(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】制御システムおよび走行体
(51)【国際特許分類】
B66C 13/22 20060101AFI20231013BHJP
【FI】
B66C13/22 H
B66C13/22 M
(21)【出願番号】P 2020117534
(22)【出願日】2020-07-08
【審査請求日】2022-12-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000005902
【氏名又は名称】株式会社三井E&S
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】中田 成幸
(72)【発明者】
【氏名】中島 義晴
(72)【発明者】
【氏名】星島 一輝
(72)【発明者】
【氏名】宮田 淳也
【審査官】八板 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-287571(JP,A)
【文献】特開平9-62360(JP,A)
【文献】国際公開第2016/189615(WO,A1)
【文献】特開2008-285271(JP,A)
【文献】特開2007-161393(JP,A)
【文献】特開平9-264736(JP,A)
【文献】特開2016-120996(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0242052(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B66C 13/00-15/06;19/00-23/94
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータの回転速度を調節するインバータと、前記電動モータによりタイヤを転動させて走行する走行体に立設された全球測位衛星システムのアンテナと、前記電動モータの回転速度を取得する回転速度取得装置と、前記インバータに速度指令を出力する制御装置と、を備える制御システムにおいて、
前記制御装置は状態推定部と目標速度作成部と速度指令作成部とを有し、予め設定された周期ごとに、前記状態推定部が前記アンテナにより取得した現在位置および前記回転速度取得装置により取得した前記電動モータの回転速度に基づいて前記現在位置から少なくとも走行中の前記走行体の走行方向に対して直交する水平方向を回転軸とするピッチング振動を含むノイズを除去した推定位置を推定し、次いで、前記目標速度作成部が前記走行体を移動させる目標位置および前記推定位置の偏差に基づいて前記電動モータの回転速度の目標回転速度を作成し、次いで、前記速度指令作成部が前記目標回転速度から前記ピッチング振動の残留振動がゼロとなる速度指令を作成し、その速度指令を前記インバータに出力することを特徴とする制御システム。
【請求項2】
前記速度指令作成部はインプットシェイピングを用いており、予め入力された前記ピッチング振動の固有周波数および減衰比に基づいた第一インパルス列と前記目標回転速度とで畳み込み積分を行うことで前記速度指令を作成する請求項1に記載の制御システム。
【請求項3】
前記状態推定部はカルマンフィルタであり、前記現在位置および前記電動モータの回転速度を観測値とする観測方程式と、少なくとも前記現在位置および前記電動モータの回転速度を状態量とし、前記電動モータの回転速度が前記目標回転速度に達する動特性を所定の時定数の一時遅れ特性と仮定して前記ピッチング振動の系を組み入れた状態方程式と、予め設定された前記観測方程式のノイズの共分散および前記状態方程式のノイズの共分散と、に基づいて前記推定位置を推定する請求項1または2に記載の制御システム。
【請求項4】
前記制御装置は目標位置更新部を有し、この目標位置更新部が前記周期ごとに予め入力された停止位置に応じて設定された走行速度パターンに基づいて前記目標位置を算出する請求項1~3のいずれか1項に記載の制御システム。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の制御システムを備えたことを特徴とする走行体。
【請求項6】
一方向に延在する桁と、この桁に沿って横行するトロリと、このトロリから吊り下げられた吊具と、前記桁を上部に支持する脚構造体と、この脚構造体の下端に設置されて前記電動モータおよび前記タイヤを有する走行装置と、を備え、前記桁に前記アンテナが設置されたクレーンである請求項5に記載の走行体。
【請求項7】
前記速度指令作成部は、前記目標回転速度から前記ピッチング振動の残留振動がゼロとなり、かつ、前記吊具の前記走行方向の振れを単振り子と見做した単振動の残留振動がゼロとなる速度指令を作成し、その速度指令を前記インバータに出力する請求項6に記載の走行体。
【請求項8】
前記速度指令作成部はインプットシェイピングを用いており、予め入力された前記ピッチング振動の固有周波数および減衰比に基づいた第一インパルス列と予め入力された前記単振動の固有周波数および減衰比に基づいた第二インパルス列とを畳み込み積分して第三インパルス列を算出し、算出したその第三インパルス列と前記目標回転速度とで畳み込み積分を行うことで前記速度指令を作成する請求項7に記載の走行体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御システムおよび走行体に関し、より詳しくは、全球測位衛星システムのアンテナを用いた走行制御を行う制御システムおよび走行体に関する。
【背景技術】
【0002】
コンテナターミナルでコンテナを運搬したり、荷役したりするクレーンや搬送台車などのタイヤの転動により走行する走行体の走行制御においては、全球測位衛星システムを用いてその走行体の現在位置を取得している(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
走行中の走行体には走行方向に直交する水平方向を軸として鉛直方向上下に回転するピッチング振動が生じる。走行体に立設された全球測位衛星システムのアンテナはそのピッチング振動の影響や路面の荒れや風などの外乱の影響により正確な現在位置を取得できない場合がある。それ故、走行体を目標位置に向けて走行させる場合にピッチング振動や外乱が生じるとそれらの影響が収まるまでクリープ速度を維持する必要があり、走行に要する時間が長くなるという問題があった。
【0004】
走行体の目標位置に対する精度に関する方法ではないが、走行中のクレーンが吊り上げた吊荷の振れを制振することを目的として、吊荷の振れを一自由度のバネ質点系とするインプットシェイピング法を用いた方法(例えば、特許文献2、3参照)や吊荷の振れ角に対してカルマンフィルタを適用する方法(例えば、特許文献4参照)が提案されている。インプットシェイピング法を用いた方法は吊荷の振れの固有周波数および減衰比に基づいたインパルス列の条件を決定し、目標速度とインパルス列とで畳み込み積分を行うことでクレーンの速度指令を算出している。また、カルマンフィルタを用いた方法は吊荷の真の振れ角を求めることにより吊荷の振れを抑制するフィードバック制御を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-284699号公報
【文献】特開2007-161393号公報
【文献】特開2009-029617号公報
【文献】特開2016-120996号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したとおり、走行体の目標位置に対する精度を最も阻害するのは走行体の走行中に生じるピッチング振動や外乱であり、吊荷の振れを制振する方法では全球測位衛星システムのアンテナを用いた走行体の目標位置に対する精度の向上には効果がない。例えば、吊荷の振れを制振させた状態で走行体を走行させても、ピッチング振動や外乱の影響により走行体が停止したときに目標位置に精度良く停止させることができない。それ故、目標位置に対する位置合わせのために再び走行体を走行させる必要がある。このように、特許文献2~4の発明を単純に利用しても走行に要する時間を短縮する有効な解決策とはならない。
【0007】
本開示の目的は、全球測位衛星システムのアンテナを用いた走行制御における目標位置に対する精度を向上して、走行に要する時間を短縮する制御システムおよび走行体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成する本発明の一態様の制御システムは、電動モータの回転速度を調節するインバータと、前記電動モータによりタイヤを転動させて走行する走行体に立設された全球測位衛星システムのアンテナと、前記電動モータの回転速度を取得する回転速度取得装置と、前記インバータに速度指令を出力する制御装置と、を備える制御システムにおいて、前記制御装置は状態推定部と目標速度作成部と速度指令作成部とを有し、予め設定された周期ごとに、前記状態推定部が前記アンテナにより取得した現在位置および前記回転速度取得装置により取得した前記電動モータの回転速度に基づいて前記現在位置から少なくとも走行中の前記走行体の走行方向に対して直交する水平方向を回転軸とするピッチング振動を含むノイズを除去した推定位置を推定し、次いで、前記目標速度作成部が前記走行体を移動させる目標位置および前記推定位置の偏差に基づいて前記電動モータの回転速度の目標回転速度を作成し、次いで、前記速度指令作成部が前記目標回転速度から前記ピッチング振動の残留振動がゼロとなる速度指令を作成し、その速度指令を前記インバータに出力することを特徴とする。
【0009】
上記の目的を達成する本発明の一態様の走行体は、上記の制御システムを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、走行体の走行制御において少なくともピッチング振動を含むノイズの影響を抑制することができる。これにより、全球測位衛星システムのアンテナを用いた走行制御における目標位置に対する精度を向上するには有利になり、走行に要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】制御システムを備えた走行体の第一実施形態を例示する構成図である。
【
図2】
図1の走行体のピッチング振動を例示する図である。
【
図3】
図1の走行体の走行制御における位置関係と時間と走行速度との関係を例示する関係図である。
【
図4】
図1の速度指令作成部におけるインパルス列と目標回転速度と速度指令との関係を示す関係図である。
【
図5】
図1の走行体を走行させたときの時間と現在位置と推定位置との関係を例示する関係図である。
【
図6】制御システムを備えた走行体の第二実施形態を例示する構成図である。
【
図7】
図1の走行体のピッチング振動および吊具の振れによる単振動を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の制御システム20および走行体10(以下、クレーン10とする)の実施形態について説明する。図中では、X方向をクレーン10の走行方向とし、Y方向をX方向に直交する水平方向であって、クレーン10の桁11に沿って横行するトロリ12の横行方向とし、Z方向を鉛直方向とする。本明細書において、xはX方向の座標を示し、Tは経過時刻を示し、tおよび(t+1)は周期を示し、周期tは現在の周期、周期(t+1)は次回の周期を示すものとする。なお、周期t、(t+1)は予め設定された任意の周期とし、制御システム20における制御周期であり、アンテナ22の測位周期や回転速度取得装置23の取得周期も同期する。また、座標および位置に関してはX方向の成分とする。
【0013】
図1に例示するように、第一実施形態のクレーン10は図示しないコンテナターミナルの蔵置レーンをY方向に跨いでX方向に走行するクレーンであり、桁11、トロリ12、吊具13、脚構造物14、走行装置15、および、制御システム20を備える。制御システム20はクレーン10の走行制御を行うシステムであり、インバータ21、全球測位衛星システムのアンテナ22、回転速度取得装置23、および、制御装置30を備えて構成される。
【0014】
桁11はトロリ12を介して吊具13を吊り下げ支持するとともに、Y方向に延在する。トロリ12は桁11に沿って横行可能に構成される。吊具13はトロリ12から吊架したワイヤによりZ方向に昇降可能に構成される。脚構造物14は桁11を上部に支持する。走行装置15は平面視で桁11の延在方向(Y方向)に離間して少なくとも二つ配置されて、脚構造物14の下端に取り付けられる装置である。
【0015】
走行装置15のそれぞれはタイヤ16と電動モータ17とを有し、電動モータ17が脚構造物14に設置されたインバータ21に電気的に接続される。電動モータ17は減速機を含むものとする。インバータ21は電動モータ17の回転速度Nmを調節する装置である。走行装置15のそれぞれはそれぞれの電動モータ17の回転速度Nmが等しい場合にそれぞれの走行速度Vtが等しくなり、クレーン10は向きを変えずに直進する。一方で、電動モータ17の回転速度Nmが異なる場合にそれぞれの走行装置15に走行速度差が生じ、この走行速度差に応じてクレーン10は進む向きを変えて進む。本開示で、走行速度Vtはクレーン10の単位時間当たりの位置の変化量を示すものとする。また、回転速度Nmは電動モータ17の回転速度の最大値を百%とする百分率で示され、タイヤ16の単位時間当たりの回転角度に対して正の相関となる。
【0016】
アンテナ22は全球測位衛星システム(GNSS)のアンテナであり、桁11から上方に向かって立設された支持体24の上部に受信部25が支持された構成である。支持体24は、その下部が桁11に接合され、その上部に受信部25が設置される。支持体24は受信部25を桁11の上方に支持可能であることが望ましい。
【0017】
各アンテナ22は周期tごとに複数の人工衛星から受信する時刻等の情報に基づき経度、緯度、及び高度からなる位置座標を測位する。位置座標を測位する方法としては、単独測位、相対測位、DGPS(ディファレンシャルGPS)測位、RTK(リアルタイムキネマティックGPS)測位が例示できる。各アンテナ22は平面座標として経度と緯度とを取得可能な構成であればよい。各アンテナ22は、平面視で、桁11の延在方向であるY方向の両端部に離間配置される。
【0018】
アンテナ22は複数であることが望ましく、測位した複数の位置座標とクレーン10の立体的な形状を示す形状パラメータとに基づいてクレーン10の現在位置xtを取得可能に構成される。なお、各アンテナ22は、平面視で、桁11の走行方向であるX方向の両端部に離間配置されてもよく、三つ以上配置されてもよい。
【0019】
回転速度取得装置23は電動モータ17の回転速度Nmを取得する装置である。回転速度取得装置23は直に電動モータ17の回転速度Nmを取得する装置に限定されるものではなく、例えば、タイヤ16の回転速度やクレーン10の走行速度Vtを取得して電動モータ17の回転速度Nmに変換する装置でもよい。
【0020】
制御装置30は各種情報処理を行う中央演算処理装置(CPU)、その各種情報処理を行うために用いられるプログラムや情報処理結果を読み書き可能な内部記憶装置、及び各種インターフェースなどから構成されるハードウェアである。制御装置30はクレーン10に設置されるが、クレーン10から離間した遠隔地に設置されて、無線によりインバータ21、アンテナ22、および、回転速度取得装置23と通信可能な構成にしてもよい。
【0021】
図2に例示するように、走行中のクレーン10にはX方向に直交するY方向を軸としてZ方向上下に回転するピッチング振動が生じる。クレーン10に立設されたアンテナ22はそのピッチング振動の影響によりその影響が無い場合の位置座標から離間した位置座標を測位することになる。同様に、アンテナ22は路面の荒れや風などの外乱の影響によりその影響が無い場合の位置座標から離間した位置座標を測位することになる。つまり、アンテナ22により取得されるクレーン10の現在位置xtはそれらの影響の無い状態の位置xから少なくともX方向に離間することになる。
【0022】
クレーン10の走行中のピッチング振動はXZ平面において一自由度の振動系として下記の数式(1)で表される。ここで、クレーン10のピッチング振動による回転中心O回りの回転角をθとし、クレーン10の回転中心Oの位置座標をxとし、ゲインをKsとし、固有周波数をω1とし、減衰比をζ1とする。本開示のピッチング振動の固有周波数ω1と減衰比ζ1とのそれぞれとゲインKsは予め実験や試験、シミュレーションにより求められて制御装置30の内部記憶装置に記憶された固定値である。固有周波数ω1と減衰比ζ1とゲインKsはクレーン10ごとに設定されてもよく、クレーン10の形状パラメータやクレーン10の走行装置15の仕様、コンテナターミナルの路面状況に応じて設定されてもよい。
【0023】
【0024】
図1に例示するように、制御装置30は上記の数式(1)を利用してピッチング振動の影響を排除した走行制御を行う。制御装置30は、各機能要素として目標位置更新部31、現在位置取得部32、状態推定部33、目標速度作成部34、および、速度指令作成部35を有する。各機能要素は、プログラムとして制御装置30の内部記憶装置に記憶されて、中央処理装置により読み出されて、適宜実行される。なお、各機能要素としては、プログラムの他にそれぞれが独立して機能する電気回路も例示される。また、各機能要素のそれぞれをプログラマブルロジックコントローラ(PLC)で構成して、制御装置30を複数のPLCの集合体としてもよい。
【0025】
目標位置更新部31は停止位置xgが入力されて、周期tごとに目標位置xRtを更新し、更新した目標位置xRtを目標速度作成部34に出力する機能要素である。目標位置更新部31は走行速度算出部36と目標位置算出部37とを有して構成される。走行速度算出部36は走行制御の開始位置xsで停止位置Xgが入力されると開始位置xsから停止位置xgまでの走行速度パターン38を作成する機能と、作成した走行速度パターン38に基づいて周期tごとに次回の周期(t+1)で到達すべき目標走行速度V(t+1)を算出する機能とを有する。目標位置算出部37はその目標走行速度V(t+1)になるまでの走行速度パターン38の時間積分値として目標位置xRtを算出する機能を有する。
【0026】
図3に例示するように、作成される走行速度パターン38は、開始位置xsから停止位置xgまでの台形パターンであり、走行速度Vtがゼロから定格速度βになるまで予め設定された加速度αで加速走行する加速期間38aと定格速度βで走行する定速期間38bと定格速度βからゼロになるまで予め設定された減速度γで減速走行する減速期間38cとからなる。加速度α、定格速度β、減速度γのそれぞれは予め任意に設定されているものとする。
【0027】
現在位置取得部32はアンテナ22が測位した位置座標が入力されて、それらの位置座標と予め入力されたクレーン10の形状パラメータとに基づいてクレーン10の現在位置xtを算出し、算出した現在位置xtを状態推定部33に出力する機能要素である。本実施形態において、クレーン10の現在位置xtは平面視でクレーン10の中心に設定したが、Y方向視で上記の数式(1)で示されるピッチング振動におけるクレーン10の回転中心Oの位置座標の鉛直線上に設定すればよい。
【0028】
状態推定部33は周期tごとに現在位置取得部32から出力された現在位置xtおよび回転速度取得装置23が取得した電動モータ17の回転速度Nmに基づいて現在位置xtから少なくとも走行中のピッチング振動を含むノイズを除去した推定位置xLtを推定し、推定した推定位置xLtを目標速度作成部34に出力する機能要素である。本開示においてピッチング振動を含むノイズとは、ピッチング振動によるノイズに加えて、ピッチング振動よりも大きな路面の荒れや風などの外乱によるノイズを含む。
【0029】
本実施形態の状態推定部33はカルマンフィルタで構成される。このカルマンフィルタは観測方程式と状態法定式との二つの方程式に基づいて設計される。観測方程式は現在位置xtおよび電動モータ17の回転速度Nmを観測値とする。状態方程式は少なくとも現在位置xtおよび電動モータ17の回転速度Nmを状態量とし、電動モータ17の回転速度Nmが目標速度作成部34から出力される目標回転速度Nrに達する動特性を所定の時定数の一時遅れ特性と仮定して上記の数式(1)を組み入れる。
【0030】
本実施形態のカルマンフィルタの設計方法を説明する。状態量のベクトルをv、観測値のベクトルをw、入力ベクトルをu、状態方程式の係数行列をA、状態方程式のベクトルをb、観測方程式の係数行列をC、推定ゲイン行列をLとすると、カルマンフィルタは以下の数式(2)で示される。なお、上付き記号^はカルマンフィルタにおける推定値を示す。
【0031】
【0032】
推定ゲイン行列Lの収束値は、制御対象に混入するプロセスノイズの共分散行列Q、観測値に含まれる観測ノイズの共分散行列Rを設計パラメータとし、以下の数式(3)で示すリカッチ方程式を解くことで求まる事前誤差共分散行列Pを用いて、以下の数式(4)で求まる。なお、下記の数式(3)、(4)における「T」は転置行列を示すものとする。
【0033】
【0034】
プロセスノイズの共分散行列Qと観測ノイズの共分散行列Rとは予め実験や試験、シミュレーションにより最適化される。状態推定部33は上記のカルマンフィルタにより推定された状態量ベクトルのうちの推定位置xLtのみを目標速度作成部34に出力する。
【0035】
目標速度作成部34は周期tごとに目標位置更新部31が更新した目標位置xRtと状態推定部33から出力された推定位置xLtとの偏差(xRt-xLt)に基づいて電動モータ17の目標回転速度Nrを算出して、速度指令作成部35に出力する機能要素である。目標速度作成部34は比例ゲインKpを用いて下記の数式(5)で求まる目標回転速度Nrを出力する。なお、比例ゲインKpは予め実験や試験、シミュレーションによりステップ応答法や限界感度法により求めてもよく、目標回転速度Nrに基づいた制御結果から学習により最適な値を求めるオートチューニングを用いて求めてもよい。
【0036】
【0037】
速度指令作成部35は周期tごとに目標回転速度Nrからピッチング振動を一自由度の振動系としてその残留振動がゼロとなる速度指令Ei1を作成し、その速度指令Ei1をインバータ21に出力する機能要素である。
【0038】
速度指令作成部35はインプットシェイピングを用いており、予め入力された上記の数式(1)の固有周波数ω1および減衰比ζ1に基づいた第一インパルス列39と目標回転速度Nrとで畳み込み積分を行うことで速度指令Ei1を作成する。
【0039】
インプットシェイピングにおいてはインパルス数が増えると時間遅れが大きくなることから、二つの第一インパルス列39で構成されるZV(Zero Vibration)シェーパを用いることが望ましい。なお、周期tの設定によっては第一インパルス列39を三つ以上のインパルスで構成してもよく、本実施形態の速度指令作成部35はZVシャーパに限定されるものではない。
【0040】
図4に例示するように、ZVシェーパの二つの第一インパルス列39の振幅の大きさA1、A2と、それぞれの第一インパルス列39を与えるタイミングt1、t2とは下記の数式(6)~(9)で示される。
【0041】
【0042】
制御システム20は、停止位置xgが入力されてクレーン10の走行が停止するまで、つまり、目標位置xRtと推定位置xLtとが一致して、目標回転速度Nrと速度指令Ei1とがゼロになるまで周期tごとに速度指令Ei1をインバータ21に出力する。インバータ21は入力された速度指令Ei1に基づいて電動モータ17の回転速度を調節する。
【0043】
図5に例示するように、点線は状態推定部33と速度指令作成部35との両方を機能させない状態の走行制御によりクレーン10を走行させた場合の現在位置xtの時間経過の変位を示す。一点鎖線は状態推定部33のみを機能させない状態の走行制御によりクレーン10を走行させた場合の現在位置xtの時間経過の変位を示す。実線は状態推定部33と速度指令作成部35との両方を機能させた本実施形態の走行制御によりクレーン10を走行させた場合の推定位置xLtの時間経過の変位を示す。
【0044】
点線と一点鎖線とを比較すると、速度指令作成部35で作成された速度指令Ei1に基づいた走行制御によってクレーン10の走行時のX方向の振幅が減少していることが分かる。また、点線と実線とを比較すると、状態推定部33により推定された推定位置xLtはクレーン10の走行時のピッチング振動や外乱の影響によるX方向のずれが取り除かれていることが分かる。つまり、インバータ21に出力される速度指令Ei1は時間経過に対して大きく変動せず、滑らかに推移する。
【0045】
本実施形態のクレーン10の制御システム20は状態推定部33と目標速度作成部34と速度指令作成部35との三つの機能要素を同時に適用した走行制御を行う。つまり、本実施形態の制御システム20によれば、目標位置xRtに対する位置偏差フィードバック制御に現在位置xtから少なくともピッチング振動を含むノイズを除去した推定位置xLtを用いるとともに加減速終了時のピッチング振動を抑制する速度指令Ei1を作成するフィードフォワード制御を組み込むことで、クレーン10の走行中のピッチング振動の影響を抑制することができる。これにより、全球測位衛星システムのアンテナ22を用いた走行制御における目標位置xRtに対する精度を向上するには有利になり、ピッチング振動や外乱の影響が収まるまでに必要であったクリープ速度での走行距離を削減することで、走行に要する時間を短縮することができる。
【0046】
制御システム20は、ピッチング振動を一自由度の振動系と見做した場合の固有周波数ω1および減衰比ζ1と、プロセスノイズの共分散行列Qおよび観測ノイズの共分散行列Rとを予め実験や試験、シミュレーションにより求めて予め制御装置30に入力しておく必要がある。つまり、制御システム20による走行制御にはモデル化誤差が生じるおそれがある。このようなモデル化誤差が生じる場合に、状態推定部33と目標速度作成部34と速度指令作成部35との三つの機能要素を同時に適用した走行制御を行うことでモデル化誤差の影響を抑制することが可能となる。例えば、モデル化誤差により速度指令作成部35から出力される速度指令Ei1で残留振動をゼロに近づけられない場合でも状態推定部33により振動を取り除くことができる。また、モデル化誤差により状態推定部33が所定の性能を得られない場合でも、速度指令作成部35によりピッチング振動の影響を低減しておけば、状態推定部33の推定精度は向上する。以上のように、制御システム20は状態推定部33と目標速度作成部34と速度指令作成部35との三つの機能要素を同時に適用した走行制御を行うことで走行制御の精度を向上することができる。
【0047】
本実施形態では走行体としてクレーン10を例示したが、走行体はクレーン10に限定されず、インバータ制御の電動モータによりタイヤを転動させて走行するものであればよい。例えば、コンテナターミナルでコンテナを運搬する運搬台車やストラドルキャリアが例示される。また、クレーン10の走行方向はX方向に限定されずに、Y方向でも適用可能である。なお、クレーン10の走行方向がY方向の場合に、ピッチング振動の固有周波数ω1、減衰比ζ1、ゲインKsは走行方向がX方向の場合と異なってもよい。
【0048】
図6に例示するように、第二実施形態のクレーン10の制御システム20は第一実施形態の速度指令作成部35に代えて速度指令作成部40およびパラメータ取得装置41を備える点が異なる。
【0049】
速度指令作成部40は周期tごとに目標回転速度Nrからピッチング振動の残留振動がゼロとなり、かつ、吊具13のX方向の振れを単振り子と見做した単振動の残留振動がゼロとなる速度指令Ei2を作成し、その速度指令Ei2をインバータ21に出力する機能要素である。
【0050】
パラメータ取得装置41は単振動の固有周波数ω2と減衰比ζ2とを算出するためのパラメータを速度指令作成部40に出力する機能要素である。本開示の単振動の固有周波数ω2は振り子の等時性からトロリ12の所定位置の支点から吊具13までのワイヤの長さlに対して正の相関となる。また、減衰比ζ2は長さl、吊具13および吊荷の合計の重さW、吊具13および吊荷の合計の空気抵抗Nをパラメータとして求められる。これらの固有周波数ω2は長さlごとに設定されることが望ましく、減衰比ζ2は長さl、重さW、および、空気抵抗Nの相関に基づいて設定されることが望ましい。パラメータ取得装置41は、これらの長さl、重さW、および、空気抵抗Nを含むパラメータを取得する装置である。なお、長さlを取得する手段としては、図示しないワイヤを巻き上げまたは繰り出すドラムの回転数を検出し、検出したその回転数に基づいて長さlを出力するエンコーダを用いる手段や、トロリ12に設置された送信器から発射された電波を吊具13に設置された受信器で受信することにより長さlを出力するビーコンを用いる手段が例示される。また、吊具13および吊荷の合計の重さを取得する手段としては、吊具13の重さを既知として、図示しない荷役管理装置(ターミナルオペレーションシステム)から吊荷の重さを得る手段や吊具13を昇降する際に生じるトルクに基づいて吊荷の重さを得る手段が例示される。また、吊具13および吊荷の合計の空気抵抗は既知であり、吊荷の吊り上げの有無により設定される。
【0051】
図7に例示するように、X方向に走行中のクレーン10の吊具13はY方向視でピッチング振動におけるクレーン10の回転中心Oの位置座標の鉛直線上に設定された所定位置を支点としてワイヤにより吊るされた単振り子と見做すことができ、X方向に揺動する単振動が生じる。本実施形態においてアンテナ22により取得されるクレーン10の現在位置xtは単振動の支点に設定することが望ましい。
【0052】
本開示の単振動は、吊具13が吊荷であるコンテナを吊っていない状態の単振動を例示するが、吊具13が吊荷を吊った状態の単振動でもよい。この単振動はクレーン10のピッチング振動の影響も受けることから、クレーン10の走行中の単振動はXZ平面において二自由度の振動系として下記の数式(11)で表される。ここで、単振動による振り子角度をφとし、単振り子の支点の位置座標をxt(=x+Hθ)とする。
【0053】
【0054】
速度指令作成部40はインプットシェイピングを用いており、予め入力された上記の数式(1)の固有周波数ω1および減衰比ζ1に基づいた第一インパルス列39と予め入力された上記の数式(10)の固有周波数ω2および減衰比ζ2に基づいた第二インパルス列42とで畳み込み積分を行うことで第三インパルス列43を作成する。ついで、速度指令作成部40は作成した第三インパルス列43と目標回転速度Nrとで畳み込み積分を行うことで速度指令Ei2を作成する。
【0055】
ZVシェーパの二つの第二インパルス列42の振幅の大きさA3、A4と、それぞれの第二インパルス列42を与えるタイミングt3、t4とは下記の数式(11)~(14)で示される。
【0056】
【0057】
単振動の固有周波数ω2とピッチング振動の固有周波数ω1とは異なる周波数であり、単振動の固有周波数ω2がピッチング振動の固有周波数ω1よりも低い。それ故、二つのインパルスで構成される第一インパルス列39と二つのインパルスで構成される第二インパルス列42とで畳み込み積分を行うことで作成される第三インパルス列43は四つのインパルスで構成され、下記の数式(15)で示される。ここで、下付きのiは「1~4」を示すこととする。
【0058】
【0059】
制御システム20は、停止位置xgが入力されてクレーン10の走行が停止するまで、つまり、目標位置xRtと推定位置xLtとが一致して、目標回転速度Nrと速度指令Ei2とがゼロになるまで周期tごとに速度指令Ei2をインバータ21に出力する。インバータ21は入力された速度指令Ei2に基づいて電動モータ17の回転速度を調節する。
【0060】
以上の本実施形態の制御システム20によれば、加減速終了時のピッチング振動と吊具13に生じる単振動との両方の振動を抑制する速度指令Ei2を作成するフィードフォワード制御を組み込むことで、クレーン10の走行中のピッチング振動と単振動との影響を抑制することができる。これにより、目標位置xRtに対する精度を向上しつつ、吊具13のクレーン10の走行方向への振れを抑制するには有利になり、ピッチング振動の影響や吊具13の振れが収まるまでに必要であったクリープ速度での走行距離を削減することで、走行に要する時間を短縮することができる。
【0061】
既述した実施形態では、クレーン10がX方向に走行したときのY方向を軸とするピッチング振動や吊具13のX方向への振れを例示したが、本開示の制御システム20はクレーン10がY方向に走行したときのX方向を軸とするピッチング振動や吊具13のY方向への振れにも適用可能である。
【0062】
本開示の制御システム20は、コンテナターミナルの蔵置レーンをY方向に跨いでX方向に走行するクレーン10に搭載されるシステムに限定されるものではなく、コンテナターミナルの岸壁に接岸した船舶に対して荷役するクレーンにも適用可能である。また、吊具13が吊り上げる吊荷はコンテナに限定されるものではない。
【0063】
本開示の制御システム20は、クレーン10のY方向両端のそれぞれに現在位置を設定し、左右の走行装置15のそれぞれに異なる目標速度が設定され、それぞれの目標速度に対して速度指令が生成される構成にしてもよい。
【符号の説明】
【0064】
10 走行体(クレーン)
11 桁
12 トロリ
13 吊具
14 脚構造物
15 走行装置
16 タイヤ
17 電動モータ
20 制御システム
21 インバータ
22 全球測位衛星システムのアンテナ
23 回転速度取得装置
30 制御装置
31 目標位置更新部
32 現在位置取得部
33 状態推定部
34 目標速度作成部
35、40 速度指令作成部
38 走行速度パターン
39 第一インパルス列
41 パラメータ取得装置
42 第二インパルス列
43 第三インパルス列
xt 現在位置
xRt 目標位置
xLt 推定位置
Nr 目標回転速度
Ei1 速度指令