(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】動物細胞の増殖促進方法、連続培養方法及び連続培養装置
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20231101BHJP
C12M 3/06 20060101ALI20231101BHJP
【FI】
C12N5/07
C12M3/06
(21)【出願番号】P 2019150524
(22)【出願日】2019-08-20
【審査請求日】2021-12-14
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004123
【氏名又は名称】JFEエンジニアリング株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100116713
【氏名又は名称】酒井 正己
(74)【代理人】
【識別番号】100179844
【氏名又は名称】須田 芳國
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 睦
(72)【発明者】
【氏名】戸村 啓二
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 江梨
(72)【発明者】
【氏名】林 謙年
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-257181(JP,A)
【文献】特開平04-016183(JP,A)
【文献】特開平02-117388(JP,A)
【文献】国際公開第2018/159847(WO,A1)
【文献】特表2003-531864(JP,A)
【文献】K-Y. Han, et al.,SCIENTIFIC REPORTS,2017年,7:40548,p.1-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清から目的とする産生物を回収した後の上清中に含まれる成分中にあり、粒子径3nm以上の粒子径を有するか、分子量10KDa以上の分子量を有し、かつ、粒子径0.2μm以下の粒子径を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送する動物細胞の増殖促進方法を実施するための動物細胞の連続培養方法であって、
前記動物細胞Aを培養する培養槽から排出される培養液から、前記動物細胞Aを分離する工程と、
前記動物細胞Aを分離された培養液から目的とする産生物を吸着分離する工程と、
前記産生物を分離した後の培養液から、前記高分子画分を分離する工程と、
分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの培地または培養槽に返送する工程と、
を含み、
前記培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する工程が、
前記高分子画分を含む培養液を精密ろ過装置において前記高分子画分を含まない非透過液と、前記高分子画分を含む透過液とに分離する工程と、
前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を、限外ろ過装置において、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離する工程と、
を含み、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を前記培地又は前記培養槽に返送する、
ことを特徴とする動物細胞の連続培養方法。
【請求項2】
動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清から目的とする産生物を回収した後の上清中に含まれる成分中にあり、粒子径3nm以上の粒子径を有するか、分子量10KDa以上の分子量を有し、かつ、粒子径0.2μm以下の粒子径を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送する動物細胞の増殖促進方法を実施するための動物細胞の連続培養方法であって、
前記動物細胞Aを培養する培養槽から排出される培養液から、前記動物細胞Aを分離する工程と、
前記動物細胞Aを分離された培養液から目的とする産生物を吸着分離する工程と、
前記産生物を分離した後の培養液から、前記高分子画分を分離する工程と、
分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの培地または培養槽に返送する工程と、
を含み、
前記培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する工程が、
前記高分子画分を含む培養液を限外ろ過装置において、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離する工程と、
前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を精密ろ過装置において、前記高分子画分を含む透過液と前記高分子画分を含まない非透過液とに分離する工程と、
を含み、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を前記培地又は前記培養槽に返送する、
ことを特徴とする動物細胞の連続培養方法。
【請求項3】
前記動物細胞A及び前記動物細胞Bの一方または両方が、チャイニーズハムスターに由来する動物細胞である、請求項1
または2に記載の
動物細胞の連続培養方法。
【請求項4】
前記動物細胞A及び前記動物細胞Bの一方または両方が医薬品の構成成分を生産する能力を有する、請求項1または2に記載の
動物細胞の連続培養方法。
【請求項5】
動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清から目的とする産生物を回収した後の上清中に含まれる成分中にあり、粒子径3nm以上の粒子径を有するか、分子量10KDa以上の分子量を有し、かつ、粒子径0.2μm以下の粒子径を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送する動物細胞の増殖促進方法を実施するための動物細胞の連続培養装置であって、
培養槽と、前記培養槽に培地を供給する培地槽と、
前記培養槽から排出される培養液から、細胞分離膜によって細胞を分離する膜分離装置と、
前記膜分離装置の透過液から目的とする産生物を吸着分離する精製装置と、
前記精製装置から排出される前記産生物が分離された培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する高分子画分分離手段と、
前記高分子画分分離手段によって分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの前記培地または前記培養槽に返送する手段と、を含み、
前記高分子画分分離手段が、精密ろ過装置と限外ろ過装置とを含み、
前記精密ろ過装置によって、前記高分子画分を含む培養液を、前記高分子画分を含まない非透過液と、前記高分子画分を含む透過液とに分離し、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を、前記限外ろ過装置によって、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離し、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を前記培地又は前記培養槽に返送するようにした、
ことを特徴とする連続培養装置。
【請求項6】
動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清から目的とする産生物を回収した後の上清中に含まれる成分中にあり、粒子径3nm以上の粒子径を有するか、分子量10KDa以上の分子量を有し、かつ、粒子径0.2μm以下の粒子径を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送する動物細胞の増殖促進方法を実施するための動物細胞の連続培養装置であって、
培養槽と、前記培養槽に培地を供給する培地槽と、
前記培養槽から排出される培養液から、細胞分離膜によって細胞を分離する膜分離装置と、
前記膜分離装置の透過液から目的とする産生物を吸着分離する精製装置と、
前記精製装置から排出される前記産生物が分離された培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する高分子画分分離手段と、
前記高分子画分分離手段によって分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの前記培地または前記培養槽に返送する手段と、を含み、
前記高分子画分分離手段が、精密ろ過装置と限外ろ過装置とを含み、
前記限外ろ過装置によって、前記高分子画分を含む培養液を、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離し、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を
前記精密ろ過装置によって、前記高分子画分を含む透過液と前記高分子画分を含まない非透過液とに分離し、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を前記培地又は前記培養槽に返送するようにした、
ことを特徴とする動物細胞の連続培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品生産を目的とした低コストの動物細胞の増殖促進方法、連続培養方法及び連続培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトを含む動物体内に存在するインターフェロンなどのタンパク質がガンなどの疾患部位を攻撃する作用を体内で示すことが1960年頃~1980年頃にわかってきた。ところが、微生物の遺伝子を組換えて、そのようなタンパク質を作らせようとしても、動物体内に存在するタンパク質と同じ高次構造、および同じ糖鎖を有するタンパク質は合成できなかった。
【0003】
一方、動物細胞には前記のタンパク質を作ることが可能であることが分かった。そこで、このようなタンパク質を医薬品として大量生産するために、それまでほとんど例がなかった動物細胞の大量培養技術が1970年頃から開発された。それらの多くは、撹拌培養槽を用いた回分培養や流加培養であった。
【0004】
しかし、このように医薬品として開発された動物体内に存在するタンパク質の例は、ベータインターフェロン、ティッシュプラスミノーゲンアクティベータ、コロニー刺激因子、エリスロポエチンなどと種類は多くなかった。
他方、一般に免疫反応と呼ばれる重要な役割を動物体内で果たしている主要な成分のひとつが抗体である。抗体はその主要な部分がタンパク質であるが、抗体分子内には糖鎖も有している。したがって、仮に抗体を大量生産する必要があれば、動物細胞の大量培養技術とそれを行う設備が必要となる。
【0005】
ところで、動物体内で生じる疾患の原因と考えられるタンパク質が動物体内にある時に、その原因タンパク質と結合できる抗体を大量にその動物に投与すれば、投与した抗体が疾患治療に対して有効に作用することが、主として2000年代前後にわかってきた。このような原理で疾患に作用する医薬品は一般に抗体医薬と呼ばれている。
【0006】
抗体医薬の特徴には少なくとも次の2つがある。第1の特徴として、抗体医薬の作用原理から考えて、疾患の原因タンパク質が明らかであれば、そのタンパク質に結合する抗体を大量生産して医薬品として開発できる可能性が高いということがある。実際に、2013年に世界で売上げトップ10の医薬品のうち、7種類が抗体医薬であると報告されている(セジダム・ストラテジックデータ(株)ユート・ブレイン事業部)。
【0007】
第2の特徴として、抗体以外のインターフェロンなどの動物細胞生産タンパク質医薬品の患者当たりの投与量に比べて、抗体医薬の投与量が約10倍前後と高いことがある。したがって、抗体医薬の登場により医薬品製造目的(ラージスケール)の動物細胞培養槽の容量が世界的に不足することになった(日経バイオビジネス、11,144-147,2003.)。この課題に対して一般的には、撹拌培養槽(シングルユースを含む)のスケールアップや増設で解決する流れがあったが、2000年代後半になり、連続培養による解決が提唱されるようになってきた。(『2019年版 医薬品における連続生産の現状と将来展望』,シード・プランニングの市場調査レポート)(バイオサイエンスとインダストリー、vol.76, No.1, 79-83, 2018.)(Comparing Culture Methods in Monoclonal Antibody Production, Bioprocess International, 15, 3, 38-46, 2017.)(Process Performance and Product Quality in an Integrated Continuous Antibody Production Process, Biotechnology and Bioengineering, 114, 2, 298-307, 2017)
【0008】
連続培養とは、たとえば撹拌培養槽における培養中の場合、新鮮な培地を連続的に撹拌培養槽に供給し、それと同時に撹拌培養槽から連続的に培養液を排出する、というものである。この供給速度と排出速度が同じであれば、撹拌培養槽内の培地成分濃度(グルコースなど)、細胞濃度および細胞により分泌される代謝老廃物濃度(アンモニアなど)は、理論的には培養時間に対して一定濃度(定常状態)となる。しかし、培養状態によっては供給速度を培養中に変化させることもある。また、細胞の増殖速度は1日で2倍に増える程度と遅い場合が多く、撹拌培養槽内の細胞濃度が排出により急速に減少しないように、撹拌培養槽から排出した培養液から細胞を分離して分離された細胞を撹拌培養槽へ送り返すことが多い。この排出された培養液からの細胞の分離には、例えば、細胞が通過できない細孔径(例えば0.2μm)の濾過膜を使用できる。
【0009】
ところで、回分培養や流加培養では、一般に新鮮な培地に含まれていたエネルギー源(グルコースなど)などが細胞に消費されてほぼ枯渇した時点で培養を終了するので、これらの培地成分の利用効率が高い。また、細胞により分泌された、細胞にとって有害な代謝老廃物(アンモニアなど)の濃度は回分培養や流加培養終了時点では撹拌培養槽内で高濃度となっているが短時間だけなので細胞への悪影響は小さい。
【0010】
一方、連続培養では、供給・排出の流速を下げると、滞留時間が長くなり、エネルギー源などの撹拌培養槽内の濃度は低下し、これらの利用効率は上がるが、高濃度の代謝老廃物に培養中長時間さらされることとなり、培養の成績を大きく低下させることになる。これを避けるために、通常の連続培養では、供給・排出の速度を上げて滞留時間を短くすることが高濃度老廃物による細胞損傷を防ぐために有効と考えられる。しかし、この方法では、新鮮な培地を大量に無駄に使用することになり、培地コストを大幅に挙げてしまう(特許文献1参照)。
【0011】
例えば連続培養では、
図6に例示したように、動物細胞を培養する培養槽1に、培地槽10から連続的に培地を供給する。同時に、培養槽1から培養液を連続的に引き抜きながら、引き抜いた液を細胞分離膜21で分離し、細胞が含まれる非透過液を培養槽1に返送し、抗体が含まれる透過液は精製装置3に供給される。精製装置3にて抗体が抽出され、不要な代謝成分を含む残りの液は廃棄される。
【0012】
すなわち、連続培養を選択することにより、(良く知られているように)動物細胞培養のコスト(製造比例費)の大部分を占める培地費用を大幅に高くしてしまう可能性が大きい。これが連続培養の最大の欠点と言われている。(Standardized Economic Cost Modeling for Next-Generation MAb Production, BioProcess International, 14, 8, 14-23, 2016)
【0013】
これに対して、撹拌培養槽から排出され細胞を除いた培養液(培養液上清)の中から増殖促進効果を有するものだけを抽出して、新鮮培地を撹拌培養槽に供給する際に、これらの抽出物を同時に撹拌培養槽内の培養液に添加すれば、抽出物の増殖促進効果によって新たに供給する新鮮培地の量を低減化できると推測できる。しかし、動物細胞培養液から顕著な増殖促進効果を有するものを抽出した例はほとんどない。
【0014】
動物細胞培養用新鮮培地(血清を含有するものも含める)や動物細胞培養液の成分の中で、細胞増殖を顕著に促進していると報告されている成分は、ホルモン、サイトカインなどがほとんどである。血液中のタンパク質で分子量10kDa以下のものとして、副甲状腺ホルモンなどがあるが、これらが顕著な細胞増殖促進効果を示した例はほとんどない。これらを培養液から回収して細胞増殖促進効果を示した例もほとんどない。(培地を希釈することによる有用物生産の改善、廣部崚馬、寺田聡、佐々木真宏、高橋潤、日本動物細胞工学会 2017年07月)
【0015】
すなわち、培養液(培養液上清)の中から抽出する増殖促進効果を有するものの候補として分子量10kDa以上のタンパク質が推測されるが、撹拌培養においてこれらが単独で顕著な細胞増殖促進効果を示した例はほとんどない。
【0016】
ところで、最近、細胞内小胞に含まれている種々の成分(タンパク質、iRNAなど)がさらに小さい小胞(エクソソーム、直径は通常50~150nm)を形成し、エンドサイトーシスで他の細胞に取り込まれ、その細胞の増殖や分化を制御していることがわかってきた。(エクソソームとmicroRNA、落谷孝広、再生医療,16,2,22-31,2017)
このエクソソームは脂質2重膜で形成されており、この膜を4回貫通するタンパク質(テトラスパニン、CD81など)を有することが特徴の一つである。
一般に培養上清からエクソソームを分離するには超遠心法が使われるが、約1,000Lの撹拌培養槽を用いる大量培養プロセスには不適であると考えた。
【0017】
さらに、ある種のガン細胞のエクソソームが同じ種類のガン細胞の増殖を促進する例が報告された。(Effect of exosome isolation methods on physicochemical properties of exosomes and clearance of exosomes from the blood circulation, European Journal of pharmaceuticals and Biopharmaceutics, 98, 1-4, 2016.)(Accelerated growth of B16BL6 tumor in mice through efficient uptake of their own exosomes by B6BL6 cells, Cancer Science, 1-8, 2017))。
また、CHO細胞のエクソソームがCHO細胞のアポトーシスを抑えるとの報告もある。(Inhibition of Apoptosis using exosomes in Chinese hamster ovary cell culture, Biotechnology and Bioengineering, 115, 1331-1339, 2018)
【0018】
培養液(培養液上清)の中から抽出するエクソソームにも、撹拌培養に添加されれば増殖促進効果を示す可能性があると我々は推測した。
すなわち、培養液(培養液上清)の中から抽出する増殖促進効果を有するものの候補として分子量10kDa以上のタンパク質が推測されるが、撹拌培養においてこれらが単独で顕著な細胞増殖促進効果を示した例はほとんどない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、動物細胞の連続培養において、排出される培養液上清から増殖促進効果を示す可能性がある成分だけを抽出し、連続培養(撹拌培養)における培地または培養液に添加することにより、連続培養(撹拌培養)槽内における細胞増殖を促進する方法を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決する本発明は下記(1)の動物細胞の増殖方法である。
(1)動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清中に含まれる成分中にあり、一定の粒子径D1以上の粒子径を有するか、一定の分子量M1以上の分子量を有し、かつ、一定の粒子径D2以下の粒子径を有するか、一定の分子量M2以下の分子量を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送することを特徴とする動物細胞の増殖促進方法。
【発明の効果】
【0022】
この発明では、連続培養液上清から得られる高分子画分の連続培養への添加によって、高分子画分に含まれるタンパク質、エクソソームなどの全て又は一部の作用によって連続培養の細胞増殖が促進され、これにより、新鮮培地の供給(速度)を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の培養方法の実施形態の一例を示す概略図である。
【
図2】本発明の培養方法の実施形態の他の例を示す概略図である。
【
図3】本発明の培養方法の実施形態の他の例を示す概略図である。
【
図4】本発明の培養方法の実施形態の他の例を示す概略図である。
【
図5】本発明の精製装置の一例を示す概略図である。
【
図6】従来の培養方法のフローを示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、下記(1)の動物細胞の増殖促進方法に係るものであるが、下記(2)~(10)も実施形態として含む。
(1)動物細胞(以下、動物細胞Aという)の培養液上清中に含まれる成分中にあり、一定の粒子径D1以上の粒子径を有するか、一定の分子量M1以上の分子量を有し、かつ、一定の粒子径D2以下の粒子径を有するか、一定の分子量M2以下の分子量を有する成分(以下、高分子画分という)の一部または全部を、動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞(以下、動物細胞Bという)の培地または培養液に返送することを特徴とする動物細胞の増殖促進方法。
(2)前記動物細胞A及び前記動物細胞Bの一方または両方が、チャイニーズハムスターに由来する動物細胞である、上記(1)に記載の増殖促進方法。
(3)前記動物細胞A及び前記動物細胞Bの一方または両方が医薬品の構成成分を生産する能力を有する、上記(1)または(2)に記載の増殖促進方法
(4)高分子画分の成分が、粒子径3nm以上または分子量10KDa以上であり、かつ粒子径0.2μm以下である、上記(1)~(3)のいずれかに記載の増殖促進方法。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載の増殖促進方法を実施するための連続培養方法であって、
前記動物細胞Aを培養する培養槽から排出される培養液から、前記動物細胞Aを分離する工程と、
前記動物細胞Aを分離された培養液から目的とする産生物を分離する工程と、
前記産生物を分離した後の培養液から、前記高分子画分を分離する工程と、
分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの培地または培養槽に返送する工程と、
を含む動物細胞の連続培養方法。
(6)前記培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する工程が、
前記高分子画分を含む培養液を精密ろ過装置において前記高分子画分を含まない非透過液と、前記高分子画分を含む透過液とに分離する工程と、
前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を、限外ろ過装置において、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離する工程と、
を含み、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を前記培地又は前記培養槽に返送する、上記(5)に記載の連続培養方法。
(7)前記培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する工程が、
前記高分子画分を含む培養液を限外ろ過装置において、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離する工程と、
前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を精密ろ過装置において、前記高分子画分を含む透過液と前記高分子画分を含まない非透過液とに分離する工程と、
を含み、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を前記培地又は前記培養槽に返送する、上記(5)に記載の連続培養方法。
(8)上記(1)~(4)のいずれかに記載の増殖促進方法を実施するための連続培養装置であって、
培養槽と、前記培養槽に培地を供給する培地槽と、
前記培養槽から排出される培養液から、細胞分離膜によって細胞を分離する膜分離装置と、
前記膜分離装置の透過液から目的とする産生物を分離する精製装置と、
前記精製装置から排出される前記産生物が分離された培養液中に含まれる前記高分子画分を分離する高分子画分分離手段と、
前記高分子画分分離手段によって分離された前記高分子画分を前記動物細胞Aまたは前記動物細胞Aとは別の動物細胞Bの前記培地または前記培養槽に返送する手段と、を含む動物細胞の連続培養装置。
(9)前記高分子画分分離手段が、精密ろ過装置と限外ろ過装置とを含み、
前記精密ろ過装置によって、前記高分子画分を含む培養液を、前記高分子画分を含まない非透過液と、前記高分子画分を含む透過液とに分離し、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を、前記限外ろ過装置によって、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離し、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を前記培地または前記培養槽に返送するようにした、上記(8)に記載の連続培養装置。
(10)前記高分子画分分離手段が、精密ろ過装置と限外ろ過装置とを含み、
前記限外ろ過装置によって、前記高分子画分を含む培養液を、前記高分子画分を含む非透過液と、前記高分子画分を含まない透過液とに分離し、前記限外ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む非透過液を精密ろ過装置によって、前記高分子画分を含む透過液と前記高分子画分を含まない非透過液とに分離し、前記精密ろ過装置から排出される前記高分子画分を含む透過液を前記培地又は前記培養槽に返送するようにした、上記(8)に記載の連続培養装置。
【0025】
まず、発明者らが本発明に至った経緯について述べる。
発明者らは、上で述べた従来の技術について検討を進めた結果、次のように考えた。
まず、発明者らは、培養液中にある分子量10kDa以上のタンパク質とエクソソームとを同時に培養液から回収して培養槽における培養液に添加すれば、細胞増殖を促進できるのではないかと考えた。
【0026】
そこで、発明者らは、連続的に培養槽から抜き出した培養液から、例えば、0.2μm膜システム(たとえばポール社)を利用して培養液から細胞および0.2μm以上の大きさの粒子を除いた上清を得て、次いで、たとえば、分子量10kDaカットの限外濾過膜を使用し10kDa以上の成分を集めることにより、培養液中にある分子量10kDa以下のタンパク質、およびエクソソームを合わせて取得できると考えた。
【0027】
通常の抗体生産プロセスでは、
図6に示すように、連続培養で、膜分離装置2において細胞が通過できない例えば細孔径0.2μmの細胞分離膜21を用いて、培養槽1から排出した培養液を、細胞を含む画分と細胞を含まない画分とに分ける。細胞を含む画分は培養槽1へ送り返される。一方、細胞を含まない画分はアフィニティーカラム塔の精製装置3などによって抗体が回収される。この際、細胞を含まない画分のうちカラムに吸着しなかった液は、廃液となる。
【0028】
本発明の一つの実施形態としては、細胞が通過できない例えば細孔径0.2μmの細胞分離膜21を用いて、培養槽から排出した培養液を、細胞を含む画分と細胞を含まない画分に分けたのち、細胞を含まない画分のうちカラムに吸着しなかった液から、例えば分子量分画用膜を用いて分子量10kDa以上の溶質を含む液を分画し細胞増殖促進活性を有する画分(「高分子画分)を回収し、培養槽に送り返す。これにより、培養槽における細胞増殖を促進し、培養槽に供給する新鮮培地の供給(速度)低減化に資することができる。
【0029】
上記のとおり、発明者らは、動物細胞培養液上清中に含まれる成分中にあり、一定の粒子径D1以上または一定の分子量M1以上を有し、かつ、一定の粒子径D2以下または一定の分子量M2以下である成分(以下、高分子画分という)を培養液に返送することにより動物細胞の増殖を促進できることを見出した。
【0030】
本発明で培養される動物細胞(動物細胞Aおよび動物細胞B)としては、昆虫および動物由来の細胞であればよく、とくに限定されない。動物としては、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、哺乳類などが例示される。哺乳類動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ブタ、ヒツジ、ウマ、ネズミなどが挙げられるが、とくに限定されない。また、この出願の発明の細胞培養用培地で培養されるこれらの細胞は、動物から採取してから一般的に50回程度までの限られた回数のみ分裂、増殖できる初代細胞であっても、動物細胞から採取された後、一般に50回以上の多数回分裂、増殖できる細胞株であってもよい。
【0031】
初代細胞の例としては、ラットの初代肝細胞、マウス初代骨髄細胞、ブタ初代肝細胞、ヒト初代臍帯血細胞などが挙げられる。一方、細胞株としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞株CHO細胞、ヒト子宮癌細胞株HeLa、アフリカミドリザル腎細胞株Vero細胞、ヒト肝癌細胞株Huh7細胞などが例示される。
【0032】
本発明におけるヒト細胞は、造血系細胞や間葉系細胞を含む中胚葉組織細胞、内胚葉組織細胞、外胚葉組織細胞あるいは受精卵からこれらの細胞へ分化する過程に含まれるあらゆる細胞、および胚性幹細胞などの幹細胞のいずれでもよい。
本発明における造血系細胞とは、例えば、造血幹細胞、造血前駆細胞、赤血球細胞、リンパ球細胞、顆粒球細胞、血小板細胞などを指す。
【0033】
本発明における間葉系細胞とは、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、腱細胞、脂肪細胞、毛乳頭細胞、歯髄細胞などの組織学的にいうところの結合組織の細胞およびこれらの細胞に分化する能力を有する細胞を指す。細胞形態としては、繊維芽細胞、脂肪細胞などがある。
【0034】
間葉系細胞の存在する組織としては、骨、軟骨、筋肉、腱、脂肪組織、毛乳頭、歯髄などを例として挙げることができる。またこれら以外の、血管、肝臓、膵臓などの実質臓器の内部や周囲にも存在し、さらに骨髄や臍帯の中にも存在する。
【0035】
骨髄中には、多くの結合組織細胞への多分化能を有した細胞(間葉系幹細胞)の存在が報告されているが、これも本発明における間葉系細胞のひとつである。また骨髄液や臍帯血など由来の間葉系細胞を増殖せしめる場合、骨髄液や臍帯血などの細胞懸濁液から定法に従ってフィコール溶液などを用いた密度勾配遠心分離法により分離した間葉系細胞を播種して増殖させてもよいし、このような分離ステップを経ずに骨髄液や臍帯血を直接培養器に播種しその中に含まれる間葉系細胞を増殖せしめてもよい。
【0036】
本発明における内胚葉組織細胞とは、例えば膵臓細胞や膵臓幹細胞、肝細胞や肝幹細胞、胆管細胞などの組織学的に言う内胚葉組織に含まれる細胞及びそれらの幹細胞を含む。
本発明における外胚葉組織細胞とは、例えばニューロン細胞、アストロサイト細胞やオリゴデンドロサイト細胞など神経細胞などの組織学的に言う外胚葉組織に含まれる細胞及びそれらの幹細胞たとえば神経幹細胞を含む。
【0037】
本発明で培養される動物細胞Aとしては動物細胞Bと同じ種類の細胞であっても異なる種類の動物細胞であってもよい。
本発明で動物細胞Aの培養に使用される培養槽と動物細胞Bの培養に使用される培養槽とは同一の培養槽であっても別の培養槽であってもよい。
【0038】
本発明で行われる動物細胞Aの培養形式としては、連続培養である。その中でも浮遊培養、マイクロキャリアー培養などを例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
【0039】
本発明で行われる動物細胞Bの培養形式としては、回分培養、流加培養、連続培養を例として挙げることができる。それらの中でも浮遊培養、マイクロキャリアー培養などを例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
【0040】
本発明で得られる培養液上清は、細胞培養液から一部またはすべての細胞を除いて得られる液のことであり、培養液から培養液上清を得る方法として、遠心分離や膜濾過などを例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
【0041】
一定の粒子径より小さいまたは大きい粒子を含む液を得る方法としては、細孔径の比較的均一な多孔性膜を用いた膜濾過を例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
本発明の一定の分子量より小さいまたは大きい分子量の溶質を含む液を得る方法としては、クロマトグラフィー、電気泳動、限外濾過膜を用いた限外濾過などを例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
【0042】
本発明における高分子画分とは、前述の方法のいずれかを用いて培養液上清から得られた画分であり、一定の粒子径D1以上の粒子径を有するか、一定の分子量M1以上の分子量を有する成分であるという条件と、一定の粒子径D2以下の粒子径を有するか、一定の分子量M2以下の分子量を有する成分であるという2条件を満たす画分である。
【0043】
本発明における増殖促進とは、動物細胞培養において、平均倍化時間(細胞数が2倍になるに要する時間)が短時間になることや、より高い細胞密度に到達することなどを例として挙げることができるがこれらに限られることはない。
【0044】
本発明で用いる細胞株の中でも、医薬品生産など工業的に多用されている、チャイニーズハムスター卵巣細胞株(CHO細胞)が医薬品生産などの目的で工業的に多用されており好ましい。このようなCHO細胞としては、CHO-K1株(ATCC CCL61)、CHO1-15500株(ATCCCRL-9606)、CHO DG44株、CHO DP-12 クローン#1934株などが例示されるがこれらに限られることはない。
【0045】
動物細胞の連続培養において、培養槽内の細胞を増殖促進し、培養槽に供給する新鮮培地の供給(速度)低減化を実現するために、上で述べたように培養液中にある分子量10kDa以下のタンパク質、およびエクソソームを合わせて取得する実施形態を示す。当該知見については実施例において詳述する。
【0046】
本発明の実施形態を
図1、
図2、
図3および
図4に基づいて説明する。
図1、
図2、
図3および
図4には、本発明を実施するための動物細胞を使って抗体を製造する典型的な実施形態を示すものであるが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。
【0047】
本発明の第1の実施形態を
図1に基づいて、以下説明する。
動物細胞を培養槽で浮遊培養により培養するにあたり、培地槽10から培地を、ポンプP1を用いて連続的に培養槽1に供給する。次いで、培養槽1から、細胞及び細胞が分泌した成分を含む培養液をポンプP2を用いて連続的に抜き出し、細胞分離膜21を有する膜分離装置2に供給する。細胞分離膜21の細孔径は約0.22μmであり、細胞が分泌した成分を含む培養液は膜を透過し、膜を透過しない細胞は培養槽1に返送される。細胞分離膜21を透過した細胞が分泌した成分を含む培養液はポンプP3により抗体を精製する精製装置3に送られる。
精製装置3では、アフィニティ精製等の常法により、抗体を分離精製する。精製装置3については後述する。
【0048】
抗体が回収された後の培養液はポンプP4により精製装置3から精密ろ過膜41を有する精密ろ過装置4に供給される。精密ろ過膜41の細孔径は約0.2μmであり、細胞が分泌した成分を含む培養液は膜を透過し、0.2μm以上の夾雑物は膜を透過しない。
精密ろ過装置4に供給した培養液の大部分を透過液として回収するため、非透過液量はごく少量である。精密ろ過装置4内の液流速を一定以上に保つため、非透過液の一部はポンプP5を用いてリサイクルし、ポンプP4の吐出液と合流させる。
【0049】
例えば、ポンプP4で供給する量が100、非透過液が101、非透過液をポンプP5でリサイクルする量が100、非透過液を廃棄する量が1、透過液が99といったバランスで精密ろ過装置を運用することができる。一方、非透過液をポンプP5でリサイクルしない場合には、ポンプP4での供給量が100、非透過液が1、透過液が99というバランスとなり、精密ろ過膜41の非透過側の流速が極端に変化するため安定した運用が困難となる。
【0050】
精密ろ過装置4としては、中空糸型モジュールやスパイラル型モジュール等を用いることができる。ろ過条件は、例えば精密ろ過装置4への液供給圧力が約100kPaG、透過液側の圧力が10kPaGであるが、これに限定されるものではない。
【0051】
精密ろ過膜41を通過した透過液は、ポンプP6により限外濾過膜51を有する限外ろ過装置5に供給される。限外ろ過膜51の分画分子量は10kDa(または孔径3nm)であり、アンモニウム化合物や乳酸塩等の老廃物は膜を透過し、高分子画分は膜を透過しない。高分子画分を含む非透過液は培養槽1に返送する。
【0052】
限外ろ過装置5に供給した培養液の大部分を透過液とするため、高分子画分の成分を含む非透過液量はごく少量である。限外ろ過膜5内の液流速を一定以上に保つため、非透過液の一部はポンプP7を用いてリサイクルし、ポンプP6の吐出液と合流させる。例えば、ポンプP6で供給する量が100、非透過液が101、非透過液をポンプP7でリサイクルする量が100、非透過液を培養槽1にリサイクルする量が1、透過液として廃棄する量が99といったバランスで限外ろ過装置5を運用することができる。
一方、非透過液をポンプP7でリサイクルしない場合には、ポンプP6での供給量が100、非透過液が1、透過液が99というバランスとなり、限外ろ過装置の非透過側の流速が極端に変化するため安定した運用が困難となる。
【0053】
限外ろ過装置5としては、中空糸型モジュールやスパイラル型モジュール等を用いることができる。ろ過条件は、例えば限外ろ過装置への液供給圧力が約800kPaG、透過液側の圧力が10kPaGであるが、これに限定されるものではない。
【0054】
上記のように、精密ろ過装置4及び限外ろ過装置5を用いることにより、抗体が回収された後の培養液から高分子画分を回収し、培養槽1に返送することができる。タンパク質およびエクソソームを含む高分子画分を培養槽1に返送することにより、培養槽1内の細胞増殖速度が増大する。これにより、FBSの使用量を大幅に削減することが可能となる。
【0055】
本発明の第2の実施形態を
図2に基づいて、以下説明する。
培地槽10、培養槽1、膜分離装置2、精製装置3については、
図1に記載したものと同様である。
抗体が回収された後の培養液は精製装置3からポンプP4により限外ろ過膜51を有する限外ろ過装置5に供給される。限外ろ過膜51の分画分子量は10kDaであり、アンモニウム化合物や乳酸塩等の老廃物を含む液は膜を透過し、高分子画分を含む液は膜を透過しない。
【0056】
限外ろ過装置5に供給した培養液の大部分を透過液として廃棄するため、非透過液量はごく少量である。限外ろ過装置5内の液流速を一定以上に保つため、非透過液の一部はポンプP10を用いてリサイクルし、ポンプP4の吐出液と合流させる。
例えば、ポンプP4で供給する量が100、非透過液が102、非透過液をポンプP10でリサイクルする量が100、非透過液のうちポンプP11で精密ろ過装置4に送る量が2、透過液が98といったバランスで限外ろ過装置5を運用することができる。
一方、非透過液をポンプP10でリサイクルしない場合には、ポンプP4での供給量が100、非透過液が2、透過液が98というバランスとなり、限外ろ過装置5の非透過側の流速が極端に変化するため安定した運用が困難となる。
【0057】
限外ろ過装置5としては、中空糸型モジュールやスパイラル型モジュール等を用いることができる。ろ過条件は、例えば限外ろ過装置への液供給圧力が約800kPaG、透過液側の圧力が10kPaGであるが、これに限定されるものではない。
【0058】
限外ろ過装置5の非透過液の一部は、ポンプP11により精密ろ過膜41を有する精密ろ過装置4に供給される。精密ろ過膜41の細孔径は約0.2μmであり、高分子画分は膜を透過し、0.2μm以上の夾雑物は膜を透過しない。
例えば、ポンプP11での供給量が2、非透過液が1、透過液が1というバランスとなる。透過液は、ポンプ12により培養槽1に返送される。
【0059】
精密ろ過装置4としては、中空糸型モジュールやスパイラル型モジュール等を用いることができる。ろ過条件は、例えば精密ろ過装置4への液供給圧力が約100kPaG、透過液側の圧力が10kPaGであるが、これに限定されるものではない。
【0060】
上記のように、限外ろ過装置5及び精密ろ過装置4を用いることにより、抗体が回収された後の培養液から高分子画分を回収し、培養槽1に返送することができる。タンパク質およびエクソソームを含む高分子画分を培養槽1に返送することにより、培養槽1内の細胞増殖速度が増大する。これにより、FBSの使用量を大幅に削減することが可能となる。
【0061】
本発明の第3の実施形態を
図3に基づいて、以下説明する。
培地槽10、培養槽1、膜分離装置2、精製装置3、精密ろ過装置4、限外ろ過装置5については、
図1に記載したものと同様である。前記第1の実施形態においては、限外濾過膜において回収された非透過液は培養槽1に返送されたが、本実施形態では、限外ろ過装置において回収された高分子画分を含む非透過液は、別の培養工程での動物細胞Bの培養槽に送られて、動物細胞Bの増殖促進に利用される。
【0062】
本発明の第4の実施形態を
図4に基づいて、以下説明する。
培地槽10、培養槽1、膜分離装置2、精製装置3、限外ろ過装置5、精密ろ過装置4については、
図2に記載したものと同様である。前記第2の実施形態においては、精密ろ過装置において回収された透過液は培養槽1に返送されたが、本実施形態では、精密ろ過装置において回収された高分子画分を含む透過液は別の培養工程での動物細胞Bの培養槽に送られて、細胞の増殖促進に利用される。
【0063】
上記
図1、
図2、
図3および
図4に示した精製装置3について、以下説明する。
精製装置における精製工程において、アフィニティークロマトグラフィーやイオン交換クロマトグラフィーにより、抗体をはじめとする様々な目的物質が吸着回収される。クロマトグラフィーのカラムの樹脂や担体の種類は、吸着する目的物質によって選択される。
この精製工程は一般的に多く用いられているバッチ精製プロセスを適用することもできるし、連続精製プロセスを適用することもできる。
【0064】
連続精製プロセスについて以下に説明する。
複数のカラムを並べて繋げ、1つのカラムの目的物質の吸着容量限界に達すれば溶液を他のカラムに流し、吸着容量に達したカラムは不純物を洗い流す洗浄工程、次いで目的物質の溶出工程、次いでカラムの平衡化工程を行う。複数カラムがこれらの工程を同時に繰り返すことで連続精製が実現する。この連続精製を導入することで、本発明の全プロセスの連続化が達成される。なお、連続精製装置はPall社、Novasep社などが製品化している。
【0065】
抗体の連続精製の実施例として、アフィニティークロマトグラフィー式精製装置を
図5に示す。膜分離装置2の透過液はポンプP3により、一次貯留タンク13に一時的に保持され、並列に配置されたアフィニティークロマトグラフィー用カラム14、15、16、17のうち、吸着工程となった1つのカラムに送られる。カラム14、15、16、17は、1つのカラムが吸着工程であるとき、残りのカラムは洗浄工程あるいは溶出工程あるいは平衡化工程となる。各カラムは、吸着工程、洗浄工程、溶出工程、平衡化工程を順番に繰り返す。
【0066】
本発明に使用する装置や部品には、ステンレス製機器またはシングルユース機器を適用することができる。
【実施例】
【0067】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0068】
細胞密度を高くした無血清接着培養(Ham’s F-12培地使用)の培養液上清から取得した高分子画分を、播種直後で低接着細胞密度の無血清接着培養に添加し、添加による増殖促進効果を調べた。
すなわち、10%血清(NBS)培地を用いて100φディッシュ40枚に播種密度5×103cells/cm2でCHO細胞(CHO DP-12 クローン#1934株)を播種し(培養液量は各10ml)、コンフルエントまで培養後、PBS(-)10mlで洗浄後、無血清培地に交換し、さらに3日培養した。この無血清培養上清約400mlから以下に述べる方法で高分子画分約10mlを得た。
【0069】
高分子画分はいずれもMERCK MILLIPORE社製の遠心濾過膜Steriflip-GP、Stericup-VP(0.2μmカット)およびAmicon Ultra-15(10kDaカット)を用いて、以下の様にして培養上清から取得した。
1)PBSバッファー250mlをStericup-VPで濾過した。この濾過済みPBSバッファー15mlを各々のAmicon Ultra-15に加え、4000Gで5分遠心分離しPBSバッファーに対して平衡化した。その後PBSを吸引ビンにつないだ綿栓を抜いたピペットで吸引除去した。
2)500ml容培地ビンに入れた培養上清約200mlをSteriflip-GPで清澄化した。この濾液を、250ml容培地ビンに入れた。
3)清澄化した培養上清約14mlを上記のAmicon Ultra-15 に加え、4000Gで30分遠心分離した。この濾液を50ml遠心管に入れた。
4)3)の操作をすべての上清のろ過が終了し、合計が5ml以下になるまで繰り返した。
5)濾過したPBSバッファー10mlをフィルターカップに加え、穏やかに数回ピペッティングした。その後、4000Gで30分遠心分離した。
6)15ml遠沈管に入れた。
高分子画分のタンパク質濃度およびエクソソーム特有タンパク質(CD81)濃度をBCA法およびELISA[Exosome ELISA Complete Kit (EXOEL-CD81A-1),SBI System Biosciences Co.]で定量した。
高分子画分中のタンパク質及びエクソソーム特有タンパク質(CD81)の濃度についての測定結果を表1に示す。
【0070】
100φディッシュと無血清培地を用いて(培養液量は各10ml)、播種密度1.5×104cells/cm2でCHO細胞を播種した。培養1日後に細胞密度が1.84×104cells/cm2となった培地に、4℃で1日保存した前記高分子画分を各濃度(0,0.25,0.5ml/枚)になるように加えて約50時間無血清培養したのち、脱核染色法で各ディッシュ底面の接着細胞密度を測定した。
結果を表2に示した。
【0071】
【0072】
【0073】
表2に示された結果から分かるように、高分子画分無添加の培養においては、到達細胞密度は2.49×104cells/cm2とほとんど細胞増殖が認められなかった(平均世代時間約114.5h)。これに対して、高分子画分を0.25ml/枚になるように加えた培養では、到達細胞密度が4.08×104cells/cm2に達し、平均世代時間も約43.5hと、良好に増殖した。
さらに、高分子画分を0.5ml/枚になるように加えた培養では、0.25ml/枚になるように加えた培養に比べても、到達細胞密度が6.88×104cells/cm2と高く、平均世代時間も約26.2hと、より速い増殖を示した。
以上のように、高分子画分にはCHO細胞の増殖を促進作用があると考えられた。
【0074】
表1に示すように、高分子画分中のタンパク質濃度の分析結果は約530mg/mlとなり、ディッシュ1枚(培養液量10ml)に0.25ml添加したことによるタンパク質濃度の増加は下記の計算式により13.3mg/mlと計算された。
530[mg/ml]×0.25[ml/10ml]=13.3[mg/ml]
一方、別途分析したNBS中のタンパク質濃度(約76mg/ml)から計算すると、高分子画分添加によるタンパク質濃度の増加は、タンパク質の量的には、NBS約17.6%相当と見積もられ、少なくはないと考えられた。
【0075】
表1に示すように、エクソソームの脂質2重膜を4回貫通するテトラスパニンタンパク質のひとつでありエクソソームのマーカーでもあるCD81は、分析の結果、高分子画分中に約16×109particles/mlであった。ディッシュ1枚(培養液量10ml)に0.25ml添加したことによるCD81濃度の増加は下記の計算式により約0.4×109particles/mlと計算された。
16×109個/ml×0.25ml/10ml=0.4×109個/ml
すなわち、高分子画分添加による上記の増殖促進効果の原因は高分子画分中のタンパク質およびエクソソームのいずれである可能性も考えられた。
【符号の説明】
【0076】
1 培養槽
2 膜分離装置
3 精製装置
4 精密ろ過装置
5 限外ろ過装置
10 培地槽
13 一次貯留タンク
14、15、16、17 アフィニティークロマトグラフィー用カラム
P1、P2、P3、P4、P5、P6、P7、P10、P11、P12 ポンプ
21 細胞分離膜
41 精密ろ過膜
51 限外濾過膜