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特許7367702クロロプレン重合体ラテックス及びその製造方法
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  • 特許-クロロプレン重合体ラテックス及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】クロロプレン重合体ラテックス及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08C 19/20 20060101AFI20231017BHJP
   C08F 36/18 20060101ALI20231017BHJP
   C08K 3/06 20060101ALI20231017BHJP
   C08L 11/02 20060101ALI20231017BHJP
   C08L 93/04 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
C08C19/20
C08F36/18
C08K3/06
C08L11/02
C08L93/04
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020562945
(86)(22)【出願日】2019-11-25
(86)【国際出願番号】 JP2019045936
(87)【国際公開番号】W WO2020137297
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2018245755
(32)【優先日】2018-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004455
【氏名又は名称】株式会社レゾナック
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 智映
(72)【発明者】
【氏名】小川 真広
(72)【発明者】
【氏名】尾川 展子
(72)【発明者】
【氏名】上條 正直
【審査官】小森 勇
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-055409(JP,A)
【文献】特開昭60-031510(JP,A)
【文献】特開平11-116622(JP,A)
【文献】国際公開第2012/157658(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08C 19/00-19/44
C08L 11/02
C08K 3/06
C08L 93/04
C08F 36/18
C08F 136/18
C08F 236/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロプレンモノマー(A-1)、所望によりクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)、硫黄(B)及びロジン酸を含み、クロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)の合計100質量部に対して、ロジン酸1.5~2.5質量部、硫黄0.20~0.40質量部である組成物を重合させることを特徴とする硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロロプレン重合体ラテックス及びそれを用いて得られる成形物に関する。さらに詳しく言えば、特定の大きさの粒子径を持つ硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス、その製造方法、前記ラテックスと金属酸化物と架橋促進剤と酸化防止剤を含むクロロプレン重合体ラテックスの組成物、及び前記組成物を浸漬法により成形、硬化させた浸漬製品に関する。本発明のクロロプレン重合体ラテックスの組成物から得られる成形物は、例えば手袋、血圧計ブラダー、糸ゴムなどの浸漬製品、特に医療用手袋用途で好適に使用される。
【背景技術】
【0002】
従来、クロロプレン重合体ラテックスを用いた材料は、一般ゴム物性、耐候性、耐熱性、耐薬品性などの特性が良好であり、手袋などの浸漬製品用途、粘・接着剤用途、弾性アスファルト(改質アスファルト)、弾性セメントなどの土木・建築用途などで広く使用されている。医療用使い捨て手袋用途、特に手術用手袋においては、天然ゴムのアレルギーによるショック症状(アナフィラキシー)が患者や医療技術者に対する衛生上及び人命保全上深刻な問題である。この問題を解決するために、手術用手袋の素材として、柔軟性や機械的特性が天然ゴムに近く、比較的安価であるクロロプレンゴム(以下、「CR」と略記することがある。)が使用されている。クロロプレンゴム(CR)は、具体的には、天然ゴムに近いフィット感(快適性)と指先の細かい動きへの応答(追随性)に優れる特長がある。
【0003】
クロロプレン重合体の中でも硫黄で変性する硫黄変性クロロプレン重合体は架橋速度が向上し高強度のフィルムを作製できることが知られている(国際公開第2015/80075号(US2016/376383);特許文献1)。しかし、硫黄変性クロロプレン重合体は水中に分散したラテックスの貯蔵安定性に乏しく、短期間でポリマーが劣化するため貯蔵寿命が短く、工業的な利用には問題を抱えている。
【0004】
クロロプレン重合体ラテックスの安定性を改良する方法としてアミンなどの添加剤をラテックスに添加する方法が知られている(特許第5923129号公報;特許文献2)。アミンの添加はpH低下による凝集物の発生を抑制するためのものであって、脱塩酸の速い硫黄変性グレードへの添加は非常に有効であるが、pH低下の原因、すなわち脱塩酸を伴うポリマーの変性を抑制するものではない。ノニオン系界面活性剤の添加により安定性を改良する方法も知られているが(特許第5428215号公報;特許文献3)、ノニオン系界面活性剤は浸漬用途で使う場合には成膜性を悪化させる原因となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2015/80075号(US2016/376383)
【文献】特許第5923129号公報
【文献】特許第5428215号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
クロロプレン重合体ラテックスは貯蔵している期間にpHが徐々に低下する。これは、クロロプレン重合体ラテックスからの脱塩酸に由来しており、ポリマーの変性を伴う現象である。特に硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスではこのpH低下が顕著であり、より短期間でポリマーが変性してしまうため、貯蔵安定性が低いという問題がある。
従って、本発明の課題は、引張強度や架橋速度などの架橋物性に優れる硫黄変性ポリクロロプレンラテックスの貯蔵安定性を改善することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定の構造を持つクロロプレン重合体(硫黄変性クロロプレン重合体)により上記問題点が解決できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス、そのラテックス組成物、そのラテックスの製造方法、及びそのラテックス組成物を成形、硬化させた浸漬製品に関する。
[1] クロロプレン重合体(A)を硫黄(B)で変性した硫黄変性クロロプレン重合体及び乳化剤を含み、前記硫黄変性クロロプレン重合体中の硫黄量Yとクロロプレン重合体の粒子径Xとが、クロロプレン重合体を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計を100質量部、硫黄変性クロロプレン重合体に含まれる硫黄(B)の量をY質量部、硫黄変性クロロプレン重合体のz平均粒子径をXnmとしたとき、下記式(1)~(3)の関係を満たすことを特徴とする硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス:
0.10 < Y < 0.60 (1)
120 < X < 320 (2)
Y < 0.0025X-0.20 (3)
[2] クロロプレン重合体を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計100質量部に対して、乳化剤として、ロジン酸1.5~4.0質量部を過剰量の水酸化ナトリウム及び/または水酸化カリウムによりけん化したロジン酸石鹸を含む前項1に記載の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス。
[3] 前項1または2に記載の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの固形分100質量部に対して、金属酸化物(C)を1.0~10.0質量部、架橋促進剤(D)を0.0~3.0質量部、酸化防止剤(E)を0.1~5.0質量部の割合で含む硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物。
[4] 前項3に記載の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物を浸漬法により成形、硬化させた浸漬製品。
[5] 浸漬製品が使い捨てゴム手袋である前項4に記載の浸漬製品。
[6] クロロプレンモノマー(A-1)、所望によりクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)、硫黄(B)及びロジン酸を含み、クロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)の合計100質量部に対してロジン酸1.5~4.0質量部、硫黄0.10質量部超0.60質量部未満である組成物を重合させることを特徴とする硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
特定の構造を持つ本発明の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスは、製造後の保管中にクロロプレンポリマーから脱離する塩酸量が低減するためポリマーの変性を抑制でき、従来の硫黄変性ポリクロロプレンラテックスに比較して長期保管後も架橋物性を損なうことなく、製造時に近い物性を保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】式(1)~(3)で規定する範囲と実施例及び比較例データとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明するが、本発明は下記の実施形態の構成に限定されるものではない。
【0011】
[硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス及びそのラテックスを含む組成物]
本発明の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスは、硫黄で変性した2-クロロ-1,3-ブタジエン(クロロプレン)(A-1)の単独重合体またはクロロプレンと共重合可能なモノマー(A-2)との共重合体、及び硫黄(B)を含む。
クロロプレン重合体(A)は本明細書においては、クロロプレン(A-1)の単独重合体、及びクロロプレンと他の共重合可能なモノマー(A-2)との共重合体を意味する。
また、本発明の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物は、前記重合体ラテックス成分に加えて、金属酸化物(C)、架橋促進剤(D)、酸化防止剤(E)の各々を単独で、または2種以上を含んでもよい。
以下、各成分について説明する。
【0012】
クロロプレン重合体(A)
本実施形態の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスを構成するクロロプレン重合体(A)は、重合体のモノマー成分として、(1)2-クロロ-1,3-ブタジエン(クロロプレン)(A-1)単独で、(2)共重合モノマー成分として、クロロプレン(A-1)と2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(A-2-1)、または(3)共重合モノマー成分として、 クロロプレン(A-1)と2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(A-2-1)と他の共重合可能なモノマー(A-2-2)を含む。
【0013】
共重合モノマー成分としての2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(A-2-1)の割合は、2-クロロ-1,3-ブタジエン(クロロプレン)(A-1)及び2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(A-2-1)の合計100質量部に対して5~30質量部が好ましく、7~24質量部がより好ましく、10~15質量部がさらに好ましい。A-2の割合が5質量部以上の場合に柔軟性の経時安定性の改良が良好となり、30質量部以下の場合に重合体の結晶化が抑制され、柔軟性が良好となる。
【0014】
共重合可能な他のモノマー成分(A-2-2)としては、1-クロロ-1,3-ブタジエン、ブタジエン、イソプレン、スチレン、アクリロニトリル、アクリル酸及びそのエステル類、メタクリル酸及びそのエステル類等を、2-クロロ-1,3-ブタジエン(クロロプレン)(A-1)100質量部に対して好ましくは0.1~20質量部の範囲で使用できる。必要に応じて2種類以上用いてもよい。20質量部以下にすることで、引張強度や伸びの他に、柔軟性の経時安定性を良好に保つことができる。
【0015】
硫黄(B)
本発明に係る特定の構造を有する硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造方法では、クロロプレン重合体(A)の重合時に硫黄(B)を使用する。硫黄(B)の使用割合は、クロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計100質量部に対して0.10質量部超0.60質量部未満であり、0.15~0.50質量部が好ましく、0.20~0.40質量部がより好ましい。硫黄が0.10質量部超の場合にクロロプレン重合体ラテックス組成物の架橋反応性が向上する。0.60質量部未満の添加であれば、重合反応を阻害せず良好な重合転化率が得られる。
なお、反応に使用した仕込みの硫黄は、全量がラテックス中に残留しているものとする。
【0016】
[硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造方法]
本実施形態の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物を構成する、特定の構造を有する硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造方法(重合方法)は限定されないが、乳化重合が好ましく、工業的には特に水性乳化重合が好ましい。
【0017】
乳化重合の乳化剤としては、アニオン系の界面活性剤が好ましく、凝固操作の簡便性から、通常のロジン酸石鹸が特に好ましい。アニオン系の界面活性剤の他の具体例としては、ナフタレンスルホン酸縮合物のナトリウム塩、ドデシルベンゼンスルホン酸のナトリウム塩、ドデシル硫酸のナトリウム塩等が挙げられる。
ロジン酸石鹸の使用量は、ロジン酸の換算量でクロロプレン重合体を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計を100質量部として、1.5~4.0質量部が好ましく、1.6~3.7質量部がより好ましく、1.7~3.5質量部がさらに好ましい。
ロジン酸石鹸以外の他の界面活性剤の使用量は、クロロプレン重合体を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計を100質量部として、0.5~8.0質量部が好ましく、0.7質量部~7.0質量部がより好ましく、0.9~6.0質量部がさらに好ましい。0.5質量部以上であれば、良好に乳化でき、良好な重合発熱制御が得られ、凝集物の生成が抑制され良好な製品外観が得られる。ナフタレンスルホン酸ナトリウムとホルムアルデヒド縮合物などの他の界面活性剤を添加することで1.5質量部未満のロジン酸で乳化した系においても、上記の凝集物の発生を抑制することができる。8.0質量部以下であれば、ロジン酸が残留せずに部品成形時の鋳型(フォーマー)からの脱離や部品使用時の剥離が容易になり、良好な加工、操作性得られ、製品の色調も良好となる。
【0018】
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス中に含まれる硫黄変性クロロプレン重合体のz平均粒子径は、ラテックスを純水にて0.01~0.1質量%以下まで希釈した溶液を動的光散乱光度計(Malvern Panalytical Ltd製ZETASIZER(登録商標)Nano-S)にて測定した。硫黄変性クロロプレン重合体のz平均粒子径は120nm超320nm未満であり、180~280nmが好ましく、200~250nmがより好ましい。硫黄変性クロロプレン重合体の粒子径は重合時のモノマー質量部に対するロジン酸量及び各種の乳化剤量によって制御される。粒子径が120nm超であれば、クロロプレン重合体ラテックスからの脱塩酸が抑制されクロロプレン重合体ラテックスの安定性が得られ、凝集物が発生しにくくなる。また、320nm未満であれば、良好な重合発熱制御、凝集物の生成抑制や良好な製品外観が得られる。
【0019】
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス中に含まれる重合体の粒子径を調整する方法として、重合開始時の乳化剤の量を調整する方法がある。一般的に同一の乳化剤を用いる場合においては、重合開始時の乳化剤濃度が少ないほど粒子径は大きくなる。本発明の目的となるz平均粒子径を得るためには、クロロプレン重合体を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計100質量部に対して、ロジン酸石鹸の原料となるロジン酸を1.5~4.0質量部添加することが望ましい。
粒子径の制御方法は例示したものに限られず、乳化剤の種類を変更する、モノマーを追加添加するなど上記の例と異なる方法で粒子径を調整することも可能である。
【0020】
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス中に含まれる重合体のテトラヒドロフラン不溶分率は特に限定されないが、硫黄変性グレードの特性を生かすために40~90質量%が好ましく、50~85質量%であることが好ましく、60~80質量%がさらに好ましい。テトラヒドロフラン不溶分率は重合時の硫黄(B)の添加量と重合転化率によって制御される。50質量%以上で所望の引張強度が得られ、成形時に鋳型からの剥離が容易となり好ましい。また、85質量%以下で重合体強度が保たれ、柔軟性があり、所望の引張強さや引張伸びが得られる。
【0021】
乳化重合の開始剤としては、通常のラジカル重合開始剤を使用することができる。例えば、過酸化ベンゾイル、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム等の有機あるいは無機の過酸化物、アゾビスイソブチロニトリル等のアゾ化合物が使用される。また、アントラキノンスルホン酸塩や亜硫酸カリウム、亜硫酸ナトリウムなどの助触媒を適宜併せて使用できる。これらは2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
一般に、クロロプレン重合体の製造では、所望の分子量及び分布の重合体を得る目的で、所定の重合率に到達した時点で、重合停止剤を添加して反応を停止させる。重合停止剤としては、特に制限がなく、通常用いられる停止剤、例えばフェノチアジン、パラ-t-ブチルカテコール、ハイドロキノン、ハイドロキノンモノメチルエーテル、ジエチルヒドロキシルアミン等を用いることができる。これらは2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本実施形態の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスは、後述の実施例及び比較例データが示す通り、前記硫黄変性クロロプレン重合体中の硫黄量Yと硫黄変性クロロプレン重合体のz平均粒子径Xとが、クロロプレン重合体(A)を構成するクロロプレンモノマー(A-1)とクロロプレンモノマーと共重合可能なモノマー(A-2)との合計を100質量部、硫黄変性クロロプレン重合体に含まれる硫黄(B)の量をY質量部、クロロプレン重合体のz平均粒子径をXnmとしたとき、下記式(1)~(3)の関係を満足する。
0.10 < Y < 0.60 (1)
120 < X < 320 (2)
Y < 0.0025X-0.20 (3)
上記式(1)~(3)は、図1の直角三角形の内側を満足する。
【0024】
クロロプレン重合体ラテックスは、一般に酸素による劣化を受けやすい。本発明では、発明の効果を損なわない範囲で、受酸剤や酸化防止剤などの安定剤を配合することが好ましい。
【0025】
本実施形態では、硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスに対して、必要に応じて金属酸化物(C)、架橋促進剤(D)、酸化防止剤(E)を添加することにより、充分な引張強度と柔軟性を有する浸漬製品を形成可能な硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物が得られる。使用される原料のうち、水に不溶性のもの、硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスのコロイド状態を不安定化させるものは、予め水系分散体を作製してから硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスに添加する。硫黄変性クロロプレン重合体においては、架橋促進剤(D)を使用しなくても十分な引張強度を有する浸漬製品を得ることができる。
【0026】
金属酸化物(C)
金属酸化物(C)としては、特に制限はないが、具体的には酸化亜鉛、酸化鉛、四酸化三鉛等が挙げられ、特に酸化亜鉛が好ましい。これらは2種類以上を組み合わせて用いてもよい。これらの金属酸化物の添加量は硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの固形分100質量部に対して1.0~10.0質量部が好ましく、2.0~9.0質量部がより好ましく、3.0~8.0質量部がさらに好ましい。金属酸化物の添加量が1.0質量部以上であれば、十分な架橋速度が得られる。10.0質量部以下であれば、適度な架橋速度となり、スコーチが抑制され、硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物のコロイド安定性も良く、沈降などの問題を発生しない。
【0027】
架橋促進剤(D)
架橋促進剤(D)としては、従来からクロロプレン重合体ラテックスの架橋に一般に用いられている、チウラム系、ジチオカーバメート系、チオウレア系、グアニジン系の架橋促進剤が用いられる。チウラム系の架橋促進剤としては、テトラエチルチウラムジスルフィド、テトラブチルチウラムジスルフィドなどが挙げられる。ジチオカーバメート系の架橋促進剤としては、ジブチルジチオカルバミン酸ナトリウム、ジブチルジチオカルバミン酸亜鉛、ジエチルジチオカルバミン酸亜鉛などが挙げられる。チオウレア系の架橋促進剤としては、エチレンチオ尿素、ジエチルチオ尿素、トリメチルチオ尿素、N,N’-ジフェニルチオ尿素(DPTU)などが挙げられる。グアニジン系の架橋促進剤としては、1,3-ジフェニルグアニジン(DPG)、1,3-ジ-o-トリルグアニジンなどが挙げられる。架橋促進剤は2種類以上を組み合わせて用いてもよい。これらの架橋促進剤の添加量は硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの固形分100質量部(乾燥質量部)に対して0.1~5.0質量部が好ましく、0.3~3.0質量部がより好ましく、0.5~1.5質量部がさらに好ましい。架橋促進剤の添加量が、0.1質量部以上であれば、十分な架橋速度が得られる。また5.0質量部以下であれば、適正な架橋速度が得られ、スコーチを抑制し凝集物等の発生が起こりにくくなる。さらには、成形物の架橋密度が適正となり、良好な柔軟性を得られる。
【0028】
酸化防止剤(E)
酸化防止剤(E)としては、耐熱性付与目的の酸化防止剤(耐熱老化防止剤)、耐オゾン酸化防止剤(耐オゾン老化防止剤)などを用いることが好ましい。これらは併用することが好ましい。耐熱老化防止剤としては、ジ(4-オクチルフェニル)アミン、p-(p-トルエン-スルホニルアミド)ジフェニルアミンや4,4’-ビス(α,α-ジメチルベンジル)ジフェニルアミンなどのジフェニルアミン系が耐熱性だけでなく、耐汚染性(変色などの移行)も少なく好ましい。耐オゾン老化防止剤としては、N,N’-ジフェニル-p-フェニレンジアミン(DPPD)やN-イソプロピル-N’-フェニル-p-フェニレンジアミン(IPPD)を用いることもできる。しかし、通常、医療用手袋など外観、特に色調や衛生性が重視される場合には、ヒンダードフェノール系酸化防止剤が特に好ましい。酸化防止剤(E)の添加量は硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの固形分100質量部(乾燥質量部)に対して、0.1~5.0質量部が好ましく、0.5~4.0質量部がより好ましく、1.0~3.0質量部がさらに好ましい。酸化防止剤(E)の添加量が0.1質量部以上では、酸化防止効果が十分に得られる。5.0質量部以下では、良好な架橋を得られたり、求める色調が得られたりする。
【0029】
本実施形態の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物から、通常の方法によって、浸漬・凝固工程、浸出(水溶性不純物の除去)工程、乾燥工程、架橋工程をこの順に進めることによって、フィルム状のゴムが得られる。天然ゴムと比較して従来のクロロプレン重合体ラテックスでは、架橋工程で所望の架橋度を得るためには、高い架橋温度(120~140℃)が要求されていたが、本実施形態による硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスではその架橋温度を下げることができる。製品外観の問題、例えばブリスター、ピンホールなどを回避する目的で、架橋前に予め70~100℃の範囲の比較的低温で粗乾燥することが好ましい。架橋温度は100~110℃で架橋時間として20~60分が好ましい。架橋は引張強さや切断時伸びが悪化しない範囲で十分に行うことが好ましい。架橋後のフィルムの引張試験を実施することによって、弾性率(モデュラス)、引張強さ、切断時伸びを測定することができる。弾性率(モデュラス)は柔軟性の指標となり、値が小さくなる程高い柔軟性を示す。本実施形態の硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスと金属酸化物、架橋促進剤、酸化防止剤を含む組成物から得られる架橋フィルムは、所望の架橋度を達成した場合、300%伸長時弾性率(モデュラス)が好ましくは2.5MPa以下、より好ましくは2.0MPa以下、さらに好ましくは1.6MPa以下、引張強さが、好ましくは17MPa以上、より好ましくは20MPa以上、さらに好ましくは23MPa以上で、かつ切断時伸びが好ましくは800%以上であり、より好ましく900%以上であり、さらに好ましくは950%以上である。300%伸長時弾性率(モデュラス)はその値が小さいほど優れた柔軟性を有することを意味する。
以上のような条件で架橋し製造されたゴムは、従来のゴムと比較して少ないエネルギーコストで作製でき、クロロプレン重合体が本来有する基本特性を維持し、優れた柔軟性を有する。
【実施例
【0030】
下記に実施例及び比較例を挙げて本発明を説明するが、以下の例により本発明は何等限定されるものではない。
【0031】
貯蔵安定性:
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの貯蔵安定性を下記方法にて評価した。
重合から1週間後に5質量%水酸化カリウム水溶液にて23℃でのpHを13.00±0.05に調整した硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスを70℃の常法オーブン内で老化促進試験することにより測定した。70℃条件下3日(72時間)経過後に硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの23℃でのpHを測定し12.00以上であるものを貯蔵安定性に優れる「○」とし、12.00を下回るものを安定性に劣る「×」として判定した。
【0032】
重合転化率、固形分:
重合後のラテックスを採集し、141℃、30分乾燥後の固形分から重合転化率を計算した。固形分及び重合転化率は下記式にて求めた。
固形分(質量%)
=[(141℃、30分乾燥後の質量)/(乾燥前のラテックス質量)]×100
重合転化率(%)=[(ポリマー生成量/モノマー仕込み量)]×100
ここで、ポリマー生成量は、重合後固形分からポリマー以外の固形分(乳化剤等)を差し引いて求めた。ポリマー以外の固形分は141℃条件において揮発しないポリマー以外の成分を重合原料から算出した。
【0033】
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの物性:
下記方法にて硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの物性を評価した。
[測定法]
テトラヒドロフラン不溶分率:
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス1gをTHF(テトラヒドロフラン)100mlに滴下して、24時間振とうした後、遠心分離機(株式会社コクサン製冷却高速遠心機H―9R)にて14000rpm、60分間遠心分離を行い、上澄みの溶解相を分離した。100℃、1時間かけて溶解相を蒸発・乾固させて乾固物の質量を測定し、下記式でテトラヒドロフラン不溶分率を求めた。
テトラヒドロフラン不溶分率(%)
={1-[(乾固物の質量(g))/(クロロプレン重合体ラテックス1g中の固形分量(g))]}×100
【0034】
粒子径:
前述の発明を実施するための形態の項に記載の通り、ラテックスを純水にて0.01~0.1%まで希釈した溶液を動的光散乱光度計(Malvern Panalytical Ltd製ZETASIZER(登録商標)Nano-S)にてz平均粒子径を測定した。
【0035】
浸漬法フィルムの作製と架橋:
下記表1の配合にて、硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物を調製し、スリーワンモーター付きの撹拌槽に上記組成物を仕込み5分撹拌して混合均一化した。均一化した硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物を室温(20℃)で24時間静置し熟成した。
縦200mm、横100mm、厚さ5mmのセラミック製の板を浸漬フィルムの型として、30質量%硝酸カルシウム水溶液からなる凝固液に型を浸漬し、40℃のオーブンで5分間乾燥させた。乾燥した型を前記硫黄変性クロロプレン重合体ラテックス組成物に浸漬し引き上げてフィルムを形成させ、70℃のオーブンで30分乾燥させた。次いで、常法のオーブンにて、110℃で30分加熱架橋し、大気下で放冷した後型から切り出し架橋されたフィルムを得た。
【0036】
架橋後物性の評価:
JIS-K6251-2017に準じ、架橋後のシートを6号ダンベルで切断し、試験片を得た。試験片の厚みは0.15~0.25mmとした。
フィルム試験片について、引張試験をJIS-K6251-2017に準じた方法で行い、23℃における300%伸張時モデュラス、引張強さ、及び切断時伸びを測定した。
【0037】
実施例1:硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの製造
内容積5リットルの反応器を使用して、2-クロロ-1,3-ブタジエン(クロロプレン)(東京化成工業株式会社製)(A-1)90.3質量部、2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(東京化成工業株式会社製)(A-2)9.7質量部及び純水87.3質量部、ロジン酸(荒川化学工業株式会社製、ロジンHTR)2.4質量部、硫黄(B) 0.25質量部、水酸化カリウム(和光純薬株式会社 特級)2.9質量部、水酸化ナトリウム(和光純薬株式会社 特級)1.4質量部、β-ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩(花王株式会社製)1.0質量部、硫酸銅0.29×10-6質量部を仕込み、乳化させ、ロジン酸をロジン石鹸(ロジン酸カリウム及びロジン酸ナトリウムの混合物)にした後、過硫酸カリウム(和光純薬株式会社 一級)を開始剤として用い、窒素ガス雰囲気下、初期温度40℃で重合を行い、重合転化率が80%以上となったところで45℃まで昇温し重合転化率が98%以上となるまで重合させた。次いで、未反応のモノマーを水蒸気蒸留にて除去し、ジエタノールアミン(日本触媒株式会社製)を3.4質量部添加して硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスを得た。なお、安定剤であるジエタノールアミン量は貯蔵安定性試験のpH変化に影響するため、以下の全実施例及び比較例において同質量部で添加した。
得られた硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスのテトラヒドロフラン不溶分率は70%、z平均粒子径は240nmであった。
【0038】
硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスについて、表1に示す成分の配合で前述の通りラテックスの組成物を調整し、浸漬法フィルムの作製と架橋を行い、試験用ゴムフィルムを作製した。
試験用ゴムフィルムについて、300%伸長時モデュラス、引張強さ、切断時伸びを測定した。結果は表1に記載の通り、300%伸長時モデュラス1.5MPa、引張強さ24MPa、切断時伸び1000%であった。
また、硫黄変性クロロプレン重合体ラテックスの72時間経過後のpHを測定する前述の基準による貯蔵安定性評価で、安定性に優れる「〇」の結果を得た。
【0039】
実施例2~7及び比較例1~5:
仕込み成分及び配合量を表1に記載の量とした以外は実施例1に従い、実施例2~4、6、参考例5、7及び比較例1~5を行った。
実施例2~4、6、参考例5、7及び比較例1~5の結果をまとめて表1に示す。なお、表1では、仕込み成分については、クロロプレン(A-1)と2,3-ジクロロ-1,3-ブタジエン(A-2)との合計量を100質量部とした換算値(質量部)を括弧書きで併記した。
また、前記の式(1)~(3)で規定する範囲と、実施例及び比較例のデータとの関係を図1に示した。
【0040】
【表1】
【0041】
硫黄の添加量を実施例1の2倍とした以外は、実施例1と同一の条件にて実施した比較例1は、硫黄の添加量が適正範囲を超えると粒子径が適切範囲内でも貯蔵安定性が得られないことを示している。
ロジン酸の添加量を参考例7の0.56倍とした以外は、参考例7と同一の条件にて実施した比較例2は、ロジン酸が適正範囲未満の場合には重合速度低下し、工業的に実用的ではない。
ロジン酸の添加量を実施例1の1.41倍としたこと、加硫促進剤と酸化防止剤の配合割合を若干変えたこと以外は実施例1と同一の条件で実施した比較例3及び比較例5は、ロジン酸が適正範囲を超えると粒子径が小さくなり、貯蔵安定性悪くなることを示す。
硫黄の添加量を参考例5に対して5.0倍とした比較例4は、硫黄量が適正範囲を超えると安定性が低下することを示す。
図1に示すように、クロロプレン重合体(A)に含まれる硫黄の量Y(質量部)と、クロロプレン重合体のz平均粒子径X(nm)が式(1)~(3)を満足する範囲であればクロロプレン重合体ラテックスの貯蔵安定性が良好であることが分かる。
図1