(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-31
(45)【発行日】2023-11-09
(54)【発明の名称】Si被膜を有する銅合金粉及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/16 20220101AFI20231101BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20231101BHJP
B22F 1/05 20220101ALI20231101BHJP
B22F 10/34 20210101ALI20231101BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20231101BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20231101BHJP
B22F 10/28 20210101ALN20231101BHJP
B22F 10/25 20210101ALN20231101BHJP
【FI】
B22F1/16
B22F1/00 L
B22F1/05
B22F10/34
B33Y70/00
C22C9/00
B22F10/28
B22F10/25
(21)【出願番号】P 2022195930
(22)【出願日】2022-12-07
(62)【分割の表示】P 2022532554の分割
【原出願日】2021-06-25
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2020110405
(32)【優先日】2020-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 裕文
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 義孝
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-173058(JP,A)
【文献】国際公開第2019/044073(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/239655(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第109794602(CN,A)
【文献】国際公開第2019/064745(WO,A1)
【文献】特開2006-028565(JP,A)
【文献】特開2017-025392(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-12/90
C22C 9/00
C22C 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr、Zr、Nbのうちいずれか一種以上の元素を合計15wt%以下含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であ
り、XPS分析によりCuのLMMスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在することを特徴とする銅合金粉末。
【請求項2】
Crを15wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であ
り、XPS分析によりCuのLMMスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在することを特徴とする銅合金粉末。
【請求項3】
Crを12wt%以下、Zrを3wt%以下、含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であ
り、XPS分析によりCuのLMMスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在することを特徴とする銅合金粉末。
【請求項4】
Crを8wt%以下、Nbを7wt%以下、含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であ
り、XPS分析によりCuのLMMスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在することを特徴とする銅合金粉末。
【請求項5】
前記Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉末において、酸素濃度が2000wtppm以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項6】
前記Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉末において、XPS分析によりSiの2pスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:101~105eVに最大ピーク強度が存在する請求項1~5のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項7】
前記Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉末において、ラマン分析により解析したとき、ラマンシフト:1000~2000cm
-1の範囲の最大散乱強度値が1200~1850cm
-1に存在する請求項1~
6のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項8】
前記銅合金粉末において、平均粒子径D50(メジアン径)が10μm以上150μm以下であることを特徴とする請求項1~
7のいずれか一項に記載の銅合金粉末。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれか一項に記載の銅合金粉末の製造方法であって、シラン系カップリング剤を含む溶液に銅合金粉末を浸漬して、当該銅合金粉末にSi原子を含む被膜を形成後、1000℃以下で加熱することを特徴とする銅合金粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Si被膜を有する銅合金粉及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年3Dプリンタ技術を用いて、複雑形状で造形が難しいとされる立体構造の金属部品を作製する試みが行われている。3Dプリンタは積層造形(AM)法とも呼ばれ、その方法の1つとして、基板上に金属粉末を薄く敷き詰めて金属粉末層を形成し、この金属粉末層に2次元データを基に選択的にレーザービーム又は電子ビームを走査して、溶融、凝固させ、さらにその上に、新たな粉末を薄く敷き詰め、同様にレーザービーム又は電子ビームを走査して、溶融、凝固させ、これを繰り返し行うことで複雑形状の金属造形物を作製する方法である。
【0003】
積層造形物として、導電率や熱伝導率に優れた純銅粉末や銅合金粉末を用いる取り組みが行われている。この場合、純銅粉末及び銅合金粉末にレーザービームを照射して、積層造形するが、純銅粉末及び銅合金粉末はレーザー吸収率が低く、また、熱伝導率が高く、熱の逃げが大きいため、通常のレーザー出力では純銅粉末及び銅合金粉末を十分に溶融できず、積層造形が困難という問題があった。また、純銅粉末及び銅合金粉末を溶融させるために、ハイパワーレーザーを用いて、長時間照射することも考えられるが、その場合、レーザーの負荷が大きく、生産性が悪いという問題があった。
【0004】
特許文献1には、レーザーの吸収率を高めるために、銅のアトマイズ粉を酸化雰囲気で加熱することで酸化被膜を設ける技術が開示されている。特許文献1は、酸化被膜によりレーザー吸収率を高めることができるという優れた技術であるが、一方、造形中にスラグ(酸化銅)を形成し、溶融せずに残存して、最終的に積層造形物内に空隙(ポア)を生じさせて、密度を低下させるということがあった。さらに酸化の度合いによって、レーザー吸収率が変化するために、レーザー条件などを都度、調整する必要が生じた。
【0005】
また、特許文献2には、造形用粉末として、銅(Cu)に、所定量のクロム(Cr)を添加した銅合金粉末を用いることにより、純銅よりも熱伝導率が低下させて、造形を容易にする技術が記載されている。このように銅に合金元素を添加することで、造形は純銅の造形時よりも容易になるが、銅合金の製品として使用するためには十分な密度や導電率を達成できない問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-178239号公報
【文献】特開2019―44260号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、レーザービーム方式による積層造形に用いる銅合金粉末であって、レーザー吸収率をより高くすることができ、かつ、ネッキングを通じた熱伝導を抑制できる、銅合金粉末及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、Cr、Zr、Nbのうちいずれか一種以上の元素を合計15wt%以下含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉
末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であることを特徴とする銅合金粉末である。
【0009】
本発明の別の一態様は、Crを15wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であることを特徴とする銅合金粉末。
【0010】
本発明の別の一態様として、Crを8wt%以下、Nbを7wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であることを特徴とする銅合金粉末、を提供する。
【0011】
本発明の別の一態様として、Crを12wt%以下、Zrを3wt%以下、含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であることを特徴とする銅合金粉末。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、レーザービーム方式による積層造形において、該積層造形に用いる金属粉末のレーザーの吸収率をより向上させることができ、かつ、ネッキングを通じた熱伝導を抑制できる。これにより、緻密な(高い相対密度を有する)積層造形物を作製できることが期待できる。また、低出力のレーザービームによっても、十分に金属粉末を溶融させることができることとなり、レーザーへの負荷の軽減が期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
レーザービーム方式による積層造形で純銅や銅合金粉末を造形する場合、銅はレーザー吸収率が低いため十分な入熱ができず、粉末が溶融しきれない問題があった。また、銅は熱伝導率が高いため、造形範囲が溶融しきれない可能性があった。このようなことから、純銅に酸化処理することでレーザーの吸収率を向上させる取り組み(特許文献1)や純銅に異種金属を添加して合金化することで、熱伝導率を低下させる取り組み(特許文献2)が行われている。
【0014】
上記いずれの取り組みも、金属粉末をレーザービーム溶融させる上である程度の効果があるものの、レーザー吸収率の向上が十分なものとは言いがたく、高密度の積層造形物を製造するためには、他の条件(レーザー出力、スキャン速度等の条件)を調整する必要があった。本発明者は、このような問題について鋭意研究したところ、銅合金粉末に所定量のSiの被膜を形成することで、レーザー吸収率をより高めることができ、また、銅合金粉末同士のネッキングの形成を抑制でき、ネッキングを通じた熱逃げ(熱伝導)を制限できるとの知見が得られた。
レーザービーム方式による積層造形において、レーザー吸収率の向上は、効率的な入熱を行うことが期待できる。また、ネッキングを通じた熱逃げの抑制は、銅合金粉末を効率よく溶融させることができ、より高密度で高精細な積層造形物を得ることが期待できる。さらに、低レーザー出力で高密度の積層造形物が得られるため、レーザーの負荷低減を期待できる。
【0015】
以下の説明では、本発明の理解を深めるために、本実施形態について、ある程度詳細に説明するが、添付の特許請求の範囲内でいくらかの変更及び変形をおこなってもよいことは明らかである。また、本実施形態は、本明細書に示した詳細に限定されないことはいう
までもない。
【0016】
本実施形態に係る銅合金粉末として、Cr、Zr、Nbのうち、いずれか一種以上の元素を合計15wt%以下含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末であって、前記銅合金粉末にSi原子を含む被膜が形成され、前記被覆された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上、700wtppm以下であることを特徴とする。前記合金元素の合計含有量が15wt%以下であれば、導電率の不必要な低下を防止することができる。
【0017】
好ましくは、以下に掲げる銅合金粉末を用いることができる。
1)Crを15wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末。
2)Crを8wt%以下、Nbを7wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末。
3)Crを12wt%以下、Zrを3wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末。
4)Zrを3wt%以下含有し、残部Cu及び不可避的不純物からなる銅合金粉末。
【0018】
銅(Cu)を合金化することで、純銅からなる積層造形物に比べて機械特性の向上も見込める。一方、合金元素の含有量が大きすぎる場合、粗大な金属間化合物等が析出し、積層造形物の機械特性や導電率を損なうことにつながる。積層造形物の機械特性や導電率を損なうことがない合金元素の含有量は、Crが15wt%以下、Nbが7wt%以下、Zrが3wt%以下である。したがって、それぞれの合金元素の含有量を上記数値範囲内とすることで、機械特性と導電率を大きく低下させないことが見込まれる。また、これまでの知見により、Ni、Si、W、Moも、上記と同様の効果を期待できる合金元素の候補になると見込まれる。
【0019】
本実施形態に係る銅合金粉末は、Si原子を含む被膜が形成されていることを特徴とする。Si原子を含む被膜が形成されていることは、銅合金粉末の断面をSTEM(走査透過型電子顕微鏡)で観察したとき、銅合金粉末の表面付近にSiを含み、金属元素を含まない被膜が存在することを確認することで判断できる。STEMとして、日本電子製、JEM2100Fを用いることができる。
【0020】
本実施形態に係る銅合金粉末は、Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉であって、該被膜が形成された銅合金粉末において、Si濃度が5wtppm以上700wtppm以下ことを特徴とする。銅合金粉の表面に上記濃度のSi原子を含む被膜を形成することにより、レーザー吸収率の向上が期待できる。Si濃度が5wtppm未満の場合、レーザー吸収率の向上が不十分であり、一方、Si濃度が700wtppm超の場合、造形物の導電率や密度の低下を引き起こす可能性があるため、Si濃度は700wtppm以下にすることが好ましい。
【0021】
本実施形態に係るSi原子を含む被膜が形成された銅合金粉末において、Siは化合物の形態として存在している好ましく、SiO2となっていることがより好ましい。Siが単体で存在している場合、造形後にSiが拡散してしまい、導電率を低下させる可能性があるためである。Siは化合物であって、より安定したSiO2として存在することで、導電率の低下を最小限に抑えることが期待できる。粉末表面に存在するSiの化学結合状態を分析する手法として、XPS(X線光電子分光法)が挙げられる。
【0022】
本実施形態に係る銅合金粉末をXPS分析によりSi(2p)スペクトルを解析したとき、結合エネルギー:101~105eVに最大ピーク強度が存在することが好ましい。Siが単体の場合には、結合エネルギー:98~100eVに最大ピーク強度を検出する
のに対して、Siの化合物の場合には、結合エネルギー:101~105eVに最大ピーク強度が検出される。特にSiO2が存在する場合は、結合エネルギー:103eVに最大ピーク強度を検出される。
【0023】
本実施形態の銅合金粉末において、酸素濃度が2000wtppm以下であることが好ましい。より好ましくは1000wtppm以下である。酸素濃度が高い場合、レーザービームによる積層造形時に、スラグ(酸化物)が残存することにより、最終的に得られる積層造形物の密度を低下させることにつながる。また、造形物中に酸素があることで、機械特性の低下を引き起こす可能性がある。銅合金粉末中の酸素濃度を低減させることにより、そのようなポアの形成を抑制することができ、高密度の積層造形物を得ることが可能となる。
【0024】
本実施形態に係る銅合金粉末をXPSでCuLMMスペクトルを解析したとき、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在することが好ましい。銅が単体の場合は、結合エネルギー:568eV以下に最大ピーク強度が現れるのに対して、酸化銅(I)及び酸化銅(II)は、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が出現する。銅は酸化銅としての形態をとることでレーザー吸収率がさらに良くなり、造形性を向上させる可能性があるため、銅合金粉末表面の銅は、酸化銅(I)、あるいは酸化銅(II)の形態で存在することが好ましい。
【0025】
本実施形態に係る銅合金粉末において、炭素は耐熱性のある構造を持つことが好ましく、グラファイト構造を有することがより好ましい。炭素を含有することで、粉末の熱伝導率を下げることができ、熱の逃げを抑制できる。そして、炭素が耐熱性のある構造を有することで、造形中も放熱抑制をすることができる。特にグラファイト構造を有することによって、レーザー吸収率を高めることができ、造形性を向上させる可能性がある。但し、耐熱性のない有機物などは造形中に消失しやすく放熱を抑制しにくいということがある。
【0026】
炭素の存在状態を分析する手法としてラマン分光法が挙げられる。ラマン測定は上記XPSと同様、表面の原子の結合状態を確認でき、特に炭素の結合に関して、より詳細な分析が可能である。本実施形態に係る銅合金粉末をラマン分光法で測定した際、ラマンシフト:1000~2000cm-1の間の最大散乱強度値がラマンシフト:1200~1850cm-1に確認できることが好ましい。より好ましくは、ラマンシフト:1300~1700cm-1に最大散乱強度を確認できることである。ラマンシフト:1300~1700cm-1に最大散乱強度が現れることで、グラファイト構造を有すると判断することができる。
【0027】
本実施形態は、前記銅合金粉末において、平均粒子径D50(メジアン径)を10μm以上150μm以下とすることが好ましい。平均粒子径D50を10μm以上とすることにより、造形時に粉末が舞い難くなり、粉末の取り扱いが容易になる。一方、平均粒子径D50を150μm以下とすることにより、高精細な積層造形物の製造が容易となる。なお、本明細書中、平均粒子径D50とは画像分析測定された粒度分布において、積算値50%での平均粒子径を意味する。
【0028】
本実施形態に係る銅合金粉末を用いて作製した積層造形物は高導電率等の優れた物性を有することが期待できる。一般に積層造形物の密度が低い場合、積層造形物内に異物が入るため、導電率や機械特性も低くなり、諸物性を悪化させるが、本実施形態に係る銅合金粉末を用いた場合には、低出力で相対密度95%以上の積層造形物を作製することが期待でき、優れた物性を有する積層造形物の製造が期待できる。
【0029】
次に、本実施形態に係る銅合金粉末の製造方法について、説明する。
まず、必要量の銅合金粉末(Cu-Cr、Cu-Cr-Zr、Cu-Cr-Nb等)を準備する。銅合金粉末は平均粒子径D50(メジアン径)が10~150μmのものを用いることが好ましい。平均粒子径は、篩別することで目標とする粒度のものを得ることができる。なお、銅合金粉末は、アトマイズ法を用いて作製することができるが、他の方法で作製されたものでもよく、この方法で作製されたものに限定されない。
【0030】
次に、必要に応じて銅合金粉末に前処理を行う。銅合金粉末には、通常自然酸化膜が形成されているため、目的とする結合が形成され難いことがある。したがって、必要に応じて事前にこの酸化膜を除去(酸洗)することができる。除去方法としては、例えば、希硫酸水溶液に銅合金粉末を浸漬することで、自然酸化膜を除去することができる。酸洗後は、所望により純水によって洗浄することができる。なお、以上の前処理は銅合金粉末に自然酸化膜が形成されている場合に行う処理であって、全ての銅合金粉末に対して、この前処理を施す必要はない。
【0031】
次に、銅合金粉末の表面にSi原子を含む被膜を形成するために、シランカップリング剤などを含む溶液に前記銅合金粉末を浸漬させる。溶液温度(表面処理温度)は5℃~80℃とするのが好ましい。溶液温度5℃未満であると、Siの被覆率が低くなる。また、浸漬時間が長いほど付着するSi濃度は多くなることから、目的とするSi濃度に合わせて浸漬時間を調整するのが好ましい。シランカップリング剤としては、一般に市販されているシランカップリング剤を用いることができ、アミノシラン、ビニルシラン、エポキシシラン、メルカプトシラン、メタクリルシラン、ウレイドシラン、アルキルシラン、カルボキシル基含有のシランなどを用いることができる。
【0032】
シランカップリング剤などを含む溶液として、純水で希釈した0.1~30%の水溶液を用いることができる。溶液の濃度が高いほどSi濃度が多くなることから、目的とするSi濃度に合わせて濃度を調整するのが好ましい。また、所望に撹拌しながら、上記表面処理を行ってもよい。浸漬処理後は、真空又は大気中で加熱して、カップリング反応を起こさせ、その後、乾燥させることで、Si原子を含む被膜を形成する。乾燥温度は、使用するカップリング剤により異なるが、例えば70℃~120℃とすることができる。
【0033】
次に、Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉末を熱処理して、比較的低温で分解する有機物を除去することができる。比較的低温で分解する有機物が粉末に残っていた場合、造形時の熱伝導で被膜が変質する可能性があり、繰り返して粉末を使用できない可能性がある。熱処理温度は、Siが多い場合には高めの熱処理温度とし、Siが少ない場合には熱処理温度を低くすることが望ましく、例えば、400℃以上、1000℃以下とすることができる。熱処理温度が400℃未満の場合には十分に有機物を除去することができないことがある。一方、熱処理温度が1000℃を超える場合には、焼結の進行が早く粉末の状態を維持することができないことがある。また、加熱は真空中(10-3Pa程度)で行うことができる。
【0034】
温度と共に加熱時間を調整することが好ましく、例えば、12時間未満とすることが好ましい。加熱時間を12時間未満とすることで、比較的低温で分解する有機物を除去ができ、かつ高温でも耐えうる炭素化合物を残すことができる。加熱時間が長い場合、炭素が消失しすぎてしまい、保管時に酸化が進行していく可能性がある。
以上により、Si原子を含む被膜が形成された銅合金粉末であって、所望のSi濃度、酸素濃度、を有する銅合金粉末を得ることができる。
【0035】
銅合金粉末の評価方法は、以下の方法を用いることができる。
(Si濃度について)
メーカー:SII社製
装置名:SPS3500DD
分析法:ICP-OES(高周波誘導結合プラズマ発光分析法)
測定サンプル量:1g
測定回数:2回として、その平均値を濃度とする。
【0036】
(酸素濃度について)
メーカー:LECO社製
装置名:ONH分析装置
分析法:非分散型赤外線吸収法
測定サンプル量:1g
測定回数:2回として、その平均値を濃度とする。
【0037】
(Siの結合状態について)
Siが単体で存在しているか、化合物で存在しているかはXPSにより確かめることができる。XPSによりSiの2pスペクトルを確認し、結合エネルギー:101~105eVに最大ピーク強度が存在した場合、Siの化合物が存在すると判断する。
【0038】
(銅と酸素の結合について)
酸化銅の存在はXPSにより確かめることができる。XPSによりCuのLMMスペクトルを確認し、結合エネルギー:569~571eVに最大ピーク強度が存在する場合、酸化銅が存在すると判断する。
【0039】
(炭素の結合について)
グラファイト構造の存在は、ラマン分光法により確認することができる。ラマン分光測定によりラマンシフト:1350~1650cm‐1に最大散乱強度値が存在した場合グラファイト構造が存在すると判断する。
【0040】
(レーザー吸収率について)
銅合金粉末のレーザー吸収率は、以下の装置を用いて分析を行う。
メーカー:島津製作所株式会社
装置名:分光光度計(MPC-3100、粉末ホルダー使用)
測定波長:300-1500mm
スリット幅:20nm
リファレンス:BaSO4
測定物性値:反射率
吸収率(%)=1-(反射率(%))
【0041】
(熱拡散抑制の評価:ネッキング形成)
熱拡散の抑制について、ネッキング形成の観点から評価を行うことができる。加熱によりネッキング(部分焼結)が進行した粉は、粉末同士が結合してサイズが大きくなるため、所定サイズの篩を通ることができない。したがって、篩を通ることができれば、加熱による焼結抑制効果の発現があると判断することができる。その検証として例えばφ50mmのアルミナ坩堝に50gの銅合金粉末を入れ、真空度1×10-3Pa以下の雰囲気で、800℃、4時間、加熱し、加熱後の銅合金粉末が目開き150μmの篩を通過するかどうかを確認し、ふるいを通過する重量が95%以上のものを〇、それ以下のものを×、と判定する。
【0042】
(実施例1、比較例1)
金属粉として、アトマイズ法で作製したCuCrNb粉を用意した。平均粒子径(D50)は、実施例1では66μm、比較例1では68μmであった。次に、実施例1では、
CuCrNb粉を純水で希釈したジアミノシランカップリング剤水溶液(5%)に60分間浸漬した後、大気中、80℃で乾燥させた。乾燥後、CuCrNb粉を真空中、800℃で熱処理した。一方、比較例1は、表面処理を含む一連の処理をしていない。
【0043】
上記の処理によって得られたCuCrNb粉について、各種の分析を行った結果、実施例1では、Siの被膜が存在し、酸化銅が形成され、グラファイト構造を持つカーボンを確認したが、比較例1では、これらを確認することができなかった。さらに、実施例1では、レーザー吸収率が50%以上で、「ネッキング形成の抑制(熱拡散抑制)」の結果も良好な結果を示したのに対して、比較例1では、レーザー吸収率が低く、「ネッキング形成の抑制」も良好な結果を示さなかった。
【0044】
次に、実施例1、比較例1のCuCrNb粉末を用いて、レーザーデポジション方式により積層造形物を作製した。どちらも高密度の造形物を得られたが、その際の出力を測定したところ、実施例1の造形はより低出力で行うことができた。このことから、処理によって被膜が形成されたCuCrNb粉を用いることで、造形時のレーザーへの負荷を低減できると考えられる。以上の結果をまとめたものを表1に示す。
【0045】
【0046】
(実施例2、3、比較例2)
金属粉として、アトマイズ法で作製したCuCrZr粉を用意した。平均粒子径(D5
0)は、実施例2では64μm、実施例3は65μm、比較例2は67μmであった。次に、実施例2では、純水で希釈したジアミノシランカップリング剤水溶液(5%)にCuCrZr粉を60分間浸漬した後、大気中、80℃で乾燥させた。乾燥後、CuCrZr粉を真空中、800℃で熱処理した。実施例3では、純水で希釈したエポキシシランカップリング剤水溶液(5%)にCuCrZr粉を60分間浸漬した後、大気中、80℃で乾燥させた。なお、実施例3では熱処理は施していない。一方、比較例2は、表面処理を含む一連の処理をしていない。
【0047】
上記の処理によって得られたCuCrZr粉について、各種の分析を行った結果、実施例2、3では、Siの被膜が存在し、酸化銅が形成され、実施例2では、グラファイト構造を持つカーボンを確認したが、比較例2では、これらを確認することができなかった。さらに、実施例2、3では、レーザー吸収率が40%以上で、「ネッキング形成の抑制(熱拡散抑制)」の結果も良好な結果を示したのに対して、比較例2では、レーザー吸収率が低く、「ネッキング形成の抑制」も良好な結果を示さなかった。以上の通り、実施例2、3については、実施例1と同様の分析結果が得られていることから、これらについても低出力で高密度の造形物が作製できることが期待でき、そして、造形時のレーザーへの負荷を低減できると考えられる。以上の分析結果をまとめたものを表1に示す。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、レーザービーム方式による積層造形において、レーザーの吸収率向上、ネッキング形成を抑制することでの熱伝導の抑制が可能となる。これにより、積層造形物の密度向上やレーザー装置の負荷の低減を期待できるという優れた効果を有する。本実施形態に係る銅合金粉末は、金属3Dプリンタ用の銅合金粉として特に有用である。