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特許7374902細胞培養試薬として両親媒性グラフトコポリマーを使用する細胞培養系を安定化する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-27
(45)【発行日】2023-11-07
(54)【発明の名称】細胞培養試薬として両親媒性グラフトコポリマーを使用する細胞培養系を安定化する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20231030BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20231030BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020533636
(86)(22)【出願日】2018-12-07
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-02-22
(86)【国際出願番号】 EP2018083906
(87)【国際公開番号】W WO2019121053
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2021-12-03
(31)【優先権主張番号】62/608,247
(32)【優先日】2017-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】508020155
【氏名又は名称】ビーエーエスエフ ソシエタス・ヨーロピア
【氏名又は名称原語表記】BASF SE
【住所又は居所原語表記】Carl-Bosch-Strasse 38, 67056 Ludwigshafen am Rhein, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】グス,フェリシタス
(72)【発明者】
【氏名】コルター,カール
(72)【発明者】
【氏名】ラングレー,ナイジェル エー
(72)【発明者】
【氏名】フリードル,ケリ ガウマー
(72)【発明者】
【氏名】ブルーゲマン,クリスティーナ
【審査官】大久保 元浩
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-526391(JP,A)
【文献】特表2015-500347(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
C12M
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養産生において細胞を剪断に対して安定化する方法であって、細胞培養培地でタンパク質を発現することができる細胞株を培養すること、及び前記細胞培養培地に、N-ビニルカプロラクタム(VCap)及び酢酸ビニル(VAc)部分をポリエチレングリコール(PEG)骨格にグラフトしたグラフトポリマーを補給することを含み、グラフトポリマーが、i)40から60重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)15から35重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から30重量%のポリエチレングリコールの生成物であり、但し、i)、ii)及びiii)の合計が100重量%に等しく、PEG-VCap-VAcグラフトポリマーが、補給した培養培地の体積に基づき、0.01から10重量%の量で使用される、方法。
【請求項2】
PEG-VCap-VAcグラフトポリマーが、57重量%のN-ビニルカプロラクタム、30重量%の酢酸ビニル及び13重量%のポリエチレングリコールPEG6000の生成物である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法によるタンパク質を発現することができる細胞を培養するための細胞培養培地における安定化剤としての、N-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーの使用であって、安定化剤が剪断保護剤である、使用
【請求項4】
グラフトポリマーが、細胞培養培地の全量に基づき、0.01から10重量%の量で存在している、請求項3に記載のN-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーの使用。
【請求項5】
グラフトポリマーが、細胞培養培地の全量に基づき、0.05から5重量%の量で存在している、請求項3又は4に記載の使用。
【請求項6】
グラフトポリマーが、培地の全量に基づき、0.5から3重量%の量で存在している、請求項3から5のいずれか一項に記載の使用。
【請求項7】
グラフトポリマーを第2の安定化剤と組み合わせて使用する、請求項3から6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
第2の安定化剤が剪断保護剤である、請求項3から7のいずれか一項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
特許請求した本発明は、細胞培養安定化試薬として両親媒性グラフトコポリマーを使用する細胞培養系を安定化する方法であって、細胞培養試薬がPEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーである方法に関する。詳細には、この細胞培養試薬は、特にヒト又は動物細胞の懸濁細胞培養において、剪断保護剤として使用される。本発明はまた、このようなPEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーを含む細胞培養培地に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子操作された昆虫及び哺乳動物細胞(典型的には、チャイニーズハムスター卵巣「CHO」細胞)をモノクローナル抗体の生物工学的産生の宿主生物として使用する。生物工学的産生は典型的にはスパージしたバイオリアクターで行われるので、このような細胞は剪断応力に対して非常に傷つきやすい。これまで、ポロキサマー188は、最も有効な公知の剪断保護剤であり、いかなる細胞培養培地においても、記載された目的のために販売又は調製されている複合培地及び合成培地においても使用されている。このポリマーは、わずか1g/L(0.1%)の濃度で有効である。それでも、ポロキサマー188がないと甚大な負の影響をもたらし、細胞は死滅してしまい、したがって標的タンパク質の収率は、多くはモノクローナル抗体であるが、劇的に低下する(Tharma-lingam T等、Mol Biotechnol. (2008))。
【0003】
哺乳動物細胞培養におけるポロキサマー188の使用は、1980年代後半に既に記載されていた。ポリマーのある程度の疎水性が剪断保護剤としての作用に必須であることが提唱された。このポリマーは、細胞膜と相互作用すると考えられ、疎水性ドメインがその作用に重要である。しかし、大きな疎水性部分を有するポリマー又は強力な界面活性剤は、有害な影響(細胞損傷)を有することが示されている。この仮説は、未だに否定されておらず、依然として有効と思われる。
【0004】
試験についての全般的な問題及び方法は、例えば、以下の参考文献に記載されている。
Murhammer, D.W.等:Sparged animal cell bioreactors: Mechanism of cell damage and Pluronic F- 68 protection. Biotechnology Progress, 1990, 6, 391~397;
Murhammer, D.W. & Goochee, C.F.: Structural features of nonionic polyglycol polymer molecules responsible for the protective effect in sparged animal cell bioreactors. Biotechnology Progress, 1990, 6, 142~148;
Tharmalingam, T.等: Pluronic enhances the robustness and reduces the cell attachment of mammalian cells. Molecular Biotechnology, 2008, 39, 167~177;
Hilton, M.D.: Small-scale liquid fermentations. In: Demain, A.L. and Davies, J.E. (編者): Manual of Industrial Microbiology and Biotechnology 第2版. American Society of Microbiology, Washington, 1999.
【0005】
欠点は、標準的な分析技術によって検出することができないポロキサマー188の品質の非常に小さな変動であっても、工業規模生産では負の影響を有し得ることである。この理由のため、いくつかの製造業者は、バッチを細胞培養グレードとして適格と見なすために小規模な振盪フラスコ細胞培養モデルを開発した(Peng H等、Biotechnol. Progress (2014))。このような品質管理手法は確立されているが、必要なバッチスクリーニングは煩雑で、高価だろう。
【0006】
ポロキサマー188の代替物は多くない。アルキルグルコ-又はアルキルマルト-ピラノシドは、Chalmers及びHu(Hu W等:Biotechnology and Bioengineering 2008; Chalmers J等:米国特許出願公開第20060840552号、優先日2006年8月28日)によって、低分子の代替物として提案された。オクチル-ノニル-及びデシルマルトピラノシドは、対応するグルコピラノシドよりも毒性が低いことが見いだされたが、細胞増殖は比較的低濃度で既に阻害された(デシルマルトピラノシドでは、0.38g/Lの濃度)(Hu, W.: Biotechnology and Bioengineering, 101巻、No. 1, September 1, 2008)。枝分かれした疎水性尾部を有するマルトピラノシドは、妥当な濃度で十分な保護をもたらす能力の一方、直鎖状の対応物と比較して低い毒性も示すので、より適切であることが見いだされた(Wuu, J.等:Evaluating sugar-based detergents as a potential alternative to poloxamer bubble protectant.( Conference on Cell Culture Engineering XV, May 8~13, La Quita Resort & Club, Greater Palm Springs Area, California. USA, 2016; Conference Abstract)。これは、アルキルマルトピラノシドは、所望する保護効果と所望しない細胞増殖障害とのバランスを取るために、狭い濃度範囲内でのみ使用することができることを示している。
【0007】
ポロキサマー型のブロックポリマーに関連した別の問題は、アルデヒド、例えば、アセトアルデヒド又はプロピオンアルデヒドの含量である。
【0008】
このようなアルデヒドは、抗体の官能基、例えば、アミン基と反応することができ、したがって、抗体の安定性に負の影響を及ぼすか、又は過剰感受性を引き起こす。
【0009】
アルデヒド、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド又はグリオキサールは、アミノ酸(リジン、ヒスチジン及びシステイン)の側鎖と反応し、シッフ塩基を形成することがある。このような反応は、タンパク質の有効性及び安定性を損なうことがある。
【0010】
反応性のアルデヒドはまた、不飽和化合物の酸化的分解の間に生成することがある。このような種は、それらの存在がタンパク質中に反応性のカルボニル官能基の付加を引き起こすことがあるので、特に望ましくない。このような「タンパク質カルボニル化」は、所望しないさらなる反応、例えば、タンパク質の架橋結合を誘発することがある(Grimsud, P.A.等:Oxidative Stress and Covalent Modification of Protein with Bioactive Aldehydes. Journal of Biological Chemistry (283), 32, 21837~21841頁)。
【0011】
米国特許第6,448,371号によれば、アルデヒド不純物はブロックコポリマーの溶液を酸で処理することによって除去することができる。しかし、これは、生成物に追加の処理工程を行わなければならないことを意味する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、解決すべき課題は、細胞培養又は類似の適用において、従来の材料の欠点の回避を可能にする、反応性不純物に対する安定化剤及び剪断保護剤として有用な材料を発見することであった。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この課題は、細胞培養安定化補給物として両親媒性PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーを使用することによって解決した。安定化剤は、詳細には剪断保護剤として使用される。
【0014】
安定化剤はまた、生成した抗体を反応性不純物に対して安定化するために使用される。反応性不純物は、過酸化物又はアルデヒドである。特に、反応性不純物はアルデヒドである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態は、細胞培養産生において細胞を安定化する方法であって、細胞培養培地でタンパク質を発現することができる細胞株を培養すること、及び前記細胞培養培地に、N-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーを補給することを含む方法に関する。
【0016】
好ましい実施形態では、グラフトポリマー中のグラフトしたN-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分の量は、全重量の10から90重量%の範囲である。
【0017】
別の好ましい実施形態では、グラフトポリマーは、i)20から80重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)10から50重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から50重量%のポリエチレングリコールの生成物であり、但し、i)、ii)及びiii)の合計は100重量%に等しい。
【0018】
より好ましい実施形態では、グラフトポリマーは、i)30から70重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)15から35重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から30重量%のポリエチレングリコールの生成物である。
【0019】
最も好ましい実施形態では、グラフトポリマーは、i)40から60重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)15から35重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から30重量%のポリエチレングリコールの生成物である。
【0020】
特に好ましい実施形態では、グラフトポリマーは57重量%のN-ビニルカプロラクタム、30重量%の酢酸ビニル及び13重量%のポリエチレングリコールPEG6000の生成物である。
【0021】
上記で定義し、本発明によって使用されるグラフトポリマーはまた、PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーと呼ばれる。
【0022】
ポリエチレングリコール部分は、200から10000g/モル、好ましくは400から8000g/モル、より好ましくは800から7000g/モルの範囲の分子量を有することができる。特に好ましいポリエチレングリコール部分は、1000から6000g/モルの範囲の分子量を有する。
【0023】
グラフトコポリマーの分子量は、10000から150000g/モル、好ましくは20000から140000g/モルの範囲、特に好ましくは90000から140000g/モルの範囲であってもよい。
【0024】
このようなグラフトコポリマーの合成は、国際公開第2007/051743号パンフレットに開示されており、その開示は本明細書にこのような合成に関する参考として組み込まれている。
【0025】
グラフトポリマーは、N-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニルのランダムコポリマー鎖がグラフトした親水性ポリエチレングリコール骨格からなる。
【0026】
特に好ましいPEG-VCap-VAcグラフトポリマーは、Soluplus(登録商標)、BASF SEとして市販されている、ゲル浸透クロマトグラフィーによって測定された分子量が90000から140000g/モルの範囲である、13重量%のポリエチレングリコールPEG6000、57重量%のN-ビニルカプロラクタム及び30重量%の酢酸ビニルの生成物である。
【0027】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーはまた、1種以上のさらなる剪断保護剤との混合物として使用することができる。好ましくは、このようなさらなる剪断保護剤はポロキサマー188である。混合物中で使用されるその他の剪断保護剤は、ポリソルベート-20又はポリソルベート-80又は直鎖若しくは分枝鎖アルキル-βD-マルトシド(例えば、n-オクチル-β-D-マルトピラノシド若しくはn-デシル-β-D-マルトピラノシド)であってもよい。
【0028】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーとさらなる剪断保護剤との比は、10:1から1:10の範囲であってもよい。
【0029】
しかし、特に好ましくは、唯一のPEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーが、可能な限り低いアルデヒド含量を実現するために単独の剪断保護剤として使用される。
【0030】
本発明の方法は、細胞培養で使用されるヒト又は動物細胞株の全種に適用することができる。
【0031】
安定化剤及び剪断保護剤としてPEG-VCap-VAcグラフトポリマーを使用する本発明の方法は、懸濁培養での細胞増殖に特に重要である。一部の細胞は、表面に接着することなく懸濁培養において天然に生存するが、その他は接着条件がなくても懸濁液中で増殖するように適応させる必要がある。
【0032】
細胞株は、多様なヒト又は動物、哺乳動物又は非哺乳動物から得られ、しばしば遺伝子操作によって改変されており、例えば、チャイニーズ若しくはシリアンハムスター、マウス(マウス)、ラット、サル、例えば、アフリカミドリザル、ウシ、ブタ、ヒツジ、イヌ、オオコウモリ、サカナ、例えば、マス、チヌークサケ若しくはゼブラフィッシュ、両生類、例えば、カエル若しくはヒキガエル、例えば、南アフリカツメガエル、並びに昆虫である。
【0033】
典型的な昆虫種は、ツマジロクサヨトウ(スポドプテラ・フルギペルダ(Spodoptera frugiperda))、ヨトウガ(マメストラ・ブラシカエ(Mamestra brassicae))、イラクサキンウワバ(トリコプルシア・ニ(Trichopulsia ni))、ショウジョウバエ(キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster))、マイマイガ、カイコ、ヒトリガである。これらの例は、限定を意味するものではない。
【0034】
形態学的な型は、上皮、内皮、間葉又は胚性であってもよく、幹細胞が含まれる。起源は、あらゆる種類の組織、例えば、骨、骨髄、脳、頸部、結腸、腎臓及び尿路管、肝臓、肺、リンパ節、乳腺、筋肉、神経、卵巣、膵臓、下垂体、胸膜、前立腺又は皮膚であってもよい。細胞株は、正常な組織又は悪性組織、例えば、癌腫、肉腫、黒色腫、芽腫若しくはリンパ腫及び白血病から得ることができる。改変されたT細胞又は抗原活性化T細胞も含まれる。
【0035】
一般的に公知な哺乳動物細胞株は、CHO(チャイニーズハムスター卵巣細胞)、例えば、CHO-K1、CHO-S、CHO-Dux-B11、HEK(ヒト胚性腎臓)293、Caco-2(結腸癌)、HeLa(子宮頸癌)、MDCK(イヌ腎臓)、BHK-21(ベビーハムスター腎細胞)、HT-1080(ヒト線維肉腫)、ベロ(アフリカミドリザル腎臓)、マウス骨髄腫(N50)又はマウス胎児(NIH3T3)、ヒト肝細胞腫株(HepG2)、NS0骨髄腫細胞、ヒト胎児:PER.C6細胞株、MRC-5細胞株、RA273、WI-38である。
【0036】
一般的に使用される昆虫細胞株は、スポドプテラ・フルギペルダのSf9である。別の一般的に使用される昆虫細胞株は、トリコプルシア・ニのHigh Five、aka BTI-TN-5B1-4である。
【0037】
これらの細胞株の他に、多数の細胞株が公知で、市販されている。当業者は、このような情報を細胞株ライブラリー、データベース又は製造元カタログにおいて電子的に見いだすことができる。
【0038】
細胞は、主要な成分として、炭素源、例えば、グルコース、又はタンパク質の構成要素としてのアミノ酸であるグルタミン、ビタミン、最適なモル浸透圧濃度及び必須金属イオンのための平衡塩類混合物、pH指示薬としての染料、並びに平衡したpHを維持するための緩衝液を含む特定の細胞培養培地で増殖させる。
【0039】
用語「培養培地」又は「培養培地(複数可)」は、多細胞生物又は組織の外のインビトロ環境において人工的に細胞の増殖、維持、繁殖及び又は拡大を支持することができる任意の培地を意味する。細胞培養培地は、特定の細胞培養用途、例えば、組換えタンパク質産生を促進するために調剤された細胞培養産生培地のために最適化することができる。
【0040】
動物又は植物由来の未定義の複合培地成分、例えば、血清、酵母抽出物又はダイズ加水分解物は、依然として広く使用されており、回避することができないことが多い。より追跡しやすく、ロット毎に一貫性がある合成培地は、全般的に好ましく、方法の開発及び調節の考察において利点をもたらす。
【0041】
組成が定義されており、各化合物を指定することができても、合成培地(合成基礎培地及び合成フィード培地)は、100以上の化学物質を含むことが多い。改善は、未知の組成の複合加水分解物を回避し、動物由来の成分を排除することを目的とする。
【0042】
用語「培養培地」は、多細胞生物又は組織の外のインビトロ環境において人工的に細胞の増殖、維持、繁殖及び又は拡大を支持することができる任意の培地を意味する。細胞培養培地は、例えば、細胞増殖を促進するために調剤された細胞培養増殖培地、又は組換えタンパク質産生を促進するために調剤された細胞培養産生培地を含む、特定の細胞培養用途のために最適化することができる。細胞培養培地は、全体又は一部として、標準細胞培養培地又は改変細胞培養培地を含むことができる。改変細胞培養培地は、当業者によって標準培養培地(基礎培地としても公知である)から得ることができる。
【0043】
改変又は濃縮細胞培養培地は、追加的化合物、栄養素若しくは非栄養素、微量元素、増殖促進物質又は細胞培養の性能を高めるその他の要素、例えば、CHO細胞用のFunctionMAX(商標)Titer Enhancer(Life Technologies)を含有することができる。
【0044】
適切な標準細胞培養培地には、限定はしないが、ダルベッコ変法イーグル培地(DEMEM)、最小必須培地(MEM)、アルファMEM、イーグル基礎培地(BME)、グラスゴー最小必須培地(G-MEM)が含まれる。
【0045】
適切な合成基礎培地は、市販されており、限定はしないが、CD FortiCHO(商標)、CD OptiCHO(商標)(いずれもLife Technologies)、ActiCHO-P(GE Healthcare)、Ex-Cell(商標)CD CHO(Sigma Aldrich)、ProCHO(商標)5(Lonza)、Cellvento(商標)CHO-100(EMD Millipore)が含まれる。
【0046】
適切な合成フィード培地は、市販されており、限定はしないが、IS CHO Feed-CD(Irvine Scientific)、BalanCD(商標)CHO Feed Medium(1~3(Irvine Scientific、CHO Feed Bioreactor Supplement(Sigma-Aldrich)、CHO CD Efficient Feed TM B nutrient supplement(Life Technologies)、ActiCHO Feed A及びFeed B(いずれもGE Healthcare)、CHO CD EfficientFeed(商標)A(Life Technologies)が含まれる。
【0047】
改変又は濃縮細胞培養培地はまた、細胞培養性能を改善するか、又は溶液中で濃縮された培地を維持することを目的として、1つ以上の界面活性剤(Hossler, P.、国際公開第201415190号パンフレット又はHossler, P.: Improvement of Mammalian Cell Culture Performance Through Surfactant Enabled Concentrated Feed Media. Biotechnol.Prog., 2013, 29巻、No 4 1023~1032頁)を含有することができる。PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマー(Soluplus(登録商標))は、ポリマー可溶化剤で、したがって、典型的にこの目的のために使用される低分子界面活性剤と同じ有益性をもたらすことができる。
【0048】
両親媒性構造を有するので、PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーは、典型的な低分子界面活性剤で見いだされるよりもずっと低い、検出可能な限界のミセル濃度(7.6mg/L)を有する(Reintjes, T.:BASF Pharma Polymers Solubilizer Compendium, Lampertheim, 2011)。水性溶液中では、PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーは、典型的な低分子界面活性剤によって形成されるミセルよりも大きいポリマー凝集体を形成する。これらの特性は、ポロキサマー188について記載されたものと類似しており、これらの特性のため、このポリマーは細胞によって十分に許容され得る。
【0049】
剪断保護剤は、典型的には0.01から10重量%、好ましくは0.05から5重量%、最も好ましくは0.5から3重量%の量で使用される。
【0050】
細胞培養方法は、様々な環境条件下で、バッチ又は連続方式で行うことができる。細胞培養方法は、宿主細胞株の特定の必要性及び標的タンパク質の性質に応じて開発されている。典型的に、バッチ又はフェドバッチ方法におけるモノクローナル抗体の製造のための細胞培養工程は、約14日かかる。細胞培養の典型的な増殖条件は、33~37℃、CO2含量5%及び湿度95%である。条件及び培地供給は、特定の細胞株の必要性に適応しており、当業者にとって公知である。
【0051】
遠心分離又は濾過によって細胞を収集した後、標的タンパク質、例えば、モノクローナル抗体を一連のクロマトグラフィー及び膜をベースにした操作によって精製する。捕捉工程(抗体の場合、典型的にはプロテインAクロマトグラフィー)に続いて、イオン交換及び疎水性相互作用クロマトグラフィーを行う。ウイルス不活性化操作、濾過をベースにしたウイルス低減工程及び最終のダイアフィルトレーションも重要な部分である。
【0052】
工業規模細胞培養における近年の開発の概要は、例えば、Gronemeyer, P.等:Trends in Upstream and Downstream Process Development for Monoclonal Antibodies. Bioengineering 2014, 1, 188~212頁に見いだすことができる。
【0053】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーは、工業規模細胞培養で典型的に実施される精製工程によって容易に除去することができる。
【0054】
両親媒性グラフトコポリマーの効率を示すために、小規模細胞培養実験を使用してモノクローナル抗体を産生することができる細胞の懸濁培養における剪断保護剤としての性能を評価した。
【0055】
このような振盪フラスコ試験方法の全般的な設定は、当業界では公知で、上記に引用した参考文献を参照のこと。この試験では、培養細胞の細胞生存率及び増殖速度を測定する。
【0056】
細胞生存率及び増殖速度は、実施例に関連して規定された通りに算出される。
【0057】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマー又はPEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーと第2の剪断保護剤との混合物を用いた細胞培養では、累積増殖速度及び細胞生存率は、標準のポロキサマー188と同じ範囲であることが立証された。
【0058】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマー(Soluplus(登録商標))は溶解性に乏しい活性物質の経口による生物学的利用率を高めるために開発されており、強力な可溶化剤であるので、これは驚くべきことであった。PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーはまた、ポロキサマー188(平均分子量約8500Da)又はこのような用途のために記載されたその他の物質よりもかなり高い分子量を有する。
【0059】
PEG-PVAc-PVCapグラフトコポリマーは、安定で、反応性不純物、例えば、過酸化物又は遊離形態若しくはアセタールとしてポリマーに捉えられたアルデヒドを含有していない。このグラフトコポリマーは不飽和化合物を含んでいない。
【実施例
【0060】
小規模細胞培養実験は、モノクローナル抗体を産生することができるチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞株の懸濁培養における、剪断保護剤としてのSoluplus及びSoluplusとポロキサマーP188との混合物の性能を評価するために設計された。以下の試験は、信頼水準>95%で統計学的に有意な性能差を確認するために実施した。
【0061】
市販されているポロキサマーP188、Pluronic(登録商標)F68を参照標準物として使用した。
【0062】
PEG-VCap-VAcグラフトポリマーは、13重量%のポリエチレングリコールPEG6000、57重量%のN-ビニルカプロラクタム及び30重量%の酢酸ビニルから得られた市販の製品であった(Soluplus(登録商標)、BASF SE)。
【0063】
材料及び方法
細胞株:
CHO-S-IgG1
接種密度:
3×105細胞/mL、細胞は、実験の設定の前に少なくとも5回継代するために、培地中にポロキサマー188を含めずに継代した。
接種後の体積:50mL
振盪フラスコ:500mL、バッフル付き、ナルゲン滅菌済み通気振盪フラスコ(Fisher カタログ番号10-531)
撹拌:225rpm
細胞培養培地:HyClone(商標)HyCell(商標)CHO培地(General Electric Health Care、USA、カタログ番号SH30933.01)-剪断保護剤を補給していない
稼働期間:4日
インキュベーター:Infors HT Multitron
剪断保護剤:
Pluronic(登録商標)F68(参照標準物)
市販のPEG-VCap-VAcグラフトコポリマー:57重量%のN-ビニルカプロラクタム、30重量%の酢酸ビニル及び13重量%のポリエチレングリコールPEG6000、90000から140000g/モルの範囲のMW、Soluplus(登録商標)Fa.BASF SE
剪断保護剤の濃度:0.25g/L
分析
生存細胞数、全細胞数及び%生存率:試料300μLをトリパンブルー排除法を使用してRoche CEDEX自動細胞計数機で処理した。
【0064】
細胞生存率及び増殖速度は、以下の通りに算出した。
【0065】
【数1】
【0066】
【数2】
【0067】
【数3】
【0068】
【数4】
【0069】
累積増殖速度:3及び4日間算出した。
Ln(生存細胞密度 3、4日/生存細胞密度 0日)/3
【0070】
統計学的解析:差が有意であるかどうか(>95%信頼度)を判定するための独立スチューデントt検定
【0071】
結果
【0072】
【表1】
【0073】
結果は、Soluplusが参照標準物と同程度の剪断保護剤としての性能を有することを示している。
【0074】
アルデヒド含量
様々な試料のアルデヒド含量を以下の方法に従って試験した。
【0075】
アルデヒドは、試料をそれぞれのジニトロフェニルヒドラゾンとして2,4-ジニトロフェニルヒドラジンで反応させた後、逆相HPLCによって判定した。定量のために、外部標準を適用し、370nmでのUV検出を使用した。
【0076】
試料の誘導体化:ポリマー(ポロキサマー188又はPEG-PVCap-PVAcグラフトコポリマー)60mgを10mLメスフラスコに計量し(0.01mgまで正確である)、アセトニトリル1mLに溶解し、試薬溶液1~2mLを添加し、その後60℃に5分間加熱することによって誘導体化した。周囲温度まで冷却後、フラスコにアセトニトリル/水(1:1)を印まで満たす。
試薬溶液:2,4-ジニトロフェニルヒドラジン(50%水で安定化している)約4gを1Lエルレンマイヤーフラスコに再計量した。水800mL及び濃縮塩酸200mLを添加した。この混合物を透明になるまで撹拌する。
固定相:Symmetry Shield RP18-5μm、Waters(直径2.1mm、ステンレススチール)
キャリブレーション溶液:アルデヒドジニトロフェニルヒドラゾン20mgを0.01mgまで正確に計量し、アセトニトリルに溶解した。希釈は、ヒドラジンの濃度が以下の範囲内にあるように調整した。
ホルムアルデヒド誘導体 0.0021~0.43mg/10mL注入用液
アセトアルデヒド誘導体 0.0024~0.47mg/10mL注入用液
プロピオンアルデヒド誘導体 約0.0024~0.47mg/10mL注入用液
【0077】
移動相:水(A)/アセトニトリル(B)勾配:
t/分 A[%] B[%]
0 60 40
25 30 70
35 30 70
36 60 40
45 60 40
【0078】
流量:0.4mL/分
注入量:5μL
温度:45℃
検出:UV/VIS、ラムダ=370nm
【0079】
出発材料として表に挙げた全アルデヒド含量は、ヒドラゾン誘導体含量に基づき算出した。
【0080】
結果
【0081】
【表2】
以下は、本発明の実施形態の一つである。
(1)細胞培養産生において細胞を安定化する方法であって、細胞培養培地でタンパク質を発現することができる細胞株を培養すること、及び前記細胞培養培地に、N-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーを補給することを含む方法。
(2)グラフトポリマー中のグラフトしたN-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分の量が、全重量の10から90重量%の範囲である、(1)に記載の方法。
(3)グラフトポリマーが、i)20から80重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)10から50重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から50重量%のポリエチレングリコールの生成物であり、但し、i)、ii)及びiii)の合計が100重量%に等しい、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)グラフトポリマーが、i)30から70重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)15から35重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から30重量%のポリエチレングリコールの生成物である、(1)から(3)のいずれかに記載の方法。
(5)グラフトポリマーが、i)40から60重量%のN-ビニルカプロラクタム部分、ii)15から35重量%の酢酸ビニル部分、及びiii)10から30重量%のポリエチレングリコールの生成物である、(1)から(4)のいずれかに記載の方法。
(6)PEG-VCap-VAcグラフトポリマーが、57重量%のN-ビニルカプロラクタム、30重量%の酢酸ビニル及び13重量%のポリエチレングリコールPEG6000の生成物である、(1)から(5)のいずれかに記載の方法。
(7)PEG-VCap-VAcグラフトポリマーが、補給した培養培地の体積に基づき、0.01から10重量%の量で使用される、(1)から(6)のいずれかに記載の方法。
(8)(1)から(7)のいずれかに記載の方法によるタンパク質を発現することができる細胞を培養するための細胞培養培地における安定化剤としての、N-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーの使用。
(9)グラフトポリマーが、細胞培養培地の全量に基づき、0.01から10重量%の量で存在している、(8)に記載のN-ビニルカプロラクタム及び酢酸ビニル部分をポリエチレングリコール骨格にグラフトしたグラフトポリマーの使用。
(10)グラフトポリマーが、細胞培養培地の全量に基づき、0.05から5重量%の量で存在している、(8)又は(9)に記載の使用。
(11)グラフトポリマーが、培地の全量に基づき、0.5から3重量%の量で存在している、(8)から(10)のいずれかに記載の使用。
(12)グラフトポリマーを第2の安定化剤と組み合わせて使用する、(8)から(11)のいずれかに記載の使用。
(13)第2の安定化剤が剪断保護剤である、(8)から(12)のいずれかに記載の使用。