(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料及び該化学蒸着用原料を用いた化学蒸着法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/18 20060101AFI20231024BHJP
【FI】
C23C16/18
(21)【出願番号】P 2021574086
(86)(22)【出願日】2021-01-28
(86)【国際出願番号】 JP2021002934
(87)【国際公開番号】W WO2021153640
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-07-07
(31)【優先権主張番号】P 2020014865
(32)【優先日】2020-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】原田 了輔
(72)【発明者】
【氏名】津川 智広
(72)【発明者】
【氏名】大武 成行
(72)【発明者】
【氏名】李 承俊
(72)【発明者】
【氏名】小次 洋平
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-522124(JP,A)
【文献】国際公開第2019/088722(WO,A1)
【文献】特表2010-534769(JP,A)
【文献】特開2020-090689(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/18
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、
2価のルテニウムに、トリメチレンメタン系配位子(L
1)、及び2つのカルボニル配位子と配位子Xが配位した下記化1の式で示される有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料。
【化1】
上記化1において、トリメチレンメタン系配位子(L
1)は下記の化2の式で示される。
また、配位子Xは、下記の化3~化4の式で示されるイソシアニド配位子(L
2
)、アミン配位子(L
4
)のいずれかである。
【化2】
(上記式中、配位子L
1の置換基Rは、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキニル基、炭素数6以上9以下のアリール基、のいずれかである。)
【化3】
(上記式中、配位子L
2の置換基R
1は、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、または炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上9以下のアリール基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。)
【化4】
(上記式中、配位子L
4
の置換基R
7
~R
8
は、それぞれ、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基である。R
9
は、水素又は炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基である。)
【請求項2】
トリメチレンメタン系配位子(L
1)の置換基Rが、水素、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基又はネオペンチル基のいずれかである請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
配位子Xは、イソシアニド配位子(L
2)であり、
R
1が、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基又はシクロヘキシル基、トリフルオロメチル基、又はペンタフルオロエチル基のいずれかである請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項4】
配位子Xは、アミン配位子(L
4)であり、
R
7~R
9の全てがメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、tert-ブチル基のいずれかであるか、
R
7、R
8がいずれもメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基又はtert-ブチル基のいずれかでありR
9が水素である、請求項1記載の化学蒸着用原料。
【請求項5】
有機ルテニウム化合物からなる原料を気化して原料ガスとし、前記原料ガスを
反応ガスと共に基板表面に導入しつつ加熱するルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記原料として請求項1又は請求項2記載の化学蒸着用原料を用い、前記反応ガスとして水素を用いる化学蒸着法。
【請求項6】
反応ガスとして還元性ガスを適用し、
原料ガスを前記反応ガスと共に基板表面に導入して加熱する
請求項5記載の化学蒸着法。
【請求項7】
還元性ガスは、水素、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸、アルコールのいずれかのガスである
請求項6記載の化学蒸着法。
【請求項8】
成膜温度を150℃以上350℃以下とする
請求項5~請求項7のいずれかに記載の化学蒸着法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学蒸着法(化学気相蒸着法(CVD法)、原子層蒸着法(ALD法))によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料に関する。詳しくは、分解温度が低く、適度な熱安定性を有する化学蒸着用原料に関する。
【背景技術】
【0002】
DRAM、FERAM等の半導体デバイスの配線・電極材料としてルテニウム又はルテニウム化合物からなる薄膜が使用されている。これらの薄膜の製造法としては、CVD法(化学気相蒸着法)、ALD法(原子層堆積法)といった化学蒸着法が適用されている。このような化学蒸着法で使用される原料(プリカーサー)として、多くの有機ルテニウム化合物が従来から知られている。
【0003】
化学蒸着用原料としての有機ルテニウム化合物としては、例えば、特許文献1には環状ジエニルであるシクロペンタジエニル又はその誘導体が配位する、化1に示すビス(エチルシクロペンタジエニル)ルテニウム(II)が開示されている。この有機ルテニウム化合物は、比較的古くから化学蒸着用の原料化合物として知られている。
【0004】
【0005】
また、シクロヘキサジエニルとカルボニルを配位子とする、化2の(1,3-シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウムも化学蒸着用原料としての有機ルテニウム化合物として有用である(特許文献3、非特許文献1)。
【0006】
【0007】
更に、ルテニウムに配位する配位子として、β-ジケトナト配位子が適用される有機ルテニウム化合物も有用である。例えば、特許文献2には、テトラメチルヘプタンジオナトとカルボニルが配位する、化3に示すジカルボニル-ビス(テトラメチルヘプタンジオナト)ルテニウムやβ-ジケトナト配位子として3つのアセチルアセトナトが配位する化4に示すトリス(アセチルアセトナト)ルテニウムも知られている。また、特許文献4には化5に示すジカルボニル-ビス(5-メチル-2,4-ヘキサンジケトナト)ルテニウムが開示されている。
【0008】
【0009】
【0010】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-281694号公報
【文献】米国特許第6303809号公報
【文献】米国特許第5962716号公報
【文献】特開2012-006858号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Materials Research Society Symposium B-materials, Processes, Intergration and Reliability in Advanced Interconnects formicro- and Nanoelectronics, 2007, 990. 0990-B08-01
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
化学蒸着用の有機ルテニウム化合物に要求される特性は、これまではルテニウム薄膜形成の可否・効率性や原料としての取り扱い性といった、薄膜形成における基本的特性が主体であった。化学蒸着法では、原料化合物を気化して原料ガスとし、これを基板に輸送して基板上で分解して薄膜を形成する方法である。このプロセスにおいては、原料化合物の速やかな気化が必要であるので、容易に気化して原料ガスとなる蒸気圧の高い気化特性を有する化合物が好適であるとされてきた。
【0014】
しかし、各種半導体デバイスにおける電極・配線の高密度化や高精細化に伴い、化学蒸着用原料となる有機ルテニウム化合物要求される特性も多様となっている。
【0015】
この要求特性として挙げられるものの一つが、成膜工程で使用できる反応ガスの適用範囲の拡充である。有機ルテニウム化合物は、加熱によって分解するため、単独でもルテニウムを析出することは可能ではある。但し、適切な成膜温度で化合物を分解し成膜速度を確保するため、原料と共に反応ガスを導入するのが一般的である。そして、この反応ガスとして酸素が使用されることが多い。しかし、次世代の半導体デバイスにおいては、薄膜及びその下地である基板の酸化防止が求められている。化学蒸着法による成膜の際に薄膜や基板が酸化することを防止するためには、水素等の還元性ガスを反応ガスとして使用することが好ましい。つまり、水素等の還元性ガスのもとでも高い反応性を有する有機ルテニウム化合物が求められる。
【0016】
上記した従来の有機ルテニウム化合物は、基本的な要求特性は満たしているものの、反応ガスの適用範囲の拡充や熱的安定性に関する要求への対応が困難である。例えば、化1の有機ルテニウム化合物は、蒸気圧が高いことに加え、常温で液体状態にあることから取り扱い性にも優れ、これまでの成膜条件のもとでは有用性のある有機ルテニウム化合物であった。しかし、この有機ルテニウム化合物は、酸素を反応ガスとして使用することが必須であり、基板の酸化防止の要求に応えることはできない。
【0017】
上記化2の有機ルテニウム化合物は、高蒸気圧の化合物であるので、従来の成膜条件のもとでは好適な化合物である。しかも、この有機ルテニウム化合物は、反応ガスとして水素ガスを使用することもできる。しかし、この有機ルテニウム化合物の場合、水素ガスとの反応性が十分でなく、熱的安定性の問題もある。熱的安定性が低い化合物は、基板表面以外で化合物の分解が生じ、原料を安定して供給することが困難であり、歩留まりが悪く取扱い性にも劣る。このため、適度に高い熱的安定性の有機ルテニウム化合物が求められている。
【0018】
上記の化3、化4および化5の有機ルテニウム化合物については、反応ガスの選択肢が比較的広範であり、水素ガスも一応は使用可能であるとされている。但し、これらの有機ルテニウム化合物は、配位子であるβ-ジケトナト配位子の構造中に酸素原子が含まれ、この酸素原子が金属原子であるルテニウムに直接配位している。酸素原子がルテニウム原子に直接配位する有機ルテニウム化合物の場合は、反応ガスの水素との反応性が十分でなく、その酸素原子がルテニウム薄膜に混入することがある。反応ガスとして酸素を使用する場合も、酸素がルテニウム薄膜に混入することがある。ルテニウム薄膜への酸素の混入については、特許文献2の中でも言及されており、ルテニウム薄膜中に酸素が3%程度含まれていることが明らかとなっている。ルテニウム薄膜中に混入した酸素は、比抵抗の増加など、電極材料特性に影響を及ぼす場合がある。更に、これらの有機ルテニウム化合物は、実際には水素ガスとの反応性が十分といえるものではないので、水素ガスのもとでの効率的な成膜には適していない。そのため、化3、化4および化5の有機ルテニウム化合物による成膜でも、酸素ガスが使用されることが多い。
【0019】
以上のように、これまでの有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料は、多様化する要求特性に対して必ずしも対応できるものではない。そこで本発明は、気化特性や取扱い性等の化学蒸着用原料としての基本特性について重視しつつ、水素ガス等の還元性ガスに対しても好適な反応性を有する共に、適切な熱的安定性を有する有機ルテニウム化合物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決する本発明は、化学蒸着法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、2価のルテニウムに、トリメチレンメタン系配位子(L1)、及び2つのカルボニル配位子と配位子Xが配位した下記化1の式で示される有機ルテニウム化合物からなる化学蒸着用原料である。
【0021】
【化6】
上記化1において、トリメチレンメタン系配位子(L
1)は下記の化2の式で示される。また、配位子Xは、下記の化3~化5の式で示されるイソシアニド配位子(L
2)、ピリジン配位子(L
3)、アミン配位子(L
4)、イミダゾール配位子(L
5)、ピリダジン配位子(L
6)、ピリミジン配位子(L
7)、ピラジン配位子(L
8)のいずれかである。
【0022】
【化7】
(上記式中、配位子L
1の置換基Rは、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキニル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上9以下のアリール基、のいずれかである。)
【0023】
【化8】
(上記式中、配位子L
2の置換基R
1は、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、または炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上9以下のアリール基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。)
【0024】
【化9】
(上記式中、配位子L
3の置換基R
2~R
6は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基若しくはフルオロアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、のいずれかである。)
【0025】
【化10】
(上記式中、配位子L
4の置換基R
7~R
9は、それぞれ、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基である。)
【0026】
【化11】
(上記式中、配位子L
5の置換基R
10は、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上8以下の環状アルキル基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。置換基R
11~R
13は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。)
【0027】
【化12】
(上記式中、配位子L
6の置換基R
14~R
17は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。)
【0028】
【化13】
(上記式中、配位子L
7の置換基R
18~R
21は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。)
【0029】
【化14】
(上記式中、配位子L
8の置換基R
22~R
25は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。)
【0030】
本発明に係る化学蒸着用原料を構成する有機ルテニウム化合物は、(1)配位子としてトリメチレンメタン系配位子(L1)を適用したことと、(2)2つのカルボニル配位子と配位子X(L2、L3、L4、L5、L6、L7、L8)と組み合わせを適用したこと、の2つの特徴により上記課題を解決する。以下、これらの特徴について詳細に説明する。
【0031】
(1)トリメチレンメタン系配位子の適用
本発明において、トリメチレンメタン系配位子とは、トリメチレンメタン(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)からなる配位子、及びトリメチレンメタンに置換基が導入されたトリメチレンメタン誘導体からなる配位子である(化7)。従来の化学蒸着用の有機ルテニウム化合物の配位子に対し、トリメチレンメタン系配位子は以下のような利点を有する。
【0032】
トリメチレンメタン系配位子の基本となるトリメチレンメタンは、炭素と水素とからなる炭素骨格の少ない三座配位子である。そのため、この配位子は、ルテニウム薄膜にとって不純物となり得る元素を含んでいない。特に、トリメチレンメタン系配位子は、特に、トリメチレンメタン系配位子は、β-ジケトナト配位子とは異なり、ルテニウムに直接配位し得る酸素原子を含まない。そして、後述のとおり水素ガスとの反応性が良好であるので、ルテニウム薄膜への酸素混入や下地基板の酸化が生じ難くなっている。本発明によれば、皮膜への酸素混入や基板の酸化を抑制し、高品質のルテニウム薄膜を成膜できる。
【0033】
また、トリメチレンメタン系配位子は、2価のルテニウムに配位する配位子である。これに対し、上記の化2のヘキサジエン等の配位子は、0価のルテニウムに配位する配位子である。ここで、2価のルテニウムによって構成される錯体は、0価のルテニウムで構成される錯体と対比したとき配位子との結合力が高くなる傾向がある。従って、本発明に係る有機ルテニウム化合物は、熱安定性が適度に高い化合物である。
【0034】
そして、高原子価(2価)のルテニウムを含む有機ルテニウム化合物は、水素ガスとの反応性が従来技術よりも向上している。よって、本発明に係る有機ルテニウム化合物は、反応ガスとして水素等の還元性ガスを適用することができる。
【0035】
本発明に係る有機ルテニウム化合物は、以上のような錯体の構造的利点及び水素等の還元性雰囲気における高い反応性を獲得することにより、基板及びルテニウム薄膜の品質の問題を解決する。そして、適度な熱安定性の確保によってロスのない効率的な成膜を可能とする。
【0036】
更に、本発明に係る有機ルテニウム化合物は、高蒸気圧という、化学蒸着用原料に前提的に要求される特性も良好である。有機ルテニウム化合物の蒸気圧は、配位子の分子量に対応する傾向がある。トリメチレンメタン系配位子は、炭素骨格の少ない低分子量の配位子である。そのため、後述するカルボニル配位子も低分子量であることと相俟って、蒸気圧が高く気化しやすい有機ルテニウム化合物を得ることが可能となる。
【0037】
以上のとおり、トリメチレンメタン系配位子を適用することで、水素ガスへの反応性を獲得すると共に、化学蒸着用原料の構成要素として好ましい諸特性を発揮し得る。
【0038】
本発明では、トリメチレンメタン系配位子として、トリメチレンメタンに加えてトリメチレンメタン誘導体を適用することができる。トリメチレンメタンに置換基を導入するのは、錯体構造に非対称性を付与することで、融点の低下や分解温度及び気化特性を適度に調整し得る可能性があるからである。融点の低下により、常温で液体状態の化学蒸着用原料とすることができる。そして、分解温度を適度に調整して適切な熱的安定性を得ることができ、気化特性の調整により効率的な成膜を行うことができる場合がある。即ち、トリメチレンメタン誘導体の適用により、化学蒸着材料としてより好ましい取扱い性と、安定的で効率的な成膜をするための熱安定性が発揮されることがある。
【0039】
本発明において、トリメチレンメタン系配位子としてトリメチレンメタン誘導体を適用するとき、その置換基Rは、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキニル基、炭素数2以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上9以下のアリール基、のいずれかである。より好ましくは、炭素数2以上4以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数5以上8以下の環状アルキル基、炭素数3以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルケニル基、炭素数3以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキニル基、炭素数3以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上8以下のアリール基のいずれかである。
【0040】
置換基Rについて、炭素と水素を主体とする上記の炭化水素基に限定するのは、ルテニウム薄膜にとって好ましくない酸素等の元素を化合物の構成元素から排除するためである。また、置換基Rの炭化水素基の炭素数を制限するのは、有機ルテニウム化合物の熱的安定性を考慮しつつ気化特性の好適化を図るためである。
【0041】
トリメチレンメタン系配位子の置換基Rは、具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基(2-methylpropyl)、sec-ブチル基(1-methylpropyl)、tert-ブチル基(1,1-dimethylethyl)、n-ペンチル基、イソペンチル基(3-methylbutyl)、ネオペンチル基(2,2-dimethylpropyl)、sec-ペンチル基(1-methylbutyl), tert-ペンチル基(1,1-dimethylpropyl)、n-ヘキシル基、イソヘキシル基(4-methylpentyl)、ネオヘキシル基(2,2-dimethylbutyl)、sec-ヘキシル基(1-methylpentyl)、tert-ヘキシル基(1,1-dimethylpentyl)、シクロヘキシル基、シクロヘキシルメタニル基、フェニル基である。より好ましくは、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、イソブチル基(2-methylpropyl),n-ペンチル基、イソペンチル基(3-methylbutyl), ネオペンチル基(2,2-dimethylpropyl)である。これらの具体例において、特に好ましい置換基Rは、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基又はネオペンチル基のいずれかである。
【0042】
(2)2つのカルボニル配位子と配位子Xとの組み合わせの適用
上述の従来技術における化2の化合物((1,3-シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム)を例として、化学蒸着用の有機ルテニウム化合物においてカルボニル配位子は、公知の配位子である。カルボニル配位子もルテニウムとの結合力が良好であり、錯体全体の熱安定性を向上することができる。また、カルボニル配位子も低分子量の配位子であり、化合物の気化特性を良好にすることができるという利点がある。但し、化2の化合物のように、従来技術ではカルボニル配位子を3つ配位させた化合物が一般的である。
【0043】
本発明では、従来化合物の3つのカルボニル配位子のうち、一つのカルボニル配位子を他の配位子Xに替えている。この2つのカルボニル配位子と配位子Xとの組み合わせを適用するのは、錯体構造に非対称性を付与するためである。錯体構造を非対称とすることで、熱分解性の適正化や反応ガス(水素ガス等)との反応性の向上を図ることを意図したからである。
【0044】
この配位子Xとしては、イソシアニド配位子(L2)、ピリジン配位子(L3)、アミン配位子(L4)、イミダゾール配位子(L5)、ピリダジン配位子(L6)、ピリミジン配位子(L7)、およびピラジン配位子(L8)のいずれかが適用される。上記した効果を考慮すると共に、適切な分子量の配位子を適用することで蒸気圧等の気化特性の調整がなされる。配位子Xとして適用される各配位子の具体的内容は、以下のとおりである。
【0045】
(2-1)イソシアニド配位子(L2)
イソシアニド配位子(L2)は、上記化8の式で示される配位子である。配位子L2の置換基R1は、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上9以下の環状アルキル基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数6以上9以下のアリール基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基である。配位子Xがイソシアニド配位子であるとき、配位子L2の置換基R1は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、シクロヘキシル基、トリフルオロメチル基、又はペンタフルオロエチル基のいずれかであることが好ましい。
【0046】
(2-2)ピリジン配位子(L3)
ピリジン配位子(L3)は、上記化9の式で示される配位子である。配位子L3の置換基R2~R6は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基若しくはフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、のいずれかである。配位子Xがピリジン配位子であるとき、R2~R6の全てが水素であるか、R2とR4とR6のいずれもがメチル基でR3とR5が水素であるか、R2とR3とR5とR6のいずれもが水素でR4がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基、メトキシ基、シアノ基、ニトロ基、のいずれかであるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0047】
(2-3)アミン配位子(L4)
アミン配位子(L4)は、上記化10の式で示される配位子である。配位子L4の置換基R7~R9は、それぞれ、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基である。配位子Xがアミン配位子であるとき、R7~R9の全てがメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基のいずれかであるか、R7、R8がいずれもメチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基又はtert-ブチル基のいずれかでありR9が水素であるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0048】
(2-4)イミダゾール配位子(L5)
イミダゾール配位子(L5)は、上記化11の式で示される配位子である。配位子L5の置換基R10は、水素、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数3以上8以下の環状アルキル基、炭素数1以上8以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。置換基R11~R13は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアミノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、のいずれかである。配位子Xがイミダゾール配位子であるとき、R10~R13の全てが水素であるか、R10がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基のいずれかで、R11~R13が水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、R10がメチル基、エチル基、イソプロピル基又はtert-ブチル基、トリフルオロメチル基のいずれかで、R11~R13がいずれも水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0049】
(2-5)ピリダジン配位子(L6)
ピリダジン配位子(L6)は、上記化12の式で示される配位子である。配位子L6の置換基R14~R17は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。配位子Xがピリダジン配位子であるとき、R14~R17の全てが水素であるか、R14がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基、フルオロ基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基のいずれかで、R15~R17が水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、R15がメチル基、エチル基、イソプロピル基又はtert-ブチル基のいずれかで、R14とR16とR17がいずれも水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、R15とR16のいずれもがメチル基でR14とR17のいずれもが水素であるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0050】
(2-6)ピリミジン配位子(L7)
ピリミジン配位子(L7)は、上記化13の式で示される配位子である。配位子L7の置換基R18~R21は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。配位子Xがピリミジン配位子であるとき、R18~R21の全てが水素であるか、R19とR20とR21のいずれもがメチル基でR18が水素であるか、R18がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロ基、フルオロ基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基のいずれかで、R19~R21が水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、R20がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロ基、フルオロ基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基のいずれかで、R18とR19とR21がいずれも水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0051】
(2-7)ピラジン配位子(L8)
ピラジン配位子(L8)は、上記化14の式で示される配位子である。配位子L8の置換基R22~R25は、それぞれ、水素、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルキル基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のフルオロアルキル基、フルオロ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のアルコキシ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のシアノ基、炭素数1以上5以下の直鎖若しくは分岐鎖のニトロ基のいずれかである。配位子Xがピラジン配位子であるとき、R22~R25の全てが水素であるか、R22がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基、フルオロ基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基のいずれかで、R23~R25が水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、R23がメチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基、フルオロ基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基のいずれかで、R22とR24とR25がいずれも水素、メチル基又はエチル基のいずれかであるか、のいずれかの場合が好ましい。
【0052】
(3)本発明の有機ルテニウム化合物の具体例
以上で説明した、トリメチレンメタン系配位子(L1)と配位子X(イソシアニド配位子(L2)、ピリジン配位子(L3)、アミン配位子(L4)、イミダゾール配位子(L5)、ピリダジン配位子(L6)、ピリミジン配位子(L7)、ピラジン配位子(L8))が配位した、本発明に係る有機ルテニウム化合物の具体例を以下に示す。尚、以下の具体例においてはトリメチレンメタン系配位子(L1)のRが水素の場合のみを記載するが、上記した置換基Rを有するトリメチレンメタン誘導体である場合も含み、且つこれらに限定されない。
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
次に、本発明に係る化学蒸着用原料を適用した、ルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法について説明する。本発明に係る化学蒸着法では、これまで説明した有機ルテニウム化合物からなる原料を、加熱することにより気化させて原料ガスを発生させ、この原料ガスを基板表面上に輸送して有機ルテニウム化合物を熱分解させてルテニウム薄膜を形成させるものである。
【0061】
この化学蒸着法における原料の形態に関し、本発明で適用される有機ルテニウム化合物は、蒸気圧が高いので容易に気化して原料ガスにすることができる。また、適宜の溶媒に溶解して、この溶液を加熱して原料ガスを得ることもできる。このときの原料の加熱温度としては、0℃以上150℃以下とするのが好ましい。
【0062】
気化した原料は、適宜のキャリアガスと合流して基板上に輸送される。本発明の有機ルテニウム化合物は、不活性ガス(アルゴン、窒素等)をキャリアガスとし、反応ガスを使用せずともルテニウムの成膜が可能である。但し、ルテニウム薄膜の効率的な成膜のためには、反応ガスの適用が好ましい。そのため、上記した原料ガスは、反応ガスと共に基板上に輸送されることが好ましい。
【0063】
原料ガスは反応ガスと共に反応器に輸送され、基板表面で加熱されルテニウム薄膜を形成する。本発明に係る化学蒸着用原料による成膜では、反応ガスとして水素等の還元性ガスを使用可能である。還元性ガスとしては、水素の他、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸、アルコール(メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール)等のガスが適用できる。
【0064】
また、本発明の有機ルテニウム化合物によるルテニウム薄膜等の成膜においては、酸化性ガス又は酸素含有反応剤のガスを反応ガスとすることもできる。上記の通り、酸素等の酸化性ガスは、基板の酸化や薄膜への酸素混入を生じさせ得るが、それらを懸念する必要がない場合には酸化性ガス等を反応ガスとすることで効率的な成膜が可能となる。また、本発明の有機ルテニウム化合物は、酸素等を反応ガスとしても比較的で酸化物を生じさせにくい傾向がある。よって、酸素等の酸化性ガスも反応ガスとして有用である。酸化性ガスとしては、酸素、オゾン等が使用できる。また、酸素含有反応剤とは、構成元素として酸素原子を含み、有機ルテニウム化合物の分解反応に活性を有する化合物である。酸素含有反応剤による反応ガスとしては、ガス状の水やアルコール等が挙げられる。
【0065】
成膜時の成膜温度は、150℃以上350℃以下とするのが好ましい。150℃未満では、有機ルテニウム化合物の分解反応が進行し難く、効率的な成膜ができなくなる。一方、成膜温度が350℃を超えて高温となると均一な成膜が困難となると共に、基板へダメージが懸念される等の問題がある。尚、この成膜温度は、通常、基板の加熱温度により調節される。
【発明の効果】
【0066】
以上の通り、本発明の有機ルテニウム化合物の配位子は、蒸気圧等の観点からも好適な構成である。従って、化学蒸着用原料に従来から要求されている気化特性も良好である。
【0067】
また、本発明に係る化学蒸着用原料を構成する有機ルテニウム化合物は、ルテニウムに配位する配位子の選定により、適度に高い熱安定性を有する。そして、水素ガス等による反応性も良好であり還元性ガスを反応ガスとして成膜可能である。本発明によれば、水素ガス等の還元性雰囲気で高品質で高効率のルテニウム薄膜の成膜が可能であり、基板の酸化と薄膜への酸素混入を高次元で抑制できる。以上から、本発明に係る化学蒸着用原料は、近年の高度に微細化された半導体デバイスの電極形成に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【
図1】実施例1の有機ルテニウム化合物のDSC曲線を示す図。
【
図2】実施例3の有機ルテニウム化合物のDSC曲線を示す図。
【
図3】実施例6の有機ルテニウム化合物のDSC曲線を示す図。
【
図4】参考例1の有機ルテニウム化合物のDSC曲線を示す図。
【
図5】比較例1の有機ルテニウム化合物のDSC曲線を示す図。
【
図6】実施例1および参考例1の各有機ルテニウム化合物のTG曲線を示す図。
【
図7】実施例1の有機ルテニウム化合物のTG-DTA曲線を示す図。
【
図8】実施例3の有機ルテニウム化合物のTG-DTA曲線を示す図。
【
図9】実施例6の有機ルテニウム化合物のTG-DTA曲線を示す図。
【
図10】第1実施形態(反応ガス:水素)で成膜した実施例1のルテニウム薄膜の膜厚方向断面を示すSEM像。
【
図11】第2実施形態(反応ガス:酸素)で成膜した実施例1のルテニウム薄膜の膜厚方向断面を示すSEM像。
【発明を実施するための形態】
【0069】
第1実施形態:以下、本発明における最良の実施形態について説明する。本実施形態では、本発明に係る有機ルテニウム化合物についての合成の可否を確認した。そして、合成した有機ルテニウム化合物についての物性評価を行い、更にルテニウム薄膜の成膜試験を行った。
【0070】
本実施形態で合成した有機ルテニウム化合物は、トリメチレンメタン系配位子(L1)をトリメチレンメタン(R=水素)とした。そして、配位子Xとして、イソシアニド配位子(L2)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例1~6)、ピリジン配位子(L3)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例7、8)、アミン配位子(L4)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例9)、イミダゾール配位子(L5)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例10、11)、ピリダジン配位子(L6)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例12)、ピリミジン配位子(L7)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例13)、およびピラジン配位子(L8)が配位した有機ルテニウム化合物(実施例14)の各種の有機ルテニウム化合物の合成の可否を確認した。
【0071】
[有機ルテニウム化合物の合成]
実施例1:テトラヒドロフラン700mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]16.8g(70.0mmol)と(2-イソシアノ-2-メチルプロパン)14.5g(75.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物7.89g(105mmol)を加え、60℃で12時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた残渣にn-ペンタンを加えて抽出し、得られた溶液を減圧留去した。得られた黄色固体を昇華精製することで、目的物として白色固体18.8g(63.8mmol)を得た(収率91%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0072】
【0073】
実施例2:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]1.0g(4.2mmol)と(2-イソシアノプロパン)0.50g(7.2mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物3.0g(9.2mmol)を加え、60℃で16時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた残渣にn-ペンタンを加えて抽出し、得られた溶液を減圧留去した。得られた固体をアルミナカラムにより精製することで、目的物として白色固体0.68g(2.5mmol)を得た(収率61%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0074】
【0075】
実施例3:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]1.0g(4.2mmol)と2-イソシアノブタン0.69g(8.4mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物3.0g(9.2mmol)を加え、60℃で18時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた残渣にn-ペンタンを加えて抽出し、得られた溶液を減圧留去した。得られた残渣をアルミナカラムにより精製することで、目的物として無色液体0.25g(0.84mmol)を得た(収率20%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0076】
【0077】
実施例4:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]1.0g(4.2mmol)とイソシアノシクロヘキサン0.87g(8.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物3.0g(9.2mmol)を加え、60℃で10時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた残渣にn-ペンタンを加えて抽出し、得られた溶液を減圧留去した。得られた残渣をアルミナカラムにより精製することで、目的物として白色固体0.55g(1.7mmol)を得た(収率41%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0078】
【0079】
実施例5:テトラヒドロフラン100mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]3.67g(15.3mmol)と3-イソシアノプロピオニトリル2.15g(26.8mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物2.0g(18.4mmol)を加え、60℃で12時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として白色固体2.38g(8.2mmol)を得た(収率53%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0080】
【0081】
実施例6:テトラヒドロフラン150mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]4.0g(15.0mmol)と3-(N-ジエチルアミノ)プロピオニトリル3.78g(30.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物1.70g(22.5mmol)を加え、60℃で18時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られたオイルをn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として無色液体3.03g(8.98mmol)を得た(収率60%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0082】
【0083】
実施例7:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]1.0g(4.2mmol)とピリジン3.3g(42mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物3.0g(9.2mmol)を加え、室温で18時間撹拌した。溶媒を減圧留去して得られた残渣をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色固体0.66g(2.3mmol)を得た(収率55%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0084】
【0085】
実施例8:テトラヒドロフラン25mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.60g(2.5mmol)と4-シアノピリジン0.52g(5.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.30g(3.8mmol)を加え、60℃で12時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色固体0.39g(1.3mmol)を得た(収率50%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0086】
【0087】
実施例9:テトラヒドロフラン25mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.66g(2.5mmol)とトリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.56g(5.0mmol)を加え60℃で1時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として白色固体0.27g(1.0mmol)を得た(収率40%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0088】
【0089】
実施例10:テトラヒドロフラン25mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.66g(2.5mmol)とイミダゾール0.34g(5.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.19g(2.5mmol)を加え、60℃で3時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色個体0.21g(0.75mmol)を得た(収率30%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0090】
【0091】
実施例11:テトラヒドロフラン50mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]1.2g(5.0mmol)と(1-エチルイミダゾール)1.44g(15mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.60g(7.5mmol)を加え、60℃で1時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた残渣をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色液体0.99g(3.2mmol)を得た(収率65%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0092】
【0093】
実施例12:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.66g(2.5mmol)とピリダジン0.40g(5.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.19g(5.0mmol)を加え、60℃で3時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色個体0.23g(0.80mmol)を得た(収率32%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【化33】
【0094】
実施例13:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.66g(2.5mmol)とピリミジン0.40g(5.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.19g(5.0mmol)を加え、60℃で3時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色個体0.22g(0.75mmol)を得た(収率30%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0095】
【0096】
実施例14:テトラヒドロフラン40mlを入れたフラスコに、[トリカルボニル-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム]0.66g(2.5mmol)とピラジン0.40g(5.0mmol)、トリメチルアミンN-オキサイド・2水和物0.19g(5.0mmol)を加え、60℃で3時間加熱した。溶媒を減圧留去して得られた固体をn-ヘキサンに溶解し、アルミナカラムによる精製を行った。得られた溶液を減圧留去すると、目的物として黄色個体0.22g(0.75mmol)を得た(収率30%)。本実施例における合成反応は、下記のとおりである。
【0097】
【0098】
以上の各実施例のとおり、本実施形態では、ルテニウムにトリメチレンメタン系配位子(L1)と各種の配位子X(イソシアニド配位子(L2)、ピリジン配位子(L3)、アミン配位子(L4)、イミダゾール配位子(L5)、ピリダジン配位子(L6)、ピリミジン配位子(L7)、ピラジン配位子(L8))が配位した有機ルテニウム化合物の合成が可能であることが確認できた。
【0099】
[物性評価]
本実施形態で製造した有機ルテニウムのうち、実施例1(ジカルボニル-(2-イソシアノ-2-メチルプロパン)-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム:配位子X=L2、R1=tert-ブチル)、実施例3(ジカルボニル-(2-イソシアノ-2-ブチル)-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル:配位子X=L2、R1=sec-ブチル基)、実施例6(ジカルボニル-(2-イソシアノ-2メチル)-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム:配位子X=L3、R2~R6の全てが水素)の有機ルテニウム化合物について、熱安定性及び気化特性の評価を行った。
【0100】
また、この実施形態では、上記各実施例との対比のため、参考例1として、トリメチレンメタン系配位子(L1)としてトリメチレンメタン(R=水素)が配位すると共に、カルボニル基が3つ配位した(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)トリカルボニルルテニウムを下記のとおり合成した。
【0101】
参考例1:トリカルボニル-ジクロロルテニウムダイマー50.0g(97.5mmol)をテトラヒドロフラン1700mlに懸濁し、3-クロロ-2-(クロロメチル)-1-プロペン 29.2g(231.6mmol)のテトラヒドロフラン溶液300mlを加えた。削状マグネシウム19.7g(800mmol)をゆっくりと加え、その後室温で3時間撹拌した。反応混合物にメタノール5mLを加えクエンチし、溶媒を減圧留去した。得られた残渣をペンタン30mLで3回抽出し、溶媒を減圧留去した。得られたオイルを昇華精製することで、目的物として無色液体16.3g(68.3mmol)を得た(収率35%)。合成反応は、下記のとおりである。
【0102】
【0103】
熱安定性の検討
熱安定性の評価は、示差走査熱量測定(DSC)で分解開始温度を測定することで行った。DSCは、測定装置として、NETZSCH社製 DSC3500-ASCにて、サンプル重量1.0mg、キャリアガスを窒素として、走査速度5℃/minとして-50℃~400℃まで測定した。
【0104】
この検討では、上記で従来技術として挙げた(1,3-シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(化2)についてもDSCを行った(比較例1)。DSCによって測定される各有機ルテニウム化合物の分解温度は下記表1のとおりである。また、実施例1、実施例3、実施例6、参考例1、比較例1の有機ルテニウム化合物のDSCの結果を
図1~
図5に示す。
【0105】
【0106】
上記のとおり、比較例1である(1,3-シクロヘキサジエン)トリカルボニルルテニウム(化2)の分解温度は190.1℃である。これに対して実施例1、3、6の有機ルテニウム化合物の分解温度は200℃以上であり、比較例よりも熱安定性が高いといえる。尚、参考例1の有機ルテニウム化合物も、比較例1よりも分解温度が高く、熱安定性の観点では良好であるといえる。
【0107】
気化特性の検討
次に、実施例1、3、6と参考例1の有機ルテニウム化合物について、熱重量-示唆熱分析(TG-DTA)を用いて気化特性の比較検討を行った。TG-DTAは、BRUKER社製TG-DTA2000SAにて、サンプル重量5mgをアルミニウム製セルに充填し、窒素雰囲気下にて、昇温速度5℃/min、測定温度範囲室温~500℃にて、熱量および重量変化を観察した。実施例1と参考例1の有機ルテニウム化合物のTG曲線を比較したものを
図6に示す。また、実施例1、実施例3、実施例6のTG-DTAの結果を
図7~
図9に示す。
【0108】
参考例1の有機ルテニウム化合物(カルボニル配位子が3配位)は、常温付近で測定の開始でほぼ同時に気化をしている。参考例1の有機ルテニウム化合物は、蒸気圧が高いといえるが、高過ぎるともいえる。つまり、参考例1の有機ルテニウム化合物は、熱安定性については良好であるといえるが、気化特性(蒸気圧)の観点ではやや難点があるといえる。
【0109】
これに対して実施例1の有機ルテニウム化合物(配位子X=イソシアニド配位子)は、60℃付近まで気化が抑制されて安定している。また、TG曲線の傾きをみると、実施例1は、速やかな気化が生じている。この結果より、参考例のカルボニル配位子のみ配位した化合物に、配位子X(イソシアニド配位子)を導入することで、気化特性の調整がなされたといえる。実施例1は、室温環境下における気化が抑制され、化学蒸着用原料の成膜時における温調管理や品質管理がさらに容易になると考えられる。また、実施例1は、成膜時には速やかな気化が生じ、容易に気化して原料ガスとなる。
【0110】
実施例3、6に関しても、常温での気化はなく、加熱することで容易に気化することが確認された。
【0111】
[成膜試験]
本実施形態の実施例1の有機ルテニウム化合物(ジカルボニル-(2-イソシアノ-2-メチルプロパン)-(η4-メチレン-1,3-プロパンジイル)ルテニウム)について成膜試験を行い、その成膜性について検討を行った。また、対比のため、従来の化学蒸着用原料であるジカルボニル-ビス(5-メチル-2,4-ヘキサンジケトナト)ルテニウム(化5.特許文献4)についての成膜試験も行った(比較例2)。
【0112】
本実施形態に係る有機ルテニウム化合物を原料として、CVD装置(ホットウォール式CVD成膜装置)によりルテニウム薄膜を形成させた。成膜条件は下記の通りである。
【0113】
基板材質:Si
キャリアガス(窒素ガス):10sccm、200sccm
反応ガス(水素ガス):10sccm、200sccm
成膜圧力:50torr
成膜時間:15min、30min
成膜温度:260℃、250℃
【0114】
上記条件でルテニウム薄膜を成膜し、膜厚と抵抗値を測定した。ルテニウム薄膜の膜厚は、日立ハイテクサイエンス社製 EA1200VXを用いたXRF(X線反射蛍光法)の結果から、複数箇所の膜厚を測定し、その平均値を算出した。また、抵抗値は、4探針法にて測定した。この測定の結果を表2に示す。
図10には、実施例1のルテニウム薄膜の膜厚方向断面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した結果を示す。
【0115】
【0116】
図10に示す通り、実施例1の有機ルテニウム化合物によって、表面が平滑で均一なルテニウム薄膜が形成されていることが確認できる。本発明に係る有機ルテニウム化合物は、反応ガスである水素との反応性が高く、効率的な成膜を可能とする。成膜試験の結果について、従来の化学蒸着用原料である比較例2と本発明とを対比する。本発明は、比較例2よりも反応ガスの水素との反応性が高く、短時間で十分な膜厚のルテニウム薄膜が形成されており、効率的な成膜が可能である。
【0117】
また、薄膜の品質に関してみると、比較例2と比較して、比抵抗が格段に低い高品質なルテニウム薄膜であることが確認できる。比較例2の化合物と異なり、本発明の有機ルテニウム化合物は、ルテニウムに直接配位し得る酸素原子を含まず、水素等との反応性が良好である。そのため、ルテニウム薄膜への酸素混入のおそれが少なく、比抵抗の低い高品質のルテニウム薄膜を成膜できる。
【0118】
第2実施形態:本実施形態では、第1実施形態の実施例1と比較例2の有機ルテニウム化合物を原料とし、反応ガスとして酸素を適用してルテニウム薄膜の成膜試験を行った。成膜は、第1実施形態と同じCVD装置(ホットウォール式CVD成膜装置)を使用した。成膜条件は下記の通りである。
【0119】
基板材質:Si
キャリアガス(窒素ガス):50sccm
反応ガス(酸素ガス):10sccm
成膜圧力:2torr
成膜時間:30min
成膜温度:260℃、250℃
【0120】
上記条件でルテニウム薄膜を成膜し、膜厚と抵抗値を測定した。ルテニウム薄膜の膜厚及び抵抗値の測定方法は第1実施形態と同様である。この測定の結果を表3に示す。また、
図11に、実施例1のルテニウム薄膜のSEM像を示す。
【0121】
【0122】
表3及び
図11から、実施例1の有機ルテニウム化合物は酸素を反応ガスとしてもルテニウム薄膜を成膜できることが分かる。本実施形態でも、表面が平滑で均一なルテニウム薄膜が形成されている。また、実施例1の有機ルテニウム化合物は、比較例2の有機ルテニウム化合物に対して成膜速度が高いので効率的な成膜を可能とする。そして、実施例1によるルテニウム薄膜は、比較例2によるルテニウム薄膜と比較して比抵抗も低く高品質な被膜であるといえる。この比抵抗の差に関しては、実施例1の有機ルテニウム化合物によれば、酸素を反応ガスとしてもルテニウム酸化物の生成が抑制されているためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本発明に係る化学蒸着用の原料を構成する有機ルテニウム化合物は、熱安定性が高く、反応ガスとして水素等の還元性ガスを適用してもルテニウム薄膜の成膜が可能である。また、酸素を反応ガスとしても良好なルテニウム薄膜の成膜が可能である。本発明に係る化学蒸着用原料は、好適な蒸気圧を有し取扱性も良好である。本発明は、DRAM等の半導体デバイスの配線・電極材料としての使用に好適である。