(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】放射線分析システム、荷電粒子ビームシステム及び放射線分析方法
(51)【国際特許分類】
G01T 1/26 20060101AFI20231025BHJP
H01J 37/244 20060101ALI20231025BHJP
G01N 23/2252 20180101ALI20231025BHJP
G01N 23/2251 20180101ALI20231025BHJP
G01N 23/2206 20180101ALI20231025BHJP
G01N 23/203 20060101ALI20231025BHJP
H01J 37/28 20060101ALN20231025BHJP
【FI】
G01T1/26
H01J37/244
G01N23/2252
G01N23/2251
G01N23/2206
G01N23/203
H01J37/28 B
(21)【出願番号】P 2022518536
(86)(22)【出願日】2020-04-30
(86)【国際出願番号】 JP2020018258
(87)【国際公開番号】W WO2021220458
(87)【国際公開日】2021-11-04
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高野 彬
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓一
【審査官】小林 幹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-133411(JP,A)
【文献】特開2009-271016(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1/00-1/16
G01T 1/167-7/12
H01J 37/00-37/36
G01N 23/00-23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線を検出する超伝導転移端センサと、
前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、
前記電流検出機構からの前記電流の検出信号を処理するコンピュータサブシステムと、を備え、
前記コンピュータサブシステムは、
前記電流の前記検出信号のベースライン電流を算出する処理と、
前記超伝導転移端センサが前記放射線を検出した際に前記検出信号に生じる信号パルスの波高値を算出する処理と、
複数のエネルギーを有する放射線を、
それぞれ2以上の異なる温度条件において前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記ベースライン電流及び前記波高値に基づく相関データを取得する処理と、
未知のエネルギーを有する放射線を前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記信号パルスが生じる前の前記ベースライン電流と、前記相関データとに基づいて、前記信号パルスの前記波高値又は当該波高値から算出されるエネルギー値を補正する処理と、を実行することを特徴とする放射線分析システム。
【請求項2】
前記コンピュータサブシステムは、さらに、
前記補正した前記波高値に基づいて、前記未知のエネルギーを算出する処理を実行することを特徴とする請求項1に記載の放射線分析システム。
【請求項3】
前記相関データは、前記放射線のエネルギーと前記波高値のデータをn次関数(nは整数)又はスプライン曲線で補間した補正曲線であることを特徴とする請求項1に記載の放射線分析システム。
【請求項4】
前記超伝導転移端センサを冷却するためのコールドヘッドと、
前記コールドヘッドに設けられたヒータと、をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の放射線分析システム。
【請求項5】
前記コンピュータサブシステムは、さらに、
前記ヒータの出力を制御する処理を実行することを特徴とする請求項4に記載の放射線分析システム。
【請求項6】
前記コンピュータサブシステムは、
前記相関データを取得する処理において、前記コールドヘッドの温度変動が±0.1mK以下となるように、前記ヒータの出力を制御することを特徴とする請求項5に記載の放射線分析システム。
【請求項7】
前記コンピュータサブシステムは、
前記相関データを取得する処理において、前記ベースライン電流の変動が±0.2μA以下となるように、前記ヒータの出力を制御することを特徴とする請求項6に記載の放射線分析システム。
【請求項8】
前記コンピュータサブシステムは、前記ベースライン電流の変動が±2.0μA以下となるように、前記ヒータの出力を制御することを特徴とする請求項5に記載の放射線分析システム。
【請求項9】
前記コンピュータサブシステムは、表示部を備え、
前記コンピュータサブシステムは、
前記相関データを取得するためのGUI画面を前記表示部に表示させることを特徴とする請求項1に記載の放射線分析システム。
【請求項10】
前記電流検出機構は、
超伝導量子干渉素子型アンプと、
前記超伝導量子干渉素子型アンプから出力された電気信号を増幅し整形処理するための室温アンプと、を備えることを特徴とする請求項1に記載の放射線分析システム。
【請求項11】
請求項1記載の放射線分析システムを備える荷電粒子ビームシステム。
【請求項12】
超伝導転移端センサにより放射線を検出することと、
電流検出機構により前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出することと、
コンピュータシステムにより、前記電流の検出信号のベースライン電流を算出することと、
前記コンピュータシステムにより、前記超伝導転移端センサが前記放射線を検出した際に前記検出信号に生じる信号パルスの波高値を算出することと、
前記コンピュータシステムにより、
複数のエネルギーを有する放射線を、
それぞれ2以上の異なる温度条件において前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記ベースライン電流及び前記波高値に基づく相関データを取得することと、
前記コンピュータシステムにより、未知のエネルギーを有する放射線を前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記信号パルスが生じる前の前記ベースライン電流と、前記相関データとに基づいて、前記信号パルスの前記波高値又は当該波高値から算出されるエネルギー値を補正することと、を含む放射線分析方法。
【請求項13】
放射線を検出する超伝導転移端センサと、
前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、
前記電流検出機構からの前記電流の検出信号を処理するコンピュータサブシステムと、を備え、
前記コンピュータサブシステムは、
複数のエネルギーを有する放射線を、
それぞれ2以上の異なる温度条件において前記超伝導転移端センサによって検出した際のベースライン電流及び波高値に基づく相関データを記憶した記憶装置を備え、
前記電流の前記検出信号のベースライン電流を算出する処理と、
前記超伝導転移端センサが前記放射線を検出した際に前記検出信号に生じる信号パルスの波高値を算出する処理と、
未知のエネルギーを有する放射線を前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記信号パルスが生じる前の前記ベースライン電流と、前記相関データとに基づいて、前記信号パルスの前記波高値又は当該波高値から算出されるエネルギー値を補正する処理と、を実行することを特徴とする放射線分析システム。
【請求項14】
放射線を検出する超伝導転移端センサと、
前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、
前記電流検出機構からの前記電流の検出信号を処理するコンピュータサブシステムと、を備え、
前記コンピュータサブシステムは、
前記電流の前記検出信号のベースライン電流を算出する処理と、
前記超伝導転移端センサが前記放射線を検出した際に前記検出信号に生じる信号パルスの波高値を算出する処理と、
複数のエネルギーを有する放射線を、それぞれ2以上の異なる温度条件において前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記ベースライン電流及び前記波高値に基づく相関データを取得する処理と、
未知のエネルギーを有する放射線を前記超伝導転移端センサによって検出した際の前記信号パルスが生じる前の前記ベースライン電流が閾値を超えた場合に、当該閾値を超えた点の第1の点前から第2の点前までのベースライン電流の平均値を算出し、当該ベースライン電流の平均値と前記相関データとに基づいて、前記信号パルスの前記波高値又は当該波高値から算出されるエネルギー値を補正する処理と、を実行することを特徴とする放射線分析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、放射線分析システム、荷電粒子ビームシステム及び放射線分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線のエネルギーを弁別可能な放射線分析装置として、エネルギー分散型X線検出器(Energy Dispersive Spectroscopy、以後「EDS」と呼ぶ)や波長分散型X線検出器(Wavelength Dispersive Spectroscopy、以後「WDS」と呼ぶ)がある。EDSは、検出器に取り込まれたX線のエネルギーを検出器内で電気信号に変換し、その電気信号の大きさによってエネルギーを算出する。WDSは、X線を分光器で単色化し、単色化されたX線を比例計数管等で検出する。
【0003】
EDSとしては、シリコンリチウム型検出器、シリコンドリフト型検出器及びゲルマニウム検出器などの半導体検出器が広く利用されている。例えば、シリコンリチウム型又はシリコンドリフト型の検出器は、電子顕微鏡の元素分析装置に用いられ、0.1keV~20keV程度の範囲のエネルギーを検出できる。しかしながら、その性能は検出器に用いられるシリコンのバンドギャップ(1.1eV程度)に依存するため、エネルギー分解能を120eV程度以下に改善することが難しく、WDSと比較して10倍以上エネルギー分解能が劣る。
【0004】
X線検出器の性能を示す指標の一つであるエネルギー分解能が、例えば、120eVであるとは、X線検出器にX線が照射されると120eVの不確かさでエネルギーを検出できることを意味する。この不確かさが小さいほど、エネルギー分解能が高いということになる。エネルギー差が20eV程度の隣接する2本のスペクトルからなるX線を検出する場合、エネルギー分解能が20eV~30eV程度であれば2本のピークを分離できる。
【0005】
近年、EDSに利用される半導体検出器の代替として、エネルギー分散型でありかつWDSと同等のエネルギー分解能を有する超伝導X線検出器が注目されている。超伝導X線検出器のうち、超伝導転移端センサ(Transition Edge Sensor、以後「TES」と呼ぶ)を備える検出器は、金属薄膜の超伝導-常伝導間の急激な抵抗値の変化(例えば、数mKの温度変化での抵抗値変化が100mΩ)を用いた高感度の熱量計である。TESは、マイクロカロリメータとも呼ばれる。
【0006】
TESは、一次X線又は一次電子ビームなどの放射線照射によってサンプルから発生した蛍光X線又は特性X線が、TES内に入射した際に起こるTESの温度変化を検出することでサンプルを分析する。TESは、半導体検出器よりも高いエネルギー分解能を有しており、例えば、5.9keVのX線に対して10eV以下のエネルギー分解能が得られる。
【0007】
TESの高エネルギー分解能を実現させるためには、TESに流れるベースライン電流を一定にすることが重要であるものの、ベースライン電流の変動を0にすることは技術的に難しいため、種々の感度補正方法が提案されている。
【0008】
例えば特許文献1には、「ベースライン電流が既定値からずれて変動している場合にその変動幅に応じて電流検出機構4で検出した電流又は波高分析器5で測定した波高値を補正する感度補正演算部7」を備えるX線分析装置が開示されている(同文献の要約参照)。
【0009】
特許文献2には、「予め取得した第一のヒーター20の出力と波高分析器5で測定した波高値との関係からTES1の感度を補正する感度補正演算部7」を備える放射線分析装置が開示されている(同文献の要約参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2009-271016号公報
【文献】特開2014-038074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1のX線分析装置では、ベースライン電流を常時モニタして、TESに流れるベースライン電流が変動するたびに追加の補正データを取得する必要がある。
【0012】
特許文献2の放射線分析装置は、予めヒータの出力とTESの感度との相関特性を取得しておき、実際の測定時にTESの信号パルスを取得する際のヒータの出力に対応するTESの感度を用いてTESの信号パルスの波高値を補正する。しかしながら、ヒータの出力は応答性が遅いため、ベースライン電流の変動が早い場合には高いエネルギー分解能が得られない。
【0013】
そこで、本開示は、追加の補正データを取得する必要が無く、安定して高いエネルギー分解能が得られる放射線分析システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示の放射線分析システムは、放射線を検出する超伝導転移端センサと、前記超伝導転移端センサに流れる電流を検出する電流検出機構と、前記電流検出機構からの前記電流の検出信号を処理するコンピュータサブシステムと、を備え、前記コンピュータサブシステムは、前記電流の前記検出信号のベースライン電流を算出する処理と、前記超伝導転移端センサが前記放射線を検出した際に前記検出信号に生じる信号パルスの波高値を算出する処理と、前記ベースライン電流及び前記波高値に基づく相関データを取得する処理と、未知のエネルギーを有する放射線を前記超伝導転移端センサによって検出した際の信号パルスが生じる前の前記ベースライン電流と、前記相関データとに基づいて、前記信号パルスの前記波高値又は当該波高値から算出されるエネルギー値を補正する処理と、を実行することを特徴とする。
【0015】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0016】
本開示の放射線分析システムによれば、追加の補正データを取得する必要が無く、安定して高いエネルギー分解能を得ることができる。
上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】第1の実施形態に係る走査型電子顕微鏡システムの構成を示す図である。
【
図4】放射線分析装置の一部の構成を示す模式図である。
【
図5】放射線分析装置による測定準備方法を示すフローチャートである。
【
図6】測定準備開始から測定準備完了までのベースライン電流の変化を示すグラフである。
【
図7】測定準備のための相関データ取得画面を示す模式図である。
【
図8】補正部による波高値の補正方法を示すフローチャートである。
【
図9】補正部により取得される電流の変化を示すグラフである。
【
図10】放射線分析装置のベースライン電流と波高値との相関データを示す図である。
【
図11】放射線分析装置のTESに入射した放射線のエネルギーと波高値とが比例する場合の相関データを示す図である。
【
図12】放射線分析装置のTESに入射した放射線のエネルギーと波高値とが比例しない場合の相関データを示す図である。
【
図13】第2の実施形態に係る相関データを取得するための相関データ取得画面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して本開示の実施形態を説明する。
【0019】
実施形態の荷電粒子ビームシステムにおいて、電子顕微鏡(荷電粒子ビーム照射サブシステム)として走査型電子顕微鏡を用いた例を説明するが、これは本開示の技術の単なる一例であり、本開示の技術は以下で説明する実施の形態に限定されるものではない。本開示において、電子顕微鏡には電子ビームを用いて試料の画像を撮像する装置を広く含むものとする。例えば、汎用の走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡、走査型電子顕微鏡を備えた試料加工装置や試料解析装置にも、本開示の技術を適用することができる。
【0020】
また、電子ビームを用いたX線分析装置として、走査型電子顕微鏡を用いた検査装置、レビュー装置、パターン計測装置などが挙げられる。電子顕微鏡を用いたX線分析装置には、上記の電子顕微鏡を含む各装置がネットワークで接続されたシステムや、上記の各装置が複合された装置も含まれるものとする。
【0021】
本明細書において、「試料」とは、観察及び分析の対象となる物体を広く含むものとする。例えば、シリコンなどで形成された半導体ウェハ、リチウム電池などの高機能材料、生体試料なども「試料」に含まれる。
【0022】
[第1の実施形態]
<走査型電子顕微鏡システムの構成>
図1は、第1の実施形態に係る走査型電子顕微鏡システム100(荷電粒子ビームシステム)の構成を示す図である。
図1に示すように、走査型電子顕微鏡システム100は、放射線分析サブシステム200(放射線分析システム)、走査型電子顕微鏡300(荷電粒子ビーム照射サブシステム)、高電圧電源400及びコンピュータサブシステム500を備える。
【0023】
走査型電子顕微鏡300は、電子源301、コンデンサレンズ303、偏向走査用コイル304、対物レンズ305、試料ステージ307、反射電子検出器308及び二次電子検出器309を備える。
【0024】
コンピュータサブシステム500は、走査型電子顕微鏡300及び高電圧電源400の動作を制御するコンピュータシステムであり、全体制御部501、電子光学系制御部502、ステージ制御部503、A/D変換部504、画像演算部505、記憶装置506、表示部507及び入力装置508を備える。
【0025】
観察対象となる試料306は、試料ステージ307に設置される。試料ステージ307は、ステージ制御部503の指示信号に基づいてXY方向に移動する。電子源301には、高電圧電源400が接続されており、全体制御部501の指示信号に基づいて高電圧電源400より電子源301に電圧が印加される。
【0026】
電子源301から放出された電子ビーム302(荷電粒子ビーム)は、電子光学系制御部502の指示信号に基づいて、コンデンサレンズ303及び対物レンズ305により収束され、偏向走査用コイル304により試料306上に走査される。
【0027】
電子ビーム302が試料306に照射されることで、試料306から反射電子及び二次電子が発生する。反射電子検出器308に到達した反射電子及び二次電子検出器309に到達した二次電子は、電流に変換され、A/D変換部504に出力されてデジタル信号に変換される。画像演算部505は、A/D変換部504によって生成されたデジタル信号を用いて、SEM像の生成及び画像処理を行う。
【0028】
全体制御部501には、記憶装置506、表示部507及び入力装置508が接続されており、画像演算部505により生成されたSEM像は、全体制御部501を介して、記憶装置506に保存され、また、表示部507に表示される。
【0029】
表示部507には、走査型電子顕微鏡システム100のユーザが指示を入力するためのGUI画面も表示される。ユーザは、入力装置508を操作して、表示部507に表示されたGUI画面を介して全体制御部501に指示を出す。全体制御部501は、ユーザの入力に基づいて、高電圧電源400、電子光学系制御部502、ステージ制御部503、画像演算部505、放射線分析サブシステム200に対して指示を出すことで、SEM像の撮像条件や撮像位置の変更、放射線分析サブシステム200の検出条件の変更といった各部の制御を行う。
【0030】
放射線分析サブシステム200は、例えば電子顕微鏡、イオン顕微鏡、X線顕微鏡、蛍光X線分析装置などの組成分析装置として利用可能な装置である。放射線分析サブシステム200は、電子ビーム302の照射によって試料306から放出される特性X線(放射線)を検出し、そのエネルギーを計算する。特性X線は元素固有のエネルギーを有しているため、放射線分析サブシステム200は、横軸をエネルギーとし、縦軸をX線のカウント数としたスペクトルを生成することで、試料306上の電子ビーム302の照射位置にどのような元素が存在しているのかを分析できる。
【0031】
放射線分析サブシステム200は、コンピュータサブシステム500の全体制御部501とデータ及び指示信号を送受信(通信)可能に構成されており、放射線分析サブシステム200における元素分析の結果は、全体制御部501を介して、記憶装置506及び表示部507に出力される。また、全体制御部501は、検出された元素の情報をネットワークを介してデータ管理サーバ(不図示)に送信することもできる。
【0032】
図2は、放射線分析サブシステム200の構成を示す模式図である。
図2に示すように、放射線分析サブシステム200は、TES201、センサ回路部202、バイアス電流源203、電流検出機構206、第1の温度計209、ヒータ210、冷凍機211及びコンピュータサブシステム250を備える。
【0033】
TES201は、放射線を受けるとそのエネルギーを温度変化として検出し、この温度変化を電流信号として出力する。TES201の詳細な構成については後述する。バイアス電流源203は、センサ回路部202を擬似的に定電圧駆動させるための電流をセンサ回路部202に流す。センサ回路部202は、TES201に接続されており、シャント抵抗204及びインプットコイル205を備える。
【0034】
シャント抵抗204は、TES201と並列に接続され、TES201よりも小さい抵抗値を示す。インプットコイル205は、TES201に直列に接続されている。バイアス電流源203からセンサ回路部202にバイアス電流が流されると、シャント抵抗204の抵抗値とTES201の抵抗値との抵抗比で電流が分岐される。つまり、シャント抵抗204に流れる電流とシャント抵抗204の抵抗値で決まる電圧値により、TES201の電圧値が決定される。
【0035】
電流検出機構206は、SQUIDアンプ207(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device、超伝導量子干渉素子)及び室温アンプ208を備える。SQUIDアンプ207は、インプットコイル205による磁場を検出して電気信号を生成し、当該電気信号を室温アンプ208に出力する。室温アンプ208は、SQUIDアンプ207から出力された電気信号を増幅し整形処理することで、TES201に流れた電流の信号パルスを取得する。このように、電流検出機構206は、SQUIDアンプ207を用いていることにより、TES201に流れた電流の極微小な変化を検出することができる。なお、電流検出機構206として、インプットコイル205を利用したSQUIDアンプ207と室温アンプ208を用いているが、TES201に流れる電流の変化を検出可能であれば、他の構成を採用しても構わない。
【0036】
図2において、冷凍機211は、一点鎖線で囲った領域により模式的に表されており、冷凍機211の内部にTES201、センサ回路部202、SQUIDアンプ207、第1の温度計209及びヒータ210が設置されることが示されている。また、冷凍機211の内部にはコールドヘッド(
図2には不図示)が設けられており、第1の温度計209及びヒータ210はこのコールドヘッドの内部に設置される。
【0037】
コンピュータサブシステム250は、波高分析器251、補正部252、スペクトル生成部253及び温度コントロール部254を備える。図示は省略しているが、コンピュータサブシステム250は、ディスプレイなどの表示部、中央処理部(CPU)などのプロセッサ(演算回路)、及びプログラムを格納するメモリなどの記憶装置を備える。コンピュータサブシステム250の各モジュール(波高分析器251、補正部252、スペクトル生成部253及び温度コントロール部254)の機能は、例えばプロセッサによるプログラム処理により実現することができる。なお、コンピュータサブシステム250の各モジュールを上述の全体制御部501に組み込んでもよいし、各モジュールを異なるパーソナルコンピュータに組み込んでもよい。
【0038】
波高分析器251は、電流検出機構206により検出された電流の検出信号の入力を受け付け、TES201に流れた電流の信号パルスの波高値を計算する。なお、本明細書において、「波高値」とは、分析精度を高めるために信号パルスに計算処理を施したものを広く含むものとする。例えば、信号パルスの高さ成分、信号パルスの積分値、信号パルスとバンドフィルター等のフィルターをコンボリューションしたものなどが「波高値」に含まれる。
【0039】
補正部252は、波高分析器251により計算された波高値を補正する。本実施形態に係る補正部252における波高値の補正方法の詳細については後述する。また、補正部252は、電流検出機構206により検出された電流の検出信号の入力を受け付け、ベースライン電流の平均値を算出する。
【0040】
スペクトル生成部253は、補正部252により補正された波高値を用いて、TES201で検出された放射線のエネルギースペクトルを生成する。スペクトル生成部253は、横軸を波高値とし、縦軸をカウントとしたヒストグラムにおいて、その波高値の箇所にカウントを1追加する作業を繰り返すことによりスペクトルを生成する。また、予め波高値をエネルギーに換算するためのデータが波高分析器251、補正部252又はスペクトル生成部253に組み込まれていれば、横軸をエネルギーとし、縦軸をカウントとしたスペクトルを表示部に表示できる。
【0041】
温度コントロール部254は、ヒータ210の出力を制御する。
【0042】
図3は、TES201の構成を示す模式図である。
図3に示すように、TES201は、吸収体212、第2の温度計213及びメンブレン214を備える。吸収体212は、X線等の放射線を吸収するための金属、半金属又は超伝導体などであり、例えば、金、銅又はビスマスなどで形成されている。第2の温度計213は、超伝導体から形成され、吸収体212で発生した熱を温度変化として検知する。第2の温度計213は、例えば、チタンと金の2層の積層体で形成されている。メンブレン214は、例えば窒化シリコンで形成されている。メンブレン214は、第2の温度計213とコールドヘッド215との間を熱的に緩く接続し、コールドヘッド215へと流れる熱の流量を制御する。
【0043】
図4は、放射線分析サブシステム200の一部の構成を示す模式図である。
図4に示すように、TES201、シャント抵抗204(
図4には不図示)及びSQUIDアンプ207は、コールドヘッド215の先端に設けられている。TES201を有する基板及びSQUIDアンプ207を有する基板は、超伝導配線216で接続されている。コールドヘッド215は熱シールド217で取り囲まれている。
【0044】
コールドヘッド215の内部には、コールドヘッド215の温度をモニタする第1の温度計209と、ヒータ210とが設けられている。第1の温度計209としては抵抗温度計を用いることができ、センサの材質としては、例えばゲルマニウムなどの半導体、超伝導体、酸化ルテニウムなどの金属酸化物が挙げられる。第1の温度計209は、コールドヘッド215の温度に従って抵抗値が変化する。予め温度と第1の温度計209から出力される電気信号を相関付けて温度コントロール部254に保存しておくことで、コールドヘッド215の正確な温度情報が得られる。
【0045】
コールドヘッド215は、冷凍機211により50mK~400mKまで冷却される。具体的には、TES201が、超伝導転移する温度より低い温度まで冷却される必要がある。冷凍機211の冷却手段としては、希釈冷凍機や断熱消磁冷凍機(Adiabatic Demagnetization Refrigerator、以後「ADR」と呼ぶ)がある。前者は、ミキシングチャンバー内において、濃厚相から希薄相へ3Heが溶け込む際のエンタルピー変化を利用して冷却する技術である。後者は、磁性体に磁場を印加することでスピンの向きを揃え、磁場を除去する際のエントロピー変化を利用して、磁性体に接続された物体を冷却する技術である。両者共に最も冷却される箇所にコールドヘッド215が設置される。
【0046】
希釈冷凍機においてコールドヘッド215の温度の安定化を図る場合、温度コントロール部254に目的とする温度が設定されると、第1の温度計209の温度を元に、ヒータ210の出力を温度コントロール部254が制御する。なお、ADRの場合は、第1の温度計209の温度を元に、磁性体に印加された磁場強度を制御することで、コールドヘッド215の温度を一定に保持する。
【0047】
<TESの動作原理>
TES201は、超伝導体が有する超伝導転移を利用するものであり、放射線の検出動作では、常伝導と超伝導の中間状態に動作点を保持する。これにより、放射線1個がTES201に吸収された場合、超伝導転移中に動作点を保持された状態において、例えば、100μKの温度変動に対して数mΩの抵抗値変化が得られ、μAオーダーの信号パルスが得られる。また、予め放射線のエネルギーと信号パルスの波高値との関係を求めておくことにより、未知のエネルギーを有する放射線がTES201に入射した場合に、信号パルスの波高値から入射した放射線のエネルギーを検出できる。
【0048】
TES201を超伝導転移中の動作点に保持させる際に、TES201の動作点は、TES201に流れる電流(以降、「TES電流It」と呼ぶ)とコールドヘッド215への熱リンクとの熱バランスにより決定される。TES201のエネルギー分解能には温度との相関があり、可能な限り温度を低くした方が良い。コールドヘッド215の温度は、例えば、50mK~400mK程度にしておく。TES電流Itは、以下の数式(1)で決定される。
【0049】
【0050】
数式(1)において、TES電流Itは、TES201の動作抵抗Rt、TES201に設けられた第2の温度計213とコールドヘッド215を熱的に接続させるための熱リンクの熱伝導度G、第2の温度計213の温度T及びコールドヘッド215の温度Tbにより記述されている。ここで、ベースライン電流とは、TES201に放射線が照射されていない状態におけるTES電流Itを意味する。
【0051】
さらに、TES電流Itと信号パルスΔIとの関係は、以下の数式(2)で与えられる。理想的には、TES電流Itが一定であれば、常に一定の信号パルスΔIが得られる。
【0052】
【0053】
数式(2)において、TES電流It及び信号パルスΔIは、TES201の感度α、熱容量C、照射される放射線のエネルギーE及び第2の温度計213の温度Tにより記述されている。数式(2)から分かるように、TES201に流れるベースライン電流が変化したとき、同一のエネルギーの放射線がTES201に照射されたとしても信号パルスΔIは異なる。また、数式(1)から分かるように、コールドヘッド215の温度が変化するとベースライン電流が変化する。つまり、コールドヘッド215の温度が変動すると、信号パルスΔIが変動する。
【0054】
TES201に放射線が照射された際の信号パルスΔIは、上記数式(2)に従って、SQUIDアンプ207に流れる電流(TES電流Itと等しい)の増加に伴い、増加傾向に変化する。信号パルスΔIは波高分析器251でフィルターとコンボリューションされ、その計算値である波高値が補正部252により補正され、スペクトル生成部253に送られる。この際、スペクトル生成部253においてスペクトルは、横軸を波高値とし、縦軸をカウントとして生成される。例えば、波高値が100のとき、100の箇所に1個カウントされる。
【0055】
同一のエネルギーの放射線が照射されたにも関わらず、信号パルスが変動することは、その波高値がばらつくことを意味している。このばらつきの度合いが上述したエネルギー分解能に相当する。つまり、高いエネルギー分解能を実現するためには、同一のエネルギーの放射線に対して、波高値のばらつきを小さくする必要がある。
【0056】
TES201を常伝導と超伝導の中間状態に保持させる際に、第2の温度計213で発生するジュール熱は、メンブレン214を通してコールドヘッド215に流れる熱流と熱的にバランスされる。ジュール熱とメンブレン214を伝わる熱流の熱的なバランスは、上記数式(1)で与えられる。ここで、TES電流Itが、TES201外部からの熱Pexに影響されることを考慮すると、上記数式(1)は、以下の数式(3)で書き換えられる。
【0057】
【0058】
TES201外部からの熱Pexが増加すると、数式(3)を満足するように、左辺第2項のδItが減少する。つまり、TES201外部からの熱Pexが変動するとベースライン電流が変動し、ベースライン電流が変動すると信号パルスΔIが変動する。そして、信号パルスΔIが変動するとその波高値が変動するため、エネルギー分解能が劣化する。TES201外部からの熱Pexの変動例としては、TES201を冷却するコールドヘッド215の温度変動、コールドヘッド215を取り囲む熱シールド217の温度変動による熱輻射の変動、又は冷凍機211内に存在する残留ガスによる熱シールド217からTES201への熱伝導の変動などがある。
【0059】
<放射線分析サブシステムの動作>
そこで、本実施形態においては、以下のような波高値の補正方法を採用する。概説すると、補正部252は、予め(分析を始める前に)、少なくとも2つの異なる温度条件で、所定のエネルギー(第1のエネルギー)の放射線を照射する場合のベースライン電流と波高値とを取得し、相関データとして記憶しておく。実際の放射線の分析時(走査型電子顕微鏡システム100の稼働時)には、補正部252は、TES201が信号パルスを検出する直前の、TES201に定常的に流れるベースライン電流を測定する。そして、予め取得したベースライン電流と波高値との相関データを用いて、信号パルスの波高値を補正することで、正確な波高値を取得することができる。なお、相関データは、ベースライン電流と波高値に基づくものであればよく、ベースライン電流と、波高値から算出されるエネルギー値とを相関データとすることもできる。
【0060】
ベースライン電流は、TES201に定常的に流れる電流であるため、統計的な揺らぎを持っている。そのため、例えば100点程度のサンプリングデータを平均化し、平均化された値を用いることができる。例として、室温アンプ208の出力である電流値を1MS/secのアナログデジタル変換器(ADC)でモニタし、サンプリング間隔1μsecの多数データを得て、それらを平均化することができる。
【0061】
放射線分析サブシステム200において、走査型電子顕微鏡システム100の稼働中(試料の分析中)のベースライン電流の変動を±2.0μA以下とすることにより、測定される放射線エネルギーの変動をエネルギースペクトルのビン幅として用いる1eV以下にすることができ、常に高いエネルギー分解能を得ることが可能になる。
【0062】
(測定準備:相関データの取得)
図5は、放射線分析サブシステム200による測定準備方法を示すフローチャートである。本測定準備において、上述の相関データが取得される。
図5に示す動作は、実際には、コンピュータサブシステム250がプログラムを実行して各モジュールの機能を実現することにより実施されるが、以下においてはコンピュータサブシステム250の各モジュールを各動作の主体として説明する場合がある。
【0063】
測定準備の間は、TES201には同一のエネルギー(エネルギーE0(第1のエネルギー)とする)の放射線が照射される必要がある。TES201に入射する放射線のエネルギーは、
図1に示した走査型電子顕微鏡300の試料ステージ307に設置される試料306に含まれる元素により決定される。したがって、所望のエネルギーE0の放射線が得られる試料306を用いて、測定準備が実行される。試料ステージ307には、例えば測定準備用の試料と、走査型電子顕微鏡300による観察対象の試料とを載置しておくことができる。測定準備用の試料として複数種の元素を含むものを用いて、試料ステージ307をXY方向に移動させることによって、電子ビーム302が照射される元素を変更することができる。或いは、偏向走査用コイル304を用いて複数種の元素を含む測定準備用試料に対して電子ビーム302を走査し、電子ビーム302が照射される元素を変更してもよい。一例として、シリコンに電子ビーム302が照射された場合は、1740eVのエネルギーの放射線が発生する。
【0064】
まず、コンピュータサブシステム250は、第1の温度計209で取得される温度に基づき、冷凍機211が十分冷却されたことを確認する。その後、温度コントロール部254は、基準となる設定温度をT0に設定し、第1の温度計209で取得される温度に基づきヒータ210の出力を調整する。コールドヘッド215の温度がT0に到達した後は、第1の温度計209の出力は温度T0を中心に変動する。
【0065】
ステップS11において、温度コントロール部254は、第1の温度計209で取得される温度の変動が±0.1mKより小さくなったことを確認し、補正部252は、ベースライン電流の変動が±0.2μAより小さくなったことを確認する。
【0066】
ステップS12において、波高分析器251は、エネルギーE0の放射線の照射による信号パルスを検出したら、その波高値を計算し、波高値PH0として補正部252に出力する。補正部252は、このときのベースライン電流BL0と波高値PH0を相関データとして保存する。
【0067】
ステップS13において、温度コントロール部254は、設定温度をT+に変更してヒータ210の出力を調整し、ベースライン電流がBL0よりも2.0μA程度多く流れるように温度を上昇させる。温度コントロール部254は、温度の変動が±0.1mKより小さくなったことを確認し、補正部252は、ベースライン電流の変動が±0.2μAより小さくなったことを確認する。
【0068】
ステップS14において、波高分析器251は、エネルギーE0の放射線の照射による信号パルスを検出したら、その波高値を計算し、波高値PH+として補正部252に出力する。補正部252は、このときのベースライン電流BL+と波高値PH+を相関データとして保存する。
【0069】
ステップS15において、温度コントロール部254は設定温度をT-に変更し、ヒータ210の出力を調整し、ベースライン電流がBL0よりも2.0μA程度少なく流れるように温度を低下させる。温度コントロール部254は、温度の変動が±0.1mKより小さくなったことを確認し、補正部252は、ベースライン電流の変動が±0.2μAより小さくなったことを確認する。
【0070】
ステップS16において、波高分析器251は、エネルギーE0の放射線の照射による信号パルスを検出したら、その波高値を計算し、波高値PH-として補正部252に出力する。補正部252は、このときのベースライン電流BL-と波高値PH-を相関データとして保存する。
【0071】
ステップS17において、温度コントロール部254は、温度が基準値T0になるようにヒータ210の出力を調整する。温度コントロール部254は、温度の変動が±0.1mKより小さくなったことを確認する。以上により測定準備は完了し、常に高いエネルギー分解能での分析が可能になる。
【0072】
図6は、測定準備開始から測定準備完了までのベースライン電流の変化を示すグラフである。
図6において、横軸は時間を示し、縦軸はベースライン電流を示している。
図6に示す例においては、設定温度T0のときのベースライン電流BL0が10μA、設定温度T+のときのベースライン電流BL+が12μA、設定温度T-のときのベースライン電流BL-が8μAとなっている。
図6のグラフは、コンピュータサブシステム250の表示部、又は、コンピュータサブシステム500の表示部507に表示することができる。
【0073】
また、コンピュータサブシステム250の表示部には、上述の測定準備において設定される放射線のエネルギーE0、温度コントロール部254の設定温度T0、T+及びT-をユーザが入力し、取得される相関データを表示するためのGUI画面を表示することができる。
【0074】
図7は、測定準備のための相関データ取得画面255(GUI画面)を示す模式図である。
図7に示すように、相関データ取得画面255は、例えば、ユーザが3つの温度(T0、T+、T-)と放射線のエネルギー(E0)を設定するための入力ボックスを有する。相関データ取得画面255はStartボタンを有しており、ユーザがStartボタンをクリックすると、コンピュータサブシステム250は、
図5のフローチャートに従って測定準備を実行し、ベースライン電流と波高値との相関データを取得する。コンピュータサブシステム250は、得られたベースライン電流と波高値との相関データを相関データ取得画面255に表示させる。このように、相関データ取得画面255により、ユーザがベースライン電流と波高値との相関データを確認できるため、システムの利便性が高くなる。
【0075】
(放射線分析時の波高値の補正方法)
次に、未知のエネルギー(第2のエネルギー)の放射線を分析する際の波高値の補正方法について説明する。
【0076】
図8は、補正部252による波高値の補正方法を示すフローチャートである。上述のように、ベースライン電流は、例えば100点程度のサンプリングデータを平均化し、平均化された値を用いることで、揺らぎの影響を低減することができる。そこで、ステップS21において、補正部252は、例えば1μsec毎に1点、電流値サンプリングデータを取得し、計110点となるように電流値サンプリングデータを取得する。
【0077】
ステップS22において、補正部252は、電流値サンプリングデータを1点取得する。ステップS23において、補正部252は、ステップS22で取得した最新の電流値が閾値を超えたかどうかを判断し、信号パルスを検出したかどうかを判定する。ステップS22及びS23は、信号パルスが検出されるまで繰り返される。
【0078】
最新の電流値が閾値を超えた場合(Yes)、ステップS24に移行し、補正部252は、閾値を超えた点の110点前から11点前まで、合計100点の電流値の平均値を算出し、ベースライン電流BLとする。
【0079】
図9は、補正部252により取得される電流の変化を示すグラフである。
図9において、横軸はサンプリング点数を示し、縦軸はベースライン電流を示している。
図9に示す例においては、526点目で電流値が閾値を超えており、ベースライン電流BLは、416点目から515点目までの平均値をとって、9.042μAとなる。
【0080】
図8に戻り、補正部252は、未知のエネルギーを持つ放射線の照射による信号パルスの波高値PHを、同時に測定したベースライン電流BLと、予め
図5の方法で取得した相関データを用いて補正する。具体的には、補正後の正確な波高値PH'は、測定準備で取得したベースライン電流(BL0、BL+、BL-)とエネルギーE0の放射線の信号パルスの波高値(PH0、PH+、PH-)を用いて求められる。
【0081】
補正部252は、まず以下の数式(4)により、ベースライン電流がBLのときの、エネルギーE0の放射線の波高値PH0'を求める。次に、補正部252は、以下の数式(5)により、波高値PHと波高値PH0'の比が波高値PH'と波高値PH0の比と等しくなる関係を用いて、補正後の波高値PH'を求める。補正部252又はスペクトル生成部253は、補正後の波高値PH'をエネルギーに換算することにより、未知のエネルギーの値を取得することができる。
【0082】
【0083】
【0084】
図10は、ベースライン電流とエネルギーE0の放射線の信号パルスの波高値との相関データの一例と、PH0、PH0'、PH及びPH'との関係を示す図である。
図10において、横軸はベースライン電流を示し、縦軸は波高値を示している。
図10に示すように、本実施形態において相関データは3点のデータにより求められる近似関数としたが、相関データを取得するためのデータの数は少なくとも2点あればよい。なお、上述のように、ベースライン電流(BL0、BL+、BL-)と、波高値(PH0、PH+、PH-)から算出されるエネルギーとを相関データとした場合は、ステップS24において、補正部252は、波高値PHから算出されるエネルギーの値を補正して、補正後のエネルギー値を取得することができる。
【0085】
図8に戻り、ステップS25において、補正部252は、TES201に流れる電流が定常状態に戻るまで待つために、例えば900点の電流値サンプリングデータを取得する。
【0086】
ステップS26において、補正部252は、電流値サンプリングデータを1点取得する。ステップS27において、補正部252は、最新の電流値が閾値を下回っているかどうかを判断する。ステップS26及びS27は、最新の電流値が閾値を下回るまで繰り返される。
【0087】
ステップS27において閾値を下回ったと判断された場合(Yes)、ステップS21に戻り、上記と同様の処理を実行する。
【0088】
以上説明した本実施形態の波高値の補正方法は、TES201に入射した放射線のエネルギーとTES201の信号パルスの波高値とが比例する場合に適用することができる。
【0089】
図11は、TES201に入射した放射線のエネルギーと波高値とが比例する場合の相関データの一例を示すグラフである。
図11において、横軸は放射線のエネルギーを示し、縦軸は波高値を示している。
図11に示すように、放射線のエネルギーと波高値とが比例する場合、エネルギー値によらず、信号パルスの波高値PH0、PH+及びPH-の比は一定である。したがって、1つの任意のエネルギーE0の放射線を用いて相関データを取得することができ、上述の数式(4)及び(5)を用いて説明したように補正後の波高値PH'を求めることができる。
【0090】
<技術的効果>
以上のように、本実施形態に係る放射線分析サブシステム200は、予め取得したベースライン電流と波高値とに基づく相関データを用いて、実際の分析時に波高分析器251で波高値を測定した直前のTES201に流れるベースライン電流に応じて波高値を補正する。これにより、追加の補正データを取得すること無く、ベースライン電流の変動に関わらずに、同一のエネルギーの放射線に対して一定の波高値を得ることができるので、常に高いエネルギー分解能が得られる。
【0091】
[第2の実施形態]
第1の実施形態においては、TES201に入射した放射線のエネルギーとTES201の信号パルスの波高値とが比例することに基づいて波高値を補正する技術を説明した。しかしながら、実際の放射線分析装置においては、放射線のエネルギーと信号パルスの波高値とが比例しないことがある。その場合でも、放射線のエネルギーと信号パルスの波高値とに基づく相関データを予め取得しておくことにより、正確な波高値を得ることが可能である。そこで、第2の実施形態においては、放射線のエネルギーと波高値とが比例しない場合の放射線分析サブシステムの動作を提案する。
【0092】
本実施形態の放射線分析サブシステムの構成は、第1の実施形態と同様の構成を採用することができるので、説明を省略する。
【0093】
<放射線分析サブシステムの動作>
(測定準備:相関データの取得)
図12は、TES201に入射した放射線のエネルギーと波高値とが比例しない場合の相関データの一例を示すグラフである。
図12において、横軸は放射線のエネルギーを示し、縦軸は波高値を示している。
図12に示すように、放射線のエネルギーと信号パルスの波高値とが比例しない場合には、2つ以上のエネルギーの放射線を用いて相関データを取得する必要がある。
【0094】
本実施形態の相関データの取得方法は、第1の実施形態(
図5のフローチャート)とほぼ同様であるが、以下の点で異なっている。すなわち、相関データの取得時(ステップS12、S14及びS16)において波高値(PH0、PH+、PH-)を取得する際に、波高分析器251は、2つ以上の放射線のエネルギーに対応する信号パルスを検出し、補正部252は、その波高値を保存する。放射線のエネルギーは、
図1に示した走査型電子顕微鏡300の試料ステージ307を移動させ、または走査用コイル304を走査して電子ビーム302が照射される試料306(元素)を変更することにより、変更することができる。また、補正部252は、得られた放射線のエネルギーと波高値のデータをn次関数(nは整数)又はスプライン曲線で補間した補正曲線(関数f0、f+、f-)を作成し、この補正曲線を相関データとして保存する。
【0095】
図13は、第2の実施形態に係る相関データを取得するための相関データ取得画面256(GUI画面)を示す図である。
図13に示すように、相関データ取得画面256は、ベースライン電流、及び、放射線のエネルギーと波高値との相関データを取得するためのGUI画面であり、例えば、3つの温度(T0、T+、T-)、2つ以上の放射線のエネルギー及び補間方法を設定するための入力ボックスを有する。
【0096】
放射線のエネルギーは、例えば最大20個程度設定することができる。
図13に示す相関データ取得画面256においては、9個のエネルギーを設定できるようになっている。また、補間方法としては、例えばn次関数(nは整数)又はスプライン曲線を選択することができる。相関データ取得画面256にはStartボタンが設置されており、ユーザがStartボタンをクリックすると、コンピュータサブシステム250は、
図5のフローチャートに従って測定準備を実行し、ベースライン電流と設定した全ての放射線のエネルギーに対応する波高値のデータを保存する。そして、コンピュータサブシステム250は、放射線のエネルギーと波高値の補正曲線を作成し、その補正曲線を相関データとして保存する。コンピュータサブシステム250は、得られたベースライン電流と、それぞれのベースライン電流における、放射線のエネルギーと波高値との相関データを相関データ取得画面256に表示させる。
【0097】
(放射線分析時の波高値の補正方法)
本実施形態の相関データの取得方法は、第1の実施形態(
図8のフローチャート)とほぼ同様であるが、ステップS24が以下の点で異なっている。
【0098】
補正部252は、波高分析器251で測定した未知のエネルギーE(第2のエネルギー)を持つ放射線の信号パルスの波高値PHを、同時に測定したベースライン電流BLと相関データを用いて、以下の方法で補正する。具体的には、補正後の正確な波高値PH'は、測定準備で取得したベースライン電流(BL0、BL+、BL-)と、それぞれのベースライン電流における、放射線のエネルギーと波高値の補正曲線(関数f0、f+、f-、すなわち相関データ)を用いて求められる。このとき、未知のエネルギーEと波高値PHの関係は以下の数式(6)で与えられる。次に、補正部252は、以下の数式(7)により、補正曲線の逆関数を用いて、補正後の波高値PH'を求める。
【0099】
【0100】
【0101】
数式(7)において、f0-1以降の括弧内の式は、1個の放射線を検出したとき、そのパルスの波高値と、ベースライン電流から、当該放射線のエネルギー値を計算できることを示している。数式(7)は、このエネルギー値の逆関数を取ることで、補正後の正確な波高値PH'を求めるものである。
【0102】
<技術的効果>
以上のように、第2の実施形態に係る放射線分析サブシステムは、少なくとも2つの既知のエネルギー値の放射線を用いて、1つのエネルギー値につき少なくとも2つのベースライン電流における波高値を取得して、波高値とエネルギー値との相関データ(補正曲線)を取得しておく。この相関データを用いて、波高分析器で波高値を測定した直前のTESに流れるベースライン電流に応じて波高値を補正する。これにより、追加の補正データを取得すること無く、ベースライン電流の変動に関わらずに、同一のエネルギーの放射線に対して一定の波高値を得ることができ、常に高いエネルギー分解能が得られる。
【0103】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されるものでなく、様々な変形例を含んでいる。例えば、上述した実施形態は、本開示を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備える必要はない。また、ある実施形態の一部を他の実施形態の構成に置き換えることができる。また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることもできる。また、各実施形態の構成の一部について、他の実施形態の構成の一部を追加、削除又は置換することもできる。
【0104】
上述した各構成、機能、コントロール部等は、それらの一部又は全部を実現するプログラムを作成する例を中心に説明したが、それらの一部又は全部を例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現しても良いことは言うまでもない。すなわち、コントロール部の全部又は一部の機能は、プログラムに代え、例えば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)などの集積回路により実現しても良い。
【符号の説明】
【0105】
100 走査型電子顕微鏡システム
200 放射線分析サブシステム
201 TES
202 センサ回路部
203 バイアス電流源
204 シャント抵抗
205 インプットコイル
206 電流検出機構
207 SQUIDアンプ
208 室温アンプ
209 第1の温度計
210 ヒータ
211 冷凍機
212 吸収体
213 第2の温度計
214 メンブレン
215 コールドヘッド
216 超伝導配線
217 熱シールド
250 コンピュータサブシステム
251 波高分析器
252 補正部
253 スペクトル生成部
254 温度コントロール部
255、256 相関データ取得画面
300 走査型電子顕微鏡
301 電子源
302 電子ビーム
303 コンデンサレンズ
304 偏向走査用コイル
305 対物レンズ
306 試料
307 試料ステージ
308 反射電子検出器
309 二次電子検出器
400 高電圧電源
500 コンピュータサブシステム
501 全体制御部
502 電子光学系制御部
503 ステージ制御部
504 A/D変換部
505 画像演算部
506 記憶装置
507 表示部
508 入力装置