(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-26
(45)【発行日】2023-11-06
(54)【発明の名称】生体物質回収方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20231027BHJP
【FI】
G01N27/447 315C
G01N27/447 315G
(21)【出願番号】P 2019114723
(22)【出願日】2019-06-20
【審査請求日】2022-02-14
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 未真
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-502243(JP,A)
【文献】特開昭64-021345(JP,A)
【文献】特開昭61-003041(JP,A)
【文献】特開2010-008376(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0323498(US,A1)
【文献】特開平08-327595(JP,A)
【文献】特開2005-241477(JP,A)
【文献】特表2014-517314(JP,A)
【文献】特表平07-509569(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
B01D 57/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動装置を用いた生体物質回収方法において、
前記電気泳動装置は、電場を用いて目的生体物質を分離し回収するための、生体物質回収装置を備え、
前記生体物質回収装置は分離媒体および回収孔を有し、
前記分離媒体において、前記目的生体物質が流出する流出部における、前記電場の向きと直交する平面による断面積は、前記目的生体物質が流入する流入部における、前記電場の向きと直交する平面による断面積よりも小さく、
前記生体物質回収方法は、
目的生体物質を前記回収孔に向かって移動させる電圧の印加を開始する、電圧印加開始工程と、
前記電圧印加開始工程の後、前記目的生体物質が前記回収孔に到達する前に、前記回収孔内の緩衝液を除去する、緩衝液除去工程と、
前記緩衝液除去工程の後に、洗浄液を用いて前記回収孔を洗浄する洗浄工程と、
前記
洗浄工程の後に、前記回収孔に溶媒を注入する、溶媒注入工程と、
前記溶媒注入工程の後に、前記回収孔に到達した前記目的生体物質を回収する、回収工程と、
を有する、生体物質回収方法。
【請求項2】
請求項1に記載の生体物質回収方法において、前記回収工程の後に、
前記回収孔に緩衝液を注入する、緩衝液注入工程と、
追加の前記緩衝液除去工程と、
追加の前記溶媒注入工程と、
追加の前記回収工程と
を有する、生体物質回収方法。
【請求項3】
請求項1に記載の生体物質回収方法において、
前記電圧印加開始工程と、前記緩衝液除去工程との間に、前記電圧の印加を停止する、電圧印加停止工程を有し、
前記溶媒注入工程と、前記回収工程との間に、前記電圧の印加を開始する、電圧印加再開工程を有する、
生体物質回収方法。
【請求項4】
請求項1に記載の生体物質回収方法において、
前記生体物質回収装置は、前記目的生体物質を回収するための回収孔と、選択透過膜とを有し、
前記選択透過膜は、前記回収孔に関して前記流出部と反対側に設けられ、
前記選択透過膜は、前記目的生体物質を透過させず、イオンを透過させる、
生体物質回収方法。
【請求項5】
請求項1に記載の生体物質回収方法において、
前記生体物質回収装置は、前記分離媒体の、前記流入部と前記流出部との間の領域を覆う絶縁性の容器を有する、生体物質回収方法。
【請求項6】
請求項1に記載の生体物質回収方法において、
前記分離媒体の少なくとも一部において、前記電場の向きと直交する平面による断面積は、前記流入部から前記流出部に向かう方向に減少する、生体物質回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体物質回収方法および生体物質回収装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体物質回収方法および生体物質回収装置を用いて、電気泳動により、幾つかの生体物質のうちから目的物質のみを高純度、高濃度の回収液として簡便に回収することが可能である。
【0003】
ゲル電気泳動方法は、電荷を持った物質に電場を印加すると、物質が逆極性の電極方向へ移動する現象を利用して、核酸やたんぱく質などの生体物質を分析する手法である。一般に、生体物質の支持体として、アガロースゲルやアクリルアミドゲルなどの電気泳動ゲルが用いられる。生体物質の分子量によって電気泳動ゲル中の移動速度が異なるため、分子量毎に異なるバンドとして生体物質が分離される。ゲル電気泳動方法は、生体物質の分離に関し高い分解能を持つため、目的とする分子量の生体物質を他の分子量の生体物質から分離し、回収するためにも採用される。
【0004】
目的とする分子量の生体物質の回収方法として、電気泳動により分離した目的のバンドに対し、周囲の電気泳動ゲルごと切除し、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する方法が一般に採用される。しかし、切除された電気泳動ゲルから生体物質を回収する際に、生体物質の濃度が変化したり、切除のための工程が余計に必要になったりするという課題があった。
【0005】
電気泳動ゲルを切除する必要がなく、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献1及び2には、予め電気泳動ゲルに生体物質の回収孔を設けることが開示されている。生体物質に回収孔を空ける方法は、目的生体物質よりも早く泳動する不要物が回収孔を通り抜けて泳動を続けることから、コンタミの可能性がなくなるという利点があるが、同様の理由から目的生体物質も回収孔を通り抜けやすく、目的生体物質の高回収率化がみこめないという問題があった。
【0006】
なお、同様に、電気泳動と同時に目的とする生体物質を回収する方法として、例えば特許文献3には、電気泳動の流路が二股に分かれていて、電極のスイッチングによって目的生体物質のみを回収用チャンバに移動させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-290109号公報
【文献】特表2010-502962号公報
【文献】米国特許第9719961号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の構成では、目的生体物質の回収率を向上させるのが困難であるという課題があった。
【0009】
たとえば特許文献1及び2の構成は、ゲルの途中に孔が空いた構成のため、回収孔に到達した生体物質は回収孔以降にも電気泳動を続けるため、高効率に目的生体物質を回収することは困難である。
【0010】
なお、特許文献3の構成では、電気的および物理的に分離された2個の回収用チャンバが必要で、その分必要な面積および体積が大きくなるという課題がある。
【0011】
そこで、本発明は、簡素な構成で目的生体物質の回収率を向上させることができる、生体物質回収方法および生体物質回収装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明の生体物質回収方法の一例は、
分離媒体および回収孔を有する電気泳動装置を用いた生体物質回収方法において、
目的生体物質を前記回収孔に向かって移動させる電圧の印加を開始する、電圧印加開始工程と、
前記電圧印加開始工程の後、前記目的生体物質が前記回収孔に到達する前に、前記回収孔内の緩衝液を除去する、緩衝液除去工程と、
前記緩衝液除去工程の後に、前記回収孔に溶媒を注入する、溶媒注入工程と、
前記溶媒注入工程の後に、前記回収孔に到達した前記目的生体物質を回収する、回収工程と、
を有する。
【0013】
また、本発明の生体物質回収装置の一例は、
電場を用いて目的生体物質を分離し回収するための、生体物質回収装置であって、
前記生体物質回収装置は分離媒体を有し、
前記分離媒体において、前記目的生体物質が流出する流出部における、前記電場の向きと直交する平面による断面積は、前記目的生体物質が流入する流入部における、前記電場の向きと直交する平面による断面積よりも小さい。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る生体物質回収方法および生体物質回収装置によれば、簡素な構成で目的生体物質の回収率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る分離回収ワークフローを示すワークフロー図。
【
図2】本発明の第1の実施形態に係る分離回収システムを示す概略斜視図。
【
図6】本発明の第2の実施形態に係る電気泳動ユニットの上面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本実施の形態を説明するための全図において、同一機能を有するものには同一の符号を付すようにし、その繰り返しの説明は省略する場合がある。また、本発明は、以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明は添付の特許請求の範囲によって定義されるが、その思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0017】
図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、範囲などは、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、範囲などを表していない場合がある。このため、本発明は、必ずしも、図面等に開示された位置、大きさ、形状、範囲などに限定されない。
【0018】
本明細書において単数形で表される構成要素は、特段文脈で明らかに示されない限り、複数形を含むものとする。
【0019】
[第1の実施形態]
第1の実施形態に係る生体物質回収方法および生体物質回収装置について、
図1、
図2、
図3、
図4および
図5を用いて説明する。
【0020】
図1は、第1の実施形態に係る分離回収ワークフローを示すワークフロー図であり、生体物質回収方法の手順を示すフローチャートとしても解釈可能である。
図2は、生体物質回収に用いられる分離回収システムを示す概略斜視図である。
【0021】
図2に示すように、第1の実施形態に係る分離回収システムは、電気泳動システムとして実現される。この電気泳動システムは、電気泳動ユニット21と、電気泳動装置24を備える。電気泳動装置24は、電圧制御部16と、電源15と、電気泳動槽14と、正極18と、負極17とを有する。
【0022】
電気泳動ユニット21は、電場を用いて目的生体物質を分離し回収するための生体物質回収装置の例であり、本実施形態に係る生体物質回収方法を実行するために用いられる。
【0023】
電圧制御部16は、正極18及び負極17の間に印加する電圧を制御する。正極18及び負極17の間に電圧を印加することにより、電気泳動槽14内に正極18から負極17に向かう電場が生じる。
【0024】
電気泳動槽14は、電気泳動ユニット21、緩衝液19、正極18及び負極17を収容する。正極18及び負極17は、電気泳動槽14内において緩衝液19に浸される。
図2には正極18及び負極17の具体的構造をとくに図示しないが、当業者は適宜、正極18及び負極17を互いに絶縁しつつ電気泳動槽14内に電場を発生させるよう配置することができる。
【0025】
なお、以下において、回収の対象となる目的生体物質が核酸である場合を例に説明する。核酸は、マイナスに帯電しているため、電気泳動の方向は電場の方向と逆向きとなり、負極17側から正極18側に向かって電気泳動する。なお、プラスに帯電している生体物質を回収する場合は、電気泳動ユニット21の向きを逆にするか、正極18及び負極17の配置を逆にする。
【0026】
図3は電気泳動ユニット21の上面図であり、
図4は電気泳動ユニット21の水平断面図であり、
図5は電気泳動ユニット21の電場の向きと平行な平面による垂直断面図である。
【0027】
電気泳動ユニット21は、電気泳動槽14内において緩衝液19に浸される。
図3、
図4及び
図5に示すように、電気泳動ユニット21は、ゲルを覆う絶縁部9と、ゲル13(電気泳動ゲル)と、注入孔10と、回収孔11とを有する。
【0028】
ゲル13は、目的生体物質と不要物とを分離するために用いられる分離媒体の例である。ゲル13として、例えばアガロースゲル又はポリアクリルアミドゲルなど公知のものを用いることができる。ゲル13の厚みに特に限定はないが、電気泳動により得られる生体物質のバンドがシャープで視認しやすいという観点から、2~18mmであることが好ましい。なおゲル13の厚みは一定でなくてもよい。
図4および
図5において、ゲル13は略直方体であるが、その形状は限定されない。
【0029】
ゲル13に関連して、注入孔10および回収孔11が設けられる。注入孔10は、様々な分子量を有する生体物質の混合物を注入するための構造である。注入孔10は、本実施形態では、ゲル13の一端またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。
【0030】
生体物質は、緩衝液19より比重の大きい液体と混合した注入液として、注入孔10に注入される。生体物質が混合される溶媒として、例えば、グリセロール水溶液や砂糖水等が挙げられる。溶媒がグリセロール水溶液である場合には、グリセロール濃度を例えば6%とすることができる。注入液の粘度は、例えば1mPa・sとすることができる。
【0031】
回収孔11は、目的の分子量を有する生体物質(目的生体物質)を回収するための構成である。回収孔11は、本実施形態では、ゲル13の一端(ただし注入孔10とは反対側の端)またはその近傍において、上面に向かって開口する凹部として形成される。
【0032】
注入液は、注入孔10からゲル13に流入し、ゲル13を通って泳動し、回収孔11においてゲル13から流出する。ゲル13は、目的生体物質が流入する流入部と、目的生体物質が流出する流出部とを有する。流入部および流出部は、たとえば注入孔10および回収穴11にそれぞれ面するゲル13の端面によって構成される。本実施形態では、
図4および
図5に示すように、流入部は注入孔10の負極側周壁(または回収孔11側の周壁)を構成するゲル13の第一端面13aであり、流出部は回収孔11の正極側周壁(または注入孔10側の周壁)を構成するゲル13の第二端面13bである。
【0033】
なお、本実施形態では流入部および流出部はいずれも平面であり、特に電場の向きに垂直に設けられるが、このような構成は必須ではない。また、目的生体物質の一部が、流入部および流出部以外の部分を介して流入または流出するような構成であってもよい。
【0034】
注入孔10及び回収孔11の間隔は任意に設定することができるが、回収孔11は、目的の分子量の生体物質がバンドとして現れる位置近傍に設けられることが好ましい。この位置は、分離媒体の組成(たとえばゲル濃度)、目的生体物質の分子量、不要物(たとえば目的生体物質とは区別して廃棄したい物質)の分子量、等に応じて適宜設計することができる。
【0035】
本実施形態において、注入孔10及び回収孔11は略直方体であるが、その構造、形状、大きさ等は図示のものに限定されない。注入孔10及び回収孔11の構造、形状、大きさ等は、任意に設定することができる。
図2において、注入孔10及び回収孔11の幅方向寸法(すなわち電場の向きと直交する水平方向の寸法)は等しいが、異なっていてもよい。
【0036】
また、本実施形態では、
図5に示すように注入孔10の全周および底部はすべてゲル13によって構成されているが、一部が絶縁部9または他の構成要素によって構成されてもよい。
【0037】
さらに、本実施形態では、回収孔11の周の一部(一面)がゲル13の端面(すなわち第二端面13b)によって構成され、他の部分がゲル13以外の構造によって構成される。具体的には、周の残部が絶縁部9(後述の膜12を含む)によって構成され、底部も絶縁部9によって構成されている。しかしながら、回収孔11の具体的構成はこれに限られず、たとえば回収孔11の全周および底部をすべてゲル13によって構成することも可能である。
【0038】
注入孔10及び回収孔11を形成する方法として、例えば、ゲル13を固める前にコームを差し込む方法、固まったゲル13を切除して注入孔10及び回収孔11を形成する方法、固まったゲル13に熱をかけて溶かすことにより注入孔10及び回収孔11を形成する方法、などが挙げられるが、特に限定はない。
【0039】
絶縁部9は、注入孔10の開口を形成する上部開口部22と、回収孔11の開口を形成する上部開口部23とを有する。絶縁部9は、ゲル13を覆う(たとえば、ゲル13の少なくとも第一端面13aと第二端面13bとの間の領域を覆う)絶縁性の容器として構成することができる。また、絶縁部9は、回収孔11の周の一部を形成する膜12を有する。膜12は、回収孔11に関してゲル13の第二端面13bと反対側に設けられる。
【0040】
膜12の材料は任意であるが、目的生体物質を透過させず、イオン(ただし目的生体物質以外のもの)を透過させる選択透過膜とすると、目的生体物質のみを効率的に回収する観点から好適である。
【0041】
次に、
図1を参照して、第1の実施形態に係る生体物質回収方法について説明する。本実施形態に係る電気泳動方法は、ステップ1~8の各工程を有する。
【0042】
ステップ1は、ユーザーがゲル13の注入孔10に、目的生体物質を含む注入液を注入する工程である。
【0043】
ステップ2は、電源15および電圧制御部16が注入孔10及び回収孔11を貫く電場を印加して電気泳動を行う工程である。このステップ2は、より詳細には、目的生体物質を回収孔11に向かって移動させる電圧の印加を開始する工程(電圧印加開始工程)と、電圧印加開始工程の後に、電圧の印加を停止する工程(電圧印加停止工程)とを含む。
【0044】
ステップ3は、目的生体物質が回収孔11に到達する前に、回収孔11内の緩衝液を除去する工程(緩衝液除去工程)を含む。また、場合によっては、ステップ3は、緩衝液除去工程の後に、洗浄液を用いて回収孔11を洗浄する工程(洗浄工程)を含む。
【0045】
このように、回収孔11内の緩衝液を除去し洗浄することにより、不要物(たとえば目的外の生体物質)の除去性能が高くなる。これによって、回収される溶液中における目的生体物質の濃度を向上させることができる。
【0046】
ステップ4は、ユーザーが回収孔11に溶媒を注入する工程(溶媒注入工程)である。
【0047】
ステップ3およびステップ4を実行するタイミングは、目的生体物質が回収孔11に到達する前であれば、当業者が適宜設計することができる。たとえば、目的生体物質を予め染色しておき、目視によってタイミングを決定してもよい。または、目的生体物質が回収孔11に到達する時間を予め測定または推定しておき、経過時間に基づいてタイミングを決定してもよい。濃度を効率的に向上させる観点からは、ステップ3およびステップ4は、目的生体物質が回収孔11に到達する直前に行うと好適である。
【0048】
ステップ5は、電源15および電圧制御部16が注入孔10及び回収孔11を貫く電場を再度印加して電気泳動を行う工程である。このステップ5は、より詳細には、上記ステップ2と同様に、目的生体物質を回収孔11に向かって移動させる電圧の印加を開始する工程(電圧印加再開工程)と、電圧印加再開工程の後に、電圧の印加を停止する工程(電圧印加停止工程)とを含む。
【0049】
ここで、ステップ5により、目的生体物質が回収孔11内に到達する。なお、膜12は目的生体物質を透過させないので、電圧印加の停止が遅れても(または電圧の印加が停止されなくても)目的生体物質は回収孔11内に留まり、目的生体物質の回収効率が改善する。さらに、膜12は目的生体物質以外のイオンを透過させるので、回収される溶液中における目的生体物質の濃度を向上させることができる。
【0050】
ステップ6は、ユーザーが回収孔11に到達した目的生体物質を回収孔11から回収する工程(回収工程)である。たとえば、ユーザーは、回収孔11内の試料溶液を取得することによって目的生体物質を回収する。
【0051】
ステップ7は、他に目的生体物質があるかを決定する工程である。ステップ7にて他に目的生体物質がある場合には、ステップ8が実行される。ステップ8は、回収孔11に緩衝液を注入する工程(緩衝液注入工程)である。ステップ8の後は、上記ステップ2に戻って各工程を繰り返す。すなわち、追加のステップ2(電圧印加開始工程および電圧印加停止工程)、追加のステップ3(緩衝液除去工程および洗浄工程)、追加のステップ4(溶媒注入工程)、追加のステップ5(電圧印加再開工程および電圧印加停止工程)、および追加のステップ6(回収工程)が実行され、さらに追加のステップ7において他の目的生体物質があるかを決定する。このような繰り返しにより、複数種類の目的生体物質を、分子量が小さい順に回収することができる。
【0052】
このように、第1の実施形態に係る電気泳動ユニット21および関連する生体物質回収方法によれば、従来の方法に比べて高効率に目的生体物質を分画及び回収することが可能となる。
【0053】
また、そのような効果を簡素な構成で得ることができる。たとえば、従来の構成には分離媒体の流路を分岐させたものがあるが(特許文献3等)、そのような構成と比較すると、電気泳動ユニット21および関連する生体物質回収方法では分離媒体の流路を一続きにできるため、一サンプルの処理に必要な体積を小さくすることができ、構成が簡素となる。
【0054】
[第2の実施形態]
第2の実施形態は、第1の実施形態の電気泳動ユニット21の構成を変更するものである。以下、
図6、
図7及び
図8を参照して、第2の実施形態に係る生体物質回収方法と、生体物質回収装置すなわち電気泳動ユニット121とについて説明する。
【0055】
図6は電気泳動ユニット121の上面図であり、
図7は電気泳動ユニット121の水平断面図であり、
図8は電気泳動ユニット121の電場の向きと平行な平面による垂直断面図である。以下、第1の実施形態との相違を説明する。
【0056】
電気泳動ユニット121は、ゲルを覆う絶縁部109と、ゲル113(電気泳動ゲル)と、注入孔110と、回収孔111とを有する。注入孔110は、たとえば第1の実施形態の注入孔10と同一の構成とすることができる。また、ゲル113の流入部は、第一端面113aであり、第1の実施形態の第一端面13aと同一の構成とすることができる。
【0057】
一方、回収孔111の構造は第1の実施形態の回収孔11とは異なり、とくに容積がより小さくなっている。とくに、本実施形態では、回収孔111の容積は注入孔110の容積よりも小さい。たとえば本実施形態では、第1の実施形態と比較して、回収孔111の幅(電場の向きに直交する水平方向の寸法)および深さ(鉛直方向の寸法)がそれぞれ小さくなっている。このように、回収孔111が小さく構成されることにより、回収される溶液の量が小さくなるので、回収される溶液中における目的生体物質の濃度が向上する。
【0058】
また、回収孔111の周壁の一部は絶縁部109によって構成されるが、さらにその一部は円筒面109aによって構成される。
図7の例では、回収孔111の周壁のうち、ゲル113(第二端面113b)によって構成される部分と、膜12へと至る通路に対応する部分とを除いて、回収孔111の周壁の全体が円筒面109aによって構成されている。このように円筒面を利用することにより、特定の一方向の寸法を極端に小さくせずに容積を小さくすることができる。このため、容積を小さくしてもピペットを挿入する操作が困難にならない。
【0059】
また、
図8に示すように、回収孔111の底部も絶縁部109によって構成され、とくに、円錐面109bを有してすり鉢状に形成されている。このような形状によれば、溶液が底部の中央に溜まるので、溶液が少量である場合にも回収が容易である。
【0060】
また、ゲル113の流出部は第二端面113bであるが、第二端面113bの面積(すなわち、流出部における、電場の向きと直交する平面によるゲル113の断面積)は、第1の実施形態の第二端面13bよりも小さい。また、第二端面113bの面積は、第一端面113aの面積(同じく、流入部における、電場の向きと直交する平面による断面積)よりも小さい。このため、上記のように回収孔111の容積を注入孔110の容積よりも小さく構成することができ、回収される溶液中における目的生体物質の濃度が向上する。
【0061】
本実施形態では、
図7および
図8に示すように、絶縁部109およびゲル113の形状が変更されている。とくに、絶縁部109の内部空間すなわちゲル113によって満たされる空間が、注入孔110から回収孔111に向かって狭まる構成となっている。また、ゲル113の少なくとも一部(とくに第二端面113bを含む領域)において、電場の向きと直交する平面によるゲル113の断面積は、第一端面113aから第二端面113bに向かう方向に減少する(すなわち目的生体物質が泳動する向きに沿って減少する)。
【0062】
このような構成とすることにより、比較的小さい第二端面113bに向かって目的生体物質を効率的に誘導することができる。とくに、
図7および
図8の例ではゲル113の断面積が連続的に減少するので、目的生体物質がゲル113の特定の部位にひっかかって滞留することがなく、目的生体物質の誘導がさらに効率的になる。
【0063】
一般的に、電気泳動法において、回収孔の断面積を目的生体物質の分布断面積よりも小さくすることはできないが、本実施形態では目的生体物質の分布断面積が徐々に減少するので、回収孔111の断面積を小さく設計することができる。このため、回収する溶液の量を低減でき、したがって濃度を向上させることができる。
【0064】
なお、
図6に示すように、絶縁部109は、注入孔110の開口を形成する上部開口部122と、回収孔111の開口を形成する上部開口部123とを有する。上部開口部122の構成は、第1の実施形態の上部開口部22と同一とすることができる。また、上部開口部123は、円筒面109aの形状に沿って形成することができる。
【実施例】
【0065】
以下、第1の実施形態の実施例について説明する。
(電気泳動ゲルの作製)
注入孔10及び回収孔11を有するアガロースゲルを作製した。アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器に流し入れて成型した。注入孔10は、長さ1mm×幅5mm×深さ3mmになるように、回収孔11は、長さ2mm×幅5mm×深さ4mmになるように、アガロースゲルが固まる前にコームを差し込むことで、それぞれ形成した。注入孔10及び回収孔11の距離は20mmとした。
【0066】
(電気泳動)
作製したアガロースゲルを電気泳動装置(ミューピット(登録商標)、ミューピット社製)に水平に設置し、1×TAE緩衝液(Tris Acetate EDTA Buffer)を電気泳動槽14に注ぎ、アガロースゲルの上面ぎりぎりまで満たした。注入孔10及び回収孔11の内部もTAE緩衝液で満たした。その後、種々の長さの核酸を含む試料溶液5μLに、6×DNA Loading Dye(Thermo Fisher Scientific社製)1μLを混合して注入液とし、注入孔10に注入した。
【0067】
注入液の注入後、100Vの電圧を印加し電気泳動を行った。
【0068】
次に目的長さの核酸が回収孔11の直前にあるときに電圧を停止し、回収孔11内の緩衝液を除去した。次に、蒸留水40μLを注入し、20回ピペッティング後除去した。
【0069】
次に、溶媒として蒸留水40μLを注入した。
【0070】
再度100Vの電圧を印加し、目的長さの核酸が回収孔に入った後電圧を停止し、核酸溶液を取得した。
【0071】
取得した溶液は核酸定量装置TapeStation4200(Agilent Technologies, Ltd.)を用いて定量した。定量結果から、目的核酸をコンタミなく80%回収できていることを確認した。
【0072】
次に、第2の実施形態の実施例について説明する。
(電気泳動ゲルの作製)
注入孔110及び回収孔111を有するアガロースゲルを作製した。アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器に流し入れて成型した。注入孔110は、長さ1mm×幅5mm×深さ3mmになるように、回収孔111は、半径1.5 mmの円筒形で、深さ3mmになるように、アガロースゲルが固まる前にコームを差し込むことで、それぞれ形成した。注入孔110及び回収孔111の距離は20mmとした。
【0073】
(電気泳動)
作製したアガロースゲルを電気泳動装置(ミューピット(登録商標)、ミューピット社製)に水平に設置し、1×TAE緩衝液(Tris Acetate EDTA Buffer)を電気泳動槽14に注ぎ、アガロースゲルの上面ぎりぎりまで満たした。注入孔110及び回収孔111の内部もTAE緩衝液で満たした。その後、種々の長さの核酸を含む試料溶液5μLに、6×DNA Loading Dye(Thermo Fisher Scientific社製)1μLを混合して注入液とし、注入孔110に注入した。
【0074】
注入液の注入後、100Vの電圧を印加し電気泳動を行った。
【0075】
次に目的長さの核酸が回収孔111の直前にあるときに電圧を停止し、回収孔111内の緩衝液を除去した。次に、蒸留水20μLを注入し、20回ピペッティング後除去した。次に、溶媒として蒸留水20μLを注入した。
【0076】
再度100Vの電圧を印加し、目的長さの核酸が回収孔に入った後電圧を停止し、核酸溶液を取得した。
【0077】
取得した溶液は核酸定量装置TapeStation4200(Agilent Technologies, Ltd.)を用いて定量した。定量結果から、目的核酸をコンタミなく80%回収できていることを確認した。
【0078】
第1および第2の実施形態において、以下のような変形を施すことができる。
第1および第2の実施形態では、ステップ2およびステップ5が電圧印加停止工程を含むので、目的生体物質の泳動を一時的に停止させることができ、洗浄等の作業を急がずに実行することができる。しかしながら、電圧印加停止工程を省略することも可能である。すなわち、電圧の印加を継続したままステップ3、ステップ4、ステップ6等を実行することもできる。なお当然ながら、いずれかの電圧印加停止工程を省略する場合には、直後の電圧印加開始工程(または電圧印加再開工程)は不要となる。
【0079】
第1および第2の実施形態において、目的生体物質が1種類である場合等には、ステップ7およびステップ8を省略してもよい。その場合には、生体物質回収方法の実行ごとに、ステップ2~6がそれぞれ一度ずつ実行されることになる。
【0080】
第1および第2の実施形態において、膜12は省略してもよい。その場合には、回収孔11の全周をゲルで覆ってもよいし、膜12に代えて任意の周壁構造を用いてもよい。また、目的生体物質を回収孔にとどめる必要がない場合(回収タイミングを精度良く設計できる場合等)には、膜12を選択透過膜とする必要はない。
【0081】
第1および第2の実施形態において、ゲルにおける電場の向きを正確に制御できる場合等には、絶縁部は省略してもよい。
【0082】
第1および第2の実施形態において、注入孔および回収孔の形状は任意に変更可能である。とくに、第2の実施形態において、ピペット操作の容易性が問題にならない場合には、回収孔111が円筒面109aまたは円錐面109bを有しない形状としてもよく、たとえば薄い直方体形状状としてもよい。
【符号の説明】
【0083】
2…ステップ(電圧印加開始工程、電圧印加停止工程)
3…ステップ(緩衝液除去工程、洗浄工程)
4…ステップ(溶媒注入工程)
5…ステップ(電圧印加再開工程、電圧印加停止工程)
6…ステップ(回収工程)
9,109…絶縁部
109a…円筒面
109b…円錐面
10,110…注入孔
11,111…回収孔
12…膜
13,113…ゲル(分離媒体)
14…電気泳動槽
15…電源
16…電圧制御部
17…負極
18…正極
19…緩衝液
21,121…電気泳動ユニット
22,23,122,123…上部開口部
24…電気泳動装置
13a,113a…第一端面(流入部)
13b,113b…第二端面(流出部)