(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】鏡像体過剰率の測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20231101BHJP
【FI】
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2019165656
(22)【出願日】2019-09-11
【審査請求日】2022-05-20
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土橋 祐太
(72)【発明者】
【氏名】永木 愛一郎
(72)【発明者】
【氏名】萬代 恭子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 潤一
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-540440(JP,A)
【文献】特開2003-081911(JP,A)
【文献】特開2006-008666(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記反応基質が化学反応した後の生成物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、
前記同位体濃縮度の測定値E
proに基づいて、下記手順1~3に従って下記式(22)から前記光学異性体の鏡像体過剰率e
proを算出する、鏡像体過剰率の測定方法。
反応基質:キラリティを有する化合物のR体と、前記化合物のS体とを含む混合物であり、かつ、前記R体及び前記S体のうち少なくとも前記S体が酸素の安定同位体で標識されていることにより、前記R体の分子量及び前記S体の分子量が互いに異なる。
<手順1>
まず、値が既知である、
前記反応基質中のキラル異性体(R)の物質量であるN
R、
前記反
応基質中のキラル異性体(R)のR体の鏡像体過剰率であるe
R、
前記反応基質中のキラル異性体(R)の同位体濃縮度であるE
R、
前記反
応基質中のキラル異性体(S)の物質量であるN
S、
前記反
応基質中のキラル異性体(S)のS体の鏡像体過剰率であるe
S、及び、
前記反応基質中のキラル異性体(S)の同位体濃縮度であるE
Sを、
下記式(15)~(18)の各式に代入し、
前記反応基質中の同位体標識されたR体の物質量であるN
R(L)、
前記反応基質中の同位体標識されたS体の物質量であるN
S(L)、
前記反応基質中の同位体標識されていないR体の物質量であるN
R(U)、及び、
前記反応基質中の同位体標識されていないS体の物質量であるN
S(U)を得る。
N
R(L)=(N
R/100)×(50+e
R/2)×(E
R/100)+(N
S/100)×(50-e
S/2)×(E
S/100) ・・・式(15)
N
S(L)=(N
R/100)×(50-e
R/2)×(E
R/100)+(N
S/100)×(50+e
S/2)×(E
S/100) ・・・式(16)
N
R(U)=(N
R/100)×(50+e
R/2)×(1-E
R/100)+(N
S/100)×(50-e
S/2)×(1-E
S/100) ・・・式(17)
N
S(U)=(N
R/100)×(50-e
R/2)×(1-E
R/100)+(N
S/100)×(50+e
S/2)×(1-E
S/100) ・・・式(18)
<手順2>
次いで、N
R(L),N
S(L),N
R(U),N
S(U)の各値を下記式(19)~(21)に代入し、
前記反応基質である混合物の鏡像体過剰率であるe
M、
前記反応基質である混合物の同位体濃縮度であるE
M、及び、
前記e
Mが100%eeとなったと仮定したときの、前記化学反応後の生成物に含まれている光学異性体(S体)の同位体濃縮度であるE
pro,100%を得る。
e
M=(N
R(L)+N
R(U)-N
S(L)-N
S(U))/(N
R+N
S) ・・・式(19)
E
M=(N
R(L)+N
S(L))/(N
R+N
S) ・・・式(20)
E
pro,100%=N
S(L)/(N
S(L)+N
S(U)) ・・・式(21)
得られたe
M、E
M、及びE
pro,100%から、下記式(22)で表される検量線の傾き及び切片を決定する。
<手順3>
続いて、前記質量分析によって得られた、測定対象の光学異性体の同位体濃縮度E
proの測定値を下記式(22)に代入することで、生成物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率e
proを算出する。
e
pro=(e
M-100)/(E
M-E
pro,100%)×E
pro+(E
M×100-E
pro,100%×e
M)/(E
M-E
pro,100%) ・・・式(22)
【請求項2】
下記反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、
前記同位体濃縮度の測定値E
reactに基づいて、下記手順1~3に従って下記式(24)から前記光学異性体の鏡像体過剰率e
reactを算出する、鏡像体過剰率の測定方法。
反応基質:キラリティを有する化合物のR体と、前記化合物のS体とを含む混合物であり、かつ、前記R体及び前記S体のうち少なくとも前記R体が酸素の安定同位体で標識されていることにより、前記R体の分子量及び前記S体の分子量が互いに異なる。
<手順1>
まず、値が既知である、
前記反応基質中のキラル異性体(R)の物質量であるN
R、
前記反
応基質中のキラル異性体(R)のR体の鏡像体過剰率であるe
R、
前記反応基質中のキラル異性体(R)の同位体濃縮度であるE
R、
前記反
応基質中のキラル異性体(S)の物質量であるN
S、
前記反
応基質中のキラル異性体(S)のS体の鏡像体過剰率であるe
S、及び、
前記反応基質中のキラル異性体(S)の同位体濃縮度であるE
Sを、
下記式(15)~(18)の各式に代入し、
前記反応基質中の同位体標識されたR体の物質量であるN
R(L)、
前記反応基質中の同位体標識されたS体の物質量であるN
S(L)、
前記反応基質中の同位体標識されていないR体の物質量であるN
R(U)、及び、
前記反応基質中の同位体標識されていないS体の物質量であるN
S(U)を得る。
N
R(L)=(N
R/100)×(50+e
R/2)×(E
R/100)+(N
S/100)×(50-e
S/2)×(E
S/100) ・・・式(15)
N
S(L)=(N
R/100)×(50-e
R/2)×(E
R/100)+(N
S/100)×(50+e
S/2)×(E
S/100) ・・・式(16)
N
R(U)=(N
R/100)×(50+e
R/2)×(1-E
R/100)+(N
S/100)×(50-e
S/2)×(1-E
S/100) ・・・式(17)
N
S(U)=(N
R/100)×(50-e
R/2)×(1-E
R/100)+(N
S/100)×(50+e
S/2)×(1-E
S/100) ・・・式(18)
<手順2>
次いで、N
R(L),N
S(L),N
R(U),N
S(U)の各値を下記式(19)、下記式(20)及び下記式(23)に代入し、
前記反応基質である混合物の鏡像体過剰率であるe
M、
前記反応基質である混合物の同位体濃縮度であるE
M、及び、
前記e
Mが100%eeとなったと仮定したときの、前記化学反応後の未反応物に含まれている光学異性体(R体)の同位体濃縮度であるE
react,100%を得る。
e
M=(N
R(L)+N
R(U)-N
S(L)-N
S(U))/(N
R+N
S) ・・・式(19)
E
M=(N
R(L)+N
S(L))/(N
R+N
S) ・・・式(20)
E
react,100%=N
R(L)/(N
R(L)+N
R(U)) ・・・式(23)
得られたe
M、E
M、及びE
react,100%から、下記式(24)で表される検量線の傾き及び切片を決定する。
<手順3>
続いて、前記質量分析によって得られた、測定対象の光学異性体の同位体濃縮度E
reactの測定値を下記式(24)に代入することで、未反応物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率e
reactを算出する。
e
react=(100-e
M)/(E
react,100%-E
M)×E
react+(E
M×100-E
react,100%×e
M)/(E
M-E
react,100%) ・・・式(24)
【請求項3】
前記R体が下式(1)で表される光学異性体であり、前記S体が下式(2)で表される光学異性体である、請求項1又は2に記載の鏡像体過剰率の測定方法。
【化1】
式(1)及び式(2)中、
*Oは酸素同位体である
18O又は
17Oで標識されうる酸素原子であり;R
1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R
2は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。
【請求項4】
前記反応基質が化学反応した後の生成物が、下式(3)で表される光学異性体と下式(4)で表される光学異性体とを含む、請求項1に記載の鏡像体過剰率の測定方法。
【化2】
式(3)及び式(4)中、
*Oの少なくとも一方が、酸素同位体である
18O又は
17Oで標識されており;R
1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R
2及びR
3は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鏡像体過剰率の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
キラル分子の鏡像異性体のR体とS体は、互いに同一の化学式を有するにもかかわらず、生理活性が互いに異なることが知られている。例えば、ブピバカインのS体は鎮痛剤の有効成分であるが、R体には心毒性があることが知られている。そのため、特に創薬及び有機合成の分野では、光学異性体の不斉反応による合成が重要である。不斉反応の分野においては、鏡像異性体におけるR体とS体の存在比(鏡像体過剰率:ee)の測定が行われている。
【0003】
鏡像体過剰率を測定する方法として、キラルカラムを用いる光学分割法が知られている。また、特許文献1、2にはキラルな物質の光学純度を決定する方法が記載されている。特許文献1、2に記載の方法は、NMR用キラルシフト剤とキラルな物質とを含む混合溶液を錯体化するステップと、錯体化された混合溶液の核磁気共鳴スペクトルを測定するステップと、核磁気共鳴スペクトルにおけるピーク分裂の幅を測定するステップと、ピーク分裂の幅に基づいて前記キラルな物質の光学純度を決定するステップとを包含する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5665043号公報
【文献】特許第6128553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に市販又は合成されているキラル化合物は、少量の光学不純物を含む。ところが、キラルカラムを用いる光学分割法は、微量な不純物により測定誤差が出やすい。そのため、事前に測定対象となる光学異性体を精密に単離する操作が不可欠であるという問題がある。
キラルカラムを用いる光学分割法にあっては、測定対象となる化合物に適したキラルカラムを選定する必要があり、測定系の構築の点で簡便な方法ではない。
特許文献1、2に記載の方法にあっては、NMR用キラルシフト剤とキラルな物質とを含む混合溶液を錯体化するステップを必須とする。そのため、測定サンプルの一部を事前に錯体化するための労力を要し、簡便な測定ではない。
加えて、鏡像体過剰率の測定には、短時間で多くのサンプルの鏡像体過剰率を測定すること、すなわち、測定のハイスループット化が求められている。
本発明は、簡便な方法で鏡像体過剰率を正確に測定でき、測定のハイスループット化が可能となる鏡像体過剰率の測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の構成を備える。
[1] 下記反応基質が化学反応した後の光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、前記同位体濃縮度の測定値に基づいて、前記光学異性体の鏡像体過剰率を算出する、鏡像体過剰率の測定方法。
反応基質:キラリティを有する化合物のR体と、前記化合物のS体とを含む混合物であり、かつ、前記R体及び前記S体の少なくとも一方が安定同位体で標識されていることにより、前記R体の分子量及び前記S体の分子量が互いに異なる。
[2] 前記光学異性体が、前記反応基質が化学反応した後の生成物に含まれている、[1]の鏡像体過剰率の測定方法。
[3] 前記光学異性体が、前記反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている、[1]の鏡像体過剰率の測定方法。
[4] 前記R体が下式(1)で表される光学異性体であり、前記S体が下式(2)で表される光学異性体である、[1]~[3]のいずれかの鏡像体過剰率の測定方法。
【化1】
式(1)及び式(2)中、
*Oは酸素同位体である
18O又は
17Oで標識されうる酸素原子であり;R
1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R
2は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。
[5] 前記反応基質が化学反応した後の生成物が、下式(3)で表される光学異性体と下式(4)で表される光学異性体とを含む、[4]の鏡像体過剰率の測定方法。
【化2】
式(3)及び式(4)中、
*Oの少なくとも一方が、酸素同位体である
18O又は
17Oで標識されており;R
1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R
2及びR
3は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、簡便な方法で鏡像体過剰率を正確に測定でき、測定のハイスループット化が可能となる鏡像体過剰率の測定方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】(R)―1―フェニルエタノール―
18Oのマススペクトル及び(R)―1―フェニルエタノールのマススペクトルを示す図である。
【
図2】実施例1において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
【
図3】実施例2において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
【
図4】実施例3において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
【
図5】実施例4において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
【
図6】実施例5において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明においては、下記反応基質が化学反応した後の生成物に含まれている光学異性体;又は下記反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、前記同位体濃縮度の測定値に基づいて、前記光学異性体の鏡像体過剰率を算出する。
反応基質:キラリティを有する化合物のR体と、前記化合物のS体とを含む混合物であり、かつ、前記R体及び前記S体の少なくとも一方が安定同位体で標識されていることにより、前記R体の分子量及び前記S体の分子量が互いに異なる。
【0010】
本発明においては、化学反応は特に限定されない。化学反応としては、不斉反応が好ましい。不斉反応としては、例えば、速度論的光学分割反応(Kinetic Resolution)が挙げられる。速度論的光学分割反応の具体例としては、例えば、下式(5)で表される速度論的光学分割アシル化反応;下式(6)で表される速度論的光学分割脱アシル化反応が挙げられる。
【0011】
【0012】
【0013】
式(5)及び式(6)中、Rはアルキル基である。前記アルキル基における水素原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基等の置換基と置換されていてもよく、すべての水素原子が置換されていなくてもよい。
【0014】
式(5)で示す化学反応においては、反応基質は、(R)-1-フェニルエタノール-18OをR体として含み、(S)-1-フェニルエタノールをS体として含む混合物である。
【0015】
式(5)で示す化学反応においては、不斉触媒の存在下でR体のアシル化がS体のアシル化より選択的に進行し、(R)-1-フェニルエタノール-18Oのアシル保護体が選択的に生成する。
その結果、式(5)で示す化学反応においては、反応基質が化学反応した後の生成物は、(R)-1-フェニルエタノール-18Oのアシル保護体と、(S)-1-フェニルエタノールのアシル保護体とを含む混合物となる。
一方、反応基質が化学反応した後の未反応物は、(R)-1-フェニルエタノール-18Oと、(S)-1-フェニルエタノールとを含む混合物となる。
【0016】
式(6)で示す化学反応においては、反応基質は、(R)-1-フェニルエタノール-18Oのアシル保護体をR体として含み、(S)-1-フェニルエタノールのアシル保護体をS体として含む混合物である。
【0017】
式(6)で示す化学反応においては、不斉触媒の存在下でR体の脱アシル化がS体の脱アシル化より選択的に進行し、(R)-1-フェニルエタノール-18Oが選択的に生成する。
その結果、式(6)で示す化学反応においては、反応基質が化学反応した後の生成物は、(R)-1-フェニルエタノール-18Oと、(S)-1-フェニルエタノールとを含む混合物となる。
一方、反応基質が化学反応した後の未反応物は、(R)-1-フェニルエタノール-18Oのアシル保護体と、(S)-1-フェニルエタノールのアシル保護体とを含む混合物となる。
【0018】
本発明においては、反応基質が化学反応した後の光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定する。
本発明においては、反応基質中のR体及びS体の少なくとも一方が安定同位体で標識されていることにより、混合物中のR体及びS体の分子量が互いに異なる。そのため、質量分析の際に光学異性体同士の間に分子量の差があることから、測定対象となる光学異性体について同位体濃縮度を容易に測定できる。
【0019】
質量分析は、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)でも液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)でもよい。
光学異性体の同位体濃縮度は、例えば、特開2006-8666号公報の実施例2に記載のイオンピークのピーク面積値を用いる方法で測定できる。
【0020】
以下、本発明の第1の態様、第2の態様について順に説明する。
本発明の第1の態様に係る鏡像体過剰率の測定方法においては、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれている光学異性体を鏡像体過剰率の測定対象とする。
本発明の第2の態様に係る鏡像体過剰率の測定方法においては、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている光学異性体を鏡像体過剰率の測定対象とする。
【0021】
<第1の態様>
本発明の第1の態様においては、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、前記同位体濃縮度の測定値に基づいて、前記光学異性体の鏡像体過剰率を算出する。
【0022】
本発明において、反応基質はキラリティを有する化合物のR体と、当該化合物のS体とを含む混合物である。
一般に市販又は合成されているキラル化合物は、光学不純物を含む。本発明においても、光学不純物の存在を想定し、「反応基質」は、便宜的に下記のキラル異性体(R)とキラル異性体(S)とを含む混合物であるとする。
キラル異性体(R):反応基質である化合物のR体を主に含み、当該化合物のS体を光学不純物として含む。
キラル異性体(S):反応基質である化合物のS体を主に含み、当該化合物のR体を光学不純物として含む。
【0023】
反応基質中のキラル異性体(R)の物質量:NRは、下式(7)で表される。また、反応基質中のキラル異性体(S)の物質量:NSは、下式(8)で表される。
NR=a+b ・・・式(7)
NS=c+d ・・・式(8)
式(7)中、aは、キラル異性体(R)に含まれるR体の物質量の真値であり、bは、キラル異性体(R)に光学不純物として含まれるS体の物質量の真値である。
式(8)中、cは、キラル異性体(S)に含まれるS体の物質量の真値であり、dは、キラル異性体(S)に光学不純物として含まれるR体の物質量の真値である。
【0024】
ここで、キラル異性体(R)のR体の鏡像体過剰率:eRは、下式(9)で表される。
また、キラル異性体(S)のS体の鏡像体過剰率:eSは、下式(10)で表される。eR、eSはいずれも、0%eeより大きい値とする。
eR=100×(a-b)/(a+b) ・・・式(9)
eS=100×(c-d)/(c+d) ・・・式(10)
【0025】
式(7)及び式(9)をa,bについて解き、式(8)及び式(10)をc,dについて解くと、a,b,c,dはそれぞれ下式(11)~式(14)で表される。
a=(NR/100)×(50+eR/2) ・・・式(11)
b=(NR/100)×(50-eR/2) ・・・式(12)
c=(NS/100)×(50+eS/2) ・・・式(13)
d=(NS/100)×(50-eS/2) ・・・式(14)
【0026】
本発明の反応基質においては、R体及びS体の少なくとも一方が安定同位体で標識されている。ここで、「安定同位体で標識されている」とは、化合物を構成する原子団のうち、ある一部位における原子の安定同位体の存在比(すなわち、同位体濃縮度)が天然存在比を超えていることを意味する。
【0027】
反応基質中の同位体標識されたR体の物質量:NR(L)は、キラル異性体(R)及びキラル異性体(S)のそれぞれに含まれるR体の真値(a,d)に、キラル異性体(R)及びキラル異性体(S)それぞれの同位体存在比率を乗じた値の和で求められる。そのため、NR(L)は、下式(15)で表される。同様に、反応基質中の同位体標識されたS体の物質量:NS(L)は、下式(16)で表される。
NR(L)=(NR/100)×(50+eR/2)×(ER/100)+(NS/100)×(50-eS/2)×(ES/100) ・・・式(15)
NS(L)=(NR/100)×(50-eR/2)×(ER/100)+(NS/100)×(50+eS/2)×(ES/100) ・・・式(16)
式(15)及び式(16)中、ERは、混合物中のキラル異性体(R)の同位体濃縮度であり、ESは、混合物中のキラル異性体(S)の同位体濃縮度である。
【0028】
反応基質中の同位体標識されていないR体の物質量:NR(U)は、キラル異性体(R)及びキラル異性体(S)のそれぞれに含まれるR体の真値(a,d)に、キラル異性体(R)及びキラル異性体(S)それぞれの同位体存在比率を1から差し引いた値を乗じた値の和で求められる。そのため、NR(U)は、下式(17)で表される。同様に、反応基質中の同位体標識されていないS体の物質量:NS(U)は、下式(18)で表される。
NR(U)=(NR/100)×(50+eR/2)×(1-ER/100)+(NS/100)×(50-eS/2)×(1-ES/100) ・・・式(17)
NS(U)=(NR/100)×(50-eR/2)×(1-ER/100)+(NS/100)×(50+eS/2)×(1-ES/100) ・・・式(18)
式(17)及び式(18)中、ERは、混合物中のキラル異性体(R)の同位体濃縮度であり、ESは、混合物中のキラル異性体(S)の同位体濃縮度である。
【0029】
反応基質である混合物の鏡像体過剰率:eMは、前記のNR(L),NR(U),NS(L),NS(U),NR,NSを用いて下式(19)で表される。また、混合物の同位体濃縮度EMは、前記のNR(L),NR(U),NS(L),NS(U),NR,NSを用いて下式(20)で表される。ここで、鏡像体過剰率:eMは、R体が過剰であるときに正の値となり、S体が過剰であるときに負の値となる。
eM=(NR(L)+NR(U)-NS(L)-NS(U))/(NR+NS) ・・・式(19)
EM=(NR(L)+NS(L))/(NR+NS) ・・・式(20)
【0030】
反応基質である化合物中のS体のみが光学分割反応によって選択的に反応した場合について考える。この場合、反応基質である混合物の鏡像体過剰率:eMが100%eeとなったと仮定すると、化学反応後の生成物に含まれている光学異性体(S体)の同位体濃縮度:Epro,100%は、下式(21)で表される。
Epro,100%=NS(L)/(NS(L)+NS(U)) ・・・式(21)
【0031】
本発明の第1の態様においては、化学反応後の生成物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率を算出する。鏡像体過剰率の算出に際しては、x軸に生成物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度:Eproをとり、y軸に生成物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率:eproをとったx-y平面上の検量線を使用する。
この検量線は、(x,y)=(EM,eM)、(Epro,100%,100)の2点を結ぶ直線である。この場合、検量線の方程式は、当該直線の方程式として、下式(22)で表される。
epro=(eM-100)/(EM-Epro,100%)×Epro+(EM×100-Epro,100%×eM)/(EM-Epro,100%) ・・・式(22)
【0032】
eproの算出に際しては、まず、値が既知であるNR,eR,ER,NS,eR,ESを、式(15)~式(18)の各式に代入し、NR(L),NS(L),NR(U),NS(U)を得る。
次いで、NR(L),NS(L),NR(U),NS(U)の各値を式(19)~式(21)に代入し、eM,EM,Epro,100%を得る。これにより、式(22)で表される検量線の傾き及び切片が決定される。
式(22)で表される検量線の傾き及び切片を決定すれば、質量分析によって得られる測定対象の光学異性体の同位体濃縮度:Eproの測定値を式(22)に代入することで、生成物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率:eproが求められる。
【0033】
<第2の態様>
本発明の第2の態様においては、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって測定し、前記同位体濃縮度の測定値に基づいて、前記光学異性体の鏡像体過剰率を算出する。
【0034】
第2の態様においても、第1の態様と同様に検量線を使用する。検量線の作成に際して、反応基質である化合物中のS体のみが光学分割反応によって選択的に反応した場合について考える。この場合、反応基質である混合物の鏡像体過剰率:eMが100%eeとなったと仮定すると、化学反応後の未反応物に含まれている光学異性体(R体)の同位体濃縮度:Ereact,100%は、下式(23)で表される。
Ereact,100%=NR(L)/(NR(L)+NR(U)) ・・・式(23)
【0035】
本発明の第2の態様においては、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率を算出する。鏡像体過剰率の算出に際しては、x軸に未反応物に含まれている光学異性体の同位体濃縮度:Ereactをとり、y軸に未反応物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率:ereactをとったx-y平面上の検量線を使用する。この検量線は、(x,y)=(EM,eM)、(Ereact,100%,100)の2点を結ぶ直線である。この場合、検量線の方程式は、当該直線の方程式として、下式(24)で表される。
ereact=(100-eM)/(Ereact,100%-EM)×Ereact+(EM×100-Ereact,100%×eM)/(EM-Ereact,100%) ・・・式(24)
【0036】
ereactの算出に際しては、まず、値が既知であるNR,eR,ER,NS,eR,ESを、式(15)~式(18)の各式に代入し、NR(L),NS(L),NR(U),NS(U)を得る。
次いで、NR(L),NS(L),NR(U),NS(U)の各値を式(19)、式(20)、式(23)に代入し、eM,EM,Ereact,100%を得る。これにより、式(24)で表される検量線の傾き及び切片が決定される。
式(24)で表される検量線の傾き及び切片を決定すれば、質量分析によって得られる測定対象の光学異性体の同位体濃縮度:Ereactの測定値を式(24)に代入することで、未反応物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率:ereactが求められる。
【0037】
<適用例>
本発明において、反応基質である化合物の具体例としては、例えば、当該化合物のR体が下式(1)で表される光学異性体であり、当該化合物のS体が下式(2)で表される光学異性体である化合物が挙げられる。ただし、反応基質中の化合物は、この例示に限定されない。
【0038】
【0039】
式(1)及び式(2)中、*Oは酸素同位体である18O又は17Oで標識されうる酸素原子であり;R1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R2は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。ただし、R1は、本発明の効果が得られる範囲内であれば、これらの例示に限定されない。
前記アルキル基、前記アルコキシ基におけるそれぞれの水素原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基等の置換基と置換されていてもよく、すべての水素原子が置換されていなくてもよい。加えて、前記アルキル基、前記アルコキシ基は、シアノ基、ホルミル基、ケトン基等の官能基をさらに有してもよい。ただし、前記アルキル基、前記アルコキシ基における置換基及び官能基は、これらの例示に限定されない。
【0040】
反応基質中のR体が式(1)で表される光学異性体であり、S体が式(2)で表される光学異性体である場合、反応基質が化学反応した後の生成物は、下式(3)で表される光学異性体と下式(4)で表される光学異性体とを含む。
【0041】
【0042】
式(3)及び式(4)中、*Oの少なくとも一方が、酸素同位体である18O又は17Oで標識されており;R1は、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基、シアノ基、ホルミル基、ケトン基、アルコキシ基、アルキル基又は重水素原子であり;R2及びR3は、アルキル基であり;前記アルキル基及び前記アルコキシ基は、置換基及び官能基のいずれか一方又は両方を有してもよい。
前記アルキル基、前記アルコキシ基におけるそれぞれの水素原子は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ニトロ基等の置換基と置換されていてもよく、すべての水素原子が置換されていなくてもよい。加えて、前記アルキル基、前記アルコキシ基は、シアノ基、ホルミル基、ケトン基等の官能基をさらに有してもよい。ただし、前記アルキル基、前記アルコキシ基における置換基及び官能基は、これらの例示に限定されない。
【0043】
1-フェニルエタノールは、速度論的光学分割反応研究の分野において一般的に用いられる化合物である。加えて、1-フェニルエタノールの18Oによる標識化合物は、短工程で簡便に合成できるという利点がある。ただし、1-フェニルエタノール及び1-フェニルエタノールのアシル保護体に限らず、アルコール化合物、アシル保護体及びエポキシド化合物といった、一般的に速度論的光学分割反応に用いられる化合物であれば、本発明の反応基質中の化合物として適用できる。
【0044】
本発明において、安定同位体の元素種類は特に限定されない。加えて、R体、S体の化学構造式において、安定同位体で標識される原子の位置は、特に限定されない。
ただし、通常の反応条件で同位体の濃縮度が低下し得る元素及び標識位置は好ましくない。好ましくない元素及び標識位置としては、例えば、重水素原子が、酸素原子上、窒素原子上、カルボニル基のα位といった酸性度が高い位置に標識される場合等が挙げられる。
【0045】
(作用効果)
以上説明した本発明の鏡像体過剰率の測定方法にあっては、R体の分子量及びS体の分子量が互いに異なる。そのため、化学反応後の測定対象となる光学異性体の分子量も互いに異なる。よって、反応基質中のR体及びS体の少なくとも一方が安定同位体で標識されていることから、測定対象となる光学異性体の同位体濃縮度を質量分析によって容易に測定できる。
したがって、反応基質中のキラル異性体(R)及びキラル異性体(S)の物質量(NR,NS)、鏡像体過剰率(eR,eS)、同位体濃縮度(ER,ES)が既知であるとき、式(15)~式(21)、式(23)を用いることで、式(22)、式(24)で示される検量線を決定できる。当該検量線は、化学反応後の特定の光学異性体についての同位体濃縮度と鏡像体過剰率の相関関係に関する。よって、当該検量線の使用により、測定対象となる光学異性体の質量分析による同位体濃縮度の測定値に基づいて、光学異性体の鏡像体過剰率を測定できる。
【0046】
このように、本発明の鏡像体過剰率の測定方法は、反応基質中の光学異性体の安定同位体標識による質量差を利用するため、測定対象の光学異性体をキラルカラムで単離する操作を必要としない。そのため、測定操作が簡便であり、キラルカラムの選定作業も必要なく、測定系の構築も従来法と比較して簡便である。
また、NMR用キラルシフト剤を使用して錯体化するステップも必要としない。そのため、簡便な測定方法である。
したがって、錯体化に要する労力及び時間が削減されるため、短時間で多くのサンプルの鏡像体過剰率を測定でき、測定のハイスループット化が可能となる。
【0047】
<実施例>
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によって限定されない。
【0048】
(不斉触媒)
・リパーゼ1:CAL-B(Lipase from Candida Antaretica Type B)
・リパーゼ2:Lipase,immobilized on lmmobead 150 from Pseudomonas cepacta
・リパーゼ3:Amano PS-IM(Lipase from Burkholderia cepacia) immpobilized on Diatomaceous Earth
【0049】
(マススペクトルの取得)
・分析計:GCMS-QP2010 Ultra(株式会社島津製作所製)
・試料導入法:GC(ガスクロマトグラフィー)
・イオン化法:電子イオン化法
・イオン化電圧:30eV
・イオン源温度:200℃
・測定モード:SCAN測定
・測定質量範囲:M/Z=40~450(M:質量,Z:電荷)
【0050】
(光学異性体の同位体濃縮度の測定)
取得したマススペクトルのイオンピークのピーク面積値を用いて、特開2006-8666号公報の実施例2に記載の方法と同様にして同位体濃縮度を測定した。
【0051】
((R)-1-フェニルエタノール-18Oの合成)
下式(25)に示すように、ベンゾトリクロリド:19.5g(100mmol)にH2
18O:28.0mL(1500mmol)を加えて90℃で加熱し、3日間反応させた。3日後、白色の結晶が析出した。反応液を0℃で冷却した後、結晶をグラスフィルターでろ過した。グラスフィルター上の結晶を冷却した少量のH2
18Oで洗浄した後、ろ液で洗浄した。結晶を回収し、ロータリーエバポレーターを用いて終夜乾燥させたところ、安息香酸-18O2の白色結晶が得られた(収量11.72g、収率94%)。
【0052】
【0053】
安息香酸-18O2:10.59g(84mmol)とトリフェニルホスフィン(PPh3):22.03g(84mmol)をトルエン:250mLに溶解させ、-20℃で攪拌した。トルエン:40mLに溶解した(S)-1-フェニルエタノールを加えて、アゾジカルボン酸エチル2.2Mトルエン溶液:118mL(84mmol)を30分かけて滴下した。さらに30分攪拌後、0℃で90分攪拌した。炭酸水素ナトリウム飽和水溶液を加えて室温で1時間攪拌した。この液を分液処理し、溶媒を減圧留去した。減圧留去後の残渣に、ジエチルエーテルとヘキサンの1:3混合溶媒を加えて攪拌したところ、白色沈殿が生じた。沈殿をろ過で除去し、ろ液を減圧留去した後、カラムクロマトグラフィーで精製することで(R)-1-フェニルエタノールベンゾイルエステル-18O2を得た(12.99g、収率81%)。(R)-1-フェニルエタノールベンゾイルエステル-18O2の合成反応を下式(26)に示す。
【0054】
【0055】
(R)-1-フェニルエタノール-
18O:ベンゾイルエステル:6.91g(30mmol)をメタノール:50mLに溶解させた。5.02g(90mmol)の水酸化カリウムをメタノール:25mLに完全に溶解させて、水酸化ナトリウムメタノール溶液を調製した。エステル溶液を50℃で加熱攪拌しながら、水酸化カリウム溶液を15分かけて滴下した。滴下終了後50℃で5時間攪拌し反応させた。反応後この液を分液処理し、溶媒を減圧留去したのち、カラムクロマトグラフィーで精製することで(R)-1-フェニルエタノール-
18Oを得た(2.61g、収率:70%、同位体濃縮度(E
R):98.94atom%
18O、鏡像体過剰率(e
R):98.27%ee)。
1H NMRスペクトル:(400MHz,CDCl
3)δ7.31-7.16(m,5H),4.80(q,J=6.0Hz,1H),1.40(d,J=6.0Hz,3H);
13C NMRスペクトル:(100MHz,CDCl
3)δ145.8,128.5,127.4,125.3,70.3,25.1;
EI-MSスペクトル:m/z for C
8H
10
18O,calculated 124.08,found 124.05。
この合成反応を下式(27)に示す。
図1の左側は(R)-1-フェニルエタノール-
18Oのマススペクトルである。
図1の右側は(R)-1-フェニルエタノールのマススペクトルである。
【0056】
【0057】
(アルコールアセチル保護体の合成)
下式(28)で示す化学反応によってアルコールアセチル保護体を合成した。以下の各エステルの合成においては、アルコール:4.0mmolとピリジン0.35mL(4.0mmol)をジエチルエーテル:10mLに溶解させた。酸塩化物:4.0mmolを滴下し、20℃で終夜攪拌し反応させた。反応後この液を分液処理し、溶媒を減圧留去したのち、カラムクロマトグラフィーで精製することでアルコールアセチル保護体を得た。
【0058】
【0059】
((R)-1-フェニルエタノール-18Oエタノイルエステルの合成)
アルコールとして(R)-1-フェニルエタノール-18O:0.50g、酸塩化物として塩化エタノイル:0.37gを用いて反応を行った(0.44g,収率61%)。
1H NMRスペクトル:(400MHz,CDCl3)δ7.38-7.25(m,5H),5.90(q,J=6.4Hz,1H),2.36(dq,J=7.6Hz,J=6.4Hz,2H),1.53(d,J=6.4Hz,3H),1.14(t,J=7.6Hz,3H);
13C NMRスペクトル:(100MHz,CDCl3)δ173.7,141.8,128.4,127.8,126.0,72.0,27.8,22.3,9.1;
EI-MSスペクトル:m/z for C11H14O18O,calculated 180.10, found 180.10。
【0060】
((S)-1-フェニルエタノールエタノイルエステルの合成)
アルコールとして(S)-1-フェニルエタノール:0.50g、酸塩化物として塩化エタノイル:0.37gを用いて反応を行った(0.55g,収率78%)。
1H NMRスペクトル:(400MHz,CDCl3)δ7.38-7.25(m,5H),5.90(q,J=6.8Hz,1H),2.36(dq,J=7.4Hz,J=6.8Hz,2H),1.54(d,J=6.8Hz,3H),1.14(t,J=6.8Hz,3H);
13C NMRスペクトル:(100MHz,CDCl3)δ173.7,141.8,128.4,127.8,126.0,72.1,27.9,22.3,9.1;
EI-MSスペクトル:m/z for C11H14O2,calculated 178.10,found 178.10。
【0061】
((R)-1-フェニルエタノール-18Oトリデカノイルエステルの合成)
アルコールとして(R)-1-フェニルエタノール-18O:0.50g、酸塩化物として塩化トリデカノイル:0.99gを用いて反応を行った(0.96g,収率75%)。
1H NMRスペクトル:(400MHz,CDCl3)δ7.37-7.25(m,5H),5.89(t,J=6.8Hz,1H),2.34-2.30(m,2H),1.53(d,J=6.8Hz,3H),1.45-1.18(m,22H),0.91-0.85(m,3H);
13C NMRスペクトル:(100MHz,CDCl3)δ173.1,141.8,128.4,127.8,126.0,71.9,34.6,31.9,2.97-2.90(m),25.0,22.7,22.3,14.1;
EI-MSスペクトル:m/z for C22H36O18O,calculated 334.28,found 334.40。
【0062】
((S)-1-フェニルエタノールトリデカノイルエステルの合成)
アルコールとして(S)-1-フェニルエタノール:0.50g、酸塩化物として塩化トリデカノイル:0.99gを用いて反応を行った(1.26g,収率99%)。
1H NMRスペクトル:(400MHz,CDCl3)δ7.37-7.25(m,5H),5.89(q,J=6.8Hz,1H),2.35-2.29(m,2H),1.53(d,J=6.8Hz,3H),1.45-1.18(m,22H),0.91-0.85(m,3H);
13C NMRスペクトル:(100MHz,CDCl3)δ173.1,141.8,128.4,127.8,126.0,72.0,34.6,31.9,2.97-2.90(m),25.0,22.7,22.3,14.1;
EI-MSスペクトル:m/z for C22H36O2,calculated 332.27, found 332.00。
【0063】
(実施例1)
不斉触媒として用いるリパーゼ1をデシケーターで3時間減圧乾燥した。(R)-1-フェニルエタノール-18O:100mgと(S)-1-フェニルエタノール:100mgの混合物:61mg(0.5mmol)とリパーゼ1:10mgを無水ジエチルエーテル:3mLに溶解させた。酢酸ビニル:129mg(0.75mmol)を加えて40℃で22時間反応させ、下式(29)に示す速度論的光学分割アシル化反応を行った。
【0064】
【0065】
実施例1で使用した反応基質である混合物について、NR,eR,ER,NS,eS,ESの各値を表1に示す。表1に示す各値NR,eR,ER,NS,eS,ESからeM,EM,Epro,100%,Ereact,100%を算出し、式(22)、式(24)で表されるそれぞれの検量線の傾き及び切片を決定し、検量線の方程式をそれぞれ得た。
【0066】
次いで、アシル化反応後の反応液をMgSO4でろ過し、ろ液をGC-MSで分析することで、Ereact,Eproを測定した。Ereact,Eproの各測定値を表1に示す。
次いで、Ereact,Eproの各測定値を得られた検量線の方程式に代入し、未反応物に含まれているR体の鏡像体過剰率:ereact、生成物に含まれているS体の鏡像体過剰率:eproを算出した。算出結果を表2に示す。
ここで、ereactは未反応物に含まれている(R)-1-フェニルエタノール-18Oの鏡像体過剰率であり、eproは生成物に含まれている(S)-1-フェニルエタノールのアシル保護体の鏡像体過剰率である。
【0067】
図2は、実施例1において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
図2中、左側の図は、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれるアルコール((R)-1-フェニルエタノール-
18O)のマススペクトルであり、右側の図は、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれるアシル保護体((S)-1-フェニルエタノールエタノイルエステル)のマススペクトルである。
【0068】
(実施例2)
不斉触媒としてリパーゼ1の代わりにリパーゼ2を使用した以外は、実施例1と同様にして未反応物に含まれているR体の鏡像体過剰率:e
react、生成物に含まれているS体の鏡像体過剰率:e
proを算出した。算出結果を表2に示す。
図3は、実施例2において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
図3中、左側の図は、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれるアルコール((R)-1-フェニルエタノール-
18O)のマススペクトルであり、右側の図は、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれるアシル保護体((S)-1-フェニルエタノールエタノイルエステル)のマススペクトルである。
【0069】
(実施例3)
不斉触媒としてリパーゼ1の代わりにリパーゼ3を使用した以外は、実施例1と同様にして未反応物に含まれているR体の鏡像体過剰率:e
react、生成物に含まれているS体の鏡像体過剰率:e
proを算出した。算出結果を表2に示す。
図4は、実施例3において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
図4中、左側の図は、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれるアルコール((R)-1-フェニルエタノール-
18O)のマススペクトルであり、右側の図は、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれるアシル保護体((S)-1-フェニルエタノールエタノイルエステル)のマススペクトルである。
【0070】
【0071】
【0072】
(実施例4)
不斉触媒として用いるリパーゼ1をデシケーターで3時間減圧乾燥した。(R)-1-フェニルエタノール-18Oエタノイルエステル:100mgと(S)-1-フェニルエタノールエタノイルエステル:100mgの混合物:0.5mmolとリパーゼ1:10mgを、無水ジエチルエーテル:1mLとpH=7のリン酸緩衝溶液:2mLの混合溶媒に溶解させ、40℃で21時間、下式(30)に示す速度論的光学分割脱アセチル化反応を行った。
【0073】
【0074】
実施例4で使用した反応基質である混合物について、NR,eR,ER,NS,eS,ESの各値を表3に示す。表3に示す各値NR,eR,ER,NS,eS,ESからeM,EM,Epro,100%,Ereact,100%を算出し、式(22)、式(24)で表されるそれぞれの検量線の傾き及び切片を決定し、検量線の方程式を得た。
次いで、脱アシル化反応後の反応液をMgSO4でろ過し、ろ液をGC-MSで分析することで、Ereact、Eproを測定した。Ereact,Eproの各測定値を表3に示す。
次いで、Ereact,Eproの各測定値を得られた検量線の方程式に代入し、未反応物に含まれているR体の鏡像体過剰率:ereact、生成物に含まれているS体の鏡像体過剰率:eproを算出した。算出結果を表4に示す。
ここで、ereactは未反応物に含まれている(S)-1-フェニルエタノールのアシル保護体の鏡像体過剰率であり、eproは生成物に含まれている(R)-1-フェニルエタノール-18Oの鏡像体過剰率である。
【0075】
図5は、実施例4において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
図5中、左側の図は、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれるアルコール((S)-1-フェニルエタノール)のマススペクトルであり、右側の図は、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれるアシル保護体((R)-1-フェニルエタノール-
18Oエタノイルエステル)のマススペクトルである。
【0076】
(実施例5)
アシル保護体として(R)-1-フェニルエタノール-
18Oトリデカノイルエステル及び(S)-1-フェニルエタノールトリデカノイルエステルを含む混合物を反応基質として使用した以外は、実施例4と同様にして未反応物に含まれているR体の鏡像体過剰率:e
react、生成物に含まれているS体の鏡像体過剰率:e
proを算出した。N
R,e
R,E
R,N
S,e
S,E
Sの各値;E
react,E
proの各測定値を表3に示し、鏡像体過剰率の算出結果を表4に示す。
図6は、実施例5において質量分析によって光学異性体の同位体濃縮度を測定した際のマススペクトルである。
図6中、左側の図は、反応基質が化学反応した後の生成物に含まれるアルコール((S)-1-フェニルエタノール-
18O)のマススペクトルであり、右側の図は、反応基質が化学反応した後の未反応物に含まれるアシル保護体((R)-1-フェニルエタノール-
18Oトリデカノイルエステル)のマススペクトルである。
【0077】
【0078】
【0079】
キラルカラムを用いた従来法による測定値を表5に示す。各実施例における鏡像体過剰率の測定値は、キラルカラムを用いた従来法による測定値と概ね一致した。
【0080】
【0081】
以上説明した実施例の結果から、本発明の鏡像体過剰率の測定方法によれば、反応基質が化学反応した後の生成物又は未反応物に含まれている光学異性体の鏡像体過剰率を正確に測定できることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、創薬分野、有機化合物の不斉反応の分野における鏡像体過剰率の測定及び評価に適用できる。