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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】鎮痛剤及び鎮静剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/145 20060101AFI20231013BHJP
   A61K 31/27 20060101ALI20231013BHJP
   A61K 31/28 20060101ALI20231013BHJP
   A61P 25/04 20060101ALI20231013BHJP
【FI】
A61K31/145
A61K31/27
A61K31/28
A61P25/04
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019569557
(86)(22)【出願日】2019-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2019003418
(87)【国際公開番号】W WO2019151409
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2018015635
(32)【優先日】2018-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的がん医療実用化研究事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】寺島 裕也
(72)【発明者】
【氏名】遠田 悦子
(72)【発明者】
【氏名】松島 綱治
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/111307(WO,A1)
【文献】RAHMAN M. A. et al.,Disulfiram causes sustained behavioral and biochemical effects in rats,Pharmacology Biochemistry and Behavior,1997年,56(3),409-415
【文献】AURIOL, B. et al.,Control experiment in man on the sedative effect of disulfiram, an inhibitor of dopamine-β-hydroxyl,Biological Psychiatry,1980年,15(4),pp.623-625
【文献】MAJ Jerzy et al.,The influence of agents depressing the catechol amine levels on the action of narcotic analgesics,Dissert. Pharm. Pharmacol.,1971年,23(1),9-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/145
A61K 31/27
A61K 31/28
A61P 25/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)~(4)のいずれかを有効成分として含有する、神経障害性疼痛のための鎮痛剤。
(1) ジスルフィラム
(2) ジエチルジチオカルバメートの金属錯体
(3) (1)又は(2)の薬剤的に許容される塩
(4) (1)、(2)又は(3)の溶媒和物
【請求項2】
前記金属錯体が、2価以上の金属の錯体である、請求項1記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鎮痛剤及び鎮静剤に関する。
【背景技術】
【0002】
鎮痛薬は大きくオピオイド系と非オピオイド系に分類される。非オピオイド系鎮痛薬には、アスピリン、ロキソプロフェン、インドメタシン等の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や、抗炎症作用がないアセトアミノフェンがある。炎症が惹起されるとブラジキニンなどの発痛物質が産生されるため、抗炎症剤は消炎鎮痛剤としての作用も有することが多く、実際NSAIDsは医療用医薬品として使用されるほか、一般用医薬品としても鎮痛薬として販売されている。
【0003】
がんおよび炎症性疾患等において、疼痛(痛み、pain)のコントロールは非常に重要である。炎症を伴う疾患でも抗炎症作用を有する薬剤のみで疼痛をコントロールすることは難しいことがあり、ときに強力な鎮痛作用を有する麻薬性鎮痛薬であるオピオイド系鎮痛薬は、進行したがんによる痛みなど強めの痛みに対して処方される。痛みの機序は、侵害受容性疼痛および神経障害性疼痛、あるいは心因性疼痛といった分類がなされ、機序や程度に応じて、NSAIDsやオピオイ系鎮痛薬等が段階的に使用されるが、発症機序が複合的である場合もあり、疼痛コントロールに難渋する症例も多い。また、併用的に使用する場合でも、それぞれ副作用の問題、作用効果の限界があるため、留意が必要である。なかでも、痛みの機序のひとつである神経障害性疼痛については、特に既存の鎮痛薬では奏功しにくいため、新たな作用機序の鎮痛薬の開発が求められている。
【0004】
ジスルフィラムは、アルデヒドデヒドロゲナーゼ阻害活性を有し、肝臓におけるエタノール代謝を抑制して悪酔いの原因となるアセトアルデヒドを体内に蓄積させる。このため、ジスルフィラムを服用すると、少量のアルコールでも悪酔いの症状が生じるようになる。この作用を利用して、ジスルフィラムは慢性アルコール中毒に対する抗酒癖剤として用いられている。この作用の他、ジスルフィラムは、がん細胞やがん幹細胞そのものを死に導く作用により抗がん作用を発揮すること(例えば、非特許文献1~3、特許文献1)、さらには、がん及び炎症における微小環境の構成細胞を制御する作用によって抗がん作用及び抗炎症作用を発揮すること(特許文献2)が知られている。
【0005】
しかしながら、ジスルフィラムに鎮痛作用があることは全く知られていない。特許文献3は、ジスルフィラムの代謝産物であるジエチルアミンの鎮痛作用を報告しているが、ジスルフィラムについては鎮痛作用が認められないとされている。また、ジスルフィラムを有効成分とする抗酒癖剤「ノックビン」の添付文書(非特許文献4)においても、副作用として頭痛や関節痛の可能性の記載はあるが、鎮痛作用に関連する作用は何ら記載されていない。ジスルフィラムに鎮静作用があることも全く知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-100268号公報
【文献】国際公開第2016/111307号
【文献】国際公開第2008/075993号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Cancer Research, Vol.66, pp.10425-10433 (2006)
【文献】Clinical Cancer Research, Vol.15, pp.6070-6078 (2009)
【文献】Molecular Cancer Therapeutics, Vol.1, pp.197-204 (2002)
【文献】「ノックビン原末」添付文書、2015年4月改訂第10版(承認番号22000AMX02130)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、鎮痛や鎮静に有効な新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、驚くべきことに、ジスルフィラムが既存の鎮痛剤よりも強い鎮痛作用を有すること、ジスルフィラムの代謝産物であるジエチルジチオカルバメートの金属錯体も強い鎮痛作用を有すること、さらに、ジスルフィラム及びジエチルジチオカルバメートの金属錯体が鎮静作用も有することを見出し、本願発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、下記(1)~(4)のいずれかを有効成分として含有する、神経障害性疼痛のための鎮痛剤を提供する。
(1) ジスルフィラム
(2) ジエチルジチオカルバメートの金属錯体
(3) (1)又は(2)の薬剤的に許容される塩
(4) (1)、(2)又は(3)の溶媒和物

【発明の効果】
【0011】
本発明により、強力な鎮痛作用を有する新規な薬剤が提供された。ジスルフィラムは抗酒癖剤としてわが国では1983年より使用されている薬剤であり、長期にわたる安全性は確立している。それゆえ、従来NSAIDsが服用されている頭痛、腹痛などの軽度~中等度の痛みや、処方薬が投与される強度の痛みも含め、様々な疼痛に対して広く用いることができる。プレガバリン(Pregabalin)は神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛に適応が認められている疼痛治療剤であり、既存の鎮痛剤の中でも特に強い鎮痛作用を有する薬剤であるが、本発明の鎮痛剤は、疼痛に対してプレガバリンよりもさらに強い疼痛抑制効果を発揮する。
【0012】
ジスルフィラム、及びその代謝産物であるジエチルジチオカルバメートの金属錯体には、抗がん作用および抗炎症作用があることも知られている。また、ジエチルジチオカルバメートそのものにも抗がん作用および抗炎症作用があることが知られており(特許文献2)、生体内でジエチルジチオカルバメートを生成できるジスルフィドにも抗がん作用および抗炎症作用があると考えられる。従って、がん患者や炎症性疾患患者に対して本発明の剤を適用すれば、がんや炎症を治療しながら同時に疼痛も治療・緩和できる。このようながん治療における相加的な薬効を有する疼痛治療薬はほとんどない。がん治療においては、しばしばモルヒネ等のμオピオイド系鎮痛薬が使用されるが、麻薬や規制薬であることに加えて、μオピオイド系鎮痛薬には腸管運動抑制による強い便秘が副作用として起こること、さらに、μオピオイド系鎮痛薬には呼吸抑制作用もあることから、患者に対する副作用のリスクは大きく、その使用には慎重にならざるを得ない。こうしたリスクに比べて、本発明の剤は、特にがん治療の疼痛管理に有用である。モルヒネ等のμオピオイド系鎮痛薬を使用する場合でも、本発明の剤を併用することでμオピオイド系鎮痛薬の使用量を低減し、それにより上述のμオピオイド系鎮痛薬に特有のリスクを低減できると期待される。また、本発明の剤には鎮静作用も認められることから、特にがん患者に対して、抗がん、抗炎症、鎮痛、鎮静などの治療におけるベネフィットを複合的に発揮することができると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】ホルマリンテストにおけるマウスの疼痛様行動の計測結果の一例である。薬剤投与群のマウスには薬剤(Comp)を、コントロール群のマウスには溶媒(Vehicle)を腹腔内投与し、30分後にホルマリンを足底へ皮下投与した。
図1B】ジスルフィラム(DSF)投与群及びコントロール群のマウスの疼痛スコアである。*はp<0.05、***はp<0.001で有意差あり(Student t-検定)。
図1C】ジスルフィラム(DSF)の各用量投与群の疼痛スコアを調べ、コントロール群の疼痛スコアを100%として各群の疼痛抑制効果、用量依存性を評価した。コントロール群に対し、*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で有意差あり(Student t-検定)。
図1D】DSFの疼痛抑制効果を既存の鎮痛剤(プレガバリン、ロキソプロフェン、アスピリン)と比較したグラフである。各薬剤投与群の疼痛スコアを調べ、コントロール群の疼痛スコアを100%として各薬剤の疼痛抑制効果を評価した。コントロール群に対し、*はp<0.05、**はp<0.01、***はp<0.001で有意差あり(Student t-検定)。
図2】坐骨神経結紮(CCI)モデルにおいて、ジスルフィラムの鎮痛作用を評価した結果である。Sham Contはシャム手術群、CCI ContはCCI処置DSF非投与群、CCI DSFはCCI処置DSF投与群。**はp<0.01で有意差あり(Student t-検定)。
図3】ホルマリンテストにより、ジエチルジチオカルバメートの銅錯体(Cu(DDC)2)及び鉄(III)錯体(Fe(DDC)3)の疼痛抑制効果を調べた結果である。コントロール群に対し、*はp<0.05で有意差あり(Student t-検定)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の鎮痛剤及び鎮静剤は、以下の(1)~(5)のいずれかを有効成分として含有する。
(1) ジスルフィラム
(2) ジエチルジチオカルバメートの金属錯体
(3) 生体内でジエチルジチオカルバメートを生成できるジスルフィド
(4) (1)、(2)又は(3)の薬剤的に許容される塩
(5) (1)、(2)、(3)又は(4)の溶媒和物
【0015】
1つの態様において、本発明の剤は、ジスルフィラム、ジスルフィラムの薬剤的に許容される塩、又はジスルフィラム若しくはその薬剤的に許容される塩の溶媒和物を有効成分とする。別の態様において、本発明の剤は、ジエチルジチオカルバメートの金属錯体、該錯体の薬剤的に許容される塩、又は該錯体若しくはその薬剤的に許容される塩の溶媒和物を有効成分とする。
【0016】
上記(1)のジスルフィラム(化学名:テトラエチルチウラムジスルフィド)は、それ自体は公知の化合物であり、従来より慢性アルコール中毒に対する抗酒癖剤として用いられている。ジスルフィラムは日本薬局方収載の処方箋医薬品であり、製造方法も周知である。
【0017】
上記(2)のジエチルジチオカルバメート(DDC)の金属錯体は、いずれの金属の錯体でもよい。金属は1価でも2価以上でもよい。1つの態様において、ジエチルジチオカルバメートの金属錯体は、2価以上の金属の錯体である。金属錯体の具体例を挙げると、1価の金属の錯体としてはナトリウム錯体、リチウム錯体など、2価以上の金属の錯体としては銅錯体、鉄(II)錯体、鉄(III)錯体、亜鉛錯体、白金錯体、金錯体、アルミニウム錯体、マグネシウム錯体、バナジウム錯体、セレン錯体、コバルト(II)錯体、コバルト(III)錯体などを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0018】
上記(3)のジスルフィドは、典型的には、1分子の当該ジスルフィド化合物のS-S結合の開裂により、少なくとも1分子のDDC、例えば1分子のDDCを生体内で生じる化合物である。そのようなジスルフィド化合物は、下記の式1に示される構造を分子内に有する化合物であってよい。式1中の波線は、この部分より先の構造部分を省略していることを示している。波線部より先の構造は、S-S結合の開裂を妨げない限り、いかなる構造であってもよい。
【0019】
【化1】
【0020】
上記(3)のジスルフィドの具体例として、酸化型グルタチオン(GSSG、Glutathione-S-S-Glutathione)のようなジスルフィド化合物とDSFのss交換反応により形成されるDDC付加ジスルフィド化合物(式1において、波線部の先の構造がグルタチオンである化合物)、チオレドキシンのような、少なくとも1対の機能的システイン残基を有するタンパク質とDSFとのss交換反応により形成されるDDC付加タンパク質(例えば、式1において、波線部の先の構造がチオレドキシンである化合物)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0021】
(1)~(3)の化合物は、薬剤的に許容される塩の形態で用いてもよい。酸付加塩と塩基付加塩のいずれであってもよい。酸付加塩の具体例としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、ヨウ化水素酸塩、硝酸塩、及びリン酸塩などの無機酸塩、並びにクエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、及びパラトルエンスルホン酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。塩基付加塩の具体例としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、及びアンモニウム塩などの無機塩基塩、並びにトリエチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、ピリジニウム塩、及びジイソプロピルアンモニウム塩などの有機塩基塩を挙げることができる。いずれの塩も、化学合成分野において公知の方法により製造することができる。
【0022】
また、(1)~(3)の化合物、及びそれらの薬剤的に許容される塩は、溶媒和物の形態で用いてもよい。溶媒和物の具体例としては、水和物及びエタノール和物などを挙げることができるが、これらに限定されず、医薬として許容される溶媒との溶媒和物であればいかなるものであってもよい。(1)~(3)の化合物及びこれらの塩の溶媒和物は、化学合成分野において公知の方法により製造することができる。
【0023】
疼痛は、その原因によって、一般に、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛(神経因性疼痛)、及び心因性疼痛に分類される。侵害受容性疼痛はさらに体性痛と内臓痛に分類される。神経障害性疼痛は、神経の損傷部位により、末梢性神経障害性疼痛と中枢性神経障害性疼痛に分類される。また、疼痛は、その持続期間によって、慢性疼痛と急性疼痛に分類される。本発明の鎮痛剤が適用される疼痛は特に限定されず、上記のいずれの疼痛に対しても使用可能である。
【0024】
本発明の鎮痛剤が対象とする疼痛の具体例としては、例えば、がん性疼痛、帯状疱疹痛、帯状疱疹後神経痛、三叉神経痛、糖尿病性神経障害性疼痛、幻肢痛などに起因する痛み、頭痛、腹痛、腰背部痛、慢性骨盤痛症侯群、膀胱痛、歯痛、各種炎症性疾患に伴う痛み、外科手術や外傷などによる痛み、子宮内膜症や子宮筋腫、月経困難症をはじめとする婦人科領域疾患に伴う痛み等を挙げることができる。
【0025】
がん性疼痛は、本発明の鎮痛剤が対象とする疼痛の具体例の一つである。がん性疼痛には、体性痛(例えば、骨転移局所の痛み、術後早期の創部痛、筋膜や骨格筋の炎症に伴う痛み)、内臓痛(例えば、消化管閉塞に伴う腹痛、肝臓腫瘍内出血に伴う上腹部・側腹部痛、膵臓がんに伴う上腹部・背部痛等)、神経障害性疼痛(例えば、がんの腕神経叢浸潤に伴う上肢のしびれ感を伴う痛み、脊椎転移の硬膜外浸潤、脊髄圧迫症候群に伴う背部痛、化学療法後の手足の痛み)、並びに、体性痛及び内臓痛に分類される、病巣の周囲や病巣から離れた場所に発生する痛みである関連痛が包含される(参考:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2014年版、日本緩和医療学会編)。さらには、これらのがん自体が原因となる痛みの他、がんが間接的な原因となる、がんに関連した痛み(寝たきりの時間が長くなることによって生じる床ずれ等の痛み)、がん治療に関連した痛み(術後の瘢痕、神経損傷による痛み、抗がん剤治療で起こる口内炎、放射線治療で起こる皮膚のやけど等)、及び、もともと患者が持っている頭痛等のがんとは関係ない痛み、がんに併発して起こった痛みに対しても、本発明の鎮痛剤を好ましく適用することができる。
【0026】
また、下記実施例に記載されるように、ジスルフィラム及びジエチルジチオカルバメートの金属錯体は鎮静作用も有しており、(3)の化合物も同様に鎮静作用を有すると考えられる。従って、上記した(1)~(5)の化合物は、鎮静剤として用いることもできる。本発明の剤は、がん患者における、抗がん、抗炎症、鎮痛、鎮静などの治療におけるベネフィットを複合的に発揮することができる。
【0027】
本発明の剤の投与経路は特に限定されず、全身投与でも局所投与でもよく、経口投与でも非経口投与でもよい。非経口投与の例として、筋肉内投与、皮下投与、静脈内投与、動脈内投与、経皮投与等を挙げることができる。
【0028】
本発明の剤の剤形も特に限定されず、有効成分のジスルフィラム等を、各投与経路に適した薬剤的に許容される担体、希釈剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、甘味剤、懸濁化剤、乳化剤、着色剤、矯味剤、安定剤等の添加剤と適宜混合して製剤することができる。製剤形態としては、錠剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤などの経口剤や、吸入剤、注射剤、座剤、液剤などの非経口剤などを挙げることができる。製剤方法及び使用可能な添加剤は、医薬製剤の分野において周知であり、いずれの方法及び添加剤をも用いることができる。
【0029】
徐放製剤化の技術も周知である。本発明の剤は、有効成分の血中濃度安定化及び維持のために徐放性(sustained release)製剤として提供してもよい。ここでいう徐放という語は、制御放出(controlled release)と同義であり、時限放出(delayed release)等も包含される。徐放化技術は、徐放性製剤の形態からシングルユニット型とマルチプルユニット型に分類され、また放出制御機構からリザーバー型、マトリックス型などに分類され、複数の機構を組み合わせたハイブリッド型も知られている。本発明の剤を徐放性製剤として調製する場合は、いずれの徐放化技術を用いてもよい。リポソーム等のDDSを利用したものであってもよい。錠剤、顆粒剤、カプセル剤等のいずれの剤形でも徐放性製剤として調製し得る。ジスルフィラムの徐放性製剤の具体例を挙げると、例えばWO 2012/076897 A1には、リポソームをDDSとしたジスルフィラムの製剤が記載されており、International Journal of Pharmaceutics 497 (2016) 3-11には、徐放性ポリマーとしてポリビニル酢酸-ポリビニルピロリドン混合物又はヒプロメロースを用いたジスルフィラムの固体分散体錠剤が記載されている。もっとも、ジスルフィラムの徐放性製剤はこれらの具体例に限定されるものではない。
【0030】
本発明の剤の投与量は、患者の状態や体重、投与経路等に応じて適宜選択される。特に限定されないが、例えば、成人(体重約60 kg)に対し有効成分量として約0.001mg~約20g程度、例えば約0.1mg~約5g程度を1日に1回~数回に分けて投与してよい。
【0031】
本発明の剤を投与する対象は、典型的には哺乳動物であり、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等の種々の哺乳動物に対して用いることができる。
【0032】
本発明の剤は、既存の鎮痛薬と併用してもよい。既存の鎮痛薬として、非オピオイド系鎮痛薬(アスピリン、ロキソプロフェン、インドメタシン等のNSAIDs、及びアセトアミノフェン)、オピオイド系鎮痛薬(モルヒネ、フェンタニル、オキシコドン、コデイン、トラマドール、ペンタゾシン、プブレノルフィン等)、並びに、日本国内又は外国において侵害障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛、又は三叉神経痛などの治療薬として使用され、がん性疼痛の治療分野では鎮痛補助薬と呼ばれている、デュロキセチン等の抗うつ薬、ガバペンチン、プレガバリン、カルバマゼピン等の抗けいれん薬等を挙げることができるが、本発明の剤を併用できる既存の鎮痛薬はこれらの例に限定されない。鎮痛作用が強力な鎮痛薬ほど深刻な副作用を生じやすいが、本発明の剤と併用することで、既存の鎮痛薬の使用量を低減し、それにより副作用を低減する効果が期待される。
【実施例
【0033】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0034】
1.ホルマリンテストによるジスルフィラムの鎮痛作用の評価
炎症性疼痛モデルであり、広義の神経障害性疼痛モデルとしても汎用されているホルマリンテストにより、ジスルフィラム(DSF)の疼痛抑制効果を評価した。
【0035】
<方法>
ホルマリンテストではマウスを透明な容器へ入れて30分間、解析環境へ適応させた。その後、評価薬剤または溶媒コントロール(10% DMSO、2% Tween80溶液)をマウス腹腔内へ投与しさらに30分後に1%ホルマリン20μLを右の後ろ足の足底表面皮下に注射して疼痛行動を観察し、足を上げたり、なめた時間量(秒)を疼痛の強さの測定値として使用した。
【0036】
<結果>
ホルマリンテストは疼痛モデルとして鎮痛作用の評価に汎用されるモデルの1つである。ホルマリンテストにおける疼痛様行動は2相性であり、ホルマリン投与後5分以内に生じ10分後までに消失する1次反応と、投与後10~15分後から再度生じる2次反応が観察される(図1A)。DSFを40 mg/kg(抗酒癖剤として一般に使用される用量のマウス相当量)で投与すると、2次反応が強力に抑制された(図1B、***はp<0.001で有意差あり(Student t-検定)。溶媒コントロール投与(10% DMSO、2% Tween80溶液)群の2次反応を100%とし、DSFの各薬剤用量投与群における2次反応の抑制度合を相対評価した結果、DSFは投与用量依存的な鎮痛作用を示し、10 mg/kgの投与においても有意な鎮痛作用を有することが確認された(図1C、*はp<0.05、*はp<0.01、***はp<0.001で溶媒コントロール投与群に対し有意差あり)。また、DSFを投与したマウスは動きが穏やかになり、鎮静効果も認められた。
【0037】
プレガバリン等の既存の鎮痛薬との活性比較を目的として各薬剤投与群における2次反応の抑制度合いを相対評価したところ、40 mg/kg の一定用量投与条件においてDSFはいずれの既存鎮痛薬よりも強力な鎮痛作用を示すことが判明した(図1D)。これらによりこれまでに疼痛抑制効果の報告のないDSFは強力な鎮痛作用を有することを見出した。
【0038】
2.坐骨神経結紮モデルによるジスルフィラムの鎮痛作用の評価
ホルマリンテストにおける第2相目の疼痛反応は、中枢性感作の関与が知られていることから、DSFは神経障害性疼痛に対しても有効性を発揮することが期待された。しかし、ホルマリンテストは刺激物質の投与に伴う刺激物誘導性の疼痛反応を評価するため、正常な状態では痛みと感じない触覚等を疼痛と感じる感覚(アロデニア)や自発痛を生じる臨床上の神経障害性疼痛とは、かい離する場合もある疼痛評価モデルである。そこで、神経障害性疼痛マウスモデルとして汎用される坐骨神経結紮(CCI)モデルを用いてDSFの薬効評価を実施した。
【0039】
坐骨神経結紮(CCI)マウス群では大腿部を切開し筋層を剥離し、坐骨神経を露出し1mm間隔で3箇所6-0絹糸を用いて結紮したのちに閉創した。これに対してシャム手術(Sham)群は筋層の剥離までは同様に行い坐骨神経を露出し結紮することなく閉創した。そして術後、1週間以降に刺激物質の投与によらない熱に対する疼痛閾値をプランター試験にて評価した。CCI DSF群には、腹腔にDSFを40 mg/kgの用量で投与し、CCIコントロール群にはDSFに代えて溶媒コントロール(10% DMSO、2% Tween80溶液)を投与し、いずれも投与30分後にプランター試験を実施した。
【0040】
その結果、坐骨神経結紮(CCI)に伴う疼痛閾値の低下が確認され、この低下は40 mg/kgのDSF投与により有意に抑制されることを見い出した(図2、**はp<0.01)。この結果は、DSFが神経障害性疼痛に対して優れた鎮痛作用を発揮することを示している。
【0041】
3.ホルマリンテストによるジエチルジチオカルバメートの金属錯体の鎮痛作用の評価
DSFは生体内で代謝されてジエチルジチオカルバメート(DDC)を生じる。DSFと同様に、生体内でDDCを生じると考えられるDDCの金属錯体について、ホルマリンテストにより鎮痛作用を評価した。評価薬剤として、DDCの銅錯体(Cu(DDC)2)及び鉄(III)錯体(Fe(DDC)3)を用いた他は上記1.と同様にしてホルマリンテストを行なった。錯体はいずれも40 mg/kgでマウスに投与した。
【0042】
結果を図3に示す。DDCの金属錯体が2次反応を抑制する作用を有することが確認された(*はp<0.05で溶媒コントロール投与群に対し有意差あり)。また、錯体を投与したマウスにおいても、DSFと同様に鎮静効果が認められた。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2
図3