(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-13
(45)【発行日】2023-10-23
(54)【発明の名称】高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20231016BHJP
【FI】
G01N17/00
(21)【出願番号】P 2020131293
(22)【出願日】2020-08-01
【審査請求日】2023-02-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 屋口他,”Estimation of Creep Rupture Property Based on Short-term Data of Long-term Used P91 Steels”,45th MPA-sEMINAR 2019,FILDERHALLE in Leinfelden-Echterdingen near Stuttgart
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 屋口他,”短時間クリープ試験データに基づく改良9Cr鋼クリープ余寿命の推定”,第57回高温強度シンポジウム,2019,東北大学カタールサイエンスキャンパスホール
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087468
【氏名又は名称】村瀬 一美
(72)【発明者】
【氏名】屋口 正次
(72)【発明者】
【氏名】金井 雅之
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-223464(JP,A)
【文献】特開2012-145538(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0116549(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
設計寿命時間以上使用された基準とする使用済み高クロム鋼材を使ったクリープ破断試験データを基に、応力とラーソン・ミラー・パラメータとの関係で整理して基準曲線となる主破断曲線を求める工程と、
設計寿命時間以上使用された評価対象の使用済み高クロム鋼材の短時間クリープ試験データを少なくとも1点求める工程と、
前記基準曲線を前記評価対象の高クロム鋼材の短時間クリープ試験データ上に横軸方向に平行移動させる移動量である変数axを求めて、その評価材料に関する主破断曲線を決定する工程と、
前記決定主破断曲線から長時間領域の破断時間を推定する工程とを備える
ことを特徴とする高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法に関するものである。さらに詳述すると、本発明は、短時間クリープ試験データに基づく高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高温機器に対する余寿命診断手法の一つである破壊評価法は、対象とする材料の余寿命を試験に基づき診断する手法であるため、他の余寿命診断手法(解析評価法、非破壊評価法)と比較して、最も高い精度を有していると考えられる。ただし、破壊評価法には以下に記すような条件・制約があるため、ボイラチューブ抜管材等を除くと、実機での適用は限られているのが現状である。
【0003】
a)余寿命評価は損傷進行の可能性が懸念される箇所に対して実施するため、破壊試験用試料の採取が許容されないケースが多い。
b)一般に試料採取は機器表面近傍であるため、試験結果が評価対象箇所の状態を表しているとは言えないケースがある。
c)破壊試験として実施するクリープ試験は一般に最長でも数千時間程度であるため、実機の余寿命推定には大幅な外挿を伴う。材料によっては、この外挿を適切に実施できる方法論が確立されていない。
【0004】
600℃級火力発電プラントに多用されている高クロム鋼(9~12%程度のクロムを吹くんだ耐熱鋼)の場合、上記のC)が該当する可能性がある。高クロム鋼は、短時間領域の試験データに基づき長時間領域のクリープ破断寿命を評価すると、実際よりも長めの寿命となる傾向のあることが多数報告されている。
【0005】
そのため、評価対象とする試験データを幾つかの領域に区分する手法(非特許文献1)や、(0.2%耐力)/2により分割する手法(非特許文献2)等が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】K. Maruyama, J. Nakamura and K. Yoshimi, ASME J. of Pressure Vessel Technology, Vol.138, 031407-1, 2016
【文献】K. Kimura, ASME PVP2005-71039, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、これらの手法は、長時間領域まで試験データが整備されている材料の場合には有効であるが、数千時間以下の数点のデータから長時間領域のクリープ特性を推定するケースに関する適合性は不明と思われる。高クロム鋼実機配管に対する破壊評価を実現するためには、この試験時間の制約という課題も解決する必要がある。
【0008】
本発明は、高クロム鋼長期使用材を対象として、短時間試験データから長時間領域のクリープ特性を推定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するため、本発明者等は、実機で長時間使用された多数の高クロム鋼配管(母材および溶接部)から採取した試料を対象として、系統的なクリープ試験を実施して得られた試験データを分析した結果、応力や破断時間領域に依存することなくラーソン・ミラー・パラメータ(Larson-Miller parameter:以下、LMPと略称する)にて統一的に整理できることが分かった。そして、LMPで整理した結果、「高クロム鋼長期使用材の主破断曲線の形状は材料の強弱によらず一定であり、かつ、横軸方向にのみ平行移動する」ことを知見するに至った。さらに本発明者等は、クリープ試験データが1点あれば、その材料に関する主破断曲線を決定することが可能であることを見いだし、評価しようとする高クロム鋼長期使用材の短時間領域でも短時間試験データを1点取得すれば、長時間領域の破断時間を推定できるという着想を得るに至った。
【0010】
本発明にかかる高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法は、かかる知見・着想に基づくものであって、設計寿命時間以上使用された基準とする使用済み高クロム鋼材を使ったクリープ破断試験データを基に、応力とラーソン・ミラー・パラメータとの関係で整理して基準曲線となる主破断曲線を求める工程と、設計寿命時間以上使用された評価対象の使用済み高クロム鋼材の短時間クリープ試験データを少なくとも1点求める工程と、基準曲線を評価対象の高クロム鋼材の短時間クリープ試験データ上に横軸方向に平行移動させる移動量である変数axを求めて、その評価材料に関する主破断曲線を決定する工程と、決定主破断曲線から長時間領域の破断時間を推定する工程とを備えるようにしている。
【発明の効果】
【0011】
請求項1記載の方法によれば、少なくとも1点のデータが短時間クリープ試験でも得られれば、評価材料に関する主破断曲線を決定することが可能となり、長時間領域の破断時間を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】改良9Cr鋼長期使用材を対象としたクリープ試験結果を示すグラフである。
【
図2】ラーソン・ミラー・パラメータにて統一的に整理された改良9Cr鋼長期使用材の主破断曲線の代表的な一例を示すラーソン・ミラー・パラメータ模式図である。
【
図3】改9Cr鋼長期使用材の熱影響部破断型(Type IV破断型)溶接継手の主破断曲線の代表的な一例を示すラーソン・ミラー・パラメータ模式図である。
【
図4】本発明の短時間クリープ試験データに基づくクリープ余寿命の推定方法を説明する概要図である。
【
図5】本発明の推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼母材に適用して推定された応力-破断時間(クリープ破壊)線図で、(a)は相対的に短めの破壊時間である材料、(b)は長めの破壊時間である材料に適用された場合を示す。
【
図6】本発明の推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼母材に適用して推定されたクリープ破断時間と実験に基づくクリープ破断時間とを比較したグラフで、(a)は相対的に短めの破壊時間である材料、(b)は長めの破壊時間である材料の場合を示す。
【
図7】本発明の推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼の熱影響部破断型(Type IV破断型)溶接継手に適用して推定された応力-破断時間(クリープ破壊)線図で、(a)は相対的に短めの破壊時間である材料、(b)は長めの破壊時間である材料に適用された場合を示す。
【
図8】本発明の推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼の熱影響部破断型(Type IV破断型)溶接継手に適用して推定されたクリープ破断時間と実験に基づくクリープ破断時間とを比較したグラフで、(a)は相対的に短めの破壊時間である材料、(b)は長めの破壊時間である材料の場合を示す。
【
図9】本発明の推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼の熱影響部破断型(Type IV破断型)溶接継手と溶接金属破断型(Type I破断型)溶接継手とに適用して推定された応力-破断時間(クリープ破壊)線図である。
【
図10】改9Cr鋼長期使用材の溶接金属破断型(Type I破断型)溶接継手の主破断曲線の代表的な一例を示すラーソン・ミラー・パラメータ模式図である。
【
図11】改9Cr鋼長期使用材の溶接金属破断型(Type I破断型)溶接継手と熱影響部破断型(Type IV破断型)溶接継手との主破断曲線の一例を示すラーソン・ミラー・パラメータ模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の構成を図面に示す実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0014】
本発明にかかる高クロム鋼材のクリープ余寿命の推定方法は、本発明者等の「高クロム鋼長期使用材の主破断曲線の形状は材料の強弱によらず一定であり、かつ、横軸方向にのみ平行移動する」及び「クリープ試験データが1点あれば、その材料に関する主破断曲線を決定することが可能である」との知見、並びに「評価しようとする高クロム鋼長期使用材の短時間領域でも短時間試験データを1点取得すれば、長時間領域の破断時間を推定できる」という着想に基づくものである。
【0015】
つまり、本発明にかかる高クロム鋼クリープ余寿命の推定方法は、設計寿命時間以上使用された基準とする使用済み高クロム鋼材を使ったクリープ破断試験データを基に、応力とラーソン・ミラー・パラメータとの関係で整理して基準曲線となる主破断曲線を求める工程と、設計寿命時間以上使用された評価対象の使用済み高クロム鋼材の短時間クリープ試験データを少なくとも1点求める工程と、基準曲線を評価対象の高クロム鋼材の短時間クリープ試験データ上に横軸方向に平行移動させる移動量である変数axを求めて、その評価材料に関する主破断曲線を決定する工程と、決定主破断曲線から長時間領域の破断時間を推定する工程とを備えるものである。
【0016】
ここで、基準曲線となる主破断曲線を求めるのに用いられる材料、即ち高クロム鋼長期使用材としては、特定の材料に限られるものではないが、好ましくは弱い材料換言すれば早くクリープ破壊を起こす比較的に弱い材料、より好ましくは一番壊れ易い弱い材料の廃材などを用いることである。勿論、弱い材料や最も弱い材料を用いずとも、強い材料あるいは中間の強さの材料を基準として基準曲線を求めても良いが、弱い材料を基に基準曲線を求める方が合目的的である。また、本発明のクリープ余寿命推定方法は、対象とする材料が実機において設計寿命時間(例えば100,000時間)以上使用したものであり、このような材料があとどの程度使用できるかの余寿命を推定することに意義があるものである。実機において10万時間使われたことで金属組織が変化して材質が安定した状態にあるので、可能になったものと考えられる。
【0017】
つまり、強い材料と弱い材料との主破断曲線の形はほぼ同じとなり、平行関係にある。平行ならば、1つの基準となる主破断曲線を決めて、評価対象材料の1点のクリープ実験データを求めれば、平行移動(ax横に移動する)することで、その材料に関する主破断曲線が求まる。それによって評価対象材料の主破断曲線を求めることができる。具体的には、廃却材から求められた主破断曲線(基準曲線)を使って、実機で使用中の材料を少量削りとって、短時間クリープ試験により1点のデータを求めれば、応力とラーソン・ミラー・パラメータとの関係で整理したラーソン・ミラー・パラメータ模式図において基準となる材料の「主破断曲線」を評価対象材料の短時間クリープ試験で得られた1点のデータまで横に水平移動することで、移動先の強さの材料即ち評価対象材料の主破断曲線とすることができる。そして、決定される評価対象材料の主破断曲線を使って、評価対象材料の長時間領域のクリープ破断寿命を推定することができる。つまり、短時間領域のクリープ試験であっても平行の関係を用いることで長時間領域の破断時間まで推定可能となる。ここで、本発明のクリープ余寿命推定方法では、実機で長時間例えば設計寿命(10万時間)以上使われた高クロム鋼材料を前提とし、新材は対象としない。換言すれば、例えば10万時間程度以上使用されたものがあとどの程度まで持つのかを求めるものである。
【0018】
本実施形態では、高クロム鋼の一例として改良9Cr鋼長期使用材を対象として、短時間試験データから長時間領域のクリープ特性を推定する方法について以下の手順で検討した。
【0019】
本発明者らは、まず、設計寿命時間以上の長時間使用された高クロム鋼の廃材を使ってクリープ試験を行った結果について分析した。具体的には、600℃級火力発電プラントで長時間使用された多数の改良9Cr鋼配管(母材および溶接部)から採取した試料を対象として、系統的なクリープ試験を実施した。ここで、配管は高温再熱蒸気管であり、運転時間は最長で約15万時間である。試験片は配管肉厚中央から軸が円周方向となるように採取した。
【0020】
母材に関する試験結果の代表例を
図1に示す。ここで、横軸の破断時間はクリープ試験で得られた値であり、負荷履歴は考慮していない。図中のアルファベットは各配管を識別するための略称であり、改良9Cr鋼(火SCMV28鋼)に関する評価式(K. Kimura and M. Yaguchi, ASME PVP2016-63355, 2016)による平均特性を参考として付記した。各材料の製造時のクリープ寿命特性の差異(ヒート間差)、および、発電所における使用条件・運転時間の違いに起因して、
図1では同一の試験温度・応力に対して、1桁以上の破断時間の差異が見られる。ただし、この差異は不規則にばらついている訳ではなく、材料によって破断時間の長短が明確に生じている。
【0021】
本試験データを分析したところ、応力や破断時間領域に依存することなくラーソン・ミラー・パラメータ(Larson-Miller parameter:以下、LMPと略称する)にて統一的に整理できることが分かった。各材料のクリープ試験データを整理した結果の代表例を
図2に示す。ここで、LMPにおける定数Cは、すべての材料に対して同一のC値(CB)を用いている。材料LとQは同一試験条件(温度、応力)に対して破断時間が約1桁異なるが、
図2においてその差異は横軸方向の位置にほぼ非依存である。すなわち、材料LとQの差異はLMPの大小によらず概ね同じである。これは、材料によって主破断曲線が横軸方向に平行移動していると解釈することができる。なお、新材の高クロム鋼の場合、応力や破断時間の領域によって寿命評価式の材料定数を使い分けないと、長時間側の寿命を適切に推定することが困難である(非特許文献1,2参照)。これは応力や破断時間の領域によって(見かけの)活性化エネルギーが変化するためであり、LMPにおいてはC値が領域によって変化することを意味する(短時間領域では30以上、長時間領域では20前後)。このため、
図2のような主破断曲線とはならないことから、本発明にかかるクリープ余寿命の推定方法は適用できないものと考えられる。その反面、長時間使用の高クロム鋼の場合、LMPのC値は領域によらず20前後であった。すなわち、短時間領域のクリープ試験でも、新材の高クロム鋼の長時間領域と同程度のC値であった。これは、実機での長時間使用(高温での長時間保持)により組織の劣化/回復が進行し、長期使用材は試験開始前の時点で“新材の長時間クリープ試験条件下の組織”と類似の状態になっていたためと推測される。このため、長期使用材の場合は、短時間試験データと長時間領域の主破断曲線の形状の組み合せが有効だったと考えられる。
【0022】
上述の特徴は長時間使用された改良9Cr鋼の熱影響部(HAZ)破断型(以下、Type IV破断型と呼ぶ)溶接継手のクリープ試験データにおいても同様に見られた。Type IV破断型溶接継手のクリープ試験データを整理した結果の代表例を
図3に示す。LMPの定数Cの値は応力や破断時間の領域によらず概ね同じ値であり、主破断曲線は材料の強弱に依存して横軸方向に平行であった。ここで、主破断曲線の形状および定数Cは、母材と溶接継手とで区別する必要がある。また、溶接継手においても、溶接金属破断型(以下、Type I型と呼ぶ)とType IV型とでは主破断曲線の形状が若干異なっていた。
【0023】
以上の結果より、「改良9Cr鋼長期使用材の主破断曲線の形状は材料の強弱によらず一定であり、かつ、横軸方向にのみ平行移動する」と考えると、試験データが1点あれば、その材料に関する主破断曲線を決定することが可能である。このことは、短時間領域でも試験データを1点取得すれば、長時間領域の破断時間を推定できることを意味する。
【0024】
この推定法の模式図を
図4に示す。具体的な手順は以下の通りである。まず、
図1の母材の中で基準とする材料のデータに下記の数式1を適用し、回帰計算により各定数を決定する。
【0025】
【0026】
ここで、Tは試験温度(℃)、trは破断時間(h)、σは応力(MPa)であり、CB、a0、a1、a2が材料定数である。この定数により計算される主破断曲線を以下では“基準曲線(Reference curve)”と呼ぶ。各材料の主破断曲線は“基準曲線”を横軸方向に平行移動した次式2で表されると考える。
【0027】
【0028】
ここで、a
Xが各材料の強弱を表す変数であり、
図4における主破断曲線の横軸方向の移動量である。上述の式2では未知数はa
X の1つだけであるため、試験データが1点あれば以下の式3よりa
Xの値を決定することができる。
【0029】
【数3】
したがって、当該材料の任意の温度・応力での破断時間は、決定した材料定数と下記の式4により推定できる。
【0030】
【0031】
また、Type IV破断型の溶接継手についても同様な手順で、各材料の任意の温度・応力での破断時間を推定できる。すなわち、まず基準材データに基づき次の式5における材料定数CWJ、a3、a4、a5を決定し、次に各材料の試験データより変数aXの値を決定する。
【0032】
【0033】
上述の推定方法に関して、以下のように材料定数および変数a
Xを決定した。
1)母材の場合
“基準とする材料”には
図1におけるQ材を用いた。これは、650℃で低応力側(50MPa)までデータが取得されていること、同一応力に対して650℃と600℃のデータが取得されていること、余寿命評価において焦点となる弱めの材料であること、の理由による。変数a
X の値を決定するデータには、何れの材料も650℃、100MPaの条件下での破断時間を用いた。これは実用的な側面から選択した条件であり、破断時間は最長でも約6百時間である。
【0034】
2)溶接継手の場合
Type IV破断型の溶接継手に関しても、“基準とする材料”にはQ材(の溶接継手)を用いた。本材料を選んだ理由は母材の場合と同じである。変数aX の値を決定するデータには、何れの材料も650℃、70MPaの条件下での破断時間を用いた。
【0035】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、上述の実施形態では、火力発電プラントで長時間使用された改良9Cr鋼配管の母材およびType IV破断型の溶接継手についてのクリープ余寿命の推定方法について主に説明したが、これに特に限られるものではなく、クリープ余寿命を推定することが有意義な設計寿命時間以上使用されている他の高クローム鋼であったり、あるいはType IV破断型の溶接継手のクリープ余寿命を推定するのにも適用できることは言うまでも無い。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
[母材]
上述した実施形態にかかる推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼母材に適用した結果の代表例を
図5に示す。相対的に短めの破断時間である材料(
図5(a))から、長めの破断時間である材料(
図5(b))まで、何れのケースにおいても、寿命の推定曲線と試験データが良好な精度で一致することが確認された。寿命の推定曲線の定数(変数)決定用に用いたデータは上記のように650℃、100MPaの1点のみであるが、650℃だけでなく、600℃の数万時間のデータまで適切に再現することができた。
【0037】
各材料のクリープ破断時間について、実験結果と推定結果を比較した代表例を
図6に示す。何れの材料においても、ファクターオブ2(Factor of 2:予測結果/実験結果の比が1/2~2倍)の範囲内の精度に破断時間が推定されていることが確認された。本結果より、余寿命評価における破壊試験に本推定法を組み合わせることにより、試験データの取得に必要な時間を数十倍から百倍程度短縮できると期待される。
【0038】
[Type IV破断型の溶接継手]
上述した実施形態にかかる推定方法を長時間使用された改良9Cr鋼のType IV破断型溶接継手に適用した結果の代表例を
図7に示す。相対的に短めの破断時間である材料(
図7(a))から、長めの破断時間である材料(
図7(b))まで、何れのケースにおいても、寿命の推定曲線と試験データが良好な精度で一致することが確認された。寿命の推定曲線の定数(変数)決定用に用いたデータは650℃、70MPaの1点のみであるが、650℃だけでなく、600℃の数万時間のデータまで適切に再現することができた。
【0039】
Type IV破断型の各溶接継手の破断時間について、実験結果と推定結果を比較した代表例を
図8に示す。何れの材料においても、ファクターオブ2の範囲内の精度に破断時間が推定されていることが確認された。本結果より、溶接継手に関しても、余寿命評価における破壊試験に本推定法を組み合わせることにより、試験データの取得に必要な時間を大幅に短縮できることが期待される。
【0040】
[Type I破断型溶接継手]
Type I型溶接継手はType IV型とは破断曲線の形状が若干異なっていた。Type I型とType IV型のクリープ破断曲線の比較例を
図9に示す。Type I型のクリープ破断曲線の勾配はType IV型より若干水平に近い。そのため、Type IV型のクリープ破断曲線の形状をType I型材料に適用すると、定数決定に用いたデータから条件が離れるにつれて、破断曲線と実際の寿命との差異が大きくなる可能性がある。
【0041】
[Type I破断型溶接継手の余寿命推定]
Type I型の溶接継手に限定して整理・分析した場合、各材料の主破断曲線の形状は材料の強弱によらず概ね一定であり、かつ、横軸方向にのみ平行移動する、との傾向が認められた(
図10)。この曲線を使うことにより、Type I型の溶接継手についても短時間データから長時間側の破断時間を適切に推定することができた。ただし、Type I型の溶接継手の場合、材料によっては長時間側で破断位置が溶接金属からHAZへと変化するケースも見られた。この場合、主破断曲線の形状として、Type I型を使用するかType IV型を使用するかによって、
図11に示すように長時間領域(実機使用領域)の破断時間の推定値は異なる。このため、評価対象とする材料が実機使用領域でどの破壊形態を示すかの推定に関する検討が必要となる。
【0042】
以上、600℃近傍で10~15万時間使用された材料が600℃および650℃で数万時間のクリープ試験により破断した場合に関して、有効性を確認できた。長時間使用の改良9Cr鋼母材および溶接継手の場合、LMPのC値は領域によらず20前後であった。すなわち、短時間領域のクリープ試験でも、新材の高クロム鋼の長時間領域と同程度のC値であった。これは、実機での長時間使用(高温での長時間保持)により組織の劣化/回復が進行し、長期使用材は試験開始前の時点で“新材の長時間クリープ試験条件下の組織”と類似の状態になっていたためと推測される。このため、長期使用材の場合は、短時間試験データと長時間領域の主破断曲線の形状の組み合せが有効だったと考えられる。
【0043】
また、以上の実験結果から、
(1) 長期使用された改良9Cr鋼母材およびHAZ破断型溶接継手におけるクリープ寿命の差異は、応力とLarson-Millerパラメータの関係図における寿命曲線を横軸方向に平行移動する傾向のあることが分かった。
(2) この特徴に基づき、短時間データから長時間クリープ寿命を推定できる。推定結果を実験結果と比較したところ、データの範囲内では、高い精度でクリープ寿命を推定できた。