(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】ケイ酸ナノシート分散液およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 33/38 20060101AFI20231024BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20231024BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20231024BHJP
【FI】
C01B33/38
B82Y30/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2019183937
(22)【出願日】2019-10-04
【審査請求日】2022-04-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「高性能ポリマークレイナノコンポジットの工業生産を目指した層状ケイ酸ナノシートスラリーの分散安定化」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】000214272
【氏名又は名称】長瀬産業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】511210888
【氏名又は名称】福井山田化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 智宏
(72)【発明者】
【氏名】木谷 誠
(72)【発明者】
【氏名】松田 洋一
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/009073(WO,A1)
【文献】米国特許第06107387(US,A)
【文献】中国特許出願公開第102205973(CN,A)
【文献】特開2017-105684(JP,A)
【文献】特表平01-500186(JP,A)
【文献】特開2005-247682(JP,A)
【文献】特開2018-177631(JP,A)
【文献】特開2013-010662(JP,A)
【文献】特開2005-001946(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/20-39/54
B82Y 5/00-99/00
B01J 21/00-38/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工程1:結晶層間にH
+
イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物と、有機アミンとを、当該有機アミンが溶解しない極性溶媒に懸濁させる工程と、
工程2:懸濁させた上記極性溶媒を、上記有機アミンの融点以上の温度にて撹拌する工程と、
工程3:工程2で得られた、結晶層間にH
+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の結晶層間
に有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤と、を溶媒中で混合する工程を含む、ケイ酸ナノシート分散液の製造方法。
【請求項2】
上記層状ケイ酸化合物および上記陰イオン界面活性剤を含む溶媒を
、30~80℃に加熱する工程をさらに含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
上記陰イオン界面活性剤は高級脂肪酸塩である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
上記有機物含有の層状ケイ酸化合物は、結晶層間の距離が、上記有機アミンの分子長の1.5倍以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
上記層状ケイ酸化合物は、アイラアイト、マガディアイト、カネマイト、マカタイト、ケニヤアイト、酸性白土および活性白土から選択される1種類以上である、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
ケイ酸ナノシートと、水性溶媒と、陰イオン界面活性剤と、有機アミンと、を含み、
上記ケイ酸ナノシートは、上記水性溶媒中にコロイド状に分散しており、
上記ケイ酸ナノシートのアスペクト比は100~5000である、ケイ酸ナノシート分散液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケイ酸ナノシート分散液およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高分子材料に各種のフィラーを分散させて複合化させた複合材料が知られている。このフィラーは、複合材料の諸特性を決定する上で重要な役割を果たしている。フィラーとしては様々な物質が利用および研究されているが、中でも、ケイ酸ナノシート(層状ケイ酸化合物)への注目が集まっている。ケイ酸ナノシートは、安全性、環境面およびコストなどにおいて優位であり、先端材料(ガスバリアフィルム、ポリマークレイナノコンポジットなどの)における利用が拡大している。それゆえ、ケイ酸ナノシートの需要は、今後急速に増すと予想される。
【0003】
ナノシートフィラーを含んでいる複合材料に所望の諸特性を発揮させるためには、ナノシートを高分子材料中で均一に分散させることが極めて重要である。これに関して、ナノシート分散液を用いれば、ナノシートを凝集させることなく、高分子材料中に均一に分散させることができる。
【0004】
ナノシート分散液の作製方法として、様々な手法が検討されている。例えば、特許文献1には、構造色を発する無機ナノシート分散液の製造方法が開示されている。特許文献2は、層状物質とイオン液体とを混合してナノシートを得る、ナノシート分散液の製造方法が開示されている。さらに、非特許文献1、2には、超音波を照射することによってケイ酸ナノシートを含有する分散液を作製したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2015-145322号公報
【文献】特開2017-52681号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nobuyuki Takahashi et al., (2011) "Exfoliation of Layered Silicates through Immobilization of Imidazolium Groups," Chemistry of Materials, Vol.25(Issue 2), pp.266-273.
【文献】Shimon Osada et al., (2013) "Exfoliation of Layered Octosilicate by Simple Cation Exchange with Didecyldimethylammonium Ions," Chemistry Letters, Vol.42(No.1), pp.80-82.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような先行技術では、層状物質(層状ケイ酸塩など)からナノシート(ケイ酸ナノシートなど)を剥離させる際に、超音波処理などの物理的処理を、比較的長時間必要とする傾向がある。それゆえ、製造装置の大型化が困難であり、ケイ酸ナノシートを含有する分散液の大量生産が実現できていない。
【0008】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、ケイ酸ナノシート分散液を簡便に製造できる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係るケイ酸ナノシート分散液の製造方法は、結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の結晶層間に、(i)有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物と、(ii)陰イオン界面活性剤と、を溶媒中で混合する工程を含む。
【0010】
本発明の他の態様に係るケイ酸ナノシート分散液は、ケイ酸ナノシートと、水性溶媒と、を含み;上記ケイ酸ナノシートは、上記水性溶媒中にコロイド状に分散しており、;上記ケイ酸ナノシートのアスペクト比は100~5000である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、ケイ酸ナノシート分散液を簡便に製造できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液の製造方法の一例を示す、フローチャートである。
【
図2】結晶層間にH
+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物の構造を示す模式図である。
【
図3】本発明の実施例および比較例において得られた、X線回折パターンの結果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書中、数値範囲に関して「A~B」と記載した場合、当該記載は「A以上B以下」を意図する。また、本明細書において、「Aおよび/またはB」とは、「AおよびB」と「AまたはB」との双方を含む概念であり、「AおよびBの少なくとも一方」とも換言できる。
【0014】
本明細書において、単に「層状ケイ酸化合物」と表記する場合、結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物を意図する。なお、「層状ケイ酸化合物」には、有機アミン結晶層間にインターカレートされた層状ケイ酸化合物(後述する「有機物含有の層状ケイ酸化合物」)も含まれる。また、本明細書において、単に「層状ケイ酸塩化合物」と表記する場合、結晶層間にNa+イオンなどが吸着されている層状ケイ酸化合物を意図する。
【0015】
〔1.ケイ酸ナノシート分散液の製造方法〕
本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液の製造方法は、(i)結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物(本明細書では、単に「有機物含有の層状ケイ酸化合物」と略記する)と、(ii)陰イオン界面活性剤と、を溶媒中で混合する工程を含む。
【0016】
この製造方法における原料の一つである「有機物含有の層状ケイ酸化合物」は、層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンをインターカレートさせることによって作製することができる。そこで、本明細書では、有機物含有の層状ケイ酸化合物の製造方法の例も含めて、本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液の製造方法を説明する。
【0017】
図1に、本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液の製造方法の概略を示す。この製造方法には、インターカレーション工程S10(任意構成)および混合工程S20が含まれる。インターカレーション工程S10には、懸濁工程S11(任意構成)および撹拌工程S12(任意構成)が含まれる。
【0018】
懸濁工程S11では、層状ケイ酸化合物と、有機アミンとを、当該有機アミンが溶解しない極性溶媒に懸濁させる。撹拌工程S12では、懸濁させた極性溶媒を、有機アミンの融点以上の温度にて撹拌する。その結果、層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機物含有の層状ケイ酸化合物が得られる。ここまでが、インターカレーション工程S10である。
【0019】
混合工程S20では、有機物含有の層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤とを、溶媒中で混合する。混合工程S20で使用される有機物含有の層状ケイ酸化合物は、インターカレーション工程10によって作製されたものであってもよいし、他の方法によって作製されたものであってもよい。混合工程S20によって、ケイ酸ナノシート分散液が作製できる。
【0020】
以下、各工程について詳細に説明する。
【0021】
[1-1.インターカレーション工程(任意構成)]
[1-1-1.懸濁工程(任意構成)]
懸濁工程S11では、層状ケイ酸化合物と、有機アミンとを、当該有機アミンが溶解しない極性溶媒に懸濁させる。
【0022】
(層状ケイ酸化合物)
層状ケイ酸化合物(結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物)となりうる物質の例としては、アイラアイト、マガディアイト、カネマイト、マカタイト、ケニヤアイト、酸性白土および活性白土を挙げることができる。これらの層状ケイ酸化合物の中では、規則的な四角形構造を有し、ナノシートの粒子径を制御しやすい点で、アイラアイトおよび活性白土が好ましい。
【0023】
層状ケイ酸化合物は、周知の方法を用いて製造することができる。例えば、層状ケイ酸塩化合物(結晶層間にNa+イオンが吸着されている層状ケイ酸塩化合物)と、酸(例えば、塩酸)とを混合することによって、層状ケイ酸化合物を得ることができる。もちろん、市販の層状ケイ酸化合物を用いてもよい。
【0024】
(有機アミン)
上記有機アミンの構造は、特に限定されず、任意の構造の有機アミンを用いることができる。例えば、有機アミンは、第1級アミン、第2級アミンまたは第3級アミンであってもよい。このうち、第1級アミンまたは第2級アミンが好ましく、第1級アミンがより好ましい。上記構成であれば、後述する撹拌工程で得られる有機物含有の層状ケイ酸化合物の結晶層間の距離を大きくすることができる。結晶層間の距離が大きくなることにより、有機物含有の層状ケイ酸化合物から結晶層(ケイ酸ナノシート)を容易に剥離させることができる。このため、このような有機物含有の層状ケイ酸化合物からは、超音波処理などの物理的処理を長時間施さなくとも、ケイ酸ナノシートが生成する。
【0025】
有機アミンの炭素数は、好ましくは4~30であり、より好ましくは8~24であり、さらに好ましくは10~22であり、最も好ましくは12~18である。上記構成であれば、後述する撹拌工程で得られる有機物含有の層状ケイ酸化合物の結晶層間の距離が大きくなる。
【0026】
有機アミンは、不飽和結合を有していてもよいし、不飽和結合を有していなくてもよい。不飽和結合を有している有機アミンは、当該有機アミンの疎水性相互作用または付加反応により、結晶層同士の引力を小さくするという優れた効果を奏する。不飽和結合の例としては、炭素原子間の二重結合、または、炭素原子間の三重結合を挙げることができる。上述した効果がより高いという観点からは、これらの不飽和結合の中では、炭素原子間の二重結合が好ましい。一方、不飽和結合を有していない有機アミンは、当該有機アミンが規則配列するため、有機物含有の層状ケイ酸化合物の結晶構造が安定化するという優れた効果を奏する。
【0027】
有機アミンの具体例としては、オクタデシルアミン、オレイルアミン、ヘキサデシルアミン、ドデシルアミン、デシルアミン、オクチルアミン、テトラデシルアミン、N-メチルオクタデシルアミン、N-メチルドデシルアミン、ジオクタデシルアミン、ジドデシルアミン、ジメチルオクチルアミン、ジメチルデシルアミン、ジメチルドデシルアミン、ジメチルヘキサデシルアミン、ジメチルオクタデシルアミン、ジメチルオレイルアミン、ジメチルベヘニルアミン、ジデシルメチルアミン、ジドデシルメチルアミン、ジオクタデシルメチルアミン、ジオレイルメチルアミン、トリオクタデシルアミン、トリドデシルアミンおよびトリオクチルアミンが挙げられる。
【0028】
(有機アミンが溶解しない極性溶媒)
本明細書において「有機アミンが溶解しない極性溶媒」とは、100mLの極性溶媒に対して1gの有機アミンを懸濁した時に、95%以上の有機アミンが溶解せずに残留する極性溶媒を意図する。溶解せずに残留する有機アミンの割合は、好ましくは98%以上であり、より好ましくは99%以上であり、さらに好ましくは99.9%以上である。
【0029】
「溶解せずに残留する有機アミンの割合」は、例えば、以下の方法によって算出することができる。
1.1gの有機アミンを、100mLの極性溶媒に懸濁させる。
2.懸濁液を遠心分離して、α(g)の沈澱物または浮遊物を回収する。この沈澱物または浮遊物が、「溶解せずに残留する有機アミン」である。
3.式「α÷1×100」にαを代入して、溶解せずに残留する有機アミンの割合(%)を算出する。
【0030】
極性溶媒は、環境負荷、労働環境および経済性などの点から、好ましくは水系溶媒であり、より好ましくは水である。
【0031】
本明細書において「水系溶媒」とは、水を主成分として含有している溶媒を意図している。このとき、水系溶媒を100体積%とした場合、当該水系溶媒に含まれる水は、70体積%以上であることが好ましく、80体積%以上であることがより好ましく、90体積%以上であることがより好ましく、95体積%以上であることがより好ましく、97体積%以上であることがより好ましく、98体積%以上であることがより好ましく、99体積%以上であることがより好ましく、100体積%であることが最も好ましい。
【0032】
極性溶媒は、水以外の成分を含んでいてもよい。水以外の成分の例としては、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドおよびアセトニトリルなどが挙げられる。極性溶媒が、水に加えてジメチルスルホキシドまたはアセトニトリルを含んでいる場合、有機アミンの間の疎水性相互作用が強化される。その結果、結晶層間内への速やかな進入という優れた効果を奏するので、この態様は好ましい。
【0033】
極性溶媒を100体積%とした場合、当該極性溶媒に含まれる水以外の成分は、30体積%以下であることが好ましく、20体積%以下であることがより好ましく、10体積%以下であることがより好ましく、5体積%以下であることがより好ましく、3体積%以下であることがより好ましく、2体積%以下であることがより好ましく、1体積%以下であることがより好ましく、0体積%であることが最も好ましい。
【0034】
懸濁工程S11において、層状ケイ酸化合物と、有機アミンと、有機アミンが溶解しない極性溶媒との混合比は、特に限定されない。例えば、極性溶媒:層状ケイ酸化合物:有機アミンの混合比は、100重量部:(0.1重量部~10重量部、または、0.5重量部~3重量部):(0.1重量部~10重量部、または、0.5重量部~3重量部)でありうる。
【0035】
層状ケイ酸化合物および有機アミンは、層状ケイ酸化合物に含まれているH+イオンのモル数と、有機アミンに含まれている窒素原子のモル数とが、概ね同じになるように混合することが好ましい。上記構成であれば、好ましい態様でのインターカレーションを容易に行うことができる。「好ましい態様のインターカレーション」とは、1回の処理にてインターカレーションできる有機アミンの量が、結晶層間に吸着されているH+イオンとの間に結合を形成しうる有機アミンの最大量となるようなインターカレーションである。
【0036】
[1-2.撹拌工程]
撹拌工程S12では、懸濁工程S11を経た極性溶媒を、有機アミンの融点以上の温度にて撹拌する。撹拌工程S12においては、有機アミンの融点以上の温度に加熱した極性溶媒に、層状ケイ酸化合物および有機アミンを加えてもよい。あるいは、極性溶媒に層状ケイ酸化合物および有機アミンを加えた後に、当該極性溶媒を有機アミンの融点以上の温度に加熱してもよい。撹拌工程S12によって、有機物含有の層状ケイ酸化合物が得られる。
【0037】
撹拌工程S12における極性溶媒の温度は、用いる有機アミンに応じて適宜設定できる。用いる有機アミンの融点をT(℃)とする場合、撹拌工程S12における極性溶媒の温度は、例えば、T~T+50(℃)、T~T+40(℃)、T~T+30(℃)、T~T+20の温度、T~T+10(℃)、T~T+5(℃)であってもよい。上記構成であれば、好ましい態様でのインターカレーションを容易に行うことができる。「好ましい態様のインターカレーション」とは、1回の処理にてインターカレーションできる有機アミンの量が、結晶層間に吸着されているH+イオンとの間に結合を形成しうる有機アミンの最大量となるようなインターカレーションである。
【0038】
撹拌工程S12における極性溶媒の温度は、用いる有機アミンの融点に近い方が好ましい。これは、形成された有機物含有の層状ケイ酸化合物に対して必要以上の熱運動を加えることがなく、有機物含有の層状ケイ酸化合物を安定化させることができるためである。
【0039】
撹拌工程S12における極性溶媒の温度は、当該極性溶媒の沸点以下の温度であることが好ましい(例えば、100℃以下、90℃以下または80℃以下)。上記構成であれば、好ましい態様でのインターカレーションを容易に行うことができる。「好ましい態様のインターカレーション」とは、1回の処理にてインターカレーションできる有機アミンの量が、結晶層間に吸着されているH+イオンとの間に結合を形成しうる有機アミンの最大量となるようなインターカレーションである。また、上記構成であれば、形成された有機物含有の層状ケイ酸化合物に対して必要以上の熱運動を加えることがなく、有機物含有の層状ケイ酸化合物を安定化させることができる。
【0040】
(有機物含有の層状ケイ酸化合物の構造)
以下、
図2を参照しながら、有機物含有の層状ケイ酸化合物1の構造について説明する。有機物含有の層状ケイ酸化合物1は、複数の結晶層2を有している。そして、結晶層2の間には、H
+イオン(不図示)が吸着されている。さらに、結晶層2の間には、有機アミン3がインターカレートしている。H
+イオンと有機アミン3との間には相互作用が生じているので、有機アミン3は結晶層2の間にインターカレートすることができる。ここで、結晶層2の間では、有機アミン3による複数の層構造が形成されている。対向してインターカレートしている有機アミン3同士は、有機アミン3に含まれる疎水性領域同士が向かい合うようにインターカレートしていると考えられる。
【0041】
層状ケイ酸化合物1の構造は、層間距離A、層厚さBおよび底面間隔Cなどによって規定することができる。
【0042】
このうち、底面間隔Cは、ブラッグの法則に基づいて、「底面間隔C=X線の波長/(2×sinθ)」によって算出される。
【0043】
また、層厚さBは、有機アミン3をインターカレートする前の層状ケイ酸化合物から、ブラッグの法則によって計算できる。具体的には、結晶層2の間に吸着されているH+イオンは極めて小さいため、有機アミン3をインターカレートする前の層間距離A’は、ゼロとみなせる。一方、有機アミン3をインターカレートする前の底面間隔C’は、上述の通りブラッグの法則に基づいて算出される。そうすると、層厚さBは、底面間隔C’-層間距離A’=底面間隔C’-0=底面間隔C’となる。
【0044】
なお、層状ケイ酸化合物(結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物)の層厚さBと、層状ケイ酸塩化合物(結晶層間にNa+イオンなどを含む層状ケイ酸化合物)の層厚さBとは、同じとみなすことができる。
【0045】
さらに、層間距離Aは、式「層間距離A=底面間隔C-層厚さB」から算出される。
【0046】
有機物含有の層状ケイ酸化合物1においては、結晶層2間に吸着しているH+イオンのモル数X(mol)と、インターカレートしている有機アミンに含まれている窒素原子のモル数Y(mol)とは、概ね同じ値であることが好ましい。例えば、XおよびYの関係は、0.5X≦Y≦1.0X、0.6X≦Y≦1.0X、0.7X≦Y≦1.0X、0.8X≦Y≦1.0X、または、0.9X≦Y≦1.0Xでありうる。あるいは、0.5X≦Y≦3.5X、または、1.0X≦Y≦3.5Xでありうる。上記構成を有する有機物含有の層状ケイ酸化合物は、結晶層間に充分な量の有機アミンがインターカレーションしており、かつ、安定な構造を有している。
【0047】
(有機物含有の層状ケイ酸化合物の結晶層間の距離)
撹拌工程S12で得られる有機物含有の層状ケイ酸化合物1の結晶層2間の層間距離Aは、有機アミン3の分子長(換言すれば、有機アミン3の長手方向への分子長)の1.5倍以上であることが好ましく、1.6倍以上であることがより好ましく、1.7倍以上であることがさらに好ましく、1.8倍以上であることがより一層好ましく、1.9倍以上であることが特に好ましく、2.0倍以上であることが最も好ましい。層間距離Aが上記の範囲にある場合は、インターカレートされている有機アミン3の配置が、(i)層構造(2層構造など)を形成しており、かつ、(ii)結晶層2の平面に対して、有機アミン3の長軸がほぼ垂直になっていると考えられる。そのため、後の混合工程S20に有利となる、広い層間距離Aを確保できる。
【0048】
また、層間距離Aの上限値は、特に限定されない。一例において、層間距離Aの上限値は、有機アミン3の分子長の3.0倍未満、2.9倍以下、2.8倍以下、2.7倍以下、2.6倍以下または2.5倍以下でありうる。より具体的には、層間距離Aは、有機アミンの分子長の、1.5倍以上3.0倍未満、または、1.5~2.5倍であってもよい。上記構成であれば、所望の機能を有する吸着剤、触媒またはナノ複合材料などを、容易に得ることができる。また、上記の構成であれば、超音波処理などの物理的処理を行わずに、有機物含有の層状ケイ酸化合物から結晶層(ケイ酸ナノシート)を剥離させることができる。
【0049】
有機アミン3の分子長は、周知の方法によって求められる(例えば、分子動力学法または分子軌道法によって)。また、結合している任意の2つの原子に関して、原子間の結合距離は周知である。それゆえ、原子間の結合距離に基づいて有機アミンの分子長を算出することもできる。
【0050】
代表的な有機アミンの分子長を例示すると、以下の通りである。オクタデシルアミン:約2.3nm、ヘキサデシルアミン:約2.0nm、テトラデシルアミン:約1.8nm、ドデシルアミン:約1.5nm、デシルアミン:約1.3nm、N-メチルオクタデシルアミン:約2.3nm。
【0051】
結晶層2間の層間距離Aは、より具体的には、2.30nm以上、2.50nm以上、3.00nm以上、3.50nm以上、4.00以上、4.50nm以上、5.00nm以上又は5.50nm以上でありうる。層間距離Aの上限値は、有機アミンの種類に応じて適宜設定されうるものであり、特に限定されない。一例を挙げると、層間距離Aの上限値は、100nm以下、70nm以下、50nm以下、30nm以下または10nm以下でありうる。上記構成であれば、層間距離Aが充分に大きな有機物含有の層状ケイ酸化合物を提供できる。それゆえ、超音波処理などの物理的処理を行わずに、有機物含有の層状ケイ酸化合物から結晶層(ケイ酸ナノシート)を剥離させることができる。
【0052】
層厚さBは、例えば、0.5nm~1.7nmである。H型アイラアイトの場合、層厚さBは約0.73nmである。底面間隔Cは、上述した層間距離Aおよび層厚さBから、具体的に求めることができる。
【0053】
(有機物含有の層状ケイ酸化合物のX線回折パターン)
撹拌工程S12で得られる有機物含有の層状ケイ酸化合物は、X線回折パターンを測定したときに、層状ケイ酸化合物(結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物)の回折ピークが消失していることが好ましい。すなわち、有機物含有の層状ケイ酸化合物には、以下の不純物の混入が少ない(または混入がない)ことが好ましい。
(i)層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンがインターカレートされていない物質。
(ii)層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンが不完全にしかインターカレートされていない物質。
【0054】
例えば、H型アイラアイトの結晶層間に有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物に関しては、当該有機物含有の層状ケイ酸化合物のX線回折パターンを測定したときに、H型アイラアイトの回折ピークが消失していることが好ましい。具体的には、2θ=12.06°近傍に観察される回折ピークが消失していることが好ましい。
【0055】
X線回折パターンは、周知の方法を用いて測定できる。例えば、X線回折装置(島津製作所製、XRD-6100)を用いることができる。具体的な測定方法は、X線回折装置に添付のプロトコールに従うことができる。
【0056】
ここで「層状ケイ酸化合物(結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物)の回折ピークが消失する」とは、有機物含有の層状ケイ酸化合物のX線回折パターンにおいて、原材料である層状ケイ酸化合物の回折ピークの強度が充分に低いことを意図している。例えば、有機物含有の層状ケイ酸化合物のX線回折パターンにおいて、原材料である層状ケイ酸化合物の回折ピーク(2θ)の強度をxとし、産物である有機物含有の層状ケイ酸化合物の回折ピーク(2θ)の強度をyとすると、x/yの値は、好ましくは0.1未満であり、より好ましくは0.05未満であり、さらに好ましくは0.01未満であり、より一層好ましくは0.005未満であり、特に好ましくは0.001未満であり、最も好ましくは0.0001未満である。
【0057】
有機物含有の層状ケイ酸化合物の回折ピーク(2θ)は、特に限定されないが、例えば、0.80°~3.00°、1.00°~3.00°、1.20°~3.00°、または1.40°~2.70°に存在しうる。
【0058】
[1-2.混合工程]
混合工程S20においては、有機物含有の層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤とを溶媒中で混合する。この有機物含有の層状ケイ酸化合物は、インターカレーション工程S10によって作製されたものであってもよいし、他の製造方法によって作製されたものであってもよい。
【0059】
インターカレーション工程S10によって作製された有機物含有の層状ケイ酸化合物を用いる場合、撹拌工程S12の後、得られた有機物含有の層状ケイ酸化合物を乾燥させてから用いてもよい。あるいは、撹拌工程S12によって得られた有機物含有の層状ケイ酸化合物を、乾燥させずにそのまま用いてもよい。
【0060】
(陰イオン界面活性剤)
混合工程S20で使用する陰イオン界面活性剤の例としては、高級脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩(またはポリオキシエチレンアルキルアリル硫酸エステル塩)、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル、特殊反応型アニオン界面活性剤、特殊カルボン酸型界面活性剤、特殊ポリカルボン酸型高分子界面活性剤などが挙げられる。高級脂肪酸塩の具体例としては、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸カリウム、オレイン酸ナトリウム、オレイン酸カリウム、ヒマシ油カリウム石鹸、混合脂肪酸ナトリウム、半硬化牛脂脂肪酸ナトリウムなどが挙げられる。アルキル硫酸エステル塩の例としては、ラウリル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム、高級アルコール硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸トリエタノールアミンなどが挙げられる。アルキルベンゼンスルホン酸塩の例としては、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどが挙げられる。アルキルナフタレンスルホン酸塩の例としては、アルキルナフタレンスルホン酸ナトリウムなどが挙げられる。アルキルスルホコハク酸塩の例としては、ジアルキルスルホコハク酸ナトリウムなどが挙げられる。アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸塩の例としては、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸ナトリムなどが挙げられる。アルキルリン酸塩の例としては、アルキルリン酸カリウムなどが挙げられる。ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩(またはポリオキシエチレンアルキルアリル硫酸エステル塩)の例としては、ポリオキシエチレンラウリルエーテル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸トリエタノールアミン、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル硫酸ナトリウムなどが挙げられる。ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物の例としては、β-ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩、特殊芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物のナトリウム塩などが挙げられる。上述した陰イオン界面活性剤の中では、高級脂肪酸塩が好ましい。
【0061】
高級脂肪酸塩に含まれている高級脂肪酸は、飽和脂肪酸であってもよいし、不飽和脂肪酸であってもよい。高級脂肪酸の炭素数は特に限定されないが、好ましくは5~25であり、より好ましくは12~18である。高級脂肪酸の炭素数が上述の範囲であると、有機アミンの水中での安定化という利点がある。高級脂肪酸の例としては、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、12-ヒドロキシステアリン酸、イソステアリン酸、ウンデシン酸、トール酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などが挙げられる。
【0062】
不飽和脂肪酸を含む高級脂肪酸塩を使用すると、加熱を伴わなくとも、有機物含有の層状ケイ酸化合物からケイ酸ナノシートが生成される傾向にある。つまり、容易にケイ酸ナノシートを製造できることになるので、不飽和脂肪酸を含む高級脂肪酸塩を使用することが好ましい。
【0063】
高級脂肪酸塩は、高級脂肪酸の金属塩であることが好ましい。高級脂肪酸の金属塩の例としては、上記高級脂肪酸と、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、カリウム、カルシウム、亜鉛、バリウムおよび鉛などとの塩が挙げられる。
【0064】
(溶媒)
混合工程S20において使用する溶媒は、環境負荷、労働環境および経済性などの点から、水系溶媒が好ましく、より好ましくは水である。
【0065】
混合工程S20において、有機物含有の層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤と、溶媒との混合比は、特に限定されない。有機物含有の層状ケイ酸化合物の混合量の下限値は、溶媒100重量部に対して、0.1重量部以上が好ましく、1重量部以上がより好ましく、10重量部以上がさらに好ましい。有機物含有の層状ケイ酸化合物の混合量の上限値は、溶媒100重量部に対して、50重量部以下が好ましく、40重量部以下がより好ましく、30重量部以下がさらに好ましい。有機物含有の層状ケイ酸化合物の混合量が上記の範囲ならば、工業利用に好適な濃度のケイ酸ナノシート分散液が得られる。
【0066】
陰イオン界面活性剤の混合量の下限値は、溶媒100重量部に対して、0.1重量部以上が好ましく、0.5重量部以上がより好ましく、1重量部以上がさらに好ましい。陰イオン界面活性剤の混合量の上限値は、溶媒100重量部に対して、30重量部以下が好ましく、20重量部以下がより好ましく、10重量部以下がさらに好ましい。陰イオン界面活性剤の混合量の上限値が上記の範囲内ならば、ケイ酸ナノシートの凝集を防ぎ、ケイ酸ナノシートが均一に分散している分散液が得られる。また、陰イオン界面活性剤の混合量の下限値が上記範囲内ならば、層状ケイ酸化合物を構成する結晶層を充分に剥離させることができ、容易にケイ酸ナノシートを生成させられる。
【0067】
混合工程20における、混合温度および混合時間は、有機物含有の層状ケイ酸化合物、陰イオン界面活性剤、および溶媒の種類に応じて適宜変更すればよい。一例として、混合温度は、室温(20~25℃)、40~60℃、70~90℃でありうる。また、混合時間は、1分間、10分間、30分間でありうる。
【0068】
混合工程20においては、超音波処理を伴うことなく、有機酸含有の層状ケイ酸化合物を構成する結晶層(ケイ酸ナノシート)を剥離させることができる。したがって、混合工程S20においては、超音波処理を施す必要がない。したがって、ケイ酸ナノシート分散液の製造装置の大型化および大量生産が可能である。また、短時間でケイ酸ナノシート分散液を製造することができる。ただし、混合工程S20において、1分間未満、5分間未満、または10分間未満程度ならば超音波を照射してもよい。
【0069】
上述したように、インターカレーション工程10も、混合工程20も、いずれも水系溶媒を使用することができる。つまり、本発明の一実施形態に係る製造方法によれば、有機溶媒を使用することなく、水系溶媒のみを使用して、ケイ酸ナノシート分散液を簡便に製造することができる(より詳細には実施例を参照)。
【0070】
さらに、実施例に示すように、インターカレーション工程10における有機アミンが炭素数10~18の第1級アルキルアミンであり、混合工程20における陰イオン界面活性剤が不飽和高級脂肪酸のオレイン酸ナトリウムであり、分散液におけるケイ酸ナノシート濃度が0.1~5重量部程度である場合は、混合工程後に加熱処理を施すことなくケイ酸ナノシート分散液を得ることができる。したがって、ケイ酸ナノシート分散液の製造装置のさらなる大型化および大量生産が可能である。
【0071】
[1-3.その他の工程(任意構成)]
本発明の一実施形態に係る製造方法は、上述の工程以外の他の工程をさらに含んでもよい。他の工程の例として、有機物含有の層状ケイ酸化合物および陰イオン界面活性剤を含んでいる溶媒を加熱する工程(加熱工程)が挙げられる。他の工程のさらなる例として、有機アミンおよび/または陰イオン界面活性剤を、ケイ酸ナノシート分散液から除去する工程(除去工程)が挙げられる。
【0072】
(加熱工程)
混合工程S20の後に、有機物含有の層状ケイ酸化合物および陰イオン界面活性剤を含んでいる溶媒加熱することにより、有機物含有層状ケイ酸化合物からケイ酸ナノシートが剥離することを促進できる。そのため、より短時間で高濃度のケイ酸ナノシート分散液を得ることができる。加熱工程における加熱温度および加熱時間は、特に限定されない。一例として、加熱温度は30~80℃であり、加熱時間は5~30分間である。
【0073】
(除去工程)
除去工程では、混合工程S20を経て得られたケイ酸ナノシート分散液から、有機アミンおよび/または陰イオン界面活性剤を除去する。この除去は、公知の手段によって行うことができる。例えば、有機アミンは、分散液を加熱することによって揮発させることができる。陰イオン界面活性剤は、遠心分離によって溶媒とともに除去することができる。
【0074】
〔2.ケイ酸ナノシート分散液〕
本発明の一態様に係るケイ酸ナノシート分散液は、ケイ酸ナノシートと、水性溶媒と、を含み;上記ケイ酸ナノシートは、上記水性溶媒中にコロイド状に分散しており;上記ケイ酸ナノシートのアスペクト比は100~5000である。
【0075】
本明細書において、「ケイ酸ナノシート」とは、層状ケイ酸化合物を構成する結晶層を示す。この詳細は、〔1〕節に記載の通りである。水性溶媒に関しても、詳細は〔1〕節に記載の通りである。
【0076】
本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液は、水性溶媒を用いているため、環境負荷、労働環境および経済性などの点で優れている。また、本発明の一実施形態に係るケイ酸ナノシート分散液は、ケイ酸ナノシートがコロイド状に分散しているため、安定に保存することができる。ここで、「コロイド状に分散している」とは、チンダル現象が観察されることを意図し、好ましくは、沈澱が生じておらず、目視で判る濁りが生じていないことを意図する。
【0077】
ケイ酸ナノシートのアスペクト比は100~5000であり、500~4000が好ましく、1000~3000がより好ましい。ここで、ケイ酸ナノシートのアスペクト比は、「ケイ酸ナノシートの長径/ケイ酸ナノシートの厚さ」を表す。ケイ酸ナノシートは、種々の平面的な形状(四角形、楕円形など)を取りうる。そのため、一実施形態において、「ケイ酸ナノシートの長径」とは、四角形の長辺または楕円形の長軸を意味する。ケイ酸ナノシートのアスペクト比が上述の範囲であると、当該ケイ酸ナノシートを分散させた高分子材料において、所望する特性を充分に発揮させることができる。
【0078】
ケイ酸ナノシート分散液に含まれるケイ酸ナノシートの濃度は、好ましくは0.1~50重量部であり、より好ましくは5~30重量部である。ケイ酸ナノシートの濃度が上述の範囲であるならば、ケイ酸ナノシート分散液を複合材料の原料として好適に利用しうる。
【0079】
ケイ酸ナノシート分散液には、陰イオン界面活性剤および/または有機アミンを含んでいてもよい。ただし、一般的なケイ酸ナノシート分散液の利用方法においては、陰イオン界面活性剤および/または有機アミンは必須成分でない場合が多い。
【0080】
そのため、ケイ酸ナノシート分散液に含まれている陰イオン界面活性剤の濃度は、10重量部以下が好ましく、1重量部以下がより好ましく、0.1重量部以下がさらに好ましい。陰イオン界面活性剤の濃度の下限値は特に限定されないが、除去に必要なコストなどを考慮すると、0.5重量部以上とすることができる。また、ケイ酸ナノシート分散液に含まれている有機アミンの濃度は、20重量部以下が好ましく、5重量部以下がより好ましく、1重量部以下がさらに好ましい。有機アミンの濃度の下限値は特に限定されないが、除去に必要なコストなどを考慮すると、3重量部以上とすることができる。
【0081】
〔まとめ〕
本発明には、以下の態様を包含している。
<1>
結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の結晶層間に、有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物と、
陰イオン界面活性剤と、
を溶媒中で混合する工程(混合工程S20)を含む、ケイ酸ナノシート分散液の製造方法。
<2>
上記層状ケイ酸化合物および上記陰イオン界面活性剤を含む溶媒を加熱する工程をさらに含む、<1>に記載の製造方法。
<3>
上記陰イオン界面活性剤は高級脂肪酸塩である、請求項1または2に記載の製造方法。
<4>
上記有機物含有の層状ケイ酸化合物は、結晶層間の距離が、上記有機アミンの分子長の1.5倍以上である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の製造方法。
<5>
上記層状ケイ酸化合物は、アイラアイト、マガディアイト、カネマイト、マカタイト、ケニヤアイト、酸性白土および活性白土から選択される1種類以上である、<1>~<4>いずれか1つに記載の製造方法。
<6>
ケイ酸ナノシートと、水性溶媒と、を含み、
上記ケイ酸ナノシートは、上記水性溶媒中にコロイド状に分散しており、
上記ケイ酸ナノシートのアスペクト比は100~5000である、ケイ酸ナノシート分散液。
<7>
陰イオン界面活性剤をさらに含む、<6>に記載のケイ酸ナノシート分散液。
【0082】
本発明はまた、下記の態様をも包含している(この態様は、上述の<2>~<5>の態様と、任意に組み合わせることができる):
下記の副工程を含み、結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物の層間を拡張させる工程(インターカレーション工程S10)と、
上記層状ケイ酸化合物と、有機アミンとを、当該有機アミンが溶解しない極性溶媒である第1溶媒に懸濁させる副工程(懸濁工程S11);
上記懸濁させた第1溶媒を、上記有機アミンの融点以上の温度にて撹拌する副工程(S12);
上記工程を経た上記層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤とを、第2溶媒中で混合する工程(混合工程S20)と、
を含む、ケイ酸ナノシート分散液の製造方法。
【0083】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明の以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0084】
〔実施例1〕
4号水ガラス(日本化学工業製)50mLを、ステンレス鋼(SUS304)製密閉容器に封入した。この密閉容器を、110℃にて12日間、静置加熱して、Na型アイラアイトを合成した。得られたNa型アイラアイトを、0.1mol/L塩酸(和光純薬工業製)50mLに加えて、室温にて3時間静置し、H型アイラアイトを合成した。合成されたH型アイラアイトを、再度0.1mol/L塩酸50mLに入れて、室温にて18時間静置した。反応溶液を遠心分離した後、沈澱物をイオン交換水によって洗浄し、H型アイラアイトを得た。
【0085】
得られたH型アイラアイト0.32gと、層間拡張剤のオクタデシルアミン(和光純薬工業製)0.49gとを、イオン交換水30gに入れた。反応系を、63℃にて加熱しながら30分間撹拌した。反応系を濾過した後、回収した固形分を室温にて乾燥させ、粉末試料を得た。
【0086】
この粉末試料を、X線回折装置(島津製作所製、XRD-6100)を用いて分析したところ、回折角2θ=1.44°に回折ピークが認められた。この結果から計算すると、層間距離は5.40nmであった。つまり、ここで得られたのは、結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物(H型アイラアイト)の結晶層間に、有機アミン(オクタデシルアミン)がインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物であった。そして、この化合物の層間距離は、オクタデシルアミンの分子長(2.3nm)の2倍以上に相当する。
【0087】
上記の粉末試料0.02gを、室温にて、陰イオン界面活性剤の0.3重量%オレイン酸ナトリウム(和光純薬工業製)水溶液20gに加えた。反応系を撹拌することにより、超音波を照射することなく、非加熱で、沈澱のない、透明な分散液が得られた。この分散液にレーザ光を照射したところ、チンダル現象が見られたことから、当該分散液はナノシートのコロイド溶液であることが確認された。この分散液は、1週間経過後においても沈澱は全く見られず、非常に安定な分散液であった。
【0088】
得られた分散液を劈開雲母板上に滴下し、室温にて乾燥させて顕微鏡観察用のサンプルを作製した。このサンプルを、原子間力顕微鏡(島津製作所製、SPM-9500J3)で観察して、ケイ酸ナノシートの大きさ(長径)および厚さを計測した。その結果、ケイ酸ナノシートの大きさ(長径)は500~1500nmであり、厚さは約1nmであった。また、ケイ酸ナノシートのアスペクト比は500~1500であった。ここで言うアスペクト比とは、「ケイ酸ナノシートの長径/ケイ酸ナノシートの厚さ」の値である。
【0089】
上記で測定されたケイ酸ナノシートの厚さ(約1nm)は、ケイ酸層の単層あたりの理論上の厚さ(0.74nm)に近かった。ここで、上記の分散液中では、ケイ酸ナノシートの表面にオクタデシルアミンおよびオレイン酸イオンが吸着されていると考えられる。このことから、上記の分散液中では、アイラアイトのケイ酸粒子がほぼ単層に剥離されたケイ酸ナノシートが生成されていたことが確認された。
【0090】
〔実施例2〕
実施例1において、以下の点を変更した。(i)陰イオン界面活性剤を、0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液から、0.3重量%ステアリン酸ナトリウム(和光純薬工業製)水溶液に変更した。(ii)粉末試料を、0.3重量%ステアリン酸ナトリウム水溶液中で、50℃にて30分間加熱した。それ以外は、実施例1と同じ操作で分散液を調製した。この分散液は、透明で沈澱がなかった。この分散液にレーザ光を照射したところ、チンダル現象が見られたことから、当該分散液はナノシートのコロイド溶液であることが確認された。
【0091】
〔実施例3〕
実施例1において、以下の点を変更した。(i)陰イオン界面活性剤を、0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液から、0.3重量%ドデシル硫酸ナトリウム(和光純薬工業製)水溶液に変更した。(ii)粉末試料を、0.3重量%ドデシル硫酸ナトリウム水溶液中で、90℃にて30分間加熱した。それ以外は、実施例1と同じ操作で分散液を調製した。この分散液は、透明で沈澱がなかった。この分散液にレーザ光を照射したところ、チンダル現象が見られたことから、当該分散液はナノシートのコロイド溶液であることが確認された。一方、一部のナノシートは溶解しており、分散液中に微小な溶解残渣が散見された。
【0092】
〔実施例4〕
実施例1と同じ操作でH型アイラアイトを合成した後、H型アイラアイト0.15gと、層間拡張剤のデシルアミン(和光純薬工業製)0.18gとを、イオン交換水30gに入れた。反応系を室温にて30分間撹拌した。反応系を濾過した後、回収した固形分を室温にて乾燥させ、粉末試料を得た。
【0093】
この粉末試料を、X線回折装置(島津製作所製、XRD-6100)を用いて分析したところ、回折角2θ=2.66°に回折ピークが認められた。この結果から計算すると、層間距離は2.59nmであった。つまり、ここで得られたのは、結晶層間にH+イオンが吸着されている層状ケイ酸化合物(H型アイラアイト)の結晶層間に、有機アミン(デシルアミン)がインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物であった。そして、この化合物の層間距離は、デシルアミンの分子長(1.3nm)の約2倍に相当する。
【0094】
得られた粉末0.02gを、室温にて、陰イオン界面活性剤の0.5重量%オレイン酸ナトリウム(和光純薬工業製)水溶液20gに加えた。反応系を撹拌することにより、超音波を照射することなく、非加熱で、沈澱のない、透明な分散液が得られた。分散液にレーザ光を照射したところ、チンダル現象が見られたことから、当該分散液はナノシートのコロイド溶液であることが確認された。
【0095】
〔比較例1〕
実施例1において、陰イオン界面活性剤の0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液を、陽イオン界面活性剤の0.1重量%セチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)(和光純薬工業製)水溶液に変更した。それ以外は、実施例1と同じ操作で分散液を調製した。この分散液は白濁しており、3時間経過後に沈澱が生じた。このことから、実験操作によってアイラアイトの剥離が生じず、ナノシートは生成しなかったと判る。
【0096】
〔比較例2〕
実施例1において、陰イオン界面活性剤の0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液を、非イオン界面活性剤の0.1重量%Tween80(和光純薬工業製)水溶液に変更した。それ以外は、実施例1と同じ操作で分散液を調製した。この分散液は白濁しており、3時間経過後に沈澱が生じた。このことから、実験操作によってアイラアイトの剥離が生じず、ナノシートが生成しなかったと判る。
【0097】
〔比較例3〕
実施例1において、陰イオン界面活性剤の0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液を、水溶性高分子分散剤の0.1重量%ポリビニルピロリドン(PVP)K15(東京化成工業製)水溶液に変更した。それ以外は、実施例1と同じ操作で分散液を調製した。この分散液は白濁しており、3時間経過後に沈澱が生じた。このことから、実験操作によってアイラアイトの剥離が生じず、ナノシートが生成しなかったと判る。
【0098】
〔比較例4〕
Na型アイラアイト0.3gを、3重量%オクタデシルトリメチルアンモニウムクロリド(東京化成工業製)水溶液に加え、80℃で24時間加熱した。これによって、イオン交換により、層間拡張剤のオクタデシルトリメチルアンモニウムイオンをアイラアイトにインターカレートした。反応系を濾過した後、回収した固形分を室温にて乾燥させ、粉末試料を得た。このアイラアイトのX線回折ピークは、2θ=3.02°であった。この値からケイ酸層間隔を計算すると、2.19nmであった。この値は、実施例1におけるオクタデシルアミンをインターカレートしたアイラアイトのケイ酸層間隔(4.66nm)の半分以下であった。このことから、層間拡張剤のアルキル鎖長が同じであるにもかかわらず、イオン交換によっては、ケイ酸層間隔は充分に拡張されなかったことが判る。
【0099】
得られた粉末0.02gを、室温にて、0.3重量%オレイン酸ナトリウム水溶液20gに加えた。反応系を撹拌した結果、得られた分散液は白濁しており、3時間経過後に沈澱が生じた。このことから、実験操作によってアイラアイトの剥離が生じず、ナノシートは生成しなかったと判る。
【0100】
〔実施例のまとめ〕
実施例1~4では、有機アミンがインターカレートしてなる有機物含有の層状ケイ酸化合物と、陰イオン界面活性剤とを混合させることによって、ケイ酸ナノシート分散液を作製できた。得られた分散液中では、ケイ酸ナノシートがコロイド状に分散しており、当該ケイ酸ナノシートのアスペクト比は500~1500であった。また、分散液を作製する際には、有機物含有の層状ケイ酸化合物の層間を剥離させるために、超音波処理を施す必要はなかった。さらに、有機物含有の層状ケイ酸化合物を剥離させるための溶媒として、水を用いても、上首尾に分散液を得られた。
【0101】
また、実施例1、4の結果から、陰イオン界面活性剤として不飽和高級脂肪酸の金属塩を用いる場合には、有機物含有の層状ケイ酸化合物と陰イオン界面活性剤との混合後に加熱処理を施さなくても、コロイド状のケイ酸ナノシート分散液を得られることが判った。
【0102】
一方、比較例1~3の結果から、陰イオン界面活性剤以外の種類の界面活性剤を利用したとしても、コロイド状のケイ酸ナノシート分散液を作製できないことが判った。また、比較例4の結果から、Na型ケイ酸塩にイオン交換によって層間拡張剤を導入してなるケイ酸塩化合物を用いた場合も、コロイド状のケイ酸ナノシート分散液を作製できないことが判った。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明のケイ酸ナノシート分散液は、触媒、吸着剤、イオン交換体、顔料および複合材料の原材料として利用することができる。