(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】電極基板および電極基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20231025BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
(21)【出願番号】P 2020556044
(86)(22)【出願日】2019-11-01
(86)【国際出願番号】 JP2019043066
(87)【国際公開番号】W WO2020095844
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-10-21
(31)【優先権主張番号】P 2018208860
(32)【優先日】2018-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】谷口 正輝
(72)【発明者】
【氏名】大城 敬人
(72)【発明者】
【氏名】真田 雅和
(72)【発明者】
【氏名】宮城 聡
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-074599(JP,A)
【文献】特表2017-509899(JP,A)
【文献】特表2017-501420(JP,A)
【文献】国際公開第2017/117108(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0048189(US,A1)
【文献】国際公開第2018/025887(WO,A1)
【文献】特開2014-157097(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0084276(US,A1)
【文献】大城敬人,超高速単分子シーケンサーに向けた単分子電気分析法の開発,分析化学,2017年05月05日,Vol. 66, No. 5,pp. 351-362
【文献】XIANG et al.,Gap size dependent transition from direct tunneling to field emission in single molecule junctions,Chem. Commun.,2011年,47,pp. 4760-4762
【文献】XIANG et al.,Mechanically Controllable Break Junctions for Molecular Electronics,Adv. Mater.,2013年,25,pp. 4845-4867
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00 - C12M 3/10
C12Q 1/00 - C12Q 3/00
G01N 27/00 - G01N 27/10
G01N 27/14 - G01N 27/24
G01N 33/48 - G01N 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体高分子の識別に用いられる電極基板であって、
第1流路と前記第1流路に繋がる第2流路とを含む上面から凹む流路を有する絶縁性の基板層と、
前記基板層の上に配置され、前記第2流路と上下方向に重なる電極部を有する金属層と、
前記流路の上部を覆い、可撓性および絶縁性を有するカバーと、
を有し、
前記カバーは、前記基板層の変形に伴って変形し、
前記第1流路は、格子状に繋がる複数の溝により構成され
、
前記第1流路に対し、前記第2流路はT字路状に接続する、電極基板。
【請求項2】
請求項1に記載の電極基板であって、
前記カバーは、上面に設けられた上側開口と下面に設けられた下側開口とを繋ぐカバー流路を有し、
前記下側開口は、前記電極部と上下に重ならない位置において、前記第1流路と上下方向に重なる、電極基板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電極基板であって、
前記カバーは、前記基板層の有する前記流路の全体を覆う、電極基板。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の電極基板であって、
前記カバーは、シリコーンゴムで形成されており、
前記基板層は、シリコンで形成されている、電極基板。
【請求項5】
生体高分子の識別に用いられる電極基板の製造方法であって、
第1流路と前記第1流路に繋がる第2流路とを含む上面から凹む流路を有する絶縁性の基板層と、
前記基板層の上に配置され、前記第2流路と上下方向に重なる電極部を有する金属層と、
前記流路の上部を覆い、前記基板層の変形に伴って変形する可撓性および絶縁性を有するカバーと、を有
し、
前記第1流路は、格子状に繋がる複数の溝により構成され、前記第1流路に対し、前記第2流路はT字路状に接続した、電極基板を設けるステップと、
前記基板層における前記電極部と上下方向に重なる位置が上方に向かって突出するように前記基板層を屈曲させ戻すことで、前記電極部の先端部同士の離間と接触とを複数回繰り返すことにより、前記電極部の前記先端部を先鋭化する先鋭化ステップと、を含む、電極基板の製造方法。
【請求項6】
請求項
5に記載の電極基板の製造方法であって、
前記先鋭化ステップの後に、前記電極部の前記先端部同士が接触しない範囲で、前記基板層を屈曲させ戻すことにより、屈曲させる操作量と前記先端部間の距離との関係を特定するステップを含む、電極基板の製造方法。
【請求項7】
請求項
5または6に記載の電極基板の製造方法であって、
前記電極基板を設けるステップの前に、前記基板層の上面、および前記カバーの下面に対してプラズマ処理を行ってから、前記基板層に前記カバーを密着させるステップを含む、電極基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体高分子の識別に用いられる電極を有する電極基板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、原子や分子を測定、観察または識別するために、微細な先端部を有するプローブ(探針)や電極が用いられている。例えば、従来の原子間力顕微鏡(AFM)や走査型トンネル顕微鏡(STM)などの走査型プローブ顕微鏡(SPM)には、先端の曲率半径が20nm以下の先鋭な探針が用いられる。
【0003】
また、従来の微細な先端部を有する電極は、例えば、特定の分子や原子を測定または識別するために用いられる。微細な電極を用いて特定の分子を識別する方法については、例えば、特許文献1に記載されている。
【0004】
特許文献1に記載の単分子識別方法では、電極間距離の短いナノギャップ電極を用いて、電極間を通過する生体高分子を構成する単分子を、トンネル電流を測定することにより識別する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載のように、生体高分子の識別を目的として電極間のトンネル電流を測定する電極は、その先端部が微細に形成されている。また、トンネル電流の計測時には、電極の周囲に生体高分子試料を含む液体を満たす。このとき、当該液体中に試料以外の物質が混入すると、正確に生体高分子のトンネル電流を計測することが困難となる。また、電極が外部環境の影響を受けやすい状態であると、毎回同じ条件でトンネル電流を計測することが困難となる。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、安定した環境で電流の計測を行うことができる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本願の第1発明は、生体高分子の識別に用いられる電極基板であって、上面から凹む流路を有する絶縁性の基板層と、前記基板層の上に配置され、前記流路の一部と上下方向に重なる電極部を有する金属層と、前記流路の上部を覆い、可撓性および絶縁性を有するカバーと、を有し、前記カバーは、前記基板層の変形に伴って変形する。
【0009】
本願の第2発明は、第1発明の電極基板であって、前記カバーの下面は、前記基板層の上面および前記金属層の上面に密着する。
【0010】
本願の第3発明は、第2発明の電極基板であって、前記カバーの下面と、前記基板層の上面および前記金属層の上面とは、化学結合により接着される。
【0011】
本願の第4発明は、第1発明ないし第3発明のいずれかの電極基板であって、前記基板層は、その下面から上方に向かって押圧されることにより、上方に向かって突出するように屈曲し、前記カバーは、前記基板層の屈曲に伴って、前記基板層の上面に沿って屈曲する。
【0012】
本願の第5発明は、第1発明ないし第4発明のいずれかの電極基板であって、前記カバーは、上面に設けられた上側開口と下面に設けられた下側開口とを繋ぐカバー流路を有し、前記下側開口は、前記電極部と上下に重ならない位置に置いて、前記流路の一部と上下方向に重なる。
【0013】
本願の第6発明は、第1発明ないし第5発明のいずれかの電極基板であって、前記電極部は、第1方向に延びる一対の電極を有し、前記一対の電極の2つの基端部は第1方向に間隔を空けて配置され、前記一対の電極の2つの先端部は、互いに繋がる。
【0014】
本願の第7発明は、第1発明ないし第5発明のいずれかの記載の電極基板であって、前記電極部は、第1方向に延びる一対の電極を有し、前記一対の電極の2つの基端部は第1方向に間隔を空けて配置され、前記一対の電極の2つの先端部は、互いに接触する。
【0015】
本願の第8発明は、第6発明または第7発明の電極基板であって、前記基板層が、前記電極部と上下方向に重なる位置が上方に向かって突出するように屈曲されると、前記基端部同士の間隔が大きくなる。
【発明の効果】
【0016】
本願の第1発明から第8発明によれば、流路内に満たされた液体に異物が混入するのが抑制される。また、流路内の液体と外部の空間との接触面積を小さくできる。これにより、安定した環境で電極部による電流の計測を行うことができる。
【0017】
特に、本願の第2発明によれば、流路内に充填された液体が、カバーと基板層との間から漏れるのが抑制される。
【0018】
特に、本願の第3発明によれば、カバーと、基板層および金属層とを、強固に接着できる。
【0019】
特に、本願の第4発明によれば、基板層が屈曲した場合であっても、流路内に充填された液体が、カバーと基板層との間から漏れるのが抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】第1実施形態に係る電極基板の上面図である。
【
図2】第1実施形態に係る電極基板のカバーを除いた上面図である。
【
図3】第1実施形態に係る電極基板の断面図である。
【
図4】第1実施形態に係る電極基板の部分上面図である。
【
図5】第1実施形態に係る電極基板の部分上面図である。
【
図6】第1実施形態に係る電極基板の部分上面図である。
【
図7】第1実施形態に係る電極基板の部分断面図である。
【
図8】第1実施形態に係る電極基板のナノ電極の基端部間の距離の調整を行う際の様子を示した図である。
【
図9】第1実施形態に係る電極基板のナノ電極の基端部間の距離の調整を行う際の様子を示した図である。
【
図10】第1実施形態に係る電極基板の押し曲げ時の様子を示した部分断面図である。
【
図11】第1実施形態に係る電極基板を用いた計測処理の全体の流れを示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、本願では、電極基板の厚み方向を上下方向とし、基板層に対して金属層側を上側、金属層に対して基板層側を下側として説明を行っている。しかしながら、電極基板の使用時の向きは必ずしも金属層側を鉛直上向きとしなくてもよい。
【0022】
<1.第1実施形態>
<1-1.電極基板の構成>
本発明の第1実施形態に係る電極基板1について、
図1~
図7を参照しつつ説明する。
図1は、電極基板1の上面図である。
図2は、電極基板1のカバー40を除いた上面図である。
図3は、電極基板1の断面図である。
図4~
図6は、電極基板1の部分上面図である。
図7は、電極基板1の部分断面図である。
図1~
図6には、金属線を破断し、一対のナノ電極330となった後の電極基板1の様子が示されている。
【0023】
図1に示すように、電極基板1は、略長方形の板状の基板である。この電極基板1は、生体高分子を構成する単分子の配列や、各単分子を解析するために用いられる。生体高分子を構成する単分子の例として、生体高分子であるタンパク質を構成するアミノ酸、核酸(DNA,RNA)を構成するヌクレオチド、糖鎖を構成する単糖が挙げられる。具体的には、後述する一対のナノ電極330間に電圧を印加した状態でナノ電極330間に生体高分子を通過させる。そして、ナノ電極330と生体高分子との間に流れるトンネル電流を検知し、検知したトンネル電流を解析することにより、生体高分子を構成する単分子の解析を行う。
【0024】
図1および
図3に示すように、電極基板1は、基板層20と、金属層30と、カバー40とを有する。以下では、電極基板1の長手方向を第1方向と称し、電極基板1の短手方向を第2方向と称する。第2方向は、第1方向と直交する。なお、「直交する」とは、「略直交する」を含むものとする。
【0025】
基板層20は、絶縁材料により形成される。本実施形態の基板層20は、シリコン(Si)により形成される。なお、本実施形態の基板層20は1層構造であるが、本発明はこれに限られない。基板層20は、本実施形態のように1種類の材料により形成される1層のみから構成されてもよいし、複数の層から構成されてもよい。例えば、基板層20として、シリコンにより形成された第1層の上にポリイミドにより形成された第2層が重なった2層構造であってもよい。また、基板層20は、絶縁性の材料により形成されていればよい。基板層20は、例えば、ポリエチレンテレフタラート樹脂、セラミック、シリコーンゴムまたはアルミナ等の、シリコンおよびポリイミド以外の材料により形成されてもよい。
【0026】
金属層30は、
図1~
図6に示すように、一対の接続用電極部31と、一対の配線部32と、計測電極部33とを有する。一対の接続用電極部31は、第1方向に互いに離れた位置に配置される。一対の配線部32はそれぞれ、接続用電極部31から電極基板1の中央に向かって第1方向に延びる。計測電極部33は、一対のナノ電極330を有する。計測電極部33の一対のナノ電極330は、配線部32の接続用電極部31とは反対側の端部から電極基板1の中央に向かって第1方向に延びる。金属層30のうち、ナノ電極330を構成する部分は、例えば、金(Au)、白金(Pt)、銀(Ag)、銅(Cu)、タングステン(W)等の金属により形成される。
【0027】
本実施形態では、
図7に示すように、金属層30は、第1金属層301と、第2金属層302とにより構成される。第1金属層301は、クロム(Cr)、白金(Pt)等により形成される。第2金属層302は、上記の金(Au)、白金(Pt)、銀(Ag)、銅(Cu)、タングステン(W)等の金属により形成される。
【0028】
接続用電極部31および配線部32は、第1金属層301と第2金属層302の両方により構成される。一方、計測電極部33は第2金属層302のみから構成される。なお、この実施形態では、例えば、第1金属層301の厚みは約1~10nm、第2金属層302の厚みは約50~300nmである。
【0029】
基板層20および金属層30の最上面は、絶縁膜(図示せず)により覆われている。金属層30の表面を絶縁膜で覆うことにより、計測電極部33を液中で用いる場合に、金属層30のうち計測電極部33以外の箇所において、金属層30を構成する金属と液体との間における電子のやりとりが生じるのを抑制できる。本実施形態では、絶縁膜はTEOS酸化膜である。絶縁膜は、絶縁性の材料であれば、アルミナや、その他の材料により形成されてもよい。なお、接続用電極部31の上面の少なくとも一部には、絶縁膜が形成されない。このため、接続用電極部31の上面の少なくとも一部は露出している。接続用電極部31の当該露出面は、計測電極部33を用いた生体高分子のトンネル電流計測時などにおいて、後述する電源94と電気的に接続される。
【0030】
配線部32は、接続用電極部31から計測電極部33へ向かうにつれて次第にその幅が小さくなる。ただし、
図4および
図5に示すように、計測電極部33の近傍においては、配線部32の幅は略一定である。本実施形態では、配線部32の当該部位の幅は、例えば、約8μmである。また、計測電極部33のごく近傍において、配線部32は、計測電極部33へ向かって幅が次第に小さくなるテーパ状となっている。
【0031】
計測電極部33を構成する一対のナノ電極330は、配線部32と繋がる基端部331から、略一定の幅で第1方向に延びる。本実施形態では、計測電極部33の当該略一定幅の部位の幅は、例えば、約400nmである。また、ナノ電極330の先端部332付近では、その幅が次第に小さくなる。本実施形態の電極基板1は、繋がった金属線を破断することにより一対のナノ電極330を形成させるものである。なお、金属線の破断方法については、後述する。
【0032】
破断前において、計測電極部33を構成する金属線は、その中央部に向かうにつれて第2方向の幅が次第に狭くなる幅狭部を有している。当該幅狭部の最小幅は、例えば約80nmとされる。そして、金属線の両端部の第1方向の間隔を大きくすることにより、当該幅狭部が破断し、2つの計測電極部33が形成される。このため、破断前の当該幅狭部に相当する部分が、破断後の一対のナノ電極330の先端部332となる。
図6および
図7に示すように、破断後、すなわち計測電極部33形成後において、初期状態(電極基板1が曲げられていない自然な状態)では、一対のナノ電極330の先端部332同士が接触している。
【0033】
図4に示すように、基板層20は、上面から下方へ凹む流路50を有する。流路50は、第1流路51、第2流路52および計測流路53を有する。第1流路51および第2流路52は、計測電極部33を挟んで第2方向に対向して配置される。計測流路53は、第2方向に延びる溝である。計測流路53は、第1流路51と第2流路52を第2方向に繋ぐ。
【0034】
第1流路51および第2流路52は、格子状に繋がる複数の溝により構成される。第1流路51および第2流路52に生体高分子を含む液体が充填されると、各生体高分子が溝の延びる方向に沿って配置されやすくなる。したがって、第1流路51および第2流路52と計測流路53との境界部で生体高分子が詰まって液体の流動性が低下するのが抑制されるとともに、計測流路53内において各生体高分子が計測流路53の延びる方向に沿って配置される。第1流路51および第2流路52の各溝は、例えば、幅が約1μmであり、深さが約2μmである。
【0035】
計測流路53は、第2方向に沿って延びる。計測電極部33の先端部332は、計測流路53と上下に重なる位置に配置される。したがって、一対のナノ電極330の先端部同士の間に間隙が形成された場合、計測流路53内を第2方向に移動する生体分子の一部は、計測電極部33の一対のナノ電極330間を通過する。
【0036】
計測流路53の深さは、例えば、第1流路51および第2流路52と同様、約2μmである。計測流路53は、第1流路51および第2流路52とそれぞれ繋がる2つの導入溝531と、2つの導入溝531を繋ぐ計測溝532とを有する。
【0037】
導入溝531の幅は略一定である。導入溝531の幅は、例えば、約800nmである。計測溝532は、それぞれの導入溝531から計測電極部33の直下に向かうにつれて、次第に幅が狭くなる。計測溝532は、計測電極部33の直下において、最も幅が狭くなる。当該部位において、計測溝532の幅は、例えば、約100nmである。計測流路53が計測電極部33に向かって幅が狭くなる計測溝532を有することにより、計測電極部33の破断後の電流値計測時に、生体分子が、計測流路53の延びる第2方向に沿う向きで、2つの計測電極部33の間を通過しやすい。
【0038】
計測溝532は、
図7に示すように、上方に向かうにつれて第1方向の幅が徐々に大きくなるV字状の断面を有する。なお、計測溝532の断面形状はV字状に限られない。計測溝532の断面形状は、U字状などの他の形状であってもよい。
【0039】
図1に示すように、カバー40は、流路50の上部を覆う。カバー40は、可撓性および絶縁性を有する。ここで、「カバー40が可撓性を有する」とは、具体的には、カバー40が基板層20よりも可撓性が高いことを意味する。
【0040】
本実施形態のカバー40は、シリコーンゴムの一種であるPDMS(ジメチルポリシロキサン)により形成される。なお、カバー40は、可撓性および絶縁性を有する材料であれば、その他のシリコーンゴムや、PET樹脂や、その他の材料により形成されてもよい。
【0041】
カバー40が流路50の全体を覆うことにより、流路50内に満たされた液体に異物が混入するのが抑制される。したがって、計測電極部33による電流の計測時に、誤って異物のトンネル電流を計測してしまうことを抑制できる。また、流路50内に満たされた液体と外部の空間との接触面積が大きいと、計測電極部33による電流の計測時に計測環境が不安定となり、計測誤差が大きくなる虞がある。カバー40により流路50内の液体と外部の空間との接触面積を小さくすることにより、安定した環境で計測電極部33による電流の計測を行うことができる。
【0042】
カバー40の下面は、基板層20の上面および金属層30の上面に密着する。これにより、流路50内に充填された液体が、カバー40と基板層20および金属層30との間から漏れるのが抑制される。また、カバー40が基板層20よりも可撓性が高く、かつ、カバー40の下面と基板層20の上面とが密着されることにより、カバー40が、基板層20の変形に伴って変形する。すなわち、カバー40は、基板層20の屈曲に伴って、基板層20の上面に沿って屈曲する。これにより、後述する押し上げ具93で基板層20を屈曲させた場合であっても、流路50内に充填された液体が、カバー40と基板層20との間から漏れるのが抑制される。本実施形態では、カバー40の下面は、金属層30の上面とも密着する。これにより、カバー40と基板層20との密着性がより向上する。
【0043】
さらに、本実施形態では、カバー40の下面と基板層20の上面とが接着される。本実施形態では、カバー40の下面と、基板層20および金属層30の上面とは、化学結合により接着される。カバー40と基板層20および金属層30との接着時には、それぞれの接着面にプラズマを照射して接着面の分子の化学結合を切断する。そして、接着面同士を密着させることにより、カバー40の下面と、基板層20および金属層30の上面とが化学結合により接着する。このように、化学結合によって接着することにより、カバー40と、基板層20および金属層30とを、強固に接着できる。なお、カバー40と、基板層20および金属層30とは、接着剤等の他の方法により接着されてもよい。
【0044】
本実施形態の基板層20はシリコンにより形成され、金属層30の上面にはシリコン(珪素)原子を含むTEOS(正珪酸四エチル、テトラエトキシシラン)の酸化膜が形成されている。一方、カバー40はシリコーンゴムにより形成されるため、カバー40は、基板層20と、金属層30の上面に形成された酸化膜とに対して化学結合しやすい。なお、金属層30上に形成される酸化膜は、二酸化珪素(シリカ)であっても、シリコーンゴムで形成されたカバー40と化学結合しやすい。
【0045】
カバー40の内部には、液体を充填可能な第1カバー流路41および第2カバー流路42が設けられている。第1カバー流路41および第2カバー流路42はそれぞれ、カバー40の上面に設けられた2つの上側開口43と、カバー40の下面に設けられた1つの下側開口44とを有する。第1カバー流路41の下側開口44は、第1流路51の一部と上下方向に重なる。これにより、第1カバー流路41と第1流路51とは連通する。第2カバー流路42の下側開口44は、第2流路52の一部と上下方向に重なる。これにより、第2カバー流路42と第2流路52とは連通する。
【0046】
このような構成により、カバー40の上側開口43へと生体高分子試料を含む液体を注入することにより、基板層20の流路50内に当該液体を満たすことができる。
【0047】
<1-2.電極基板の押し曲げによるナノ電極の間隔調整について>
次に、電極調整装置9を用いた電極基板1の押し曲げによるナノ電極330の基端部331同士の間隔の調整について説明する。
図8および
図9は、計測電極部33の基端部331間の距離の調整を行う際の様子を示した図である。
図8は、電極調整装置9にセットされた電極基板1の初期状態における様子を示した側面図である。
図9は、電極調整装置9にセットされた電極基板1の押し曲げ時における様子を示した側面図である。
図10は、押し曲げ時の様子を示した電極基板1の部分断面図である。
【0048】
図8および
図9に概念的に示すように、電極調整装置9は、載置台91と、固定具92と、押し上げ具93と、電源94と、電流計95と、制御部90とを有する。
【0049】
載置台91は、電極基板1を載置する平らな上面を有する。本実施形態の固定具92は、第1方向に対して略垂直に配置される4つの板状部材である。固定具92は、第1方向の2箇所において、電極基板1を上下から押さえて固定する。電極基板1は、固定具92による2つの固定箇所の中央に計測電極部33が位置するように、配置される。押し上げ具93は、半球状の上面を有する円柱状の部材である。押し上げ具93は、モータおよびピエゾ素子等を有する昇降機構(図示省略)に接続されている。電極基板1は、押し上げ具93の最も上方に突出した部分の真上に計測電極部33が位置するように、配置される。なお、昇降機構は、押し上げた高さを制御できる機構であれば、その他の動力を用いた機構であってもよい。
【0050】
電極基板1の押し曲げ時(計測電極部33の基端部331同士の間隔の調整時)と、計測電極部33を用いた生体高分子のトンネル電流計測時とにおいて、電源94は、一対の接続用電極部31に対して電圧を印加する。電源94が一対の接続用電極部31に対して電圧を印加すると、当該電圧によって、計測電極部33の一対のナノ電極330間に電流が流れる。そして、電流計95は、計測電極部33に流れる当該電流の電流値を計測する。
【0051】
制御部90は、押し上げ具93、電源94および電流計95とそれぞれ電気的に接続し、各部を制御する。制御部90には、例えば、コンピュータが用いられる。
【0052】
電極基板1を電極調整装置9にセットする際には、まず、載置台91上に電極基板1を載置する。その後、電極基板1に負荷のかからない状態で電極基板1を上下から4つの固定具92で固定する。このように電極基板1に負荷のかからない状態を初期状態と称する。
【0053】
押し曲げ時には、
図9に示すように、昇降機構により、押し上げ具93が上方へと移動する。これにより、電極基板1の計測電極部33付近が下面側から押し上げられる。電極基板1の基板層20は、その下面から上方に向かって押圧されることにより、上方に向かって突出するように屈曲する。そして、カバー40は、基板層20の屈曲に伴って、基板層20の上面に沿って屈曲する。
【0054】
このように電極基板1が押し曲げられて変形すると、
図10中に実線矢印で示すように、計測溝532を構成する基板層20の側壁が、互いに離れる方向へと移動する。これにより、ナノ電極330の2つの基端部331は、互いに離れる方向へと移動する。その結果、ナノ電極330の基端部331同士の間隔が拡がる。なお、金属線を破断してナノ電極330を形成する場合には、例えば、電極基板1の押し上げを複数回繰り返すことによって、金属線の端部(後のナノ電極330の基端部331)同士の間隔を広げて金属線を引き伸ばし、金属線を破断させる。
【0055】
押し曲げ時には、固定具92の間において、計測電極部33付近を中心として電極基板1の上面が第1方向にも第2方向にも伸びる力が加わる。これにより、
図10中に破線矢印で示すように、一対のナノ電極330の基端部331は、第1方向に互いに離れる。これにより、基端部331同士の間隔が大きくなる。なお、この電極基板1では、計測電極部33の直下に第2方向に延びる溝である計測流路53が配置されるため、
図10中に実線矢印で示すように、計測流路53の底面を中心として、計測流路53を構成する側壁が、第1方向へ大きく開く。このため、基端部331同士の間隔を大きく変更しやすい。
【0056】
このような電極基板1の押し曲げを、電源94により接続用電極部31間に電圧を印加した状態で行う。このようにすると、電流計95で計測された電流値から、計測電極部33同士が接触しているか否かを判断できる。なお、制御部90は、電流計95で計測された電流を、電流増幅器を用いて増幅してから取得してもよい。
【0057】
<1-3.生体高分子のトンネル電流計測処理までの流れ>
続いて、ナノ電極330の形成前の電極基板1を用いて、生体高分子のトンネルの計測処理を行うまでの処理の流れについて、
図11を参照しつつ説明する。
図11は、電極基板1を用いた計測処理の全体の流れを示したフローチャートである。
【0058】
まず、ナノ電極330形成前の電極基板1を電極調整装置9にセットする(ステップS0)。本実施形態では、ステップS0の前に、電極基板1の流路50に、計測対象である生体高分子試料を含む液体が満たされている。そして、ステップS0の後のステップS1~ステップS4の間、制御部90は、電源94により接続用電極部31間に一定の電圧を印加しつつ、電流計95による電流値の計測を行う。
【0059】
ステップS0が完了した後、ナノ電極330を形成するために、配線部32間を繋ぐ金属線を破断させる、破断処理を実行する(ステップS1)。具体的には、制御部90が、押し上げ具93の押し上げおよび引き下げを複数回繰り返す。そして、電流計95から計測された電流値が所定の閾値以下となった場合、金属線が破断され、ナノ電極330が形成されたと判断できる。なお、予めナノ電極330が形成された電極基板1を用いてもよい。その場合は、ステップS1の破断処理を省略できる。
【0060】
次に、ナノ電極330の先端部332の先鋭化処理を実行する(ステップS2)。具体的には、先端部332同士の接触と離間を繰り返すことにより、ナノ電極330の先端部332が先鋭化される。これにより、ナノ電極330間を流れる電流の電流値から、ナノ電極330間の距離や、ナノ電極330間を通過する生体高分子のトンネル電流値を正確に計測することができるようになる。
【0061】
続いて、ナノ電極330間の距離をより正確に把握するために、校正処理を実行する(ステップS3)。具体的には、ナノ電極330同士が接触しない範囲で、押し上げ具93の押し上げおよび引き下げを複数回繰り返す。そして、押し上げ具93の操作量と、ナノ電極330間を流れる電流の電流値との関係から、押し上げ具93の操作量と、ナノ電極330間の距離との関係を算出する。これにより、ナノ電極330間の距離をより正確に調整可能となる。
【0062】
そして、ナノ電極330間の距離を所定の間隔として、ナノ電極330間を通過する生体高分子のトンネル電流の計測処理を実行する(ステップS4)。
【0063】
<2.変形例>
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されるものではない。
【0064】
上記の実施形態では、電極基板の有する金属層が、外部から電力が入力される接続用電極間を一対のみ有したが、本発明はこれに限られない。1つの電極基板が、外部から電力が入力される電極を複数対有していてもよい。例えば、第1流路と第2流路との間に電気泳動用の電圧を印加してもよい。
【0065】
また、上記の実施形態では、計測電極部の破断処理、先鋭化処理および校正処理と、計測電極部を用いた生体高分子のトンネル電流計測処理とを連続して行ったが、本発明はこれに限られない。各処理はそれぞれ別々に行われてもよい。
【0066】
また、上記の実施形態では、電極基板の流路に生体高分子試料を含む液体が満たされた状態で先鋭化処理を行ったが、本発明はこれに限られない。試料を含まない水等の液体が流路内に満たされた状態で先鋭化処理を行ってもよい。
【0067】
また、上記の実施形態や変形例に登場した各要素を、矛盾が生じない範囲で、適宜に組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0068】
1 電極基板
20 基板層
30 金属層
33 計測電極部
40 カバー
41 第1カバー流路
42 第2カバー流路
43 上側開口
44 下側開口
50 流路
330 ナノ電極
331 基端部
332 先端部