(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20231101BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
(21)【出願番号】P 2021505125
(86)(22)【出願日】2020-03-12
(86)【国際出願番号】 JP2020010761
(87)【国際公開番号】W WO2020184654
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-11-24
(31)【優先権主張番号】P 2019045669
(32)【優先日】2019-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
(72)【発明者】
【氏名】西林 景仁
(72)【発明者】
【氏名】榛原 照男
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
(72)【発明者】
【氏名】小山田 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】小林 孝之
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
【審査官】今井 聖和
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-218994(JP,A)
【文献】国際公開第2016/091718(WO,A1)
【文献】特開2014-053610(JP,A)
【文献】特開2009-158931(JP,A)
【文献】特開2007-123597(JP,A)
【文献】特開2014-047417(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al又はAl合金からなる芯線と、当該芯線の外周にAg、Au又はそれらを含む合金からなる被覆層を有し、ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面に対して結晶方位を測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<111>の方位比率が30~90%であることを特徴とするボンディングワイヤ。
【請求項2】
ワイヤの表面粗度がRzで2μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記被覆層の厚みが1~100nmであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のボンディングワイヤ。
【請求項4】
ワイヤ線径が50~600μmであることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のボンディングワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボンディングワイヤに関するものであり、特に、Al芯線の表面に被覆層を有する金属被覆Alボンディングワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体装置では、半導体素子上に形成された電極と、リードフレームや基板上の電極との間をボンディングワイヤによって接続している。ボンディングワイヤに用いる材質として、超LSIなどの集積回路半導体装置では金(Au)や銅(Cu)が用いられ、一方でパワー半導体装置においては主にアルミニウム(Al)が用いられている。例えば、特許文献1には、パワー半導体モジュールにおいて、300μmφのアルミニウムボンディングワイヤ(以下「Alボンディングワイヤ」という。)を用いる例が示されている。また、Alボンディングワイヤを用いたパワー半導体装置において、ボンディング方法としては、半導体素子上電極との接続とリードフレームや基板上の電極との接続のいずれも、ウェッジ接合が用いられている。
【0003】
AlボンディングワイヤはAuボンディングワイヤに比較して安価である反面、高湿度の中では酸化し、劣化しやすくなるため、高価な真空または不活性ガスを封入したパッケージが必要で、安価な樹脂パッケージを使用できない。また、Alボンディングワイヤを用いるパワー半導体装置は、エアコンや太陽光発電システムなどの大電力機器、車載用の半導体装置として用いられることが多い。これらの半導体装置においては、Alボンディングワイヤの接合部は100~300℃の高温にさらされる。Alボンディングワイヤとして高純度のAlのみからなる材料を用いた場合、このような温度環境ではワイヤが軟化しやすいため、高温環境で使用することが困難であった。特許文献2には、金被覆アルミニウムボンディングワイヤの製造方法が記載されている。アルミニウムボンディングワイヤに金被覆することにより、コストの安い樹脂パッケージにも適用することができ、アルミニウムワイヤであるにもかかわらずボールボンディングが可能になるとしている。
【0004】
ボンディングワイヤを製造するに際しては、ダイスを用いた伸線処理が行われる。Al又はAl合金ボンディングワイヤについても同様である。Al又はAl合金ボンディングワイヤをダイスを用いて伸線する際、Al、Al合金は軟質であるため、ダイスによる摩耗でアルミニウムの摩耗粉が発生する。この摩耗粉が原因で、それ以降に伸線されるワイヤ表面に疵を発生させたり、軸上偏芯等の問題があった。特許文献2に記載のように、Alワイヤの表面にAuを被覆することにより、AuはAlよりも硬質であるため、伸線時の摩耗粉発生を防止することができる。
【0005】
特許文献3には、Al又はAl合金からなる芯線を有するボンディングワイヤにおいて、芯線を被覆する被覆層Aを有し、被覆層Aを構成する金属が、Mo、Nb、Cr、Co、Ti、Zr、Ta、Fe又はそれらの合金からなるものが開示されている。被覆層Aを有することにより、ダイスを用いた伸線時に削れによる摩耗粉を発生させることがない。さらに、安価な樹脂パッケージに使用したとき、Au被覆ではAl芯線の腐食が発生するのに対し、被覆金属にMo等を用いた結果としてAl芯線に腐食が発生することがない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2002-314038号公報
【文献】特開平8-241907号公報
【文献】特開2014-82369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、2に記載するような、被覆層を有するAlボンディングワイヤを用いた半導体装置であっても、半導体装置を作動した高温状態において、ボンディングワイヤの接合部の接合信頼性が十分に得られないことがあった。
【0008】
本発明は、金属被覆Alボンディングワイヤを用いた半導体装置を作動した高温状態において、ボンディングワイヤの接合部の接合信頼性が十分に得られる金属被覆Alボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]Al又はAl合金からなる芯線と、当該芯線の外周にAg、Au又はそれらを含む合金からなる被覆層を有し、ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面に対して結晶方位を測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<111>の方位比率が30~90%であることを特徴とするボンディングワイヤ。
[2]ワイヤの表面粗度がRzで2μm以下であることを特徴とする[1]に記載のボンディングワイヤ。
[3]前記被覆層の厚みが1~100nmであることを特徴とする[1]又は[2]に記載のボンディングワイヤ。
[4]ワイヤ線径が50~600μmであることを特徴とする[1]~[3]のいずれか1つに記載のボンディングワイヤ。
【発明の効果】
【0010】
本発明のボンディングワイヤは、Al又はAl合金からなる芯線と、当該芯線の外周にAg、Au又はそれらを含む合金からなる被覆層を有し、ワイヤ長手方向に垂直な断面において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の方位比率が30~90%であることにより、当該ボンディングワイヤを用いた半導体装置を作動した高温状態において、ボンディングワイヤの接合部の接合信頼性が十分に得られる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、Al又はAl合金からなる芯線(以下単に「Al芯線」ともいう。)と、当該芯線の外周にAg、Au又はそれらを含む合金からなる被覆層(以下単に「Ag、Au被覆層」ともいう。)を有する金属被覆Alボンディングワイヤを対象とする。
【0012】
本発明のボンディングワイヤは、芯線としてAl又はAl合金からなる芯線を有している。Alを用いる場合、芯線のAl含有量は99.9質量%以上となる。Al合金を用いる場合、Al-Si、Al-Feなどの合金が使用され、Al合金の場合のAl含有量は90質量%以上である。芯線を構成する含有成分は、上記Al又はAl合金を構成する成分に加え、不可避不純物を含有している。
ボンディングワイヤ製造時の熱処理により、被覆層と芯線との境界には、被覆層金属と芯線金属との拡散領域が形成されることがある。拡散領域において、被覆層側から中心に向けて、被覆層金属含有量が漸減するとともに、芯線金属含有量が漸増する。本発明において、芯線金属含有量が50at%となった位置を被覆層と芯線との境界と定義する。芯線と被覆層との境界に上記拡散領域が形成されている場合には、芯線中の当該拡散領域において、芯線中には被覆層の成分を含有しており、その含有量は50at%以下である。
【0013】
被覆層を構成する含有成分は、Ag、Au又はそれらを含む合金であり、これに不可避不純物が含まれる。被覆層を構成する含有成分として、Ag、Au又はそれらを含む合金を用いることにより、接合性が良く、高い接合強度が得られる。Ag又はAuを含む合金とする場合、合金中におけるAg又はAuの含有量は50質量%以上とし、合金成分としてはAlを含み得る。芯線と被覆層との境界に前記拡散領域が形成されている場合には、被覆層中の当該拡散領域において、被覆層中には芯線の成分を含有しており、その含有量は50at%以下である。
【0014】
特許文献1に記載の発明は、Au被覆Alボンディングワイヤを用いることにより、コストの安い樹脂パッケージにも適用することができ、Alワイヤであるにもかかわらずボールボンディングが可能になるとしている。また特許文献2に記載の発明は、Mo等からなる被覆層を有するAlボンディングワイヤにおいて、ダイスを用いた伸線時に削れによる摩耗粉を発生させることなく、さらに安価な樹脂パッケージに使用してもAl芯線に腐食が発生することがない。
【0015】
Ag又はAu被覆Alボンディングワイヤを用いた半導体装置において、半導体装置を高温状態において長時間作動させると、ボンディングワイヤの接合部の接合強度が低下する現象が見られ、即ち接合信頼性が十分に得られないことが判明した。高温長時間作動後の半導体装置のボンディングワイヤ断面を観察すると、高温環境により再結晶が起こり、結晶粒径は大きくなり、また後述する結晶<111>方位比率が減少するため、ワイヤ強度が初期と比べて低下し、これによって接合界面での剥離現象が生じ、接合部の信頼性が低下したものと推定された。
【0016】
これに対して、本発明では、Al芯線の外周にAg、Au被覆層を有する金属被覆Alボンディングワイヤにおいて、ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面に対して結晶方位を測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<111>の方位比率(以下単に「結晶<111>方位比率」ともいう。)が30~90%とする。これにより、半導体装置を高温環境で長時間使用し続けたときにおいても、高温長時間作動後の半導体装置において接合部の信頼性を確保することができる。以下、詳細に説明する。
【0017】
高温長時間履歴後の接合部信頼性評価試験について説明する。
使用する金属被覆Alボンディングワイヤとして、Au被覆AlボンディングワイヤとAg被覆Alボンディングワイヤを準備した。被覆層の被覆厚みはいずれも50nmとした。伸線後のワイヤ線径は200μmである。伸線工程の途中で熱処理を実施しあるいは実施せず、熱処理を実施する場合は冷却条件を緩冷と急冷の2種類とし、伸線後のワイヤに調質熱処理を施した。伸線途中の熱処理条件と伸線後の調質熱処理条件を変動させることにより、結晶<111>方位比率を種々変更した。
【0018】
半導体装置において、半導体チップとボンディングワイヤとの間の第1接合部、外部端子とボンディングワイヤとの間の第2接合部ともにウエッジボンディングとした。
【0019】
高温長時間履歴は、パワーサイクル試験によって行った。パワーサイクル試験は、Alボンディングワイヤが接合された半導体装置について、加熱と冷却の繰り返しを行う。加熱は、半導体装置におけるボンディングワイヤの接合部の温度が140℃になるまで2秒間かけて加熱し、その後、接合部の温度が30℃になるまで5秒間かけて冷却する。この加熱・冷却のサイクルを20万回繰り返す。
【0020】
上記高温長時間履歴後、第1接合部の接合シェア強度を測定し、接合部信頼性の評価を行った。その結果、結晶<111>方位比率が30~90%であるとき(本発明条件)、Au被覆とAg被覆のいずれも、接合部シェア強度が初期と比べて90%以上であり、接合部の信頼性を十分に確保することができた。これに対し、上記本発明条件を外れる場合は、接合部シェア強度が初期と比べて50%未満であり、接合部の信頼性が不十分であった。
【0021】
《ワイヤの結晶<111>方位比率》
本発明においては、ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面に対して結晶方位を測定した結果において、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<111>の方位比率(結晶<111>方位比率)が30~90%である。ここで、ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面とは、ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面(C断面)を意味する。結晶<111>方位比率の測定には、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)を用いることができる。ワイヤ軸に垂直方向の芯材断面(ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面)を検査面とし、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、結晶<111>方位比率を算出できる。その方位比率の算出法について、測定エリア内である信頼度を基準に同定できた結晶方位だけの面積を母集団として算出する<111>方位の面積割合を、結晶<111>方位比率とした。方位比率を求める過程では、結晶方位が測定できない部位、あるいは測定できても方位解析の信頼度が低い部位等は除外して計算した。
結晶<111>方位比率が90%以下であれば、伸線時の調質熱処理による再結晶が適度に進行し、ワイヤが軟化し、ボンディング時のチップ割れの発生、接合部の接合性の低下、高温長時間使用時の信頼性の低下などを防止することができる。一方、結晶<111>方位比率が30%未満であると、ワイヤの再結晶が進行しすぎていることを示し、接合部の信頼性が低下し、高温長時間使用時の信頼性が低下することとなる。
ワイヤ伸線の過程で熱処理を行い、熱処理後に急冷することにより、適切な被覆厚みを有することと伸線後の調質熱処理とが相まって、ワイヤ長手方向に垂直な断面における結晶<111>方位比率を30~90%とすることができる。結晶<111>方位比率は、好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上である。結晶<111>方位比率はまた、好ましくは80%以下、さらに好ましくは70%以下である。
【0022】
《ワイヤの表面粗度》
本発明で好ましくは、ワイヤの表面粗度がRzで2μm以下である。ワイヤ表面にAg、Au又はそれらを含む合金からなる被覆層を形成した上で伸線を行い、被覆層の厚みを1nm以上とすることにより、表面粗度Rzを2μm以下とすることができる。表面粗度Rzを2μm以下とすることにより、ボンディング時の電極との接合性を向上することができる。表面粗度Rzは、JIS B 0601-2001に規定される最大高さRzである。非接触の超深度形状測定顕微鏡によりワイヤの長手方向の粗度によって評価することができる。
【0023】
《被覆層の厚み》
本発明の金属被覆Alボンディングワイヤにおいて、被覆層の厚みが1~100nmであると好ましい。これにより、ダイスを用いた伸線時に削れによる摩耗粉を発生させることなく、ダイス摩耗の悪化を防止するとともに、ワイヤの表面粗度Rzを低下するという効果を十分に発揮することができる。
被覆層厚みが薄すぎると、被覆層を形成したことによる効果を発揮することができず、ダイス摩耗が悪化し、ワイヤの表面粗度が悪化し、結果としてボンディング時の電極との接合性も悪化することとなる。被覆層の厚みが1nm以上であれば、本発明の被覆層の作用効果を発揮することができる。被覆層の厚みが10nm以上であればより好ましく、20nm以上であればさらに好ましい。
一方、被覆層の厚みが厚すぎると、伸線時の抵抗が小さく、Al芯線の加工度が小さくなることから、ワイヤの<111>方位比率が低下することとなる。被覆層の厚みが100nm以下であれば、本発明の被覆層の作用効果を発揮することができる。被覆層の厚みが40nm以下であればより好ましく、30nm以下であればさらに好ましい。
後述するワイヤ直径をD(μm)としたとき、被覆層の厚みd(nm)は、好ましくは0.02D超、より好ましくは0.03D以上、0.04D以上又は0.05D以上である。また、被覆層の厚みd(nm)は、好ましくは0.2D以下、より好ましくは0.18D以下、0.16D以下又は0.15D以下である。特に、ワイヤ直径D(μm)と被覆層厚みd(nm)とが、0.05D≦d≦0.15Dの関係を満たすと、被覆層を形成したことによる上記効果を格別顕著に享受し得るため好適である。
【0024】
《ワイヤ直径》
本発明において好ましくは、ボンディングワイヤ直径が50~600μmである。パワー系デバイスには大電流が流れるため一般的に50μm以上のワイヤが使用されるが、600μmを超えると扱いづらくなることやワイヤボンダーが対応していないため、600μm以下のワイヤが使用されている。
【0025】
《ワイヤ成分》
本発明のAlボンディングワイヤは、純Al、Al合金を問わず、適用することができる。Al合金としては、Fe、Si等を添加元素とすることができ、例えば、Al-Fe合金、Al-Si合金が挙げられ、Al含有量は好ましくは95質量%以上、96質量%以上、97質量%以上、98質量%以上又は98.5質量%以上である。Al合金の好適例としてはAl-0.5質量%Fe合金、Al-1質量%Si合金が挙げられる。
【0026】
《ボンディングワイヤの製造方法》
まず、芯線の組成にあわせ、高純度のAl(純度99.99%以上)と添加元素原料を出発原料として秤量した後、これを高真空下もしくは窒素やAr等の不活性雰囲気下で加熱して溶解することで、所定の成分を含有し、残部がAl及び不可避不純物であるインゴットを得る。このインゴットを最終的に必要とする芯線の直径まで金属製のダイスを用いて伸線する。
【0027】
芯線の表面に被覆層を形成する手法としては、電解めっき、無電解めっき、蒸着法等が利用できるが、生産性の観点から電解または無電解めっきを利用するのが工業的には最も好ましい。芯線の表面に被覆層を被着する段階については、インゴットの段階で被着すると最も好ましいが、芯線の途中段階で所定の線径まで伸線し、ダイスによるAl摩耗粉の発生が認められたあとの段階で被着し、最終線径まで伸線することとしても良い。
【0028】
本発明のボンディングワイヤは、常法の圧延と伸線加工に加え、伸線途中で熱処理とその後の急冷処理を行う。熱処理は、ワイヤ径が1mm程度の段階で行うことができる。伸線中熱処理条件は、600~640℃、2~3時間とすると好ましい。熱処理後の急冷処理は、水中にて急冷する。伸線途中でこのような熱処理とその後の急冷却を行うことにより、ワイヤの被覆層膜厚が厚すぎないこととあいまって、下記調質熱処理後において結晶<111>方位比率を本発明の範囲内とすることができる。
【0029】
熱処理を行わないと、下記調質熱処理後において結晶<111>方位比率が上限に外れることとなる。特に被覆層の膜厚が薄い場合に顕著である。また、熱処理を行っても冷却条件を緩冷却した場合、または熱処理温度が高すぎる場合は、下記調質熱処理後において結晶<111>方位比率が下限に外れることとなる。特に被覆層の膜厚が厚い場合に顕著である。
【0030】
伸線加工中と伸線加工後の一方又は両方において、調質熱処理を行う。調質熱処理の温度を高くし、時間を長くするほど、結晶<111>方位比率を低下させることができる。熱処理温度250~350℃の範囲、熱処理時間5~15秒の範囲において、好適な結晶<111>方位比率を実現するように、調質熱処理条件を選択することができる。
【実施例】
【0031】
ボンディングワイヤの原材料として、芯線に用いたAl、被覆層に用いたAu、Agとして純度が99.99質量%以上の素材をそれぞれ用意した。Alを加熱して溶解することでインゴットを鋳造し、このワイヤ表面に被覆層を電解めっき方法で形成した。その後、伸線を行うとともに、伸線中の熱処理及び伸線後の調質熱処理を行って、表1に示す最終線径のボンディングワイヤを作製し、被覆層を実施例記載の厚みに制御した。
【0032】
伸線中の熱処理については、ワイヤ径が800μmの段階で熱処理を行い、本発明例では620℃、3時間、急冷(水冷)とし、比較例1~4では冷却条件を緩冷(空冷)とし、比較例5、6では熱処理なしとした。また、伸線後の調質熱処理条件は、標準条件を270±10℃の範囲、10秒とし、本発明例No.19、20(被覆層の厚みが本発明好適範囲よりも厚い)については、結晶<111>方位比率を調整するため、調質熱処理条件を標準条件よりも低温とした。
【0033】
できあがったボンディングワイヤにおける被覆層の厚みは、ICP分析によって平均膜厚を測定した。被覆層の金属種と厚みをそれぞれ表1に記載した。
【0034】
結晶<111>方位比率(ワイヤ長手方向に垂直な断面において、結晶<111>方位とワイヤ長手方向との角度差が15°以内である結晶の方位比率)の測定は、ボンディングワイヤ長手方向に垂直な断面においてEBSDによる測定を行い、装置に付属している解析ソフトを利用することにより、前述の手順で結晶<111>方位比率を算出した。
【0035】
ワイヤの表面粗度Rzは、JIS B 0601-2001の規定に基づき、非接触の超深度形状測定顕微鏡によりワイヤの長手方向の粗度として評価した。
【0036】
ダイス摩耗の評価は、ワイヤ線径の増大量を測定することにより行った。所定の長さのワイヤを伸線した後にワイヤ線径を測定し、目的とする線径よりもどの程度線径が増大しているかを確認し、線径増大の程度が小さい順に◎、○、△と評価した。
【0037】
ボンディングワイヤの接続には、市販のウェッジボンダーを使用した。評価用のサンプルは銅基板上にSiCチップをマウントしたものを用いた。SiCチップ上には予めSiCチップ側からチタン、ニッケル、アルミニウムを蒸着形成し、それぞれ厚さ0.1,2,4μmとした。
【0038】
ボンディングワイヤの接合性をウェッジボンディング性によって評価した。具体的には、シェア強度について評価を行った。シェア強度については、ウェッジ接合された状態のボンディングワイヤをワイヤに垂直な方向にせん断歪を加え、破断に至るまでの最大強度を記録した。初期の接合強度の95%以上であれば◎、90%~95%であれば○、70%~90%であれば△とし、いずれも合格とした。70%未満を不合格とした。
【0039】
高温長時間履歴は、パワーサイクル試験によって行った。パワーサイクル試験は、Alボンディングワイヤが接合された半導体装置について、加熱と冷却の繰り返しを行う。加熱は、半導体装置におけるボンディングワイヤの接合部の温度が140℃になるまで2秒間かけて加熱し、その後、接合部の温度が30℃になるまで5秒間かけて冷却する。この加熱・冷却のサイクルを20万回繰り返す。
上記高温長時間経過後、第1接合部の接合シェア強度を測定し、接合部信頼性の評価を行った。シェア強度測定は初期の接合部のシェア強度との比較として行った。初期の接合強度の95%以上を◎とし、90%~95%を○とし、70%~90%を△とし、70%未満を×として、表1の「信頼性試験」欄に記載した。◎と○を合格とし、それ以外を不合格とした。
【0040】
【0041】
結果を表1に示す。本発明範囲から外れる数値に下線を付している。
【0042】
本発明例No.1~22はいずれも、結晶<111>方位比率が本発明範囲内にあり、ダイス摩耗、接合性、信頼性試験のいずれも良好な結果であった。本発明例No.1~18は特に、被覆層の厚さが本発明の好適範囲内にあり、信頼性試験がいずれも良好であった。さらに本発明例No.2、5、8、11、14、17は、被覆層の厚さと結晶<111>方位比率がより好適な範囲内にあり、ダイス摩耗、接合性、信頼性試験のいずれも◎の評価を得ることができた。
本発明例No.19、20は、被覆層の厚さが本発明の好適条件よりも厚く、調質熱処理を標準条件よりも低温として結晶<111>方位比率を本発明範囲内としたものの、接合性評価結果が△であった。
被覆層の厚さが好適下限を下回っているNo.21、22については、ダイス摩耗、表面性状と接合性の評価結果が△であった。
【0043】
比較例No.1、2は、被覆層の厚さが本発明の好適条件よりも厚く、調質熱処理を標準条件のままとしたために結晶<111>方位比率が本発明範囲の下限を外れ、信頼性試験結果が△(不合格)であるとともに、接合性が△であった。
比較例No.3、4は、伸線中の熱処理後の冷却条件を緩冷(空冷)としたため、結晶<111>方位比率が本発明範囲の下限を外れ、信頼性試験結果が×であるとともに、ダイス摩耗、接合性の何れも△であった。
比較例No.5、6は、伸線中の熱処理を行わなかったため、結晶<111>方位比率が本発明範囲の上限を外れ、信頼性試験結果が×であるとともに、ダイス摩耗、接合性の評価結果がいずれも△であった。