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特許7367567トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)との同時分析方法および分析用の試料の作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)との同時分析方法および分析用の試料の作製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/06 20060101AFI20231017BHJP
   G01N 31/00 20060101ALI20231017BHJP
   G01N 30/04 20060101ALI20231017BHJP
   G01N 30/68 20060101ALI20231017BHJP
   G01N 30/86 20060101ALI20231017BHJP
   G01N 30/88 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
G01N30/06 Z
G01N31/00 V
G01N30/04 P
G01N30/68 Z
G01N30/86 J
G01N30/88 G
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020039548
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021001867
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2019115213
(32)【優先日】2019-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】矢野 正樹
(72)【発明者】
【氏名】冨士田 公彦
(72)【発明者】
【氏名】井上 雅仁
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-032304(JP,A)
【文献】特開2003-222577(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106680392(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103645261(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00-30/96
G01N 1/00-1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒中に含まれるトリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを同時分析する方法であって、
前記溶媒から試料を採取する採取工程と、
採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程と、
調整された試料を測定する測定工程と、
を有し、
前記採取工程、前記調整工程および前記測定工程時に使用される容器をポリプロピレン容器とし、
前記測定工程では、TNOAに起因する結果とDNOAに起因する結果とを共に一つの結果上に表示可能な検出器を備えた測定装置を使用する、TNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項2】
前記検出器は水素炎イオン化検出器(FID)である、請求項に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項3】
前記調整工程は、採取された試料を酸洗する酸洗工程と、前記酸洗工程後の試料に対してアルカリ水溶液を接触させる接触工程と、を有する、請求項1または2に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項4】
前記酸洗工程の酸濃度は1~10wt%である、請求項に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項5】
前記酸洗工程においては少なくとも塩酸を使用する、請求項に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項6】
前記調整工程において生じさせる相分離の際に水相と油相との間にてクラッドが発生するのを抑制可能な溶解度パラメータ(SP値)を有する希釈溶媒を、前記調整工程において使用する、請求項1~のいずれかに記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項7】
前記希釈溶媒のSP値は7~10である、請求項に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項8】
前記希釈溶媒はトルエンである、請求項またはに記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項9】
前記測定装置は液体クロマトグラフ分析装置またはガスクロマトグラフ分析装置である、請求項1~のいずれかに記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項10】
前記測定工程においては、クロマトグラムにおけるTNOA由来のピーク面積からTNOAについての定量分析を行うとともにDNOA由来のピーク面積からDNOAについての定量分析を行う、請求項に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項11】
検量線作成のための既知濃度のTNOAとDNOAとを含有する検量線試料を作製する検量線試料作製工程と、
前記検量線試料を測定する検量線試料測定工程と、
を更に有し、
前記検量線試料作製工程および前記検量線試料測定工程時に使用される容器をポリプロピレン容器とし、
前記検量線試料測定工程では、水素炎イオン化検出器(FID)を備えた測定装置を使用する、請求項10に記載のTNOAとDNOAとの同時分析方法。
【請求項12】
トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを含む溶媒から分析用の試料を作製する方法であって、
前記溶媒から試料を採取する採取工程と、
採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程と、
を有し、
前記採取工程および前記調整工程時に使用される容器をポリプロピレン容器とする、分析用の試料の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)との同時分析方法および分析用の試料の作製方法に属する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1に記載されているように、トリ-n-オクチルアミン(TNOA)は劣化するとジ-n-オクチルアミン(DNOA)に変化することが知られている。また、特許文献1には該DNOAをガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)法により分析したことが開示されている。
【0003】
特許文献1に記載の内容だと、TNOAとDNOAとを分別定量すべくガスクロマトグラフ質量分析法を使用してDNOAの濃度を定量しようとしても、実際の濃度よりも高い定量結果となり、正しく定量できなかった。
【0004】
この問題点を明らかにしたのが特許文献2である。特許文献2では、DNOAを含有する有機溶媒が酸性の場合、上記の問題点が生じることを明らかにした。そして、特許文献2では、酸性有機溶媒に対し、アルカリ水溶液を接触させた後に得られる有機相(DNOA含有)に対してガスクロマトグラフ質量分析法を使用してDNOAについての分析を行うことにより、上記問題点を解決した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-209582号公報
【文献】特開2019-32304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2では、TNOAに由来するDNOAを分析することしか記載されていない。その一方、TNOAとDNOAとを同時に分析し且つ精度良く分析する要望があるが、従来技術ではこの要望に応えていないのが現状である。
【0007】
本発明の課題は、TNOAとDNOAとを同時に精度良く分析するための手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記の知見に基づき、上記の課題を解決するための手段を検討した。その結果、所定の容器を使用し且つ所定の検出器を使用することにより、上記の課題が解決可能になるという知見を得た。
【0009】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
溶媒中に含まれるトリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを同時分析する方法であって、
前記溶媒から試料を採取する採取工程と、
採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程と、
調整された試料を測定する測定工程と、
を有し、
前記採取工程、前記調整工程および前記測定工程時に使用される容器を非ガラス製とし、
前記測定工程では、TNOAに起因する結果とDNOAに起因する結果とを共に一つの結果上に表示可能な検出器を備えた測定装置を使用する、TNOAとDNOAとの同時分析方法である。
【0010】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明において、
前記容器は樹脂製である。
【0011】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載の発明において、
前記検出器は水素炎イオン化検出器(FID)である。
【0012】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様に記載の発明において、
前記調整工程は、採取された試料を酸洗する酸洗工程と、前記酸洗工程後の試料に対してアルカリ水溶液を接触させる接触工程と、を有する。
【0013】
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載の発明において、
前記酸洗工程の酸濃度は1~10wt%である。
【0014】
本発明の第6の態様は、第5の態様に記載の発明において、
前記酸洗工程においては少なくとも塩酸を使用する。
【0015】
本発明の第7の態様は、第1~第6のいずれかの態様に記載の発明において、
前記調整工程において生じさせる相分離の際に水相と油相との間にてクラッドが発生するのを抑制可能な溶解度パラメータ(SP値)を有する希釈溶媒を、前記調整工程において使用する。
【0016】
本発明の第8の態様は、第7の態様に記載の発明において、
前記希釈溶媒のSP値は7~10である。
【0017】
本発明の第9の態様は、第7または第8の態様に記載の発明において、
前記希釈溶媒はトルエンである。
【0018】
本発明の第10の態様は、第1~第9のいずれかの態様に記載の発明において、
前記測定装置は液体クロマトグラフ分析装置またはガスクロマトグラフ分析装置である。
【0019】
本発明の第11の態様は、第10の態様に記載の発明において、
前記測定工程においては、クロマトグラムにおけるTNOA由来のピーク面積からTNOAについての定量分析を行うとともにDNOA由来のピーク面積からDNOAについての定量分析を行う。
【0020】
本発明の第12の態様は、第11の態様に記載の発明において、
検量線作成のための既知濃度のTNOAとDNOAとを含有する検量線試料を作製する検量線試料作製工程と、
前記検量線試料を測定する検量線試料測定工程と、
を更に有し、
前記検量線試料作製工程および前記検量線試料測定工程時に使用される容器を非ガラス製とし、
前記検量線試料測定工程では、水素炎イオン化検出器(FID)を備えた測定装置を使用する。
【0021】
本発明の第13の態様は、
トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを含む溶媒から分析用の試料を作製する方法であって、
前記溶媒から試料を採取する採取工程と、
採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程と、
を有し、
前記採取工程および前記調整工程時に使用される容器を非ガラス製とする、分析用の試料の作製方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、TNOAとDNOAとを同時に精度良く分析する手法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、実施例でのガスクロマトグラフ分析装置におけるクロマトグラムである。
図2図2(a)は、DNOAの検量線1を示すプロットであり、図2(b)は、TNOAの検量線1を示すプロットである。
図3図3(a)は、DNOAの検量線2を示すプロットであり、図3(b)は、TNOAの検量線2を示すプロットである。
図4図4は、PP製容器を使用した場合のガスクロマトグラフ分析装置におけるクロマトグラムである。
図5図5は、ガラス製容器を使用した場合のガスクロマトグラフ分析装置におけるクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施の形態について、以下に説明する。本実施形態は、溶媒中に含まれるトリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを同時分析する方法に係る。
本実施形態は大きく分けて主に以下の3つの工程を有する。
・溶媒から試料を採取する採取工程
・採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程
・調整された試料を測定する測定工程
【0025】
[採取工程]
採取工程は一具体例を挙げると以下の作業を行う。
まず、TNOAとDNOAとを含む溶媒を一定量の試料として採取する。本実施形態の特徴の一つは、溶媒から試料を採取する際に、容器を非ガラス製とすることにある。
【0026】
後述の実施例と比較例の対比が示すように、溶媒から採取した試料を従来のようにガラス製容器(例えば特許文献2の[0014]参照)に保存した場合と、本実施形態のように非ガラスであり樹脂であるポリプロピレン(PP)容器に保存した場合とで、測定結果に大きな違いがある。具体的には、ガラス製容器の場合(後述の図5)は、PP容器の場合(後述の図4)に比べ、ガスクロマトグラフ分析装置における結果であるクロマトグラム中のDNOAのピーク強度が著しく低下する。推測であるが、ガラス製容器にDNOAが吸着したことが理由と考えられる。この知見を基に、本実施形態の採取工程ではPP容器を使用する。
【0027】
非ガラス製容器としては、ガラス製容器に比べてDNOAの吸着を抑制可能なものであれば素材に限定は無いが、樹脂製だと汎用性が高く好ましく、特にPP容器が好ましい。以降、PP容器を例示する。
【0028】
なお、採取工程前の溶媒の容器も同様に非ガラス製であるのが好ましい。また、溶媒から試料を採取する際の採取器具も同様に非ガラス製であるのが好ましい。
【0029】
採取工程における試料の温度は40~70℃(好適には60~65℃)を維持するのが、TNOAおよび/またはDNOAの析出を抑制するという点で好ましい。そのため、液状の試料の冷却をもたらす細管のパスツールや駒込ピペットは使用しないのが好ましく、溶媒入り容器から、非ガラス製の試料保存用容器に直接移動させることにより試料を採取するのが好ましい。
【0030】
本実施形態においては、後述の調整工程および測定工程時にも非ガラス製容器を使用する。採取工程で述べた好適例(PP容器等)は、採取工程で述べた内容と同様であるため、後述の調整工程、測定工程、更には検量線試料作製工程、および検量線試料測定工程での好適例についての記載は省略する。
【0031】
[調整工程]
調整工程は一具体例を挙げると以下の作業を行う。
【0032】
(定容工程)
本工程においては、採取された試料の定容を行う。定容工程の際に、本実施形態では非ガラス製容器を使用する。定容工程の際に、溶解度パラメーター(SP値:有機化合物辞典に記載されている値を採用)が7~10の希釈溶媒を使用するのが好ましい。具体的には、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、ベンゼン、キシレン、エチルベンゼン、トリメチルベンゼン、トルエンの少なくともいずれかを用いるのが好ましく、中でもSP値が8.8であるトルエンを用いるのが好適である。好ましい理由は、酸洗工程の項目にて後述する。
【0033】
(酸洗工程)
採取された試料を酸洗する酸洗工程を行う。酸洗工程の際に、本実施形態では非ガラス製容器を使用する。酸洗工程により、試料中の金属(例えばTNOAと錯形成可能な金属、特に鉄以上の比重を有する重金属)を水相に移行させることができる。試料中の金属が水相に移行することにより、試料中の金属が、有機相と水相との間に中間相(クラッド)を形成するのを抑制できる。
【0034】
酸洗工程の酸濃度は1~10wt%であるのが好ましい。例えば塩酸の場合、酸洗工程において定容後の試料溶液に対し、1~10wt%の塩酸を添加するのが好ましい。1wt%以上であれば、クラッドを充分に除去可能である。10wt%以下であれば、試料の変質が生じるおそれが少なくなる。詳しく言うと、TNOAの分解反応の過度な進行を抑制でき、TNOAに由来するDNOAの生成を抑制でき、その結果、TNOAとDNOAとを精確に定量できる。
【0035】
酸洗工程にて定容後の試料溶液に添加される酸の種類には、測定に大きな影響を及ぼさなければ限定は無く、塩酸、硝酸、硫酸、有機酸、これらの混酸も使用可能である。
【0036】
その一方、本実施形態のようにTNOAが試料中に含まれる場合、塩酸を使用するのが好ましい。その理由は、本発明の創出に際して得られた以下の知見による。
【0037】
TNOAは三級アミンであり、塩酸(HCl)に対して付加体(TNOA-HCl)を形成可能である。本発明者の調べにより、試料によっては、TNOA-HClと、HClが付加されていないTNOAとが共存している場合があることが判明した。この共存状態の試料に対して分析を行ったところ、TNOAとTNOA-HClとが別々に検出され、その結果、TNOAの量の真値に対して負の定量誤差を生じさせ得ることが判明した。
【0038】
そこで、本実施形態のように、1~10wt%の塩酸溶液による酸洗工程を経ることにより、全てのTNOAをTNOA-HClに変化させられる。TNOAの全量がHCl付加体に変化していることから、TNOA-HClの定量値からTNOAの量の真値を導き出せる。
【0039】
つまり、塩酸溶液が1wt%以上であれば、試料中の金属を有効に水相に移行させるとともに、全てのTNOAをTNOA-HClに変化させられる。その結果、定量精度を向上させられる。
【0040】
酸洗工程により、試料溶液中に相分離が生じる。通常、酸洗工程により、試料中の金属の大半は水相に移行する。その一方、試料中の金属の一部が、油相と水相との境界近傍に留まることもある。これにより、クラッドが生じる可能性もある。
【0041】
ところが、定容工程にて述べた希釈溶媒を使用することにより、少なくともクラッドが視認されなくなるくらい、油相と水相との境界近傍に留まる金属を水相に移行させることができる。つまり、調整工程にて生じさせる相分離の際に水相と油相との間にてクラッドが発生するのを抑制可能なSP値(好適には7~10)を有する希釈溶媒を、調整工程において使用するのが好ましい。この構成により、再現性があり且つ定量精度が良好な分析手法を実現可能となる。
【0042】
なお、後掲の実施例の項目では定容工程において希釈溶媒としてトルエンを使用しているが、酸洗工程後、相分離後の試料用液中の水相と油相との間にはクラッドが全く視認されなかったことを本発明者は確認している。
【0043】
以上の通り、酸洗工程を行うのが好ましいが、試料中に金属が含有されていない場合は、酸洗工程を省略可能である。なお、酸洗工程を行わない場合であっても、定容後の試料溶液を相分離させる工程を経る限り、希釈溶媒のSP値を上記のように設定することにより、クラッドの発生を抑制可能という効果を奏する。
【0044】
(接触工程)
次に、酸洗工程後の試料に対してアルカリ水溶液を接触させる接触工程を行う。この接触工程は、特許文献2に記載の接触工程と作業内容は同じである。
【0045】
なお、接触工程により、依然として油相中に残存していた金属を水相に移行させられる。仮に、油相中に金属を残存させ続けると、該金属が触媒の役割を果たし、TNOAの分子鎖を切断してDNOAへと劣化してしまう恐れがある。本工程により、そのようなおそれを排することが可能となる。
【0046】
但し、特許文献2とは異なり、本実施形態では非ガラス製容器を使用する。以降に特記の無い内容は、特許文献2の接触工程と同内容とする。
【0047】
TNOAとDNOAとを含む酸洗工程後の試料(特許文献2に記載の酸性有機溶媒に該当)をPP瓶に一定量秤量する。酸性有機溶媒においてはDNOAはプロトン化している。
【0048】
接触工程においては、上記酸性有機溶媒に対してアルカリ水溶液を添加する。なお、先の酸洗工程にて既に有機相と水相との2相接触の状態となっている。TNOAとDNOAとを含有する有機相に対し、アルカリ水溶液を添加する。
【0049】
アルカリ水溶液添加後の2相接触の状態に対し、攪拌を一定時間行う。こうすることにより、プロトン化したDNOAは脱プロトン化して遊離アミンの状態へと変化する。DNOAを遊離アミンの状態とした後に測定を行うと、接触工程を行わない場合に比べ、TNOAとDNOAとを精度よく分析することが可能となる。
【0050】
このとき、使用するアルカリ水溶液の溶質としては水酸化ナトリウムのような水酸化物塩、炭酸塩、アンモニアなどいかなるものを用いてもよい。酸性有機溶媒中に含まれるすべてのアミン塩酸塩を遊離アミンまで中和するのに必要十分な濃度のアルカリを添加するのが好ましい。こうすることにより、溶液中に標準溶液と形態の異なる状態のアミンを存在させずに済み、ひいては正確な定量を行うことが確実化される。
【0051】
[測定工程]
測定工程は一具体例を挙げると以下の作業を行う。
まず、接触工程により得られた2相の溶液からTNOAとDNOAとを含有する有機相を分取する。もちろん、分取の際の保存容器には非ガラス製のものを使用する。そして、測定装置用のバイアルに、非ガラス製の容器から好ましくは直接移液し、測定を行う。
【0052】
本実施形態の特徴の一つは、測定工程において、TNOAに起因する結果とDNOAに起因する結果とを共に一つの結果上に表示可能な検出器を備えた測定装置を使用することにある。この「一つの結果」とは、出力されるプロットのことを指す。このプロットの一具体例は、例えば後述の実施例に係る図1(ガスクロマトグラフ分析装置が出力するクロマトグラム)である。
【0053】
検出器としては、TNOAに起因する結果とDNOAに起因する結果とを共に一つの結果上に表示可能であれば特に限定は無い。例えば、水素炎イオン化検出器(FID)を検出器として使用してもよい。また、熱伝導度検出器(TCD)や熱イオン化検出器(TID、NPDまたはFTD)も使用可能である。
【0054】
測定装置としては、上記検出器を備え、TNOAとDNOAとを同時に定性的および/または定量的に分析可能であれば、特に限定は無い。例えば、液体クロマトグラフ分析装置またはガスクロマトグラフ分析装置を使用してもよい。以降、これらをまとめてクロマトグラフ分析装置ともいい、該分析装置から得られる結果(例えば、後述の実施例に係る図1)をクロマトグラムともいう。
【0055】
本実施形態においては、図1に示すようなクロマトグラムから、TNOAに由来するピークの面積と、DNOAに由来するピークの面積とを算出する。そして、事前に試薬のTNOAおよびDNOAを用いて作成しておいた、ピーク面積と濃度との関係を表す検量線を利用し、TNOA濃度およびDNOA濃度を算出する。
【0056】
つまり、検量線作成のための既知濃度のTNOAとDNOAとを含有する検量線試料を作製する検量線試料作製工程と、検量線試料を測定する検量線試料測定工程と、を更に有するのが好ましい。その場合、採取工程で述べたのと同様に、検量線試料作製工程および検量線試料測定工程時に使用される容器を非ガラス製とするのが好ましい。なお、その際に、測定装置の検出器をFIDとするのが好ましい。以下、その理由について説明する。
【0057】
図3(a)および図3(b)は、後述の実施例における検量線試料測定工程での測定装置の検出器をMSとした場合の検量線2を示すプロットである。
【0058】
図3(a)に示すように、検量線作成用試料中のDNOAの濃度は高くて0.2g/L(=200mg/L)が検量線試料測定工程での限界である。また、図3(b)に示すように、検量線作成用試料中のTNOAの濃度は高くて2g/Lが検量線試料測定工程での限界である。
【0059】
その一方、図2(a)および図2(b)は、後述の実施例における検量線試料測定工程での測定装置の検出器を本実施形態と同様のFIDとした場合の検量線1を示すプロットである。
【0060】
検量線試料測定工程での測定装置の検出器をFIDとした場合、TNOAもDNOAも、検量線試料測定工程での濃度上限が大幅に拡大している。具体的には、図2(a)に示すように、検量線作成用試料中のDNOAの濃度は高くて2.5g/Lが検量線試料測定工程での限界である。また、図2(b)に示すように、検量線作成用試料中のTNOAの濃度は高くて10g/Lが検量線試料測定工程での限界である。
【0061】
一般的に、検量線作成用試料にしても、溶媒から採取する試料にしても、濃度が高い方が、希釈した際の影響が少なく済み、ひいては測定結果に及ぼす影響も少なく済む。つまり、検量線試料測定工程において、検出器をFIDとすることにより、濃度上限を拡大させることができ、ひいては希釈した際の影響を少なくすることができ、ひいては測定結果に及ぼす影響を少なくすることができる。
【0062】
なお、検量線試料測定工程で濃度上限を拡大できるということは、溶媒から採取する試料におけるTNOAおよびDNOAに対する測定工程での濃度上限を拡大できることにもつながる。つまり、採取工程、調整工程および測定工程時に使用される容器を非ガラス製とし、測定工程では、TNOAに起因する結果とDNOAに起因する結果とを共に一つの結果上に表示可能な検出器を備えた測定装置を使用することにより、TNOAおよびDNOAの濃度が高くても分析可能となる。その結果、希釈した際の影響を少なくすることができ、結果として、より精度の高いTNOAとDNOAとの同時分析が可能となる。
【0063】
本実施形態ならば、測定工程にしても、検量線試料測定工程にしても、測定装置にセットする試料のTNOA濃度を比較的高い値0.01~50g/L(好ましくは1~10g/L)に設定可能であり、DNOA濃度を比較的高い値0.01~50g/L(好ましくは0.2~2.5g/L)に設定可能である。
【0064】
なお、図2(a)と図3(a)を比べたとき、検量線試料測定の際の測定装置の検出器をFIDとした場合、MSの場合よりも直線性が高い。つまり、検量線試料測定の際の測定装置の検出器をFIDとした場合、検量線としての精度が高い。
【0065】
本実施形態によれば、TNOAとDNOAとを同時に精度良く分析する手法を提供することが可能となる。
【0066】
なお、本発明の技術的範囲は上述した実施の形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【0067】
例えば、TNOAとDNOAとの同時分析方法として本実施形態を説明したが、容器を非ガラス製とすることに着目すれば、分析用の試料の作製方法としても技術的意義がある。なお、この分析用の試料とは、溶媒から採取した試料も含むし、検量線作成用試料も含む。この点に着目した構成は以下のとおりである。
『トリ-n-オクチルアミン(TNOA)とジ-n-オクチルアミン(DNOA)とを含む溶媒から分析用の試料を作製する方法であって、
溶媒から試料を採取する採取工程と、
採取された試料を測定に供するべく調整する調整工程と、
を有し、
採取工程および調整工程時に使用される容器を非ガラス製とする、分析用の試料の作製方法。』
【実施例
【0068】
以下、本実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
以下の実施例および比較例で用いた試薬は次の通りである。
・トリ-n-オクチルアミン(TNOA):和光純薬工業製
・ジ-n-オクチルアミン(DNOA):和光純薬工業製
・希釈溶剤:トルエン:和光純薬工業製
また、ガスクロマトグラフ質量分析法による測定を行った際の装置・測定条件を以下の表1に示す。
【表1】
【0069】
[実施例1]
TNOAとDNOAとを含有する有機溶媒をPP製50mLの遠沈管に4g採取した(採取工程)。
【0070】
そして、希釈溶剤(トルエン:SP値8.8)を用いて40mLに定容した。その溶液を5倍に希釈した(調整工程における定容工程)。
【0071】
そして、希釈後の液をPP製15mL遠沈管に5mL採取し、そこに5wt%の濃度に調製した塩酸溶液を5mL加えた(調整工程における酸洗工程)。
【0072】
振とう機を用い、2相接触させた溶液を1分間振とうさせた。その後、遠心分離(3,000rpm、1分)にて2相分離させた。この状態だと、2相間にクラッドは全く見られなかった。その液から有機相をPP製15mL遠沈管に分取し、5wt%の濃度に調製した水酸化ナトリウム水溶液を5mL加えた(調整工程における接触工程)。
【0073】
2相接触させた溶液を振とう機を用いて、1分間振とう後、遠心分離(3,000rpm、1分)にて分液した。その後、有機相を測定用のPP製バイアル瓶に移液し、ガスクロマトグラフ分析装置にセットした。そして、表1の条件で測定を行い、クロマトグラムを得た(測定工程)。
【0074】
図1は、実施例1にて得られたクロマトグラムである。
【0075】
なお、検量線の作成においては、検量線試料作製工程および検量線試料測定工程時に使用される容器をPP製とした。そして、測定装置としてはガスクロマトグラフ分析装置を使用した。そのうえで、以下の2通りの手法で各々検量線を作成した。
<検量線1>検量線試料測定の際の測定装置の検出器をFIDとする。
<検量線2>検量線試料測定の際の測定装置の検出器をMSとする。
【0076】
図2(a)は、DNOAの検量線1を示すプロットであり、図2(b)は、TNOAの検量線1を示すプロットである。
図3(a)は、DNOAの検量線2を示すプロットであり、図3(b)は、TNOAの検量線2を示すプロットである。
【0077】
図2(a)と図3(a)を比べたところ、検量線試料測定の際の測定装置の検出器をFIDとした場合、MSの場合よりも直線性が高い。つまり、検量線としての精度が高い。また、検量線1の方が、検量線2に比べて、検量線作成用試料中のTNOAおよびDNOAの濃度の上限が拡大されている。
【0078】
そのため、本実施例においては検量線1を採用した。そして、図1に示すクロマトグラムから、検量線1を使用してTNOAとDNOAとの同時定量を行った。その結果、TNOAの濃度は23.4g/L、DNOAの濃度は3.1g/Lという値が得られた。
【0079】
なお、特許文献2の[0022]に記載の手法と同様に添加回収試験を行った。その結果、本実施例においては回収率は100%であった。
【0080】
本実施例によれば、TNOAとDNOAとを同時に精度良く分析する手法を提供できることがわかった。
【0081】
[実施例2]
調整工程における酸洗工程にて、5wt%の濃度の塩酸の代わりに1wt%の濃度の塩酸を使用した。それ以外は実施例1と同様の手法で試験を行った。その結果、TNOAの濃度は23.3g/L、DNOAの濃度は3.0g/Lという値が得られた。これは実施例1とほぼ同じ値であり、酸洗工程にて1wt%の濃度の塩酸を使用した場合であっても、本発明の効果を奏することが確認された。
【0082】
[実施例3]
調整工程における酸洗工程にて、5wt%の濃度の塩酸の代わりに10wt%の濃度の塩酸を使用した。それ以外は実施例1と同様の手法で試験を行った。その結果、TNOAの濃度は23.4g/L、DNOAの濃度は3.0g/Lという値が得られた。これは実施例1とほぼ同じ値であり、酸洗工程にて10wt%の濃度の塩酸を使用した場合であっても、本発明の効果を奏することが確認された。
【0083】
[実施例4]
調整工程における酸洗工程にて、希釈溶剤として実施例1でのトルエンに代えてヘキサン(SP値:7.3)を使用した。また、実施例1での5wt%の濃度の塩酸の代わりに1wt%の濃度の塩酸を使用した。それ以外は実施例1と同様の手法で試験を行った。その結果、TNOAの濃度は23.4g/L、DNOAの濃度は3.1g/Lという値が得られた。これは実施例1と全く同じ値であり、希釈溶剤としてヘキサンを使用し且つ酸洗工程にて1wt%の濃度の塩酸を使用した場合であっても、本発明の効果を奏することが確認された。
【0084】
[実施例5]
調整工程における酸洗工程にて、希釈溶剤として実施例1でのトルエンに代えてクロロホルム(SP値:9.4)を使用した。また、実施例1での5wt%の濃度の塩酸の代わりに1wt%の濃度の塩酸を使用した。それ以外は実施例1と同様の手法で試験を行った。その結果、TNOAの濃度は23.4g/L、DNOAの濃度は3.1g/Lという値が得られた。これは実施例1と全く同じ値であり、希釈溶剤としてクロロホルムを使用し且つ酸洗工程にて1wt%の濃度の塩酸を使用した場合であっても、本発明の効果を奏することが確認された。
【0085】
[非ガラス製の容器の有意性を示すための試験]
既知量に希釈したDNOA標準溶液をPP製容器とガラス製容器それぞれに入れて8日間保管した後、ガスクロマトグラフ分析装置にて測定を行った。
【0086】
図4は、PP製容器を使用した場合のガスクロマトグラフ分析装置におけるクロマトグラムである。
図5は、ガラス製容器を使用した場合のガスクロマトグラフ分析装置におけるクロマトグラムである。
【0087】
図4図5を比較するとわかるように、ガラス製容器に保管したDNOA標準溶液のピーク値は、PP製容器に保管したDNOA標準溶液のピーク値に比べ、6割程の値となった。推測ではあるが、DNOAがガラス容器に吸着したものと考えられる。本試験の結果、非ガラス製の容器の有意性が確認された。
図1
図2
図3
図4
図5