(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-01
(45)【発行日】2023-11-10
(54)【発明の名称】ステンレス鋼の表面処理方法、表面処理されたステンレス鋼の製造方法及びこれらの方法に使用される溶液
(51)【国際特許分類】
C23C 22/83 20060101AFI20231102BHJP
C23C 8/14 20060101ALI20231102BHJP
C23C 22/08 20060101ALI20231102BHJP
C23C 22/82 20060101ALI20231102BHJP
【FI】
C23C22/83
C23C8/14
C23C22/08
C23C22/82
(21)【出願番号】P 2019176685
(22)【出願日】2019-09-27
【審査請求日】2022-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100122437
【氏名又は名称】大宅 一宏
(74)【代理人】
【識別番号】100209495
【氏名又は名称】佐藤 さおり
(72)【発明者】
【氏名】山田 敬志
(72)【発明者】
【氏名】大庭 三典
(72)【発明者】
【氏名】圖師 丈裕
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-068602(JP,A)
【文献】特開2009-221512(JP,A)
【文献】特開2016-000857(JP,A)
【文献】特開2016-108640(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0203371(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第104294292(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106435560(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第106917095(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107012472(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107620075(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108085667(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/14
C23C 22/00 - 22/86
C23G 1/00 - 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させる工程、
(2)ステンレス鋼を100℃~500℃に加熱する工程、及び
(3)(A)成分:クエン酸アンモニウム類から選択される少なくとも1種の化合物、(B)成分:クエン酸トリアルキルから選択される少なくとも1種の化合物及び(C)成分:水を含む溶液でステンレス鋼を洗浄する工程
を含
み、前記(1)~(3)の工程を、(1)、(2)、(3)の順序で行う、ステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項2】
前記(1)の工程が、
(1-1)リン酸類、若しくはリン酸類の塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液をステンレス鋼に塗布する工程、
(1-2)リン酸類、若しくはリン酸類の塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液にステンレス鋼を浸漬させる工程、及び
(1-3)固形のリン酸塩をステンレス鋼に付着させる工程、
の中から選択される少なくとも1つの工程を含む、請求項1に記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項3】
前記(1)~(3)の工程を2~5回繰り返して行う、請求項1
又は2に記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項4】
前記(1)の工程におけるリン酸塩が、リン酸アルミニウムを含む、請求項1~
3の何れか1項に記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項5】
前記(B)成分がクエン酸トリエチルを含む、請求項1~
4の何れか1項に記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項6】
前記(3)の工程で使用される溶液中の(A)成分の濃度が0.1質量%~60質量%であり、(B)成分の濃度が0.25質量%~10質量%である、請求項1~
5の何れか1項に記載のステンレス鋼の表面処理方法。
【請求項7】
(1)リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させる工程、
(2)ステンレス鋼を100℃~500℃に加熱する工程、及び
(3)(A)成分:クエン酸アンモニウム類から選択される少なくとも1種の化合物、(B)成分:クエン酸トリアルキルから選択される少なくとも1種の化合物及び(C)成分:水を含む溶液でステンレス鋼を洗浄する工程
を含み、前記(1)~(3)の工程を、(1)、(2)、(3)の順序で行う、表面処理されたステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
(A)成分:クエン酸アンモニウム類から選択される少なくとも1種の化合物、(B)成分:クエン酸トリアルキルから選択される少なくとも1種の化合物及び(C)成分:水を含む溶液であって、
(1)リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させる工程、
(2)ステンレス鋼を100℃~500℃に加熱する工程、及び
(3)ステンレス鋼を洗浄する工程を含み、前記(1)~(3)の工程を、(1)、(2)、(3)の順序で行う、ステンレス鋼の表面処理方法又は表面処理されたステンレス鋼の製造方法における(3)のステンレス鋼を洗浄する工程に用いるための溶液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は建築、家電、厨房、輸送、産業等の様々な分野で利用されており、耐食性、耐熱性、強度、成形性等が必要とされる場面で用いられている。その中で化学・食品産業の設備や配管では、過酷な使用条件での腐食や金属片(異物)を防ぐため、ステンレス鋼の中でも特に耐食性に優れたSUS316が用いられる場合がある。
【0003】
ステンレス鋼は鉄を主成分とし、種類によりニッケル、クロム等を含む合金である。ステンレス鋼の表面には鉄やクロムの酸化物、若しくはそれらの金属の水酸化物が存在しており、これらが不動態被膜として機能し耐食性に寄与するが、より耐食性を向上させるために硝酸を用いてステンレス鋼表面に酸化被膜を形成させる方法が知られている(例えば、特許文献1など)。この方法では、クロム濃度の高い不動態被膜を形成できることから、耐食性の高いステンレス鋼を得ることができる。一方で、この方法は、取り扱いが難しい硝酸を使用し、その廃液処理も煩雑であることから、作業者の負担が大きいという課題があった。
【0004】
硝酸等の強酸を用いないステンレス鋼の表面処理方法としては、亜塩素酸ナトリウム溶液のような酸化剤を含む溶液を用いる方法が知られている(例えば、特許文献2など)。この方法では、耐食性に優れたステンレス鋼を得ることができるが、このステンレス鋼を用いた機材を、食品衛生分野に使用される過酸化水素水の貯蔵に用いた場合、過酸化水素水の安定度が低下してしまうという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-335957号公報
【文献】特開2001-081573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上の状況を踏まえ、本発明は、硝酸等の強酸を用いず、作業性が良好である、ステンレス鋼を表面処理する方法を提供することを目的とする。さらに、過酸化水素水に接液させた場合に、過酸化水素の安定度を低下させないステンレス鋼を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者等は鋭意検討し、リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させて付着させる工程、特定の温度にステンレス鋼を加熱する工程、並びにクエン酸アンモニウム類及びクエン酸トリアルキルを含む水溶液でステンレス鋼を洗浄する工程、を含むステンレス鋼の表面処理方法により上記課題を解決できることを見出し、本発明に至った。
【0008】
即ち、本発明は、
(1)リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させる工程、
(2)ステンレス鋼を100℃~500℃に加熱する工程、及び
(3)(A)成分:クエン酸アンモニウム類から選択される少なくとも1種の化合物、(B)成分:クエン酸トリアルキルから選択される少なくとも1種の化合物及び(C)成分:水を含む溶液でステンレス鋼を洗浄する工程
を含む、ステンレス鋼の表面処理方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明のステンレスの表面処理方法により、強酸を使用せず、取り扱いが容易な化学物質のみを用いてステンレス鋼に不働態皮膜を形成することができる。そして、本発明の表面処理方法で得られたステンレス鋼は、過酸化水素水を接液させても、過酸化水素の安定度が低下しないことから、食品衛生分野で使用される過酸化水素水用の機材に適用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、以下の(1)~(3)の工程を含むステンレス鋼の表面処理方法である。
(1)リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させる工程:
(2)ステンレス鋼を100℃~500℃に加熱する工程:
(3)(A)成分:クエン酸アンモニウム類から選択される少なくとも1種の化合物、(B)成分:クエン酸トリアルキルから選択される少なくとも1種の化合物及び(C)成分:水を含む溶液でステンレス鋼を洗浄する工程:
【0011】
本発明における(1)の工程で使用されるリン酸類とは、例えば、リン酸(オルトリン酸)、亜リン酸、次亜リン酸、ピロリン酸、及び三リン酸などのポリリン酸、並びにこれらのリン酸類の塩を挙げることができる。
上記リン酸類の塩としては、例えば、上記に例示されたリン酸類のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩などを挙げることができる。
上記に挙げたリン酸類、又はリン酸類の塩は1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0012】
上記に挙げたリン酸類、又はリン酸類の塩の中では、ステンレス鋼表面の不動態化、及び過酸化水素の安定化の観点から、リン酸類の塩を使用することが好ましく、リン酸アルミニウムを使用することが特に好ましい。
【0013】
本発明における(1)の工程では、上記リン酸類又はその塩をステンレス鋼に接触させるが、その方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法を用いることができる。
(1-1)リン酸類、若しくはリン酸類の塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液をステンレス鋼に塗布する方法。
(1-2)リン酸類、若しくはリン酸類の塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液にステンレス鋼を浸漬させる方法。
(1-3)固形のリン酸塩をステンレス鋼に付着させる方法。
本発明の(1)の工程はこれらの方法のうち少なくとも1つ用いることが好ましい。
【0014】
上記リン酸類、又はリン酸類の塩を用いる場合は、水などの溶媒に溶解させた溶液、又は分散させた分散液を使用する場合、作業性が良好であるという点で好ましい。この時、溶液又は分散液中のリン酸類、又はリン酸類の塩の濃度としては、0.1~90質量%が好ましく、10~85質量%であることがより好ましい。
【0015】
上記(1-1)の、リン酸類、若しくはその塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液をステンレス鋼に塗布する方法としては、特に制限されず、公知の方法から適宜選択することが可能である。例えば、ロールコート法や、カーテンフロー法、スピンコート法、エアースプレー法、エアーレススプレー法などが挙げられる。
【0016】
上記(1-2)として、予めリン酸類、若しくはその塩を含む溶液、又はリン酸塩の分散液が入っている容器に、ステンレス鋼を、例えば1分~2時間浸漬させる、浸漬引き上げ法により、ステンレス鋼に溶液、又は分散液を付着させてもよい。
さらに、上記(1-3)として、上記リン酸塩を使用する場合は、ステンレス鋼の表面における不動態膜形成を効率よく行えるという観点から、固形のリン酸塩を直接ステンレス鋼の表面に付着させてもよい。
【0017】
本発明における(2)の工程は、ステンレス鋼を100~500℃に加熱する工程である。この工程では、(1)の工程でステンレス鋼の表面に付着した溶液、又は分散液に含まれるリン酸類、又はその塩により、ステンレス鋼の表面に鉄、クロム、又はニッケルの酸化物が形成する他、リン酸類が縮合したもの、又はその塩が生成する。また、リン酸類の塩を用いた場合は、リン酸類の塩の粒子同士が加熱により凝集し、粒子同士の隙間がなくなり、一つの層となることもある。これらの複合物が不動態被膜として機能する。加熱する温度としては、不働態被膜の生成効率の点から、150~450℃が好ましく、200~400℃がより好ましい。
【0018】
本発明における(3)の工程で使用される(A)成分であるクエン酸アンモニウム類は、クエン酸モノアンモニウム、クエン酸ジアンモニウム、クエン酸トリアンモニウムを挙げることができる。この中でも、ステンレス鋼を過酸化水素水の保管、使用のための機材に用いた場合に、過酸化水素の安定度が高まるという観点から、クエン酸トリアンモニウムが好ましい。クエン酸トリアンモニウムは、クエン酸とアンモニア水を中和させて得ることができ、クエン酸モノアンモニウムまたはクエン酸ジアンモニウムとアンモニア水を中和させて得ることもできる。また、関東化学(株)や富士フィルム和光純薬(株)などで販売されている市販品を使用してもいい。
【0019】
クエン酸アンモニウム類の使用量としては、(3)の工程で使用される溶液中にクエン酸アンモニウム類が0.1質量%~60質量%の濃度で使用され、他の成分との相溶性の観点から0.1質量%~25質量%の濃度で使用されることが好ましく、溶解速度の観点から、5質量%~12.5質量%の濃度で使用されることがより好ましい。
【0020】
本発明における(3)工程で使用される(B)成分であるクエン酸トリアルキルは、クエン酸に含まれる3つのカルボン酸が全てエステル化された化合物であり、ステンレス鋼の表面に付着した鉄を含む成分の除去に寄与するものである。クエン酸トリアルキル中のエステル化された部分のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、第2ブチル基、第3ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、第2ペンチル基、第3ペンチル基、ヘキシル基などの炭素原子数が1~6のアルキル基が挙げられる。これらの中でも、ステンレス鋼を過酸化水素水の保管、使用のための機材に用いた場合に、過酸化水素の安定度が高まるという観点から、炭素原子数1~4のアルキル基が好ましく、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基がより好ましく、食品添加物として使用できるという安全性の観点からエチル基が特に好ましい。
【0021】
本発明の(B)成分であるクエン酸トリアルキルは、市販品を使用することもでき、例えば、クエン酸トリメチル、クエン酸トリエチルなどは関東化学(株)や富士フィルム和光純薬(株)などで販売されている。
本発明の(B)成分であるクエン酸トリアルキルの使用量としては、(3)の工程で使用される溶液中にクエン酸トリアルキルが0.25質量%~10質量%の濃度で使用され、界面活性の観点から、0.5質量%~10質量%の濃度で使用されることが好ましく、他成分との相溶性の観点から1質量%~2.5質量%の濃度で使用されることがより好ましい。
【0022】
本発明の(3)の工程で使用される溶液中の、(A)成分と(B)成分の配合比は、それぞれの成分が上記濃度範囲内であれば特に限定されないが、通常、(A)成分100質量部に対して、(B)成分が5質量部~50質量部、好ましくは10質量部~40質量部、より好ましくは10質量部~25質量部で使用される。
【0023】
本発明における(3)の工程で使用する溶液でステンレス鋼を洗浄する方法は、特に制限されず、例えば、(A)、(B)、(C)成分を含む溶液が入っている容器に、ステンレス鋼を、例えば10分~5時間浸漬させる方法が挙げられる。
【0024】
上記浸漬させる方法による洗浄においては、ステンレス鋼を過酸化水素水の保管、使用のための機材に用いた場合に、過酸化水素の安定度が高まるという観点から、(A)、(B)、(C)成分を含む溶液の温度が25~90℃であることが好ましく、40~90℃であることがより好ましい。
【0025】
本発明の(3)工程で使用される溶液においては、さらに(D)成分としてpH調整剤を使用してもよい。(D)pH調整剤を使用することにより、ステンレス鋼の表面に付着した鉄を含む成分の洗浄力を向上させることができる。(D)pH調整剤としては、無機酸類、有機酸類、塩基類を挙げることができる。
上記無機酸類としては、例えば、硫酸、硝酸、ホウ酸、炭酸、次亜リン酸、亜リン酸、リン酸等が挙げられる。
【0026】
上記有機酸類としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、2-メチル酪酸、n-ヘキサン酸、3,3-ジメチル酪酸、2-エチル酪酸、4-メチルペンタン酸、n-ヘプタン酸、2-メチルヘキサン酸、n-オクタン酸、2-エチルヘキサン酸、安息香酸、グリコール酸、サリチル酸、グリセリン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、マレイン酸、フタル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、乳酸、ジグリコール酸、2-フランカルボン酸、2,5-フランジカルボン酸、3-フランカルボン酸、2-テトラヒドロフランカルボン酸、メトキシ酢酸、メトキシフェニル酢酸、フェノキシ酢酸、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)、ホスホノブタントリカルボン酸、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)等が挙げられる。
【0027】
上記塩基類としては、例えば、アミンや水酸化第四級アンモニウム等の有機塩基、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物、マグネシウムやカルシウムなどのアルカリ土類金属の水酸化物、アンモニア等が挙げられる。
【0028】
上記に挙げた(D)pH調整剤の中でも、安全性、コスト、洗浄性の観点から、アンモニア、クエン酸、乳酸を使用することが好ましく、アンモニア、クエン酸を使用することがより好ましい。また、上記に例示した(D)pH調整剤は、1種類を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0029】
上記に挙げた(D)pH調整剤の使用量としては、洗浄力と洗浄液の粘性、コスト等のバランスの観点から、(3)の工程で使用される溶液中にpH調整剤が0.0001質量%~15質量%の濃度で含まれることが好ましく、0.05質量%~10質量%の濃度で含まれることがより好ましく、0.05質量%~5質量%の濃度で含まれることが更に好ましい。
【0030】
本発明の(3)の工程で使用される溶液のpHは、特に制限されるものではないが、洗浄性の点から、4~12が好ましく、取り扱いの安全性の観点から6~8がより好ましい。
【0031】
本発明の(3)の工程で使用される溶液は、必要に応じて、増粘剤、界面活性剤、キレート剤を含んでもよい。
上記増粘剤としては、例えば、グアーガム、エチルセルロース、キサンタンガム、カルボマー、カラギーナン、キトサン、ヒドロキシエチルセルロース、微結晶性セルロース、高分子量の固体ポリエチレングリコール、アルギン酸、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、コロイド状二酸化ケイ素などを挙げることができる。
【0032】
上記界面活性剤としては、例えば、一般的なアニオン性界面活性剤及びノニオン性界面活性剤、第一級アミン塩、第二級アミン塩、第三級アミン塩、第四級アミン塩及びピリジニウム塩等のカチオン性界面活性剤、ベタイン型、硫酸エステル型及びスルホン酸型等の両性界面活性剤等を使用することができる。
【0033】
上記アニオン性界面活性剤として、ナトリウムドデシルサルフェート、カリウムドデシルサルフェート、アンモニウムドデシルサルフェート等のアルキルサルフェート類、ナトリウムドデシルポリグリコールエーテルサルフェート及びアンモニウムポリオキシエチレンアルキルエーテルサルフェート等のポリオキシエチレンエーテルサルフェート類;ナトリウムスルホリシノレート、スルホン化パラフィンのアルカリ金属塩、スルホン化パラフィンのアンモニウム塩等のアルキルスルホン酸塩類;ナトリウムラウレート、トリエタノールアミンオレート、トリエタノールアミンアビエテート等の脂肪酸塩類;ナトリウムベンゼンスルホネート、アルカリフェノールヒドロキシエチレンのアルカリ金属サルフェート等のアルキルアリールスルホネート類を使用することができる。さらに、高アルキルナフタレンスルホン酸塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、ジアルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキルサルフェート塩、ポリオキシエチレンアルキルアリールサルフェート塩、ポリオキシエチレンエーテルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル酢酸塩、N-アシルアミノ酸塩、及びN-アシルメチルタウリン塩等も使用することができる。
【0034】
上記ノニオン性界面活性剤として、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノオレート等の多価アルコールの脂肪酸部分エステル類、ポリオキシエチレングリコール脂肪酸エステル類、ポリグリセリン脂肪酸エステル類を使用することができる。さらに炭素数1~18のアルコールのエチレンオキサイド及び/又はプロピレンオキサイド付加物、アルキルフェノールのエチレンオキサイド及び/又はプロピレンオキサイド付加物、アルキレングリコール及び/又はアルキレンジアミンのエチレンオキサイド及び/又はプロピレンオキサイド付加物等も使用することができる。
【0035】
上記ノニオン性界面活性剤を構成する炭素数1~18のアルコールは例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、2-プロパノール、ブタノール、2-ブタノール、第3ブタノール、アミルアルコール、イソアミルアルコール、第3アミルアルコール、ヘキサノール、オクタノール、デカンアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、パルミチルアルコール、及びステアリルアルコール等である。
【0036】
上記アルキルフェノールは、例えば、フェノール、メチルフェノール、2,4-ジ第3ブチルフェノール、2,5-ジ第3ブチルフェノール、3,5-ジ第3ブチルフェノール、4-(1,3-テトラメチルブチル)フェノール、4-イソオクチルフェノール、4-ノニルフェノール、4-第3オクチルフェノール、4-ドデシルフェノール、2-(3,5-ジメチルヘプチル)フェノール、4-(3,5-ジメチルヘプチル)フェノール、ナフトール、ビスフェノールA、及びビスフェノールF等である。
【0037】
上記アルキレングリコールは、例えば、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、2-ブチル-2-エチル-1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、1,5-ペンタンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、2,4-ジエチル-1,5-ペンタンジオール、及び1,6-ヘキサンジオール等である。
上記アルキレンジアミンは、例えば先に説明したアルキレングリコールのアルコール性水酸基がアミノ基に置換された化合物である。上記エチレンオキサイド及びプロピレンオキサイド付加物としては、ランダム付加物とブロック付加物のいずれも使用することができる。
【0038】
上記カチオン性界面活性剤として例えば、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムクロライド、ジステアリルジメチルアンモニウムクロライド、ジデシルジメチルアンモニウムクロライド、ラウリルベンジルジメチルアンモニウムクロライド、ジデシルジメチルアンモニウムクロライド、アルキルピリジニウムブロマイド及びイミダゾリニウムラウレート等を使用することができる。
【0039】
上記両性界面活性剤として例えば、ヤシ油脂肪酸アミドプロピルジメチル酢酸ベタイン、ラウリルジメチルアミノ酸ベタイン、2-アルキル-N-カルボキシメチル-N-ヒドロキシメチルイミダゾリニウムベタイン、ラウリルヒドロキシスルホベタイン、ラウロイルアミドエチルヒドロキシエチルカルボキシメチルベタイン、ヒドロキシプロピルリン酸の金属塩等のベタイン型両性界面活性剤、β-ラウリルアミノプロピオン酸の金属塩等のアミノ酸型両性界面活性剤、硫酸エステル型両性界面活性剤及びスルホン酸型両性界面活性剤を使用することができる。
【0040】
上記キレート剤としては、例えば、ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、アスパラギン酸二酢酸、エチレンジアミンジコハク酸、若しくはこれらのアルカリ金属塩、又はアンモニウム塩などのアミノポリカルボン酸型キレート剤;カルボキシメチルオキシサクシネート、オキシジサクシネート、酒石酸モノサクシネート、酒石酸ジサクシネート、若しくはこれらのアルカリ金属塩、又はアンモニウム塩などのオキシカルボン酸型キレート剤、ニトリロトリメチレンホスホン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸、若しくはこれらのアルカリ金属塩、又はアンモニウム塩などのホスホン酸型キレート剤などが挙げられる。
【0041】
本発明のステンレス鋼の表面処理方法は、上記に挙げた(1)~(3)工程を、(1)、(2)、(3)の順序で行うことが好ましい。(1)の工程では、ステンレス鋼の表面にリン酸類、又はその塩が付着し、(2)の工程では、鉄、クロム、ニッケルの酸化物、リン酸類又はその塩の縮合物、リン酸類の塩の粒子同士が凝集した層を含む、不動態被膜を形成する。(3)の工程では、(2)の工程で生成した不動態膜中の鉄を含む成分を効率的に除去し、最終的に鉄成分ができるだけ残らない不動態被膜を形成したステンレス鋼を得ることができる。鉄は過酸化水素の分解の触媒として機能するため、表面に鉄成分が残っていないステンレス鋼を用いた機材は、過酸化水素水を接液させても過酸化水素の分解による濃度低下を抑制することから、過酸化水素水を使用するための機材として有用である。
【0042】
本発明のステンレス鋼の表面処理方法は、(1)、(2)、(3)の順序で、2~5回繰り返して行うことが好ましい。2~5回繰り返すことにより、鉄成分が除かれた不動態被膜の層が厚くなり、ステンレス鋼を過酸化水素水の保管、使用のための機材に用いた場合に、過酸化水素の安定度がより高まる。
【0043】
本発明のステンレス鋼の表面処理方法においては、(1)~(3)の工程を行う前に、ステンレス鋼の表面に付着している油成分等を除くために、脱脂工程を含んでもよい。脱脂をするために使用される溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、四塩化炭素、トルエン、べンゼン、クロロホルム、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、アセトン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノールなどを挙げることができる。これらの脱脂工程をすることにより、(1)の工程で使用されるリン酸類、又はその塩を効率的に付着させることができる。
【0044】
本発明のステンレス鋼の表面処理方法においては、(1)の工程で使用された未反応のリン酸類、又はその塩の除去、その他余分な不純物を除去するために、ステンレス鋼を水により洗浄する工程を含んでもよい。この時、洗浄する方法としては特に制限されず、流水によりステンレス鋼表面を洗い流してもよいし、水浴にステンレス鋼を浸漬させてもよい。
【0045】
本発明のステンレス鋼の表面処理方法においては、ステンレス鋼表面に付着した水分等の揮発分を除去するために、乾燥工程を含んでもよく、例えば、10~24時間、40~200℃にてステンレス鋼を乾燥させることにより、揮発分を除去することができる。
なお、上記水による洗浄及び乾燥工程は、(3)の工程の後に行うことが好ましい。
【0046】
本発明におけるステンレス鋼は、主成分を鉄とする、ニッケルやクロムを含む合金であり、そのようなステンレス鋼としては、例えば、SUSXM7、SUS303、SUS304、SUS304J3、SUS304N1、SUS305JI、SUS310S、SUS316L、SUS316、SUS403、SUS410、SUS430などを挙げることができる。
【実施例】
【0047】
以下本発明を実施例により、具体的に説明する。尚、以下の実施例等において%は特に記載が無い限り質量基準である。
【0048】
[製造例1]
500mlビーカーにクエン酸トリアンモニウム(富士フィルム和光純薬(株)製)を5g、クエン酸トリエチルを1g、イオン交換水を94g加え、25℃にて5分間攪拌を行い溶解させ洗浄液X-1を得た。
[製造例2]
500mlビーカーにクエン酸トリアンモニウム(富士フィルム和光純薬(株)製)を7.5g、クエン酸トリエチルを1.5g、イオン交換水を91g加え、25℃にて5分間攪拌を行い溶解させ洗浄液X-2を得た。
【0049】
[実施例1]
50mm×5mm×1mmのSUS316の試験片の表面をアセトンにて脱脂し試験片の質量を測定した、10gの85%リン酸水溶液と上記試験片を試験管に加え、10分間静置させた後、ピンセットで試験片を取り、試験片の表面の液体を液切りし、試験片の質量を測定した結果、浸漬前の試験片より0.1gの質量増加が確認された。
次に、300℃のマッフル炉の中に試験片を入れ、2時間静置した。その後、試験片を蒸留水で洗浄した後、80℃の洗浄液X-1の中に試験片を2時間浸漬させた。
【0050】
その後、50mLのビーカーに50mLの35%過酸化水素水をとり、該過酸化水素水に上記試験片を98℃、5時間浸漬させた後、試験片を入れた50mLビーカー中の過酸化水素水の濃度を下記の過マンガン酸カリウム滴定により測定した。また、試験片を入れる前の過酸化水素水の濃度C0と比較して、上記試験片を入れた過酸化水素水の濃度Cの比(過酸化水素の安定度:(C/C0)×100(%))が85%以上のものを合格とした。結果を表1に示す。
【0051】
[実施例2]
10gの85%リン酸水溶液の代わりに、1gのリン酸アルミニウム(純正化学(株)製)をアルミナ乳鉢で5分間粉砕させたものを9gの85%リン酸水溶液に加え、5分間攪拌させた分散液に変更したこと以外は、実施例1と同様の操作を行い、過酸化水素の安定度を測定した。結果を表1に示す。
[実施例3]
洗浄液X-1を洗浄液X-2に変更したこと以外は、実施例1と同様の操作を行い、過酸化水素の安定度を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
[実施例4]
50mm×5mm×1mmのSUS316の試験片の表面をアセトンにて脱脂した後、1gのリン酸アルミニウム(純正化学(株)製)をアルミナ乳鉢で5分間粉砕させたものを9gの85%リン酸水溶液に加え、5分間攪拌させた分散液に、上記試験片を10分間浸漬させた。その後、ピンセットで試験片を取り、試験片の表面の液体を液切りし、試験片の質量を測定した結果、浸漬前の試験片より0.1gの質量増加が確認された。この試験片の表面にリン酸アルミニウム(純正化学)の粉末を均一にまぶした後に試験片の重量を量ったところ、0.11gの重量増加を確認した。
【0053】
次に、300℃のマッフル炉の中に試験片を入れ、2時間静置した。その後、試験片を蒸留水で洗浄した後、80℃の洗浄液X-1の中に試験片を2時間浸漬させた。上記試験片を過酸化水素水に入れた後の、過酸化水素の安定度について、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1に示す。
【0054】
[実施例5]
実施例4における、リン酸アルミニウム分散液に浸漬する工程、粉末のリン酸アルミニウムを付着させる工程、300℃のマッフル炉の中で2時間静置する工程、蒸留水で洗浄する工程、及び80℃の洗浄液X-1に浸漬する工程、を1サイクルとしたときに、同サイクルを2回繰り返した試験片の過酸化水素の安定度について、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1に示す。
【0055】
[実施例6]
上記サイクルを3回繰り返したこと以外は、実施例5と同様の操作を行い、過酸化水素の安定度を測定した。結果を表1に示す。
[実施例7]
実施例1における、85%リン酸水溶液に浸漬する工程、300℃のマッフル炉の中で2時間静置する工程、蒸留水で洗浄する工程、及び80℃の洗浄液X-1に浸漬する工程、を1サイクルとしたときに、同サイクルを3回繰り返した試験片の過酸化水素の安定度について、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1に示す。
【0056】
[比較例1]
無処理の50mm×5mm×1mmのSUS316の試験片の過酸化水素の安定度について、実施例1と同様に測定を行った。結果を表1に示す。
[比較例2]
80℃の洗浄液X-1に浸漬する工程を行わなかったこと以外は、実施例1と同様の操作を行い、過酸化水素の安定度を測定した。結果を表1に示す。
[比較例3]
80℃の洗浄液X-1に浸漬する工程を行わなかったこと以外は、実施例2と同様の操作を行い、過酸化水素の安定度を測定した。結果を表1に示す。
【0057】
【0058】
表1の通り、本発明の方法で表面処理されたSUS316は、過酸化水素の安定度が高く、食品衛生分野の殺菌等で使用される過酸化水素水の機材として有用であることがわかった。未処理のSUS316は、比較例1で示される通り、過酸化水素の安定度が満足するものではなく、(3)の工程を行わなかった比較例2、比較例3においては、比較例1よりもさらに過酸化水素の安定度が悪く、(1)の工程において、SUS316の表面における鉄の濃度が高くなってしまったことが要因であると推定される。