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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-02
(45)【発行日】2023-11-13
(54)【発明の名称】エレクトレット
(51)【国際特許分類】
   H01G 7/02 20060101AFI20231106BHJP
   C04B 35/50 20060101ALI20231106BHJP
【FI】
H01G7/02 A
C04B35/50
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020164899
(22)【出願日】2020-09-30
(65)【公開番号】P2021097213
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2019225737
(32)【優先日】2019-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「高出力環境発電のための革新的エレクトレット材料の創成」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小澤 宜裕
(72)【発明者】
【氏名】松下 規由起
(72)【発明者】
【氏名】加納 一彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 優実
(72)【発明者】
【氏名】丸山 智也
(72)【発明者】
【氏名】岡本 裕司
(72)【発明者】
【氏名】森岡 直也
(72)【発明者】
【氏名】斉木 克祥
【審査官】清水 稔
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-147084(JP,A)
【文献】国際公開第2005/042669(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0203707(US,A1)
【文献】国際公開第2016/052010(WO,A1)
【文献】特開平09-328363(JP,A)
【文献】特開2016-069268(JP,A)
【文献】特開昭53-127698(JP,A)
【文献】特開平07-209969(JP,A)
【文献】特開2009-054951(JP,A)
【文献】特開2016-155704(JP,A)
【文献】特開2016-155705(JP,A)
【文献】清水 雄平,ペロブスカイト型酸化物蛍光体の発光解析と応用に関する研究,九州工業大学博士学位論文,工博甲第400号,日本,九州工業大学,2016年04月04日,p.11,https://kyutech.repo.nii.ac.jp/record/4395/files/kou_k_400.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01G 7/02
C04B 35/50
H10N 30/30
H10N 30/853
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
異なる2種の金属元素A、Bを含むABO3型のペロブスカイト構造を有する複合酸化物が分極処理された状態にあり、
上記複合酸化物は、上記金属元素A、Bのうちの少なくとも1つについて、その一部が、上記金属元素A、Bよりも低価数のドーパント元素にて置換されており、かつ、バンドギャップエネルギが4eV以上である、エレクトレット(1)。
【請求項2】
上記複合酸化物は、上記ペロブスカイト構造のAサイトを占有する上記金属元素Aが、La、Y、Pr、Sm及びNdから選ばれる希土類元素Rであり、Bサイトを占有する上記金属元素Bが、Alである、請求項1に記載のエレクトレット。
【請求項3】
上記金属元素Aを置換する上記ドーパント元素は、アルカリ土類金属元素であり、上記金属元素Bを置換する上記ドーパント元素は、アルカリ土類金属元素及びZnから選ばれる1つ以上の元素である、請求項1又は2に記載のエレクトレット。
【請求項4】
上記アルカリ土類金属元素は、CaもしくはSrである、請求項3に記載のエレクトレット。
【請求項5】
上記金属元素Aを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、20atm%以下であり、上記金属元素Bを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、20atm%以下である、請求項3又は4に記載のエレクトレット。
【請求項6】
上記金属元素Aを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、0.05atm%~18.8atm%であり、上記金属元素Bを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、0.05atm%~18.8atm%である、請求項3又は4に記載のエレクトレット。
【請求項7】
上記金属元素Aを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、0.05atm%~2.5atm%であり、上記金属元素Bを置換する上記ドーパント元素の置換割合は、0.05atm%~2.5atm%である、請求項3又は4に記載のエレクトレット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレットに関する。
【背景技術】
【0002】
環境中に存在するエネルギーを電力に変換するエネルギーハーベスティング技術として、エレクトレットを用いた振動発電素子等の実用化が検討されている。エレクトレットの構成材料としては、例えば、フッ素樹脂等の有機高分子材料が一般的に用いられており、薄膜形成における形状の自由度や膜厚等の制御性に優れる利点がある一方で、有機物であることから、表面電位の熱的安定性や高温環境下での経時的な性能低下が懸念されている。
【0003】
これに対して、高温での安定性に優れる無機化合物材料を用いてエレクトレットを構成することが検討されている。例えば、特許文献1には、六方晶ハイドロキシアパタイトの結晶構造を有し、水酸化物イオンの含有量が量論組成のハイドロキシアパタイトよりも少ない焼結体を用いたエレクトレット材が提案されている。この焼結体は、ハイドロキシアパタイト粉体を原料とする成形体を、1250℃を超え1500℃未満の高温で焼結・脱水処理して得られ、水酸化物イオンの欠陥に起因して、分極処理後に高い表面電位が発現すると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6465377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1のエレクトレット材は、ハイドロキシアパタイトを高温で脱水処理することにより、その一部がオキシハイドロキシアパタイトとなり結晶欠陥が発生する。その場合に、処理条件等によって脱水量をある程度調整することは可能であるものの、正確に制御することは難しい。また、欠陥量の定量評価を、デバイス形状で行うことも難しかった。そのため、アパタイト構造中に発生する欠陥量を制御することも困難であり、所望の表面電位を有するエレクトレットを得ることは、必ずしも容易ではなかった。
【0006】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、熱的安定性に優れ、結晶欠陥量の制御が可能であり、使用環境で安定した特性を有するエレクトレットを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、
異なる2種の金属元素A、Bを含むABO3型のペロブスカイト構造を有する複合酸化物が分極処理された状態にあり、
上記複合酸化物は、上記金属元素A、Bのうちの少なくとも1つについて、その一部が、上記金属元素A、Bよりも低価数のドーパント元素にて置換されており、かつ、バンドギャップエネルギが4eV以上である、エレクトレット(1)にある。
【発明の効果】
【0008】
上記構成のエレクトレットは、ABO3型の複合酸化物を用いており、少なくとも1つの金属元素の一部が、より低価数のドーパント元素で置換されることにより、酸素欠陥が導入される。したがって、ドーパント元素による置換量を制御することにより、表面電位の発現に寄与すると推測される欠陥量の制御が可能となる。また、無機誘電体材料である複合酸化物は、熱的に安定であり、4eV以上の高いバンドギャップエネルギを有することにより、分極処理時の絶縁破壊電圧を大きくすることができる。そのため、加熱条件下で高い電圧を印加することによって、高い表面電位を得ることができ、高温環境下や長期使用において、安定した特性を有する。
【0009】
以上のごとく、上記態様によれば、熱的安定性に優れ、結晶欠陥量の制御が可能であり、使用環境で安定した特性を有するエレクトレットを提供することができる。
なお、特許請求の範囲及び課題を解決する手段に記載した括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものであり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態1における、エレクトレットの概略構成と分極方法を説明するための模式図。
図2】実施例における、エレクトレットの分極方法の具体例を説明するための模式図。
図3】実施例における、Ca置換量と表面電位の関係を示す図。
図4】実施例における、Ca置換量と表面電位の関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(実施形態1)
エレクトレットに係る実施形態1について、図1を参照して説明する。
図1に示すように、本形態のエレクトレット1は、異なる2種の金属元素A、Bを含むABO3型のペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、複合酸化物は分極処理された状態にある。
複合酸化物は、金属元素A、Bのうちの少なくとも1つについて、その一部が、金属元素A、Bよりも低価数のドーパント元素にて置換されており、かつ、バンドギャップエネルギが4eV以上である。好適には、このような複合酸化物を、所定形状の焼結体としたものが用いられる。
【0012】
エレクトレット1は、表面に正極性又は負極性の電荷を保持して周囲に静電場を提供する帯電物質であり、無機誘電体材料である複合酸化物に、後述する分極処理を施すことによって、表面電位を発現している。このようなエレクトレット1は、機械エネルギーと電気エネルギーとを相互に変換する各種装置、例えば、環境振動を動力源とする小型の静電式振動発電装置等において、集積回路組込型の発電素子等として利用することができる。
【0013】
エレクトレット1を構成する複合酸化物は、組成式ABO3で表されるペロブスカイト型の結晶構造を、基本構造として有し、代表的には、立方晶系の単位格子を持つ。金属元素Aは立方晶の各頂点に、金属元素Bは立方晶の中心位置に位置し、各金属元素A、Bに対して、酸素原子Oが正八面体に配位する。
【0014】
ドーパント元素は、組成式ABO3における金属元素A又は金属元素B、あるいは、金属元素A、Bの両方に対して置換される。金属元素A、Bの組み合わせは、バンドギャップエネルギが4eV以上となる複合酸化物であれば、特に制限されず、ドーパント元素は、置換される金属元素A、Bの価数よりも低価数の金属元素であればよい。より低価数のドーパント元素にて置換されることにより、電気的中性を保つためにペロブスカイト構造中に、酸素の欠損に起因する結晶欠陥が発生し、表面電位の向上に寄与する。
【0015】
このとき、ドーパント元素による置換量と欠陥量との間に相関があることから、ドーパント元素の導入量を制御することで、表面電位に影響する欠陥量の制御が可能になる。
また、エレクトレット1は、バンドギャップエネルギが4eV以上と比較的大きい無機誘電体材料を用いることにより、複合酸化物の絶縁破壊電圧が大きくなるため、分極処理時に高電圧を印加して、所望の高い表面電位を発現させることが可能になる。好適には、バンドギャップエネルギが4.5eV以上、より好適には、5.5eV以上である無機誘電体材料を用いると、より好ましい。
【0016】
ペロブスカイト構造において、Aサイトを占有する金属元素Aと、Bサイトを占有する金属元素Bの組み合わせは、組成式ABO3を満足する組み合わせであれば、特に制限されない。その場合には、例えば、3価の金属元素Aと3価の金属元素Bの組み合わせの他に、1価と5価、2価と4価の組み合わせとすることもできる。
【0017】
具体例としては、ABO3型のペロブスカイト構造において、Aサイトを、La、Y、Pr、Sm及びNdから選ばれる希土類元素R(金属元素A)が占有し、BサイトをAl(金属元素B)が占有する構成とすることができる。これらを組み合わせた希土類アルミネートは、バンドギャップエネルギが4eV以上と大きく、比誘電率が比較的小さいため(例えば、100以下)、高い表面電位が実現できる。また、比較的安価な材料を用いて作製することができ、製造コスト面で有利である。
【0018】
この場合に、金属元素A、Bに対して置換されるドーパント元素は、3価の金属元素A、Bよりも低価数の金属元素であればよい。例えば、金属元素Aが、3価の希土類元素Rである場合には、2価のアルカリ土類金属元素(Mgを含む)が好適に用いられ、好適には、Ca又はSrを用いることができる。金属元素Bが、3価のAlである場合には、2価のアルカリ土類金属元素(Mgを含む)及びZnから選ばれる1つ以上の元素、例えば、Zn又はMgが好適に用いられる。
【0019】
具体的には、希土類アルミネートの代表例として、ランタンアルミネート(LaAlO3)が挙げられ、Laの一部をアルカリ土類金属元素(例えば、Ca)で置換した構成とすることができる。その場合には、組成式(La,Ca)AlO3-δで表すことができ、式中、δは、酸素欠陥量を示す。酸素欠陥量は、ドーパント元素による置換量や雰囲気等によって変動する。ドーパント元素による置換割合をx(atm%)としたとき、酸素欠陥が置換によるものであれば、組成式は、La(1-x)
Cax AlO3-x/2のようになる。
【0020】
金属元素Aを置換するドーパント元素の置換割合は、例えば、20atm%以下の範囲で、適宜設定することができる。同様に、金属元素Bを置換するドーパント元素の置換割合は、例えば、20atm%以下の範囲とすることが望ましい。置換割合が0を超える場合には、ドーパント元素が導入されない場合に比べて、表面電位が向上する効果が得られる。好適には、置換割合を0.05atm%以上とすると、表面電位が大きく向上する。ただし、置換割合が大きくなると、ドーパント元素の導入による効果が低減する傾向が見られる。この理由は、必ずしも明らかではないが、比誘電率が大きくなることが表面電位を下げる方向に作用するものと推測させる。そのため、置換割合が20atm%を超えない範囲で、所望の特性が得られるように、置換割合を適宜設定するのがよい。置換割合は、好適には、0.05atm%~18.8atm%、より好適には、0.05atm%~2.5atm%の範囲とすることが望ましい。
【0021】
エレクトレット1は、例えば、このようなペロブスカイト構造の複合酸化物を所定形状の焼結体としたもの(以下、複合酸化物焼結体と称する)を、分極処理することによって得られる。エレクトレット1となる複合酸化物焼結体は、任意の外形形状(例えば、矩形平板状又は円盤形状等)を有することができる。ここでは、図中の上下方向を、エレクトレット1の厚さ方向Xとし、以降、厚さ方向Xの表面を、上表面又は下表面として説明する。
【0022】
分極処理方法は、特に限定されないが、例えば、図1に示すように、エレクトレット1の上表面11及び下表面12に、それぞれ電極21、22を形成し、電圧を印加することにより行う。分極処理条件は、例えば、100℃以上で、電界強度4kV/mm以上となるように、直流電圧を印加することが望ましい。振動発電等のデバイス用として、効率のよい発電を実現するには、表面電位として400V以上が必要とされており、電界強度4kV/mm以上での分極処理で、所望の表面電位が実現可能となる。また、室温より高い温度で分極処理を行うことにより、使用環境が高温となる用途においても、安定したエレクトレット性能を実現可能となる。
【実施例
【0023】
(実施例1)
以下の方法で、図1に示した構成のエレクトレット1を作製した。
エレクトレット1を構成する無機誘電体材料としては、ペロブスカイト構造のランタンアルミネート(LaAlO3)において、Laの一部をドーパント元素で置換した組成を持つLAO系複合酸化物を用いた。実施例1では、ドーパント元素をCaとし、(La0.9995,Ca0.0005)AlO3-δの組成となるように原料を調製して得た複合酸化物焼結体を、分極処理して、エレクトレット1とした。
【0024】
なお、LAO系無機誘電体材料は、代表的な組成であるランタンアルミネート(LaAlO3)のバンドギャップエネルギが5.6eVであり、Alの一部をドーパント元素であるCaで置換した構成においても、ほぼ同等のバンドギャップエネルギを有する。
【0025】
<粉体の調製>
まず、LAO系複合酸化物焼結体の原料として、下記に示す硝酸塩の試薬を用意し、Caの置換量が0.05atm%となるように秤量した。それぞれの試薬を入れたビーカーに、20 mlの超純水を加えて、各試薬を溶解した溶液を得た。
・La(NO3)3・6H2O 6.03g 富士フイルム和光純薬株式会社製
・Al(NO3)3・9H2O 5.25g 富士フイルム和光純薬株式会社製
・Ca(NO3)2・4H2O 1.65mg 富士フイルム和光純薬株式会社製
【0026】
得られた各試薬の溶液をプラスチックビーカーに移して、撹拌機を用いて撹拌混合した。撹拌は、プラスチックビーカーに撹拌子を入れて、500rpmで攪拌子を回転させることにより行った。この混合溶液の入ったビーカーに、モル濃度が12MのNaOH水溶液を、pHメーターで測りながら、スポイトを用いて少量ずつ加え、pH10.5になるように調整した。その後、吸引ろ過により沈殿物を回収し、約100mlのエタノール、超純水で洗浄した。
なお、NaOH水溶液用のNaOH及びエタノールには、以下の試薬を用いた。
・NaOH特級 (顆粒状) 関東化学株式会社製
・エタノール(99.5) 関東化学株式会社製
【0027】
次いで、洗浄後の試料が乗ったろ紙を、120℃の乾燥機に入れて、12時間以上乾燥した。乾燥後の試料を、メノウ乳鉢に入れて粉砕を行い、さらに、分級(<100μm)を行った。
【0028】
<成形体・焼結体の作製>
分級により得られた粉体を、アルミナボートに入れて仮焼を行った。仮焼条件として、昇温速度2.5℃/minで1000℃まで温度を上げ、1000℃で6時間保持した後、降温速度2.5℃/minで室温まで温度を下げた。
【0029】
仮焼後の試料を、メノウ乳鉢に入れて粉砕を行い、さらに、分級(<100μm)を行って、成形用粉体とした。約0.65gの成形用粉体を、φ13mmのペレット成型器に入れて、250MPaの圧力で3分間加圧し、円盤状のペレットを成形した。
【0030】
得られた成形ペレットを焼結温度以上で焼成して、LAO系複合酸化物焼結体からなる焼結ペレットを得た。焼成条件として、昇温速度2.5℃/minで1650℃まで温度を上げ、1650℃で2時間保持した後、降温速度2.5℃/minで室温まで温度を下げた。得られた焼結ペレットの径は、Φ11mm程度であった。厚みは、研磨により1mmに調整した。
【0031】
また、得られたLAO系複合酸化物焼結体について、ICP発光分光分析法を用いて、元素分析を行い、所望の組成(La0.9995,Ca0.0005)AlO3-δの焼結体が得られたことを確認した。具体的には、焼結体を乳鉢で粉砕したものを溶媒に溶解させた溶液を分析試料として、ICP(高周波誘導結合プラズマ)による発光線から、焼結体の成分元素を判別した。その結果、以下に示すように、原料調製時のCaの置換割合(仕込みCa置換量)である0.05atm%に対して、ほぼ同等の分析結果(0.051atm%)が得られた。
(仕込みCa置換量 0.05atm%)
ICP分析結果 0.051atm%
【0032】
なお、LAO系複合酸化物焼結体の分析は、ICP発光分光分析法に限らず、XPS(X線光電子分光分析)法、XRF(蛍光X線分析)法等、任意の方法を採用することができる。このように、ドーパント元素を導入することで、置換量の制御が容易であり、また、定量的な評価が容易にできる。
【0033】
<分極処理>
このようにして得られた焼結ペレットに、図2に示す分極処理装置を用いて、分極処理を施した。
図2において、焼結ペレット10は、厚さ方向Xの上下表面11、12に、一対の金電極21、22を、予め焼き付けしてある(下表面12の金電極22は図示を略す)。この焼結ペレット10を、それぞれ白金線31を巻き付けた2本のアルミナ棒3の間に挟持させて、一対の金電極21、22の間に電圧を印加可能に構成した。2本のアルミナ棒3は、焼結ペレット10の直径よりも長く、その長さ方向(厚さ方向Xと直交する方向)の両端部において、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン)製の糸4で縛ることにより固定した。次に、これを分極用器具に巻き付け、空気の絶縁破壊を防ぐために、全体をシリコンオイル5でコーティングした。
【0034】
この分極用器具を、ボックス炉に入れて、炉内温度が200℃で安定になるまで放置した。次に、200℃で安定させたまま、焼結ペレット10の一対の金電極21の間に、8.0kV/mm の直流電界を印加することにより、分極を行った。所定時間が経過した後は、直流電界を印加し続けたまま、40℃以下になるまで放冷した。
【0035】
<エレクトレットの作製>
分極処理後、焼結ペレット10の両表面の金電極21、22を、研磨シートを用いて除去した。次いで、焼結ペレット10を、エタノールと純水を用いて、それぞれ10分間超音波洗浄し、さらに、100℃の乾燥機中に3時間以上放置することにより、エレクトレット1を得た。
【0036】
<表面電位測定>
上記のようにして得られたエレクトレット1(実施例1)について、表面電位の測定を行った。測定には、表面電位計(MODEL341-B:トレック・ジャパン株式会社製)を用いて、非接触で表面電位を測定し、5400秒経過後の値を読み取った。
結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
(比較例1~2)
比較のため、Laが置換されていないLaAlO3焼結体として、市販のLaAlO3(100)単結晶基板(有限会社クリスタルベース製)を用い、上記実施例1と同様の方法で分極処理して、比較例1のエレクトレットとした。また、ペロブスカイト構造の複合酸化物であり、バンドギャップエネルギが3.5eVであるチタン酸バリウム(BaTiO3)の焼結体を作製し、実施例1と同様の方法で分極処理して、比較例2のエレクトレットとした。
【0039】
ここで、比較例2のBaTiO3焼結体は、下記の試薬を成形用原料として用いた。
・チタン酸バリウムナノパウダー(純度99%、富士フイルム和光純薬株式会社製)
この成形用原料を、上記実施例1と同様に、φ13mmのペレット成型器に入れて、3分間250MPaの圧力で加圧し、得られた成形ペレットを焼成することにより、焼結ペレットとした。焼成条件は、昇温速度、降温速度2.5℃/minとし、1255℃で0.5時間の焼結を行った。
【0040】
比較例1、2のエレクトレットについて、実施例1と同様にして表面電位を測定し、結果を表1に併記した。
表1に明らかなように、LaAlO3のLaの一部をCaで置換した実施例1では、表面電位が438Vであり、8.0kV/mmの直流電界の印加により、400V以上高い表面電位が得られた。これに対して、LaAlO3の単結晶からなりドーパント元素で置換されていない比較例1では、表面電位が20Vと大きく低下した。また、バンドギャップエネルギが4eV未満のBaTiO3を用いた比較例2では、表面電位が4Vとさらに低下した。
【0041】
(実施例2~5)
実施例1と同様の方法で、La(1-x) Cax AlO3-δの組成において、ドーパント元素(Ca)によるLaの置換割合(x)を変更し、1atm%~20atm%(仕込みCa置換量)の範囲の組成となるように原料を調製して、LAO系複合酸化物焼結体からなるエレクトレット1を作製した。
・実施例2 1atm%
・実施例3 5atm%
・実施例4 10atm%
・実施例5 20atm%
【0042】
ドーパント元素(Ca)によるLaの置換割合(x)を、1atm%~20atm%の範囲の組成となるように調製した原料を用いて、成形ペレットを作製し、焼成して得た焼結ペレットを、分極処理して、エレクトレット1とした。表2に実施例2~5として示すように、得られたLAO系複合酸化物焼結体について、ICP発光分光分析法を用いて、元素分析を行い、組成を確認したところ、実際の置換割合は、原料調製時のCaの置換割合(仕込みCa置換量)に対して1/5以下の0.16atm%~0.93atm%の範囲であった。
【0043】
得られた実施例2~5のエレクトレット1について、実施例1と同様にして表面電位を測定し、結果を表2に併記した。なお、実施例2~5のエレクトレット1について、実施例1と同様の作製方法(液相法)により、原料調製時のCaが十分に取り込まれていない理由は必ずしも明らかではないが、仕込みCa置換量と実際の置換量との関係を予め知ることで、所望の置換割合のエレクトレット1を得ることができる。
【0044】
【表2】
【0045】
表2に明らかなように、実施例2~5では、実施例1よりも表面電位が増加しており、1400V(実施例4)~3688V(実施例2)と、1000Vを超える高い表面電位が得られた。これは、ペロブスカイト構造のLaAlO3に対して、より低価数のドーパント元素が置換されることにより、置換量に応じた酸素欠陥が生じて、高い表面電位の発現に寄与しているためと推測される。
【0046】
図3は、比較例1と、実施例1~5に基づいて、Ca置換量と表面電位の関係を示したものであり、0.05atm%以上のCa置換量で、高い表面電位が発現し、Ca置換量が0.16atm%以上に増加することで、さらに表面電位が大きく上昇している。
【0047】
(実施例6~12)
エレクトレット1を構成する無機誘電体材料として、ペロブスカイト構造のイットリウムアルミネート(YAlO3)において、Yの一部をドーパント元素で置換した組成を持つYAO系複合酸化物を用いた。ドーパント元素はCaとし、Y(1-x) Cax AlO3-δの組成において、CaによるYの置換割合(x)を変更して、YAO系複合酸化物焼結体からなるエレクトレット1を作製した。その際、1atm%~20atm%(仕込みCa置換量)の範囲の組成となるように原料を調製した。
・実施例6 0.05atm%
・実施例7 1atm%
・実施例8 2.5atm%
・実施例9 3.5atm%
・実施例10 5atm%
・実施例11 10atm%
・実施例12 20atm%
【0048】
なお、YAO系無機誘電体材料は、代表的な組成であるイットリウムアルミネート(YAlO3)のバンドギャップエネルギが7.9eVであり、Yの一部をドーパント元素であるCaで置換した構成においても、ほぼ同等のバンドギャップエネルギを有する。
【0049】
<粉体の調製>
まず、YAO系複合酸化物焼結体の原料として、下記に示す酸化物および炭酸塩の試薬を用意し、Ca置換量が1atm%~20atm%となるよう秤量した。
・Y23 8.211g~10.161g 富士フイルム和光純薬株式会社製
・Al23 4.635g 富士フイルム和光純薬株式会社製
・CaCO3 0.091g~1.820g 富士フイルム和光純薬株式会社製
秤量した試薬を、メノウ乳鉢に入れて混合し、さらに、分級(<100μm)を行った。
【0050】
<成形体・焼結体の作製>
分級により得られた粉体を、アルミナるつぼに入れて仮焼を行った。仮焼条件として、昇温速度2.5℃/minで1100℃まで温度を上げ、1100℃で10時間保持した。さらに昇温速度2.5℃/minで1350℃まで温度を上げ、1350℃で10時間保持した後、降温速度2.5℃/minで室温まで温度を下げた。
【0051】
仮焼後の試料を、メノウ乳鉢に入れて粉砕を行い、さらに、分級(<100μm)を行って、成形用粉体とした。約0.5gの成形用粉体を、φ10mmのペレット成型器に入れて、20MPaの圧力で5分間加圧し、円盤状のペレットを成形した。
【0052】
得られた成形ペレットを焼結温度以上で焼成して、YAO系複合酸化物焼結体からなる焼結ペレットを得た。焼成条件として、昇温速度2.5℃/minで1600℃まで温度を上げ、1600℃で2時間保持した後、降温速度2.5℃/minで室温まで温度を下げた。得られた焼結ペレットの径は、Φ9.5mm程度であった。厚みは、研磨により1mmに調整した。
【0053】
また、表3に示すように、得られたYAO系複合酸化物焼結体について、エネルギー分散型X線分析(以下、適宜、EDXと称する)を用いて、元素分析を行い、ほぼ所望の組成の焼結体が得られたことを確認した。具体的には、焼結体を乳鉢で粉砕したものを分析試料として、電子線照射した際に発生する特性X線のスペクトルから、焼結体の成分元素を判別した。その結果、実施例6~12について、原料調製時のCaの置換割合(仕込みCa置換量)に対して、ほぼ同等の分析結果が得られた。
【0054】
なお、YAO系複合酸化物焼結体の分析は、エネルギー分散型X線分析に限らず、ICP発光分光分析法、XPS(X線光電子分光分析)法、XRF(蛍光X線分析)法等、任意の方法を採用することができる。このように、ドーパント元素を導入することで、置換量の制御が容易であり、また、定量的な評価が容易にできる。また、エネルギー分散型X線分析による組成の結果には、±1%程度の誤差が生じることがある。
【0055】
<分極処理>
このようにして得られた焼結ペレットに、分極処理を施してエレクトレット1とした。分極処理にはコロナ放電を用い、円盤状のペレットの片面を接地し、反対面側にコロナ放電電極を対向配置して、負電圧を印加することによりコロナ放電を発生させた。コロナ放電の条件は、以下の通りとした。なお、降温時も室温になるまで電圧印加しコロナ放電を継続した。
・放電電圧:-5.5kV
・温度:200℃
・処理時間:1分間
【0056】
これにより、Y、Ca、Al、Oを含む焼結体が分極して、コロナ放電電極に対抗した面がマイナス電荷を帯びることによって、エレクトレット1が形成される。このとき、分極処理条件に応じた高い表面電位が得られ、また、分極処理を室温より高い温度(例えば、200℃)で行うことにより、使用環境が高温となる用途においても、表面電位の変動が抑制されやすくなり、安定したエレクトレット性能を実現可能となる。
なお、分極処理の温度その他の条件は、想定される使用環境で要求される特性等に応じて、適宜変更することができる。
【0057】
<表面電位測定>
上記のようにして得られたエレクトレット1(実施例6~9)について、表面電位の測定を行った。測定には、表面電位計(MODEL341-B:トレック・ジャパン株式会社製)を用いて、非接触で表面電位を測定し、分極直後の値を読み取った。結果を表3に併記する。
【0058】
【表3】
【0059】
表3に明らかなように、YAlO3のYの一部をCaで置換した実施例6~12における表面電位は、-160V~-1155Vであり、高い表面電位が得られた。特に、実施例6~8においては、1000V前後の高い表面電位が得られた。さらに、上記と同様に製作、分極して得たものであって、YAlO3のAlの一部をZnで置換したZn置換量1atm%のYAO系複合酸化物焼結体を用いたエレクトレット1についても、表面電位の測定を行った。その結果、Ca置換の場合と同等の値(-1230V)が得られ、ドーパント種に依存しないことがわかった。
【0060】
これらの結果から、ペロブスカイト構造のAサイト又はBサイトに入る金属元素A、Bに対して、ドーパント元素による置換割合は、好適には、0.05atm%~18.8atm%の範囲、より好適には、0.05atm%~2.5atm%の範囲とすることが望ましい。そして、原料調製時のドーパント元素の置換割合(仕込み置換量)と実際の置換量との関係を予め知ることにより、所望の組成及び特性を有するエレクトレット1を作製することができる。
【0061】
このようにして、熱的安定性に優れ、結晶欠陥量の制御が可能であり、使用環境で安定した特性を有するエレクトレット1を形成することができる。
【0062】
本発明は上記各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の実施形態に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0063】
1 エレクトレット
11 上表面
12 下表面
21、22 電極
図1
図2
図3
図4