(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-30
(45)【発行日】2023-11-08
(54)【発明の名称】めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法、及びめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材
(51)【国際特許分類】
C23C 2/02 20060101AFI20231031BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20231031BHJP
C21D 5/00 20060101ALI20231031BHJP
C21D 5/14 20060101ALI20231031BHJP
C22C 37/00 20060101ALI20231031BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20231031BHJP
B24C 1/00 20060101ALI20231031BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20231031BHJP
【FI】
C23C2/02
C23C2/06
C21D5/00 Q
C21D5/14
C22C37/00 P
C21D9/00 A
B24C1/00 Z
B24C1/10 E
B24C1/10 G
(21)【出願番号】P 2021507346
(86)(22)【出願日】2020-03-16
(86)【国際出願番号】 JP2020011522
(87)【国際公開番号】W WO2020189637
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2022-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2019053581
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 亮
(72)【発明者】
【氏名】深谷 剛千
(72)【発明者】
【氏名】松井 博史
(72)【発明者】
【氏名】澤田 明典
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-151463(JP,A)
【文献】特開2016-074955(JP,A)
【文献】特開2002-115094(JP,A)
【文献】特開平07-003827(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B24C 1/10
C21D 5/00~ 5/16
C21D 9/00
C22C 37/00~37/10
C23C 2/02~ 2/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対して、ケイ素酸化物が該表面に残存するように粒子投射処理を行う工程と、
前記粒子投射処理後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに3.0分間以上浸漬する工程と、
前記フラックス浸漬後の黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と
を有
し、
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、酸素分圧が、下記化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であって、下記化学式2の平衡酸素分圧よりも高い雰囲気であるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【化1】
【化2】
【請求項2】
前記粒子投射処理は、ショットブラスト、ショットピーニング、サンドブラスト、エアブラストのうちのいずれかである請求項
1に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項3】
前記粒子投射処理の実施時間は、3.0分以上、20分以下である請求項1
または2に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項4】
前記黒鉛化を行う工程の前に、黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する工程を更に有する請求項1~
3のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項5】
前記黒鉛化を行う工程は、900℃を超える温度で加熱する第1黒鉛化と、開始温度が720℃以上、800℃以下であり、かつ完了温度が680℃以上、780℃以下である第2黒鉛化とを含む請求項1~
4のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項6】
前記黒鉛化を行う工程のうち、少なくとも第1黒鉛化を、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行う請求項
5に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項7】
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む請求項1~
6のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項8】
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を90℃以上に加熱する工程を更に有する請求項1~
7のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項9】
前記フラックスが、弱酸性の塩化物を含有する水溶液である請求項1~
8のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項10】
前記フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である請求項1~
9のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項11】
前記溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む請求項1~
10のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項12】
前記黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である請求項1~
11のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項13】
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材であって、
前記めっき層が溶融亜鉛めっき層であり、
前記黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に
粒子投射処理されてなる加工変質領域を有し、かつ
前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【請求項14】
管継手である請求項
13に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法、及び当該製造方法によって製造されるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材、特に管継手に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳鉄は、炭素の存在形態によって片状黒鉛鋳鉄、球状黒鉛鋳鉄及び可鍛鋳鉄などに分類される。可鍛鋳鉄はさらに白心可鍛鋳鉄、黒心可鍛鋳鉄及びパーライト可鍛鋳鉄などに分類される。本発明の対象である黒心可鍛鋳鉄は、マレアブル鋳鉄とも呼ばれ、フェライトでなるマトリクス中に黒鉛が分散して存在する形態を有する。黒心可鍛鋳鉄の製造工程において、鋳造、冷却後の炭素は鉄との化合物であるセメンタイトの形態で存在している。その後、鋳物を720℃以上の温度に加熱、保持することによって、セメンタイトが分解されて黒鉛が析出する。本明細書において、熱処理によって黒鉛を析出させる工程を、以下「黒鉛化」という。
【0003】
黒心可鍛鋳鉄は、片状黒鉛鋳鉄と比べて機械的強度に優れ、マトリクスがフェライトであることから靱性にも優れている。このため、黒心可鍛鋳鉄は、機械的強度が必要とされる自動車部品や管継手などの部材を構成する材料として広く使用されている。黒心可鍛鋳鉄でなる管継手の表面には、防食のための溶融亜鉛めっきが施されることが多い。溶融亜鉛めっき層は耐久性に優れ、比較的少ないコストでめっきを行うことができるので、管継手の防食手段として好適である。
【0004】
従来技術において、黒心可鍛鋳鉄でなる部材(以下「黒心可鍛鋳鉄部材」という。)の表面には、黒鉛化の過程で鉄やケイ素などの酸化物が生成しやすい。これらの酸化物が生成した表面にめっき層を形成しようとすると、局部的にめっき皮膜がなく、素材面の露出している状態(以下「不めっき」という場合がある。)が発生しやすくなる。したがって、黒心可鍛鋳鉄部材に密着性のよいめっき層を形成するためには、酸化物の生成ができるだけ抑制された表面を有する黒心可鍛鋳鉄部材を準備して、その表面にめっき層を形成する必要がある。
【0005】
表面の酸化物が少ない黒心可鍛鋳鉄部材を製造する目的で、表面に生成した酸化物を除去するためのさまざまな方法が検討されている。例えば、特許文献1には、黒心可鍛鋳鉄部材を酸性溶液に浸漬することによって酸化物を除去する方法が記載されている。この方法は「酸洗」とよばれることがある。また例えば、特許文献2には、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成された酸化物を長時間のショットブラストにより除去する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-19878号公報
【文献】特開昭58-151463号公報
【文献】国際公開第2013/146520号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された酸洗には、酸性溶液自体や、黒心可鍛鋳鉄との反応によって発生するガスなどが、人体に有害で取扱いに注意が必要なことや、使用後の酸性溶液を廃棄したり発生したガスを屋外排気したりする際の環境に与える負荷が大きいことなどの課題がある。また、特許文献2に開示の方法では表面に溶融めっき層が良好に形成され難いといった課題がある。
【0008】
本発明は、上記の諸課題に鑑みてなされたものであり、酸洗を行うことなく、表面に溶融めっき層が良好に形成された黒心可鍛鋳鉄部材を製造することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対して、ケイ素酸化物が該表面に残存するように粒子投射処理を行う工程と、
前記粒子投射処理後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに3.0分間以上浸漬する工程と、
前記フラックス浸漬後の黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と
を有するめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0010】
本発明の態様2は、
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、酸素分圧が、下記化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であって、下記化学式2の平衡酸素分圧よりも高い雰囲気である態様1に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【化1】
【化2】
【0011】
本発明の態様3は、前記粒子投射処理が、ショットブラスト、ショットピーニング、サンドブラスト、エアブラストのうちのいずれかである態様1又は2に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0012】
本発明の態様4は、前記粒子投射処理の実施時間が、3.0分以上、20分以下である態様1~3のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0013】
本発明の態様5は、前記黒鉛化を行う工程の前に、黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する工程を更に有する態様1~4のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0014】
本発明の態様6は、前記黒鉛化を行う工程が、900℃を超える温度で加熱する第1黒鉛化と、開始温度が720℃以上、800℃以下であり、かつ完了温度が680℃以上、780℃以下である第2黒鉛化とを含む態様1~5のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0015】
本発明の態様7は、前記黒鉛化を行う工程のうち、少なくとも第1黒鉛化を、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行う態様6に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0016】
本発明の態様8は、前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気が、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む態様1~7のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0017】
本発明の態様9は、前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を90℃以上に加熱する工程を更に有する態様1~8のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0018】
本発明の態様10は、前記フラックスが、弱酸性の塩化物を含有する水溶液である態様1~9のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0019】
本発明の態様11は、前記フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である態様1~10のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0020】
本発明の態様12は、前記溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む態様1~11のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0021】
本発明の態様13は、前記黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である態様1~12のいずれか1つに記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法である。
【0022】
本発明の態様14は、
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材であって、
前記めっき層が溶融亜鉛めっき層であり、
前記黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質領域を有し、かつ
前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【0023】
本発明の態様15は、管継手である態様14に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材である。
【発明の効果】
【0024】
本発明の実施形態に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、製造に不可欠な黒鉛化の工程を利用してめっき層の生成に適した表面の調整を行うことができ、かつ、従来のめっき層の形成では必要不可欠とされていた酸洗工程を省略することができる。また、軽度の粒子投射処理と規定するフラックス処理により、めっき不良を確実に防止することができる。その結果、めっき層を有する黒心可鍛鋳鉄部材の製造は、環境に与える負荷を少なくでき、かつコストを従来よりも低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1A】
図1Aは、実施例における、黒鉛化後であって粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面付近の断面の反射電子像の一例である。
【
図2】
図2は、実施例における、黒鉛化後であって粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面の反射電子像の一例である。
【
図3】
図3は、実施例における、粒子投射処理としてのショットブラスト後であってフラックス浸漬前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面付近の断面の反射電子像の一例である。
【
図4】
図4は、実施例における、粒子投射処理としてのショットブラスト後であってフラックス浸漬前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面の反射電子像の一例である。
【
図5】
図5は、実施例における、溶融めっき後の黒心可鍛鋳鉄部材のめっき層の全厚を含む断面の反射電子像の一例である。
【
図6】
図6は、実施例における、溶融めっき後の黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面とめっき層との境界付近を示す反射電子像の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を実施するための形態につき、図及び表を参照しながら以下に詳細に説明する。なお、ここに記載された実施の形態はあくまで例示にすぎず、本発明を実施するための形態はここに記載された形態に限定されない。また、ここで説明しているメカニズムは、現時点で判明している事実を合理的に説明することができるものとして本発明者らが立てた仮説に過ぎず、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに留意されたい。
【0027】
めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造工程において、酸洗を行うことなく、管継手等の黒心可鍛鋳鉄部材にめっきを施す場合、めっきの善し悪しは、黒心可鍛鋳鉄部材の表面の状態による。また、黒心可鍛鋳鉄部材の形状やめっき処理条件もめっきの善し悪しに影響する。例えば、黒心可鍛鋳鉄部材として管継手を製造する場合であって、めっき浴への浸漬時間が比較的短い場合には、管継手の内側の表面に、直径が数mm以下の微小な不めっきが生じやすい傾向にある。この微小な不めっきが生じた管継手を再びめっき浴に浸漬しても、不めっきの部分にめっき層は形成されず、不めっきを修復することが困難となるといった問題がある。
【0028】
更に本発明者らは、めっきの善し悪しが、黒心可鍛鋳鉄部材をめっき浴に浸漬時の、黒心可鍛鋳鉄部材の浸漬状態にもよること、具体的には、めっきの不良が、管継手等の黒心可鍛鋳鉄部材をめっき浴に浸漬時に、該管継手等がめっき浴の上方へ浮上する(以下、この現象を「釜浮き」ということがある)ことにもよる点に着目した。上記釜浮きが発生すると、めっき層の厚さが均一でなくなったり、めっき層の中に気泡に起因するピンホールが形成されたりするといっためっき不良が生じるといった問題がある。
【0029】
上記釜浮きは、特に、フラックスへの浸漬時間が比較的短い場合や、黒心可鍛鋳鉄部材の重量が比較的軽いときに、発生しやすい傾向がある。また管継手の形状が、後述する実施例に示す通り複雑な場合にも発生しやすい傾向がある。上記釜浮きが生じる具体的な理由の一つとして、黒心可鍛鋳鉄部材をめっき浴に浸漬した直後に、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に付着したフラックスが、めっき浴内で急速に加熱されることにより何らかの化学反応が生じて黒心可鍛鋳鉄部材の表面でガスが発生し、このガスが気泡として管継手内部に留まることが考えられる。しかし、この気泡が生じていない場合や気泡を管継手外に逃した場合であっても、釜浮きが生じることがある。
【0030】
本発明者らは、これらの問題を解消、特には気泡によらない釜浮きも抑制して、不めっき等のめっき不良が抑制されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材を、従来行われていた酸洗を行うことなく得るため、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法について鋭意研究を重ねた。その結果、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造に不可欠な黒鉛化を特定の雰囲気で行い、軽度の粒子投射処理を行うと共に特定の浸漬条件でフラックスへ浸漬を行うことによって、酸洗処理を行わなくとも、めっき層の形成に適した表面を有する黒心可鍛鋳鉄部材が得られ、かつ、めっき浴浸漬時に釜浮きが十分に抑制されて、めっき形成時に、めっき層が良好に形成されることを見出した。詳細について、以下に述べる。
なお本明細書では、めっき層の形成された黒心可鍛鋳鉄部材を「めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材」という。また、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材のめっき層と接する鋳鉄部分を、特に「鋳鉄表面」ということがある。
【0031】
<合金組成>
本発明における黒心可鍛鋳鉄部材を構成する主たる材料は、黒心可鍛鋳鉄である。黒心可鍛鋳鉄に含まれる元素の割合は、炭素を2.0質量%以上、3.4質量%以下、ケイ素を0.5質量%以上、2.0質量%以下とし、残部として鉄及び不可避的不純物を含有することが好ましい。炭素の含有量が2.0質量%以上だと、溶湯の流動性が良いため、鋳造作業が容易になり、溶湯の湯流れに起因する不良率を低減することができる。炭素の含有量が3.4質量%以下だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。ケイ素の含有量が0.5質量%以上だと、ケイ素による黒鉛化の促進の効果が得られ、短時間で黒鉛化を完了することができる。ケイ素の含有量が2.0質量%以下だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。
【0032】
本発明の実施形態における黒心可鍛鋳鉄は、さらに、ビスマス及びアルミニウムからなる元素群から選択される1又は2の元素を合計で0.005質量%以上、0.020質量%以下含有することがより好ましい。ビスマス及びアルミニウムの合計の含有量が0.005質量%以上だと、鋳造時及びその後の冷却過程における黒鉛の析出を防止することができる。ビスマス及びアルミニウムの合計の含有量が0.020質量%以下だと、黒鉛化が大きく阻害されることがない。これらの元素の他に、本発明の実施形態における黒心可鍛鋳鉄は、0.5質量%以下のマンガンを含有してもよい。
【0033】
<予備加熱>
本発明の好ましい実施の形態においては、黒鉛化前の黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱することが好ましい。本発明において「予備加熱」とは、鋳造された黒心可鍛鋳鉄部材について、黒鉛化に先立って行われる低温度域での熱処理をいう。予備加熱を行うことによって、黒鉛化後の黒鉛がフェライトの結晶粒界の位置に分散して存在し、フェライトの結晶粒度を従来の黒心可鍛鋳鉄よりも細かくすることができる。また、黒鉛化に要する時間も短縮することができる。このような予備加熱の効果は、黒心可鍛鋳鉄部材がビスマス及びアルミニウムからなる元素群から選択される1又は2の元素を含有するときに、より顕著に表れる。
【0034】
本発明はめっき層の成形に関する発明であるから、本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法における黒心可鍛鋳鉄部材の合金組成は、特定の合金組成に限定されるものではない。本発明における合金組成は、黒心可鍛鋳鉄の合金組成として一般に考えられている上述した合金組成の範囲を大きく逸脱しない限り、どのような合金組成であってもよい。同様に、黒鉛化を行った後のフェライトの結晶粒度についても、本発明においては特に限定されない。したがって、上記の予備加熱は、本発明において必須の工程ではなく、本発明において、予備加熱をせずに黒鉛化を行った黒心可鍛鋳鉄の表面にめっき層を形成することは当然に許容される。
【0035】
<黒鉛化の温度と保持時間>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、鋳造後の黒心可鍛鋳鉄部材、好ましくは前述の予備加熱後の黒心可鍛鋳鉄部材を、例えば720℃以上の温度に加熱、保持する黒鉛化と呼ばれる熱処理を行う。黒鉛化は、黒心可鍛鋳鉄の製造方法に固有の工程である。黒鉛化の工程では、黒心可鍛鋳鉄部材を例えばA1変態点に相当する720℃を超える温度に加熱することによってセメンタイトを分解して黒鉛を析出させるとともに、オーステナイトでなるマトリクスを冷却することによってフェライトに変態させ、黒心可鍛鋳鉄部材に靱性を付与することができる。黒鉛化は、最初に行われる第1黒鉛化と、第1黒鉛化の後に行われる第2黒鉛化とに分かれることが好ましい。
【0036】
第1黒鉛化は、900℃を超える温度域でオーステナイト中のセメンタイトを分解して黒鉛を析出させる工程であることが好ましい。第1黒鉛化において、セメンタイトの分解によって分離した炭素は、黒鉛の生成に寄与する。第1黒鉛化を行う温度は920℃以上、980℃以下がより好ましい。第1黒鉛化に要する保持時間は、黒鉛化を行う黒心可鍛鋳鉄部材の大きさによって異なる。上記の予備加熱を行った場合は、第1黒鉛化の保持時間を30分以上、3時間以下とすることが好ましく、より好ましくは2時間以下である。
【0037】
第2黒鉛化は、オーステナイトからフェライトへ変態させ、かつ、第1黒鉛化を行う温度よりも低い温度域でフェライト及び/又はパーライト中のセメンタイトを分解して黒鉛を析出させる工程であることが好ましい。第2黒鉛化は、第2黒鉛化開始温度から第2黒鉛化完了温度まで徐々に温度を低下させながら行うことが好ましい。これにより、オーステナイト中の炭素の固溶度を徐々に下げながら黒鉛を析出させることができるので、前記オーステナイトからフェライトへの変態が確実に進行する。
【0038】
第2黒鉛化開始温度は720℃以上、800℃以下であることが好ましい。第2黒鉛化完了温度は680℃以上、780℃以下であることが好ましく、720℃以下の温度であって、第2黒鉛化開始温度よりも低い温度であることがより好ましい。第2黒鉛化の開始から完了までに要する時間も、黒鉛化を行う黒心可鍛鋳鉄部材の大きさによって異なる。上記の予備加熱を行った場合は、第2黒鉛化の時間を30分以上、3時間以下とすることが好ましく、より好ましくは2時間以下である。第1黒鉛化から第2黒鉛化に移行するときは、第1黒鉛化の温度から第2黒鉛化の開始温度まで降温することが好ましい。本発明の実施形態では、第1黒鉛化の温度から、第2黒鉛化の開始温度よりも低い温度、例えば室温等まで降温させてから、第2黒鉛化の開始温度まで昇温するといったことはしない。第1黒鉛化から第2黒鉛化に移行時の降温に要する時間は特に制限はない。
【0039】
<非酸化性雰囲気>
本発明の実施形態に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、黒心可鍛鋳鉄部材の黒鉛化が、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われる。本発明における「非酸化性雰囲気」とは、厳密な意味での還元性雰囲気、すなわち、黒鉛化温度での後記する化学式1の平衡酸素分圧よりも低い酸素分圧を有する雰囲気のみを意味するのではなく、黒心可鍛鋳鉄部材に含まれる鉄が雰囲気を構成するガスと反応して、鉄の酸化物がめっき層の形成を妨げる程度に生成されることのない雰囲気をいう。つまり本発明における「非酸化性雰囲気」は、めっき層の形成を妨げるほどの厚い酸化物層が生成しないような雰囲気をも包含する広い概念である。具体的に「非酸化性雰囲気」とは、黒鉛化の雰囲気における酸素分圧が、下記に詳述する化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であることが好ましい。よって、好ましい態様によれば、黒鉛化を行う温度における化学式1の平衡酸素分圧を求め、黒鉛化の雰囲気における酸素分圧が、化学式1の上記平衡酸素分圧の10倍以下の圧力である場合の他、求められた平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低い状態で黒鉛化を行う場合であっても、本発明における非酸化性雰囲気に該当する。黒鉛化の雰囲気における酸素分圧は、化学式1の上記平衡酸素分圧のより好ましくは6倍以下、更に好ましくは3倍以下、より更に好ましくは化学式1の上記平衡酸素分圧以下である。
【0040】
鉄の酸化反応のうち代表的な反応を表す化学式を、化学式1に示す。
【0041】
【0042】
ここで、Fe(s)は固体の鉄、O2(g)は気体の酸素、FeO(s)は固体の酸化第一鉄(ウスタイト)を表す。鉄の酸化反応には、化学式1以外にもいくつかの反応が知られているが、黒鉛化の温度において標準ギブスエネルギが最も低い酸化反応は化学式1の反応である。したがって、化学式1で表される鉄の酸化反応が進行しにくい雰囲気では、他の化学式で表される鉄の酸化反応も進行しにくい。
【0043】
黒鉛化を非酸化性雰囲気で行うには、黒鉛化を行う温度における化学式1の平衡酸素分圧を求め、雰囲気の酸素分圧が、上述の通り、化学式1の上記平衡酸素分圧の10倍以下であることが好ましい。特に好ましくは、雰囲気の酸素分圧が、求められた平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低い状態である。そうすれば、化学式1の反応が化学平衡を保つか又は右から左に進み、鉄の酸化物の生成がより十分に妨げられる。黒鉛化の温度における化学式1の平衡酸素分圧の値は、化学式1の標準ギブスエネルギの文献値を使って計算で求めることができる。表1に、第1黒鉛化(980℃)及び第2黒鉛化(760℃)における化学式1の平衡酸素分圧を計算した例を示す。この計算に際しては、M.W.チェイス(M.W.Chase)著、「NIST-JANAF サーモケミカル テーブルズ(NIST-JANAF Thermochemical Tables)」、(米国)、第4版、アメリカン インスティテュート オブ フィジックス(American Institute of Physics)、1998年8月1日、に記載された標準ギブスエネルギの値を参照した。
【0044】
【0045】
黒鉛化における雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式1の平衡酸素分圧以下であるかどうかや、前記化学式1の平衡酸素分圧の何倍であるかを知るには、雰囲気の酸素分圧を知る必要がある。雰囲気の酸素分圧を測定する方法には、例えば、ジルコニア酸素濃度計や四重極質量分析計などを使用して雰囲気の酸素分圧を直接測定する方法がある。ただし、表1に示されたような極めて低い酸素分圧を測定するときには、これらの直接的な方法では測定精度が必ずしも十分でない場合がある。
【0046】
黒鉛化の雰囲気ガスとして変成ガスを使用する場合には、例えば、特許文献3に記載されているように、雰囲気中の一酸化炭素と二酸化炭素の分圧比又は水素と水蒸気の分圧比を測定し、これらのガスと平衡する酸素の分圧を計算によって間接的に求めることができる。この計算は、熱処理炉内において、一酸化炭素と酸素とが反応して二酸化炭素を生成する反応(2CO+O2=2CO2)又は水素と酸素とが反応して水蒸気を生成する反応(2H2+O2=2H2O)における化学平衡が成立しているとみなして行う。
【0047】
本発明の実施形態において、黒鉛化の雰囲気を非酸化性雰囲気にする方法には、酸素分圧を下げることができる公知の方法を使用することができる。具体的な方法としては、例えば、熱処理炉内を高真空に保持する方法、熱処理炉内を非酸化性のガスで満たす方法などがあるが、これらに限られない。
【0048】
本発明の好ましい実施の形態においては、非酸化性雰囲気が、燃焼ガスと空気との混合ガスを燃焼して発生した変成ガスを含む。変成ガスは、比較的安価に製造することができるので、他の非酸化性雰囲気を使用する場合に比べて黒鉛化に必要な製造コストを抑制することができる。変成ガスの生成に使用することができる燃焼ガスとしては、プロパンガス、ブタンガス及びこれらの混合ガス、液化石油ガス、液化天然ガスなどがある。
【0049】
変成ガスの生成には、ガス発生装置を使用することができる。燃焼ガスに混合する空気の混合比を増やすと、CO2ガスとN2ガスの成分の多い完全燃焼型のガスが発生する。空気の混合比を減らすと、COガスとH2ガスの成分の多い不完全燃焼型のガスが発生する。変成ガスに含まれる水蒸気は、冷凍脱水機によってその一部を除去することができる。
【0050】
非酸化性雰囲気の形成に変成ガスを使用している場合に、上記のいずれかの方法によって知ることができた熱処理炉内の酸素分圧が、表1に示す化学式1の平衡酸素分圧よりもかなり高い場合には、燃焼ガスと混合する空気の混合比を下げてCOガスとH2ガスの比率を高めるか、又は冷凍脱水機の冷却温度を下げて変成ガスの露点を下げるか、いずれかの方法によって酸素分圧を下げることができる。あるいは、これらの方法の両方を使用してもよい。
【0051】
なお、本発明の実施形態においては、後述するように、黒鉛化が前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われる、つまり黒鉛化の雰囲気は、脱炭性雰囲気でもあるが、脱炭性雰囲気とすることに比べると、黒鉛化の雰囲気を非酸化性雰囲気にすることはそれほど重要ではない。つまり、黒鉛化において黒心可鍛鋳鉄部材の表面に若干の酸化物層が生成したとしても、めっき層の形成にとって大きな妨げとならなければよい。したがって、本発明における「非酸化性雰囲気」は上述の通り広い概念である。
【0052】
本発明の好ましい実施の形態においては、第2黒鉛化が、還元性雰囲気、すなわち酸素分圧が、前述の化学式1の平衡酸素分圧よりも低い雰囲気で行われる。第1黒鉛化において黒心可鍛鋳鉄部材の表面に酸化物が生成した場合であっても、第2黒鉛化を還元性雰囲気で行うことによって一旦生成した酸化物を還元して、酸化物の厚さをめっき層の形成の妨げにならない程度の厚さに低減することができる。
【0053】
<脱炭性雰囲気>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、黒心可鍛鋳鉄部材の黒鉛化の雰囲気は、脱炭性雰囲気でもある。本発明において「脱炭性雰囲気」とは、黒心可鍛鋳鉄部材に含まれる炭素が雰囲気中の酸素ガスによって酸化されて一酸化炭素になり、一酸化炭素ガスが黒心可鍛鋳鉄部材の表面から外部に離脱することによって炭素の除去が進行する雰囲気をいう。この化学反応は、下記の化学式2で表すことができる。
【0054】
【0055】
ここで、C(s)は固体の炭素、O2(g)は気体の酸素、CO(g)は気体の一酸化炭素を表す。炭素の酸化反応には、化学式2以外に、炭素が酸素と反応して二酸化炭素を生成する反応(C+O2=CO2)があるが、黒鉛化を行う720℃以上の温度範囲では、標準ギブスエネルギが低い化学式2の反応の方が優先的に進行する。
【0056】
黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うには、黒鉛化を行う温度における化学式2の平衡酸素分圧を求め、黒鉛化における雰囲気の酸素分圧がこの平衡酸素分圧よりも高い状態で黒鉛化を行えばよい。そうすれば、化学式2の反応が左から右に進み、黒心可鍛鋳鉄に含まれる炭素が酸素と反応して一酸化炭素となって外部に離脱し、脱炭が進む。黒鉛化の温度における化学式2の平衡酸素分圧の値は、上述した化学式1の場合と同様に、標準ギブスエネルギの文献値を使って計算で求めることができる。前記表1に、第1黒鉛化(980℃)及び第2黒鉛化(760℃)における化学式2の平衡酸素分圧を計算した例を併記する。
【0057】
黒鉛化における雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式2の平衡酸素分圧よりも高いかどうかを知るには、雰囲気の酸素分圧を測定する必要がある。雰囲気の酸素分圧を測定する方法は既に説明したので、ここでは説明を省略する。求められた雰囲気の酸素分圧が表1に示す化学式2の平衡酸素分圧よりも高い場合には、その脱炭性雰囲気のまま黒鉛化を行うことができる。雰囲気に変成ガスを使用している場合に、熱処理炉内の酸素分圧が化学式2の平衡酸素分圧と等しいか又は平衡酸素分圧よりも低いときは、例えば、変成ガス生成装置における空気混合比を上げるか、又は変成ガスの露点を上げるなどの方法を使って、酸素分圧が化学式2の平衡酸素分圧よりも高くなるように調整することができる。ただし、酸素分圧を調整する方法はこれらに限られない。
【0058】
本発明の実施形態では、黒鉛化が脱炭性雰囲気で行われるため、黒鉛化の過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面に黒鉛が生成することはない。このため、本発明に係る製造方法によれば、黒鉛化後、めっき層形成前の表面に黒鉛がほとんど生成しない黒心可鍛鋳鉄部材を製造することができ、その表面に密着性に優れためっき層を形成することができる。
【0059】
なお、本発明の実施形態においては、第1黒鉛化及び第2黒鉛化の双方の黒鉛化が非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われてもよく、そうでない場合であっても、少なくとも第1黒鉛化が非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行われることが好ましい。後者の場合、第2黒鉛化は脱炭性雰囲気でない雰囲気で行うことが考えられる。しかし、第2黒鉛化は第1黒鉛化よりも低い温度であるため、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に黒鉛が析出する速度は第1黒鉛化に比べて遅い。したがって、少なくとも第1黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うことによって、本発明の効果を得ることができる。
【0060】
この様に本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法は、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程を有する。例えば、第1黒鉛化(980℃)について非酸化性かつ脱炭性の雰囲気を実現するには、一例として、炉内の酸素分圧を、表1に示す化学式2の平衡酸素分圧である2.6×10-19atmよりも高く、かつ表1に示す化学式1の平衡酸素分圧である3.4×10-16atmの10倍以下にすることが挙げられる。
【0061】
上記の通り、本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、製造に不可欠な黒鉛化の工程を利用して、めっき層の生成に適した表面の調製を行うことができる。特には、黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うので、黒心可鍛鋳鉄部材の表面において、不めっきの原因物質の一つである黒鉛の形成がほとんどない。また、黒鉛化を非酸化性雰囲気で行うので、酸化物層がほとんどなく、あったとしても極めて薄い。そのため、めっき形成に適した黒心可鍛鋳鉄部材の表面を得ることができる。
【0062】
<フェライト層>
本発明の好ましい実施の形態においては、黒鉛化後、下記の粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材が、その表面に厚さ100μmを超えるフェライト層を有する。フェライト層とは、鉄-炭素2元状態図においてα相とよばれる炭素をほとんど含まないフェライトで構成された層状の組織をいう。好ましい実施形態においては、黒心可鍛鋳鉄部材の表面において脱炭が進む結果、炭素の少ないオーステナイトが生成し、黒鉛化が完了した後に冷却されると厚さ100μmを超えるフェライト層となる。フェライト層が生成すると、黒心可鍛鋳鉄部材の表面だけでなくその表層付近の内部にも黒鉛が存在しない。このため、より強固で密着性に優れためっき層を形成することができるので好ましい。
【0063】
白心可鍛鋳鉄は脱炭性雰囲気において脱炭が行われるが、黒心可鍛鋳鉄及びパーライト可鍛鋳鉄では、通常、黒鉛化を脱炭性雰囲気で行うことはない。しかし、本発明においては、密着性に優れためっき層の形成を可能にする目的で、脱炭性雰囲気での黒鉛化を行う。これにより黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成したとしても、フェライト層の厚さがそれほど厚くなければ機械的な性質への影響は少ない。
【0064】
本発明の実施形態において、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成している場合に、フェライト層の表面に鉄の薄い酸化物層が生成してもよい。酸化物層が生成しても、その厚さが薄ければ、後工程である粒子投射処理とフラックス処理を経ることで除去することが可能である。また、薄い酸化物層が生成することで、黒心可鍛鋳鉄部材の表面の脱炭が過剰に進行することが妨げられるので好ましい。フェライト層の表面に形成されうる酸化物層の許容厚さは、好ましくは20μm以下、より好ましくは10μm以下である。
【0065】
<ケイ素酸化物>
本発明の実施の形態においては、黒鉛化が終了した後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面にケイ素酸化物が存在する。上述のとおり、ケイ素は、黒心可鍛鋳鉄を構成する元素の一つである。ケイ素は鉄及び炭素よりも酸化されやすい元素である。このため、本発明における非酸化性雰囲気で黒鉛化を行った場合であっても、黒心可鍛鋳鉄に含まれるケイ素が酸化してケイ素酸化物が生成することは避けられない。黒鉛化の過程で生成するケイ素酸化物は、主として黒心可鍛鋳鉄部材の表面に存在する。黒心可鍛鋳鉄部材の表面に上記のフェライト層が形成されている場合は、フェライト層の表面にケイ素酸化物が存在する。上述のとおり、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に酸化物が生成すると不めっきの原因となる。しかし、本発明においては、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に存在するケイ素酸化物に対して後述する粒子投射処理を行うことにより、不めっきを防止することができる。
【0066】
<粒子投射処理>
本発明の実施形態では、上記黒鉛化後であって、フラックスに浸漬する前に、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対し、ケイ素酸化物が該表面に残存するように粒子投射処理を施す。本発明の実施形態における粒子投射処理は、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に亀裂や歪エネルギーが導入される程度の処理であって、従来技術の様にめっき処理に供する部材表面の酸化被膜を除去するような破壊力の強い処理ではない。ケイ素酸化物等でなる酸化被膜を除去することができる程度の高いエネルギーを部材表面に与えると、後記するめっき層の形成時に、めっき層の形成速度が必要以上に高くなり、めっき厚さの制御が困難となるため好ましくない。したがって、粒子投射処理は、黒心可鍛鋳鉄の表面にケイ素酸化物が残存するように施す。黒心可鍛鋳鉄部材の表面における粒子投射処理の面積は、全面でなくてもよく、該部材の表面の一部であってもよい。
【0067】
前記粒子投射処理は、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対して投射粒子を高速で吹き付ける処理であり、機械式と空気式に分類される。機械式としては、羽根車(インペラ)による遠心力を利用し投射粒子(メディア)を、被処理物である部材(ワーク)に対して投射する方法が挙げられる。上記機械式の処理として、具体的に、ショットブラスト、ショットピーニング等のショット加工、サンドブラスト等のサンド加工が挙げられる。空気式としては、圧縮空気により投射粒子を投射する方法(エアブラスト)が挙げられる。均質な粒子投射処理を行うためには、上記インペラや圧縮空気による投射位置の数は2以上であることが好ましい。上記被処理物(ワーク)は、処理中に撹拌、自転等動いてもよく、固定されていてもよい。
【0068】
投射粒子(メディア)の材質、粒径、硬度などは問わない。投射粒子の材質として、たとえば、鋼、鋳鋼、ステンレス鋼、アルミナ、セラミック、ガラス、珪砂等が挙げられる。投射粒子は鋼球、グリット、砂(サンド)の順で好ましい。投射粒子の形状として、たとえば、球形、金属ワイヤを単純にカットした短い円柱状となるカットワイヤ、鋭角状の角部を有するグリット等が挙げられる。投射粒子の粒径の好ましい範囲は、被処理物のサイズ・形状や投射粒子の材質などによって異なる。例えば、投射粒子に鋼球を使用する場合の好ましい粒径の範囲は、5~10mmである。粒径が5mm以上の投射粒子を用いることで、被処理物の表面に十分な衝撃を与えることができる。また、粒径が10mm以下の投射粒子を用いることで、複雑形状の被処理物の凹部にも投射することができると同時に、過大な衝撃によるめっき層の膜厚過多を防止することができる。投射粒子に用いる鋼球の粒径のより好ましい範囲は6~8mmである。
【0069】
粒子投射処理の具体例の一つとして、例えば直径が6mmないし8mmの鋼球を投射粒子として用い、黒心可鍛鋳鉄部材を撹拌させながら、インペラを用いて多数の上記投射粒子を黒心可鍛鋳鉄部材の表面にたたきつける方法が挙げられる。
【0070】
本発明の実施形態では、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対し、ケイ素酸化物が該表面に残存するように粒子投射処理を施すため、粒子投射処理後であって後述のフラックス処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面にケイ素酸化物を有する。本発明における上記処理の目的は、ケイ素酸化物の除去ではないため、上記処理後、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にケイ素酸化物が残存する。該ケイ素酸化物は多く残存していてもよい。例えば後記する実施例に示す通り、粒子投射処理後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に占めるケイ素酸化物の面積割合は、粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に存在するケイ素酸化物量に対して、例えば50%以上、更には70%以上、より更には90%以上であってもよい。粒子投射処理後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面にケイ素酸化物が残存しているかどうかは、後記する実施例に例示する通り、試料の表面又は断面におけるケイ素及び酸素の元素マッピング像を撮像することなどによって確認することができる。
【0071】
また、本発明の粒子投射処理後の、黒心可鍛鋳鉄部材の表面は粒子投射処理による加工変質領域を有する。すなわち、最終製品として得られるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材において、黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質領域を有する。
【0072】
本発明の実施形態では、投射時間、投射速度、投射角度、投射量等は、前記処理後の表面にケイ素酸化物が残存する程度であれば特に限定されない。被処理物(ワーク)のサイズ(被処理物が例えば管継手である場合には呼びが1/8~8インチ)に応じて、適宜設定することができる。従来のケイ素酸化物を除去する処理と差別化する観点から、投射時間は、例えば20分以下、好ましくは10分以下であって、例えば3.0分以上とすることができる。本発明の実施形態は、この様に軽度の粒子投射処理を行う点で、酸洗の代わりに30~40分の長時間のショットブラストを行う特許文献2とは異なる。
【0073】
上記の通り、軽度の粒子投射処理を行うことによって、釜浮きと不めっきが抑制される理由について、未だ十分には解明されていないが、次の様に考えられる。不めっきや釜浮きの原因物質として、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に存在するケイ素酸化物が考えられる。上記の粒子投射処理を行うことにより、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に存在するフェライト層が変形して平坦化したり、ケイ素酸化物に亀裂が発生したりする。それにより、黒心可鍛鋳鉄部材の表面のフェライト層及びケイ素酸化物に応力が導入され、めっき液との反応が促進されると考えられる。また、フェライト層に埋もれた状態で存在するケイ素酸化物にもめっき液が到達しやすくなる。これらの作用により、めっき浴に浸漬した際に、上記ケイ素酸化物の離脱が起こりやすくなると考えられる。
【0074】
<フラックス処理>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法は、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行うこと、めっき形成処理前に酸洗処理を行わないこと、黒心可鍛鋳鉄部材に対し、上述した軽度の粒子投射処理を行うことに加え、上記に説明する通りフラックスに所定の時間以上浸漬することも特徴としている。
【0075】
本発明の実施形態に用いるフラックスとしては、フラックスに適した公知の弱酸性塩化物水溶液を用いることができる。一般に、フラックスは、被めっき部材の表面に薄い膜を形成して、溶融金属とのぬれ性を改善したり、溶融めっきを施すまでの間の発錆を防止する作用を有し、その結果、被めっき部材の表面に形成されるめっき層の膜厚を均一にしたり、めっき層の密着性を向上させたりするという効果を発揮する。このため、溶融めっきにおいて、被めっき部材をフラックスに浸漬する工程は、省略することのできない工程となっている。本発明における黒心可鍛鋳鉄部材のフラックスへの浸漬は、上記の作用に加えて、黒鉛化で生成した薄い酸化物層を除去するという特有の作用をもたらす。
【0076】
本発明の実施形態においては、フラックスへの浸漬に、鋳造及び黒鉛化の過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面に生成した酸化物層を除去するという新規な作用を担わせることによって、従来の酸洗による酸化物の除去工程を省略することができる。塩化物水溶液でなるフラックスは繰り返し使用できるので、酸洗を行った場合の酸性溶液の廃棄が不要となる。また、黒心可鍛鋳鉄部材とフラックスに用いられる弱酸性塩化物水溶液との化学反応は、従来の酸洗に用いられる強酸との化学反応に比べて緩やかなものであり、処理の際のガスの発生も少ない。したがって、本発明に係る製造方法によれば、従来の製造方法に比べて環境に与える負荷を著しく低減することができる。
【0077】
フラックスが塩化物水溶液である場合、塩化物水溶液の塩化物の濃度は、10質量%以上、50質量%以下であることが好ましい。濃度が10質量%以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となる。酸化物層の除去の効果は、濃度を、50質量%を超えて増加させてもあまり変わらない。濃度が50質量%以下のときは、フラックスの建浴に消費される塩化物を節約することができる。また、形成されるフラックスの膜厚も厚くなりすぎず、乾燥が容易である。より好ましい塩化物水溶液の濃度は、20質量%以上、40%質量以下である。
【0078】
本発明の好ましい実施の形態において、フラックスに含まれる塩化物は、塩化亜鉛、塩化アンモニウム、塩化カリウムの1以上である。より好ましくはフラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である。フラックスにおける塩化亜鉛と塩化アンモニウムの含有量の比率は、モル比で、塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが2以上、4以下であることが好ましい。なかでも、モル比で塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが3であること、すなわち、質量比で塩化亜鉛46%に対して塩化アンモニウムが54%であれば、容易に乾燥させることができるのでより好ましい。
【0079】
フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である場合、フラックスの温度は、60℃以上、95℃以下が好ましい。温度が60℃以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となる。温度が95℃以下のときは、フラックスの沸騰を防止することができるので、黒心可鍛鋳鉄部材のフラックスへの浸漬をより安全に行うことができ、酸化物層の除去もより安定的に行うことができる。フラックスの温度が90℃以上のときは、塩化アンモニウムの加水分解が進んでフラックスの濃度が安定し、酸化物層の除去の効果も高まるので、より好ましい。
【0080】
黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに浸漬する好ましい時間は、フラックスの成分、濃度、温度、フラックスの劣化の度合い、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズ及び黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成されている酸化物層の厚さ等の条件に依存する。フラックスへの浸漬時間は3.0分以上、好ましくは5.0分以上であって、60分以下が好ましい。浸漬時間が5.0分以上のときは、酸化物層の除去の効果が顕著となるため好ましい。酸化物層の除去の効果は、60分を超えて浸漬させてもあまり変わらない。したがって浸漬時間が60分以下のときは、黒心可鍛鋳鉄部材の過剰な溶解を防止して、フラックスを長持ちさせることができる。より好ましいフラックスへの浸漬時間は10分以上、50分以下、さらに好ましくは15分以上、40分以下である。ただし、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に形成されている酸化物層の厚さが非常に厚い場合には、60分を超えてフラックスに浸漬させてもよい。
【0081】
フラックスに黒心可鍛鋳鉄部材を繰り返し浸漬させると、フラックスが緑色に変色する。これは、フラックスに鉄が溶けて塩化鉄(II)(塩化第一鉄)が生成しているためと推測される。さらに使用を続けると、フラックスが赤褐色に変色する。これは、塩化鉄(II)が酸化して塩化鉄(III)(塩化第二鉄)が生成しているためと推測される。なおも使用を続けると、さらに酸化が進んで水酸化鉄(III)が生成して沈殿する。水酸化鉄(III)が黒心可鍛鋳鉄部材の表面に付着すると、不めっきの原因となるので、ろ過によってフラックスから除去することが好ましい。水酸化鉄(III)をろ過によって除去しつつ、フラックスの濃度を好ましい範囲に管理することによって、一旦建浴したフラックスを長期間使用し続けることができる。
【0082】
フラックスの濃度の管理は、フラックスの比重、pH又はフラックスに含まれる化学成分の分析などの公知の手段によって行うことができる。例えば、フラックスとして、モル比で塩化亜鉛1に対して塩化アンモニウムが3含まれる塩化物水溶液を使用する場合、90℃で測定された比重が1.05以上、1.30以下となるように溶質の溶解量を調整することによって、塩化物水溶液の濃度を10質量%以上、50質量%以下の好ましい範囲に調整することができる。また、90℃で測定された比重が1.10以上、1.20以下となるように調整すれば、塩化物水溶液の濃度を20質量%以上、40質量%以下のより好ましい範囲に調整することができる。フラックスを使用し続けることによってフラックスの濃度が低下した場合には、フラックスの比重が上記の範囲に入るように溶質を加えることによって、フラックスの濃度が好ましい範囲から外れないように管理することができる。フラックスの比重は、例えば、浮き秤を用いて測定することができる。本発明に用いるフラックスの好ましいpHの範囲は3.0以上、6.0以下である。
【0083】
<溶融めっき>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法においては、フラックスから取り出した黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程を有する。溶融めっきによって、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成される。本発明に係る製造方法によれば、黒鉛化後、めっき層形成前の表面に黒鉛の生成がほとんどなく、また粒子投射処理とフラックス処理を経ることによって、その表面に密着性に優れためっき層を形成することができる。本発明におけるめっき層としては、金属又は合金のめっき層を用いることができる。具体的には、亜鉛、錫、アルミニウムなどの金属又はこれらの合金を用いることができるが、めっき層はこれらに限られない。好ましくは溶融亜鉛めっきである。
【0084】
本発明の好ましい実施の形態においては、溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む。亜鉛はイオン化傾向が大きく、犠牲防食作用を有しているため、好ましい。最初に施されるめっきが溶融亜鉛めっきである場合、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の最表面には亜鉛層(η(イータ)層)が生成され、亜鉛層と黒心可鍛鋳鉄部材の表面との中間には鉄と亜鉛の合金層(δ(デルタ)1層及びζ(ツェータ)層)が生成される。これらの層は互いに強固に密着しており、全体として密着性のよいめっき層が形成される。
【0085】
本発明の実施形態では、脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行うことにより、前述の通り、黒鉛化後であってめっき層形成前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面にフェライト層が生成されうる。このフェライト層が生成した場合も同様で、この場合はフェライトと亜鉛が反応して合金層を生成する。溶融めっきを施した後(例えば溶融亜鉛めっき層の形成後)、フェライト層はめっき層の内部に残存していてもよく、あるいはフェライト層が消失していてもよい。
【0086】
溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む場合、溶融亜鉛めっきに用いられる亜鉛めっき浴の温度は、450℃以上、550℃以下が好ましい。450℃以上のときは、亜鉛めっき浴中での亜鉛の凝固を防止することができる。550℃以下のときは、亜鉛めっき層と黒心可鍛鋳鉄部材の表面との過剰な反応を防止することができる。亜鉛めっき浴のより好ましい温度は、480℃以上、520℃以下である。
【0087】
本発明の好ましい実施の形態において、溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む場合、溶融亜鉛めっきに用いられる亜鉛めっき浴はアルミニウムを含んでもよい。亜鉛めっき浴中にアルミニウムが溶融している場合、めっき浴の表面における亜鉛酸化膜の形成が抑制され、液面が清浄になる。また、形成されためっき層も光沢を増し、美感が向上する。
【0088】
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、酸洗を省略しても不めっきが生じることなく溶融めっきによるめっき層を形成することが可能となる。その理由は必ずしも明らかではないが、おそらく以下のような理由によるものと推測される。第1の理由は、黒鉛化後、溶融めっき前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に、不めっきの原因となる物質が少ないことである。黒鉛化を脱炭性雰囲気で行っているので、不めっきの原因物質のひとつである黒鉛の形成がほとんどない。また、黒鉛化を非酸化性雰囲気で行っているので、酸化物層がほとんどなく、あったとしても極めて薄い。
【0089】
仮に酸化物層が残存していたとしても、上述した粒子投射処理を経た後、フラックスに浸漬したときにその多くが除去されると考えられる。フラックスへの浸漬時間が短い場合には、溶融めっきの際に発生したガスが被めっき部材の表面に気泡として付着して、前述の釜浮きが見られることがある。この原因の詳細は不明だが、おそらく、フラックスへの浸漬時間が不十分だと、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にガスの発生原因となる物質が残存しているためではないかと推測される。しかし、本発明の実施形態においては、フラックスへの浸漬時間を十分に長くすれば、釜浮きが発生することはほとんどない。
【0090】
第2の理由は、黒心可鍛鋳鉄部材の表面に薄く形成された酸化物層が、溶融めっきの過程で黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥離し、無害化されることである。フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である場合、黒心可鍛鋳鉄部材の表面の鉄の酸化物が塩化アンモニウムと化学反応して、黒色の生成物が生成される場合がある。この生成物は通常は剥がれにくく、不めっきの原因物質のひとつとなる。しかし、本発明の実施形態においては、溶融めっきの際に、黒色の生成物が黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥がれて、めっき浴の表面に浮かんでくる現象が観察される。このことから、本発明の実施形態においては、上記の黒色の生成物が生成された場合であっても、溶融めっきの過程で剥離するため、酸洗を省略しても不めっきが生じないものと推測される。
【0091】
<加熱処理>
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに浸漬後、加熱処理を行うことなく溶融めっきを施して製造することができる。本発明の可能な一つの実施の形態として、下記に説明する通り、フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程をさらに設けてもよい。
【0092】
溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を予め加熱することにより、不めっきの発生が抑えられる傾向がある。黒心可鍛鋳鉄部材の加熱温度は、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズや形状に依存する。黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する場合の加熱温度は、90℃以上であることが好ましい。より好ましくは100℃以上、250℃以下である。100℃以上のときは、フラックスを十分に乾燥させることができると共に、フラックスと黒心可鍛鋳鉄部材の表面の酸化物層との反応による無害化が促進される。250℃以下のときは、昇温によるフラックスの分解がなく、フラックスの剥離や黒心可鍛鋳鉄部材の表面の付加的な酸化を防止することができる。更に好ましい加熱の温度は、150℃以上、200℃以下である。
【0093】
加熱する場合には、熱処理炉などの公知の加熱手段を用いることができる。例えば、フラックスから取り出した黒心可鍛鋳鉄部材を、予め所定の温度に加熱された熱処理炉の中に挿入して、黒心可鍛鋳鉄部材の温度が好ましい温度に到達したら熱処理炉から取り出して、黒心可鍛鋳鉄部材の温度が大きく低下する前に溶融めっきを施せばよい。この場合において、黒心可鍛鋳鉄部材の温度は、黒心可鍛鋳鉄部材全体の温度が均一に加熱されている必要はなく、少なくともフラックスの膜が形成されている表面の一部分の温度が所定の温度に到達していればよい。ただし、溶融めっきを施そうとする表面の一部が所定の温度に到達していない場合には、その部分の表面に不めっきが発生するおそれがある。したがって、溶融めっきを施そうとする全ての表面の温度が、上記の好ましい温度の範囲に到達していることが好ましい。
【0094】
加熱に要する時間は、黒心可鍛鋳鉄部材のサイズや形状に依存する。例えば、サイズの大きな黒心可鍛鋳鉄部材を溶融めっきしようとする場合には、部材の有する熱容量に応じて時間を十分にかけて、部材の中心部の温度が好ましい温度の範囲に到達するまで加熱しておくことがより好ましい。そうすることによって、溶融めっきの途中で黒心可鍛鋳鉄部材の表面の温度低下が妨げられて、不めっきが発生するのを防止することができる。
【0095】
上記加熱は、不めっきの発生を十分抑えることを目的に、下記に詳述の通り、黒心可鍛鋳鉄の表面における鉄の酸化物を、黒色の生成物に変化させて十分剥離するため行ってもよい。一方、上記加熱により黒心可鍛鋳鉄部材の表面に気泡が生じやすい。前記気泡が生じると、黒心可鍛鋳鉄部材の形状によっては、釜浮きが生じやすくなる。したがって、黒心可鍛鋳鉄部材の形状に応じて、上記釜浮きを十分に抑制する観点から上記加熱処理を行わないことも、本発明の実施形態の一つである。
【0096】
溶融めっきの際に、黒色の生成物が黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥がれて、めっき浴の表面に浮かんでくる上記の現象は、フラックスから取り出した後、溶融めっきを施す前の黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程を更に有する場合に、特に顕著に見られる傾向がある。その理由の詳細は不明だが、おそらく、好ましい温度範囲に加熱された黒心可鍛鋳鉄部材を溶融めっき浴に浸漬した直後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面温度が、加熱を行わずに浸漬した場合と比べて高いことが関係しているものと推測される。すなわち、加熱を行わずに浸漬した場合には、黒心可鍛鋳鉄部材の表面のフラックスが溶融金属と接して分解したときに、フラックスの分解生成物と黒心可鍛鋳鉄の表面の鉄の酸化物との反応温度が低いために、反応速度が遅くなる。このために、鉄の酸化物の全部が黒色の生成物に変化することができず、剥離が起こりにくいと考えられる。これに対し、加熱を行った後に溶融めっき浴に浸漬した場合には、反応温度が高くて反応速度も速く、フラックスの分解生成物と鉄の酸化物との反応が短時間で完了し、鉄の酸化物全体が黒色の生成物に変化して黒心可鍛鋳鉄部材の表面から容易に剥離することができると考えられる。
【0097】
本発明のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれる。このケイ素酸化物は、下記の実施例で詳述する通り、おそらく溶融亜鉛めっきの過程で黒心可鍛鋳鉄の表面から離脱した後に溶融亜鉛めっき層に取り込まれたものであると推定される。溶融亜鉛めっき層に含まれるケイ素酸化物は、黒心可鍛鋳鉄部材の表面から離脱しているので、不めっきの原因となることはない。また、本発明のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、製造工程で粒子投射処理が施されているため、黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質領域を有する。
【0098】
<管継手及びその製造方法>
本発明のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材として、管継手が挙げられる。すなわち、本発明には、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材が管継手である、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法が含まれうる。本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材は、表面に形成されためっき層の密着性が優れており、高度な耐食性を必要とする管継手に好適に使用することができる。本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄を管継手として使用する場合には、溶融めっきを施した後に、継手の接続に使用されるおねじ又はめねじを機械加工によって管継手の端部に設けることができる。
【0099】
本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材と管継手は、溶融亜鉛めっき層が形成されていればよく、更に溶融亜鉛めっき層上に、熱硬化性樹脂による塗装、熱硬化性樹脂によるライニング、化成処理、金属のスパッタリング、溶射などによる他の層が施されていてもよい。
【実施例】
【0100】
〔実施例1〕
炭素を3.1質量%、ケイ素を1.5質量%、マンガンを0.4質量%、残部としての鉄及び不可避的不純物を含有する溶湯を準備した。次に、準備した溶湯のうちの700kg分を取鍋に注湯し、ビスマスを210g(0.030質量%)添加、攪拌した後、直ちに鋳型に注湯して、表3に示すサイズのエルボ形状を有する管継手を複数個鋳造した。なお蒸気圧の高いビスマスの、管継手中の含有量は、0.020質量%以下であった。鋳造した管継手は、鋳型から取出した後、表面に付着した鋳砂を除去する目的で軽くショットブラストを施した。得られた管継手の最大肉厚はおよそ8mm、1個あたりの質量はおよそ900gであった。
【0101】
次に、得られた管継手を大気雰囲気、275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱した後、黒鉛化を行った。黒鉛化は、鋳物を980℃に90分保持する第1黒鉛化と、760℃から720℃までを90分かけて降温する第2黒鉛化の2段階の熱処理により行った。第1黒鉛化の終了温度から第2黒鉛化の開始温度に移行するときの降温時間は90分であった。
【0102】
黒鉛化は、炉内雰囲気が制御された熱処理炉を用いて行った。熱処理炉には、発熱型変成ガス発生装置によって発生させた変成ガスを供給した。変成ガスは、プロパンガス30vol%とブタンガス70vol%を混合した燃焼ガスに空気を混合して燃焼させることによって発生させた。燃焼ガスと空気との混合ガスに占める空気混合比は、95.4vol%から95.6vol%の間とした。
【0103】
発生した変成ガスは、温度を2℃に設定した冷凍脱水機を通過させて水蒸気の一部を除去した後、熱処理炉に供給した。熱処理炉内に供給された変成ガスの総圧は大気圧であった。第1黒鉛化及び第2黒鉛化における熱処理炉内のガスを取り出し口からサンプリングし、赤外線吸光式のCO濃度計及びCO2濃度計を用いてガスの濃度を測定し、露点計を用いてガスの露点を測定した。得られた熱処理炉内のCO及びCO2の体積百分率、露点及び平衡計算によって求められた炉内酸素分圧の推定値を表2に示す。露点は、ガスに含まれる水分量に対応する。なお、表2に記載されていないガスの残部は水素及び窒素であった。
【0104】
【0105】
表2に示す炉内酸素分圧の推定値を表1に示す平衡酸素分圧と比較すると、第1黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素分圧である3.4×10-16atmと同じ10のマイナス16乗台の値であったのに対し、化学式2の平衡酸素分圧である2.6×10-19atmの数千倍の値であった。このことから、第1黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、かつ、強い脱炭性であったことが推定される。
【0106】
次に、第2黒鉛化について見ると、第2黒鉛化の炉内酸素分圧は、化学式1の平衡酸素分圧である5.1×10-21atmの10倍以下であって、化学式2の平衡酸素分圧である2.8×10-21atmよりも高い、10のマイナス20乗台の値であった。このことから、第2黒鉛化の雰囲気は、非酸化性であり、かつ脱炭性であったことが推定される。
【0107】
黒鉛化が完了した管継手の表面の色は、明るいグレーであった。表面から遠い内部では、フェライトのマトリクス及びマトリクスに含まれる塊状の黒鉛(グラファイト)でなる黒心可鍛鋳鉄の典型的な組織が生成していた。管継手の表面付近には、フェライト相のみからなる厚さが約200μmのフェライト層が生成していた。フェライト層の最表面には、厚さが約20μmの薄い酸化物層が生成していた。
【0108】
なお比較例として、表3の実験No.2~5では、前記黒鉛化後であってフラックス浴に浸漬前に、塩酸10%の酸性溶液に、表3に示す時間浸漬して酸洗を行った。
【0109】
表3の実験No.6及び7では、前記黒鉛化後に粒子投射処理として下記の条件でショットブラストを行った。一方、表3の実験No.1~5では、ショットブラストを行わずに後述のフラックス浸漬を行った。ショットブラストは次の条件で行った。すなわち、エプロン式ショットブラスト装置を用い、ゴム製のループ状エプロンの窪みにワーク(被処理物)を投入し、エプロンを回転することによってワークの向きを変えながら、エプロンの上部2箇所に設けられた投射手段(回転するインペラ)から直径6mm程度の鋼球をワークに向けて投射した。1回の処理において、ワークの投入量は400kg、処理時間は10分とした。
【0110】
次に、塩化亜鉛を46質量%、塩化アンモニウムを54質量%含有するフラックス原料を水道水に溶解し、50℃における比重が1.25になるように濃度を調整後、90℃に温めたフラックス浴を準備した。そして管継手をフラックス浴に、表3に示す時間浸漬させた。フラックスから取り出した管継手を大気雰囲気で300℃に加熱されたマッフル炉の炉室内に挿入して5分間加熱した。このときの管継手の表面の温度は、150℃以上、200℃以下に加熱されていたものと推定される。
【0111】
その後、管継手をマッフル炉から取出し、ただちに溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、1分経過後に取り出して水洗、乾燥、冷却し、表面にめっき層を有する黒心可鍛鋳鉄の管継手を作製した。用いた溶融亜鉛めっき浴は、成分がAl0.03質量%、残部がZnのものであった。溶融亜鉛めっき浴の温度は、いずれも500℃以上、520℃以下であった。そして、めっき浴浸漬中の釜浮きの有無について調べた。その結果を表3に併記する。
【0112】
【0113】
表3に示すように、酸洗もショットブラストも行わなかった実験No.1では、めっき浴での釜浮きが生じた。また、酸洗を行ったがショットブラストは行わなかった実験No.2~5においても、めっき浴での釜浮きが生じた。なお、実験No.2~4は、同形状の管継手を用い、酸洗時間を変化させた比較例であるが、酸洗時間を長くしても釜浮きが生じる結果となった。これらの管継手では、釜浮きが生じた結果、不めっきが生じやすくなった。
【0114】
これに対し、実験No.6及び7では、上記条件でショットブラストを行ってから、フラックス処理及びめっき浴への浸漬を行ったため、めっき浴での釜浮きが生じなかった。その結果、不めっきも生じなかった。
【0115】
〔実施例2〕
表3の実験No.1(ショットブラストなし)と、表3の実験No.6(ショットブラストあり)のいずれも呼び径が3/4インチのエルボ形状の管継手を用い、溶融亜鉛めっき浴への浸漬時間を表4に示す通り変化させて、不めっきの発生個数について調べた。なお、めっき浴への浸漬時間以外は、実施例1と同じ条件とした。
【0116】
得られた管継手のめっき層の外観を目視により観察し、亜鉛めっき層が形成されていないいわゆる「不めっき」の有無を判断した。各条件につき3個の管継手を用意し、3個のうち不めっきが発生した管継手の個数を求めた。その結果を表4に示す。なお、表4に示すいずれの例も、めっきの形成されている10箇所のめっき厚さを測定したところ、70μm以上であった。
【0117】
【0118】
表4から、軽度のショットブラストを行った場合には、不めっきが生じなかったが、ショットブラストを行わなかった場合には、めっき浴への浸漬時間を長くしても、不めっきが生じた。なお、表4には示していないが、目標膜厚(例えば膜厚70μm)へ到達するための浸漬時間は、ショットブラストを行った場合の方が、ショットブラストを行っていない場合よりも短縮できることがわかった。この様な違いが生じた理由として、ショットブラスト処理によって表面が活性化されるため、同じ浸漬時間でもショットブラストを行っていない場合よりもめっきが形成されやすいことが考えられる。
【0119】
本実施例の結果から、本発明に係るめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法によれば、従来必要とされていた黒鉛化後の酸洗を省略しても、不めっきの抑制された、好ましくは不めっきのない良好なめっき層の形成が可能であることがわかる。これは、めっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造に不可欠な黒鉛化を特定の雰囲気で行うと共に、軽度の粒子投射処理を行ってから、特定の浸漬条件でフラックスへ浸漬を行うことによって、めっき層の形成に適した表面を有する黒心可鍛鋳鉄部材が得られ、かつ、めっき浴浸漬時に釜浮きが十分に抑制されて、めっき形成時に、めっき層が良好に形成されたためであると考えられる。
【0120】
〔実施例3〕
本発明における粒子投射処理の作用を調べる目的で、各工程を実施した後の試料について、走査型電子顕微鏡を使って表面付近の金属組織を観察した。
【0121】
<黒鉛化後>
図1Aは、実施例1と同じ条件で黒鉛化まで行った後であって、粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面付近の断面の反射電子像の一例である。
図1Aに示された薄いグレーの相はフェライトのマトリクスである。マトリクスの中には塊状の黒鉛は見られない。これは、脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行ったために、試料の表面において、前述の化学式2に示す化学反応が進み、黒鉛が消失したからであると考えられる。このようなフェライトのマトリクスでなるフェライト層は、
図1Aに示す表面付近から深さ方向におよそ200μmの厚さで存在していた。
【0122】
図1Aに示された試料の最表面から深さがおよそ10μmまでの領域には、フェライトのマトリクス中に濃い灰色で示された球形に近い形状の相が分布していた。この球形に近い形状の相の大きさはおよそ1μmよりも大きい。試料の最表面から深さ約10μmよりもさらに深い領域には、フェライトのマトリクス中に濃い灰色で示された細長い相と、その細長い相の間に細かく分散した相とが見られた。この細長い相の幅は1μmよりも細かく、上記細かく分散した相の大きさはそれよりもさらに小さい。また、これらの相が存在する領域の厚さはおよそ20μmであった。
【0123】
図1Bは、
図1Aと同じ領域のケイ素の元素マッピング像である。また、
図1Cは、
図1Aと同じ領域の酸素の元素マッピング像である。ケイ素及び酸素が分布する位置は、
図1Aにおける上記の濃い灰色の相が分布する位置と極めてよく一致していた。また、
図1Aと同じ領域の、図示しない鉄の元素マッピング像によれば、ケイ素と酸素が濃化している部分では鉄が欠乏していた。これらの事実から、濃い灰色の相は鉄の酸化物ではなくケイ素酸化物の相であると考えられる。ケイ素は、黒心可鍛鋳鉄部材に含まれる元素である。細長い相は、フェライトの結晶粒界に沿って形成されたケイ素酸化物相であると考えられる。また、細かく分布した相は、フェライトの結晶粒の中で形成されたケイ素酸化物相であると考えられる。
【0124】
図2は、実施例1と同じ条件で黒鉛化まで行った後であって、粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面の反射電子像の一例である。
図2と同じ領域を撮影した、図示しない元素マッピング像によれば、
図2における薄いグレー又は濃いグレーの領域はケイ素酸化物であり、白の領域及び白い粒子は重い元素である鉄でなるフェライトであると考えられる。
【0125】
<粒子投射処理(ショットブラスト)後>
図3は、実施例1と同じ条件で粒子投射処理としてのショットブラストまで行った後であって、フラックス浸漬前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面付近の断面の反射電子像の一例である。前記
図1Aと同じく、薄いグレーの相はフェライトのマトリクスであり、濃いグレーの相はケイ素酸化物の相である。試料の表面には扁平な組織が見られ、その下には空隙が見られた。また、前記
図1Aで観察された球形に近い形状のケイ素酸化物の相は見られなかった。またケイ素酸化物相が分布する領域の厚さが
図1Aに比べて薄くなっている。なお、前記
図1Aと
図3とでは倍率が異なっていることに注意すべきである。
【0126】
図4は、実施例1と同じ条件で粒子投射処理としてのショットブラスト後であって、フラックス浸漬前の黒心可鍛鋳鉄部材の表面の反射電子像の一例である。前記
図2で観察されたフェライトの白い粒子は
図4においてはほとんど認められず、その代わりに白の領域で示された平坦なフェライトが見られた。また、フェライトには亀裂が生じており、このフェライトの亀裂部分に濃いグレーで示されたケイ素酸化物の相が粒状に多く分布していることが認められる。また、粒状のケイ素酸化物は、フェライトの平坦な部分の表面にも存在している。
【0127】
前記
図1~
図4の写真の観察から、黒鉛化後であって粒子投射処理前の黒心可鍛鋳鉄部材の最表面に分布していた、フェライト及び球状に近い形状のケイ素酸化物の相を含む領域は、ショットブラストによって一部が除去されたり、深さ方向に押しつぶされて塑性変形したと考えられる。すなわち、
図3に示された表面に近い領域は、本発明における「加工変質領域」の例である。
【0128】
また、前記
図1~
図4の写真の観察から、ケイ素酸化物の相は、ショットブラストによって完全に除去されるのではなく、その多くが残っていることが認められる。特に、
図1Aに見られた細長い相の間に細かく分散したケイ素酸化物の相は、
図3においても表面から離れた深い位置に多数残っていることが認められる。つまり、本発明の実施形態では、上記に例示する写真に示される通り、ケイ素酸化物が表面に残存するように粒子投射処理を行う。これに対して従来技術では、酸化物相や加工変質領域を酸洗によって除去する場合、ケイ素酸化物もすべて除去されていた。よって、溶融めっきの前処理としてフラックスに浸漬する前に、黒心可鍛鋳鉄部材の表面にケイ素酸化物が存在している前記
図3及び
図4の様な写真は、酸洗が行われていないことの間接的な証拠となり得る。
【0129】
<溶融めっき後>
図5は、フラックス浸漬後の加熱を行わなかったこと以外は、実施例1と同じ条件で溶融めっきを施した後の、黒心可鍛鋳鉄部材のめっき層の全厚を含む断面の反射電子像の一例である。
図5の下から1/4までの濃いグレーの領域は、黒心可鍛鋳鉄部材の断面であり、その上の薄いグレーの領域は溶融亜鉛めっき層の断面である。溶融亜鉛めっき層の厚さはおよそ70μmである。これらの2つの領域の境界には隙間がなく、平坦である。
図5と同じ領域の、図示しない鉄の元素マッピング像によれば、めっき層の下から1/3までの領域には鉄が比較的多く存在し、その上の2/3の領域には鉄がほとんど存在していないことが分かった。このことから、溶融亜鉛めっき層には、黒心可鍛鋳鉄表面との境界付近に位置する、鉄と亜鉛の固溶体でなる領域と、それよりも外側に位置する純亜鉛にわずかに鉄を固溶した相でなる領域との、少なくとも2つの領域があると考えられる。
【0130】
図5の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に近い領域と、溶融亜鉛めっき層の厚さ方向における中央領域には、黒色の相が分布している。この
図5と同じ領域の、図示しないケイ素の元素マッピング像及び酸素の元素マッピングによれば、ケイ素及び酸素が分布する位置は、
図5における上記の黒色の相が分布する位置とよく一致していた。また、この
図5と同じ領域の、図示しない亜鉛の元素マッピング像によれば、ケイ素と酸素が濃化している部分では亜鉛が欠乏していた。これらの事実から、上記黒色の相は亜鉛の酸化物ではなくケイ素酸化物の相であると考えられる。
【0131】
図6は、フラックス浸漬後の加熱を行わなかったこと以外は、実施例1と同じ条件で溶融めっきを施した後の黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面と溶融亜鉛めっき層との境界付近を示す反射電子像の一例である。
図6の下方の濃いグレーの領域は、黒心可鍛鋳鉄部材の断面であり、その上の薄いグレーの領域は溶融亜鉛めっき層の断面である。溶融亜鉛めっき層と接する黒芯可鍛鋳鉄表面近傍には、黒色のケイ素酸化物の相が存在しており、これは、前記
図3に示す加工変質層に起因する組織である。また、溶融亜鉛めっき層には、
図6の上方の、黒芯可鍛鋳鉄表面との境界から少し離れた位置にケイ素酸化物の相が存在していた。一方、黒芯可鍛鋳鉄表面との境界に近い位置にはケイ素酸化物の相はほとんど存在していなかった。
【0132】
前記
図5及び
図6の写真の観察から、次のことが推測される。フラックス及びめっき浴にはケイ素を含む化合物は含まれないことから、
図5及び
図6における、溶融亜鉛めっき層に含まれるケイ素酸化物の相と見られる黒色の相は、
図3に示す黒心可鍛鋳鉄部材の加工変質領域に存在したケイ素酸化物が、溶融亜鉛めっき処理時に黒心可鍛鋳鉄部材の表面から剥がれて、溶融亜鉛めっき層の中に取り込まれたものであると推測される。
【0133】
溶融亜鉛めっき処理時、加工変質領域は残留応力が大きく、かつ空隙を多く含むため、溶融亜鉛と激しく反応する。この反応過程で、ケイ素酸化物を含む酸化物層が黒心可鍛鋳鉄部材の表面から離脱してバラバラになり、
図5及び
図6に示すように溶融亜鉛めっき層中に分散した状態で残存しているのではないかと考えられる。したがって、溶融亜鉛めっき層中にケイ素酸化物の相が分散して存在することは、酸洗が行われていない黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対して、ケイ素酸化物が残存するようにショットブラストなどの粒子投射処理が行われたことの、間接的な証拠となり得る。
【0134】
また、上述のとおり、ケイ素酸化物の相の分布は、黒芯可鍛鋳鉄表面との境界付近では少ない。この理由は明らかではないが、おそらく、溶融亜鉛めっき層のうち鉄と亜鉛の固溶体でなる領域が形成される際にはケイ素酸化物がその固溶体に取り込まれずに溶融亜鉛中に排出され、その後鉄が少なく亜鉛の多い領域が凝固する際にこの排出されたケイ素酸化物を含んだまま凝固するためではないかと考えられる。めっき層のうち黒心可鍛鋳鉄の表面との境界に近い位置にケイ素酸化物の相がほとんど存在していないことは、めっき層の形成時に不めっきが防止されていることを意味すると考えられる。
【0135】
本明細書の開示内容は、優先権主張の基礎となる特願2019-053581号に記載された以下の態様を含む。
態様1:
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法であって、
非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で黒鉛化を行う工程と、
黒鉛化後の黒心可鍛鋳鉄部材の表面に対して粒子投射処理を行う工程と、
前記粒子投射処理後の黒心可鍛鋳鉄部材をフラックスに3.0分間以上浸漬する工程と、
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を90℃以上に加熱する工程と、
前記加熱した黒心可鍛鋳鉄部材に溶融めっきを施す工程と
を有するめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様2:
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、酸素分圧が、下記化学式1の平衡酸素分圧の10倍以下であって、下記化学式2の平衡酸素分圧よりも高い雰囲気である態様1に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
【化5】
【化6】
態様3:
前記フラックスに浸漬させる黒心可鍛鋳鉄部材は、その表面にケイ素酸化物を有する態様1又は2に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様4:
前記粒子投射処理は、ショットブラスト、ショットピーニング、サンドブラスト、エアブラストのうちのいずれかである態様1~3のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様5:
前記粒子投射処理の実施時間は、3.0分以上、20分以下である態様1~4のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様6:
前記黒鉛化を行う工程の前に、黒心可鍛鋳鉄部材を275℃以上、425℃以下の温度で予備加熱する工程を更に有する態様1~5のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様7:
前記黒鉛化を行う工程は、900℃を超える温度で加熱する第1黒鉛化と、開始温度が720℃以上、800℃以下であり、かつ完了温度が680℃以上、780℃以下である第2黒鉛化とを含む態様1~6のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様8:
前記黒鉛化を行う工程のうち、少なくとも第1黒鉛化を、非酸化性かつ脱炭性の雰囲気で行う態様7に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様9:
前記非酸化性かつ脱炭性の雰囲気は、燃焼ガスと空気との混合ガスの燃焼によって発生した変成ガスを含む態様1~8のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様10:
前記フラックスから取り出した後、黒心可鍛鋳鉄部材を加熱する工程において、前記黒心可鍛鋳鉄部材を100℃以上、250℃以下に加熱する態様1~9のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様11:
前記フラックスが、弱酸性の塩化物を含有する水溶液である態様1~10のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様12:
前記フラックスが、塩化亜鉛及び塩化アンモニウムを含有する水溶液である態様1~11のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様13:
前記溶融めっきを施す工程が、溶融亜鉛めっきを施す工程を含む態様1~12のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様14:
前記黒心可鍛鋳鉄部材が、管継手である態様1~13のいずれか1項に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材の製造方法。
態様15:
黒心可鍛鋳鉄部材の表面にめっき層が形成されためっき形成黒心可鍛鋳鉄部材であって、
前記めっき層が溶融亜鉛めっき層であり、
前記黒心可鍛鋳鉄部材の鋳鉄表面に加工変質領域を有し、かつ
前記溶融亜鉛めっき層にケイ素酸化物が含まれるめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
態様16:
管継手である態様15に記載のめっき形成黒心可鍛鋳鉄部材。
【0136】
本出願は、日本国特許出願、特願第2019-053581号を基礎出願とする優先権主張を伴う。特願第2019-053581号は参照することにより本明細書に取り込まれる。