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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-19
(45)【発行日】2023-10-27
(54)【発明の名称】耐切創性ポリビニルアルコール系繊維
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/50 20060101AFI20231020BHJP
   D01F 1/10 20060101ALI20231020BHJP
   D02G 3/38 20060101ALI20231020BHJP
   A41D 19/00 20060101ALI20231020BHJP
   A41D 19/015 20060101ALI20231020BHJP
【FI】
D01F6/50 Z
D01F1/10
D02G3/38
A41D19/00 A
A41D19/015 110Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020530221
(86)(22)【出願日】2019-07-10
(86)【国際出願番号】 JP2019027286
(87)【国際公開番号】W WO2020013217
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-05-19
(31)【優先権主張番号】P 2018131830
(32)【優先日】2018-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(73)【特許権者】
【識別番号】391009372
【氏名又は名称】ミドリ安全株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100104592
【弁理士】
【氏名又は名称】森住 憲一
(72)【発明者】
【氏名】竹本 慎一
(72)【発明者】
【氏名】笹島 章弘
(72)【発明者】
【氏名】片山 隆
(72)【発明者】
【氏名】頼光 周平
(72)【発明者】
【氏名】榎本 憲秀
(72)【発明者】
【氏名】小渕 喜一
(72)【発明者】
【氏名】松井 正裕
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-155461(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0105724(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第106833442(CN,A)
【文献】特開平10-168648(JP,A)
【文献】特開平03-082836(JP,A)
【文献】特開2003-138410(JP,A)
【文献】特開2003-089935(JP,A)
【文献】特開平10-212619(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F1/00-6/96
D01F9/00-9/04
A41D19/00-19/04
D02G1/00-3/48
D02J1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質成分を含むポリビニルアルコール系繊維であって、硬質成分はモース硬度が3以上の板状硬質成分であり、該板状硬質成分の主面に対して垂直方向の最大長さaに対する、主面の最大長さbの比率(b/a)の平均値が5以上であり、繊維強度が12cN/dtex以下である、ポリビニルアルコール系繊維。
【請求項2】
前記長さaに対する、前記長さbの方向と直交する方向の主面の最大長さcの比率(c/a)の平均値が1.5以上である、請求項1に記載のポリビニルアルコール系繊維。
【請求項3】
単糸の平均直径が硬質成分の平均粒子径の3倍以上25倍以下である、請求項1または2に記載のポリビニルアルコール系繊維。
【請求項4】
硬質成分の含有量が0.1質量%以上である、請求項1~のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維。
【請求項5】
請求項1~のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維を構成糸の少なくとも一部として含む、複合糸。
【請求項6】
前記複合糸は合撚糸、シングルカバーリング糸およびダブルカバーリング糸からなる群から選択される、請求項に記載の複合糸。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維または請求項もしくはに記載の複合糸を含む布を、構成素材の少なくとも一部として含む手袋。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール系繊維、前記繊維を構成糸の少なくとも一部として含む複合糸、および前記繊維または前記複合糸を構成素材の少なくとも一部として含む手袋に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、食品産業などの刃物を取り扱う職業、金属類を取り扱う職業、山林での伐採作業またはガラスを取り扱う作業などに従事している人達、あるいは自動車産業などの金属板金加工に従事している人達などは、手、腕および足などの身体を切創する危険性が非常に高いことから、安全を確保するために、例えば作業服、手袋、前掛けおよび帽子などの耐切創性に優れる防護用品を着用している。そのような防護用品には、耐切創性に加えて、装着時または着用時の快適性、加工時のハンドリング性、耐薬品性および耐久性などが求められ、さらには防護用品を製造するための繊維には生産性も求められる。
【0003】
繊維生産性、耐切創性、機械特性、可撓性および手入れ容易性に優れた耐切創糸としては、例えば特許文献1に、硬質成分を含むフィラメントおよび/またはステープル繊維を含む耐切創糸であって、該硬質成分が最大25ミクロンの平均径を有する複数の硬質繊維であることを特徴とする耐切創糸が提案されている。耐切創糸を製造するためのポリマーの例としてはアラミド、超高分子量ポリエチレンおよびポリベンゾオキサゾールが挙げられており、具体的には超高分子量ポリエチレンを使用した例が記載されている。
また、繊維生産性および耐切創性に優れた繊維としては、例えば特許文献2に、極限粘度が0.8以上4.9dl/g未満のポリエチレンからなる繊維であり、アスペクト比が3未満である複数の硬質粒子を含有することを特徴とする高機能ポリエチレン繊維が提案されている。同文献には、硬質粒子の形状は好ましくは多角状であることが記載されており、具体的には多角状の硬質粒子(多角状硬質成分)を使用した例が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2010-507026号公報
【文献】特開2017-179684号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、ポリエチレンは耐熱性が低いために火や熱に弱く、官能基を有さないために例えばコート樹脂などに対する接着性が低い。また、超高分子量ポリエチレンを製造するために採用されるゲル紡糸法では有機溶剤を使用するため、環境および健康への悪影響に配慮した特別な対策を講じなければならない。さらに、硬質成分として繊維状硬質成分を使用した場合、フィルター詰まりによる繊維生産性低下の問題または安全性(皮膚刺激性もしくは吸入性)の問題などが起こることがあった。また、硬質成分として多角状もしくは球状硬質成分を使用した場合、不十分な耐切創性および繊維強度、毛羽・糸切れの起こりやすさ、製造工程中または使用中における発塵性(脱落しやすさ)といった問題が起こることがあった。
【0006】
そこで本発明は、従来技術における前記問題を解決し、柔軟性(防護用品の装着感、肌触り、快適性、防護用品を装着した身体部位の動かしやすさ)、吸汗性(吸湿性)およびハンドリング性(繊維の易加工性、加工設備を摩耗させにくい性質)を十分に備えつつも耐切創性に優れたポリビニルアルコール系繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決するため詳細に検討を重ね、本発明の完成に至った。すなわち、本発明は、以下の好適な態様を包含する。
〔1〕硬質成分を含むポリビニルアルコール系繊維であって、硬質成分はモース硬度が3以上の板状硬質成分であり、該板状硬質成分の主面に対して垂直方向の最大長さaに対する、主面の最大長さbの比率(b/a)の平均値が5以上である、ポリビニルアルコール系繊維。
〔2〕前記長さaに対する、前記長さbの方向と直交する方向の主面の最大長さcの比率(c/a)の平均値が1.5以上である、前記〔1〕に記載のポリビニルアルコール系繊維。
〔3〕単糸の平均直径が硬質成分の平均粒子径の3倍以上25倍以下である、前記〔1〕または〔2〕に記載のポリビニルアルコール系繊維。
〔4〕繊維強度が12cN/dtex以下である、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維。
〔5〕硬質成分の含有量が0.1質量%以上である、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維。
〔6〕前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維を構成糸の少なくとも一部として含む、複合糸。
〔7〕前記複合糸は合撚糸、シングルカバーリング糸およびダブルカバーリング糸からなる群から選択される、前記〔6〕に記載の複合糸。
〔8〕前記〔1〕~〔5〕のいずれかに記載のポリビニルアルコール系繊維または前記〔6〕もしくは〔7〕に記載の複合糸を含む布を、構成素材の少なくとも一部として含む手袋。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、従来技術における前記問題を解決し、柔軟性(防護用品の装着感、肌触り、快適性、防護用品を装着した身体部位の動かしやすさ)、吸汗性(吸湿性)およびハンドリング性(繊維の易加工性、加工設備を摩耗させにくい性質)を十分に備えつつも耐切創性に優れたポリビニルアルコール系繊維を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、硬質成分を含むポリビニルアルコール(以下において、「PVA」と称することもある)系繊維に関する。
【0010】
<硬質成分>
硬質成分はモース硬度が3以上の板状硬質成分であり、板状硬質成分の主面に対して垂直方向の最大長さaに対する主面の最大長さbの比率(b/a)の平均値は5以上である。ここで、板状硬質成分の「主面」とは、板状硬質成分の表面のうち面積が最も大きい面を意味し、複数の主面が存在していてもよい。例えば直方体のように、板状硬質成分が「主面」を複数有する場合は、それぞれの主面に対して垂直方向の最大長さaに対する、主面の最大長さbの比率(b/a)の平均値が5以上であればよい。
【0011】
上記した特定の形状およびモース硬度を有する硬質成分がPVA系繊維に含まれることにより、本発明のPVA系繊維は、柔軟性、吸汗性およびハンドリング性を十分に備えつつも、優れた耐切創性を有することができる。その理由は明らかではないが、下記作用機構が推定される。硬質成分が特定の形状を有することにより、例えば球状硬質成分または上記比率(b/a)の平均値が5未満である多角状硬質成分と比べて単位体積当たりの硬質成分粒子数が多くなり、硬質成分と耐切創性試験に用いる試験用刃物との接触確率が上がるため、硬質成分がより少量でも十分な耐切創性が発現され、その結果、繊維強度および柔軟性の低下が防止され、ハンドリング性も低下しにくく、製造工程中に脱落しにくい。また、試験用刃物を硬質成分の真上から押し当てた際に板状面で受け止めるため試験用刃物が逃げにくく(横滑りしにくく)試験用刃物を硬質成分で受け止めやすいこと、および試験用刃物による剪断力を板状面全体で分散して受けられることから、優れた耐切創性が発現される。さらに、特定の形状を有する硬質成分は繊維内を動きにくく、食い込みにくいため、PVA系繊維を構成するPVA系ポリマー中に安定に存在できることからも、後続の工程中に脱落しにくく、優れた耐切創性の発現に寄与する、と推定される。また、特定の形状を有する硬質成分は、大きなアスペクト比を有する繊維状の硬質成分と比べて凝集体(フロック、だま)を形成しにくく、繊維を製造する際に用いる溶媒または紡糸原液中での分散性に優れるため、本発明のPVA系繊維の高い耐切創性が得られ、また、濾過フィルターなどの目詰りが起こりにくく生産性にも優れる。ただし、本発明のPVA系繊維が上記効果に優れる理由(作用機構)について、仮に上記理由とは異なっていたとしても、本発明の範囲内であることをここで明記する。
【0012】
硬質成分のモース硬度は3以上、好ましくは4以上、より好ましくは5以上である。モース硬度は、物質の硬さを10段階で分けたものである。硬質成分のモース硬度が3未満であると、PVA系繊維が優れた耐切創性を有することは困難である。後述の耐切創性の測定に用いるステンレス鋼からなる試験用刃物のロックウェル硬さが45HRC以上(モース硬度で約5~5.5以上)であることから、硬質成分のモース硬度は6以上であることが特に好ましい。
【0013】
硬質成分の上記比率(b/a)の平均値は5以上、好ましくは10以上、より好ましくは15以上である。上記比率(b/a)の平均値が5未満であると、PVA系繊維が優れた耐切創性を有することは困難である。上記比率(b/a)の平均値は、通常150以下、好ましくは100以下である。上記比率(b/a)の平均値の測定方法は、後述の実施例に記載の方法で測定される。
【0014】
板状硬質成分の主面に対して垂直方向の最大長さaに対する、主面の最大長さbの方向と直交する方向の主面の最大長さcの比率(c/a)の平均値は、好ましくは1.5以上、より好ましくは3以上、特に好ましくは5以上である。上記比率(c/a)の平均値は、通常100以下、好ましくは50以下である。上記比率(c/a)の平均値が前記下限値以上であり前記上限値以下であると、PVA系繊維が優れた耐切創性を有しやすい。上記比率(c/a)の平均値の測定方法は、後述の実施例に記載の方法で測定される。
【0015】
硬質成分の平均粒子径は、好ましくは0.5μm以上、より好ましくは1.0μm以上、特に好ましくは2.0μm以上である。硬質成分の平均粒子径が前記下限値以上であり、また、大きい程、PVA系繊維がより優れた耐切創性を有しやすい。硬質成分の平均粒子径は通常は200μm以下、好ましくは100μm以下である。硬質成分の平均粒子径が前記上限値以下であると、PVA系繊維の十分な繊維強度、柔軟性またはハンドリング性などと、PVA系繊維のより優れた耐切創性とを両立しやすい。硬質成分の平均粒子径は、後述の実施例に記載の方法で測定される。
【0016】
硬質成分を構成する原料は、PVA系繊維の製造工程において化学的に安定であり、PVA系繊維を構成するPVA系ポリマー中で凝集しにくいものであれば特に限定されない。硬質成分は例えば、下記物質を含んでなるか、または下記物質で構成されていてよい:セラミック、金属、金属酸化物、金属炭化物、金属窒化物、金属ホウ化物、金属ケイ化物、ガラスおよび鉱物など、より具体的には、酸化アルミニウム、酸化鉄、フェライト、酸化亜鉛、チタン酸カリウム、チタン酸マグネシウムカリウム、チタン酸リチウムカリウム、二酸化ケイ素、シリカ、酸化ジルコニウム、酸化マグネシウム、酸化セリウム、酸化チタン、酸化コバルト、酸化亜鉛、ダイヤモンド、炭化ケイ素、炭化タングステン、チタン合金、クロム鋼など。これらの中でも、板状体の入手容易性の観点から、酸化アルミニウム、チタン酸カリウム、シリカ、ガラス、フェライトもしくは酸化亜鉛を含んでなる硬質成分、または酸化アルミニウム、チタン酸カリウム、シリカ、ガラス、フェライトもしくは酸化亜鉛で構成されている硬質成分が好ましい。本発明では市販の板状硬質成分を使用でき、その例としてはセラフ(登録商標)(キンセイマテック株式会社製)、テラセス(登録商標)TF-S(大塚化学株式会社製)、サンラブリー(登録商標)(AGCエスアイテック株式会社製)、ガラスフレーク(登録商標)(日本板硝子株式会社製)、板状フェライト(パウダーテック株式会社)および六角板状酸化亜鉛(堺化学工業株式会社製)などが挙げられる。これらの硬質成分は、単独でまたは組み合わせて使用できる。
【0017】
本発明のPVA系繊維における硬質成分の含有量は、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上である。硬質成分の含有量が前記下限値以上であると、PVA系繊維がより優れた耐切創性を有しやすい。硬質成分の含有量は、通常は30質量%以下、好ましくは20質量%以下である。硬質成分の含有量が前記上限値以下であると、PVA系繊維の十分な繊維強度、柔軟性、ハンドリング性または低い発塵性などと、PVA系繊維のより優れた耐切創性とを両立しやすい。硬質成分の含有量は、後述の実施例に記載の方法で測定される。
【0018】
<ポリビニルアルコール系繊維を構成するポリビニルアルコール系ポリマー>
本発明のポリビニルアルコール系繊維を構成するPVA系ポリマーは、ビニルアルコールユニットを主成分とするものであれば特に限定されず、本発明の効果を損なわない限り、所望により他の構成単位(変性ユニット)を有していてもよい。このような変性ユニットとしては、例えば、オレフィン類(例えば、エチレン、プロピレン、ブチレンなど)、アクリル酸類(例えば、アクリル酸およびその塩、アクリル酸メチルなどのアクリル酸エステルなど)、メタクリル酸類(例えば、メタクリル酸およびその塩、メタクリル酸メチルなどのメタクリル酸エステル類など)、アクリルアミド類(例えば、アクリルアミド、N-メチルアクリルアミドなど)、メタクリルアミド類(例えば、メタクリルアミド、N-メチロールメタクリルアミドなど)、N-ビニルラクタム類(例えばN-ビニルピロリドンなど)、N-ビニルアミド類(例えば、N-ビニルホルムアミド、N-ビニルアセトアミドなど)、ビニルエーテル類(例えば、ポリアルキレンオキシドを側鎖に有するアリルエーテル類、メチルビニルエーテルなど)、ニトリル類(例えばアクリロニトリルなど)、ハロゲン化ビニル化合物(塩化ビニルなど)、不飽和ジカルボン酸類(例えば、イタコン酸、マレイン酸、その塩、その無水物およびそのエステルなど)、酢酸ビニル、ピバリン酸ビニル、スルホン酸含有ビニル化合物などが挙げられる。これらの変性ユニットは、単独でまたは組み合わせて使用できる。このような変性ユニットの導入法は共重合による方法でも、後反応による方法でもよい。
【0019】
ビニルアルコールユニットに対する変性ユニットのモル比〔(ビニルアルコールユニット)/(変性ユニット)〕は、例えば85/15~100/0、好ましくは88/12~100/0、より好ましくは90/10~100/0である。もちろん本発明の効果を損なわない範囲であれば、目的に応じてポリマー中に、難燃剤、凍結防止剤、pH調整剤、隠蔽剤、着色剤、油剤、特殊機能剤などの添加剤が含まれていてもよい。なお、これらの添加剤は、単独でまたは組み合わせて含まれていてもよい。
【0020】
PVA系ポリマーの重合度は、目的に応じて適宜選択でき、特に限定されない。得られる繊維の機械的特性または生産性などを考慮すると、30℃水溶液の粘度から求めた粘度平均重合度は好ましくは500~20000、より好ましくは800~15000、特に好ましくは1000~10000である。ポリマー製造コストまたは繊維化コストなどの観点からは、粘度平均重合度は好ましくは1200以上2500以下、より好ましくは1300以上2400以下であってもよい。
【0021】
PVA系ポリマーのケン化度も、目的に応じて適宜選択でき、特に限定されない。得られる繊維の機械的特性、工程通過性または製造コストなどの観点から、ケン化度は例えば88モル%以上、好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上である。
【0022】
PVA系ポリマーは、1つのPVA系ポリマーであってもよく、変性ユニットの種類、ビニルアルコールユニットに対する変性ユニットのモル比、粘度平均重合度およびケン化度のうちいずれか1つ以上がそれぞれ異なる2つ以上のPVA系ポリマーであってもよい。
【0023】
<ポリビニルアルコール系繊維の製造方法>
本発明のPVA系繊維の製造方法は特に限定されず、通常使用されているPVA系繊維の製造方法を採用できる。その例としては、溶媒として水もしくは水溶液を用いる水系乾式紡糸および水系湿式紡糸、並びに溶媒として有機溶剤を用いる溶剤系湿式紡糸などが挙げられる。生産性および品質の面からは、水系または溶剤系の湿式紡糸が好適に採用され、環境および健康の面からは、有機溶剤を用いない水系湿式紡糸が特に好ましい。
【0024】
上記紡糸法のうち、水系または溶剤系の湿式紡糸について以下に説明する。
まず、PVA系繊維を構成するPVA系ポリマー、硬質成分、溶媒および任意に添加剤を含む紡糸原液を調製する。紡糸原液の溶媒としては、PVA系ポリマーを溶解できる各種極性溶媒を用いることができ、例えば、水、有機溶剤[ジメチルスルホキシド(以下「DMSO」と称する)などのスルホキシド類;ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドンなどの窒素含有極性溶媒;グリセリン、エチレングリコールなどの多価アルコール類など]、これらとロダン塩、塩化リチウム、塩化カルシウム、塩化亜鉛などの膨潤性金属塩との混合物などが使用できる。これらの溶媒は、単独でまたは組み合わせて使用できる。これらのうち、水またはDMSOがコスト、または回収性などの工程通過性の観点から好ましい。
【0025】
紡糸原液中のPVA系ポリマーの濃度は、紡糸原液の組成、PVA系ポリマーの粘度平均重合度、および溶媒の種類によって異なるが、例えば、PVA系ポリマーの粘度平均重合度が1500~2500であれば、10~20質量%程度(好ましくは12~18質量%程度)とするのが紡糸性の観点から好ましい。
【0026】
硬質成分は、PVA系ポリマーを溶解する前の紡糸原液の溶媒に対して事前に添加してもよいし、または硬質成分を溶媒に分散させた分散液もしくは硬質成分を、PVA系ポリマーを溶解した紡糸原液に添加混合してもよい。硬質成分の添加量は、PVA系ポリマーの質量に対して好ましくは0.1~30質量%、より好ましくは0.3~20質量%、特に好ましくは0.5~10質量%である。
【0027】
添加剤を加える場合は、PVA系ポリマーを溶解する前の紡糸原液の溶媒に対して事前に添加剤を添加してもよいし、或いは添加剤を溶媒に溶解もしくは分散させた溶液もしくは分散液または添加剤を、PVA系ポリマーを溶解した紡糸原液に添加混合してもよい。さらに、一旦乾燥工程まで終えたPVA系繊維に対して、浸漬や吹きつけなどの手法により添加剤を添加してもよい。
【0028】
なお、添加剤として架橋剤を用いる場合は、架橋剤を紡糸原液に添加しておき、反応触媒を含む凝固浴に紡糸し、乾燥までの工程で架橋処理を施してもよいし、または凝固浴以降の後続工程(例えば延伸浴など)で反応触媒を作用させ、乾燥までの工程で架橋処理を施すことも可能である。さらに、一旦乾燥した繊維であっても、必要に応じて、架橋剤を含む液体を浸漬や吹きつけなどの手法により繊維に添加して架橋処理を行ってもよい。
【0029】
次いで、得られた紡糸原液を、ノズルからPVA系ポリマーに対して固化能を有する凝固浴に吐出させる。凝固浴は、溶媒が水の場合(水系湿式紡糸の場合)と有機溶剤の場合(溶剤系湿式紡糸の場合)とで異なる。溶媒が水の場合、凝固浴を構成する固化溶媒は、PVA系ポリマーに対して固化能を有する限り特に限定されず、その例としては、硫酸ナトリウム(芒硝)、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウムなどの無機塩類の水溶液が挙げられる。また、紡糸原液に架橋剤としてのホウ酸を添加した場合は、上記凝固浴に硫酸ナトリウムもしくは水酸化ナトリウムなどのアルカリを添加したアルカリ性凝固浴を用いてもよい。一方、溶媒が有機溶剤の場合は、例えば、メタノール、エタノール、プロパノールおよびブタノールなどのアルコール類、アセトン、メチルエチルケトンおよびメチルイソブチルケトンなどのケトン類などのPVA系ポリマーに対して固化能を有する有機溶剤を凝固浴として用いることができる。
【0030】
凝固浴に続いて、固化された原糸から紡糸原液の溶媒を抽出除去するために、抽出浴を通過させてもよい。例えばDMSOなどの有機溶剤は、メタノールなどのアルコール類の抽出浴で繊維を洗浄することにより原糸から除去できる。
【0031】
さらに、必要に応じて、公知または慣用の方法により湿延伸(通常は1.5~8倍)などの処理を行ってもよい。その後、原糸または延伸糸は通常、乾燥工程に処せられる。さらに、乾燥した原糸もしくは延伸糸に対して、必要に応じて乾熱延伸(通常は100℃以上、好ましくは150~240℃の温度で1.5~15倍)などの熱処理を施してもよい。さらに、このようにして得られたPVA系繊維に、ホルムアルデヒドなどのモノアルデヒド類、グルタルアルデヒドもしくはノナンジアールなどのジアルデヒド類、またはそのアセタール化物などの誘導体によるアセタール化処理を施して耐水性を付与してもよい。
【0032】
PVA系繊維の単糸の繊度は、好ましくは1~20dtex、より好ましくは2~15dtexである。PVA系繊維の単糸の平均直径は、好ましくは9~45μm、より好ましくは14~40μmである。PVA系繊維の単糸の繊度または平均直径が上記範囲内であると、柔軟性が高く良好な装着感、または安定した繊維生産性を得やすい。PVA系繊維の単糸の繊度および平均直径は、後述の実施例に記載の方法により測定される。
【0033】
PVA系繊維の単糸の平均直径は、硬質成分の平均粒子径の好ましくは3倍以上25倍以下、より好ましくは3.5倍以上25倍以下、特に好ましくは4倍以上20倍以下である。PVA系繊維の単糸の平均直径と硬質成分の平均粒子径とが上記関係を満たすと、PVA系繊維の十分な繊維強度、柔軟性またはハンドリング性などと、PVA系繊維のより優れた耐切創性とを両立しやすい。
【0034】
PVA系繊維がマルチフィラメントである場合、そのヤーン繊度は好ましくは100~1500dtex、より好ましくは200~1200dtex、特に好ましくは400~1000dtexである。ヤーン繊度が上記範囲内であると、後述の複合糸の製造または防護用品の製造を行いやすい。ヤーン繊度は、後述の実施例に記載の方法により測定される。また、マルチフィラメントは捲縮加工を施されていてもよい。
【0035】
PVA系繊維が紡績糸である場合、その番手(綿番手)は好ましくは60~4s、より好ましくは30~5s、特に好ましくは15~6sである。番手が上記範囲内であると、後述の複合糸の製造または防護用品の製造を行いやすい。番手は、JIS L 1095:2010により測定される。
【0036】
PVA系繊維の繊維強度(引張強度)は、好ましくは12cN/dtex以下、より好ましくは10cN/dtex以下、特に好ましくは10cN/dtex未満である。繊維強度が前記上限値以下であると、PVA系繊維を含む布を用いて作製した防護用品の肌触りの低下を招きにくい。PVA系繊維の繊維強度の下限値は紡糸工程を通過できる程度であればよい。したがって、PVA系繊維の繊維強度は通常は2cN/dtex以上、好ましくは3cN/dtex以上である。本発明のPVA系繊維は特定の形状を有する硬質成分を含むため、耐切創手袋などに一般に使用されている超高分子量ポリエチレンまたはケブラー(登録商標)とは異なり繊維強度が小さくても、優れた耐切創性を有する。PVA系繊維の繊維強度は、PVA系ポリマーの粘度平均重合度、PVA系繊維における硬質成分の含有量、PVA系繊維の繊度、平均直径もしくは断面形状、または延伸条件(湿延伸倍率、乾熱延伸倍率、乾熱延伸温度)により調整できる。なお、PVA系繊維の繊維強度は、後述の実施例に記載の方法により測定される。
【0037】
本発明はまた、前記ポリビニルアルコール系繊維を構成糸の少なくとも一部として含む複合糸に関する。複合糸は好ましくは、合撚糸、シングルカバーリング糸およびダブルカバーリング糸からなる群から選択される。
合撚糸とは、単糸を複数本組み合わせて撚った複合糸のことである。例えば、代表的な諸撚りの場合、2本またはそれ以上の糸をそれぞれ1本ずつ同一方向に撚り、次にこれらを合わせて逆の方向に撚ることで糸のトルクの安定性を向上させる。
また、シングルカバーリング糸とは、カバーリング糸の一種であり、ポリウレタン弾性糸などの芯糸を延伸したところに、ナイロン糸などの鞘糸を、S方向またはZ方向に一重に巻きつけた糸であり、ダブルカバーリング糸とは、シングルカバーリング糸と同様カバーリング糸の一種であり、芯糸を延伸したところに、鞘糸をS方向およびZ方向に二重に巻きつけた糸である。
【0038】
本発明はまた、前記ポリビニルアルコール系繊維または前記複合糸を含む布を、構成素材の少なくとも一部として含む防護用品(例えば手袋、作業服、前掛けおよび腕カバーなど、特に手袋)に関する。前記布の形態としては、例えば織物および編物などが挙げられる。防護用品が編み手袋の場合のゲージは通常のゲージであればよく、例えば7ゲージ以上26ゲージ以下である。例えば13ゲージの手袋の場合、その目付けは約250~400g/mである。
【0039】
防護用品は、本発明のポリビニルアルコール系繊維または複合糸を編機にかけることで製造できる。または、防護用品は、本発明のポリビニルアルコール系繊維または複合糸を織機にかけて前記布を作製し、それを裁断および縫製することで製造できる。前記布の少なくとも一部には、追加の機能(例えば滑り止めなど)を付与するためのコート樹脂またはゴムが含浸されたり塗布されたりしていてもよい。そのようなコート樹脂の例としてはウレタン系樹脂またはエチレン系樹脂などが挙げられるが、これらの例に特に限定されない。ゴムの例としては、天然ゴム、合成ゴム(NBR、SBR)などが挙げられるが、これらの例に特に限定されない。コート樹脂またはゴムは、縫製前の前記布に適用してもよいし、または防護用品に含まれている状態の前記布に適用してもよい。なお、本発明の防護用品には、本発明のポリビニルアルコール系繊維または複合糸の他に、別の紡績糸またはフィラメントが織り込まれていたり、編み込まれていたりしていてもよい。
【実施例
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例により何ら限定されない。実施例および比較例における評価は、下記方法により行った。
【0041】
<単糸の繊度および平均直径>
単糸の繊度として、JIS L1015:2010に準拠し、振動法で15点以上測定した繊度の平均値を求めた。また、単糸の平均直径として、単糸断面を走査型電子顕微鏡で15点以上観察した直径の平均値を求めた。
<ポリビニルアルコール系繊維の繊維強度およびヤーン繊度>
ポリビニルアルコール系繊維の繊維強度(引張強度)として、JIS L 1013:2010に準拠して測定した繊維強度の平均値(n=10)を求めた。
また、ポリビニルアルコール系繊維のヤーン繊度として、JIS L 1013:2010に準拠してA法(質量法)により測定したヤーン繊度の平均値(n=5)を求めた。
<硬質成分の比率b/aおよびc/aの平均値>
硬質成分の比率b/aおよびc/aの平均値は電子顕微鏡を用いて求めた。ランダムに選択した15個以上30個以下の硬質成分の電子顕微鏡写真を撮影し、主面の特定並びにa、bおよびcの測長を行い、各々の硬質成分の比率b/aおよびc/aを算出し、これらについて平均値を求めた。なお、硬質成分は加熱しても形状が変化しないと考えられるので、灰分測定後の灰分から採取したものを観察してもよい。
<硬質成分の平均粒子径>
レーザー回折・散乱式粒径分布測定装置(株式会社堀場製作所製 LA-950V2)を用いて、硬質成分を球に換算して粒径分布(体積基準)を測定し、得た硬質成分の粒径分布において、微粒側からの累積で50%となる粒子径(メジアン径)を平均粒子径として求めた。
<ポリビニルアルコール系繊維中の硬質成分の含有量>
硬質成分の含有量は、JIS L 1015:2010に準拠し、灰分測定により求めた。繊維試料約10gの絶乾質量(m)を求め、るつぼに入れ徐々に燃焼させた後、600℃で約2時間灰化し、デシケータ中で冷却後、質量を測定した。さらに30分間しゃく熱して、質量減少が0.5mg以下になるまで繰り返し、しゃく熱残渣の質量(m’)を測定し、次の式によって灰分を求めた。
灰分(A)=(m’/m)×100 (%)
<耐切創性の評価>
ISO 13997:1999〔JIS T 8052:2005(MOD)〕に準拠して試験装置TDM-100(Tonodynamometer)を用いて切創力(単位:N)を求めることにより耐切創性を評価した。
【0042】
実施例1
<ポリビニルアルコール系繊維の製造>
ポリビニルアルコール(粘度平均重合度:1700、ケン化度:99.9モル%)を水に溶解し、15質量%のポリビニルアルコール水溶液を調製した。次に、表1に示す物性を有する板状アルミナおよびホウ酸をポリビニルアルコールの質量に対して其々5質量%および2質量%の割合で添加し、紡糸原液を調製した。この紡糸原液を穴数40、穴径200μmφ(円形)の紡糸口金より45℃の飽和硫酸ナトリウム水溶液とアルカリとからなる凝固浴中に吐出し、糸条を形成した。得られた糸条に4倍の湿延伸を行い、その後130℃で熱風乾燥を行った。引き続き230℃の熱風で3.5倍の延伸を行い、全延伸倍率を14倍とし、ヤーン繊度が520dtexのマルチフィラメントを得た。単糸繊度は13.0dtexであり、平均直径(真円換算)は36μmであった。
<複合糸の製造>
得られたマルチフィラメントを上糸として用い、ナイロン糸(156dtex)を下糸として用い、ポリウレタン糸(スパンデックス、78dtex)を芯糸として用い、ダブルカバーリング糸を製造した。
<手袋の製造>
株式会社島精機製作所製の13ゲージ手袋編機(型式New-SFG)を使用して、約250~400g/mの目付け量となる編み手袋を製造した。度目は繊維の繊度を踏まえ、適性度目で編んだ。
得られた手袋の耐切創性を、先に述べた方法で評価した。結果を表1に示す。
【0043】
実施例2~3、並びに比較例2~3および5
硬質成分を表1に示す物性を有する別の硬質成分に変更し、添加量を表1の通りとしたこと以外は実施例1と同様にして、ポリビニルアルコール系繊維および手袋を製造して評価した。結果を表1に示す。
【0044】
比較例1
硬質成分を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして、ポリビニルアルコール系繊維および手袋を製造して評価した。結果を表1に示す。
【0045】
比較例4
硬質成分を繊維状のチタン酸カリウム(繊維径:0.5μm、繊維長:17μm)に変更したこと以外は実施例1と同様にして、ポリビニルアルコール系繊維を製造しようとしたが、著しい濾過フィルターの目詰りにより紡糸不可能であった。
【0046】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のポリビニルアルコール系繊維は十分な柔軟性、吸汗性およびハンドリング性に加えて優れた耐切創性を備えるため、切断抵抗性の高い防護用品(例えば手袋、作業服、前掛けおよび腕カバーなど)を製造するための繊維として有用である。