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特許7376013不死化単球細胞および誘導細胞を用いた抗感染症薬,ワクチンなどの評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-30
(45)【発行日】2023-11-08
(54)【発明の名称】不死化単球細胞および誘導細胞を用いた抗感染症薬,ワクチンなどの評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 7/02 20060101AFI20231031BHJP
   C12N 7/04 20060101ALI20231031BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20231031BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALN20231031BHJP
   C12N 5/0784 20100101ALN20231031BHJP
【FI】
C12N7/02
C12N7/04
C12N5/10
C12N5/0786
C12N5/0784
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2020539454
(86)(22)【出願日】2019-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2019033378
(87)【国際公開番号】W WO2020045368
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2022-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2018158512
(32)【優先日】2018-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】517364949
【氏名又は名称】マイキャン・テクノロジーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】宮▲崎▼ 和雄
(72)【発明者】
【氏名】山中 敦史
(72)【発明者】
【氏名】岡田 稔
(72)【発明者】
【氏名】千住 覚
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/043651(WO,A1)
【文献】特開2011-041534(JP,A)
【文献】特開2017-131136(JP,A)
【文献】Journal of Virology, 2002, Vol.76, No.19, pp.9877-9887
【文献】The Journal of Immunology, 2001, Vol.166, pp.1499-1506
【文献】モダンメディア, 2015, Vol.61, No.9, pp.265-269
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
デングウイルスを維持培養する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞にデングウイルスを感染させること、及び
感染した細胞を培養することを含む方法。
【請求項2】
デングウイルスを維持培養する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とを単球に導入する,または前記遺伝子を単球に導入し,前記単球から樹状細胞を分化誘導すること,
得られた単球又は樹状細胞にデングウイルスを感染させること、及び
感染した細胞を培養することを含む方法。
【請求項3】
デングウイルスの感染症治療薬を同定する方法であって,
被検薬の存在下でBMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞にデングウイルスを感染させること,
前記単球又は前記樹状細胞におけるデングウイルスの感染レベルを測定すること,
測定されたデングウイルスの感染から,該被検薬がデングウイルスの感染症治療効果を有するか否かを判定することを含む方法,
ここで,測定されたデングウイルスの感染レベルが,前記被検薬の非存在下で前記単球又は前記樹状細胞デングウイルスを感染させたコントロールの感染レベルと比較して少ない場合,当該被検薬はデングウイルスの感染症治療効果を有すると判定される。
【請求項4】
デングウイルスの変異株を作製する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞にデングウイルスを感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養してデングウイルスを増殖させること,
増殖したデングウイルスの中から,変異株を単離することを含む方法。
【請求項5】
デングウイルスのワクチンを製造する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞にデングウイルスを感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養してデングウイルスを増殖させること,
増殖したデングウイルスを回収することを含む方法。
【請求項6】
更に,回収されたデングウイルスを不活化することを含む,請求項に記載の方法。
【請求項7】
デングウイルスの感染症患者由来血液からデングウイルスを分離する方法であって、
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞と前記患者由来血液とを接触させること,
感染した細胞を培養すること,
培養細胞中のデングウイルスを検出及び/又は同定することにより、デングウイルスを特定することを含む方法。
【請求項8】
前記単球が,ヒト多能性幹細胞又はヒト造血幹細胞を分化誘導することにより得られた細胞,又は,ヒト末梢血から単離することにより得られた細胞である,請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記ヒト多能性幹細胞がiPS細胞である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ヒト多能性幹細胞又はヒト造血幹細胞を分化誘導することにより単球を調製すること,又は,ヒト末梢血から単離することにより単球を調製することをさらに含む,請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記ヒト多能性幹細胞がiPS細胞である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
培養時間が、24~96時間である、請求項1~請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
培養回数が1~5回である、請求項4に記載の方法。
【請求項14】
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子が,BMI1遺伝子及びBCL2遺伝子の組み合わせまたはBMI1遺伝子及びLYL1遺伝子の組み合わせである,請求項1~請求項13のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物のin vitroにおける培養方法または当該微生物感染症治療薬の評価方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
感染症研究において,標的となる病原菌が単球や樹状細胞を介して増殖する場合,既に構築された細胞株を用いた研究がおこなわれてきた。例えばデングウイルスは,長年研究されてきたヒトに感染症を引き起こすウイルスであり,経験的にヒト慢性骨髄性白血病由来のK562細胞株,アフリカミドリザルの腎臓上皮細胞由来のVero細胞株,シリアンハムスター腎臓由来のBHK細胞株など細胞株を用いて研究がおこなわれてきた。しかし,これら細胞株を用いた評価は容易に行えるという利点があるものの,必ずしもヒト生体内における感染や増殖を反映しているとは言えないという問題があった。
【0003】
ヒト生体由来の単球や樹状細胞を用いることで,より生体に近いメカニズムや抗原の解析を行うことができることから,それによる新しい医薬やワクチンの開発が期待される。理論的にはヒト生体由来の白血球様細胞を用いて感染症評価を行うことは可能であり,個体より摘出した組織をもとに単離した細胞を用いた感染症評価も行われている。例えば,臍帯血・骨髄・末梢血由来の造血幹細胞をin vitroにて血球細胞,更には単球及び誘導細胞へと分化できることが報告されている。また,ES・iPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導を行うことにより単球及び更に分化した樹状細胞などを調製する方法も報告されている(特許文献1,非特許文献1~9)。しかし,単球や樹状細胞は生体外で継続的に増殖させることが困難であることから,摘出由来の細胞を用いる場合には細胞調製を行う度に個体からの抽出と単離が必要であり,操作が煩雑であり費用も高額となるという問題があった。また,これらの方法は,分化誘導に期間を要し,単球細胞および分化させた樹状様細胞の供給量が少なく研究に必要な量を継続的に提供し続けるのは難しいという問題があった。また,細胞が由来する個体や細胞を調製する条件が毎回異なる可能性があることから,再現性の評価が困難であるという問題があった。
【0004】
このように,ヒト生体内における感染や増殖の状態を十分反映しながら再現性良く単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を評価できる細胞はこれまで存在しなかった。
【0005】
このような実験上の制約から,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物が単球や樹状細胞を介在することは判明しているものの,ウイルス増殖に適した条件などの全容については未だ明らかにされていない。そのため個体から摘出した細胞を用いた実験においても,研究対象となる単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の研究に適した条件で行っているとは限らないという問題もあった。
【0006】
一方で,癌などの免疫療法において細胞治療を行う際に大量の抗原提示細胞を調製する必要があることから,増殖可能な単球,マクロファージ,樹状細胞などの抗原提示細胞に関する研究がおこなわれている。iPS細胞から分化誘導したミエロイド系細胞(iPS-MC)や末梢血由来単球に遺伝子導入を行い,自己増殖能を有するミエロイド系細胞株(iPS-ML)及び単球細胞株(CD14-ML)を作製したことが報告がされている(特許文献2及び特許文献3)。
【0007】
更に,デングウイルス感染モデルとして,単球由来の樹状細胞はその品質,増殖,ドナー依存性の特徴から限界があったところ,上述のiPS-ML由来の樹状細胞(iPS-ML-DC)にデングウイルスが感染すること,HLAがマッチするT細胞を活性化することが示されている(非特許文献10)。しかし,iPS細胞を用いた場合には,iPS細胞が残存することによる癌化やiPSからミエロイド系細胞を安定的かつ高確実に分化誘導することが困難であること,誘導後の細胞集団からミエロイド系細胞のみを確実に分取する必要があることなど課題が多かった。また,CD4+単球が抗原提示細胞としての能力に優れる(非特許文献11)ところ,iPS由来のミエロイド細胞(iPS-ML)は,CD4の発現が低いことが知られていた(非特許文献12)。
【0008】
また,感染患者からのウイルス分離は,感染確認ならびに検査・研究のため重要な作業である。ウイルス分離は感染患者の血液などを採取し,培養細胞を用いて作業を行うことにより実施されている。例えば,デングウイルスの場合,発症後5~6日以内の血清試料とヒトスジシマカ培養細胞株であるC6/36細胞などを用いて行うのが一般的である(非特許文献13)。しかし,血清試料中のウイルス濃度や試料採取から培養開始までの時間等がウイルス分離の効率に影響し,必ずしもウイルス分離が成功するものではないという問題があった。例えば,デングウイルスの場合,血清試料中のウイルス濃度が患者の回復により減少することや,採血後の生存ウイルス数が継時的に減少することが知られている。そのため,ウイルス分離の成功率は60%程度であり,ウイルス量が少ないとされる発症後5日目以降ではさらにこの割合が低いことが知られていた(非特許文献14)。
【0009】
他にも,ワクチンの開発においてウイルスを変異させるための培養を可能とする培養細胞が必要とされている。特に弱毒性ワクチンの開発は,異種培養細胞などを用い,継代を何度も繰り返すことで得られた弱毒化したウイルス変異体をワクチンとして利用する。しかし,ウイルス変異はごく稀にしかおきないため長時間の検討期間,すなわち培養期間が必要とされる。例えば,弱毒性ワクチンであるロタウイルスワクチン(RV1)の場合,ヒトウイルスをアフリカミドリザル腎株化細胞で33回継代後,3回限界希釈して選択された株をさらにVero細胞で7回継代することではじめて獲得できたことが報告されている(非特許文献15)。このように,一般的に多くの培養回数を経ないと弱毒化変異株が獲得できないことが知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】WO2008/056734
【文献】WO2012/043651
【文献】特開2017-131136
【非特許文献】
【0011】
【文献】Fairchild P.Jら,Curr Biol.(2000)10:1515-1518.
【文献】Lindmark Hら,Exp Cell Res(2004)300:335-344.
【文献】Zhan Xら,Lancet(2004)364:163-171.
【文献】Slukvin IIら,J Immunol(2006)176:2924-2932.
【文献】Odegaard JIら,J Leukoc B iol(2007)81:711-719.
【文献】Su Zら,Clin Cancer Res(2008)14:6207-6217.
【文献】Tseng SYら,Regen Med(2009)4:513-526.
【文献】Senju Sら,Stem cells(2007)25:2720-2729.
【文献】Choi KDら,J Clin Invest(2009)119:2818-2829.
【文献】Dao Huy Manhraら,J Gen Virol. (2018)doi: 10.1099/jgv.0.001119.
【文献】G. Szaboら,J.Leukoc.Biol.(1990);47(2):111-20.
【文献】Chihiro Kobaら,PLoS One. 2013; 8(6): e67567.
【文献】亀岡,モダンメディア 61巻9号2015[臨床検査アップデート] 265.
【文献】Richiard G. Jarmanら,Am J Trop Med Hyg. 2011; 84(2): 218-223.
【文献】ロタウイルスワクチンに関するファクトシート(平成24年9月28日) 国立感染症研究所
【発明の概要】
【0012】
即ち,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物研究において,より安定性,再現性,経済性,及び操作容易性を有する方法を見出すことを課題とする。また、本発明は、短期間の培養で単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の変異体を取得可能な方法を提供することを目的とする。
【0013】
本発明者らは,感染症研究に適した単球および樹状細胞を提供する方法を模索すべく,種々の方法で調製・作製された単球および樹状細胞にデングウイルスを感染させる検討を行った。その結果,ヒト臍帯血由来,ES細胞由来又は骨髄細胞もしくは末梢血由来のCD14陽性細胞に遺伝子を導入して得られた増殖可能なヒト単球細胞,及び,当該単球細胞を分化誘導することにより得られる貪食能を有する細胞(例えば,樹状細胞)にデングウイルスが効率よく感染・増殖できることを見出し,本発明を完成させた。特に,これらの細胞に感染したウイルスの増殖速度は速く,より多くの子孫ウイルス及びウイルス様粒子を産生する。これにより,本発明者らは単球又は樹状細胞介在型感染性微生物感染症治療のための,化合物やワクチンなどの医薬品の評価法など,研究開発のための新規方法を提供するに至った。更に,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の増殖を可能とすることで,ワクチンの製造や変異株の構築・開発・作製に使用できることを見出すことに成功した。
【0014】
更に,本発明は,特には単球細胞を不死化して使用することにより,iPS細胞を用いることによるこれらの課題を解決するものである。すなわち,単球細胞を不死化する方法を採用することにより,安定的に単球細胞のみの集団を容易に得ることが可能である。また,単球細胞を不死化して得られた細胞は,CD4を発現しているため,iPS由来の樹状細胞と比較してより抗原提示能が高く,ワクチン研究に適した細胞であると考えられる。よって,本発明はCD4の発現に優れる単球又は樹状細胞介在型感染性微生物感染モデルを提供するものである。
【0015】
更に,本発明は,試料内のウイルス濃度などの影響を受けることにより従来の培養細胞では困難であったウイルス分離における問題を解決するものである。本発明者らの見出したところによれば,iPS細胞由来,ヒト臍帯血由来,ES細胞由来又は骨髄細胞もしくは末梢血由来のCD14陽性細胞を不死化して得られた増殖可能なヒト単球細胞,及び,当該単球細胞を分化誘導することにより得られる貪食能を有する細胞(例えば,樹状細胞)を利用することにより,希薄なウイルス量であっても,細胞内で十分に増殖させることが可能であった。その結果,本発明はウイルス分離の成功率を向上させる分離評価系を提供することに成功した。よって,一態様において,本発明は優れたウイルス分離用細胞を提供するものである。
【0016】
更に,本発明は,ワクチン開発において,弱毒性ウイルスであるウイルス変異株を取得するために長期間かかるという課題を解決するものである。すなわち,本発明によれば,iPS細胞由来,ヒト臍帯血由来,ES細胞由来又は骨髄細胞もしくは末梢血由来のCD14陽性細胞を不死化して得られた増殖可能なヒト単球細胞,及び,当該単球細胞を分化誘導することにより得られる貪食能を有する細胞(例えば,樹状細胞)に低濃度のウイルスを感染させた場合であっても,長期間の培養を必要とすることなく、異なる形態のプラークを形成するウイルス変異株を獲得することが可能である。その結果,ウイルス変異体が短期間で獲得することができ,ワクチン研究に適した細胞であると考えられる。よって,本発明はウイルス・ワクチン研究のための変異株産生に優れる細胞を提供するものである。
【0017】
具体的には,本発明は以下の発明に関する。
(1) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を維持培養する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること、及び
感染した細胞を培養することを含む方法。
(2) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を維持培養する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とを単球に導入すること,
任意前記単球から樹状細胞を分化誘導すること,
得られた単球又は樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること、及び
感染した細胞を培養することを含む方法。
(3) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の感染症治療薬を同定する方法であって,
被検薬の存在下でBMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
前記単球又は前記樹状細胞における前記感染性微生物の感染レベルを測定すること,
測定された前記感染性微生物の感染から,該被検薬が前記感染症治療効果を有するか否かを判定することを含む方法,
ここで,測定された前記感染性微生物の感染レベルが,前記被検薬の非存在下で前記細胞に前記感染性微生物を感染させたコントロールの感染レベルと比較して少ない場合,当該被検薬は前記感染症治療効果を有すると判定される。
(4) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の変異株を作製する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養して前記感染性微生物を増殖させること,
増殖した前記感染性微生物の中から,変異株を単離することを含む方法。
(5) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物のワクチンを製造する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養して前記感染性微生物を増殖させること,
増殖した前記感染性微生物を回収することを含む方法。
(6) 更に,回収された前記感染性微生物を不活化することを含む,(6)に記載の方法。
(7) 単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の感染症患者由来血液から該感染微生物を分離する方法であって、
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞と前記患者由来血液とを接触させること,
感染した細胞を培養すること,
培養細胞中の微生物を検出及び/又は同定することにより、感染微生物を特定することを含む方法。
(8) 前記単球が,ヒト多能性幹細胞又はヒト造血幹細胞を分化誘導することにより得られた細胞,又は,ヒト末梢血から単離することにより得られた細胞である,(1)~(7)のいずれか1項に記載の方法。
(9) 前記ヒト多能性幹細胞がiPS細胞である、(8)に記載の方法。
(10) ヒト多能性幹細胞又はヒト造血幹細胞を分化誘導することにより単球を調製すること,又は,ヒト末梢血から単離することにより単球を調製することをさらに含む,(1~(7のいずれか1項に記載の方法。
(11) 前記ヒト多能性幹細胞がiPS細胞である、(10)に記載の方法。
(12) 前記感染性微生物がデングウイルスである,(1)~(11)のいずれか1項に記載の方法。
(13) BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子が,BMI1遺伝子及びBCL2遺伝子若しくはLYL1遺伝子である,(1)~(12)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により,単球又は樹状細胞を介在する感染症を引き起こす微生物の研究・評価が可能となる。例えば,ヒト献血由来の血球材料では培養・評価が難しく研究することが難しかった疾患に対しても,本発明を使用することで培養・評価が可能になり,感染症研究・抗感染症薬・ワクチン開発を行うことが可能となる。また,本発明の方法により,血液が関与する疾患の治療薬開発において,誤差の少ない薬剤スクリーニング評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】作製した不死化ヒト単球細胞における表面マーカーCD11およびCD14の発現をフローサイトメーターにて分析した結果を示すプロット図である。使用抗体:FITCで反応する抗CD11抗体,抗CD14抗体。
図2】不死化ヒト単球細胞をIL4で刺激することにより誘導した樹状細胞様細胞をメイ-ギムザ染色した写真である。
図3】デングウイルス感染実験におけるプレートデザイン図である。96穴プレートの左半分に評価するヒト単球細胞もしくは樹状細胞を入れ,右半分にコントロール細胞であるK562細胞を播種した。ウェルの各行(1-12)に異なる希釈倍率のウイルス液を添加した。ウェルの列(A-H)毎に異なる種類のデングウイルス(DENV-1:デングウイルス1型,DENV-2:デングウイルス2型,DENV-3:デングウイルス3型,及び,DENV-4:デングウイルス4型を添加した。
図4図3のプレートデザインを用い,実施例1において調整したヒト樹状様細胞と陽性対象であるK562細胞とを比較した結果を示す写真である。デングウイルス感染実験後に,ウイルス感染を染色により可視化した。
図5図4のプレートの一部のウェルを拡大した写真である。(A)単球様細胞を用いた結果の写真である(ML:単球様細胞,K562:K562細胞株)。左から順に図4のA1,C1,E1,G1ウェル(上段),及び,図4のA7,C7,E7,G7ウェル(下段)の拡大写真である。(B)樹状様細胞を用いた評価結果の写真である(DC:樹状様細胞,K562:K562細胞株)。左から順に図4のA5,C5,E5,G5ウェル(上段),及び,図4のA7,C7,E7,G7ウェル(下段)の拡大写真である。なお,A1とは図4のプレートのA行1列目を指す。
図6】単球様細胞(A)及び樹状細胞様細胞(B)のウイルス放出量を測定した結果を示すグラフである。縦軸は,培養上清中へのウイルス放出量(log10 プラーク形成ユニット(PFU)/mL)を表す。横軸は左から順に,デングウイルス1型(DENV-1)(D1),2型(DENV-2)(D2),3型(DENV-3)(D3),4型(DENV-4)(D4)を示す。
図7】作成した不死化ヒト単球細胞(末梢血由来単球細胞:CD14-ML, iPS細胞由来単球細胞:iPS-ML)における物理的精製及び膜強度を測定するために,フィルター後の細胞をフローサイトメーターにて分析した結果を表すプロット図である。フィルターによる精製を行なっていない群を未フィルター群(Non filter)および格子穴12umのメッシュフィルターにて精製した群(12um)についてフローサイトメーターにて測定した。縦軸は側方散乱光の面積(SSC-A),横軸は前方散乱光(FSC-H)の検出結果を示す。精製度合いを可視化するために,便宜的に分割し,エリア1,2,それ以外の存在比について示す。評価における再現性確保のためエリア2の細胞数存在比を一定の範囲にすることで管理を志向する。
図8図3のデングウイルス感染実験より,ウイルス希釈倍率を大きくしウイルス低濃度下での感染評価を行ったプレートデザイン図である。デングウイルス4型(DENV-4)を用いて行なった実験を元に記載する。各WellにAからDに記載の細胞を1x10^5個入れ,感染多重度(MOI)に従いウイルスを添加させる。例えば,A1(矢印ストライプ)では1個の末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)に対し0.39(粒子)の割合でデングウイルス4型(DENV-4)を感染させている。
図9】プラークデングウイルス感染実験について,ウイルス希釈倍率をより大きくしたプレートデザイン図である。図8において感染評価後,上清中に含まれるウイルス量を可視化するために,Vero細胞に上清を播種し培養後,免疫染色させる。数字は図8に該当する。例えば,図8のA1の上清を10倍希釈して播種したのが左上のWellである。
図10】プラークデングウイルス感染実験結果について示した図である。末梢血由来樹状様細胞(CD14-DC:白矢印)及びiPS細胞由来樹状様細胞(iPS-DC:黒矢印)いずれも,ウイルス極めて低い濃度での存在下においてもウイルスを増殖させ放出していることを示す。
図11】プラークデングウイルス感染実験結果について示した図である。デングウイルス1型を使用し,ウイルス希釈を行いながら感染した図である。プラークが薄い斑点状(白矢印)のものが大きな斑点(黒矢印)にある濃度で変化しており,両者間ではウイルスが変異している可能性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
一態様において,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を維持培養する方法であって,BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させることを含む方法に関する。
別の態様において,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を維持培養する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とを単球に導入すること,
任意前記単球から樹状細胞を分化誘導すること,及び,
得られた単球又は樹状細胞に前記感染性微生物を感染させることを含む方法に関する。
【0021】
<単球および樹状細胞介在型感染性微生物>
本明細書において,「単球又は樹状細胞介在型感染性微生物」とは,その生存・増殖過程において単球又は樹状細胞への感染が含まれるウイルス,菌,および原虫などを意味する。このような単球又は樹状細胞介在型感染性微生物としては,デング熱を引き起こすフラビウイルス科のウイルス,例えば,デングウイルス,日本脳炎ウイルス,西ナイルウィルス,黄熱ウイルス,マレー渓谷ウイルス,セントルイス脳炎ウイルス,ジカウィルス,ダニ媒介性脳炎ウイルスなどが含まれる。
【0022】
<単球の調製方法>
本発明において,原料となる単球は,末梢血から採取する方法,多能性幹細胞から分化誘導させる方法,繊維芽細胞などの他の体細胞から分化誘導させる方法などにより得ることができる。単球を末梢血から採取する場合,ヒトの末梢血中のCD14分子を発現する細胞を分離・調製する方法は公知である。例えば,ヒト末梢血を等量の生理的食塩水,リン酸緩衝生理的食塩水,あるいは,ハンクス緩衝溶液などで穏やかに希釈する。希釈した血液を,遠心管中のフィコール(登録商標)(GE ヘルスケア社)上に静かに積層し,15~30℃,500~1000×gで20分間遠心分離する。黄色がかった血漿と透明のフィコールの中間の白い帯状の層をリンパ球・単球から成る末梢血単核細胞(PBMC)画分として回収する。回収された末梢血単核細胞画分は必要に応じて更に洗浄して用いてもよい。回収されたPBMC画分から更にCD14分子を発現する細胞を回収することにより,単球を得ることができる。例えば,抗CD14抗体が結合している固相とPBMCを接触させて当該固相に単球を結合させ,非結合の細胞を洗浄して除去することにより,分離回収することができる。例えば,このような固相として磁気ビーズを用いる方法などが知られている(Dynabeads(登録商標)CD14(Thermo Fisher Scientific Inc.)など)。また,末梢血からPBMCを分離することなく,末梢血を直接抗CD14抗体が結合している固相と接触させることにより単球を得ることもできる。
【0023】
単球を多能性細胞から分化させて得る場合,多能性細胞からから単球を誘導する方法は公知である。本明細書において,「多能性幹細胞」とは,多能性及び自己複製能を有する細胞を意味する。本明細書において,「多能性」とは,多分化能と同義であり,分化により複数の系統の細胞に分化可能な細胞の状態を意味する。本明細書における,多能性は,生体を構成する全ての種類の細胞に分化可能な状態(分化全能性(totipotency)),胚体外組織を除く全ての種類の細胞に分化可能な状態(分化万能性(pluripotency)),一部の細胞系列に属する細胞に分化可能な状態(分化多能性(multipotency)),及び1種類の細胞に分化可能な状態(分化単能性(unipotency))を含む。よって,本明細書における「多能性幹細胞」は,幹細胞,胚性幹(ES)細胞,核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(「ntES細胞」),生殖幹細胞(「GS細胞」),胚性生殖細胞(「EG細胞」),および人工多能性幹(iPS)細胞,及び造血幹細胞を含む。ある細胞が多能性幹細胞であるかどうかは,たとえば,被検細胞が体外培養系において胚様体(embryoid body)を形成する場合,又は,分化誘導条件下で培養(分化処理)した後に所望の細胞に分化する場合,当該細胞は多能性幹細胞であると判定することができる。多能性幹細胞の取得方法は公知であり,例えば,iPS細胞は体細胞に3種類以上の初期化遺伝子(Oct3/4,Sox2,Klf4,c-Myc,L-Myc,Nanog,Lin28,Esrrb,Glis1,E-cadherin,shp53,UTX及びH1fooなど)を導入することにより得られることが報告されている。
【0024】
多能性幹細胞から単球への分化誘導は,例えば,マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)とインターロイキン3(IL-3)(Fernadndo O. Martinezら,Experimental Hematology(2008);36:1167-1175参照)。),あるいは,IFN-γ又はPMA(Annabelle Grolleauら,J Immunol 1999; 162:3491-3497)を多能性幹細胞に接触させることにより行うことができる。分化誘導された単球は必要に応じて上述の方法によりCD14を発現する細胞のみ回収して精製してもよい。
【0025】
繊維芽細胞などの他の体細胞から単球を分化誘導させる方法としては,Takahiro Suzukiら,“Reconstruction of Monocyte Transcriptional Regulatory Network Accompanies Monocytic Functions in Human Fibroblasts.”PLoS One(2012)doi:10.1371/journal.pone.0033474に記載の方法が挙げられる。
【0026】
得られた単球は,BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とを導入することにより,単球の機能を維持しながら増殖能を付加することができる。好ましくは,BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,及びHIF1A遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子との組み合わせか,あるいは,BMI1遺伝子とBCL2遺伝子若しくはLYL1遺伝子とcMYC遺伝子との組み合わせである。単球へのこれらの遺伝子の導入は,WO2012/043651及び特開2017-131136号の記載を参酌して行うことができる。例えば,これらの遺伝子を搭載したレンチウイルスベクターを単球に感染させることにより,導入することができる。
【0027】
<樹状細胞の調製方法>
単球からの樹状細胞の誘導は,既報(Francoise Chapuisら,Eur J Immunol.(1997)27(2):431-41.;Marc Dauerら,J Immunol(2003)170(8):4069-4076.;Figdor CGら,Nat Med.(2004)10(5):475-80;Helmut Jonuleitら,Eur J Immunol.(1997)27(12):3135-42)に従い,例えば,200IU/mlのGM-CSF及び200IU/mlのIL-4の存在下で単球を培養することにより行うことができる。
【0028】
<単球および樹状細胞介在型感染性微生物の感染及び培養>
単球又は樹状細胞への単球および樹状細胞介在型感染性微生物の感染は,単球および樹状細胞介在型感染性微生物含有溶液と細胞とを接触することにより行うことができる。感染を行う際及び/又は感染後の培養に使用する培地としては,例えばIMDM溶液,RPMI溶液,α-MEM溶液,MEM培地,DMEM溶液が挙げられる。また,添加物として,ヒトまたはウシ血漿タンパク質画分,ウシ胎児血清やヒト血清,グルコース,D-マンニトールなど糖類,アミノ酸,アデニンなど核酸塩基,リン酸水素ナトリウム,α-トコフェロール,リノール酸,コレステロール,亜セレン酸ナトリウム,ヒトホロトランスフェリン,ヒトインスリン,エタノールアミン,2-メルカプトエタノール,EPO,TPO,炭酸水素ナトリウム,メチルセルロース等が含まれていてもよい。また,必要に応じて,ゲンタマイシン,アンピシリン,ペニシリン,ストレプロマイシンなどの抗生剤;無機塩類;HEPES,リン酸緩衝剤,酢酸緩衝剤などの緩衝剤を加えてもよい。具体的な例としては,非必須アミノ酸を添加したα-MEM(10% ウシ胎児血清)培地,あるいは,ヒポキサンチン,HEPES(SIGMA社)を含むRPMI1640培地(SIGMA社)に,10%ウシ胎児血清,炭酸水素ナトリウム,100unit/mlペニシリン,100μg/mlのストレプトマイシンを添加した培地を使用して行うことができる。培養時間は、細胞、微生物及び培地の種類などに応じて適宜設定することができるが、例えば、24~96時間、36~84時間、72時間とすることができる。変異体取得のために感染細胞を培養する場合、培養回数は少ない回数でよく、例えば、1~5回、1~4回、1~3回、1~2回又は1回であってもよい。その他の培養条件は、一般的なヒト細胞の培養条件に準じて決定することができ、例えば、37℃,5%CO条件下とすることができる。
【0029】
<治療薬スクリーニング方法>
別の態様において,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の感染症治療薬を同定する方法であって,
被検薬の存在下でBMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
前記単球又は前記樹状細胞における前記感染性微生物の感染レベルを測定すること,
測定された前記感染性微生物の感染から,該被検薬が前記感染症治療効果を有するか否かを判定することを含む方法に関する。
ここで,測定された前記感染性微生物の感染レベルが,前記被検薬の非存在下で前記細胞に前記感染性微生物を感染させたコントロールの感染レベルと比較して少ない場合,当該被検薬は前記感染症治療効果を有すると判定される。
【0030】
前記感染性微生物の感染レベルの測定は,培養終了後の上清中に含まれる前記微生物の感染力価をCell-ELISA,免疫染色,プラーク形成法,又はPCR法を用いて測定することにより行うことができる。あるいは,培養終了後の感染細胞を固定し,免疫染色又はCell ELISAを行うことにより測定することができる。
【0031】
単球又は樹状細胞への単球および樹状細胞介在型感染性微生物の感染レベルをCell-ELISA又は免疫染色により行う場合,本発明のスクリーニング方法は,感染後の単球又は樹状細胞を固定化すること,及び当該単球および樹状細胞介在型感染性微生物に特異的な抗体を固定化された細胞に接触させることを含んでいてもよい。例えば,本明細書において,Cell-ELISA法は,当該微生物に特異的に結合する抗体(1次抗体)を固定化された細胞に接触させること,非結合の抗体を(洗浄)除去すること,該1次抗体と結合可能な標識化抗体(2次抗体)を1次抗体と接触後の固定化された細胞に接触させること,非結合の抗体を(洗浄)除去すること,固定化された細胞に結合した2次抗体の標識レベル(強度・エリア・数等)を測定すること,測定された標識レベルから,細胞に感染した微生物の感染レベルを算出することを含んでいてもよい。あるいは,本明細書において,免疫染色法は,当該微生物に特異的に結合可能な標識化抗体を固定化された細胞に接触させること,非結合の抗体を(洗浄)除去すること,固定化された細胞に結合した前記抗体の標識レベル(強度・エリア・数等)を測定すること,測定された標識レベルから,細胞に感染した微生物の感染レベルを算出することを含んでいてもよい。標識化抗体に用いられる標識としては,放射能標識,酵素標識,蛍光標識,生物発光標識,化学発光標識,金属,近赤外光標識等の検出可能な標識を用いることができる。
【0032】
単球又は樹状細胞への単球および樹状細胞介在型感染性微生物の感染レベルをプラーク形成法により行う場合,感染後の単球又は樹状細胞の培養上清又は細胞破砕物から回収した微生物含有液を当該微生物が感染することが知られている細胞株(例えば,K562細胞株,Vero細胞株,又はBHK細胞など)と混合し,混合した細胞/微生物液を培地中に添加し,12時間~10日間培養すること,培養後の感染細胞を固定化すること,及び当該単球および樹状細胞介在型感染性微生物に特異的な抗体を固定化された細胞に接触させることを含んでいてもよい。微生物に特異的な抗体の固定化された細胞への接触は,具体的には,上述のCell-ELISA法又は免疫染色法により行うことができる。
【0033】
単球又は樹状細胞への単球および樹状細胞介在型感染性微生物の感染レベルPCR法により行う場合,例えば,感染後の単球又は樹状細胞の培養上清又は細胞破砕物から回収した微生物含有液をサンプルとしてリアルタイムPCR法を実施することにより行うことができる。
【0034】
「感染レベル」は,感染微生物数を反映する数値であれば特に制限されるものではなく,例えば,PFU,PFU/mL,感染エリアの面積,微生物量(個),又は微生物濃度(個/mL)などを用いることができる。「前記被検薬の非存在下で前記細胞に前記感染性微生物を感染させたコントロールの感染レベル」は,被検薬と同時に,コントロール試験として,被検薬非存在下で,BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,及び,前記単球又は前記樹状細胞における前記感染性微生物の感染レベルを測定することにより得てもよい。あるいは,予め又は別途行ったコントロール試験からコントロール感染レベルを得てもよい。好ましくは,比較される2つのレベルは,同じ条件で行われた試験により得られたレベルである。被検薬の存在下で測定された感染レベルが,前記被検薬の非存在下で測定されたコントロールの感染レベルと比較して少ない場合,当該被検薬は前記感染症治療効果を有すると判定される。
【0035】
<変異株作製方法>
別の態様において,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の変異株を作製する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養して前記感染性微生物を増殖させること,
増殖した前記感染性微生物の中から,変異株を単離することを含む方法に関する。
【0036】
微生物は増殖することにより,一定の確率で変異が導入されることが知られている。本発明によりin vitroにおいて単球又は樹状細胞介在型感染性微生物を生体内に近い環境下で効率よく増殖させることが可能となったことから,生体内で起こり得る変異を疑似的にin vitroで導入することができる。培養は,変異株が生じるまで任意の期間行うことができ,培養期間中は,必要に応じて新しい細胞に感染させ,及び/又は培地を交換してもよい。変異株の単離は,感染した微生物の単離とその配列決定により行うことができる。すなわち,任意の期間培養した後の微生物含有液を適宜希釈して当該微生物が感染することが知られている細胞株(例えば,Vero細胞株やBHK細胞など)に感染させ,シングルプラークを形成させることにより,微生物を単離することができる。シングルプラークの形成は,上述のプラーク形成法と同様に行うことができる。単離された微生物の遺伝子を解析し,感染させたときのオリジナルの微生物の遺伝子配列と比較し,オリジナルの微生物の遺伝子配列と単離された微生物の遺伝子配列が異なる場合には,該単離された微生物が変異株であると同定することができる。遺伝子配列の解析は市販のDNAシーケンサーや次世代シーケンサー(NGS)を用いて行うことができる。
【0037】
変異株としては,特に限定されるものではないが,例えば,病原性が弱く生ワクチンとして利用可能な変異株や,薬剤耐性変異株が挙げられる。
【0038】
<ワクチン製造方法>
別の態様において,本発明は,単球又は樹状細胞介在型感染性微生物のワクチンを製造する方法であって,
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞に前記感染性微生物を感染させること,
感染した単球又は前記樹状細胞を培養して前記感染性微生物を増殖させること,
増殖した前記感染性微生物を回収することを含む方法に関する。
【0039】
増殖した前記感染性微生物は,培養上清から回収することもできるし,細胞破砕後の破砕液から回収することもできる。回収された微生物は必要に応じて適宜精製して用いる。精製方法としては,密度勾配遠心分離,限外ろ過,アフィニティクロマトグラフィなどを用いることができる。微生物が既に病原性が減弱化された株である場合,得られた微生物をそのまま生ワクチンとして使用することができる。あるいは,前記微生物は不活化ワクチン(トキソイドを含む)とすることができる。不活化ワクチンとして利用する場合,本発明の方法は,更に,回収された前記感染性微生物を分解すること,及び必要に応じて分解物の中から抗原性部分を回収すること,あるいは,前記感染性微生物中の毒素を抽出して不活化することを含んでいてもよい。
【0040】
更に,本発明は,前記方法により製造されたワクチンを包含する。更に,本発明は,当該ワクチンを単球又は樹状細胞介在型感染性微生物に感染する可能性がある対象に投与することを含む,前記微生物感染の予防方法,並びに,当該ワクチンを単球又は樹状細胞介在型感染性微生物に感染した対象に投与することを含む,前記微生物感染症の治療方法をも包含する。ワクチン製剤の製造方法及び投与方法は,当技術分野周知の方法を用いて適宜行うことができる。
【0041】
<感染微生物単離方法>
別の態様において,本発明は、単球又は樹状細胞介在型感染性微生物の感染症患者由来血液から該感染微生物を分離する方法であって、
BMI1遺伝子,EZH2遺伝子,MDM2遺伝子,MDM4遺伝子,HIF1A遺伝子,BCL2遺伝子及びLYL1遺伝子から選択される少なくとも1つの遺伝子と,cMYC遺伝子とが導入された単球,又は,前記単球から分化誘導された樹状細胞と前記患者由来血液とを接触させること,
感染した細胞を培養すること,
培養細胞中の微生物を検出及び/又は同定することにより、感染微生物を特定することを含む方法に関する。
【0042】
感染及び培養は、上述の方法に準じて行うことができる。培養細胞中の微生物を検出及び/又は同定は、目的の微生物に応じて、本技術分野において広く知られた方法により行うことができ、例えば、PCRを利用した方法や抗体を利用した方法で行うことができる。
【0043】
本明細書全体にわたって、単球又は樹状細胞は哺乳動物の単球又は樹状細胞であり、好ましくは、ヒト単球又はヒト樹状細胞である。
【実施例
【0044】
以下,実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが,本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお,本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。また,本実施例において用いたデングウイルス,感染試験用培地およびデングウイルスは以下の通りである。
【0045】
(デングウイルス)
4つの血清型のデングウイルスを感染評価に用いた。用いた株は,望月株(デング1型ウイルス),NGC株(デング2型ウイルス),H87株(デング3型ウイルス),H241株(デング4型ウイルス)であり,いずれもプロトタイプ株である。公知の方法に基づき,各ウイルスは感染Vero細胞の培養液中に放出された上清を用いた。
【0046】
(感染試験用培地)
評価培地としては,ヒポキサンチン,HEPES(SIGMA社)を含むRPMI1640培地(SIGMA社)に,炭酸水素ナトリウム(最終濃度0.225%),100unit/mlペニシリン,100μg/mlのストレプトマイシンを添加した培地を使用した。
【0047】
(実施例1)ヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)の作製及び樹状細胞の作製
(ヒト末梢血由来不死化単球細胞の作製)
ヒト末梢血由来ヒト不死化単球細胞は,既報(WO2012/043651及び特開2017-131136)を参考に作製した。詳しくは,ヒト末梢血よりCD14陽性画分を取り出し,マウス不死化造血幹細胞として報告されている遺伝子(Myc,Myb,Hob8,TLX1,E2A-pbx1,MLL,Ljx2,RARA,Hoxa9,Notch1,v-raf/v-myc,MYST3-NCOA2,Evi1,HOXB6,HOXB4,β-catenin,Id1)もしくは,ヒト不死化単球細胞報告にある遺伝子を導入し作製した。不死化単球細胞株は,20%FBS,50ng/ml M-CSF,及び50ng/ml GM-CSFを含有するα-MEM培地中で培養し,培養開始から4~5週間後に,増殖性細胞として獲得し,市販の細胞保存液を用い液体窒素下で保存した。
【0048】
(調製した細胞の確認)
調製した細胞が単球様細胞であることを確認するために,濃縮による色の評価,表面マーカーの測定,および,ギムザ染色などによる形態観察などを感染評価前に行った。濃縮による色の評価は,遠沈管で細胞を回収した際の目視における細胞の色で測定した。表面マーカー測定は,CD11抗体,CD14抗体(いずれもBiolegend社)を用いて,Sysmex社のフローサイトメーターCyFlowspaceを使用して行った。また染色については,市販の染色液(Sigma社)を用いて,公知の染色法に基づきギムザ染色もしくはメイギムザ染色をし,高倍顕微鏡(400~1000倍)にて測定した。
【0049】
(不死化単球細胞からの樹状細胞の調製)
保存した不死化単球細胞株を,α-MEM培地(20%FBS,50ng/ml M-CSF,及び50ng/ml GM-CSF含有)中,37℃,5%COインキュベータ内で培養し,3日に一度培地交換を行うことで維持し調製した。樹状細胞は,不死化単球細胞を,50ng/ml M-CSF,50ng/ml GM-CSF,及び20ng/ml IL-4の存在下で3日間培養して樹状細胞へと分化させることにより調製し,細胞評価に使用した。
【0050】
図1に実施例1の方法により調製したヒト単球様細胞の性質を確認した結果を示す。この結果は,得られたヒト単球様細胞が単球系細胞に特異的な表面マーカー(CD11およびCD14)を発現する細胞であることを示す。種々のCD14の発現量が混在していることから,古典的単球のみならず,中間・非古典的単球系細胞も含まれている事が示唆された。
【0051】
図2に実施例1のヒト単球様細胞群のギムザ染色図を示す。ギムザ染色図により,細胞膜の形状に突起部分が認められ,一部物理的刺激などにより樹状様細胞形質転化しつつある細胞が含まれることを示唆する。
【0052】
(実施例2)ヒト人工多能性幹細胞由来不死化単球細胞(iPS-ML)の作製
ヒト人工多能性幹(iPS)細胞由来ヒト不死化単球細胞は,既報(WO2012/043651及び特開2017-131136)を参考に作製した。詳しくは,未分化なiPS細胞を,ラミニン511などマトリゲルをあらかじめ基底膜としてコートした上に播種し,α-MEM培地(20%FBS含有)を用いて分化誘導培養を開始した。以降,3日に1度,α-MEM培地(20%FBS含有)を交換しつつ培養を継続した。分化誘導開始から18日後,トリプシン-EDTA(エチレンジアミン四酢酸)-コラゲナーゼ液を使用して細胞を処置(37℃,60分)して解離させて回収し,ピペッティング操作により細胞浮遊液を作製した。続いて,直径10cmのディッシュ1枚に由来する細胞を10mlのDMEM培地(10%FBS含有)に懸濁し,フィーダー細胞なし,ゼラチンコートなしの直径10cmのディッシュ2枚に播種し静置した。3時間後,ディッシュに付着しなかった細胞を回収し,100マイクロメートルのメッシュ(BD Falcon社製 セルストレイナー)を通過させることにより,凝集細胞塊を除いた細胞浮遊液を得た。
【0053】
前述で得た細胞浮遊液を,α-MEM培地(20%FBS,50ng/ml M-CSF,及び100ng/ml GM-CSF含有)に浮遊させ培養を行った。その後,3~9日程度経過すると,浮遊性あるいは弱付着性の細胞が出現し,徐々に細胞数が増加していくのが観察された。この浮遊細胞(iPS-MC)を回収し,フローサイトメーターを用い白血球マーカー分子であるCD45,および,ミエロイド系細胞マーカーであるCD11bあるいはCD33の発現を確認した。
【0054】
前述で得た浮遊細胞(iPS-MC)にマウス不死化造血幹細胞として報告されている遺伝子(Myc,Myb,Hob8,TLX1,E2A-pbx1,MLL,Ljx2,RARA,Hoxa9,Notch1,v-raf/v-myc,MYST3-NCOA2,Evi1,HOXB6,HOXB4,β-catenin,Id1)もしくは,ヒト不死化単球細胞報告にある遺伝子を導入しヒト人工多能性幹細胞由来不死化単球細胞を作製した。この不死化単球細胞株は,20%FBS,50ng/ml M-CSF,及び50ng/ml GM-CSFを含有するα-MEM培地中で培養し,培養開始から4~5週間後に,増殖性細胞として獲得し,市販の細胞保存液を用い液体窒素下で保存した。
【0055】
(実施例3)調製したヒト不死化単球様細胞のフィルター精製
【0056】
調整したヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)とヒト人工多能性幹細胞由来不死化単球細胞(iPS-ML)に対し,製品供給を行うにあたり両細胞における物理的性質を評価した。すなわち,製品供給時は,感染症研究に一度に1000万細胞個から1億細胞個程度評価に利用するため大量での細胞培養が必要となる。評価再現性を担保するため,ロットならびにバッチ間の誤差を最小限に抑えることが望まれる。このような量の制御は,物理的なフィルター精製の方が,フローサイトメーター等より,コスト・作業時間面で優位であると想定した。そこで,調整したヒト不死化単球様細胞群を回収したのち,培養液で懸濁させ,あらかじめ液でなじませておいたメッシュフィルター(12μm,株式会社村田製作所製)を通過させた。通過した細胞群を回収し,遠心分離させることで,一定の細胞サイズに揃えた。
【0057】
図7に実施例1及び実施例2の方法で調整したヒト不死化単球様細胞群の物理的性質としてフィルター精製後のフローサイトメーターでの測定結果を示す。実施例1で作成したヒト末梢血由来の単球細胞(CD14-ML)は,フィルター精製等により精製可能であることを示唆する。一方,ヒト人工多能性幹(iPS)細胞由来不死化単球細胞(iPS-ML)は,フィルター濾過後の細胞を測定すると一定のサイズに生成が可能であるが,細胞の裁断などにより死細胞率が増加することを示す。これによりヒト末梢血由来の不死化単球様細胞(CD14-ML)の方がヒト多能性幹細胞由来不死化単球様細胞(iPS-ML)より,細胞膜もしくはストレスに強いことを示唆する。
【0058】
(実施例4)調製したヒト単球様細胞の移送
【0059】
ヒト単球および樹状様細胞群の調製施設と感染評価施設が同一施設にあるのが望ましいが,移送が必要な場合もある。調製した細胞群を感染評価施設へ移送する場合,下記条件で移送した。実施例1および実施例2の記載に従い調製したヒト不死化単球細胞もしくは樹状細胞の各1×10個程度を低吸着コートしたT-25フラスコに移送開始直前に移し替え,培地で満たした。容器を密閉した状態でバイオパウチに内包した後,タックパック(玉井化成製)に入れ移送した。細胞移送は,同ボックスの恒温剤により36℃前後で行った。また,密閉せずフィルターキャップを使用する場合には,バイオパウチにアネロパック(三菱ガス株式会社製)を同封しO並びにCO濃度を制御しながら輸送した。移送時間は24時間程度であった。移送後(約24時間後)細胞生存率は70%以上であり,細胞の状態に変化は認められなかった。
【0060】
(実施例5)ヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)および樹状細胞を用いたデングウイルス感染試験
移送先到着後,速やかにヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)又は樹状様細胞をトリプシンを用いて剥離し,T-25フラスコから遠沈管に移し替え,回収した細胞を評価に使用した。即時使用しない場合においては,100mmディッシュなどに移し替え,3日おきに培地を交換した。
【0061】
図3に示したプレートデザインに従い,ヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)(1×10個)を終細胞数が1×10個/ウェルとなるように96ウェルプレートに播種した。樹状細胞のウェルは,IL-4を含有するα-MEM培地(20% FBS,50ng/ml M-CSF,50ng/ml GM-CSF,及び20ng/ml IL-4含有)中,単球細胞のウェルはIL-4を含有しないα-MEM培地(20%FBS,50ng/ml M-CSF,及び50ng/ml GM-CSF含有)中,37℃,5%COインキュベータ内で3日間培養した。得られた細胞を評価に使用した。
【0062】
図3に示したプレートデザインに従い,調整した各血清型のデングウイルスを96ウェルプレート中のヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)又は樹状細胞(1×10個/ウェル)と混合して感染させ,37℃,5%CO条件下,評価培地中で培養した。72時間後に培養上清を回収し,上清中に含まれる子孫ウイルスの感染力価をプラークアッセイ法に基づき測定した。具体的には,ウイルス希釈液をVero細胞に接種し,37℃で1時間吸着後,1%メチルセルロース添加MEM中,37℃で3日間培養した。培養後の細胞をアセトンメタノールで固定して免疫染色を行った。免疫染色は公知の方法に基づき,マウス由来のフラビウイルス交差モノクローナル抗体(D1-4G2-4-15(ATCC(登録商標)HB-112))を1次抗体(室温30分間)とし,順次,2次抗体にビオチン標識抗マウスIgG抗体(室温30分間),アビジン・ビオチン複合体(室温30分間),VIP基質(室温10分間)を反応させた。免疫陽性となる感染細胞数を顕微鏡下で計測してウイルス力価を算出した。
【0063】
また,72時間培養後の感染ヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)細胞をアセトンメタノールで固定して免疫染色を行った。免疫染色は公知の方法に基づき,マウス由来のフラビウイルス交差モノクローナル抗体(D1-4G2-4-15(ATCC(登録商標)HB-112))を1次抗体(室温30分間)とし,順次,2次抗体にビオチン標識抗マウスIgG抗体(室温30分間),アビジン・ビオチン複合体(室温30分間),VIP基質(室温10分間)を反応させた。免疫陽性となる感染細胞を顕微鏡下で観察・評価した。
【0064】
染色された各ウェルの細胞を図4に示す。ウイルス感染が認められると濃く染色され,ヒト樹状様細胞(1~6列:白矢印)が陽性対照(7~12列:黒矢印)と比較し低濃度のウイルスであってもよく染色しているのが判別できた。よって,本実施例1に記載の方法により作製した増殖能力を有する単球から誘導された樹状細胞は,デングウイルスによる感染を受けることが示された。このような実験条件下で医薬品候補物質を添加することにより,デングウイルス感染阻害能を評価することができると考えられる。図5(A)に示す様に,デングウイルス1型に関して単球様細胞(A1)は同濃度のウイルスを感作した対照(A7)と比べ極めて強く感染が確認でき,その結果,薬剤の定量評価にはより適していることが明らかとなった。
【0065】
デングウイルス感作による,ウイルス放出量を図6に示す。樹状細胞のウイルス放出量は陽性対照であるK562細胞より多いことから,よりヒトに近い細胞を用いたウイルス増殖および変異株の獲得に適していることが明らかとなった。
【0066】
(実施例6)ヒト単球様及び樹状様細胞を用いたデングウイルス感染試験2
ヒト末梢血由来不死化単球細胞(CD14-ML)及びヒト人工多能性幹細胞由来不死化単球細胞(iPS-ML)は、移送先に到着後,速やかにトリプシンなどを用いて剥離し,T-25フラスコから遠沈管に移し替え,回収し後,100mmディッシュなどに移し替え,3日おきに培地を交換した。
【0067】
図8に示したプレートデザインに従い,ヒト単球様細胞(1×10個)を終細胞数が1×10個/ウェルとなるように96ウェルプレートに播種した。単球様細胞のまま評価する場合は,α-MEM培地(20% FBS,50ng/ml M-CSF,50ng/ml GM-CSF)で,樹状様細胞で評価する場合はIL-4を含有するα-MEM培地(20% FBS,50ng/ml M-CSF,50ng/ml GM-CSF,及び20ng/ml IL-4含有)中,37℃,5%COインキュベータ内で3日間培養した。3日後,得られた細胞を評価に使用した。
【0068】
図8に示したプレートデザインに従い,MOI濃度を調整した各血清型のデングウイルスを96ウェルプレート中のヒト樹状様細胞(1×10個/ウェル)と混合して感染させ,37℃,5%CO条件下,評価培地中で培養した。72時間後に培養上清を回収し,上清中に含まれる子孫ウイルスの感染力価をプラークアッセイ法に基づき測定した。具体的には,図9に示すプレートデザインにより図8の各Wellの上清(ウイルスが増殖し放出されたと思われる)を希釈率に従いVero細胞に接種し,37℃で1時間吸着後,1%メチルセルロース添加MEM中,37℃で3日間培養した。培養後の細胞をアセトンメタノールで固定して免疫染色を行った。免疫染色は公知の方法に基づき,マウス由来のフラビウイルス交差モノクローナル抗体(D1-4G2-4-15(ATCC(登録商標)HB-112))を1次抗体(室温30分間)とし,順次,2次抗体にビオチン標識抗マウスIgG抗体(室温30分間),アビジン・ビオチン複合体(室温30分間),VIP基質(室温10分間)を反応させた。
【0069】
デングウイルス4型(DENV-4)を用い,ヒト末梢血由来の樹状様細胞(CD14-DC)及びヒト人工多能性幹(iPS)細胞由来樹状様細胞(iPS-DC)のプラークアッセイ結果を図10に示す。デングウイルスがヒト樹状様細胞内に侵入・増殖し,子孫ウイルスが放出されると,回収時に上清内に放出された子孫ウイルスが含まれる。そのため,Vero細胞上での2次培養後染色される。一般的に使用されるK562細胞やVero細胞でのウイルス検出限界と比較し,ヒト末梢血由来の樹状様細胞(CD14-DC)及びヒト人工多能性幹(iPS)細胞由来樹状様細胞(iPS-DC)極めて低濃度(白及び黒矢印の濃度。既存細胞の100倍以上,ウイルス種によっては10000倍以上の感度)のウイルスであっても増殖し,検出可能であることが示唆された。このような実験条件下で評価することにより,高感度なウイルス検査や単離,さらには他のフラビウイルスを始め,これまでウイルス濃度が低く培養が難しかったウイルスなどに対し培養可能な環境を提供することで,薬剤評価ができることが明らかとなった。
【0070】
デングウイルス1型(DENV-1)を用い,ヒト末梢血由来の樹状様細胞(CD14-DC)のプラークアッセイ結果を図11に示す。プラークの形成にはウイルスの状態が反映される。本試験では小さな斑点(白矢印)と大きな斑点(黒矢印)が認められた。本結果は,ウイルスの状態の変化を示唆し,わずか1回のみの感染実験のみでウイルス変異が起きている可能性を示唆するものである。これまで変異を引き起こすのが困難なため、ワクチン候補株の構築・開発作成に長期間を必要としていた課題に対し,新たな研究開発法(ワクチン株の構築、開発、または作製法)を提供できることが明らかとなった。
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