(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】構造物の設計支援装置、処理対象物の処理支援装置、設計支援方法および設計支援プログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/23 20200101AFI20231013BHJP
G06F 30/10 20200101ALI20231013BHJP
B29C 64/386 20170101ALI20231013BHJP
B33Y 50/00 20150101ALI20231013BHJP
B22F 10/66 20210101ALI20231013BHJP
B22F 10/80 20210101ALI20231013BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20231013BHJP
B22F 10/38 20210101ALN20231013BHJP
G06F 113/10 20200101ALN20231013BHJP
【FI】
G06F30/23
G06F30/10 100
B29C64/386
B33Y50/00
B22F10/66
B22F10/80
B22F10/28
B22F10/38
G06F113:10
(21)【出願番号】P 2021208114
(22)【出願日】2021-12-22
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2021000269
(32)【優先日】2021-01-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】山田 崇恭
【審査官】松浦 功
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/216221(WO,A1)
【文献】佐藤勇気 外3名,仮想的な物理モデルに基づく幾何学的制約付きトポロジー最適化,日本機械学会論文集 [online],2017年,Vol. 83, No. 851,pp. 1-16,[検索日 2023.05.12], インターネット,URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjsme/83/851/83_17-00081/_article/-char/ja/
【文献】山田崇恭 外4名,幾何学的特徴量に対する偏微分方程式系に基づく幾何学的特徴制約付きトポロジー最適化,日本機械学会論文集 [online],2019年,Vol. 85, No. 877,pp. 1-17,[検索日 2023.05.12], インターネット,URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjsme/85/877/85_19-00129/_article/-char/ja/
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/00 -30/28
B29C 64/386 -64/393
B22F 10/00 -10/85
B33Y 50/00
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援装置であって、
構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、
偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、前記構造物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備え、
前記状態変数は、前記構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示
し、
前記データ取得部は、前記構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて前記構造物の形状の空間分布を示すデータを取得し、
前記状態変数は仮想的な温度分布pであり、
a
p
は、前記構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、
χは、前記メッシュが前記構造物の点であるとき値1を取り、前記メッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る特性関数であり、
前記偏微分方程式は
【数1】
で表されることを特徴とする設計支援装置。
【請求項2】
a
p ̄は構造物でない空間での拡散係数であり、
ε
pは構造物での拡散係数であり、
a
p ̄の値はε
pの値より大きく、
Lは前記構造物を含む空間を特徴づける値であり、
前記熱の拡散係数a
pは
【数2】
で表されることを特徴とする請求項
1に記載の設計支援装置。
【請求項3】
前記状態変数に基づいて前記構造物の設計の良否を判断する判断部をさらに備える請求項
1または2のいずれかに記載の設計支援装置。
【請求項4】
前記判断部は、
前記状態変数の最大値を算出し、算出された前記状態変数の最大値が予め定められた閾値より小さい場合、前記構造物の設計が良いと判断することを特徴とする請求項
3に記載の設計支援装置。
【請求項5】
前記判断部は、
前記状態変数の平均値を算出し、算出された前記状態変数の平均値が予め定められた閾値より小さい場合、前記構造物の設計が良いと判断することを特徴とする請求項
3に記載の設計支援装置。
【請求項6】
積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援方法であって、
データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するステップと、
状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、前記構造物の仮想的な状態変数を算出するステップとを備え、
前記状態変数は、前記構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示
し、
前記データ取得部は、前記構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて前記構造物の形状の空間分布を示すデータを取得し、
前記状態変数は仮想的な温度分布pであり、
a
p
は、前記構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、
χは、前記メッシュが前記構造物の点であるとき値1を取り、前記メッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る特性関数であり、
前記偏微分方程式は
【数1】
で表されることを特徴とする設計支援方法。
【請求項7】
積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援プログラムであって、
データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するステップと、
状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、前記構造物の仮想的な状態変数を算出するステップとをコンピュータに実行させ、
前記状態変数は、前記構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示
し、
前記データ取得部は、前記構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて前記構造物の形状の空間分布を示すデータを取得し、
前記状態変数は仮想的な温度分布pであり、
a
p
は、前記構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、
χは、前記メッシュが前記構造物の点であるとき値1を取り、前記メッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る特性関数であり、
前記偏微分方程式は
【数1】
で表されることを特徴とする設計支援プログラム。
【請求項8】
固定面に接続される構造物の設計を支援するための設計支援装置であって、
構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、
偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、前記構造物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備え、
前記状態変数は、前記構造物に前記固定面と接続される面が存在するか否かを示
し、
前記データ取得部は、前記構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて前記構造物の形状の空間分布を示すデータを取得し、
前記状態変数は仮想的な温度分布pであり、
a
p
は、前記構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、
χは、前記メッシュが前記構造物の点であるとき値1を取り、前記メッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る特性関数であり、
前記偏微分方程式は
【数1】
で表されることを特徴とする設計支援装置。
【請求項9】
処理対象物の内壁面を特定の方向から処理するときに、これを支援するための処理支援装置であって、
処理対象物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、
偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、前記処理対象物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備え、
前記状態変数は、前記処理対象物に前記特定の方向を向く穴が存在するか否かを示
し、
前記データ取得部は、前記処理対象物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて前記処理対象物の形状の空間分布を示すデータを取得し、
前記状態変数は仮想的な温度分布pであり、
a
p
は、前記処理対象物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、
χは、前記メッシュが前記処理対象物の点であるとき値1を取り、前記メッシュが前記処理対象物の点でないとき値0を取る特性関数であり、
前記偏微分方程式は
【数1】
で表されることを特徴とする処理支援装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物の設計支援装置、処理対象物の処理支援装置、設計支援方法および設計支援プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
構造物の幾何学的特徴量が積層造形法における幾何学的制約条件を満たすように、トポロジー最適化を行う技術が提案されている(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
パウダーベッド法などの積層造形法は、金属粉末を敷き詰め、造形する部分にレーザや電子ビームを照射して、溶融・凝固を繰り返すことにより構造物を造形する。この場合、造形が終了した後に、固化していない金属粉末を除去する必要がある。
【0005】
しかしながら造形された構造物の内部に、外部とつながらない閉じた空洞が存在すると、金属粉末をこの空洞から除去することができない。構造物が完成した後で、こうした空洞に金属粉末除去用の穴(貫通孔)を空けることも不可能ではない。しかしこのような作業は一般に、製造工程の複雑化や構造物の性能低下を招く原因となる。特に複数の閉じた空洞が構造物内で入れ子になっているような場合、後から貫通孔を空けることは非常に困難である。従って、造形を開始する前の段階で、予めこのような閉じた空洞が存在しないように設計しておくことが望ましい。
【0006】
特許文献1に記載の技術は、構造物の幾何学的特徴量が積層造形法における幾何学的制約条件を満たすように、トポロジー最適化を行うことができる。しかしながらこの技術は、構造物内に外部と通じる貫通孔を持たない、閉じた空洞が存在するか否かを設計段階で判断することはできない。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、積層造形法により造形する構造物に関し、その内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断できる設計支援技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の設計支援装置は、積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援装置であって、構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備える。状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0009】
データ取得部は、構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得してもよい。
【0010】
状態変数は仮想的な温度分布pであり、a
pは、構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数であり、χは、メッシュが構造物の点であるとき値1を取り、メッシュが構造物の点でないとき値0を取る特性関数であり、偏微分方程式は
【数1】
で表されてもよい。
【0011】
a
p ̄は構造物でない空間での拡散係数であり、ε
pは構造物での拡散係数であり、a
p ̄の値はε
pの値より大きく、Lは構造物を含む空間を特徴づける値であり、熱の拡散係数a
pは
【数2】
で表されてもよい。
【0012】
ある実施の形態では、設計支援装置は、状態変数に基づいて構造物の設計の良否を判断する判断部をさらに備えてもよい。
【0013】
判断部は、算出された状態変数の最大値が予め定められた閾値より小さい場合、構造物の設計が良いと判断してもよい。
【0014】
判断部は、算出された状態変数の平均値が予め定められた閾値より小さい場合、構造物の設計が良いと判断してもよい。
【0015】
本発明の別の態様は、設計支援方法である。この方法は、積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援方法であって、データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するステップと、状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出するステップとを備える。状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0016】
本発明のさらに別の態様は、設計支援プログラムである。このプログラムは、積層構造を用いて造形する構造物の設計を支援するための設計支援方法であって、データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するステップと、状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出するステップとをコンピュータに実行させる。状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0017】
本発明のさらに別の態様は、固定面に接続される構造物の設計を支援する設計支援装置であって、構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備える。状態変数は、構造物に、固定面と接続される面が存在するか否かを示す。
【0018】
本発明のさらに別の態様は、処理対象物の内壁面を特定の方向から処理するときに、これを支援するための処理支援装置であって、処理対象物の形状の空間分布を示すデータを取得するデータ取得部と、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、処理対象物の仮想的な状態変数を算出する状態変数算出部とを備える。状態変数は、処理対象物に、特定の方向を向く穴が存在するか否かを示す。
【0019】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を装置、方法、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、積層造形法により造形する構造物に関し、その内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】内部に閉じた空洞が存在する構造物の図である。(a)は、この構造物を外から見た斜視図である。(b)は、この構造物をある平面で切断したものの斜視図である。(c)は、この構造物をある平面で切った断面の拡大図である。
【
図2】内部に閉じた空洞が存在しない構造物の図である。(a)は、この構造物を外から見た斜視図である。(b)は、この構造物をある平面で切断したものの斜視図である。(c)は、この構造物をある平面で切った断面の拡大図である。
【
図3】第1の実施の形態に係る設計支援装置の機能ブロック図である。
【
図4】第2の実施の形態に係る設計支援装置の機能ブロック図である。
【
図5】第3の実施の形態に係る設計支援方法の処理手順を示すフローチャートである。
【
図6】第5の実施の形態を説明するための模式図である。(a)は、底面に接続された構造物と、底面から浮いた状態の構造物と、を示す。(b)は、(a)の構造物に状態変数を適用したときの様子を示す。
【
図7】第6の実施の形態を説明するための模式図である。(a)は、特定の方向を向く穴が存在する加工対象物と、特定の方向を向く穴が存在しない加工対象物と、を示す。(b)は、(a)の加工対象物に状態変数を適用したときの様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示である。実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項の中で「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合、特に言及がない限りこの用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するだけのためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0023】
具体的な実施の方法を述べる前に、
図1および2を参照して、基礎となる知見を説明する。
図1および2は、いずれも積層造形法を用いて造形した3次元の構造物を示す。
【0024】
図1に示される構造物1は、内部に閉じた空洞が存在する。
図1(a)は、構造物1を外から見た斜視図である。この図では、構造物1の内部に閉じた空洞が存在するか否かは、一見しただけでは分からない。
図1(b)は、構造物1をz=一定の平面P1で切断したものの斜視図である。この図を見れば、断面P1の中に閉じた空洞が存在することが分かる。
図1(c)は、構造物1をz=一定のある平面で切ったときの断面の拡大図である。この断面では、5つの閉じた空洞H1、H2、H3、H4、およびH5が入れ子構造になっている。構造物1の造形後にこれらの5つの空洞H1、H2、H3、H4、およびH5に残った金属粉末は除去することができない。この意味で、構造物1は望ましい設計ではない。
【0025】
図2に示される構造物2は、内部に閉じた空洞が存在しない。
図2(a)は、構造物2を外から見た斜視図である。この図では、構造物2の内部に閉じた空洞が存在するか否かは、一見しただけでは分からない。
図2(b)は、構造物2をz=一定の平面P2で切断したものの斜視図である。この図を見れば、断面P2の中に閉じた空洞が存在しないことが分かる。
図2(c)は、構造物1をz=一定のある平面で切ったときの断面の拡大図である。この断面には、3つの空洞H11、H12およびH13が存在する。これら3つの空洞H11、H12およびH13は、それぞれ貫通孔O11、O12およびO13を持つ。構造物2の造形後にこれらの3つの空洞H11、H12およびH13に残った金属粉末は、貫通孔O11、O12およびO13を通して除去することができる。この意味で、構造物2は望ましい設計である。
【0026】
以上のように、積層造形法を用いて造形する構造物は、内部に閉じた空洞が存在しなければ、望ましい設計であるといえる。すなわち積層造形法を用いて造形する構造物は、内部に空洞が全く存在しないか、空洞が存在したとしてもこの空洞が外部と通じる貫通孔を持てば、望ましい設計であるといえる。
【0027】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、仮想的な物理的モデルを用いることによって、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断できることに気が付いた。この物理モデルは、構造物を含む3次元領域で定義されるスカラー値関数p(x,y,z)を含む。以下、このスカラー値関数p(x,y,z)を「状態変数」と呼ぶ。簡単のため、状態変数p(x,y,z)を単にpと略記することもある。状態変数p(x,y,z)は、空間の各点に関連する物理量を表すスカラー場である。この状態変数p(x,y,z)は、構造物内部の閉じた空洞内で値0を取り、そうでない点で0でない値を取る。従って、例えば考察する領域内のすべての点でp(x,y,z)=0であれば、その構造物の内部には閉じた空洞が存在しないので、望ましい設計であると判断できる。逆に、考察する領域内にp(x,y,z)≠0となる点があれば、その構造物の内部には閉じた空洞が存在するので、望ましい設計ではないと判断することができる。
【0028】
さらに本発明者は、この状態変数pが以下の偏微分方程式を満たすことを発見した。
【数1】
ここでa
p、χは、それぞれ以下で定義される(X:=Yは、XがYで定義されることを表す)。
【数2】
【数3】
ただし、a
p ̄は十分な大きな値を取る定数であり、ε
pは十分小さな値を取る定数である。Lは考察する空間を特徴づける長さであり、例えば構造物を含む立方体の一変の長さである。
【0029】
状態変数pは、(温度そのものではないが)空間における仮想的な温度分布に喩えることができる。この場合、式(1)のパラメータapは系の熱の拡散係数と解釈できる。パラメータapは各点で定義される。式(2)によれば、構造物(ここには熱源がない)では熱の拡散が遅いので温度が上昇し(熱がこもる)、逆に構造物でない空間(ここには熱源がある)では熱の拡散が速いので温度が上昇しない(熱がこもらない)ことが分かる。ただしパラメータap ̄(マクロン付きのap)は構造物でない空間での熱の拡散係数を示し、εpは構造物での熱の拡散係数を示す。式(3)で定義されるχは特性関数とも呼ばれ、構造物の幾何学的形状を定める。以上から、仮想的な温度分布に喩えられる状態変数pは、拡散係数と熱源のバランスに基づき、式(1)に従ってその分布が定まることが分かる。本発明は、構造物の設計の良否を判断するために、本発明者が発見した上記の原理に基づいて、当該構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断するものである。
【0030】
[第1の実施の形態]
図3に、第1の実施の形態に係る設計支援装置10の機能ブロックを示す。設計支援装置10は、データ取得部12と、状態変数算出部14とを備える。
【0031】
データ取得部12は、構造物の形状の空間分布を示すデータを取得する。形状の空間部分を示すデータとは、空間上における形状のあるなしの分布を示すデータである。こうしたデータには、形状のピクセルデータ、ボクセルデータ、例えばSTL形式のポリゴンデータ等がある。こうしたデータは、例えばユーザが入力手段を用いて入力してもよいし、コンピュータで制御されたデータ入力手段により自動入力してもよい。
【0032】
状態変数算出部14は、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する。このとき算出される状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0033】
本実施の形態によれば、積層造形法により造形する構造物に関し、その内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断することができる。
【0034】
ある実施の形態では、データ取得部12は、構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて当該構造物の形状の空間分布を示すデータを取得してもよい。構造物を含む空間は、立方体、直方体、三角錐、球、回転楕円体など任意の形状であってよい。メッシュの形状は、2次元であれば三角形や四角形、3次元であれば四面体や6面体など、数学的に表現できる任意の単純な形状であってよい。
【0035】
本実施の形態によれば、構造物が複雑な形状をしていても、柔軟にその空間分布を示すデータを取得することができる。
【0036】
ある実施の形態では、状態変数は仮想的な温度分布p、構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数をa
p、特性関数χをメッシュが前記構造物の点であるとき値1を取りメッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る関数であるとする。このとき前述の偏微分方程式は
【数1】
で表される。それぞれのパラメータや当該偏微分方程式の詳細は、前述の説明の通りである。
【0037】
本実施の形態によれば、偏微分方程式を具体的に定めて、設計支援装置を構成することができる。
【0038】
ある実施の形態では、構造物でない空間での拡散係数をa
p ̄、構造物での拡散係数をε
p、構造物を含む空間を特徴づける値をLであるとする。ただしa
p ̄の値は、ε
pの値より大きい。このとき熱の拡散係数をa
pは、
【数2】
で表される。構造物を含む空間を特徴づける値Lは、例えば、構造物を含む空間が立方体であればその一辺、直方体であればその長辺または短辺、三角錐であればその一辺または高さ、球であればその半径または直径、回転楕円体であれば楕円の長半径または短半径などであってよい。
【0039】
本実施の形態によれば、熱の拡散係数を具体的に定めて、設計支援装置を構成することができる。
【0040】
[第2の実施の形態]
図4に、第1の実施の形態に係る設計支援装置20の機能ブロックを示す。設計支援装置10は、データ取得部12と、状態変数算出部14と、判断部22とを備える。すなわち設計支援装置20は、
図3の設計支援装置10の構成に加えて、判断部22を備える。設計支援装置20のその他の構成と動作は、設計支援装置10の構成と共通である。以下、設計支援装置10と重複する部分については適宜説明を省略し、相違する部分に焦点を当てて説明する。
【0041】
判断部22は、状態変数算出部14で算出された状態変数に基づいて、構造物の設計の良否を判断する。前述のように、算出された状態変数は、構造物内部の閉じた空洞内で値0を取り、そうでない点で0でない値を取る。従って、考察する領域内での物理量が0に近いほど、その構造物の内部に存在する閉じた空洞は少ないので、より良い設計であると判断できる。逆に、考察する領域内での物理量が0から遠いほど、その構造物の内部に存在する閉じた空洞は多いので、より悪い設計であると判断できる。すなわち判断部22は、算出された状態変数の値の大小を基に、設計の良否を判断する。
【0042】
本実施の形態によれば、算出した物理量を基に、構造物の設計の良否を判断することができる。
【0043】
ある実施の形態では、判断部22は、算出された状態変数の最大値が予め定められた閾値より小さい場合、構造物の設計が良いと判断する。一般に算出される状態変数は、各点で異なる値を取る。そこで、算出された全ての状態変数の値を比較し、その最大値が所定の閾値より小さければ、構造物の設計がよいと判断できる。
【0044】
本実施の形態によれば、算出された全ての状態変数を考慮して構造物の良否を判断するので、正確な判断を得ることができる。
【0045】
ある実施の形態では、判断部22は、算出された状態変数の平均値が予め定められた閾値より小さい場合、構造物の設計が良いと判断する。本実施の形態は、算出された全ての状態変数の値を比較するのではなく、その平均値を所定の閾値と比較することにより構造物の設計がよいと判断する。これは、状態変数の最大値を用いる場合と比べて計算量が少なくて済むというメリットを持つ。
【0046】
本実施の形態によれば、より少ない計算量で構造物の良否を判断できるので、より高速にまたはより少ない計算機資源で判断を行うことができる。
【0047】
[第3の実施の形態]
図5に、第3の実施の形態に係る設計支援方法の処理手順を示すフローチャートを示す。この設計支援方法は、ステップS1と、ステップS2とを備える。ステップS1で本方法は、データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得する。ステップS2で本方法は、状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する。状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0048】
本実施の形態によれば、積層造形法により造形する構造物に関し、その内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断することができる。
【0049】
[第4の実施の形態]
第4の実施の形態は、コンピュータプログラムである。このプログラムは、ステップS1と、ステップS2とをコンピュータに実行させる。ステップS1では、データ取得部を用いて構造物の形状の空間分布を示すデータを取得する。ステップS2では、状態変数算出部を用いて、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する。状態変数は、構造物の内部に閉じた空洞が存在するか否かを示す。
【0050】
本実施の形態によれば、コンピュータを用いて、積層造形法により造形する構造物に関し、その内部に閉じた空洞が存在するか否かを判断することができる。
【0051】
[第5の実施の形態]
構造物を設計するとき、その構造物が地面や壁面などの固定面と接続された形状となっていることが必要とされる場合がある。例えば自立する建物やオブジェなどは、地面に接続されて自立できなければならない。あるいは、棚や看板などは、壁面に接続されて固定されなければならない。このような場合、構造物が固定面から浮いた状態にあるのではなく、必ずどこかで固定面とつながっていることが条件となる。これは、前述の積層造形の実施の形態において、構造物の内部に完全に閉じた空洞が存在せず、必ずどこかに外部と通じる貫通孔が存在することが条件であったことに相当する。
【0052】
図6を用いて、自立した構造物の設計を支援する原理を説明する。
図6(a)に示される構造物3は、接続面G2を介して底面G1と接続された形状となっている。一方、構造物4および構造物5は、底面G1から浮いた状態になっている。底面G1の上に自立する構造物を実現するためには、設計段階で構造物3を選択し、構造物4および5を排除する必要がある。
【0053】
図6(b)は、
図6(a)の構造物に、状態変数pを適用したときの様子を模式的に示す。ただし、この実施例では、前述の積層造形における空洞を構造が存在する領域に読み替える。すなわち、積層造形での貫通孔は、本実施例では構造物と固定面との間の接続面に相当する。状態変数pを空間における仮想的な温度分布に喩えると、
図6(b)に示されるように、構造物3では接続面G2を介して底面G1に熱が拡散している。一方、構造物4および5では接続面が存在しないため、熱がこもっている。
【0054】
以上の知見に基づき、
図3を用いて第5の実施の形態を説明する。第5の実施の形態は、地面や壁などの固定面に接続される構造物の設計を支援するための設計支援装置である。
図3は、第5の実施の形態に係る設計支援装置10の機能ブロックである。設計支援装置10は、データ取得部12と、状態変数算出部14とを備える。
【0055】
データ取得部12は、構造物を含む空間をメッシュに分割した有限要素法を用いて当該構造物の形状の空間分布を示すデータを取得する。状態変数算出部14は、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、構造物の仮想的な状態変数を算出する。このとき、算出される状態変数は、構造物に固定面と接続される面が存在するか否かを示す。
【0056】
前述と同様に、状態変数は仮想的な温度分布pであるとし、構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数をa
pとする。このときpに関する偏微分方程式は
【数1】
で表される。
ただし式(1)に含まれる特性関数χは、空洞の存在条件を定めたときとは逆に、メッシュが前記構造物の点であるとき値0を取り、メッシュが前記構造物の点でないとき値1を取る関数であるとする。すなわち、
【数4】
である。
【0057】
本実施の形態によれば、固定面に接続される構造物の設計に関し、当該構造物に固定面と接続される面が存在するか否かを判断することができる。
【0058】
[第6の実施の形態]
一部が壁で囲まれたような構造物の内壁面を器具を用いて処理する場合、当該構造物の内部に、処理対象面に向けて処理用の器具を挿入する必要がある。例えばフライス加工で内壁面を加工する場合は加工面に向けてエンドミルを挿入する、内壁面をスプレー塗装する場合は塗装面に向けてノズルを挿入する、内壁面を清浄する場合は清浄面に向けてクリーナーを挿入する、といった具合である。このような場合、処理対象面に対向する面の壁は塞がっているのではなく、必ず器具を挿入するための穴が存在することが条件となる。これは、前述の積層造形の実施の形態において、構造物の内部に完全に閉じた空洞が存在せず、必ず外部と通じる貫通孔が存在することに相当する。ただし、積層造形における金属粉末除去用の貫通孔はどの方向を向いていてもよかったのに対し、本実施例の穴は特定の方向に向く(すなわち処理面の方を向く)必要がある。
【0059】
図7を用いて、加工対象物の内壁面をある方向から加工するときに、これを支援する原理を説明する。ここでは、図のようにx軸およびy軸を定めたとき、エンドミル8をy軸方向に挿入して加工するフライス加工を考える。
図7(a)に示される加工対象物6は、中心付近にエンドミル8をy軸方向に挿入できる穴H100が存在する。一方、加工対象物7には、エンドミル8をy軸方向に挿入できる穴が存在しない(ただしx軸方向を向く穴H200が存在するので、エンドミル8をx軸方向に挿入して、x軸方向に加工することは可能である)。
【0060】
図7(b)は、
図7(a)の構造物に、前述の状態変数pを適用したときの様子を模式的に示す。ただし、この場合は、状態変数pの熱拡散係数は、y軸方向の熱拡散のみを表す。言い換えれば、本実施例の熱拡散係数は、等方的でなく異方性を持つ。この場合、加工対象物のy軸方向の穴H100は、積層造形における貫通孔に相当する。状態変数pを空間における仮想的な温度分布に喩えると、
図7(b)に示されるように、加工対象物6では、穴H100の下部の空間から穴H100を通して熱が拡散しているが、穴H100から外れた部分の下部の空間には熱がこもっている。一方、加工対象物7ではy軸方向を向く穴がないため、y軸方向に熱が拡散せず、空間全体で熱がこもっている。従って、エンドミル8をy軸方向に挿入する加工を考えた場合、加工対象物6および加工対象物7には、
図7(b)に示されるような加工不可能領域が存在することが分かる。
【0061】
以上の知見に基づき、
図3を用いて第6の実施の形態を説明する。第6の実施の形態は、処理対象物の内壁面を特定の方向から処理するときに、これを支援するための処理支援装置である。
図3は、第5の実施の形態に係る処理支援装置10の機能ブロックである(
図3の「設計支援装置」は「処理支援装置」と読み替える)。処理支援装置10は、データ取得部12と、状態変数算出部14とを備える。
【0062】
データ取得部12は、処理対象物の形状の空間分布を示すデータを取得する。状態変数算出部14は、偏微分方程式を用いた仮想的な物理モデルにより、処理対象物の仮想的な状態変数を算出する。このとき算出される状態変数は、処理対象物に特定の方向を向く穴が存在するか否かを示す。
【0063】
前述と同様、状態変数は仮想的な温度分布p、構造物を含む空間における各点での熱の拡散係数をa
p、特性関数χをメッシュが前記構造物の点であるとき値1を取りメッシュが前記構造物の点でないとき値0を取る関数であるとする。このとき前述の偏微分方程式は
【数1】
で表される。ただし、本実施例での拡散係数a
pは、特定の方向(本実施例ではy方向)への熱の拡散を示すものである。
【0064】
本実施の形態によれば、処理対象物の内壁面を特定の方向から処理するときに、加工が可能であるかを否かを判断することができる。特に、処理用の器具を挿入するための穴が存在するか否かを肉眼や超音波など直接認識できないような場合、本実施の形態は極めて有用であると考えられる。
【0065】
上記の実施例では、加工の方向はy軸方向であるとした。しかしこれに限られず、加工の方向は任意の方向であってよい。すなわち、拡散係数apで表される熱の拡散方向を変えることにより、加工の方向は任意の方向に取ることができる。特に、拡散係数apで表される熱の拡散方向を複数設定し、これを繰り返し適用することにより、複数の方向からの加工の可不可を判断することができる。この手法は、例えば多軸加工に適用することができるので、産業上極めて有用である。
【0066】
以上、本発明を実施例を基に説明した。これらの実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0067】
上記の実施の形態では、状態変数pは、空間における仮想的な温度分布に喩えられるものであった。しかし状態変数pはこれに限られず、例えば、空間における仮想的な電位分布、圧力分布、歪み分布などの任意の好適な物理量の分布に喩えられてもよい。この場合、それぞれの物理量に応じた適切な偏微分方程式が適用される。
【0068】
変形例は実施の形態と同様の作用・効果を奏する。
【0069】
上述した各実施の形態と変形例の任意の組み合わせもまた本発明の実施の形態として有用である。組み合わせによって生じる新たな実施の形態は、組み合わされる各実施の形態および変形例それぞれの効果をあわせもつ。
【符号の説明】
【0070】
1・・構造物
2・・構造物
3・・構造物
4・・構造物
5・・構造物
6・・加工対象物
7・・加工対象物
8・・エンドミル
10・・設計支援装置
12・・データ取得部
14・・状態変数算出部
22・・判断部
20・・設計支援装置
S1・・構造物の形状の空間分布を示すデータを取得するステップ
S2・・構造物の仮想的な状態変数を算出するステップ
H1・・空洞
H2・・空洞
H3・・空洞
H4・・空洞
H5・・空洞
H11・・空洞
H12・・空洞
H13・・空洞
O11・・貫通孔
O12・・貫通孔
O13・・貫通孔
G1・・固定面
G2・・接続面
H100・・穴
H200・・穴