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  • 特許-正極活物質粉体 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-17
(45)【発行日】2023-10-25
(54)【発明の名称】正極活物質粉体
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/505 20100101AFI20231018BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20231018BHJP
【FI】
H01M4/505
H01M4/36 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021189454
(22)【出願日】2021-11-22
(62)【分割の表示】P 2016106560の分割
【原出願日】2016-05-27
(65)【公開番号】P2022022256
(43)【公開日】2022-02-03
【審査請求日】2021-11-22
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】矢野 拓哉
(72)【発明者】
【氏名】田上 幸治
【審査官】森 透
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-187193(JP,A)
【文献】特開2000-231919(JP,A)
【文献】特開2014-022294(JP,A)
【文献】特開2013-069567(JP,A)
【文献】特開2012-038534(JP,A)
【文献】特開2016-031852(JP,A)
【文献】国際公開第2009/084214(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/090185(WO,A1)
【文献】特開2014-099368(JP,A)
【文献】特開2014-239030(JP,A)
【文献】特開2008-016235(JP,A)
【文献】特開2008-041570(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101060173(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表層部にリン濃化層を有するリチウムマンガン系複合酸化物粒子の表面に、リチウムチタン系複合酸化物が被着している粒子からなる粉体であって、当該粉体に対する質量比でP含有量が0.02~5.00質量%、Ti含有量が0.05~2.0質量%であり、XPS(光電子分光分析)による最表面からエッチング深さ1nmまでの平均モル比において、P/Mnモル比が0.01~0.30、Ti/Mnモル比が0.49~0.75であるリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体。
【請求項2】
リチウムチタン系複合酸化物の被着量が、Ti含有量(質量%)から下記(1)式による求まるチタン酸リチウムLiTi12換算の質量割合で0.1~4.0質量%である請求項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体。
LiTi12換算被着量(質量%)=Ti含有量(質量%)×LiTi12分子量/(Ti原子量×5) …(1)
【請求項3】
前記リチウムマンガン系複合酸化物がマンガン酸リチウム(LiMn)である請求項1または2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体。
【請求項4】
前記リチウムチタン系複合酸化物がチタン酸リチウム(LiTi12)である請求項1~のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムマンガン系複合酸化物粒子の表面を固体電解質で被覆した粒子からなるリチウムイオン二次電池用の正極活物質粉体に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池の正極活物質は、従来一般的にLiと遷移金属の複合酸化物で構成される。例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMn)や、三元系タイプ(LiNi1/3Mn1/3Co1/3)などが代表的である。また、これらの2種以上を混合した複合タイプの正極活物質も実用化が進んでいる。
【0003】
リチウムイオン二次電池の電解液としては、LiPF、LiBF等のリチウム塩を、PC(プロピレンカーボネート)、EC(エチレンカーボネート)等の環状炭酸エステルと、DMC(ジメチルカーボネート)、EMC(エチルメチルカーボネート)、DEC(ジエチルカーボネート)等の鎖状エステルの混合溶媒に溶解したものが主として用いられている。電池の充放電を繰り返すうちに、正極活物質を構成する遷移金属(Co、Ni、Mn)は、僅かながら電解液中に溶出する。溶出の進行に伴って電池の放電容量が次第に低下していく。従って、正極活物質からの遷移金属の溶出をできるだけ抑制することが電池性能を向上させる上で重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平9-259863号公報
【文献】特開2004-319105号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、リチウムマンガン複合酸化物にリンまたはリン酸化物を添加した正極活物質が記載されている。この活物質はリチウムマンガン複合酸化物の原料とリン含有物質の混合物を酸化性雰囲気で熱処理することにより合成される。これによりLiMn粒子の表面にリンの被覆が形成され、充放電を繰り返した際の放電容量低下が抑制される。しかし、この種の技術ではリンの含有量が多くなると初期の放電容量が低下するという問題がある。リン含有物質を添加した後にリチウムマンガン複合酸化物を合成するため、リチウムマンガン複合酸化物中に固溶した状態で存在するリンの割合が多くなるものと考えられ、それが初期放電容量低下の要因となっている可能性がある。
【0006】
特許文献2には、リチウムニッケル系複合酸化物粒子の表面にリチウムチタン系複合酸化物の被覆層を有する正極活物質が記載されている。この被覆層によってリチウムニッケル系複合酸化物活物質と電解質の接触が抑制されるため、充放電の繰り返しに伴う放電容量の低下は小さくなる。しかし、初期の放電容量に関しては更なる向上が望まれる。
【0007】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質において、初期の放電容量が高く、かつ充放電の繰り返しに伴う放電容量低下が小さいものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、表層部にリン濃化層を有するリチウムマンガン系複合酸化物粒子の表面に、リチウムチタン系複合酸化物が被着している粒子からなる粉体であって、当該粉体に対する質量比でP含有量が0.02~5.00質量%、Ti含有量が0.05~2.0質量%であるリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体によって達成される。
【0009】
この粉体の表面付近のPおよびTiの含有量に関しては、例えば、XPS(光電子分光分析)による最表面からエッチング深さ1nmまでの平均モル比において、P/Mnモル比が0.01~0.30、Ti/Mnモル比が0.10~0.75であるものがより好適な対象となる。XPSでは表面から数nm深さまでの原子の情報が得られる。ここでは、XPSによる深さ方向の元素分析プロフィールにおいて、エッチング深さが最表面から1nm深さまでの間の平均モル比によって、表面から数nm深さの極表層部にPおよびTiが存在していることを特定する。エッチング深さはSiO標準試料のエッチングレート換算である。
本発明では、前記P/Mnモル比と前記Ti/Mnモル比の関係が下記(2)式を満たすものが提供される。
Ti/Mnモル比>P/Mnモル比 …(2)
また、前記Ti/Mnモル比は0.49~0.75であることがより好ましい。
【0010】
リチウムチタン系複合酸化物の被着量に関しては、チタン酸リチウムLiTi12換算の質量割合において、0.1~4.0質量%であるものがより好適な対象となる。LiTi12換算被着量は、Ti含有量(質量%)から下記(1)式による求まる。
LiTi12換算被着量(質量%)=Ti含有量(質量%)×LiTi12分子量/(Ti原子量×5) …(1)
【0011】
リチウムマンガン系複合酸化物は、LiMn(2-X)、(ただし、MはMn以外の遷移金属、0≦X≦1)で表されるLiとMnを主成分とする酸化物である。代表的にはマンガン酸リチウム(LiMn)が挙げられる。
【0012】
リチウムチタン系複合酸化物は、LiとTiを主成分とする酸化物であり、LiTi12型、LiTiO型、LiTi型などがある。LiTi12型の場合、LiTi5-X12、(ただし、MはTi以外の遷移金属、0≦X≦0.5)で表される組成範囲のものが好適であり、代表的にはチタン酸リチウム(LiTi12)が挙げられる。
【0013】
上記の正極活物質粉体の製造方法として、
Pが溶解している液状媒体中で、リチウムマンガン系複合酸化物粒子からなる粉体を撹拌することにより粒子表面にPを付着させる工程(Pコーティング工程)、
Pコーティング工程で得られた粉体を200~800℃に加熱することにより、リチウムマンガン系複合酸化物粒子の表層部にリン濃化層を形成させる工程(リン濃化層形成工程)、
LiとTiが溶解している液状媒体中で、リン濃化層形成工程で得られた粉体を撹拌することにより粒子表面の前記リン濃化層の上にLiとTiを付着させる工程(Li・Tiコーティング工程)、
Li・Tiコーティング工程で得られた粉体を200~800℃に加熱することにより、粒子表面にリチウムチタン系複合酸化物を被着させる工程(リチウムチタン系複合酸化物被着工程)、
を有する、リチウムイオン二次電池用正極活物質粉体の製造法であって、当該粉体に対する質量比でP含有量が0.02~5.00質量%、Ti含有量が0.05~2.0質量%であるリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体の製造法が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、リチウムマンガン系複合酸化物を用いたリチウムイオン二次電池用正極活物質において、初期の放電容量が高く、かつ充放電の繰り返しに伴う放電容量低下が小さいものが実現できた。本発明は、リチウムイオン二次電池の性能向上に寄与しうる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に従う正極活物質粉体を構成する粒子の断面構造を模式的に示した図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
〔粒子の構造〕
図1に、本発明に従う正極活物質粉体を構成する粒子の断面構造を模式的に示す。リチウムイオンの挿入脱離による活物質機能を担うリチウムマンガン系複合酸化物を芯材(コア)として、その表面にリチウムチタン系複合酸化物の被覆層が被着している。芯材であるリチウムマンガン系複合酸化物の表層部にはリン濃化層が存在している。このリン濃化層は、Pがリチウムマンガン系複合酸化物と反応して形成されたリン酸マンガンリチウム(LiMnPO)を多く含んでいる層であると考えられる。リン酸マンガンリチウムは非常に安定な構造を有するものであり、これが初期放電容量の改善に極めて有効であると推察される。
【0017】
芯材の表面に被着しているリチウムチタン系複合酸化物は、リチウムイオン伝導性を有する固体電解質であり、Mnの溶出を防いで充放電の繰り返しに伴う放電容量の低下を抑制する機能を担う。リチウムチタン系複合酸化物の被着量は、前記(1)式により定まるチタン酸リチウムLiTi12換算の被着量で0.1~4.0質量%とすればよい。リチウムチタン系複合酸化物の平均被着厚さはLiTi12換算で例えば1~20nmであることが好ましい。発明者らの調査によれば、リチウムチタン系複合酸化物の平均被着厚さがLiTi12換算で例えば10~20nmと比較的厚い場合でも、最表面からエッチング深さ1nmまでのXPS(光電子分光分析)による元素プロファイルにおいて、リチウムマンガン系複合酸化物の主成分であるMnは十分に検出される。光電子の脱出深さが数nmであることを考慮すると、リチウムチタン系複合酸化物の被着層には厚い部分と薄い部分が混在しているものと考えられる。平均被着厚さが比較的薄い場合には芯材であるリチウムマンガン系複合酸化物の表面(リン濃化層)が部分的に露出していることも考えられるが、後述のTi含有量を満たす場合において、高い放電容量維持率が得られることが確認されている。
【0018】
本発明に従う正極活物質粉体の平均粒子径(レーザー回折式粒度分布測定装置による体積基準の累積50%粒子径D50)は例えば1~20μmの範囲である。なお、図1中、リン濃化層の厚さおよびリチウムチタン系複合酸化物の被着厚さは極めて誇張して描いてある。
【0019】
〔P含有量〕
本発明に従うリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体のP含有量は0.02~5.00質量%である。Pは芯材であるリチウムマンガン系複合酸化物粒子の表層部にリン濃化層を形成するために必要な元素である。P含有量が少なすぎるとリン濃化層による初期放電容量の向上効果が十分に発揮されない。P含有量が多すぎると初期放電容量の向上効果が低減することが考えられるが、現時点において5.00質量%以下のP含有量範囲で初期放電容量の向上効果が確認されている。
【0020】
Pはリチウムマンガン系複合酸化物粒子の表層部に濃化している。Pが表層部に存在することはXPS(光電子分光分析)により確認することができる。上述のように、リチウムマンガン系複合酸化物粒子の表面にリチウムチタン系複合酸化物が被着していても、最表面からエッチング深さ1nmまでのXPSによる元素プロファイルにおいて、リチウムマンガン系複合酸化物の主成分であるMnは既に多く検出される。本発明に従うリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体は、最表面からエッチング深さ1nmまでの平均P/Mnモル比が例えば0.01~0.30の範囲にある。
【0021】
〔Ti含有量〕
本発明に従うリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体のTi含有量は0.05~2.0質量%である。Tiはリチウムマンガン系複合酸化物粒子の表面に被着しているリチウムチタン系複合酸化物の構成元素である。Ti含有量はリチウムチタン系複合酸化物の平均被着厚さの指標となる。Ti含有量が少なすぎるとリチウムチタン系複合酸化物の平均被着厚さが薄くなることに起因してMnの溶出防止機能が不十分となり、充放電の繰り返しに伴う放電容量の低下が大きくなる。Ti含有量が多すぎる場合はリチウムチタン系複合酸化物の平均被着厚さが過剰であり、リチウムイオン伝導性の抵抗になると考えられるが、現時点において2.0質量%以下のTi含有量範囲で初期放電容量が低下しないことを確認している。
【0022】
Tiは粒子表面に被着しているリチウムチタン系複合酸化物の構成元素であるから、最表面からエッチング深さ1nmまでのXPSによる元素プロファイルにおいて、多く検出される。本発明に従うリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体は、最表面からエッチング深さ1nmまでの平均Ti/Mnモル比が例えば0.10~0.75の範囲にある。
【0023】
〔製造方法〕
本発明に従うリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体は、原料粉体としてリチウムマンガン系複合酸化物粒子からなる粉体を用意し、これを用いて、例えば以下に示す工程により製造することができる。なお、上記原料粉体は、Li含有物質(例えば水酸化リチウム)およびMn含有物質(例えば酸化マンガン)の混合物を酸化性雰囲気中で焼成(例えば500~1000℃)する従来公知の手法により得ることができる。
【0024】
〔Pコーティング工程〕
Pが溶解している液状媒体中で、リチウムマンガン系複合酸化物粒子からなる原料粉体を撹拌することにより粒子表面にPを付着させる。P供給源であるP含有物質としては、例えばリン酸水素アンモニウム((NH)HPO)などの水溶性のリン酸塩が好適である。予めP含有物質が溶解している液(この液を「Pコーティング液」と呼ぶ。)を作成しておくことが望ましい。リン酸水素アンモニウムを使用する場合であれば、水に溶解させて、リン酸水素アンモニウム水溶液を作成する。
【0025】
リチウムマンガン系複合酸化物粒子からなる原料粉体を、液状媒体中に分散させ、撹拌状態とする。液状媒体としては、リチウムマンガン系複合酸化物粒子の分散性が良好で、かつP含有物質の溶解性が良好である有機溶媒が適している。Pコーティング液として水溶液を使用する場合は、水溶性の液状媒体を選択する。例えばイソブタノールなどの水溶性アルコールが使用できる。原料粉体分散液を撹拌しながら、この分散液中に、上記のPコーティング液を添加することにより、「Pが溶解している液状媒体中で、リチウムマンガン系複合酸化物粒子からなる原料粉体を撹拌する」という操作が行われ、粒子表面にPがコーティングされる。できるだけ均一なコーティングを施すために、Pコーティング液は少量ずつ添加していくとよい。例えば、30~300分の時間をかけて添加することが好ましい。添加中の液温は20~60℃とすることができる。この工程で添加するPの総量によって、最終的な粉体におけるP含有量をコントロールすることができる。Pコーティング液の添加が終了したのち、固液分離を行って固形分を回収し、乾燥させる。乾燥時の温度は100~150℃とすることが好ましい。乾燥雰囲気は空気でよい。上記温度範囲であれば、例えば1~5時間の乾燥により、乾燥粉体を得ることができる。
【0026】
〔リン濃化層形成工程〕
Pコーティング工程で得られた粉体を200~800℃に加熱することにより、リチウムマンガン系複合酸化物粒子の表層部にリン濃化層を形成させる。この加熱は窒素雰囲気や酸化性ガス雰囲気で行えばよい。酸化性ガス雰囲気としては酸素雰囲気や、酸素含有量が5体積%以上である酸素+窒素混合ガス雰囲気が好適である。この加熱によって得られるリン濃化層は、上述したように、Pがリチウムマンガン系複合酸化物と反応して形成されたリン酸マンガンリチウム(LiMnPO)を多く含んでいる層であると考えられる。加熱温度が低すぎると原料粉体中のMnと粒子表面に付着しているPが十分に反応せず、初期放電容量の向上に有効なリン濃化層が得られない。加熱温度が高すぎるとPがリチウムマンガン系複合酸化物中に拡散し、リン濃化層が得られない。上記温度範囲での加熱保持時間は例えば1~10時間とすることができる。
【0027】
〔Li・Tiコーティング工程〕
LiとTiが溶解している液状媒体中で、リン濃化層形成工程で得られた粉体を撹拌することにより粒子表面の前記リン濃化層の上にLiとTiを付着させる。予めLi含有物質およびTi含有物質が溶解している液(この液を「Li・Tiコーティング液」と呼ぶ。)を作成しておくことが望ましい。発明者らは種々検討の結果、Li・Tiコーティング液として、例えば過酸化水素水とアンモニアを含有する水溶液中に金属チタンとリチウム水酸化物を溶解させた液が極めて好適であることを見いだした。液中におけるLiとTiの量比は、目的とするリチウムチタン系複合酸化物のLiとTiの化学量論比に近い比率とすればよい。
【0028】
上記のリン濃化層形成工程で得られた粉体を、液状媒体中に分散させ、撹拌状態とする。液状媒体としては、表層部にリン濃化層を有するリチウムマンガン系複合酸化物粒子の分散性が良好で、かつLi・Tiコーティング液との相溶性が良好である有機溶媒が適している。Li・Tiコーティング液として水溶液を使用する場合は、水溶性の液状媒体を選択する。例えばイソブタノールなどの水溶性アルコールが使用できる。リン濃化層が形成された上記粉体の分散液を撹拌しながら、この分散液中に、Li・Tiコーティング液を添加することにより、「LiとTiが溶解している液状媒体中で、リン濃化層形成工程で得られた粉体を撹拌する」という操作が行われ、前記リン濃化層の上にLiとTiがコーティングされる。できるだけ均一なコーティングを施すために、Li・Tiコーティング液は少量ずつ添加していくとよい。例えば、30~300分の時間をかけて添加することが好ましい。添加中の液温は20~60℃とすることができる。この工程で添加するLiおよびTiの総量によって、最終的な粉体におけるTi含有量(すなわちリチウムチタン系複合酸化物の被着量)をコントロールすることができる。Li・Tiコーティング液の添加が終了したのち、固液分離を行って固形分を回収し、乾燥させる。乾燥時の温度は100~150℃とすることが好ましい。乾燥雰囲気は空気でよい。上記温度範囲であれば、例えば1~5時間の乾燥により、乾燥粉体を得ることができる。
【0029】
〔リチウムチタン系複合酸化物被着工程〕
Li・Tiコーティング工程で得られた粉体を200~800℃に加熱することにより、粒子表面にリチウムチタン系複合酸化物を被着させる。この加熱は窒素雰囲気や酸化性ガス雰囲気で行えばよい。酸化性ガス雰囲気としては酸素雰囲気や、酸素含有量が5体積%以上である酸素+窒素混合ガス雰囲気が好適である。加熱温度が低すぎるとリチウムチタン系複合酸化物が十分に形成されない。加熱温度が高すぎるとリチウムやチタンがリン濃化層形成過程で得られた粉体粒子中に拡散し、リチウムチタン系複合酸化物が得られない。上記温度範囲での加熱保持時間は例えば1~10時間とすることができる。
以上のようにして、初期の放電容量が高く、かつ充放電の繰り返しに伴う放電容量低下が小さいリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体を得ることができる。
【0030】
上記においては、リン濃化層を形成した後に、リチウムチタン系複合酸化物を形成させる2段階焼成プロセスを例示した。これとは別の手法として、上記の「リン濃化層形成工程」と「リチウムチタン系複合酸化物被着工程」を単一の焼成工程によって同時に成し遂げることも可能である。その場合は、上記のPコーティング工程→Li・Tiコーティング工程を順次行った後、例えば200~800℃に加熱する焼成工程を行う手法採用することができる。この場合の加熱も窒素雰囲気や酸化性ガス雰囲気で行えばよい。酸化性ガス雰囲気としては、上述のように、酸素雰囲気や、酸素含有量が5体積%以上である酸素+窒素混合ガス雰囲気が好適である。
【実施例
【0031】
《実施例1》
リチウムイオン二次電池用正極活物質の原料粉体として、平均粒子径(レーザー回折式粒度分布測定装置による体積基準の累積50%粒子径D50)が8.69μm、BET比表面積が0.58m/gであるマンガン酸リチウム(LiMn)粉体(宝泉株式会社製)を用意した。
【0032】
〔Pコーティング液の作成〕
純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)0.03gを添加し、透明になるまで十分に撹拌し、Pコーティング液を得た。
【0033】
〔Pコーティング〕
1リットルのガラス製ビーカーにイソブタノール300gと上記原料粉体(マンガン酸リチウム粉体)20gを投入し、撹拌機を用いて撹拌した。温度は40℃に設定し、原料粉体が沈降しないように600rpmの回転数で撹拌を維持した。雰囲気中の炭酸ガスの吸収を防ぐ目的で、撹拌は窒素雰囲気中で行った。この撹拌状態の液に上記のPコーティング液の全量を120分かけて連続的に添加した。添加終了後、更に40℃、600rpm、窒素雰囲気の条件で撹拌を続け、反応を進行させた。反応終了後、得られたスラリーを加圧濾過器に投入し、固液分離を行った。固形分として得られた粉体を140℃で3時間かけて乾燥し、乾燥粉体とした。
【0034】
〔リン濃化層形成〕
Pコーティングを施した上記乾燥粉体を酸素雰囲気中700℃で1時間焼成し、粒子表層部にリン濃化層を有するリチウムマンガン系複合酸化物粉体を得た。
【0035】
〔Li・Tiコーティング液の作成〕
純水8gに、濃度30質量%の過酸化水素水7gと濃度28質量%のアンモニア水1gを添加して撹拌し、水溶液を得た。この水溶液にチタン粉末(和光純薬工業製)0.23gを添加し、十分に撹拌して黄色の透明溶液を得た。この溶液に水酸化リチウム1水和物(LiOH・HO)0.19gと、純水38gを添加し、完全に透明になるまで撹拌してLi・Tiコーティング液を得た。
【0036】
〔Li・Tiコーティング〕
1リットルのガラス製ビーカーにイソブタノール300gと上記リン濃化層形成後のリチウムマンガン系複合酸化物粉体20gを投入し、撹拌機を用いて撹拌した。温度は40℃に設定し、原料粉体が沈降しないように600rpmの回転数で撹拌を維持した。雰囲気中の炭酸ガスの吸収を防ぐ目的で、撹拌は窒素雰囲気中で行った。この撹拌状態の液に上記のLi・Tiコーティング液の全量を120分かけて連続的に添加した。添加終了後、更に40℃、600rpm、窒素雰囲気の条件で撹拌を10分間続けた。撹拌終了後、得られたスラリーを加圧濾過器に投入し、固液分離を行った。固形分として得られた粉体を大気中140℃で3時間かけて乾燥し、乾燥粉体とした。
【0037】
〔リチウムチタン系複合酸化物被着〕
Li・Tiコーティングを施した上記乾燥粉体を酸素雰囲気中600℃で1時間焼成し、粒子表面にリチウムチタン系複合酸化物が被着しているリチウムマンガン系複合酸化物粉体(供試粉体)を得た。
【0038】
〔リチウムチタン系複合酸化物の分析〕
上記のようにして粒子表面に被着させたリチウムチタン系複合酸化物は、その被着厚さが非常に薄いために、これを直接分析して当該物質を正確に同定することは難しい。そこで、原料粉体が無い容器中で上記の「Li・Tiコーティング」および「リチウムチタン系複合酸化物被着」と同様の手順でリチウムチタン系複合酸化物を生成させ、その粉体を回収してX線回折に供した。具体的には以下の手順で実験を行った。
【0039】
1リットルのガラス製ビーカーにイソブタノール300gを投入し、撹拌機を用いて撹拌した。温度は40℃に設定し、600rpmの回転数で撹拌を維持した。雰囲気中の炭酸ガスの吸収を防ぐ目的で、撹拌は窒素雰囲気中で行った。この撹拌状態の液にLi・Tiコーティング液の全量を120分かけて連続的に添加した。添加終了後、更に40℃、600rpm、窒素雰囲気の条件で撹拌を10分間続けた。撹拌終了後、得られたスラリーを加圧濾過器に投入し、固液分離を行った。固形分として得られた粉体を大気中140℃で3時間かけて乾燥し、乾燥粉体とした。乾燥粉体を酸素雰囲気中600℃で1時間焼成し、リチウムチタン系複合酸化物の粉体を得た。この粉体について、以下の条件でX線回折パターンを測定した。
X線管球:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mV、走査範囲:10~80°
X線回折パターンから、この粉体はLiTi12であることが確認された。
【0040】
〔ICP分析〕
供試粉体を塩酸で溶解し、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析によりP、Ti、Mnの含有量を測定した。また、そのTi含有量に基づき、LiTi12換算によるリチウムチタン系複合酸化物の被着量を下記(1)式により算出した。
LiTi12換算被着量(質量%)=Ti含有量(質量%)×LiTi12分子量/(Ti原子量×5) …(1)
ここで、LiTi12分子量は459.18、Ti原子量は47.88である。
【0041】
〔XPS分析〕
供試粉体をXPS(光電子分光分析)により分析し、最表面からエッチング深さ1nmまでの平均P/Mnモル比および平均Ti/Mnモル比を求めた。XPS分析装置はアルバック・ファイ社製PHI5800 ESCA SYSTEMを用いた。分析エリアはφ800μmとし、X線源:Al管球、X線源の出力:150W、分析角度:45°、スペクトル種:Mnは2p軌道、Tiは2p軌道、Pは2p軌道とした。バックグラウンド処理はshirley法を用いた。SiO換算エッチング深さ1nmまで、0.1nm刻みの深さ位置で10点の測定を行い、それぞれの深さ位置においてP/Mnモル比およびTi/Mnモル比を求め、それら10点の平均値をそれぞれ当該供試粉体の平均P/Mnモル比および平均Ti/Mnモル比とした。
【0042】
〔比表面積、粒子径〕
供試粉体の比表面積をBET一点法により求めた。
供試粉体の粒子径分布をレーザー回折式粒度分布測定装置により測定し、体積基準の累積50%粒子径D50を求めた。
【0043】
〔Mn溶出量〕
フッ酸濃度100ppmのフッ酸水溶液20gに供試粉体0.5gを添加し、45℃で7日間(168時間)保持する浸漬試験を行った。浸漬試験後の液をPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)フィルタで濾過し、ICP発光分光分析により濾液中のMn濃度を測定した。このMn濃度の値(ppm)をMn溶出量として採用した。
【0044】
〔電池の作製〕
以下の材料を用いて試験電池を作製した。
・正極;以下の方法で作製したもの。
上記供試粉体(正極活物質)1.88gとアセチレンブラック(デンカ製)0.12gを、ステンレス鋼製撹拌羽を有するコーヒーミルで混合し、その混合粉にN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を加えてホモジナイザーで5分間撹拌混合した。この混合物に12質量%ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を含有するN-メチル-2-ピロリドン(NMP)溶液(W#1100)(キシダ化学製)0.33mLを加え、ホモジナイザーで更に5分間撹拌混合し、正極スラリーを得た。アルミニウム箔上に、上記正極スラリーを、スリット幅200μmのアプリケーターを用いて塗布した後、ホットプレートにより90℃で1時間乾燥し、更に真空乾燥機により120℃で6時間乾燥し、その後、加圧成形機でプレスすることにより正極を得た。
・負極;金属Li。
・セパレータ;ポリプロピレンフィルム。
・電解液;エチレンカーボネート(EC)とジメチルカーボネート(DMC)を1:2の体積割合で混合した溶媒に、電解質としてヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)を1モル/Lで溶解したもの。
【0045】
〔初期放電容量〕
作製した電池について、25℃にて電流密度0.16mA/cmで4.2Vまで定電流充電した後、電流密度が0.016mA/cmとなるまで定電圧充電を行った。その後、0.16mA/cmで3.0Vまで定電流放電を行い、正極活物質の単位質量(使用した供試粉体の単位質量)当たりの放電容量(mAh/g)を求めた。これを初期放電容量とする。
【0046】
〔容量維持率〕
上記の初期放電容量を測定した後の電池について、45℃にて電流密度0.16mA/cmで4.2Vまで定電流充電した後、電流密度が0.016mA/cmとなるまで定電圧充電を行い、その後、0.16mA/cmで3.5Vまで定電流放電を行う充放電パターンを1サイクルとして、これを連続して100サイクル行った。各サイクルでの放電容量(mAh/g)を測定し、下記(2)式により容量維持率を求めた。
容量維持率(%)=100サイクル目の放電容量/初期放電容量×100 …(2)
以上の結果を表1に示す(以下の各例において同じ)。
【0047】
《実施例2》
Pコーティング液として、純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)0.11gを添加したものを作成し、これを全量使用してPコーティングを行ったことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0048】
《実施例3》
Pコーティング液として、純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)0.42gを添加したものを作成し、これを全量使用してPコーティングを行ったことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0049】
《実施例4》
Pコーティング液として、純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)0.86gを添加したものを作成し、これを全量使用してPコーティングを行ったことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0050】
《実施例5》
Pコーティング液として、純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)1.30gを添加したものを作成し、これを全量使用してPコーティングを行ったことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0051】
《実施例6》
Pコーティング液として、純水14gに、リン酸水素二アンモニウム((NH)HPO)2.69gを添加したものを作成し、これを全量使用してPコーティングを行ったことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0052】
参考例
Li・Tiコーティング液の調製を以下の配合にて行い、それを全量使用してLi・Tiコーティングを行ったことを除き、実施例3と同様の実験を行った。
純水8gに、濃度30質量%の過酸化水素水7gと濃度28質量%のアンモニア水1gを添加して撹拌し、水溶液を得た。この水溶液にチタン粉末(和光純薬工業製)0.023gを添加し、十分に撹拌して黄色の透明溶液を得た。この溶液に水酸化リチウム1水和物(LiOH・HO)0.019gと、純水38gを添加し、完全に透明になるまで撹拌してLi・Tiコーティング液を得た。
【0053】
《実施例8》
Li・Tiコーティング液の調製を以下の配合にて行い、それを全量使用してLi・Tiコーティングを行ったことを除き、実施例3と同様の実験を行った。
純水8gに、濃度30質量%の過酸化水素水7gと濃度28質量%のアンモニア水1gを添加して撹拌し、水溶液を得た。この水溶液にチタン粉末(和光純薬工業製)0.34gを添加し、十分に撹拌して黄色の透明溶液を得た。この溶液に水酸化リチウム1水和物(LiOH・HO)0.29gと、純水38gを添加し、完全に透明になるまで撹拌してLi・Tiコーティング液を得た。
【0054】
《比較例1》
実施例1で用いた原料粉体のマンガン酸リチウム(LiMn)粉体をそのまま供試粉体として電池を作製し、同様の実験を行った。
【0055】
《比較例2》
リン濃化層の形成を省略し、原料粉体のマンガン酸リチウム(LiMn)粉体に直接Li・Tiコーティングを施してリチウムチタン系複合酸化物を被着させたことを除き、実施例1と同様の実験を行った。
【0056】
《比較例3》
マンガン酸リチウム(LiMn)を合成する前の原料配合段階でリン含有物質を添加し、その混合物を焼成する手法でリン含有マンガン酸リチウム粉体を作成した。具体的には、炭酸リチウム、酸化マンガン、酸化リン(V)をLi:Mn:Pのモル比が1:2:0.2となるように配合し、乳鉢で混合し、得られた混合物を酸素ガス雰囲気中850℃で5時間焼成することによりリン含有マンガン酸リチウム粉体を得た。リチウムチタン系複合酸化物の被着は行わず、上記粉体をそのまま供試粉体として電池を作製し、同様の実験を行った。リチウムチタン系複合酸化物の被着は行っていない。この供試粉体は特許文献1の実施例に開示される電池Eの正極活物質に概ね相当するものである。
【0057】
【表1】
【0058】
各実施例で得られたリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体は、本発明で規定する量のPおよびTiを含有している。Pはマンガン酸リチウム粒子の表層部にリン濃化層を形成して存在し、Tiはその表面上にリチウムチタン系複合酸化物を形成して被着していると考えられる。事実、各実施例で得られたリチウムイオン二次電池用正極活物質粉体は、XPS(光電子分光分析)による最表面からエッチング深さ1nmまでの平均モル比において、P/Mnモル比とTi/Mnモル比の関係が下記(2)式を満たしている。
Ti/Mnモル比>P/Mnモル比 …(2)
各実施例で得られた本発明に従う粉体は、リン濃化層およびリチウムチタン系複合酸化物被着がない比較例1のマンガン酸リチウム粉体(リファレンス)と比べ、Mnの溶出が抑制されている。初期放電容量はリファレンスと同等以上に高く、容量維持率は顕著に向上している。
【0059】
比較例2はリン濃化層を形成していないので、初期放電容量がやや低下し、100サイクル目の放電容量も低かった。比較例3はマンガン酸リチウムの原料配合段階でリン含有物質を添加したので、Pはリチウムマンガン系複合酸化物(マンガン酸リチウム)粒子の内部に固溶した状態で多く存在していると考えられる。この場合、比較例1(リファレンス)よりも容量維持率は向上したが、初期放電容量が低いために100サイクル目の放電容量は比較例1と同程度にまで低下した。
図1