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特許7372647α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物
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  • 特許-α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物 図1
  • 特許-α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20231025BHJP
   C12P 7/6427 20220101ALI20231025BHJP
   A23L 33/14 20160101ALI20231025BHJP
   A23L 33/12 20160101ALI20231025BHJP
   A23K 10/16 20160101ALI20231025BHJP
   C12N 15/81 20060101ALI20231025BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20231025BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12P7/6427
A23L33/14
A23L33/12
A23K10/16
C12N15/81 Z
C12N15/53
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019120571
(22)【出願日】2019-06-27
(65)【公開番号】P2021006015
(43)【公開日】2021-01-21
【審査請求日】2022-05-24
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】真野 潤一
(72)【発明者】
【氏名】小竹 英一
(72)【発明者】
【氏名】都築 和香子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
(72)【発明者】
【氏名】楠本 憲一
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-507472(JP,A)
【文献】特開2006-055104(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0050838(US,A1)
【文献】Yeast,2006年,Vol.23,pp.605-612
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母において、同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターで制御される、α-リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物であって、
ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母がクリベロマイセス属酵母であり、
同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、
酵母またはその培養物
【請求項2】
ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母において、同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターで制御される、リノール酸の産生量に対するα-リノレン酸の産生量の比率が向上した酵母またはその培養物であって、
ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母がクリベロマイセス属酵母であり、
同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、
酵母またはその培養物
【請求項3】
酵母が、食品安全性または飼料安全性を有する酵母である、請求項1または2記載の酵母またはその培養物。
【請求項4】
酵母が、クリベロマイセス・ラクティスである、請求項1~3のいずれか一項記載の酵母またはその培養物。
【請求項5】
脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2のアミノ酸配列に対して95%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、請求項1~4のいずれか一項記載の酵母またはその培養物。
【請求項6】
高発現プロモーターが、LAC4プロモーターである、請求項1~5のいずれか一項記載の酵母またはその培養物。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項記載の酵母またはその培養物を含む、食品または飼料。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項記載の酵母またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物。
【請求項9】
以下を含む、α-リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法:
(i)食用性物質と、請求項1~6のいずれか一項記載の酵母またはその培養物もしくは請求項8記載の組成物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
【請求項10】
食用性物質が、乳、乳加工物、またはそれらの廃棄物である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
食用性物質が、ラクトースを含む、請求項9または10記載の方法。
【請求項12】
食用性物質が、ホエイを含む、請求項9~11のいずれか一項記載の方法。
【請求項13】
以下を含む、α-リノレン酸の製造方法:
(i)ラクトース供給源と、請求項1~6のいずれか一項記載の酵母またはその培養物もしくは請求項8記載の組成物とを接触させる工程;および
(ii)ラクトース供給源を発酵させる工程。
【請求項14】
請求項7記載の飼料を動物(但し、ヒトを除く)に給与して飼育しα-リノレン酸を高含有させることを含む、畜産物または水産物の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子組換え技術を利用してヤロウィア属の微生物を改良し、α‐リノレン酸を生産する技術が報告されている(特許文献1)。また、クリベロマイセス属微生物の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子をサッカロマイセス属微生物に導入して、α‐リノレン酸を生産する方法が報告されている(非特許文献1)。クリベロマイセス属酵母を飼料として利用できることが報告されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4916886号公報
【文献】国際公開第2017/036294号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Kainou K. et al. Yeast 23, 605-612, 2006.
【文献】Djousse L et al,Hypertension.45,368-373,2005.
【文献】矢澤一良 食品科学工学会誌、43、1、1231-1237、1996年
【文献】Simopoulos A.P.Biomed Pharmacother、56、8、365-379、2002.
【文献】Kirubakaran A et al. Poult Sci. 90,1,147-156,2011.
【文献】Corino C et al. Meat Sci.98,4,679-688,2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、国際的に環境問題への関心が高まっており、資源循環型社会の実現に期待が寄せられている。乳製品製造後に大量に排出されるホエイなどの廃棄物の有効活用が求められている。一方、オメガ3脂肪酸の健康機能性が注目されており、その一つであるα‐リノレン酸を多く含む飼料や食品の生産が求められている。食品や飼料に使用した経験のある微生物で、ホエイの主要成分であるラクトースから直接、α‐リノレン酸を効率よく生産できる微生物の報告はない。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、飼料または食品として使用することができるクリベロマイセス属酵母のα‐リノレン酸生産能力をセルフクローニングで大幅に高められることを明らかにした。セルフクローニングとは、宿主と同属同種の微生物のDNAをそのまま、もしくは、複数を組み合わせて、宿主の細胞に導入することである。セルフクローニングで改良した微生物は、遺伝子組換えに関する安全性審査を受ける必要はないことから、費用をかけることなく速やかに産業利用することが可能である。クリベロマイセス属などの酵母のセルフクローニング株をラクトースを含む廃棄物を用いて培養することで、廃棄物を有効活用し、かつ、α‐リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を生産することができる。このα-リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を飼料として用いることで、α‐リノレン酸を多く含む健康機能性の高い畜産物または水産物を生産することができる。また、α‐リノレン酸を多く含む微生物菌体またはその培養物を直接、健康機能性の高い食品として利用することもできる。
【0007】
すなわち、本発明は以下を包含する。
〔1〕ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母において、同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターで制御される、α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物。
〔2〕ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母において、同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターで制御される、リノール酸の産生量に対するα‐リノレン酸の産生量の比率が向上した酵母またはその培養物。
〔3〕酵母が、食品安全性または飼料安全性を有する酵母である、〔1〕または〔2〕の酵母またはその培養物。
〔4〕酵母が、クリベロマイセス属酵母である、〔1〕~〔3〕のいずれかの酵母またはその培養物。
〔5〕脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む、〔1〕~〔4〕のいずれかの酵母またはその培養物。
〔6〕高発現プロモーターが、LAC4プロモーターである、〔1〕~〔5〕のいずれかの酵母またはその培養物。
〔7〕〔1〕~〔6〕のいずれかの酵母またはその培養物を含む、食品または飼料。
〔8〕〔1〕~〔6〕のいずれかの酵母またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物。
〔9〕以下を含む、α‐リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法:
(i)食用性物質と、〔1〕~〔6〕のいずれかの酵母またはその培養物もしくは〔8〕の組成物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
〔10〕食用性物質が、乳、乳加工物、またはそれらの廃棄物である、〔9〕の方法。
〔11〕食用性物質が、ラクトースを含む、〔9〕または〔10〕の方法。
〔12〕食用性物質が、ホエイを含む、〔9〕~〔11〕のいずれかの方法。
〔13〕以下を含む、α‐リノレン酸の製造方法:
(i)ラクトース供給源と、〔1〕~〔6〕のいずれかの酵母またはその培養物もしくは〔8〕の組成物とを接触させる工程;および
(ii)ラクトース供給源を発酵させる工程。
〔14〕〔7〕の飼料を動物(但し、ヒトを除く)に給与して飼育しα‐リノレン酸を高含有させることを含む、畜産物または水産物の生産方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、飼料または食品として安全に使用できるα‐リノレン酸高含有微生物菌体またはその培養物を生産することができる。ラクトースもしくはそれを含むホエイからα‐リノレン酸高含有微生物菌体を生産し、飼料または食品として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、ラクトースで培養したクリベロマイセス・ラクティスGG799株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の菌体の脂肪酸組成を分析したガスクロマトグラフである。
図2図2は、ホエイで培養したクリベロマイセス・ラクティスGG799株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の菌体の脂肪酸組成を分析したガスクロマトグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0011】
本発明は、α‐リノレン酸産生能が向上した酵母(以下、「微生物」と呼ぶこともある)またはその培養物に関する。このような微生物を培養すると、α‐リノレン酸の含有量が多い微生物菌体を製造することができる。より具体的には、本発明の微生物またはその培養物は、ラクトース代謝経路および脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む酵母において、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターで制御される、α‐リノレン酸産生能が向上した酵母またはその培養物である。脂肪酸不飽和化酵素遺伝子は、同属同種の微生物由来の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子(例、その微生物のゲノム中に存在する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子)である。
【0012】
本発明において、α‐リノレン酸を生産するために用いる微生物(酵母)は、食品安全性または飼料安全性を有する酵母であることが好ましい。食品安全性または飼料安全性を有する酵母としては、例えば、食品または飼料として安全に使用された経験がある酵母が挙げられる。このような酵母としては、クリベロマイセス属の酵母が挙げられる。クリベロマイセス属の酵母として、より具体的には、例えば、クリベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)、クリベロマイセス・マルキシアヌス(Kluyveeromyces marxianus)、クリベロマイセス・フラジリス(Kluyveromyces fragilis)が挙げられる。
【0013】
酵母、特に、クリベロマイセス属の酵母は、一般的にα-リノレン酸生産能力が高い種類の微生物ではないので、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が存在していても、その発現量は一般的に低い。そこで、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を高発現プロモーターで制御されるように微生物を改変することで、微生物が元来もつα‐リノレン酸生産能力が大幅に高められる。高発現プロモーターとしては、同属同種の微生物由来の高発現プロモーターを用いる。このことにより、改変微生物は、遺伝子組換えに関する安全性審査を受ける必要がなく、食品または飼料の用途に用いることができる。同属同種の微生物由来のゲノム領域(例、プロモーター、コード領域、3’非翻訳領域)での微生物の改変を「セルフクローニング」と呼ぶことがある。
【0014】
本発明におけるセルフクローニングとは、宿主(組換えDNA技術において,DNAが移入される生細胞をいう。以下同じ。)と分類学上同一の種に属する微生物のDNAのみを用いて宿主の性質を変化させることである。遺伝子組換え生物の飼料や食品としての利用や環境放出に関する安全性審査のためには、入念かつ大量に実験データを用意する必要があるとともに、審査に長期間を要することから、莫大なコストが必要である。しかし、法令等〔(1)組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続(抄)(平成12年厚生省告示第233号)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/1_11.pdf、(2)飼料及び飼料添加物の成分規格等に関する省令http://www.famic.go.jp/ffis/feed/hourei/sub1_seibunkikaku.html、(3)遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律施行規則(平成15年財務省、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省、環境省令第1号)http://www.env.go.jp/press/files/jp/108458.pdf〕に示されているように、セルフクローニングで改良された微生物は、遺伝子組換え生物の安全性審査を受けることなく、産業利用することが可能であり、安全性審査のためのコストを必要としない。また、遺伝子組換え微生物を産業利用する場合には、培養後に入念に滅菌処理を行う必要があり、そのために多大なコストを要する。一方、セルフクローニングで改良された微生物は、非遺伝子組換えの微生物として扱うことができるため、滅菌処理のコストを必要としない。
【0015】
セルフクローニングとしては、例えば、微生物ゲノム上の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のプロモーター領域の同属同種の微生物に由来する高発現プロモーターでの置換または挿入、微生物ゲノム上の高発現プロモーター下流領域への脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の置換または挿入、宿主と同属同種の微生物に由来する高発現プロモーターと宿主と同属同種の微生物に由来する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を組み合わせた遺伝子発現カセット(選抜マーカー遺伝子が結合されていてもよい)の微生物(例、クリベロマイセス属酵母)の細胞への導入が挙げられる。セルフクローニングの手段としては、例えば、相同組換え、ゲノム編集(例、CRISPR-Cas9、TALEN)、ベクター導入が挙げられる。
【0016】
脂肪酸不飽和化酵素遺伝子としては、例えば、FAD3、D15D等のω‐3デサチュラーゼ等をコードする遺伝子が挙げられる。脂肪酸不飽和化酵素遺伝子としては、例えば、配列番号2のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列、または、配列番号2のアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有し、かつ脂肪酸不飽和化活性を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を含む遺伝子が挙げられる。このような同一性は、例えば、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.5%以上が挙げられる。脂肪酸不飽和化酵素遺伝子は、用いる微生物の種に対応する脂肪酸不飽和化酵素(例、FAD3タンパク質)をコードする遺伝子であってもよい。脂肪酸不飽和化活性としては、例えば、リノール酸(C18:2)をα‐リノレン酸(C18:3)に変換する活性が挙げられる。
【0017】
本発明におけるセルフクローニングによる改良は、例えば、宿主と同属同種の生物に由来する高発現プロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とを組み合わせた遺伝子発現カセットを細胞内に存在させることで達成することができる。例えば、発現プロモーターは、クリベロマイセス属の場合、LAC4プロモーターを使用してもよい。発現カセットが細胞内に導入された株を選抜するために、高発現プロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現カセットとともに宿主と同属同種の生物に由来するマーカー遺伝子を接続して、宿主に導入してもよい。例えば、マーカー遺伝子には、オロチジン5’-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(URA3遺伝子)を用いてもよい。また、クリベロマイセス属以外に由来するマーカー遺伝子を用いる場合には、高発現プロモーターと脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の発現カセットとともに宿主に導入したのちに、相同組換えやCreリコンビナーゼによって導入したマーカー遺伝子をゲノムから除去してもよい。
【0018】
本発明におけるα‐リノレン酸とは、9,12,15-オクタデカトリエン酸のことであり、細胞内に含まれる形態は、トリアシルグリセロールやリン脂質に含まれるエステル体、もしくは、遊離脂肪酸であってもよい。
【0019】
本発明の微生物は、ラクトース代謝経路および脂肪酸合成経路を含むので、乳関連物(例、ホエイ)等のラクトース含む物質の存在下で培養することにより、ラクトースを代謝して、α‐リノレン酸の前駆物質であるC18脂肪酸(例、リノール酸(C18:2))を産生する。そして、セルフクローニングにより強化された脂肪酸不飽和化酵素の作用により、リノール酸(C18:2)がα‐リノレン酸(C18:3)に変換され、α‐リノレン酸が微生物中に高含有量で蓄積される。
【0020】
本発明の酵母を培養することで、α-リノレン酸の含量が高い微生物菌体を調製することができる。特に、廃棄物、より好ましくは、ラクトースを含むホエイなどの廃棄物からα-リノレン酸の含量が多いクリベロマイセス属酵母菌体を製造することができる。
【0021】
本発明においてセルフクローニングで改良されたクリベロマイセス属の酵母は、好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα‐リノレン酸が15%以上を占めることができる。より好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα‐リノレン酸が20%以上を占めることができる。より好ましくは、菌体に含まれる総脂肪酸のうちα‐リノレン酸が30%以上を占めることができる。
【0022】
本発明の酵母が、クリベロマイセス属酵母である場合、クリベロマイセス属酵母の菌株は、クリベロマイセス属微生物の公知の培養条件に従って培養することができる。また、ラクトースを含む食品廃棄物を栄養源として培養することができる。培養にあたり、培地は液体であっても固体であってもよい。
【0023】
α‐リノレン酸を生産する目的でクリベロマイセス属の酵母を培養するために用いる培地は、炭素源を含む。炭素源としては、以下に限定されないが、グルコース、スクロース、ラクトース、セロビオース、アラビノース、マルトース、グリセロール、トリアシルグリセロール、遊離脂肪酸を含むことができる。また、ラクトース、もしくは、それを含むホエイなどの廃棄物を、直接、もしくは、ほかの物質と混合することで培地として利用することができる。
【0024】
上記培地は、炭素源に加えて、通常は窒素源及び無機塩類を含み、さらに必要に応じてビタミン類、アミノ酸、微量元素等を含んでもよい。無機塩類としては、ナトリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等を使用することができる。好ましい一実施形態では、上記培地は、ラクトース、Yeast nitrogen base、硫酸アンモニウムを少なくとも含む。但し培地組成は、微生物の培養に適切なものであれば特に限定されない。
【0025】
培養は、本発明の酵母(例、クリベロマイセス属酵母)の通常の培養条件で行うことができる。例えば、クリベロマイセス属の酵母は、4℃~45℃、好ましくは25℃~40℃で培養することができる。クリベロマイセス属の酵母を培養する培地のpHは3~10が好ましい。
【0026】
α‐リノレン酸の生産のためには、本発明の酵母(例、クリベロマイセス属の酵母)の培養は、培養液中で通気攪拌しながら培養することが好ましく、典型的には数時間~10日、好ましくは24時間以上である。
【0027】
上記のようにして本発明の酵母(例、クリベロマイセス属の酵母)を培養することにより、上記α‐リノレン酸が生成され菌体中に蓄積される。
【0028】
本発明はまた、上述した酵母またはその培養物を含む、食品または飼料を提供する。本発明の食品または飼料の種類は、特に限定されず、α‐リノレン酸の高含有化による付加価値を付与したい食品または飼料を広く対象とすることができる。
【0029】
本発明はまた、上述した酵母またはその培養物を含む、食用性物質発酵用組成物を提供する。本発明の食用性物質発酵用組成物を食用性物質に適用させて発酵することにより、α‐リノレン酸を多く含む食品または飼料を製造することができる。
食用性物質発酵用組成物は、上述した酵母またはその培養物を含めばよく、任意成分(例えば、保存剤、発酵促進剤等)をさらに含んでもよい。酵母は、乾燥酵母であってもよい。食用性物質発酵用組成物の製造方法は、特に限定されないが、従来の製造方法によればよい。
【0030】
食用性物質は、酵母(例、クリベロマイセス属の酵母)の発酵原料となり得るものであればよく、例えば、乳関連物(乳、乳加工物、またはそれらの廃棄物)であり、例えば、ラクトースを含み、例えば、ホエイを含むが、特に限定されない。ラクトースを多く含み、かつ乳または乳加工物の廃棄物として供給量が豊富である観点から、ホエイが好ましい。
【0031】
本発明はまた、α‐リノレン酸を高含有量で含む食品または飼料の製造方法を提供する。このような方法は、以下を含む:
(i)食用性物質と、上述した酵母またはその培養物とを接触させる工程;および
(ii)食用性物質を発酵させる工程。
【0032】
工程(i)は、工程(ii)で行う発酵を行うための環境を準備する工程である。食用性物質と、上述した酵母またはその培養物とを接触させる方法としては、例えば、食用性物質と微生物またはその培養物とを容器に同時に又は順次添加し、必要に応じて撹拌、混合する方法が挙げられるが、特に限定されない。食用性物質については上述のとおりである。食用性物質と酵母またはその培養物のそれぞれの使用量は、発酵が可能な量であればよく、特に限定されない。食用性物質は、1種類の食用性物質でもよいし、2種以上の食用性物質の組み合わせでもよい。
【0033】
工程(ii)は、工程(i)で準備した発酵環境の下、発酵を行う工程である。発酵条件は、特に限定されないが、使用する微生物が発酵を行いα‐リノレン酸を生産できる条件が好ましい。工程(ii)における発酵後、発酵産物にはα‐リノレン酸が含まれているので、必要に応じて精製、その他最終製品として必要な加工を施し、所望のα‐リノレン酸を含む食品または飼料を得ることができる。
【0034】
本発明はまた、α‐リノレン酸の製造方法を提供する。このような方法は、以下を含む:
(i)ラクトース供給源と、上述した酵母またはその培養物とを接触させる工程;および
(ii)ラクトース供給源を発酵させる工程。
【0035】
(i)、(ii)とも、食用性物質の代わりにラクトース供給源を用いること、生産物がα‐リノレン酸であることのほかは、上述の食品または飼料の製造方法と同様である。ラクトース供給源とは、ラクトースを含む物質であればよく、上述した食用性物質が好ましい。工程(ii)における発酵後、発酵産物にはα‐リノレン酸が含まれているので、必要に応じて精製、その他最終製品として必要な加工を施し、所望の純度のα‐リノレン酸を得ることができる。
【0036】
本発明の方法では、好ましくは、このようにして生成されたクリベロマイセス属の酵母菌体を遠心分離やろ過によって回収し、それを飼料や食品として利用することができる。例えば、クリベロマイセス属酵母は、食用酵素の製造に利用されており、食品として利用できる安全な微生物である。上記のセルフクローニングで改良されたクリベロマイセス属微生物もこのように食品の一部として利用することができる。また、クリベロマイセス属酵母は飼料の生産にも利用されている(特許文献2)。上記のセルフクローニングで改良されたクリベロマイセス属の酵母も、このように飼料として利用することができる。
【0037】
クリベロマイセス属の酵母菌体内のα‐リノレン酸は菌体から抽出して使用してもよい。また、培養物(例、培養液)から菌体を分離することなく、培養物全体を飼料や食品として利用することもできる。
【0038】
α‐リノレン酸を含む食品を摂取することで、高血圧の抑制効果が期待できる(非特許文献2)。また、α‐リノレン酸を人が食品として摂取した場合、エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸の前駆体として働くことから、これらの脂肪酸の健康効果として知られている血中の中性脂肪の低減効果なども期待できる(非特許文献3)。こうしたオメガ3脂肪酸の健康効果は、リノール酸に代表されるオメガ6脂肪酸とα‐リノレン酸に代表されるオメガ3脂肪酸の摂取比率に依存していることが報告されている(非特許文献4)。また、α‐リノレン酸を多く含む飼料を動物に与えることで、畜産物にα‐リノレン酸が蓄積されることが明らかとなっている(非特許文献5、6)。すでに、α‐リノレン酸を飼料として用いて動物を生育させることで、α‐リノレン酸高含有畜産物が実際に販売されている。これと同様に、上記のセルフクローニングで改良されたクリベロマイセス属の酵母を飼料として利用することで、α‐リノレン酸が動物の組織内に移行し、健康機能性が高い畜産物、水産物(畜産・水産利用品(加工肉、乳製品)を含む)を生産することができる。
【実施例
【0039】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0040】
[実施例1]α‐リノレン酸の生産に関与する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の選定
クリベロマイセス属微生物としてK.lactis Protein Expression Kit(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)に含まれているKluyveromyces lactis GG799株を使用した。GG799株のゲノムの塩基配列情報はGenbankに登録されている。この情報の中から、α‐リノレン酸の生合成に直接関与する脂肪酸不飽和化酵素遺伝子が配列番号1の塩基配列を有すると推定した。この遺伝子のコードするアミノ酸配列は、配列番号2に示した。
【0041】
[実施例2]脂肪酸不飽和化酵素遺伝子発現カセットを含むDNA断片の調製
(クリベロマイセス属微生物培養用培地の組成)
酵母エキス(粉末;Difco Laboratories)1%、ペプトン(Difco Laboratories)2%、D-グルコース(和光純薬工業)2%を純水に溶かしたものをYPD培地とした。
【0042】
(クリベロマイセス属微生物由来脂肪酸不飽和化酵素遺伝子ゲノムDNA断片の調製)
YPD液体培地をプラスチックチューブに添加し、GG799株を培養し、得られた菌体からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出には、ISOPLANT(株式会社ニッポンジーン)を使用した。得られたゲノムDNAを鋳型として配列番号4および5のヌクレオチド配列からなるプライマーでPCRを行い、配列番号1の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を増幅した。これらのPCR断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kit(株式会社キアゲン)を用いてDNA断片を精製した。これらを脂肪酸不飽和化酵素遺伝子精製断片とした。
【0043】
(ベクター断片の調製)
また、クリベロマイセス用形質転換ベクターにはpKLAC2(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)を用いた。pKLAC2を制限酵素HindIII(株式会社ニッポンジーン)で切断した。この切断断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製した。これを、pKLAC2ベクター精製断片とした。
【0044】
(発現カセット作成用培地の組成)
トリプトン1%、酵母エキス0.5%、塩化ナトリウム1%含む培地をLB培地とし、アンピシリンナトリウムを100μg/mLで含むアンピシリン入りLB寒天培地を調製した。
【0045】
(発現カセットを含むベクターの作成)
脂肪酸不飽和化酵素遺伝子精製断片、pKLAC2ベクター精製断片の2つをGibson Assembly Master mix(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、50℃で30分間反応させた。この反応液を形質転換用大腸菌(NEB 5-alpha Competent E. coli (High Efficiency);ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、マニュアルに従い、形質転換処理を行った。
【0046】
形質転換処理された大腸菌を、アンピシリン入りLB寒天培地で約18時間培養して、生育したコロニーを得た。このコロニーから抽出したDNAをPCRの鋳型として用い、LAC4プロモーター3’領域と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、LAC4ターミネーターからなる発現カセットがpKLAC2ベクターの中に挿入されていることを確認した。なお、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子とLAC4ターミネーターの間には、pKLAC2ベクターにもともと存在しているクリベロマイセス・ラクティスに由来するα‐mating factor secretion leader sequenceが存在したが、この配列は翻訳されず、機能していない。
【0047】
このコロニーをLB液体培地で培養し、得られた大腸菌菌体からQIAprep Spin Miniprep Kit(株式会社キアゲン)を用いてベクターDNAを精製した。このベクターDNAに導入した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を含む発現カセットの配列が所望の配列になっており、このベクターDNAが所望の発現カセットを含むベクターになっていることを塩基配列解析およびPCRにより確認した。
【0048】
(同種微生物由来選択マーカーを含むベクターの作成)
続いて、pKLAC2ベクターにはもともと選択マーカーとして、アスペルギルス属由来のアセトアミダーゼ遺伝子が存在している。セルフクローニングを行うためには、クリベロマイセス・ラクティス由来の配列を用いる必要があることから、クリベロマイセス・ラクティスのオロチジン5’-リン酸デカルボキシラーゼ遺伝子(以下URA3遺伝子)で置換することを試みた。
【0049】
GG799株のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、URA3遺伝子およびその周辺領域を増幅した。これらのPCR断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kit(株式会社キアゲン)を用いてDNA断片を精製した。これをURA3遺伝子精製断片とした。上記の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子を導入したpKLAC2ベクターを制限酵素EcoRV(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)とPstI(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)で切断した。この切断断片をアガロースゲルで電気泳動後、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製した。これを、pKLAC2-FADベクター精製断片とした。
【0050】
URA3遺伝子精製断片とpKLAC2-FADベクター精製断片の2つをGibson Assembly Master mix(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、50℃で30分間反応させた。この反応液をNEB 5-alpha Competent E. coli (High Efficiency)(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)と混合し、マニュアルに従い、形質転換処理を行った。アンピシリン入りLB寒天培地で約18時間培養して、生育したコロニーを得た。このコロニーから抽出したDNAをPCRの鋳型として用い、URA3遺伝子とその周辺領域からなるウラシル生合成マーカー遺伝子がアスペルギルス由来のアセトアミダーゼ遺伝子と置換されていることを確認した。
【0051】
このコロニーをLB液体培地で培養し、得られた大腸菌菌体からQIAprep Spin Miniprep Kit(株式会社キアゲン)を用いてベクターDNAを精製した。このベクターDNAに導入したウラシル生合成マーカー遺伝子の配列が所望の配列になっており、このベクターDNAが所望の同種微生物由来選択マーカーを含むベクターになっていることを塩基配列解析およびPCRにより確認した。
【0052】
(発現カセットを含むDNA断片の作成)
さらに、発現カセットを含むベクターを、制限酵素SacIIを用いて、LAC4プロモーター3’領域、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、α-mating factor signal leader sequence、LAC4ターミネーター、ウラシル生合成マーカー遺伝子、LAC4プロモーター5’領域からなるDNA断片へと切断した。この試料をアガロースゲルで電気泳動し、DNA断片をゲルから切り出して、QIAEX II Gel extraction kitを用いてDNA断片を精製し、発現カセットを含む精製DNA断片を得た。この発現カセットを含むDNA断片の塩基配列は配列番号3である。
【0053】
[実施例3]クリベロマイセス属微生物のウラシル要求性変異株の取得
(クリベロマイセス属微生物変異株取得用培地の組成)
グルコース2%、Yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate0.17%、硫酸アンモニウム0.5%を含む培地をYNB培地とした。
【0054】
(選択培地を用いたクリベロマイセス属微生物変異株の取得)
YNB培地に5-フルオロオロチン酸を125mg/L、ウラシル20mg/Lで添加したものをYNB/FOA/URA培地(選択培地)とした。YNB/FOA/URA寒天培地に、GG799株を塗布し、30℃で生育させた。得られたコロニーをGG799ウラシル要求性変異株とした。
【0055】
[実施例4] クリベロマイセス属微生物ゲノムへの発現カセットの導入
ウラシル要求性変異株の培養細胞を水140μLに混合し、そこに、NEB Yeast Transformation Reagent(ニュー・イングランド・バイオラボ・ジャパン株式会社)を310μL添加した。実施例2で調製したDNA断片を混合し、K. lactis Protein Expression Kitのマニュアルに従って、GG799株に導入した。最終的に、YNB寒天培地で培養し、ウラシル要求性がウラシル生合成マーカー遺伝子で相補され、ウラシル非要求性になったコロニーを選抜した。このコロニーから抽出したDNAをPCRの鋳型として用い、LAC4プロモーター、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、LAC4ターミネーター、ウラシル要求性遺伝子がゲノム内に相同組換えで導入されていることをPCRで確認した。導入したDNAは、すべて宿主と同じクリベロマイセス・ラクティス由来のものであることから、この遺伝的改変はセルフクローニングとみなすことができる。
【0056】
[実施例5] 脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株のラクトースからの培養
ラクトース5%、Yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate 0.17%、硫酸アンモニウム0.22%を含む培地をYNB-Lac培地とした。YPD培地でGG799株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株(以下、セルフクローニング株)をそれぞれ培養し、菌体を回収して、洗浄した。YNB-Lac培地30mLを300mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の菌体のOD600を測定し、吸光度が0.1になるようにYNB-Lac培地に接種した。30℃、120r.p.mで3日間振とう培養し、培養液の一部から遠心分離によって菌体を回収した。
【0057】
[実施例6]ラクトースで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の脂肪酸組成
実施例5で回収した菌体をプラスチックチューブに入れて、遠心分離で水分を除去した後、脂肪酸組成分析試料とした。これに、ヘプタデカン酸メチルエステル(C17:0)のヘキサン溶液(2g/L)を内部標準として50μL添加し、その後、直ちに、0.5Nの水酸化ナトリウムメタノール溶液を500μL添加して、均一に混合後、1200r.p.mで1時間攪拌した。さらに、硫酸を40μL添加してpHを調整した後、ヘキサンを500μL添加して、30分間攪拌した。ヘキサン層を回収し、ガスクロマトグラフ分析装置で分析を行った。ガスクロマトグラフ分析装置には、水素炎イオン化検出器を備えた株式会社島津製作所製GC-2010 plusを用いた。サンプルは、スプリットレスモードで1μLを注入した。気化室は60℃で分析を開始し、100℃/分で温度を上げ、240℃で保持した。カラムにはDB-225(30m、0.25mm、0.25μm、アジレント・テクノロジー株式会社)を使用し、カラムオーブンは50℃で開始し、30℃/分で上昇させ、200℃で保持した。ヘリウムをキャリアガスとして線速度33cm/分で流し、20分間で分析を完了した。検出器は、240℃、25Hzで使用した。水素は40ml/分、空気は400mL/分で流し、メイクアップガスはヘリウムを30mL/分で使用した。
【0058】
GG799株菌体とセルフクローニング株のガスクロマトグラフは図1に示したとおりとなった。標品との比較から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、パルミトオレイン酸(C16:1)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α‐リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、GG799株菌体とセルフクローニング株のα‐リノレン酸の含量が表1であることが確認された。この結果から、セルフクローニング株は、総脂肪酸に対するα‐リノレン酸の比率が、GG799株に比べて約6倍に増加していることが分かった。
【0059】
α‐リノレン酸を含む脂質を食品や飼料として利用する場合に、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸の摂取比率が健康効果を得るための重要な指標となることが報告されている(非特許文献4)。非特許文献4では、西洋型の食事におけるオメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸の比率は15~16.7:1で、α‐リノレン酸をはじめとするオメガ3脂肪酸の摂取比率を高めることで様々な健康効果が得られることについて報告されている。例えば、4:1までオメガ3脂肪酸の摂取比率を高めることで循環器疾患による死亡率の低減に効果があるとされる。2.5:1までオメガ3脂肪酸の摂取比率を高めることで大腸がんの細胞増殖を抑制に効果があるとされる。2~3:1までオメガ3脂肪酸の摂取比率を高めることで関節リウマチによる炎症を低減する効果があるとされる。クリベロマイセス属微生物の持つ主要な脂肪酸の中では、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸はそれぞれリノール酸とα‐リノレン酸に相当する。、GG799株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株における両脂肪酸の比率を評価したところ、表2の結果となった。GG799株は、上記の健康効果を得るための目安をクリアしていなかったが、一方、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株には、健康効果が期待できる比率でα‐リノレン酸が含まれていた。非特許文献1では、クリベロマイセス属微生物の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子をサッカロマイセス属微生物に導入し、α‐リノレン酸産生能をサッカロマイセス属微生物に新たに付与している。この方法では、リノール酸とα‐リノレン酸の比率は最大でも4.5:1であり、健康効果が期待できる比率には及ばなかった。一方、本発明では、クリベロマイセス属微生物の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子をセルフクローニングでクリベロマイセス属微生物に導入することで、リノール酸とα‐リノレン酸の比率は0.067:1まで大幅に改善されており、この脂質もしくはそれを含む微生物菌体を摂取することで健康効果が十分期待できることが明らかとなった。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
[実施例7] 脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株のホエイからの培養
国産ホエイパウダー(株式会社自然健康社)5%、Yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate 0.17%、硫酸アンモニウム0.22%を含む培地をホエイ培地とした。YPD培地でGG799株と脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株(以下、セルフクローニング株)をそれぞれ培養し、菌体を回収して、洗浄した。ホエイ培地30mLを300mL容の羽根つきフラスコに調製した。上記の菌体のOD600を測定し、吸光度が0.1になるようにホエイ培地に接種した。30℃,120r.p.mで3日間振とう培養し、培養液の一部から遠心分離によって菌体を回収した。
【0063】
[実施例8]ホエイで培養した脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株の脂肪酸組成
実施例7で回収した菌体をプラスチックチューブに入れて、遠心分離で水分を除去した後、脂肪酸組成分析試料とした。脂肪酸組成の分析は、実施例6に記載の方法を用いた。
【0064】
GG799株菌体とセルフクローニング株のガスクロマトグラフは図2に示したとおりとなった。標品との比較から、いずれも主要な脂肪酸はパルミチン酸(C16:0)、パルミトオレイン酸(C16:1)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α‐リノレン酸(C18:3)であることが確認された。各脂肪酸のピーク面積を、AOCS Official Method Ce 1j-07に記載の補正係数であるtheoretical correction factorsを用いて補正し、GG799株菌体とセルフクローニング株のα‐リノレン酸の含量が表3であることが確認された。この結果から、セルフクローニング株は、総脂肪酸に対するα‐リノレン酸の比率が、GG799株に比べて約6倍に増加していることが分かった。また、表4に示した通り、GG799株のリノール酸とα‐リノレン酸の比率は、実施例6に記載した健康効果が得られる水準を満たしていなかった。一方、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子セルフクローニング株では、健康効果が十分に期待できる比率でα‐リノレン酸が含まれていた。
【0065】
【表3】
【0066】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、飼料や食品として安全に利用できるα‐リノレン酸高含有微生物菌体の生産に用いることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0068】
配列番号1:クリベロマイセス・ラクティスGG799株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子のヌクレオチド配列。
配列番号2:クリベロマイセス・ラクティスGG799株の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子がコードするアミノ酸配列。
配列番号3:クリベロマイセス・ラクティス由来のLAC4プロモーター3’領域、脂肪酸不飽和化酵素遺伝子、LAC4ターミネーター、ウラシル生合成マーカー遺伝子、LAC4プロモーター5’領域を含む導入DNA断片。
配列番号4および5:クリベロマイセス・ラクティスの脂肪酸不飽和化酵素遺伝子領域を増幅するためのプライマー。
図1
図2
【配列表】
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