(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-27
(45)【発行日】2023-11-07
(54)【発明の名称】新規光増感剤
(51)【国際特許分類】
C07D 311/82 20060101AFI20231030BHJP
A61K 31/352 20060101ALI20231030BHJP
A61K 41/00 20200101ALI20231030BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231030BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20231030BHJP
【FI】
C07D311/82
A61K31/352
A61K41/00
A61P43/00
A61P43/00 105
C09K3/00 T
(21)【出願番号】P 2022501985
(86)(22)【出願日】2021-02-18
(86)【国際出願番号】 JP2021006211
(87)【国際公開番号】W WO2021167022
(87)【国際公開日】2021-08-26
【審査請求日】2022-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2020026324
(32)【優先日】2020-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1) 公開1 ▲1▼発行日: 平成31年(2019年)2月20日 ▲2▼刊行物: 平成31年3月修士課程修了予定者 東京大学大学院薬学系研究科修士論文発表要旨集 東京大学大学院薬学系研究科 ▲3▼公開者: 高木太尊 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊が、平成31年3月修士課程修了予定者 東京大学大学院薬学系研究科修士論文発表要旨集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (2) 公開2 ▲1▼開催日: 平成31年(2019年)2月27日 ▲2▼集会名、開催場所: 平成31年3月東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了予定者論文発表会 東京大学薬学部講堂(東京都文京区本郷七丁目3番1号) ▲3▼公開者: 高木太尊 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊が、平成31年3月東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了予定者論文発表会にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (3) 公開3 ▲1▼ウェブサイトの掲載日: 平成31年(2019年)3月1日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス:https://nenkai.csj.jp/Proceeding/?year=2019 ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、上記アドレスのウェブサイトで公開されている日本化学会第99春季年会予稿集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (4) 公開4 ▲1▼開催日 : 平成31年(2019年)3月18日 ▲2▼集会名、開催場所: 日本化学会 第99春季年会、甲南大学 岡本キャンパス(兵庫県神戸市東灘区岡本8-9-1) ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、日本化学会第99春季年会にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (5) 公開5 (その1) ▲1▼ウェブサイトの掲載日: 令和1年(2019年)9月2日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス:https://confit.atlas.jp/guide/organizer/jbs/jbs2019/subject/2S07m-05/search?searchType=only&initFlG=false&query=&title=&author=%E5%8C%A1&affiliation= ▲3▼公開者: 上野匡 ▲4▼公開された発明の内容: 上野匡が、上記アドレスのウェブサイトで公開された第92回日本生化学会大会要旨集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (その2) ▲1▼発行日: 令和1年(2019年)9月2日 ▲2▼刊行物: 第92回日本生化学会大会要旨集プログラム検索・要旨閲覧アプリケーション ▲3▼公開者: 上野匡 ▲4▼公開された発明の内容: 上野匡が、プログラム検索・要旨閲覧アプリケーションで公開された第92回日本生化学会大会要旨集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (6) 公開6 ▲1▼開催日: 令和1年(2019年)9月19日 ▲2▼集会名、開催場所: 第92回日本生化学会大会 パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1丁目1-1) ▲3▼公開者: 上野匡 ▲4▼公開された発明の内容: 上野匡が、第92回日本生化学会大会にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (7) 公開7 ▲1▼発行日: 令和1年(2019年)9月4日 ▲2▼刊行物: 第13回バイオ関連化学シンポジウム2019講演要旨集第140頁 第13回バイオ関連化学シンポジウム事務局 ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、第13回バイオ関連化学シンポジウム2019講演要旨集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (8) 公開8 ▲1▼開催日:令和1年(2019年)9月4日 ▲2▼集会名、開催場所:第13回バイオ関連化学シンポジウム2019 東北大学サイエンスキャンパスホール(宮城県仙台市青葉区荒巻青葉6-6) ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、第13回バイオ関連化学シンポジウム2019にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (9) 公開9 ▲1▼発行日: 令和1年(2019年)9月12日 ▲2▼刊行物: 第57回日本生物物理学会年会予稿集プログラム検索・予稿閲覧アプリ ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐及び浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐及び浦野泰照が、プログラム検索・予稿閲覧アプリで公開された第57回日本生物物理学会年会予稿集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (10) 公開10 ▲1▼開催日: 令和1年(2019年)9月24日 ▲2▼集会名、開催場所: 第57回日本生物物理学会年会 シーガイアコンベンションセンター(宮崎県宮崎市山崎町浜山) ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐及び浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐及び浦野泰照が、第57回日本生物物理学会年会にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (11) 公開11 ▲1▼発行日:令和1年(2019年)11月19日 ▲2▼刊行物: 第42回日本分子生物学会年会抄録集 電子抄録アプリ ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、電子抄録アプリで公開された第42回日本分子生物学会年会抄録集にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (12) 公開12 ▲1▼開催日: 令和1年(2019年)12月6日 ▲2▼集会名、開催場所: 第42回日本分子生物学会年会 マリンメッセ福岡(福岡県福岡市博多区沖浜町7-1) ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊、上野匡、野村悠介、浅沼大祐、浦野泰照が、第42回日本分子生物学会年会にて、浦野泰照、上野匡、高木太尊、及び浅沼大祐が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (13) 公開13 ▲1▼ウェブサイトの掲載日: 令和2年(2020年)5月8日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス:https://chemrxiv.org/engage/chemrxiv/article-details/60c74aeb4c89196694ad3332 ▲3▼公開者: 高木太尊、上野匡、浅沼大祐、浦野泰照、井川敬介、野村悠祐、宇野真之介、小松徹、神谷真子、花岡健二郎、沖村千夏、岩楯好昭、廣瀬謙造、長野哲雄、杉村薫 ▲4▼公開された発明の内容: 高木太尊らが、上記アドレスのウェブサイトで公開されたChemRixivにて、高木太尊、上野匡、浅沼大祐及び浦野泰照が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (14) 公開14 ▲1▼ウェブサイトの掲載日:令和2年(2020年)10月23日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス:http://www-mmds.sigmath.es.osaka-u.ac.jp/faculty/personal/suzuki/jsps/program_abstract.html ▲3▼公開者:上野匡 ▲4▼公開された発明の内容: 上野匡が、上記アドレスのウェブサイトで公開されている日本学術振興会 研究拠点形成事業 国際シンポジウム「数理腫瘍学国際研究ネットワークの構築」要旨集にて、高木太尊、上野匡、浅沼大祐及び浦野泰照が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。 (15) 公開15 ▲1▼開催日: 令和2年(2020年)10月26日 ▲2▼開催場所:WEB開催(日本学術振興会 研究拠点形成事業 国際シンポジウム「数理腫瘍学 国際研究ネットワークの構築」 ;URL:https://us02web.zoom.us/w/82768357977?tk=IT4qOKZXflV_IKgSBXX7B_FxN80iUIuRqBuuLdyTXS4.DQIAAAATRWDqWRY0RmJ2em9MdFMxS1RfblI3Y1QtM1lnAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA&pwd=MkxRR2lxL3Qvc24zSDJ1VVBNSlA5QT09 ▲3▼公開者: 上野匡▲4▼公開された発明の内容: 上野匡が、オンラインで開催された日本学術振興会 研究拠点形成事業 国際シンポジウム「数理腫瘍学 国際研究ネットワークの構築」にて、高木太尊、上野匡、浅沼大祐及び浦野泰照が発明した新規光増感剤に関する研究の一部について公開した。
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】浦野 泰照
(72)【発明者】
【氏名】上野 匡
(72)【発明者】
【氏名】高木 太尊
(72)【発明者】
【氏名】浅沼 大祐
【審査官】長谷川 莉慧霞
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/100822(WO,A1)
【文献】TAKEMOTO, Kiwamu et al.,Chromophore-Assisted Light Inactivation of Halo Tag Fusion Proteins Labeled with Eosin in Living Cel,ACS Chemical Biology,日本,2011年01月12日,Vol. 6,pp. 401-406,https://doi.org/10.1021/cb100431e
【文献】WANG, Yu-li et al.,Probing the Dynamic Equilibrium of Actin Polymerization by Fluorescence Energy Transfer,Cell,1981年10月15日,Volume 27, Issue 3, Part 2,pp. 429-436
【文献】LIU, Chaohong et al.,Analyzing actin dynamics during the activation of the B cell receptor in live B cells,Biochemical and Biophysical Research Communications,2012年09月17日,Vol. 427,pp. 202-206,https://dx.doi.org/10.1016/j.bbrc.2012.09.046
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
A61K
A61P
C09K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式(I)で表される化合物又はその塩。
(式中、
R
1は、存在する場合は、ベンゼン環上に存在する同一又は異なる一価の置換基を示し
、
当該一価の置換基は、ハロゲン又は置換されていてもよい炭素数1~6個アルキル基であって、該アルキル基は、直鎖、分枝鎖、環状、又はそれらの組み合わせからなり;
R
2は、臭素原子又はヨウ素原子であり;
mは、0~4の整数であり;
nは、1~2の整数である。)
【請求項2】
請求項1に記載の化合物又はその塩を含む、光増感剤。
【請求項3】
請求項1に記載の化合物又はその塩を含む、アクチン繊維の破壊を誘導するために用いられるプローブ。
【請求項4】
細胞又は組織内のアクチン繊維の破壊を誘導する方法であって、(a)請求項1に記載の化合物又はその塩を細胞内に導入する工程、及び(b)当該化合物又はその塩が導入された細胞又は組織の全部又は一部にレーザーを照射する工程、を含む該方法。
【請求項5】
当該化合物又はその塩が導入された細胞又は組織の一部にレーザーを照射する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞又は組織を蛍光標識で染色すること、及び、蛍光イメージング手段を用いて、蛍光像の形態変化及び蛍光強度変化からアクチン繊維への摂動を観測することを含む、請求項4又は5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な光増感剤に関する。より詳細には、本発明は、光照射依存的にアクチン繊維の局所的破壊を誘導する新規な機能性プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
アクチンは真核細胞に最も豊富に存在するタンパク質の1つであり、球状の単量体アクチン(Gアクチン)は分子量約42kDaのタンパク質である。4つのサブドメインにより構成されており、その中心にはATP-ADP結合部位が存在し、アクチン1分子に対して1分子のATPあるいはADPが結合する(非特許文献1)。
【0003】
単量体アクチンは生理的条件下で自発的に重合して、二重らせん状のアクチンフィラメント(Fアクチン)を形成する。アクチンフィラメントは微小管、中間系フィラメントと並ぶ細胞骨格の主成分であり、細胞の遊走、接着、分裂及び形状の制御など、多数に基本的な細胞機能において必要不可欠の役割を果たしている(例えば、非特許文献2)。
例えば細胞遊走において、アクチン単量体の重合により生じる力は細胞の形を変化させ、移動方向の前端に突起を作り出す。これに続きアクチンの核化促進因子であるArp2/3複合体のはたらきによって、突起周辺に枝分かれ構造のアクチンフィラメントのネットワークが張り巡らされ、細胞に動力を与える(非特許文献1)。
【0004】
このように、アクチン繊維は複雑な三次元構造を形成することにより力を伴う多くの機能を発生している。さらに、アクチン繊維が発生する力は細胞単体のみでなく、上皮組織中の複数細胞の間にも働く。
【0005】
また、近年、上皮組織における隣接細胞同士が互いに及ぼしあう力が、形態形成のシグナルとして中心的に機能する可能性が示唆され、注目を集めている(非特許文献3及び4)。
これらの結果は、アクチンが形態形成におけるシグナルとして働く、すなわちアクチンの発現、重合脱重合の調節により細胞同士が押し合い圧し合う力の大きさが変化し、それらが生化学シグナルへと変換されることで上皮組織における細胞配列が協調的に規定されている可能性を示唆している。
【0006】
このように、現状形態形成におけるアクチンの役割の解明は、組織における細胞配列に対して力学モデルを用いた数理解析により行われている。一方で、形態形成のシグナルとしてのアクチン繊維が発生する力の役割を正確に理解するためには、組織・生体中の一部の細胞集団のアクチン繊維を狙ったタイミング・形状で操作し、力の伝搬及び形態の変化を観察することが必要である。
【0007】
アクチン繊維操作の最も一般的な手法は重合阻害剤の添加であり、その中でもCytochalasin D及びLatrunculin Bが汎用される。
これらのアクチン重合阻害剤は,薬剤を添加する系全体の細胞において阻害することを目的に用いられており,「生物において細胞集団の任意の時空間でアクチン繊維を操作する」ことに対して利用するためには、生物の特定部位において阻害作用を発揮するよう,なにかしらの工夫が必要である。一般に薬物を組織・生物の一部に局所投与をしたとしても、速やかに拡散してしまうため、局所投与部位のみで阻害を維持させることは困難である。
【0008】
他方、条件依存的なアクチン繊維の破壊を誘導することができる手法として汎用されるのは、レーザーによる切断であり、薬剤添加を伴わずにキイロショウジョウバエなどの動物のアクチン繊維の破壊を誘導することが可能である。しかしながら、実際に組織に対し高エネルギーのレーザーを照射した場合には、照射部位周辺に加熱由来と考えられる気泡が形成されることが知られている。また、レーザー光の照射直径は~1μm程度と非常に小さいことから、組織の形態形成に影響を及ぼすような広範囲へのレーザー照射を行うためには、多くの時間がかかるとともに、周辺分子への影響が非常に大きくなってしまう。
【0009】
また、標的特異性の高い手法としては、ProteoTunerTMシステム (Clontech)の利用が存在する。この方法は、標的タンパク質とdestabilization domain(DD)と融合したキメラタンパク質を用いる手法で,薬剤非添加条件ではプロテアソームによる分解を受ける一方で、DD結合性をもつ小分子Shield1を共添加することで,DDの構造が安定化され,キメラタンパク質の分解を抑制可能である(非特許文献5)。
しかしながら、本手法を「生物において一部の細胞集団のアクチン繊維を非侵襲的に任意の時空間で操作する」ことに利用するためには、DD-actinを遺伝的に生物に導入した上で、成長過程で必要量のShield1を添加し続け、ある段階で体内の一部のみからShiled1を除去する必要性が生じる。また特に,局所的にアクチン繊維を破壊することは,局所的に薬剤を取り除くことが必要となり非現実的である。
【0010】
上記したように、形態形成におけるアクチンの役割の解明のために、「生物において任意の領域のアクチン繊維を非侵襲的に任意の時空間で操作する」ことを可能とするような手法が強く望まれているが、既存の技術は,生物への適用の自由度が十分には高くないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【文献】Pollard, T. D. & Cooper, J. A. Actin, a Central Player in Cell Shape and Movement. Science 326, 1208-1212, doi:10.1126/science.1175862 (2009).
【文献】Dominguez, R. & Holmes, K. C. Actin structure and function. Annual review of biophysics 40, 169-186, doi:10.1146/annurev-biophys-042910-155359 (2011).
【文献】Sugimura, K. & Ishihara, S. The mechanical anisotropy in a tissue promotes ordering in hexagonal cell packing. Development 140, 4091-4101, doi:10.1242/dev.094060 (2013).
【文献】Ishihara, S. & Sugimura, K. Bayesian inference of force dynamics during morphogenesis. Journal of theoretical biology 313, 201-211, doi:10.1016/j.jtbi.2012.08.017 (2012).
【文献】Banaszynski, L. A., Chen, L. C., Maynard-Smith, L. A., Ooi, A. G. & Wandless, T. J. A rapid, reversible, and tunable method to regulate protein function in living cells using synthetic small molecules. Cell 126, 995-1004, doi:10.1016/j.cell.2006.07.025 (2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、時空間選択的にアクチン繊維の破壊を誘導可能なプローブ、及びこれを用いた方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
一般に、生物の特定の器官、あるいは細胞のみに薬剤によって摂動を与えることを目指す場合には、拡散による標的部位以外への影響が大きな問題になる。特に今回の研究において応用を想定しているショウジョバエ幼虫の組織は非常に小さいため、仮に細胞系で利用されるような阻害剤を標的周辺に投与したとしても、短いタイムスケールで拡散することでアクチン繊維の意図せぬ操作、広範囲の形態形成異常、さらには生存率の低下を引き起こしてしまうことが予測される。
そこで、本発明者らは、生物に適用可能な時空間選択的スイッチとして、光に着目した。
次に、光照射依存的なアクチン繊維の破壊を誘導可能な有機小分子を開発するにあたり、本発明者らの研究室において見出された新規Fアクチン結合性小分子であるHMRefに着目した。
更に、本発明者らは、アクチン繊維の破壊機構として、chromophore-assisted light inactivation(CALI)を採用することとした。CALIとは、標的タンパク質のリガンドと光増感剤を結合した複合分子を利用し、光照射した部位のみで一重項酸素を発生させることで、光照射部位の標的タンパク質特異的な機能不全を誘導する手法である。そこで、HMRefに光増感能を付与することを種々検討した結果、アクチン繊維結合性と光増感能を有する小分子CALIプローブを得ることができ、本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明は、
[1]以下の式(I)で表される化合物又はその塩。
(式中、
R
1は、存在する場合は、ベンゼン環上に存在する同一又は異なる一価の置換基を示し;
R
2は、臭素原子又はヨウ素原子であり;
mは、0~4の整数であり;
nは、1~2の整数である。)
[2][1]に記載の化合物又はその塩を含む、光増感剤。
[3][1]に記載の化合物又はその塩を含む、アクチン繊維の破壊を誘導するために用いられるプローブ。
[4]細胞又は組織内のアクチン繊維の破壊を誘導する方法であって、(a)[1]に記載の化合物又はその塩を細胞内に導入する工程、及び(b)当該化合物又はその塩が導入された細胞又は組織の全部又は一部にレーザーを照射する工程、を含む該方法。
[5]当該化合物又はその塩が導入された細胞又は組織の一部にレーザーを照射する、[4]に記載の方法。
[6]前記細胞又は組織を蛍光標識で染色すること、及び、蛍光イメージング手段を用いて、蛍光像の形態変化及び蛍光強度変化からアクチン繊維への摂動を観測することを含む、[4]又は[5]に記載の方法。
を提供するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、時空間選択的にアクチン繊維の破壊を誘導可能な新規な光増感剤を提供することができる。
特に本発明においては、生物に適用可能な時空間選択的スイッチとして光を利用して、本発明の化合物又はその塩を導入した細胞又は組織内のアクチン繊維を特異的に破壊することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図4】ピレン標識アクチンによるアクチン脱重合アッセイの結果を示す。
【
図5】HeLa細胞をHMRef及びHMRIefで染色し、共焦点イメージングを取得した結果を示す。
【
図6】光照射条件下における1280nmの発光強度により一重項酸素生成能を評価した結果を示す。
【
図7】GLIFin(HMRIef)及び種々の色素を用いて、生細胞系における光照射依存的なアクチン繊維の破壊を調べた結果を示す。
【
図8】GLIFin媒介光不活性化のF-アクチン断片化の時間依存性の評価結果を示す。
【
図9】GLIFin(HMRIef)を用いて、光照射依存的なアクチン繊維の破壊を行った後、十分時間経過後のアクチン繊維の回復を調べた結果を示す。
【
図10】GLIFinで不活性化したF-アクチンの回復の時間依存性を調べた結果を示す。
【
図11】光増感剤および照射を伴うまたは伴わないCCK8アッセイの結果を示す。
【
図12】GLIFin添加及び光照射による微小管への影響を調べた結果を示す。
【
図13】実施例7の(1)の試験方法とプロトコルを示す。
【
図14】GLIFinで染色し、緑色光で照射した融合細胞を用いた内皮細胞スクラッチアッセイ後のMDCK細胞のイメージングの結果を示す
【
図15】左図は、スクラッチの幅の時間依存性を示す。右図は、照射後12時間までの移動速度を示す。
【
図16】実施例7の(2)の実験のプロトコルを示す
【
図17】GLIFinを用いたEndothelial Cell Invation Assayの結果を示す。
【
図18】上皮単層細胞上でのGLiFin介在「アクチン落書き」を作製した結果を示す。
【
図19】ショウジョウバエの翅原基での、GLiFin光刺激で誘導される細胞拡大及びファロイジンシグナルの消失の評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において、「アルキル基」又はアルキル部分を含む置換基(例えばアルコキシ基など)のアルキル部分は、特に言及しない場合には例えば炭素数1~6個、好ましくは炭素数1~4個、更に好ましくは炭素数1~3個程度の直鎖、分枝鎖、環状、又はそれらの組み合わせからなるアルキル基を意味している。より具体的には、アルキル基として、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、シクロプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、シクロプロピルメチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基などを挙げることができる。
【0018】
本明細書において「ハロゲン原子」という場合には、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれでもよく、好ましくは臭素、又はヨウ素原子である。
【0019】
本発明の1つの実施態様は、以下の式(I)で表される化合物又はその塩である。
【0020】
本発明においては、新規アクチン繊維結合性小分子であるHMRefの骨格に、R2として臭素原子又はヨウ素原子を導入することが重要である。これにより、本発明の化合物は、アクチン繊維結合性を有し、かつ、光増感剤として機能することができる。
【0021】
光増感剤とは、光励起され吸収したエネルギーを周辺分子へ移動することで、活性分子種を発生する化合物の総称であり、多くの光増感剤は酸素分子へのエネルギー移動を引き起こすことで、一重項酸素1O2などの活性酸素種ROS(Reactive Oxygen Species)を発生する。ROSは周辺のタンパク質やDNAを損傷する性質を有し、なおかつその寿命は非常に短く発生箇所周辺において速やかに消費されることから、光増感剤を添加した細胞・組織の一部に光照射を行うことにより、光照射部位の細胞のみで選択的に毒性を発揮させることが可能である。
そして、光増感剤に標的分子結合性を付与することで、損傷範囲を限局したのがCALIである。本発明者らは、アクチン繊維の破壊機構として、CALIの手法に着目した。そして、HMRefに光増感能を付与することを種々検討した結果、HMRefの骨格の特定の部位に臭素原子又はヨウ素原子を導入することにより、アクチン繊維結合性と光増感能を有する小分子CALIプローブを得ることができることを見出した。
【0022】
式(I)において、R1は、存在する場合は、ベンゼン環上に存在する同一又は異なる一価の置換基を示す。一価の置換基としては、ハロゲン、置換されていてもよいアルキル基等が挙げられる。
【0023】
mは、0~4の整数である。
本発明の1つの好ましい側面においては、mが0であり、R1存在せずに無置換のベンゼン環である。
【0024】
式(I)において、R2は、臭素原子又はヨウ素原子であり、好ましくはヨウ素原子である。
【0025】
nは、1~2の整数である。好ましくは、nは1である。
【0026】
本発明の一般式(I)で表される化合物は、酸付加塩又は塩基付加塩として存在することができる。酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、又はメタンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩、シュウ酸塩、クエン酸塩、酒石酸塩などの有機酸塩などを挙げることができ、塩基付加塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、又はトリエチルアミン塩などの有機アミン塩などを挙げることができる。これらのほか、グリシンなどのアミノ酸との塩を形成する場合もある。本発明の化合物又はその塩は、水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質も本発明の範囲内である。
【0027】
本発明の一般式(I)で表される化合物は、置換基の種類により、1個又は2個以上の不斉炭素を有する場合があるが、1個又は2個以上の不斉炭素に基づく光学活性体や2個以上の不斉炭素に基づくジアステレオ異性体などの立体異性体のほか、立体異性体の任意の混合物、ラセミ体などは、いずれも本発明の範囲に包含される。
【0028】
本発明の化合物の代表的化合物の製造方法を本明細書の実施例に具体的に示した。従って、当業者は、これらの説明をもとにして、反応原料、反応条件、及び反応試薬などを適宜選択して、必要に応じてこれらの方法に修飾や改変を加えることにより、一般式(I)で表される本発明の化合物を製造することができる。
【0029】
本発明のもう1つの態様は、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含む、光増感剤である。
【0030】
本発明のもう1つに態様は、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含む、アクチン繊維の破壊を誘導するために用いられるプローブである。
【0031】
また、本発明のプローブの1つの好ましい側面は、一般式(I)で表される化合物又はその塩を含む、時空間選択的にアクチン繊維の破壊を誘導するために用いられるプローブである。
【0032】
本発明のもう1つの態様は、細胞又は組織内のアクチン繊維の破壊を誘導する方法であって、(a)一般式(I)で表される化合物又はその塩を細胞内に導入する工程、及び(b)当該細胞又は組織の全部又は一部にレーザーを照射する工程、を含む方法である。好ましくは、当該細胞又は組織の一部にレーザーを照射する。
【0033】
また、本発明の方法の1つの側面においては、一般式(I)で表される化合物又はその塩を導入した細胞又は組織の一部にレーザーを照射して、レーザー励起により発生する一重項酸素(
1O
2)により当該一部の細胞又は組織内のアクチン繊維を特異的に破壊することができる。
即ち、本発明においては、生物に適用可能な時空間選択的スイッチとして、光に着目し、これを利用して、本発明の化合物又はその塩を導入した細胞又は組織内のアクチン繊維を光照射領域特異的に破壊するものである。
図1及び2に本発明の方法の基本的な概念図を示す。
【0034】
本発明の方法で用いるレーザーの波長としては、514nmを用いることができる。照射時間は、レーザーの強度や細胞の方の機能によって任意に決定できる。目安としては1~2分程度である。
【0035】
また、本発明の方法においては、一般式(I)で表される化合物又はその塩を細胞又は組織内に導入した後、通常、0.5~1時間経過後に、当該細胞又は組織の全部又は一部にレーザーを照射する。これにより本発明の化合物又はその塩がアクチン繊維へ十分結合し、アクチン繊維の破壊誘導を有効に行うことができる。
【0036】
本発明の方法は、さらに蛍光イメージング手段を用いて、蛍光像の形態変化及び蛍光強度変化からアクチン繊維への摂動を観測することを含むことができる。
アクチン繊維を蛍光標識するには、細胞又は組織を蛍光標識ファロイジン、蛍光標識抗アクチン抗体,HMRef で染色することができる。例えば、細胞を%ホルムアルデヒド、Triton-X等の条件で固定・透過処理した後、上記の蛍光標識試薬で染色することにより、その蛍光像の形態変化及び蛍光強度変化からアクチン繊維への摂動を評価することができる。
蛍光応答を観測する手段は、広い測定波長を有する蛍光光度計を用いることができるが、前記蛍光応答を2次元画像として表示可能な蛍光イメージング手段を用いて可視化することもできる。蛍光イメージングの手段を用いることによって、蛍光応答を二次元で可視化できるため、アクチン繊維の形態を瞬時に視認することが可能となる。蛍光イメージング装置としては、当該技術分野において公知の装置を用いることができる。
【0037】
本発明の光増感剤又はプローブの使用方法は特に限定されず、従来公知の蛍光プローブと同様に用いることが可能である。通常は、生理食塩水や緩衝液などの水性媒体、又はエタノール、アセトン、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミドなどの水混合性の有機溶媒と水性媒体との混合物などに上記式(I)で表される化合物又はそれらの塩を溶解し、細胞や組織を含む適切な緩衝液中にこの溶液を添加して、当該細胞又は組織にレーザーを照射すればよい。本発明の光増感剤又はプローブを適切な添加物と組み合わせて組成物の形態で用いてもよい。例えば、緩衝剤、溶解補助剤、pH調節剤などの添加物と組み合わせることができる。
【0038】
本発明の光増感剤及びプローブを上記の添加物と組み合わせて組成物の形態で用いる場合においては、一般式(I)で表される化合物又はその塩を、好ましくは100~300nM含有する。
【0039】
上記工程(a)における測定対象である細胞又は組織の試料は、アクチン繊維を有する細胞又は組織であることができるが、例えば、細胞種としてはHeLe細胞,MDCK細胞,組織としてはショウジョウバエ幼虫のwing dics(翅原基)が挙げられる。
【0040】
本発明の方法においては、アクチン繊維への摂動を観測する際に、上記光増感剤又はプローブを含む検出用キットを用いることが好ましい。当該キットにおいて、通常、本発明の蛍光プローブは溶液として調製されているが、例えば、粉末形態の混合物、凍結乾燥物、顆粒剤、錠剤、液剤など適宜の形態の組成物として提供され、使用時に注射用蒸留水や適宜の緩衝液に溶解して適用することもできる。
【0041】
また、当該キットには、必要に応じてそれ以外の試薬等を適宜含んでいてもよい。例えば、添加剤として、溶解補助剤、pH調節剤、緩衝剤、等張化剤などの添加剤を用いることができ、これらの配合量は当業者に適宜選択可能である。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0043】
材料
一般化学品は、アルドリッチ・ケミカル (株)、東京化成工業、富士フィルム和光純化学 (株) から供給された最高グレードの入手可能なものを、精製することなく使用した。
【0044】
測定機器
NMRスペクトルは、JEOL JMN-LA400装置を用いて、1H NMRについては400MHzで、13C NMRについては100MHzで測定し、または、JEOL JMN-ECZ400S装置を用いて、1H NMRについては400MHzで、13C NMRについては100MHzで測定した。すべての化学シフト(δ)は、内部標準テトラメチルシラン(δ=0.0ppm)に対するppmで、または残留溶媒CDCl3(1Hは7.26ppm、13Cは77.16ppm)のシグナルに対するppmで、CD3OD(1Hは3.31ppm、13Cは49.00ppm)およびカップリング定数はHzで与えられる。
質量スペクトル(MS)をJEOL JMS-T100LC AccuToF(ESI)で測定した。
分取HPLCは、ポンプ(PU-2080、JASCO)および検出器((MD-2015又はFP-2025、JASCO)からなるHPLCシステムを用いて、Intersil ODS-3(10.0×250mm)カラム(GL Science)で行うか、あるいは、IsoleraTM One(Biotage)を用いたSNAP Ultra25g(Biotage)で行った。
【0045】
紫外可視吸収分光法及び蛍光分光法
Shimadzu UV-1800でUV-可視スペクトルを得た。Hitachi F7000で蛍光分光試験を行った。
蛍光測定におけるスリット幅は励起、発光とも1nmであった。光電子増倍管電圧は400Vであった。試験試料の発光スペクトル下の面積と標準試料のスペクトル化面積を決定し次式により計算することで相対的な蛍光量子収率(Φfl)を求めた。
【0046】
【0047】
式中、st=standard;x=サンプル;A=励起波長における吸光度;n=屈折率;D=エネルギースケールでの蛍光スペクトル下の面積、である。
共溶媒として0.1%DMSOを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液中でプローブ(1μM)の光学特性を調べた。
【0048】
近赤外分光法による一重項酸素検出
一重項酸素は、近赤外発光分光計(Fluorolog-3、Horiba、日本)を用いてレーザー照射による1270nm付近の1O2発光を測定することにより検出した。色素を、共溶媒として0.1%DMSOを含有するリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に溶解し、波長508nmの光を照射した。1O2量子収率を計算するために、発光シグナルを各波長に対して7秒間積分した。一重項酸素生成量子収率は参照としてPBS中のローズベンガル(Rose bengal)(0.75)(DeRosa, M. C. & Crutchley, R. J. Photosensitized singlet oxygen and its applications. Coordination Chemistry Reviews 233-234, 351-371, doi:10.1016/S0010-8545(02)00034-6 (2002))を用いて計算した。
【0049】
細胞培養
HeLa及びMDCK細胞は、細胞株供給機関(ATCC)から入手した。全ての細胞株を、10%ウシ胎児血清(FBS、GIBCO)を含有するダルベッコ(Dulbecco)改良イーグル培地(DMEM、GIBCO)中で増殖させ、5%二酸化炭素を含有する空気中、37℃に維持した。
【0050】
HMRef誘導体を用いた生細胞イメージング
細胞(4×104細胞/mL)を8-チャンバープレート(Ibidi、80826)上に平板培養し、10%FBSを含有するDMEMと共に一日インキュベートした。培地を除去し、10%FBS、0.1%DMSOを含むDMEM及び指示された濃度のプローブを加えた。細胞を1時間インキュベートし、アルゴンレーザーと対物レンズ(HCX PL APO CS 1.25 x/40 Oil、Leica)を装備した共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)により、微分干渉コントラスト(DIC)と蛍光画像を得た。
【0051】
ピレンアクチン脱重合法
10μLのアクチン重合緩衝液(P緩衝液、Cytoskeleton,Inc.Cat.#BSA02)及びH2O中20nmol ATPを、10μMのピレン標識アクチン(Cytoskeleton,Inc.Cat.#AP05)を含有する100μLの一般的なアクチン緩衝液(G緩衝液、Cytoskeleton,Inc.Cat.#BSA01)に添加した。希釈剤を氷上で90分間インキュベートした。F-アクチン溶液を黒色の384マイクロウェルプレート(Greiner Bio-One、784900)にピペットで分注した(2μL/ウェル)。プローブ(最終濃度:10μM)を含有するG緩衝液を各ウェルに添加した(10μL/ウェル)。蛍光強度は、プレートリーダー、EnVision 2103 Multilabel Reader(PerkinElmer)Ex:350nm/Em:405nmで測定した。
【0052】
照射後の固定細胞のF-アクチン画像
HeLa細胞(4×104細胞/mL)をガラス底8-チャンバープレート上にプレートし、10%FBSを含有するDMEMと共に1日インキュベートした。培地を除去し、10%FBS、0.1%DMSOを含有するDMEM、及び任意の濃度の光増感剤を添加した。細胞を1時間インキュベートし、515~569nm(27.0mW/cm2)にてXe光源MAX301(朝日分光(株))からのロッドスコープを介して1分間照射し、1時間インキュベートし*、PBSで3回洗浄し、4% HCHO及び0.1%Triton-Xを含有するPBSで10分間固定した。PBSを除去した後、固定した細胞をPBSで3回洗浄し、0.66% MeOHおよび2U/mL Alexa Fluor(商標)647ファロイジン(Thermo Fisher Scientifi、A22287)を含有するPBS中で30分間インキュベートした。蛍光画像は、アルゴンレーザーおよび対物レンズ(HCX PL APO CS 40x/1.25 Oil、Leica)を備えた共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)で取得した。
*:(24時間インキュベーションのみ)培地を除去し、10%FBSを含有するDMEM中で23時間インキュベートした。
【0053】
CCK-8アッセイ
HeLa細胞を播種し、プラスチック底部96-ウェルプレート(Greiner Bio-One、655090)中で培養し、次いで、培地を光増感剤を含む新鮮な培地に適切な濃度(10mM DMSO原液を希釈して調整する)で交換し、細胞に光増感剤を負荷し、細胞を1時間インキュベートした。次いで、細胞を、Xe光源MAX301からのロッドスコープを介して515~569nm(22.0mW/cm2)で1分間照射し、培地を各ウェルにおいて200μLの新鮮な培地と交換し、照射した細胞を20時間培養した。次いで、それらを5%細胞計数キット-8(Dojindo、CK04)を含有する培地中でインキュベートし、405nmでの吸光度を、プレートリーダー(EnVision 2103 Multilabel Reader,PerkinElmer)を用いて測定し、細胞生存率を決定した。光増感剤なし及び光照射なしの細胞を含むウェルからの値は、100%生細胞を表すものとし、細胞なしのウェルからの値は、100%死細胞を表すものとした。
【0054】
生細胞・死細胞染色
HeLa細胞(4×104細胞/mL)を8-チャンバープレート上に平板培養し、10%FBSを含むDMEMと共に一日培養した。培地を除去し、10%FBS、0.1%DMSOを含有するDMEM、及び任意の濃度の光増感剤を添加した。細胞を1時間インキュベートし、Xe光源MAX301からロドスコープを通して515~569nm(13.0mW/cm2)で1分間照射し、1時間インキュベートした。その後培地を除去し、10%FBSを含有するDMEM中で置換した後に、23時間インキュベートした。DMEMを除去した後、細胞をHBSSで洗浄し、生細胞の標識のための0.15%DMSO、2μMカルセイン-AM(Thermo Fisher Scientific、L3224)、死細胞の標識のための2μMエチジウムホモダイマー-1(Thermo Fisher Scientific、L3224)、および核染色試薬のための2μg/mL DAPI(Invitrogen、D1306)を含有するPBS中でインキュベートした。蛍光画像はアルゴンレーザーと対物レンズ(10x/0.40 dry、Leica)を装備した共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)で取得した。
【0055】
照射後の固定細胞のFアクチン及びマイクロチューブイメージング
HeLa細胞(4×104細胞/mL)を8-チャンバープレート上に平板培養し、10%FBSを含むDMEMと共に一日インキュベートした。培地を除去し、10%FBS、0.1%DMSO、及び200nM GLIFinを含有するDMEMを添加した。細胞を1時間インキュベートし、515~569nm(27.0mW/cm2)でXe光源MAX301を介して1分間照射し、1時間インキュベートし、PBSで3回洗浄し、4%HCHOおよび0.1%Triton-Xを含有するPBSで10分間固定した。固定液を除去した後、固定細胞をPBSで3回洗浄し、1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含有するPBS中で30分間インキュベートし,ブロッキングした。ブロッキング液を除去した後、固定細胞を1%BSA、0.66%MeOH、2U/mL Alexa FluorTM647ファロイジン、FITCと結合した3μg/mL抗αTubulin抗体(abcam,ab64503)、および3μg/mL DAPIを含有するPBS中で60分間インキュベートした。アルゴンおよび対物レンズ(HCX PL APO CS 40x/1.25 Oil、Leica)を装備した共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)で蛍光画像を取得した。
【0056】
シート移動アッセイ
MDCK細胞(2×105個/mL)を25培養-インサート2ウェル(Ibidi、80209)で分離した8-チャンバープレートの両側に播種し、10%FBSを含有するDMEMと共に37℃、5%CO2で1日培養した。培地を除去し、10%FBS、0.1%DMSO、及び300nM GLIFinを含有するDMEMを添加した。細胞を1時間インキュベートし、514nm(SP8アルゴンレーザー、出力:80%、強度:50%)で1分間照射し、更に1時間インキュベートした。培地を取り除いた後、10%FBSを含むDMEMを加えた。蛍光画像はアルゴンレーザーと対物レンズ(10x/0.40 dry、Leica)を装備した共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)で取得した*。細胞を再び37℃、5%CO2で3時間インキュベートした。実験場の必要に応じて,細胞は染色処理または固定染色処理を施し,アルゴンレーザーと対物レンズを装備した共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、Leica)で蛍光画像を得た。
*を6回繰り返した。
【0057】
ショウジョウバエの翅原基のHMRef低速度撮影イメージング
E-カドヘリン-mTagRFP21を発現するDrosophila melanogaster幼虫を、5%FBS(生物検定、s1810)を含むSchneiderの培地(サーモフィッシャー21720024)で解剖した。翅原基を500nMのHMRefの存在下で35mmガラスベースの皿(Iwaki 3911-035)上でSchneiderの培地中で培養した。1時間のインキュベーション後、60×/NA 1.2 Plan Apochromat水浸対物レンズを装着した反転共焦点顕微鏡(A1R;ニコン)により、時間経過イメージングを行った。励起及び発光波長は、HMRefでは488nm/500~550nm、E-カドヘリン-mTagRFPでは561nm/570~620nmであり、5分間隔で65分間、~25℃で撮影した。画像処理はImageJを用いて行った。簡単に述べると、被着体接合面上のHMRefとE-カドヘリン信号を抽出した。HMRef画像に対して「Subtract Background」コマンド(r=50)を使用して背景信号を減算した。
【0058】
ショウジョウバエ翅細胞のGLIFin操作
翅原基を上記のように切開してマウントし、光照射の前に1μM GLIFinおよび5%FBSを含有するSchneiderの培地で1時間インキュベートした。光媒介不活性化実験を行うために、翅原基を1.5分間488 nmのレーザーで5%のパワーで照射した。非照射翅原基をコントロールとして用いた。コントロールと照射した翅原基を照射の5分前と3.5時間後に観察した。
F-アクチン強度に及ぼすGLIFin操作の影響を調べるために、4%パラホルムアルデヒドを含むPBS中で翅原基を室温で30分間固定した。0.1% Triton X-100を含有するPBSで洗浄した後、これらの調製物をAlexa Fluor(商標)647ファロイジン(1/1000、サーモフィッシャーA22287)と共に一晩インキュベートした。被着体接合面上のE-カドヘリンおよびファロイジン信号を上記のように抽出した。
【0059】
上皮細胞シート移動アッセイ
MDCK細胞(4.0×105細胞/mL)を、25培養挿入2ウェル(Ibidi(80209))で分離した8チャンバープレート(Ibidi、80826または80206-G500)の両側にプレーティングし、増殖培地中で一日インキュベートした。細胞から培地を除去した後、F-アクチンのGLiFin媒介光不活性化を行った。DIC画像を共焦点蛍光顕微鏡(TCS SP8、ライカ)で撮影した。蛍光画像を上記のように取得した。
【0060】
[合成実施例1]
化合物1(HMRIef)の合成
以下の合成スキームにより化合物1を合成した。
【0061】
【0062】
HMRef(4mL)とヨウ素(22.0mg、0.0866mmol)をエタノール(31.2mg、0.0780mmol)に溶解した。撹拌している溶液に、H2O(1mL)中のヨウ素酸(11.7mg、0.0665mmol)を、周囲温度で10分間滴下し、10分間撹拌し、反応混合物を、酢酸エチル(45mL)で希釈し、ブライン(50mL×3回)、H2O(50mL×2回)で洗浄し、無水硫酸ナトリウム上で乾燥し、濾過し、そして減圧下で濃縮した。粗残渣をHPLC(グラジエント溶離液、20%アセトニトリル/0.08% トリフルオロ酢酸水溶液~100%アセトニトリル)で精製し、Sep-Pak Vac 35cc(10g)C18Cartridges(Waters)で脱塩し、カラムからメタノールで溶出した後、減圧下で濃縮して、赤色固体としてHMRIef(12.5mg、31%)を得た。
【0063】
1H-NMR (400 MHz, METHANOL-D4) δ 7.35 (q, J = 7.0 Hz, 2H), 7.25 (t, J = 7.1 Hz, 1H), 6.82 (d, J = 7.3 Hz, 1H), 6.60 (d, J = 8.7 Hz, 1H), 6.55 (d, J = 2.3 Hz, 1H), 6.43 (d, J = 8.7 Hz, 1H), 6.39 (dd, J = 8.7, 2.3 Hz, 1H), 6.34 (d, J = 8.7 Hz, 1H), 5.30-5.13 (2H), 3.82 (q, J = 9.3 Hz, 2H) 13C-NMR (100 MHz, METHANOL-D4) δ 168.6 152.4 150.7 148.6 144.8 139.2 129.4 128.5 127.9 127.6 123.8 120.3 114.3 114.1 109.9 109.0 98.4 85.6 78.9 70.4 44.7(q, J = 33.4 Hz) HRMS (ESI+) m/z Calcd. for C22H16F3INO3
+ [M+H]+ , 526.01270; found, 526.01273 (+0.06 ppm)
【0064】
[実施例1]
HMRefの光学特性の測定
HMRefなどのヒドロキシメチルロドール誘導体は、分子内スピロ環化反応を含む酸塩基平衡特性を有しており、以下に示すように、ヒドロキシメチル基を有しキサンテン環部位に共役系がつながった構造である「開環体」と、エーテルを含む5員環を有する構造である「閉環体」が平衡として存在する。
【0065】
【0066】
よって、HMRefのキサンテン環部位にヨウ素を導入したHMRIefについても、同様の平衡に置かれることが予想される。HMRIefが生細胞中で光増感剤として機能するためには、pH7.4の生理的条件下で500nm付近に吸収体を持つ開環体で存在する必要がある。そこで、光学特性を取得することで、生理的条件下において開環体として存在するかの検討を行った。また、蛍光スペクトルも併せて測定した。結果を
図3に示す。
【0067】
図3(a)は、HMRIefの化学構造とその光学特性を示す。
図3(b)は、HMRIefの吸収スペクトル及び蛍光スペクトルの測定結果を示す(共溶媒として0.1%DMSOを含有する0.1M リン酸ナトリウム緩衝液中で測定した。色素濃度:1μM(吸収)又は10μM(蛍光))。
図3(c)は、共溶媒として0.1%DMSOを含有する種々のpHの0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液中で測定した吸収スペクトルの測定結果を示す(色素濃度:1μM)。
図3(d)は、508nmでの吸収とpHとの相関関係を示す。
【0068】
図3から、HMRIefは生理的条件下のpH7.4付近のリン酸緩衝液中において500nm付近にピークトップをもつ開環体で存在することが明らかとなった。
【0069】
[実施例2]
in vitroにおけるHMRIefのFアクチン結合性評価
次に、HMRIefがアクチン繊維結合性を有するかを検討した。ここで、HMRefはΦfl=0.78の強蛍光性物質であることから細胞染色像によりアクチン繊維結合性を検討可能であったのに対し、HMRIefはΦfl<0.02と生理的条件下においてほぼ無蛍光性であることから、蛍光像による細胞内局在の追跡は不可能である。
そこで、HMRIefのアクチン繊維への結合性については、in vitroでアクチン繊維の伸張反応を定量可能な手法であるpyrene actin assayと、生細胞における局在を担保するためにヨウ素化前のHMRefの蛍光の追い出し実験の複合により、評価した。以下のプロトコルに基づいて実験を行った。
【0070】
<プロトコル>
・10μLのアクチン重合緩衝液(P緩衝液)およびH2O中の20nmol ATPを、10μMのピレン標識アクチンを含有する100μLの一般的なアクチン緩衝液(G緩衝液)に添加した。
↓
・希釈剤を氷上で90分間インキュベートした。
↓
・調整したF-アクチン溶液を黒色の384マイクロウェルプレート(2μL/ウェル)に分注した。
↓
・プローブ(最終濃度:10μM)を含有するG緩衝液を各ウェルに添加した(10μL/ウェル)。
↓
・蛍光強度はプレートリーダー(励起:350nm/蛍光:405nm)で測定した。
【0071】
【0072】
図4にピレン標識アクチンによるアクチン脱重合アッセイの結果(色素濃度10μM)を示す。
図4の左図は、ピレンアクチン脱重合アッセイの代表的な実験結果である。蛍光強度は0分で正規化した。
図4の右図に、安定アクチンについて得られた定常値をまとめた。
データは2回もしくは3回の独立した実験の平均値±標準誤差として示した。
【0073】
結果として、HMRefを添加した場合と比較すると、同濃度でHMRIefを添加した場合にも,より強い脱重合の阻害が見られたことから、キサンテン環へのヨウ素の導入によりアクチン繊維への親和性が向上するという結果が示唆された。
【0074】
[実施例3]
HMRefの追い出しに基づく、HMRIefの細胞骨格アクチン結合性評価
実施例2においてHMRIefがアクチン繊維への高い親和性を持つ可能性が示唆された。続いて,HMRIefが生細胞系においてもアクチン骨格に結合可能であるかを検証した。
生細胞系においてヨウ素化前の蛍光色素であるHMRefとの競合が見られるか、さらにその濃度範囲がHMRefの濃度とどのような関係となるかを検討することにより、生細胞におけるアクチン細胞骨格への局在の有無が確認可能であると考え、検討を行った。
【0075】
HeLa細胞をHMRef及びHMRIefで染色し、共焦点イメージングをSP8で取得した。その結果を
図5に示す。
イメージング緩衝液:10%FBS、0.1%DMSO、500nM HMRef 及び指示された濃度のHMRIefを含有するDMEM
イメージングセッティング:励起:488nm(強度:1.0005%)、蛍光:510-550nm(HyD、Gain:100))、オフセット:-0.01%、LUT:0-255
スケールバー:10μm.
【0076】
HMRIef添加濃度依存的にHMRef由来の蛍光強度の低下が見られたことから、HMRIefは生細胞においてもアクチン繊維にHMRefと競合的に結合することができ、なおかつ500nMのHMRefを200nM程度のHMRIef添加により優位に追い出すことが可能であることから、in vitroでの検証結果と矛盾せず,HMRefよりも高い親和性でアクチン繊維に結合することが強く示唆された。
【0077】
[実施例4]
光増感能の評価<赤外光発光スペクトル>
HMRIefについて、光増感能を有するかを検討した。検討にあたっては、光励起されたプローブから酸素分子へのエネルギー移動によって生じる一重項酸素(
1O
2)が1270nm付近にピークトップを持つ近赤外発光をする性質を利用し、光照射条件下における1280nmの発光強度により一重項酸素生成能を評価した。結果を
図6に示す。
【0078】
図6の左図は、0.1%DMSO共溶媒を含むpH7.4のPBS中のHMRefとHMRIefの吸収スペクトルを示す(色素濃度:1μM)。
図6の右図は、508nmレーザー励起による
1O
2の発光スペクトルを示す。破線をバックグラウンドとした。スペクトルは共溶媒として0.1%DMSOを含むpH 7.4のPBS中で測定した(色素濃度:1μM)。
【0079】
以下の式を用いて一重項酸素生成量子収率を算出した。
【数3】
【0080】
1O
2からの発光領域には,蛍光の倍光がノイズとして観測されることから,発光量を見積もる際には、蛍光スペクトルの倍光の裾付近の形状はほぼ直線に近似可能であるとみなし、1220nm及び1340nmにおける発光強度の相加平均値をバックグラウンドとして扱うことで,誤差を補正することとした。
図6から、HMRef及びHMRIefの一重項酸素発生量子収率はそれぞれ0.05±0.14、0.41±0.03(mean±S.D.)と算出され、キサンテン環へのヨウ素の導入により一重項酸素の生成能が向上したことが示された。
以上から、HMRIefはアクチン繊維結合性と光増感能を有することが明らかとなり、本発明の目的である「光照射依存的にアクチン繊維の破壊を誘導することができる有機小分子の開発」に合致する可能性のある小分子として見出された。
なお、以降の実験では呼称をヨウ素化前のHMRefと明確に区別すべく、本分子をHMRIefではなく、機能由来の慣用名として、GLIFin (
Green
Light-mediated
Inactivator of
F-act
in)と呼ぶこととする。
【0081】
[実施例5]
アクチン繊維破壊能の評価
(1)生細胞系における光照射依存的なアクチン繊維の破壊検討
GLIFinについて、細胞系においてCALIプローブとして利用可能であるかを評価すべく、まず標的タンパクであるFアクチンの破壊を誘導可能であるかを検討した。具体的には,培養細胞にプローブを添加後、1時間インキュベートしアクチン繊維にプローブを結合させた上で、光照射後1時間に固定処理を行い、評価した。また、細胞を4%ホルムアルデヒド、0.1%Triton-X条件で固定・膜透過処理した後、蛍光標識ファロイジンで染色することにより、その蛍光像の形態変化及び蛍光強度変化からアクチン繊維への摂動を評価した。以下に試験の時間的経過(Time course)を示す。
【0082】
【0083】
光増感剤有り又は無しで染色したHeLa細胞を緑色光(510nmで27.0mW/cm
2)で照射し、4%HCHOおよび0.1%Triton-Xで固定透過処理を施した後、Alexa Fluor(商標)647ファロイジンで染色した。得られたイメージングの結果を
図7に示す。
光増感剤濃度:表示の通りである。色素濃度:Alexa Fluor(商標)647ファロイジン:2U/mL。イメージング設定:励起:633nm(強度:1.0005%)、蛍光:660~720nm(HyD、Gain:25)、Offset:-0.01%、LUT:0~255、スケールバー:10μm
【0084】
GLIFin濃度依存的なアクチン繊維の断片化及び蛍光標識ファロイジン由来の蛍光強度の減少が見られ、なおかつこれらが同濃度のGLIFin添加時の光未照射条件、及びアクチン繊維結合性を持たない光増感剤であるEosinY DA添加時の光照射条件においては見られなかったことから、アクチン繊維に結合したGLIFinが,繊維近傍に一重項酸素を発生させ、アクチン繊維の破壊が誘導されたことが強く示唆された。
【0085】
(2)GLIFin媒介光不活性化のF-アクチン断片化の時間依存性の評価
次に、GLIFin媒介光不活性化のF-アクチン断片化の時間依存性を調べた。
図8のaにFアクチン操作のプロトコルの模式図を示す。
図8のbは、2U/mLのAlexa Fluor(商標)647ファロイジンで可視化したHeLaF-アクチンの共焦点画像を示す。HeLa細胞を増殖培地中で300nM GLIFinの存在下又は非存在下で1時間インキュベートし、次いで1分間照射(515-569nmで18.9mW/cm
2)し、インキュベートし、同図に示された時点で固定し、透過処理した。
図8のcは、
図8のbの各画像中の四角枠で囲まれた部分の拡大図を示す。
【0086】
一般的なCALI法による分子の不活化は、光照射により生じる活性種による急性的な標的分子の機能阻害が特徴であるが、その一方で、GLIFinを用いたCALIでは、アクチン繊維の断片化が分~時間のスケールと比較的緩やかに起こっていく様子が観測された。断片化が急速に断片化していないことから、活性種によりアクチン分子が酸化されるが、この酸化自体は繊維の断片化の直接的な原因とはなっていないことが示唆され、緩やかな繊維の断片化は、酸化されたアクチン分子が細胞内の他のアクチン結合分子に認識されることで繊維の断片化が引き起こされる可能性や酸化されたアクチン分子が繊維の再構築に利用できない等の機構が考えられ、これらは不活化効果が長時間持続するための要因ともなっている。
【0087】
(3)十分時間経過後のアクチン繊維回復検討
細胞中においてタンパク質は、転写・翻訳による生成とユビキチンプロテアソーム系などによる分解の平衡状態に置かれていることから、特定のタンパク質のみに生命の危機に瀕しない程度の不可逆的な不活化が与えられた場合にも、一定時間経過後には不活化をうけたタンパク質、新たに翻訳されたタンパク質に入れ替わることによって機能が回復すると考えられる。よって、(1)で見られたアクチン繊維の損傷が繊維周辺における一過的な一重項酸素の発生に起因し、選択性高く繊維を不活化するならば、転写,翻訳といった細胞機能には影響を与えず,十分時間経過後にはタンパク質が入れ替わることで,繊維の損傷が回復するはずである。
そこで、(1)と同様の条件で摂動を与えた細胞を24時間インキュベートすることで、アクチン繊維の断片化及び蛍光標識ファロイジン由来の蛍光強度減少から回復するかを検討した。なお、生物中において光照射数時間後にはプローブが代謝され排出されると考えられることから、光照射1時間後にプローブを含む培地から含まない培地へと交換し、23時間のインキュベーションを行っている。以下に試験の時間的経過(Time course)を示す。
【0088】
【0089】
光増感剤有り又は無しで染色したHeLa細胞に緑色光(510nm,27.0mW/cm
2)を照射し、1時間または24時間インキュベートし、4%パラホルムアルデヒドおよび0.1% Triton-Xで固定・透過した後、Alexa Fluor(商標)647Phalloidinで染色した。得られたイメージングの結果を
図9に示す。
光増感剤濃度:表示の通りである。色素濃度:Alexa Fluor(商標)647ファロイジン:2U/mL。イメージング設定:励起:633nm(強度:1.0005%)、蛍光:660~720nm(HyD、Gain:25)、Offset:-0.01%、LUT:0~255、スケールバー:10μm。
【0090】
光照射1時間後にはアクチン繊維の断片化と蛍光標識ファロイジン由来の蛍光強度減少が観測されるが、24時間のインキュベーションによってアクチン繊維が回復することから、GLIFin添加条件における光照射は、転写・翻訳・アクチン繊維形成・分解という細胞機能に修復不可能な摂動を与えないことが示された。
以上により、GLIFinは適切な濃度・照射光強度を選択することで光照射に伴うアクチン繊維の優位な形態変化を誘導することができ、なおかつその摂動が十分時間後に回復することが明らかとなったことから、細胞機能に致命的な影響を与えずにアクチン繊維を高選択的に光操作可能であることが示唆された。
【0091】
更に、GLIFinで不活性化したF-アクチンの回復の時間依存性を調べた。300nMGLIFinを含む増殖培地で細胞を1時間インキュベートした後、緑色光(22.6、23.5mW/cm
2、514nm、1分)を照射し、次にインキュベートし、固定し、指定された時点で光を繰り返し照射した(
図10の上部の時間的経過を参照)。F-アクチンはAlexaFluor(商標)647で可視化した。得られた共焦点画像を
図10に示す(スケールバー:20μm)。画像中の数字は、図の上部の時間的経過の数字に対応する。
【0092】
GLIFinによるアクチン繊維の不活化効果は時間スケールで持続するものの、細胞の培養を続けることで、元通り繊維が形成されていく様子が確認された。また、この断片化と再形成は,繰り返し引き起こすことが可能であった。以上より、GLIFinによる不活性化処置によって、アクチン分子は不活性化されるものの、細胞の持つ遺伝子発現やタンパク質翻訳といった基本的な機能は損なわれておらず、再び新たなアクチン分子が転写・翻訳され、不活性化されたアクチンと入れ替わることにより、繊維が形成されたと考えられる。
【0093】
[実施例6]
アクチン繊維以外への影響の検討
(1)細胞毒性
GLIFinによる摂動がアクチン繊維以外にも及ぶかを検討するため、細胞毒性について調べた。
細胞にプローブを添加、光照射後、通常の光増感剤の細胞毒性指標として用いられる24時間インキュベーション後の細胞生存率により評価した。以下に試験の時間的経過(Time course)を示す。
なお、細胞生存率はCCK8アッセイにより、プローブ未添加、光未照射群の生存率を100%として以下の式から算出した。
【0094】
【0095】
【0096】
光増感剤および照射を伴うまたは伴わないCCK8アッセイの結果を
図9に示す。
プローブ濃度:300nM。光強度:510nmで22.0mW/cm
2。
図11の左図は、405nmの吸光度を測定し、細胞生存率をDMSOと非照射対照の吸光度によって正規化した。データは平均±S.D(n=4)として示した。同様の結果が2回得られた。
図11の右図は、Kill curve of‘GLIFin light(+)’を示す。50%生存濃度=1.5μM。
【0097】
まず、培養細胞で使用した濃度である~300nMにおいては優位な細胞生存率の減少は見られなかったことから、アクチン繊維の破壊が細胞死誘導シグナルの活性化により引き起こされたものではないことが支持されるとともに、細胞系使用濃度域においては細胞毒性を持たないことが示された。22.0mW/cm2の照射光強度における50%生存濃度は1.5μMと算出された。
以上の結果により、GLIFinは少なくとも~300nMでは細胞毒性を十分無視できることが示された。
【0098】
(2)微小管への影響
アクチン繊維以外への酸化ストレスの有無を評価するために、微小管の形態変化を検討した。微小管はアクチン繊維と並ぶ細胞骨格の主成分であり、細胞の遊走や形態形成においては微小管とアクチンはMAP2cなどの微小管安定化因子やキネシン・ダイニンなどのモータータンパク質を介して結合し、互いに相互作用する。
アクチン繊維の近傍に存在する微小管はGLIFinを用いてアクチン繊維の破壊を誘導する上で副次的に酸化ストレスに曝されやすいと考えられることから、GLIFin添加及び光照射による形態の変化が見られるかを検討することとした。
なお、本研究の微小管染色は、固定処理後に1% BSA溶液でブロッキングしたのち、蛍光標識されたチューブリン抗体(Anti-alpha Tubulin antibody conjugated with FITC、abcam)により行った。以下に試験の時間的経過(Time course)を示す。
【0099】
【0100】
光増感剤有り又は無しで染色したHeLa細胞を緑色光(510nmで27.0 mW/cm
2)で照射し、4%パラホルムアルデヒドおよび0.1%Triton-Xで固定透過処理を施し、1%BSAでブロックした後、プローブおよび蛍光標識抗体で染色した。得られたイメージング画像を
図12に示す。
光増感剤濃度:200nM色素濃度;Alexa Fluor(商標)647ファロイジン:2U/mL。
チューブリン抗体-FITC:3U/mL、DAPI:3μg/mL、画像設定;励起:405nm(強度:0.3997%)、蛍光:430~465nm(PMT、ゲイン:800V、オフセット:0%、LUT:0-255)/励起:488nm(強度:2.4999%)、蛍光:510~550nm(HyD、Gain:300%、オフセット:-0.01%、LUT:0-255)/励起:633nm(強度:2.0001%)、蛍光:661~750nm(PMT、Gain:650V、オフセット:0%、LUT:0-255)。
スケールバー:20μm。
同様の結果を3×4回(N=4、n=3)得た。
【0101】
プローブ添加・光照射条件においてアクチン繊維に見られる繊維の断片化が微小管では見られなかったことから、GLIFinは微小管に影響を及ぼさないことが示唆された。
以上により、GLIFinは細胞に無作為に酸化ストレスを与えているのではなく、アクチン繊維周辺に対して選択性高く破壊を誘導していることが強く示唆された。
【0102】
[実施例7]
上皮細胞シートの遊走能への摂動の検討
(1)遊走能の光照射・プローブ濃度依存性の検討
GLIFinを用いることで隣接細胞間力が及ぼし合う力をアクチン繊維の操作により調節可能であるかを検討すべく、モデル細胞系において検討した。
MDCK細胞はイヌ腎臓由来の上皮様接着細胞であり、コンフルエントの状態において上皮組織様の細胞シートを形成する、すなわち隣接細胞同士がadherence junctionを介して接着することから、組織における膜張力や引張力の伝搬モデルとして、メカノバイオロジーの領域において汎用される。そこで、上皮シートを形成したMDCK細胞について、GLIFin添加及び光照射の有無により細胞遊走・増殖能に差異が生じるかによってアクチン繊維への摂動及び力の発生能を評価可能であると考えた。
なお、細胞遊走能はEndothelial Cell Scratch Assayにより評価することとした。Endothelial Cell Scratch Assayとは、2つの上皮細胞のシートを細胞の存在しない領域(傷)を挟んで形成し、その傷が埋まるのにかかる時間により細胞遊走能を評価する手法である。傷の形成には、2ウェルのCulture-Insert(Ibidi)を用いることとした。
図13に試験方法とプロトコルを示す。
【0103】
図14に、GLIFinで染色し、緑色光で照射した融合細胞を用いた内皮細胞スクラッチアッセイ後のMDCK細胞のイメージングの結果を示す。
また、
図15の左図は、スクラッチの幅の時間依存性を示す。データは平均±標準誤差(n=3)で示した。
図15の右図は、照射後12時間までの移動速度を示す。比率は加重最小二乗法により計算した。データは平均±標準偏差(n=3)で示した。
【0104】
結果として、GLIFin未添加、光未照射群(
図14の左図、左側の上下段)と比較すると、GLIFin添加、光照射条件においては(
図14の左図、中央の上下段)にScratchの幅が狭まらなくなる様子が見られ、光未照射かつGLIFin添加群(
図14の左図、右側の上下段)においては見られなかったことから、GLIFinが光照射依存的にアクチン繊維の崩壊を誘導することにより、細胞シートの遊走能が低下したことが示唆された。特にGLIFin 300nM存在下光照射条件において、他の群と比較して顕著な遊走速度の低下が見られた(
図15の左図参照)。
【0105】
(2)光照射によるアクチン繊維の部分的な破壊検討
次に、本プローブが「光照射を行う空間依存的にアクチン繊維の破壊を誘導する」ことに利用可能であるかを検討すべく、(1)で見られた遊走能の低下を光照射依存的に部分的に誘導することを試みた。
図16にプロトコルを示す。
【0106】
図17にEndothelial Cell Invation Assayの結果を示す。
【0107】
光未照射領域においてはCulture-Insertを除去して数時間後から細胞シートの遊走が見られたのに対し、光照射を行った観察視野右上(破線領域)においては10時間経過頃までほぼ遊走が見られず、単一組織内において光照射を行った特定部位のみにアクチン繊維への摂動を与えることに成功した。
【0108】
(3)上皮単層細胞上でのGLiFin介在「アクチン落書き」の作製
図18aで示すプロトコル概略図により「アクチン落書き」を作製した。MDCK細胞にGLiFinを適用し、その後、MDCK細胞の一部領域(
図18の真中の図に示す薄色の領域)に、予備配置されたマスクを介して1分間にわたって光を照射(24.1mW/cm
2)した。スケールバー:200μm。
照射後、細胞を4.5時間インキュベートし、固定し、透過処理し、次いで2U/mLのAlexa Fluor(商標)647ファロイジンで染色した。得られた「アクチン落書き」(「顔面」パターン)を
図18bに示す。
同様にして得られたその他の例:「再生」、「停止」、「一時停止」、「早送り」パターンを
図18cに示す。
【0109】
[実施例8]
ショウジョウバエの翅原基での、GLiFin光刺激で誘導される細胞拡大及びファロイジンシグナルの消失の評価
次に、GLIFin媒介不活性化のin vivoモデルであるショウジョウバエ幼虫の翅原基への適用性を確認した。
図19aは、E-cad-mTagRFPを発現する翅原基についての光非照射及び照射(夫々、同図の上段及び下段)における、照射前5分と照射後3.5時間でのライブ画像を示す。同図の右下の画像は、光により誘導されたGLIFinの活性化により、細胞領域の拡大が生じたことを示す。
図19bは、非照射及び照射した翅原基(夫々、同図の上段及び下段)の固定画像を示す。左図はE-cad-mTagRFPの画像を、右図はファロイジン(Phalloidin)の画像を示す。照射した翅原基ではファロイジンシグナルは検出限界未満であった。スケールバー:10μm
【0110】
GLIFinの存在下、光照射を行った翅原基ではファロイジン染色像がみられないことからアクチン繊維の消失が起こっており、GLIFinによるアクチン繊維の不活性化は、昆虫から哺乳類細胞まで幅広い生物種に対して適用可能であることが確認された。またこの時、E-cad-mTagRFPによる細胞膜像から、それぞれの細胞の大きさが不規則に拡張していることも確認された。以上より、アクチン骨格の消失が細胞がお互いを押し合う力の減弱へとつながり、効果的な細胞のパッキングが起こらなくなっていると考えられる。
【0111】
以上により、GLIFinは単一組織内においても光照射を行う領域内の細胞のみのアクチン繊維の破壊を誘導することが可能であり、細胞間接着による力の伝搬に摂動を与えるためのケミカルツールとして有用であることが示唆された。