2種の元素を必須とし、MはCu、Al、Co、Fe、Mn、Ni、Sn及びSiからなる群から選ばれる1種又は2種以上の元素)から選ばれる1種又は2種以上の膜を物理的気相成長(PVD)法により成膜させ、その後の熱処理によりR又はR及びMを焼結体に吸収させる粒界拡散工程に供される。なお、焼結体の形状は、好ましくは板状形状である。また、R及びMをそれぞれ成膜し多層膜にする場合やR及びMを同時に成膜しその際にR及びMを合金化する場合であってもよい。
【0021】
その焼結体の大きさには特に限定はない。しかし、粒界拡散工程において、焼結体に吸収されるRは、R膜、R-M合金膜あるいはR及びMの多層膜の膜厚が一定であれば、焼結体の比表面積が大きい、即ち寸法が小さいほど多くなる。したがって、焼結体の形状の最小部の寸法は30mm以下、好ましくは15mm以下であることが最終的に得られる保磁力の大きさ、即ち耐熱性の観点から好適である。なお、上記最小部の寸法の下限は特に制限されず、適宜選定されるが、上記形状の最小部の寸法は0.5mm以上が好適である。
【0022】
粒界拡散工程として、はじめに焼結体表面にR膜、R-M合金膜及びR及びMの多層膜から選ばれる1種又は2種以上の膜をPVD法により成膜させる。ここでは代表的なPVD法の一つであるスパッタ法を例示する。
【0023】
本発明の実施の一態様による製造方法では、例えば、ターゲットと焼結体を、焼結体の第1面が鉛直面に対して平行となるように配置させた場合、図1及び図5に示すように、第1の面21及び第1の面21の反対側の第2の面22をそれぞれ有する複数の焼結体7において、複数の焼結体7の第1の面21に平行な面23に沿うように、焼結体支持治具6を用いて複数の焼結体7を並べて配置する。一方、ターゲットと焼結体を、焼結体の第1面が水平面に対して平行になるように配置させた場合、図2及び図6に示すように、第1の面21及び第1の面21の反対側の第2の面22をそれぞれ有する複数の焼結体7において、複数の焼結体7の第1の面21に平行な面23に沿うように、焼結体支持治具6を用いて複数の焼結体7を並べて配置する。従来、鉛直方向上方にターゲットを配置し、ターゲットの下方に配置したトレー上に焼結体を載せるためターゲット側の第1の面21しか成膜できなかったが、この焼結体支持治具6を用いることより、第1の面21の反対側の第2の面22の成膜も可能となる。これにより、トレーに載せなくても複数の焼結体を並べて配置することができる。なお、図1に示すように、ターゲットと焼結体を、焼結体の第1面が鉛直面に対して平行となるように配置させた場合を以下、左右配置と称し、図2に示すように、ターゲットと焼結体を、焼結体の第1面が水平面に対して平行になるように配置させた場合を以下、上下配置と称する。
【0024】
複数の焼結体7の第1の面21側に配置されたRを含むターゲット4、例えば、R、R-M合金あるいはR及びMからなるターゲット4を設けた第一成膜処理室5に、焼結体支持治具6を用いて並べて配置された複数の焼結体7を配置する。なお、ターゲット4の焼結体側の反対側にはカソード2が設けられている。また、複数の焼結体7のダーゲット側の反対側にはアノード3が設けられている。図1及び図2は、それぞれ鉛直方向上面及び水平方向側面から見たときの第一成膜処理室5の模式図である。R、R-M合金、又はR及びMからなるターゲット4は、1個当たりのターゲットの大きさによって、1個のターゲット又は複数個のターゲットによって構成される。ターゲット4は、例えば、バッキングプレート(図示せず)によりカソード2に固定される。さらに、焼結体支持治具6を用いて並べて配置された複数の焼結体を図3及び図4の矢印にて示した進行方向に対して連続的に移動させながら、大気に暴露することなく不活性雰囲気中で成膜する場合には、焼結体7が配置した、複数の焼結体支持治具6を、焼結体支持治具6の進行方向に対して直列に並べて設置しても良い。なお、ターゲット4は、複数の焼結体7の第1の面21と対向するように配置されているが、複数の焼結体7の第1の面21側に配置されている限り、ターゲットの配置については特に限定されない。例えば対向ターゲット式スパッタ法の場合、ターゲットは、複数の焼結体の第1の面と対向しないように配置されても良い。また、ターゲット4の形状は、平板状であるが、ターゲットの形状についても特に限定されない。例えば、マグネトロンスパッタ法の場合、円柱状のターゲットを用いても良い。
【0025】
第一成膜処理室5にて焼結体の第1の面21にR膜、R-M合金膜、及びR及びMの多層膜から選ばれる1種又は2種以上の膜が成膜される。その後、図3及び図4に示すように、複数の焼結体7が配置されている焼結体支持治具6を水平方向に移動させる。そして、第1の面21の反対側の第2の面22側に配置された上記Rを含むターゲット4を設けた、第一成膜処理室5に並設した第二成膜処理室25に焼結体支持治具6を移動させる。その後、焼結体7の第2の面22に上記膜を成膜する。これらの第一成膜処理室5及び第二成膜処理室25は焼結体7が大気に触れることないように連続的につながっており、図9及び図10に示すように、必要に応じてそれぞれ複数室直列して配置しても良い。なお、ターゲットと焼結体が左右配置の場合、第二成膜処理室を第一成膜処理室の鉛直方向に配置して、複数の焼結体が配置されている焼結体支持治具を鉛直方向に移動させてもよい。これにより、複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜することができる。なお、ターゲット4は、複数の焼結体7の第2の面22と対向するように配置されているが、複数の焼結体7の第2の面22側に配置されている限り、ターゲットの配置については特に限定されない。例えば対向ターゲット式スパッタ法の場合、ターゲットは、複数の焼結体の第2の面と対向しないように配置されても良い。
【0026】
スパッタ法は数Pa程度の不活性ガス雰囲気下、好ましくはアルゴン雰囲気下で行われる。スパッタ法で使用される電源1としてはDC電源か好ましいが、RF電源やこれらの組み合わせでも構わない。
【0027】
成膜を行う成膜処理室5の前に、成膜処理室内を大気から遮断するゲートバルブを介した準備室を設けることが好ましい。準備室では、複数の焼結体7が配置されている焼結体支持治具6を装入し、前後のゲートバルブを閉じてから真空引きを開始する。高真空雰囲気に到達後、不活性ガス、好ましくはアルゴンを導入し、室内雰囲気を置換する。また、成膜を行う成膜処理室5の前に、焼結体の表面の水や酸素等の吸着ガスを焼結体から乖離させるベーキング処理室や、焼結体をカソードとして焼結体の表面をスパッタさせてエッチングすることにより焼結体の表面を洗浄する逆スパッタ処理室を設けても良い。また、前記処理設備を準備室に設けることで、前記処理を準備室にて実施しても良い。
【0028】
焼結体7の表面に成膜される膜の厚さについては、焼結体7に吸収させたいR量(得たい保磁力の増大量)により適宜決定される。しかし、十分な保磁力増大効果を得る観点や処理に要する時間、生産性及び省資源の観点から、膜の厚さは、典型的には0.1~50μm、好ましくは0.5~20μm、より好ましくは1~10μmである。
【0029】
焼結体支持治具6の一例を図5~8に模式的に示した。左右配置の場合、図5に示すように、複数の焼結体7の第1の面21が鉛直方向に平行な面に沿うように、焼結体支持治具6を用いて複数の焼結体7を並べて配置する。一方、上下配置の場合、図6に示すように、複数の焼結体7の第1の面21が水平方向に平行な面内に、焼結体支持治具6を用いて複数の焼結体7を並べて配置する。焼結体支持治具6に備わる、先端17,18が尖鋭に成形された保持部により、焼結体7は挟持され保持される。そのため、焼結体支持治具6は焼結体の重量に対して十分な強度を有するとともに、保持部における弾性変形能が必要である。この観点から、焼結体支持治具6の材質としては、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、銅合金、鉄、鉄合金、チタン、チタン合金、ニオブ、ニオブ合金、タングステン、タングステン合金、モリブデン及びモリブデン合金からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料が好ましい。
【0030】
また、焼結体支持治具6と焼結体7をアノードとして用いる場合、特に後述する両面同時成膜(図11及び図12参照)を適用する場合には、焼結体支持治具6と焼結体7との間に電気的導通があることが必須である。そして、導通確保のために保持部の先端17,18は尖鋭に成形される。なお、焼結体支持治具6と焼結体7をアノードとして用いる場合、保持部の先端17,18は、焼結体7との接点であるとともに接地用の電気的接続点となる。焼結体支持治具6のこの先端17,18を除いた部分に関しては、スパッタ法による焼結体支持治具への不要な成膜を抑制する、あるいは不要に成膜された部分を容易に洗浄できる状態にする目的でエポキシ等の有機物及びアルミナ等のセラミックから選択される1種又は2種以上の材料でコーティングしてあることが好適である。
【0031】
さらに、焼結体支持治具6の保持部は焼結体7を挟持するために先端17,18が上下もしくは左右に動くように弾性変形能を有する。焼結体7の挟持方向の寸法に対して十分に挟持するためには、その焼結体7の寸法公差の幅までは保持部が弾性変形する必要がある。例えば、公差幅が0.4mmの場合は弾性変形による先端移動距離は公差幅も0.4mm程度に設計される。しかし、このような焼結体支持治具6の適用範囲では、焼結体支持治具6は、焼結体7の挟持方向寸法と公差幅が同一のものにしか適用できない。このため、様々な形状及び寸法に仕上げられる希土類磁石製品に対して適用しようとすると、焼結体支持治具6の種類が膨大となり合理的ではない。
【0032】
そこで、希土類磁石製品の種類に限定されずある程度の寸法範囲の焼結体7に適用可能な焼結体支持治具6が有効となる。本発明においては実際の材料物性値、及び焼結体支持治具6の設計範囲を考慮して、焼結体7の挟持方向の寸法における寸法公差幅に対して、保持部の弾性限度内での保持部先端17,18の移動距離が2倍以上とすることが可能である。このような焼結体支持治具6を用いることで用意する焼結体支持治具6の種類を大幅に減らすことができる。例えば、焼結体7の挟持方向の寸法における寸法公差幅0.4mmに対して保持部の弾性限度内での保持部の先端の移動距離が2倍である焼結体支持治具6を用いると、挟持方向寸法が0.8mm異なる焼結体7までを同一の焼結体支持治具6にて処理することが出来る。
【0033】
弾性変形能を有する焼結体支持治具の保持部としては、例えば、左右配置の場合、図7に示すような形態をとることが出来、上下配置の場合、図8に示すような形態をとることが出来る。保持部の梁15は横フレーム16を中心として保持部の先端17が上方向に、保持部の先端18が下方向に移動するよう弾性変形することで、保持部が焼結体7の寸法公差幅に対してより大きい先端移動距離を有することが出来る。これにより、種々の寸法公差幅を有する焼結体7に対して用意するべき焼結体支持治具6の種類を低減でき、一度に多くの焼結体7を保持することができる。これにより、効率的に成膜処理を施すことが出来る。さらに、横フレーム16にも弾性変形能を有する材質・寸法を選定することにより、梁15の弾性限度よりも大きな変位量を先端17,18に与えることが出来る。
【0034】
成膜工程での生産性の向上には、焼結体の第1の面及び第2の面の成膜を同時に行うことがより好適である。この場合は焼結体をアノードとするので電気的導通が重要となる。2つのターゲット4は、例えば、左右配置の場合、図11に示すように、上下配置の場合、図12に示すように、両面成膜処理室35内において焼結体7を配置した焼結体支持治具6を挟み込むように配置される。なお、このように両面を同時に成膜する場合であっても、必要に応じで両面成膜処理室35を複数室直列して配置して、複数の焼結体を大気に暴露することなく不活性ガス雰囲気中で連続的に成膜できるようにしても良い。また、両面成膜処理室35と、第一成膜処理室5及び第二成膜処理室25の1室又は2室以上とを繋げて配置してもよい。なお、両面成膜処理室35には、複数の焼結体7の第1の面21側に配置されたRを含むターゲット4及び複数の焼結体7の第2の面22側に配置されたRを含むターゲット4が設けられている。そして、両面成膜処理室35で、焼結体支持治具6を用いて並べて配置された複数の焼結体7の第1の面21及び第2の面22に膜を不活性ガス雰囲気中で成膜する。
【0035】
後述する拡散のための熱処理の際に、成膜した焼結体は熱処理室に投入されてもよい。しかし、単純に重ねて投入すると熱処理時に成膜した表面が溶着してしまう場合がある。拡散源の融点が拡散処理温度より低い場合は完全に溶融して、重ねた焼結体同士は冷却過程において溶着する。拡散源の融点が高い場合でも焼結体との反応の結果低融点の相が出来ることが多く、この場合も溶着が起きる。これを避けるためには熱処理室投入時に焼結体同士が接触しないような治具を用いることが好ましい。ただし、治具による隔離は熱処理室への焼結体の投入量を減少させる。生産性の観点からは投入量を出来るだけ減らさないことが重要となる。
【0036】
この場合、例えば、焼結体の成膜面の最表部に、R(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素)の酸化物、フッ化物及び酸フッ化物等の希土類化合物の膜を設ける。これにより、焼結体を重ねたまま熱処理したときの溶着を抑制できる。そのための成膜を別工程のスパッタ法で行うと生産性の低下を招く。したがって、拡散源を成膜した後に連続的に上記希土類化合物を成膜することが好ましい。この場合、拡散源をスパッタする処理室に隣接して、上記希土類化合物を成膜する溶着抑制処理室を設けることで、連続的に生産性を落とさずに処理できる。溶着抑制処理室に設けられるダーゲットとしてはR(Rは希土類元素から選ばれる1種又は2種以上の元素)の金属、Rの合金、Rの酸化物、Rのフッ化物及びRの酸フッ化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上の材料からなるターゲットが好適である。
【0037】
また、例えば、Rの金属あるいはRのフッ化物のターゲットを用い、溶着抑制処理室の雰囲気に酸素あるいは窒素の分圧を持たせることで反応性スパッタとなる。そして、金属ターゲットと酸素雰囲気との組み合わせで酸化物の膜、金属ターゲットと窒素雰囲気との組み合わせで窒化物の膜、フッ化物ターゲットと酸素雰囲気との組み合わせで酸フッ化物等の膜を生成でき、これらの膜も溶着防止には効果が高い。
【0038】
上記希土類化合物の膜の膜厚としては10nm以上で効果がみられるが、100nm以上が好ましい。膜厚の上限は設けるものではないが、生産性を落とさない条件であれば100μm程度まで成膜してよい。また、導電性の低い希土類化合物のターゲットを用いた場合には電源はRF電源が好ましい。
【0039】
このような希土類化合物の膜を設ける場合、前述した第一成膜処理室5及び第二成膜処理室25での成膜処理と同様に、例えば、焼結体の第1の面に上記希土類化合物を成膜する第一溶着抑制処理室及び焼結体の第2の面に上記希土類化合物を成膜する第二溶着抑制処理室を設けても良い。さらに、前述した両面成膜処理室35での成膜処理と同様に、例えば焼結体の第1の面側に配置されたターゲット及び焼結体の第2の面側に配置されたターゲットの両方を設けた溶着抑制処理室で、焼結体の第1の面及び第2の面の両方の面について希土類化合物の成膜を同時に行うこともできる。
【0040】
一連の成膜処理により焼結体が高温になることが多いので、成膜処理室の後に冷却室を設けても良い。冷却にアルゴンガス等を用いる場合は成膜処理室との間にゲートバルブを設けても良い。さらに、最後尾に成膜された焼結体を取り出すための取り出し室を、ゲートバルブを介して設けることが好ましい。
【0041】
その後、例えば、装置から搬出された焼結体支持治具から焼結体を取り出し、熱処理室に投入し、真空あるいはアルゴン、ヘリウム等の不活性ガス雰囲気中で熱処理される(以後、この処理を拡散処理と称する)。拡散処理温度は焼結体の焼結温度以下である。拡散処理温度の限定理由は以下のとおりである。即ち、当該焼結体の焼結温度(T℃と称する)より高い温度で熱処理すると、(1)焼結体の組織が変質し、高い磁気特性が得られなくなる、(2)熱変形により加工寸法が維持できなくなる、(3)拡散させたRが焼結体の結晶粒界面だけでなく結晶粒内部に過度に拡散してしまい残留磁束密度が低下する、等の問題が生じるために、拡散処理温度は焼結温度以下、好ましくは(T-10)℃以下とする。なお、拡散処理温度の下限は適宜選定されるが、通常600℃以上である。十分に拡散処理を完了させ、焼結体の組織の変質や磁気特性への影響を考慮する観点から、拡散処理時間は1分~100時間であり、より好ましくは30分~50時間、特に好ましくは1時間~30時間である。
【0042】
以上のような拡散処理により、焼結体内のRに富む粒界相成分に、Rが濃化し、このRがR Fe14B主相粒子の表層部付近でRの一部と置換される。上記表層部に濃化して結晶磁気異方性を高める効果が特に大きい元素はTb及びDyである。このため、拡散源に含まれている希土類元素RのうちTb及び/またはDyの割合が合計で50原子%以上であることが好適であり、更に好ましくは80%以上である。また、拡散源に含まれているRがPr及びNdの1種又は2種の元素を含む場合、拡散源に含まれているR中のPr及びNdの合計濃度が、母材に含まれている希土類元素R中のPr及びNdの合計濃度より低いことが好ましい。この拡散処理の結果、残留磁束密度の低減をほとんど伴わずにR-Fe-B系焼結磁石の保磁力が効率的に増大される。
【0043】
また、焼結体の表面に、R-M合金膜もしくはR及びMの多層膜を成膜させた場合、以上のような拡散処理により、粒界相にR-Fe-M相も形成してもよい。これにより、R-Fe-B系焼結磁石の保磁力がさらに増大される。
【0044】
また、拡散処理後、低温での熱処理(以後、この処理を時効処理と称する)を施すことが好ましい。この時効処理の処理温度としては、拡散処理温度未満、好ましくは200℃以上で拡散処理温度より10℃低い温度以下、更に好ましくは350℃以上で拡散処理温度より10℃低い温度以下であることが望ましい。また、時効処理の雰囲気は真空あるいはアルゴン、ヘリウム等の不活性ガス中であることが好ましい。時効処理の処理時間は1分~10時間、好ましくは10分~5時間、特に好ましくは30分~2時間である。
【0045】
なお、拡散処理前の上述した研削加工時において、研削加工機の冷却液に水系のものを用いる、あるいは加工時に研削面が高温に曝される場合、被研削面に酸化膜が生じ易い。軽度であればスパッタ法による成膜の前に前述のベーキング処理や、逆スパッタ処理により拡散処理の前に清浄な表面を得ることが可能である。しかし、過度な酸化膜が焼結体の表面に生成した場合には、その酸化膜が焼結体へのRの拡散を妨げることがある。このような場合には、アルカリ、酸及び有機溶剤の1種又は2種以上の化合物を用いて洗浄する、あるいはショットブラストを施して、その酸化膜を除去することで、後に適切な拡散処理ができる。
【0046】
酸化膜を除去するために用いるアルカリとしては、ピロリン酸カリウム、ピロリン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、クエン酸ナトリウム、酢酸カリウム、酢酸ナトリウム、シュウ酸カリウム、シュウ酸ナトリウム等が挙げられる。また、酸化膜を除去するために用いる酸としては、塩酸、硝酸、硫酸、酢酸、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。さらに、酸化膜を除去するために用いる有機溶剤としては、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等が挙げられる。この場合、上記アルカリや酸は、焼結体を浸食しない適宜濃度の水溶液として使用することができる。
【0047】
また、上記拡散処理あるいはそれに続く時効処理を施した焼結体に対して、アルカリ、酸及び有機溶剤の1種又は2種以上の化合物により洗浄する、あるいは実用形状に研削することもできる。更には、かかる拡散処理、時効処理、洗浄又は研削後にメッキ又は塗装を施すこともできる。
【0048】
以上、成膜処理室5,25,35を例に挙げて、本発明の実施の一態様の希土類磁石の製造方法を説明した。しかし、本発明の希土類磁石の製造方法を実施できる限り、本発明の希土類磁石の製造方法に用いる成膜装置は、成膜処理室5,25,35に限定されない。
【0049】
以上のようにして得られた希土類磁石は、保磁力の増大した高性能な永久磁石として用いることができる。
【符号の説明】
【0050】
1 電源
2 カソード
3 アノード
4 ターゲット
5,25,35 成膜処理室
6 焼結体支持治具
7 焼結体
15 保持部の梁
16 横フレーム
17,18 保持部の先端
21 第1の面
22 第2の面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12