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特許7370554硬肉モモを粉質化させずに軟化させる方法
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  • 特許-硬肉モモを粉質化させずに軟化させる方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】硬肉モモを粉質化させずに軟化させる方法
(51)【国際特許分類】
   A23B 7/154 20060101AFI20231023BHJP
【FI】
A23B7/154
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018028662
(22)【出願日】2018-02-21
(65)【公開番号】P2019140976
(43)【公開日】2019-08-29
【審査請求日】2020-09-24
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】立木 美保
【合議体】
【審判長】磯貝 香苗
【審判官】三上 晶子
【審判官】加藤 友也
(56)【参考文献】
【文献】立木美保,2014年度 実施状況報告書 モモにおけるオーキシン生合成機構の解明と軟化制御への応用,KAKEN(科学研究費助成事業データベース),2016年05月27日
【文献】立木美保,モモにおけるオーキシン生合成機構の解明と軟化制御への応用,科学研究費助成事業 研究成果報告書,2017年05月10日
【文献】Journal of Experimental Botany, 2013, Vol.64, No.4, p.1049-1059
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B,A23L
CAplus/REGISTRY/BIOSIS/CABA/EMBASE/FSTA/MEDLINE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬肉モモをオーキシン剤で処理する工程を含む、硬肉モモを粉質化することなく軟化させる方法であって、前記処理により、エチレンで処理した硬肉モモと比較して、果肉を圧搾する方法による搾汁量と果肉との量比からの搾汁率が3%以上高い、前記方法。
【請求項2】
オーキシン剤が1-ナフチル酢酸又はその塩である、請求項1記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば硬肉モモを粉質化させずに軟化させるための硬肉モモ軟化剤及び硬肉モモを粉質化させずに軟化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、一般的に出回っている普通モモは収穫後、急速に軟化することから日持ち性が低い。また、国産の高品質なモモは海外でも需要が高いが、モモは収穫期が短く供給期間が限られることから、需要の高い時期に供給することが難しい。このため、モモの貯蔵を可能とする技術の開発が求められている。このようなモモの貯蔵技術として、例えば、特許文献1は、オーキシン生合成阻害活性を有する化合物を含むモモの鮮度保持剤を開示する。
【0003】
一方、硬肉と呼ばれるタイプのモモは、収穫後にやや硬度は低下するものの、普通モモのように軟化しない。そのため貯蔵性が高く、流通に伴う押し傷などがつきにくいことから長期輸送にも適している。しかしながら、我が国においては、普通モモ特有のなめらかに軟化したメルティング肉質が好まれていることから、硬肉モモを必要に応じて軟化させる技術が求められる。
【0004】
これまでの研究から、人為的に硬肉モモをエチレンで処理すると、軟化させることができることは明らかになっている。しかしながら、その肉質は粉質化するため、実用的に用いることはできなかった。
【0005】
また、近年、硬肉モモが軟化しない原因は成熟期にオーキシンの生合成が起こらないことが原因であることが明らかとなった。さらに、硬肉モモをオーキシンで処理すると人為的に軟化することが明らかとなった(非特許文献1)。
【0006】
しかしながら、硬肉モモをオーキシンで処理した場合に、粉質化することなく軟化させることができるか否かは、従来において知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6078351号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Tatsuki M.ら, Journal of Experimental Botany, 2013年, Vol. 64, No. 4, pp. 1049-1059
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述の実情に鑑み、硬肉モモを粉質化させずに軟化させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、硬肉モモをオーキシン剤で処理することで、搾汁率が高くなり、粉質化することなく軟化させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下を包含する。
(1)オーキシン剤を有効成分として含む、硬肉モモを粉質化することなく軟化させるための硬肉モモ軟化剤。
(2)オーキシン剤が1-ナフチル酢酸又はその塩である、(1)記載の硬肉モモ軟化剤。
(3)硬肉モモをオーキシン剤で処理する工程を含む、硬肉モモを粉質化することなく軟化させる方法。
(4)オーキシン剤が1-ナフチル酢酸又はその塩である、(3)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、硬肉モモを人為的に軟化させる際に利用され、硬肉モモを粉質化することなく軟化させることができる。本発明によれば、輸送後に人為的に軟らかくすることで、輸送中のロスを減らすことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】硬肉モモ「まなみ」をエチレン又は1-ナフチル酢酸(NAA)で処理した時の果肉硬度の変化を示すグラフである。エチレン処理をした場合には、処理2日後に急激に軟化するが、NAA処理した場合には、緩やかに軟化した。「Control」は、NAA処理の対照で0.1%(v/v)DMSOと0.05%(w/v)Tween20を含むミリQ水をスプレー処理したもの(ControlはNAAを含まない溶液。DMSOはNAAを溶解させるために使用。Tween20は果実に留まりやすくするために使用。)を意味する。また、「Air」は、エチレン処理の対照で空気の通気処理(流速約300mL/min)を意味する。
図2】硬肉モモ「おどろき」をエチレン又は1-ナフチル酢酸(NAA)で軟化させた時の搾汁率を示すグラフである。粉質化すると搾汁率は低下する。
図3】硬肉モモ「まなみ」(A)と「おどろき」(B)をACC(エチレン前駆体物質)又は1-ナフチル酢酸(NAA)で処理した時の果肉硬度(左)と搾汁率(右)を示すグラフである。処理4日後(4DAT)(「まなみ」)、5日後(5DAT)(「おどろき」)に、処理0日目(0DAT)と比較してそれぞれの処理区の果肉硬度は10N程度まで低下した。この時の搾汁率は両品種ともNAA処理区で高かった。ACCとNAAの処理区間には1%(「まなみ」)又は5%(「おどろき」)の水準で有意差があった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤は、オーキシン剤を有効成分として含むものである。本発明に係る硬肉モモ軟化剤によれば、硬肉モモを粉質化することなく軟化させることができる。
【0016】
ここで、「硬肉モモ」とは、収穫後に果肉硬度が急速に低下し、果肉が軟化する普通モモと比較して、収穫後にやや果肉硬度が低下するものの、果肉が軟化しないタイプのモモ品種を意味する。硬肉モモとしては、例えば「まなみ」、「おどろき」、「有明」等の品種が挙げられる。
【0017】
また、オーキシン剤とは、植物ホルモンであるオーキシンが有する作用を有する化合物を意味する。オーキシン剤としては、例えば1-ナフチル酢酸(以下、「NAA」と称する)、ジクロルプロップ(2-(2,4-ジクロロフェノキシ)プロピオン酸;ストッポール(登録商標)液剤)、2-メチル-4-クロロフェノキシ酪酸エチル(MCPB乳剤)又はこれらの塩が挙げられる。また、これら化合物の塩としては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、ピロ硫酸、メタリン酸等の無機酸との塩、クエン酸、安息香酸、酢酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、スルホン酸(例えば、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸)等の有機酸との塩、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩等が挙げられる。
【0018】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤中のオーキシン剤濃度としては、例えば0.2~5mM、好ましくは0.5~1mMが挙げられる。当該濃度範囲のオーキシン剤を含有する本発明に係る硬肉モモ軟化剤を硬肉モモの果実に処理することで、硬肉モモの果実を粉質化することなく軟化させることができる。
【0019】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤は、オーキシン剤に加えて、1種以上の農業上許容される担体、1種以上の農業上許容される補助剤を含んでもよい。農業上許容される担体としては、例えば、水、ケロセン若しくはディーゼル油のような鉱油画分、植物若しくは動物由来の油、環状若しくは芳香族炭化水素(例えばパラフィン、テトラヒドロナフタレン、アルキル化ナフタレン類若しくはそれらの誘導体、又はアルキル化ベンゼン類若しくはそれらの誘導体)、アルコール(例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール又はシクロヘキサノール)、ケトン(例えばシクロヘキサノン)、アミン(例えばN-メチルピロリドン)、ジメチルスルホキシド又はこれらの混合物等が挙げられる。また、農業上許容される補助剤としては、例えば、固体担体、不活性補助剤、界面活性剤(例えば、分散剤、保護コロイド、乳化剤及び湿展剤)、有機若しくは無機の増粘剤、殺菌剤、不凍剤、消泡剤、着色剤等が挙げられる。
【0020】
また、本発明に係る硬肉モモ軟化剤の剤形としては、例えば、乳剤、水和剤、液剤、水溶剤、粉剤、粉末剤、ペースト剤及び粒剤等が挙げられる。
【0021】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤で硬肉モモの果実を処理する場合、該果実は、収穫当日~収穫後3日目の果実であることが好ましく、収穫当日~収穫後1日目の果実であることが特に好ましい。当該期間の収穫された硬肉モモの果実を本発明に係る硬肉モモ軟化剤で処理することにより、粉質化することなく、果肉の軟化をより効果的に促進することができる。
【0022】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤による硬肉モモの果実の処理(施用)方法としては、例えば散布、散粉、噴霧、塗布、浸漬等が挙げられる。本発明に係る硬肉モモ軟化剤による硬肉モモの果実の処理後、例えば20~30℃(好ましくは20~25℃)で2~10日間(好ましくは4~7日間)貯蔵する。
【0023】
また、用いる果実が硬い場合(例えば、果肉硬度が35N以上の場合(果実硬度計FT011;Italtest社製;直径8 mmのプランジャー使用))には、本発明に係る硬肉モモ軟化剤による処理を2回行うことが好ましい。例えば、2回目の処理は、1回目処理の3~6日後に行う。
【0024】
本発明に係る硬肉モモ軟化剤を用いた硬肉モモの果実の処理による果実の軟化は、例えば、果実硬度計を用いて果肉硬度を測定することにより評価することができる。例えば、本発明に係る硬肉モモ軟化剤を用いた硬肉モモの果実の処理の数日(例えば2日)後から、無処理と比較して有意に果肉硬度が低下していることにより、本発明に係る硬肉モモ軟化剤は硬肉モモを軟化させたと評価することができる。
【0025】
また、本発明に係る硬肉モモ軟化剤を用いた硬肉モモの果実の処理により果実が粉質化していないことの評価は、例えば果肉に一定の圧をかけて圧搾する方法を用いて果実の搾汁率を測定することにより行うことができる。例えば、同時に従来の軟化方法であるエチレンで処理した硬肉モモと比較して、有意に搾汁率が高い(例えば、3%以上、好ましくは5%以上高い)ことにより、本発明に係る硬肉モモ軟化剤は硬肉モモを粉質化させずに軟化させたと評価することができる。
【0026】
一方、本発明に係る硬肉モモ軟化方法は、硬肉モモをオーキシン剤で処理する工程を含み、硬肉モモを粉質化することなく軟化させる方法である。当該方法は、上述の本発明に係る硬肉モモ軟化剤による硬肉モモの果実の処理(施用)方法に準じて行うことができる。
【実施例
【0027】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0028】
〔実施例1〕NAA処理による硬肉モモの軟化
1.材料及び方法
硬肉モモ「まなみ」は茨城県つくば市において、「おどろき」は福島県伊達市において栽培され、収穫当日又は翌日のものを供試した。
【0029】
一方、NAAをジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させて、500mMのストック溶液を調製した。前記ストック溶液をミリQ水で希釈し、Tween 20(商標)を加えて、最終濃度0.5mM又は1mMの溶液(0.05%(w/v)のTween 20(商標)を含む)を調製した。
【0030】
調製したNAA溶液を果実の表面全面にスプレー処理した。対照として、ControlはNAAを含まない溶液を同様に果実に処理した。
【0031】
エチレン処理は20ppmのエチレンガスを流速約300mL/minで通気して行った。対照として、空気を用いて同様に通気処理を行った。
【0032】
また、硬肉モモにエチレンを発生させるために、その前駆体であるACC(1-アミノシクロプロパンカルボン酸)処理を行った。最終濃度10mMになるよう調製し(0.1%(v/v)DMSO及び0.05%(w/v)のTween 20(商標)を含む)、NAAと同様にスプレー処理をした。
【0033】
処理後、これらの果実を、25~28℃にて貯蔵した。処理後経時的に10~15果実(処理区毎)取り出した。各試験区及び対照区の果実から、果実赤道面の向かい合う2カ所の果皮を100円玉大(直径約2 cm)にそぎ取った。得られた試料の硬度を、果実硬度計(FT011;Italtest社製;直径8 mmのプランジャー)を用いて測定した。
【0034】
搾汁率は、基本的にはR.E. Lill and G.J. Van der Mespel. Scientia Itorticulturae, 36 (1988) 267-271記載の方法に準じた。詳細は次の通りである。果肉硬度を求めた部位の右側の果肉を切り取り、果皮付近の部分について果皮を除いて約5mm×15mm×15mm(約1g)の切片を作った。これを4片に切り(1片約5mm×7.5mm×7.5mm)、5mL容量のシリンジ(テルモ)に入れた後、シリンジ内の果肉を2mLチューブへ押し出した。チューブ毎重量を測定した後、12,000×gで5分間遠心分離し、上清を除き、再びチューブの重量を測定した。遠心分離前後の重量から搾汁量を求め、供試した果肉との量比を求めることで搾汁率とした。1果実につき、向かい合う2箇所について測定し、その平均を1果実のデータとした。
【0035】
2.結果及び考察
収穫した硬肉モモ「まなみ」及び「おどろき」に通気エチレン処理を行うと、処理2日後から果肉硬度は低下した。一方、合成オーキシン剤であるNAAで処理した果実では、収穫2日後には濃度に依存して果肉硬度は低下し、処理8日後にはエチレン処理をした果実と同程度の値を示した(図1)。
【0036】
食味調査ではエチレン処理したものは粉質化していたが、NAA処理したものはメルティング質に軟化した。更に軟化させた果実の搾汁率を求めたところ、NAA処理によって軟化させた方がエチレン処理によって軟化させた果実より高い傾向を示した(図2)。このことはNAA処理によって軟化させた方が粉質化しにくいということを示唆している。
【0037】
同様に、硬肉モモ「まなみ」及び「おどろき」を用いて、通気エチレンの代わりに、エチレンの前駆体であるACC(1-アミノシクロプロパンカルボン酸)を処理することで、果実においてエチレンを発生させて軟化させた。ACC処理とNAA処理によって軟化させたものについて、それぞれ搾汁率を求めた。その結果、「まなみ」及び「おどろき」の処理4日後又は5日後の果実では、NAA処理をした方が、ACC処理をした場合より、搾汁率が有意に高い値となった(図3)。
【0038】
以上の結果から、硬肉モモを人為的に軟化させる際に、オーキシン剤を用いた方が、エチレンの作用のみによって軟化させるよりも搾汁率が高くなり、果肉がメルティング質に軟化することを明らかにした。
図1
図2
図3